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胃粘膜血流に及ぼす温泉水の効果
飲泉と胃粘膜血流 1 ◎原 著 胃粘膜血流に及ぼす温泉水の効果 一長期連日飲泉の効果一 田中淳太郎, 妹尾 敏伸, 松本 秀次 石橋 忠明, 越智 浩二, 原田 英雄 岡山大学医学部附属環境病態研究施設成人病学分野 要旨:内視鏡(オリンパス製XQ−10胃ファイバースコープ)と臓器反射スペクトル法を応用 して,2週間連日の飲泉が胃粘膜血流におよぼす効果を検討した。健常者3名および胃疾患患 者9名(治癒期にある胃潰瘍の患者6名と慢性胃炎の患者3名)を対象とした。当院飲泉場の 温泉水による2週間連日の飲泉を行ない,2週間の飲泉の前後において,胃の3箇所(胃幽門 部小知,前庭部小蛮,胃角部小弩)で胃粘膜血流を測定した。その結果,胃前庭部小沓では胃 粘膜血流の有意の増加を認めた。しかし胃全体としては有意差を検出出来なかった。個々の症 例について検討すると、飲泉後で胃の3箇所すべてにおいて血流が増加したケースが頻度多く 認められ,飲泉の有効性が示唆された。従来から認められてきた慢性胃腸疾患に対する飲泉の 効果には,胃粘膜血流の改善による要因も加わっている可能性が考えられる。 索引用語:飲泉療法,胃粘膜血流,臓器反射スペクトル法 Key words : Spa−drink therapy, Gastric mucosal blood flow, Organ reflex spectrophotometry ペクトル法3)を応用して,胃粘膜血流に対する2 1.はじめに 週間連日の飲泉の効果を検討した。 筆者らは以前,胃内へ注入した温泉水の胃粘膜 血流に対する効果を検討し,1回の飲泉でも胃粘、 2.対象および方法 膜血流を改善する作用があることを報告した1・2)。 胃粘膜血流に対する連日飲泉の効果を検討する 一方,飲泉は定期的に連続して長期間にわたり施 目的で,ヒトを対象として2週間を1クールとし た飲泉治療を行ない,その前後で胃粘膜血流を測 されるのが一般的であり、実際には慢性胃腸疾患 などに対して最低2週間を1クールとした連日の 飲泉療法が行なわれている。したがって1回の飲 定した。飲泉は、当院飲泉場の温泉水(弱放射能 泉の効果とともに連日,長期の飲泉の効果(飲泉 の食間に行なった。胃粘膜血流は以前の場合と同 様に,住友電工製臓器反射スペクトル装置(TS− の長期的効果)も同様に検討する必要がある。 しかし,臨床の場における胃粘膜血流の測定に 含有重曹食塩泉,38∼42℃)200meを午前と午後 たため,胃粘膜血流を指標とした飲泉の効果に関 200)を用い,それに接続したファイバープロー ブを内視鏡(オリンパス製XQ−10胃ファイバー スコープ)の鉗子孔より胃内へ挿入し,胃粘膜に する研究はこれまで見当らない。そこで筆者らは, 垂直に軽く接触させ測定した。測定部位は胃の幽 比較的簡便に胃粘膜血流を測定できる臓器反射ス 門部小蛮,前庭部小蛮,胃角部小弩の3箇所とし は被験者の苦痛,手技の繁雑さなどの制約があっ 2 環境病態研報告 60,1989 た。胃体部および胃底部を検討対象部位に含めな をFig−1に示す。まず個々の症例で検討すると、 かった理由は,胃体部および胃底部は内視鏡と胃 胃幽門部小変では12名中9名においてIHb値の の相対的位置関係によりプローブを粘膜に垂直に 増加を,3名において減少を認め,その平均値は 当てにくいという問題があり,検査成績の再現性 飲泉前が95.0±18.0,飲泉後が98.2±15.3であっ に問題が残っているためである。粘膜血流量の た。胃前庭部小蛮では12名中8名においてIHb 値の増加を,4名において減少を認め,その平均 単位としては,臓器反射スペクトル法に固有の Hemoglobin Index(以下IHb)という単位を用 いた。IHbは粘膜内酸素化ヘモグロビン量の相対 値は飲泉前が104.8±16.9,飲泉後が110.8± 12.8であった。胃角部小弩では12名中8名におい 的指標である。 てIHb値の増加を,4名において減少を認め, 健常者3名および病状が安定した患者9名を対 象とした(Table−1)。胃潰瘍の場合に病状が 118.7±18.5であった。 安定した治癒期の例を対象とした理由は,非治癒 つぎに集団としてめ統計処理の結果を見ると胃 期においては病状の改善と関連して胃粘膜血流の 前庭部小蛮において飲泉後にIHb値の有意の増 改善が認められることが確認されており,それを 加(P<0.05)を認めだ。胃幽門部小高,胃角部 飲泉による血流改善と誤認する危険性を考慮した からである4)。対象者は全員,飲泉治療前後の胃 小弩においては有意差を検出できなかった。 その平均値は飲泉前が116.1±20.4,飲泉後が 粘膜血流測定時に胃内の観察を十分に行ない,急 性病変が存在しないことを確認した。検討期間中 Pylorus に食習慣,生活習慣,投与薬剤に変更はなかった。 飲泉前後の胃粘膜血流測定値を個々の症例につ paired t tθstを用いて統計的な比較検討も行なっ た。P<0.05をもって有意差ありと判定した。 Table 1 Profile of Patients Case Ne. Age Sex Entioscopie bealthy volunteer bealthy volunteer hea]thy volunteer M gastrie ulcer gastr三〇 U玉cer (healing stage) Acconpanied Disese 幽 甲 ︸ 一 63 粥鯉M粥 5 B3 83 44 3 2 (yrs) Diag]osis (.) (healing stage) 6 32 M 7 T9 M gastrie ”lcer (一) (bealing stage) 12 4S M:Male chronie gastritis gastrie ulcer ehrenie gastritis gastric ulcer ehrenie bepatitis {.) (.) {healing stage) 一一 P1 (healing stage) Or蘇 10 gastric ulcer 瀦蝸 5573 60 T4 (healing stage) F chronic gastritis (一) F=Fe昌ale 3.成 績 2週間の連日飲泉の胃粘膜血流測定値(IHb) 160 ︵ρ≡︶き一﹂で02m一〇。。8墨。3。。8 いて比較検討を行なうとともに,Studentの 140 12g 100 80 60 40 B A 飲泉と胃粘膜血流 3 Antrum 4.考 察 160 ゆPく0.05 曜 140 120 こ一 too 最近の温泉ブームを契機に温泉治療に対しても, その作用機序の詳細について新たな視点から再検 討が加えられつつある。一方わが国においては今 後急速に高齢者の比率が増加し,高齢者の慢性胃 炎,胃潰瘍などの消化器疾患も増加することが予 想される。高齢者の慢性胃炎,胃潰瘍は若年者と は異なり局所胃粘膜血流の低下が重要な成因となっ ているケースが多いこと5’6’7),また温泉治療が 80 伝統的に老人を中心とした大衆に親しまれて来た 治療法であることを考えあわせる時,胃粘膜血流 60 に対する飲泉治療の効果を検討することは今後の 40 温泉治療の臨床において重要な課題と考えられる。 以前1’2),筆者らは1回の飲泉が胃粘膜血流を B A B:before drinking 増加させる効果があることを報告した。その成果 にもとづき,今回は連日の飲泉の効果を検討した わけである。2週間の飲泉の前後で測定した胃粘 膜血流の平均値を比較検討したところ,胃前庭部 小品ではIHb値の有意の増加を認めたが,他の Anglus 2部位では明確な差を認めなかった。しかし個々 の症例のついて飲泉の前後で胃粘膜血流が増加し 160 たケースの頻度をみると,胃幽門部小鷺では12例 S4B 中9例(75.0%),胃前庭部小鼠および胃角部活 120 蛮では12例中8例(66.7%)と,胃の3箇所すべ てにおいて血流が増加したケースが多く認められ た。すなわち連日の飲泉の効果には個体差が認め られるものの,飲泉が有効であるケースが多数存 100 在することが示唆された。これまでに胃粘膜血流 を指標とした飲泉の効果の検討は見当らないが, 80 従来から認められてきた慢性胃腸疾患に対する飲 泉の効果には,胃酸分泌,胃運動機能などの改善 60 40 に加えて胃粘膜血流の改善による要因も加わって いる可能性が考えられる。今回の検討で個体差が B A A:crH er drinking 認められた原因については、温泉治療が転地など の物理的,精神的要素を含めた自律神経系に対す る総合的調整効果によってもたらされる8’9)こと に関連していると考えられる。今回の対象者は健 Fig−1 Gastric Mucosal Blood Flow 常者および病状が安定した患者であるため,対象 in Response to Spa−Drink 者の中には自律神経的,および精神的にも落着い Therapy た状態にある者が多いことが想定される。そのた 4 環境病態研報告 60,1989 め飲泉のもつ総合的調整効果が顕著にあらわれな かったのであろうと考えられる。慢性胃炎,胃潰 8)杉山 尚:温泉と二、三消化機能に関する研 究.日温気二二誌,19:58−203,1955. 瘍等の胃腸疾患に飲泉療法だけで対応することは 9)杉山 尚:シンポジュウム2 温泉治療の実 出来ないが,胃粘膜血流の低下がその成因として 際一消化器疾患一.日温気一山誌,47:.26−29, 存在し,かつ自律神経的に不安定な状態にある患 1983. 者に対してはより明確な効果が期待されると考え, 今後さらにその特性により層別化して検討を進め ていく予定である。 Effect of long−term daily intake of thermal water on gastric mucosal blood flow 5. まとめ 臓器反射スペクトル法を用い,当院温泉水の2 Juntaro Tanaka, Toshinobu Senou, 週間連日の飲泉が胃粘膜血流におよぼす効果を検 Shuji Matumoto, Tadaaki lshibashi, 討した。その結果,連日の飲泉は胃前庭部の胃粘 Kojj Ochi, Hideo Harada 膜血流を有意に改善した。また個々の症例につい てみると,胃角部,前庭部,幽門部ともに胃粘膜 Institute for Environmental Medicine, 血流が増加した症例を大多数に認めた。よって飲 Okayama University Medical School. 泉療法は胃粘膜血流の低下を成因とする慢性胃疾 患に対し有効な治療法となることが示唆された。 Effect of long−term oral intake of ther− mal water on gastric mucosal blood flow was 参考文献 1)田中高太郎,原田英雄,松本秀次 他:胃粘 evaluated, using an endoscopic organ reflex spectrophotometry together along with an 膜血流におよぼす温泉水の効果.環境病態研報 Olympus XQ−10 forward viewing gastro− 告,58:1−4,1987. 2)田中官太郎,原田英雄,妹尾敏伸 他:胃粘 fiberscope. Three healthy volunteers and nine pa− 膜血流に及ぼす温泉水の効果一匹1報 1回の tients with gastric diseases in remission 飲泉の効果に関する検討一.日温気物医誌,51 (six with healed gastric ulcer and three with : 153 一 156, 1988. chronic gastritis) were put on a 2 一week 3)佐藤信紘,中山八田,川野 淳 他:加齢と treatment with dai}y oral intake of Misasa 胃粘膜血流動態一点侵襲,高速,連続的臓器反 thermal water (38 to42 OC, 200me, two 射スペクトル測定の内視鏡への応用.日消誌, times a day between meals). Gastric mucosal 78 : 2074 一 2078, 1981. blood flow was measured just before and 4)福田益樹,川野 淳,佐藤信紘 他:臓器反 after the treatment period at three spots of 射スペクトル解析法による胃角部潰瘍活動期, the stomach (lesser curvature of the py− 搬痕期の胃粘膜血行動態と酸素需給動態の検討.. lorus, antrum and angle):Life style and 日出訴,79:1904−1910,1982. 5)常岡健二,平川恒久,松下克己 他:加齢と 消化管.胃と腸,12:577 一 589,1977. 6)並木正義:臨床から見た高齢者の胃病変.胃 と腸,12:599 一 604,1977. drugs were unchanged during the period. Following resu}ts were obtained : (1) Pre−and post−treatment gastric mucosal blood flow (IHb) was 95.0±18.0, and 98.2 ±15.3 at the pylorus, respectively ;104.8 7)佐藤信紘,中山彰史,川野 淳 他:加齢と ±16.9 and 110.8±12.8 at the antrum, respec− 胃粘膜血流動態.日消誌,78:2074−2078.1981. tively ; 116.1 ± 20 .4 and 118 .7 ± 18 .5 at the 飲泉と胃粘膜血流 5 angle, respectively. in gastric mucosal blood flow, along with an (2) However, Evaluatioh of each individ− improvement in gastric secretion and motili− ual case showed that the post−treatment val− ty, is also cohtributory to the favorable ues were higher than the pretreatment ones in therapeutic results of spa−drink in chronic 75% of patients at the pylorus and in 67% gastric diseases. of patients at the antrum and angle, respec− Further studies are in progress to reveai tively. (1) the clinical significance of the improve− (3) Student’s paired t−test showed that the ment in gastric mucosial blood flow, such post−treatment increase in blood flow was asacceleration of healing and maintenance of statistically significant (p〈O.05) only at remission, and (2> the characteristics of the antrum. patients who are likely to show favorable・ These results suggest七hat an improマement response to the treatment.