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明治学院大学機関リポジトリ http://repository.meijigakuin.ac.jp/
明治学院大学機関リポジトリ
http://repository.meijigakuin.ac.jp/
Title
Author(s)
心理臨床家の動機と心理臨床活動における困難および
満足感との関連―志望動機のタイプ「苦悩型」と「消
極型」に着目して―
上野, まどか
Citation
Issue Date
URL
2013-09-20
http://hdl.handle.net/10723/1564
Rights
Meiji Gakuin University Institutional Repository
http://repository.meijigakuin.ac.jp/
心理臨床家の動機と
心理臨床活動における困難および満足感との関連
―志望動機のタイプ「苦悩型」と「消極型」に着目して―
「論文要旨」
上野まどか
はじめに
心 理臨 床 家 は , 自 分 自 身 を“ 道 具 ”に し て , ク ライ エ ン トの 内 面 に 深 く立 ち 入
る (滝口, 2011, p.126)。ゆえに ,心理臨床家側の要因が,心理臨床活動やクライ
エン ト に どの よ う な影 響を 及 ぼ すか に つ いて 知見 を 得 るこ と が 重要 であ る 。 特に
心理 臨 床 家 の 動 機 (本 研究 で は 志望 動 機 と心 理臨 床 活 動を 行 う 動機 とす る ) は,
心理臨床活動との関連が大きいと 指摘されている (Corey & Corey, 1998; 堀越・
堀越, 2002 など)。しかし,これらの見解の多くは実証的なデータに基づくもので
はな く , 心理 臨 床 家の 動 機 と 心 理臨 床 活 動と の関 連 を 実証 的 に 検討 する 必 要 があ
る。
第1章
先行研究の概観と問題点
心 理臨 床 家 の志 望 動 機 に 関 し て , 心理 臨 床 家 は 子ど も 時 代や 原 家 族 の 中で 苦 悩
体 験 を 経 験 し た と 指 摘 す る 研 究 が 多 い (Elliott & Guy, 1993; Henry, 1966;
Merodoulaki, 1994; Murphy & Halgin, 1995; Racusin et al., 1981; 上野, 2007,
2010 など)。一方で,それと反対の 見解を示す研究もある (Liaboe & Guy, 1987;
Norcross & Guy, 1989)。このように まだ一貫した見解は得られておらず, どのよ
うな 志 望 動機 で 心 理臨 床家 に な る人 が い るの か , ま た ,苦 悩 体 験が 志望 動 機 にな
っている 人がどの位いるのかについて ,志望動機の実態が明らかでない 。
ま た, 苦 悩 体験 を 機 に 志 望し 傷 を 負っ た 心 理 臨 床家 は , 共感 的 で よ い 援助 の 担
い手になるという「傷ついた癒し手」についての見解 がある (Farber et al., 2005;
Henry, 1966)。 一方 で, そ のよ うな 心理 臨 床家は 心理 臨床 活動 に おいて 困難 や精
神的負担を抱えやすいという見解もある (Barnett et al., 2007; 堀越・堀越, 2002;
O'Connor, 2001; Zaro et al., 1977)。これらの異なる見解があるものの ,苦悩体験
を機 に 志 した 人 が どの よう な 心 理臨 床 家 に な り, ど の よう な 困 難な どの 体 験 をす
るのかについて実証的に明らかにされていない。
心 理 臨 床 家 の 動 機 は , 心 理 臨 床 活 動 に お け る 困 難 (Barnett et al., 2007;
Racusin et al., 1981; 上野, 2007, 2010; Zaro et al., 1977 など) および満足感
(Farber et al., 2005; Guy, 1987; Sussman, 1992 など) と関連があると指摘されて
きたが,実証的研究は次の二つのみしか見られない。まず,上野 (2007, 2010) は,
大学 院 生 を対 象 に 志望 動機 と 心 理臨 床 活 動に おけ る 困 難は 関 連 して いる こ と を示
した 。 し かし , 対 象者 は大 学 院 生で あ り ,心 理臨 床 家 を対 象 と した 場合 は 結 果が
異な る 可 能性 が あ る。 また , 志 望動 機 だ けで なく , 心 理臨 床 活 動 を 行う 動 機 (以
下, 心 理 臨床 活 動 動機 ) も 心 理 臨床 活 動 にお ける 困 難 と関 連 が ある と考 え ら れ て
おり (遠藤, 1997; 岩壁, 2007),さらに困難には適切に対処することが重要である
ことから (岡本, 2007 など),心理臨床家を対象に心理臨床活動動機と ,困難への
2
対処とその結果も含めて検討する 必要がある 。
次に, Sussman (1992) は,心理臨床家の 動機と心理臨床活動における困難お
よび 満 足 感と の 関 連 を 文献 研 究 によ っ て 調べ ,仮 説 検 証的 に イ ンタ ビュ ー 調 査に
よっ て そ の関 連 を 確か め た が , 分析 方 法 が曖 昧で あ り ,帰 納 的 およ び仮 説 生 成的
な研究が不足している 。
以 上か ら , 先行 研 究 の 問 題点 は 以 下の 通 り で あ る。 第 一 に, 心 理 臨 床 家 の 志 望
動機 に 関 する 実 態 が明 らか に な って い な い 。 第二 に , 苦悩 体 験 を機 に志 し た 心理
臨床 家 が どの よ う な心 理臨 床 家 にな る の か, また , ど のよ う な 体験 をす る の か に
つい て 実 証的 に 明 らか にさ れ て いな い 。 第三 に, 心 理 臨床 家 の 志望 動機 と 心 理臨
床 活 動 に お け る 困 難 ( 上 野 , 2007, 2010) や , 心 理 臨 床 家 の 動 機 と 満 足 感
(Sussman, 1992) との関連を検討した研究はあるが ,心理臨床活動動機,困難へ
の対 処 と その 結 果 も含 めて 動 機 と心 理 臨 床活 動に お け る困 難 お よび 満足 感 と の関
連を 総 合 的に 検 討 した 研究 が 見 られ な い 。本 邦の 心 理 臨床 家 を 対象 とし た 帰 納的
および仮説生成的な研究が不足している。
第2章
本研究の目的と意義
本研究の目的 は, 第一に, 心理臨床家の志望動機 の実態把握を行う(研究 1)。
具体 的 に は, 先 行 研究 を基 に 志 望動 機 を 測る ため の 尺 度を 作 成 した 上で ( 予 備調
査), 志望 動 機の タ イ プ分 け と 各タ イ プの 特 徴を 検 討 する ( 本調 査 )。 第 二に , 動
機と,心理臨床活動における困難 および満足感との関連性を検討する(研究 2 と
研究 3)。具体的には,苦悩体験を機に志した心理臨床家 (研究 2)と,全く異な
る動機で志した心理臨床家(研究 3)を対象に,志望動機,心理臨床活動動機,心
理臨 床 活 動に お け る困 難, 困 難 への 対 処 とそ の結 果 , 心理 臨 床 活動 にお け る 満足
感を 質 的 に分 析 す る 。 そし て , 動機 と , 心理 臨床 活 動 にお け る 困難 およ び 満 足感
との関連性を 検討する 。
本 研究 は , 心理 臨 床 家 の 自己 理 解 のた め の 基 礎 的資 料 に なる と 共 に , 動機 と 心
理臨 床 活 動と の 関 連を 予測 し , 否定 的 影 響を 予防 す る ため の 対 策を 検討 す る こと
がで き る 。そ し て , 心 理臨 床 家 の 教 育 や 研修 のプ ロ グ ラム の 検 討に 役立 つ と 期待
できる。
尚 ,本 研 究 では 「 動 機 」 を「 主 体 の行 動 を 誘 発 する 内 的 な力 , お よ び 内的 な 力
を生起させる要因 」とし,過去経験も含むものとして 定義した。
第3章
心理臨床家の志望動機の実態(研究 1)
(1) 心理臨床家志望動機尺度の作成 (予備調査)
先 行研 究 の 知見 を 基 に , 心理 臨 床 家志 望 動 機 ( 内的 要 因 )尺 度 と 心 理 臨床 家 志
3
望動 機 ( 過去 経 験 )尺 度を 含 む ,心 理 臨 床家 志望 動 機 尺度 を 作 成し た。 心 理 臨床
家 750 名と心理学研究科に所属する大学院生 16 名に実施し ,郵送にて回収した(有
効回答率 43.87%, 平均 45.42 歳)。因子分析の結果,心理臨床家志望動機(内的
要因 ) 尺 度は , < 他者 への 援 助 動機 > , <自 己の 問 題 解決 欲 求 >, <権 威 的 立場
への 憧 れ >, < 他 者か らの 承 認 欲求 > , <経 済的 安 定 への 望 み >, <心 へ の 知的
関心>の 6 因子から構成された。心理臨床家志望動機(過去経験)尺度は, <コ
ントロール困難な体験 >,<肯定的な対人関係>,<情緒的苦悩の体験 >の 3 因
子から構成された 。α係数は.854~.593 だった。
(2) 心理臨床家の志望動機のタイプと属性との関連 (本調査)
作 成 し た 尺 度 を 心 理 臨 床 家 890 名 に 実 施 し , 郵 送 に て 回 収 し た ( 有 効 回 答 率
41.80%,平均 48.46 歳)。因子分析の結果,予備調査で< 他者からの承認欲求>と
命名 さ れ た因 子 は 無く なり , < 専門 的 援 助を 通じ た 他 者か ら の 承認 欲求 > と 命名
した 因 子 が現 れ た 。 他 ,予 備 調 査と 概 ね 同様 の因 子 構 造が 確 認 され ,先 行 研 究で
指摘されてきた志望動機を含む尺度が作成された。 α係数は.885~ .534 だった。
クラスタ分析 で志望動機による 分類を行った結果 ,6 タイプが抽出され た。①志
した動機が低い「消極型」
( 18.2%),②心への知的関心のみ高い「知的型」
(20.5%),
③経済的安定の望みが高い「経済型」
(15.1%),④困難を感じうる状況の体験をも
つ「状況困難 型」
(16.7%),⑤情緒的苦悩体験をもち 自己の問題解決への動機が高
い「苦悩型」
(11.6%),⑥肯定的な対人関係をも った経験があり,関係性から自己
肯 定 感 を 得 よ う と す る 動 機 や 援 助 動 機 が 高 い 「 関 係 型 」( 17.8%) に 分 類 さ れ た 。
“消極的理由”から志す心理臨床家は一部にとど まることが報告されて いるが (金
沢・岩壁, 2007),
「消極型」は 18.2%であり「一部」とは言えない結果が示された。
先行 研 究 では , 苦 悩体 験を 機 に 志し た 心 理臨 床家 ( ④ と⑤ に 該 当す る) が 注 目さ
れてきたが (Elliott & Guy, 1993; Henry, 1966; Racusin et al., 1981 など),本研
究では 28.3%に留ま り,先行研究で注目されてきたほど多くない可能性 があると
示された 。また,デンドログラムから,志望動機は大きな 3 つのタイプ ,Ⅰ.「関
係型」と「苦悩型」と「状況困難 型」を含む「苦悩・実存」,Ⅱ.「知的型」と「経
済型」を含む「対象・実利」,Ⅲ.「消極」にまとまり,これらの側面から捉えられ
ると考えられた。
次に,各タイプ の属性 の違いを知るため,多重コレスポンデンス分析とχ 2 検定,
分散 分 析 を行 っ た 。 そ の結 果 , ①「 消 極 型」 は, 志 望 動機 「 低 」と 現在 心 理 臨床
面接 を 「 行っ て いな い 」, 志 向す る 「理 論 な し」, 最終 学 歴「 大 学 」 の 近 く に布 置
され , 心 理の 専 門 性を 極め る こ とへ の こ だわ りの 薄 さ が伺 え る 。 ② 「知 的 型 」 は
「博 士 」 が近 く に 布置 され , 心 理臨 床 家 を志 した 年 齢 が有 意 に 高く 女性 の 割 合も
高かった。志した年齢が高かった理由として,「知的型」の女性は,心理学に知的
4
関心を抱き研究者を志したが,“家庭と仕事の両立が困難”,“育児期間後の復帰が
困難”などの理由から 研究職への就職や就業継続がしづらく(平成 24 年度版男女
共同参画白書, p.116),パートタイムの仕事が多い心理臨床家へと進路変更した可
能性 が あ る。 ③ 「 経済 型」 は 「 シス テ ム 理論 」を 志 向 する 傾 向 が見 られ た 。 シス
テム 理 論 を基 礎 と する 短期 療 法 は, ク ラ イエ ント の 経 済的 側 面 など の負 担 を 低減
する 効 果 が期 待 さ れる ため , 経 済的 安 定 を望 む「 経 済 型」 に 親 和性 を持 た れ やす
かっ た と 考え ら れ る。 また , 生 活安 定 を 望む 外的 な 志 向性 と 社 会や 環境 に 視 点を
おく シ ス テム 理 論 には 共通 点 が あっ た と 考え られ る 。 ⑤「 苦 悩 型」 は, 他 の タイ
プよりも研究 2 のインタビュー調査協力を可とした協力者が有意に多く,「分析」
を志 向 す る傾 向 が 伺え た。 < 情 緒的 苦 悩 の体 験> と < 自己 の 問 題解 決欲 求 > 得点
が高 い 特 徴か ら , 自己 理解 す る こと へ の 動機 が 現 在 も 高い 可 能 性が あ り , そ のた
めに 自 分 自身 を 振 り返 る機 会 と なる イ ン タビ ュー 調 査 への 協 力 に前 向き で あ った
と考 え ら れる 。 ま た 分 析心 理 学 は, 創 設 者の ユン グ が フロ イ ト と の 絶縁 後 , 危機
的な精神状 態で自 分自 身の無意識 に直面 しな がら創って いった 理論 である (川嵜,
2004)。 そ のよ うな 無 意識 への 追 求が ,「 苦 悩型 」の 志 向性 に 合致 して い た と 思わ
れる 。 ⑥ 「関 係 型 」 は 「人 間 性 心理 学 」 を志 向す る 傾 向が あ る こと が伺 え た 。人
間性 心 理 学を 基 礎 とす る ク ラ イ エン ト 中 心療 法は , 医 学モ デ ル や精 神分 析 で 「患
者」 な ど と呼 ば れ てい た人 を 「 クラ イ エ ント 」と し , 関係 性 の 対等 性と 質 を 重要
視する心理療法 (園田 , 2004) で あるために ,関係性を持つ動 機が 高い「関係型」
が,人間性心理学 を志向した傾向があると考えられる。
以 上の 結 果 は, 心 理 臨 床 家 個 人 の 動機 は , 理 論 の選 択 に 重要 な 役 割 を 果た す と
いう Sussman (1992) の指摘を 支持する結果となった。しかし,訓練 内容や職場
な ど の 状 況 要 因 や , 個 人 の 価 値 観 な ど も 理 論 の 選 好 に 影 響 す る た め (Arthur,
2001),今後,幅広い要因の検討が必要である。
また,研究 2 の対象者は,苦悩体験が志望動機になっている心理臨床家 であり,
「苦 悩 型 」と 「 状 況困 難 型 」 が それ に 該 当す る。 先 行 研究 で は ,単 なる 状 況 的な
困難 が あ った と い うよ りも , 内 的な 困 難 や葛 藤が あ っ た人 が ど のよ うな 心 理 臨床
家になるのかを論じている (Barnett et al., 2007; Farber et al., 2005; Henry,
1966; 堀越・堀越, 2002 など)。また,
「苦悩型」は,インタビュー調査への動機づ
けが高く,インタ ビュ ーデータ の提供者 とし て適している (岩壁, 2010)。よって
研究 2 では,「苦悩型」を対象とすることが適している と考えられる。さらに,研
究 2 の結果が,「苦悩型」に特徴的であるのかどうかを検討するため ,「苦悩型」
と全く異なるタイプと思われる「消極型」を対象とする。
5
第 4 章
「苦悩型」の動機と,心理臨床活動における困難および満足感との関連
(研究 2・研究 3)
「苦悩型」と「消極型」の中で協力を得られた心理臨床家 9 名(平均 47.33 歳)
(研究 2)と 6 名(平均 49.83 歳)(研究 3)に,①心理臨床家を志した動機,②
心理 臨 床 活動 動 機 ,③ 心理 臨 床 活動 に お ける 困難 , ④ 困難 へ の 対処 ,⑤ 対 処 の結
果, ⑥ 満 足感 , ⑦ 動機 や個 人 的 経験 と 心 理臨 床活 動 と の関 連 を 感じ たエ ピ ソ ード
を尋ねる インタ ビュー 調査を行 った。 グラウ ンデッド ・セオ リー法 (岩壁, 2010;
Corbin & Strauss, 2008) に準じて分析し ,両タイプに同様の 調査手続きをとった。
(1) カテゴリー化とコード化
まず上記①~⑥の内容についてコード化とカテゴリー化を行 った結果,
「苦悩型」
と「 消 極 型」 は 異 なる 体験 を し てい た ( 総合 考察 で そ の体 験 の 違い をス ト ー リー
にしてまとめた)。
(2) 心理臨床活動における困難および満足感との関連
次 に⑦ の 内 容か ら 動 機 ( 志望 動 機 と心 理 臨 床 活 動動 機 ) と, 心 理 臨 床 活動 に お
ける困難および満足感の関連について調べ,関連が示されたカテゴリー間(ペア)
を 1 と数えた。結果,
「苦悩型」は 9 名全員が関連を示す具体的なエピソードを語
り,関連が示されたカテゴリーのペアは 59 個であった。「消極型」は,6 名中 5
名が 動 機 と心 理 臨 床活 動に お け る困 難 お よび 満足 感 と の関 連 を 語り , 関 連 が 示さ
れたカテゴリーのペアは 11 個であった。関連の語られたカテゴリーのペアと語ら
れなかったカテゴリーのペアをクロス表に集計したところ,「苦悩型」は有意に動
機と 心 理 臨床 活 動 にお ける 困 難 およ び 満 足感 との 関 連 を語 っ て いる こと が 示 され
た( χ 2 =31.170, df =1, p< .001)。最も関連が示されたカテゴリーは ,「苦悩型」は,
個人 的 動 機(【苦 悩 体 験か ら 沸 く欲 求 】や 【 個人 的 動 機】) で あ り , 心 理 臨 床活 動
における困難(特に【境界の曖昧さ】や【不全感】)や満足感(特に 【自己が満さ
れる】や【臨床家としての効力感】)との間に 41 個の関連が示された。「消極型」
も【個人的動機 】であり,心理臨床活動における困難(特に【情緒的困難】や【経
験・能力の不足】) や 満足感(特に 【心理・実利的報酬】)との間に 8 個の関連が
示さ れ た 。 よ っ て 個人 的動 機 が 心理 臨 床 活動 にお け る 困難 や 満 足感 と関 連 し やす
い鍵となる動機であることが示された。
(3) 「苦悩型」と「消極型」の体験パター ンの分類
次 に, 本 研 究の 新 た な 発 見と し て , 個 人 的 動 機 が生 じ た 状況 や 経 緯 に 着目 し て
協力 者 の 体験 を 要 約し た結 果 , 協力 者 に は 繰 り返 し 登 場す る ま たは 長期 に 渡 って
続く同質の個人的な動機・感情・欲求といった一貫性の見られる「個人的テーマ」
があることが同定された。そして, a. 個人的なテーマの状態(「安定」か「活性」
か),b. 個人的テーマが及ぼす臨床や個人的側面への影響 の視点から協力者の体験
6
を分類したところ,「苦悩型」は①個人的動機は有しているが個人的テーマが安定
状態であり,他者のニーズを前提に心理臨床活動を行う「安定 -CL 中心型」,②個
人的 テ ー マが 活 性 状態 で, 心 理 臨床 活 動 にお いて 個 人 的動 機 を 満た そう と し て境
界を越えることがある「活性-境界浸透型」,③個人的テーマが活性状態で,個人的
動機を個人的生活の中で満たそうとする「活性-個人的生活充足型」,④活性である
個人的テーマに 没入的に注意が集中し 苦悩を感じている「活性-苦悩持続型 」に分
類された。「消極型」は全員が活性状態であり,①他者のニーズを前提 に心理臨床
活動を行う「活性-CL 中心型」,②心理臨床活動において満足感が高い「活性-満足
型 」, ③ 苦 悩 が 持 続 す る 「 活 性 -苦 悩 持 続 型 」, ④ 境 界 を 越 え る こ と が あ る 「 活 性 境界浸透型」に分類された。以上の体験パターンの分析を通して,CL への関わり
方(CL 中心か境界浸透か)と ,心理臨床家の中心的感情(満足か困難か)という
視点が見出され,この軸を直交 座標のように交わらせると ,①CL のニーズを優先
した関わりができ,満足感も高い 領域には「安定-CL 中心型」が位置し,②CL の
ニー ズ を 優先 し た 関わ りが 出 来 るが , 個 人的 な動 機 と 心理 臨 床 活動 にお け る 役割
が折り合わず困難 を感 じる 領域には「活 性-CL 中心型」が 位置し ,③個人的な 動
機を 心 理 臨床 活 動 にお いて 満 た そう と し ,心 理臨 床 活 動に お い ても 充実 感 や 効力
感を感じる領域には,
「活性-境界浸透型」が位置すると考えられた。また ,④境界
が曖 昧 で あり そ の こと によ っ て 心理 臨 床 活動 にお け る 困難 を 感 じる 領域 ( 体 験)
は,「活性-境界浸透 型」によって過去に体験されていたことが語られていた 。
第5章
総合考察
(1) 心理臨床家 の動機と,心理臨床活動における困難および満足感との関連
1) 「苦悩型」の動機と心理臨床活動における困難と満足感の関連
「苦悩型」は,
【苦悩体験】から動機が湧いて心理臨床家を志し ,
【個人的動機】
を有して心理臨床活動を行う。その ため,苦悩体験を有する CL に 同一化したり
肩入れしすぎるなど,感情や役割の【境界が(の)曖昧 (さ)】になったり,【不
全感】を体験していた。自己の問題の解決欲求もあるため,困難 の原因が心理臨
床家(自分)に起因していると感じる対自的特徴も有していた。加えて 自己のよ
りよい生き方を目指す 【自己実現動機】もあり,心理臨床活動における困難に対
して,【自他について熟考する】ことや 教育分析 やカウンセリングを受けるといっ
た内省的対処を行う。 その結果,【自己の精神的安定】を得ることができ,CL 理
解のための視点の広がりおよび 柔軟性の増加,自分の限界の認識 といった変化を
通して【CL を主体と した安定感のある関わり】方に変化していた 。自分の個人的
人生と心理臨床家として生きることが密接に織り重なり合って移行する様子が語
られた。
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2) 「消極型」の動機と心理臨床活動における困難と満足感の関連
「 消 極 型 」 は ,【 成 り 行 き 】 や 【 二 次 的 選 択 】 と い っ た 経 緯 で 心 理 臨 床 家 に な り ,
【外的要因】によって心理臨床活動を続けてきた。また,【心理・実利的報酬】を
得る 動 機 があ り , それ に対 応 す る満 足 感 を感 じて い た 。動 機 に おい て外 的 な 部分
に着 目 す るの と 同 様に ,困 難 も 【 環 境 要 因】 に着 目 す る困 難 を 体験 する 。 動 機と
心理 臨 床 活動 に お ける 困難 や 満 足感 と の 関係 につ い て も自 主 的 に着 眼し た り する
こと が 少 なく , 困 難 に 対し て 内 省を 中 心 とし た対 処 よ りも , 行 動的 ・認 知 的 対処
を取る。そして 対処の結果,【自己の心理的変化】と【状況の好転】的変化を体験
していた。また,【クライエントへの関わり方の変化 】も語られるが,方法論的お
よび技術的変化が体験されていた。
(2) 臨床心理学領域への示唆
動 機の タ イ プを 知 り バ ラ ンス の よ い視 点 を 持 と うと す る 意識 の 大 切 さ ,個 人 的
動機を客観的に捉えクライエント中心の態度を保つ 重要 性,心 理臨 床家が心 理的 側
面である 程度 満たさ れ ている よ う努力 する 必 要性が考 察され た。 ま た, 無自 覚のうち
に境界が 曖昧 になる 場 合が みら れたこ とか ら ,心理臨 床家の 教育 に おいて, 自己理解
の必要性 のみ ならず そ の 難しさ が強調 され て 伝えられ ること の重 要 性と,職 業倫理教
育の普及 が急 務であ る ことが考 察され た。 そ して,心 理臨床 家の 倫 理的意思 決定やセ
ルフケア の行 動を促 進 する 臨床 心理学 領域 全 体の風土 の構築 の重 要 性と具体 的提案が
なされた 。最 後に自 己 理解を促 進する ため の ツールと して, 心理 臨 床家志望 動機尺度
の利用可 能性に つい て 論じられ た。
(3) 本研究の限界と課題
サンプル の偏り,理論的飽和を目指した サンプリングの必要性,心 理臨床家 志望
動機尺度 の再検 討, 協 力者の体 験パタ ーン の 可変性に 関する 検討 が 課題とし て論じら
れた。ま た,本 研究 は 心理臨 床 家の主 観的 体 験を調査 してい るた め ,クライ エント側
の体験に ついて 調査 す ることの 重要性 が論 じ られた。
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