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中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性

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中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
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立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
<調査報告>
中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
― 天津濱海新区調査報告 ―
松野周治・楊軍・楊秋麗・守政毅・中川涼司・曹瑞林
MATSUNO, Shuji・YANG, Jun・YANG, Qiuli・MORI, Masaki・NAKAGAWA, Ryoji・CAO, Ruilin
はじめに
世界経済における地位を急速に拡大しつつある中国で現在、「東北等老工業基地振興戦略」
並びに「天津濱海新区」開発という新たな地域発展戦略が大規模に展開されている。両戦略・
政策は、経済発展戦略の再構築という中国が直面する重要課題を背景にして立案・実施されて
おり、1970 年代末以降の改革開放政策の重点地域が南から北へただ移動・拡大したものではな
い。さらに重要なのは、対象地域の地理的位置や政策目標という点において、両戦略・政策が
日本、韓国、北朝鮮、ロシアなど東北アジア各国・地域との経済関係に大きな影響を及ぼすと
いう点である。中国を主として低賃金労働力の大量動員による域外市場向けの加工貿易拠点と
して位置づけ、日本や韓国の企業が進出するという従来の国際分業構造は、両戦略・政策の展
開の中で、技術水準の向上と高付加価値を特徴とするとともに、地域内循環を深化させたもの
へと変化することが求められている。
このような課題認識をふまえ、立命館大学学内提案公募型研究推進プログラム基盤的研究
「東北アジアにおける多角的「互恵」関係構築の研究」の一環として、2007 年8月 12 日∼ 15 日、
中国政府が「全国総合全体改革試験区」(国務院「天津濱海新区の開発と開放推進に関する意
見」2006 年6月)と位置づける天津濱海新区開発の実態調査並びに、南開大学日本研究院で学
術交流を実施した1)。
濱海新区は、天津市の渤海湾に面する3つの行政区、天津経済技術開発区、保税区などを包
含し、上海浦東新区の4倍以上、2270 平方㎞の計画面積を持つ大規模開発プロジェクトであり、
金融改革・革新、土地管理改革、対外開放の高度化、財政租税政策などを通じて、深
、上海
浦東に続く、新たな地域発展極の形成が目指されている。また、同新区の北に位置する河北省
1)調査の実施および学術交流においては、宋志勇副院長・教授をはじめとする南開大学日本研究院(院
長・李卓教授)の全面的協力を得た。この場を借りて心からお礼を申し上げたい。
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松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
唐山で建設が進められている開発区(日本の総合商社が協力)との連携が強化されつつある。
同新区は、その地政学的地位から韓国、日本、山東省(青島、烟台を中心に韓国資本が進出)、
遼寧省(大連等に、多数の日系企業が進出)等を包含する環渤海地域の物流・金融センターと
して、華北内陸部、モンゴル、ロシアなどとの結節点としての役割が期待されている。20 世紀
前半、天津は中国北部並びに東北アジアの金融・物流において重要な位置を占めていた。濱海
新区開発政策を通じて天津が、そうした歴史的役割を現段階においてどのように発展させるこ
とができるのか、また、国内外の既進出企業の活動をいっそう活性化するとともに、新たな資
本を導入・動員し、東北とともに中国経済の新たな発展極となりうるかが、問われている。
本調査報告では、濱海新区開発構想の概要並びに中国経済が直面する環境問題との関連、東
北アジア地域経済協力構想の一環をなす環渤海経済圏構想の中で濱海新区開発がもつ意義と中
国経済が直面する「諸侯経済」問題、濱海新区における外資系企業の発展可能性、中国経済の
発展戦略再構築において重要な位置を占める IT 産業の濱海新区における展開可能性、濱海新
区への資本進出と東北アジアの物流センターとしての天津の発展条件に関係する保税港区制度
について考察する2)。
Ⅰ 濱海新区の概要と環境問題
1.天津濱海新区の概要
天津濱海新区(以下「新区」と略称する)の開発建設は、1994 年に中国共産党天津市委員会、
天津市政府が中国中央政府、国務院の定めた改革開放の戦略方針を実行し、環渤海地域と中国
の北方の経済発展に寄与することを出発点とし、天津の実際を結び付けて作り出した世紀を跨
ぐ戦略政策である。
「新区」は天津市東部の沿海地区に位置し、塘沽区、漢沽区、大港区の三つの行政区と天津
経済技術開発区、天津港保税区、天津港区及び東麗区と津南区の一部を含み、企画面積は
2,270 平方キロメートル、海岸線は 153km、常住人口は 140 万人である。
10 余年の開発建設を経て、生産総額は 1993 年の 112 億元から 2006 年(同年 12 月まで)の
1,769.8 億元に増加し、年平均成長率は約 19 %、一人当たりの生産総額は 1.42 万ドルに達し3)、
地方財政収入は 23.6 億元から 380 億元に、約 12 倍増加し、輸出額は5億ドルから約 45 倍の 226
億ドルに増加した4)。
実際ベースの外資利用額は累計 192 億ドルに達し、世界ベスト 500 企業の 70 余社が新区に
2)本報告は以下の分担で作成された。はじめに:松野周治、Ⅰ:楊軍、Ⅱ:楊秋麗、Ⅲ:守政毅、Ⅳ:
中川涼司、Ⅴ:曹瑞林。各章はそれぞれの責任で執筆され、全体の統一を松野が担当した。
3)http://www.bh.gov.cn/jjfz/2007-02/28/content_9386550.htm を参照。
4)http://www.bh.gov.cn/jjfz/2007-02/28/content_9386759.htm を参照。
立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
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152 社の企業を投資した5)。
天津濱海新区を構築する意義は、以下の通りである。
1)京津冀(冀:中国河北省の略称)及び環渤海地域の国際競争力の向上に有利である。
2)全国区域の協調発展戦略の促進に有利である。
3)新時代における区域発展の新モデルの模索に有利である。
2.天津濱海新区の「11 次5ヶ年計画」発展目標と達成に向けた環境配慮型行動計画
現在の「新区」は経済が繁栄し、社会が調和的に発展し、環境が美しく住みやすいエコタウ
ン(中国語:生態型新都市区)を目指している。そのため、以下のような総合目標を設定する
とともに、その達成に向け、環境に配慮した行動計画を作成している。
(1)総合目標6)
1)2010 年の総生産額を 3,500 億元とする。第 11 次5カ年計画期の年間平均成長率を 17 %。
工業増加額を 2,300 億元、地方財政収入を 700 億元以上、年間平均成長率を 20 %とする。
2)都市化率を 90 %とする。
3)単位生産高に消耗するエネルギーを「第 10 次5ヶ年計画」末の水準より 20 %以上引き
下げる。
4)社会事業を全面的に展開し、生態環境を良好に保全し、全体機能を顕著に引き上げる。
5)持続可能な発展能力を強化し、調和の取れた区域建設の成果をモデルとして全国に伝える。
(2)目標達成に向けた環境配慮型行動の計画7)8)
1)水、エネルギー、土地、材料の節約と総合利用を強化し、開発区と大港石油化学工業区
の二つの生態工業園区を建設し、石油化学工業、自動車、冶金、電力・海水淡水化を含む四本
の循環経済産業チェーンを形成する9)。
2)環境の参入許可制度を実行する。
3)インプット・アウトプットにおける汚染が高くて、利潤の低い企業と製品を淘汰する。
2010 年の単位生産総額あたりのエネルギー消耗量を現在の 20 %以上引き下げ、新水使用量を
30 %低下させ、工業固体廃棄物総合利用率を 95 %とする 10)。
4)500 平方キロメートルの2ヶ所の大生態環境区を建設し保護する。
5)沿海、沿川、高速道路沿線の生態回廊を五本作り、若干のエコタウンを建設する。
5)http://www.bh.gov.cn/tzcj/index.htm を参照。
6)http://www.bh.gov.cn/jjfz/2006-05/23/content_7189742.htm を参照。
7)http://www.bh.gov.cn/jjfz/2007-06/22/content_10429108.htm を参照。
8)以下の資料を参照した。① http://www.bh.gov.cn/bhxw/2006-08/21/content_7832727.htm と②
http://www.bh.gov.cn/bhxw/2006-08/21/content_7832183.htm
9)http://www.bh.gov.cn/qyhz/2006-03/16/content_7077922.htm を参照。
10)http://www.bh.gov.cn/gkjj/2005-12/23/content_5886100.htm を参照。
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松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
6)環境保全に取り組み、災害の防止と減少を実現する。2010 年、新区の緑化被覆率を
40 %、都市部汚水の集中処理率を 90 %に増大し、海河主流下川の水質を4類基準に到達し、
海岸付近の海域富栄養化状況をコントロールする。
7)総合的管理によって、濱海新区の人口、資源、環境の調和の取れた発展を実現する。
3.問題点
現在の「新区」において、マクロ的立場で区内建設における高い水準の目標(前節参照)が
計画・検討されているが、筆者が以前に行った現地調査によれば、ミクロ的立場(企業)の具
体的管理ツールの健全性について検討する必要がある 11)。例えば、以下のような疑問が存在す
る。
1)一企業の範囲でのリデュース・リサイクルの達成に関する疑問。
① 既存の企業会計制度と原価管理基準に、資源(石炭・石油など)・エネルギー(電力・
水・ガスなど)・企業資金の無駄をもたらす負の産出を評価・管理できるルーツがあるかどう
か。
② 生産現場に隠れている無駄を発見・評価できるツールがあるかどうか。
③ 企業管理者の環境意識の養成と企業に環境配慮型意思決定の形成を達成させるツールが
あるかどうか。
2)複数企業の範囲での環境配慮型資源循環の達成に向けた疑問。
① グリーンサプライチェーンの必要性が認識されているが、各企業にそれを達成させる具
体的ツールがあるかどうか。
② 環境配慮型資源循環を維持する環境配慮型資源循環ネットワークの形成を達成させるツ
ールがあるかどうか。
③ 環境配慮型資源循環の達成に向けた、設備更新・新材料の調達・ノウハウの導入を維持
するエコファンド(金融政策・奨励政策)があるかどうか。
従って、健全な「新区」を建設するため、企業管理というミクロ立場で欧米企業の経験を学
ぶと同時に、日系企業が展開する自主的環境経営の経験について習得することが必要である。
<参考文献>
「濱海新区網」(主管・中国共産党天津市委員会開発区保税区工作委員会宣伝部)
http://www.bh.gov.cn/
同上、「経済発展」のトップページ http://www.bh.gov.cn/jjfz/index.htm
同上、「経済発展」の「循環経済」のページ http://www.bh.gov.cn/jjfz/xhjj.htm
同上、「経済発展」の「統計データ」のページ http://www.bh.gov.cn/jjfz/tjsj.htm
同上、「投資企業手続き案内」のページ http://www.bh.gov.cn/qybs/index.htm
11)楊軍(2006a)・楊軍(2006b)を参照。
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楊軍(2006a)「中国企業における MFCA 導入事例研究」立命館大学政策科学会『政策科学』13 巻2号、
pp.109-121
楊軍(2006b)「資源生産性の向上に向けた広域マスバランスシステム -複数の中国企業への適用実験を事
例として-」立命館大学政策科学会『政策科学』14 巻1号、pp.63-78
楊軍(2007)「資源生産性の最大化に向けたグローバルマスバランスシステム -日中企業間でのマテリアル
ロス削減事例を通じて-」立命館大学政策科学会『政策科学』14 巻2号、pp.199-215
Ⅱ 環渤海経済圏の構築における天津濱海新区の役割
1.環渤海経済圏構築の提起 環渤海経済圏は中国東部沿海地域の北部に位置し、狭義では、北に遼東半島(主に遼寧省)、
西に京津冀(北京市、天津市、河北省)、南に膠東半島(主に山東省)に囲まれている臨渤海
地帯である。広義では、さらに山西省、遼寧省、山東省全域および内モンゴルの中東部の5省
2市(遼寧省、河北省、山東省、山西省、内モンゴル、北京市、天津市)を含む地域を指して
いる。環渤海経済圏は 1980 年代に急速な発展を実現した珠江デルタ、1990 年代に急激に発展
していた長江デルタに並んで、中国経済成長の第3の極としてだけではなく、東北アジアの中
心地域として注目を浴びている。
2004 年は環渤海経済圏の構築にとって、転機到来の年であり、一連の動きによって、環渤海
経済圏の構築はようやく政府レベルまで到達してきた。
環渤海経済圏の構想が最初に提起された 1980 年代半ばから 2004 年まで、学界において多く
の論議は行われたが、政府レベルによる本格的な動きはなかった 。
2004 年、第 16 回党大会第3次会議の地域における協調的発展を強化する方針と「第 10 次5
ヶ年計画」における環渤海経済圏を発展させる中央政府の方針を受け、2月に国家発展改革委
員会主催の「京津冀地域経済発展戦略シンポジウム」(中国語:京津冀地区経済発展戦略研討
会)において「廊坊の共通認識」(中国語:「廊坊共識」)、5月にボアオ・アジアフォーラム
主催の「環渤海経済圏協力と発展ハイレベルフォーラム」(中国語:「環渤海経済圏合作与発
展高層論壇」)において「北京提案」(中国語:「北京倡議」)を成立させた。さらに、6月に
環渤海協力メカニズム会議(中国語:環渤海合作機制会議)が開かれ、環渤海協力枠組みを
「環渤海経済協力連合会議」と決定した(「関于環渤海区域経済合作発展状況」、人民網
http://www.people.com.cn/GB/jingji/8215/40525/40527/2985756.html)。
2.環渤海経済圏における「諸侯経済」
環渤海経済圏は東北アジア経済圏の中心部に位置し、ユーラシア・ランド・ブリッジの東部
起点である。地域内に 5,800km の海岸線をもち、60 あまりの港湾があり、そのうち取扱量が1
億トンを超える港湾は4つここに位置している。地理的な優位性があるにもかかわらず、これ
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松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
まで、珠江デルタ、長江デルタに比べて発展が遅れていた。その原因として、国有経済の比率
が高い、長年政治的中心であったが故に市場に対する意識が弱いなどが指摘され、とくに地域
内の経済協調性および牽引役の欠如が顕著にみられる。
① 港湾建設からみる「諸侯経済」
環渤海経済圏における港湾の多さ、取扱い能力の大きさはこの地域の競争優位であると同時
に、地域内の過剰競争を引き起こっている。
2001 年 11 月に天津港の取扱量は1億トンに達したことを皮切り、大連港、秦皇島港が続き、
2002 年 12 月に青島港の取扱量は 1.2 億トンに達し、とくにコンテナの取扱量は世界トップ 15 に
入っていた。現在、東北アジア国際運輸センターの地位を奪取するために、天津港、大連港と
青島港ではそれぞれ大規模な建設が行われている。
天津港: 2006 年では、陸地面積は 47 k㎡、貨物取扱量は 2.58 億トン、コンテナ取扱量は 595
万 TEU となっていた。2010 年までに、367 億元を投じ、陸地面積 100 k㎡の港湾に拡大し、完
成後の港湾は北彊エリア、南彊エリア、東彊エリアと海河エリアの4つに区画される。北彊エ
リアにはコンテナと日常雑貨、南彊エリアには石炭、鉱石と石油、海河エリアには 5,000 トン
以下の小型船作業区にし、新しく建設する 30 k㎡の東彊エリアには港湾作業区、物流加工区、
総合サービス区などが設置され、貨物取扱量3億トン、コンテナ取扱量 1,000 万 TEU の港湾に
する予定である。
大連港: 2006 年では、陸地面積 15 k㎡、貨物取扱量 1.45 億トン、コンテナ取扱量 321 万 TEU
となっていた。2010 年まで、350 億元を投じ、「一島三湾」(大孤山島、大窯湾、鮎魚湾、大連
湾)を中心に、貨物取扱量2億トン、コンテナ取扱量 750 万 TEU の港湾にする予定である。
青島港: 2006 年では、貨物取扱量は 2.24 億トン、コンテナ取扱量は 770 万 TEU となってい
た。2010 年まで、530 億元を投じ、貨物取扱量 2.6 億トン、コンテナ取扱量 1,200 万 TEU の港
湾 に す る 予 定 で あ る (「 青 島 港 帯 着 項 目 建 碼 頭 建 設 資 金 向 市 場 要 」 新 華 網
http://www.sd.xinhuanet.com/sdjtpd/2005-09/11/content_5102274.htm)。2007 年9月8日に建
設開始の前湾第4期プロジェクトは取扱い能力 640 万 TEU のコンテナバースの建設であり、
完成すれば 1,600 万 TEU のコンテナの取扱い能力を持つものとなる。
② 都市の発展からみる「諸侯経済」
環渤海経済圏は大きく3つのエリアに分けることができる。大連市が牽引する遼東半島、北
京市と天津市が牽引する京津冀地域および青島市が牽引する膠東半島である。
北京市は首都であり、政治的中心である。経済発展においてはハイテク産業および現代サー
ビス業を発展目標にするべきであるが、かつて首鋼や燕山石化など大規模な重工業企業の設置
により、瀋陽市に次ぐ重工業都市となっていた。
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立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
表1 2005 年環渤海経済圏主要都市の経済指標比較 (単位:元)
北京市
天津市
青島市
大連市
全国平均
1人当たり GDP
45,444
35,783
33,188
38,196
14,040
1人当たり可処分所得
17,653
12,639
12,920
11,994
10,493
34,191
25,271
20,022
21,878
18,364
(職員・労働者)年平均賃金
出所:『中国統計年鑑』、『山東統計年鑑』、『遼寧統計年鑑』各 2006 年度により作成した。
一方、天津市は建国以前から華北地域の工業と商業の中心であり、北京市の重工業の発展に
より、両都市は長年競争関係にあって、このことはまた天津市発展の制限要因となっていた。
表1からわかるように、天津市は青島市と大連市に比べて、1人当たり GDP、1人当たり可
処分所得および(職員・労働者)年平均賃金において、大きな優位をもっておらず、このまま
では環渤海経済圏の牽引役として、力不足と感じられる。
3.環渤海経済圏の牽引役としての天津濱海新区
環渤海経済圏発展の牽引役欠如の課題を解決するために、2006 年5月に、「天津濱海新区開
発開放の推進問題に関する国務院の意見」(中国語:「国務院関于推進天津濱海新区開発開放
有関問題的意見」、以下「意見」と略す)が公表され、この「意見」によって、天津濱海新区
は深
特区と上海浦東新区と並んで、国家レベルの開発区に指定された。
天津濱海新区は塘沽区、漢沽区、大港区の3つの行政区、天津経済技術開発区(TEDA :
Tianjin Economic-Technological Development Area、中国語:「泰達」)、天津港保税区、天
津港区および東麗区と津南区の一部によって構成され、面積は 2,270 k㎡である。
天津濱海新区を京津冀地域および環渤海経済圏発展の牽引役としての東北アジア国際運輸セ
ンターおよび国際物流センターへ構築するために、様々な優遇政策が出された。主に金融改革
と革新の奨励、土地管理制度改革の支持、天津港東彊エリアでの保税港区の設置、新区に進出
するハイテク企業に対する所得税の減免政策などである。
しかし、これまで形成した環渤海経済圏における「諸侯経済」を克服し、天津濱海新区を真
の牽引役にするために、他の都市との協力が要求される。
① 各港湾間の協力
環渤海経済圏における港湾設備の過剰競争を避けるために、各港湾に特有な優位性を利用し、
協力しあうことが指摘されている。大連港の背後地は主に東北三省であり、東北地域の玄関口
として、これからも期待されている。秦皇島港は石炭輸送の専門港湾として重要な地位を占め
ている。青島港は主に大口バラ積貨物、石油製品を取り扱っており、近年コンテナ輸送の発展
が著しく、90% の貨物は山東省に出入りの貨物である。天津港は世界トップ 20 に入っている
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松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
港湾であり、大口バラ積貨物およびコンテナ輸送において総合競争力をもち、背後地も東北地
域、西北地域および華北地域を含み広範囲であるが、東北アジア国際運輸センターを構築する
ために、近隣の黄華(馬 + 華)港、秦皇島港、京唐港との港湾ネットワーク構築が重要である
と指摘されている。
② 北京市との協力 北京市との競争を回避するために、京津冀地域の新たな空間配置として、「一軸三帯」との
発展構想が出された。「一軸」とは北京と天津を結ぶ「京津ベルト地帯」を指し、「三帯」とは
環渤海湾濱海地域の「新興発展帯」、廊坊市、河北省東部と中南部を含む「伝統発展帯」およ
び北京と天津を囲む燕山、太行山地域の「生態文化帯」を指している(呉良 [2007])。
さらに、天津市市長戴相龍氏の「北京寄り」戦略として、京津塘高速道路の交通渋滞を緩和
するために、第2京津高速道路建設の必要性、天津濱海国際空港と首都空港の協力関係を促進
するために、空港間の高速鉄道建設の重要性、天津港と北京朝陽門インランドデポとの直結が
提起されていた。
<主要参考文献>
[2007]「一軸三帯:京津冀区域空間新布局」
『中国経済報告』
(国務院発展研究中心)、2007 年第1期、
134-143 ページ
天津市濱海新区管理委員会〔2006〕「国務院関于推進天津濱海新区開発開放有関問題的意見」
「専題:環渤海経済圏発展」新華網 http://www.tj.xinhuanet.com/ztbd/bohai/
2007 年9月 30 日ダウンロードしたもの
「大連港集団 HP」http://www.portdalian.com/ 2007 年9月 30 日ダウンロードしたもの
「天津港(集団)有限公司 HP」」http://www.ptacn.com.cn/ 2007 年9月 30 日ダウンロードしたもの
「青島港 HP」http://www.qdport.com/ 2007 年9月 30 日ダウンロードしたもの
呉良
Ⅲ 天津濱海新区と外資系企業の発展可能性
1.天津市の経済発展と外資系企業の役割
中国の成長発展地域は、南部の「珠江デルタ地域」(広東省)から「長江デルタ地域」(上海
市、江蘇省、浙江省)、「環渤海地域」(北京市、天津市、河北省、遼寧省、山東省)へと北上
している。1980 年代から 90 年代にかけて、珠江デルタ地域は、低賃金労働力など低い生産コ
ストを活用した輸出加工型産業(縫製産業、電機・電子機器・部品産業など)を中心に成長を
遂げた。1990 年代以降に長江デルタ地域は、輸出加工型産業に加えて、経済成長に伴う中国国
内需要に向けの製造業、IT 産業などのハイテク産業が成長を牽引した。そして、2000 年代は、
環渤海地域が第三の成長地域として注目を集めている。この地域は、従来の労働集約型の輸出
加工型産業だけでなく、鉄鋼、重機などの重厚長大産業、首都北京を中心とした都市の消費需
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立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
要に応える消費財産業、北京中関村地区を中心とした大学・研究機関との産学連携を通じた
ICT(情報通信技術)、ソフトウェア、バイオテクノロジーなどの産業などが集積しており、
次世代の中国経済を担う新産業が創出される基盤が存在する。
環渤海地域において、いち早く外資系企業の導入を積極的に進め、同地域の経済発展を牽引
してきたのが、天津経済技術開発区 (TEDA: Tianjin Economic-Technological Development
「第十一次五ヶ年計画」では、
「天津濱海新区の開発・開放を推進すること」
Area) 12)であった。
と、濱海新区が国の全般的な発展戦略に組み入れられた。また、国務院は『天津濱海新区の開
発・開放の推進に関する問題についての国務院の意見』を発表するとともに、天津市委員会第
八期代表大会第八回会議でも、濱海新区の開発・開放についての計画が示された。これらは、
天津濱海新区が国家クラスの経済新区として本格的に動き出したことを示している。
そこで、まず天津市の経済状況についてみたい(図1)。2002 ∼ 2006 年の天津市の GDP
(国内総生産)を見ると、天津市の GDP と一人当たり GDP は年々増加しており、2006 年には
それぞれ 4,337.7 億元、40,961 元に達している。特に、2006 年の一人当たり GDP は、上海市の
57,310 元、北京市の 49,505 元に次いで全国第3位に位置する。また、天津市の GDP の成長は、
近年第二次産業の急速な伸びによって支えられており、2002 年に比べて約 2.5 倍に達している。
つまり、天津市の経済成長は、製造業の堅調な伸びによるものである。
45,000
5,000.0
40,961
4,500.0
4,000.0
35,234
31,550
3,500.0
2,500.0
35,000
1,732.9
1,504.1
25,874
25,000
22,380
1,269.4
2,000.0
1,500.0
0.0
20,000
1,084.9
15,000
965.3
2,485.8
2,050.3
1,000.0
500.0
30,000
(元)
(億元)
3,000.0
40,000
10,000
1,560.2
1,001.9
1,212.3
5,000
84.0
89.7
102.3
109.4
119.0
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
第一次産業
第二次産業
第三次産業
0
一人当たりGDP
図1 天津市の GDP(2002 ∼ 2006 年)
出所:「天津市国民経済和社会発展統計公報」、『中国統計摘要』2007 年版より作成。
12)天津経済技術開発区(TEDA)は渤海に臨み、渤海経済帯と京津冀都市圏の交合点に位置し、天津濱
海新区核心区の一つである。
120
松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
次に、天津濱海新区の中心となる天津経済技術開発区における域内総生産(GDP)の構成
をみると(表2)、2006 年の GDP は 780 億 5,585 万元(前年比 28.84% 増)であり、特に第二次
産業の 654 億 6,179 万元(全 GDP の 83.9%)が最多の割合を占めた。この傾向は、天津市全体
の GDP と同様の傾向であり、主として工業部門(648 億 5,859 万元)がそれを構成しているこ
とがわかる。
続けて、天津経済技術開発区における工業生産総額、工業製品の販売高、輸出総額に着目し
てみる(表3)。そうすると、2006 年の工業生産総額が 3,030 億 1,617 万元であったうち、外商
表2 天津経済技術開発区の域内総生産(GDP)の構成 (単位:万元)
指標
2005 年
2006 年
合計
6,420,489
7,805,585
28.84%
第二次産業
5,394,349
6,546,179
30.22%
5,345,029
6,485,859
30.30%
49,320
60,320
21.94%
1,026,140
1,259,406
21.58%
44,898
69,896
47.50%
卸売業と小売業
686,988
873,107
26.59%
ホテル・飲食業
47,848
34,578
-29.23%
167,835
195,988
15.07%
78,570
85,837
7.86%
工業
建築業
第三次産業
交通運輸、倉庫業と郵政業
不動産業
その他
伸び率
出所:『2006 年天津経済技術開発区発展報告』より抜粋。
表3 天津経済技術開発区の国民経済指標
指標
単位
2005 年
2006 年
1.域内総生産(GDP)*
万元
6,420,489
7,805,585
そのうち:第二次産業 *
万元
5,394,349
6,546,179
第三次産業 *
2.工業生産総額
万元
1,026,140
1,259,406
万元
24,009,348
30,301,617
そのうち:外商企業及び香港・マカオ・台湾系企業
万元
23,373,289
29,522,301
そのうち:ハイテク製品
万元
14,909,805
18,665,796
万元
24,465,526
30,744,021
万元
2,370,794
29,821,700
万元
1,397,066
1,714,478
万元
1,356,587
1,675,273
万元
1,413,349
1,806,866
3.工業製品の販売高
そのうち:外商企業及び香港・マカオ・台湾系企業
4.輸出総額
そのうち:外商企業及び香港・マカオ・台湾系企業
5.財政収入
注: * 印をつけた指標の絶対額は時価によって計算し、伸び率は不変価格によって計算している。
出所:『2006 年天津経済技術開発区発展報告』より抜粋。
立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
121
企業及び香港・マカオ・台湾系企業は 2,952 億 2,301 万元(全工業生産総額の 97.4%)にのほり、
天津経済技術開発区の域内総生産(GDP)を支える工業生産総額のほぼ全ては外資系企業よ
り産出されていることが明らかとなった。さらに、工業製品の販売高については全体が 3,030
億 1,617 万元だったのに対し、外商企業及び香港・マカオ・台湾系企業が 2,982 億 1,700 万元
(全工業製品販売高の 98.4%)、輸出総額については全体が 171 億 4,478 万元だったのに対し、外
商企業及び香港・マカオ・台湾系企業が 167 億 5,273 万元(全輸出総額の 97.7%)にのぼり、天
津経済技術開発区の工業・貿易での外資系企業の重要性がわかる。
2.天津経済技術開発区における対外貿易・直接投資と外資系企業の進出
天津経済技術開発区(TEDA)は、天津市の中心部から南東部約 45km に位置し、1984 年 12
月に中国国務院の認可により、中国最初の国家レベルの経済技術開発区 14 ヶ所の1つとして
開発が開始された。総計画面積は 78.1km2 であり、周辺には TEDA の他に西区、化学工業区、
逸仙科学工業園、微電子工業区という5つの工業区がある。天津経済技術開発区(TEDA)管
理委員会では、開発当初より「投資家は帝王であり、プロジェクトは生命ラインである」とい
う理念を打ち出し、進出企業の要請に応えて優れた投資環境(「中国最高水準、世界先進水準」)
を創り、高効率サービスを提供することに力を尽くしている。具体的には、良好な環境の保
全・整備、優れたインフラの整備、学術研究期間の充実による人材供給と産学連携の機会の提
供など様々な手厚い優遇策を設けている。このような取り組みをより有効に進めるため、関税、
税務、警察など国家事業を除く管理は、開発区と輸出加工区では天津市政府の出張機関である
「管理委員会」が、そして、化学工業区、逸仙科学工業園、微電子工業区の3新区については、
「泰達(TEDA)投資控股公司」が担っている。さらに、投資促進、科学技術の発展、インフラ
整備、都市管理、労働・社会保障、行政事務およびその他の分野の7大法規を公表している 13)。
このような政策が採られた結果、天津濱海新区には数多くの外資系企業が立地しており、対
外貿易と直接投資において重要な役割を果たすようになっている。そこで、天津経済開発区に
おける対外貿易と直接投資について、統計データをもとにその特徴を分析する。
まず、2006 年の対外貿易についてみる(表4)。輸出総額 171 億 4,478 万米ドルのうち、外商
企業及び香港・マカオ・台湾系企業が 167 億 5,273 万米ドル(輸出総額の 97.7%)にのぼるとと
もに、加工貿易が 159 億 8,531 万米ドル(輸出総額の 95.4%)にのぼった。さらに、輸出総額に
占める機電製品やハイテク製品の割合も高い。以上から、輸出において外資系企業の役割が重
要であり、その中でも機電製品やハイテク製品を中心とした加工貿易が大部分を占めることが
わかった。2006 年の主要工業製品の輸出状況をみると、第1位が携帯電話(77 億 557 万米ドル)、
第2位が集積回路(14 億 3,561 万米ドル)、第3位が携帯電話部品(12 億 7,953 万米ドル)とハ
13)野村総合研究所『中国第三の波 濱海新区と TEDA の衝撃』日経 BP、2006 年、57 ページ。
122
松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
表4 天津経済技術開発区における対外貿易 (単位:万米ドル)
指標
1.輸出総額
そのうち:外商企業及び香港・マカオ・台湾系企業
内資企業
2005 年
2006 年
1,397,066
1,714,478
伸び率
22.7
1,356,587
1,675,273
23.5
40,478
39,205
-3.2
そのうち:一般貿易
94,540
115,545
22.2
加工貿易
1,302,372
1,598,531
22.7
そのうち:電機製品
1,305,098
1,612,844
23.6
そのうち:ハイテク製品
1,128,116
1,377,729
22.1
1,146,751
1,462,004
27.5
1,083,635
1,379,885
27.3
2.輸入総額
そのうち:外商企業及び香港・マカオ・台湾系企業
内資企業
63,116
82,119
30.1
そのうち:一般貿易
431,004
520,618
20.8
加工貿易
652,456
585,234
31.5
そのうち:電機製品
930,921
1,307,226
29.7
そのうち:ハイテク製品
639,956
818,331
27.6
出所:『2006 年天津経済技術開発区発展報告』より抜粋。
イテク製品が上位を占めていた 14)。2006 年の主な輸出先は、第1位がアメリカ(48 億 1,674 万
米ドル)、第2位がドイツ(21 億 6,370 万米ドル)、第3位がシンガポール(20 億 2,634 万米ド
ル)、第4位が香港(13 億 2,320 万米ドル)、第5位が韓国(11 億 139 万米ドル)、第6位が日本
(10 億 9,303 万米ドル)となっている 15)。
輸入についても同様の傾向があり、輸入総額 146 億 2,004 万米ドルのうち、外商企業及び香
港・マカオ・台湾系企業が 137 億 9,885 万米ドル(輸出総額の 94.4%)を占め、その大部分が機
電製品(130 億 7,226 万米ドル、輸出総額の 94.7%)となっている。
以上のことから、天津経済開発区における対外貿易の特徴は、輸出入ともに外資系企業が主
導しており、機電製品やハイテク製品を中心とした製品の貿易が大部分を占めている。特に輸
出に関しては、加工貿易の形態を主として携帯電話や集積回路等のハイテク製品をアメリカ、
ドイツの欧米諸国やシンガポール、香港、韓国、日本などのアジア諸国に輸出している。つま
り、天津経済技術開発区は、外資系企業の電機製品やハイテク製品の加工基地となっている。
次に、天津経済技術開発区での直接投資の特徴について明らかにする。
天津経済技術開発区における外国企業、香港、マカオ、台湾企業の直接投資の推移(図2)
によると、天津経済技術開発区が中国国務院の認可を得た 1984 年からの6年間は、開発区に
立地した外資系企業の件数は少なく、かつ、企業規模も限られていた。しかし、1989 年4月に
14)「主要工業製品の輸出状況」、『2006 年天津経済技術開発区発展報告』30 ページ。
15)「主な輸出先(国・地域別)」、『2006 年天津経済技術開発区発展報告』30 ページ。
123
立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
350,000
1,000
900
300,000
800
700
600
200,000
500
150,000
(社)
(万米ドル)
250,000
400
300
100,000
200
50,000
100
0
0
1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 年
契約ベース
実行ベース
新規許可の企業数
図2 天津経済技術開発区における外国企業、香港、マカオ、台湾企業の直接投資の推移
出所:『2006 年天津経済技術開発区発展報告』より作成。
天津モトローラ電子実験有限公司に天津市対外経済貿易委員会が認可証書を発給した。1992 年
には国務院の許可により、国家発展計画委員会は米モトローラ社が開発区に独資のモトローラ
(天津)電子有限公司の設立を認可すると、同社の第一期投資額は 1.2 億米ドルに達した。また、
同年開発区最初の 12 社の企業が検収に合格し、国家ハイテク技術企業証書が発給されたり、
1993 年4月に台湾統一工業グループ設立の天津統一工業公司が開発区で開業したりした 16)。こ
れら有力企業の天津経済技術開発区への進出が呼び水となって、直接投資額および企業数は急
速に増加していった。ピークは、企業数が 1993 年の 909 社、契約ベース投資額では 2006 年の
32 億 5,081 万米ドルとなっており、その他の年もおおむね高い水準を維持している。1985 ∼
2006 年までの 22 年間の累積では延べで 4,299 社、投資総額は契約ベースで 2,61 億 3,448 万米ド
ル、実行ベースで 150 億 104 万米ドルにのぼる。
天津経済開発区における国別・地域別および産業別の投資総額(2006 年)によると、主な投
資国・地域はアメリカ(43 億 1,433 万米ドル)、香港(34 億 6,103 万米ドル)、英領バージン諸
島(12 億 6,451 万米ドル)、日本(11 億 4,451 万米ドル)となり、産業分野は電子(78 億4千万
米ドル)、機械(35 億 6,800 万米ドル)、食品(16 億 4,600 万米ドル)にわたっている(図3)。
さらに、天津経済技術開発区に進出している主要企業(表5)をみると、モトローラ、トヨタ
自動車、サムソングループなど、世界トップ企業が中核的な製造拠点としてこの開発区に進出
16)「TEDA20 年の歩み」、『天津経済技術開発区ホームページ』(http://jp.investteda.org/TTJ/tyt/ty/)。
124
松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
その他
440, 541
( 20. 7% )
韓国
175, 477
( 8. 2% )
香港
346, 103
( 16. 2% )
その他
61. 3
( 28. 8% )
国・地域別別海外投資総額
( 2006年、単位:億ドル)
アメリカ
431, 433
( 20. 2% )
産業別海外投資総額
( 2006年、単位:億ドル)
医薬
7. 1
( 3. 3% )
ケイマン諸島
193, 506
( 9. 1% )
日本
264, 822
( 12. 4% )
電子
78. 4
( 36. 8% )
英領バージン諸島
281, 315
( 13. 2% )
化学工業
14. 3
( 6. 7% )
食品
16. 5
( 7. 7% )
機械
35. 7
(16. 7% )
図3 天津経済開発区における海外直接投資(国別・地域別および産業別、2006 年)
出所:『2006 年天津経済技術開発区発展報告』より作成。
表5 天津経済技術開発区に進出している主要企業
アジア
国
主な進出企業
日本
ヤマハ、関西ペイント、矢崎総業、JFE、丸紅、伊藤忠、スタンレー電気、富士通テン、
松下電子部品、アルプス電気、住友電装、豊田通商、デンソー、ダイエー、トヨタ自動車、
ホンダ、田辺製薬、ローム、大塚製薬、東海理化、アイシン精機、三洋電機
韓国
三星グループ、現代グループ、LG
タイ
CP グループ、チアダイ
シンガポール
環美グループ、WCL Electronic
アメリカ
モトローラ、コカコーラ、AT&A、ATS コンピュータ、アメリカン・スタンダード、ペプ
シコーラ、ルーセント・テクノロジー、エマソン電機、ジョンディール、ハネウェル
欧州
スイス
ネスカフェ
デンマーク
ノボ・ノルディスク、ノルスノイズ
フィンランド
サンタサロ
イギリス
BBA
フランス
ALCALTEL、ラファージュ、シュネデール、ローヌ・プーランク、ボングレン・グループ
ドイツ
SEW、WELLA
(出所)野村総合研究所『中国第三の波 濱海新区と TEDA の衝撃』野村総合研究所、2006 年、73 ページ。
していることが分かる。近年では、企業、大学を中心に、研究開発機能の強化が進められてお
り、ものづくりを機軸に「ハイテク産業基地」を形成してきたことが、堅調な成長を遂げてき
たことが天津経済技術開発区の特徴となって、53 ヶ所設置されている国家レベルの経済技術開
立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
125
発区の中でトップの位置づけを得ている。現在、「総合改革試験区」としての位置づけを与え
られたことにより、他の地域にはない様々な優遇制度を享受できる環境が整うことで、今後と
も天津経済技術開発区に世界的企業が進出する一因となっていくだろう。
3.天津濱海新区の発展方向
中国国務院は「天津濱海新区の開発・開放の推進についての国務院の意見」17)の中で、天津
濱海新区の開発・開放を推進することは、「京津冀(北京、天津、河北省)及び環渤海地域の
国際競争力の向上」、「国の地域協調的な発展戦略の実施」、「新たな歴史段階における新たな区
域発展モデルの模索」に重要な意義を持っていると指摘している。また、その推進においては、
「科学的発展観で経済社会発展の全局を指導する科学的発展」、「新区の特色のある発展を強調
し、比較的優位の充分な発揮」、「改革開放の推進及びこれの開発建設への促進」、「科学技術の
革新と自主的創造の堅持、革新能力の建設の強化」、「サービス機能の整備、区域経済発展の促
進、牽引」、
「土地使用の集約と節約、土地が経済建設に与える指導とコントロール作用の発揮」、
「持続可能な発展の堅持と、環境に優しい資源節約型の新区を建設」、
「『人間本位』方針の堅持、
調和的社会の建設と全面的発展の推進」が掲げられた。
これを受けて、天津市は「天津市国民経済と社会発展に関する第十一次五ヵ年計画綱要報告」18)
で「国家発展戦略を実現し、濱海新区の開発開放を加速する」と題して、「濱海新区建設を開
放度が高く、社会に調和し、環境に優しい現代化経済新区とすることで、環渤海地域経済振興
に寄与する。また、濱海新区建設を総合改革試験区とすることで、改革開放を拡大させ、経験
を積み、モデルを提供する」ことを掲げている。そして、具体的計画として、「現代製造・研
究開発の応用基地を建設して、新区の産業レベルや研究開発能力を世界先進水準にする」、「北
方国際航空センターや国際物流センターを整備し、新区の国際中継機能を世界先進水準にす
る」、「住みやすいエコタウンを建設し、新区の資源節約や環境保護を世界先進水準にする」、
「各改革を着実に進め、新区を国家総合改革試験区とする」、「周辺の省・市との交流・協力を
強化し、『サービス・ブランド』を打ち立てる」ことを目標に掲げた。
さらに、今後5年間で、ハイテク技術産業発展を機軸として、塘沽、漢沽、大港の3つの環
境都市と7つの機能区(「先進製造業産業区」、「高新技術産業区」、「濱海化工区」、「濱海中心
業務商業区」、「海港物流区」、「臨海産業区」「濱海レジャー旅行区」)を集中的に発展させる計
画となっている。その上で、臨海産業区の建設を検討し、インフラ整備の建設や濱海新区の開
発・建設に重点を置く予定である。
17)『国 院 于推 天津 海新区
放有
的意 (天津濱海新区の開発・開放の推進について
の国務院の意見)』天津市濱海新区管理委員会、2006 年、7-12 ページ。
18)「 于天津市国民
和社会 展第十一个五年
要的 告」(http://www.tj.gov.cn/zwgk/gsgg/
szfgg/200709/t20070907_6128.htm)、2008 年 1 月 22 日アクセス。
126
松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
4.天津濱海新区の産業振興方針と外資系企業の成長分野
天津濱海新区では、発展計画に実行において自らの競争優位性を活かし、産業の高付加価値
化を促進するような「知識創造産業」の集積を図る産業振興方針を立てている 19)。この方針に
基づき、①「ものづくり」に基軸を置いたボトムアップ型プロセス 20)と②濱海新区開発と連
動させたトップダウン型のプロセス 21)を並行して推進することで、関連する機能や産業を集
積させることとなる(図4)。
図4 天津濱海新区の産業を牽引する「知識創造産業」群
高付加価値型
サポーティング・
高度部材産業(化学産業、部品産業)
工作機械・産業機械産業
インダストリー
ソフトウェア産業
医療関連産業
新規市場創造産業
エネルギー関連産業
環境関連産業
現代サービス産業
ものづくり産業との関係性が深い
ビジネス支援サービス産業
出所:天津経済技術開発区日本事務所・株式会社野村総合研究所「TEDA への進出がもたらす新たなビジ
ネスチャンス」(http://jp.investteda.org/TTJ/yscy/dsccyver3.ppt)より抜粋。
このような天津濱海新区の発展計画の進展を受けて、これまで当地域の経済発展を支えた外
資系企業は、従来の機電製品やハイテク製品の加工基地としての立地から、環渤海経済振興や
濱海新区の発展計画を見据えながら産業の高付加価値化を促進するような「知識創造産業」の
展開へとその成長分野を転換させる必要があるだろう。
また、近年の製造コストの上昇も、外資企業が行っていた電気製品やハイテク製品の加工貿
19)野村総合研究所『中国第三の波 濱海新区と TEDA の衝撃』日経 BP、2006 年、139-145 ページ。
20)過去 20 年間の蓄積をもとに、既存の立地製造業の「ものづくり」の高付加価値化への取り組みを活用
し、そのために必要とされる機能を着実に整備するとともに、既存立地産業から派生する新しい動き
を着実に受け止めるプロセス。
21)国家プロジェクトとして位置づけを得た「濱海新区開発」の流れに連動して、従来からの持続的な発
展だけでは短期間に集積することが困難な高次の業務機能を、トップダウン型で計画的に整備するプ
ロセス。
立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
127
易というモデルに転換を迫っている。例えば、職員労働者賃金は、2004 年が 21,754 元だったの
が、2005 年は 25,271 元(前年比 16.2% 増)
、2006 年は 28,682 元(前年比 13.5% 増、うち外資系企
業平均賃金は、26,773 元)と、毎年 10% 以上の上昇を続けている 22)。また、中国国内の経済成
長や原油高などの要因で原材料コストも上昇しており、従来型の加工貿易モデルを続けること
が困難な環境になってきている。
その一方で、外資系企業にとってもチャンスがある。環渤海経済圏の北京、天津、大連、青
島、石家荘などの都市では、一人当たり所得が伸びており、2006 年の都市部可処分所得 23)は
それぞれ 19,978 元、14,283 元、13,350 元、15,328 元、11,495 元に達した。環渤海経済圏は、天
津濱海新区での製品を消費する地域としても発展しており、外資系企業にとって市場としての
中国を見据えた戦略の転換も必要であろう。
また、天津濱海新区では電子通信、機械製造、食品、飲料、生物医薬などの基幹産業が初歩
的に確立され、今後、現有産業の持続的発展を確保すると同時に、生物医薬産業や新資材、新
エネルギーなど業種の発展に力を入れ、そのためにイノベーションを強化するための科学技術
の革新、研究開発を強化がなされる。天津濱海新区は、大学や科学研究機構とも連携しながら
技術人材を養成したり、多国籍企業の研究開発センターに一連の優遇政策を制定したりするこ
とで、外資系企業が加工、生産などの業務に取り扱うだけでなく、先進的技術の研究と開発を
行うことを奨励している。そのことにより、科学技術の革新能力を向上させ、産業のグレート
アップを促進することになろう。加えて、今後 20 年間に、生物医薬産業を主導的産業として
発展させ、科学技術の革新の重点も、生物医薬産業の開発に置かれる 24)。
このように、天津濱海新区では、開発区内にある外資系製造企業の優位性を生かしながら、
研究開発と生産とを相互に促進させ、研究開発センターを一層発展させると共に、資金面で研
究センターや実験室の整備を支援し、研究と開発施設が先進国のレベルに達することを目指し
ていく。さらに、物流基地としての港湾、高速道路、鉄道の整備、環境産業の育成やエコロジ
ーを重視した都市づくりにも力を入れる予定である。
以上のことから、環渤海経済圏の振興と天津濱海新区の開発において、外資系企業は新たな
成長分野での戦略構築を必要としているといえよう。
<参考文献>
野村総合研究所『中国第三の波 濱海新区と TEDA の衝撃』日経 BP、2006 年。
『2006 年天津経済技術開発区発展報告』天津経済技術開発区発展計画局、2007 年。
『国 院 于推 天津
新区
放有
的意 (天津濱海新区の開発・開放の推進についての国
22)「天津市国民経済和社会発展統計公報」、『中国統計摘要』2007 年版。
23)各市の統計公報および各市統計局資料。
24)天津経済技術開発区投資促進センター・アジア部項目担当・李 氏への聞き取り調査による(2007 年
8月 27 日)。
128
松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
務院の意見)』天津市濱海新区管理委員会、2006 年。
于天津市国民
和社会 展第十一个五年
要的 告」」(http://www.tj.gov.cn/zwgk/gsgg/szfgg/
200709/t20070907_6128.htm)、2008 年1月 22 日アクセス。
天津経済技術開発区日本事務所・株式会社野村総合研究所「TEDA への進出がもたらす新たなビジネスチ
ャンス」(http://jp.investteda.org/TTJ/yscy/dsccyver3.ppt)、2008 年1月 22 日アクセス。
『天津経済技術開発区ホームページ』(http://jp.investteda.org/TTJ/tyt/ty/)、2008 年1月 22 日アクセス。
「
Ⅳ 濱海新区と IT 産業
1.環渤海経済開発計画および濱海新区開発計画における IT 産業
濱海新区の開発計画は「一軸、一帯、三市区、8機能区」という構図にしたがって行われて
いる。そのうち「一軸」は京津塘高速道路沿線および海川下流域に建設される「ハイテク技術
産業発展軸」である。ハイテクは、IT、医薬、石油化学、冶金、新エネルギー・新材料など多
岐にわたるが、IT は以下に紹介するようにすでに大きな実績のある存在である。
また、濱海新区は単に天津の発展のみならず、北京を含めた華北、西北、東北の発展の核
と位置づけられている。天津と北京を結ぶラインは、環渤海経済圏発展計画の「一軸三帯」の
「一軸」である「京津発展軸」をも形成している(呉良
[2007])。したがって、天津の IT 産業
は中関村などをかかえる北京の IT 産業とも密接な関連を持ちつつ、濱海新区の「ハイテク技
術産業発展軸」と環渤海経済圏の「京津発展軸」を担う存在であるといえる。
2.天津濱海新区の IT 企業
天津は天津技術開発区(TEDA)を中心に、比較的早い時期から IT 企業が集積している。
モトローラ(フリースケール)
、三星電子はその代表である。
(1)モトローラ(フリースケール)
モトローラは 1987 年に中国に進出し、貿易を主としたビジネスを展開していたが、1992 年
天津にモトローラ(中国)電子有限公司を独資で設立し、ページャ(ポケベル)、携帯電話端
末、無線通信設備、半導体、自動車電子等を生産するようになった。製品は中国及び世界に販
売された。現在では従業員は 10000 名に達する。1990 年代半ばよりモトローラは中国の位置づ
けを変更し、単なる加工生産基地にとどまらず、その他の生産要素にも注力し始めた。1995 年
以降、20 の研究センターを設立し、うち、1999 年に北京に設立されたモトローラ中国研究院
は2億ドルの投資によって、18 の研究センターと 1000 人の人員を有する研究拠点となった。
また、東北アジアの地域本部も香港から北京に移されている。かくして、モトローラは天津を
世界の生産拠点、北京を世界の研究開発拠点とするに至っている(拓撲産業研究所[2007])。
モトローラ(中国)電子有限公司は設立以来の 15 年間で、累積販売額 581.78 億ドル、輸出累
計額 417.09 億ドル、中国での調達累計額 246.85 億ドルである。モトローラの中国事業が全世界
立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
129
事業に占める比率は 24 %に達し、携帯電話端末の生産量は全世界のモトローラの 34 %を占め
。
る(
「天津是摩托羅拉的家」http://www.bh.gov.cn/bhxw/2007-09/05/content_11061504.htm)
半導体については、1992 年にモトローラは独資で、天津に 2.8 億ドルを投じ、モトローラ天
津半導体公司を設立、パッケージングおよびテスト工場を建設した。2004 年2月に、モトロー
ラ本体が半導体部門を切り離し、独立の上場企業であるフリースケール社としたことから、モ
トローラ半導体公司はその傘下となり、社名もフリースケール天津半導体公司と改名された。
2003 年末時点で、フリースケール半導体公司の従業員は 1605 人、うち、技術者が 642 人、2003
年の売上高 79.9 億元で、主要には、通信用 IC、マイクロプロセッサ(MPU)、マイコン
(MCU)などのパッケージングを行っている(資訊工業策進会資訊市場情報中心 (MIC)
[2006])。
(2)三星電子
1992 年、三星電子は広東省恵州に恵州三星電子有限公司を設立し、中国への進出を果たした。
その後、生産子会社 14 社、販売子会社8社、研究機構4箇所を設立し、従業員は 2.3 万人、総
売上高 176 億元(うち輸出 78 億ドル)に達している。三星電子の中国における生産品目は、半
導体、携帯電話、ディスプレイ、ノート型パソコン、テレビ、冷蔵庫、エアコン、デジタルカ
メラ、その他である。生産子会社のうち主要なものは、天津三星通信技術有限公司、上海貝爾
三星移動通信有限公司、三星(海南)光通信技術有限公司、杭州三星東信網路技術有限公司、
深
三星科健移動通信技術有限公司であるが、天津と深
を二大拠点としている。2006 年1月
天津三星通信技術有限公司は 2900 万ドルから 1.97 億ドルに一挙に投資総額を拡大し、GSM 携
帯電話端末の年間生産能力も 2400 万台から 4170 万台にまで引き上げられた。これにより天津
は三星電子の海外最大の携帯電話の生産及び研究開発基地となっている。
3.天津の臨空港型保税加工区と IT 企業 天津濱海新区には保税区が設けられている。天津保税区は 1991 年5月に国家の認可を受け
て設立されたもので、中国の北方最大で、華北、西北地区唯一の保税区である。保税区は設立
以来 15 年間北方地区および環渤海経済圏の国際物流の中心として発展し、全国の保税区の中
でも保税額は上位に有る。2005 年末まで、累計の地域総生産額は 566 億元、輸出入貨物総価額
764 億米ドル、外資導入契約額 105 億米ドル、実行額約 50 億米ドル、5700 社以上の中国内外の
企業が立地し、世界上位 500 社のうちでは 57 社が存在している。アメリカのメリルリンチ、カ
ナダのマグナ(Magna)、オランダのフィリップス、スイスのプレステージ、日本の川崎三興
化成、豊田通商、シンガポールの葉水福集団、香港のケリーグループ、および国内の東方海外、
中集集団、九三集団、金威ビールなど国内外の著名企業が現地会社を設立している。食用油、
ケチャップでは屋内最大の加工輸出基地となっているほか、電子情報、生物製薬、機械・自動
130
松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
車部品、金属製品、ハイテク繊維、食品等の産業が中心となっている。
天津の濱海新区に設けられた保税区の一つの特徴として、臨港型だけでなく、臨空港型の保
税加工区が設けられていることが挙げられる。これは中国初の臨空港型の保税区である。旧来
からの天津空港を天津濱海空港と名称変更をするとともに空港に隣接する形で、「天津港保税
区空港物流加工区」が設置された。天津市内より3 km、天津港より 30km、北京中心部から
は 110km の距離にあり、鉄道、高速道路等によって、天津、北京の中心部ともつながれてい
る。同区はハイテク製造業及び国際物流業が主に誘致する計画であり、保税貯蔵区、ハイテク
工業区、商務サービス区と住宅区を分けられている。また、産業配置計画に基いて、 IT 産業
団地、生命科学工業団地、自動車部品工業団地、新素材工業団地、ハイテク創業団地等が設置
される予定である。
2007 年6月 19 日に北京軟通動力信息技術有限公司が「天津港保税区空港物流加工区」でソ
フトウエアサービスアウトソーシング基地の開設式典を開催した。式典には天津市共産党常務
委員・天津市濱海新区工業委員会書記・天津市加快濱海新区開発開放領導小組副組長の苟利
軍、北京軟通動力信息技術有限公司 CEO 劉天文その他天津市関係部門の責任者が出席した。
北京軟通動力信息技術有限公司は 2001 年に設立されたソフトウエアアウトソーシングの大手
企業である。登録資本金 3000 万元(1億元への増資を予定)、従業員 3000 人、北京以外に、上
海、広州等に支社を置くとともに、アメリカ、韓国、日本等に海外拠点を置いている。ソフト
ウエア企業の技術レベルの認定としては最高の CMMI5 認証を得ている。顧客にはマイクロソ
フト、IBM、SK、モトローラ等があり、2005、2006 年度ともに、中国のソフトウエアアウト
ソーシングの上位 20 社に入っている。同社は天津での開業以降、ソフトウエアアウトソーシ
ング、ソフトウエア人材育成、ソフトウエア人材派遣人材、研究開発等のアウトソーシングの
産業チェーンの形成を行う予定である。同社が同保税区に進出した大きな理由として考えられ
るのが、顧客であるエアバス社の天津進出である。
2007 年5月 15 日、天津市濱海新区でエアバス社 A320 の組み立て工場の起工式が行われた。
国務委員・唐家
、エアバス社社長(COO)ローレンス・バロン、(出資者でもある)中国航
空工業第一集団公司副総経理・胡問鳴、中国航空工業第二集団公司副総経理・梁振河の各氏ら
が参列した。組み立て工場、事務棟、デリバリーセンターその他の主要部分の完成は 2007 年
8月で、2008 年8月には操業を開始し、2009 年前半には第1号機を完成し、11 年からは年間
44 機のペースで生産する予定である。同工場は、エアバス社が欧州以外で初めて設立する完成
機組み立て工場であり、投資総額は約 80 億ドル。出資率はエアバス社が 51 %、中国側は天津
保税区、中国航空工業第一集団公司、同第二集団公司などが計 49 %を出資する。A320 はボー
イング 737 への対抗を念頭に開発された 150 席クラスの近・中距離旅客機で、貨物搭載性能も
優れている。すでに中国で 10 社が 270 機を機材として利用しており、さらに 370 機も受注済み
である。天津で生産された航空機はすべて中国の国内航空会社に引き渡される見込みである。
立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
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A320 は、日本では全日空グループ、米国ではノースウエスト航空などが運航している。
エアバス社中国法人のフィリップ・リン首席代表は、航空機の組立が生み出す利益は、航空
機生産の利益全体の4∼5%に過ぎず、天津市の新工場プロジェクトが利益を上げるのは難し
いとする意見に対して「プロジェクトは初めは利益が上がらないだろうが、最終的には黒字に
なる」との意見を表明している(「人民網日本語版」2007 年5月 16 日)。
エアバスの進出にともなって航空関連企業が次々と進出計画を決めており、エアバスの天津
進出は航空関連の IT 企業の進出を促すことは間違いない。
<主要参考文献>
天津港保税区天津空港物流加工区管理委員会[2006]「2005 年天津港保税区天津空港物流加工区国民経済与
社会発展統計公報」
http://www2.tjftz.gov.cn/system/2006/10/04/010000745.shtml
拓撲産業研究所[2007]『大躍昇、大爆発下的中国通訊市場版図』同所
呉良 [2007]「一軸三帯:京津冀区域空間新布局」『中国経済報告』(国務院発展研究中心)、2007 年第1期
資訊工業策進会資訊市場情報中心(MIC)[2006]『中国大陸半導体産業聚落発展既大廠策略分析』経済部
技術処発行
「天津濱海新区 HP」http://www.bh.gov.cn/
Ⅴ 天津・東疆保税港区の運営開始とその意義
1.天津東疆保税港区の設立経緯と運営開始
国務院は、2006 年5月に天津浜海新区の開発開放に関する意見を公表し、この新区を中国の
総合改革試験区域に指定した。この意見において天津濱海新区を中国北方の国際的輸送拠点と
国際物流拠点として構築する政策が示され、「天津東疆保税港区」の設立はその重要な機能区
の一環に位置づけられた。ついで国務院は 2006 年8月に天津東疆保税港区の建設着工を正式
に批准、認可した。
天津東疆保税港区は、天津港東北部の埋立地、天津濱海新区に位置し、国際貿易港の重要な
機能を期待されている。その計画面積は 10 平方キロメートルであり、中国最大の保税港区に
なる予定である。天津東疆保税港区の一期工事は総額約 66 億元を投入し、2007 年 12 月6日に
竣工した。10 万トン級のコンテナ・ターミナルが6つあり、取扱貨物量は 400 万 TEU である。
税関総署をはじめとする 10 の部門からなる国務院共同検収チームは、天津東疆保税港区の第
一期工事4平方キロ、天津輸出加工 B 区 0.4 キロにある施設、設備を審査し、運営開始を認可
した。これを受けて 2007 年 12 月 11 日から、天津東疆保税港区の業務が始まった。工事は継続
して施行され、2010 年に 10 平方キロの東疆保税港区全体の建設が完成する見込みである。保
税港区は輸入貨物の加工など、総合的機能を持つ規模の大きい保税区であり、その活用は、天
津港を国際的ハブ港湾へと成長させる重要な条件になると見られる。
132
松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
天津東疆保税港区は、大連大窯湾保税港区と同様に、二番目に設立され、その業務の開始は
上海洋山保税港区、大連大窯湾保税港区に続くものである。すでに稼動していた保税物流園区
は保税港区に吸収されることになった。
2.中国における保税港区の概念、行政管理体制と天津東疆保税港区の機能
保税港区とは、中国国務院の批准と認可を得て設立され、指定された港湾区域において、港
湾作業、流通、加工を一体化し、税関という特別監察・管理機能を有する区域を指す。保税港
区は、先進国の税関監視・管理の経験を借りて、設立された特別区域である。保税港区は、港
湾と陸地を一体化させ、高水準の保税流通機能を持ち、高水準の優遇措置を受け、完備された
機能を持つ区域である。保税港区にある企業は、保税区、輸出加工区、保税流通園区にあるす
べての優遇政策、すなわち、包括的優遇政策を受けることができる。保税区管理委員会は保税
港区の行政的管理機構であり、税関、検査検疫などの関連部門とともに、保税港区に対し監
察・管理する。
天津東疆保税港区は、上海洋山保税港区、大連大窯湾保税港区と同様に、港湾、国際乗換、
国際輸送、国際仕入、中継貿易(再輸出入貿易)、加工輸出、展示という7つの業務を包括的
に認められている。このことは保税区、加工輸出区、保税物流園区にあるすべての機能が備わ
っていることを示す。具体的な機能は次の諸点である。
①港湾業務:保税港区内の港湾施設で港湾作業を行い、保税港区に入った輸出貨物に税関か
ら申告証明書を発行し、税収還付を実施する。
②国際乗換業務:保税港区に入った外国及び国内の貨物は、同一目的港ごとに再分割し国内
外の港に輸送できる。
③国際配送業務:保税港区に入った輸入貨物に関して、貨物量の細分化、簡単な加工を経て
国内外の目的地に配送できる。
④国際仕入業務:保税港区内に入る国内外の仕入貨物は、総合的な処理や簡単な加工を行っ
た後、海外に輸出販売できる。
⑤国際中継貿易:再輸出入貿易を認め、輸入貨物は保税港区内で加工されない貨物について
も海外に輸出できる。
⑥加工輸出業務:保税港区内で加工貿易をできる。輸入された原材料、部品などは港区に入
るとき、保税される。保税貨物と保税港区内の国内から仕入れられた貨物は加工、組み立
てを経て輸出できる。国内市場に向けの貨物は、実情に応じて課税し、税関に対して輸入
手続きを行う。
⑦商品・貨物の展示業務:保税港区内で国際見本市などの展示会を開催することができる。
立命館国際地域研究 第 27 号 2008 年 3月
133
3.天津東疆保税港区の優遇政策
関税や付加価値税の保税を認める特別区域には3つの類型がある。第1に、1991 年から経済
技術開発区に設置された保税区(2007 年現在、全国に 15 区)である。保税区内は国外とみな
され、関税や付加価値税が課税されないまま、外国貨物の荷揚げ、保管、原材料加工が可能で
ある。第2は 2000 年から経済技術開発区に設置を認められた輸出加工区(同 56 カ所)である。
これは加工貿易の拡大を意図したものであり、区内で生産される製品は付加価値税を課税され
ず、また区内に輸入される貨物は関税と付加価値税を課税されない。第3は 2006 年から重要
特定港区内に設置することを認められた保税物流園区である。ここに国内、外国の物流企業を
誘致し、現代的物流を専門的に発展させることを目的とする。区内では税関手続きを終えてい
ない輸出入貨物の保管が可能である。外国貨物を園区内に搬入するとき、関税と輸入にかかる
付加価値税は課税されず、また国内貨物を園区内に搬入するとき、輸出とみなして付加価値税
の輸出還付が適用される。
天津東疆保税港区は、保税区、加工輸出区、保税物流園区にあるすべての機能を持ち、輸出
手続きは保税港区を通過すると、迅速、簡易に完了できる。保税港区での居住は認められない
が、保税中枢港および自由貿易区での運営方法やルールの導入によって、人と貨物の移動に関
する規範が明確であり、貿易の自由度と開放度がきわめて高い。ここでは自由港および自由貿
易区の運営方式とルールに準拠し、国際中継貿易、国際配送、輸出加工を急速に拡大するため
の条件が整備されている。天津東疆保税港区は、国務院の公布した『天津東疆保税港区の設立
に関する決定』にもとづいて、このように広範な総合的機能を持ち、対外開放の模範区域とし
て、上海の洋山保税港区と同様、通関、外貨管理、物流、加工貿易など、さまざまな分野にお
ける規制緩和や開放措置を先行的または試験的に実施することになる。その主要な優遇政策は、
下記の通りである。
第1に、国外の貨物が港区に入り、保税される。貨物が港区より国内販売するとき、輸入関
係の規定により通関手続きをして、課税される。第2に、国内の貨物が港区に入ったら輸出と
みなされ、輸出税還付が行われる。第3に、保税港区にある企業間で行った貨物の取引に対し
付加価値税と個別消費税を課税されない。第4に、浜海新区開発・開放を推進し、区域のサー
ビス機能を強化し、現代的―ビス業を発展させるため、金融業、物流業、仲介サービス業に対
し財政金融優遇政策を適応できる。
4.天津東疆保税港区の意義と課題
天津東疆保税港区の経済効果が及ぶ範囲は、東北地区を除いた北方地域、すなわち天津、北
京両市、河北、河南、山東各省の2直轄市・3省、人口規模約2億 8,060 万人(2005 年末)で
あると想定されている。参考までに、大連大窯湾保税港区はこの範囲を東北地区、すなわち、
東北三省と内モンゴル東部とし、その人口規模はおよそ 1.2 億人と想定している。
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松野・楊・楊・守・中川・曹:中国の新発展戦略と東北アジア地域協力の可能性
東疆保税港区のこれらの業務は次第に拡大、充実すると見られるが、このことは天津及び広
い周辺地域に対して次のような意義を持つといえる。第1に、天津は中国の重要な港湾の1つ
であり、天津東疆保税港区の建設は国際貿易の拡大を通じて天津、北京、河北省をはじめ、北
方地域の経済発展につながる。第2に、保税港区の整備を天津および北方地域における対外開
放の促進、外国企業との経済交流の強化、現代的物流業の形成につなげるとともに、天津港を
国際的ハブ港湾とするための重要な部分として位置づける。第3に、保税港区の建設は浜海新
区の開発・開放を推進するテコとなり、中国の地域発展戦略の有効性を示す重要な事例となる。
第4に、天津濱海新区は最終的に自由貿易港区にすることをめざしているが、東疆保税港区は
その際に重要な機能を担う。
保税港区が国際的な物流拠点の地位を得るために、国内物流企業の発展とともに、世界的な
有力物流企業を誘致する必要がある。天津東疆保税港区には、倉庫や交通通信ネットワークな
ど、インフラ整備が急速に進んでいることは確実であるので、今後、国際物流企業が進出する
と見られる。したがって保税港区に進出した国際企業が円滑に業務を行い、さらに業務を拡大
していくために、行政の透明性を高め、サービスの迅速化、改善に努めることが、いっそう求
められるといえる。
<参考文献>
国務院『天津濱海新区の開発・開放の推進に関する若干の決定』2006 年5月
「東疆保税港区一期工事の国務院の検収認可」『人民日報』2007 年 12 月7日、第1面
「東疆保税港区の運営開始」『天津日報』2007 年 12 月 11 日
「12 項目の優遇政策を享受する東疆保税港区:先行的試験先突破口」『天津日報』2007 年 12 月 10 日
松野周治・曹瑞林・小島宏「大連における東北アジア国際物流シンポジウムと経済調査について」『立命
館国際地域研究』第 23 号、31~47 頁、立命館大学国際地域研究所、2005 年3月
大連保税区外資誘致局『投資ガイド 大連保税区(大連大窯湾保税港区)』2007 年3月
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