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スマトラ沖地震と地域安全保障への影響 - 防衛省防衛研究所

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スマトラ沖地震と地域安全保障への影響 - 防衛省防衛研究所
防衛研究所ニュース
2005 年 6 月号(通算 89 号)
ブリーフィング・メモ
本欄は、安全保障問題に関する読者の関心に応えると同時に、防衛研究所に対する理解を深
めていただくために設けたものです。
御承知のように『ブリーフィング』とは背景説明という意味を持ちますが、複雑な安全保障
問題を見ていただく上で本欄が参考となれば幸いです。
なお、本欄における見解は防衛研究所を代表するものではありません。
スマトラ沖津波と地域安全保障への影響
防衛研究所第3研究室長
恒川
潤
2004 年 12 月 26 日に発生したスマトラ沖大地震・津波は、死亡・行方不明者約 30
万人、避難民約 150 万人、被害総額約 72 億ドル以上に及ぶ甚大な被害をもたらした
(IMF/世銀、2005 年 2 月 4 日)。被害はインドネシアのスマトラ島北部にとどまら
ず、マレーシア、ミャンマー、タイの西沿岸部、さらにはバングラデシュ、インド、
モルジブ、スリランカにも及び、津波はまた、セーシェル、ケニア、ソマリア、タン
ザニアにも達した。アジア開発銀行は、この地震・津波によって約 200 万人が貧困に
陥る恐れがあり、その多くがスマトラ島北部のナングル・アチェ・ダルサラム州(以
下アチェ州)の住民であると警告を発した(アジア開発銀行、2005 年 1 月)。
被害対策のために、米国、日本、豪州等の各国から資金的支援のほか、物資の輸送、
医療等の緊急支援部隊の派遣が行われた。人道的支援であったものの、外国軍の展開
は、東南アジアにおける域外国の力関係の変化を予想させるものとして、注目された
のは事実である。スマトラ沖地震・津波の安全保障への影響として考慮する点として
は、ティム・ハックスレーが指摘するように、災害救助における域内外国の行動とそ
れが地域の力関係に与える影響、ついで被災国の安全保障政策への影響という2つの
点であろう。さらに被災国の安全保障政策への影響においては、東南アジアにおける
分離・独立運動等への影響と政策自体のプライオリティの問題に分けることができよ
う。
優位示した米国
東南アジアにおける地震と津波による災害への救助活動で、域外国でもっともプレ
ゼンスを高めたのは米国であろう。米国は当初救済支援として約2億ドルの支援を提
示したが、その額の小ささに被災国からも批判が生まれ、最終的には6億ドル以上(後
のアチェ州のインフラ整備支援を含む)の規模に拡大した。また、ブッシュ大統領は、
空母エイブラハム・リンカンをスマトラに派遣するとともに、ヘリや輸送機による機
動的な輸送支援を展開させ、さらには延べ 15000 人以上の部隊を派遣するという、機
動力を生かした大規模な救助体制をとった。ハード面だけでなく、米国はインフラの
再建等アチェの復興にも資金的、技術的支援を行い、ソフト・パワーの面でも存在感
を示した。米国はとくにインドネシアへの支援に重点を置いた。それは、インドネシ
アは世界最大のイスラム教徒の国であり、東南アジアのテロリストネットワークであ
るジェマ・イスラミアの本拠地とも目されており、インドネシアとの協力関係を改善・
強化することは米国にとってテロとの闘いを進めるためにも重要であるためである。
事実米国は、その後インドネシアへの武器禁輸解除や軍事協力の再開を示唆しており、
津波を契機に米国とインドネシアの関係が新たな段階に発展したといえる(シンガポ
ール・ストレーツ・タイムズ紙、2005 年 3 月 1 日)。両国関係の進展はスハルト退
陣後、インドネシアに積極的な接近姿勢を見せる中国への大きな牽制力にもなろう。
豪州も災害支援で得点を稼いだといえるであろう。豪州と東南アジアの関係は、従
来から良好なものではなかった。とくに豪州が東ティモールへの多国籍軍派遣の中核
になったとことから、インドネシアと豪州の関係は冷却化した。しかし、豪州は 1 月
6 日の ASEAN 津波特別首脳会議で、7 億 6000 万ドルの支援を約束した。これは同首
脳会議で各国が公約した支援資金の中では最大規模のものであった。また、ヘリ(7
機)、輸送機(7機)、艦艇1隻を派遣し、インフラの再建、捜索、医療支援を実施
した。テロの脅威に大きな懸念を持つ豪州としては、インドネシアとの関係を強化し、
効果的なテロの防止策を講じる必要がある。また、ASEAN との経済関係を強化する
上でもインドネシアとの関係維持は不可欠であろう。
アジアの大国である日本と中国の動きも注目された。1997 年のアジア通貨危機への
対応に際しては、一般的には日本は中国に後塵を拝した感があった。しかし、スマト
ラ地震・津波対策では、日本の対応はこれまでに比較しても格段に迅速であり、国際
的な評価も高まった。また、2005 年1月には 5 億ドルの資金支援を表明し、国際的
な資金支援の圧倒的部分が融資であった中で、日本の支援はその多くが無償資金であ
った。また、インド洋からの帰国途上にあった艦艇3隻を急きょタイ・プーケット沖
での遺体の捜索や救助にあたらせた。さらに、被災地へ捜索、衛生・医療支援、物資
輸送を中心とした約 1000 人規模の部隊を派遣したのである。一方、中国は資金支援
を表明したが、規模は約 6000 万ドルと比較的小さく、具体的な支援も医薬品など緊
急物資の提供、遺体の DNA 鑑定に協力するというものであった。こうしたことから、
中国が経済ブームの波にのり、海軍をはじめとした人民解放軍の増強・近代化を進め
ているものの、実態は一般的に認識されているほどの実力がないことを示すものとな
った、と指摘されている。通貨危機の際にも中国は人民元の切り下げを行わないと表
2
明して得点を稼いだが、実質的な貢献はなかったのである。
ASEAN の対応
東南アジア域内ではシンガポールのアチェ州における救難支援が目立った。シンガ
ポールは輸送機7機、ヘリ2機、揚陸艦を派遣し、救助およびインフラの復興支援を
実施した。さらに 1 億ドルの資金支援を約束した。シンガポールは支援を行うことに
よってインドネシアとの関係をさらに緊密なものにしたいという意図があるのは確か
である。また、近隣地域の不安定はシンガポールの安定にも影響することから、早期
の復旧を期待している、シンガポールだけではなく、マレーシアも輸送機を派遣し、
医薬品の供給を行っており、その他、カンボジア、ベトナムも少額ながら資金支援を
約束した。マレーシアはアチェ州の復興支援にも名乗りを上げている。
災害支援における支援国の政治的な動きに対して、ASEAN の反応は概して冷静で
ある。災害救助であっても ASEAN としては外国軍の関与は主権を脅かすものと認識
され、また、域内で特定国の影響力が突出することについて強い警戒感がある。イン
ドネシア政府は外国の支援部隊に対して3カ月以内の退去を要請した。アチェの分離
独立運動への域外国の関与を警戒したためである。日・中の果たした役割においても、
日本の支援を評価しながらも、中国の地域への影響力など政治的影響力の大きさを認
識している。タイが日本の資金援助を辞退した背景は不明だが、近年協力関係を強化
している中国への配慮があったとも考えられる。津波の救済支援で目立たなかった中
国は、4月にインドネシアと戦略パートナーシップ協定に調印を締結し、災害救助協
力や軍事協力を含む包括的な協力関係の構築を目指そうとしている。一方、インドネ
シアは米国の武器禁輸措置の緩和を要請し、米国もそれに対応しようとしている。津
波以降、インドネシアを中心に米国と中国のパワーゲームに一段と拍車がかかる可能
性もある。
国内問題に目を転じると、津波の被害によって一時的に自由アチェ運動(GAM)と
国軍の紛争や、海賊の跳梁は沈静化したが、いずれも復興が進展するとともに再び活
発化した。パプア州やマルク州の分離運動や地域紛争も継続している。タイ南部の混
乱にも変化はない。各国の政策もこうした混乱の根元的要因の除去に高い優先度をお
いている。さらには SARS や鶏インフルエンザのような伝染病の脅威もある。こうし
たなかで、津波の大規模被害は、安全保障問題のみならず、「人間の安全保障」の問
題をクローズアップさせたといえ、津波を契機に ASEAN 域内での協力関係がさらに
深化することが期待される。
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参考資料
・Tim Huxley, “The Tsunami and Security: Asia’s 9/11?” Survival , vol. 47, No. 1,
IISS, Spring 2005, pp. 123-132.
・各国の支援状況については,
“Disastrous Disaster Management,” The Tempo, January 11-17, 2005, pp.20-23,
“No Free Lunch, Aceh,” The Tempo , January 18-24, 2005, pp.12-15 を参照
・Masaru Tamamoto, “After the Tsunami, How Japan Can Lead,” Far Eastern
Economic Review, Jan/Feb.2005, pp. 10-18.
(2005 年6月 10 日脱稿)
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なお、記事の無断引用はお断りします。
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