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PDFダウンロード - キヤノングローバル戦略研究所
29
Vol.
2015.10
PROLOGUE
OPINION
原子力問題の総合的な解決に向けて
市場が動揺するほど悪くない中国経済
澤 昭裕
WORKING PAPER
Do Credit Market Imperfections
Justify a Central Bank’s Response to
Asset Price Fluctuations?
奴田原 健悟
Choice of market in the monetary
economy
平口 良司 / 小林 慶一郎
今月の書籍
宮家 邦彦 著
『日本の敵』
氏田 博士 共著
『システム安全学』
8 月は回復傾向、経済データもようやく世界標準に一歩前進
瀬口 清之
地方創生に欠けている大きな視点
山下 一仁
2014 年 4 月の消費税率引き上げのインパクトを再考
ネガティブな影響はほぼなし
小黒 一正
鬼怒川堤防決壊 ... 米国の教訓
宮家 邦彦
<安全保障法制・考論> 米のいいなり 当たらず
神保 謙
(安保法案)政策的ゆがみを整備
拙い説明で国民を分断
神保 謙
櫛田健児氏セミナー
シリコンバレー経済エコシステム「活用」への新しい
パラダイム:スタンフォード大学からの視座
Contents
原子力問題の総合的な解決に向けて������� 1
澤 昭裕
市場が動揺するほど悪くない中国経済������ 2
8 月は回復傾向、経済データもようやく世界標準に一歩前進
瀬口 清之
地方創生に欠けている大きな視点�������� 5
山下 一仁
2014 年 4 月の消費税率引き上げのインパクトを再考 6
ネガティブな影響はほぼなし
小黒 一正
Do Credit Market Imperfections Justify a Central Bank’s
Response to Asset Price Fluctuations?������ 9
奴田原 健悟
Choice of market in the monetary economy���� 10
平口 良司 / 小林 慶一郎
鬼怒川堤防決壊 ... 米国の教訓���������� 11
宮家 邦彦
<安全保障法制・考論> 米のいいなり 当たらず�� 12
神保 謙
(安保法案)政策的ゆがみを整備��������� 13
拙い説明で国民を分断
神保 謙
櫛田健児氏セミナー�������������� 14
シリコンバレー経済エコシステム「活用」への新しいパラダイム:
スタンフォード大学からの視座
今月の書籍������������������ 16
宮家 邦彦 著
『日本の敵』
氏田 博士 共著
『システム安全学』
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
原子力問題の総合的な解決に向けて
リサーチ・オーガナイザー ● 澤 昭裕
先日、2030 年のエネルギーミックスや電源構成
に関する政府案が決定された。電源構成で言えば、
原子力は 20 − 22%、再生可能エネルギーが 22 −
24%、残りの 56%が LNG、石炭、石油などの化石
燃料火力発電があるべき姿とされている。この電源
構成は次の3つの政策目標を達成するために必要な
割合として算出されている。第一に、エネルギーの
安全保障を確保するために自給率を約 25%程度ま
で高め、第二に、電力コストを現状以下に抑制し、
第三に、温暖化対策に必要な温室効果削減の努力が
欧米諸国に比べて遜色がないことである。
実は、今回のエネルギーミックスや電源構成につ
いては、昨年 4 月に閣議決定されたエネルギー基本
計画を実行するための定量的な裏付けという意味以
上のものではなく、今年末に行われる温暖化交渉国
際会議(COP21)を前にした日本の削減目標の提示
のために必要な作業という新たな側面はあるもの
の、基本的に大きな政策の変更を伴うものではない。
したがって、エネルギー基本計画では決定されな
かった原子炉の新設やリプレースといった問題は、
今回の検討対象となっておらず、そもそも今回のエ
ネルギーミックスの目標値はその範囲内で、上述の
三つの政策目標を達成しうる構成が探索されたもの
という位置付けなのである。
では、原子力の中長期的な問題については、いつ
どういう形で抜本的な検討が行われるのだろうか。
それは、次回のエネルギー基本計画の見直しの時期
に向けて、というのが正しい答えだろう。意外に知
られていないが、エネルギー基本計画は、エネルギー
政策基本法第 12 条第 5 項に基づき、少なくとも 3
年ごとに見直しの検討を加えることが政府に義務付
けられているのだ。昨年 4 月に決定された現行のエ
ネルギー基本計画は、あと 2 年弱でまた見直される
予定だということである。
次のエネルギー基本計画の見直しでは、さすがに
原子力についての新設・リプレース問題を含むさま
ざまな課題を先送りするわけにはいかない。特に、
高経年化が進む日本の原子力発電所の状況を考慮
し、運転開始までのリードタイムを考えると、新設・
リプレース問題についての判断は 2 年後にはもう
待ったなしの状態になっている。
あと 2 年というと、行政のスケジュールから言
えばほんの「短期」でしかない。現行の基本計画は
総合資源エネルギー調査会の原案が提示された後、
政府や与党内部の調整プロセスに半年弱かかってい
る。次回の見直しに当たっても、同様のプロセスを
経るとすれば、実は実質的な議論を深く行って、持
続可能な新たな政策方針を編み出していくために
残されている時間は意外に短いのだ。長くみても 1
年半程度しかないだろう。
原子力の中長期的政策について、その間に議論し
て一定の方向性と具体的施策を打ち出していくため
には、次のような課題を検討対象にしておく必要が
ある。1)
( 新設・リプレースに前向きになるならば)
電力自由化による総括原価主義による料金規制の撤
廃によって困難になる初期ファイナンス問題の解
決策、2)核燃料サイクル政策に関する官民の役割
分担と費用回収の仕組みの構築、3)原子力安全規
制の合理化と1F事故の教訓の国内外への普及、4)
原子力損害賠償法における官民のリスク分担や事故
時のコミュニティ再建策の検討、5)最終処分地選
定に関する新手法(国が科学的有望値を示す)の効
果の評価、6)原子力技術に関する研究・技術開発
体制、予算のあり方に関する考え方の整理と実施、
7)原子力関連インフラ輸出戦略の検討、8)原子
力人材の維持・育成についての組織体制及びプログ
ラムの確立、等々である。
従来であれば、原子力委員会が中心となって、原
子力利用に関する長期計画や大綱的なものをまとめ
てきたが、1F事故後に原子力委員会の権限と責任
が大幅に縮小された現在となっては、別の検討体制
を組む必要がある。基本的には経済産業省が中心に
なって、上記の各課題を検討していくべきだろうが、
現在経済産業省には原子力事業に関する法的なツー
ルは存在せず、「 担当だから 」という理由だけで行
政を行ってきている。
この際、原子力の将来について考えるため、経済
産業省や現在の原子力委員会が共同事務局となっ
て、内閣官房に検討組織を設置し、原子力基本法か
ら以下の法的な体系や原子力事業に関する実施体制
の見直し作業を実施してはどうだろうか。検討メン
バーとしてこれまでの原子力コミュニティの範囲に
とどまらず、電力ユーザーでありかつ産業保安でも
共通の課題を有している別の産業界からの経営者や
研究・技術開発マネジメントに実績のある有識者、
さらには世界の安全規制や原子力事業に詳しい海外
からのメンバーなどを集めて、原子力政策の基本的
なあり方について議論してもらうことが重要だ。政
府で音頭をとるのが難しければ、民間に「原子力政
策臨調」を組織して、こうした課題に総合的な検討
を加える体制を組むことも考えられる。
いずれにせよ、原子力政策は大きな曲がり角に差
し掛かっている。そろそろ、これまでのように諸課
題を個別に処理するのではなく、相互の関連性を考
慮しつつ総合的な政策を打ち出さなければ原子力の
未来はないというポイントまで来ているという認識
が重要だ。
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
1
市場が動揺するほど悪くない中国経済
8月は回復傾向、経済データもようやく世界標準に一歩前進
JBpress 2015 年 9 月 18 日 掲載 ● 瀬口
清之
1.中国経済の不透明感が世界の金融・為替市場
を揺るがした
発表した。以下では、その内容と意義について考え
この1か月間、中国経済の先行きに対する不安感
あるいは不透明感が懸念材料となり、世界の金融・
2.足 許の中国経済の安定を示すデータが公表
された
減速傾向が続いており、当面失速のリスクは極めて
本題に入る前に、上記の混乱を招いた中国経済の
しかし、6月以降の上海株の暴落は世界の金融市
9月13日に 8 月の主要経済指標が公表された。市
以上に不安感を煽った。これが市場乱高下の主な背
されていないようだ。しかし、素直にこれを見れば、
為替市場が乱高下した。足許の中国経済は緩やかな
小さい。
場参加者に中国経済の失速リスクを想起させ、実態
景である。
てみたい。
足許の状況について簡単にコメントしておきたい。
場の反応はいまひとつで、十分に不安感が払しょく
当面中国経済が減速はしても失速するリスクは極め
加えて8月11日に実施された、為替レート決定の
て小さいことが分かる。
程度と小幅の人民元安をもたらしたが、そのわずか
資、工業生産(工業増加額)および消費(消費財小
透明性を高めるための基準値算定方式の変更は2%
13日に公表された主な経済指標は、固定資産投
な変動が市場参加者の不安感をさらに高めた。
売総額 )である。このうち、固定資産投資の前年
その前後に公表された7月の主要経済指標が予想
比伸び率は 1 ~ 7 月累計 + 11.2%から 1 ~ 8 月同 +
安、人民元レート切り下げを招き、それが世界の株
参照)。
普通の先進国の経済指標が同じような変化を示し
の政策方針を堅持し、鉄鋼、造船、石油化学などの
はない。世界で最も注目されている中国経済だから
り、予想通りの展開である。
対比ダウンサイドに振れたことが決定打となり、株
10.9%へと緩やかな低下傾向が続いている(図表1
式市場と為替市場を乱高下させた。
これは中国政府が「 新常態 = ニューノーマル 」
ても世界の金融市場がこれほど大きく反応すること
主要製造業で過剰設備の廃棄を進めている結果であ
こそこれほど大きなインパクトを持つのである。
一方、工業生産と消費は回復傾向を示した。
それだけに中国政府は自国の政策運営に際しても
他国の政府以上に世界経済、国際金融・為替市場に
<図表1>
対する影響への配慮が必要である。
今後中国政府が金融自由化を進めていく過程で、
今回のように世界の金融・為替市場に大きな変動を
もたらす出来事が繰り返される可能性が高い。中国
政府もこの点を重視し、市場との対話能力の向上、
そのために必要な制度設計、政策運営手法、経済統
計などの充実化、透明性の向上に取り組もうとして
いる。
そうした取り組みの一環として、国家統計局は9
月9日、経済統計データの公表方式の変更について
2
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
(資料 CEIC)
<図表2>
改善しているのは明らかである。
その回復の背景には地方財政プロジェクトの回復
が作用していると考えられる。昨年 9 月に発表され
た地方政府の債務管理強化に関する国務院の政策の
影響で地方政府の財源が枯渇していたが、8 月以降
ようやく少しずつ財源回復の好影響が出始めてい
る。
9 月以降はこの動きがより明確化するほか、不動
産投資の回復も見込まれている。加えて、その先
は来年からスタートする第 13 次 5 か年計画の主要
(資料 CEIC)
<図表3>
施策である 3 大国家プロジェクト(新シルクロード
構想、長江経済ベルト、北京・天津・河北省経済圏)
関連の公共投資の拡大等による景気押し上げ効果が
期待されている。
足許の 7 ~ 9 月のデータに関しては、7 月の経済
指標が悪かったことから、引き続き前期比横ばい圏
内、あるいは若干の下振れもあり得るが、10 ~ 12
月以降、来年前半にかけては、景気は緩やかな回復
方向に向かうと予想されている。
3.経済統計データ改革
(資料 CEIC)
工業生産の前年比伸び率は1~7月累計+6.0%か
ら1~8月累計 +6.1%へとわずかながら改善した。
1~3月が同+5.6%、1~4月が同+5.9%だったこ
とと比較すれば、4月以降、緩やかな回復トレンド
をたどっていることが分かる(図表 2 参照)。
以上の記述の中でも中国の経済指標の変化を紹介
したが、やや分かりにくいと感じた読者が多いこと
と思う。それは、月次ベースの変化を見る際に、各
月の前年比を比較することができず、年初来累計の
データの変化から推察するしかないことに一因があ
る。これが現在の中国経済指標の主な問題点の一つ
である。
消費も消費財小売総額の前年比伸び率が1~7月
このデータ方式では大きな流れはつかむことがで
いる(図表 3 参照)。
には不便な点が多い。その経済統計の利便性の低さ
累計 +10.5%、1~8月 +10.8%と着実に回復して
きても、短期的な経済指標の微妙な動きを把握する
8月の人民元安の主因とされた輸出の前年比伸び
が中国の経済統計に対する不信感の要因の一つであ
比べてマイナス幅が縮小。天津の爆発事故の影響で
を招く原因にもなっていた。
う少し明確な回復傾向が見られていたと推測され
タ公表方式の改革は、こうした統計分析上の不便さ
率も1~8月累計は-5.5%と1~7月の同-8.3%に
り、そのことが中国経済に対する不安感、不透明感
輸出が停滞したことを考慮すれば、本来であればも
国家統計局が 9 月 9 日に公表した、経済統計デー
る。
を改善することを目指すものであり、中国経済指標
一般のメディア報道では依然として中国経済のマ
およびその分析結果の透明性を高めることが期待さ
標を素直に見れば、8 月の経済情勢が 7 月に比べて
従来の中国の経済統計データの基本公表形式は年
イナス面ばかりが強調されているが、マクロ経済指
れる。
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
3
初来累計ベースである。具体的には、GDP(国内総
を用いている。これは第1次・第2次・第3次産業別
この形式で発表されている。
推計する方式である。
生産)、固定資産投資、消費など主要指標の多くが
の生産額を推計し、中間生産物を控除してGDPを
中国は1980年代まで、国家が決定する生産・分配・
これに対して日米欧諸国では支出法を採用してお
用していた。各組織の計画達成上、最も大切なのは
費・投資・政府消費・政府投資・輸出・輸入・在庫)別
消費計画に従って経済活動を行う計画経済制度を採
年間目標と途中の各時点までの達成状況との対比で
ある。
これを見るには年初来累計データが便利だったた
め、現在の統計データの多くにその時代の名残が影
響している。
年初来累計のデータしか公表されていない場合、
経済分析上極めて不便である。そのため多くのエコ
ノミストは各自の手元で当月の年初来累計データか
ら前月の年初来累計データを差し引いて、便宜的に
各月のデータを計算することが多い。
しかし、そこから算出される単月データは明らか
に実態に合わない大きな振れを示す。その理由は、
年初来累計データには不定期に誤差脱漏部分が含ま
れているためである。
誤差脱漏の値は公表されていないため、これを差
し引くことができず、手元で計算する単月データに
は不規則に変動する誤差脱漏部分が含まれてしまう
のである。
また、非常に単純なことであるが、毎年12月に
は1~12月の累計データが公表され、その翌月は、
新年度の1月のデータのみが公表される。このため
累計データをそのまま使って月次推移を示すグラフ
を書くと、毎年年の変わり目のところでデータが急
落し、グラフがつながらないという問題が生じる。
このように中国の経済指標はエコノミスト泣かせ
の問題を多く含んでいる。来月以降、月次および四
半期データが公表されるようになれば、利便性の一
歩改善が期待できる。
り、産業分野別ではなく、需要コンポーネント(消
に推計して合算している。
このため、四半期ベースでは中国と他の先進国と
の比較が難しい(中国でも年データでは支出法に基
づく推計を行っている)。
第 2 に、1~2月のデータの公表方式の特殊性で
ある。
中国は毎年 1 月下旬から 2 月中旬頃に春節(旧正
月)を祝う連休があるが、この連休の時期が 1 月中
の年と 2 月中の年があるため、前年比、前月比の季
節調整が難しく、データが大きく振れる。
このため、中国政府は、1~2月のデータについ
ては2か月分を合算して公表し、1月分のデータを
発表しない場合が多い。
第 3 に、地方政府が公表するデータの信頼性の低
さである。
各地方政府は省・市単位の経済データを公表して
いるが、その信頼性が低い。特に各省の大多数の
GDP成長率が全国データを上回っており、しばし
ば信憑性の低さが指摘されている。
第 4 に、月次で公表される工業生産、消費、不動
産価格等の指標のカバレッジが低い。
生産には小規模企業が含まれず、消費にはネット
通販の一部が含まれていない。不動産価格は日本の
公示地価のように全国各地の特定地点の価格が毎年
公表される仕組みになっていないなど、それぞれ問
題点がある。
第 5 に、賃金・雇用指標の中には月次データがな
いものが多く、しかも統計公表時期が数か月遅れる
4.今後に残された課題
ため、タイムリーな分析ができない。
しかし、今回の改革によって統計公表方式に関す
の問題が残っており、このほかにも改善すべき点は
る問題がすべて解決するわけではない。相変わらず
以下のような問題点が残るはずである。
第 1 に、GDPの算定方式の特殊性である。
中国政府は現在、GDP の推計に際して、生産法
4
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
筆者がざっと思いつく主なものだけでもこれだけ
多い。今回の統計データ公表方式の改革を弾みにし
て、今後のさらなる改善努力による経済統計の透明
性・利便性向上に期待したい。
■
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 瀬口 清之)
地方創生に欠けている大きな視点
『土地総合研究』2015 年夏号 掲載 ● 山下
地域の再生・活性化が安倍政権の重要なテーマと
なった。東京などの都市圏の繁栄に比べ、地方は人
口も減少し、活力がなくなっているという認識なの
だろう。また、約1,800の市区町村のうち2040年に
は896が消滅危機に直面するという「日本創生会議」
の試算も、" 地域創生 " が政治のアジェンダで大き
く取り上げられることに、大きなインパクトを与え
た。
確かに、このような問題意識は正しいように思わ
れる。しかし、地域の再生・活性化というテーマは、
最近になって脚光を集めたものではない。「国民所
得倍増計画」が都市と地方の格差の是正を取り上げ
たのが1960年。最初の過疎法である「 過疎地域対
策緊急措置法 」が10年の時限立法として制定され
たのが1970年。農村地域工業導入促進法が制定さ
れたのが1971年。このテーマは、半世紀以上も政
治のアジェンダに載り続けている。ということは、
数々の施策を講じながら、いまだに解決できていな
いということである。
しかし、我々が地域の再生・活性化という課題に
失敗したのだろうかというと、そうではない。中国
では、都市と農村の一人当たり所得格差が 3 倍以上
に拡がっているという「三農問題」が内政上の最重
要課題になっている。都市や工業の発展を図るため
に、農業に課税したり、農産物価格を抑制して食料
品価格を抑え労働費を安くしたりするなど、農業搾
取政策をとってきた。中国では、経済成長を優先し、
格差の是正に無関心だった。そのつけが今の政権に
回ってきている。格差の是正は、中国だけではなく
ベトナムなど途上国では、大きな問題である。
これに対して、我が国では、高度成長期、いわゆ
る " 三種の神器 " の普及率は都市部と農村部で数ポ
イントの違いしかなかった。自動車の普及率につい
ては、むしろ農村部が都市部を上回った。農村は豊
かになった。中国のような大きな格差は、日本には
存在しない。2016年1月、私は、中国の国家発展改
革委員会で日本が採った都市と地方の格差是正政策
について講演したところ、日本の政策を研究したい
という発言が出るなど、注目された。ベトナムの政
策担当者は、日本の農村振興政策を真剣に勉強して
いる。大分県の一村一品運動はタイなどで普及して
いる。格差の是正や地域振興という点では、日本は
ある程度成功してきたといえる。
一仁
それなのに、このテーマが依然として政治のア
ジェンダに残り、さらに政治的なテーマとしてはよ
り大きくなっているということは、過去に華々しい
成果を挙げてきたこれまでの手法が通用しない状況
に、我々が直面しているからに他ならない。これま
でと異なった状況が出現し、我々は、それに対応で
きる地域の再生・活性化政策をいまだに持っていな
いのである。では、その新しい状況とは何か?従来
の政策が対応できない理由は何か? " 地域創生 " は
可能なのだろうか?我々は、何をなすべきなのだろ
うか?諸外国で参考になりそうな取り組み例はな
いだろうか?これが本稿で取り組もうとする課題・
テーマである。
政府の " まち・ひと・しごと創生基本方針 " にも
これまでと異なる新しい視点も見られるが、残念な
がら各省の政策を束ねた総花的なものとなってお
り、また、実際に町や村の衰退に歯止めをかけよう
とする自治体職員や地方住民の目からすれば、何を
すればよいのか具体性に乏しいように見られる。時
代の大きなうねり、流れの中で、検討すべき大きな
視点が欠けているように思われる。
それ以前に、地域創生は本当に必要なのかという
問題についても、我々は議論しておく必要がある。
筆者は、農林水産省の地域振興課長として、1998
年から2000年まで地域振興に携わってきた。この
間、中山間地域等直接支払い制度の設計・創設・実
施に当たった。また、農村振興局次長として農林水
産省を退官した後も、府県の農村地域振興政策に関
与し、地域の現場も歩いた。地方出身者として、郷
里に帰れば、友人たちから、郷里のいろいろな話を
聞かされる。過去の政策経験や地方の現場から、こ
れまでの地域の再生・活性化政策を振り返るとき、
地方の人たちが望んでいない、必要でないことを
やってきたのではないかという反省がある。
■
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 山下 一仁)
全文は以下の URL からご覧ください。
http://www.canon-igs.org/column/
macroeconomics/20150904_3279.html
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
5
2014 年 4 月の消費税率引き上げのインパクトを再考
ネガティブな影響はほぼなし
日経ビジネスオンライン 2015 年 9 月 9 日 掲載 ● 小黒
一正
あることが明らかになった。「景気の上昇が税収増
をもたらした ―― は幻想」の回で説明したように、
2014 年度の国(一般会計)の税収は 54 兆円となり、
2013 年度の 47 兆円から増えている。増えた 7 兆円
(= 54 兆円 - 47 兆円)のうち消費税の税収増は 5.2
兆円を占める。これは、「消費税率を引き上げても
税収は増えない」
との主張が妥当でないことを示す。
ちなみに、97 年 4 月の消費増税(3% → 5%)の
ときに税収が減少したことには、累次の減税の影響
が深く関係している。例えば、(1)1999 年から実
施し 2007 年に終了した所得税の定率減税( 年当た
り 2.7 兆円)、(2)2004 年度以降の地方への 3 兆円
の税源移譲、
(3)累次の法人税率引き下げ(合計 2.0
兆円)などである。内閣府は、「 平成 24 年度・年次
経済財政報告 」において、1997 年度以降行われた
所得税・法人税減税による恒久的な税収減は約 9 兆
内閣府は9月8日、2015年4~6月期の実質GDP
(国
内総生産 )の 2 次速報を公表した。これによると、
同期の実質 GDP 成長率は前期比 0.3%減で、3 四半
円であり、これらがなければ、単純計算では 2007
年度の税収は 97 年度の税収を上回っていたと試算
している。
期振りのマイナス成長となることが確実となった
緩やかに低下傾向の潜在成長率
は若干朗報であった。
次に、今回の増税が成長率に与えた影響はどう
だが、中国・上海株の急落や中国経済の悪化に対
1989 年の消費税導入(0%→ 3%)、97 年の増税(3%
が、1 次速報(0.4%減)よりも上方改定されたこと
する懸念から、世界同時株安の様相も出てきてお
り、2017 年 4 月に予定する消費税率引き上げ(8%
か。消費増税は、今回(2014 年 4 月)の増税を含め、
→ 5%)の 3 回がある。
→ 10%)を巡る環境は、厳しくなりつつある。こ
「 消費税再増税に対する慎重論に欠けている視
うために、2014 年 4 月の消費税率引き上げ(5%
影響を評価するためには、トレンド成長率との比較
のような状況の下、増税判断を冷静かつ的確に行
→ 8%)のインパクトを整理しておく意義は大きい
と考えられる。
まず、税収への影響はどうか。今回(2014 年 4 月)
の増税前は「消費税率を引き上げても税収は増えな
い」との主張が根強く存在したが、これが間違いで
6
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
点」の回で説明したように、増税が成長率に及ぼす
で分析する必要がある。つまり、消費増税が成長率
に与える影響の大きさは、「実質成長率-トレンド
成長率」と定義して評価するのが正しい。
「消費税再増税に対する慎重論に欠けている視点」
では、トレンド成長率として、以下の値を利用した。
・89年の増税評価:1980 年代の実質GDP成長率の
の乖離がある。しかも、アベノミクスが始動した
・97年の増税評価:1990年代の平均1.5%
内閣府は 2015 年 1 ~ 3 月期では潜在成長率を 0.6%
(リーマン・ブラザーズ破綻後の金融危機の影響を
下方改定している。
平均 4.3%
・今回(2014年)の増税評価:2000年代の平均1.4%
除くため 2000 ~ 08 年の平均を取った場合。2009
年も含めると0.7%)
だが、どうやら、今回(2014 年 )の増税評価に
おいて、2000 年代の実質 GDP 成長率の平均 1.4%
を利用するのは問題があったようである。内閣府が
8 月 31 日、「 今週の指標 No.1126」において、実質
GDP の潜在成長率の値を 0.5%に下方改定したから
である。
トレンド成長率の目安としては、実質 GDP 成長
率の過去の平均的動向のほか、実質 GDP の潜在成
長率がある。以下の図表 1 は、内閣府が推計した潜
在成長率の推移だ。この図表をみると、潜在成長率
は一貫して低下傾向にあり、80 年代の潜在成長率
2013 年以降も潜在成長率は緩やかに低下している。
と推計していたが、2015 年 4 ~ 6 月期では 0.5%に
新しい値を用いて再計算してみると
では、上記の潜在成長率(80 年代 = 4.4%、90
年代= 1.5%、直近= 0.5%)を用いて、消費増税の
影響を再検討すると、どうなるだろうか。内閣府「四
半期別 GDP 速報 」の統計表(1994 年 1 ~ 3 月期か
ら 2015 年 4 ~ 6 月期までの 2 次速報値、2015 年 9
月 8 日公表 )などを利用し、「 消費税再増税に対す
る慎重論に欠けている視点」の回と同様の手法で、
「実質成長率-トレンド成長率」を試算したのが以
下の図表である。
図表2:増税前後における「実質成長率ートレンド
成長率」の推移
は 4.4%、90 年代は 1.6%となっている。各々の値は、
上記の「4.3%」「1.5%」と概ね一致する。
しかし、2013 年以降の潜在成長率(0.5%~ 0.8%)
と、下線を引いて記した「1.4%」との間には相当
図表1:潜在成長率の推移(内閣府の推計)
(出所)著者作成
増税期(4 ~ 6 月期)における実質成長率の屈折
幅は「89 年(2.4%減 )> 2014 年(2.1%減 )> 97
年(1.4%減)」であり、増税が与える負の影響は 97
年ケースよりも大きいが、89 年ケースよりも若干
小さいことが読み取れる。これは、「消費税再増税
(出所)内閣府(2014)「潜在成長率について」及び内閣府「今週の指標」等か
ら著者作成
に対する慎重論に欠けている視点」の回と同じ結果
だ。
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
7
今回は、増税後もトレンドGDPをほぼ維持
の消費税導入時の動きをみると、増税期と増税 1 期
この時点では 2014 年 4 ~ 6 月期よりも先のデー
ド GDP」
であったが、増税 5 期後
(1990 年 7 ~ 9 月期)
タがなく、増税期以降の比較ができなかった。現在
は増税 4 期後(2015 年 4 ~ 6 月期 )までのデータ
がそろっている。今回(2014 年)の増税に伴う「実
質成長率-トレンド成長率」の推移は、図表 2 の緑
色の線のようになる。
もっとも、図表 2 のグラフのみでは「実質成長率
-トレンド成長率」が上下に振動し、増税の影響を
読み取るのは難しい。このため、今回(2014 年 )
の増税の影響を把握しやすくするため、作成したも
のが以下の図表 3 である。
後(1989 年 7 ~ 9 月期 )は「 実際の GDP <トレン
では実際の GDP がトレンド GDP を大幅に上回った
ことが分かる。
また、97 年の増税時の動きをみると、増税期と
増税 1 期後(1997 年 7 ~ 9 月期 )は「 実際の GDP
>トレンド GDP」であったが、97 年 11 月の三洋証
券の破綻から始まる「平成の金融危機」があった増
税 2 期後(1997 年 10 ~ 12 月期 )以降は「 実際の
GDP <トレンド GDP」となり、増税 5 期後(1998
年 7 ~ 9 月期 )には実際の GDP がトレンド GDP を
大幅に下回ったことが分かる。
図表 3 は、増税 5 期前(2013 年 1 ~ 3 月期)の実
他方、今回(2014 年 )の増税時の動きをみると、
を描いたものである。
ド GDP の乖離は縮小する方向にある。2015 年 7 ~
質 GDP を 100 として、実際とトレンドの実質 GDP
このグラフをみると、2015 年 4 ~ 6 月期(増税 4
期後 )の GDP はトレンド GDP を若干下回るが、概
ね同水準の範囲を動いている。
図表 4 は、89 年・97 年の増税時を含め、増税 5 期
前の実質 GDP を 100 として、トレンド GDP と実際
の GDP の乖離を描いたものである。例えば、89 年
図表3:2013年1-3月期以降の実際のGDPとトレンド
GDPの推移
(出所)著者作成
8
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
増税 3 期後や 4 期後において、実際の GDP とトレン
9 月期よりも先のデータがなく、現時点で断定する
ことは不可能だが、実質 GDP の動向をトレンド成
長率との乖離で評価する場合、図表 2 ~図表 4 で確
認したように、今回の増税が成長率に及ぼした影響
は、金融危機に直面した前回(97 年 4 月)の増税と
は異なり、概ねニュートラルである可能性がある。■
(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 小黒 一正)
図表4:「トレンドGDP-実際の GDP」の推移
(出所)著者作成
WORKING PAPER
“ Do Credit Market Imperfections Justify a Central Bank’s Response
to Asset Price Fluctuations? ”
(CIGS Working Paper Series No. 15-003E)
2015 年 9 月 29 日 CIGS ホームページ 掲載 ● 奴田原
健悟
金融政策の古典的議論のひとつとして、「資産価
本稿の結果は、資産価格変動を考慮した金融政策
この背景には、日本の 1990 年代のいわゆる「 失わ
して変化することを示しており、政策当局はそれら
格変動を考慮した金融政策運営の有効性 」がある。
れた 10 年」や 2007 年後半の金融危機など大きな景
運営の有効性が金融市場の不完全性の大きさに依存
気後退の際には、事前の資産市場の過熱による資産
の事情も勘案したうえで政策を立案していかなけれ
■
ばならないといえる。
伴っていることがあげられる。この問題に対して、
(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 奴田原 健悟)
価格高騰と、その終焉による急激な資産価格下落が
筆者を含め、これまでにも多くの経済学者が様々
な研究を行ってきた。金融危機以降、「金融市場の
全文は以下の URL からご覧ください。
研究では、金融市場の不完全性の存在そのものが資
macroeconomics/20150929_3312.html
不完全性」の重要性に注目が集まっているが、既存
産価格変動を考慮した金融政策の有効性に果たす役
http://www.canon-igs.org/workingpapers/
割や、金融市場の不完全性の度合いが政策の有効性
に与える影響については焦点が当てられていなかっ
た。
そこで本稿では、金融市場の不完全性として、企
業の運転資金借入がその企業の保有する資産の価値
に制約を受けるニューケインジアン・モデルを構築
し、金融市場の不完全性の大きさと資産価格変動を
考慮した金融政策の有効性との関係について分析を
行った。とくに本稿では、資産価格変動を考慮した
金融政策の効果について、金融市場の不完全性の程
度が小さい場合と金融市場の不完全性が大きい場合
のそれぞれで検討を行った。その結果、本稿が使用
した理論モデルでは、不完全性の程度が小さい場合
には資産価格変動を考慮した金融政策は経済の安定
化(均衡の決定性)に貢献する一方、金融市場の不
完全性が大きい場合には資産価格変動を考慮した金
融政策は経済の不安定化(均衡の非決定性)を引き
起こす原因となる可能性があることを理論的に示し
た。また、金融市場の不完全性の改善は必ずしも経
済の安定化に貢献するわけではなく、逆に不安定化
を招く(均衡の非決定性領域を広げる)場合がある
ことも明らかにした。
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
9
WORKING PAPER
" Choice of market in the monetary economy "
(CIGS Working Paper Series No. 15-002E)
2015 年 9 月 8 日 CIGS ホームページ 掲載 ● 平口
良司 / 小林 慶一郎
マクロ経済学では、貨幣の役割をモデルの中で描
この論文では、サーチモデルにおいて、貨幣を用
貨幣の果たす役割を明示的に描いた、いわゆるミク
市場と、価格が競争的に決まる市場の2種類あり、
写する取り組みが様々な方法でなされてきた。最近、
ロ経済学的基礎を持った枠組みとして注目されてい
るのが貨幣的サーチモデルと呼ばれる理論モデルで
ある。このモデルはマクロ経済学の分野で今頻繁に
研究されているが、興味深いことに、ほとんどすべ
ての場合において、社会的に望ましい金融政策はい
わゆるフリードマンルールに従うことが知られてい
る。
このフリードマンルールとは、経済学者のミルト
ン・フリードマンらによって提唱されている金融政
策ルールのことで、簡単に言えば金利をゼロにする
政策を指す。この政策を実現するには、貨幣を中央
銀行が一定の率で減らし、デフレーションを引き起
いる市場が、交渉によって売り買いの条件が決まる
品物の売り手や買い手が市場を選べると仮定し分析
を行った。そして、このような場合では、プラスの
インフレを起こすことが社会的に望ましい金融政策
となることを示した。すなわち、フリードマンルー
ルは最適政策ではなくなるのである。市場を人々が
選べるというより現実的な仮定をおくことで、デフ
レが望ましくなくなるという自然な結果を得た。こ
のようなモデルは現実の金融政策分析により貢献で
きると考えられる。
(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 平口 良司 /
研究主幹 小林 慶一郎)
こすことが必要となる。しかしながら、世界の中央
全文は以下の URL からご覧ください。
常であり、理論と実務との乖離が問題になっている。
macroeconomics/20150908_3285.html
銀行はデフレを避けるよう政策運営をすることが通
10
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
■
http://www.canon-igs.org/workingpapers/
鬼怒川堤防決壊 ... 米国の教訓
産経新聞【宮家邦彦の World Watch】2015 年 9 月 17 日 掲載 ● 宮家
先週、記録的豪雨により日本各地で堤防が決壊し
た。関係者は「決壊するとは思っていなかった」
「こ
れほどの範囲の浸水になるとは予想もしなかった」
「夜半だったのでためらいがあった」などと釈明し
た。
待てよ、似たような話を聞いたことがあるぞ。そ
うだ、2005 年夏のハリケーン・カトリーナ。米ル
邦彦
か」に迷ったら、それは既に「危機」である。
そんな時は「事態は深刻だ」と直言する部下が最
も頼りになる。「 イエスマン 」は要らない。また、
危機が起きたら誰も助けてくれない。「誰かがやっ
てくれる」と期待すべきではない。
(2)マニュアルと現場管理
イジアナ州ニューオーリンズでは堤防決壊で市の
「 危機管理マニュアル 」は平時の「 頭の体操 」と
千人を超えた。外務省を退職した直後のことだから
はなく「常識」に頼るしかないのだ。また、混乱す
大半が水没した。米国南部で死者・行方不明者は 2
割り切る必要がある。危機の際は「マニュアル」で
今も鮮明に覚えている。
る「現場」を「中央」は一元管理できない。部下や
ちゅう ちょ
米国でも担当者は躊 躇 した。8 月 27 日の夜中、
国家ハリケーンセンター所長はニューオーリンズ
市長の自宅に電話で住民の強制避難が必要と伝え
たが、その時点で避難命令は出なかった。対応は不
現場に対する指示を明確にしないと現場は動けな
い。危機の際情報は必ず混乱する。現場責任者に一
定の権限を付与することも重要だ。
(3)情報管理の失敗
徹底、決断も遅かった。市長は州知事や連邦政府が
危機の際、
「 広報」は「最大の武器」にも「致命傷」
きも加わり、被害は拡大した。当時ニューヨーク・
担当責任者を同席させるべきだ。「十分対応できな
対応すると甘く見た。これに官僚主義、煩雑な手続
タイムズ紙は「全ての関係者が判断ミス、連絡ミス、
過小評価を犯し続けた」と書いた。
にもなり得る。トップの最高意思決定には常に広報
かったこと」よりも、
「 嘘をついた」
「知らなかった」
ことの方がダメージは大きい。誤解を恐れずに書け
いけ にえ
当時市内は銃撃、略奪、婦女暴行が多発する無政
ば、メディア関係者は常に「 生 贄 」を探している。
に終始、支援物資やボランティアの申し出を断る
情報を操作しようとした組織は必ず報復されるだろ
府状態だった。関係者は管理マニュアル通りの対応
情報を発信しない組織はターゲットになる。まして、
ケースすらあった。市内全域で通信が止まり、関係
う。
省庁や地方政府間の連絡も不十分だった。当時の連
邦緊急事態管理庁長官はインタビューで「予測不能
だった、知らなかった」と応答、厳しい批判を浴び
て更迭された。これがカトリーナ事件の概要だ。
日本の関係者を批判するのが目的ではない。危
機管理の失敗は今も世界中で起きている。されば、
カトリーナ事件から私たちが学ぶべき教訓は何だ
ろうか。
(1)初動対応が全てを決める
誰も危機の規模を正確に予測できない。だから
こそ、常に最悪の事態を考える必要がある。「夜中
だった」「休暇中だった」などの言い訳は一切通用
しない。初動では私情を捨てるべきだ。「危機か否
(4)結果責任
政治は結果であり、部外者は関係者の結果責任を
求めている。だが、結果を出すためには行動が不可
欠だ。
「思考するだけで失敗しない部下」よりも、
「行
動して失敗する部下 」の養成・慰労・処遇が重要で
ある。それでも政治判断に迷う場合は常識、すなわ
ち「普通の人の普通の感覚」を考えるしかない。
以上がカトリーナ事件の教訓だ。
ちなみに当時米国では誰も謝罪せず、トカゲの尻
尾切りで幕引きとなった。その点、日本の対応の方
がはるかに誠意があると思うのだが。
■
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 宮家 邦彦)
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
11
<安全保障法制・考論> 米のいいなり 当たらず
朝日新聞 2015 年 9 月 18 日 掲載 ● 神保
謙
日本を取り巻く安全保障環境の最大の変化は、
レーゾーン事態への対処には疑問が残る。自衛隊の
結果、米国との軍事バランスが崩れ、東アジアで
の手続きを定めた。自衛隊の出動を柔軟に担保する
中国の台頭だ。中国が軍事力を急速に拡大させた
の紛争の抑止、対処の方程式が大きく変化しつつ
ある。自衛隊が米軍への行動に支援を強化する法
整備は、中国への抑止力として必要だ。
尖閣諸島周辺では、中国の公船による領海侵犯
が繰り返されている。日本の施政権を脅かすよう
な状況で、東シナ海でのグレーゾーン事態(準有事)
も懸念される。
中国の軍艦が、日本の領海内で活動を常態化さ
海上警備行動や、治安出動のための迅速な閣議決定
ことは重要だが、警察権の範囲で行動したとしても、
中国に海軍投入の引き金を引かせることにつながり
かねない。海上保安庁による対処を優先し、海保の
武器使用権限の拡大や巡視船の増強を可能な限り進
めるべきだ。
法案は、朝鮮半島有事への備えでもある。重要
影響事態法案で後方支援の対象を米軍に限定せず、
オーストラリアなど友好国に広げたのは当然だ。
せるといった挑発のエスカレートは避けなければ
日本は戦後、国際社会の環境変化に対応を迫られ、
化し、中国につけいる隙を与えないことは重要だ。
自信をもっていい。間違った政策判断をさせないよ
ならない。米艦防護など日米の共同対処能力を強
法整備は日本の主体的な取り組みで、「米国のいい
なり」との批判は当たらない。
ただ、抑止という観点から、法案が想定するグ
12
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
法整備を進めてきた。日本の貢献は評価されており、
うに、一人一人が選挙に緊張感を持って臨むことこ
■
そが重要だ。
(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 神保 謙)
(安保法案)政策的ゆがみを整備
拙い説明で国民を分断
共同通信 2015 年 9 月 17 日 配信 ● 神保
謙
参院特別委員会で可決された安全保障関連法案
対する高いコストを課することにより、紛争抑止や
まとめ」とともに、新しい安全保障上の課題への対
安全保障環境下で日米同盟の役割を強化していくこ
は、冷戦終結後の日本の防衛・安全保障政策の「 総
応という二つの側面がある。過去 25 年間にわたり、
日本は国連平和維持活動(PKO)への参加( 国際平
和協力法 )、周辺事態に対する後方支援の拡大( 周
対処の方程式を変化させていることだ。この新しい
とは不可欠だ。安保関連法制によって、こうした新
しい課題に対応できる態勢を整えることになる。
辺事態法 )、グローバルな対テロ活動への支援( テ
政府が集団的自衛権の行使を限定的に認めたこ
割を拡大させてきた。
の範囲を拡大したことには、自衛隊のリスクの増大
ロ対策特措法等)など、さまざまな形で自衛隊の役
しかし、こうした政策の積み重ねは、数多くの新
規法案と既存の法改正による継ぎはぎの増改築工事
による政策の展開だった。こうした中で、日本を取
と、重要影響事態や国際平和活動における後方支援
を懸念する批判がとりわけ強かった。もちろん安全
保障政策にはリスクを伴う。ただそこには作為のリ
スクがあれば不作為のリスクもある。
り巻く脅威の性質や自衛隊に求められる役割が空
政府の不作為によって国益が侵害され、同盟が弱
本の安全保障政策や法制度は空間・領域別に「切れ
てはならないはずだ。これを総合的に判断するのが
間・領域横断的に展開しているにもかかわらず、日
目」や縦割りがあるという弊害が生じるようになっ
た。
今回の安全保障関連法制は、こうした法的・政策
体化し、人道危機が放置されるような国家像であっ
政治の責任だ。そして安保法制で規定された存立危
機事態、重要影響事態を見極めて、国際支援の是非
を判断できる指導者を選ぶのは国民の責任である。
的な歪みを、「 総まとめ 」として包括的に整備しな
安全保障関連法制は、大変複雑に構成されており、
きな意義がある。
が上回り、国民的理解が十分に得られていない状況
おし、切れ目ない安全保障体制を目指したことに大
新しい安全保障上の課題で最も重要なのは中国の
台頭だ。中国の海洋進出と海空軍力の急速な強化は
日本を取り巻く安全保障環境を二つの局面で変化さ
せている。一つは東シナ海と南シナ海における「グ
分かりにくいものとなっている。世論調査でも反対
については、率直に言って政府、与党の努力不足を
指摘しないわけにはいかない。政府はこれまで便宜
的な事例紹介を繰り返したり、極端な単純化を試み
たりと、拙い説明が目立った。
レーゾーン事態」の深刻化だ。中国の沿岸警備組織
本来であれば超党派で推進すべき安全保障政策に
大や、一方的な資源開発や埋め立てなどの行動は、
的分断が生まれた原因の一端は、政府の戦略的コ
( 海警局 )、資源探査船、民間船舶などの活動の増
従来の自衛権と警察権の隙間を埋めなければ対応で
きない。
もう一つは中国の軍事力の拡大が、自衛隊の航空・
海上優勢を脅かし、また米軍の東アジアへの関与に
もかかわらず、国民やメディアに深いイデオロギー
ミュニケーションの不出来にある。日本における安
全保障論の一層のレベルアップが必要だ。
■
(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 神保 謙)
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
13
櫛田健児氏セミナー
2015 年 4 月 28 日 開催
シリコンバレー経済エコシステム「活用」への新しいパラダイム:スタンフォード大学からの視座
2015 年 9 月 7 日 CIGS ホームページ 更新
【櫛田健児氏紹介】
スタンフォード大学アジア太平洋研究所 日本研究プログラム リサーチアソシエート。Stanford Silicon Valley
- New Japan Project プロジェクトリーダー。東京のインターナショナルスクールを経てスタンフォード大学
で経済学と東アジア研究を専攻、カリフォルニア大学バークレーで政治学博士を修得後、現職に就く。情報
通信やクラウド、政治経済分析を中心に研究。日本向けの一般書は『 バイカルチャーと日本人― 英語力プラ
スαを探る』
(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界』
(扶桑社、キンドル電子書籍)など。
http://www.kenjikushida.com/
【セミナー要旨】
私は、そもそも名前と見かけがマッチしていない
のだが、父親が日本人で母親がアメリカ人のハーフ
である。東京のインターナショナルスクールに通い、
スタンフォード大学入学を機に米国へ渡った。その
後、カリフォルニア大学バークレーで政治学博士と
なり、現在は再びスタンフォード大学の研究職とし
て戻っている。
かつて日本の携帯電話、いわゆるガラケーは、i
モードなどが世界に先駆けてインターネット接続が
できた。当時、日本に来る外国人たちは皆「この携
帯はすごい。日本の携帯はいつになったら世界を取
りに行くのか。いつ、我々が使えるようになるのか」
とうらやましそうに言ったものである。しかし残
念ながらその日が来ることはなく、結局 iPhone と
Google の Android に、日本のみならず世界全体の
通信キャリアとサムソン以外のメーカーがやられて
しまった。
いるシリコンバレーが注目されるのは必然である
が、面白いことに、シリコンバレーでも日本が再評
価されている。
先日、三木谷氏が代表理事を務める新経済連盟の
経済サミットにおいて、Evernote のフィル・リービ
ン CEO いわく「 中国、欧州に比べると、日本は非
常にビジネスがやりやすい。行政とのやりとりはス
トレートだし、日本のパートナー候補は一獲千金を
狙って皆が寄ってくるわけでもない」ということで
あった。ただし、規制の壁に真っ向からぶつかる戦
術の Uber とは意見が異なるかもしれない。
シリコンバレーはスタートアップのメッカである
が、それを可能としているのは大企業の存在が重要
といえる。M&A でスタートアップを買うのは大企
業であり、大企業をサポートするエコシステムとス
タートアップをサポートするエコシステムが両立し
ているわけである。
大 企 業 と ベ ン チ ャ ー 企 業 群 の 共 存 の 中 に は、
なぜ、日本は IT ガラパゴスになってしまったの
「 オープンイノベーション 」と並行して、アップル
し、規制は政治によって動く。例えば NTT は民営
化があり、それらの間に絶妙なバランスが存在して
だろうか。そこには市場の仕組みや規制などが関係
化で分割されなかったためメーカーを牽引してサー
ビス開発を行ったが国内に留まっており、一方、米
国では AT&T が完全に分割されたために研究開発能
力を失い、コンピューター産業が通信業から守られ
たことで独自に伸びることができたわけである。そ
の米国のコンピューター産業から Apple や Google
が生まれたわけである。
少子高齢化で生産人口が減少する日本では、これ
まで以上にイノベーションが重要になってくる。世
界でもっとも革新的で速いイノベーションが起きて
14
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
の新製品の秘密厳守主義のような企業機密厳守の文
いる。そして重要なポイントとして、失敗も貴重な
経験として評価されることである。これは文化だと
いう人もいるが、実は、その失敗を評価するノウハ
ウが非常に発達している結果なのだ。例えばエンゼ
ル投資家は、似たような経歴で似たようなアイディ
アならば、会社を潰した経験を持つ起業家の方と先
に会うことは珍しくない。失敗の理由がまずけれ
ばアウトだが、
「我々は早過ぎたんです」、
「Google
にやられました」という類いの話に信憑性があれば
プラスに評価されるわけである。
また歴史的にも、シリコンバレーは世界中のトッ
NIH や NSF といった政府の研究開発資金も巨額であ
そして今、ダントツでうまくいっているアクセラ
日本企業の大いなるチャンスと課題として、まず
プ人材を「いい所取り」する頭脳循環ができている。
レーターは、約 760 社のスタートアップを世界中か
ら呼ぶなどし、世界中からえり好みしている。大学
を中心とした人材クラスターも形成されている。
もともと GM、GE、フォードといった米国の大企
業は戦後、終身雇用、年功序列、垂直統合、自社内
研究開発など、一般的に今は日本型と考えられてい
る経営モデルだった時代があった。しかし第 1 次オ
イルショックで大不況に陥り、日本の製造業に押さ
れたため、発想を転換してオープンイノベーション
に転換したのが IBM である。生き残り対応できな
かった大企業の多くは潰れて無くなった。日本も、
まさにそういう局面に来ているように思う。
シリコンバレーをみると、アントプレナーの平
均年齢は実は 40 歳近くである。それを踏まえると、
日本の大企業で若手あるいは中堅になりつつある人
で、チャンスがあれば飛躍できる人をサポートし、
退職金や年金などのリスクのハードルを下げるのが
政府の役割でもあり、皆で知恵を出していくべきと
いえる。
米国では、70 年代後半にキャピタル・ゲイン課税
が 40%台から 20%台に引き下げられ、同時に年金
ファンドの投資先の規制も緩和された。それまで
VC( ベンチャーキャピタル )に投資していたのは
主に金融機関であったが、そこからペンションファ
ンドの比率が飛躍的に伸び、投資額も桁違いに増え
たわけである。そして政府は、新しい企業であって
もリードバイヤーとなってどんどん買っていた。今
でもリードバイヤーとしての政府の役割は健在で、
る。
は大企業、中小企業、スタートアップを分けて考え
る必要がある。それぞれで課題は大きく異なるため
で あ る。 ま た、Internet of Things(IoT)な ど、 次
の技術パラダイムが日本企業に可能性をもたらす。
この 3、4 年でシリコンバレーに進出し、勢いに乗
る日本のスタートアップも増えており、これは新し
い時代が来たかという印象を受けている。IoTによっ
て「日本クオリティー」が測れるようになれば、そ
れもチャンスになるかもしれない。
シリコンバレーの強みの 1 つは、全世界からの「い
い所取り」であるが、今までいいところ取りできて
こなかった重要なところがある。それは日本である。
これまで多くの人材が大企業にロックインされ、日
本と米国を結ぶプラットフォームもなかったわけで
ある。
シリコンバレーもまだ日本を最大限に活かせてな
い現状があり、日本もシリコンバレーを活かしてい
るとは言い難い。しかしシリコンバレーのコミュニ
ティーはクローズドではないため、上手に活用しよ
うと思えば十分に入れる。では、どうすればいいの
か。その答え探しとエコシステムの活用を促進する
ために、私がプロジェクトリーダーとなって「スタ
ンフォード・シリコンバレー・ニュージャパン・プ
ロジェクト」を立ち上げた。日本に関係する人、日
本に興味がある人、あとはシリコンバレーで面白そ
うな知的刺激を探している人が集まり、連続公開
フォーラムの開催、研究・出版、政策研究と政策評価、
■
国際研究会といった活動を行っている。
CIGS Highlight Vol.29 2015.10
15
今月の書籍
の尾を踏んだ中国、凋落が囁かれる米国、従来戦術
『日本の敵』
著 者:宮家 邦彦
出版社:文春新書
価 格:本体 780 円+税
発 行:2015 年 9 月初版
が失敗しつつある韓国・・・・。この複雑極まりな
い国際情勢は、「 ある視点 」を導入することによっ
て実にクリアに見えてくる。そこから日本の「本当
の敵」もその正体を現す。
米国防総省には長い間秘密のベールに隠された部署
があった。ネットアセスメント局(ONA)。その初
代にして事実上の最期の室長がネットアセスメント
の第一人者、アンドリュー・マーシャルである。表
舞台に出ることや手柄を嫌悪し、めったに人前に姿
冷戦、ポスト冷戦とはケタ違いの大波が日本を襲う!
生き残れ、日本 !!
安倍晋三が信頼を寄せる「本物のインテリジェンス」
が分析した圧倒的サバイバル戦略論。
誤解を恐れずに敢えて言おう。南シナ海で今起きて
いることは、中国にとって「満州事変」となる可能
性がある──。
を現さなかったマーシャルを人は「 伝説の老軍師 」
「国防総省のヨーダ」と呼んだ。
このマーシャルのネットアセスメントこそ、冷戦を
勝利に導いた真の功労者であり、ソ連はマーシャル
に敗れた。従来型の情報分析や CIA の情報網は、経
済力などの視点を軽視し、ネットアセスメントを前
にその脆弱性、不確実性を露わにした。
そのマーシャルは早くも 90 年代以降中国に並々な
らぬ関心を持っていた。この本のもう一つの挑戦は、
今年半年で、著者のもとには、海外からの巧妙に仕
未だ知られざるネットアセスメントの全貌を紹介
装うなど実に高度なもので、それほどまでに世界の
状況判断を誤ることは、国家の「死」に直結する。
組まれたスパムメールが 27 件届いた。新聞記者を
サイバー戦は苛烈さを増している。
帰ってきたロシアの熊、「 イスラム国 」の出現、劣
等感と不健全なナショナリズムに苛まれ、米国の虎
『システム安全学』
著 者:氏田 博士
他 柚原 直弘
出版社:海文堂出版
価 格:本体 3,600 円+税
発 行:2015 年 9 月初版
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CIGS Highlight Vol.29 2015.10
し、その手法を中国に応用することを試みることだ。
今、「ポスト・ポスト冷戦」の熾烈なサバイバル競争
の幕が開く──。
「文藝春秋 BOOKS」より引用
本書の「 システム安全学 」は、安全の実現・確保を
図るために、安全の問題の対象を全体として認識す
る分野横断・俯瞰的な視座と、対象を問わず広くさ
まざまな分野における安全の実現・確保 / 安全の問
題の解決に共通に応用できる普遍性のある思想や諸
概念、考え方、原則、方法・方法論、基礎事項、手
法などを、一般化の観点に立って知識の体系として
構築したものである。
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CIGS Highlight Vol.29
発行日
:2015 年 10 月 20 日
編集・発行:一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所
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CIGS Highlight Vol.29 2015.10
一般財団法人 キヤノングローバル戦略研究所
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