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アスペルガー障害があり不登校になった児童に対する メンタルフレンド
発達障害支援システム学研究第 8 巻第 1・2 号合併号 2009 年 原 著 Japanese Journal on Support System for Developmental Disabilities アスペルガー障害があり不登校になった児童に対する メンタルフレンド活動の実践 栗田 明子 早稲田大学大学院教育学研究科 要 旨:本論文は,アスペルガー障害で不登校になった児童に対する,メンタルフレン ドによる支援計画及び実践の過程を検討した.対象児童は,同級生からのいじめが原因で 中学入学直後から不登校となり,家族関係も悪化していたが,これらは障害に起因した言 動や感情の不安定さが誘因の 1 つとして考えられた.そのため認知行動療法的な支援プロ グラムを作成し,A 子が興味を持っている遊びや会話の中で行うことで,楽しんで取り組 めるよう工夫した.またメンタルフレンドとしての基本的な態度として,慈しみ,ほめる 等の適切な言葉がけをしながら関わり続けたことが,A 子の感情の安定につながり,やが て,大人・女性役割モデルとして,筆者の言動を取り入れるようにもなった.これらの支 援の報告と共に,家族関係の調整,学校関係者との連携や専門家によるスーパーバイズな ど,アスペルガー障害で不登校になった児童に対する支援システムの有効性と問題点を考 察することとした. Key Words: アスペルガー障害,不登校,メンタルフレンド,訪問支援 ● Ⅰ.はじめに 高機能広汎性発達障害や学習障害など,様々 な発達障害を背景に持ち不登校・ひきこもりに なる児童・青年に対する研究が増加している (伊澤;20025),近藤ら;20046) ;奥田;20069)) . なぜ,こういった様々な発達障害をもつ児童・ 青年は不登校・ひきこもりに陥るのだろうか. 文部科学省の平成21年の学校基本調査速報に よれば,平成20年度間の長期欠席者(30日以上 の欠席者)のうち,不登校を理由とする児童生 徒数は12万7千人であり,前年比2千人の減尐と なった.このうち,どの程度の児童生徒が発達 障害を有しているのか厳密には把握されてい ないが,社会性やコミュニケーションに障害が あるこれらの児童・青年が,学級で不適応にな ったり,その結果としてクラスメイトにいじめ られる可能性があるのは指摘されている通り (相澤,2004)1)であると思われる. アスペル ガー障害に関して言えば,Gray(2003)4)は,こ の障害のある児童は,小学校から高校までを通 じて,他の子どもと比べていじめのターゲット となるリスクが断然高いと述べている. Gillberg(2002)3)は,アスペルガー障害のうち 積極奇異型の子どもが,思春期に自分の異常さ に気づくことで生じる社会的無力感からひき こもりに至るケースがあること,彼らが社会的 孤立を経験している時には定期的な個人面接 が重要であることを強調している.このことか ら,近藤ら(2004)6)は,まずは本人の話に耳を 傾けること(それが相互交流を欠いた不安や興 味の独白のようなものであったとしても)を重 視し,次のステップとして個々のケースの得意 不得意を把握した上で,自己評価が高まるよう な得意な課題から尐しずつ不得意な課題にも 取り組めるようなSSTやアクティビティを実 施している. 本論文では,これらのことを踏まえつつ,ア スペルガー障害をもち不登校になった事例に 対して「メンタルフレンド」として訪問支援を 行った.この「メンタルフレンド」とは,厚生 労働省が平成3年度に開始した「ひきこもり・ 不登校児童福祉対策モデル事業」の中の「ふれ あい・心の友訪問事業」に端を発している.具 体的には,大学生や大学院生が一定期間,不登 校生徒の当事者宅に家庭訪問をして,話し相手 や遊び相手になって自信ややる気,人に対する 信頼感を取り戻すことを目的とする取り組み を指し,本来は,不登校・ひきこもりの児童・ のは,幼稚園から同じであった女子ただ 1 人だ けであった.小学校 5 年の時,その友人の母親 のプライベートな話しを,他のクラスメイトに 漏らしたことでその友人に嫌われてしまった. 他に友人がいなかったA子は,クラス内で浮い てしまい保健室登校になった.A 子の述べたと ころによると,他のクラスメイトに「デブ」 「ブ ス」などと身体的特徴をあげつらって泣かせて いたことや,腹を立てると「死ね」 「ぶっ殺す」 などと乱暴な言葉遣いしていたと得意げに語 った(これらのことを想起している時は笑みを 浮かべてロッキングをしていた).不登校にな った原因を探るうち,A子の他人との関わり方 に疑問を覚えた母親は,A子を連れて児童精神 科を受診し,「何らかの発達障害,おそらくア スペルガー障害であろう」との診断を受けた. その後,地元の中学校に進学するも4月初旬よ り不登校になった.クラスメイトの女子 2,3 人に目の前で内緒話をされたりしたことがき ● っかけとのことであった.不登校になって 1 ヶ 月が経過した頃,母親がメンタルフレンドによ Ⅱ.事例 る訪問支援を要請し,筆者が訪問するに至った. 1.事例の概要 ⑥家族との関係 ①援助の対象 家族は,父,母,本人,弟が 2 人の 5 人家族 2003 年の訪問を開始.対象児童であるA子 である.訪問要請当時,家族と A 子との関係は は 13 歳,中学 1 年生の 5 月半ばであった.ア 悪化していた.弟が A 子の言動をからかったり, スペルガー障害との診断は,児童の発達障害を 不登校や生活態度について注意をしたりする 専門とする病院によって,中学入学直前につい とかんしゃくを起こして暴力沙汰となってい たとのことであった.訪問開始時には,A 子に た.弟への暴力は父親が厳しく叱責するため, は障害告知はなされていなかった. A子は父親と毎日のように衝突していた.母親 ②援助を行なった場所 はそんな父親のことを「理解や協力が足りない 自宅への週 1 回の訪問 (2006 年より月 2 回, と感じる」 と話し, A 子の側につくことが多く, 2007 年より月 1 回に変更) 夫婦関係も影響が及んでいた. ③援助を行った期間 ⑦不適応行動 2003 年 5 月~2009 年(継続中) .2005 年に 不登校になった当時,強いこだわりを持って 中学を卒業.1 年のブランクの後,2007 年に通 いたマンガのキャラクターを真似て,髪を染め 信制高校に入学し 2009 年現在高校 3 年. たり派手な化粧や服装を好み,飲酒・喫煙する ④訪問要請当時の主訴 などの問題行動があった(自室にて).また, 訪問の要請は母親からで,主訴は「不登校へ 異性に対して明らかに年齢より早いと思われ の介入と,A子の学校におけるいやな思い出を るほどの興味があった.生活は昼夜逆転してお やわらげて欲しい」ということであった. り,家にずっと居ることで気が滅入って抑うつ ⑤援助要請に至るまでの経過 的な気分になることも多く,学校でのいじめ体 出生から援助開始に至るまでの経過につい 験を思い出した折には自傷行為(リストカッ て,母親と A 子からの聞き取り結果をまとめる. ト)を行なうこともあった. 母親の述べたところによると,A子は幼稚園の ⑧学校関係者との連携 時から,他の子と遊ばない子であった.何とな 2004 年 12 月(中学 2 年生時) ,担任が様子 く他の子と違っているような気はしていたが, を見に来た時に約束したこともあり,A 子は新 初めての子ということもあり,A子の個性の問 学期からの再登校を決意した. 2005 年筆者は, 題と考えていた.小学校を通じて友人と言えた 不登校の期間の支援の経過を伝え,学校におけ 生徒が対象である.しかし本論文で取り上げる A子の事例では,訪問を開始してから初めて障 害を有していることを母親から告げられた.ま た,A子は医療・療育機関に行くことはもちろ ん,外出すること自体に大きな抵抗感があった ため,家庭への訪問の形態をとるメンタルフレ ンドが結果として適当であると思われた.この メンタルフレンドは,中野ら(2001)8)も述べる 通り,発達障害など医療のルートに乗りにくい 子どもたちの,学力向上と社会性の獲得に大き な貢献をしている. アスペルガー障害で不登校になった児童に 対して,相談機関と医師,メンタルフレンドが 連携して対応した事例に浦崎(2004)11)があるが, 本論文においてもメンタルフレンドのみの対 応では不足があると考え,医師・教育相談の専 門家によるスーパーバイズと,学校との連携を 視野に入れた支援システムを検討した. アスペルガー障害があり不登校になった児童に対するメンタルフレンド活動の実践 る配慮事項を確認するため,学校関係者(SC, 養護教諭,担任)と話し合う機会をもった. ⑨特記事項 不 快 な気 持ち や 不安 が強 く ,「死 にた い 」 「生きていても何もいいことがない」などの抑 うつ的な発言が多かったため,2005 年より児 童精神科に通院し始め,向精神薬,抗うつ薬が 処方されるようになった. ⑩スーパーバイズ A子の問題点の整理について精神科医から, 支援の方針について教育相談の専門家から,ス ーパーバイズを受けた. ● Ⅲ.心理アセスメントに基づく支援方法と 結果の概要 1.問題行動とそれに対する支援計画 援助要請に至るまでの経過の聞き取りと,A 子の行動や態度と発言を観察したところ,学校 でのいじめの原因の1つに,A 子のもつ障害特 性が起因している可能性があると考えられた. その論拠を表1に示す.表 1 は A 子のいくつか の領域における「問題行動」と,どうしてその ような問題行動をするのかについての「本人の 考え(発言)」,それに対する筆者の「解釈」と, 解釈に基づく「手立て」に分類して構成してあ る. 手立てについての詳細は,2.支援方法 と結果の概要に示した. 表1 障害に伴う問題点の整理 社会性に関して 「プライベートな 領域を開示さ れたら秘密を守る」という暗黙 のルールが分からな い。友人 が悩みなどを打ち明ける と、 他人に話してしまう A子「『言っちゃ嫌だ』って 言わ お 本 れなかったから、言っちゃダメ よ 人 な こ とだって わ から なか った び の よ」 発考 言え 問 題 行 動 解 釈 手 立 て 問 題 行 動 お本 よ人 びの 発考 言え 解 釈 仲間入り行動 にらみながら話したり、初対面 の相手に大声で「きれいな人 で すね 」な どと 声を かけ たり で、相手が戸惑う A子「私はね、NANA(マンガ のキャラクター)と同じで孤独 なの。だから誰のことも信じら れないの。みんなに怖いって ビビられてるの。かっこいいね ~って女の子からモテたりす るの」 社会的キューが分からな い。 どんな表情をしているか、A子 他者の表情から気持ちを読み 自身が知り、その場で修正し 取ることが必要と考えた。 ていくことが必要と考えた。 ①描画を用いた他者の 表情 ②鏡を用いた適切 な表 情の の認知のトレーニング 習得 感情の不安定さ ネガテ ィブな記憶が強く残っ て いる 。何 かき っか けが ある と、それらの記憶を非常にリア ルに想起してしまいパニックを 起こす A子「幼稚園の時ね・・」から、 「この前・・・」と、いじめられたこ とを次々に思い出し、最終的 には「殺してやりたい」「死にた い」と泣く 「不安」や「怒り」など、感情の 変 化 を モニ タリ ング する こ と で、セルフマネジ メントになる と考えた。 ③感情の変化へのセルフマネ ジメント コミュニケーションに関して こだわりを見せるマンガから展 相手の外見等に対して不快な 開させた空想の話を何度もす 発言をする。 る。A子の言動に対し、キャラク 相手 の話 に興 味が も て な い ターがどう反応するか言って と、話を遮断するか全く違う話 欲しがるが、A子自身は「全く を始める 分からない」とのこと。 A子「NAN A( 少女 マン ガ) A子「ねえ ねえ 面白い話思い A子(笑いな がら)「『息がくさ は、難しいんだよね。みんなが つ い た 。 私 が ~ し た ら ○ ○ いよ』って言っちゃった」 何考えてるのかわからない」 (キャラクターの名前)は 何て 「その話は 紙に包んで丸めて 特定のセリ フ、特定の表情を 言うかな?」 ゴミ箱にポイ(動作付き)」 何度も真似る。 心の理論をはじめとする共感的理解が難しい。マンガの世界に即して、相手の気持ちを想像 し、特定の状況でどんな行動をとり、何を考えるべきをロールプレイから理解することを試み た。 簡単でインパクトの強い4コマ マンガを好む。関係性や心情 が込み入ったストーリ ーは理 解が難しいが、些細な部分に こだわりを示す。 手 立 ④想像世界を利用した認知の修正・行動の予測(ロールプレイ) て 【基本的なスタンス】一緒に遊んだり,楽しく会話する中で, A子の自己肯定感の低下を防ぐ。女性・ 大人役割モデルとしての筆者と接する中で、日常場面における適切な行動を学ぶ。 2.支援方法と結果の概要 ①基本的な対応 A 子は,学校においていじめられた体験の記 憶や,父親と衝突した時の記憶が強く残り,毎 日これらを想起しては強い怒りや悲しみを訴 えていた.そこでまず,定期的に会い,一緒に 遊んだり,楽しく会話する中で, A 子の自己 肯定感の低下を防ぐことを支援の第一に考え た.Attwood(2004)2)も,アスペルガー障害のあ る子どもを心から慈しんだり,ほめ言葉をかけ たり,感情を安定させるために懸命に適切なこ とを言おうとしてくれる人と過ごすことを不 安や怒りを修復するための「適切なツール」と している.次に,女性・大人役割モデルである 筆者と接することによって,日常場面における 適応的な言動を自然に学んでいくこととし,こ の 2 つを基本的なスタンスとした.この 2 つは メンタルフレンド活動の基本でもある(栗田, 2005)7). そして,障害に対するアプローチもまた,メ ンタルフレンドの枠組み「一緒に遊ぶ」「楽し く会話する」において出来るのではないかと考 え,A 子の得意としていることを中心に,楽し みながら出来るような支援方法を作成し工夫 を重ねた.その具体的な方法と,論拠となる研 究,結果の概略を本人の言動をもとに,以下② ~④にまとめた. ②描画を用いた他者の表情の認知に対するト レーニング アスペルガー障害などの高機能広汎性発達 障害に特徴的なのは,他者の気持ちを察するこ とや,共感することなど対人コミュニケーショ ンスキルが欠如していることである. A 子は「他 者の外見等に対してずけずけとした物言いを する」こと,「プライベートな領域を第三者に もらす」という問題を持っていた.このような 言動をすると,相手は困惑するのだが,A子自 身はそのことに気づいていない様子だった.こ のことから,様々な発言(状況)によって変化 する他者の表情を適切に認知することが重要 であると考えた.Gray(2003)4)も,アスペルガ ー障害をもつ児童がコミュニケーションにお ける障害のために,直接的な指示がないと,声 のトーン,ジェスチャー,表情,社会的文脈が 伝える意図を見落としてしまうと述べている. A 子がマンガを好み,絵画教室に通った経験を 持つこと等を鑑みて,描画を取り入れたトレー ニングを行うこととした.具体的には,筆者が 女性の顔の輪郭を描き,「おはよう」「え,本 当!?」「どうしよう・・・」「お疲れ様」「楽 しかったね」など,様々な発言・状況(ラベル) を吹き出しに入れ,A 子が吹き出しにマッチす ると思われる表情を輪郭に描きいれる』という 手法を考案した.A 子は楽しみながらこのトレ ーニングを実施した. 図1.他者の表情の認知に対するトレーニング A 子にこのトレーニングを実施したところ, ほとんどのラベルに対してほぼ同一のネガテ ィブな表情を描いた(図1「pre」).このこと は,A 子が当時抑うつ的であったことも影響し ているが,発言と表情が一致していない,すな わち状況から表情を,また表情から状況を適切 に認知・推察出来ていないことを示していると 考えられた.そのためA子が描画した後,適切 な表情であるか不適切な表情であるかをフィ ードバックすることとした.一度の訪問で 2 枚 程度描くことを数ヶ月続け,徐々に描画に適切 で多彩な表情が増加した(図1「post」) .しか し同じラベルを呈示したところ,「それはもう 描いたよ」と A 子に言われて断念したため,事 前と事後の比較は出来ない.描画は,後に病院 のデイケアで出来た友人とお互いの似顔絵を 描きあったり,空想のキャラクターを創り合っ てストーリーをふくらませたりと,描画するこ と自体を楽しみ,コミュニケーションのツール とするようになった. ②鏡を用いた適切な表情の習得 A 子はあいさつや仲間入り行動の際,突然大 きな声で話しかけたり,睨みつけながら話した りしていたので,周囲に対して違和感を与えて いた.好んでいるマンガのキャラクターの影響 から,そういった行動が「格好良いこと」と考 えているようであった.そのため,鏡を用いた リアルフィードバックによって自己の表情を 習得・修正させるトレーニングを行った.その 方法としては,大きめの鏡を筆者と A 子の間に 置いて,A 子が発した言葉に適切な表情をした アスペルガー障害があり不登校になった児童に対するメンタルフレンド活動の実践 図 2.鏡を用いた適切な表情の習得 時には「いい顔だね.かわいいね.いつもそう いう顔をしているといいんじゃないかな」と鏡 を見せ,不適切な表情をした時には「今はその 顔でいいのかな?そのまま鏡を見てごらん」と 即時にフィードバックした. この方法は,会話や遊びの中に自然に取り入 れることが出来,また A 子が思春期で自己の外 見に関心があったことから働きかけが容易か つ効果的であった.A 子は筆者から「いい顔だ ね.かわいいね」とフィードバックされると大 変嬉しそうであり,かわいいとされる笑顔を鏡 に向かって繰り返ししていた.このトレーニン グの繰り返しで,「この前,一人でお弁当食べ てる子がいたから,こういう顔(笑顔)して『一 緒に食べない?』って言ってみたんだよ」と, 仲間入り行動をする時はにこにこと笑いなが ら話しかけることが出来るようになり,周囲に 対する違和感も減尐していったようであった. ③感情のセルフマネジメント A 子は,一度不安・怒り・悲しみが喚起され ると,学校でいじめられたことや,父親と衝突 した不快な場面などが次々に想起され大声で 泣き叫ぶなどパニックになることが多かった. 十一(2004)10)は,ハンディキャップに対する周 囲の理解が不十分な状況でトラブルが繰り返 されると,新たな臨床的問題を生みやすくする とし,過去に嫌な目にあった時と類似した場面 に遭遇すると,パニック・不穏・混乱に陥った り,回避行動やひきこもりを示すようになると 指摘した. このことに対しては,感情の変化を A 子が自 身で把握して管理することが出来ると良いの ではないかと考えた.Attwood(2004)2)は,アス ペルガー障害の子どもの一部は,感情が周期的 に変動するケースがあり,子どもの世話をする 人,あるいは本人が「感情の温度計」という概 念に基づいた数値化による評価法(ロープ等を 用いたビジュアルスケール)を使って,一日のう ちに感じた不安や怒りの強さを表現すること ができるとしている. 本論文で用いた方法は,A 子自身が自覚する 性格・感情などを含めた自己認知を☆マークの 数であらわすスケール( 「思いやり」☆☆☆☆, 「孤独」☆☆☆など.5 段階評定)を用いるこ ととした.A 子はこのスケールが気に入り,筆 者が訪問する度に,その時々の状態を☆の数で スケール化したメモ書きを手渡すようになっ た(パーセンテージは A 子自身が付加した要素 である). 図 3.感情のセルフマネジメント 筆者は,ポジティブな項目の☆の数が多い時 には「A 子ちゃんは美人度高いね.美人の顔し てみて」「A 子ちゃんは『思いやり』があるん だね.さすがだね」等と強化し,ネガティブな 項目の☆の数が多い時には,「今日は『孤独』 に☆5 つだね.何かあったの?」とその理由を 聞き取りした.A 子は「これを書いていた時は さびしい気持ちだったから☆が 5 個だったけど, (筆者が)来てくれたから大丈夫」と,自分の 感情の変化とその原因を把握することできる ようになった. また,社会性の問題である「(他者の外見等 に対して)ずけずけとした物言いをする」こと を,「がさつで男らしい」と自己評価していた ため,「他者には優しく思いやりをもって接す る」 ・ 「他者には基本的にポジティブな声かけを する」ことを「女らしい」こととし,A 子にこ れらのことの☆の数を増やすよう教示した.こ のように,適切な言動を「女らしい」「お姉さ んらしい」など,A 子が受け入れやすいような 言葉に置き換えるなどの工夫をした.「女らし い」「お姉さんらしい」具体的な行動は,年長 者として接している筆者であればどうふるま うかや,A 子が好むマンガをテキストとし,そ の文脈に沿って提示し理解を促した. ④想像世界を利用した認知の修正・行動の予測 中学校でも家庭でも不適応を起こしていた 当時,A 子の想像世界は非常に具体的かつ強固 であった.A 子は,特にこだわりが強い 2 つの マンガ(尐年マンガと尐女マンガ)を組み合わ せて想像世界を展開させていた.登場人物は, 男性のキャラクターB,C および,女性のキャラ クターD,E,F の計5人グループに A 子が新参者 として加わり共同生活をするという設定であ った.A 子は,この想像世界においては女性キ ャラクターD(表1においては原作に従い NANA としている)になりきっており,服装を 真似たり,発言の全てを暗記しており,そのキ ャラクターに成りきっていた. 十一(2004)10)も, 高機能者が,本やビデオのストーリーのうち奇 妙な細部に関心を持ち,何度も口ずさみ,一人 笑いしたり,その空想に浸って”成り切る”よ うな行動がみられることがあるとしている.ま た,Attwood(2004)2)も,ファンタジーの世界に 引きこもることを「適切ではないツール」とし て懸念しているが,アスペルガー障害の女子の 一部は,ある状況にうまく対処できるだろうと 思う人(自分が知っている人や尊敬する人)に なったつもりでふるまうことがあると述べ,特 定の状況でどんな行動をとり,何を考えるべき かを練習したり,ロールプレイすることが,感 情をコントロールするために利用出来るツー ルであるとしている. 本来,自閉症性のファンタジーは強固なもの であるほど,現実場面と切り分けることが困難 になりネガティブに捉えられやすい.しかし筆 者がA子の意味世界を共有すれば,ファンタジ ーが現実世界のモデルとなり得るし,その世界 のストーリーに沿って認知の修正を図ったり, 行動の結果を予測するようなことが可能とな ると考え,支援方法の一つに取り入れることと した. A 子はまず場面設定をした上で,「私が~し たら○○(キャラクターの名前)はどう思うか な?」「私が~したら○○はどうするかな?」 などの疑問形でやりとりを突然開始する.その 想像世界は,あたかも目前でキャラクターが会 表 2.想像世界を利用した認知の修正・行動の予測のやりとりの例 A子の想像世界の登場人物 男性B:彼女の好きなタイプであり、無口だが強い。 男性C:彼女の嫌いなタイプであり、おしゃべりで無神経である。 女性D:A子が理想としていたタイプであり、家族に恵ま れず中学校でもいじめられて傷ついており、その せいで乱暴な言動をするが、音楽の才能にあふれ注目を集めている。 女性E:かわいらしく正義感の強い良い子タイプであるが、A子に子分のように振り回される。 女性F:しっかり者でお姉さん的な存在として彼女をサポートする。この人物に、A子は筆者を重ねていた。 「行動の結果を予測する」やりとりの例 A子:「C(男性キャラクター)は、自分は戦わないで人の足ばっかりひっぱっているよ。私が『ふざけてない で真面目にやれ!』って言って殴ったらどうかな?」 筆者:「注意するのはもちろんいいことだと思うけど、殴るのはやりすぎだと思うよ。」 A子:「でもきっと言っただけじゃわからないよ」 筆者:「○○ちゃんがCを殴ったのをみたとしたら、EやF(女性キャラクター)は○○ちゃんを怖いなあって 思うんじゃないかな」 A子:「そうかもね・・・」 「認知の修正を図る」やりとりの例 A子:「私が、Bをしょっちゅう怒ったり殴ったり蹴ったりしているのを見て、A(男性キャラクター)はどう思うか な?かっこいい女だと思うかな?」 筆者:「そうかもしれないけど、ただ注意すればいいところで、殴ったり蹴ったりするような子は、驚いたり怖 いと思ったりするんじゃない?」 A子:「私はみんなのためにやってるんだよ。みんなも嫌だなぁって思ってるんだよ」 筆者:「いい?私がいま『わーっ!!』って叫んだらびっくりするでしょ?それと同じ。いきなり大声出せば 周りも驚くし、殴る蹴るとかし始めたら、みんなびっくりするものだよ。」 A子:「・・・うん。確かにびっくりした」 筆者:「とりあえず注意してみたら?ちゃんと説明してBが言うことを聞いたら周りもすごいと思うんじゃな い?」 A子:「ほんと?そうだよね、すごいよね!」 アスペルガー障害があり不登校になった児童に対するメンタルフレンド活動の実践 話したり行動しているかのように生き生きと したものであった.表 2 に,想像世界を利用し た認知の修正・行動の予測のやりとりの例を示 した. 当初は「A子ちゃんはどう思うの?」と,『相 手の気持ちを考える・相手の立場になってみ る』ような質問を返していたが,A子は「想像 もできない,よくわからない」と言っていた. これを受けて,筆者も登場人物の心情に成りき ってロールプレイをすることとした.このやり 取りは,A 子が大変好んでいたため何時間でも 続いた.A 子は,誰とも共有できずにいた想像 世界を筆者が尊重したことで,「こういう話は お母さんには『しつこい』って言われちゃうし, 友達の誰にでも出来るわけじゃないから,筆者 としかできない.筆者はお母さんと違って適当 に答えないで,いつもよく考えてから返事をし てくれて嬉しい」と信頼感を寄せることが出来 たようであった. でもどうしたらいいかわからない」と悩んでい た.父親なりに熱心に本などで勉強しているの だが,障害に焦点を置いており母親の考えとの 間に調整が必要と思われた.A子自身は当時, 感情が不安定になるきっかけを「父親から話し かけられること」と捉えていたので,A子が不 安定な時は父親の方から物理的に距離を置く ことなどを提案した. その後,母親とは数ヶ月に一度面接をし,1 ヶ月に一度はメールにて報告・相談を行った. 母親は,2009 年「当時は,まさに『親も不登 校』という状態だった.私もなかなか受け止め られなくて,(筆者に)支離滅裂なことを話し ていたと思う.来年はA子が高校を卒業するに あたり,行政の制度なども利用して,福祉的に 就職出来ればとも考えている」と話している. 2.支援方法に対するスーパーバイズ 支援方法に対しては,2003 年の秋に教育相 談の専門家のスーパーバイズを受けた.当初, ● 行動面に焦点をあてた支援方法を考えていた ため,「問題行動にのみ目を向けるのではなく, Ⅳ.支援システムの検討 問題行動が起こる原因・状況を探り,情緒面の 1.専門家によるスーパーバイズ 発達も支援するように」と指摘された.そこで, 2003 年,A子への訪問を開始してから問題 基本的な援助の方針として,一緒に遊んだり, 点を整理するにあたり,精神科医のスーパーバ 楽しく会話する中で A 子の心の支えとして関 イズを受けたところ,「A子自身の問題と,親 わるように努めた.これはメンタルフレンド本 子関係の問題が複雑に関係しあっているので 来の役割でもある.A子は筆者に定期的に手紙 はないか.問題をより詳細に把握するため,両 を書いており,不安定だった時期は「人が信じ 親に対し面接をするように」と指摘されたため, られない.クラスメイトも親もみんな自分勝手. 母親および父親と個別に面談を行なった. みんな最後は自分が大事だから,私のことなん その結果,母親はA子との関係を良好にしよ てどうでもいいんだ.海の底にいるみたいに孤 うと努力し,買物や勉強を一緒にしたり,娘と 独」と述べていたが,落ち着くに従い「筆者は の共通の話題を得るため,テレビアニメを一緒 いつもとっても優しいし,お母さんと違って面 に観たりもしていて,共有している時間が長い 白い.だから昔は筆者のことが世界で一番好き ようであった.しかし母親は,A 子の障害には だった.いまは他にも大事な友達が出来た.友 敢えて焦点を置いておらず,あくまで不登校か 達の相談に乗るのが好き.筆者が自分にしてく らのアプローチを望んでいた.A 子を学校復帰 れたみたいに.みんなに頼られる姉御肌になり させるために,いくつかの適応指導教室やフリ たい」などと述べるようになり,筆者を役割モ ースクールを見学させようとしていたが,A 子 デルとして捉えていることも感じられる発言 には拒否されていた.筆者が,A 子の不登校や を得ることも出来るようになった. 家族関係の悪化には障害が尐なからず関与し ている点を指摘しようとするとチックを起こ 3.学校関係者との連携 してしまうこともあったことから,障害受容に 2005 年,A 子が中学 3 年の新学期からの再 は時間がかかるように感じられた. 登校を決意した際,筆者は,不登校の期間の支 一方父親は,A 子が弟をいじめたり大声をあ 援の経過を共有するため,学校関係者(SC,養 げると,「自分がしつけなければ,家族に示し 護教諭,担任)と話し合う機会をもった.また, がつかない」と述べ,叱ったり手をあげたりす A 子が学校において適応するための配慮事項を ることもあるようで,「これではいけないが, 確認することも目的とした(表 3) . 表 3.学校関係者との連携の結果の整理 担任 ・クラスメイトには、A子が再登校するに あたって「からかったり、いじめたりしな い」など注意事項を言ってある ・教員間で連携はとれている(パニック になったら保健室へ行くことを許可する など) ・「気になる子」として申し送りの対象で ある 筆者 ・学校の共通の枠組みを決めてもらう ・パニックを避けるため授業中の突然の 指名は避ける ・仲の悪い子と席を離し、すぐ介入出来 るよう前の席に座らせる 了解を得た事項 不登校はSCの管轄である SC ・医師と連携すべき ・処方されている薬は学業に差し支え ないものか確認して欲しい ・学校側の取り組みをアドバイスして欲 しい ・学校にいて起きる「揺れ(危険さ)」は どの程度のものか?登校して大丈夫な のか? 母親に確認→医師に依頼してみるとの こと 本人に障害告知をしたらどうか。クラスメ 昼休みなども巡回して様子を見て欲し イトの指導だけでは限界がある。 い 本人に人と違うことを受容させることは 重要ではないか? 担任「一人の子にそこまで時間は割け 母親に確認→告知は本人の状態を考 ない」 えて保留 これらの事項を持ち帰り,母親に報告・確認 したが,SC の提案した「本人に対する障害告 知」に関しては保留とすることにした(2006 年春に母親の依頼により医師から告知あり). この話し合いの後,再登校した A 子は,不登校 の間に派手になった外見についてクラスメイ トに嫌味を言われたとして,学校への嫌悪感を 強めたのと同時に,不安定な状態になってしま った.A 子は再び不登校になり,以後登校しな かったため,学校関係者との話し合いはこの一 度のみとなった. ● Ⅴ.本ケースにおける考察と今後の課題 1.メンタルフレンド活動の効果及び反省点 A 子の場合,学校に行かなくなって1ヶ月が 経過した中学1年時に,母親がメンタルフレン ドを依頼した.筆者は,メンタルフレンドとし て定期的に訪問することで,いじめにより不安 定になった感情を支えることを第一の目的と した.当初は,「不登校」に焦点を当てたメン タルフレンドが A 子に適当であるのかどうか 悩んだものの,彼らが社会的孤立を経験してい る時には定期的な個人面接が重要であること (Gillberg,2002)3),また,医療のルートに乗り にくい子どもの社会性の獲得などに貢献する ことができる(中野ら,2001)8)という先行研究 に力を得ることが出来た.メンタルフレンドと しての関わりについては,慈しみ,ほめる等の 適切な言葉がけをしたことが,A 子の感情の安 定につながり,やがて,大人・女性役割モデル として,筆者の言動を取り入れるようにもなっ た.これらは,これまでに述べた A 子のいくつ かの発言から推察することが出来る. 次にクラスへの適応上の問題と,家族との関 係悪化は,A 子のコミュニケーションスキルを のばし,感情の不安定さをセルフマネジメント することで解決出来ると考え,このことに関し て支援プログラムを作成し行った.支援は,A 子が興味を持っている遊びや会話の中で行う ことで,楽しんで取り組めるよう工夫し,一定 の効果を挙げることが出来たと考えている.し かし,「いじめについての誤った信念と発達障 害」の項で Gray(2003)4)が述べているように, 「いじめられっ子の言動を変容させれば,いじ めはなくなる」というターゲットコーチングの 考えは,その子にとって良かれと思う意図はあ っても,その根底に「あなたはありのままでは だめなんだ」という,その子を否定するメッセ ージを伝えてしまう.メンタルフレンドとして の関わりという特性上,いじめっ子に対する指 導や学級全体の意識の底上げなどといった取 り組みは出来ず,A 子本人にしか通常アプロー チ出来なかったとはいえ考えさせられる点も 多い. 2.支援システムの検討 まずスーパーバイズについてであるが,浦崎 (2004)11)も,相談機関と医師,メンタルフレン ドとが連携しあって対応しているように,発達 障害があって不登校になった児童に対しては 通常のメンタルフレンドによる対応だけでは 不足があると考えられる.今回の事例では,精 神科医と教育相談の専門家からスーパーバイ ズを受けることが出来た.それぞれ,A子の問 題に対して多面的に捉えることが出来るよう なヒントを頂けた. 学校との連携では,再登校に至るまでの援助 の経過を共有するため,学校関係者(SC,養護 アスペルガー障害があり不登校になった児童に対するメンタルフレンド活動の実践 教諭,担任)と話し合う機会をもった.また, A 子が学校において適応するための配慮事項を 確認することも目的とした.外部の支援機関で ある筆者と学校関係者とが,不登校であった期 間の情報を共有できたことは,一定の評価を与 えることが出来ると考える.しかし問題点とし ては,一部見解の相違があったにも関わらず, A 子が再度不登校となったことから機会を一度 しかもつことが出来なかった点が上げられる. SC が提案したように,より早期に障害告知を 行い,A 子が自己の障害理解を進めていたらど のような変化があったのだろうか. 今後A子のような,アスペルガー障害など発 達に障害があって不登校になる児童生徒の事 例においては,様々な機関が情報を共有し,連 携し合って対応していくことが求められてい くであろう.本論文は,メンタルフレンドとし て発達障害の子子どもに関わる上での可能性 と限界を提示し,そしてメンタルフレンドが中 心となって支援システムを模索した 1 つの事例 として検討することができると思われる. 文 献 1)相澤雅文(2004):高機能広汎性発達障害児(者) と「不登校」「ひきこもり」の臨床的検討.障害 者問題研究.32(2),59-67. 2)Attwood,T.(2004):EXPLORING FEELING Cognitive Behavior Therapy To Manage Anxiety.Future Horizon. 3)Gillberg,C.(2002) : A Guide to Asperger Syndrome. Cambridge University Press. 4)Gray,C(2003):Gray’s Guide to Bullying. JenisonPublic Schools 5)伊澤信三(2002):学習障害が疑われる不登校生 徒に対する行動論的支援過程の検討.発達障害 支援システム学研究,2(1),1-7. 6)近藤直司・小林真理子・有泉加奈絵・中嶋真人 他(2004):思春期・青年期における不登校・ひ きこもりと発達障害.精神保健研究,50,17-24. 7)栗田明子(2005) :不登校・ひきこもりに対する 訪問支援活動の有効性の検討.早稲田大学大学 院教育学研究科紀要別冊,14(1). 8)中野明徳・青木真理・中田洋二郎・生島浩(2001): 平成 13 年福島大学教育学部附属臨床心理・教 注)本論文は,栗田明子・岩崎容子(2005)発 達障害児の個別支援計画と実践,日本発達心理 学会第 16 回大会発表論文集を加筆・修正した ものである. 育相談室活動報告.福島大学教育実践研究紀 要,42,95-102. 9)奥田健次(2005):不登校を示した高機能広汎性 発達障害児への登校支援のための行動コンサ ルテーションの効果:トークン・エコノミー法 と強化基準変更法を使った登校支援プログラ ム.行動分析学研究,20(1),2-12. 10) 十一元三(2004):高機能自閉症とアスペルガ ー障害.障害者問題研究,32(2).90-98 . 11)浦崎武(2004):高機能広汎性発達障害をもつ生 徒に対する特別支援教育における事例-他者 との関わりに焦点を当てて-.東海女子大学紀 要,24,99-109.