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内容の要旨
スペイン音楽が近代ヨーロッパ音楽に与えた影響(紺谷)
氏
名
こん
たに
し
の
紺 谷 志 野
学 位 の 種 類
博 士(芸術)
学 位 記 番 号
甲博制第 29 号
学位授与の日付
平成 24 年 3 月 22 日
学位授与の要件
学位規則第 4 条第 1 項該当(課程博士)
学 位 論 文 題 目
スペイン音楽が近代ヨーロッパ音楽に与えた影響
作品テーマ
スペイン音楽にみられるスペイン的要素
論文題目
アルベニス、グラナドス、ファリャのピアノ作品にみる
スペイン音楽の特徴
── スペイン的要素に基づく分析研究 ──
論 文 審 査 委 員
主査 教授
熊
本
マ
リ
副査 教授
芹
澤
尚
子
副査 名誉教授
北
野
完
一
内容の要旨
この論文では、スペイン音楽が近代ヨーロッパ音楽に与えた影響を、スペイン人作曲家、
アルベニス、グラナドス、ファリャなどスペインを代表する作曲家たちの音楽の例を挙げな
がら考察すると共に、スペイン音楽にみられるスペインの歴史や風土なども含めた、スペイ
ン的要素を解明している。スペインは、8 世紀から、イスラムに支配されたこともあり、多
くの異文化の影響を受けている。スペインの国内でも、さまざまな異なる風土があるように、
リズムや踊りもさまざまである。19 世紀には、スペイン音楽は、ロシアやフランスをはじめ、
ヨーロッパやアメリカの作曲家たちにとって、「憧憬的」で「異国的」な要素をもった魅力あ
ふれる音楽であった。スペイン音楽のメロディーは、哀愁を感じさせる。なんとも言えない
光と影を感じさせ、五感を刺激するメロディーが多い。この不思議な独特のメロディーが、
恐らく、外国人作曲家たちを魅了したに違いない。リスト、ドビュッシー、ゴットシャルク、
モシュコフスキなどが「スペイン風」の曲を作曲している。彼らにとって、ヨーロッパの中
でもアフリカに極めて近いスペインという土地の文化、風土、人々、そして音楽、それらす
べてが彼らをとりこにしたに違いない。メロディーだけでなく、スペイン音楽で一番大切だ
といわれるリズムも外国人作曲家たちを夢中にさせた。スペイン音楽のリズムは、地方によっ
─ 10 ─
てさまざまであるが、踊りがベースになっているものが多い。ポピュラーなリズムには、ホ
タやタンゴにみられる。テンポの速いものから、ゆっくりしたものまであるが、こうしたス
ペイン人の活気あふれるリズムは、人々の心を高揚させる。スペイン音楽は、スペイン国内
ではもちろんのこと、国外の人々にも、新鮮で先端的なその音楽的要素によって、一種の驚
きを与えたと言っても過言ではない。
この論文の第 1 章では、スペイン音楽が確立するまでを、スペインの歴史などをたどりな
がら考察している。その中で、二人の重要な人物、D. スカルラッティと F. ペドレルがとりあ
げられている。
D. スカルラッティは、イタリアを代表する作曲家である。ナポリ生まれで、マドリードで
亡くなっている。セヴィーリャで長年過ごしたスカルラッティは、チェンバロ奏者でもあり、
500 曲以上のソナタを、ほぼスペインにおいて作曲した。彼はイタリア人だが、スペインのギ
ターの要素をソナタなどにもとりいれた。
他方、スペイン音楽史の中で、欠かせない音楽学者、作曲家でもあった、F. ペドレルは、
スペイン民謡や国民芸術の重要さを若き音楽家たちに訴え続けた。
これらの二人の作曲家、スカルラッティとペドレルは、スペインの若き作曲家たち、アル
ベニス、グラナドス、ファリャなどに、大きな影響を与えた。19 世紀半ばを過ぎた頃には、
スペイン人以外の作曲家がスペイン音楽の要素を彼らの作品の中にとりいれ始めた。それが
また、国内のスペイン人作曲家を刺激し、スペイン人作曲家たちがスペイン音楽の新たな発
展と確立に向った。その頃、パリでは、多くのスペイン人作曲家が多数のフランス人作曲家
と交流し、彼らの活躍の場も広がっていった。スペイン音楽の魅力は、国外から着実に評価
されたと言っても過言ではないだろう。
論文の第 2 章では、スペイン音楽のリズム、フラメンコ、ミの旋法、メリスマ的音型、そ
してギターの五つの要素を取りあげて、スペインの各地方にみられる舞曲との関連などを詳
しく論じている。
第 3 章では、さらに、スペイン人作曲家とスペイン人以外の作品例をあげて、第 2 章で考
察したスペイン音楽の要素とともに分析している。その結果、スペイン人作曲家にとっては、
リズムとギターがスペイン音楽を決定づける大きな要因となった事などが論じられている。
この論文を通して、スペイン人作曲家たちのスペイン音楽の作曲に対する思いやアプロー
チが十分に理解できる。
─ 11 ─
スペイン音楽が近代ヨーロッパ音楽に与えた影響(紺谷)
審査結果の報告
まずは、演奏の審査結果を報告する。
1. F. Mompou / Cancióny Danza no.5
モンポウ:歌と踊り 第 5 番
モンポウの歌と踊りは、彼の故郷、カタルーニャの民謡をベースにしたものである。申請者
紺谷ののびやかな音色は、輝いていた。
2. D.Scarlatti / From Sonata K.213(L.108)K.124(L.232)
スカルラッティ:ソナタ K.213(L.108)K.124(L.232)
申請者紺谷は、この 3 年間でリズム感と歯切れのよさをピアノで表現することに上達した。1
曲ずつのソナタの雰囲気を聴き手に伝え、小品のソナタの難しさを見事に乗り越えた。チェ
ンバロのような、軽やかさと、美しいレガートもすばらしかった。
3. L. M. Gottschalk / Minuit a Seville
ゴットシャルク:セヴィーリャの深夜
このゴットシャルクの曲は、あまり知られておらず、演奏されるのは非常に珍しい。スペイ
ン風のリズムとメロディーが聴き手を酔わせるムードのある曲を、申請者は心から楽しみな
がら弾いた。同じフレーズが何度も出現するが、新鮮味を残しながら、しなやかな演奏であっ
た。
4. J. Turina / From Danses gitanes op.55 No.2 danza de la Seduccion
トゥリーナ:ジプシー舞曲 作品 55 より 第 2 番 誘惑の踊り
セヴィーリャ生まれのトゥリーナの作品。小品だが、彼、独特のハーモニーとスペイン風な
曲を自然に演奏し、この 3 年間で、さまざまな異なるリズムやスペインのメロディーを、申
請者は体で感じながら演奏するという課題をものにしたことに喜びを感じる。
5. M. Moszkowski / Guitarre op.45 — 2
モシュコフスキ:ギター作品 45 の 2
─ 12 ─
この曲は、バイオリンでもよく演奏され、むしろバイオリンでは、ポピュラーである。ピア
ノで、ギターの弦の音色を演奏する明るいスペイン風の曲である。細かいフィンガーテクニッ
クと軽やかさが要求されるが、この修了リサイタルの中で、ほっと一息できる名演奏であった。
6. E. Granados / From Danza Españolas
No.1 Galante No.7 Valenciana No.6 Rondalla Aragonesa
グラナドス:スペイン舞曲集より
第 1 番 ガランテ、第 7 番 バレンシアーナ、第 6 番 ロンダーリャ・アラゴネーサ
グラナドスの作品の中でも代表作のスペイン舞曲集である。スペインのあらゆる地方の舞曲
をピアノのために書かれた作品で、今回選ばれた 3 曲は、それぞれ、性格もリズムもメロディー
も異なり、しかもそれぞれの歯切れのよさを失わずに立派な演奏であった。
7. C. Debussy / From Preludes
Book Ⅱ No.3 La puerta del Vino
Book Ⅰ No.9 La serenade interrompue
ドビュッシー:前奏曲集より
第 2 巻 第 3 番 ヴィーノの門、第 1 巻 第 9 番 途絶えたセレナード
ドビュッシーは、スペインに滞在したことはないといわれている。作曲家、ファリャは、ド
ビュッシーがフランス人でありながら、見事にスペイン曲を書いていると絶賛している。申
請者紺谷は音色を、ピアノのタッチで変化させ、鋭いリズムも表現した。
8. Albeniz / From Chants d’ Espagne op.232
No.1 Prelude No.3 Sous le Palmier
アルベニス:スペインの歌 作品 232 より 第 1 番 前奏曲、第 3 番 椰子の木陰
スペインを代表する作曲家の、スペインらしい作品である。のびやかなメロディーとギター
で演奏される前奏曲は、一番スペインらしさを感じさせる曲である。その演奏はラテン的要
素を体で感じさせる演奏であった。
9. M. de. Falla / From Cuatro piezas españolas No.3 Montañesa
ファリャ:四つのスペイン風小品より 第 3 番 モンタニェーサ
─ 13 ─
スペイン音楽が近代ヨーロッパ音楽に与えた影響(紺谷)
ファリャは、スペインの民謡やスペイン的要素をとりいれた曲をたくさん残している。この
モンタニェーサは、スペイン北部の風景を描いた曲である。音、一音一音の響きが重視される。
鐘のような音色がイメージを向上させ、不思議な和音が特長である。
10. F. Busoni / Kammer — fantasie uber “Carmen”
ブゾーニ:「カルメン」の主題による室内幻想曲
この曲は、ブゾーニによるオペラ「カルメン」からのテーマをアレンジした、とても芸術的
であり、また技術的にも難しい曲である。複雑な構成になるこの曲は、華やかで、演奏には
渋さや音楽的熟成も求められるが、申請者の演奏は、ソロピアニストとして堂々とした立派
なものであった。
11. F. Marquina / Spanish Gipsy Dance
マルキーナ:スパニッシュ・ジプシー・ダンス
アンコール・ピースとしても、最適な曲である。スペインの闘牛場では、よくこの曲を耳にする。
パソドブレのリズムで人々を興奮させる。
申請者の演奏は、ピアノのソリストとしてレベルが高いものであり、「博士」学位に相応し
いものである。
論文について
今回の論文では、スペインを代表する作曲家、I. アルベニス、E. グラナドス、M. ファリャ
などが取りあげられている。残念ながら、現在、日本では、彼らに関する書籍や論文は少ない。
欧米でも近年、スペイン音楽、スペインの作曲家たちの研究は行われ始めているが、スペイ
ン人による研究は非常に少ない。
論文では、まず、スペイン音楽史を概観する中で、その基礎を築いた二人の作曲家、D. ス
カルラッティと F. ペドレルを取りあげている。次に、スペイン音楽の特徴、スペイン舞曲の
リズム、ギターの影響、「ミの旋法」、「フラメンコ」、「メリスマ的音型」などのスペイン的要
素について論じられている。さらに、スペインの作曲家のピアノの作品を分析して、このよ
うなスペイン的要素が、どのように表れているかが、譜例を出して具体的に述べられている。
また、スペイン人以外の作曲家の作品にみられるスペイン的特徴についても分析し、スペイ
─ 14 ─
ン音楽の本質を明らかにしようとしている。
申請者紺谷が、先行研究や文献や資料が少ないもとで、スペイン音楽に懸命に取り組み、
研究と目的の演奏を結びつけ、それらを研究成果としてまとめたことは、大きな意義がある
と考えられる。従って、博士の学位に相応しい内容と認める。
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