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臨床疫学研究からみた不適切かもしれない向精 神薬

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臨床疫学研究からみた不適切かもしれない向精 神薬
奥村泰之: 臨床疫学研究からみた不適切かもしれない向精神薬使用: 4つの留意事項.
Monthly IHEP 249: 21-29, 2016.
© 2016 Institute for Health Economics and Policy.
https://www.ihep.jp/
Monthly IHEP 2016 2月号 No.249
研究部レポート
臨床疫学研究からみた不適切かもしれない向精
神薬使用:4つの留意事項
医療経済研究機構 研究部
主任研究員 奥村 泰之
さらに複雑なのが、抗不安薬と睡眠薬は、異なる薬
1.はじめに
「適切な向精神薬使用の推進」という、多くの国
1)
剤クラスとみなすことがあるものの、その大部分は
民が賛同しうるスローガンがある 。当然ながら「適
ベンゾジアゼピン受容体作動薬であり、作用機序の
切」の対義語は「不適切」であり、「不適切な向精
観点からは同種同効薬とみなせる3)。加えて、抗う
神薬使用」が蔓延していることを暗示する。実際、
つ薬の一部は、抗うつ作用だけでなく、抗不安作用
報道関係者は、日本の精神科医療を「薬漬け」と、
や催眠作用を有しているなど、薬剤クラスと薬効が
キャッチーに表現することは少なくない。一方で、
「向精神薬」
1対1対応となっていないものもある4)。
学術的に(不)適切な向精神薬使用を定義すること
に関する統計資料を解釈する際は、以下で示すよう
は容易でないため、筆者を含め研究者は、「不適切
に、実際に含まれている成分を確認することが望ま
かもしれない向精神薬使用」と、ぼやけた表現をし
しい(図表1)。
がちである。本稿では、臨床疫学研究の観点から、
1)日本標準商品分類
不適切かもしれない向精神薬使用に関する統計資料
「日本標準商品分類」においては、向精神薬に類
を、専門家(政策担当者、臨床家や研究者)が解釈
似するものとして、中枢神経用薬が定義されている5)。
する際の留意事項を紹介する。なお、本稿では「向
中枢神経用薬には10の下位分類があり、全身麻酔剤
精神薬」に焦点化しているものの、留意事項はあら
や解熱鎮痛消炎剤など、一般的には向精神薬とはみ
ゆる薬剤に適用できるであろう。
なされないものから、精神神経用剤や催眠鎮静剤な
ど、向精神薬とみなされるものまで含まれている。
2.向精神薬とは何か
催眠鎮静剤(薬効分類コード:112)として定義
そもそも、
「向精神薬」とは何を指示するのか?
されている39剤の内訳は、ベンゾジアゼピン受容体
一般的に、向精神薬という用語は、抗精神病薬、抗
作動薬29剤、バルビツール酸系睡眠薬6剤、非バル
うつ薬、気分安定薬、抗不安薬や睡眠薬などの中枢
ビツール酸系睡眠薬4剤であり、作用機序の観点か
神経系に作用する薬剤クラスの総称として使用され
らは多種同効薬により構成されている。ベンゾジア
2)
ているが 、それが含意するものは分類法により異
ゼピン受容体作動薬であるetizolam(商品名:デパ
なる。向精神薬の分類法は、特定領域の研究者独自
ス®)が、催眠鎮静剤(薬効分類コード:112)
のものが適用されることが多いものの、「日本標準
ではなく、なぜか精神神経用剤(薬効分類コード:
商品分類」
「麻薬及び向精神薬取締法」
「ATC分類」
117)に分類されているなど、不可解な内訳も散
などの標準化されたものが適用されることもある。
見される。厚生労働省による「調剤医療費の動向調
研究部レポート
21
Monthly IHEP 2016 2月号 No.249
図表1 「向精神薬」の成分を確認する重要性
「向精神薬」の成分を確認
日本標準分類
麻薬及び向精神薬取締法
「催眠鎮静剤」=多種同効薬
「向精神薬」=多種多効薬
ベンゾジアゼピン
ベンゾジアゼピン
受容体作動薬 29 剤
受容体作動薬 26 剤
非バルビツール酸系
バルビツール酸系
精神刺激薬 3 剤
非麻酔鎮痛薬 2 剤
睡眠薬 4 剤
バルビツール酸系
睡眠薬 6 剤
睡眠薬 6 剤
デパス ® は催眠鎮静剤ではない!
食欲抑制薬 1 剤
デパス ® は向精神薬ではない!
査」6)や「薬事工業生産動態統計調査」7)などでは、
この分類による催眠鎮静剤全体の薬剤料などを計上
3.薬剤使用の適切性
薬剤使用の適切性を定めるためには、望ましい効
しているものの、その解釈には注意を要する。
果と望ましくない効果のバランスを総合的に評価す
2)麻薬及び向精神薬取締法
る必要がある。そのためには、ある薬剤使用につい
「麻薬及び向精神薬取締法」においては、向精神
ての疑問を定式化し、重要なアウトカムを特定し、
薬が定義されている8)。向精神薬として指定されて
入手可能なエビデンスの質を評価し、推奨の方向性
いる38剤(上市品)の内訳は、ベンゾジアゼピン受
と推奨度を導き出すことが求められる12,13)。このエ
容体作動薬26剤、バルビツール酸系睡眠薬6剤、精
ビデンスの質を評価し推奨度を付けるための、透明
神刺激薬3剤、非麻薬性鎮痛薬2剤、食欲抑制薬1
性のある構造化された評価法として、国際的にはG
剤であり、作用機序の観点からは多種多効薬により
RADEシステムが活用されている12,13)。「薬剤使
構成されている。経口のベンゾジアゼピン受容体作
用の適切性」に関する統計資料を解釈する際は、以
9)
動 薬33剤 の う ち 、 な ぜ か 8 剤(eszopiclone、
下で示すように、適切性の設定過程を確認すること
e t i z o l a m、f l u t a z o l a m、f l u t o p r a z e p a m、
が望ましい(図表2)。
mexazolam、rilmazafone、tofisopam、zopiclone)が、
1)日本老年医学会による高齢者に対する非ベンゾ
向精神薬として指定されていないなど、不可解な内
ジアゼピン系薬剤使用の適切性
訳も散見される。未指定のベンゾジアゼピン受容体
GRADEシステムが活用された日本老年医学会
作動薬は、指定のものと比べて、乱用の危険性が低
によるガイドライン案では、エビデンスの質は「中」
、
いと判断されているのか、その設定過程や根拠は不
推奨度は「強」として、すべての高齢者に対する非
透明である。厚生労働省による「医療扶助実態調
ベンゾジアゼピン系薬剤の長期使用が推奨されてい
査」
10)
や「社会・援護局関係主管課長会議資料」
11)
ない14)。日本老年医学会は、2013年までの文献検索
などでは、この分類による向精神薬全体の剤数等を
を実施し、有効性に関する11の研究を同定した結
計上しているものの、その解釈には注意を要する。
果15)、非ベンゾジアゼピン系薬剤の有効性は確認さ
れていると報告している14)。そして、有害事象に関
する4つの研究を同定した結果15)、転倒・骨折のリ
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研究部レポート
Monthly IHEP 2016 2月号 No.249
図表2 「薬剤使用の適切性」の設定過程を確認する重要性
「適切性」の設定過程を確認
日本老年医学会
日本睡眠学会
「非 BZ 系薬剤」=長期使用を推奨しない
「非 BZ 系薬剤」=使用を推奨
アウトカム : 不眠の重症度?
アウトカム : 不眠の重症度
デザイン不明 : 11 研究?
RCT: 7 研究 ( 2012 年 )
標準化平均値差 : 不明
標準化平均値差 : -0.28
アウトカム : 転倒や骨折?
アウトカム : 骨折
デザイン不明 : 4 研究?
観察研究 : 0 研究 ( 2005 年 )
リスク比 : 不明
GRADE ではない!
不自然な収集年!
スクがあると報告している14)。
その推奨の方向性は正反対である。日本睡眠学会は、
しかし、日本老年医学会による方法は、そもそも
日本老年医学会の推奨の方向性が異なることに疑義
GRADEシステムには従っていないと、GRAD
を呈し、文献検索などの方法に問題があると強く批
16)
Eワーキンググループの委員から指摘されている 。
判している21)。GRADEシステムは、再現性を担
具体的には、①アウトカムを主体としてエビデンス
保する方法ではなく、透明性を高める方法であるた
を統合していない、②エビデンスの質の評価法が不
め、このように独立な研究チームによる推奨の方向
16)
透明であるなど、様々な問題が散見される 。
2)日本睡眠学会による高齢者に対する非ベンゾジ
アゼピン系薬剤使用の適切性
性が異なることは当然ながら生じうる。
しかし、日本睡眠学会による方法も、筆者が確認
する限り疑問の余地がある。具体的には、①骨折に
GRADEシステムが活用された日本睡眠学会に
関する文献の収集年が不自然に最新ではない、②統
よるガイドラインでは、エビデンスの質は「中」、
計学的有意性の記載が不可解である(信頼区間はゼ
推奨度は「弱」として、不眠の高齢者に対する非ベ
ロを含んでおり、統計学的有意性はない)、③エビ
ンゾジアゼピン系薬剤使用が推奨されている17,18)。
デンスの質の評価法が不透明である、④統合した一
日本睡眠学会は、2012年までの文献検索を実施し、
次研究の引用文献を明記していない、など様々な問
7つの無作為化比較試験を統合した結果、最も重要
題が散見される。なお、高齢者に対する非ベンゾジ
なアウトカムである不眠の重症度については、プラ
アゼピン系薬剤使用による骨折リスクの増大を示す
セボと比較して、非ベンゾジアゼピン系薬剤は統計
観察研究は、少なくとも2011∼2013年の間に3つの
学 的 に 有 意 に 優 れ る( 標 準 化 平 均 値 差: −0.28,
報告がある22-25)。GRADEシステムは透明性を高
95%信頼区間:−0.48,0.08)と報告している19,20)。
める方法であるにもかかわらず、不透明なエビデン
そして、有害事象である骨折については、2005年ま
スの質の評価と推奨になっていることは残念であ
での文献検索を実施した結果、該当する観察研究が
る。
ないと報告している19,20)。
日本睡眠学会は「薬剤使用の有無」、日本老年医
学会は「薬剤の長期使用」と、内容が異なるものの、
研究部レポート
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Monthly IHEP 2016 2月号 No.249
2割にみられる」と安易に判断してはならない。分
4.薬剤使用の実態
薬剤使用の適切性を定めることができると、その
子の定義は「1年間に1度でもベンゾジアゼピン受
基準と比べて、現実場面における診療行為が逸脱し
容体作動薬が処方されていること」であるため、頓
ている程度を評価可能となる。もちろん、個別の患
用の人も含まれており、長期使用の実数としては過
者像を把握した上での評価ではないため、あくまで
大評価されていることになる。
「○○患者のうち××%の患者において、基準から
逸脱した診療行為(不適切かもしれない薬剤使用)
2)統合失調症に対する抗精神病薬使用
英国国立医療技術評価機構の基準によると、統合
がみられる」と、控え目な解釈しかできないことに
失調症に対する抗精神病薬の多剤処方は推奨されて
は留意すべきである。「薬剤使用の実態」に関する
いない(薬剤の変更に伴う短期的な状況を除く)27)。
統計資料を解釈する際は、以下で示すように、分子
薬剤使用の実態を確認すると、統合失調症入院患者
や分母の定義など研究法を把握することが望ましい
のうち42%において、抗精神病薬が多剤処方されて
「不適切
いるという報告がある28)。この結果から、
(図表3)。
1)高齢者に対するベンゾジアゼピン受容体作動薬
かもしれない薬剤使用が約4割にみられる」と判断
することには一定の合理性がある。分子の定義は「抗
使用
アメリカ老年医学会の基準によると、高齢者に対
するベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期使用は推
26)
精神病薬が2剤以上処方されていること」ではなく、
「抗精神病薬が3剤以上処方されていること」であ
奨されていない 。薬剤使用の実態を確認すると、
るため、多剤処方の実数としては過小評価されてい
高齢者のうち19%の人において、ベンゾジアゼピン
ることになる。
9)
受容体作動薬が処方されているという報告がある 。
この結果から、「不適切かもしれない薬剤使用が約
図表3 「研究法」を確認する重要性
研究
24
留意点
Okumura20169)
奥村201328)
①セッティング
2012年10月∼2013年9月被用者保
2011年10月診療分における入院のレ
険のレセプト情報と被保険者情
セプト情報
報
②分子の定義
1年間に33剤の経口のベンゾジア 1か月間に32剤の抗精神病薬が3剤以
ゼピン受容体作動薬が1度以上処 上処方
方
③分母の定義
65∼74歳の健康保険組合の加入 入院精神療法の算定のある統合失調
者17,863名
症入院患者7,391名
④処方割合
19%
⑤限界
■長期使用の実数は求めていな ■包括算定病棟に入院する患者の情
い。
報は反映されない。
■被用者保険であるため代表性
に難がある。
42%
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Monthly IHEP 2016 2月号 No.249
処方への減薬プログラムは、通常診療と比べて、介
5.対応策の有効性
薬剤使用の適切性の基準と比べて、現実場面にお
入終了12週目の精神症状と生活の質が劣っていない
ける診療行為が逸脱していることが明らかになる
かを検討している32)。非劣性試験の結果、精神症状
と、逸脱を減らすための対応策の有効性を検討する
と生活の質の評価指標は、減薬プログラムと通常診
ことが求められる。「対応策の有効性」に関する統
療の間に、統計学的に有意な群間差がみられなかっ
計資料を解釈する際は、以下で示すように、研究疑
た。この結果から、
「症状の悪化が認められないため、
問や例数設計に関する履歴を把握することが望まし
減薬プログラムは安全である」と結論づけている。
い(図表4)。
しかし、筆者が確認する限り、この結論には疑問
1)高齢者に対するベンゾジアゼピン系薬剤の休薬
の余地がある。研究報告書33,34)、臨床試験登録35)、
研究計画書36)と論文32)を比較したところ、研究疑問
法
Tannenbaumらは、調剤薬局における高齢者のベ
と例数設計に関する履歴に問題が認められた。具体
ンゾジアゼピン系薬剤長期使用への教育的介入は、
的には、①事前には、精神症状が減薬プロトコルに
通常診療と比べて、介入開始6か月目の休薬率が優
より悪化しないか(非劣性)を示すための必要症例
29)
れているかを検討している 。クラスター無作為化
数は400例と推計されていたが、事後には、必要症
比較試験の結果、休薬率は、教育的介入が27%、通
例数が142例になっていた、②事前には、減薬プロ
常診療が5%であり、統計学的に有意な群間差がみ
グラムにより生活の質が改善するか(優越性)を示
られた。この結果から、「高齢者に薬剤過剰使用に
すことが研究疑問であったが、事後には、生活の質
関する医療情報を提供することは、安全で効果があ
が悪化しないか(非劣性)を示すことになっていた。
30)
る」と結論づけている。臨床試験登録 、研究計画
実際には非劣性が明らかにならないにもかかわら
書31)と論文29)を比較したところ、研究疑問や例数設
ず、あたかも非劣性が確認されているよう強調する
計に関する履歴に問題は認められなかった。
報告戦略は、粉飾(spin)と呼ばれる37-40)。臨床試
2)統合失調症に対する抗精神病薬の減薬法
験の遂行に伴い、様々な事情により、症例が予定通
Yamanouchiらは、統合失調症の抗精神病薬多剤
りに集積しない事態は避けられない。しかし、症例
図表4 「研究疑問」などの履歴を確認する重要性
「研究疑問」などの履歴を確認
事前
事後
非劣性を示す症例数は得られなかった
非劣性が示された
必要症例数 : 400 例
必要症例数 : 142 例
研究疑問① ( 非劣性 )
研究疑問① ( 非劣性 )
精神症状が悪化しないか
精神症状が悪化しないか
研究疑問② ( 優越性 )
研究疑問② ( 非劣性 )
生活の質が改善するか
研究部レポート
粉飾 !
生活の質が悪化しないか
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Monthly IHEP 2016 2月号 No.249
集積後に必要症例数を粉飾して報告することは、科
一方、精神科外来においては、平成20年度から、服
学的妥当性のない結論を導く点が問題というだけで
用状況や副作用の有無等の確認を主とした支援をす
はなく、意図を伴わずに粉飾することが不可能であ
ると、1日あたり55点算定されるという評価が新設
るため、研究倫理に問題があると疑わざるを得ない。
された(頻回の精神医学的援助が必要であるときに
中央社会保険医療協議会の資料
1,41)
として紹介され
適用される)。平成24年度から、抗不安薬または睡
るほど、精神科医療に影響を与えている臨床試験が、
眠薬が多剤処方されている場合に、20%減算される
粉飾の一例として挙げられてしまうことは残念であ
という剤数に応じた評価に変更された。さらに、平
る。
成26年度より、減算規定の対象薬が抗うつ薬と抗精
神病薬に拡大され、多剤処方がされている場合は算
6.適切な向精神薬使用の推進施策
定できないようになった。加えて、減算対象の項目
厚生労働省は、診療報酬改定によって、適切な向
は、処方料と薬剤料(院内処方)あるいは処方せん
精神薬使用の推進施策を立案してきている(図表
料(院外処方)にも拡大され、多剤処方をより抑制
5)
。現状では、精神科包括病棟と精神科外来にお
するよう規制が強化された。今後、精神科出来高病
ける、多剤処方に対する規制が導入されている。精
棟や多剤処方以外の課題(認知症への抗精神病薬使
神科包括病棟においては、平成16年度から、薬価の
用42) や子供への向精神薬の適応外使用43) など)に、
高い非定型抗精神病薬で治療中の統合失調症患者に
診療報酬改定による規制が広がる可能性もあるだろ
対して、1日あたり10点加算されるという評価が新
う。
設された。平成22年度から、多剤処方がされていな
こうした減収を前提とした多剤処方の改善施策
い場合に1日あたり15点加算され、多剤処方がされ
は、多剤処方になる主要因を精神科医師の個人要因
ている場合に10点加算されるという剤数に応じた評
に帰することが妥当であれば、大きな効果が得られ
価に変更された。さらに、平成26年度より、多剤処
るかもしれない。しかし、これまでのところ、多剤
方がされている場合に10点加算される評価が廃止さ
処方の改善施策の効果は限定的であることが明らか
れ、多剤処方をより抑制するよう規制が強化された。
になっている44)。不適切かもしれない向精神薬使用
図表5 適切な向精神薬使用の推進施策
入院
外来
精神科包括病棟
精神科外来
統合失調症への抗精神病薬の多剤処方
向精神薬の多剤処方
平成 16 年度 : 特定抗精神病薬治療管理加算 (10 点 )
平成 22 年度 : 精神科継続外来支援・指導料 (55 点 )
平成 22 年度 : 15 点 (2 剤以下 ) vs 10 点 (3 剤以上 )
平成 24 年度 : 抗不安薬 / 睡眠薬の多剤処方 (20% 減算 )
平成 26 年度 : 15 点 (2 剤以下 ) vs 0 点 (3 剤以上 )
平成 26 年度 : 抗うつ薬 / 抗精神病薬に拡大
精神科出来高病棟
一般身体科
一般身体科
特になし
特になし
特になし
精神科出来高病棟や多剤処方以外の課題は?
負のインセンティブだけで原因を軽減可能?
26
研究部レポート
Monthly IHEP 2016 2月号 No.249
を改善するには、ある診療行為に対する負のインセ
引用文献
ンティブを与えるばかりではなく、その原因を軽減
1)厚生労働省:個別事項(その2:精神医療)
[http://
しうる施策の立案が求められるであろう。
例えば、統合失調症入院患者のうち、42%におい
28)
て、抗精神病薬が多剤処方されている 。このよう
に適切性の基準から逸脱した診療行為が余りに多く
生じているのであれば、それは乏しい人員配置や代
替策(治療抵抗性統合失調症に有効性が確認されて
いるclozapine)の利用可能性の低さなどの環境に最
適化した(ある意味で合理性のある)診療行為と解
釈することが自然であろう。すなわち、現実の環境
www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000Hokenkyoku-Iryouka/0000102476.pdf(accessed
2016.1.11)].
2)上島国利(編著)
.精神科治療薬ハンドブック(改
訂6版).中外医学社,2010.
3)稲田健:多剤併用の問題.Modern Physician
2014; 34: 665-8.
4)稲田健.本当にわかる精神科の薬はじめの一方 .
羊土社,2013.
下では、適切性の基準を目指すことは机上の空論に
5)総 務 省 統 計 局: 日 本 標 準 商 品 分 類[https://
過ぎないのかもしれない。この状況を打破し、環境
www.e-stat.go.jp/SG1/htoukeib/BunruiFocus.
に最適化した適切性の基準から逸脱した診療行為を
do?bunCode=8711(accessed 2016.1.6)].
社会が許容できる水準に抑えるためには、その環境
6)厚生労働省:調剤医療費の動向調査[http://
を変えるべく人員配置基準の見直し等、原因に迫る
www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/
施策の立案が求められよう。
z e n p a n / c y o u z a i _ d o u k o u . h t m l(a c c e s s e d
2016.1.7)].
7.おわりに
本稿では、臨床疫学研究の観点から、不適切かも
しれない向精神薬使用に関する統計資料を、専門家
7)厚生労働省:薬事工業生産動態統計調査[http://
w w w . m h l w . g o . j p / t o u k e i / l i s t /105-1. h t m l
(accessed 2016.1.7)
].
(政策担当者、臨床家や研究者)が解釈する際の留
8)厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課:
意事項を紹介した。具体的には、①「向精神薬」に
試験研究施設における向精神薬取扱いの手引
関する統計資料を解釈する際は、実際に含まれてい
[http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/
る成分を確認すること、②「薬剤使用の適切性」に
yakubuturanyou/dl/kouseishinyaku_03.pdf
関する統計資料を解釈する際は、適切性の設定過程
(accessed 2016.1.6)
].
を確認すること、③「薬剤使用の実態」に関する統
9)Okumura, Y, Shimizu, S, Matsumoto, T:
計資料を解釈する際は、分子の定義などの研究法を
Prevalence, prescribed quantities, and
把握すること、④「対応策の有効性」に関する統計
trajectory of multiple prescriber episodes for
資料を解釈する際は、研究疑問などの履歴を把握す
benzodiazepines: A 2-year cohort study. Drug
ることが望ましいと述べた。日本の精神科医療は「薬
Alcohol Depend 2016; 158: 118-25.
漬け」と断定的に表現されることが多いものの、統
10)奥村泰之,藤田純一,松本俊彦,立森久照,清
計資料から解釈できることは、より控え目であるこ
水沙友里:日本全国の生活保護受給者への抗不
とには留意すべきである。
安・睡眠薬処方の地域差.臨床精神薬理 2014;
17: 1561-75.
11)厚生労働省:社会・援護局関係主管課長会議資
料[h t t p : / / w w w . m h l w . g o . j p / f i l e /06Seisakujouhou-12000000-Shakaiengokyoku-
研究部レポート
27
Monthly IHEP 2016 2月号 No.249
Shakai/0000077381.pdf(accessed 2016.1.7)].
12)相原守夫.診療ガイドラインのためのGRADE
システム .凸版メディア株式会社,2015.
リ ッ ク コ メ ン ト[http://www.jssr.jp/data/
pdf/koureianzenyakubutsu.pdf(accessed
2016.1.6)].
13)Guyatt, G, Oxman, AD, Akl, EA et al: GRADE
22)Levy, HB: Non-benzodiazepine hypnotics and
guidelines: 1. Introduction-GRADE evidence
older adults: what are we learning about
profiles and summary of findings tables. J Clin
zolpidem? Expert Rev Clin Pharmacol 2014; 7:
Epidemiol 2011; 64: 383-94.
5-8.
14)日本老年医学会: 高齢者の安全な薬物療法ガイ
23)B e r r y , S D , L e e , Y , C a i , S e t a l :
ドライン2015(案)[http://www.jpn-geriat-
Nonbenzodiazepine sleep medication use and
soc.or.jp/info/topics/pdf/20150401_01_01.pdf
hip fractures in nursing home residents.
(accessed 2016.1.7)].
JAMA Intern Med 2013; 173: 754-61.
15)水上勝義:高齢者のうつ、不眠、認知症の薬物
24)Kang, DY, Park, S, Rhee, CW et al: Zolpidem
療法に関する研究.平成25年度 総括・分担研
use and risk of fracture in elderly insomnia
究報告書 高齢者の薬物治療の安全性に関する
patients. J Prev Med Public Health 2012; 45:
研究 2014: 57-60.
219-26.
16)相原守夫:高齢者の安全な薬物療法ガイドライ
25)Finkle, WD, Der, JS, Greenland, S et al: Risk of
ン2015[http://www.grade-jpn.com/jp_grade/
fractures requiring hospitalization after an
k o u r e i s h a _ y a k u b u t u . h t m l(a c c e s s e d
initial prescription for zolpidem, alprazolam,
2016.1.7)].
lorazepam, or diazepam in older adults. J Am
17)厚生労働省科学研究班・日本睡眠学会ワーキン
Geriatr Soc 2011; 59: 1883-90.
ググループ:睡眠薬の適正な使用と休薬のため
26)American Geriatrics Society Beers Criteria
の診療ガイドライン:出口を見据えた不眠医療
Update Expert Panel: American Geriatrics
マ ニ ュ ア ル[http://www.ncnp.go.jp/pdf/
Society 2015 updated beers criteria for
press_130611_2.pdf(accessed 2015.2.16)].
potentially inappropriate medication use in
18)三島和夫.睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライ
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28
研究部レポート
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22-24年度 総合研究報告書 抗精神病薬の多剤大
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研究部レポート
29
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