...

生き残り戦略から勝ち残り戦略へ

by user

on
Category: Documents
34

views

Report

Comments

Transcript

生き残り戦略から勝ち残り戦略へ
c
ラテンアメリカ・カリブ研究 第 10 号: 41–50 頁. 2003
〔研究ノート〕
生き残り戦略から勝ち残り戦略へ
ポブラドーレス活動の新しい局面
小枝 冬実 (Toshimi K)
筑波大学大学院
組織3 (organizaciones vecinales) では住民の参加
はじめに
ペルー・リマで最も古い低所得者居住区1 であ
るエル・アグスティーノ区は住民活動の歴史が
2
長く、そこには膨大な数の社会組織 が存在する。
が減少し、代わって機能組織による生活防衛の活
動4 が活発化している。
本稿の目的は、現在のエル・アグスティーノ区
なかでも隣人組織は移住時の土地占拠に端を発
における住民活動の事例を提示し、ポブラドーレ
し、それに伴う土地所有権や住居の獲得要求運動
ス5 活動を再定義する際の一つの指針とすること
を行ってきた。その後、左翼政府による組織統合
である。それは当地区が、住民による組織的諸活
と自治の試みという大きな動きも経験している。
動の経験を豊富に有し、また歴史的に見ても国
このような政府主導の動きを背景に、近年、隣人
内情勢の波に最も強くさらされた地区だと考え
1 ラテンアメリカ諸国の大都市で一般的に見られる不法土
地占拠、あるいは都市開発行政規定に違反する土地分譲と、
大概は住民の自助建設によって形成される低所得者層が集
中する居住区を、ここでは低所得者居住区と総称する。ただ
し低所得者居住区の土地分譲の形態がすべて土地占拠ないし
違法分譲に由来するものでは必ずしもないため、土地占拠に
由来する居住地を指すバリアーダ (barriada) とは同義ではな
い。「スラム」という用語は本来、既存の合法的住宅が荒廃
し、劣悪な環境に陥った住宅が密集する居住地区を指す (幡
谷 1999: 3) ので、低所得者居住区を指す用語としては適当
でないと判断する。また、低所得者居住区はベラスコ軍事政
権以降、プエブロ・ホーベン (pueblo joven) と呼ばれるよう
になったが、為政者がある意図をもって作成した用語である
と判断しこの呼称は用いない。ただプエブロ・ホーベンとい
う呼称は頻繁に使用されており、一般的には必ずしも偏向的
な呼び方ではない。
2 J. トバールによれば、これらの組織は基本的に隣人組
織と機能組織に分類でき、隣人組織は領域に基づく複数の目
的を持ちうる組織であり、機能組織は単一の目的に基づいて
形成された組織である (Tovar 1996: 22) 。
られるからである。当地区の住民組織を事例と
する先行研究にはM. タナカによる研究 (Tanaka
1999) や、J. トバールによる研究 (Tovar 1996)
3 本稿では低所得者居住区の住民によるさまざまな組織的
諸活動の主体を住民組織と呼称し、その中の一形態として隣
人組織を位置づける。
4 これらの活動は女性が中心になって行われ、ラテンアメ
リカの「新しい社会運動」として注目を浴びた。
5 本稿ではエル・アグスティーノ区民を住民、都市下層民
全体をポブラドーレスと呼称する。ポブラドーレスがどのよ
うな人々を指すのかについては多くの論争がある(詳しくは、
高橋 1993: 33-51 を参照)が、それを紹介し、またそれにつ
いて論じることは本論の主意ではないので、低所得者居住区
に居住する人々、と簡潔に定義する。彼らは「生産関係にお
いては必ずしも均一的でないが、同じ都市周縁部の低所得者
居住区に居住し、同一の社会階層を構成し、共通の目的を持
つ運動を展開させてきた」(大串 1995: 29) 主体であるという
側面を重視して、この総称を用いる。
42
小枝
エル・アグスティーノ区地図
(http://www.elcomercioperu.com.pe/Noticias/Html/2002-08-26/Lima3964.html より転載)
住民組織 (organizaciones sociales) を捉え直して
1940 年代から土地占拠が始まった当地区は、1965
年に区として認可されている。コノエステ (Cono
Este、東先端部) に位置し、西はリマのセントロ
いるが、それらの研究は、活動の主体であるはず
(Centro、中心部)に接する。土地の利用状況は不
がある。タナカは政治学的視点から民主主義の
萌芽を論じ、他方でトバールは組織論の視点から
の住民自身に主体性をおくものではない。実際
均質6 で、住宅地として利用できる区域は限られ、
には、住民のなかに第2世代や第3世代が誕生
また継続的な人口流入のために、リマで最も人口
し、新中間層の特徴を持つ者も存在する。つまり
密度が高く7 、人口増加率もリマ首都圏の平均よ
考慮に入れるべきは、従来の研究がいうように彼
り高い。(Tovar 1996: 19 、地図参照)。一世帯当
らの生活改善の要求が結果として社会を変化さ
りの住民の平均所得はリマで最も低いが、住民
せるかどうかではなく、低所得者居住区では今や
と居住の状況は土地の獲得・購入方法8 と移住時
住民自身が社会変革をめざして活動を行う可能
期9 によって多様であり、生活状況の異なる住民
性があるという点である。そして、こうした活動
は必然的にポブラドーレスの今後を予感させる
ものになると考えられる。
1. エル・アグスティーノ区の概要
まずエル・アグスティーノ区の特徴を概観して
おきたい。ペルーでは不均衡な伝統的土地所有形
態の結果、農村住民は雇用と都市サービスへの期
待を抱いて都市の周縁部に集まり、低所得者居住
区を形成するようになった (Harris 1971: 105) 。
6 土地の 30%が丘陵で、
その他の 30% が特別の目的(軍用地、
墓地、SEDAPAL: Servicio de Agua Potable y Alcantarillado
de Lima)のために使用されている (El Comercio web site)。
7 1994 年時点の人口は 15 万 4,028 人、総面積は約 1,100
ヘクタールである (El Comercio web site) 。
8 土地の獲得方法には以下の3形態がある。Asentamientos
Humanos は土地占拠による獲得、Cooperativas (asociaciones)
de Vivienda(住宅協同組合)は土地の共同購入、Urbanizaciones
は個人的な土地購入であり、記述順に移住当時の住民の所
得が高いと考えられる。当地区では 70% が AH である (El
Comercio web site) 。
9 土地の占拠は 1940 年代から始まり、
「古い」地区、つ
まり 40 年代に占拠された地区はインフラストラクチャーが
整備されているのに対し、ここ数年間に占拠された地区はそ
の途中の段階である (El Comercio web site; Tovar 1996: 19;
生き残り戦略から勝ち残り戦略へ
43
同士は断絶している (El Comercio website; Tovar
1996: 19; Tanaka 1999: 105) 。いくつかの NGO
グスティーノ区における調査では、現在、新たな
が活動を行っており、最も積極的な NGO は SEA
ド・アンビエンタル (Red Ambiental、以下 RA と
組織が活動を始めていることがわかった。レッ
する) の会報および SEA との仲介者から筆者に
(Servicio Educativo de El Agustino) である。
寄せられた回答に基づき、以下、RA の活動内容
2. レッド・アンビエンタルの活動
をまとめてみよう。
1990 年代はポブラドーレスにとって試練の期
RA はエル・アグスティーノ区役所、SEA、環
間であった。というのもフジモリによる経済安
境委員会、隣人組織連合、および隣人組織の指導
定化政策は弱者に負担を強いるばかりで貧困層救
者たちによって、環境改善を目的として結成され
済計画はいっこうに進まず、テロ組織センデロ・
た調整グループである。金属溶解工場や段ボー
ルミノソがポブラドーレスの生活基盤や自助努力
ル工場からの工業廃棄物、交通機関の排気ガス、
組織を集中的に攻撃したからである。1980 年代
汚水、それに家庭廃棄物による汚染のせいで当
後半から 1990 年代にかけてエル・アグスティー
地区の環境が悪化したため、RA は緑地の保護、
ノ区でもセンデロ・ルミノソが実権を掌握し、隣
汚染源の解消、リマック川の保護などの環境保
人組織や女性による組織の指導者たちに圧力を
護活動を自発的に推進してきた。そして指導者
かけた。フジモリ政権の援助主義の下における
の出席のもと、
「汚染による環境の悪化」
、
「旧火
ポブラドーレスと政府の緊密な関係は、軍に協
薬庫用地の公的必要性についての提案」
、および
力的な住民組織に対するセンデロの報復攻撃を
「公園委員会の作業所」に関する3つの会合を実
かえって増加させる結果を招いた(遅野井 1995:
現させた。これらの活動の目的は地区の各作業
151-2; Tanaka 1999: 106-7 )。
1990 年代以降、ポブラドーレスの活動は全体
所においてコミュニティの活動を活発化し、統一
10
することにある。フランシスコ・アンティポルタ
的に停滞しているという認識が一般的である 。
(Francisco Antiporta) 区長や、当地区の RA に加
当地区においても既存の住民組織であるコメドー
わるすべての隣人組織がそれらの活動に参加し
ル・ポプラル (Comedores Populares)、や母親ク
ている。
ラブ (Clubs de Madres) の活動目的は全体として
この組織は総会と理事会を有し、毎週火曜日に
は個別的かつ単発的であり、自発的に同じ目的を
集会を開いている。集会場所は主として SEA が
持つ組織同士が連帯したり、異なる目的を持つ組
位置する教区教会である。その具体的な成果は、
織が協力するといった大きな動きは見られない。
以下のイベントを開催したことである。
SEA の呼びかけで組織の指導者たちが会合を開
くことはあっても、全体として大きな動きにつな
がることはなかった。
これに対し、筆者が 2002 年に行ったエル・ア
Tanaka 1999: 105) 。
10 住民運動は (a) 住環境の要求が満たされる地区が現れた、
(b)1980 年から選挙で選ばれるようになった地方政府が住民
運動の要求表出機能を果たし、そのダイナミズムに吸収され
た、(c) 経済の悪化による生活の困窮化のなかで生存を図る
事態に住民組織が対応しなかった、などの理由によって衰退
した(村上 1999: 105 )
。
(1) エル・アグスティーノ区の環境の影響につ
いての対話。
(2) 環境悪化、汚染の原因、解決案についての
フォーラム。
(3) 緑地の運営についての作業所座談会。
(4) 2001 年における旧火薬庫についての円卓
会議。
(5) 区の公園委員会による緑地運営について
の作業所。
44
小枝
(6) 隣人組織とリーダーシップについての座
談会。
(7) 環境整備における多部門請願の制度化の
推進。
(8) 市政府に対する旧火薬庫の譲渡を求める
デモ。
RA の現在の関心事は、区内の丘の頂上におけ
彼の仕事は RA の計画を実施するための社会的技
術的援助の利用を促進させ、相互理解を推進し、
提案の手続きと組織の運営機構を援助することに
ある。RA との関係において Miades (Microáreas
de Desarrollo) や隣人組織は必要に応じて機能し、
指導者との調整はイベント毎に行われる。
3. レッド・アンビエンタルの新しさ
るエコ・ツーリズム用展望台の建設、および旧火
RA の活動は、以下のような諸点で既存の活
薬庫の敷地に市民の文化・娯楽の複合施設を建設
動にはない特徴を持つ。第一は目的の公共性の
する計画の実行、の2つである。この旧火薬庫
高さである。RA は環境ないし地域発展という
の返還は、エル・アグスティーノ区の発展におい
公共財的目的を持ち、狭い意味での生活防衛と
て大きな意味を持ち、隣人組織委員会、エル・ア
は異なっている。セツルメント(Asentamientos
グスティーノ区役所、政治集団、および隣人組織
Humanos、以下 AH。注 7 参照)の合法化と承
が返還を要求している。当地区に不足する都市
認、上下水道12 や配電の整備、道路・歩道の整備、
施設を旧火薬庫の用地に建設するための法律を
区画の命名、住居・教育センターの建設という多
承認させるべく、RA は、中央および地方政府の
くの活動目的が隣人組織にはあり、これらの要
各議会で交渉が可能となるように調整を行った。
求13 がその組織に活力を与え、統合を推進させる
この交渉には中央および地方政府の役人、隣人組
軸になってきた。というのも、これらの目的は確
織や機能組織の共同体、そして無数の企業や利益
かに公共財的性格を持つが、それらの要求は生活
団体が関わっている11 。
の基礎と深く関わるものなので、同時に選択的
当地区の汚染を軽減し、都市設備を充実させ、
動機 (selective incentives)14ともなり得たからで
地区のイメージを良くするという一層重要かつ
ある。インフラストラクチャーを獲得した後も、
緊急の用途に、返還された用地を使う必要があ
隣人組織には失業、犯罪、廃棄物、環境汚染など
ると RA は考えている。一般的にいえば緑地帯、
の問題に対する対策、および娯楽や地域振興行事
市民センター、製造センター、商業センター、技
への対応という新しい必要が生じた。しかしな
術機関、行政と金融センター、および娯楽セン
がらこのような第二段階において、隣人組織は住
ターのそれぞれの建設を計画している。
民を動員することができず、その活動は停滞して
主要構成員は 17 名であり、その職業構成をみ
いる。RA が目的とする環境改善や地域発展も生
るとコンピューターの組立工、都市住宅の建築
活を向上させる要素ではあるが、直接的に生活に
技術者、ソーシャル・プロモーター、エル・アグ
関わるほどの重要性を持たないという点におい
スティーノ区役所都市環境課の役人、農業技術
て、それらの目的は、第二段階における住民に要
者、および建築家という多様な職業が含まれる。
求される社会的活動に対応している。
また、RA は SEA と緊密な関係を持つ。SEA か
ら資金提供を受ける活動があり、SEA との提携
の推進者は組織の主要な構成員にもなっている。
11 返還が成功するか否かは、政治権力や住民の意識と動員
の次第であり、未だ確定していない。
12 上水道の整備は 1960 年代は自助努力で行われたが、後
には SEDAPAL を通じて行われるようになった。
13 これらの要求は地方自治体に対して出されたが、後には
専門の組織や委員会が設置されてその窓口になった。
14 選択的動機については Olson (1971) を参照のこと。
生き残り戦略から勝ち残り戦略へ
45
RA の活動における第二の特徴は構成員の相
に応じて組織化される。これらの組織に対して
違である。1950 年代から組織化された隣人組織
RA は隣人組織のように複数の目的を持つが、領
15
の主な活動目的は、居住地の土地所有権獲得 に
域ではないつながりに応じて構成員が組織化さ
あり、主に AH と住宅協同組合 (Cooperativas de
れ、隣人組織とも機能組織とも分別はできない。
Vivienda、以下 CV。注 7 参照) の住民によって
形成される。AH の住民の方が数は少ないが、両
つまり構成員がどのようなつながりによって参
者とも所得が比較的少ない住民である。個人で
組織が存続するためには、組織の参加者が貢献
土地を購入した Urbanizaciones の住民はほとん
した分だけの報酬を受け取れることが必要であ
ど隣人組織を形成せず (Tovar 1996: 104-5) 、生
る (Tovar 1996: 190-3) 。RA は環境問題の解決を
活がより困難な、つまり自由裁量資源がより少な
目的として結成されながら現在は地域発展に向
い住民が隣人組織を形成する傾向にあった。コ
けた施設の建設計画を主要な関心事としており、
メドール・ポプラルも同様で、その指導者は生活
具体的な成果も建設計画に関連するものが多い。
に比較的余裕のある住民だが、一般構成員、特
そしてその構成員のなかには、建設業に直接的な
に一時的な参加者の方は生活に困窮する住民と
いし間接的に関係する者が少なくとも 4 名は存
なっている (Tovar 1996: 119) 。一方 RA の構成
在する。つまり彼らの報酬ないし参加の動機は、
員は既存の組織的活動の経験者で、少なくとも1
RA が公の目的とする環境改善や地区の発展では
つ以上の指導者的な肩書きを持つ者が多い。つ
なく、活動を行うことにより実質的に利益を受け
まり彼らは RA を後援する組織の代表者である
ること、もしくは人間関係から利益を受けること
とみられ、一般住民よりも富裕で他組織とも関係
のいずれかであると推測される。
加しているのかは判然としない。
を持つという点において自由裁量資源が多い者
また既存の住民組織の内部には指導者と一般
であると思われる。前述した Miades や隣人組織
成員の垂直的関係、指導者のカウディージョ的性
の指導者にしても全員がそこに参加しているわ
格、および一般成員の指導者への極度の依存性
けではなく、積極的に名を連ねる参加者はむし
が存在することが、先行研究によって指摘され
ろごく一部にすぎない。この組織は公的機関や
てきた (村上 1999: 148-9; Pásara y Zarzar 1991:
NGO など外部組織との関係も含めてネットワー
195)。しかし RA の構成員には、既存の住民組
ク的な性格を持つが、反面そのネットワークは一
織における指導者と一般成員の関係のような関
般住民にまで拡大することはなく、一部の参加者
係は見られない。それぞれ異なる役割が与えら
に限られている。
れているのか、あるいはそれぞれ別個の動機が
第三の特徴は構成員間の関係性の変化である。
あるのか、そのいずれかであろうと推察される。
隣人組織は居住地域に応じて組織化され、前述の
いずれにせよそれは同盟関係もしくは協調的な
ような複数の目的を持つ。隣人組織に代わって
関係に他ならない。
登場した機能組織16 の場合、構成員は単一の目的
第四の特徴は政府に対する関係性の変化であ
る。1970 年代に隣人組織の活動が活発化した理
15 この目的を達成するために、隣人組織は、内部秩序の規
制と社会調整、資源の供給源である外部の他の組織との関係
の構築による正当性の確立という2つの機能を遂行している
(Tovar 1996: 104-5) 。
16 1980 年代に登場した栄養摂取と健康 (alimentación y
salud) 問題を解決するのための女性による組織、例えばコ
メドール・ポプラル、健康委員会 (Comité de Salud) 、バソ・
由としては、ベラスコ軍事政権が革命への支持を
組織化すべく SINAMOS(国民動員機構:Sistema
デ・レーチェ委員会 (Comité de Vaso de Leche) の原形とな
る組織、そして零細企業主、行商人、青年の組織が、そうし
た機能組織である。
46
小枝
Nacional de Apoyo a la Movilización Social )を
創設したことの影響が大きい17 (遅野井 1995: 53-
団であるとタナカは指摘しているが20 、このこと
4)。また左翼政党の区長が、「民衆の能力」によ
る「自主管理の萌芽18 」として前述の Miades を
計画し、1988 年から実施に移したことで、隣人
組織は機能組織とともに Miades ごとに集約化さ
居住区の住民と一般の都市住民、実在する組織の
れた (Tovar 1996: 22-24) 。しかし左翼の衰退に
的であると述べている。しかし当地区で筆者が
合わせてこの計画も立ち消えになり、Miades と
行った観察によれば、そうした参加はたとえ一時
その指導者の形骸化はまぬがれなくなった。
的でありイッシュー毎ではあっても、利害関係に
住民組織は自発的に結成される場合と政府主
19
導で結成される場合とがある が、いずれの場合
は RA にも該当する。またタナカは、低所得者
メンバー、指導者、および集合活動の費用の一部
を負担する外部の代理の間には断絶が存在する
ことを指摘し、彼らの集合活動への参加は一時
基づく新たな組織を作り出し続けていることは
間違いない (Tanaka 1999: 138-44)。
も政府の支持基盤として利用されてきた。これ
他方、パサラとサルサールは、利益が内部で充
に対し RA は、区役所と協力しながら中央政府な
足するような組織は外部の社会環境から孤立し衰
いし地方政府に対する軍用地の返還要求を行っ
退してしまうだろうと言っている。彼らはまた、
ている。公的機関と協調したうえで交渉の土俵
住民組織は一般に制度性がかなり脆弱であり、外
に上がっているという点で、RA は政府に対し自
部組織の援助に依存するばかりで大規模に拡大
律的であるといえる。ただ、政治的支持獲得のた
したり普及したりはできない、それゆえ基本的に
めに政府が交渉を利用する可能性は大いにある
ペルーのポブラドーレスは組織化されてはいな
だろうと考えられる。
いと主張する (Pásara y Zarzar 1991: 192-3)。と
すれば、主要構成員がネットワークで結びつけら
4. 手段としての住民活動
れ、一般住民の参加もイベントを通じて一時的に
以上のような特徴の違いをみると、RA は既存
しか行われない RA の活動が、今後どのような
の組織とは異なる利益集団であるか、さもなくば
経緯をたどるかは、隣人組織の経験を踏まえ、活
利益獲得のためのネットワークであると考えら
動の目的ないし利益をどのように住民に還元し
れる。当地区の組織は特定の利害に基づいて動
て選択的動機を創出していくかにかかっている。
員され、目的の達成を目指す実利主義的な利益集
また、既存の住民組織と RA の相違点について
は客観的な観点から前述したが、主体であるポブ
17 当地区では
SINAMOS が都市化と土地の再区画化を行
い、隣人組織が積極的に参加してそれらが実施された。1974
年には、住民を代表し地域発展や電気・水道の整備を担当す
る COPRODE (Comité de Promoción y Desarrollo) を通して
隣人組織の形成が促進され、隣人委員会 (Comité Vecinal) は
COPRODE に組み込まれた (SEA1995: 66, 80) 。
18 つまり、地方政府の持つ決定権を地方自治体と住民に分
配するために、これらのさまざまな組織を均質で統合された
領域を占める Miades と呼ばれる区域ごとに集中させるので
ある。機能組織が抱える管理不可能なほど大量の障害を克服
し計画を効率化すること、区レベルでの地方自治政府の決定
を分担し、管理を効率化すること、という2つの目的を達成
するための住民の代表という役割を担うと考えられた (Tovar
1996: 22-24; Tanaka 1999:109-10) 。
19 コメドール・ポプラルについては (重富 1996) を参照の
こと。
ラドーレスの視点から見れば、従来の活動は一貫
して生き残りのための戦略21 であったと言える。
つまりその活動は、都市生活を営む上で最低限の
条件を整えるためか、あるいは経済危機のなかで
生活を営むためであり、このような活動なくし
て彼らはリマで暮らしていけなかったであろう。
20 特にバソ・デ・レーチェに言及している
(Tanaka 1999:
138) 。
21 先行研究では一般的に、経済危機の中における活動を生
き残り戦略と名づけているが、筆者は、隣人組織の活動も生
き残り戦略の一環であると考えている。
生き残り戦略から勝ち残り戦略へ
47
インフラストラクチャーを獲得し、経済危機を乗
パサラとサルサールは、ポブラドーレスの活動
り越えながら、都市に定着したかに見える一部
は社会運動にはほど遠く、草の根の社会運動に関
のポブラドーレスは、自分の活動を通じて今後、
する多くの分析はポブラドーレスの活動の新し
社会的な上昇を志向し始めるのではなかろうか。
さや彼らの力と自律性を過大評価してきたとい
この事実は「生き残り戦略から勝ち残り戦略への
う (Pásara y Zarzar 1991: 199)。筆者も、彼らの
転換」と表現できるに違いない。
活動は社会運動ではなく、都市といういわゆる “
支配者の領域” への “適応行為” であると考えて
終わりに
いる。ペルーでは都市と農村の二重性が未だ存
アンデスの農村からリマ(都市)へ移動してき
在しており、都市への移動という物理的な接近に
た存在がポブラドーレスであるが、彼らの移動は
よってもポブラドーレスが都市に入り込むこと
農村から都市への単なる空間的な移動ではない。
はできないからだ。また、都市のインフラストラ
それは同時に、先住民社会と白人−メスティソ
クチャーを獲得し、リマという行政区域に居住地
社会の出会い、そしてシエラの先住民文化とコ
が組み込まれても、それはモザイクの一片でしか
スタのクリオーリョ文化の出会いという経験で
なく、彼らは都市の旧住民と決して混じり合うこ
もあった。近代の都市化が始まる以前、ペルー
とがないからでもある。つまり、移住者の子供も
の都市部では少数の白人−メスティソ層が権力
リメーニョ (limeño) とよばれ、他地区の居住者
と富を独占し西欧風の生活を営んでいた。他方、
と同じくリマの住民ではあっても、しかし本来の
農村部では先コロンブス期の文化、生産技術、そ
意味で彼らが都市住民になれるのは、個人的に社
して消費パターンが人口の大部分を占める先住
会上昇を遂げて居住区から移動する時であろう。
民の間に残存していた22 。
もちろん、そうした社会上昇が可能なのはポブ
このような歴史的現実によってペルーの人び
とは分断状態におかれてきたし、そうした要素
は現在も存在している。中間層や民衆の間で過
ラドーレスのごく一部に限られるのも確かなの
だが。
RA は社会運動というよりむしろネットワーク
去や伝統が再生産されることで、ペルー社会は、
を利用した一部住民の社会上昇の手段というべ
上層と下層が支配者と被支配者に分離された「権
きであり、以前の住民活動と目的は変わっても、
威主義的社会」の姿をそのままとどめている(遅
本質的には、つまり個人的な利益追求手段である
野井 1995: 24; 山脇 2001: 76 )
。実際、今日でも
という点では、なんら変わるところはない。彼ら
先住民と白人−メスティソの溝をこえた「ペルー
は昔も今も己の実利主義に基づいて活動に参加
国民」という統一された意識はあまりなく、彼ら
しているし、その活動の性質は経済危機の中の生
は一つの国に住んでいながらお互いに異なる生
き残りから、階層上昇のための勝ち残りへと転換
活様式を持ち、別々の社会に生きているかのよう
してきた。このことはポブラドーレスの間に階
に感じている。
層分化が進み、その一部が中間層へ移行する可能
性を示唆している。ただ、階層的な上昇を妨げる
22 先住民について一般には、過去の集合的・共同的関係に
固執し、土地所有のような西欧の社会文化様式に適応するこ
とが困難で、識字率が低く、国内の他の部分で起こっている
大きな変化の余波を感じてないことが多い、と考えられてき
た。ペルーの社会経済的発展の中におけるこうした断絶は、
他の途上国における通常の都市と農村の二重性よりも深刻
だったと言える (Harris 1971) 。
「見えない天井」を彼らが実際に克服できるかど
うかについては、本稿で明らかすることはできな
かった。この点の解明は今後の研究課題としな
ければならない。
48
小枝
参考文献
<一次資料>
Municipalidad.
SEA. CENCA. CENDIPP.
CIPLR. 1990. Plan Integral de Desarrollo de
El Agustino. Municipalidad. Lima: SEA.
CENCA. CENDIPP. CIPLR.
SEA(Servicios Educativos El Agustino). 1995.
Hablan los Dirigentes Vecinales: Entrevistas a
27 Dirigentes de El Agustino. Lima: Servicios
Educativos El Agustino,
SEA(Servicios Educativos El Agustino). 1998.
Situación y Perspectivas de el Agustino al
2005: Sendeo de Opinión Junio de 1998. Lima:
Servicios Educativos El Agustino,
学』新曜社.
村上勇介 1999.「ペルーにおける下層民と政治」
『地域研究論集』Vol.2 No.1、141-179 ページ、
国立民族学博物館地域研究企画交流センター
(JCAS).
大串和雄 1991a.「ラテンアメリカの新しい社会運
動」
『アジア経済』第 32 巻第 4 号、14-32 ペー
ジ、アジア経済研究所.
——— 1991b. 「ラテンアメリカにおける社会運
動の展開ーブラジル、チリ、ペルーを中心にし
て」
『山形大学紀要』35-63 ページ、山形大学.
——— 1995.『ラテンアメリカの新しい風ー社会
運動と左翼思想』同文舘.
大平健 1996.『貧困の精神病理』岩波書店.
大貫良夫 1984.『民族の世界史 13 民族交錯のア
<日本語文献>
カステル、マニュエル 1997.『都市とグラスルー
ツー都市社会運動の比較文化理論』
(石川淳志
監訳)法政大学出版局.
(大
——— 1999.『都市・情報・グローバル経済』
澤善信訳)青木書店.
藤田弘夫・吉原直樹編 1987.『都市:社会学と人
類学からの接近』ミネルヴァ書房.
幡谷則子 1999.『ラテンアメリカの都市化と住民
組織』古今書院.
梶田孝道 1988『テクノクラシーと社会運動』東
京大学出版会.
片桐新自 1995.『社会運動の中範囲理論』東京大
学出版会.
ロー、スチュアート 1989.『都市社会運動』(山
田操・吉原直樹訳)恒星社厚生閣.
ルイス、オスカー 1985.『貧困の文化』
(高山智
博訳)思索社.
メルッチ、アルベルト 1997.『現代に生きる遊牧
民:新しい公共空間の創出に向けて』
(山之内
靖・貴堂嘉之・宮崎かすみ訳)岩波書店.
宮本孝二他編 1994.『組織とネットワークの社会
メリカ大陸』山川出版社.
遅野井茂雄 1995『現代ペルーとフジモリ政権』
アジア経済研究所.
斉藤由五郎 1980.『集団と組織の社会学』新評論.
社会運動研究会編 1990『社会運動論の統合をめ
ざして:理論と分析』成文堂.
重冨恵子 1996.「コメドール・ポプラル:リマ市、
低所得層女性の生活における共同調理活動の
役割」修士論文、筑波大学地域研究研究科.
塩原勉編 1989.『資源動員と組織戦略ー運動論の
新パラダイム』新曜社.
曽良中清司 1996.『社会運動の基礎理論的研究:
一つの方法論を求めて』成文堂.
高橋正明 1993.「都市下層民の運動」松下洋・乗
浩子編『ラテンアメリカ 政治と社会』154-163
ページ、新評論.
田村哲樹 2002.『国家・政治・市民社会』青木書店.
トゥレーヌ、アラン 1983.『声とまなざしー社会
運動の社会学』(梶田孝道訳)新泉社.
——— 1989.『断裂社会ー第三世界の新しい民衆
運動』
(佐藤幸男訳)新評論.
上谷博 1998a. 「ペルーの植民地社会と先住民ー
生き残り戦略から勝ち残り戦略へ
前近代社会の破壊と対応」上谷博・石黒馨編
『ラテンアメリカが語る近代:近代知の創造』
18-34 ページ、世界思想社.
——— 1998b.「ペルーにおけるインディヘニズ
モの展開」上谷博・石黒馨編『ラテンアメリカ
が語る近代:近代知の創造』160-180 ページ、
世界思想社.
山脇千賀子 2001.「リマをめぐる新たな社会学的
考察に向けて:都市下層研究のレビューと今
後の課題」
『年報筑波社会学』第 13 号、72-95
ページ、筑波社会学会.
米村明夫 1991a.「ラテンアメリカにおける都市
下層研究の理論的展開 (I):近代化論的パラダ
イムから従属論的パラダイムへ」
『アジア経済』
第 32 巻第 4 号、2-13 ページ、アジア経済研
究所.
——— 1991b.「ラテンアメリカにおける都市下
層研究の理論的展開 (II):近代化論的パラダイ
ムから従属論的パラダイムへ」
『アジア経済』
第 32 巻第 5 号、29-47 ページ、アジア経済研
究所.
49
ing Under Military Rule. The Urban Poor in
Lima, Peru. Austin and London: University of
Texas Press.
———. 1998. Urban Poverty, Political Participation, and the State. Pittsburgh: University of
Pittsburgh Press.
Golte, Jürgen and Norma Adams. 1987. Los Caballos de Troya de los Invasores. Lima: Instituto de Estudios Peruanos.
Grompone, Romeo. 1999. Las Nuevas Regulas
de Juego. Lima: Instituto de Estudios Peruanos.
Harris, Walter D. 1971. The Growth of Latin
American Cities. Ohio: Ohio University Press.
Hirschman, Albert. 1970. Exit, Voice, and Loyalty. Cambridge: Harvard University Press.
Jose Nun. 2001. Marginalidad y exclusión social.
El Salvador: Fondo de Cultura Económica.
Lloyd, Peter. 1980. The ‘Young Towns’ of Lima.
London: Cambridge University Press.
Lobo, Susan B. 1984. Tengo Casa Propia. Lima:
Chirinos, Luis A. 1995. Gestión Urbana, Par-
Instituto de Estudios Peruanos.
Lomnitz, Larissa A. 1975. Como Sobreviven los
Marginados. México: Siglo Veintiuno Edi-
ticipación Popular y Derecho en Perú. Revista Mexicana de Sociologı́a, núm. 1 de 1995,
pp.125-149, Universidad Nacional Autónoma
de México.
tores.
Matos Mar, José. 1966. Las Barriadas de Lima
1957. Lima: Instituto de Estudios Peruanos.
Murakami, Yusuke. 2000. La Democracia Según
Collier, David. 1976.Squatters and Oligarchs.
London: The Johns Hopkins University Press.
———. 1978.Barriadas y élites: de Odria a Velasco. Lima: Institute de Estudios Peruanos.
C y D. Lima: Instituto de Estudios Peruanos.
Olson, Mancur. 1971. The Logic of Collective
Action. Cambridge: Harvard University Press.
Pásara, Luis y Alonso Zarzar. 1991. “Am-
De Soto, Hernando. 1989. The Other Path. New
York: Harper & Row Publishers.
———. 2001. The Mystery of Capital. New
York: Basic Books.
bigüedades, Contradicciones e Incertidumbres.” Luis Pásara, Nena Delpino, Rocı́o
Valdeavellano y Alonso Zarzar (ed.) La Otra
Cara de la Luna: Nuevos Actores Sociales en
Dietz, Henry. 1980. Poverty and Problem: Solv-
el Perú. pp.174-207. Lima: CEDYS.
<外国語文献>
50
小枝
Quijano, Anı́bal. 1971. Nationalism and Capitalism in Peru. (Helen R. Lane trans.) New York:
Monthly Review Press.
Rosa, Carmen Balbi et al. (ed.) 1990. Movimientos Sociales: Elementos para una Relectura.
Lima: Centro de Estudios y Promoción del Desarrollo.
Tanaka, Martı́n. 1999. “La Participación Social y Polı́tica de los Pobladores populares urbanos: ¿Del Movimientismo a una Polı́tica de
Ciudadanos? El Caso de El Agustino.” Martı́n
Tanaka (ed.) El Poder Visto de Abajo: Democracia, Educación, y Ciudadanı́a en Espacios
Locales. pp.103-153. Lima: Instituto de Estudios Peruanos.
Tovar, Jesús. 1996. Dinámica de las Organizaciones Sociales. Lima: Servicios Educativos El
Agustino.
<ウェブサイト>
http://www.elcomercioperu.com.pe/Noticias/Html/
2002-08-26/Lima3964.html (2002 年 8 月 26
日付エル・コメルシオ紙記事、2002 年 8 月 27
日検索)
□
■
Fly UP