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第3章 低炭素社会構築のための技術普及戦略 3. 1 技術開発と普及促進
第3章 低炭素社会構築のための技術普及戦略 3. 1 技術開発と普及促進のシナジーによるグリーンイノベーションの活性化 3. 1. 1 概要 グリーンイノベーションについても、シュンペーターのイノベーションの概念に基づいて、プ ロダクトイノベーション、プロセスイノベーション、マーケットイノベーション、サプライチェー ンのイノベーション、そして組織のイノベーションの5つに分類できるのは第1章で述べたとお りである。グリーンイノベーションを成功に導くためには、これら複数のイノベーションを適切 に組み合わせることが必要である。 LCS の研究をこの5分類にカテゴライズするなら、第2章で述べた技術開発戦略とこれに基づ く研究開発・技術開発によってプロセスイノベーションとプロダクトイノベーションの実現を図 ることまでが可能となる。その一方、プロセスイノベーションとプロダクトイノベーションの成 果を社会に普及させていくためには、マーケットイノベーション、サプライチェーンのイノベー ション、そして組織のイノベーションについても検討を行い、これら適切に組み合わせていくこ とが重要である。 ここでは、そのような技術普及を促進する経済制度として、炭素税、排出量取引、固定価格買 取制度を取り上げ、これらについて説明すると共に、技術開発と技術普及のシナジーによるグリー ンイノベーションの活性化について述べる。 3. 1. 2 技術普及を促進する経済制度について 技術普及を促進する経済制度には数多くの種類があるが、紙面の関係で、ここでは炭素税、排 出量取引、固定価格買取制度について説明する。 (1)炭素税 炭素税のもととなる環境税という考え方を初めて提案したのは、経済学者のピグーであるとい われている1)。このピグーの考え方をごく簡単に説明すると以下のようになる。今、ある企業が 生産活動を行い、ある環境排出物を出していたとしよう。この環境排出物は、たとえば酸性雨の 原因となり、建築物や農作物に損害を与えるものとする。排出物1トン当たりの被害額が1万円 であったとしよう。このとき、この物質の排出に対し1トン当たり1万円の環境税を課すのが社 会全体にとって最適である、というのがピグーの考え方であり、これをピグー税と呼ぶ。ピグー 税が課される場合、企業は環境排出物の1トン当たり削減コストが1万円以下ならば削減を実行 し、1万円より高くつくならば削減を行わずに税を支払うであろう。削減が行われない場合、環 境税の税金を全額補償に用いれば、被害補償は可能である。企業の排出削減費用と環境排出物に よる被害額の和を社会全体の総費用と考えると、この税により総費用が最小化されるというのが ピグーの考え方である。 ただし、温室効果ガスの増加とそれによる気候変動という複雑な地球環境問題を考えた場合、 上記のようなピグー税の適用は困難である。それは、CO2 1トン当たりの被害額の算定に大きな 不確実性が伴うからである。実際には、気候変動に関する被害額の推定もあるが、残念ながらそ の精度は高いとはいえない。気候システムは大規模で複雑な系であり、長期的な気候変動を正確 に予測し、そこから社会全体の経済活動への影響をくまなく拾い上げ、精度良く推定するのは困 難である。 その意味で、気候変動の緩和に炭素税を用いる場合の基本的概念は、むしろボーモル・オーツ 税の方であろう。ボーモル・オーツ税は、ピグー税のように1トン当たりの被害額をもって税率 とするのではなく、最終的に、所定の目標値まで排出量を抑えるような税率を設定しようという ものである。その意味で、ボーモル・オーツ税は被害額を含む社会全体の総費用を最小化するよ うな効果は望めないが、各企業に税率に等しい同じ削減費用の対策を講じさせ、被害額を含まな い、削減費用の総和を最小化するには都合が良い。一方、ボーモル・オーツ税には、目的の排出 量に至るまでに、複数回税率を変更しなければならず、そうした実験的な税率の変更は社会の混 乱を招くため、現実の施策としては難しいという問題点がある。 このような炭素税への理解を深めるため、以下のような戦略を考えてみよう。すなわち、炭素 税を最初軽く、 徐々に重く課すようにし、 それとともに所得税を軽くする。これにより、 エネルギー 53 を節約し、効率の良いエネルギーシステムを構築するとともに雇用を増加させるインセンティブ をつくることができる。このように炭素税を導入するとともに、所得税など他の税制と併せて改 革することにより、CO2 の排出削減と雇用問題の双方の改善、すなわち「二重の配当」を獲得す る戦略が考えられた。欧州各国は、この「二重の配当」の獲得を念頭において相次いで炭素税を 導入してきた。 世界で初めて炭素税を導入したのはフィンランドで、1990 年1月のことである。その後、オラ ンダ、スウェーデン、ノルウェー、デンマークで導入された。1999 年以降は、ドイツ、イタリア、 英国において炭素税または気候変動税が導入されてきた。 欧州諸国で導入されている炭素税の導入の契機になったのは、税制の根本的な構造改革である。 特に炭素税の導入に積極的な北欧諸国は高福祉国家として有名であり、これは同時に重い税負担 を意味している。この重い税負担とは、すなわち所得税、法人税が高いこと、及び付加価値税が 高いことである。まず、所得税、法人税が高いことは、個人にとっては労働意欲の減退、法人にとっ ては企業の国外への流出を意味し、直接税を軽減して間接税へ税収をシフトしていく必要ができ ていた。しかし、一方で付加価値税も非常に高い水準に達しており、こうした事情から、新しい 財源としての炭素税がクローズアップされたわけである。 この炭素税の導入にあたって最も憂慮されたのは、炭素税の導入によって国際競争力が損なわ れ、その国の経済が大きなダメージを受けることであった。このため炭素税の税率を低く抑える か、税率を高くする場合には、様々な例外規定を設けて、産業の国際競争力を損なわないような 工夫が行われた。たとえば、鉄鋼業の場合は、その用いる石炭は原料と考え、炭素税の適用範囲 外としたことが挙げられる。 炭素税導入の最大の問題点は、炭素漏洩(カーボンリーケージ)の問題であろう。たとえば、 日本が CO2 排出量を削減するために、高い炭素税を課すが、他の国がこれと歩調を合わせないと しよう。この場合、CO2 排出量の大きい産業は国外に流出し、炭素税が課されていない地域で(場 合によっては)環境技術レベルの低い地域に工場の新設が行われるかもしれない。この場合、日 本国内の産業が衰退するだけでなく、世界全体としての CO2 排出量が増加してしまう場合さえ起 こり得る。こうした状況においては、日本が京都議定書を遵守できたとしても、世界の CO2 削減 には寄与するどころかマイナスになってしまう。これを炭素漏洩(カーボンリーケージ)の問題 と呼んでいる。 換言すると、世界各国が歩調を合わせて炭素税を導入していくならば、地球環境の改善に必要 な技術進歩のインセンティブとなり得るわけである(世界共通炭素税の考え方は現在でも、経済 学者の間では議論されているが、国家の主権に関わる問題でもあり、実現は難しいと考えられて いる) 。 この点で、上述した国以外にも、1999 年以降、ドイツ、イタリア、英国において炭素税または 気候変動税が導入されており、少なくとも欧州内部においては、多くの国が歩調を合わせて炭素 税を導入しつつあると考えられる。その意味で、後述する温室効果ガス排出量取引に関する動き とも併せて炭素税に関する EU の動向を今後も見極めることが重要である。 (2)排出量取引 CO2 排出量を削減する経済的インセンティブを生み出すものとして、排出量取引のような制度 を利用する方法もある。排出量取引とは、環境排出物の排出量の上限を何らかの方法で決定し、 その上限を超える排出を望む企業については、上限を下回っている企業から「余分に排出する権 利」を購入しなければならない、という制度である。たとえば、米国で進んでいる排出量取引は、 SO2、NOX などが主であり、SO2 については、1995 年から 1999 年を排出量規制の第一約束期間とし て取引を行っている。他方、NOX に関しては 1999 年から 2002 年が第一約束期間として取引が開 始された。SO2、NOX の遵守期間初期の価格は各々1トン当たり 160 ~ 170 ドル、4000 ドル近辺で あった。 排出量取引には大別して、キャップ&トレードとベースライン&クレジットという二つの形式 がある。ここでは、温室効果ガスに関する排出量取引を例にとり、この二つの形式について説明 する。温室効果ガス(GHG)に関する排出量取引とは、各事業者または主体の GHG 排出量の上限 を何らかの方法で決定し、その上限を超える排出を望む者については、上限を下回っている者か ら「余分に排出する権利」を購入しなければならない、というものである。ここで決定される排 54 出量の上限のことを「キャップ」と呼び、このような制度を「キャップ&トレード」による排出 量取引という。これに対し、GHG 排出量を削減する何らかの事業を行い、その事業実施による排 出量の削減分を金銭的価値のある「クレジット」として取引する制度もある。この場合、当該事 業がなかった場合に排出されていたであろう GHG 排出量を「ベースライン」と呼び、そのベース ラインと事業実施後の GHG 排出量との差をクレジットとするので、 「ベースライン&クレジット」 による排出量取引という。京都議定書で定められた排出量取引関連制度には、共同実施(JI) ・ クリーン開発メカニズム(CDM) ・排出量取引(ET)の三種類があるが、共同実施(JI)とクリー ン開発メカニズム(CDM)は「ベースライン&クレジット」型であり、 排出量取引(ET)は「キャッ プ&トレード」型である。 京都議定書で規定された上記の制度以外で最も代表的な GHG の排出量取引としては、欧州連合 域内排出量取引制度(EUETS)が挙げられる。欧州委員会は、2001 年 10 月 23 日に CO2 排出量取 引を EU 全域に義務付ける内容の草案を発表した。この草案によると、期間を二期に分け、実際 に取引ができるようになる 2005-2007 年を第一期とし、第二期を京都議定書の第一遵守期間に則 り 2008-2012 年としており、2013 年以降を第三期としている。EU の取引プログラムは、当初 CO2 のみを対象にしたものであったが、欧州委員会は、今後温室効果ガス排出量のモニタリングの問 題が解決されれば、他の温室効果ガスについても網羅するとしている。排出権取引に参加する業 種は、20MW 以上のエネルギーを消費する電力及び熱供給、鉄鋼、建設、石油精製、紙・パルプ、 窯業(セメント・ガラス・セラミックス製造業など)のエネルギー多消費産業に限定している。 伝統的な経済学の理論では、 「キャップ&トレード」 ・ 「ベースライン&クレジット」のいずれ の排出量取引制度でも最終的には同じ結果になるとされている。それは以下の理由による。たと えば、削減される GHG 排出量1トン当たりの価値が 2,000 円であるとすれば、いずれの制度でも 削減単価が 2,000 円以下の対策は導入され、2,000 円を超える対策は導入されないはずである。 そして、削減単価に差がなく、同じ削減単価までの対策が導入されるということは、社会全体に おいて最小費用で GHG を削減できている状態である。このことを経済学では排出量取引市場が効 率的であるという(工学的な意味での効率とは意味が異なる点に注意を要する) 。しかし、現実 の世界では「キャップ&トレード」 ・ 「ベースライン&クレジット」の二つの排出量取引制度は異 なる結果を招く。その理由は大きく分けて二つある。一つには、GHG 削減対策に関する情報が社 会全体に十分いきわたっていないことである。たとえば、 「キャップ&トレード」による排出量 取引では、一般に取引価格の情報は公開されるが、取引のもととなる GHG 削減事業や削減技術に ついて取引所で公開されることは少ない。取引の価格情報だけが分かっても、どのような技術、 対策、事業によって、その取引価格以下での GHG 削減が可能なのか、一般には知られていない。 したがって、 「キャップ&トレード」による排出量取引制度では、その取引価格以下の削減対策 がくまなく導入されるとは限らないわけである。一方、 「ベースライン&クレジット」による CDM や後述する国内クレジットでは、どのような対策によって GHG が削減されたのかといった情報が 一般に公開されている。したがって、後続する者はその情報を基に同様の事業を展開するため、 GHG 削減対策が進みやすい。ただし、 「ベースライン&クレジット」では、取引されるクレジット 価格が公開されない場合もあり、このことは後続する者にとって事業リスクになってしまう場合 もある。 「キャップ&トレード」と「ベースライン&クレジット」が現実の世界で異なる帰結を生むも う一つの理由は、取引価格の変動の大きさである。排出量取引の経済学的な効率性の前提は、上 述したように、市場全体でただ一つの取引価格が決定され、その取引価格が、市場が包含する社 会の GHG 削減の限界費用に等しくなることである。市場全体でただ一つの取引価格を実現するに は、EUETS のような取引市場を創設し、取引所取引によって価格を決定するのが一般的である。 しかし、図3. 1- 1の EUETS における取引価格の推移を見ると、現実の取引価格は変動が激しく、 限界費用に落ち着いて均衡する様子はない2)。 「キャップ&トレード」による価格は、市場参加者の取引によって決定されるため、市場を左 右する出来事や市場参加者の期待の相互作用などによって複雑に激しく変動する傾向がある。こ のように取引価格の変動が大きい場合、GHG の削減事業を行ってクレジット収益を得ようとする 事業者には当然リスクが大きくなる。クレジット価格の変動が大きければ大きいほど、GHG 削減 事業への投資が減退することは、ブラック・ショールズ式などに表されるオプション理論を生ん だ近年の経済学の理論的帰結でもある。一方、 「ベースライン&クレジット」型の CDM においても、 55 2) 図3.1-1 EUETS における の価格推移2) 図3.1-1 EUETS における EUA EUA 及び 及び sCER sCER の価格推移 も、事業者が取得したクレジットを転売するセカンダリー市場の価格(図3.1-1の sCER がこ 事業者が取得したクレジットを転売するセカンダリー市場の価格(図3.1-1の sCER がこれに れに相当する)は EUETS の価格に強く相関するといわれる。しかし、後述する国内クレジットな 相当する)は EUETS の価格に強く相関するといわれる。しかし、後述する国内クレジットなどで どでは、クレジット価格は事業者と共同実施者による相対取引で決定される。このような取引形 は、クレジット価格は事業者と共同実施者による相対取引で決定される。このような取引形態で 態では、不特定多数の参加者がある取引所取引と比較して各々の取引の価格変動が小さくなる傾 は、不特定多数の参加者がある取引所取引と比較して各々の取引の価格変動が小さくなる傾向が 向があり、これにより削減策への投資意欲の減退を抑えることがある程度可能である。ただし、 あり、これにより削減策への投資意欲の減退を抑えることがある程度可能である。ただし、相対 相対取引で価格を決定し、価格変動の抑制のための制度を設ければ設けるほど、削減量1トン当 取引で価格を決定し、価格変動の抑制のための制度を設ければ設けるほど、削減量1トン当たり たりの価格が、限界費用から乖離してしまう恐れが高まる。 の価格が、限界費用からかい離してしまう恐れが高まる。 経済学的な効率性を追求して「キャップ&トレード」による取引所における排出量取引を行え 経済学的な効率性を追求して「キャップ&トレード」による取引所における排出量取引を行え ば、価格変動によって削減策への投資意欲が減退し、価格変動を抑制するために「ベースライン ば、価格変動によって削減策への投資意欲が減退し、価格変動を抑制するために「ベースライン &クレジット」型として相対取引を主とすれば、今度は経済的な効率性が低下する可能性が出て &クレジット」型として相対取引を主とすれば、今度は経済的な効率性が低下する可能性が出て くる。このように「キャップ&トレード」 、「ベースライン&クレジット」には、それぞれ長所・ くる。このように「キャップ&トレード」 、 「ベースライン&クレジット」には、それぞれ長所・ 欠点があり、万能ではない。また、 「キャップ&トレード」は上記のような問題の他にも制度設 欠点があり、万能ではない。また、 「キャップ&トレード」は上記のような問題の他にも制度設 計上の難点がある。それは、原則として各企業や事業所ごとに排出枠を与える必要があることで 計上の難点がある。それは、原則として各企業や事業所ごとに排出枠を与える必要があることで ある。この各企業・事業所への排出枠の配分は、システム全体の排出総費用には影響しないが、 ある。この各企業・事業所への排出枠の配分は、システム全体の排出総費用には影響しないが、 各企業・事業所の負担の公平性には大きく影響する。そのために、公平で、産業界全体が受け入 各企業・事業所の負担の公平性には大きく影響する。そのために、公平で、産業界全体が受け入 れ可能な排出枠を考案することは大変困難な作業となるのである。 れ可能な排出枠を考案することは大変困難な作業となるのである。 現在、EU では EUETS に代表されるように「キャップ&トレード」による排出量取引が主流であ 現在、EU では EUETS に代表されるように「キャップ&トレード」による排出量取引が主流であ る。これはさまざまな問題がありながらも、最終的には、キャップ&トレードによる排出量取引 る。これは様々な問題がありながらも、最終的には、キャップ&トレードによる排出量取引の経 の経済学的な効率性の実現に重きが置かれているためであろうと推察される。 一方、我が国では、 済学的な効率性の実現に重きが置かれているためであろうと推察される。一方、我が国では、国 国内クレジットなど「ベースライン&クレジット」による排出量取引が主流である。これは GHG 内クレジットなど「ベースライン&クレジット」による排出量取引が主流である。これは GHG 削 削減技術や事業への投資を真摯に実施することを目的としているからであろうと推測される。ま 減技術や事業への投資を真摯に実施することを目的としているからであろうと推測される。また、 た、日本の場合は「キャップ&トレード」の排出枠(キャップ)の割り当てが、産業界の反対な 日本の場合は「キャップ&トレード」の排出枠(キャップ)の割り当てが、産業界の反対などで どで極めて困難であることも一因であろう。なお、日本においては、第1章で述べたように、地 極めて困難であることも一因であろう。なお、日本においては、第1章で述べたように、地球温 球温暖化対策に関する閣僚委員会による「地球温暖化対策の主要施策について(2010.12.28) 」 暖化対策に関する閣僚委員会による「地球温暖化対策の主要施策について(2010.12.28) 」とい という文書の中で、キャップ&トレードによる排出量取引について「慎重に検討する」と記述さ う文書の中で、キャップ&トレードによる排出量取引について「慎重に検討する」と記述されて れており、事実上凍結されているのが現状である。 おり、事実上凍結されているのが現状である。 (3)再生可能エネルギーと固定価格買取制度 (3)再生可能エネルギーと固定価格買取制度 固定価格買取制度は、主に再生可能エネルギーによって生み出された電気を、電気事業者など 固定価格買取制度は、主に再生可能エネルギーによって生み出された電気を、電気事業者など が固定価格で買い取ることにより、再生可能エネルギー技術の導入促進を図るものである。2011 が固定価格で買い取ることにより、再生可能エネルギー技術の導入促進を図るものである。2011 年8月の第 177 回通常国会において、「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関す 年8月の第 177 回通常国会において、 「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関 る特別措置法」 、いわゆる再生可能エネルギーの固定価格買取制度が成立した。これにより、2012 する特別措置法」 、いわゆる再生可能エネルギーの固定価格買取制度が成立した。これにより、 56 2012 年7月1日からは再生可能エネルギー源を用いて発電された電気は、一定の期間・価格で電 年7月1日からは再生可能エネルギー源を用いて発電された電気は、一定の期間・価格で電気事 気事業者に買い取られることとなった。 業者に買い取られることとなった。 現在、住宅の屋根置き型の太陽光発電(PV)については、既に余剰分の電気の固定価格買取制 現在、住宅の屋根置き型の太陽光発電(PV)については、既に余剰分の電気の固定価格買取制 度が施行されている。上記の特別措置法では、住宅用の太陽光発電は現行の余剰買取方式で進め、 度が施行されている。上記の特別措置法では、住宅用の太陽光発電は現行の余剰買取方式で進め、 非住宅用の太陽光発電とその他の風力発電、地熱発電、小水力発電などについては、全量買取方 非住宅用の太陽光発電とその他の風力発電、地熱発電、小水力発電などについては、全量買取方 式を前提にしている。今後、経済産業大臣によって買い取りの期間や価格が決定される。 式を前提にしている。今後、経済産業大臣によって買い取りの期間や価格が決定される。 再生可能エネルギー技術への投資を事業として考えるならば、初期投資と毎年のキャッシュフ 再生可能エネルギー技術への投資を事業として考えるならば、初期投資と毎年のキャッシュフ ローがあり、毎年のキャッシュフローの中心は生産される電気の売上ということになる。この ローがあり、毎年のキャッシュフローの中心は生産される電気の売上ということになる。この「生 「生産される電気」の販売単価が将来のある時点まで固定価格となるのであれば、事業リスクが 産される電気」の販売単価が将来のある時点まで固定価格となるのであれば、事業リスクが小さ 小さくなるのは自明である。また、設定される固定価格が高ければ高いほど、事業としての収益 くなるのは自明である。また、設定される固定価格が高ければ高いほど、事業としての収益性も 性も当然高くなる。したがって、固定価格が高いほど当該技術の需要が高まり、生産量も高くな 当然高くなる。したがって、固定価格が高いほど当該技術の需要が高まり、生産量も高くなると ると推定される。これにより、当該技術は量産効果によって更に初期コストを低減することがで 推定される。これにより、当該技術は量産効果によって更に初期コストを低減することができる。 きる。このような循環構造を図3.1-2に示す。 このような循環構造を図3.1-2に示す。 余剰電力買取価格 PVシステム効用 PVシステム補助金 PVシステム需要 均衡 PVシステム供給量 PVシステム単価 累積研究開発費 図3.1-2 太陽光発電(PV;Photovoltaics)の需給における循環構造 図3.1-2 太陽光発電(PV;Photovoltaics)の需給における循環構造 PV の余剰電気の固定価格買取制度における余剰電気買取価格や PV システム購入時の初期コス PV の余剰電気の固定価格買取制度における余剰電気買取価格や PV システム購入時の初期コス トを低減させる補助金は、PV 購入のインセンティブとなり、その需要を増加させる。これによっ トを低減させる補助金は、PV 購入のインセンティブとなり、その需要を増加させる。これによっ て PV の供給量が増加すると量産効果により、PV の単価が低減することになり、さらに需要を増 て PV の供給量が増加すると量産効果により、PV の単価が低減することになり、さらに需要を増 加させる効果を持つ。他方、図3.1-2の右下に示した累積研究開発費も重要である。PV に関す 加させる効果を持つ。他方、図3.1-2の右下に示した累積研究開発費も重要である。PV に関す る研究開発の対象は、従来型である結晶シリコン太陽電池や薄膜シリコン太陽電池などと、色素 る研究開発の対象は、従来型である結晶シリコン太陽電池や薄膜シリコン太陽電池などと、色素 増感型や量子ドット型などの革新的技術による太陽電池に大別することができる。このうち、従 増感型や量子ドット型などの革新的技術による太陽電池に大別することができる。このうち、従 来型の太陽電池への研究開発は、主として太陽電池の光電変換効率の向上やセルの大面積化を目 来型の太陽電池への研究開発は、主として太陽電池の光電変換効率の向上やセルの大面積化を目 指してきた。変換効率の向上やセルの大面積化は、直接ないし間接に太陽光発電モジュールとし 指してきた。変換効率の向上やセルの大面積化は、直接ないし間接に太陽光発電モジュールとし てのコスト低下に貢献する。また、PV に関する研究開発の推進はプロダクトイノベーションを推 てのコスト低下に貢献する。また、PV に関する研究開発の推進はプロダクトイノベーションを推 進し、固定価格買取制度はマーケットイノベーションを推進するものとみることができる。両者 進し、固定価格買取制度はマーケットイノベーションを推進するものとみることができる。両者 は図3.1-2のように密接に関係しつつ、全体としてグリーンイノベーションの活性化に貢献す は図3.1-2のように密接に関係しつつ、全体としてグリーンイノベーションの活性化に貢献す ることになる。 ることになる。 ただし、ここで注意すべき点が二つある。一点は、PV の研究開発に関することである。図3.1 3) ただし、ここで注意すべき点が二つある。一点は、PV の研究開発に関することである。図3. 、PV の発電 -3は日本政府による PV 単価低減と普及のロードマップの目標を示したものであり 1-3は日本政府による PV 単価低減と普及のロードマップの目標を示したものであり3)、PV の発 単価が、研究開発と普及促進により、最終的に既存の火力発電と同等の発電単価まで低減する様 電単価が、研究開発と普及促進により、最終的に既存の火力発電と同等の発電単価まで低減する 子が描かれている。ここで、PV の発電単価が最終的な目標に到達するまでに、PV そのものが異 なる技術に世代交代している点に注意を要する。たとえば、14 円 /kWh 程度までは結晶シリコン、 様子が描かれている。ここで、PV の発電単価が最終的な目標に到達するまでに、PV そのものが 薄膜シリコン CIGS 系などの量産化と性能向上で価格低下し、その後は超薄型/多接合型による 異なる技術に世代交代している点に注意を要する。たとえば、14 円/kWh 程度までは結晶シリコ 高性能化で PV が普及し、さらに既存火力発電並みの7円 /kWh を実現するには新素材・新構造 PV ン、薄膜シリコン CIGS 系などの量産化と性能向上で価格低下し、その後は超薄型/多接合型に が普及するとしている。ここで、固定価格買取制度は既存の PV の量産化による価格低減には貢 よる高性能化で PV が普及し、さらに既存火力発電なみの7円/kWh を実現す 57 (出典:独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構発行「太陽光発電ロードマップ(PV2030 +) 」概要版;図 2 改変) 図3.1-3 PV 単価低減と普及のロードマップ3)3) 図3.1-3 PV 単価低減と普及のロードマップ ) 献するが、新技術への世代交代を必ずしも促進しないと考えられる。したがって、 このロードマッ るには新素材・新構造 PV が普及するとしている。ここで、固定価格買取制度は既存の PV の量産 プにあるような PV の世代交代と普及を実現するには、既存の PV の固定価格買取制度による普及 化による価格低減には貢献するが、新技術への世代交代を必ずしも促進しないと考えられる。し 促進をいつまでも続けることが望ましいとは限らない。 たがって、このロードマップにあるような PV の世代交代と普及を実現するには、既存の PV の固 二点目は、固定価格買取制度と電気料金に関するものである。この制度により、電気事業が再 定価格買取制度による普及促進をいつまでも続けることが望ましいとは限らない。 生可能エネルギーによる電気を買い取る際の追加コストは、電気料金に上乗せされ、原則として その他の全ての需要家の負担となる(電気を大量に消費する特定の業種については、当該負担が 二点目は、固定価格買取制度と電気料金に関するものである。この制度により、電気事業が再 免除される場合もある) 。したがって、買い取られる電気の単価が高くなるほど、電気料金への 生可能エネルギーによる電気を買い取る際の追加コストは、電気料金に上乗せされ、原則として 上乗せ分も大きくなり、国民負担が大きくなってしまう。したがって、固定価格買取制度につい その他の全ての需要家の負担となる(電気を大量に消費する特定の業種については、当該負担が ては、再生可能エネルギーの導入促進によるメリットと上述した国民負担によるデメリットを定 免除される場合もある) 。したがって、買い取られる電気の単価が高くなるほど、電気料金への 量的に比較することにより、全体の意思決定に活かすことが重要である。 上乗せ分も大きくなり、国民負担が大きくなってしまう。したがって、固定価格買取制度につい 総じて、固定価格買取制度と技術開発のシナジーは、グリーンイノベーションを活性化させる ては、再生可能エネルギーの導入促進によるメリットと上述した国民負担によるデメリットを定 有望な施策の一つといえよう。しかし、このシナジーを成功に導くためには、量産効果による価 量的に比較することにより、全体の意思決定に活かすことが重要である。 格低下、技術開発による世代交代の進展、電気料金の設定と国民負担の度合いを常に観測しつつ、 総じて、固定価格買取制度と技術開発のシナジーは、グリーンイノベーションを活性化させる 買取料金の設定を行う巧妙かつ定量的な制度設計が必要である。 有望な施策の一つといえよう。しかし、このシナジーを成功に導くためには、量産効果による価 3.2節以降では、新技術の普及促進のための消費者選好等に関する分析をさらに進める。 格低下、 技術開発による世代交代の進展、電気料金の設定と国民負担の度合いを常に観測しつつ、 買取料金の設定を行う巧妙かつ定量的な制度設計が必要である。 3.2節以降では、新技術の普及促進のための消費者選好などに関する分析をさらに進める。 【文献】 1)石見徹,低炭素社会のための経済的施策,エネルギー資源学会低炭素社会研究会講演,2010. 2)国際協力銀行環境ビジネス支援室,排出権市場動向レポート 2010, 【文献】 http://www.joi.or.jp/carbon/report/pdf/201007_01.pdf(2011.9.10 時点閲覧可) . 1 ) 石 見徹, 低 炭素 社会 の ため の経 済 的施 策, エ ネル ギー 資 源学 会低 炭 素社 会研 究 会 講 3)岡田至崇,量子ドット太陽電池,工業調査会,2010. 演,2010 2 ) 国 際 協 力 銀 行 環 境 ビ ジ ネ ス 支 援 室 , 排 出 権 市 場 動 向 レ ポ ー ト 2010 ; http://www.joi.or.jp/carbon/report/pdf/201007_01.pdf,2011.9.10 3)岡田至崇,「量子ドット太陽電池」,工業調査会,2010 58