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土居 克実、後藤 貴文、小林 元太 - 農学部 大学院生物資源環境科学府

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土居 克実、後藤 貴文、小林 元太 - 農学部 大学院生物資源環境科学府
平成 15 年度
農学研究院教育研究特別経費
成果報告書
研究課題名:乳酸菌を利用した環境保全型農畜産システムの開発
土居克実 1*, 後藤貴文 2, 小林元太 3
(九州大学大学院農学研究院
3
1
遺伝子資源工学部門, 2 植物資源科学部門,
生物機能科学部門, *研究代表者)
【背景及び目的】
我が国の畜産は農業基本法(1961 年施行)において選択的基幹作物の一つとして位置づけられており, 牛
肉自給率は 80 年代には 70%を越える高い水準を維持してきた.しかし, 88 年からの牛肉輸入自由化と円高の
影響により, 牛肉の自給率は約 30%にまで急落した.さらに牛乳についても WTO 体制の浸透により乳価の不
安定による経営の先行きに暗雲が立ちこめている.これらの不安に拍車をかける問題として BSE が発生し,
我が国畜産経営による飼料原料の海外依存の現状が明らかになると共に, これに基づく畜産製品の安全性
が重要視されている.また, 「食料・農業・農村基本法(1999 年施行)では, 食料自給率の向上および家畜
排せつ物の管理・利用を大きな柱としている.これらにより, 飼料原料を海外に依存するのではなく, 国内で
安全・低コストでかつ家畜の嗜好性の高い高栄養価の自給飼料調製が強く求められている.
そこで, 我々のグループでは安価かつ安定供給可能な自給飼料としてサイレージに着目し, サイレージ
調製用高機能乳酸発酵菌の作出と利用技術の開発を行ってきている.本研究の遂行によって, 飼料作物をサ
イレージ発酵して給餌し, 排出された糞尿は堆肥化して飼料作物の栽培に利用することで持続的循環型畜
産の形成が可能になると考えている.
しかし, 循環型畜産を形成するためには難問が存在する.近年, 集約農業における窒素多量施用などによ
り飼料作物への硝酸態窒素の蓄積に起因すると思われる反芻家畜の急・慢性疾病が問題となっている.飼料
作物中に硝酸態窒素が蓄積し, その濃度が高くなると, 牛などの反芻動物の中毒の原因となることが報告
されており, 貯蔵性飼料であるサイレージにおいても, 硝酸態窒素の過剰蓄積が問題となっている.硝酸態
窒素自体は反芻動物にとって毒性は低いが, 反芻胃の第一胃に生息する微生物の作用により, 硝酸が亜硝
酸に還元される.この亜硝酸が血液中に吸収されると, 赤血球中のヘモグロビンと結合して呼吸障害を引き
起こす(図 1).
一般にサイレーに乳酸菌である Lactobacillus 属乳酸菌は硝酸還元能を有しておらず, サイレージ中に存在す
る硝酸還元能を有する微生物は, 乳酸菌
の増殖に伴う乳酸生成によってその生育
が抑制され, 有為な硝酸還元を行うこと
ができない.硝酸還元微生物が生育し硝酸
の低減がみられた条件では, 発酵品質に
低下が起こったという報告もあり, 硝酸
態窒素の減少率と発酵品質との間に負の
相関関係が認められている.
また, 飼料原料が海外に大幅に依存し
ていることから, 家畜から排出される糞
尿は我が国に一方的に累積しており, 畜
産農家では糞尿の野積み・素堀りが行わ
れている.このように多量に発生した糞尿
中の硝酸態窒素は畑だけに留まらず, 地
下水の汚染, 河川・湖沼への硝酸態窒素の流入による富栄養化に伴う環境汚染が急速に広まっている.さら
に, 地下水や河川に流入した硝酸態窒素が不完全な脱窒によって温室効果ガスの一種である亜酸化窒素の
発生をも招くことが報告されている.
このような環境リスク低減化のために, 我々の研究グループは非常に強力な硝酸還元能を示す分離株を
利用して, (1)サイレージ発酵過程における飼料作物中の硝酸態窒素濃度を低下させるためのスターター
(種菌)を開発し, 家畜疾病の防止を試み, また, (2)家畜糞尿中に蓄積した硝酸態窒素を除去するために,
硝酸還元菌および硝酸還元遺伝子群の応用・開発を試みて, 環境保全型の持続可能な農畜産システムを構築
することを目的とした.
【得られた結果】
(1)
強力な硝酸還元能を示す菌株の分離と同定
硝酸態窒素を多く含むことで知られているコンポストから, 硝酸還元能を有する菌株を数多く分離した.
それらのうち No.161 株が最も優れた硝酸還元能を有していた.さらに No.161 株は, 生理生化学的性状試験
(図 2)や 16S rDNA 配列の解析結果から Bacillus licheniformis に属することが示唆された(図 3).
Homology (%)
No.161
100.0
Bacillus licheniformis
98.6
B. subtilis
97.8
B. pantothenticus
91.6
B. megaterium
92.9
B. mycoides
92.7
B. circulans
89.7
Staphylococcus aureus
90.5
Enterococcus faecalis
89.0
!"!#
!"#!$%&'&()*+",
(2) 強力な硝酸還元能を示す遺伝子の構造・機能解析
No.161 株の硝酸還元酵素遺伝子をサイレージ乳酸菌に利用するためには, 硝酸還元酵素遺伝子群の解明
が重要であるが, B. licheniformis において硝酸還元酵素遺伝子群に関する報告はなされていない.よって, 本
研究では高い硝酸還元能を有する B. licheniformis No.161 株の硝酸還元特性とこれに関与する遺伝子群の解
明を図った.
硝酸から亜硝酸への還元反応を触媒する酵素類, およびこれらをコードする遺伝子群は B. subtilis や
Escherichia coli 等でよく研究が行われており, その遺伝情報を得ることができる.そこで, 全ゲノム配列が解
析されている B. subtilis 168 株と B. licheniformis の基準株として JCM 2505T 株を用い No.161 株と硝酸還元能
を比較した.まず, 各供試菌を一定量の硝酸含有培地に接種し嫌気条件下で培養しながら 12 時間毎の培地中
の硝酸, 亜硝酸濃度を検出した.
その結果, B. subtilis 168 株や B. licheniformis JCM
2.5
2505T 株では培養 72 時間後でも高濃度の硝酸が残存
していたのに対し, No.161 株では培養 48 時間後で完
2.0
全に硝酸が検出されなくなり, また亜硝酸も 60 時間
1.5
後には検出されなかった(図4).このことから,
No.161 株は他の Bacillus 属菌株と比べて強い硝酸還
1.0
元能を有していることが判った.また, 亜硝酸還元能
も優れていることが示唆された.
0.5
また, 通常 B. subtilis の硝酸還元酵素遺伝子は4つ
のタンパク質, NarG, NarH, NarJ, NarI をコードしてお
0
0
12
24
36
48
60
72
り, それぞれ narG, narH, narJ, narI と呼ばれている
Time (h)!"#$%&"'()*"+
:;<=>?>
6789,
,/05,1
+234"!"+
,-(.,/0/1
(図 5).そこで, これらの配列を基に No.161 株の硝
酸還元酵素遺伝子を解析したところ, B. subtilis 168
@ABCDEFGHIJ7KLMNOEPQRSTUVWXY
ZTUV[XS\]
^.,!"#$%&"'()*"+
!"#$%&"'()*"+,-(.,/0/1
,-(.,/0/1_6`^.,+234"!"+
+234"!"+,/05,1
,/05,1_6789,
6789,^.,!"#$%&"'()*"+
!"#$%&"'()*"+,:;<=>?>
:;<=>?> a1_6
株の NarG, NarH, NarJ, NarI とそれぞれ identity 87%,
90%, 64%, 77%, similarity 98%, 99%, 87%, 96%と高い
相同性を示す配列が検出された.また, NarG の上流に位置する機能未知タンパク質 YwiC, YwiD ともそれぞ
れ高い相同性を示す
ORF が同定された.これ
らの結果から, No.161 株
narK fnr ywiC ywiD
narG
narH
!"#$
UVW]
%YZ[\
UVWX
777%MNOPQRST
KL#
%&'EF>,3G>HIJ=J
!"#D
77%&'()*+,C./0123
!"#B
7%*+./0123,89:;<=>?@A
!"#6
%&'()*+,5./0123
!"#4
%&'()*+,-./0123
!"#$%&'()*+,-./0123
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!"#4%&'()*+,5./0123
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%&'()*+,5./0123
!"#67%*+./0123,89:;<=>?@A
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7%*+./0123,89:;<=>?@A
!"#B77%&'()*+,C./0123
!"#B
77%&'()*+,C./0123
!"#D%&'EF>,3G>HIJ=J
!"#D
%&'EF>,3G>HIJ=J
KL#777%MNOPQRST
KL#
777%MNOPQRST
UVWX%YZ[\
UVWX
%YZ[\
UVW]%YZ[\
UVW]
%YZ[\
narJ narI
L"#
,
^_`
Fab>cd,efTghijklmefTYZ
の硝酸還元酵素遺伝子
1kb
1kb
は B. subtilis 168 株と類
似した nar オペロン構
造をとっていることが
示唆された.
^_`B. subtilis,
^_`
,L"#Fab>cd,efTghijklmefTYZ
(3) 強力な硝酸還元能をに関与する遺伝子の同定と解析
B. subtilis 168 株と類似した nar オペロン構造をとるにも関わらず, 168 株が強力な硝酸還元能を示すのは硝
酸還元酵素 Nitrate reductase をコードしている narG 遺伝子のプロモーターが強力なためと推定し, nar 遺伝
子群のプロモーター領域の構造を詳細に検討した.その結果, narG プロモーターを含む ywiD と narG の遺伝
子間領域が, B. subtilis 168 株では 196bp であるのに対し No.161 株では 2960bp と長く相違が見られた.そこで,
196bp
本領域について遺伝子の
Bacillus subtilis 168
ywiC ywiD
存在を検討し, 相同性検
narG
2960bp
索を行ったところ, 細菌
Bacillus licheniformis No.161
のモリブデン・コファク
ywiC ywiD orf1158
narG
!"
!"#B.
licheniformis No.161 $B. subtilis 168 %narG &'()*%
+,-./No.161 012narG 345orf1158 %6789:;<=/
ター生合成タンパク質
(MoaA)や古細菌類の補酵
素ピロロキノリンキノン
生合成タンパク質(Pqq)と高い相同性を示す 1158bp の ORF (orf1158)が存在していた(図 6).硝酸還元酵素
遺伝子群の配列が類似していた B. subtilis 168 株の染色体上にも, モリブデン・コファクター生合成タンパ
ク質とされている NarAB や PQQ 様タンパク質をコードする遺伝子が座乗していたが, orf1158 と塩基配列レ
ベルでもアミノ酸レベルでも有意な相同性は認められず, orf1158 は古細菌類の PQQ 生合成タンパク質と高
い相同性を示した(図 7).この差異が両株の硝酸還元能の違いに関連していると推察した.本 ORF をクロー
ニングし, B. subtilis 168 株に導入したところ, No.161 株に匹敵する硝酸還元能を示したことからも orf1158
が強力な硝酸還元に機能するものと考えられる.
【まとめと今後の課題】
上記のようにコンポストから分離した 161 株は B. licheniformis と同定されたが, 基準株である B.
licheniformis JCM 2505T や類縁株である B. subtilis 168 株と比べ, 硝酸および亜硝酸還元能が非常に強いこと
が分かった.
このような強力な硝酸還元能を有する B. licheniformis No.161 の硝酸還元酵素遺伝子は,ỞB. subtilis 168 株の
nar オペロンと近似したオペロン構造をとっていたが,ỞNo.161 株の narG 上流域に orf1158 の存在が推定され
た.orf1158 の推定遺伝子産物は,Ở モリブデン・コファクター生合成タンパク質や PQQ 生合成タンパク質と
高い相同性を示し,Ở 本遺伝子が 161 株の強力な硝酸および亜硝酸還元能に関与していることが示された.こ
れらは乳酸菌を利用した環境保全型農畜産システムを開発する上で, 最もキーとなる機能であり, 今後は
161 株を混合したサイレージスターターの作出や, orf1158 を含む nar オペロンをサイレージ乳酸菌に形質転
換して, 硝酸還元能を付与したサイレージ乳酸菌の作出を行い, 環境負荷を軽減した農畜産システムへと
展開できると考えている.
【研究成果公表】
論文等発表
1.
K. Doi, Z. Ye, Y. Nishizaki, A.Umeda, S. Ohmomo and S. Ogata (2003) A Comparative Study of Silage-Making
Lactobacillus Bacteriophages and Phage Typing, J. Biosci. Bioeng.,95, 549-560
2.
梅田昭子, 土居克実, 緒方靖哉 (2003) 「微生物の構造」, 農芸化学の事典,朝倉書店,p.89-92
3.
土居克実, 緒方靖哉, 大桃定洋(2004)
「微生物を利用した環境保全型農畜産システムの開発∼サイレー
ジ発酵を中心に安全・安価な持続的循環型畜産を目指して∼」九州・沖縄地域の農林水産分野における
環境研究の最新情報, 125-129.
4.
土居克実, 稲垣史生, 緒方靖哉(2004)「Thermus 属細菌によるシリカ鉱物化作用
­地球で最も多い元
素と好熱性細菌との接点を探る­」生物と化学, 42, 326-332
5.
土居克実, 西崎陽祐, 緒方靖哉, 大桃定洋(2004)「分子系統解析による西南暖地型サイレージ乳酸菌株
の多様性の究明」生物工学会誌, 82, 436-437
6.
後藤貴文(2003)「果樹園跡地の未利用草資源を利用した牛肉生産システムの再構築」日本草地学会九
州支部会報, 33, 18-25
7.
T. Gotoh (2003) Histochemical properties of skeletal muscles in Japanese cattle and their meat production ability,
Animal Science J., 74, 339-354
8.
小林元太, 坂木剛 (2003) 「加圧熱水技術と L-乳酸発酵技術を組み合わせた植物バイオマス由来の循環
型高性能プラスチック原料製造法の開発(要約)」KITEC INFORMATION, 198, 7
9.
小林元太, 坂木剛 (2003) 「加圧熱水技術と L-乳酸発酵技術を組み合わせた植物バイオマス由来の循環
型高性能プラスチック原料製造法の開発」KITEC INFORMATION, 200, 10-13
口頭発表
1.
土居克実, 大桃定洋, 緒方靖哉 (2003)サイレージ乳酸菌の機能開発.
2003 年度乳酸菌工学研究部会講
演会(阿蘇)
2.
藤良江, 土居克実, 大桃定洋, 緒方靖哉 (2003)
影響するプラスミドの解析.
3.
日本生物工学会平成 15 年度大会
土居克実, 川原優佳, 大桃定洋, 緒方靖哉 (2004) Bacillus licheniformis No.161 の硝酸還元能に関わる
nar オペロンの構造・機能解析
4.
Lactobacillus plantarum NGRI 0101 株における増殖に
日本農芸化学会 2004 年度大会
小林元太, 宮頭和孝, 柴田圭右, 園元謙二, 法村奈保子, 大森薫 (2003) 野菜を原料とした乳酸発酵に
関する研究.2003 年度乳酸菌工学研究部会講演会(阿蘇)
5.
柴田圭右, Dulce Flores, 小林元太, 園元謙二 (2003) デンプン資化性乳酸菌によるサゴデンプンからの
乳酸生産.日本生物工学会平成 15 年度大会
6.
小林元太, 松中俊行, 柴田圭右, 坂木剛, 柴田昌男, 犬養吉成, 園元謙二 (2003) 農産廃棄物由来ヘミセ
ルロース加圧熱水抽出物を原料とした乳酸発酵.日本生物工学会平成 15 年度大会
7.
土居克実, 大桃定洋, 緒方靖哉 (2004) サイレージ乳酸菌の機能開発 ∼サイレージにおけるバイオプ
リザベーションの利用∼.
2004 年度乳酸菌工学研究部会講演会(京都)
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