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【巻頭インタビュー】 遺伝子・DNAの謎に挑んだ歴史
Special Features 1 進化する細胞のちから 巻頭インタビュー 大阪大学微生物病研究所教授 野島 博 構成◉ 大 朏 博 善 composition by Hiroyoshi Otsuki イラストレーション ◉ 青 木 宣 人 illustration by Yoshihito Aoki 遺伝子・DNAの 謎に挑んだ歴史 「淘汰に生き残るのは、最も強い種でもなく、最も賢い種でもない。それは変化に最も鋭敏に反応できる種 である」 と述べたのはチャールズ・ダーウィン。私たちは、生命の根源である細胞の形と機能を決定し、進 化の中心にいるのは遺伝子 DNA であることを知っている。今日にいたるまで、どのような“遺伝子探し” があったのか、そしていまだに解明されることのない遺伝子の謎とは……。 生命の不思議の中でも特に大きな は「どうして地 球上には、このように多くの種類の生命体が存在して いるのだろうか?」 という疑問でしょう。 遺伝・変異・淘汰という3つの原理 択(淘汰)という 3 つの原理に基づいた 自然選択 の 結果であるとされます。 生物の繁殖力は環境の収容力をはるかに超えていて、 生まれる子すべてが生存・繁殖するわけではない。子 ども同士や他の生物との間で生存競争が起き、その中 生物の種が共通の祖先から生じ、時間とともに変化 して多彩な種へと変化する 「進化」 という概念を、初め て体系的に説明したのがチャールズ・ダーウィンです。 彼は若い頃、小さな帆船ヴィーグル号に博物学者と して乗り込み、1831 ∼ 36 年の 5 年間にわたる地球一 周の航海をします。その際に、各地で観察した動植物 がイギリスで見慣れていたものとあまりにも異なって 多彩なのを知り、 「種は神が った独立不変のものだ」 というキリスト教の教えに大きな疑問を抱く。そして 「共通の祖先から環境に適合して多彩に変化して別々 の種が生じる」と理解するほうが、現実を説明できる のではないかと考えるようになりました。 ダーウィンが名著『種の起源』として出版したのは 1859 年で、宗教界から激しい反対を受ける一方、爆 発的な売れ行きで賛否の議論が巻き起こりました。 「ダーウィニズム (ダーウィン進化論) 」 と呼ばれるよう になるその論によれば、生物の進化は遺伝・変異・選 2 野島 博 (のじま・ひろし) 1951 年山口県生まれ。1974 年東京大学教養学部基礎科学科卒業、 1979 年同理学系大学院生物化学専攻博士課程修了。現在、大阪大学微 生物病研究所教授。専攻は分子細胞生物学。著書に『最新 生命科学キ ーワードブック』 (羊土社) 、 『医薬分子生物学』 (南江堂) 、 『ゲノム工学 の基礎』 (東京化学同人) 、 『分子生物学の軌跡』 『マンガでわかる最新ポ (ともに化学同人) 。 ストゲノム 100 の鍵』 から環境への適応に有利な形 質を持つ個体が選択 (淘汰) さ れる。その結果、有利な変異 典型的な動物細胞の構造図。細胞は細胞核、ミトコンドリア、リボソーム、リソソーム、ゴルジ体、 中心体などで構成される。DNA とヒストンで構成されている染色体は、細胞核の中に存在している。 リソソーム ゴルジ体 中心体 核膜 が保存されるとともに不利な 変異が棄却されることで、生 核小体 物進化が起こってきたという 染色体 のです。 このダーウィニズムでは、 自然淘汰を引き起こす 形質 の違いが生じる原因 を何も 説明せず、 偶然 にゆだね ている点が弱点とされました。 その形質の違いが生じる原因 に関して 「遺伝因子」 という新 たな概念を提案したのがグレ ゴール・メンデルでした。 ミトコンドリア リボソーム 細胞膜 粗面小胞体 染色体 滑面小胞体 オーストリアの修道士だっ たメンデルは遺伝という現象 に興味を持ち、修道院の裏庭 に植えたエンドウ豆の観察実 験を続けました。エンドウは クロマチン構造 ヒストン 花の色 や 豆のシワ など の判別しやすい形質を持ち、 しかも花びらが閉じていて自 DNA 然交配の可能性が低い、優れ た実験モデル生物なのです。 彼の仮説をひとくちでいえば、 「優性と劣性という 得ます。さらに実験を進め、たとえば 丸豆とシワ豆 黄色と緑色 といったように別々の形質は、それぞれ 強弱効果を持つ遺伝因子が、父母から1個ずつ子ども 独立して遺伝する事実が明らかに。こうして 1865 年、 に伝わることが遺伝である」 というもの。 メンデルは「遺伝の法則の発見」を発表します(実際の メンデル 「遺伝の法則の発見」 評価は 1900 年の メンデル法則の再発見 まで待つこ とになるのですが) 。 例えば、高い背丈(T)のエンドウ(優性)と低い背丈 このメンデル法則の再発見によって、細胞中には (t)のエンドウ(劣性)を考え、父親は 2 個の優性因子 分離可能な遺伝因子 が存在して世代を超えて引き継 (TT)を母親は 2 個の劣性因子(tt)を持つとする。こ がれる、という可能性が見えてきた。すでに観察され の結果生まれる子どもエンドウ(Tt)は優性な遺伝因 ていた 「染色体」 の中に、その遺伝因子が含まれている 子が勝って、すべてのエンドウの背丈が高い。しかし のではないかとの考え方が強まります。 孫の世代となると、遺伝因子の組み合わせは TT・ 今ではよく知られているように、ヒトの染色体は細 Tt・tt の3種類となり、高い背丈(TT と Tt)と低い背 丈 (tt) が 3 対 1 の割合になる。 胞中に 23 本セットが 2 組存在する。母方の生殖細胞 そして、エンドウの栽培実験で予想どおりの結果を デルの遺伝法則に照らしてみて、それぞれの遺伝因子 由来の染色体と父方の生殖細胞由来の染色体が、メン 3 。オーストリアの修道 グレゴール・ヨハン・メンデル(1822 ∼ 1884) 院に所属した司祭。代々行われていたエンドウ豆の品種改良に注目し、 「メンデルの法則」 を発見した。 約 15 年間にわたる交配実験を繰り返して できている」と報告されます。しかし当初は、タンパ ク質が遺伝子の正体であり核酸はその保護の役割をは たしている、との考え方が優勢でした。 ワトソン&クリック 「二重らせんモデル」 1940 年代に入り、「DNA が遺伝子として形質を支 配することができるか?」という実験研究がさかんに なります。その代表が 「ハーシェイとチェイスの実験」 です。彼らは、細菌に感染するウイルスであるファー ジを使って実験。タンパク質の殻の中に核酸を持つウ イルスが細菌 (大腸菌) に感染する際、殻を脱ぎ捨て核 酸が菌体内に入ることを確認。 「 DNA が遺伝子の正 体」 と確定させた (1952 年) のでした。 さてそうなると、では DNA の立体構造はどうなっ ているのか知りたくなる。ここで登場するのがワトソ ンとクリックによる「DNA の二重らせんモデル」の発 見です (1953 年発表) 。アメリカ生まれのジェームズ・ ワトソンとイギリス生まれのフランシス・クリックは ではないかと解釈できるわけです。 ケンブリッジ大学で出会い、2 人で DNA の構造解明 こうしてメンデルの発見に刺激され、多くの研究室 親世代 で遺伝子探しの研究がスタート。そして、アメリカの トーマス・モーガンによるショウジョウバエを使った 遺伝実験などによって、 「遺伝子は実在していて、染 表現型:緑色の種子 遺伝子型:yy 表現型:黄色の種子 遺伝子型:YY 色体上に直線状に並んでいる」事実が 1920 年頃までに 50% Y 50% y 配偶子 確定します。ちなみに 「遺伝子 (ジーン) 」 という言葉は、 デンマークの植物学者ヨハンセンが 1909 年に 命を与 他家受精 える元 という意味のギリシャ語にちなんで命名して います。 では、遺伝子の正体は何か ──この探究に取り組ん 雑種第1世代 (F₁) 表現型:黄色の種子 遺伝子型:Yy だのはじつに多数・多方面の学者・研究者で、それら 自家受精 の研究成果がまとまって初めて「DNA が染色体の構 成物質である」 ことが判明するのです。 DNA(デオキシリボ核酸)は名が示すとおり生体高 分子である核酸の一種。その核酸はすでに 1871 年、 怪我人の膿の中から発見され、続いて腎臓や肝臓の中 にもあることが明らかになっていた。ところが、その 一種である DNA がどのような働きをする物質なのか、 1930 年代まで知られないままでした。 そして、染色体と遺伝子の関係を探る研究の中で、 遺伝子が載っている部分は「DNA とタンパク質から 4 卵 50% Y 50% y 50% Y 25%YY 25%Yy 雑種第2世代 (F₂) 精 子 50% y 25%Yy 25%yy エンドウ豆の種子の黄色は優性遺伝するため、黄色 (YY) と緑色 (yy) の純 系を掛け合わせた F1 世代(Yy)は、すべて黄色になる。F1 同士を掛け合 (Yy) の組み合わせだから、75% の黄色 (YY、Yy) と、25% わせた F2 は、 の緑色 (yy) が出現する。 ( 『Essential 細胞生物学 原書第 2 版』 <南江堂> を元に作成) Special Features 1 進化する細胞のちから に邁進します。 DNA という高分子が細長い安定した構造を保つた 4 つの塩基とデオキシリボースとリン酸の分子模型を使って DNA の二 重らせん構造を発見したジェームズ・ワトソン (写真左) とフランシス・ クリック (写真右) 。この発見で 1962 年ノーベル生理学・医学賞を受賞。 めには、 らせん構造 が最適なのではないか。そう 考えた彼らは、ロザリンド・フランクリンが撮影に成 功した DNA 結晶の X 線回折像をもとに、実際にらせ ん構造を持っていることをつきとめる。 「らせんは二 重か三重か」が大きな問題だったのですが、クリック の研究経験に基づく詳細な検証によって二重の構造で あるのが判明します。 もう一つの問題は、二重らせんの骨格の中に遺伝暗 号となる塩基がどのように並んでいるか。DNA に含 まれる塩基は、アデニン(A) ・グアニン(G) ・シトシ ン(C) ・チミン(T)の4種類ですが、ワトソンは「2 種 類の塩基が 対 になって二重鎖の間に存在する」こと を明らかにします。有名になった二重らせん図にある ように、らせん状になった梯子のステップの部分を、 ©SCIENCE PHOTO LIBRARY/amanaimages 塩基のペアが作っているわけです。 しかも、この塩基対には G と C か A と T の組み 合わせしかない、という重要な事実があった。一見、 じつに不自由な構造に思われますが、遺伝情報を親か ら子へ正確に伝えていくための巧みな仕組みです。 A G C T 二重らせんによってDNAは複製される 細胞増殖のために DNA が複製されて2倍になると き、二重らせんがほどけて 1 本鎖となり、相手となる 1 本鎖を新たに作る。この時に、G が C の(または C が G の)そして A が T の(または T が A の)結合相手と 決まっていれば、迷うことなく以前と同じ塩基配列を 持つ DNA が複製される。この仕組みによって親の遺 伝子が子に伝わるわけです。 ちなみに突然変異という現象は、この遺伝子複製の 際に塩基の 読み間違い が起きて、塩基配列が変わっ てしまうことが、原因のひとつとなります。 DNA の構造研究とほぼ並行して進められたのが、 遺伝暗号の仕組み の解明です。A・G・C・T の 4 種 類の塩基を使って、どのような形で遺伝暗号文を書く のか ──この研究にも多数の科学者が参加しました。 結論だけをいえば、4 種類の塩基のうち 3 つを使っ た 3 文字言葉 によって、タンパク質の構成要素であ るアミノ酸の種類を指令する、という結果でした。と 旧 新 新 旧 DNA は 4 つの塩基が結合した 2 本のらせん構造。アデニン(A)はチミン 、シトシン (C) はグアニン (G) とそれぞれ水素結合でつながり、これ (T) により、正確な複製が可能となるとともに、必要な遺伝情報を RNA に 転写することができる。 ( 『ワトソン遺伝子の分子生物学 第 5 版』<東 京電機大学出版局>を元に作成) 5 てもシンプルな感じですが、4 種類の文字を 3 つ組み 合わせるとそのパターンは(4 の 3 乗だから)64 通り。 最近、そのカギとなる発見がなされました。それは 一方、各種のタンパク質を作るアミノ酸の種類は 20 機能未知な RNA が膨大な種類と量でゲノム DNA か 種類なので、じゅうぶん間に合うわけです。 ら発現されていること、およびレトロウイルスがヒト この 64 通りある塩基の 3 文字言葉をコドンと呼び のゲノムに侵入して飛び回った挙句に壊れた痕跡が、 ます。A・G・C・T のうちの 3 文字で表されるそれ ゲノムの半数以上を占拠していることです。これらは ぞれのコドンが、遺伝暗号として何のアミノ酸を意味 隕石の衝突や地磁気の反転など地球に天変地異が生じ しているのか、それがほぼ判明して公表されたのは た時に、生殖細胞の中で暴れまわることが予想されて 1966 年のことでした。 います。これが進化にどのような役割をはたしている つまり、遺伝子の実体は「多数(数千∼数万)の塩基 の配列」で、一線上に並んだコドンの種類と組み合わ せによって生体に必要な各種の遺伝情報を保持してい る。そして遺伝子 DNA の情報をもとにして、さまざ かという疑問に関心が集まっています。 「偶然と必然」 という哲学上の難問 まな機能を担う RNA(リボ核酸)やタンパク質分子が DNA 二重らせんの発見に伴って浮かび上がったの は、 「DNA は単なる化学物質ではなく情報の運び屋」 作られる(この現象を遺伝子発現といいます) 。遺伝子 という点です。生命の情報という目に見えないもの (形 の発現によって初めて、DNA に蓄えられた情報が役 而上学) を、DNA という見えるもの (物質:形而下学) 立つ──ということが理解されたのでした。 でどこまで説明できるか ──この課題の追究は、やっ さて、ヒトの細胞核に存在する DNA は全染色体を と始まったばかりなのです。21 世紀は、形而上 / 形而 合わせると約 1 メートルの長さとなり、そこに約 30 下の連携という哲学上の難問をサイエンスのことばで 億の塩基対があります。そして、ある生物が DNA の 語ることができるかもしれない、魅惑の時代になろう 形で保存している遺伝子情報の総量をゲノムと呼びま としているのです。 す。ヒトの DNA ならヒトゲノムというわけです。 このヒトゲノムに関して「DNA の全塩基配列を調 べることで、ヒトにはどんな遺伝子があるか知るため の手がかりとしよう」という DNA 解析計画 がアメ リカを中心にスタートしたのは 1990 年のこと。 その研究対象として理想的な例として 「コノハムシ」 や 「ハナカマキリ」 に見られる形態的な擬態について触 れておきましょう。 コノハムシは周囲の 木の葉 に、ハナカマキリは周 囲の ランの花びら にそっくりな形態をとっています。 そしてこの「ヒトゲノムプロジェクト」は、DNA の 青葉に似せたり枯れ葉に似せたり、驚いたことに葉が 二重らせん構造の発見から 50 周年となる 2003 年に、 虫に食われた跡まで真似て、卵は木の実にそっくり。 ヒト DNA 配列の読み取り終了を宣言しています。そ つまり、これらの形質は DNA という物質に情報とし れによると、ヒトの遺伝子の数は約 2 万 2000 と、大 て書き込まれているのです。この仕組みを DNA の塩 方の予想よりはるかに少ないものでした。 基配列レベルで解き明かすことができれば、 「偶然と もちろん、DNA 配列がわかったからといって、た だちに人の遺伝子の種類や性質が判明するわけではあ 必然」というもう一つの哲学上の難問にも答えられる かもしれません。 りません。しかし、他の生物ゲノム分析も進んで生物 すなわち、これらの現象が偶然ではなく、環境の情 間での DNA 配列の比較が可能となったことで、進化 報を遺伝子に取り込む分子レベルでの仕組みが解明さ の研究に新しい道が開かれたのも間違いありません。 れれば、ダーウィニズムはさらに強固な理論となるで DNA が遺伝子であることがわかり、DNA の構造 がわかったという 遺伝子 DNA の歴史 を中心に述べ しょう。いずれにしても、生命進化の中心にいるのは てきたわけですが、何が生物を進化させるかという大 てきた DNA そのものなのです。 問題は未知のまま残されている、といってよいでしょ 6 う。 人間などではなく、延々と引き継がれ多様な変化をし Special Features 1 進化する細胞のちから 遺伝子暗号の読まれ方 エピジェネティクスとiPS細胞 遺伝子の正体は DNA ということがわかった 時、 「では、DNA の暗号文をすべて解読できた ら ヒトの り方 がわかるはず」という期待が生 まれた。ヒトだけでなく、DNA を共有している Healthist Column 文◉編集部 text by Healthist ことで個体の完成に至る。だから、内臓になるべ き細胞や皮膚になるべき細胞では、それぞれ自分 の役割をはたすための遺伝子しか働かなくなって いる、というわけだ。 ところが、皮膚細胞などにある種の遺伝子を加 すべての生物の形態や機能も理解できるのでは、 えると、細胞が改めて あらゆる細胞になる能力 というわけだ。 を持つことが明らかになった。母親の子宮内で受 たとえば、受精卵から発生・分化が始まるヒト 精卵(より正確には初期胚の中の細胞塊)が、200 のような生物では、たった 1 つの受精卵が何段階 種類あるといわれるさまざまな体細胞に分化して にもわたる 細胞分裂 を繰り返して、ついには いくのと同じ能力・機能だ。皮膚細胞にまで分化 60 兆個の細胞からなる複雑な身体を りあげる。 だから DNA には、そこに至るまでの設計図と手 した細胞が 「脱分化」 して、改めて多様な細胞に分 化する能力があることが示されたのである。 順書が納められているだろう。同じ種でも形態や 京都大学の山中伸弥教授によって世界で初めて デザインそして個性の違いなどがあるが、その内 示されたこの細胞を、誘導によって作られた 多 容も DNA に書かれているはずだと考えられた。 能性幹細胞 という意味で「 iPS」と呼ぶ。こうし また、受精卵が複数の細胞を持つ胚になり、胚 が胎児と呼ばれるような形になり、新生児となっ て生まれる準備が整う。こうした 発生の順序 が厳密に守られているからこそ、人間としての基 本形といった種特有の形態が守られる。だから、 内臓を作る細胞や皮膚を作る細胞では 自分が成 るべき細胞の遺伝子 だけが活性化する仕組みが、 た 遺伝子 DNA の不思議 については、次に続く 特集ページにて詳細を明らかにしたい。 マウスの細胞分化の過程。8 細胞まではすべての細胞に分化可能 な全能性を持っているが、桑実胚以降は段階的に分化能は制限さ れる。しかし、内部細胞塊には高い分化能が残っていて、ある条 件で培養すれば全能性を持つ ES 細胞(胚性幹細胞)を得ることがで きる。一方、山中教授は、分化しきった皮膚細胞などに 4 種類の 遺伝子(山中因子)を組み込むことで、内部細胞塊と同じ分化能を (多能性幹細胞) である。 持たせることに成功した。これが iPS 細胞 DNA によって決定されているとも理解されていた。 要するに、 「DNA 文字で書かれた 遺伝子文書 を読めば生物のすべてがわかる」 「生物の 組み 立て方 が理解できる」という期待があった…… のだが、生命の仕組みはそう簡単な話ではすまな いことがわかった。 DNA 文字を読んだだけでは、その DNA 遺伝 子の持ち主がどのような個体 (ヒトでは個人) にな るか想像できない。特定の精子と特定の卵が出 合ってから、具体的な遺伝子の働きが決定される、 という現象が明らかになってきた。 遺伝子 (ジー ン) より 後の(エピ)現象 という意味で「エピ ジェネティクス」 と総称される現象である。 また、受精卵から赤ん坊が作られる過程は、以 前は 一方通行 と考えられていた。遺伝子 DNA の指令にしたがって、粛々と発生プロセスが進む 7