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96B391E8

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96B391E8
学会活動報告
201
表2 低い生活満足度(LSIK得点0)に関与する要因とその危険率
総数
LSIK得点0
N
N
%
単変量解析
多変量解析
OR
OR
95%CI
95%CI
入所中不自由を倍じたこと 二外出
いいえ
326
122
37.4
はい
432
200
46.3
575
224
39.0
183
98
53.6
いいえ
603
238
39.5
はい
155
84
54.2
いいえ
538
207
38.5
はい
220
115
52.2
576
230
39.9
182
92
50_6
611
237
38,8
147
85
57.8
いいえ
562
224
39.9
はい
196
98
50.0
関係あり
501
190
37.9
関係を持っていない
257
132
51.4
677
277
40.9
81
45
55.6
その他
570
226
39,7
表現できないほどの憤り
188
96
51.1
ない
476
180
37.8
ある
282
142
50.6
入所中不自由を感じたこと:面会
いいえ
はい
1.4
1.1←1_9*
1.8
1.3−2.5**
1.8
1.3−2−6**
1.8
1.3−2.4*♯
1.5
1.1−2−2*
2.2
1.5−3,1**
1.5
1.1−2.1♯
1.7
1.3−2.3**
1.8
1、卜2.9*
1.6
1.ト2.2事*
1.7
1.2へ2.3**
1.6
1.ト2.2*
1.4
1.0−2.0*
入所中不自由を感じたこと:通信
入所中不自由を感じたこと:食事
入所中不自由を感じたこと:住居
いいえ
はい
入所中不自由を感じたこと:衣服
いいえ
はい
入所中不自由を感じたこと:医療
在郷家族との関係
1.7 1.2−2.3**
長期入所させられたことに対する感想
その他
ビうしても納得いかない
旧厚生省の謝罪に対して感じたこと
入所中に「死のう」と思ったことがあるか?
らい予防法廃止の動きが出てきたとき慰謝料・補償を望んだ
いいえ
1はい
600
241
40.2
158
81
51.3
入所したときのことが何度となく思い出される
いいえ
554
222
40.1
はい
204
100
49.0
LSIK得点0に対するそれぞれの要因の危険率(OR),95%信頼区間(95%CI)をしめした.*p<0.05,**p<0.01
1.5
1.ト2.0*
精神経誌(2005)107巻2号
202
激減し,化学療法により治療効果があがるようになり,強
療養所内で対応してほしいと要望することがほとんどであ
制隔離・外出制限の必要性がなくなり,順守されなくなっ
る.この結果,精神科医は身動きが取れず,コメディカル
スタッフの献身的協力でしのいでいるのが現状である.厚
たのちも1996年に至るまで「らい予防法」が廃止されな
かった.5,現在のハンセン病療養所における精神医療が
直面する問題.
これらの問題は大きく分けて,1.人権侵害状況におか
れた,あるいは激しい偏見の対象となった人々の精神保健
の問題と,2.現行法体系下でも特殊な状況下にある療養
所での精神医療の問題にわけられる.
i)ハンセン病療養所入所者の生活満足度
人権侵害といった過去の経験,現在も残る家族を含めた
生労働省と患者自治会との協議による手続きの明確化を期
待する.
7.結語・
ハンセン病療養所において,入所患者の生活満足度・過
去の体験・現在の状況に対する調査と,療養所園長・勤務
している精神科医に対して療養所の精神医療の現状につい
ての調査を行った.
ハンセン病療養所入所患者の生活満足度は,日本の一般
偏見,現在の身体状況等が,入所者の精神保健にどのよう
高齢者と比較して有意に低かった.低い生活満足度匠は家
な影響を与えているかを,生活満足度尺度K(LSIK)を
族と関係を持っていないこと,入所中に人生に希望を失い
用いて検討した.65歳以上の入所者(650名)における
「死のう」と思った経験が関与していた.
LSIK得点は2.3(1.92)であり,日本人高齢者の全国サ
ンプルと比較して,有意に点数が低く,ハンセン病療養者
1.急速に進行する高齢化に伴う老年期痴呆の増加,2.閉
入所という要因が大きく影響していることがわかった.年
鎖病棟あるいは個室隔離を必要とする精神症状を呈する患
齢が高くなるほど有意に得点が高かった理由は不明である.
者の対応が問題となっていることがわかった.
多重ロジスティック回帰分析を用いた解析では,「在郷
家族と関係を持っていないこと」と「入所中に死のうと思
ハンセン病療養所園長・精神科医に対する調査により,
8.謝辞
今回の調査にご協力いただいた,菊池恵楓園,東北新生
ったことがある」がLSIK低得点と有意な相関を示した.
園,多磨全生園,邑久光明園,大島青松園,松丘保養園,
家族の所在がわかっていながらおそらくは偏見のため関係
粟生楽泉園,長島愛生園,奄美和光園,沖縄愛楽園,宮古
がないという現在の状況と,過去に人生に希望をなくした
南静園,星塚敬愛園の入所者・患者自治会・園長・精神科
あるいはうつ状態となったことが,生活満足度と関係して
医・職員の方々に感謝いたします.また諸般の事情により
いた.
調査にご協力いただけませんでしたが,実現に向けてご尽
ii)ハンセン病療養所における精神医療の現在の問題
力いただいた駿河療養所の患者自治会・園長・職員の方々,
ハンセン病は中枢神経系をおかすことはないが,ハンセ
全国ハンセン病療養所入所者協議会・厚生労働省国立病院
ン病療養所においても一般人ロと同様に精神疾患が発生す
都政策医療課の方々にも感謝いたします.
る.近年,各療養所で高齢化が進行しており,、老年期痴呆
文献
の対応が問題となっている.療養所園長に対する調査では,
尾崎元昭.ハンセン病.In:多賀須幸男,尾形悦郎(総編
集).今日の治療指針2000.pp182−183.医学書院,東京.
老年期痴呆に対する対応の必要性が多く挙げられた.
精神科医に対する調査では,症状性を含む器質性精神障
害のほとんどが老年期痴呆で,全精神科患者の27.2%で
2000.
あった.ハンセン病療養所の病棟は医療法上は全て一般病
差別や偏見をなくそう∼.厚生労働省.東京.1996.
棟であり,精神保健福祉法にもとづく入院や行動制限を行
Koyano W,Shibata H.Development of a measure of
うことはできない.このため,俳梱や異食・不穏・興奮に
Subjective well−beinginJapan.Facts and Researchin
対しては,豊富な人員(看護師・介護員)を生かして,マ
ン・ツー・マンで介助・説得を行っている.しかし,極度
Gerontology,8suppl:181−187,1994.
厚生労働省.わたしたちにできること∼ハンセン病を知り,
の興奮,希死念慮・自殺企図については対応しきれない場
古谷野亘.QOLなどを測定するための尺度(1).老年精神
医学雑誌,7(3):315−441.1996.
合がある.この場合,精神保健福祉法に基づく精神科病棟
への入院が必要であるが,ハンセン病療養所では様々な問
古谷野亘.QOLなどを測定するための尺度(2).老年精神
医学雑誌,7(4):431−441.1996.
題がある.たとえば,保護者選任の困難さが挙げられる.
山本俊一.日本らい史.東京大学出版会.東京.1993.
家族は死亡しているか,関わりをもちたがらない場合が多
木谷藤郎監修.ハンセン病医学w基礎と臨床鵬.東海
く,保護者を引き受けてくれる場合はほとんどない.療養
大学出版会.秦野1997.
所内での配偶者・身元引き受け人はいるが,直接の親,子
療予防二関スル件.明治40年3月19日法律第11号
供である場合を除いて法的な裏付けのある場合はほとんど
癖予防法施行規則.昭和6年7月15日内務省令16号
ない.都道府県知事に保護者となってもらおうとしても,
患者懲戒・検束に関する施行細則.大正6(1917)年12
現在医療機関に入院中の看であるため同意を得ることが困
月12日
難である.一方,患者自治会および入所中の親族・友人は,
らい予防法の廃止に関する法律.平成8年3月31日
学会活動報告
203
って)あきらめてしぶしぶ入所した
く資料1 入所者月]調査票〉
c.強制的に入所させられた
アンケート回答方法
3.入所前の職業をお教えください.
1.代筆
Z.代筆ではない
(特)あなたの年齢,性別をお教えください.
( )歳
・年齢:
c.保険業
e.運輸業
f.国家公務員
(監)あなたの現在のお気持ちについてうかがいます.あ
てはまる答の番号に○をつけてください(生活満足度尺
m.商社
i.福祉施設
1.マスコミ
k.建設業
n.自営業
0.飲食店
p.その他(
4.入所前は結婚していましたか.
度K:LSIK).
a.していた b.していない
1.あなたは去年と同じように元気だと思いますか.
1. はい
h.医療機関
j.農林水産業
2.女
1.男
b.金融業
d.流通業
g.地方公務員
・何年生まれですか:()年()月
・性別:
a.製造業
5.入所前に子供はいましたか.
2.いいえ
2.全体として,あなたの今の生活に,不幸せなことが
a、いた b.いない
6.あなたは,現在,ハンセン病の後遺症がありますか.
どれくらいあると思いますか.
1. ほとんどない 2.いくらかある
3.たくさんある
3.最近になって小さなことを気にするようになったと
思いますか.
1. はい 2. いいえ
4.あなたの人生は,他の人に比べて恵まれていたと思
いますか.
1. はい 2. いいえ
5.あなたは,年をとって前よりも役に立たなくなった
と思いますか.
1.そう思う 2.そうは思わない
6.あなたの人生をふりかえってみて,満足できますか.
1.満足できる 2.だいたい満足できる
3.満足できない
a.ある b.ない
ある場合は,その後邁症はどんなものですか.
(
7.入所中に結婚されましたか.
a.はい b.いいえ
8.同居されている方は誰と同居されていますか.
a.配偶者(夫あるいは妻) b.友人 c.子供
d_ その他(
9.あなたは,入所中,子供ができなくなる手術,「子
どもをおろす」あるいは「妊娠中絶手術」を受けたこと
がありますか.
a.受けた b.受けていない
c.勧められたが拒否した
10.入所中,特に不自由を感じたことがあればお教えく
ださい.(○はいくつでも)
7.生きることは大変きびしいと思いますか.
1. はい 2. いいえ
f.衣服 g.医療
8.物事をいつも深刻に考えるほうですか.
h.その他(
1. はい 2. いし1え
9.これまでの人生で,あなたは,求めていたことのほ
とんどを実現できたと思いますか
1. はい 2. いいえ
(企)ニあなたのこれまでの人生,現在のお考え,これから
a.外出 b.面会 c.通信 d.食事 e.住居
)
11.在郷家族との関係はどうですか.(d.関係を持って
いないに○をされた方は,あてはまる理由の番号に○
を付けてください.)
a.いつでも自由に帰って会うことができる
b.定期的に面会に来てくれる
先のことについてお教えください.
c.たまに面会に来てくれる
1.「あなたが,他の療養所も含めてハンセン病療養施
d.関係を持っていない
設に入所している期間(通算)はどれくらいです
1.相手が望まない
2.自分が望まない
か?」
3.双方望まない
4.家族は生存していな
約 年 カ月
2.あなたがハンセン病療養所に最初に入所した時期は
いつですか.
(日)最初に入所した時期:
昭和 年 月頃 (又は 歳頃)
(月)入所の状況
a.自分から進んで入所した
b.(家族のことを考えたり,村や町に居づらくな
し)
5.その他(
e.音信不通で全く消息がつかめない
12▲ ハンセン病療養所へ入所した時,切り離された家族
についてお教えください.(○はいくつでも)
a.親 b.兄弟 c.配偶者(妻または夫)
d,子供
13.あなたがハンセン病療養所に入所した時,療養所か
)
精神経誌(2005)107巻2号
204
e.家族を含む名誉回復措置
ら退所できると思っていましたか.
f.その他(
a.一生出られない
)
23.今までに精神的問題や心の悩みで第三者に相談をし
b.そのうち出られると思った
たことがありますか.
c.必ず出られると思った
a.ある b.なし
d.その他(
e.おぼえていない
24.23で「ある」と回答した方は誰に相談しましたか.
お教えください.
14.入所した当時のことを覚えていますか.
a.鮮明に覚えている b.概ね覚えている
c.おぼろげに覚えている d.ほとんど覚えてい
(
)
相談した内容についても支障なければお教えくださ
ない
し)
e.その他(
(
15.今でも入所当時のことが夢に出たりしますか.
)
25.心療内科,神経科,あるいは精神科で治療をうけて
a.よく出る b.時々出る c.まれに出る
いますか.
a.はい b.いいえ
d.ほとんど出ない e.まったく出ない
26.25で「はい」と答えた方は,どういう理由で治療
f.その他(
16.長期入所させられたことに関して
をうけていますか,支障がなければお教えください.
a.仕方がない
(
b、過去のことを振り返っても仕方がない
)
27∴現在,療養所で生活されていますが,今後,どのよ
c.どうしても長期隔離されたことは納得がいかな
うな生活を送りたいとお考えですか.
a.社会で生活したい
し)
d.気にならない
b.このままで良い
e.これから先の余生のことを考えようと思う
c.このままで良いが,療養所の生活を改善して欲
f.その他(
しい
17.療養所の中であなたは特別な部屋(鍵のかかる部
d.社会には出たくない
屋)に閉じ込められたことはありますか.
e.その他(
a.ある b.ない
社会で生活するのに何が必要ですか.
18.療養所の中であなたは縛られた,自由に動けないよ
(
28.現在の療養所の生活を改善して欲しい方は,どのよ
うにされたことはありますか.
a.ある b.ない
うに改善を希望されているのかお教えください.
その理由はなぜですか? 具体的にお教えください.
(
(
)
19.療養所の中であなたは職員から虐待・暴行を受けた
)
29.今までの長い療養生活の中で一番,心の中にあるこ
とは何でしょうか.
ことはありますか.
a.収容されたときのこと
a.ある b.ない
b.長期に外出ができなかったときのこと
具体的にどのような虐待・暴行を受けましたか.
c.人権を軽視されたこと
d.家族と離ればなれになったこと
20.厚生省の謝罪,隔離政策に関して間遠っていたと厚
e.その他(
生省が表明したときあなたはどう感じましたか7
30.今でも長い療養生活の中で一番,心に何度となく思
a.表現できないほどの憤りを感じた
い出されることは何でしょうか.
b.それほど憤りは感じなかった
a.収容されたときのこと
C.わからない
b.長期に外出ができなかったときのこと
d.その他(
c.人権を軽視されたこと
21.あなたは長い隔離生活の中で,希望を失い入所中に
d.豪族と離ればなれになったこと
「死のう」と思ったことはありますか.
e.その他(
a.ある b.なし
ご協力ありがとうございました.
22.らい予防法が廃止されるという動きが出てきたとき,
あなたは何を望みましたか?(○はいくつでも)
〈資料2 療養所園長に対する調査票〉
a.医療の保障 b.生活の保障
c.慰謝料などの支払い d.国の謝罪
問1.療養所に精神科医は勤務していますか
a.いる l⊃,いない
㌻1
)
学会活動報告
205
〈精神科医がいる場合〉
病名(
1.精神科医が勤務するようになったのは
病名(
)年頃から
(
)()名
)()名
病名(
)()名
聞3・先生が診察された患者さんの中にハンセン病の発
2.療養所に精神科医が勤務するようになった理由は
a.患者の要望
病,入所生活に関連した症例を経験されていれば下記に
b.全国ハンセン病療養所入所者協議会の療養所側へ
お教えください.
の働きかけ,あるいは要望
病名(
)( )名
C.国の決定により精神科医が配属になった
病名(
)()名
d.園長が必要と感じたから
病名(
)()名
e.理由不明
)()名
問4.精神症状のために行動制限が必要な患者にはどの
病名(
f.その他(
く精神科医がいない場合〉
ように対応されましたか,
1.精神科医は必要と思われますか
a.精神病院に依頼したことがある.
a.必要 b.必要でない
1.はい
2.いいえ
b.所内のマンパワー(介護)で対応した.
〈資料3 療養所に勤務する精神科医に対する調査票〉
1.はい
2.いいえ
c.時に拘束した.
療養所名:
間1.勤務されている先生方御自身にお聞きします
l.先生の精神科臨床経験 (
2.現在の療養所に勤務して(
3.現療養所の勤務形態は
1.はい
d.家族の力を借りた.
)年
1、 はい 2. いいえ
)年
間5.狭義の精神疾患によらない行動上の問題にどう対
a.非常勤 b.常勤
非常勤の先生は遇に(
2.いいえ
応しますか.
)日
(
常勤の先生は過に (
)日
間2.先生が診察されている患者さんに関してお聞きし
)
間6.飲酒上のトラブルにはどのように対応されますか.
(
ます.
)
間7.療養所に勤務される精神科医として,国,医療等
1.1日平均何人の患者さんを診察されていますか.
1ヶ月に換算すると
に関して要望されることがあれば,お教えくださし).
約( )名
約()名
2.どのような患者さんを診察されていますか.
〔資料4〕
FO 症状性を含む器質性精神障害 ()名
老年期痴呆
その他
()名
平成16年3月5日
心神喪失者医療観察法の施行準備がなされている状況にあ
( )名
たって
Fl精神作用物質使用による精神・行動障害
アルコール依存
( )名
()名
その他
()名
F2 精神分裂病,分裂病型障害及び妄想障害
社団法人 日本精神神経学会
法関連問題委員会
委員長 富田 三樹生
本学会理事会および本委員会の前身である精神医療と法
に関する委員会は,心神喪失等の状態で重大な他害行為を
()名
( )名
行った者の医療及び観察等に関する法律(以下心神喪失者
F4 神経症性障害ストレス関連障害及び身体表
しかし,同法は残念ながら成立し,現在施行のための準備
現性障害
( )名
F5 生理的障害および身体要因に関連した行動
がなされていると聞く.本委員会は,本法の問題点が少し
F3 気分(感情)障害
症候群
F6 成人の人格障害および行動の障害
F7 知的障害(精神遅滞)
( )名
でも軽減されるよう,法案に対してまとめて来た見解を踏
まえつつ,いくつかの具体的な点について述べる.必要で
あれば議論に加わる.無論,準備や運営の過程で,法が精
()名
神障害者をこれまで以上に隔離し,精神科医療を破壊する
( )名
ものでないことが実証されない限り,同法が廃止されるべ
その他
病名(
医療観察法)案に対し,一貫して反対の立場をとってきた.
きであることを強く主張する立場に立つことは変わらない.
)( )名
記
573
昭和61年度通常総会議事報告
研究と人権問題委員会報告
「岐阜大学神経精神科における胎児解剖研究」に対する見解
Ⅰ はじめに
当学会は1984年5月の第80回総会(福岡)に際しての理事会および評議員会において,1969年の金
沢学会以来,当学会の課題である精神医療・医学の点検作業が今なお不十分であるとの認識に立ち,とく
に精神科領域における人間を対象にした実験研究の点検に積極的に取り組むことを決定した.
1984年6月30日の学会理事会において,第80回総会の場ですでに捏起されていた「岐阜大学神経精
神科における胎児脳での薬物分布の研究」について,会員よりあらためて詳細な問題提起がなされた(資
料11,以下番号のみとする).
理事会における検討の結果,宇都宮病院における研究の問題とともに本間題に取り組むため「研究と人
権問題委員会(仮称)」を発足させることが決定された.担当理事は辻悟(当時),星野征光,吉田哲雄の
三名で,委員の人選は担当理事に一任された.なお,1984年9月8日の理事会において「研究と人権問題
委員会」が,本委員会の正式名称として承認された(なお本文中では本委員会とする).第1回の本委員
会において,辻悟理事(当時)が委員長に選出された.また同年12月より寺嶋正吾理事が担当理事の一人
として加わった.委員会委員の所属および氏名は下記の通りである.
岡 深
来春病院
中部地区
川合 仁
京大病院
近畿地区
小池清廉
京都府立洛南病院
近畿地区
五島事明
国立療養所東尾張病院
中部地区
柴山雅俊
豊島病院
関東地区
辻 悟*
榎坂病院治療精神医学研究所
近畿地区
寺嶋正吾
福岡家庭裁判所
九州地区
名村 出
宇和島精神病院
中・四国地区
納谷敦夫
大阪府立中宮病院
近畿地区
星野征光
光愛病院
近畿地区
松原雄一
東武神経科病院
関東地区
坪田 泉
光愛病院
近畿地区
青田哲雄
東大保健センター(併任)
和田秀樹
東大精神神経科
関東地区
東大精神神経科
関東地区
■、
(以上アイウニオ順)*委員長
本委員会は1986年4月13日までに13回の会合をもち,本問題を中心に慎重な検討がなされた.以下
本委員会における調査検討の結果である.
574
精神経詰(1986)88巻8号
Ⅱ 本問題についての調査の経過
1984年7月21日第1回本委員会において,岐阜大学神経精神科(以下精神科と賂記する)における
「胎児脳の向精神薬の脳内分布測定実験」についての問題提起者である黒田弘彦,伊藤逸郎両氏より問題
点の報告を受けた(]_1).
1984年8月11日第2回本委員会において,問題点を整理した上で関係者に質問書を送付するととも
に,関係者に直接の会見を申し入れた.
①本委員会は1984年9月20日付けの岐阜大学精神科難波益之,月谷毒宣,竹内巧治諸氏,岐阜大学医
学部長磯野日出男氏,岐阜大学病院長赤星義彦民らに対する質問書(14)を送付し,患者A氏の入院手続
き,人工妊娠中絶の手続き,胎児解剖の手続き,研究の責任・組織・目的・利益・危険の回避・計寧・公
表・結果・承認方法などについて具体的に質問した.
②また本委員会は同日付け上松陽助岐阜県知事への質問書(12)を送付し,精神衛生法にもとづく入院
手続き,優生保護法にもとづく人工妊娠中絶の手続き,死体解剖保存法にもとづく胎児解剖の手続きにつ
いて具体的に質問した.
①に対しては難波益之,貝谷毒宣,竹内巧治氏らは1984年9月19日学会理事長あて書面(15)にて,本
委員会調査団の岐阜へ出向いての事情聴取を拒否し,文書で回答することを約束した.これが難波益之,
貝谷寿宣,竹内巧指名による1984年10月3日付け本委員会への回答書(16)である.この時大日本製薬
(株)総合研究所薬物動態研究部寺内嘉華氏より岐阜大学精神科只谷春互氏宛1984年2月8日付け書面の
コピー(17)が添えられていた.
この間本委員会委員は大漱病院院長ならびに患者A氏が最初に受診した,大漱病院の近くの産婦人科医
院丁医師に会見した(18,19).本委員会委員は大漱病院院長との会見の際,患者A氏本人に面会するこ
とを申し入れたが,同病院長に拒否され,本人i・こは面会できなかった.しかし患者A氏の姉C氏に会うこ
とができた(22).本委員会委員は,1984年10月5日岐阜大学関係者との直接の会見調査を行うべく岐
阜大学に赴いた.当事者である精神科関係者は会見を拒否し,産婦人科,病理学教室の関係者は会合場所
に出席しなかった.病院長は不在であった.そのため磯野日出男岐阜大学医学部長とのみ会見した(20).
同日,本委員会委員は岐阜県庁衛生環境部丸太英一医務課長,同藤崎清道保健予防課長らと会見した
(21).
以上の資料をもとに本委員会は再度以下の各氏に対し1984年12月10日付けの質問書を作成し送付し
た.
①岐阜県知事上松陽助(封)
②岐阜大学医学部付属病院院長赤星義彦(25)
③岐阜大学医学部病理学第1講座高橋正宜(26)
④岐阜大学医学部産婦人科野田克巳(27)
①に対しては1984年12月19日環境衛生部保健予防課玉置係長より電話による回答があった、しかし
内容的には会見時の繰り返しであった.②に対しては正式な回答はなかった.③および④については書面
による回答が得られた(28,29).これらを検討した後,より事実を正確に把握すべく再度質問書を作成
し,精神科の研究当事者(33),病理学教室(34),産婦人科(35)に送付したが,これらの質問書に対し
て現在までのところ何の返答もない.
本委員会は研究当事者に対し委員会との会見を書面および電話にて要求した・さらに現地へも赴いて当
事者に会見すべく努力したが,当事者がこれを拒否したことはまことに遺憾である.このため岐阜県精神
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昭和61年度通常総会議事報告
科医会による岐阜大学精神科「人体実験」問題に関する岐阜県精神科医全調査委員会(委員長山村靖)の
見解(1984年10月2日)の中め主治医に対する事情聴取(1984年7月30日)を資料として採用するこ
ととした(23).また,これに付けられている資料2岐阜大学精神科A氏入院診療録抜粋(30),資料3岐
阜大学精神科A氏入院看護録抜粋(31)をも参照した.上記岐阜県精神科医会調査委員会の見解は同会会
員ならびに関係者に対し公開されており,それに対し研究当事者からとくに異議申し立てが表明されてい
ないものである.
さらに,本間靂は国会においても取り上げられており,この議事録も資料とした(32,36).
Ⅲ 本間題の概要
上記の資料にもとづき,まず本間題の概要を記述的に示しておくことにする.患者A氏は1949年生ま
れ,1984年当時34歳で,1966年より1983年まで計8回精神科病院に入院している(30).診断名は分裂
病である(16).1983年3月に大漱病院を退院後,男性と同棲を始める.1984年1月7日患者A氏は大漱
病院に措置入院となる.主治医はこの病院に岐阜大学精神科よ叩巨常勤医師として勤務していた竹内巧治
医師であった(30).入院後「腹にシコリがある」との訴えがあり(31),1月21日近在の産婦人科を受
診したところ妊娠(16週以降)と判明した(19).
1984年1月27日大漱病院を仮退院して岐阜大学精神科に転院する(30).この時岐阜大学精神科がと
った入院手続きは同意入院であったとのことである(16).大学病院での主治医は大漱病院と同じ竹内巧
治医師であった.1984年1月28日岐阜大学産婦人科を受診し,1984年1月31日人工妊娠中絶術を開始,
1984年2月2日終了する(29).その胎児が岐阜大学病理学教室において解剖され(34),その脳はノ、ロ
ペリドール濃度測定などの研究の材料とされた(16).患者A氏は1984年2月6日岐阜大学精神科を退院
し,再び大漱病院に措置入院となる(32).
Ⅳ 事実経過と本研究の問題点
以下経過に従い,問題点を検討することにする.
.・≠’
1.患者A氏の措置入院について
主治医であった竹内巧治医師は次のように述べている.「昭和55年7月から主治医.(中断後再び)会
う時は病状が悪くなっている.
入院時(の症状)はいつも同じで,興奮し,裸で走り回ったり,(中略)一日中でも喋り続け,多弁多
動状態.しばらくすると落ち着き(中略),一応社会生活ができる程度まで回復する.
今呵の入院晩革の前に飛び出すとかの自傷の恐れがあり,入院後の鑑定で措置入院になった.去年
(昭和58年)の軟から服零していなかった.入院後1週間たって診察した.」(23).しかし岐阜大学精神
科A氏入院診療録抜粋(30)には「昭和41年より現在までに計8回入院している.夜間までしやべり続
けて,全裸になって体に字を書く,死んだ人の声が聞こえる,(中略)電波が見える,円盤が見えるなど
の病的な症状や異常体験が出現したこともあったが,数週∼数ヶ月の投薬でおさまっていた.」となって
いる.
また姉のC氏によると,裸で走り回るのは昔のことであり,自傷や他害のJL、配はしなかったと言う
(22).しかも岐阜大学精神科の入院看護録抜粋(31)によると「59年1月7日第9回目の人院となる.
(経済的背景のため措置入院となる)」という記載がある.
措置入院の通報は父親からであり,鑑定医は赤十字病院の医師と大漱病院の院長であることが第102回
国会衆議院法務委員会での小林秀資厚生省保健医療局精神保健課長の答弁で明らかにされた(36).
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精神経詰(1986)88巻8号
患者A氏は過去8回の入院歴があり,その都度長くても数カ月の入院治療により退院可能な状態に回復
している.鑑定書が入手困難でもあり断定はできないが,上記資料からみると,とくに措置入院を必要と
する症状がなかった可能性があり,また大学精神科の看護記録に経済措置との記載もあることから,本患
者の入院については精神衛生法による強制入院である措置入院が乱用された可能性がある.さらに「入院
後の鑑定で,措置入院になった.」(23)とあるが,鑑定前の入院の形式が不明である.場合によっては適
正な法手続きのない不当入院であった可能性がある.
2.妊娠判明から人工妊娠中絶決定について
まず難波益之,貝谷薔宣,竹内巧治名による1984年10月3日付け本委員会への回答書(16)に治って
どのように人工妊娠中絶が決定されていったかを見ることにする.以下抜粋する.
「(患者A氏は)昭和58年9月にB病院を退院後,姉の世話で当時50歳の男性と同棲を始めました.し
かし,抗精神病薬はほとんど服用せず再発し,昭和59年1月7日B病院に措置入院となりました.妊娠
が疑われたのは1月:Zl日で,この時点で家族,内線の夫は初めてA氏の妊娠の可能性があることを知り
ました.その後,A氏の家族と内縁の夫との間で話し合いがもたれ,B病院に両者から人工妊娠中絶の希
望が伝えられまレた.この様な状況で主治医は,患者A氏は若年発症で病識を持つことが困難,再発入院
歴を頻回に持ち,今後も入退院をくり返すか,長期入院となる可能性が大きい,退院中も就業できず社会
生活能力がないということから,育児,養育に困難が生じると判断しました.1月24日,主治医は患者
A氏に対し『岐阜の大学病院に移って産婦人科でもうー度検査してもらうことにします.その時,妊娠が
確定したら,生んで育てられるかどうか,または中絶するかどうか,よく考えて下さい.お母さん,お
姉さん,内縁の夫はみんな中絶を希望していますよ』と告げました.1月27日,大学病院に転院し,産
婦人科で診察を受け,妊娠が確実であることが明らかになりました.この直後,主治医は,妊娠は確実で
5,6ケ月と診断されたこと,育児の自信はあるかどうか,再入院となった時子供はどうするのか,経済
的に問題はないか,妊娠中に薬物を服用していた点について,落ち着いた良好な雰囲気のもとに患者A氏
と話し合いました.この結果患者A氏は人工妊娠中絶の必要性を理解しました.同意書には患者A氏と内
縁の夫が署名,押印しました.」
「調査依頼者らは患者A氏の看護記録から,女性の出産本能を表現した部分のみを抜粋した印刷物を配
り,あたかもこの人工流産は全く患者A氏の意志に反して行われた如く印象を与える努力をしています.」
「この人工妊娠中絶法は単なる掻爬とは異なり,数日間におよぶ患者の苦痛を伴い,患者の理解,納得,
協力なくしては施行されえないものであります.」
「優生保護法の手続きについては,産婦人科において適正に行われました.」としている.
この回答書では1月21日に妊娠が疑われたとしているが,これは正確ではない.実際はこの前に疑わ
れたようで,この日大漱病院の近くのT産婦人科を看護婦付き添いで受診したのである(19).T産婦人
科丁医師は次のように会見時に語った.「1984年1月21日大敵病院から診察依頼があった.触診等にて
16∼17週位と判断.中期の中絶は困ると拒否して返した.この時中絶の依頼があった.家族からか主治
医からかははっきりしない.最終月経1983年9月26日.ナースが連れてきた,いつも添書がない.」ま
た大漱病院院長(18二)も会見の際「転院時,T産婦人科で診てもらっていて,妊娠は判明していた.」と
言っており,1月21日に妊娠が判明したと考えるべきである.
岐阜大学精神科A氏入院看護録抜粋(31)には「赤ちやんを絶対に産むと頑張っているため,検査目的
で転院を納得させたとのこと」とあり,患者A氏を抵抗なく大学精神科に転院させるため,妊娠の事実を
昭和61年度通常総会議事報告
患者A氏に明確に告げず,検査のためという口実を用いた疑いがもたれる.
さらに1月21日丁産婦人科に人工妊娠中絶を依頼したのは誰なのであろうかとの疑問が生ずる.回答
書でも家族は患者A氏の妊娠の事実を1月21日以後に知ったとなっていることからすると,家族がこの
時点で人工妊娠中絶を依頼することは不可能である.本人が人工妊娠中絶を希望したとは考えられない
し,T医師も家族か主治医かはっきりしないといっていることから,1月21日の時点で早くも人工妊娠
中絶の依頼が主治医ないし病院側から出ていたと理解せざるをえない.この疑いがもし事実である場合に
は,次の2つの点で重要な意味を持つことになる.その第一は,これでは患者A氏に事実を知らせて,A
氏から十分な検討を加えた上での同意を取ることが,物理時間的に不可能であるということである.第二
は,難波民らによる回答書には「胎児脳の剖検は患者A氏が人工流産を受けることが決定された後に,
(中略)発意された」とあることから,この時点で胎児剖検が発意されていた可能性が生じてくるという
ことである.
患者A氏の姉C氏によると,「1983年1月にDさんと見合い.同年3月13日より同棲.もともと同棲
中,Aさんは子供が欲しいと言っていた,が,Dさんは望んでいなかった.」といい,患者A氏には同棲
当初より妊娠への期待があったことが判る.大学の看護記録(31)によると患者A氏は「赤ちゃんがほし
くて(入院まで)薬を服用しなかったという」ように妊娠を希望していた.姉によると患者A氏は,家族
から人工妊娠中絶するようにという説得を受けたとき,彼女はただ「産みたいもん」といったまま,黙っ
てしまったという(22).また岐阜大学病院の看護記録(32)によると1月29日には「『私うちの人と仲
が良いのにどうしておろさなあかんの』と涙を流しながら話す.」とか「他の人に聞いたけど,精神科の
薬をのみながら赤ちやんを産んだって言ってたよ.痛み止めの薬なんかはだめだけどここのはどうもない
と思ってた」などと言っている.以上のことから患者A氏の出産希望の存在は明らかである.また#波民
らも回答書(16)において「調査依頼者らは(中路)女性の出産本能を表現した部分のみを抜粋」と述
べ,患者A氏の出産希望の表明があったこと自体は認めているのである.
ところで上記のように回答書では,主治医が患者A氏と人工妊娠中絶についてよく話し合ったとしてい
る.しかしその間の経緯を回答書にたどれば,つぎのごとくである.1月21日の時点で患者A氏の家族
と内縁の夫とが,はじめてA氏の妊娠の可能性を知り,その後家族と内縁の夫との請じ合いで大漱病院に
両者から人工妊娠中絶の希望が伝えられ,主治医はそこでA氏の出産育児が困難であると判断したとして
いる.従って,事実が回答書のとおりであったにしても,人工妊娠中絶は患者A氏を抜きにして,家族,
内縁の夫,および主治医によってA氏に話し合われる前にすでに決定されていたのである.その上で主治
医からA氏に対して,家族の人工妊娠中絶の希望,繰り返しての入院,経済的問題,さらには妊娠中の服
薬などの,妊娠の継続ならびに出産育児の障害となる理由のみが話されているのである.これでは人工妊
一 娠中絶は患者A氏の希望ないし意志を無視して,家族および主治医によって決定され,患者A氏に強制さ
れたも同然である.
ここであるいは上に引用した患者A氏の発言に対して,次のように考える人があるかもしれない.A氏
の述べたこ
とはA氏の単なる願望であって,A氏は自分の願望に強く取り込まれ,責任ある判断が困難な
状態にあった.したがってA氏は出産育児が無理であったのではないかと.本委員会はその何れであった
かを確定することができない.しかし仮に当時A氏がそのような状態にあったとすれば,回答書にある人
工妊娠中絶について,患者A氏が落ち着いた良好な雰囲気のもとに主治医と話し合い,同意書に署名押印
したという記載とはあきらかに矛盾する.
また回答書はA氏が人工妊娠中絶に際しては落ち着いて同意書に署名押印したと述べているにもかかわ
らず,後に検討する胎児剖検に際しては,母親であるA氏の同意書はとられていない.回答者らの述べる
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ところならびに行為は,このように矛盾が多く,窓意性が目立っ.
医師は本来患者の側に立つことが前提である.もし患者A氏が現実に対する責任ある対応が困難な状態
で,自分の願望に取り込まれてしまっていた場合であっても,主治医はその患者の願望に心を傾け,また
もし単なる願望といえないものであった場合には,一層のこと患者の意志を尊重して,出産の可能性につ
いて十分に検討すべきであった.しかし資料からは主治医が患者の希望実現の可能性を検討,努力した形
跡は全くなく,むしろ妊娠判明当初から人工妊娠中絶を一方的に志向したと判断せざるをえない.そのう
え,患者A氏の女性としての基本的人権の一つである出産権を,「女性の出産本能」として退けているの
である.
優生保護法のいう人工妊娠中絶の「承諾」とは「婦女の任意かつ真意に出たものであることを要する.」
(38)とされている.しかも上記のように患者A氏は産みたいという希望を明確に表現している.また患
者は措置入院という強制入院下にあることを忘れてはならない.強制入院時において,しかも患者A氏は
産みたいとの希望を周囲の人々に何度も表明している時に,その人工妊娠中絶の「承諾」が任意かつ真意
に出たものと言うことはできないと考える.つまり,形式的には同意書に署名捺印されてはいても,それ
のみをもって人工妊娠中絶が正当化される訳ではない.
本例は本人の希望を無視して,家族および主治医が措置入院という強制入院を背景にして本人の同意を
強要し,人工妊娠中絶に至らしめたと考える.
3.岐阜大学精神科への入院について
以上によって転院理由を正確に本人に告げず,検査のためと称して岐阜大学精神科に転院させたことは
明らかである.
再び転院の経過について回答書をみる(16).「仮退院中に産婦人科を受診する為,総合病院の精神科に
同意入院することは法的に問題はないと主治医は考えました.」「同意入院は,措置入院という強制力の強
い方法よりも,患者・家族の意向がより反映される適切な方法であったと考えました.」とし,「主治医は
それぞれの法的な問題を充分に理解していました.」と言う.これは明らかに誤りである.措置入院の仮
退院中の患者を同意入院せしめることは精神衛生法上無効である.
主治医は岐阜県精神科医会の調査(23)では次のように答えている.「B病院は仮退院にして大学病院
は同意入院にした.大学病院でも措置入院できることは薄々知っていたが(中略)B病院ではいつもそう
しているので違法かどうかは知らなかった.」.事実はこのような経緯であったと推測される.
磯野日出男岐阜大学医学部長との会見(20)において氏は「医学部長としてこの問題に対し何かするこ
とは考えていない.教授会もこの問題に対し何かすることは考えていない.入院の法的問題はなかったと
聞いている.」と述べたが,精神科からの医学部長への報告は事実に反するものであったことが以上の点
からも明らかである.
岐阜県庁衛生環境部丸太英一医務課長,同藤崎清道保健予防課長らとの会見(21)では「精神衛生法関
係,優生保護法関係の質問には地方公務員法の守秘義務により答えられない.」と述べ,患者を守るよう
な装いをとりながら実際には法の運用の誤りが隠蔽される結果となった.
しかも,1985年6月5日の国会議事録(36)によると,小揮克介委員の質問に対し厚生省保健医療局精
神保健課長小林秀資氏は説明して「保護義務者は父親.選任されたのは昭和57年1月.仮退院の措置は
大変不適切な行い方であった.」と精神衛生法上の同意入院が措置入院の仮退院中に行われるという不適
切を認めたのである.
とくに難波民ら(1(;)が言うように「同意入院は措置入院より患者家族の意向がより反映される適切な
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