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教育現場からの声 小学校 研究者・研究機関と学校との関係構築を目指して 川上彰久 先生 ● 東京都足立区立弘道小学校校長 中学校 ● 玉置 崇 先生 愛知県小牧市立光ヶ丘中学校校長 中学校 ● 研 池田 修 先生 究者と教育現場の協働はどうあるべきか。 東京都杉並区立和田中学校教諭 教員や保護者は研究や理論をどのように日常に結び付け、 高校 研究者や研究機関とどのように関わっていけばよいのか。 ● 小原孝久 先生 これを考えるきっかけとして、今号では教育の現場に立つ 4 人の先生に 東京都立国立高等学校教諭 研究者や研究機関に対する期待や要望をうかがう。 川上彰久 先生 東京都足立区立弘道小学校校長 「やった方がよいことは徹底して行い改善を図る。 アメリカの教育にその強さを見ました。 かもサバイバル体験でした。手が届くほど近くにいろいろな 動物が共生し、熊などの野獣が近くをうろつく自然の中で、 『産』 『学』 『公』などの垣根を越え、 集団活動や行程をこなしていく。もちろん準備段階で動物た 『縦・横』の連携を取りながら挑戦したい」 ちへの対処方法やキャンプの知識などしっかり指導していた わけですが、基本的には自己責任という原則が貫かれた、自 Q 近年の教育改革の流れをどうご覧になられますか? らを試す「訓練」のような自然体験活動だったのです。 そういう環境で育まれリーダーシップを取れる人間が、将 現在は大げさに言うならば、教育界全体が地殻変動を起こ 来リーダーとして成長していくのだそうです。子どもたちは しているのではないでしょうか。教育がどこに向かっていく 小学生くらいからリーダーシップを発揮することを意識し、 のか見定めていかないと、世の中全体が妙な方向に走ってし 学校はそれらの個性を伸ばすという姿勢が明確に現れていま まうのではないか、と危惧しています。 した。やったほうが良いことは徹底的に行い、改善を図る。 教育改革については、アメリカとの中学生国際交流のとき の印象が鮮明で、考えさせられることの多い体験でした。 そういう方針がこの時見たアメリカにはあったと思います。 今の日本はちょうど 80 年代から 90 年代の過渡期のアメリ 1980 年代、最初の訪問で目にしたのはまさに「悩めるアメ カに状況が近いのではないでしょうか。アメリカのように徹 リカ」でした。当時は一歩繁華街を離れると廃墟が続き、学 底的に試行し挑戦するなら、教育改革の成果を得ることが可 校は金網に閉じ込められて授業をしていました。 能だと思います。 1990 年代に入り、2 度目に訪問したときに見たのは、以前 の印象と訣別した「強いアメリカ」でした。それは、徹底的に 学力やスポーツ、芸術分野に力を入れるなど、果敢に教育改 Q これまでどのように、教育に関する研究と 関わりを持たれてきましたか? 革を進めた結果でした。図書館には子ども一人ひとりに専用 の椅子があり、個別指導で徹底的に良い所を伸ばす。教育改 革が具体的・実践的に進められていました。 36 YMCA キャンプや夜の動物園体験も忘れ難い。それはあた 私自身が研究者としての立場だった経験があります。 1988 年に 1 年間、都立教育研究所で国際理解に関する研究 に取り組みました。その時に「1000 万円に値する研究をや れ」と言われたことが記憶に残っています。学校現場から教 員が 1 人いなくなれば、年に 1000 万円くらいの損失になり ます。その金額に見合うだけの研究をしなければいけない。 プレッシャーは大きかったのですが、教育現場にいながら研 究することは非常に困難ですから、1 年間研究に没頭できる 自由な時間を頂いたことは貴重な経験になりました。また文 部科学省の中央研修でも「いじめ」や「管理職研修」などの テーマで参加させていただきました。 その後、私自身は、研究成果を現場の教育に生かす立場と なりました。私自身の立場から申し上げると「校長というの は実践研究のプロ」でなければいけないのだろうと思います。 先生方がより良い授業を実践できる土俵をつくる。マネージ メントの本務は、実は教員の研究を支援する仕事なんですね。 いくら教育現場といっても日常的な校務をこなすだけでは、 優れた教育実践をすることはできません。つまり、校内研究 を活性化させ、教員の指導力を高め、授業改善を図ることが 大切なのです。 先生方は常に良い授業をしたいという願いを持っているは ずです。その意欲が高い人ほど、多忙な日常の中でも研究の ための時間をつくり、努力しています。そういう人たちをサ ポートするのが私の役割ではないか、と考えています。 かわかみ あきひさ Q 研究者や研究機関に対して望むこと、 期待することは何ですか? ● 東京都足立区立弘道小学校校長。 小学校教諭、指導主事、 都立教育研究所統括指導主事を経て現職。 「学校の創造」を目指し、校内研究を 研究者の方々には、学校にどんどんメッセージを送っても 学校経営の中核に据え、二学期制や教科担任制を 導入するなど、学校改革に取り組む。 らいたいですね。もちろん学校側もそれを受け止められるくら いの基盤を築いていかなければいけないと思っています。 やすいですから大歓迎です。例えば、我が校では教科担任制 れど、実際に現場で使う各論の部分では分からない、使えな を取り入れています。今年で3年目を迎えましたが、こうし いというのではせっかくの研究成果を現場で役立てることが た新しい試みについて、実証的に一緒に研究していただける できません。各論をしっかり、隅々まで検討した研究成果を、 ような研究者の方や機関がありましたら嬉しいですね。 現場にもたらしていただきたいと思います。 そのためには縦・横の連携があれば力強いということにな 教育現場でのノウハウや実践例、臨床的な研究は現場とし ります。同じように新しい分野に挑戦しているような学校と てはありがたいものです。教育現場にいると、全国的なネッ 横の連携を取る方法も当校では模索中で、校内研究を区内外 トワークを構築して最新の研究成果を手に入れるのはなかな に公開する研究交流を進めています。今年(2005 年)12 月 か難しい。 「これにより教育効果が高まった」 「こうしたら指 に開催する研究報告会は、将来的に全国的な教育ネットワー 導力が上がった」そのような実証的なものは、現場に導入し クを築く受け皿としても機能させたいと思っています。当校 NO.01 か、ということを考えて欲しいものです。総論では賛成だけ 2005 研究に取り組むに当たっては、現場のどの部分に役立つの 37 教育現場からの声 Interview は足立区教委から学力向上策の一環として「あだちコアスク 関より進んでいる分野も多いわけです。近年では公立の教育 ール」の指定も受けていますから、当校の研究成果を区全体 研究所の先端研究が減退しているのではと懸念しています。 に広げると共に、他の実践校と連携を深め、将来は全国にネ それを民間が補うこともできると期待しています。 ットワークを広げていきたいと構想しています。 子どもたちを教え育てるというのは国の将来を左右する仕 また今後は大学などと更に連携を進めると共に、民間企業 事です。そのためには「産」 「学」 「公」などの垣根をできる などとも新しい関係を築いていきたいと思います。民間企業 だけ低くして共に教育課題を受け止め、研究者や研究機関に は常に最先端の研究成果を持っており、今や「公」の研究機 は是非、教育の現場を支援していただきたいと願います。 玉置 崇 先生 愛知県小牧市立光ヶ丘中学校校長 「 『現場主義』の研究者がもっともっと増えて欲しい。 大学構内から我が校に降りてきてください。大歓迎です」 から「答え」を発見できる力を身に付けられる、生徒たちと コンピュータの双方向性を作り出すという試みです。このよ うなソフトをかなりつくりました。 Q 玉置先生は早い段階から IT を教育に 取り入れてこられました。導入に当たり、 どのような方法を取られたのでしょうか? Q 現在では学校経営者の立場で教育現場に 立たれているわけですが、どのように IT を 利用しながら学校運営をされているのでしょうか? 私が取り組み始めたころは、まだ Windows という OS すら ない時代です。どうやったらコンピュータを使って授業がで 生徒たちには、 「学ぶことが面白い」 、そして「学び続けるこ きるかということすら見当もつかず、まずは、ソフトやプロ とが人間の大切な営みである」ということを学校生活の中で グラムを自ら考えなくてはなりませんでした。 知ってほしいと思っています。学び続けるということは、生 ソフトの一つが「数学発見型ソフトウェア」と呼んでいる 38 徒たちだけでなく、学校が教師や保護者にも求めるものです。 タイプです。例えば「星を揃えよう」というソフト。画面に 光ヶ丘中学ではホームページを積極的に活用しています 数字を入力すると★が出てくる。ただしコンピュータの反応 が、これは、IT を導入しながら学校を運営するための一環で は2種類。 「無反応」と「★」だけです。そして例えば 1 と入 す。教師、生徒、保護者、地域、それぞれが積極的に関わっ れると何も返ってこない、2を入れると星が返ってくるよう てくれることを目的としています。 になっています。子どもたちはいろいろな数を入れてみる。 「学校ではこんなことを考えています」 「○○先生はこうい 1では反応がないが、2だと★が出る。そこで「偶数を入れ う授業をしています」 「○年○組の生徒たちは、こんな学習を ると返ってくるかも知れない」と思う子は偶数を入力すると しました」 「お父さんやお母さんも一緒になって考えてくださ ★が出る。ある子どもは8とか 12 を入れてみるかも知れな い」と、常に学校から新しい情報を発信する。一方的な情報 い、そうすると★が出てくるんです。しかし 21 と入れても星 発信ではなく、生徒や保護者の皆さんにも積極的にホームペ は出てこない。このソフトでは、偶数を入れると★が出るよ ージを活用してもらうことによって、お互いの理解が生まれ うにプログラミングされているわけです。このようにコンピ て協力し合うことができるのです。 ュータに働きかけ、返ってくる情報を元にしながらいろいろ またこのホームページは、地域の情報発信やコミュニティ なことをやってみて、数の性質ということを子どもたちが自 として活用してもらうことで、学校関係者以外の人たちにも 分自身で考える。これは単にコンピュータを使えばいいとい 利用していただいています。できるだけ多くの方に学校で起 うのではなく、生徒が自由に入力し、そこで得る様々な情報 こっていることを知ってもらうことによって、 「見られてい た。それは、私の教師としてのキャリアにとって大きな経験 でした。しかし多くの教師たちは、そうした経験を積むこと ができません。また、論文や研究報告の中には、研究対象を どこに向けているのか疑問に思うことがあります。ですから 教育現場にいる教師たちは、研究機関の論文を読む機会があ っても「じゃあ具体的にどうすればいいの?」となってしま う。一体誰に読んでもらうつもりで研究をしているのだろう かと感じることがあります。 教師に読まれることを前提としていない論文は、教育現場 では役に立ちません。研究者から出される理論を具体的に実 践していくのは教師の仕事ですが、あまりにも抽象的な論文 では、せっかくの理論も空論となってしまう。研究者同士で 評価が高い学術理論があっても、それを実践し教育現場に変 化が起きてこなければ意味がないのです。 大学の先生の中には、授業はとても分かりやすくて面白い のに、研究論文を読むと難しい言葉ばかりが並んでいて全く面 白くないという方もいます。授業のように分かりやすい論文が たくさんあれば、もっと教育現場に浸透していくはずです。 附属小学校の教諭から愛知教育大学の教授になられた志水 たまおき たかし ● 愛知県小牧市立光ヶ丘中学校校長。 早期から IT を利用した授業や学校運営に 取り組んでおり、ホームページを毎日更新し、 生徒や親、地域に向けて情報を発信している。 著書に『数学の授業を感動の連続に』 『コンピュータで数学授業を変えよう』 (いずれも共著、明治図書)他多数。 廣先生は、授業運営についての研究をされています。非常に 面白い授業をする先生で、教師の中に志水先生に教えを請う 人も多く、私もスタッフとして参加している「志水塾」とい う勉強会は、既に全国規模に展開しています。その志水先生 も、以前は難しい言葉を並べたような論文をお書きになって いました。しかし、 「志水塾」などを通して教師たちと交流す ることで、現在では、 『 「○つけ法」で授業が変わる・子ども が変わる』 (明治図書)など、現場にいる教師にとって分かり やすい文章を書かれておられます。 る」という意識が、教師の成長を促してくれるのです。成長 教育の現場から、研究者や専門研究機関に 求めるものは何でしょうか? もつながると考えています。 研究者や研究機関と教育現場が双方向性を保つことによっ Q 専門研究者や教育研究機関から出される て、研究理論をより実践的にでき、また現場の教師に理解さ 論文や研究報告を読まれて、 れていくのだと思います。教育全般が抱えている課題を、研 どんなことを実感されていますか? 究者と教育現場で共有し合うということですね。 2005 活用によって、教師の学びの姿勢を生徒たちに見せることに Q NO.01 するということは、学び続けるということ。ホームページの 具体的で実践的な研究をしていただくためにも、研究者に 私は、教育大学の附属校にいたために、大学の研究者たち は積極的に教育現場に足を運んでいただきたい。最近は、学 と情報交換をしながら教育実践するという経験ができまし 校側の働きかけもあり大学の先生方が教育現場に来られる機 39 教育現場からの声 Interview 会も増えてきましたが、 「現場主義の研究者」がもっともっと りてくれるならば、きっと山ほどのテーマを発見できますよ。 増えてくれることを望んでいます。教育に関する課題は、ま もちろん、我が校に来ていただけるのなら、大歓迎です。 さに教育現場にあり、研究者が大学の構内から教育現場に降 池田 修 先生 東京都杉並区立和田中学校教諭 「担任にならない先生はほとんどいないのに がら生徒たちには人気がある。国語担当としては残念ですの 『担任学』はない。なぜなんだろう? で、国語を子どもたちが実技として実感できる教科にできな 研究を実践するための 具体的な提案として、教材を示してほしい」 いかと思っています。 実技教科、例えば体育の授業を分析すると、教師が指導や 説明をしているのは授業全体の2割程度で、残りの時間は全 Q 池田先生は非常に活発な教育研究活動を 体を見渡し、適度にアドバイスをしながら授業の舵取りをし されていますが、きっかけになった ている。一方、国語の授業というと、教師が黒板に漢字を書 出来事などはありますか? いたり、生徒と一緒になって教科書を読んだり、生徒と教師 が同じことをしている時間が長いことに気が付きました。つ 実は私自身は、個人的に何かに興味を持って研究を始めた まり、時間配分の問題なんです。 とか、是非とも研究していきたいといった意識はあまり持っ そこで導入したのが、 「学習ゲーム」と「ワークシート」で ていなかった。ところが、なぜか課題だけは天から降ってく す。例えば、百人一首を学習ゲームとして利用してみました。 るんです。一つひとつ対応しているうちに結果的に身に付け ディベートもゲームとして利用できます。 ることになったというのが、何を隠そう事実です。 中学生の英語の教科書には、英語での手紙の書き方が載っ 授業にディベートを持ち込んだのも、たまたまある授業で ています。しかし、日本語の手紙の書き方を教えている国語 討論させたときに、結果としてディベートのような討論とな の授業が、一体どれほどあるでしょうか? 「Dear」で始まり り、その時の子どもたちの反応がすごく良かったと感じたこ 「Yours」で終わることは教えるのに、 「拝啓」で始まり「敬 とがきっかけでした。そこでディベートについて調べている 具」で終わることは教えない。中学を卒業すれば就職する子 う ち に 、「 全 国 教 室 デ ィ ベ ー ト 連 盟 」( 二 杉 孝 司 理 事 長 。 どももいるし、高校に入ってアルバイトをする子どももいま http://nade.jp/)の常任理事として指導者の立場になってし すが、義務教育では履歴書の書き方を教えない。それはおか まった。 しいと思うんです。 「社会に出て役立つ国語」として捉えれ 「何をしたい」というよりも、教育現場で動きながら考えて ば、 「履歴書」の書き方を学ばせることもワークシートの活用 きたことが、結果的に研究という形に結びついているのだと といえます。ただ、普通の履歴書を書き起こすだけでは興味 思います。 「中等教育におけるディベートの研究」という修士 も引かないので、教科書に出てくる文学作品の登場人物のプ 論文をまとめたり、様々な研究会に顔を出しているのも、私 ロフィールを、生徒に書かせます。そうすると、その文学作 が現場で必要としているからです。 品も読み込まないと書けないし、履歴書の書き方も覚えられ る。 Q では、今、 「動きながら考えている」という 教育課題があれば教えてください このような実技的な授業運営の在り方については、研究者 や教師が集まって運営している教育研究団体「授業づくりネ ットワーク」 (上條晴夫代表。http://www.jugyo.jp/)で、情 40 主要教科よりも体育や音楽などの実技教科の方が、残念な 報交換しながら進めています。 もう一つ考えていることは「集団で学ぶことをどうやって 生かすか」ということです。 いま学校が学校であることの意味を考えたときに、小西正 雄鳴門教育大学教授の『消える授業 残る授業』 (明治図書 出版)は、とても刺激的な本です。そこでは、学校で学ぶこ との意義として、 「集団で学べる」 「継続して学べる」の2点 を取り上げています。それに私は、更に「先生が失敗するこ とから学べる」ということを加えて考えています。この三つ は、家にいて 1 人でコンピュータをいじっているだけでは学 ぶことが難しい。学校に来て集団の中で生活するからこそ学 べることだと考えています。 先程の「学習ゲーム」 「ワークシート」も、集団だから実現 できる方法です。 Q 研究機関や専門研究者に望むことはありませんか? 教育現場で抱えている実践的な課題について研究している 機関は、なかなか少なく発表も少ない。目にする研究のほと んどは、理論の体系化でとどまっています。 だからと言って、論文や研究報告が不要ということではあ りません。それはそれで、勉強になる部分はあるのですが、 本当に必要なのは「理論の具体化」です。私は「理論の具体 化」として、二つの方法を考えています。 一つは、理論を「教材化する」ということです。私が大学 院に行ったときも、ただ研究するだけでは意味がないと思っ いけだ おさむ ● 東京都杉並区立和田中学校教諭。 國學院大学文学部卒、八王子市立楢原中学校 などを経て、2005 年 4 月から現職。国語担当。 たので、最終的に研究したものを教材化することを目指しま 2003 年、大学院設置基準四条特例に合格し、 した。研究している側から、その研究を実践するための具体 教育研究団体「授業づくりネットワーク」にも 的な提案として、教材を示してほしいのです。 東京学芸大学で国語教育について研究。 携わり授業運営について積極的に活動、自らの授業では ディベートを導入するなど独自の授業運営を進めている。 もう一つ、 「理論の具体化」という点で、私が大学院に行っ ていたときから考え、望んでいることがあります。 東京学芸大学は、教師を養成する大学機関です。大学院に 任論」 「担任学」というものはないんですね。校長にならない 教師はたくさんいますが、担任にならない教師はほとんどい する」 「修学旅行はどうする」などの具体的な問題で大きな壁 ません。教員を養成する大学なのに、担任になってクラスを にぶつかる若い教師はとても多いのです。もちろん体験しな どう運営していくかについての具体的な方法論や、担任とい がら教わることや、先輩教員から教わることがあるのは当然 う職務について学ぶ場を提供していないのです。 です。しかし、せめて教員養成を目的とする大学では、個別 果たして「担任学」という学問が成立するかどうかは分か りません。しかし、教師が担任を受け持ち、 「家庭訪問はどう NO.01 2005 は、校長になるための「学校経営」の講座はありますが、 「担 の臨床的領域ではなく、統括して具体的な方法論を学ぶこと ができる場があるべきだと思います。 41 教育現場からの声 Interview 小原孝久 先生 東京都立国立高等学校教諭 「現場が必要としているのは、 とを客観視することができるわけです。また、チャップリン 『臨床的』に応用できる処方せん。生徒たちに、 の「モダン・タイムス」という映画を見ることによって、生 受験に合格させる力と、数値では測れない生きる力の 徒たちは製造の現場のリアリティを更に感得したり、単純反 両方を身に付けさせられる方法論を明示して欲しい」 復作業という労働の意味を実感を持って考えたりします。 その他、本の内容を引用したり、テレビの番組をビデオに Q 先生にとって、 「教育」とは何を意味しますか? 録って利用したり、様々な工夫をしてきました。いずれも共 通点としては、実生活に結びついたリアルな教材を提示した 「educate」の語源である、 「引き出す」ということですね。 生徒たちが、自ら考え、表現する力をいかに引き出し伸ばし とき、生徒たちは興味・関心を示すということです。自分の体 験に置き換えた想像力が働くような教材が重要なのです。 てやれるか。そのためには、生徒たちが授業に関心を持って くれることが前提条件になります。私の教職歴は、工業高校 で始まりましたので、それこそ彼らの興味・関心を担当科目 である政治・経済の授業に向けさせる努力を日々行ってきま Q 教材の開発や発想を得るヒントとして、 研究者の著作や学会の発表などを どのように利用されましたか? した。結果的にそういった試行錯誤を繰り返す中で、自分自 身の教育方法を確立してきたのだと思います。 実は、それらの研究はちょっと違うんです。と、言います いろいろな教師論がありますが、私は教師はまず教科で勝 のも、研究者の方々の書いたものには、課題に対する分析は 負できなければいけないと思っています。子どもたちが好き あるのですが、現場で言わば「臨床的」に応用できる処方せ で、教育への熱い「ハート」を持った人はたくさんいます。し んが記されていないものが多いからです。私たち教員は、 かし、専門教科に対する「ハート」までを持ち合わせること 日々生徒たちと向き合っているので、どうしても即効性のあ は、なかなか難しいことだと思うのです。なぜ、政治・経済 る理論・方法を求めてしまうんですね。分析ではないんです。 を教えるのか、なぜ数学を教えるのかといった「ハート」です 目の前で寝ている子の注意を、どう獲得できるかということ ね。この教科に対する「ハート」を生徒の心の琴線に触れる です。実はそれらのヒントは、一般の書籍やテレビなどから ような形で伝えられて初めて、生徒たちが本当に興味・関心 の方が得られるものが多かったのです。 を持てる授業ができるのではないか、そう考えています。そ ただ、研究者の書いていることに励まされることは多々あ して次に、その「ハート」を伝えるために、授業を進めていく りました。それは現場に立つ上でのモチベーションを維持す 上での様々な「スキル」が必要になってくると思うのです。 るのに非常に役立っています。私の教育観というものは、数 値化できる偏差値志向の「旧学力派」か、数値では測れない Q 政治・経済に興味を持っていない生徒たちに対し、 生きる力を志向する「新学力派」かと言えば、明らかに後者 具体的にはどんな試みをされたのですか? の方です。その意味で、東京大学大学院の佐藤学教授や同大 学院の市川伸一教授らが唱えていることには大いに励まされ 工業高校時代の、鎌田慧さんが書いた『自動車絶望工場』 を読んでみるという授業は有効だったと思います。工業高校 の生徒は特に自動車産業との接点が多いので、皆真剣に我が 事のように感じてくれました。ベルトコンベアによる流れ作 42 ます。 「自分のやっていることは、決して間違ってはいないん だ」と心強くなります。 ただ、理想と現実の間にはギャップがあることも事実であ り、その点にいつも課題を感じています。 業を一日中繰り返すことで、目の前に出された食事のお盆さ そのギャップとは、 「新学力」を伸ばすことを目的とし、興 え動いて見えてくるという描写にリアリティを感じ取ったと 味・関心を持てる授業だけを試行できる環境にないというこ き、自動車メーカー、またはメーカーの工場で働くというこ とです。やはり、生徒が受験をクリアできるためには、それ なりに知識の詰め込みも必要となります。おおざっぱに言う なら、教育現場においては、それら二つの概念は簡単には両 立できないんです。ですから、理想は、生きる力を養いなが ら偏差値が高くなるという方程式があること。多くの研究者 が、その双方が大切だと言いながらも、それらのバランスや 組み合わせ方などの処方せんは提示していません。それは、 日々校務に追われている現場の教師には導き出せないことでも あります。研究者には、その方程式の提示を期待するのです。 Q 先生は研究会や学会などで多くの方々と 交流されています。そうした機会に 実践のヒントとなる議論ややり取りはありましたか? 実生活では、研究者と教員の交流機会がなかなか得られな いんです。まずは、互いの交流を増やすことが一番だと思い ます。研究者は現場を見ることで、理想と現実のギャップに 気付くでしょう。少子高齢化で、大学全入の時代を目前にし た今、大学教授は研究だけに没頭するのではなく、魅力的な 授業をし、大学の質を上げる能力が問われています。研究者 が私の授業を見て、その教授法や工夫に非常に感心されるこ ともありますが、それは現場の空気に直接触れたことによる 「効果」でもあるんですね。 一方、現場の教師も、大学のゼミなどに参加することで、 大局的な物の見方ができるようになり、自らを振り返る好機 となります。学校現場では教師の活動の場は必ずしも広いも のではなく、集団としての自己統制力を持つことが難しい 「タコツボ的」な環境に入り込みがちなのです。 互いに異分子が混入することで、化学反応が起きるのでは ないかという期待もあります。大切なのは、化学反応が起き こはら たかひさ ● 東京都立国立高等学校教諭。 政治・経済担当。東京学芸大学大学院派遣(現職教員)により 教育研究科社会科教育専攻、 上智大学非常勤講師(公民科教育法)などを経験、 東京都公民科・社会科教育研究会、 東京都高等学校特別活動研究会理事、 日本教育社会学会員など多方面で活動。 「現代社会」 「政治・経済」などの教科書執筆。 たとしてもそれを個人のものとしてとどめておくのではなく、 は、本を出したり論文を発表したりと、様々な評価の機会は ありますが、現場教師にはなかなかそのような機会はありま せん。授業をオープンにしたり、外へ出て行ったりする機会 NO.01 教師たちは、評価されることが少ないのが現実です。研究者 2005 多くの人にシェアすることです。 「タコツボ的」な環境にある も少ないので当たり前なのですが、もしも研究者がある教師 の授業を評価し、自分の取り組みと類似点があれば、自分も 励まされますよね。そうした相互作用が交流から生まれるよ うになってくれるならば素晴らしいと思います。 43