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第5節「自治体における環境政策―ごみ削減の成功例として

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第5節「自治体における環境政策―ごみ削減の成功例として
第 2 章-第 5 節
第5節 自治体における環境政策
―ごみ削減の成功例としての名古屋から各アクターの役割への考察―
蓮沼 実佳
1. 名古屋市におけるごみ問題を取り上げる経緯
筆者がごみ削減をテーマに名古屋市を取り上げた理由は、筆者自身の環境にたいする問
題意識に由来する。学部2年生の時に受講した「地球環境政策論」という授業で名古屋市の
コンポストについての論文を読んだ経験や、『不都合な真実』という映画の鑑賞、更には
近年の異常気象の頻発による不安が私の問題意識に大きく影響し、ごみ問題を含めた環境
問題に対し関心を抱くようになった。
また、ごみ処理量の削減は、市民一人ひとりにとって非常に身近な課題である。かつ地
球規模で共通する課題であるため、国はもちろん、多くの自治体により独自に取り組まれ
ている。その一方で課題解決のためには草の根の働きが不可欠であるという側面があり、
行政だけでなく市民や事業者も一体となって取り組まなければならない問題であると言え
る。このように課題解決が難しいとされるごみ処理量削減の成功例として、しばしば名古
屋市の名前が挙がる。筆者は名古屋市の市民・行政・事業者がどのようにして結束し、い
かにしてごみ排出量の削減に成功したかに関心を抱いた。また、名古屋市が行った取り組
みの経緯を追うことで、環境政策に対する各セクターのあり方を確認し、他地域にも適応
できるようなモデルを導き出したい。
2. ごみ処理量1削減の成功例としての名古屋
かつて、名古屋市ではごみの排出量が右肩上がりで増え続け、平成10年の時点で焼却・
埋め立ての両面で処理の限界を迎えていた。その際に次期埋立て処分場の候補に藤前干潟
が挙がったが、藤前干潟は渡り鳥の重要な飛来地であったために、市民や研究者から埋立
地化へ強い反対の声が挙がった。このことを契機として、藤前干潟の保全活動が開始され
るとともに、名古屋市全体でごみ処理量の削減が取り組まれるようになった。
このような背景のもと出された「ごみ非常事態宣言(平成11年)」では、トリプル20と
銘打ち、20世紀中(2年間)に20%、20万トンのごみ減量目標を掲げた2。名古屋市では宣
言後、指定袋制の導入、集団資源回収等への助成強化など、様々な施策を実施した。尚、
「プラスチック製容器包装」、「紙製容器包装」の新資源の分別収集が平成12年に始まっ
た際には、2か月間に10万件の苦情や問い合わせが市に寄せられたという3。そのために、市
は地域で2300回の説明会を実施し、21万人の市民が参加した。こういった市・市民・事業
者が一体となった努力の結果、平成10年に99.7万トンであったごみ処理量が、平成12年に
は76.5万トンまで減少するなど、非常事態宣言で掲げられた目標を達成した4。また、その
後も資源分別及びリサイクルの促進を中心とした取り組みにより、ごみ処理量削減が進め
られた。その結果、平成24年度までに平成10年度のごみ処理量から38%の減量に成功して
1
総排出量=ごみ処理量+資源分別量
年版より(最終閲覧 2014 年 7 月 12 日)
http://www.city.nagoya.jp/kankyo/cmsfiles/contents/0000015/15557/gomirepo13.pdf
3 名古屋市環境局減量推進室 伊東秀郎さまより頂いたご回答から抜粋
4 名古屋ごみレポート’13 年版 より
2名古屋ごみレポート’13
1
第 2 章-第 5 節
いる。
尚、藤前干潟の保全は継続されており、現在の埋め立て処分場は岐阜県多治見市にある
愛岐処分場を利用している。これは、ごみ非常事態宣言が出された当時も利用されていた
処分場である。また、藤前干潟は、野鳥の飛来地としてだけでなく、名古屋市に大幅なご
み減量をもたらした社会的意義の側面からも評価された。今日では、環境省がNGOと市民
との連携で生態調査を進めるとともに、都市に残る自然を生かした環境学習の拠点として
位置づけられている55。
3. これからの展望
名古屋市では、ごみ非常事態宣言以降トリプル20を達成し、その後も順調に減量化が進
められてきた。市が中心となり、市民や事業者と協働しごみ減量化に取り組んできたため、
市民意識も向上している。さらには平成17年に愛知県にて「愛・地球博」が開催されたこ
とで、自主的な取り組みの拡大も見られるようになった。
しかし、これまでのリサイクルの促進を中心的な手段に据えた減量化への取り組みは次
第に限界に近づいている。実際にごみ処理量の推移のデータを見ると、次第に数値が横ば
いとなりつつあることがわかる66。そこで、平成20年に策定された「名古屋市第4次一般廃
棄物処理基本計画」の中では、「ごみも資源も、減らす、生かす」という基本方針のもと、
①発生抑制②分別徹底③循環処理という優先順位で取り組みを進めていくとしている。つ
まり、ごみを分別し資源化を進めるという段階から、「天然資源の投入」と「環境負荷」
がともにすくない「循環型社会」をめざす段階へ移行しようとしている。
具体的な取り組みとして、ごみの発生段階から減らすために容器包装の削減運動、リユ
ースの促進などが始められている。その中のレジ袋の有料化は、約5年半で累計10,365tの
レジ袋(CO259,226t)の削減に成功している。
また、名古屋市が新たに着目したのは「生ごみ」である。平成24年度の時点で、事業系
ごみのうち7割が、家庭系の生ごみはほぼすべてが資源化されていない。しかし、生ごみは
飼料・堆肥やメタンガスなどに循環可能な大切な資源である。特に家庭ごみに向けては、
コンポストの使用を進めるなどの施策を行っている。
4. 各セクターの役割
名古屋市では、これから循環型社会へ姿を変えていくために、生産・流通事業者、消費
者、再生事業者、自治体のそれぞれに担ってもらう役割分担のモデルを設定している77。
まず、生産・流通事業者について。設計時などには、素材、寿命、循環可能性、
容器包装の簡易化、など環境に配慮した設計を行う。また、販売時には廃棄後
の処理を含めた環境コストを価格に反映し、廃棄後の循環資源の引き取りも積
極的に行っていくべきである。これは、生産・流通事業者が、ごみのもととなる商品
及びその包装などの生産者として、「元から減らす」ことに最も深く立ち会えることが関
5
6
7
2002 年 6 月 16 日中日新聞より
名古屋ごみレポート‘13 年版より
名古屋市第 4 次一般廃棄物処理基本計画より
2
第 2 章-第 5 節
係しているといえる。
次に、消費者が目指すモデルとして、「グリーンコンシューマー(環境にやさしい消費
者)」がある88。これは、買い物を通して環境保全に取り組む消費者のことをさす。消費者
ができる「発生抑制」として、購入時にグリーン購入を心がけることと、それを長く使い、
使い切るという2つの方法がある。グリーン購入とは、長寿命や非使い捨て等の商品を選び、
適量のみ購入し買いすぎないということや、レジ袋や過剰包装を断るということなどが当
たる。また、当然ながら廃棄時には分別排出を行い、ごみとして排出するだけでなく、譲
渡・売却も一つの手段として行うことができる。
リサイクルを担う再生事業者は、再生処理の高度化及びそれに伴う再生品の質の向上や
需要の開拓などが期待される。また、リサイクルはエネルギーを使用したり廃棄物を排出
してしまったりなど、といった限界があるため、リサイクルのためのエネルギー投入や負
荷排出の削減などが計られている。
自治体(名古屋市)は、上記のような環境にやさしい消費者・事業者の育成のための啓
発・支援を行っていくことが一つの大きな役割であるといえる。そのために、分かりやす
く十分な情報を提供するとともに、市民との協議の場づくりや、環境学習・環境教育の推
進といった施策が課題となっている。また、市民・事業者などが協働して取り組みを行う
際の仲介役および情報提供者としても自治体のはたらきが期待されている。
さらに、名古屋市にはこういった各セクター(市民・市民団体、企業、学校・大学、行
政)をつなぐ「なごや環境大学」という環境活動のネットワークが存在する。これについ
ては後程紹介したいと思う。
5. 成功の背景
また、藤前干潟の保全を呼びかけたのは市民や研究者であった。その声がきっかけとな
り、名古屋市のごみ削減への取り組みは幕を開けたといえる。行政による非常事態宣言や
それに伴う資源分別の呼びかけに市民が応じ、協力し合ったことはもちろん、環境省と協
働して藤前干潟の渡り鳥保全を担うNPOが発足したことは、セクターを超えて市民・行政・
民間団体が協力したことの一例であると思う。こういった協力体制がごみ排出量の削減と
いう目標を成功に導いたといえる。
そのような協力体制が生まれるためには、以下のような要因が挙げられる。
一つ目は、ごみ非常事態宣言に由来する「危機感」である。前述のとおり、それまで使
用していたごみ処理場が限界に近づいてしまい、名古屋市の大切な自然のひとつである藤
前干潟を埋立地化するという案に対し干潟の保全が呼びかけられた。このことは、新しい
埋立地を作らなければいけない程ごみが増えているという事実を市民へ認知させるという
意味で大きな役割を果たした。
二つ目は、地域住民への参加促進に努める行政の姿勢である。「トリプル20」と名付け
られたごみ削減目標の元、資源分別収集がはじめられた。その中で、苦情や問い合わせに
8
「リ・スタイルへの挑戦」 より
http://www.city.nagoya.jp/kankyo/cmsfiles/contents/0000004/4655/re-style.pdf
(最終閲覧 2014 年 7 月 13 日)
3
第 2 章-第 5 節
応対するために説明会を何度も開くなど、地道な努力がなされてきた。その結果として、
市民による分別収集への協力が得られた。
三つ目は、分別文化の定着である。名古屋市が行ったアンケートから、ごみ減量化が日
常生活の一部になりつつあることがわかる。
以上のことに加え、行政によるごみ処理技術の向上等により、ごみ処理量削減の目標達
成できたのだろう。
6. なごや環境大学について9
なごや環境大学とは、環境問題に関心のあるすべての人々を対象に「環境首都なごや」
そして「持続可能な地球社会」を支える「人づくり」「人の輪づくり」という目的で活動
するネットワークである。市民、企業、大学、学校、行政など様々な場所に携わる人々が
それぞれもつ、様々な知識や経験、問題意識を立場や分野を超えて持ち寄り、共育(学び
あい、ともに育つ)する場所である。なごや環境大学は、名古屋市はすでにごみ減量先進
都市であるとし、これからは環境先進都市へ向けて人づくりを進めようとしている。
具体的な活動は、まちなかをキャンパスとして、市民講座や経験交流の開催や、国際シ
ンポジウムの主催などがある。このような活動を通し、市民をはじめとする参加者の知識
を深め合うことができる。こういった場を作ることで、ごみ資源分別の取り組みや、NPO
団体の活動が閉鎖的なもので終わらずより広がりを持つことができるといえる。
7. 他都市への適応
最初に述べたとおり、ごみ処理量削減という課題は、全国各地に共通して存在し、ほと
んどの自治体で課題解決に向けて取り組まれている。当然ながら筆者の属する宇都宮大学
がある宇都宮市でも取り組みがなされている。そういった他地域にも応用可能な名古屋市
の取り組み・特色を考察し、大きく2つに分けて紹介したい。
まず一つが、環境問題に関する知識や疑問を共有し合う場の存在である。特に大学を有
するために一人暮らし世帯が多い名古屋や宇都宮のような都市では、ごみの分別方法など
に不安を感じている人もいるだろう。そういった人々の助けや、一人暮らし世帯の分別徹
底率の低さにたいする対策の糸口になるのではないかと考えた。
二つ目が、上の考えと重なる部分はあるが、「人づくり」という視点である。条例や制
度を整え呼びかけるのも効果がないわけではないが、市民一人一人に環境への問題意識が
なければ根本的な解決につながりえないのではないかと思う。名古屋市では「危機感」と
してその問題意識が生まれたが、他都市に適応させる際に危機を待つことは不可能である。
そこで、教育機関や職場での呼びかけや、セミナーやワークショップを開催し、市民に参
加してもらうことが重要な一つの手段である。そこでは、地球環境問題の大きな枠組みの
話よりは日常生活で気を付けてほしいことや、身近に起きている温暖化の影響などを取り
上げるべきだと思う。上記2つとも、名古屋市の行政の施策よりはなごや環境大学の取り組
なごや環境大学ホームペジより http://www.nhttp://www.nhttp://www.nhttp://www.n
http://www.nhttp://www.nhttp://www.nhttp://www.nhttp://www.nhttp://www.nhttp://ww
w.n-kd.jp/kd.jp/ kd.jp/kd.jp/ (最終閲覧 2014 年 7 月 13 日
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第 2 章-第 5 節
みに共感し考えた2つの案である。なぜ行政の施策を取り上げなかったかというと、行政が
行うハード面の環境への取り組みは、地域ごとの特徴で大きく左右され得ると考えたから
だ。そこで、人づくりや交流の場といったソフト面での施策を取り上げた次第である。
8. まとめ
名古屋市では、ごみ非常事態宣言後資源化を進めることでごみの処理量の削減に成功し
た。一方で、ごみの総排出量はあまり大きな減少はしていなかった。そこで名古屋市はご
みの発生抑制という段階からごみを削減する取り組みを始めた。この流れの中で、名古屋
市の市民、行政、事業者それぞれが環境を気遣った消費・生産を行うことが重要である。
本論では、環境活動ネットワークであるなごや環境大学を取り上げた。誰もが必ず持っ
ている環境問題や近年の異常気象への懸念・不安感を共有し、きちんとした問題意識を形
作る場を持つという意味で、非常に意義のある活動であると感じた。さらに、なごや環境
大学の活動の市民講座では、市民と市民が講師と受講生という関係でかかわることができ
るので、人と人とのつながりが広まっていく。このことも、より名古屋市を活性化させ、
セクターを越えた協力・協働体制が生まれるきっかけとなるだろうか。
今回は、実際の活動の様子などをなごや環境大学の方に直接伺う機会が持てず、ウェブ
上のみの情報収集で終わってしまったが、機会を持って市民講座にも参加したいと思う。
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