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1.「セネガル総合村落林業開発 計画の経験から」
〔情報:客員研究報告書〕 1.「セネガル総合村落林業開発 計画の経験から」 ―地域住民の自主性を引き出す援助アプ ローチ― (野田直人客員研究員注 1)) (2006 年 4 月発刊) ら導き出された住民参加型開発モデルである 「PRODEFI モデル」は、これらの問いに対するア プローチのひとつとして本報告書にて提示されて いる。 3. 報告書の概要 (1)PRODEFI モデルの概要 本報告書では、第 2 章において、通称「PRODE 1. 本研究の背景と目的 「参加型開発」という言葉が開発援助のメイン ストリームで語られ、JICA や NGO の協力の中で FI モデル」と呼ばれる開発支援アプローチとはど のようなものなのか、そして、第 3 章では、それ がどのように機能するのかを分析している。 も、「住民参加型開発」と呼ばれるものが数多く 野田客員によると、「PRODEFI モデル」とは住 ある。しかし、その実態はプロジェクト目標の達 民が持っている活力を引き出し、その活力を個人 成のための活用に住民が加わることを意味し、必 や組織の活動の活性化、さらには、地域開発へと ずしも住民の自主性を活かした持続的な開発につ つなげていくモデルであり、1)研修という形で ながるものばかりではないように見受けられる。 住民へのインプットを開始し、2)住民の意識や では、住民の自主性を活かした持続的な開発のた 行動の変化を見ながら、臨機応変に住民のニーズ めに、開発援助を行う外部者の役割にはどのよう に合った対策を提供していくものである。このモ なものがあるのか。本客員研究報告書は、野田直 デルの研修部分を構成している 5 つのポイントは、 人氏の豊富な現場での経験から、「効果的な参加 ①地域の研修ニーズを把握する、②地域の(人 型アプローチのあり方」および「高度の計画性と 的・物的)資源を用いる、③(本当の)現地で研 参加型の融合性の図り方」を提示しており、今後 修する注 2)、④参加者を選別しない、⑤多数を対象 JICA 事業においてどのように「住民の自主性を活 にする、である。つまり、当事者の関心があるこ かした参加型開発」を取り入れることができるか とから始め、現地の人的リソースを利用して現地 を考える際の参考となることを目指している。 の人的結び付きをつくり、だれもが参加できるよ うに現地で研修を実施、参加者を選ばないことに 2. 「参加型」の定義 本研究では、「参加型」を、1)参加する主体は より多数の人間に情報を提供して、共通の認識や 知識を共有できるような下地を作ることである。 「受益者」、2)参加する対象は「受益者が責任を 他方で、本報告書では、同じアプローチを他地 持つ開発プロセス」と定義している。つまり、本 域にただコピーするのではなく、PRODEFI モデル 来の参加は、援助対象者の自主性を重んじ、当事 のエッセンスを現地の状況に合わせて随時工夫を 者の自己決定による活動を促す一方で、自己責任 重ねることが、住民の開発プロセスにおいてこの をも問うアプローチであるということである。し モデルが本当の意味で機能するために必要なこと たがって、開発援助を行う外部者の役割は、当事 であると強調している。 者が自己実現を行うためのきっかけや条件を整え (2)計画と参加型の整合性 ることであると考えられる。つまり、外部者はプ 第 4 章では、効果的な参加型アプローチを組む ロジェクトという枠組みに住民を「参加」させる 際に、外部者はどのようにかかわっていくべきな のではなく、住民自身の選択により参加できる機 のかを考察し、さらに第 5 章において、高度の計 会・選択できる機会を提供することが役割である 画性と参加型開発の融合性の図り方について論じ と認識すべきであり、住民の発展プロセスを継続 ている。 して支援する仕組みが必要である。また、状況に 本報告書では、参加型アプローチは終わりのな 応じて現場で臨機応変に対応し、工夫を重ねるこ い長く続く地域住民の開発プロセスを支援するも とができるプロジェクトの体制作りが必要とされ のであり、プロジェクトという期間や投入があら ている。野田客員の経験、および「セネガル総合 かじめ限定されたアプローチにはなじまないとし 村落林業開発計画(Projet Communautaire de Dével- ている。住民の発展プロセスにおいて、明確に目 oppement Forestier Intégré : PRODEFI)」の学びか 標が設定でき、投入やタイムフレームを相当程度 78 〔情報:客員研究報告書〕 計画できる部分のみがプロジェクトとするに適し 限られた時間で成果を上げる必要があることか たものであるとしている。つまり、基本的にはプ ら、迅速に問題に対処する権限を持つマネージャ プロジェクトは実施する側が自らの責任において ーという存在が必要であるとしている。 達成できることのみを含むべきであり、その責を 最後に、モデルの意味に関してである。JICA の 負わない者はたとえ援助対象の住民であっても、 案件では過去に数多くのモデルが作られている プロジェクトの計画などに参画させるべきではな が、その多くは汎用性が低く、他案件での採用や いということである。プロセスとプロジェクトの 応用につながったものは限られている。その理由 区別を理解したうえで案件形成を行えば、それぞ として、モデルが特定の栽培システムや普及シス れのステークホルダーの役割分担、責任の範囲は テムのように、固定した形ととらえられているこ 最初から明確となる。その際、プロジェクトは とが考えられる。このように固定したモデルは、 「住民自身が自主決定権を持つ開発プロセスにお 開発された現場では機能していても、社会的、環 いて、機会の提供を通じて開発プロセスがより生 境的な条件が異なる場所においては機能しないケ 活の向上に結び付くための後押し的な支援」とな ースが多い。 ることが望ましい。 (3)提言 そこで、ひとつの案件の成功事例を汎用的なも のにするためには、モデルの定義を考え直す必要 以上の考察から、「効果的な参加型アプローチ」 がある。モデルをひとつの出来上がった形とする および「高度の計画性と参加型の融合性の図り方」 のではなく、そこに至るプロセスとすれば、非常 には、どのような改善が必要とされているのか、 に幅広い状況で用いることができる、あるいはヒ 本報告書では、その補論において以下 3 点を主要 ントとすることができる良い選択肢となる。 な提言として挙げている。 プロジェクト実施の前後にも、その地域には対 プロジェクトとは、事前に計画を立て、計画ど 象者自身による暮らしや発展のための努力が存在 おりに実施すれば想定した結果が得られるとする していることを忘れてはならない。そのような継 論理的なアプローチであるが、途上国の地域開 続性を見据えた中でプロジェクト・マネジメント 発・農村開発といった場合には、社会的にも自然 を考える仕組みが今後必要であると本書は結論づ 環境的にも、援助する側には未知であることが多 けている。 く、また変化も激しい。このような状況において は、事前に立てる計画はひとつの仮説にしかなら 注 釈 ず、計画どおりに行って結果が出る可能性はむし ろ低いといえる。 この状況に対応するためには、既知の要素が多 1)「セネガル総合村落林業開発計画 (Projet Communautaire de Développement Forestier Intégré : PRODE- い案件と、少ない案件とを区別し、既知の要素が FI)」元チーフアドバイザー. 少なく不確実性が高い案件を運営するための仕組 年 1 月末まで JICA 客員研究員. みを導入する必要がある。特にビジネスの世界で 2005 年 8 月より 2006 2)地方都市の研修機関に住民を移動させるのではなく、 使われているポートフォリオ・マネジメントや、 現地(住民がわずかな移動時間で集合できる範囲) 仮説マネジメントの方法論が良い参考となる。こ で研修を行うということ。 のような方法論を援助の世界にも導入し、仮説を 管理する、あるいは仮説を回避する方法論が必要 であると述べている。 次に、本書では、プロジェクトの活動などを現 *本報告書は以下のホームページに掲載されています。 http://www.jica.go.jp/branch/ific/jigyo/report/kyakuin/ 200604_con.html 実に合わせて迅速に変更する権限を持つマネージ ャーの必要性を指摘している。現在の JICA プロジ ェクトでは、チーフアドバイザーにも相手側プロ ジェクト・マネージャーにもそのような権限は付 与されていない。また PDM(Project Design Matrix) の変更手続きに関する規定もなく、わずかな変更 にも多くの手間と時間を要する。プロジェクトは 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 79 〔情報:客員研究報告書〕 2.「保健医療セクターにおける 『総合的品質管理(TQM)手 法』による組織強化の研究」 (長谷川敏彦客員研究員) た。 研究実施にあたっては、JICA 国際協力総合研修 所調査研究グループが事務局を担当するととも に、人間開発部第三グループと共同で研究進捗状 況の確認や報告書の内容に対するコメントや提案 を行った。 (2006 年 6 月発刊) 3.報告書の概要 1.背景と目的 病院や保健医療分野の TQM を整理する前に、 一般的に、開発途上国に比べ、米国、欧州、日 まず TQM に関する一般概念をまとめた。TQM の 本などの先進国のほうが医療サービスの質が高 歴史的な背景としては、わが国において、米国で く、途上国から学ぶことはないと思われてきたが、 開発された統計的質管理手法 (SQC : Statistics 20 世紀末から米国、英国、日本などで医療事故が Quality Control)をもとにわが国の産業特性に合致 多発し、医療の信頼が揺らいでいる現状がある。 したボトムアップによる品質管理手法(QC: Qual- 一方、途上国では絶対的な医療資源不足という制 ity Control)が開発され、広く産業界に伝播したこ 約があるにもかかわらず、医療の質改善活動を実 とがある。その基本は「無理」「無駄」「むら」を 施し、成功している国が出現している。その活動 なくすことであり、現場中心の小規模かつ即応型 はわが国の医療サービスの質改善を推進するうえ の品質管理手法である。その後、製造現場のみな でも学ぶべき内容であり、ほかの途上国において らず間接部門、営業部門を含めた全社的な品質管 も参考となる。 理の重要性がうたわれ、全社的品質管理や総合的 本研究は、タイやスリランカの現地調査結果と、 品質管理(日本型 TQC : Total Quality Control)へ これまで途上国の医療の質向上活動に関係してき と発展していった。その後、製品の品質のみなら た専門家の報告などに基づき、アジア 4 カ国、ア ずサービスの品質管理も範疇としたことからサー フリカ 1 カ国、および中南米の現状やわが国での ビス産業にも応用され、経営の質管理という観点 取り組みを体系的に整理し、トリガーイベント から TQM へと発展した。米国では日本型 TQC を (誘発要因)や成功要因を分析したうえで、今後の もとにして、6 σ(シックス・シグマ)というト JICA の保健セクターにおける TQM(Total Quality ップダウン型の品質管理手法が開発され、また経 Management :総合的質管理、質経営)の活用に向 営の質向上という視点ではバランス・スコアカー けた、より実践的なアプローチを検討することを ドの概念が生まれ、わが国でも採用する企業・団 目的としている。 体がある。 2.実施体制 次医療革命」といわれる評価と説明責任という時 保健医療の質をめぐる国際的な潮流は、「第三 本研究は、国立保健医療科学院政策科学部長 代の第 2 ラウンドに入り、先進国における同時多 (当時)である長谷川敏彦氏を客員研究員として、 発的な医療事故の発生に端を発した医療安全、患 2005 年 7 月から 2006 年 3 月までの期間実施され 者安全が提唱されるようになった。その背景には た。なお、研究実施にあたっては、同部協力研究 患者の権利意識、法律や IT 化などの技術・制度の 員の鈴木修一氏の協力も得て行われた。 革新、そして医療の質が測定できるようになった 長谷川客員は、主に(1)TQM に関する既存資 ことがある。 料の分析、(2)TQM を推進しているわが国の研究 わが国では、主に行政は法律および社会保険制 者へのインタビュー、(3)TQM を実施しているわ 度(診療報酬)による質の統制を行い、そのほか が国の病院のレビューと現場視察、(4)タイ、ス 第三者評価機関や医療者、患者団体などが保健医 リランカでの現地調査、(5)途上国の医療の質向 療の質に関する活動(たとえば臨床ガイドライン 上活動に関係してきた専門家の報告のレビュー、 の作成や臨床指標の分析等)などを実施してい (6)途上国で医療の質や病院管理などにかかわっ ている保健省行政官の報告のレビュー、などを通 じて、上記の整理・分析を行い、報告書にまとめ 80 る。 保健医療分野への TQM の活用を考える場合、 保健医療サービスの定義を明確にする必要があ 〔情報:客員研究報告書〕 る。サービス財には、無形性、非分離性、変動性、 践されている。 即時性などの特性があり、日本型改善の特徴であ 本研究では、上記事例から導き出せる共通要因 る無理、無駄、むらを排除する手法が効果的と思 を、「背景・経緯」「トリガーイベント」「成功要 われる半面、保健医療分野には、非営利、専門集 因」の 3 点から横断的に比較・分析した。「背景・ 団、個人主義、能力主義などの特徴があって、日 経緯」とは当該国の保健医療分野に質改善が求め 本型改善の長所であるボトムアップ型の手法に向 られる背景や経緯であり、なぜ TQM が求められ かないという側面もある。よって保健医療サービ るようになったかを抽出している。「トリガーイ スの「コア・コンピタンス」(コアの技術要素) ベント」とは質改善活動を始めた「きっかけ」で は何かを明確にすることが重要であり、病院サー ある。通常、現状を変化させるには突破口 ビスの質でいえば、まず品質保証において「コ (Breakthrough)が必要であり、その突破口を誘引 ア・コンピタンス」を明確にし、実践としての する事象がトリガーイベントである。「成功要因」 TQM の活用、さらには医療統制(クリニカル・ガ とは質改善活動を成功に導く要因である。 バナンス)の強化によって質向上を目指すことが 上記の特徴としては「背景・経緯」の多様性が 理想であり、それが世界的な潮流となってきてい 挙げられ、保健医療分野における問題意識の顕在 る。 化がトリガーとなっているということは各国共通 わが国の病院における TQM は 1980 年代から病 だが、そこに先駆者がいてはじめて改善活動に結 院ごとに実施されてきたが、1999 年に「医療の び付いており、「リーダーシップ」「プロセスマネ TQM 推進協議会」が発足し、質改善のネットワー ジメント」 「システムアプローチ」 「ピアレビュー」 クが形成された。わが国における質改善のきっか が成功要因として挙げられた。 けは医療事故であるが、医療安全や患者安全を確 「リーダーシップ」とは成功には強いリーダー 保するためには、従来トレード・オフの関係があ シップが必要であるということを示し、「プロセ るといわれている臨床的側面の質改善と経営的側 スマネジメント」とは質改善を推進する者は目標 面の質改善を両立させる必要があることが認識さ を管理するのではなく、そのプロセスを管理し、 れたことにより、総合的な質改善が推進されるよ 各病院の文脈に合わせて管理するということを示 うになってきた経緯があると思われる。その先駆 す。「システムアプローチ」とは、各人の能力を 者が練馬総合病院であり、その活動は MQI(Med- 向上させるのではなく、病院の機能、システムを ical Quality Improvement)という名称で現在も推進 されている。 途上国における TQM の取り組みとしては、東 北大学大学院の上原教授が、従来の「質=高度医 改善していくということを意味する。そして、 「ピアレビュー」とは、1 人 1 組による改善活動で はなく、複数の同様なグループ活動を形成するこ とにより、切磋琢磨を促すことである。 療、先進技術」という発想を転換し、適正技術の 強弱の差はあるものの、上記 4 項目は各事例の 選択と医療システムとしての質の追求の重要性を 成功要因として作用しており、TQM を推進するう 挙げ、「日本的品質管理」の導入および普及を図 えでの主要因(コア・コンピタンス)といえよ っている。その手法は EPQI(Evidence Based Par- う。 ticipatory Quality Improvement)という名称で体系 また、保健医療分野の TQM だからといって、 的にまとめられ、研修やセミナーなどを通じて中 臨床や研究などの保健医療の技術的な領域からの 米地域などに普及されている。 導入を図るのではなく、マネジメント等他産業と 本報告では、スリランカ、タイ、フィリピン、 バングラデシュ、ザンビアにおける保健医療サー 共通の業務から入ることが成功を容易にしてい る。 ビスの質改善の取り組みを事例として取り上げて TQM の実践では、医療安全、安全管理などに関し いる。途上国の保健医療分野では、元来、圧倒的 てはわが国に一日の長があり、総合的な病院サー な資源不足、医療サービスへのアクセスの困難性、 ビス改善のプロセス構築に関してはタイのアプロ 利用者の支払能力の低さ、医療従事者のモチベー ーチが参考になる。そして、病院サービスに質管 ションの低さ、感染症や傷害中心から生活習慣病 理という概念を導入するという観点ではスリラン への移行(Epidemic Change)など先進国とは異な カのアプローチが参考になる。フィリピンのアプ る大きな課題があり、その制約の中で TQM が実 ローチは地方分権化を推進している国にとっては 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 81 〔情報:客員研究報告書〕 表− 1 調査結果のまとめ 背景・経緯 日本 トリガーイベント 製造業における QC 手法 重大な医療事故(1999 年) 規制中心(政府・自主規制) 臨床指標,評価手法の開発 国立病院の独立行政法人化 成功要因 リーダーシップ 臨床目標と経営目標の融合 (第三者評価システム) 受益者・国民意識(質に敏感) 急激な経済成長 通貨危機(1997 年) タイ スリランカ TQM パイロットプロジェクト (1992 年) プロセスマネジメント 30 バーツ政策 2 人のリーダーの出現(HA- ピアレビュー 民間病院との競合(患者の民間 Thai,HNQA) 失敗からの学び(段階的導入) 病院への移行) 病院における労働負荷の増大 高い院内感染率 SLIDA の講座への TQM の導入 リーダーシップ 他産業における TQM ある医師の院長就任 システムアプローチ 一病院の取り組み 他産業からの評価 自己完結型(できる範囲での挑 全国展開へ フィリピン バングラデシュ リーダーシップ 戦) 保健医療分野全体の品質管理 必要性の認識 リーダーシップ 地方分権化 USAID(米国国際開発庁)の支援 海外からの支援 立法 海外からの要求 品質管理の受容性 QA の計画段階 脆弱なマネジメント (未発現) (未発現) 5S のパイロット的導入 トップのコミットメント 身近な問題への取り組み(臨床 ザンビア 的課題以外) 注) HA-Thai :タイ病院評価機構(Thailand Hospital Accreditation Agency) HNQA :病院ネッワーク品質監査(Hospital Network Quality Audit) SLIDA :スリランカ開発・経営院(Sri Lanka Institute of Development Administration) QA :品質保証(Quality Assurance) 5S :現場(工場, 店舗, 院内等)を整理, 整頓, 清掃し, 清潔な環境を確保し, 適切なしつけを身に付けた職員を増やして職場環境の改善を 図る運動. 参考になるものであり、ザンビアのアプローチは 望ましい。 質の概念を理解し実践するための導入としては参 病院の質改善は総合的に考えることが重要であ 考になる。ただし、今後求められる保健医療サー り、そのアプローチに対して JICA、ひいてはわが ビスの質を考える場合、上記の課題すべてを包含 国がどのような協力を行うことが可能か検討する する必要があり、それこそが病院における TQM 必要がある。そこでは相手国の主体性が求められ として求められる事項であろう。よって、アプロ る。逆にいえば、病院の質改善への支援は、まず ーチとしては当該国の事情に合わせて上記を活用 は保健医療政策を主体的に検討できる国に対して しながら、最終的には医療安全や病院経営などを 実施することが望ましく、その成功体験を普及す 含めた保健医療サービスおよび国家的な保健医療 ることが次段階として求められるであろう。 サービスの質体系の確立等を包含する必要がある。 JICA の事業として、病院の質改善を検討する場 *本報告書は以下のホームページで閲覧できます。 合、まずは研修事業の充実から始めることが望ま http://www.jica.go.jp/branch/ific/jigyo/report/field/health- しいと思われる。ただし、病院における TQM の care.html リソースはわが国のみでは賄いきれないので、さ まざまな国との連携を視野に入れ検討することが 82 〔情報:調査研究報告書〕 3. 特定テーマ評価「経済連携」 −貿易分野における社会的能力の形成と ①アクター・ファクター分析 アクター・ファクター分析では、アクターとし て政府と企業を区分し、またファクターとして、 その支援のあり方− (2006 年 3 月発刊) 「政策・対策の立案・実施能力(政策・対策要素= P 要素)」「能力が体化される人的・物的・財政的 組織資源(人的・物的・財政的組織資源要素= R 1. 評価の背景と目的 東アジア地域では、1980 年代後半以降、貿易・ 投資の促進がその経済発展の原動力のひとつとな 要素)」および「その基盤として必要な知識・情 報・技術(知識・技術要素= K 要素)」)に区分し て能力分析を行った。 っており、最近では ASEAN 諸国が貿易・投資制 政府部門の能力形成については、以下の結果が 度の整備・調和を模索するのみならず、域内の経 得られた。まず「P 要素:産業・貿易の中長期計 済統合や自由貿易協定(FTA)を含めた包括的経 画(国家開発計画)、輸出・中小企業振興にかか 済連携協定(EPA)に向けた動きが加速している。 わる基本法・基本計画の策定」は、各国ともベン このように東アジア地域における貿易・投資環境 チマークを順調に達成している。一方、「R 要素: が大きく変貌を遂げ、経済連携の動きが加速する 輸出振興機関の設置(海外および地方事務所の設 中、途上国の貿易分野におけるキャパシティ・デ 置)、中小企業振興機関の設置、環境変化に応じ ィベロップメント(TCD : Trade Capacity Develop- た組織再編」および「K 要素:統計書の発行、白 ment)を行うことがますます重要視されている。 書の発行、関連機関による年報の発行」は、比較 JICA は、1980 年代以降、インドネシア、タイ、 的高水準のマレーシア、タイと能力形成が十分で フィリピン、マレーシアといった国々に対し、プ ないインドネシア、フィリピンの間に格差があ ロジェクト方式技術協力(現、技術協力プロジェ る。 クト)である「貿易研修センター」などの TCD を 企業については、「P 要素:製造業の労働生産性 中心に、貿易分野における技術協力を実施してき (付加価値額/就業者数)」「R 要素:全就業者に占 た。 める製造業就業者比率」および「K 要素:中等教 こうした背景のもと、JICA は、これら諸国にお 育の粗就学率」を代理指標として採用した。3 要 ける JICA の TCD への協力効果を検証するととも 素とも比較的高水準のマレーシア、それに続くタ に、4 カ国以外の国々に対する今後のより効果的 イ、さらにインドネシアの 3 カ国が、能力要素の な TCD への取り組みを進めるにあたっての教訓を 順調な伸びを示している。これに対して、フィリ 得ることを目的として、外部機関である広島大 ピンは初期条件に恵まれていたにもかかわらず、 学・三菱総合研究所共同企業体に評価を委託・実 能力形成が伸び悩んでいる。 施した。本評価では、対象 4 カ国における貿易分 ②発展ステージ分析 野の社会的能力の形成過程を検証したうえで、こ れら能力形成に対する JICA 援助の効果を分析し た。 アクター・ファクター分析の結果に基づいて、 各国の能力発展ステージの推移を示した。発展ス テージは「システム形成期」「システム稼働期」 「自律期」という 3 つに分けた。 2. 評価結果の概要 (1)対象 4 カ国の社会的能力の形成状況 対象 4 カ国とも 1960 年代初頭から半ばにかけ、 貿易振興に関する法整備、所管政府機関の整備な 評価にあたっては、まず対象国のキャパシテ どのシステム形成期が始まった。その後、マレー ィ・ディベロップメントの状況を把握するために シアとタイは 1980 年代後半にシステム稼働期へ移 「社会的能力アセスメント(SCA)」を行った。 行し、また 2000 年以降は、自ら環境の変化に応じ SCA は、キャパシティ・アセスメント(CA)の た組織再編を行えるようになったことに見られる 方法論として提案したものである。SCA は、大き ように、自律期へ移行しつつある(例としてマレ く分けて、社会的能力をアクターとファクター ーシアの社会的能力形成の状況について図− 1 に (構成要素)のマトリックスを用いて分析するア クター・ファクター分析と、その結果をふまえた 発展ステージ分析からなる。 示した) 。 一方、インドネシアとフィリピンは、1990 年代 半ばにシステム形成期の最終段階に達していた。 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 83 〔情報:調査研究報告書〕 図− 1 マレーシアにおける貿易分野の社会的能力形成 社会的能力指標 貿易白書 (1994) MATRADE年報(1993) 貿易統計 (1960) 中小企業開発公社 (SMIDEC)設置(1996) 貿易開発公社 (MATRADE) 設置(1993) マレーシア工業開発庁 マレーシア輸出センター (MIDA)設立(1967) (MEXPO)設立(1980) MATRADEと SMIDECの 組織再編 (2003) マレーシア工業基本計画 (IMP1) (1986−1995) マレーシア工業基本計画 (IMP2) (1996−2005) 投資奨励法 (1968) 自由貿易地域 (FTZ)法(1971) 新経済政策 (NEP) (1971−1990) 第2次マレーシア計画 (1971−1975) 1950 産業政策 1960 1970 輸入代替 ステージ 準備期 1980 輸出志向強化 1971 システム 形成期 1990 年 2000 輸出志向 1986 自由化 システム 稼働期 自律期 しかしインドネシアは、1997 年の経済危機後の混 シアやタイと比べて少なめであったことに加え、 乱を受け、とりわけ政府部門は中央省庁の再編成 政府部門の人的・財政的な資源制約が能力形成を や地方分権化の影響もあり、再度、システム形成 妨げていることの影響が想定できる。 をやり直さなければならない状況になった。フィ ②社会的能力発展ステージと援助の適合性 リピンは、政府部門の貿易振興能力が不足してお マレーシアとタイでは、社会的能力の形成に従 り、企業部門も生産性の伸び悩みが見られる。法 って援助の重点分野が移行し、順次それに対応す 制度などの形式的整備は完了しているものの、そ る援助が実施された。両国での援助は社会的能力 れが輸出パフォーマンスの向上に結び付いていな の発展ステージと適合していたと考えられる。 い。両国は、現在もシステム形成期の最終段階に とどまっていると考えられる。 (2)JICA 援助の効果 SCA の結果をふまえて、援助の妥当性および有 インドネシアとフィリピンでは、システム稼働 期への移行を実現するために、さまざまな内容の 協力が同時期に実施された。社会的能力の形成が 十分でなく、援助と現地の自助努力の総体として 効性を中心に JICA 援助の効果を分析した。 重点的な投入が実施されてきたといえる。両国と ①援助による政府の能力形成への貢献 も、状況に応じた援助投入という意味では適合性 4 カ国において各能力要素の水準はすべて向上 を持っていたが、いっそうの自助努力を促し、オ しており、JICA 援助は貢献要因のひとつとして役 ーナーシップに基づく能力形成を進めるための取 割を果たしてきたといえる。インドネシアとタイ り組みがさらに求められる。 では、援助投入と社会的能力の水準が呼応する形 ③国内関係機関との連携と上位政策との一貫性 になっており、比較的貢献が大きかったといえる。 貿易分野の援助は、「援助・貿易・投資の三位 これに対してマレーシアは、援助投入が必ずしも 一体」という上位政策に基づいて行われてきた。 多くなかったにもかかわらず、期間中に社会的能 こうした取り組みは、東南アジア諸国で最も典型 力が大きく向上している。現地のオーナーシップ 的に現れたといえる。協力による途上国の投資環 が強かったためであると考えられる。 境の改善が、日系企業など外国企業の新たな投資 フィリピンでは、他の 3 カ国と比べて十分な貢 献が見られていない。プロジェクト数がインドネ 84 の呼び水となり、輸出拡大に貢献し、ひいては途 上国の経済発展に貢献してきた。援助についても、 〔情報:調査研究報告書〕 各機関の役割分担により、JICA と日本国内関係機 関との連携が確保されていたと評価できる。近年 では各国で日本大使館、JICA、JBIC(国際協力銀 行)、JETRO(日本貿易振興機構)などによる ODA タスクフォースが持たれ、緊密な連携を行え るような工夫も進んでいる。 3. 教訓と提言 (1)援助のプログラム化 インドネシア、フィリピンでは、JICA の援助が 政府の能力形成に一定の貢献を果たしてきた。た だし、企業を含む社会的能力全体の発展ステージ との適合性を見ると、課題であるシステム稼働期 への移行が実現していない。したがって、システ ム稼働期への移行を目的とした包括的な CD、本 評価の枠組みでいうと社会的能力形成に配慮した 援助プログラム策定が必要である。その際、SCA の結果に基づいた適切な援助投入のタイミング、 量、質、順序の検討が求められる。 (2)「G to G(政府から政府) 」から「G to G プラ ス G to B(政府から民間) 」へ CD 支援では、多様なアクターの関係性を活用 し、社会全体の能力向上を図ることが重要である。 その際、援助の対象となるアクターを限定せず、 どのアクターに働きかければ効果的かという観点 から事前に検討すべきである。フィリピンのよう に、政府部門が人的・財政的制約に縛られている と、政府より商工会議所や業界団体といった民間 部門の支援が効果的な場合もある。従来の国内関 係機関の役割分担に基づく協力に加え、新たな連 携のあり方の検討が求められる。 (3)南南協力への展開 今後、経済連携を推進するには、カンボジア、 ラオス、ミャンマー、ベトナムなど経済発展段階 の低い諸国の CD 支援が不可欠である。この際、 域内でより発展段階の進んだ対象 4 カ国、中でも マレーシアとタイは、南南協力の担い手となるこ とが期待される。さらに、開発援助分野で最大の 課題であるアフリカ支援についても、4 カ国によ る南南協力の可能性は検討に値する。経験の再整 理を通じて自国の政策をより効率的・効果的な形 で策定・実施していくためにも有益であろう。 *本報告書は以下のURLのホームページで閲覧できます。 http://www.jica.go.jp/evaluation/after/theme.html 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 85 〔情報:調査研究報告書〕 4. 特定テーマ評価 「パレスチナ難民支援評価」 り巻く政治的、経済的、社会的情勢が変わる中で、 パレスチナ難民、パレスチナ自治政府、そしてパ レスチナ難民受入国が、それぞれが直面する状況 に応じて、現実的に対応してきているということ (2006 年 6 月発刊) である。また、ドナー側においても、UNRWA が 度重なる「緊急アピール」を発出し、「緊急アピ 1. 評価の背景と目的 JICA は、1985 年以降 UNRWA(United Nations ール疲れ」を起こすなど、パレスチナ難民問題が 負担となってきている。 Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the UNRWA によると、パレスチナ難民とは 1946 年 Near East :国連パレスチナ難民救済事業機関)を 6 月から 1948 年 5 月までの 2 年の間にパレスチナ 通じてパレスチナ難民のための技術協力(研修員 を通常の住居としたことのある者で、1948 年のア の受入れ、専門家・シニア海外ボランティア・青 ラブ・イスラエル紛争の結果、住居や生活の糧を 年海外協力隊の派遣)を実施してきている。 失い、西岸、ガザ、ヨルダン、シリア、レバノン 将来的なイスラエル・パレスチナの二国家平和 に避難した者、およびその子孫と定められてい 共存に向けて対パレスチナ支援に取り組むうえで る。UNRWA 登録難民 注 1)の人口は着実に増加して 不可欠な要素であるパレスチナ情勢は新たな局面 おり、1950 年の 91 万 4221 人から、その後増加を を迎えているが、パレスチナに対して、日本政府 続け、2005 年 3 月 31 日には、425 万人を超えてい は 2005 年 5 月に 1 億ドルの対パレスチナ支援をコ る。 ミットするなど、中東和平プロセスで積極的な役 パレスチナ難民が居住する今日の難民キャンプ 割を果たしていく旨を表明している。対パレスチ は、通常想像するような緊急避難措置として難民 ナ支援における JICA の役割拡大が期待される中、 受入国でテントを張り、水・食糧や緊急医療とい パレスチナ難民問題に JICA がどのように対処する った人道支援を受けるいわゆる難民キャンプの姿 かが今後の重要な課題となっている。 とは異なる。多くの場合、パレスチナ難民キャン 特定テーマ評価「パレスチナ難民支援評価」は、 プと周辺コミュニティを識別することは困難で、 JICA のこれまでのパレスチナ難民に対する支援を 特にヨルダンでは難民キャンプの住人の多くは受 評価し、協力の成果を把握したうえで、パレスチ 入国市民と同じような住居に住み、程度の差こそ ナ難民の現状を分析することによって、JICA 協力 あれ、受入国で勉強し、働き、生活の糧を得ると のあり方を再検討し、今後のパレスチナ支援、中 いった具合に、受入国市民に近い生活を送ってい 東地域支援の戦略策定に反映させることを目的と る。 して、2005 年 7 月から 9 月にかけて実施された。 各国・地域に居住するパレスチナ難民の置かれ ている状況を一概に比較することは難しいが、調 2. パレスチナ難民問題をめぐる基本認識とパレ スチナ難民の置かれている現状 査団が行ったヒアリングの結果を総合すると、レ バノンに居住するパレスチナ難民が最も厳しい状 パレスチナ難民問題への対応を考えるうえで重 況か、あるいは、西岸・ガザに居住する難民と並 要なことは、本問題が中東和平プロセスにおいて んで最も厳しい状況(ガザのほうが西岸より厳し 象徴的な政治問題となっているということであ い)にある一方で、ヨルダンに滞在する難民が最 る。つまり、パレスチナ自治政府やパレスチナ難 も恵まれており、そしてシリアに居住する難民は 民にとって、パレスチナ難民問題は中東和平問題 その中間に位置している、という具合に要約でき 全体の文脈の中で取り扱われなければならないと る。 の認識は絶対的であるということである。パレス また、多くのパレスチナ難民が周辺コミュニテ チナ難民支援を計画・実施するに際しては、パレ ィに溶け込んで生活しているとはいえ、難民キャ スチナ難民問題をめぐるこれらの基本認識がこれ ンプ内の生活環境・経済状況はいまだ厳しい。キ まで大きな障害となっていた。 ャンプ内の人口密度は高く、インフラが完全では しかしながら、今回の調査で明らかになったこ ないところが多く、また 1991 年の湾岸戦争、イン とは、これら基本認識は現在でも維持されている ティファーダ、そしてイスラエルの分離政策の影 一方、パレスチナ難民やパレスチナ難民問題を取 響を受けてシリア、レバノン、そしてパレスチナ 86 〔情報:調査研究報告書〕 に居住するパレスチナ難民の雇用機会はいっそう のジェリコ地域開発技術協力プロジェクト(母子 制限されている。パレスチナ難民キャンプを抱え 保健)において、難民キャンプを管轄している る地方自治体の中には、難民キャンプの存在が一 UNRWA がキャンプ内で JICA が実施するプロジェ 定の行政的負担になっているところもあり、難民 クトと同様の活動を展開することにより、難民と キャンプがスラム化する可能性もある。 地域住民の両方が裨益するような取り組みが行わ れている。 3. 日本政府によるパレスチナ難民支援 次に裨益性であるが、技術協力、緊急無償、草 日本は、UNRWA が人道上のみならず、中東地 の根無償資金協力のプロジェクトはいずれもパレ 域の安定維持のためにも必要不可欠であり、また、 スチナ難民社会に対し、職業訓練、地域保健、コ 将来発生すると思われる難民帰還および定住問題 ミュニティ開発、ジェンダー、環境・衛生等それ に対しても重要な役割を果たすと考え、国連に加 ぞれの分野において効果を上げていた。具体例と 盟する以前の 1953 年から UNRWA に対する拠出を して、シリアでは 10 年以上にわたる職業訓練の専 行ってきた 注 2)。1953 年から 2005 年 3 月までの日本 門家の派遣を基礎として、現在シニア海外ボラン の拠出実績総計は 4 億 9942 万米ドル、UNRWA 側 ティアが職業訓練指導員に対する技術指導を行っ の統計によれば 2004 年における日本の拠出額は約 ている。また、職業訓練センターに供与された日 1130 万ドルで、第 7 位カナダ、第 8 位スイスに次 本の機材が蓄積・拡充されており、日本の機材使 いで第 9 位となっている。 用を前提として職業訓練のシラバスやカリキュラ 日本政府は拠出金に加え、食糧援助や草の根・ ムの変更も行われている。さらにシリアの小学校 人間の安全保障無償資金協力、さらには JICA を通 教育(音楽・体育)への青年海外協力隊員は、学 じて技術協力の供与も過去 20 年以上にわたって 校での教育活動に加え、パレスチナ教員同士のネ UNRWA に対し実施してきている。具体的には、 ットワーク作り、教員への体系的な技術移転に取 1985 年から 2004 年まで 246 人の研修員を、パレス り組んでおり、その技術移転効果は派遣されてい チナ、ヨルダン、シリア、レバノンの UNRWA か るそれぞれの学校にとどまらず、難民キャンプ全 ら受け入れるとともに、1986 年から 2004 年まで、 体に裨益しつつある。 ヨルダン、シリアの UNRWA に対して 14 人の専門 インパクトについては、UNRWA に対する支援 家を派遣した。加えて 2003 年より 7 人のシニア海 は、日本のパレスチナ難民問題に対するコミット 外ボランティア、2000 年より 28 人の青年海外協 メントを国際社会やパレスチナ難民に示すうえで 力隊員をシリア政府との二国間技術協力の枠組み 効果的であると考えられる。また拠出金に加えて、 を通じて、UNRWA に派遣している。 技術協力は「顔が見える援助」として日本のプレ ゼンスやパレスチナ難民問題に対する日本のコミ 4. 評価結果の概要 本評価では、①戦略性(パレスチナ難民支援に ットメントの強さを示し、効果的であることが現 地調査で確認された。 関する戦略が策定されていたか、UNRWA を通じ た支援と二国間支援はどのように連携している 5. 提言・教訓 か)、②裨益性(パレスチナ難民や難民キャンプ 今後パレスチナ難民支援を考えるにあたって に対してどのような効果があったか)、③インパ は、従来のパレスチナ難民問題をめぐる基本認識 クト(パレスチナ難民に対する支援が受入国や社 を踏襲しつつも、パレスチナ難民をめぐる新しい 会に対してどのような波及効果を与えているか) 状況をふまえ、現実的な対応をパレスチナ自治政 の視点から、これまでの JICA のパレスチナ難民支 府やパレスチナ難民受入国に働きかけていくこと 援を評価した。 が基本方針となる。より具体的には、「人間の安全 戦略性に関しては、わが国としては、これまで 長期的・包括的なパレスチナ難民支援プログラム 保障」の考え方に立った人造りを基本として、 UNRWA 支援の政治的重要性を認識し UNRWA に を策定したことはない。今後は包括的なパレスチ 対する支援を一定程度継続しつつ、UNRWA が果 ナ支援の中で難民支援にいかに取り組むかという たす機能のパレスチナ自治政府・パレスチナ難民 視点が重要になると考えられる。なお、UNRWA 受入国への移行を促進するよう、戦略的アプロー を通じた支援と二国間支援の連携としては、JICA チを推進することを掲げている。 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 87 〔情報:調査研究報告書〕 しかしながら、具体的に今後のパレスチナ難民 *ヨルダン:基本的に現状を維持しつつ、二 支援を考えるに際しては、パレスチナ難民問題が 国間援助が難民キャンプやパレスチナ難民 有する政治的な側面のために、JICA だけでパレス にしかるべく裨益するよう配慮することが チナ難民問題のすべての側面に対応するには自ず 望ましい。特に、厳しい状況にあるヨルダ と限界があることは明白である。そこで、次項の ン国内の 3 つの非公式キャンプに対しては、 「(1)今後のパレスチナ難民支援のあり方」にお いて、JICA だけでは取り扱うことが難しい、より 特別の配慮が必要である。 • 中央政府に対する支援と難民キャンプを抱え 上位の問題や、JICA のマンデートから外れるが、 る地方自治体や地域社会といった草の根レベ 今後 JICA がパレスチナ難民問題に取り組むうえで ルに対する支援を組み合わせて、援助の相乗 重要と考えられる課題について、どのような方向 効果を期待する。 に向かうことが望ましいか、本調査団の見解を参 • 理想的には、パレスチナ難民支援は、パレス 考意見として示した。また、「(2)JICA のパレス チナ(西岸、ガザ)そして他のパレスチナ難 チナ難民支援に関する提言」においては、今後パ 民受入国を含む長期的な地域開発との関連で レスチナ難民支援に対して JICA がどのように取り 組むべきかについて、具体的な提言を試みた。 (1)今後のパレスチナ難民支援のあり方(参考意 見) ① UNRWA に対する支援の政治的重要性 考えることが望ましい。 (2)JICA のパレスチナ難民支援に関する提言 ① UNRWA に対する技術協力のあり方 • UNRWA に対する今後の技術協力のあり方に ついては、必ずしも日本政府および JICA 内部 UNRWA に対する支援、中でも UNRWA に対す にもコンセンサスがあるとはいえない。それ る拠出金の供与は、引き続き現状を(必要に応じ ゆえ過去の経緯をふまえつつ、コンセンサス てそれ以上のレベルを)維持することが望まし 形成に努めるべきである。 • 仮に今後も UNRWA に対して技術協力を継続 い。 ②パレスチナ難民に対する戦略的支援のあり方 • パレスチナ難民支援を行うに際しては、受入 国であるシリア、レバノン、ヨルダン、そし てパレスチナに対するリソースの配分を地域 全体の中で考える。 • そのうえで、実際の支援のプログラミングに 際しては、以下のとおり国別アプローチを採 頭に置きつつ、より戦略的に行うべきであ る。 ②UNRWA が果たす機能のパレスチナ自治政府・ パレスチナ難民受入国への移行を促進するよう な支援のあり方 • 今後パレスチナ難民支援を考える際には、二 用することが重要である。 国間協力の枠組みの中で難民キャンプを含め *パレスチナ(西岸、ガザ): UNRWA の機 た地域全体の開発支援を計画・実施するよう 能がパレスチナ自治政府に移行することを 心がける。その意味で JICA が現在実施中のジ 念頭に置きつつ、二国間援助を中心とした ェリコ地域開発調査および技術協力プロジェ 支援を行うべきである。 クトは、今後のパレスチナ難民支援のひとつ *レバノン:法的地位を含め難民の置かれた のモデルとなり得る。 状況が最も厳しいレバノンに対しては人道 • パレスチナ自治政府やパレスチナ難民受入国 支援の観点から UNRWA を通じた支援を手 とその地方自治体のキャパシティ・ビルディ 厚くするべきであり、そして二国間支援に ついても可能な範囲でパレスチナ難民をタ ーゲットとしていくことが考えられる。 *シリア:シリアは二国間援助の枠組みの中 で UNRWA に対し支援することを歓迎して 88 するのであれば、UNRWA の機能の移行を念 ングを重点とする。 • パレスチナ難民に関するより詳細な情報を整 備し、パレスチナ難民の状況をより詳細に分 析する。 パレスチナ難民問題は、イスラエルが建国され いることから、この状況を積極的に活用し、 た際のいわば負の遺産であり、欧米を中心とした そのうえで UNRWA に対する支援が、難民 国際社会がある意味切り捨ててしまった部分であ 社会を越えてシリア国民にも波及するよう る。その意味では国際社会はパレスチナ難民問題 配慮することが重要である。 の当事者であり、相当の責任を有しているともい 〔情報:調査研究報告書〕 えよう。そして、国際社会の一員として、また、 中東地域の安定に国益を有する日本としても、本 問題に取り組む責任があり、今後ともパレスチナ 難民支援に強いコミットメントを果たす意味は十 分あると考えられる。 注 釈 1)本報告書においては,混乱を避けるため,UNRWA の定義に当てはまり UNRWA に登録している難民を すべて UNRWA 登録難民とし,もともと西岸および ガザの住民で 1967 年の第三次中東戦争の際に初め て難民となった者(つまり,1948 年難民としていっ たん西岸およびガザに避難していた者は含まない. したがって UNRWA 登録難民の資格を有しない)を 「1967 年難民」と呼ぶこととし,両者を併せてパレ スチナ難民,それ以外の者を非難民とする.また, 非難民については,本報告書ではパレスチナ難民受 入国であるヨルダン,シリア,そしてレバノンにお ける地元住民,およびパレスチナ自治区にあってパ レスチナ難民ではない地元住民を意味する. 2)外務省国際社会協力部人道支援室プレスリリース 「国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に ついて」(平成 17 年 4 月)より. *本件に関するお問い合わせ先 JICA 中東・欧州部 中東第一チーム FAX:03-5352-8637 E-mail: [email protected] *本報告書は以下のURLのホームページで閲覧できます。 http://www.jica.go.jp/evaluation/after/theme.html 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 89 〔情報:調査研究報告書〕 5.「ESCO 活用型省エネルギー 推進に関するプロジェクト 研究」報告書 (2006 年 6 月発刊) べての事業経費を賄う(新たな財政負担を伴わな い)、②省エネ効果を ESCO が保証する(パフォー マンス契約による保証)、③包括的なサービスを提 供する、④省エネ効果の検証を徹底する、⑤資産 ベースによらない融資環境、の 5 つが挙げられる。 このうち最も知られている概念は、①光熱費の 削減分ですべての事業経費を賄う点で、これは、 1. 本プロジェクト研究の背景 長引く国際的な原油高や地球環境問題が深刻さ ESCO が対象とする省エネ改修では経済性を重視 し、顧客の利益向上に資することを示している。 を増している状況下、省エネルギー(以下、「省 基本的には、初期投資の回収が終了するまでが削 エネ」)推進は、エネルギーセキュリティ、地球 減保証契約の期間であるが、削減が安定するケー 温暖化対策および経済活動の基盤強化というグロ スでは保証期間を短縮して経費削減を図る場合が ーバルイシューへの持続的かつ有効な対策手法と ある。次に ESCO 事業の最大の特徴は、②省エネ して国際的な注目を集めている。多くの省エネ手 効果を ESCO が保証する点にある。ESCO は省エ 法の中で、ESCO(Energy Service Company)活用 ネ保証を行い、これが達成できない場合にはペナ 型省エネ推進は、市場メカニズムを活用した合理 ルティを支払う契約を交わす。省エネ保証を行う 的な施策のひとつとして期待されている。欧米諸 ことには、顧客と ESCO 両者の利益を最大化する 国ではすでに省エネ推進の基本政策のひとつとし 効果がある。また、多くの途上国の ESCO 事業は て ESCO 活用が取り上げられている。一方、開発 投資回収年を 1 ∼ 2 年とする短期回収を基本とし 途上国においても ESCO 活用に対する関心が高ま ているが、省エネの量的確保と市場拡大の観点か ってきている。たとえば、2005 年 10 月にバンコ ら ESCO は投資回収年が 2 年から数年のものを主 クで開催された第 1 回アジア ESCO コンファレン 体とするべきである。 スには、多くの開発途上国の関係者が参加した。 このような中、世界銀行(以下、「世銀」)をは ESCO 事業の契約は、ギャランティード・セイ ビングス契約(GSC)とシェアド・セイビングス じめとする国際機関は、開発途上国に対する 契約(SSC)に大きく分かれ、GSC は顧客が、 ESCO を含む省エネ事業推進への資金および技術 SSC は ESCO 事業者がそれぞれ資金調達を行う。 協力を急速に拡大している。 JICA においてもこうした動向をとらえ、2005 年 (2)調査対象各国・地域の概要 調査対象国における ESCO 活用型省エネ推進事 2 月に課題別指針「省エネルギー」を取りまとめ 例と ESCO 市場の状況は以下のとおりである。 るなど省エネに対する取り組みを強化していると <中国> ころであるが、ESCO あるいは省エネが一国の国 地球環境ファシリティ(GEF)/世銀プログラム 民経済に及ぼす影響、途上国における ESCO 市場 の支援により、ESCO の初期導入に短期間に成功。 創出および普及の可能性、タイムリーな JICA 省エ 1997 年には省エネルギー法が制定され、ラベリン ネ支援のあり方等が必ずしも明確に整理されてい グ制度の義務化やエネルギー消費重点管理事業所 ないのが実情である。 の指定等が規定された。また、現在 130 程度の省 このため、アジアを中心とした各国における エネセンターが全国に存在し、省エネ意識の啓発、 ESCO 事業の現状、普及への課題、省エネ関連施 省エネ技術の普及等の活動を行っている。ESCO 策等に関する調査および分析を行い、JICA の省エ の数は年々増加しており、また ESCO 協会の設立 ネ分野アプローチの拡充策として「ESCO 活用型 や ESCO 向け債務保証スキームの構築等、ESCO 省エネ推進案」を提案することを目的としたプロ 産業発展に向けた地盤が整いつつある。ただし、 ジェクト研究を実施し、2006 年 6 月に報告書を取 省エネ機器販売にとどまる業者や短期回収年のみ りまとめた。 を対象とする業者が多い。今後、第 11 次 5 カ年計 画におけるエネルギー原単位 20% 削減を達成する 2. 本報告書の概要 (1)ESCO の概要 ESCO 事業の特徴には、①光熱費の削減分です 90 ためには、ESCO 事業の果たす役割はますます大 きくなるものと予想される。そのため、潜在的 ESCO プロジェクトの発掘と、ESCO 事業者、金融 〔情報:調査研究報告書〕 機関に対する啓発・キャパシティ・ビルディング 省エネ診断までしか実績がなく、その後の機器導 が必須と考えられる。 入・削減保証を含めた ESCO スキームが実施され <インド> た事例はまだない。ESCO 産業の普及促進につい 米国国際開発庁(USAID)が ESCO 事業の創成 ては、エネルギー省が中心となって支援している。 を支援し、1995 年ごろから ESCO 事業者が誕生。 フィリピンにおける省エネ推進上の最大の課題 2001 年に省エネ法が制定されると同時に、政府、 は、実効的省エネ政策そのものの整備が遅れてい 国際協力機関、ESCO 事業者、産業界、金融機関 る点である。フィリピンでは未成熟な金融システ 等による ESCO 産業発展に向けたさまざまな活動 ムを活性化させていく保証スキーム構築支援と、 が行われ、ESCO 産業は創成されてきたが、現状 実効的省エネ政策の早期立案が急務と思われる。 ではいまだ市場環境が整備されているとはいえな 省エネの当面のターゲットとなり得る首都圏の電 い。現在の開拓済み ESCO 市場は小さいが、省エ 気料金は極めて高く、省エネのポテンシャル、ニ ネポテンシャルは大きく、2006 年度以降には ーズは高い。 ESCO 産業の大きな発展・拡大が予想される。 <東南アジア> ESCO 協会の設立を実現した次の段階として、い インドネシアでの ESCO プロジェクトの実績は かに ESCO 産業を自立的発展軌道に乗せるかが課 ない。ESCO 産業発展に対する障壁として、①安 題となる。そのためには、ESCO ワーキングチー 価なエネルギー価格、②エネルギー効率改善技術 ムの設立や情報発信のためのコア機関の設置、融 の不足、③割高な資金調達コスト、④省エネにつ 資・信用保証制度構築等、種々の方策が必要と考 いての適切な法整備・優遇制度の不備などが挙げ えられる。 られる。 <マレーシア> <南アジア> 2005 年現在、マレーシアにおける ESCO 事業者 スリランカでは省エネ推進に対する政府、経済 は 72 社存在する。ただし、マレーシアにおける 団体のニーズが大きく、省エネを推進する政府機 ESCO プロジェクトの実績は、政府が MIEEIP 関が設立されているが、推進基盤が弱い。省エネ (Malaysian Industrial Energy Efficiency Improvement による国家およびユーザー両サイドの便益は大き Project)の枠組の中で実施した 1 件のみで、商業 いが、①投資を決断するに足る情報・サプライヤ ベース実績はゼロである。マレーシアでは、政府 ーの不足、②初期投資へのハードルが高いことか 補助による安価なエネルギー価格により、省エネ ら広く普及するに至っていない。 に対するインセンティブが働かず、ESCO 産業発 <インドシナ> 展に対する大きな障壁になっていると考えられ カンボジアの電気料金価格水準は日本と同様に る。 高く、かつ電力の供給力不足も深刻であるため、 <タイ> 省エネへの期待および社会的導入効果のポテンシ ESCO 事業が本格的に始動したのは、1999 年に ャルは極めて高いが、省エネ政策・ ESCO は未確 世銀と GEF の支援プロジェクトが開始された以降 立である。政府は主要な取り組み分野として「省 のことで、タイの ESCO 事業者は約 20 社あるが、 エネルギーの推進」を挙げているが、実効的な省 その中で ESCO 事業活動を行っているのは 10 社程 エネ普及促進には至っていない。 度である。さらに ESCO 業界内で信頼の置ける事 ラオスでは政府の省エネ政策・ ESCO とも未確 業者は 5 社程度に限定されるといわれている。 立だが、地方電化の方策として太陽光発電を 2005 年から始まった原油価格高騰によりタイ国内 ESCO スキームで導入して成功している事例があ の ESCO 事業開発への期待が高まったが、ESCO る。 事業開発の条件整備はいまだ不十分で、ESCO 事 ベトナムでは急速な経済発展によりエネルギー 業開発を確実に促進するためには、政策・制度支 需要が急速に伸び、供給が需要に追いつかない状 援、債務保証制度拡充による金融支援、省エネ法 況となってきている。①政府の省エネ政策の制定、 による規制強化等のさまざまな支援策を講じる必 ②需要家からのニーズの高まり、および③政情の 要がある。 安定により、ESCO が成立する環境が整い始めて <フィリピン> いる。 2004 年に ESCO 協会を設立したが、これまでは 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 91 〔情報:調査研究報告書〕 <中近東> UAE(アラブ首長国連邦)では年間を通して大 きな冷房需要がコンスタントにあり、国家および 欧州における ESCO のパイオニアであるが、とも に ESCO 事業開発のうえで、公的機関が大きな役 割を果たしている。 需要家の信用も高いことから、一部の民間企業が ハンガリーでは 29 社の ESCO 事業者が活動中と 空調、照明を中心に ESCO 事業を展開・拡大して いわれるが、ESCO の概念は必ずしもパフォーマ いる。 ンス契約と一体ではない。大規模事業者は主とし オマーンでは、ESCO 事業は未確立である。省 エネ推進/環境保全を国の方針としてうたってお て多国籍企業であり、市場の 3 分の 2 以上は公共 市場である。 り、王立スルタンカブース大学は国際協力による フランスではエネルギー供給とエネルギーサー 数多くの省エネ研究プロジェクトに取り組んでい ビスは分離されてきたが、このことは運転・管理 る。 の産業が独自に発展する結果になった。フランス <アフリカ> ケニアでは政府がケニア商工会議所を中心に中 の ESCO 事業者は金融を含むサービスを提供し、 経費削減分により投資回収を行う。工事内容では、 小企業の省エネ推進を目的としたプロジェクトを コージェネレーションの省エネ保証契約事業が代 立ち上げた。ケニアにおける省エネ推進の最大の 表的である。 問題は、中小企業向けのファイナンスを立ち上げ るのが困難という点である。 英国では 20 の事業者が活動中であるが、中核的 ESCO 事業者は、大手の国際的制御機器、石油会 エジプトでは 1998 年に省エネの推進・啓発と省 社、電力会社であり、中小 ESCO はコンサルタン エネ推進機関のキャパシティ・ビルディングを目 トとファイナンスといった限定的なサービスを提 的としたプロジェクトが始まった。2000 年以降、 供している。英国の ESCO プロジェクトの特徴は、 複数の ESCO 事業化調査がなされているが、実施 需要側の改修、供給サイドの改修、新築ビルの 3 には至っていない。 <中南米> ブラジルでは省エネサービスに従事しているエ つに分類することができる。 (3)調査結果に基づく考察・提案 アジアにおける ESCO 事業開発が進み、ある程 ンジニアリング会社は数十社あるが、ESCO 活動 度の市場が形成されつつある国は、日本、韓国、 を実施しているのは約 10 社である。ESCO 協会は 中国、インド、タイとわずかで、マレーシア、フ 1997 年に設立された。 ィリピン、スリランカなどでは、ESCO 事業に対 メキシコには 2005 年現在 14 社の ESCO 事業者 する関心が高く、政府が ESCO 事業の導入策を実 が存在し、そのうち活動が活発なものは 4 社。メ 施中であるが、いまだ市場を形成するには至って キシコにおける ESCO プロジェクトは、ホテル等 いない。日本、韓国を除く国々では、これまで を対象とした商業・業務用施設が 50% 以上を占め ESCO 事業開発を目的に、国際機関の支援プログ ている。 ラムが行われているが、国により支援プログラム <米国> の内容は異なり、また、複数の機関の資金が同一 米国における ESCO 産業は、石油危機以降のエ プログラムに投入されることも多い。ESCO 事業 ネルギー価格の上昇から始まり、DSM(Demand を育成するためにはさまざまな環境整備が必要 Side Management)の開発と普及、公益企業のリス で、以下は、これまで日本や米国およびアジア諸 トラクチャリングの進展とその後の混乱といった 国で行われてきた環境整備の項目である。 環境の変化によって大きく影響を受けている。 • 事前検討: ESCO 導入基礎調査 ESCO 事業の約 75% は公共施設を対象としたもの • 能力開発:技術ガイドラインの作成、ESCO 導 で、公共施設での ESCO 事業の拡大が中核を成し ている。 < EU > 入マニュアルの作成、金融機関の能力開発、 ESCO 事業者の能力開発 • 普及啓発:優良事例集の編集発行、セミナー・ ドイツは、オーストリアと並び ESCO 市場が最 カンファレンス・展示会の開催、ニュース も成熟している。オーストリアでは 1998 年以降、 レター・ホームページ等情報提供、優良 500 ∼ 600 のビルが省エネ保証契約で省エネ改修 を実施した。オーストリア、ドイツ、スペインは 92 ESCO 事業表彰制度 • 事業主体設立・運営支援: ESCO 協会設立・運 〔情報:調査研究報告書〕 営支援、ESCO 事業者設立支援、ESCO 事 業者認証制度 • 事業開拓:省エネルギー診断の実施、パイロッ c)ESCO 協会の設立および活動支援 d)関連政府プログラムの拡充支援 ②ESCO プロジェクト形成力・技術力(能力)・ トプロジェクトの実施、IRP(Integrated 事業開拓力強化 Resource Planning)と DSM プログラムの導 a)成功モデルプロジェクト構築支援、診断・ 入、政府施設への ESCO 事業導入 • 金融支援:低利融資の実施、補助金の提供、債 務保証プログラムの実施、優遇税制 • 政策強化・制度改革:省エネ規制の強化、政府 施設への ESCO 導入のための調達規則の制 度改革 ESCO 産業の育成には、技術・金融・普及啓発 の三者と政策支援を同時に行う必要がある。一方 で、アジア各国の現状は、市場開発の初期段階と 位置付けることができることから、これらの要素 契約・設置・ M&V(計測・検証)・ O&M (維持・管理)一環プロセス研修 b)計測・検証ガイドラインの作成支援 c)標準契約書の作成支援と、契約履行時の法 制度の整理および契約実務の研修実施 d)省エネ CDM 施策(プロジェクト)構築支援 ③ ESCO の地方展開支援 a)地方政府連携プログラム、ESCO 関連情報ネ ットワークシステム構築支援 ④国家的コストミニマムの視点からの電源開発計 を相互の関連性に留意しつつ段階的に整備してい 画と ESCO、DSM 推進政策の整合 くことが効率的と考えられる。省エネ推進のため a)電源供給計画における ESCO ・ DSM による の方策としては、ESCO 以外にも、政府による規 経済効果の定量化、DSM 方策と連動した省 制・ラベリング制度・補助制度等のインセンティ エネ推進スキーム構築支援 ブ制度導入等のさまざまなアプローチがある。こ 途上国における ESCO 推進のためには、前述の れらに対して ESCO 活用型アプローチの得失を評 ように「政策」「技術」および「ファイナンス」 価すると、政策、技術、金融の 3 分野の連携を図 の 3 分野が有機的に連携していくことが重要であ ることは、民活=市場メカニズムによる省エネを る。また、多方面にわたる総合的なプログラムが 推進するうえで最も効果的である。逆に政策、技 必要となる。これらのプログラムは同時並行的に 術、金融の 3 分野の連携がうまく取れないと 行うことが可能であり、かつ、より効果的である ESCO の活動は限定的なものとなる。しかし、ア が、対象国によってはすでに実施済みの対策もあ ジア諸国では、省エネ市場そのものが未開拓であ ることから、現状の整備状況や市場の育成状況に る現状を考慮すると、各分野において実行に移し 合わせた段階的な実施が求められる。また JICA プ やすいものから段階的にプログラムを整備してい ログラムですべてをカバーするのではなく、他の くことで、このデメリットをカバーすることが可 国際機関および JBIC(国際協力銀行)をはじめと 能である。 した、他の日本の関連機関との役割分担、成果の ESCO の推進普及には、政策・技術・金融 3 分 野のさまざまなプログラムがバランス良く投入さ 活用にも留意しつつ、JICA 独自の支援分野を見定 めていく必要がある。 れることが必要になる。特に導入の初期段階では、 政府の主導が効果的であり、ある程度 ESCO 市場 *本プロジェクト研究の報告書は、JICA のホームペー が形成された後は、民間主導にプログラムの推進 ジの図書館サイト「JICA Library」(URL は下記)か 主体が移っていく形が望ましい。ESCO 活用型 らダウンロード可能です。 JICA 省エネ推進プログラムが目指すべき上位目標 http://lvzopac.jica.go.jp/library/ と、それらを達成するために有効な個別プログラ ムは以下のとおりである。 ①持続的 ESCO 産業基盤の確立 a)経済背景(ニーズ)、技術、金融の 3 分野の 現状把握、これに基づく省エネ・ ESCO 市場 の想定、ならびに政府ターゲット設定支援 b)成功モデルの普及啓発(対企業、金融機関、 需要家) 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 93 〔情報:調査研究報告書〕 6.「クリーン開発メカニズム (CDM) と JICA の協力」 − JICA は CDM にどう取り組むことがで きるのか− (2006 年 7 月発刊) 果もある。 以上のような背景のもとに、本報告書の目的は、 日本政府の ODA による技術協力の実施機関とし て、JICA がどのように CDM 事業に対して関与し、 貢献することができるのか、という可能性と方向 性を提言したものである。 本報告書では、以下のことが順次説明されてい 1. 報告書の背景・目的 人類の文明発達や近代化、エネルギー消費の増 大などが原因となって近年地球規模の問題になっ ている、地球温暖化による気候変動は、生態系の る。 「第 1 章 CDM の概要と JICA の協力との接点」 • 地球温暖化と京都メカニズム・ CDM の仕組み と種類・実施の流れの説明。 変化、異常気象や災害の増加をもたらすことから、 • 開発途上国における CDM 推進のための課題、 人類全体の存亡にかかわる問題である。国際的な 「持続可能な開発の達成支援」という開発途上 地球温暖化の防止枠組み条約である国連気候変動 国側にとっての便益を重視する理念を持つ制度 枠組条約(United Nations Framework Convention on であり、開発途上国協力と CDM との接点は、 Climate Change : UNFCCC)が 1992 年に採択され ①開発途上国の持続可能な開発への貢献と、② て以降、国際社会は効率的・効果的な温暖化ガス 地球温暖化対策への貢献にあること。 の削減に向けた枠組み、仕組みを確立すべく、議 • 開発途上国の多くにとって、CDM プロジェク 論と検討を続けてきた。1997 年に京都で開催され トを推進していくための関係機関の課題は、人 た第 3 回地球温暖化防止締結国会議(COP3)にお 材や資金の不足、CDM に関する認知度や理解 いて採択された京都議定書は、2005 年 2 月に発効 の低さ、先進国のプロジェクト実施者にとって した。 のビジネスリスクの多さ、などであること。 クリーン開発メカニズム(Clean Development CDM 事業を円滑に進めるための能力を高める Mechanism : CDM)は、京都議定書の交渉の中で ためには、障害となっている要因や、それを弱 より効率的に温室効果ガス(以下 GHG)を削減す めるためにはどのような能力がどのステークホ るための柔軟性措置として設けられた京都メカニ ルダーに必要とされているのかを、理解するこ ズムのひとつである。CDM 事業は先進国からの とが重要であること。 投資・技術移転の促進、炭素クレジットの発生に • JICA が CDM 事業に関する支援を行う意義は、 よる開発途上国の収入源拡大など、開発途上国側 ①開発途上国の持続可能な開発への貢献、②地 にも温暖化ガス排出削減に向けたプロジェクト実 球温暖化対策への貢献、これら 2 つの側面に加 施のインセンティブが発生し得る仕組みであり、 えて、③日本政府の GHG 排出削減目標達成遵 今後その裾野は拡大していく見込みである。 守への間接的な貢献、とがあること。 国際社会においては京都議定書の発効、国際社 「第 2 章 CDM をめぐる国際的動向」 会における CDM 運用の具体的なルール設定や事 • マラケシュ合意採択により京都メカニズムの実 業実施に向けた炭素基金の設置、具体的な CDM 施基盤が整い、国際機関、炭素基金、二国間援 プロジェクトの認定、といった動きが急速に進ん 助機関、民間企業、NGO といった多くの主体が でいる。 CDM に関係する活動を展開していて、日本政 今後、開発途上国全体の温室効果ガス排出量は 府および関係機関でも相手国の能力向上支援、 先進国を上回る見込みであり、開発途上国であっ プロジェクト形成調査への支援、候補案件への ても何らかの対策が必要となり、早い段階から対 投融資、取得した炭素クレジットの日本政府に 策を実施したほうが開発途上国自身の財政負担の よる買い上げ制度整備など、さまざまな関係す 軽減にもつながる。CDM 事業は開発途上国との る活動や民間への支援策を展開していること。 共同作業で実施されるため、事業による温室効果 • JICA の CDM 関連協力は、① CDM 事業を当該 ガス削減効果とともに、先進国からの投資の促進、 国で円滑に進めるための実施体制強化・関係者 先進技術の導入や技術革新の推進を通じて、開発 の能力強化への支援、② CDM の適用可能性や 途上国自身の温暖化対策実施能力を向上させる効 応用可能性にかかわる検討・調査への支援、の 94 〔情報:調査研究報告書〕 図− 1 CDM の目的要素と JICA の関与可能な範囲 (出典)本報告書. 2 種類に大別でき、CDM 事業全体のサイクルを 義も、大きくはこの 2 つの側面への貢献に対する 円滑化するための体制や環境整備支援、プロジ ものである(図− 1 参照) 。なお、これらに加えて、 ェクト形成材料の提供や可能性検討に資する調 これらの協力を通じた③日本政府の GHG 排出削 査、といった CDM 事業の実施促進に軸足を置 減目標達成遵守への間接的な貢献、という意義も いてきた。 ある。以下、①∼③について説明する。 「第 3 章 JICA の CDM に対するアプローチ」 ①「持続可能な開発」に対する貢献 • JICA が CDM 協力を取り扱う局面は、「CDM の GHG の削減・吸収事業は環境汚染の緩和や森林 ファシリテーター」として、①支援対象国の能 環境の回復、それらを通じた自然環境の保全とい 力強化支援による実施環境の整備と円滑化、② った副次的な便益にもつながるものであり、対象 各協力案件における CDM への配慮の視点の導 地域の住民、社会のみならず地球全体の市民にと 入制度などである。 っての持続的な開発に貢献するものである。この • 分野別に、JICA の取り組みの方向性、可能性や ような開発途上国の持続可能な達成の支援は、 支援実施の際に考慮すべき項目などについて説 JICA の協力が目指すところと共通の方向性を有し 明。 ている。CDM 事業を円滑に実施していくために 以下、開発途上国協力や JICA 支援について、よ は、これに関与する多様なステークホルダーがそ り詳しく報告書の内容を説明する。 れぞれの役割を果たすべき能力を備えていること が必要となるが、人を介した技術協力を通じた能 2. 開発途上国協力と CDM の接点、JICA が支援 する意義 開発途上国協力と CDM との接点は、①開発途 上国の持続可能な開発への貢献と、②地球温暖化 力向上支援は JICA の協力における中心的な活動の ひとつであり、過去の多くの経験と広範な協力メ ニューやスキームを活用した貢献が可能である。 ②地球温暖化対策への貢献 対策への貢献、にある。開発途上国援助の実施機 経済成長や人口増加に伴い、開発途上国でも 関である JICA が CDM 事業に関する支援を行う意 GHG の排出量が近年大幅に増加している。地球温 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 95 〔情報:調査研究報告書〕 暖化を実効的に抑制するためには開発途上国にお ① CDM 事業を当該国で円滑に進めるための実施 いても GHG 排出削減対策を促進することが必須 体制強化・関係者の能力強化への支援、②協力の な状況である。しかし、開発途上国で環境対策へ 構成要素の一部として、CDM の適用可能性や応 の自発的な取り組みを推進することには、多くの 用可能性にかかわる検討、調査への支援、の 2 種 場合、人的資源、資金面、技術面などの制約から 類に大別でき、CDM 事業全体のサイクルを円滑 多くの困難が存在する。CDM は、GHG 排出削減 化するための体制や環境整備、プロジェクト形成 量に対応した炭素クレジットによる経済的便益の 材料の提供や可能性検討に資する調査、という 向上や、省エネルギーによるコスト削減や経済性 向上といった副次的便益の付加によって、開発途 上国では必ずしも優先課題ではない環境対策を促 CDM 事業の実施促進に軸足を置いてきた (図− 2 参照) 。 JICA が CDM 協力を取り扱う局面としては、 進する仕組みである。CDM の実施を円滑化する CDM 事業のサイクルにおける入り口部分、すな ための協力は、CDM プロジェクトの実施による わち CDM の制度環境・基盤強化や、CDM プロジ GHG の削減を促すだけでなく、開発途上国自身に ェクトの発掘や事業可能性の調査からプロジェク よる今後の温暖化対策の推進や地球温暖化への対 ト実施の前段に至るまでの側面支援や持続性を確 応能力の向上にも資するものである。 保するための体制整備を中心に検討することにな ③日本政府の GHG 排出削減目標達成遵守への貢献 る。すなわち、JICA が「CDM のファシリテーター」 京都議定書の発効により、日本にも GHG 削減 としてかかわることを意味する。具体的には、以 義務が課せられている。しかし、国内対策のみに 下 2 点が活動の大きな柱となろう。 よる削減目標の達成は困難な状況にあり、日本政 ①支援対象国の能力強化支援を通じた CDM 実施 府は目標達成のために京都メカニズムを補完的に 環境の整備と円滑化 活用する方針を打ち出している。日本国内の関係 CDM にかかわる官公庁、民間企業関係者、研 機関により CDM/JI プロジェクトを推進するため 究機関、金融機関、地域住民などのさまざまなス に設けられた枠組みとして JKAP(Japan Kyoto テークホルダーに対する能力強化、組織基盤整備、 Mechanism Acceleration Programme)がある。技術 環境整備といった協力は、プロジェクト形成者、 協力の成果を通じて、JICA も間接的に日本の目標 実施者が遭遇するさまざまな障壁を除去し、CDM 達成に貢献することが期待されている。 事業実施の基盤を強固にする。JICA は人材育成を 通じた組織能力強化を目指した多くの協力経験を 3. CDM に対する JICA の協力の基本的な考え方 と協力のアプローチ JICA にとって、技術移転や人造り支援の側面か ら CDM 協力の強化に努めること、開発途上国に 有するため、このような支援は CDM に関与する うえでひとつの機軸領域である。 ②各協力案件における CDM への配慮の視点の導入 CDM はこれまで開発途上国では成立し得なか おける CDM 事業の実施促進支援を行うことは、 った温室効果ガスの削減事業を炭素クレジット付 事業目的にも合致する。第 2 節でもすでに述べた 与という経済的インセンティブによって成立させ ように、相手国の課題対処能力を向上し、持続可 る可能性を秘めた制度である。CDM が適用し得る 能な開発を達成するための手段のひとつとして、 分野の開発計画や個別のプロジェクトの実現可能 また地球温暖化防止への協力の一環としても JICA 性を検討する際には、その自立発展性、提言の実 にとって有効な協力メニューとしてとらえられる。 現可能性を高める手段のひとつとして、CDM 適用 今回の調査研究は、CDM 事業に関して JICA が 可能性の検討を積極的に含めることが望ましい。 どのように関与することができるか、その範囲と また、報告書においては、分野別(再生エネル 内容、協力実施にあたって留意すべき事項を見出 ギー、省エネルギー、廃棄物、運輸交通、農業・ すことを目的に、改めて具体的な方向性と支援メ 農村開発、植林など)に JICA の協力の可能性と方 ニューを検討することとした。CDM が比較的新 向性を取りまとめている。概要は、表− 1 に示す。 しい制度であるので JICA の協力実績は多くはな い。開発調査や技術協力プロジェクト、専門家派 *本報告書は以下の URL のホームページで閲覧できます。 遣、研修員受入といったスキームを活用して支援 http://www.jica.go.jp/branch/ific/jigyo/report/field/200607_ を実施し、CDM 事業の流れの面から概観すると、 env.html 96 〔情報:調査研究報告書〕 図− 2 CDM 事業の流れに対応した JICA 協力の実績 CDM 事業の流れ JICA による協力内容 CDM 実施前提条件整備 ①円滑な CDM 事業実施のため CDM ポテンシャルの把握 の実施体制強化、関係機関の キャパシティ・ディベロップ 供・可能性検討 • CDM プロジェクトのポテン シャル調査 メント支援 プロジェクト計画・形成 ②プロジェクト 形 成 材 料 の 提 • CDM 実施基盤の整備・強化 • 行政官の能力強化を通じた組 • PDD(プロジェクト設計書) 作成支援 • GHG(温室効果ガス)排出削 織強化 • 気候変動に関する政策策定能 力向上のための研修 • CDM の円滑な実施のための 減量の試算 • CDM の活用・適用・事業化 可能性の検討 知見の蓄積(炭素固定技術の 認証・承認 実証調査など) 実施・モニタリング・検証 (出典)本報告書を一部修正. 表− 1 JICA の開発課題に対応した CDM 関連分野の協力の可能性 分野 再生可能エネルギー 実施可能性のある支援内容 • 仮想プロジェクト設計書(PDD)の作成 JICA 実績 有 • 人材育成など,案件への CDM 関連要素の取り込み • ポテンシャル評価調査による CDM の優先順位付け 省エネルギー 無 • CDM 導入の経済性評価 • 省エネルギー関連 CDM ポテンシャル調査 廃棄物 •(特に最終処分場関連案件における)CDM 関連データ整備,CDM プロジェ 無 クト実施可能性の検討 • 人材育成など,案件への CDM 関連要素の取り込み • ポテンシャル調査 運輸交通 • 技術的課題が多く,CDM に直接関連した支援は現状では困難 無 • 環境社会配慮の徹底,交通需要抑制といった視点から地球温暖化対策に資す る協力の展開が望まれる 農業・農村開発 無 • 地域住民への教育・啓発活動 • ポテンシャル調査,ポテンシャル評価 植林 • CDM 植林の実施基盤整備, 関係者の能力向上支援 有 (出典)本報告書事務局作成. 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 97 〔情報:調査研究報告書〕 7. プロジェクト研究 「クロスボーダー交通インフ ラ対応可能性研究」 −人々に国境をひらく道− (2006 年 7 月発刊) ン(地域連携)」は、開発途上国にとっても、よ り現実的な広域交流であり、南米共同市場 (MERCOSUR)や大メコン地域(GMS)などで具 体的に検討が進みつつある。 グローバリゼーションとは異なり、より近い地 域内での交流であるがゆえに交通需要も多く、信 頼性が高くて容量の大きい円滑な交通インフラが 供給できれば、地域の自立的発展に寄与する可能 1. 概要 性が高い。しかし、実際には、開発途上国の交通 2003 年度に JICA 社会開発部は「社会基盤整備 サービスの水準は低い状況にとどまっており、ク 分野における開発援助の経験と展望に関するプロ ロスボーダーの交流による発展の機会は顕在化で ジェクト研究」を実施し、インフラの役割を再定 きない。 義するとともに今後 JICA がインフラ分野で取り組 むべき課題を明らかにした。 その結果を受けて、「インフラギャップの解消」 クロスボーダー交通インフラは、国の枠を超え た交流を促進するための交通インフラであり、国 境に架かる橋など隣接する二国間を結ぶ地域的な および「総合的アプローチ」への対応を強化する 交通インフラや、港湾、空港などの広域的な国際 ことを意図して 2004 年度に「官民連携(Public- 交通の拠点、さらにアジアハイウェイのような地 Private Partnership : PPP)によるインフラ整備・ 域横断の交通インフラなどが想定される。 運営事業に関するプロジェクト研究」、2003 年∼ クロスボーダー交通インフラの整備は、一国だ 2005 年度まで「プロジェクト・プログラムマネジ けの対応では限界がある。国境を挟んだ両国、あ メント(P2M)の JICA 事業への適用にかかる基礎 るいは地域全体を見通した計画があり、さらに統 研究」を実施した。 一された戦略的な開発方針があってこそ、実現し そして、「インフラギャップの解消」のひとつ ていくものである。たとえば EU では、TEN-T の方法として 2003 年度の上記プロジェクト研究で (Trans-European Networks for Transport)計画のも 取り上げられた「クロスボーダーインフラ」をテ とに国を超えた広域的な交通インフラの整備を進 ーマに、プロジェクト研究を実施した。 めている。 2005 年 10 月から 2006 年 7 月まで実施されたプ クロスボーダー交通の充実によって、域内の社 ロジェクト研究「クロスボーダー交通インフラ対 会経済連携や補完が進展し、地域の社会経済力が 応可能性研究」(技術アドバイザー:東京大学大 向上するとともに、域内の貧困の解消に資するこ 学院新領域創成科学研究科吉田恒明教授)は、 とが期待される。 JICA 社会開発部に事務局を置き、計 9 回にわたる わが国の開発援助は、基本的に二国間協力が中 研究会を経て、今般その成果をまとめた報告書が 心で要請主義に基づいて行われてきた。また、ハ 完成した。 ード整備への協力が中心であった。このため、複 数の国に関係するハード・ソフトの支援が不可欠 2. 本調査研究の背景と目的 なクロスボーダー交通については積極的な対応が 交通運輸技術や IT の発展は、1980 年代に「グロ とられておらず、世界銀行やアジア開発銀行の取 ーバリゼーション」を急速に発展させ、社会経済 り組みと比べると遅れているといわざるを得な への刺激となって世界に大きな恩恵をもたらし い。 た。日本経済もその波に乗り、国際競争の中で切 開発途上国の交通インフラ整備に積極的にかか 磋琢磨しつつ発展を遂げてきた。欧米もこのグロ わり、ノウハウを蓄積している JICA がクロスボー ーバリゼーションを活用して経済社会に新たな活 ダー交通インフラを推進することは意義があり有 路を見出し、国勢を発展させた。しかし、開発途 効であると考える。 上国では先進地域経済を支える物資の供給地とし 本研究は「日本のクロスボーダー交通インフラ ての発展が見られた程度であり、自立した地域と 関連分野に対する具体的な協力が促進されるこ しての経済発展には至らなかった。 と」を上位目標とし、プロジェクト目標を「クロ これに対して、近年の「リージョナリゼーショ 98 スボーダー交通インフラの構想、事例を分析し、 〔情報:調査研究報告書〕 JICA としての協力の方向性と課題を整理し、これ を JICA 内外関係部署(在外事務所含む)に発信す 図− 1 クロスボーダー交通インフラ整備に 期待する効果 ること」とし、これらの目標達成に資する情報収 交通インフラの整備(ソフト・ハード) 集と分析を行うことを目的とした。 人・物の効率的な移動,安全な移動 人・物の新たなルート,新たな交通モード (交通サービス) 3. 分析と提言 本研究を通じて、クロスボーダー交通インフラ を「国や地域の経済発展や人々の生活環境改善に 資するインフラ」と定義し、以下の点を分析、提 言した。①クロスボーダー交通インフラは、事業 対象地域だけでなく、地域や国を超えた視点から インフラの効果を考えていく、②クロスボーダー 人流・物流のコスト低下・輸送時間の短縮, 新たな人流・物流 人流・物流の増加,誘発 人・物の新たなルートの創出,新たな交通モード (交通サービス)の創出 交通インフラは、橋や道路のハード部分のみなら ず、制度や手続き等のソフト部分にも配慮しつつ 計画立案する、③クロスボーダー交通インフラは 越境地域のインフラだけを指すのではなく、国内 のインフラであっても広域ネットワークの一部と して考える、④クロスボーダー交通インフラの整 産業の立地・拡大 交流の拡大 地域経済の発展,雇用 の拡大 地域間格差の是正 貧困の削減 相互理解の増進 地域の安定・平和 備による負の効果(HIV ・感染症の蔓延や、地域 格差の拡大など)が起こる可能性もあるため、こ れら負の影響を抑えつつ、クロスボーダー交通イ そのうえで、リージョナリゼーションの発展段 ンフラの正の効果を最大限にしていく協力のあり 階の異なる EU、アジア、南米、アフリカにおけ 方を検討する、⑤観光資源開発、貿易や投資、人 る域内外の交易の状況、および特徴的なクロスボ 的資源の促進など運輸交通だけにとらわれないマ ーダー交通の状況について分析をした。 ルチセクターアプローチにより、地域の経済発展 第 3 章「クロスボーダー交通インフラの現況と や人々の生活環境の向上に資する協力のあり方を 整備効果」では、アジアでのアジアハイウェイ、 考える、といった点である。 ADB(アジア開発銀行)のイニシアティブによる GMS、中南米の MERCOSUR、PPP(プエブラ・ 4. 報告書の概要 パナマ計画)、SADC(南部アフリカ開発共同体) 本報告書の第 1 章「クロスボーダー交通インフ 等の事例を紹介した。また現地調査を実施したタ ラ整備の目的」では、グローバリゼーションとリ イとマレーシア間のクロスボーダーインフラの整 ージョナリゼーションの関係、リージョナリゼー 備状況、交易量・交通量、ヒアリングの結果等か ションの進展により後発国や後発地域における経 ら把握した事項を整理した。 済が振興して地域間格差是正が促進され、地域が クロスボーダー交通インフラ整備の正の効果と 一体となって浮揚し、貧困削減にも資することが しては、域内貿易の増加、越境時間の短縮による 期待される点、などを説明した。またそれを支え 国境通過貨物量の増加などがある。負の影響につ るクロスボーダー交通インフラ整備の必要性を説 いては、交通量の増加による交通事故の増加、経 明している(図− 1 を参照) 。 済力の強い国の産業が弱い国の産業を圧迫する可 第 2 章「進展するリージョナリゼーション」で は、リージョナリゼーションには発展段階がある 能性なども考えられる。 第 4 章「クロスボーダー交通を阻害する要因」 ので、クロスボーダー交通インフラ整備など地域 では、表− 1 のとおり「内陸国の資源輸出・物資 連携促進の基盤整備は、その発展段階に応じて進 輸入」「隣接する 2 国の経済資源の相互補完」「地 めることが必要であることを確認した。そのため 域構成国間の経済資源の相互補完」のため、クロ に各地の状況をモニタリングし、状況に応じた適 スボーダー交通インフラへのニーズがあることを 切なクロスボーダー交通インフラ整備計画を策 確認した。また、そこからクロスボーダー交通を 定、実施することが重要であることを説明した。 地域発展にいかに結び付けるかという視点が重要 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 99 〔情報:調査研究報告書〕 表− 1 クロスボーダー交通の内容と地域開発との関係 クロスボーダー交通の内容 例 地域開発への寄与 内陸国の資源輸出・物資輸入 → 内陸国の経済発展 (産業立地・生活の安定) 沿岸国の港湾の振興 交通ルート沿道の開発 パラグアイ – ブラジル ザンビア – タンザニア マラウイ – モザンビーク 隣接する 2 国の連絡 A 国と B 国の経済資源の相互補完 → 両国の経済発展 (産業立地・生活の安定) 交通ルート沿道の開発 ブラジル – アルゼンチン パラグアイ – アルゼンチン ラオス – タイ アジアハイウェイ 地域の一体化に資する交通 地域構成国間の経済資源の相互補完 → 関係国それぞれの経済発展 (産業立地・生活の安定) 交通ルート沿道の開発 地域の一体的浮揚 EU : TEN-T 内陸と海の連絡 など 類似例として タイ – マレーシア – シンガポール など であることを確認した。 GMS,PPP,SADC などの交通プロジェ クトもこの範疇を目指す 異なる国々の間で整備される、③クロスボーダー そのような状況下、円滑な国境通過を阻害する 交通インフラ整備の重点となる国境地域は一般に 要因として、①ルートの欠如や不連続性等物理的 開発が遅れている地域である、などが挙げられる。 なインフラの欠如、②煩雑な越境手続き、越境交 これらをふまえつつ、インフラ整備の計画を策 通に関する各種制約等ソフトインフラの制約が挙 定する際に実施すべき項目として、①当該国を含 げられた。またクロスボーダー交通を地域発展に む地域全体でのインフラの位置づけを考慮するこ 結び付けるにあたり、それを阻害する要因として、 と、②広域交通のネットワーク形成の視点で計画 交通ネットワークの不足、地域開発との連携の不 すること、③国際標準への対応の視点で計画する 足、犯罪や疫病の増加、ガバナンスの問題などの こと、④当該地域のニーズに応じたインフラ整備 課題も挙げられた。 計画とすること、⑤整備後の運用および自立発展 第 5 章「クロスボーダー交通インフラ整備のあ 性に係る仕組みを組み込むこと、が挙げられた。 り方」では、前章までの検討をふまえ、クロスボ 第 6 章「クロスボーダー交通インフラ関連分野 ーダー交通インフラ整備のあり方、すなわちクロ の協力の方向性と課題」では、これまでのクロス スボーダー交通インフラ整備の内容の検討とイン ボーダー交通インフラ整備に関連する分野への協 フラを整備する際の留意点と実施環境を検討し 力の経験から得られる教訓や、本プロジェクト研 た。 究にて検討・整理した点などをふまえて、今後の クロスボーダー交通インフラの特徴としては、 協力の方向性と課題を整理した。 ①複数の交通モードが組み合わさることもある、 JICA がこれまでリージョナリゼーションを主眼 ②国内交通インフラと国際交通インフラはシーム とするインフラ整備に協力した案件は多くない。 レスネットワークである、③クロスボーダー交通 しかし、国内の経済回廊の整備や国境地域の道路 インフラは地域ニーズ、地域開発戦略に応じて定 や橋梁の整備を行ってきた中で、結果として国境 められる、が挙げられた。 地域の経済発展や、二国間交易の活性化に寄与す クロスボーダー交通インフラを整備する際の留 る案件は今でも実施してきている。これまでクロ 意点としては、①インフラ整備が「点」ではなく スボーダー交通インフラでは、二次的な効果とし 「線」「面」として広がってこそ、クロスボーダー てしか取り上げられなかったが、今後は地域のネ 交通インフラとしての機能が発揮できる、②歴史、 ットワークとしての整備化を念頭に置いたインフ 文化、経済、政策、およびインフラ整備の経緯等が ラ整備が重要になる。 100 〔情報:調査研究報告書〕 図− 2 クロスボーダー交通インフラに係る総合的アプローチイメージ クロスボーダー交通インフラ整備 より大きな効果を 発揮させる関連事業 マイナスの影響 ● 国内交通ネットワークの整備 ● ストロー効果による低開発国のよりいっ ● 国境周辺地域での経済特区の整備 そうの経済力低下 ● 国境周辺地域の農業振興施策 ● 単なる交通通過地域となること 効 果 マイナスの影響を補完する事業 ● 域内各国に等しく経済効果が波及 ● 国境周辺地域での面的一体開発事業 ● 国境を越えた就業機会の創出 ● 国境周辺道路沿道での道の駅整備 ● 内陸国において地域開発が進展 ● 新たなビジネスチャンスを活用する ための人材育成 ● 就業機会の提供,市場拡大等による貧困削減 ● 内陸国の開発促進 ● 経済回廊の形成 ● 地域全体の経済発展 これまでの日本の経験からの示唆としては、① また、クロスボーダー交通インフラの整備につ エリア全体のバランスをふまえた案件形成の必要 いて、案件形成、整備計画策定、整備事業実施、 性、②地域全体を見据えた制度・基準類の調整・ フォローアップの 4 段階に分けてその段階別留意 統一化の必要性、③紛争地域・国交断絶地域に存 点についても検討した。 在する潜在的な案件、④国境地域にないクロスボ ーダー交通インフラの存在、が挙げられた。 今後の課題としては、①地域交通モデルと交通 データベースの開発、②地域別整備方針の検討、 クロスボーダー交通インフラ関連分野への協力 ③事例分析とパイロットスタディの実施、④整備 においては、図− 2 のとおり国境付近における面 体制・連携の検討、⑤ PR 活動、⑥総合的プログ 的な地域開発、農業振興施策、道の駅整備などの ラムの実施、が求められている。 関連交通施策、産業振興施策など、“より大きな 効果の発揮”、および“マイナスの影響の補完” の 2 つの視点により他の支援事業と適切に関連づ けて支援していくことが重要である。 クロスボーダー交通インフラ関連分野への協力 の際の配慮事項を整理すると、①空間的な広がり * 本報告書は以下の URL のホームページで閲覧できます。 JICA ホームページ http://www.jica.go.jp/infosite/issues/transport/04.html JICA ホームページ図書館サイト http://lvzopac.jica.go.jp/library/ のある支援、②効果の発現する時期の違い等を考 慮した支援、③機能、効果の広がりを考慮した支 援、④インフラ整備・運営・維持管理に必要な能 力開発、が支援に際して重要である、ということ になる。 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 101 〔情報:調査研究報告書〕 8. 特定テーマ評価 「地方行政能力向上」 2. インドネシアにおける地方行政能力向上に係 る課題体系 本評価検討委員会で検討のうえ作成したインド ネシアの地方行政能力向上に係る課題体系の上位 (2006 年 12 月発刊予定) 課題および中心課題は表− 1 のとおりである。本 課題体系を評価分析軸として、JICA の対象案件の 1. 評価調査の概要 (1)背景と目的 アプローチを分析するとともに、他ドナーの協力 アプローチを分析した。 途上国の分権化の進展を背景に、JICA は、行政 機能に関するガバナンス支援の重点開発課題を、 ①行政機能の効率と効果の改善、②調和のとれた 分権化の推進、③参加の促進と透明性の向上の 3 点とし、1990 年代終わりから主にインドネシアお 3.分析結果の総括 JICA の対象案件および他ドナーのアプローチに 関する分析結果は次のとおりである。 (1)課題に対する JICA のアプローチ よびタイなどのアジア地域において地方行政支援 JICA の対象案件の地方行政能力向上に対する支 を開始している。また、昨今ではアジアのみなら 援は、4 つの上位課題のうち、③地方自治体職員 ずアフリカ、中近東、中南米などにおいても地方 の能力向上、④地方自治体の効果・効率的な行政 分権化/地方行政支援プログラムが次々と立ち上 運営、の 2 つに集中している。さらに中心課題で がっている。 見ると、職員の能力向上のための研修・制度の拡 このような状況をふまえ、本評価ではインドネ 充(③− 2)、計画策定・実施・評価プロセスの改 シアを事例として、地方分権化において重要とな 善(④− 1)、行政サービスの改善・効率化(④− る「地方行政能力向上」に係る開発課題を体系的 2)、市民参加の促進を通じた民主的な行政運営能 にまとめ、JICA 案件および他ドナーの協力の課題 力の向上(④− 4)に重点的にアプローチしてい へのアプローチを分析したうえで、地方行政能力 る。上位課題③および④は地方行政能力向上によ 向上の課題へのアプローチと案件形成、実施の取 る行政サービスの向上に最も直接的に影響するも り組みに係る教訓を抽出した。 のであり、JICA だけでなく他ドナーの多くもアプ ローチしている。一方で、上位課題①や②にある (2)調査の対象と枠組み 本評価調査では、地方分権化の流れの中で地方 行政能力向上に係るアプローチを検証することを 目的としているため、インドネシアで地方分権化 ような制度面での課題への取り組みが、上位課題 ③や④のプロジェクト実施や効果・持続性の発現 に大きく影響する場合がある。 (2)他ドナーのアプローチとの比較 が起こってきた 1999 年∼ 2001 年前後に協力を開 JICA と他ドナーのアプローチを比較してみる 始し、地方行政能力向上を直接の目的とした案件 と、まず、すべての他ドナーがアプローチを採用 ならびに間接の目的としたセクター案件を対象と している良好な財政管理システム構築(②)への した。 支援には、JICA はアプローチをしていないことが まず、対象案件の地方行政能力向上に係るアプ 挙げられる。そして、他ドナーが地方自治の制 ローチを分析するうえで、「インドネシアの地方 度・枠組みの整備(①)などに関する支援に重心 行政能力向上に係る課題体系」を評価分析軸とし を置いているのに対して、JICA は制度・枠組み面 て設定した。地方分権化の流れの中で実施されて には直接的にはかかわらない課題③、④に重点を きた JICA 案件を対象に、地方行政能力向上の課題 に対するアプローチを評価分析軸に沿って検証す 置いている。 (3)JICA のアプローチに関する総括 るとともに、他ドナーのアプローチと対比し総合 JICA の対象案件によるアプローチを上位課題間 的に分析した。そのうえで、①地方行政能力向上 の関連性から俯瞰すると、それぞれのプロジェク の課題へのアプローチ(協力の戦略性・適切性) トで、異なる上位課題のもとにある複数の中心課 に係る教訓・提言、②地方行政能力向上に係る案 題にアプローチしていることがわかる。上位課題 件形成、実施の取り組みに係る教訓・提言、の 2 ③と④へのアプローチにおいて総じて職員能力向 段階で教訓・提言を抽出した。 上と行政サービスの実践がリンクすることで、③ 102 〔情報:調査研究報告書〕 表− 1 ①地方自治の制度・枠組みの整備 ②良好な財政管理システムの構築 ③地方自治体職員の能力向上 ④地方自治体の効果・効率的な行政運営 地方行政能力向上に係る課題体系 ①− 1 中央地方関係の明確化 ①− 2 地方自治体の権限・役割・関係の明確化 ①− 3 民主的な行政統制を行うための代表制の推進 ①− 4 行政運営における透明性と説明責任の確保 ②− 1 地方財政制度の改革を通じた行財政運営の効率化 ②− 2 地方財政における公平・中立な歳入システムの確立 ②− 3 地方財政における効率的な歳出システムの確立 ③− 1 公務員制度改革を通じた行政パフォーマンスの向上 ③− 2 地方自治体職員の能力向上のための研修・制度の拡充 ④− 1 計画策定・実施・評価プロセスの改善 ④− 2 行政サービスの改善・効率化 ④− 3 組織能力の強化 ④− 4 市民参加の促進を通じた民主的な行政運営能力の向上 ④− 5 リーダーシップの推進 人材育成面と④行政サービス面に相乗効果が得ら プローチも各案件ではなされている。一方で、こ れ、持続性の担保につながっている。 うした課題に対する取り組みをより有効かつ継続 また、JICA 協力アプローチを地域軸・時間軸の 性のあるものにするためには、上位課題①や②に 観点から整理すると、南スラウェシ州における継 あるような制度面での課題への取り組みが必要な 続的な取り組みが、参加型地域開発や地方自治体 場合がある。また、課題の関係性は地方分権化の と市民社会との協働に対する理解の深度および取 進度によって変化する。よって、地方分権化の進 り組みの進展という点で高い効果につながってい 度を把握したうえで、課題間の上位から下位の関 る。州が主体となり大学・ NGO を巻き込んだ村 係性と並立(上位課題間もしくは上位課題を超え 落開発が実践される、県主導で JICA 案件の成果を る中心課題間)の関係性を検討し、より上位の課 応用した独自の村落開発システムの導入が行われ 題解決を目指すための課題構成を確認することが るなど、さまざまなステークホルダーが州内で主 重要である。 体的に考え動いていることが確認できた。これに さらに、地方行政能力向上という開発課題を考 は JICA がこれまで南スラウェシで実施してきた地 える際には、それぞれの課題における中央政府・ 方行政および地域開発関連プロジェクトによる蓄 地方政府・市民社会といった主要アクターの現状 積と連携が貢献していると考えられる。 とかかわりをさらに分析し、課題の解決に向けた 適切なアクターの巻き込みや位置づけを含めて検 4.教訓 討することが不可欠であるといえる。さらに、 分析によって抽出されたインドネシアにおける 中・長期的かつ複層的な地域を軸とした取り組み 地方行政能力向上に係るプログラムおよび案件形 の有効性も示唆された。南スラウェシ州では、ス 成・実施への教訓は次のとおりである。 ラウェシ貧困対策プロジェクトをはじめとする複 (1)課題へのアプローチ 数のプロジェクトが地方政府と地域社会の協働関 まず、「地方行政能力向上」に係る課題の全体 係を構築するというコンセプトで実施され、州の 像とその相関性の把握を通じて、戦略的な取り組 首長から住民に至る州の各階層に加え、大学や みを行うことの重要性が挙げられる。JICA による NGO に段階的にアプローチしてきたことで、地方 地方行政能力向上に係る課題へのアプローチは、 政府職員の意識改革と業務改善を促進し、地方行 上位課題③と④に重点が置かれ、同時に③と④の 政能力向上につながったと考えられる。1 つの地 上位課題をまたぐ形でさまざまな中心課題へのア 域の課題を包括的にとらえ、地方自治体を取り巻 国際協力研究 Vol.22 No.2(通巻 44 号)2006.10 103 〔情報:調査研究報告書〕 く複層的なステークホルダーを対象とした支援活 動を、時間軸を念頭に中長期的な戦略のもとに複 合的に検討していくことで、地方自治体のみなら ず地域の総体的なガバナンス能力の向上を図るこ とができると考えられる。 (2)案件形成・実施の観点からの教訓 地方分権体制においては、地方政府(広域自治 体、基礎自治体)に移譲された権限に留意し、そ れぞれの権限に応じて複層的なレベルをカウンタ ーパートとして設定することが必要といえる。ま た、地方分権体制における支援では、往々にして 新しい概念の導入や行政官の意識改革が必要とな るため、理論と実践のバランスをとった地方行政 能力向上が有効である。地域社会、NGO や大学、 民間といったさまざまなステークホルダーとの連 携を強化することで持続性の確保につながる。さ らに、地方自治体において首長の責任および役割 は大きく、首長のリーダーシップを活用すること が有効といえる。その他、本評価では、プロジェ クトで得られた成果をモデル化(体系化)し、地 方行政システムの中に制度化する過程をプロジェ クトに組み込むことで、行政サービスとしての自 立発展性を担保するとともに、他地域への普及に つながることが確認された。また、オーナーシッ プを重視した日本の特徴的な援助手法の有効性も 示唆された。 *本報告書は、以下の URL のホームページ内に掲載予 定です。 http://www.jica.go.jp/evaluation/index.html 104 本誌の編集方針、企画の審議、原稿の審査などは下記の編集委員が行います。 編集委員長:田口 徹(国際協力機構 国際協力総合研修所長) 編 集 委 員:浅沼 信爾(一橋大学国際・公共政策大学院客員教授) 内海 成治(大阪大学人間科学部教授) 伊藤 隆文(国際協力機構 地球環境部長) 岡崎 有二(国際協力機構 社会開発部長) 木下 俊夫(国際協力機構 企画・調整部次長) 小樋山 覚(国際協力機構 アジア第一部長) 佐々木弘世(国際協力機構 経済開発部長) 末森 満(国際協力機構 人間開発部長) 松田 教男(国際協力機構 農村開発部長) 外部審査委員: (五十音順) 加藤 久和(名古屋大学大学院法学研究科教授) 紙谷 貢(元(財)食料・農業政策研究センター理事長) 武藤 佳恭(慶応義塾大学環境情報学部教授) 兵井 伸行(国立保健医療科学院国際保健人材室長) 峯 陽一(大阪大学人間科学部助教授) 牟田 博光(東京工業大学大学院社会理工学研究科教授) 柳原 透(拓殖大学国際開発学部教授) 渡辺 利夫(拓殖大学学長・国際開発学部教授) 平成18年8月現在 ●編集後記 2006年9月に世界銀行・国際通貨基金(IMF)年次総会が開催されたシンガポールでは、それに併せてさまざまな イベントが開催され、研究誌事務局からもその1つであるPOS(Program of Seminars)と呼ばれるセミナーシリーズ に出席してまいりました。30近いセミナーをすべてご紹介することは困難ですが、腐敗・汚職防止に取り組む世銀 の姿勢や、貧困削減に果たす企業セクターの役割、イノベーションの源泉としての競争環境の整備などがとりわけ 印象的な論点でした。また、壇上では、中国やインド、そして開催国としてシンガポールのスピーカーが目立ちま した。そうした中でJICAも、「アジアは人口高齢化の財政面での課題に準備ができているか?」と題したセッショ ンの開催に協力しました。同時期に発表された『世界開発報告2007−経済開発と次世代』にも見られるように、近 年の人口経済学では、若年層が牽引する高い人口増加率をポジティブに受け止め、その果実を十分に享受するため に人的資本の強化が必要との考え方が非常に強まっていますが、その一方で、日本でも見られる、果実を使い果た した後の社会の姿には、韓国やシンガポールであってもいまだ思いが至っていないとの印象を強く受けました。 さて、今回掲載された投稿論文の編集委員会において、昨今の研究誌の投稿は事業活動そのものを研究対象とし たものが目立ち、「教える」「して見せる」という表現が非常に多いのが気になるとの指摘がありました。援助す る側の高い目線からの投稿が目立ち、援助される側が何に気付き、何を学び、どのような変化をしたのかという、 開発のプロセスを研究対象にした論文が少ないというものです。外部の読者が特に興味を抱くのは「開発問題」で あって「事業活動」ではないという指摘は、研究に携わる者として再確認が必要との意を強くしました。 国 際 協 力 研 究 第22巻 第2号(通巻44号) 創刊1985年4月 平成18年10月1日発行 蘓国際協力機構 2006 本誌の無断転載・複写 を禁ずる 編集・発行所 独立行政法人 国際協力機構 国際協力総合研修所 〒162-8433 東京都新宿区市谷本村町10番5号 電話 03(3269)3374 FAX 03(3269)2185 編 集 協 力 株式会社 国際協力出版会