Comments
Description
Transcript
PDF
日本神経回路学会 2003 年 9 月 大脳皮質−大脳基底核ループのモデル化による発話障害の説明の試み Attempt to explain for dysfunction of utterance movement by modeling of cortico-basal ganglia loop 豊村暁 † , 大森隆司 † Akira Toyomura and Takashi Omori † 北海道大学工学研究科 [email protected] Abstract— We propose a model of feedback con- を示し [5],運動野−基底核ループの一つの機能として trol in cortico-basal ganglia loop, and try to give an explanation for the phenomenon of utterance move- フィードバック制御の働きがあることを示した.この結 ment dysfunction. We conclude that repetition of a word utterance may be caused by the disfunction of こと,及びハンチントン病の場合はドーパミンの量は正 feedback control and task-switching in basal ganglia. も示している. 3 エラー修正障害が発話障害を起こすことの説明の Keywords— Cortico-Basal Ganglia loop, dysfunction of utterance movement, task-switching 1 はじめに 果はさらに,エラー修正の不具合の原因が小脳ではない 常なので,単にドーパミンの機能とは結びつかないこと 試み Smith らはジル・ラ・トゥーレット症候群で見られる 近年,主に運動制御に関わる部位だとされてきた大 発話障害もこのエラー修正機構の消失による可能性を 脳基底核が,言語処理などのより高次の機能に関わるこ 議論している [6].発話障害の特徴として語の繰り返し とが明らかになってきた [2].例えば大脳基底核疾患の 発話がある.以下,エラー修正の障害が繰り返し発話の 代表例であるパーキンソン病やハンチントン病が運動障 症状を引き起こす過程について議論する. 害だけでなく,発話や文章の理解といった言語処理にも 障害が現われるとの報告がある [3].大脳基底核の脳の エラー修正の障害から同じ語の発話が起きることか 言語処理における機能の解明に向けて本研究では,特に ら,エラー修正の度合いが次の語の発話を起動するか, 発話処理に的を絞り,大脳皮質−大脳基底核相互作用の 再び同じ語の発話を起動してしまうか,の指標になって 一つである運動野−基底核ループが発話時に行う処理の いると考えられる.その指標から語発話の起動までのメ モデルを提案する.さらに,本モデルをもとに,ジル・ カニズムとして,二つの可能性が考えられる. ラ・トゥーレット症候群などで見られる発話障害が説明 可能かどうか,シミュレーションによって検討する. 第一は,タスクスイッチの観点である.Redgrave ら [4] は基底核が大脳皮質との間に形成しているチャンネ 2 ルから,現在行うべきタスクに応じてチャンネルを選ぶ 運動野−基底核ループの機能 基底核は大脳皮質と平行した複数のループを形成し というタスクスイッチの概念を提示した.そして語の繰 ている(図 1).発話処理に重要な機能を果たすのは運 り返し発話は,このタスクスイッチがうまくいかないた Prefrontal area etc. めに起こるのではないか, つまり,エラー修正を適切に Motor area x u Basal Ganglia 行えないために次の語の符号化などの他のタスクへの移 行ができず,結果として再び同じ語を起動してしまう, という可能性である. 第二は,語順保持の不調である.基底核−前頭葉ルー 図 1: 基底核と複数のループ.基底核は運動野で生成さ プや補足運動野は外界のイベントの順番を符号化する れる軌道 (x) の変動に対応して,フィードバック制御 働きがある.これらの機能にエラーが生じるために適切 (u) によりエラーを修正する機能があると考える. な語順で発話ができない可能性である. 動野−基底核ループである.Smith らは初期のハンチン 順での発話になるはずである.また,前者であるとする トン病,小脳疾患,正常のそれぞれの腕運動を比較し と,後者の場合も含めたタスクスイッチを想定できる. た結果,ハンチントン病はエラー修正ができないこと そこで本研究では前者を想定する. しかし後者の場合,繰り返しではなくばらばらな語 4 運動野−基底核ループのモデル化 ションでは 2) になるとエラー修正タスクに入り次の語 エラー修正処理の概念モデルを図 2 に示す.基底核 の発話に進まず前の語の再発話を実行するとした.また は運動野(特に高次運動野)で生成される軌道をモニ 発話は 300ms 毎に一語分進むとした.比較のため,適 ターし,最適な軌道からずれたら修正するよう視床への 切な制御量とその 10 分の 1 の制御量による制御過程を GABA 値を制御する.基底核の内部では抑制性である 再現した.図 3 の左が適切な制御量,右が 10 分の 1 の direct が強く働けば GABA 値は低くなり,逆に興奮性 制御量による結果の一例である.上から 3 つ目のグラ である indirect が強く働けば GABA 値は高くなる.軌 フはエラー修正タスク (1) と語の符号化などのその他の 道は発話に先行して生成され,ある語に対する正しい タスク (-1) のスイッチングの様子を示している.右の 軌道が得られたら発話が開始される.運動野における 場合は軌道に生じたエラーを修正しきれないために,次 仮想軌道表現としては Kaburagi ら [1] が提案した唇や の語の符号化に移行できず再び同じ語の発話を起動さ 顎,舌などの形で決まる調音変数空間を想定する.脳内 せてしまうことがわかる. で発生するエラーとして生体ノイズ(白色雑音)を仮定 し,エラー修正には最適制御を用いたレギュレータを適 ⟎ 用する.調音変数空間の最適軌道からのずれを x1 ,x1 ㅦᐲ やその速度から決まる状態変数を x,GABA 値に相当 する制御量を u,ノイズを dw,x1 の運動方程式から決 まる関数を f (x, u, t),g(x, t) としたとき,状態変数 x の 㪙㪞㪄㪤 㫆㫋㪿㪼㫉 㫋㪸㫊㫂㫊 㪄㩷㪊㪇㪇㫄㫊㩷㪄 状態方程式 㪸 㫀 䍀㪸䍁 dx = f (x,u, t)dt + g(x, t)dw 㫌 䍀㫀䍁 㪼 㫆 㪸 䍀㫌䍁 䍀㪼䍁 䍀㫆䍁 㫀 䍀㪸䍁 䍀㫀䍁 㫄㫊 㪸 㫀 䍀㪸䍁 㫌 䍀㫀䍁 㪼 䍀㫌䍁 䍀㫌䍁 䍀㫌䍁 䍀㪼䍁 䍀㪼䍁 (1) 図 3: シミュレーション結果.左が最適制御量,右が 10 を評価関数 分の 1 の制御量. T J = E{Lf (x(T ) + L(x(t), u(t))dt} (2) 0 を最小にするよう制御量 u を決め,x をゼロ点に戻す. ここでは基底核は状態 x をすべて観測できると仮定し た.また,本研究では運動野で表現される仮想軌道を基 底核が制御する枠組みを用いたが,他にも例えば補足運 動野や前頭葉で符号化される語順のエラーを修正する, という可能性もある. タスクスイッチの部位については, 大脳皮質から約∼ 10,000 の入力を受ける線条体の投射ニューロンの可能 性が高い.あるいは,視床下核を入り口とする hyperdirect(図 2) がその役割を果たしている可能性もある.こ の経路は大脳皮質からの情報を最も速く大脳基底核に ている. ゠ᖱႎ x 㪪㪫㪩 㪛㪉 本研究では大脳皮質−大脳基底核ループの機能の考 察を通じて発話障害の繰り返し発話の説明を試みた.本 㪛㪈 㪪㪥㪺 モデルでは繰り返し発話は運動野で生じたエラーの修 㪫㪿 㪞㪧㪼 indirect 正とタスクスイッチが適切に行えないことで起きると説 direct GABA 㪪㪫㪥 㪔ᓮ㩷u 㪞㪧㫀㪆㪪㪥㫉 ⥝ᅗ ᛥ 図 2: 基底核の軌道エラー修正処理.基底核は大脳皮質 から軌道情報を得ると,direct と indirect の相互作用に より制御出力の GABA 値を決める. 5 議論とまとめ 伝え,基底核全体の興奮性を調節する部位として知られ 㪤㫆㫋㫆㫉㩷㪸㫉㪼㪸 hyper direct 6 シミュレーション エラー修正の度合いを指標として,タスクスイッチ が適切に行えるかどうかをシミュレートする.調音変数 は 1 次元,評価関数として 2 次系評価関数を用い,運動 野で生成される軌道のずれがある一定以上 (シミュレー 明される. 参考文献 [1] T.Kaburagi and M.Honda, ”A model of articulator trajectory formation based on the motor tasks of vocal-tract shapes,” J. Acoust. Soc. Am., 99, 5, pp.3154-3170, May, 1996. [2] P.Lieberman, Human Language and Our Reptilian brain, Cambridge, 2000, MIT Press. [3] Murray,L,L., ”Spoken Language Production in Huntington’s and Parkinson’s Diseases.” J. Speech, Lang. Hear. Res., 43, pp.1350-1366, 2000. [4] P.Redgrave, T.J.Prescott and K.Gurney, ”The Basal Ganglia: A Vertebrate Solution to the Selection Problem?” Neurosci., 89, 4, pp.1009-1023, 1999. [5] M.A.Smith, J.Brandt and R.Shadmehr, ”Motor disorder in Huntington’s disease begins as a dysfunction in error feedback control.” Nature, 403, 3, pp.544-549, February, 2000. [6] M.A.Smith, and R.Shadmehr, ”Error correction and the basal ganglia.” Trends Cog. Sci., 4, 10, pp.367-369, October, 2000.