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カラビ-ヤウ多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤
1 カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 原 隆 (Takashi Hara)∗ 2008 年 10 月 17 日 概要 [HSBT] に従って,GSpn -ガロワ表現に対する潜在的モジュラー性定理及び、その佐藤-テイト予想への応 用について概説する。 この文章は,2008 年 3 月に行われた『R = T の最近の発展についての勉強会』での安田正大氏の講演 “Proof of Sato-Tate conjecture after Taylor et al.” に基づき,マイケル・ハリス (Michael Harris),ニック・シェパー ド-バロン (Nick Shepherd-Barron) 及び リチャード・テイラー (Richard Taylor) による共著のプレ・プリント “A family of Calabi-Yau varieties and potential automorphy” ([HSBT]) の解説を試みたものである。 1994 年のワイルズ (Andrew Wiles) による フェルマー (Fermat) 予想の解決が世界に衝撃を与え,数論の新 時代の到来を告げたことは未だ記憶に新しいが,その興奮も醒めやらぬ中,佐藤 -テイト (Sato-Tate) 予想とい うこれまた大予想が解決されたというアナウンスが テイラー 達の研究チームによってもたらされたのは,つい 一昨年 (2006 年) のことであった.フェルマー 予想の解決に用いられた「R = T」なる手法が,ほんの十数年 後に 佐藤-テイト 予想や セール (Serre) 予想と言った大予想達を次々にばっさばっさと薙ぎ倒してゆく様を遠 目で眺めているだけでも,この「R = T」という手法が数論の世界にある種の革命をもたらしたことが改めて実 感されるというものである. 上記の [HSBT] 及び テイラー のプレ・プリント [Tay4] は,その 佐藤-テイト予想を (弱い仮定の下で) 証明 した記念碑的な論文である.*1 そんな歴史的にも数学的にも非常に重要な論文の解説記事を,漸く修士論文を書 き上げたばかりでしかも「R = T」については全くの門外漢であるといって良い様な若造に任せようという事自 体あまりにも無謀極まりない “冒険” に違いないとは思うのだが,一方でそんな門外漢が苦労して論文を読んで 自分なりの理解をした上で著した解説記事の方が親しみやすいと思われる方々も少しはいらっしゃるかもしれ ない,と考え直し,本報告集の執筆に臨むこととした. 本論に入る前に一般的な注意をしておこう.[HSBT] の最終目標は佐藤-テイト 予想の “証明” であることに 間違いはないが (系 4.3),その証明の全てをカバーしているわけではない.特に,今回の勉強会のテーマでもあ る「R = T」の手法及びその副産物として得られる モジュラー性持ち上げ定理 (Modularity Lifting Theorem, MLT) は,当然のことながら 佐藤-テイト 予想に於いてもその威力を如何なく発揮しているが,この「R = T」 の議論の部分は ローラン・クローゼル (Laurent Clozel),ハリス 及び テイラー等に依り別のプレ・プリントで 展開されている ([CHT],[Tay4]).したがって,本稿は 佐藤-テイト 予想の証明の全ての部分について網羅して いるわけではないので,そのような解説記事をご所望の方々の期待には残念ながら添えられない.本稿では解説 ∗ *1 [email protected] 東京大学大学院数理科学研究科 まだプレ・プリントの段階ではあるが. 2 原 隆 (Takashi Hara) ケアレワンテンベルジェの セール予想解決 7 [田口],[萩原],[山内] GL2 -表現の 潜在的モジュラー性定理 [津嶋],[Tay2],[Tay3] ²O 技術的 拡張 カラビ-ヤウ族を用いた / 潜在的モジュラー性定理 本稿,[HSBT] 'g 適用 g' g' 'g 'g 'g ²O ² ²O 2次 L-関数の 有理型解析接続 関数等式 O O² O² 図1 佐藤-テイト 7w 7 w7 7w 7 w w7 w7 適用 O² テイラー-ワイルズ系 「R = T」定理 モジュラー性持ち上げ定理 ' 拡張 予想 ユニタリ群での / 「R = T」定理 モジュラー性持ち上げ定理 [安田・千田],[CHT],[Tay4] 佐藤-テイト 予想の証明に至るまでの「R = T」関連の研究の位置づけ できない「R = T」の部分 ([CHT], [Tay4]) に関しては本報告集で安田正大氏と千田雅隆氏が優れた解説記事を 書いて下さっていると思うので ([安田・千田]),佐藤-テイト 予想の証明を余すところなくじっくり味わいたい 方は是非合わせてご覧頂きたい. 本稿では,佐藤-テイト 予想の証明のもう一つの柱となる潜在的モジュラー性定理 (Potential Modularity Theorem) の議論を扱う.潜在的モジュラー性とは,非常に大雑把な言い方をすれば, モジュラー性が既知である非常に限られた 法 l′ -表現から,モジュラー性持ち上げ定理に依って得られる l′ -進ガロワ表現のモジュラー性を 次々と他のガロワ表現に “感染” させてゆくことで,最終的に考えてい る l-進表現の (潜在的) モジュラー性を示そう という類の議論であり,ワイルズ が フェルマー 予想の証明 (谷山-志村予想の部分的解決) の際に用いた (3, 5)トリック (山下剛氏の稿 [山下 1] 参照) の変奏である. テイラー は先ず [Tay2], [Tay3] でこの潜在的モジュラー性の議論を GL2 -表現の場合に展開し,次数 2 の L-関数の有理型解析接続性などに応用した.佐藤-テイト 予想の証明に於いても,L-関数に対する解析接続性 や零点の分布を調べる必要があるため,潜在的モジュラー性定理に伴う L-関数の解析接続性の議論は非常に有 用に見える.しかしながら 佐藤-テイト 予想で登場する L-関数はより高次のものであるため,[Tay2],[Tay3] で扱われた潜在的モジュラー性の議論を改変する必要に迫られる.それを実際に行ったのが [HSBT] である. [Tay2], [Tay3] で扱われた GL2 -表現の場合の潜在的モジュラー性定理については,津嶋貴弘氏が本報告集に於 いて解説して下さっているので ([津嶋]),適宜参照していただきたい.尚,本稿でも GL2 -表現の場合との違い については簡単に触れるつもりである. 本題に入る前に,この [HSBT] というプレ・プリントの位置づけを明確にするために,図 1 に最近の「R = T」 関連の発展の流れを図示した.この図からもお分かりいただけると思うが,本稿は技術的な側面 ((l, l′ )-トリッ クの改良の歴史) から見れば,津嶋氏の稿 [津嶋] の直接的な続編として考えていただいて差し支えないだろう し,佐藤-テイト 予想の解決と言う側面を重視すれば,本稿は安田氏・千田氏の稿 [安田・千田] と互いに補完し カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 3 合った内容を扱っているとも言えよう. それでは以下,本稿の内容について簡単に説明しておこう. § 0 では,イントロダクションとして,佐藤-テイト 予想のステイトメント及び テイト,セール (Serre) によ るオブザベーションについて纏めた. § 1 から § 4 が [HSBT] の解説にあたる部分であり,各節のタイトル及び定理番号等はなるべく原論文と揃 えるように努めた.原論文は テイラー 教授のホームページから入手できるので,原論文と照らし合わせながら 読んでいただくと感じが掴みやすいのではないかと期待している.詳しい内容は本文に譲るが,各節の内容は概 ね以下の通りである. § 1 では カラビ-ヤウ (Calabi-Yau) 多様体のある特別な族に関する代数幾何学を展開する.特に,特異点で のモノドロミーの様子を詳しく観察する.§ 2 では,所謂 “(l, l′ )-トリック” を実行するために用いられる モレベイイー (Moret-Bailly) の定理を拡張したものを導入し,如何にして (l, l′ )-トリックに応用するかを概観する. § 3 が [HSBT] のハイライトであり,§ 1 で考察した カラビ-ヤウ 多様体の族のレベル構造に関する “モジュラ イ空間” に § 2 の モレ-ベイイー の定理の変形版を適用することによって,(l, l′ )-トリックを実行し,潜在的モ ジュラー性定理を証明する.§ 4 では,潜在的モジュラー性定理を楕円曲線の対称積 L-関数に適用することに よって,その解析的接続性及び零点の様子を考察する.この結果と テイト-セール のオブザベーションを組み 合わせることで,佐藤-テイト 予想は自然に導かれる. 付録として,カラビ-ヤウ 超曲面 Yt に付随する L-関数の解析接続性と関数等式に関する結果を纏めた. 潜在的モジュラー性の議論 (及び (l, l′ )-トリック) 自体は,大雑把なイメージだけなら非常に掴みやすく,面 白い議論である (と個人的には思うのだが).一方で,精密に議論しようとすると,複雑な条件達や技術的な困 難が幾層にも折り重なって恐ろしく難解になる.この解説記事に於いては,そういった技術的な面についてもあ る程度コメントすることが求められてはいるのだろうが,そうは言っても細々とした技術的注意を全てカバーし ようとするとこの報告集が単なる原論文の和訳 (或いはそれ以下のもの) と成り下がってしまう危険性が非常に 高いと思われる.そこで,本稿では,各節の前半でその節で議論されていることをあまり数学的厳密性に拘らず に “直観的” かつ “大雑把” に纏め,後半で定理の正確なステイトメント及び技術的注意点,証明の概略につい てコメントすることにした.議論の概観だけに興味のある方は,各節の最初の小節だけを拾い読みしていただく だけでも,おおよその雰囲気くらいは感じ取っていただけるのではないかと思う. また,潜在的モジュラー性及び (l, l′ )-トリックには直接関係ないが興味深いと思われる (或いは筆者が個人的 に面白いと思った) 関連した話題や背景についても,「雑談」として纏めた部分がある.潜在的モジュラー性の 議論にのみ興味がある方は「雑談」の部分は読み飛ばしていただいて全く差し支えない. 幸いにして,2007 年の年始に東京工業大学に於いて開催された『佐藤-テイト予想研究集会』の講演内容 を纏めたものとして,雑誌「数学のたのしみ」シリーズから『佐藤-テイト予想の解決と展望』が出版された ([たのしみ]).*2 その中で潜在的モジュラー性に関しても,吉田輝義氏が非常に卓越した解説を執筆されている. 本稿では,[たのしみ] のように直観的イメージを大事にしつつ,[たのしみ] よりも細かい部分 (証明の細部など) に関してもなるべく丁寧に記述するように試みた.初学者は細かい点に気を取られることなく数論幾何学の研 究の最先端の雰囲気を存分に味わえ,一方でこの分野に関心のある方は証明の際の技術的なテクニックなど細か い点までじっくり堪能できるような,言うなれば「痒いところに手が届く」ような解説記事をなるべく心掛けて 書いたつもりである.そうは言っても筆者の理解もまだまだ未熟故,本稿がその目論見をどの程度実現できてい るか甚だ心許ないが,その点についてはこの記事を読んだ皆様の反応を待つこととしたい. *2 良質な数学的話題を長年に渡って提供し続けて下さった「数学のたのしみ」シリーズが本号を持ってその歴史に一旦幕を下ろされた ことは,一読者として非常に残念である.今までありがとうございました. 4 原 隆 (Takashi Hara) 目次 イントロダクション——佐藤-テイト予想について 4 0.1 佐藤-テイト 予想の定式化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5 0.2 対称積 L-関数と テイト-セール のオブザベーション . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6 0.3 証明の方針 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9 0 超曲面のある族—A family of hypersurfaces 1 10 ′ 1.1 カラビ-ヤウ 族 π : Y → P と (l, l )-トリック . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10 1.2 カラビ-ヤウ 族 π : Y → P のモノドロミー解析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12 1.3 ガロワ表現 Vl,t の諸性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17 代数的整数論を少々—Some algebraic number theory 18 2.1 モレ-ベイイー の定理と潜在的モジュラー性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19 2.2 モレ-ベイイー の定理の変形版とモジュライ空間の幾何学的連結性 21 1 1 2 . . . . . . . . . . . . . . . . 潜在的モジュラー性—Potential modularity 22 3.1 RAESDC-表現と付随する ガロワ 整合系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22 3.2 議論の概略 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25 3.3 潜在的モジュラー性定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26 3.4 対称積表現の潜在的 モジュラー 性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31 種々の応用—Applications 35 4.1 総実体上のアーベル多様体の対称積 L-関数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35 4.2 佐藤-テイト 予想の証明 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 36 3 4 結びにかえて 40 参考文献 41 付録 A Vt の L-関数の関数等式について 42 0 イントロダクション——佐藤-テイト予想について 佐藤-テイト 予想は,非常に大雑把な言い方をすれば,L-関数の零点の虚部に関する分布について述べた非常 に神秘的な予想である.この予想は,テイト 及び セール の オブザベーションに依り,無限個の高次 L-関数 の解析接続性及び零点の配置の問題に帰着される.本節では,[HSBT] の難解な (それでいて魅力的な) 世界に 突入する前のウォーミング・アップとして,この辺りの “佐藤-テイト 予想の誕生と変遷” の物語を概観してい こう. 佐藤-テイト 予想を巡る物語はいくら掘り下げても飽くことがないが,本稿の目標はあくまでも「佐藤-テイト 予想の証明」であるので,断腸の思いではあるがこの節は簡潔に纏めざるを得ない.佐藤 -テイト 予想の歴史的 背景などより深いことを知りたい方は,例えば [たのしみ] の黒川信重先生の記事などをご覧になって下さい. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 5 0.1 佐藤-テイト 予想の定式化 それでは,楕円曲線の 佐藤-テイト 予想を定式化しよう.細かい条件設定の仕方は色々なヴァリエーションが あり得るが,ここでは本勉強会に於ける安田正大氏の講演でなされた定式化に従うこととする. F を代数体とし,E/F を F 上定義された楕円曲線とする.F の有限素点 v に対して,その剰余体 κ(v) の 位数を qv とする.さらに,良い還元を持つ有限素点 v に対し,楕円曲線 E の v での還元を Ev と書く. さて,ハッセ (Hasse) の定理により,良い還元を持つ有限素点 v に対して,Ev の κ(v)-有理点の集合 Ev (κ(v)) √ の位数と 1 + qv との “誤差項” av = 1 + qv − ♯(Ev (κ(v))) との間に |av | < 2 qv なる不等式が成立する.した がって,ある実数 θv によって,誤差項 av は √ av = 2 qv cos θv と書き表され,この時 E の L-関数 L(s, E) の良い素点での局所因子は Lv (s, E) = (1 − av qv−s + qv1−2s )−1 √ = {(1 − e −1θv 1/2−s qv )(1 − e−iθv qv1/2−s )}−1 と分解される.*3 佐藤-テイト予想とは,この {θv } が如何に分布するかについての予想であり,つまり “誤差項” が如何に分布 しているかを予言するものであると言える. 予想 0.1 (楕円曲線の 佐藤-テイト 予想). E/F を代数体 F 上の虚数乗法を持たない楕円曲線とする.また, a, b を 0 < b − a < 2π なる実数とする.また,F の良い還元を持つ有限素点 v に対し,上記のようにして実数 θv を構成しておく. この時,以下が成立する: ♯{v : 良い有限素点 | qv ≤ n, θv ∈ [a, b]} + ♯{v : 良い有限素点 | qv ≤ n, −θv ∈ [a, b]} lim = n→∞ ♯{v : 良い有限素点 | qv ≤ n} Z a b 2 sin2 θdθ π (0.1) (但し,θv は R/2πZ で考える.)♦ 注意 I. E が虚数乗法を持つ場合は,θv の分布はこのようにはならない.♦ *4 [HSBT] では, (仮定-1) F は総実代数体である. (仮定-2) E の j-不変量が整数でない. という仮定の下で 佐藤-テイト 予想が示されている.このうち,(仮定-2) は完全に技術的な仮定であり,近い 将来のうちに除かれるのではないかと期待されている (後に詳しく述べよう).したがって,テイラー達の不断 の努力の結果,現時点で既にかなり一般的な状況の下で楕円曲線の 佐藤-テイト予想は解決された,と言って差 し支えなかろう. *3 θv の範囲を [0, π] の間などに指定して θv の不定性をなくしてしまうこともよく行われるが,以下の 佐藤-テイト 予想の定式化に 於いては θv の ± の不定性は考慮する必要がないことに注意. *4 この場合は虚数乗法論により分布が決定されている. 6 原 隆 (Takashi Hara) 0.2 対称積 L-関数と テイト-セール のオブザベーション 2 sin2 θ に従うのではないかと言うこと π を数値的に予想した.この予想に対する理論的な根拠を考え出したのが ジョン・テイト (John Tate) であった 佐藤幹夫は膨大な量のデータを計算することによって,θv の分布が (厳密な証明を与えたのが セール).以下,彼等が行ったオブザベーションを振り返ってみよう. かの有名な素数定理 (prime number theorem) lim ♯{p : 素数 | p < x} ∼ x→∞ x log x は,リーマン (Riemann) のゼータ関数の解析的性質,即ち ζ(s) は Re(s) ≥ 1 に於いて,唯一の一位の極 s = 1 を除いて正則に解析接続され,この範囲で零点を 持たない. から導かれる. 証明の概略. リーマン ゼータ関数 ζ(s) の対数微分 (logarithmic differential) X p−s log p d ζ ′ (s) log ζ(s) = =− ds ζ(s) 1 − p−s p : 素数 =− X p−s log p p : 素数 ∞ X µ (p−s )k k=0 1 = 1 + x + x2 + . . . + xn + . . . 1−x ¶ , |x| < 1 X log p =− pks p,k≥1 の主要部 (k = 1 の部分) に現れる ディリクレ 級数 (Dirichlet series) G(s) = X log p p を考える.初等的な解析に依り,残りの部分 則関数 φ(s) を定める.つまり, P p,k≥2 ps log p 1 は Re(s) > で絶対収束し,特に Re(s) ≥ 1 で正 pks 2 ζ ′ (s) = −G(s) − φ(s). ζ(s) (0.2) しかも,ζ(s) の解析的性質より,その対数微分も Re(s) ≥ 1 で s = 1 を除いて正則かつ零点を持たないこと が分かる.s = 1 では一位の極を持ち,その留数は −1 (s = 1 での ζ(s) の位数) である.従って,(0.2) に依 り,G(s) は s = 1 で一位の極を持ち,その時の留数は 1 である. ここで,所謂 タウバー型定理 (Tauberian theorem) と呼ばれる定理を用いるのが証明のポイントである.タ ウバー型定理とは,大雑把に言えば ディリクレ 級数 Pinf ty n=1 P∞ n=1 an の s = 1 での解析的性質から,その分子の和 ns an の漸近的な値を評価するものである. ここでは,ノーバート・ウィーナー (Norbert Wiener),池原 止戈夫 らに依って拡張された以下の定理を用 いる. P∞ an を複素係数の ディリクレ 級数とする. ns F (s) は Re(s) ≥ 1 の範囲で s = 1 以外で正則に解析接続され,s = 1 で高々一位の極を持つとする. P∞ a+ 以下のような正の実数を係数とする ディリクレ 級数 F + (s) = n=1 ns が存在するとする: n 定理 0.2 (ウィーナー-池原 の タウバー型定理). F (s) = i) |an | ≤ |a+ n |. n=1 カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 7 ii) F + (s) は Re(s) > 1 で (絶対) 収束. iii) F + (s) は Re(s) ≥ 1 の範囲で s = 1 以外で正則に解析接続され,s = 1 で丁度一位の極を持つとする.さ らに,s = 1 での留数が正であるとする. このとき, X (n → ∞) am = (Ress=1 F (s)) n + o(n) m≤n が成り立つ.♦ これを F = F + = G に対して用いれば良い.すると,Ress=1 G(s) = 1 より, X log p = n + o(n) (n → ∞) p≤n であるから,アーベル の サメイション・トリック に依り, X 1 = ♯{p : 素数 | p ≤ n} = p≤n µ n +o log n n log n ¶ (n → ∞) となる. この素数定理の証明を踏まえて テイト が観察した事実は,標語的に言えば 無限個の L-関数についての解析的な性質が分かれば,佐藤-テイト 予想は証明される と言うものであった.この テイト のオブザベーションは後に セール によって厳密に証明されたので,現在で は セール の条件 (Serre’s condition) などと呼ばれることもある. テイト の言う「無限個の L-関数」とは,楕円曲線の対称積 L-関数 L(s, E, Symmm−1 ) (m ≥ 2) と呼ばれる m-次の L-関数達のことで,良い還元を持つ有限素点に於ける局所因子は Lv (s, E, Symmm−1 ) = m−1 Y m−1 2 −s (1 − eikθv e−i(m−1−k)θv qv )−1 k=0 m+1 で絶対収束し,その範囲で正則となる.これら全ての対称 2 積 L-関数が,素数定理のときの リーマン ゼータ関数と同様の「良い解析的性質」を満たすならば,佐藤-テイ で与えられる.これらの L-関数は,Re(s) > ト予想が導かれるだろう,と テイト は考えたのであった.セール に従って,このことを厳密に述べてみよう: 命題 0.3 (セール の条件). E/F を代数体 F 上の虚数乗法を持たない楕円曲線とする.もし,条件 (∗)m (∗)m E の m 次対称積 L-関数 L(s, E, Symmm−1 ) が Re(s) ≥ m+1 に正則に解析接続され,この 2 範囲で零点を持たない. が全ての m ≥ 2 に対して成立するならば,E に対して 佐藤-テイト 予想 (予想 0.1) は正しい.♦ 計算の都合上,以下の L-関数 Lm−1 (s, E) = Y m−1 Y v : 良い有限素点 j=0 √ 1−e 1 −1(m−1−2j)θv q −s v を 導 入 し よ う .こ の 時 ,(悪 い 還 元 を 持 つ 素 点 及 び 無 限 素 点 で の 局 所 因 子 の 項 を 除 け ば) L(s + m−1 m−1 ) 2 , E, Symm 立すれば, = Lm−1 (s, E) となることが容易に分かるので,条件 (∗)m が全ての m ≥ 2 で成 8 (Takashi Hara) 原 隆 (∗)′m L 関数 Lm−1 (s, E) が Re(s) ≥ 1 に正則に解析接続され,この範囲で零点を持たない. が全ての m ≥ 2 に対して成立する. 証明. [a, b] < R/2πZ の特性関数 χ[a,b] を用いることに依って,(0.1) の左辺に現れる分数の分子は X (χ[a,b] (θv ) + χ[a,b] (−θv )) qv ≤n *5 ここで, に他ならない. χ[a,b] (x) を周期 2π の周期関数と見做して,その フーリエ級数展開 (Fourier expansion) を X χ[a,b] (x) = √ −1mx cm e m∈Z √ −1mx とおこう.この時,フーリエ 級数 cm は良く知られているように,{e }m∈Z の正規直交性を用いて b − a √ 1 2π − −1mx χ[a,b] (x)dx = e√−1mb − e√−1ma = e 2π R/2πZ √ −2π −1m Z cm if m = 0, otherwise, と計算される. さて,初等的な計算に依り, ∞ X χ[a,b] (x) + χ[a,b] (−x) = 2c0 + = 2c0 + m=1 ∞ X √ −1mx (cm + c−m )(e + e− √ −1mx ) (cm + c−m )(Sm (x) − Sm−2 (x)) m=1 となる.但し Sm (x) は 0 Sm (x) = 1 √ √ √ √−1mx + e −1(m−2)x + . . . + e− −1(m−2)x + e− −1mx e if m = −1 if m = 0 if m ≥ 1 P -記号の足し算の順序をずらす」議論に依って, X X X (cm + c−m − cm+2 − c−m−2 ) Sm (θv ) (χ[a,b] (θv ) + χ[a,b] (θv )) = 2c0 + (c2 + c−2 ) + で定める.ここで,高校数学などで良く扱われる 「 qv ≤n qv ≤n m≥1 が従う. さて,ここで 対称積 L-関数 Lm (s, E) の対数微分 √ X X e −1(m−2j)θv q −s log qv d L′ (s, E) v √ log Lm (s, E) = m =− −1(m−2j)θv q −s ds Lm (s, E) 1 − e v q j=0 m v =− m XX √ e −1(m−2j)θv qv−s qv j=0 =− log qv √ −1k(m−2j)θv ∞ X e k=0 qvks (k) X Sm (θv ) log qv qvks qv ,k≥1 *5 記号を乱用して,添字の qv ≤ n は「v が良い還元を持つ素点であって なおかつ qv ≤ n」を表すものとする. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— (但し (k) Sm (x) √ −1kmx =e √ −1k(m−2)x +e √ − −1k(m−2)x +...+e 現れる ディリクレ 級数 Hm (s) = X Sm (θv ) log qv qv qvs √ −1kmx +e 9 ) の主要部 (k = 1 の部分) に (m ≥ 1) に ウィーナー-池原 の タウバー 型定理 (定理 0.2) を用いて,素数定理と全く同様にして X qv ≤n µ Sm (θv ) = o n log n ¶ が示される.ここで,条件 (∗)′m より,各 m ≥ 2 に対して Lm−1 (s, E) が正則かつ零点を持たないので,特に s = 1 でも正則で,Res=1 Lm (s, E) = 0 となる ことを用いた. かくして, lim n→∞ ∞ X χ[a,b] (θv ) + χ[a,b] (−θv ) X o(n/ log n) = 2c0 − (c2 + c−2 ) + (cm + c−m − cm+2 − c−m−2 ) lim n→∞ n/ log(n) qv m=1 qv ≤n = 2c0 − (c2 + c−2 ) à ! √ √ √ √ b−a 1 e2 −1b − e−2 −1a e−2 −1b − e2 −1a √ √ =2 + − + 2π 2π 2 −1 2 −1 µ ¶ 2 b − 12 sin 2b a − 12 sin 2a = − π 2 2 Z b 2 = sin2 θdθ π a 証明を見ても明らかなように,セール の条件 (命題 0.3) からの佐藤-テイト 予想の導出の仕方は,素数定理 の証明方針を忠実に再現したものと言える.しかし,佐藤-テイト予想では 無限個の L-関数について解析的性 質を調べなければならないので,素数定理よりもずっと困難でありかつ数学的に深い議論が必要とされることが 容易に想像できよう. 2 sin2 θdθ という分布の形や,対称積 L 関数 Lm (s, E) が登場する背景も,実は SU (2) の ハール 測度 (Haar π measure) や既約表現という観点から極めて自然に理解できるのであるが,これ以上野暮な説明を付け加えるは 止めることにしよう.セール は測度に関する一様分布性 (equidistribution) と L-関数の解析的性質との関係に ついて感動的なまでに簡潔かつ明快な説明を与えているので,興味のある方には [Serre1] の記述に直接触れ, その筆致を存分に味わっていただく方が遥かに有意義であると信ずるからである. 0.3 証明の方針 何はともあれ,以上の議論から佐藤-テイト 予想の証明は,条件 (∗)m (m ≥ 2) という無限個の L-関 数 L(s, E, Symmm−1 ) の 解 析 的 な 性 質 に 帰 着 さ れ る が ,こ れ を 直 接 調 べ る の は 非 常 に 難 し い .そ こ で , L(s, E, Symmm−1 ) を解析的性質を詳しく調べることが出来る別の L-関数にすり替える ことで,この困 難を解消できないかと考えてみよう.そのような L-関数の候補として保型 L-関数 が考えられる. 保型形式及び保型表現の理論から,GL2 (AF ) の m-次のカスピダル保型表現 Π に対する保型 L-関数は,m次の オイラー 積を持ち,Re(s) ≥ 1 に正則に解析接続され,この範囲で零点を持たないことが知られている. したがって, L(s + m−1 , E, Symmm−1 ) = L(s, Πm ) 2 10 原 隆 (Takashi Hara) なるカスピダル保型表現 Πm (m ≥ 1) さえ構成できれば,佐藤-テイト 予想は証明されたこととなる.と ころが,このような保型表現 Πm を構成することは,本質的に大域 ラングランズ 対応 (Global Langlands Correspondence, GLC) に於ける { ガロワ表現 } → { 保型表現 } の方向の関手を構成していることに他なら ず,大域 ラングランズ 対応が確立していない現在では一般には非常に困難極まりないものである. クローゼル,ハリス,シェパード-バロン,テイラー 等による証明も,Gal(F /F ) のガロワ表現 Symmm−1 Tl E に対応する保型表現を直接構成する (すなわち,Symmm−1 Tl E のモジュラー性を直接示す) ことによってなさ れたわけではなく,F の適当な有限次拡大 F ′ に対し,Symmm−1 Tl E を Gal(F ′ /F ′ ) に制限したものに対し てモジュラー性を示すことによってなされている.*6 したがって,佐藤-テイト 予想が解決した現在でも,上記 のような大域 ラングランズ 対応的な保型表現の構成に依る直接的な証明が可能であるかどうかは非常に重要な 課題である. 1 超曲面のある族—A family of hypersurfaces それでは,いよいよ [HSBT] に従って 佐藤-テイト 予想を証明していこう. 1 ] 上 の 空間 Pn × P1 に於いて方程式 この節では,Z[ n+1 Y : X0n+1 + X1n+1 + · · · + Xnn+1 = (n + 1)tX0 X1 · · · · · Xn (1.1) *7 で定義される超曲面族 π : Y → P1 の代数幾何学を展開する.ここで,t ∈ P1 . この曲線族は,n = 2 の場合は所謂 ヘッセ (Hesse) 型の標準形で表された楕円曲線族,n = 3 の場合は K3曲面の族であり,いずれも古来より非常によく研究されている対象である.π : Y → P1 はこの古典的な対象を 自然に一般化したものであると言えよう. また,数理物理学においても,この超曲面は セントラル-チャージ が 3(n − 1) の N = 2 ギンツブルク-ラン ダウ 理論 (Ginzburg-Landau theory) と密接に関係する重要な曲面群である ([LSW] 参照). この曲面族のファイバーの中間次元 l-進エタールコホモロジーをとることで,n-次元 l-進表現達が構成でき る.従って,(l, l′ )-トリックが展開できるようになるのである. 本節は,言わば (l, l′ )-トリック を展開するための「舞台作り」のための節である. 最初に,曲面族 π : Y → P1 に関する若干の定義を行った後,どのようにして Y 上で (l, l′ )-トリックを展開 するかを概観する.π : Y → P1 の詳しい解析 (特にモノドロミーの解析) はその後で行うことにする. なお,本節では主に 複素幾何 や 代数解析 の手法による カラビ-ヤウ 多様体の幾何学が展開される.この部 分だけでも独立した興味を惹く内容だと思うが,かなり長い議論であるので,あまりそういった カラビ-ヤウ 多 様体の代数幾何学 に興味がない方,或いは当面のところ 潜在的モジュラー性定理 や 佐藤-テイト予想 の証明 にのみ興味を抱いている方は,取りあえず「モノドロミーが “大きい”」こと (系 1.11) 及び l-進表現 Vl,t の基 本性質 (§ 1.3) のみを確認しておいて,次節に進んでいただくことも十分可能であろう. 1.1 カラビ-ヤウ 族 π : Y → P1 と (l, l′ )-トリック 1 ] 上定義方程式 (1.1) で定まる Pn × P1 内の超曲面とする.また,π : Y → P1 を第二成分 さて,Y を Z[ n+1 への射影とする.すると,π : Y → P1 は カラビ-ヤウ 多様体 (Calabi-Yau variety) と呼ばれる多様体の族とな る.t ∈ P1 上の Y のファイバーを Yt で表す. *6 適当に体を拡大することでモジュラー性が生まれることから,潜在的モジュラー性 (Potential Modularity) の名称が付けられてい る. *7 t = ∞ の時は,Y0 : (n + 1)X0 X1 . . . Xn = 0 と考えることとする. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 11 以下,π : Y → P1 の幾何学的性質を列挙してみよう. 1 • µn+1 を 1 の (n + 1)-乗根のなす群スキームとした時,射影 π は T0 = P1 \ (µn+1 ∪ {∞})/Z[ n+1 ] 上で 滑らか. • Y \ Y∞ は正則スキーム. • ζ を 1 の (n + 1)-乗根 とするとき,Yζ は孤立特異点 {[α0 : α1 : . . . : αn ] | αin+1 = 1 (0 ≤ i ≤ n), α0 · · · · · αn = ζ −1 } を持つ.これらは全て通常二次特異点. これらの性質は定義方程式より直ちに従う. 1 さて,ζn+1 を 1 の原始 (n + 1)-乗根とするとき,Z[ n+1 , ζn+1 ] 上で群スキーム H = µn+1 n+1 /∆(µn+1 ) (∆ は 対角埋め込み) が (ζ0 , ζ1 , . . . , ζn )[X0 : X1 : . . . : Xn ] = [ζ0 X0 : ζ1 X1 : . . . : ζn Xn ] によって自然に作用する.特に,H0 を ζ0 ζ1 · · · ζn = 1 を満たす H の元 (ζ0 , . . . , ζn ) のなす部分群とするとき, H0 は各ファイバー Yt に作用する.*8 また,各特異ファイバー Yζ においては,H の作用によってその二次孤立 特異点が推移的に移り合うことも分かる. この群作用を用いて,n + 1 と素な整数 N に対して、層 Vn [N ] = V [N ] = (Rn−1 π∗ Z/N Z)H0 を定義する 1 と,これは 階数 n の局所自由層となり,しかも T0 × Spec Z[ N (n+1) ] 上滑らかとなる.特に N = lm , l - n + 1 à の時を考えて,Vn.l = Vl = ! m lim V [l ] ←− m→∞ ⊗Zl Ql とおく.*9 ここで,t ∈ T0 (F ) (F は代数体) での ヘンゼリ n−1 アン・ストーク を考えると,V [l]t = Hét (Yt × Spec F , Z/lZ)H0 , n−1 Vl,t = Hét (Yt × Spec F , Ql )H0 となり, ファイバー Yt のエタール・コホモロジーに依る 絶対ガロワ群 Gal(F /F ) の n-次元 法 l-表現 及び l-進表現を 与えていることに注意しよう. 同様にして,V = (Rn−1 π∗ Z)H0 も定義しておく. さて,ここで一旦 π : Y → P1 の幾何学から離れて,この舞台上で繰り広げられる (l, l′ )-トリックとはどのよ うなものであるか,その大雑把な青写真を描いてみよう. ワイルズの用いた (3, 5)-トリックとは,Q 上で E[3] が既約でないような半安定楕円曲線 E に対し,E[5] の モジュラー性を示す際に用いられたものであった ([山下 1] 参照).その トリック の要となるのは E ′ [3] が既約 *10 で, E ′ [5] が E[5] と同型となるような楕円曲線 E ′ を構成すること であった.そうすれば,図式 2 のように,モジュラー性持ち上げ定理 (MLT) 及び還元を続けて用いることに よって (「法 l′ での モジュラー 性を “持ち上げて” 法 l に “落とす”」),E ′ [3] のモジュラー性が E[5] に “感 染” する (! ) これから本稿を通じて行う長い議論では,本質的には n−1 V [l′ ]t = Hét (Yt × Spec F , Z/l′ Z)H0 がモジュラーであることが分かっており (なおかつモジュラー性 n−1 持ち上げ定理の条件を満たしており),V [l]t = Hét (Yt × Spec F , Z/lZ)H0 が考えている法 l-表現 ρ̄ と 同型であるような Yt を構成すること *8 定義方程式を見れば,t = 0 の場合は H 全体が Y0 に作用することも分かる. 本節では次元 n を固定して考えるため,次元を表す下付き添字 n を省略して表記するが,潜在的モジュラー性の議論 (§ 3) に於い ては色々な次元の表現を扱うため,添字で次元を表すことが重要となってくることに注意. *10 E ′ [3] の既約性 (及び楕円曲線の半安定性) は,ワイルズ の用いたモジュラー性持ち上げ定理で必要な仮定であることに注意.なお, E ′ [3] は ラングランズ・タンネル (Langlands-Tunnel) の定理によりモジュラーとなる.詳しくは [山下 1] 参照. *9 12 原 隆 (Takashi Hara) E : モジュラー w ′ ' T5 E ′ : モジュラー *j *j j* j* j* mod j* *j *j 5 T3 E5 ′ : モジュラー 5u 5u MLTu5 u5 5u 5 u u5 u5 u5 *j j* * E [5] ∼ = E[5] : モジュラー ′ E [3] : モジュラー 図 2 ワイルズ の (3, 5)-トリックの模式図 {Vl,t }l : 整合系 w Vl′ ,t : モジュラー 6 6v 6v MLT v6 v6 v 6 6v 6v 6v 6v V [l′ ]t : モジュラー ' Vl,t : モジュラー 'g 'g 'g g' mod l g' 'g 'g ' V [l]t ∼ = ρ̄ ρ : モジュラー 8 x8 8x x 8 MLTx8 x8 x8 モジュラー 図3 カラビ-ヤウ 族 Y を用いた (l, l′ )-トリックの “大雑把な” 模式図 を行っている.(3, 5)-トリック で適当な楕円曲線 E ′ の構成がキーポイント であったことと比較されたい.こ のような Yt が構成できれば,図式 3 のように,(3, 5)-トリックと全く同様に 「法 l′ での モジュラー 性を “持 ち上げて” 法 l に “落とす”」ことで,V [l′ ]t のモジュラー性が ρ̄ のモジュラー性に “感染” する (! ) 図式 2, 3 を見比べていただければ,カラビ-ヤウ 族 π : Y → P1 を用いた潜在的モジュラー性の議論がワイル ズの (3, 5)-トリック の変奏であることは一目瞭然であろう.勿論,実際には (l, l′ )-トリック はこんなに簡単に は実行されない.以降の節でもっと丁寧に議論するが,先ずは図 3 を頭に入れておくとこの先の議論も見通し が良くなる (かもしれない). 注意 II. 繰り返しとなるが,(l, l′ )-トリックを実行するにあたっては, 法 l′ -リアライゼーションが モジュラー かつ モジュラー 性持ち上げ定理を満たし,法 l-リアライゼー ションが所望の法 l-表現と同型となるようなモチーフ M を構成すること が肝要であった.[HSBT] で扱う GSpn -表現の場合に カラビ-ヤウ 多様体族が (半ば唐突に) 登場してきた背景 は,数理物理学や代数解析学,トポロジーなどでよく調べられていた π : Y → P1 という カラビ-ヤウ 超曲面族 がたまたま “巧い” モチーフとして機能しそうだったので “借用してきた” 印象が強く,あまり必然性があった ようには感じられない.[HSBT] のタイトルでは「カラビ-ヤウ多様体の族」と高らかに謳っているが,あくま で目的は (l, l′ )-トリック であって,そのためのモチーフが カラビ-ヤウ 多様体であったというのは,寧ろ思わ ぬ副産物であった,と考えた方が良いのかもしれない.♦ 1.2 カラビ-ヤウ 族 π : Y → P1 のモノドロミー解析 いよいよ曲面族 π : Y → P1 の解析を詳しく行っていこう.ここでは,特に π : Y → P1 の モノドロミー 解 析 を詳しく見ていくことにする.その理由は,以下で (l, l′ )-トリックを実行する際に欠かすことのできない モ レ-ベイイー の定理 を適用するための条件として,π : Y → P1 のモノドロミーが “大きい” ことが極めて重要 となって来るからである. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 13 ζ ∈ µn+1 の周りのモノドロミーについては,Y{ ζ} 上の特異点が全て通常二次特異点であるため,ピカールレフシェッツの公式 (Picard-Lefschetz formula) より比較的簡単にわかる ([SGA7] 参照). 補題 1.4. V ⊗ Q の ζ ∈ µn+1 の周りでのモノドロミー作用素の,固有値 1 に関する固有空間の次元は少なく とも n − 1 である.♦ 証明. t ∈ T0 (C) とおく.特異ファイバー Yζ (C) 上の二次孤立特異点の集合を ∆ とおく.すると,各 y ∈ ∆ に 対応して 消滅サイクル (vanishing cycle) δy ∈ H n−1 (Yt (C), Z) が存在して,α ∈ H n−1 (Yt (C), Z) に対する ζ の周りのモノドロミーの作用は X α 7→ α ± (y, δy )δy y∈∆ で表わされる (ピカール-レフシェッツ の公式).ただし (·, ·) はカップ積.ここで,各 Yζ (C) 上の孤立特異点 は H0 の作用で推移的に移り合う から,H0 -不変部分をとると,ある d(α) ∈ Z に対し,モノドロミーの作用は α 7→ α ± d(α) P y∈∆ δy で表わされる.d は明らかに準同型写像となる. d の核が固有値 1 に関する固有空間に他ならないが,線形代数の次元定理より (Q をテンソルした後の) d の 核の次元は少なくとも n − 1 次元となる. したがって,あとは無限遠点 ∞ の周りでのモノドロミーの様子を調べれば良い.[HSBT] では,フィリッ プ・オーガスタス・グリフィス (Phillip Augustus Griffiths) による有理形式に関する周期積分の理論 ([Griff]) を用いて,ピカール-フックス型 (Picard-Fuchs type) 微分方程式の解のモノドロミー という代数解析的な問題 に帰着させている.以下それを概観しよう. Yt の定義方程式 (1.1) を書き換えて Qt = 1 (X n+1 + · · · Xnn+1 ) − tX0 · · · · · Xn n+1 0 と書き,Yt (C) に沿って i-位 の極を持つ Pn (C) 上の有理 n-形式 ωi′ = (i − 1)! を考える.但し,Ω = Pn j=0 (−1) j (X0 X1 · · · · · Xn )i−1 Ω , Qit 1≤i≤n+1 Xj dX0 ∧ . . . ∧ dXj−1 ∧ dXj+1 ∧ . . . ∧ dXn .簡単な計算に依り, dωi′ ′ = ωi+1 dt (1.2) となることが分かる. q さて,グリフィスの記法に習って Al (Yt (C)) を Yt (C) に沿って高々 l-位 の極を持つ Pn (C) 上の有理 qn−1 n 形式のなす C-ベクトル空間とし,Hk (Yt (C)) = An k (Yt (C))/dAk−1 (Yt (C)) とおこう.この時,t ∈ P (C) \ (µn+1 (C) ∪ {∞}) に対して ωi′ ∈ Hi (Yt (C)) \ Hi−1 (Yt (C)) (1.3) を背理法に依って示すことが出来る. こ こ で ,Yt (C) に 沿 っ て 極 を 持 つ Pn (C) 上 の 有 理 n-形 式 ϕ に 対 し て ,留 数 写 像 (residue map) R(ϕ) : Hn−1 (Yt (C), Z) → C を Z 〈R(ϕ), γ〉 = ϕ, γ ∈ Hn−1 (Yt (C), Z) τ (γ) で定める.但し,τ : Hn−1 (Yt (C), Z) → Hn (Pn (C) \ Yt (C), Z) は γ の適当な管状近傍の境界をとる写像 (詳し くは [Griff] § 3 を参照).従って R(ϕ) は H n−1 (Yt (C), C) = HomC (Hn−1 (Yt (C), Z), C) の元を定める. 14 (Takashi Hara) 原 隆 R : Hk (Yt (C)) → Fil n−k n−1 (HDR (Yt (C)))0 は同型であるから (下付き添字の 0 は原始的な部分を表す.[Griff] 定理 8.3 参照),(1.3) と合わせて, n−1 n−1 R(ωi′ ) ∈ Filn−i (HDR (Yt (C))H0 ) \ Filn+1−i (HDR (Yt (C))H0 ) (1 ≤ i ≤ n) が示される.但し,Filj は ホッジ・フィルトレーション (Hodge filtration).つまり,R(ω1′ ), R(ω2′ ), . . . , R(ωn′ ) n−1 (Yt (C))H0 の 基底を成す. は HDR 以降の計算に於ける基本的な戦略は次の通りである: 適当な γt ∈ Hn−1 (Yt (C), Z)H0 の元に対する 留数ベクトル (residue vector) R v ′ (γt ) = τ (γt ) ω1′ τ (γt ) ωn′ .. . R a のパラメータ t に関する微分を,(1.2) 等を用いて変形することで常微分方程式系 d ′ dt v (γt ) = A′ v ′ (γt ) を 導出し,その解のモノドロミーを調べる. a ′ ] の双対基底に関する線形結合表示した時の係数を並べたベクトルとなる. これは,γt を [ω1′ ], . . . , [ωn ここで,計算の都合上,新たな有理形式 ωi = ti ωi′ であり,しかも関係式 (1 ≤ i ≤ n + 1) を導入する.ωi 達は H の作用で不変 dωi = iωi + ωi+1 dt (1.4) を 満 た す .も し ,t ̸∈ {0, ∞} ∪ µn+1 (C) で あ れ ば ,当 然 の こ と な が ら ,R(ω1 ), . . . , R(ωn ) も ま た H n−1 (Yt (C), C)H0 の基底を成している. 初等的な計算に依って,t ̸∈ {0, ∞} ∪ µn+1 (C) の時, [ωn+1 ] = 1 −t−(n+1) −1 (A1,n+1 [ωn ] + . . . + An,n+1 [ω1 ]) (1.5) と表される ([ · ] は ド・ラーム (de Rham) コホモロジー類).ここで、Ai,j (j > i ≥ 0) は漸化式 • A0 , j = 1 for all j > 0 • Ai+1,j = Ai,i+1 + 2Ai,i+2 + . . . + (j − i − 1)Ai,j−1 で定まる数であり,d X min(n,i) n (i + 1) = An−j,n+1 j=0 i! (i − j)! (1.6) を満たす. さて,ファイバー Yt の H0 -不変 (n − 1)-サイクル γt を局所定値なセクションとなるようにとると,τ (γt ) ∈ R R Hn (P n (C)\Yt (C), Z) も局所定値となるようにとれる.従って,留数ベクトル v(γt ) = t ( τ (γt ) ω1 , . . . , τ (γt ) ωn ) R の微分に於いて, t d v(γt ) = R dt τ (γt ) 1 t dω dt τ (γt ) n t dω dt .. . のように t に関する微分と積分を交換することが出来る.ここで,(1.4) 及び (1.5) を用いて計算することで, 一階の ピカール-フックス 型常微分方程式 t d v(γt ) = A(t−(n+1) )v(γt ) dt (1.7) カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 15 を得る.但し,A(z) は 1 0 1 2 0 1 . . .. . A(z) = . . .. . . . 0 ... 0 0 3 .. .. . . ... ... ... ... .. . .. . .. . ... 0 0 0 n−2 1 0 0 0 0 .. . An,n+1 z−1 An−1,n+1 z−1 An−2,n+1 z−1 0 A3,n+1 z−1 .. . A 2,n+1 n−1 z−1 A1,n+1 1 n + z−1 (1.8) なる行列. ここで,P1 の被覆 πP1 : P1 → P1 ; t 7→ z = t−(n+1) をとって変数を z に変換すると,方程式 (1.7) は z d 1 f (z) = − A(z)f (z) dz n+1 となる.但し,v(γt ) を z 変数の関数と見たものを f (z) と書いた. この形の ピカール-フックス型 微分方程式の z = 0 の周りでの解は f (z) = S(z) exp(− 1 A(0) log z)v0 n+1 (S(z) は一価の行列値関数,v0 は定ベクトル) で与えられることが知られており ([CL] 参照),z = 0 の周りを一周した時の解の局所モノドロミーは √ exp(− 2πn+1−1 A(0)) で与えられる. こ の モ ノ ド ロ ミ ー を πP1 で 持 ち 上 げ る こ と で ,(1.7) の 無 限 遠 点 ∞ の 周 り で の モ ノ ド ロ ミ ー が √ exp(2π −1A(0)) で与えられることが分かる. A(0) の特性方程式は,det(T In − A(0)) を第 n-列に関して展開して計算することで n X An−j,n+1 (T − 1)(T − 2) · · · (T + j − n) j=0 と求まるが,これは (1.6) で i を T − 1 に置き換えたものの右辺と一致するので,固有多項式は T n .A(0) の 階数が n − 1 であることは簡単に分かるから,A(0) の最小多項式も T n . √ かくして,モノドロミー作用素 exp(2π −1A(0)) の最小多項式は (T − 1)n となる. さて,ガロワ-エタール 被覆 P1 (C) \ {0, ∞} → P1 (C) \ {0, ∞}; t 7→ tn+1 に依って,V を T0 (C)/µn+1 (C) ∼ = P1 (C) \ {0, 1, ∞} 上の局所定数層 Ve に降下 (descend) したものを考える. 補題 1.6. Ve のモノドロミーに関して,以下が成立. (1) ∞ の周りのモノドロミー作用素は羃単で,最小多項式は (T − 1)n . (2) 1 の周りのモノドロミー作用素は羃単で,固有値 1 に関する固有空間の次元はちょうど n − 1 となる. (3) 0 の周りのモノドロミー作用素は 1 の自明でない (n + 1)-乗根をそれぞれ重複度 1 で固有値として持つ.♦ 証明. (1) は上記の議論より従う.(2) は 補題 1.4 (+ エタール 降下理論) 及び,1 の周りのモノドロミーが恒 等写像となり得ないことから従う.(3) に於いて,0 の周りのモノドロミーは被覆写像 t 7→ tn+1 に由来するの で, 被覆変換群 µn+1 ∼ = H/H0 の作用と同一視されるが,この作用が 1 の 自明でない (n + 1)-乗根全体を固 有値として持つことはよく知られている ([DMOS] 参照). 16 原 隆 (Takashi Hara) 系として V のモノドロミーの様子が直ちに従う. 系 1.7. V のモノドロミーに関して,以下が成立. (1) ∞ の周りのモノドロミー作用素は羃単で,最小多項式は (T − 1)n . (2) ζ ∈ µn+1 (C) の周りのモノドロミー作用素は羃単で,固有値 1 に関する固有空間の次元はちょうど n − 1 となる.♦ 雑談 III. 有理形式を ωi に取り替えず,ωi′ のまま上記の方針で v ′ (γt ) = t (x1 , . . . , xn ), xi = て常微分方程式 d ′ dt v (γt ) R τ (γt ) ωi′ につい = A′ v ′ (γt ) を立式し,x1 に関する文字消去及び変数変換 z = t−(n+1) , F = z − n+1 x1 1 を施すと,特異点を z = 0, 1, ∞ に持つ 一般化超幾何微分方程式 (generalized hypergeometric differential equation) ·µ ¶n µ ¶µ ¶ µ ¶¸ d d 1 2 n d d z −z z + + + z ... z F =0 dz dz n+1 dz n+1 dz n+1 が得られる.*11 このような 超幾何微分方程式のモノドロミー は,代数解析の分野に於いてよく研究されている.上記の 補 題 1.6 も,本質的にはこの超幾何微分方程式のモノドロミーの代数解析を行っていることに他ならない.♦ さて,V, Ve , V [N ] 等には ポワンカレ 双対性 (Poincaré duality) から誘導される非退化交代形式が存在する. モノドロミー変換がこの交代形式を不変に保つことは良く知られているので,モノドロミー表現 π1 (P1 (C) \ {0, 1, ∞}, t) → Sp(Vet ⊗ C), π1 (T0 (C), t) → Sp(V [N ]t ) 等が得られる. 本節の主役となるのは次の定理である: 系 1.11. ある定数 C(n) で,C(n) より大きい素数しか因数に持たない整数 N 及び t ∈ T0 (C) に対して π1 (T0 (C), t) → Sp(V [N ]t ) が全射となるようなものが存在する.♦ 証明の概略. 先ず,以下の補題を示す. 補題 1.9. z ∈ P1 (C) \ {0, 1, ∞} に対し,モノドロミー表現に依る π1 (P1 (C) \ {0, 1, ∞}) の Sp(Vez ⊗ C) に於 ける像 H が ザリスキー 位相で稠密である.♦ これが分かれば,π1 (P1 (C) \ (µn+1 ∪ {∞}), t) の Sp(Vt ⊗ C) に於ける像も ザリスキー 稠密であることが分 かる ([HSBT],系 1.10). さて,補題 1.9 の証明であるが,これは H がパラメーター a1 = 1, a2 = 1, . . . , an = 1; b1 = ζn+1 , . . . , bn = n ζn+1 (ζn+1 は 1 の原始 (n + 1)-乗根) の 超幾何群 (hypergeometric group) なるものとなることから,ボイカー ス-ヘックマン (Beukers-Heckman) による超幾何群の分類理論が適用できる. その大筋の流れを追ってみよう.h ⊆ GL(n, C) がパラメーター a1 , . . . , an ; b1 , . . . bn の超幾何群とは,h が *11 これは 一般化超幾何関数 (generalized hypergeometric function) n Fn−1 [1/(n + 1), 2/(n + 2), . . . , n/(n + 1); 1, 1, . . . , 1; z] を解に持つ常微分方程式. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 17 3 つの元 h0 , h1 , h∞ で det(tIn − h∞ ) = n Y (t − aj ), j=1 In − h1 の階数が 1, det(tIn − h−1 0 ) = n Y (t − bj ) j=1 を満たすもので生成されることを指す (In は n-次単位行列).因みに h1 のことを 反射写像 (reflection) と呼 び,h1 で生成される部分群 hr ⊆ h を 反射部分群 (reflection subgroup) と呼ぶ. 特異点 0, 1, ∞ の周りでの モノドロミー 作用素をそれぞれ h0 , h1 , h∞ とすれば,H が パラメーター n 1, . . . , 1; ζn+1 , . . . , ζn+1 の超幾何群となることは,補題 1.6 の言い換えに他ならない. n 任意の超幾何群は既約であるから H は既約で ([BH],命題 3.3),しかも パラメーター 1, . . . , 1; ζn+1 , . . . ζn+1 は 如何なる 1 の羃根 ζ の作用でも保たれないので,反射部分群 Hr も既約 ([BH],定理 5.3).この時は,パラ メーターの情報により H, Hr が原始的 (primitive) であるかどうかが判定でき ([BH],定理 5.8,定理 5.14), H,Hr は原始的であることが分かる.さらに,H, Hr は無限群である. このような場合には,H の ザリスキー 閉包 H の特徴付けがなされており,特にパラメータの集合 {1, . . . , 1} n } が逆元をとる操作で不変かつ h1 の固有値が全て 1 であることから,[BH] の定理 6.5 によ 及び {ζn+1 , ζn+1 り,H ∼ = Sp(n, C) であることが従う. あとは,適当な十分大きい N に対して商を取ることで,全射にすることが出来る ([MVW] 定理 7.4,補題 8.4).*12 雑談 IV. 上記の証明で扱われている ボイカース-ヘックマン の超幾何群の分類理論は,所謂 微分 ガロワ 理論 (defferential Galois theory) なる 理論 の一端を表している.♦ 系 1.11 は,端的に言えば曲面族 π : Y → P1 のモノドロミーが “十分に大きい,” と言うことを表している. モノドロミーが非常に大きいことはモレ-ベイイー の定理を使う際に極めて重要な条件である.詳しくは次節 (§ 2) にて説明しよう. 1.3 ガロワ表現 Vl,t の諸性質 さて,カラビ-ヤウ 族 π : Y → P1 から得られる表現 Vl,t 及び V [l], t の性質について述べよう.但し,あま り独特な証明 テクニック などは用いられないので,証明には深入りせず,寧ろ結果を纏めることを重視するこ とにしよう. 補題 1.13. K/Ql を有限次拡大とし,t ∈ T0 (K) をとるとき,Vl,t は Gal(K/K) の ド-ラーム 表現であり, ホッジ-テイト 数は {0, 1, . . . , n − 1} である. もし t が整数環 OK の元で,なおかつ 1/(tn+1 − 1) も OK に含まれるとき,Vl,t は クリスタリン 表現と なる.♦ 証明. Vl,t = H n−1 (Yt × Spec K, Ql )H0 であることから,p-進 ホッジ 理論に於ける ド-ラーム 比較定理によ n−1 り,HDR (Yt /K)H0 を調べれば良い.これは §, 1.2 で調べてある通りである. *12 [MVW] の定理 7.4 では,代数群 H の l-進完備化が Sp(Vl,t ) を含むことを証明しているが,この証明には現在 単純有限群の分 類理論 を用いる方法が使われている. 18 原 隆 (Takashi Hara) もし t ∈ OK かつ 1/(tn+1 − 1) ∈ OK であるならば,Yt /OK が滑らかかつ射影的となるので,クリスタリン 表現となる. 補題 1.14. l ≡ 1 mod n + 1 なる素数 l に対し,IQl -加群 としての同型 V [l]t ∼ = 1 ⊕ ωl−1 ⊕ . . . ⊕ ωl1−n となる.但し,IQl は Ql の惰性群であり,ωl : IQl → Q× l は或る l-進指標.♦ 証明. 円分 l-進指標 ϵl に対し, 1−n Vl,0 ∼ = 1 ⊕ ϵ−1 l ⊕ . . . ⊕ ϵl を示せば良いが,Vl,0 が n-個の指標の和になることは [DMOS] 等を参照. あとは,これらの指標が クリスタリン 表現で ホッジ-テイト 数が 0, 1, . . . n − 1 であることを鑑みれば上記 のようになる. 補題 1.15. q ̸= l かつ q ̸= n + 1 なる素数 q をとり,K/Qq を有限次拡大とする.vK を K の正規化された付 値とし,t ∈ K を vK (t) < 0 なる元とする. このとき, (1) Vl,t と V [l]t の半単純化は不分岐で,その幾何学的 フロベニウス元 FrobK の作用の固有値は,ある α ∈ {±1} に対して α, α♯k(K), . . . , α(♯k(K))n−1 となる.但し,k(K) は K の剰余体. (2) 惰性群 IK の Vl,t への作用は,最小多項式が T n であるような Vl,t 上の羃零変換 N に対して exp(N tK ) で与えられる. (3) 惰性群 IK の V [l]t への作用は,V [l]t 上の羃零変換 N に対して exp(vK (t)N tK ) で与えられる.また,あ る自然数 D(n) が存在し,l > D(n) ならば N の最小多項式が T n となる.♦ 証明の概略. これは,実は § 1.2 で行ったモノドロミー作用の解析から割と直ぐに分かる事実であるが,少しの ための設定や準備が長くなるので省略する.原論文を参照されたい. 強調しておかねばならないことは,V [l]t ,Vl,t に上記のような制限がつくため,曲面族 π : Y → P1 上での (l, l′ )-トリックで潜在的 モジュラー 性を証明できるような ガロワ 表現にも上記のような 強い 制限がついてし まう と言うことである. [たのしみ] にて 吉田輝義氏も述べていることであるが,佐藤-テイト 予想で登場する対称積表現 Symmn−1 E がこの条件を満たしていたと言うこと (特に ホッジ-テイト 数の条件など) は,誠に幸運であったとしか言いよ うがあるまい. 2 代数的整数論を少々—Some algebraic number theory 「代数的整数論」というと何とも仰々しいことこの上ないが,この節のテーマは (l, l′ )-トリックを実行する上 で欠かすことの出来ない モレ-ベイイー (Moret-Bailly) の定理 を使いやすい形に拡張することである. この節では,最初に モレ-ベイイー の定理を紹介する.この定理は簡単に言えばスキームの有理点の存在定 理の一種であり,純粋に代数幾何的な定理である.これをどのようにして (l, l′ )-トリック に於ける モチーフ の構成に転化するかを考察するために, GL2 -表現に於ける潜在的モジュラー性定理の議論 ([Tay2], [Tay3], [津嶋]) を概観し,そこでの モレ-ベイイー の定理の使われ方を観察する. 最後に,本稿で用いられる モレ-ベイイー の定理の変形版を導入しよう. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 19 2.1 モレ-ベイイー の定理と潜在的モジュラー性 最初に,ローラン・モレ-ベイイー (Laurent Moret-Bailly) によるオリジナルの定理を紹介しよう. 定理 (モレ-ベイイー の定理,[MB] 定理 1.3). B を デデキント スキーム (Dedekind scheme) とし,その関 *13 X → B は分離的有限型かつ全射であるとし,X は既約かつ X 数体 K が代数体であるとする. K が 幾何学 的連結 であるとする. さらに,Σ を {v : の素点 | v は B の閉点ではない } の 真部分集合 とし,各 v ∈ Σ に対して局所体の有限次 ガロワ 拡大 Lv /Kv が与えられ (位相は v-進位相で考える),さらに 空でない Lv -有理点の開集合 Ωv ⊆ X(Lv ) で Gal(Lv /Kv ) の作用で安定なものが与えられているとする. このとき,B 上有限かつ全射となる X の既約閉スキーム Y ,→ X が存在して,Y ×B Spec Lv が と分解し,Y ×B Spec Lv → Y から誘導される各直積成分から Y への射 *14 Q Spec Lv が Ωv に含まれるようなものが存 在する.♦ 注意 V. 上記の定理で,組 S = {X → B, Σ, {Lv }v∈Σ , {Ωv }v∈Σ } を,モレ-ベイイー は スコレム・データ (donnée de Skolem,Skolem data) と呼んでいる. その名称の由来は,この小節の最後の 雑談 VII を参照のこと.♦ 本稿ではこの定理を直接変形したものを用いるが (命題 2.1),テイラー に依って書き直された以下の系も使 い勝手が良い. 系 ([Tay2],定理 G). K を代数体とし,Σ を K の有限素点の有限集合とする.Σ は無限素点をすべて含むと する. KS /K を 全ての v ∈ Σ が完全分解するような最大の代数拡大とする. また,X/K が 幾何学的既約で滑らかな擬射影スキームで,各 v ∈ S に対して X(Kv ) が空集合でないもの とする. このとき,X(KS ) ⊆ X は ザリスキー 位相で稠密である.♦ e 証明. OKΣ ,Σ e を KΣ の整数環 OKΣ を Σ 上の素点を真に含む KΣ の素点の有限集合 Σ で局所化したものと e する.B = Spec OKΣ ,Σ e ,Σ = Σ,Lv = Kv ,Ωv = X(Kv ) に対して モレ-ベイイー の定理を適用すればよ い. この極めて幾何学的な定理であるモレ-ベイイー の定理を如何にして (l, l′ )-トリック に用いるのか,ここで は [Tay2] 及び [Tay3] で考察された GL2 -表現の場合に考えてみよう.*15 さて,適当な法 l GL2 -表現 ρ̄ : Gal(F /F ) → GL2 (Fl ) があったとして,これの (潜在的) モジュラー性を示 すことを考える. ここで,既にモジュラー性が明らかな法 l′ -表現 ρ̄′ : Gal(F /F ) → GL2 (Fl′ ) が構成されているとしよう.通 常このような ρ̄′ は,適当な ヘッケ 指標の誘導表現に対応するガロワ 表現をとる.*16 さて,§ 1 での考察を思い出してみると, 例えば,R を K の S-整数環 OK,S (S は K の有限素点の有限集合) に対する B = Spec R などを考える. これは Y の Lv -有理点 (Y (Lv ) の元) を定めることに注意. *15 [Tay3] は [Tay2] での通常表現の場合の潜在的モジュラー性定理を クリスタリン表現 の場合に拡張したものだが,難しくなった部 分は寧ろ「R = T」定理及びモジュラー性持ち上げ定理の改良の部分であって,(l, l′ )-トリックの部分は (設定が複雑になるなどの 技術的な部分を除けば) 本質的にやっていることは同じである.詳しくは [津嶋] 参照. *16 1 次元表現の場合は 高木-アルティンの類体論のお陰で ガロワ 指標と ヘッケ指標 の間の対応が良く分かっているからである.本稿 でもこのような ヘッケ 指標の誘導表現を用いた ガロワ 表現の構成が後ほど登場する. *13 *14 20 原 隆 (Takashi Hara) {Tl A}l : 整合系 x Tl′ A5 : モジュラー 5u 5u 5 u MLT u5 u5 5 u u 5 5u 5u & Tl A : モジュラー )i )i i) l i) i) mod i) )i )i ρ̄′ ∼ = A[l′ ] : モジュラー 図4 )i ) A[l] ∼ = ρ̄ : モジュラー ヒルベルト-ブルメンタール アーベル 多様体による (l, l′ )-トリック 法 l′ -リアライゼーションが モジュラーかつモジュラー性持ち上げ定理を満たし,法 l-リアライゼーショ ンが所望の法 l-表現と同型となるようなモチーフ M を構成すること が重要であった.GL2 -表現の場合には,M として ヒルベルト-ブルメンタール アーベル多様体 (Hilbert- Blumenthal Abelian varieties, HBAV) が巧く利用できる,というのが [Tay2] 及び [Tay3] の (l, l′ )-トリック の要であった.ヒルベルト-ブルメンタール アーベル 多様体の具体的な定義や (l, l′ )-トリック のための設定に 関しては津嶋氏の解説記事に譲ることにして ([津嶋],§ 1),ここではそういった些末な部分は大胆に斬り捨て て,上記のような “巧い” ヒルベルト-ブルメンタール アーベル 多様体を モレ-ベイイー の定理を用いてどう やって見つけ出すか,という点のみに焦点を絞って解説していこう. 我々が見つけたい ヒルベルト-ブルメンタール アーベル 多様体は,非常に大雑把に考えると以下の条件を満 たすものである. (HBAV-1) l′ -等分点のなすガロワ表現 A[l′ ] に対し,A[l′ ] ∼ = ρ̄′ (+ モジュラー性持ち上げの条件を満たす). (HBAV-2) l-当分点のなすガロワ表現 A[l] に対し,A[l] ∼ = ρ̄. このような (A, i, j) が構成できれば,§ 1.1 で見たように, 「法 l′ でのモジュラー性を持ち上げて法 l に落と す」という図式 4 に依って ρ̄′ の モジュラー性を ρ̄ に “感染” させることができる. そこで,条件 (HBAV-1) 及び 条件 (HBAV-2) を満たす ヒルベルト-ブルメンタール アーベル 多様体 全 体を考えてみよう.これは 等分点のレベル構造を指定した ヒルベルト-ブルメンタール アーベル 多様体の モジュライ を考えていることになる.このモジュライ空間 (ヒルベルト-ブルメンタール モジュラー多様体 (Hilbert-Blumenthal modular variety) は所謂 志村多様体 (Shimura variety) となり,その構造は ラポポルト (Rapoport) 等によってよく調べられている.特に,擬射影性 や幾何学的既約性 などの重要な幾何学的性質が 証明されている. ここで, アーベル多様体のモジュライ空間 X に,モレ-ベイイー の定理 ( の系 ) を適用する ことによって,所望 の アーベル多様体を見つけよう というのが基本的な戦略である.そうすれば,適当な代数拡大 E/F (正確には適当な S に対して E = KS ) における有理点 X(E) が見つかるが,これは条件 (HBAV-1), (HBAV-2) を満たす E 上の HBAV (A, i, j) に 対応する(!) こうして得られた (A, i, j) において (l, l′ )-トリックを行えばよいのだが,(A, i, j) が適当な代数拡大 E/F 上 定義されてしまっているため,モジュラー性の伝搬が ρ|Gal(E/E) に制限されてしまう という欠点が生ずる.つ まり,潜在的モジュラー性定理の “潜在的” たる由縁は,モレ-ベイイー の定理 ( の系 ) で生じてしまう体の拡 大に起因しているわけである. 我々はこの モレ-ベイイーの定理 を 曲線族 π : Y → P1 のレベル構造に関するモジュライ空間に適用するこ カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 21 とで (l, l′ )-トリックを実行していくことになる.詳しくは次節以降に解説することにしよう. 注意 VI. モレ-ベイイー の定理の系において,KS を S の素点が完全分解する最大の 可解 拡大 KSsol /K に取れないか という問題がある.もしこのようにとれたとすると,アーサー-クローゼルの可解底変換定理 (Arthur-Clozel’s soluvable base change theorem) ([AC],定理 4.2) によって, ρ|Gal(K sol /K sol ) : モジュラー S S ⇔ ρ : モジュラー となり,モレ-ベイイー の定理に起因する体拡大から発生する制限を取り除くことが出来る. 但し,この問題はいまだ未解決である (ゆえに,いまだ “潜在的” モジュラー性のままである).♦ 雑談 VII. モレ-ベイイー の定理のもともとの背景について少し補足しておこう. この定理は,論文のタイトルにもあるように,もともとは トラレフ・スコレム (Thoralf Skolem) が取り組 んだ Z-係数の m-変数多項式 {fi (X1 , . . . , Xm )}1≤i≤r が,代数的整数を共通根に持つための (適当な) 条件を 求めよ という問題に起因する.このままでは方程式論の問題であるが,現在の代数幾何学の枠組みでとらえなおすと, スキーム S = Spec Z[X1 , . . . , Xm ]/(f1 , . . . fr ) が Z-有理点をもつための適当な条件を求めよ という,有理点の存在問題に帰着される.モレ-ベイイー はこの問題をより一般のスキームに対して定式化し, その一つの解答という形で上記の定理に辿り着いたわけである. このような純粋に方程式論,あるいは代数幾何学の問題に対する定理が,モジュライ空間の幾何学で活躍し, モジュラー性という極めて数論的な話題に応用され,大予想を解いていく結果を導こうとは,流石の モレ -ベイ イー も想像だにしなかったのではないだろうか.♦ 2.2 モレ-ベイイー の定理の変形版とモジュライ空間の幾何学的連結性 それでは,本稿で用いる モレ-ベイイー の定理の変形版を用意しよう. 命題 2.1 (モレ-ベイイー の定理の変形版). F を代数体とし, S = S1 ∐ S2 を F の素点の集合で,S2 は無限 素点を含まないとする. T /F を滑らかかつ 幾何学的連結 な代数多様体とする.さらに,各 v ∈ S1 に対して T (Fv ) の (v-進位相に 関する) 空でない開集合 Ωv が与えられ,各 v ∈ S2 に対して T (Fvnr ) の空でない Gal(Fvnr /Fv )-安定な 開集合 が与えられているとする.最後に,L/F を有限次拡大とする. このとき,F の有限次 ガロワ 拡大 F ′ /F 及び T の F ′ -有理点 P で,以下の条件を満たすものが存在する. (MB-1) F ′ /F は L/F と線形無関連. (MB-2) 各 v ∈ S1 は F ′ で完全分解し,v 上の F ′ の素点 w に対して P ∈ Ωv ⊆ T (Fw′ ). (MB-3) 各 v ∈ S2 は F ′ で不分岐で,v 上の F ′ の素点 w に対して P ∈ Ωv ∩ T (Fw′ ) .♦ 証明の概略. S1 , S2 を取り替えていって,オリジナルの モレ-ベイイー の定理に帰着するだけである. Step1, 各部分単純 ガロワ 拡大 Li /F で分裂しないような素点 v を S1 に付け加えることで,線型無関連性 (MB-1) は (MB-2) から自動的に成立. Step2, 適当な有限次拡大 K/F で,S1 の全ての素点が完全分解し,S2 の全ての素点が不分岐かつ十分大きい 惰性次数を持つようなものをとる.K の素点で S1 上にあるもののなす集合を ΣK とおく. 22 原 隆 (Takashi Hara) Step3, スコレム-データ S = (T ×Spec F Spec K → Spec OK,Σ , ΣK , {Kv′ }v′ ∈ΣK , {Ωv }v|v′ ,v′ ∈ΣK ) に対して, g K g モレ-ベイイー の定理 ([MB], 定理 1.3) を適用して,K-有理点 P ∈ T (K) を得る.但し,Σ K は ΣK を真に含む K の素点の有限集合.*17 Step4, 必要に応じて,F の中で K/F のガロワ閉包 F ′ をとれば良い. 我々は,この 命題 2.1 を π : Y → P1 のレベル構造のモジュライ空間に適用することに依って,(l, l′ )-トリッ クを行おうとしているわけである.そこで,先ずはモジュライ空間 TW を導入しよう. F を代数体とし,W を連続な Gal(F /F ) の作用を持つ n- 階 自由 Z/N Z-加群とする.さらに,W は完全 交代形式 〈 · , · 〉W : W × W → Z/N Z(1 − n) を持つものとする.W を自然に Spec F 上の滑らかな エタール 層と見做そう. ここで,関手 S ch/T0 × Spec F → S ets X 7→ V [N ] 及び W の X への引き戻しの,交代形式を保つ同型のなす集合 を考える.この関手は T0 × Spec F 上の有限 エタール 被覆 TW に依って表現される.これが,我々の考えて いるレベル構造のモジュライ空間である. TW に モレ-ベイイー の定理の変形版 (命題 2.1) を適用するためには,TW の幾何学的連結性 を調べる必要 があるが,これは π : Y → P1 の モノドロミー が大きいこと (系 1.11) から直ちに従う. 系 1.12 (モジュライ空間 TW の幾何学的連結性). W, 〈 · , · 〉W を上記の通りとし,TW を考える.C(n) を系 1.11 の通りとし,N を C(n) より大きい素数のみを因数に持つ整数とする. このとき,任意の埋め込み F ,→ C に対して,TW (C) は連結となる.つまり,TW は F 上のスキームとし て 幾何学的連結である. 3 潜在的モジュラー性—Potential modularity いよいよ本稿のハイライトとなる潜在的モジュラー性定理を扱う.主たる定理は 2 つある.GSpn -表現の潜 在的モジュラー性定理と,その対称積表現への応用 ヴァージョン である. 本節では, 「保型表現に対応する ガロワ 表現」や「ガロワ 表現の保型性」の意味合いを明確にするために, RAESDC-表現 及び 付随する ガロワ 整合系の概念を先ず導入する.その後,二つの主定理の証明に入る前に, 証明でなされる議論の (非常に大雑把な) 方針を概観する.その後,二つの定理の証明の概略を,特に証明を複 雑たらしめている技術的な困難の部分を重視して述べることとする. 3.1 RAESDC-表現と付随する ガロワ 整合系 ≅ → C を固定しておく. 以下,代数体 F は総実代数体であるとする.また,同型 ι : Ql − さて,S を F の空でない有限素点の有限集合とする.各 v ∈ S に対して、GL(Fv ) の既約表現 ρv を決めて おく. *17 K に於いては S2 = ∅ と見做せるのがポイント. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 23 さ て ,GLn (AF ) 保 型 表 現 π が RAESDC-表 現 (Regular Algebraic, Essentially Self Dual, Cuspidal representation) であるとは,以下の条件を満たすことである: • (正則代数的) π∞ は 係数を F から Q に制限した GLn のある既約な代数的表現と同じ無限小指標を持つ. • (本質的自己双対性) × ∨ ∼ ある指標 χ : F × \A× F → C で,χv (−1) が無限素点 v の取り方に依らないものが存在して,π = χπ (π ∨ は反傾表現). • (カスピダル) π は カスピダル 表現. RAESDC-表現 π が 重さ 0 (of weight 0) であるとは, • π∞ が GLn (F∞ ) の自明表現と同じ無限指標を持つ. こととする (一般の重さの概念については [CHT] § 3.3 参照).さらに,有限素点の有限集合 S に対し, RAESDC-表現 π が {ρv }v∈S -型 (of type {ρv }v∈S ) であるとは, • ρv は 二乗可積分 (square-integrable) で,πv は ρ∨ v の不分岐捻りと同型. となることとする. さらに,全ての l 上の素点 w | l に関して πw が不分岐であるとき,π は レベルが l と素 (level prime to l) と呼ぶ. このような表現が重要である理由は,この手の保型表現からは志村多様体の理論を用いて ガロワ 表現を構成 できるからである. 重み 0,{ρv }S -型 (S ̸= 0) の RAESDC-表現 π に対して,クローゼル-ハリス-テイラー 等 の構成に依り,以 下の性質を持つ連続既約 ガロワ 表現 rl,ι (π) : Gal(F /F ) → GLn (Ql ) が構成できる ([CHT]): (性質-1) (局所 ラングランズ 対応との整合性) 全ての l を割らない F の素点 v に対して、 W D(rl,ι (π)|Gal(Fv /Fv ) )F −ss = ι−1 (rec(πv )⊗ | Art−1 K |K (1−n)/2 ). ここで,W D は連続な有限次元 l-進 ガロワ 表現に対応する ヴェイユ-ドリーニュ 表現を与える関手, F −ss は ヴェイユ-ドリーニュ 表現の フロベニウス 半単純化,rec は ハリス-テイラー (Harris-Taylor) の 局所 ラングランズ 関手 ([HT]),ArtK は アルティンの 相互写像 (詳しい定義等は [TY] 等を参 *18 照). (性質-2) rl,ι (π)∨ = rl,ι (π)ϵn−1 rl,ι (χ). l ここで,ϵl は 円分 l-進指標,rl,ι (χ) は適当な GLn (AF ) の指標に対応する ガロワ 指標 ([CHT] 補題 3.1.3 参照). (性質-3) l を割り切る F の素点 v に関して,rl,ι (π)|Gal(Fv /Fv ) は潜在的準安定表現で,さらに πv が不分岐な らばクリスタリン表現となる. *18 または,同値な言い換えであるが, 「代数的正規化」された l-進相互写像 rl ([HT] VII.1 参照) を用いて,rl,ι (π)|ss rl (ι−1 πv )∨ (1 − n)ss とも書かれる ([CHT] 命題 3.3.1). Gal(F v /Fv ) = 24 原 隆 (Takashi Hara) (性質-4) l を割り切る F の素点 v と,v に対応する埋め込み τ : F ,→ Ql に対して, ( 1 if 0 ≤ i ≤ n − 1 i Gal(Fv /Fv ) dimQl gr (rl,ι (π) ⊗τ,Fv BDR ) = 0 otherwise. 但し,BDR は フォンテーヌ (Fontaine) の p-進 ド-ラーム 周期環. また,重さ 0,{ρv }S -型の RAESDC-表現 π のレベルが l と素の時は,適当に rl,ι (π) の像の共役をとって GLn (Zl ) に含まれるようにしたのち,l での剰余をとって半単純化すると,連続半単純表現 rl,ι (π) : Gal(F /F ) → GLn (Fl ) が得られる (これは共役の取り方に依らない). そこで,l-進 ガロワ 表現 r : Gal(F /F ) → GLn (Ql ) が上記のように ある 重さ 0,{ρv }S -型の RAESDC-表現 π に依って rl,ι (π) と表されるとき,r は 重さ 0, {ρv }S で保型的 (automorphic of weight 0 and type {ρv }S ) と呼ぶ. また,法 l-ガロワ 表現 r : Gal(F /F ) → GLn (Fl ) が ある 重さ 0,{ρv }S -型の レベルが l と素な RAESDC-表現 π に依って rl,ι (π) と表されるとき,r は 重さ 0,{ρv }S で保型的 (automorphic of weight 0 and type {ρv }S ) と呼ぶ. 注意 VIII. 以下の注意は,テイラー 等が証明した 佐藤-テイト 予想に於ける「弱い仮定」と直接関わる注意で あるが,執筆者の実力不足のため,その深い背景にまでは迫ることが出来ないことをお詫びしておく. • 志村多様体 の理論を用いた 保型表現からの ガロワ表現 の構成は,CM -体 及び総実体の場合にしか行 われていない.*19 このことに依って,潜在的 モジュラー 性定理 (3.1) 等に於いても,偶数次の表現しか 扱うことが出来ない と言う制限が課されてしまう。 • S ̸= 0 に対して π が {ρv }v∈S -型と言うことは, π は少なくともある素点に於いて二乗可積分であるこ とが要求される.これは,局所 ラングランズ 対応に現れる エンドスコピー の寄与から生じる困難を回 避するための条件である.現在は研究が進んでおり,この人工的な仮定は近い将来外されることが期待さ れている (らしい). なお,この条件が,佐藤-テイト 予想 の証明されているケース (4.3) に於いて,j-不変量が整数で無い と いう制限を課す源流となっている.♦ 例 (一般化 スタインバーグ 表現 Spn (π)). K を局所体,n | N とする.π を GLN/n (K) の スーパーカス ピダル 表現とし,Qn を GLN の放物型部分群で,その レヴィ 因子 が GLn N/n で与えられるものとする.こ の時,π の Qn に依る正規誘導表現を Spn (π) と書き,一般化 スタインバーグ 表現 (generalized Steinberg representation) と言う (厳密な定義は [HT] I.3 参照).全ての二乗可積分表現はある n 及び スーパーカスピダ ル 表現 π の一般化 スタインバーグ 表現で与えられることが知られている. 最も簡単な Spn (1) を考えよう (以下この形の表現を スタインバーグ 表現 (Steinberg representation) と呼 ぶことにする).この時,♯κ(K) と素な素数 l に対して,rl (Spn (1))∨ (1 − n)ss は フィルトレーション grj rl (Spn (1))∨ (1 − n)ss ∼ = ϵj , 0≤j ≤n−1 を持つので,その フロベニウス 固有値は,1, (♯κ(K))−1 , . . . , (♯κ(K))n−1 となる. *19 虚数乗法論の一般化であると言う観点から考えると納得しやすいかもしれない. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 25 {Vl,t }l : 整合系 MLT6v v6 6v 6v v 6 v6 6v w Vl′ ,t : モジュラー 6v 6 6v 6v ' Vl,t : モジュラー 'g 'g 'g × 'g g' mod l 'g 'g ' V [l]t ∼ = r̄|Gal(F ′ /F ′ ) V [l′ ]t : モジュラー r|Gal(F ′ /F ′ ) 8 モジュラー 図5 r̄|Gal(F ′ /F ′ ) の モジュラー 性が r|Gal(F ′ /F ′ ) に持ち上がらない! 逆に,π が二乗可積分 (もっと弱く tempered でも良い) で,π に対応するガロワ表現 rl (π)∨ (1 − n)ss が 不 × 分岐かつ フロベニウス 固有値 α, α♯(κ(K)), . . . α(♯κ(K))n−1 α ∈ Ql を持つならば,π は Spn (1) の不分岐捻 りであることが従う.♦ 3.2 議論の概略 さて,我々は § 1 に於いて (l, l′ )-トリック を展開する「舞台」たるカラビ-ヤウ 超曲面族 π : Y → P1 を用意 し,その性質について調べた. また,§ 2 に於いて (l, l′ )-トリック の鍵となる “巧い” モチーフ の,モレ-ベイイー の定理を用いた構成法を 得た. 然るに § 1 と § 2 で得た結果を組み合わせれば,いとも簡単に (l, l′ )-トリックを実行できそうに見える. しかし,残念ながら (当然のことながら? ) 世の中はそんなに甘くない(!) (l, l′ )-トリックを用いて適当な 表現 ρ : Gal(F /F ) → GSpn (Ql ) の潜在的モジュラー 性を示すためには,まだまだ山のように課題が残ってい る.それは主に 法 l′ -表現のモジュラー性はそう簡単に “持ち上がらない” ことに由来する. もう少し丁寧に見てみよう.適当な条件を満たす表現 ρ : G(F /F ) → GSp(n, Zl ) をとってきたとしよう. ここで,GSpn は,倍率 (multiplier, similitude) 付きシンプレクティック群 GSpn = ¯ ½ ¯ g ∈ GLn ¯¯∃ ν : GLn → Gm µ s.t., gJ2n t g = ν(g)J2n , J= 0 −In In 0 ¶¾ とする.このとき,§ 1.2 や §2.1 で解説したように,(l, l′ )-トリックに依って,r̄|Gal(F ′ /F ′ ) に (潜在的) モジュ ラー 性を “感染” させることが出来るが,問題となるのは テイラー の モジュラー 性持ち上げ定理 ([Tay4],定 理 4.2) の適用条件による障害から そのままでは r̄|Gal(F ′ /F ′ ) の モジュラー 性を r|Gal(F ′ /F ′ ) に持ち上げるこ とが出来ない という点である (図 5). この困難を回避するために,再び π : Y → P1 を用いて巧妙に体 K ′ の取り替えを行うのだが,詳しくは § 4.3 で 見ていくことにしよう. さて,GSpn -表現に対する潜在性 モジュラー 性定理が示されたら,あとは二次元表現 r : Gal(F /F ) → GL2 (Zl ) の (n − 1)-次対称積 Symmn−1 (r) : Gal(F /F ) → GSpn (Zl ) にその結果を適用すれば,これまた簡単に Symmn−1 (r) の潜在的 モジュラー 性が示されそうに思われるが, この部分もそんなに簡単には話が展開しない.対称積をとると言う操作を挟み込むことにより,Symmn−1 (r) 26 原 隆 (Takashi Hara) が l 上の素点 w で通常 (ordinary) にならなくなってしまう可能性がでてきてしまう からである.ここが悩ま しいところではあるが,[HSBT] は モジュラー 曲線 ( の適当な捻り ) を用いた (l, l′ )-トリック を間に挟む と いうアイデアで何とかこの辺りの困難を乗り越えている. 以上の説明からも分かるように,潜在的 モジュラー 性定理の証明のためのアイデア自体は実に単純明快なも の ( 要するに (l, l′ )-トリックだけ ) であり,モジュラー性持ち上げ定理等をもっと自由自在に使うことが出来 るならば,これらの定理の証明もずっと ブラッシュ・アップ される筈なのだが,実際には モジュラー性持ち上 げ定理などに強い制限が生じてしまうため,極めて複雑な証明となってしまう のである. 以下この節の残りで二つの定理の証明の概略を述べることにするが,如何に繊細かつ細やかな心配りが必要と されるかを感じ取っていただければ良いと思う. 3.3 潜在的モジュラー性定理 いよいよ主定理たる 潜在的モジュラー性定理 (Potential Modularity Theorem) の登場である.先ずは,そ の ステイトメント を紹介しよう: 定理 3.1 (潜在的モジュラー性定理). F/F0 を総実代数体の ガロワ 拡大とし,n1 , n2 , . . . , nr を 正の偶数 とす る.さて,l を max{C(ni ), ni } (C(ni ) は 系 1.11 にて導入された数 ) より大きい F で不分岐な素数とし, l≡1 mod ni + 1 for i = 1, 2, . . . r を満たすものとする. vq を素数 q ̸= l 上の F の素点とし, (♯κ(vq ))j ̸≡ 1 mod l q - (ni + 1) for 1, 2, . . . , max{ni } for 1, 2, . . . , r を満たすものとする. L を,lq 上にある素点を含まない F の有限素点の有限集合とする. さて, ri : Gal(F /F ) → GSpni (Zl ) for 1, 2, . . . , r を,以下の 7 つの性質を満たす連続表現とする: ( 性質-1) ri の倍率 (multiplier) は ϵl1−ni .但し,ϵl は円分 l-進指標. ( 性質-2) ri は有限個の有限素点でのみ分岐. ( 性質-3) ri の法 l-還元の半単純化 r̄i に対し,r̄i (Gal(F /F (µl ))) は大きい.但し, µl は 1 の l-乗根のなす乗 法群. ( 性質-4) F ker ad r̄i は F (µl ) を含まない. ( 性質-5) ri は L 上の全ての素点で不分岐. ( 性質-6) w を l 上の F の素点とするとき,ri |Gal(Fw /Fw ) は クリスタリン 表現であり,埋め込み τ : Fw ,→ Ql に関して dimQl gr (ri ⊗τ,Fv j が成立する.さらに, も成立する. ( 1 BDR ) = 0 if 0 ≤ j ≤ n − 1 otherwise. 1−ni r̄i |IFw ∼ = 1 ⊕ ϵ−1 l ⊕ . . . ⊕ ϵl カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— ( 性質-7) ri |ss Gal(F vq /Fvq ) 及 び r̄i |ss Gal(F ni −1 1, ♯κ(vq ), . . . (♯κ(vq )) vq /Fvq ) は 不 分 岐 表 現 で ,ri |ss Gal(F vq /Fvq ) 27 (Frobvq ) は 固 有 値 を持つ.但し κ(vq ) は vq の剰余体. このとき,総実代数体 F ′ /F で F0 上 ガロワ 拡大かつ F ker r̄i 達の合成体と F 上線形無関連なものが存在 し,以下の性質を満たす. • L 及び l 上の全ての素点は F ′ に於いて不分岐. • vq 上の F ′ の素点 wq が存在して,各 ri |Gal(F /F ′ ) が重さ 0, {Spni (1)}{wq } - 型で保型的となるものが存 在する.ここで,Spni (1) は スタインバーグ 表現 (Steinberg representation).♦ ここで,GL(V /Fl ) の部分群 ∆ が 大きい (big) とは,∆ が • H 0 (∆, ad0 V ) = H 1 (∆, ad0 V ) = 0 • adV の全ての既約 Fl [∆]-部分加群 W に対して,ある h ∈ ∆ 及び α ∈ Fl で以下の条件を満たすものが 存在する: – h の α-一般化固有空間 Vh,α の次元が 1. – V から Vh,α への射影を π ,Vh,α から V への埋め込みを ι とするとき,π ◦ W ◦ ι ̸= 0. を満たすことであり,[CHT] 及び [Tay4] のモジュラー性持ち上げの議論に於いて重要な概念であるが,ここで はあまり深入りしないことにする.[安田・千田] などを参照されたい. 注意 IX. 御覧の通り,潜在的モジュラー性定理はその仮定や条件が入り組んでいるため,その ステイトメント だけでも非常に複雑で難解なものとなってしまう.そこで,いきなり証明にとりかかる前に,まずはこの膨大な 条件がそれぞれ何をするために必要かを概観しておこう. (性質-1),(性質-6),(性質-7) は,各 ri を Vni ,l,t と結びつけるために必要な条件である.特に,(性質-6),(性 質-7) は § 1.3 で調べた Vni ,l,t の性質とよく似た ステイトメント であるから分かりやすいであろう.これらの 性質がないと,モレ-ベイイー の定理の変形版 (命題 2.1) でとる局所有理点の集合 Ωv が空集合になってしまう 可能性がある. (性質-3),(性質-4),(性質-5) は主に セルマー 群 (Selmer group) を扱うために必要な条件であり,どちらか と言えば [CHT],[Tay4] の モジュラー性持ち上げ定理 (Modularity Lifting Theorem) で必要とされる条件で ある. ここで注目すべき条件は (性質-7) である.テイラー のモジュラー性持ち上げ定理 ([Tay4],定理 4.4) はこれ また ステイトメント が非常に長くなるため紙面の都合上深入りできないが ([安田・千田] 参照),モジュラー性 が持ち上がるための条件の一つに, ある素点 v に対して,ri |Gal(F v /Fv ) が ハリス-テイラー (Harris-Taylor) の 局所ラングランズ 対応 (Local Langlands Correspondence, LLC) によって離散系列表現 (の不分岐捻り) と対応する. というものがある (以下この条件を, 「v が DS-条件 (Discrete Series representation condition)) を満たす」と 表現することにしよう).(条件-7) は,r|| mrmssGal(F v q /Fvq ) が局所 ラングランズ 対応によって F 上で スタ インバーグ 表現 (の不分岐捻り) に対応する (即ち,vq は F 上で DS-条件を満たす) ことを意味しているが, (l, l′ )-トリック ( または,モレ-ベイイー の定理 ) に依って体が F ′ に拡大されてしまう が故に,F ′ 上では ス タインバーグ 表現と対応しなくなってしまう (DS-条件を満たさなくなってしまう ) のである.もし,vq が F ′ で 完全分解 するならば,vq 上の素点 wq に対し,Frobwq と Frobvq を同一視できるので,(条件-7) より wq もスタインバーグ 性の条件 (従って DS-条件) を満たすが,一般に F ′ /F で vq は完全分解しない (! ) そこで,証明の中で F ′ を wq の分解体に取り替える という テクニック により巧妙に r̄|Gal(F /F ′ ) の モジュ 28 原 隆 (Takashi Hara) ラー 性を持ち上げている.♦ 証明の概略. この定理の証明は非常に入り組んでおり (原論文で約 5 ページ! ),細かく説明しだすと何をやっ ているのかわからなくなってしまう恐れがある.そこで,ここでは重要な部分だけを抜き出して,この定理の証 明の流れを見ていくことにしよう (それでも十分に長くなるが). 尚,原論文では [CHT],[Tay4] へ参照する際の定理番号等が著しく異なっている部分が散見されるので注意. Step 1, (l, l′ )-トリック のための準備 (準備-1)「モジュラー性が明らかな表現」の構成 (l′ -サイド) 先ずは,l′ の サイド の表現を構成する.これは,適当な ヘッケ 指標に対応する ガロワ 指 標の誘導表現 として実現するのであった. この ヘッケ 指標 ψi,l′ 達も,注意深く構成しなければならないが,条件ばかりが続いて煩雑に なるだけなので,ここではあまり深く立ち入らないことにする ([HSBT] 19-20 ページ参照). とにかく,適当な ni -次巡回的 ガロワ CM-体 Mi /Q に対して (ガロワ 群の生成元を τi とお く),「適当に」素数 l′ 及び ヘッケ指標 (の 法 l′ -還元) × × ψi,l′ : Mi× \(Afin Mi ) → Fl′ を構成し,これを アルティン の相互写像 ArtMi に合成させることで,法 l′ -ガロワ 指標 θ̄i : Gal(M i /Mi ) → F× l′ を得る.この θ̄i の性質だけ簡単にまとめておこう; i • θ̄i θ̄ic = ϵl1−n .但し,c は任意の複素共役. ′ ¯ i |I • 任意の 1 ≤ j ≤ ni /2 − 1 に対して,theta M j i,τ w ′ i l ,i ′ ′ = ϵ−j l′ .ここで,wl ,i は l 上の Mi のあるイデアル (詳しくは [HSBT] 20 ページ参照). • θ̄i は l 及び L の下の素イデアルに於いて不分岐. τj • 任意の 1 ≤ j ≤ ni − 1 に対して θ̄i |IMi,p ̸= θ̄i i |IMi,p . i i • θ̄i は有限個の素点の上でのみ不分岐 (詳しい条件については [HSBT] 20 ページ参照). Gal(M i /Q) θ̄ Gal(M i /Mi ) i あとは, θ̄i の誘導表現 Ind 上に X 〈ϕ, ϕ′ 〉 = ϵl′ (σ)ni −1 ϕ(σ)ϕ′ (cσ) Gal(M i /Mi )\ Gal(M i /Q) で交代形式を構成すれば (交代制は ni が偶数であることから従う),θ̄i の誘導表現は I(θ̄i ) : Gal(Q/Q) → GSpni (Fl′ ) i を誘導する.上記の性質より,倍率 は ϵ1−n であることも分かる. l′ (準備-2) “補助的な” (auxiliary) 素数 q ′ の導入 ここで,証明の中でしか用いられない素数 q ′ を補助的に導入する. この q ′ は,q とも L の下の素数とも異なり,任意の 1 ≤ i ≤ r に於いて q ′ - (ni + 1) かつ • M1 M2 . . . Mr (及び適当な 虚二次体 E との合成体)*20 に於いて q ′ が完全分解. • (q ′ )j ̸≡ 1 ′ j • (q ) ̸≡ 1 for 1, 2, . . . max{ni }. mod l mod l ′ for 1, 2, . . . max{ni }. • r̄i (Frobvq′ ) は固有値 1, q ′ , . . . , (q ′ )ni −1 を持つ (vq′ は q ′ 上の F の素点). *20 本当は最初に E をとって,E と F の ガロワ 閉包の合成体が各 Mi と線形無関連になるように Mi 達を選ぶのである. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 29 • I(θ̄i )(Frobvq′ ) は固有値 1, q ′ , . . . , (q ′ )ni −1 を持つ. を満たすものとして取る. ポイントは,上記の フロベニウス 固有値の性質から,vq′ という素点は r̄i に於いても I(θ̄i ) に於いても 局所 ラングランズ 対応に於いて スタインバーグ表現 (の不分岐捻り) と対応す る ということである.したがって,r̄i も I(θ̄i ) も vq′ に関する DS- 条件は満たしているた め,モジュラー 性を “持ち上げやすい” という点である. したがって,我々は取り敢えずこの vq′ を用いて (l, l′ )-トリック を行い,最後に vq′ を vq に すり替える 議論を行うこととなる. (準備-3) 二次指標に依る「捻り」の準備 さて,補題 1.15 を思い出すと,T0 の FVq -有理点 tq ∈ T0 (Fvq ) で vq (tq ) < 0 かつ vq (tq ) ≡ 0 mod l を満たすものに対し,Vni [l]ss tq でのフロベニウス 固有値は ある αi,q ∈ {±1} に対し て αi,q , αi,q ♯κ(vq ), . . . αi,q (♯κ(vq ))ni −1 で与えられるのであった.同様に,vq′ (tq′ ) < 0 かつ vq′ (tq′ ) ≡ 0 mod ll′ を満たす tq′ ∈ T0 (Qq′ ) に対し,Vni [ll′ ]ss tq′ での フロベニウス 固有値を 2 考えることで,αi,q′ ∈ (Z/ll′ Z)× , αi,q ′ = 1 なる αi,q ′ が得られる. そこで,r̄i (Frobvq ),r̄i (Frobvq′ ) などの固有値と,カラビ-ヤウ 族 から得られる幾何学的な ′ ss ガロワ 表現 Vni [l]ss tq ,Vni [ll ]tq′ 等における フロベニウス 固有値との “ズレ” (αi,q , αi,q ′ ) を 処理するために,二次指標 δi : Gal(Q/Q) → {±1} ⊆ (Z/lZ)× で l, l′ , q, q ′ で不分岐かつ Frobq を αi,q に,Frobq′ を αi,q′ に写すものを導入しよう.同様 に,二次指標 δi′ : Gal(Q/Q) → {±1} × {±1} ⊆ (Z/ll′ Z)× で l, l′ , q ′ で不分岐かつ Frobq′ を αi,q′ に写すものを導入しよう. Step 2,「F ′ への降下テクニック」のための準備 さて,Wi = r̄i ⊗ δi としよう.ここで,§ 2.2 で考察した π : Y → P1 の “レベル構造 Wi のモジュラ イ空間” TWi → P1 に モレ-ベイイー の定理の変形版 (命題 2.1) を適用することを考える. より具体的には, S1 = { 無限素点 } ∪ {vq , vq′ },S2 = L ∪ {ll′ 上の素点 } とおき, Ωi,vq = {t ∈ T0 (Fvq ) : vq (t) < 0} の逆像 ⊆ TWi (Fvq ) Ωi,vq′ = {t ∈ T0 (Fvq′ ) : vq′ (t) < 0} の逆像 ⊆ TWi (Fvq′ ) Ωi,w = TWi (Fvq ) for w | ∞ Ωi,w = {t ∈ | w(1 − tni +1 ) = 0} 上にある TWi (Fwnr ) の元の集合 T0 (Fwnr ) として,命題 2.1 を用いる (各 Ωi,w が空でないことは定義から比較的簡単に分かる). このようにして,漸進的に総実代数体 Fi /F 及び Fi -有理点 t̃i ∈ TWi (Fi ) を, • Fi /F は ガロワ 拡大. • Fi /F は L 及び ll′ 上の素点で不分岐. • vq と vq′ は Fi で 完全分解. • Fi は KF1 F2 . . . Fi−1 と線形無関連.但し,K は Ker(r̄i ),Ker(I(θ̄i )),δi ,δi′ の固定体を合成し たもの. • 全ての w ∈ S1 ∪ S2 に対して,t̃i は Ωi,w に含まれる. を満たすように構成することができる. ここで,Fe = F1 F2 . . . Fr は F の総実 ガロワ 拡大となり,S1 の素点は全て完全分解し,S2 の素点は 30 (Takashi Hara) 原 隆 MLT t Vni ,l′ ,t′i |Gal(F /F ′ ) * Vni ,l,t′i |Gal(F /F ′ ) モジュラー 9 モジュラー 9y 9y DS at vq′ y9 y9 y9 y9 (i) I(θ̄i )|Gal(F /F ′ ) ′ ∼ = モジュラー 9 MLT %e e% 9y 9y mod l e% e% DS at vq′ 9y 9y 9y e% e% 9y (iii) % Vn [l]t′ | (ii) ′ i i Gal(F /F ) ∼ = r̄| ′ Gal(F /F ) Vni [l ]t′i |Gal(F /F ′ ) ∼ = Vni [l]ti |Gal(F /F ′ ) モジュラー モジュラー 図6 定理 3.1 に於ける (l, l′ )-トリック I Vni ,l,ti |Gal(F /F ′ ) クローゼル +3 Vni ,l,ti |Gal(F /F ′′ ) sk アーサー モジュラー Vni ,l,ti |Gal(F /F ′ ) (iv) モジュラー ri |Gal(F /F ′′ ) クローゼル +3 ri |Gal(F /F ′ ) sk (vii) モジュラー モジュラー 9y 9 アーサー MLT &f f& mod l DS at wq 9y 9y 9y f& f& &f &f 9y 9y (vi) (v) & Vni ,l,ti |Gal(F /F ′′ ) ∼ = r̄i |Gal(F /F ′′ ) モジュラー 図 7 定理 3.1 に於ける (l, l′ )-トリック II –descent to F ′ – 全て不分岐となり,K と F 上線形無関連となる.また,ti ∈ T0 (Fe ) を t̃i の像とすると,構成法から Vni [l]ti ∼ = (r̄i ⊗ δi )|Gal(F /Fe) が成立する. Step 3, (l, l′ )-トリック Step 2, と全く同様の議論を Wi′ = (r̄i ⊗I(θ̄i ))⊗δi′ ,S1′ = { 無限素点 }∪{vq′ },S2′ = L∪{ll′ 上の素点 } 及び Ω′i,vq′ = {t ∈ T0 (Fvq′ ) : vq′ (t) < 0} の逆像 ⊆ TWi′ (Fvq′ ) Ω′i,w = TWi′ (Fvq ) for w | ∞ Ω′i,w = {t ∈ T0 (Fwnr ) | w(1 − tni +1 ) = 0} 上にある TWi′ (Fwnr ) の元の集合 に対して実行するのみである.すると,Step 2, と並行して,漸進的に総実代数体 Fi′ /F 及び Fi′ -有理 点 t˜′ i ∈ TWi′ (Fi′ ) を, • Fi′ /F は ガロワ 拡大. • Fi′ /F は L 及び ll′ 上の素点で不分岐. • vq′ は Fi′ で 完全分解. • Fi′ は K FeF1 F2 . . . Fi−1 と線形無関連. • 全ての w ∈ S1′ ∪ S2′ に対して,t˜′ i は Ω′ i,w に含まれる. を満たすように構成することができる. ここで,Fe ′ = F1′ F2′ . . . Fr′ は F の総実 ガロワ 拡大となり,S1′ の素点は全て完全分解し,S2′ の素点は 全て不分岐となり,K Fe と F 上線形無関連となる.また,t′i ∈ T0 (Fe ′ ) を t˜′ i の像とすると,構成法か ら Vni [l]t′i ∼ = (I(θ̄i ) ⊗ δi′ )|Gal(F /Fe′ ) が成立する. = (r̄i ⊗ δi′ )|Gal(F /Fe′ ) 及び Vni [l′ ]t′i ∼ カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 31 Step 4, 証明の完成 Ker(r̄i ) F ′ を Fe Fe′ の F0 上の ガロワ 閉包とする.F ′ は F 達の合成体と線形無関連である.*21 (i) すると, Vni ,l′ ,t′i |Gal(F /F ′ ) は vq′ に於いて局所 ラングランズ 対応で スタインバーグ 表現 (の不分岐捻り) に対応するから (これは r̄i |Gal(F /F ′ ) (Frobvq′ ) の固有値の情報から分かるので ∼ あった),テイラー の モジュラー 性持ち上げ定理 ([Tay4],定理 4.4) が Vn [l′ ]t′ | = ′ i δi′ )|Gal(F /F ′ ) i Gal(F /F ) が重さ 0, {Spni (1)}{w|vq′ } -型で保型的となる. (I(θ̄i ) ⊗ に適用できて,V (ii) また,レベルは l と素だから,法 l-で考えて,Vni [l]t′i |Gal(F /F ′ ∼ = (r̄i ⊗ δi′ )|Gal(F /F ′ ) も重さ 0, ni ,l,t′i {Spni (1)}{w|vq′ } -型で保型的. (iii) 同様に Vni ,l,ti |Gal(F /F ′ ) は vq′ に於いて 局所 ラングランズ 対応で スタインバーグ 表現 (の不分 岐捻り) と対応するから,やはり テイラー の モジュラー 性持ち上げ定理により,Vni ,l,ti |Gal(F /F ′ ) が重さ 0,{Spni (1)}{w|vq′ } -型で保型的となるが,より強く重さ 0,{Spni (1)}{w|vq vq′ } -型で保型 的ともなる. これは,RAESDC-表現 がある素点に於いて二乗可積分であれば,その全ての有限素点に於いて tempered になること ([HT],系 VII.1.11) 及び,Frovvq の Vni ,l,ti | Gal(F vq /Fvq ) への作用が ス タインバーグ 的であることから分かる.*22 (iv) vq 上の F ′ の素点 wq を適当に取り,F ′′ を wq の分解体とすると,F ′ /F ′′ が可解拡大となるこ とから,アーサー・クローゼル の 可解底変換定理 ([AC],定理 4.2 及び [CHT],補題 3.3.2) に よって,Vni ,l,ti |Gal(F /F ′′ ) は重さ 0,{Spni (1)}{wq } -型で保型的. (v) レベルが l と素だから,法 l で考えて,Vni [l]t′i |Gal(F /F ′′ ) ∼ = (r̄i ⊗ δi′ )|Gal(F /F ′′ ) も重さ 0, {Spni (1)}{wq } -型で保型的. (vi) vq は F ′′ で完全分解するので,r|Gal(F w ′′ q /Fwq ) (Frobwq ) の固有値は r|Gal(F v q /Fvq ) (Frobvq ) と等 しい.つまり,r|Gal(F /F ′′ ) は wq に於いて 局所 ラングランズ 対応で スタインバーグ 表現に対 応するので,モジュラー性持ち上げ定理 から,r|Gal(F /F ′′ ) は重さ 0,{Sp(1)}{wq } で保型的. (vii) 再び アーサー・クローゼル の 可解底変換定理により,r|Gal(F /F ′ ) は重さ 0,{Spni (1)}{wq } -型 で保型的. 大分込み入った議論ではあるが,図 6 及び 図 7 をご覧頂ければ,どんな操作が行われているか,大体の “流 れ” はお分かりいただけるものと思う. 3.4 対称積表現の潜在的 モジュラー 性 では,今度は GL2 -ガロワ表現の対称積表現に対して 潜在的 モジュラー 性定理を証明しよう. § 0 でも見た通り,佐藤-テイト 予想への応用には 対称積表現に対する潜在的 モジュラー 性が本質的である. 定理 3.3 (対称積表現の潜在的 モジュラー 性). F を総実代数体とし,n1 , n2 , . . . , nt を 正の偶数 とする. さて,l を max{C(ni ), 2ni + 1} より大きい F で不分岐な素数とし,vq を素数 q ̸= l 上の F の素点とし, (♯κ(vq ))j ̸≡ 1 mod l for 1, 2, . . . , max{ni } を満たすものとする. *21 *22 これも モジュラー 性持ち上げに必要な条件. πw が tempered,rl (ι−1 πw )(1 − ni )ss が不分岐かつ その フロベニウス 固有値が {αi,q (♯κ(w))j }0≤j≤ni −1 となるものは ス タインバーグ 表現の不分岐捻りのみであることより従う. 32 (Takashi Hara) 原 隆 さて, r : Gal(F /F ) → GL2 (Zl ) for 1, 2, . . . , r を,以下の 5 つの性質を満たす連続表現とする: ( 性質-1) det r = ϵ−1 l .但し,ϵl は円分 l-進指標. ( 性質-2) r は有限個の有限素点でのみ分岐. ( 性質-3) r の法 l-還元 r̄ は全射. ( 性質-4) w を l 上の F の素点とするとき,r|Gal(F w /Fw ) は クリスタリン 表現であり,埋め込み τ : Fw ,→ Ql に関して dimQl gr (r ⊗τ,Fw j ( 1 BDR ) = 0 if j = 0, 1 otherwise. が成立する. ( 性質-5) vq を,r|ss Gal(F vq /Fvq ) が不分岐表現で,r|ss Gal(F vq /Fvq ) (Frobvq ) が固有値 1, ♯κ(vq ) を持つようにとる ことが出来る. このとき,総実代数体 F ′′ /F で l 上不分岐であるもの及び,vq 上の F ′′ の素点 wq で,各 Symmni −1 r|Gal(F /F ′′ ) が重さ 0,{Spni (1)}{wq } -型 で保型的となるものが存在する.♦ ss 注意 X. 実は,r̄ が全射であることから,Symmni −1 r (Gal(F /F (µl ))) が大きい ことが従う ([HSBT] 補題 3.2).♦ § 3.2 でも触れた通り,残念ながら Symmni −1 r Symm n−1 ss に定理 3.1 を直接適用することは出来無い.それは, r が v | l に於いて通常表現でなくなる可能性がある からである. そこで,コホモロジー の (ni − 1)-次対称積が v | l で通常表現となるような楕円曲線 を構成し,これを仲介 して Symmni −1 r に (潜在的に) モジュラー 性を “感染” させることを考えよう. このような楕円曲線 E を如何にして作るか? ——ご推察の通り,ここでも (l, l′ )-トリックが大活躍する のである. 証明の概略. Step1, 下準備—素数 l′ , q ′ の導入 以下を満たす素数 q ′ 及びその上の F の素点 vq′ • q ′ は F で完全分解. • r は q ′ 上不分岐. • r̄(Frobvq′ ) は固有値 1, q ′ を持つ. • q ′ - (ni + 1) for i = 1, 2, . . . , t. • q ′ ̸= q, l 及び,Q(µn1 +1 , . . . , µnt +1 ) で完全分解する素数 l′ • l′ ̸= l, q, q ′ . • l′ > max{C(ni ), ni } (C(ni ) は 系 1.11 で導入された数). ′ • l は F で不分岐. • l′ - ((♯κ(vq ))j − 1) for j = 1, . . . , max{ni }. • l′ - ((q ′ )j − 1) for j = 1, . . . , max{ni }. • r は l′ で不分岐. なるものをとる. l′ は (l, l′ )-トリックのために使う素数,q ′ は 定理 3.1 の証明と同様に,DS-条件の障害を巧くために導 入した補助的な素数. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 33 また,楕円曲線 E1 /F で, • E1 は l 上で良い通常還元を持つ. • E1 は vq′ で 乗法的還元を持つが,H 1 (E1 × F , Z/l′ Z) は vq′ で不分岐. • E1 は vq -上で乗法的還元を持つ. • E1 は l′ 上で良い通常還元を持つが,H 1 (E1 × F , Z/lZ) は l′ で馴分岐表現. • Gal(F /F ) ³ Aut(H 1 (E1 × ), Z/l′ Z). を満たすものをとる. このような E1 /F が存在することは,弱近似定理及び ヒルベルト の既約性定理 (Hilbert’s irreducibility theorem) の帰結である (Fvq 上及び Ql′ 上で局所的に構成しておいて,大域体 F に延ばす議論をする. [Ekedhal] 参照). 適当に E1 を二次指標で捻って,vq , vq′ に於いて E1 が分裂乗法的な還元を持つようにしておこう. Step2, 楕円曲線を用いた (l, l′ )-トリック W = r̄ × H 1 (E1 × Spec F , Z/ll′ Z) を階数 2 の自由 Z/ll′ Z-加群で,Gal(F /F ) が作用するものとする. W には r̄ に付随する交代形式及び H 1 (E1 × Spec F , Z/ll′ Z) に於ける ポワンカレ 双対性から定まる 完全交代形式 〈 · , · 〉 : W × W → Z/ll′ Z(−1) が定まる.W を Spec F 上の滑らかな エタール 層と自然に同一視しておこう. ここで,関手 loc-neoth-S ch/Spec F → S ets S 7→ {(E, i) の同型類 } 但し,π : E → S は楕円曲線 ≅ i: W − → R1 π∗ (Z/ll′ Z) は交代形式を保つ同型 のモジュライ空間を XW /Spec F とする (XW は精 モジュライ で,滑らかかつ 幾何学的連結 な ア ファイン 曲線となることが分かる). ここで,S1 = { 無限素点 } ∪ {vq , vq′ },S2 = {ll′ 上の素点 } 及び Ωvq = { 乗法的還元を持つ楕円曲線に対応する XW (Fvq ) の点 } Ωvq′ = { 乗法的還元を持つ楕円曲線に対応する XW (Fvq′ ) の点 } Ωv = XW (Fv ) for v | ∞ Ωv = {(E, i) | E は良い還元を持つ } ⊆ XW (Fvnr ) for v | ll′ に対して モレ-ベイイー の定理の変形版 (命題 2.1) を適用して,(l, l′ )-トリックを実行することを考 える. 各局所有理点集合が空でないことを確認する必要があるが,今回興味深いのは v | l の場合に Ωv の元が 存在するか,つまり v | l とするとき,E/Fv が 良い還元を持つような (E, i) が存在するか *23 と言う問題である. この場合,H 1 (E × Spec F v , Z/ll′ Z) は所謂 p-進表現となるため,p-進 ホッジ 理論 (p-adic Hodge theory) を用いた考察が必要となる. 具体的には,先ず フォンテーヌ-ラファイユ 理論 (Fontaine-Laffaille theory) を用いて W の l-トー ジョン 部分 W [l] の構造を決定し,特に W [l] が分裂しない場合には v の剰余体 κ(v) の有限次拡大 κ *23 その他の場合には比較的簡単に局所有理点が構成される. 34 u ) Sni −1 Hl1′ |G(F /F ′′′ ) アーサー クローゼル S アーサー Sni −1 Hl1 |G(F /F ′′′ ) モジュラー KS ni −1 (Takashi Hara) 原 隆 モジュラー Sni −1 r|G(F /F ′′′ ) skクローゼル +3 Sni −1 r|G(F /F ′′ ) (ii) Sni −1 H 1 [l]|G(F /F ′′ ) ®¶ Hl1′ |G(F /F ′′ ) モジュラー f &f &f &f &f (i) &f f& モジュラー 8x 8 x 8 DS at wqx8 x8 8x MLT &f f& mod l′ f& &f &f (iii) &f & (v) モジュラー (iv) ∼ = Sni −1 r̄|G(F /F ′′ ) モジュラー f& f& 潜在的モジュラー性 定理 図8 定理 3.3 に於ける楕円曲線を用いた (l, l′ )-トリック 上で先ず楕円曲線 E を構成し,κ を剰余体に持つ Fv の有限次拡大 K の整数環 OK に E を “巧く持ち 上げる” ことで,求める楕円曲線 E を得る.この「楕円曲線の持ち上げ (変形)」に関しては,p-進 ホッ ジ 理論の初期形とも呼べる アーベル多様体の セール-テイト 理論 (Serre-Tate theorry) がその威力を 如何なく発揮する. このようにして各 Ωv が空集合でないことが示されれば,モレ- ベイイー の定理の変形版 (命題 2.1) に 依って,以下のような代数拡大 F ′ /F 及び楕円曲線 E/F ′ が構成される: • F′ は F 上 F Ker(Gal(F /F )→Aut(W )) と線型無関連. • F ′ は総実. • vq 及び vq′ は F ′ に於いて完全分解. • ll′ 上の全ての素点は F ′ に於いて不分岐. • E は l 及び l′ 上の全ての素点に関して良い還元を持つ. • E は vq 及び vq′ 上の素点に於いて,分裂乗法的な還元を持つ. • H 1 (E × Spec F , Z/lZ) ∼ = r̄| ′ . Gal(F /F ) • H 1 (E × Spec F , Z/l′ Z) は vq′ 上不分岐かつ l′ 上馴分岐. Step3, 証明の完了 (i) {Symmni −1 H 1 (E × Spec F , Zl′ )} に関する潜在的 モジュラー 性定理 (3.1) に依り,ある総実代 数体 F ′′ /F ′ で,以下の性質を満たすものがとれる: • F ′′ /F は ガロワ拡大. • l 及び l′ は F ′′ に於いて不分岐. • F ′′ は F ′ 上 F ′ F Ker(Gal(F /F )→Aut(W )) と線型無関連 (従って F ′′ は F ′ 上 F Ker(r̄) と線型無 関連). • wq′ を vq′ 上の F ′′ の素点とすると,各 Symmni −1 H 1 (E × Spec F , Zl′ ) は F ′′ に於いて重さ 0,{Spni (1)}{wq′ } -型で保型的で,レベルが ll′ と素. (ii) 拡大 F ′′ /F の wq′ に於ける分解体を F ′′′ とおく.すると,各 Symmni −1 H 1 (E × Spec F , Zl′ ) は F ′′ 上 {Spni (1)}{wq ,wq′ } -型でも保型的となるので,アーサー・クローゼル の可解底変換定理 ([AC] 定理 4.2,[CHT] 補題 3.3.2) に依って, Symmni −1 H 1 (E × Spec F , Zl′ ) は F ′′′ 上重さ 0, {Spni (1)}{wq } -型で保型的かつレベルが ll′ と素. ′′′ ∼ Symmni −1 r̄| (iii) Symmni −1 H 1 (E × Spec F , Z/lZ) = 上重さ 0,{Spni (1)}{wq } -型 Gal(F /F ′′′ ) は F で保型的. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 35 (iv) vq は F ′′′ で完全分解するので,vq は DS-条件を満たすので,モジュラー 性持ち上げ定理 ([Tay4] 定理 4.4) に依り,Symmni −1 r|Gal(F /F ′′′ ) は重さ 0,{Spni (1)}{wq } -型で保型的. (v) 再 び ア ー サ ー・ク ロ ー ゼ ル の 可 解 底 変 換 定 理 に 依 っ て Symmni −1 r|Gal(F /F ′′ ) は 重 さ 0, {Spni (1)}{wq } -型で保型的. この証明の流れも 図 ?? に表した (図 に於いては Symmni −1 を Sni −1 ,Gal を G,l-進コホモロジーを Hl1 , 法 l-コホモロジーを H 1 [l] などと略した). 雑談 XI. 所謂「R = T」型定理や モジュラー 性持ち上げ定理に於いては,勿論数論幾何学のテクニックが至 る所で駆使されているが,一方で (l, l′ )-トリックの議論のみを取り出してみると,§ 1, § 2 でも見たように,解 析や代数幾何的な手法が多用され,数論的に深い理論はあまり用いられてこなかった.定理 3.1 に於いても,議 論自体は複雑だが,モレ-ベイイー の定理に於ける局所有理点の存在は比較的簡単に示され,利用した数論的結 果は ガロワ 表現論のちょっとした性質くらいであった. ところが,ここに来て p-進ホッジ理論 という非常に数論的に深い理論が多いに活躍するという点は,(個人的 に) 非常に興味深いと思う. 尚,テイラー の GL2 -表現に対する 潜在的 モジュラー 性定理 ([Tay2],[Tay3]) に於いても,モレ-ベイイー の定理を利用する際の局所有理点の構成に p-進 ホッジ 理論を駆使している ([?] 参照).♦ 4 種々の応用—Applications [HSBT] の最後を飾る § 4 では,§ 3 で得られた主定理を楕円曲線の対称積 L-関数 L(s, E, Symmm−1 ) (m ≥ 2) に適用することで,遂に 佐藤-テイト 予想を証明する.本稿でも [HSBT] に従い,より一般にアーベル多様 体の対称積 L-関数 L(s, Symmm−1 (A, i)) に対する解析接続性及び零点の配置について調べることにする. そうは言っても,大変な部分は全て § 3 (及び [CHT], [Tay4]) で済ましてしまっているので,ここまで苦労 して本稿 (あるいは原論文 [HSBT]) を「解読」されてきた皆様方には,今まで苦難連続の末獲得した「潜在性 モジュラー性定理」に依って 佐藤-テイト 予想がいとも鮮やかに攻略されてしまう様子が活き活きと浮かび上 がり,(l, l′ )-トリックの醍醐味を思う存分味わえる “至福のひととき” が訪れるに違いない. 4.1 総実体上のアーベル多様体の対称積 L-関数 先ずは,総実代数体上の アーベル多様体の L-関数の定義を復習しよう.とは言え,佐藤-テイト 予想に必要 なのは楕円曲線の L-関数だけであり,その不分岐局所因子の定義は § 0.3 で与えてしまっているので,一刻も 早く 佐藤-テイト 予想の証明 に到達したい,という方はこの節は読み飛ばしてしまっても差し支えないと思う (勿論アーベル多様体の L-関数の一般的な定義を既にご存知の方も). F, L を総実代数体とし,A/F をアーベル多様体としよう.また,埋め込み i : L ,→ End0 (A/F ) が与えられ ているとする.このとき,A は ロサッティ 対合 (Rosati involution) が iL に自明に作用するような偏極を持 つことが知られている ([Rapop] 参照).つまり,λ | l を L の l 上の素点とすると, det H 1 (A × Spec F , Ql ) ⊗ Ll Lλ = Lλ (ϵ−1 l ) が成立する. さて,m を正の偶数としよう.各 F の素点 v に対し,L 上の二次元 ヴェイユ-ドリーニュ 表現 W Dv (A, i) であって,char κ(v) と異なる素数 l 上の L の 素点 λ に対して W D(H 1 (A × Spec F , Ql ) |Gal(Fv /Fv ) ⊗Ll Lλ ) ∼ = W Dv (A, i) 36 原 隆 (Takashi Hara) なるものが存在する. この ヴェイユ-ドリーニュ 表現の対称積に対する L-因子の積を L(Symmm (A, i)/F, s) = Y L(Symmm W Dv (A, i), s) v-∞ とおく. この対称積 L-関数は Re(s) > 1 + m 2 で絶対かつ広義一様に収束し,この範囲で零点を持たない正則関数を定 める. ここで,§ 3.2 の定義を拡張して,対称積表現 Symmm (A, i) が {ρv }v∈S -型で 保型的とは,GLn+1 (AF ) の 重さ 0,{ρv }v∈S -型 RAESDC-表現 π が存在して, −m/2 rec(πv )| Art−1 K |K = Symmm W Dv (A, i) を満たすこととして定義する. この条件には幾つか同値な条件が存在するが,詳しくは [HSBT] の § 4 の冒頭部を参照していただこう (本 稿 § 4.1 の内容は殆どこの部分を抜粋したものである). 4.2 佐藤-テイト 予想の証明 では,いよいよ 佐藤-テイト 予想 (予想 0.1) を (弱い仮定の下で) 証明しよう. 次の定理は,定理 3.3 を Symmm−1 A に適用しただけである. 定理 4.1 (アーベル多様体の対称積表現の潜在的モジュラー性). F , L を総実代数体とし,A/F を [L : Q]-次元 の アーベル 多様体とする.埋め込み i : L ,→ End0 (A/F ) が与えられているとする. N を正の偶数の有限集合とし,埋め込み L ,→ R を固定する.さらに,A は F のある素点 vq で乗法的還元 を持つと仮定しよう. このとき,ある有限次総実 ガロワ 拡大 F ′ /F が存在して,全ての n ∈ N 及び,全ての中間体 F ′ /F ′′ /F で F ′ /F ′′ が可解なものに対して,Symmm−1 A は F ′′ 上保型的である.♦ 証明. 適当に二次指標で捻ることで,A は vq で分裂乗法的還元を持つとしてよい. あとは 定理 3.3 が適用できるように十分大きい素数 l をとれば良い.具体的には, • l は F で不分岐. • l > max{n, C(n)}n∈N . (C(n) は系 1.11 で導入した数) • l - (♯k(vq ))j − 1 for j = 1, . . . , max N . • A は F の全ての l 上にある素点に於いて良い還元を持つ. • Gal(F /F ) ³ Aut(H 1 (A × Spec F , Z/lZ)/(OL /lOL )). • l は L で完全分解. そうすれば,定理 3.3 から総実 ガロワ 拡大 F ′ /F で,l は F ′ /F で不分岐かつ vq 上の F ′ の素点 wq 及び 任意の n ∈ N に対して Symmm−1 (H 1 (A × Spec F , Ql ), ⊗Ll Lλ ) が F ′ 上で重さ 0,{Spn (1)}{wq } -型で保型 的かつ,レベルが l と素であることが得られる.これが Symmm−1 A の保型性と同値であることは [HSBT] § 4 の冒頭で論じられている. 適当な可解部分拡大 F ′ /F ′′ /F に取り替えても保型性が保存されることは,所謂 アーサー-クローゼル (Arthur-Clozel) の可解底変換定理 ([AC] 定理 4.2, [CHT] 定理 4.5.2). § 0.3 に依り,佐藤-テイト 予想は セールの条件 (命題 0.3) に帰着されるが,これはその一般化である定理か らの帰結である. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 37 定理 4.2 (アーベル多様体の対称積 L-関数の解析的性質). F , L を総実代数体とし,A/F を [L : Q]-次元の代 数多様体とする.埋め込み i : L ,→ End0 (A/F ) が与えられているとする.埋め込み L ,→ R を固定し,さらに A は F のある素点 vq で乗法的還元を持つと仮定しよう.*24 このとき,全ての m ≥ 2 に対して,対称積 L-関数 L(Symmm−1 (A.i), s) は複素平面全体に有理型に解析接 続され,関数等式を満たし,Re(s) > m+1 2 に於いて正則かつ零点を持たない.♦ 証明の前に,議論の流れを確認しよう.定理 4.1 依って,m が 正の偶数の時 は定理 4.1 の F ′′ に対して Symmm (A, i)|Gal(F ′′ /F ′′ ) は保型的、より正確に言えばある RAESDC-表現 Π が存在して L(Symmm−1 (A, i)|Gal(F ′′ /F ′′ ) , s + m−1 ) = L(Π, s) 2 となる.右辺のような保型 L-関数に関しては,所望の性質が全て満たされることは良く知られているので,以 下考察しなければならないのは以下の二点である: (問題-1) 如何にして制限 |Gal(F ′′ /F ) を取り払うか? *25 (問題-2) m が奇数の場合はどう乗り切るか? (問題-1) に関しては,有限群の表現論で有名な ブラウアーの誘導定理 (Brauer’s induction theorem) によっ て巧妙に回避する.この辺りの巧みな変形を以下の証明で味わっていただきたい. (問題-2) に関しては,現在のところ保型表現からのガロワ表現の構成が CM 体の場合のみにしかなされてい ないことから,本質的に m が奇数の場合に潜在的保型性の議論を用いることは 現時点では 原理的に不可能で ある(!) そうなると何とも困ってしまうわけだが,この定理で我々が必要なのは L-関数の解析的性質だけであること を逆手に取って,保型 L-関数の理論に全て押し付けてしまう ことによって回避することが出来てしまうのであ る.保型 L-関数はその名の通り解析的な操作と非常に相性が良いので,このような “離れ業” が実現するので ある. 証明. m に関する帰納法に依って証明する.m を正の偶数とし,2 ≤ m′ ≤ m − 1 なる m′ について題意が成 立するときに, m 及び m + 1 について題意が成立することを言えば良い. 定理 4.1 を N = {2, m} に適用しよう.F ′ /F を定理 4.1 で得られる有限次総実 ガロワ 拡大とし,その 有限個の可解中間体を {Fj | F ′ /Fj /F, F ′ /Fj は可解 } ととっておく.つまり,(A, i) × Spec Fj は保型的で GL2 (AFj ) の RAESDC-表現 σj と対応し,Symmm−1 (A, j) × Spec Fj も保型的で GLm (AFj ) の RAESDC表現 πj と対応するものとする. さて,ここで Gal(F ′ /F ) の自明表現 1 に対して、ブラウアーの誘導定理を用いることで,仮想表現としての 等式 1= X Gal(F ′ /F ) al IndGal(F ′ /Fj ) χj j が成立する.ここで,aj は整数かつ χj は Gal(F ′ /Fj ) の指標. 依って, *24 *25 ここまでの仮定は,N を導入していないことを除いて 定理 4.1 と全く一緒である. これは,潜在的 モジュラー性と言う弱いモジュラー性により失われた情報を如何にして取り戻すか,と言うことを本質的に問うてい る. 38 (Takashi Hara) 原 隆 L(Symmm−1 (A, i), s + m−1 m−1 ) = L(Symmm−1 (A, i) ⊗ 1, s + ) 2 2 Y m − 1 aj Gal(F ′ /F ) = L(Symmm−1 (A, i) ⊗ IndGal (F ′ /Fj ) χj , s + ) 2 j = Y Gal F ′ /F ′ L(IndGal(F ′ /F ) ((Symmm−1 (A, i) × Spec Fj ) ⊗ χj ), s + j j = Y j = Y (L-関数の乗法性) m − 1 aj ) 2 (フロベニウスの相互法則) m − 1 aj L((Symmm−1 (A, i) × Spec Fj ) ⊗ χj , s + ) (L-関数の誘導不変性) 2 L(πj ⊗ (χj ◦ ArtFj ), s)aj (対応する保型 L-関数) j 右辺の保型 L-関数は所望の性質を満たすから,m の場合は成立.(m = 2 の場合も全く同様の議論)*26 さて,例えば不分岐局所因子を見比べることに依って,以下の L-関数の等式が得られる: L(Symmm (A, i), s + Y m m+2 )L(Symmm−2 (A, i), s + )= L((πj ⊗ (χj ◦ ArtKj )) × σj , s)aj 2 2 j (4.1) となる.但し,右辺は ランキン-セルバーグ (Rankin-Selberg) の コンヴォリューション (convolution) L-関数 である.コンヴォリューション L- 関数の性質は,所謂 ランキン-セルバーグ法 (Rankin-Selberg method)*27 や ラングランズ-シャヒディ法 (Langlands-Shahidi method)*28 という保型 L-関数の二大メイン・メソッドを駆使 することで,フレイドゥーン・シャヒディ (Freydoon Shahidi),ヘンリー・キム (Henry H. Kim),イリヤ・ピ アテツキ-シャピロ (Ilya Piatetski-Shapiro) といった保型表現の大家に依って精力的に研究されている.特に, (4.1) が C 上有理型に解析接続され関数等式を満たすことは [CPS] を,また Re(s) ≥ 1 の範囲で零点を持たな いことは [Shahidi],定理 5.1 を参照されたい. 最後に,m = 3 の場合 L(Symm2 (A, i), s) = Y L((Symm2 σj ) ⊗ (χj ◦ ArtFj ), s) j が残るが,これは最初に保型表現の二次対称積 L-関数を導入した ゲルバート-ジャッケ の対称積持ち上げ ([GJ]) の議論によって証明される. 保型 L-関数を通じた解析的整数論が最先端の数論の研究に如何に強力な手段を提供しているかを感じられた い. 系 4.3 (弱い仮定の下での 佐藤-テイト 予想). F を 総実代数体 とし,E/F を F の素点 vq で乗法的還元を持 つ楕円曲線とする (つまり,j(E) ∈ Q \ Z).有限個を除く全ての素点 v について, √ −1φv ♯E(k(v)) = (1 − (♯k(v))1/2 e )(1 − (♯k(v))1/2 e− √ −1φv ) と書くとき,φv に関して 佐藤-テイト 予想 (予想 0.1) が成立する.♦ 証明. セール の条件 (命題 0.3) 及び 定理 4.2 より明らか. *26 この計算から,(問題-1) を回避するために,L-関数の誘導不変性が極めて重要な役割を演じていることが分かるだろう. ゼータ積分を用いて L-関数の解析的性質を調べる方法. *28 アイゼンシュタイン 級数の フーリエ級数に注目して L- 関数の解析的性質を調べる方法. *27 カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 39 注意 XII. 繰り返しになるが,F が総実体と言う条件と j(E) が非整数と言う条件は,保型表現からガロワ表 現を構成する際に必要な条件である.このうち,j(E) が非整数と言う条件の方は局所ラングランズ対応に於け るエンドスコピーから生ずる難解さを回避するために付された完全に技術的な条件で,近いうちに外されること と期待されている.♦ 最後に,保型表現からガロワ表現への関手の構成が進化することで,n が奇数の場合にも潜在的モジュラー性 の議論が適用できるようになるのではないか,或いはもっと大胆にラングランズ対応の完成により直接 ( 潜在 性を経由しないで ) 全ての n についてモジュラー性が示されるのではないか,という非常に難しい (それでい て成り立つことが全ての数学者により期待されるような) 問題はいまだ難攻不落の砦として残り続けていること を強調しておこう.ただ,そう言った根本的な困難を現代数学の持てる限りの技術を総動員して回避した上記の 証明も,テイラー氏初め様々な方の努力と苦悩の跡が感じられ,非常に感慨深いものであると思う. 雑談 XIII. 今回, Symmn−1 ρ を適当に 誘導表現の仮想的 Z-線形和 P j Gal(F ′ /F ′ ) aj IndGal(F ′ /F ) (Symmn−1 ρ|Gal(Fj /Fj ) ⊗ j χj ) で表わすことで,アルティン L-関数を積の形に分解する という手法に依って L-関数の解析的性質が調べら れたが,これと似たような手法が 非可換岩澤理論 (non-commutative Iwasawa theory) という一見すると全く 趣向の異なる分野でも用いられる.非可換岩澤理論を研究している筆者としては,この「R = T」というあまり 関わり合いのない分野の勉強会で思いも依らずこのような似通った議論と遭遇したことが非常に印象的であっ たので,最後にごく簡単にその類似性を指摘させていただきたい. 詳しくは [Kakde],[H] などを参照のこと. F ∞ /F を総実代数体の総実な p-進リー拡大で,円分 Zp -拡大 F cyc を含むものとする.G = Gal(F ∞ /F ), H = Gal(F ∞ /F cyc ),Γ = Gal(F cyc /F )) ∼ = Zp とおく. このとき,F ∞ /F の p-進ゼータ関数 (p-adic zeta function) とは,G の岩澤代数 (の適当な オーレ (Øre) 局所化) Λ(G)S の ホワイトヘッド群 K1 (Λ(G)S ) の元 ξ で,G の任意のアルティン表現 ρ 及び円分指標 κ : Gal(F (µp∞ )/F ) → Z× p に対して, ρκr (ξ) = L(1 − r, ρ), p − 1 | ∀r を満たすものとする (補間性質 interpolation property).ここで,L(s, ρ) は アルティン L-関数 (の分岐局所 因子を除いたもの). さて,G ⊇ Uj ⊇ Vj を G の適当な開部分群で,Uj /Vj がアーベル かつ 任意の G の アルティン 表現 を 仮想表現としての Z-線型和 P j aj IndG Uj χj (χj は Uj /Vj の指標 ) として表せるもの とする.ここで, FVj /FUj (FUj , FVJ は Uj , Vj に依る F ∞ の固定体) に対しては,p-進ゼータ関数 ξj で補間性質を満たすもの ξj ∈ K1 (Λ(Uj /Vj ))S = Λ(Uj /Vj )× S が一意に存在する (ドリーニュ-リベ [DR],セール [Serre3]). ここで,もしノルム写像 Nrj : K1 (Λ(G))S → Λ(Uj /Vj )× S に依り,Nrj (ξ) = ξj となる元が存在するとした ら,この ξ こそが F ∞ /F に対する p-進ゼータ関数となる.これを確認するためには ξ が補間性質を満たすこ 40 原 隆 (Takashi Hara) とを示せば良いが,そこで 定理 4.2 の証明と同様の議論が用いられる.即ち, ρκr (ξ) = = = = X r aj IndG Uj (χj ) κ (ξ) (乗法性) j X aj χj κr (Nrj (ξ)) j X Y aj χj κr (ξj ) j L(1 − r, χj )aj (補間性質) j = Y j aj L(1 − r, IndG Uj χj ) = L 1 − r, X (L-関数の誘導不変性) aj IndG Uj χj (L − 関数の乗法性) j = L(1 − r, ρ) より,ξ が補間性質を満たすことが示されているのである. この議論でも潜在的モジュラー性の議論でも,アルティン L-関数の誘導不変性 が非常に重要な役割を演じて おり,その意味ではこの二つの議論が似通った姿をしているのは至極自然にも見えるが,それでも矢張り不思議 な感じもする.二つの議論をじっくり比較し,味わっていただきたい.♦ 結びにかえて もう少しコンパクトに纏める予定であったが,意外と紙面も時間も手間も費やしてしまった.原稿の締め切り に二度も遅れ,報告集作成の予定を大幅に狂わせる結果となってしまったことを,編集者の斎藤毅先生並びに報 告集作成に携わる全ての方にお詫び申し上げたい. なるべく論文に忠実に論じ,数学的な間違いは無いように心掛けて執筆したつもりではあるが,何分この分野 に関しては完全な門外漢であるため,酷い勘違いなどが無いとは断言できない.そういった間違いに関しては, テイラー氏等の論文原本,安田氏の講演,吉田氏の解説記事が揃った非常に恵まれた環境にありながら,それら を消化しきれなかった筆者の実力不足に全て起因しており,誤った記述の責任は筆者のみあることを明記してお こう. 最後に. 5 日間の講演を聴いているだけでも肉体的にも精神的にも厳しい研究集会であったが,たったお二方で膨大な 数の論文を読破し,分かり易く講演し続けて下さった山下剛氏,安田正大氏が如何に大変な苦労を背負われてい たかは想像だに出来ない.二氏のおかげで全国の研究者が最先端の数論幾何学の成果に触れる機会を得られた ことは誠に喜ばしいことである. また,本稿の執筆に於いては安田正大氏の講演ノートが非常に参考になった.勉強会中は話に食らいつくだけ で精一杯で,おそらく何も理解していなかったに等しかったが,講演ノートを読み返してみると,細々として分 かりにくい証明に対し確実にポイントを捉え,明快に議論の大筋を示して下さっていたことに改めて感服するば かりである.非常にためになりました,ありがとうございます. 東京大学数理科学研究科の宮崎直氏には,保型表現論に疎い筆者に対し,保型 L-関数及びその解析的性質の 研究が今どのように展開されているかをコメントしていただいた.主に § 4 の執筆の際に参考にさせていただ カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 41 きました. 八ヶ岳原村ペンションビレッジには何かと縁があり,勉強会から半年後の 10 月中旬には日本数学会主催の 八ヶ岳フレッシュマンセミナー のチューターとして再びかの地に訪れることとなった.半年前に同じ場所で行 われた講演に思いを馳せつつ本稿の半分位を執筆させていただいた.素晴らしい勉強会環境・執筆環境を用意し て下さった原村の皆様に深く御礼申し上げます. 報告集の執筆を通じて 潜在的 モジュラー 性についてより理解が深まったように思います.最後に改めて本 後援会を主催なさった山下剛氏,安田正大氏に感謝の意を表しつつ,結びとさせていただきたく思います. 参考文献 [たのしみ] 上野健爾・砂田利一・新井仁之編集,『佐藤- テイト予想の解決と展望』,「数学の楽しみ」,日本評 論社,2008 年最終号. 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[TY] Taylor, R., and Yoshida, T., Compatibility of local and global Langlands correspondences, J. of Amer. Math. Soc., 20 (2007), 467-493. 付録 A Vt の L-関数の関数等式について 本稿では,主に 佐藤-テイト 予想の証明を目標として [HSBT] の紹介を行ってきた (「R = T」勉強会での 講演の方針と合わせたつもりである) が,[HSBT] の結果はそれに留まらず,(l, l′ )-トリックで駆使した カラビヤウ モチーフ Vt の L-関数を導入し,その関数等式を証明している. 思いの外紙面を費やしてしまったので,詳しく解説することは出来ないが,ここにその結果を付録として紹介 しておこう. t を有理数とし,l, p を互いに異なる素数とするとき,l-進表現 Vl,t に付随する ヴェイユ-ドリーニュ 表現 W D(Vl,t |Gal(Qp /Qp ) ) を考える.ここで,l ̸= p なる殆ど全ての素数 l に対して、Q 上の ヴェイユ-ドリーニュ 表現 W Dp (Vt ) で,各 Q ,→ Ql に対して W Dp (Vt ) ≅ W D(Vl,t |Gal(Qp /Qp ) )F −ss となるものが存在する.これはつまり,係数体 Ql の l と無関係に ヴェイユ-ドリーニュ 表現 W Dp (Vt ) が存 在することを表しており,ある種の純正性質 (purity) を表現している. カラビ-ヤウ 多様体のある族と潜在的保型性 —佐藤-テイト 予想の証明に向けて— 43 このような “純正性質” を満たさない素数の集合を S(Vt ) とおく.この時,[HSBT] では以下のことが示され ている: 定理 ([HSBT] 定理 4.4). t ∈ Q \ Z とするとき,S(Vt ) = ∅ である.この時, L(Vt , s) = 2n/2 (2π)n(n−2)/8 (2π)−ns/2 Γ(s)Γ(s − 1) . . . Γ(s + 1 − n/2) Y L(W Dp (Vt ), s) p とおくと,これは複素平面全体に有理型に解析接続される. さらに,イプシロン 因子 ϵ(Vt , s) が存在し,関数等式 L(Vt , s) = ϵ(Vt , s)L(Vt , n − s) が成立する.♦ 証明は,潜在的モジュラー性定理 (定理 3.1) を少し洗練させた定理を証明し ([HSBT] 定理 3.5),Vl,t に適用 することで Vl,t の潜在的 モジュラー 性を示す.あとは,§ 4.2 でやったように自明表現の ブラウアー 誘導表 現分解を用いて,保型 L-関数の積に帰着して示すのである. 尚,保型表現から構成された ガロワ 表現に関しては,その ヴェイユ-ドリーニュ表現が “純正的” であること が [TY] 定理 3.2 で示されているので,S(Vt ) = ∅ も分かるのである. L-関数の有理型解析接続及び関数等式は,[Tay3] や [Tay4] でも扱われているように, 「潜在的 モジュラー 性 定理」の直接的な応用であり,その意味では L(Vt , s) の関数等式に関するこの結果は 佐藤-テイト 予想よりも “基本的な” 結果と呼べるかもしれないが,如何せん Vt というモチーフがあまりにも特殊であるため,その L関数が果たしてどの程度重要なものたり得るかは未だ未知数である.*29 但し,曲面族 π : Y → P1 は先にも述べたように,数理物理学,代数幾何学と色々な面で非常に重要な対象で あり,何時この L(Vt , s) が活躍するとも限らない. 特に,カラビ-ヤウ 多様体は ミラー対称性 (mirror symmetry) などと切っても切り離せない関係にあるが, こういった不思議な対称性とゼータ関数の関数等式の対称性に何か神秘的な関係が隠されていることが明かさ れる日が来る………? 等と素人感覚で勝手な想像が繰り広げられるが,兎に角この L-関数 L(Vt , s) も何れ 数論の枠を飛び出して色々な場面で活躍することになるのかもしれない. *29 テイラー の論文のどこかに,論文の審査員に「この L-関数を研究することはどのような面で重要なのか」と問われたと言う記述が あったように思うが,何処に書いてあったかは失念してしまった.