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NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE Title 今次景気後退局面の特徴−猛烈なスピードによる調整後の景気展望 とともに− Author(s) 吉岡, 真史 Citation 經營と經濟, vol.89(2), pp.153-168; 2009 Issue Date 2009-09 URL http://hdl.handle.net/10069/23405 Right This document is downloaded at: 2017-03-31T11:37:23Z http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp ocÆoÏ æ89ª æQ 153 2009NX 《研究ノート》 今次景気後退局面の特徴 −猛烈なスピードによる調整後の景気展望とともに− 吉 岡 真 史 Abstract The current situation of the business cycle is one of the most important factors for economic policy authorities. In Japan, a hard recession was observed for the last quarter in 2008 and the first quarter in 2009,and this paper reveals it was caused by an extremely high speed of the production and the inventory adjustments, which are suggested to be due to the foreign inventory adjustment in Japanese exporting countries. The paper also prospects a short-term business cycle movement as W-letter shape in fiscal 2009 based on Shumpeterian and Mitchellian dichotomy. Keywords: Business cycle, Recession, Multiplier, Forecast, Production adjustment, and Export JEL Classifications: C22,E12,E32,and E37 1.はじめに 今年2009年1月に開催された内閣府の景気動向指数研究会1では暫定的に 2007年10月をもって第14循環,すなわち,最近まで続いた景気後退に入る直 本稿は2009年7月1日時点で利用可能な経済指標に基づいている。 1 詳しくは以下の URL を参照。 http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/di_ken.html 154 o c Æ o Ï 前の景気のピークと認定された。この認定の根拠となったのは2008年より採 用された景気動向指数(CI)である。この2007年10月をピークに景気後退局 面入りした日本経済は,昨年9月のリーマン・ブラザーズ証券の破綻以降の 世界的な需要の落ち込みにより深刻な状況が続いていた。しかし,最近時点 では,鉱工業生産指数が3月からプラスに転ずるとともに,単月ながら景気 動向指数(CI)の一致指数も今年4月にプラスに転じ,急激な在庫や生産の 調整を終えたと考えられている。景気ウォッチャー調査に表れている消費者 マインドも昨年12月を底に反転し,6月調査の日銀短観でも製造業を中心に 企業マインドの回復が確認され,東証の日経平均株価も10,000円をはさんだ 展開が続いている。多くのエコノミストの間では今年1-3月期が景気の谷 であったとのコンセンサスがほぼ出来上がり,例えば,経済企画協会の実施 している ESP フォーキャスト2の5月調査(6月発表)によれば,今年1-3 月期の前期比年率成長率は(平均)1.63%に回復し,その後も2010年いっぱい までプラス成長が続くと見込まれている。 図1:ESP フォーキャストによる成長率予測 (単位:前期比年率パーセント) 出典:経済企画協会「ESPフォーキャスト調査結果」 http://www.epa.or.jp/esp/fcst/fcst0906s.pdf (2009年6月29日アクセス) 2 ESPフォーキャスト調査については小峰他(2009)を参照。 ¡iCãÞÇÊÌÁ¥ 155 こういった景気情勢を背景に,政府においても,2009年6月17日に開催さ れた月例経済報告閣僚会議にて,景気後退局面を表現する「景気の悪化」と いう文言を削除し,「持ち直しつつある」との表現により,事実上,日本経 済は景気転換点を通過し景気後退局面が終了して景気回復過程に入ったこと を確認した。同様に,日銀も今年に入ってから何回かにわたって景気に関す る表現に上方修正を加えている。 本稿では,まず,昨年10月以降の日本経済の落ち込みが急激であった原因 を探るとともに,足元の経済指標の動向から今年1-3月期を底に景気が回 復している可能性が高いことを基本に,本年度内くらいを視野に短期の日本 経済の景気パスを考えたい。以下に続く本稿の構成について簡単に取りまと めると,第2章において景気後退期最終盤における日本経済の急激な落ち込 みを考え,第3章で,その原因について,海外輸出先での在庫調整が背景に ある可能性を示唆する。加えて,第4章で今後の景気パスについてはミッチ ェル的な景気2分法とシュンペーター的な景気の2分法に基づき,生産や輸 出の回復に対して雇用や設備投資などの要素需要の増加はタイムラグがある ことを指摘し,最後に第5章で短期の景気動向を考えて本稿を締めくくるこ ととする。 2.日本経済の急激な落ち込みの要因は何か? 次のグラフは内閣府が発表している景気動向指数のうち一致指数の推移で ある。2007年10月の第14循環のピークから徐々に落ち始めた一致指数は昨年 10月以降,「フリー・フォール」とも「バンジー・ジャンプ」とも称される ような激しい低下を示した後,単月ながら2009年にはプラスに転じた。この 2008年10-12月期から2009年1-3月期にかけての急な傾きは1990年代前半の バブル崩壊後の景気後退局面でも見られなかった激しいものである。下のグ ラフはバブル崩壊後と最近の景気後退局面における景気動向指数一致指数を 156 o c Æ o Ï 図2:景気動向指数(CI)一致指数の推移 (単位:2005年=100) 出典:内閣府「景気動向指数」 注:影を付けた期間は景気後退期であるが,直近は暫定的に2009年3月を底 としている。 図3:バブル崩壊後と今回の景気後退局面における景気動向指数の推移 (単位:景気の山を100とする指数) 出典:内閣府の景気動向指数を基に著者作成。 注:景気の山を100として指数化したもの。横軸は山からの経過月数。 ¡iCãÞÇÊÌÁ¥ 157 景気の山を100として指数化してその後の月数を横軸にプロットしたもので ある。2008年10月以降の傾きがバブル崩壊後と比較しても極めてスティープ であることが読み取れる。 この原因は主として3点あると考えており,第1に,今回の落ち込みを主 導したと目される輸出の GDP への波及効果が大きかったこと,第2に,輸 出減少に起因する自動車産業の生産全体への波及効果が大きかったこと,第 3に,何より生産と在庫の調整スピードが速かったこと,及び,これに伴っ て雇用調整が発生したこと,である。特に,国内の在庫調整と生産調整の間 に必ずしも整合性ある動きが見られず,海外,特に,米国などの輸出先にお ける在庫調整が2008年10-12月期から2009年1-3月期にかけての日本経済の 急激な落ち込みを主導した可能性について考える。 まず,第1に,輸出の GDP への波及効果を考えると,よりフォーマルに は内閣府で構築されている短期日本経済マクロ計量モデル3のようなモデル で分析する必要があるが,簡便に各年の事後的な乗数や弾性値を見ると以下 の表の通りである。 表1:投資と輸出の乗数及び GDP 弾性値 投資乗数 輸出乗数 輸出依存度 2000 2.79 2.25 10.0 2001 0.97 ▲ 0.24 11.0 2002 ▲ 0.35 0.34 10.2 2003 2.35 1.40 10.9 2004 3.49 1.67 11.8 2005 1.46 2.13 13.1 2006 5.68 1.54 13.7 2007 2.65 1.89 14.7 2008 1.12 ▲ 2.58 15.6 出典:内閣府の GDP 統計を基に著者作成。 注:乗数は単位なし, 輸出依存度はパーセント。 3 現時点で公表されている最新版は飛田他(2008)による2008年版である。 158 o c Æ o Ï 一見すると,設備投資の乗数や GDP 弾性値は輸出よりも大きいと感じら れるかもしれないが,輸出から設備投資を通じて GDP への影響があること ΔY ΔY ΔI を忘れてはならない。輸出の乗数で単純なケースを考えると, + で ΔX ΔI ΔX あるから,輸出の本来の乗数と設備投資を通じて GDP に波及する乗数を合 わせたものの大きさは2倍になり,逆に,設備投資の乗数は減ずることとな る。GDP への波及効果という意味で,もちろん,すべての輸出が設備投資 を誘発したわけではないが,輸出は設備投資と同等か上回る効果を有してい た可能性がある。他方,GDP に占める輸出の割合という意味での輸出依存 度は年々高まっていることは明らかである。この輸出が年率換算で2008年7 -9月期の93兆円から2009年1-3月期に59兆円とほぼ2/3に減少するとい うことは,輸出の GDP に占める比率が15パーセントを超えていたことを考 え合わせると,それだけで GDP 成長率を5パーセント押し下げることにな り,乗数効果の大きさがほぼ2であったとすれば,輸出減少の効果だけで大 雑把に見積もっても2四半期で10パーセント程度の成長率押下げ要因となっ たことは明らかである。 第2に,自動車産業の GDP や生産への影響を考えると,これもフォーマ ルにはレオンティエフ型の産業関連分析を実施する必要があるが,ここでも やや簡便に,鉱工業生産指数から輸送機械工業(除.船舶・鉄道車両)を含む 主要産業について,生産全体への寄与度を計算すると以下の通りである。 表から明らかな通り,輸送機械工業は鉱工業生産全体に対して極めて大き な寄与を示している。特に,景気後退の始まる直近の2006年から2007年にか けては群を抜いており, メディアの報道などでもトヨタがもてはやされたり, 名古屋・東海地区の経済活動が極めて活発であることが報じられたりしてい た時期に当たることは言うまでもない。この間に日本の生産が自動車産業に 対する依存を強めていった可能性が高い。 ¡iCãÞÇÊÌÁ¥ 159 表2:鉱工業生産指数の伸び率に対する寄与度 (単位:パーセント) 暦年 鉱工業 伸び率 鉄鋼業 一般機 電気機 情報通信 輸送機 械工業 械工業 機械工業 械工業 化学工業 2003 3.0 0.26 0.82 0.20 0.21 0.45 0.40 2004 4.9 0.23 2.08 0.60 ▲ 0.14 0.66 0.29 2005 1.3 ▲ 0.05 0.72 0.06 0.01 0.57 ▲ 0.09 2006 4.5 0.16 0.84 0.27 0.28 1.19 0.33 2007 2.8 0.19 0.35 ▲ 0.08 0.08 0.86 0.13 2008 ▲ 3.4 ▲ 0.12 ▲ 1.06 ▲ 0.16 ▲ 0.21 ▲ 0.26 ▲ 0.43 出典:経済産業省の鉱工業生産指数を基に著者作成。 注:輸送機械工業は船舶・鉄道車両を除くベース。 3.フルスピードでの在庫と生産の調整 しかし,第1の点と第2の点にもまして重要と考えられ,直近までの景気 後退局面を厳しくしていたのは生産の調整スピードが極めて速く,加えて, これに伴って雇用調整が進展したからである。生産と在庫の調整スピードに ついては,直感的に,図2や図3に掲げた景気動向指数の傾きが,今回の景 気後退局面では従来よりもかなりスティープであることを見れば理解されよ う。 まず,調整スピードについて実際にデータに当たると以下の通りである。 以下では,1990年代前半のバブル崩壊後の景気後退局面と現在について鉱工 業生産指数の生産及び在庫さらに景気動向指数一致指数を基に比較してい る。ただし,各指数の山と谷を取っているので,いわゆる景気循環日付の山 谷の月とは一致していない。 下の表3で第1に着目すべきは,生産指数・在庫指数ともバブル崩壊後の 景気後退期に比較して猛烈なスピードで調整しており,それに応じて,景気 動向指数の下落スピードも同様にかなり速いことである。特に,生産の場合 はそもそも下落率がバブル崩壊後の景気後退局面の2倍以上あり,逆に,こ 160 o c Æ o Ï 表3:景気後退局面での調整スピードの比較 (単位:2005年=100) バブル崩壊後 生産指数 在庫指数 景気動向指数 山 1991年5月 1992年1月 1990年10月 102.6 120.7 104.3 谷 1994年1月 1994年7月 1993年12月 87.8 109 79.9 32 30 34 下落幅 ▲14.8 ▲11.7 ▲24.4 下落率 (%) ▲14.4 ▲9.7 ▲23.4 月数 1月当たり下落率 (%) 今次景気後退 ▲0.45 ▲0.32 ▲0.69 山 2008年2月 2008年12月 2007年8月 110.1 109.7 105.2 谷または直近 2009年2月 2009年5月 2009年3月 69.5 96.5 84.8 12 5 19 下落幅 ▲40.6 ▲13.2 ▲20.4 下落率 (%) ▲36.9 ▲12.0 ▲19.4 1月当たり下落率 (%) ▲3.07 ▲2.41 ▲1.02 月数 出典:経済産業省の鉱工業生産指数及び内閣府の景気動向指数を基に著者作成。 注:各指数の山と谷を取っており,景気循環の山や谷とは一致しない。なお,生 産指数と景気動向指数は暫定的ながら谷と推定できるが,在庫指数は利用可能 な直近値であり,さらに低下する可能性が十分にある。 の大幅な調整を半分以下の短期間で行っていることから,1か月当たりで単 純に除した平均下落率は約7倍を示しており,とてつもなく速いスピードで 生産調整が進んだことが見て取れる。在庫についてはピークを付けたのが昨 年12月であり,これから調整がマイルド化する可能性はあるものの,少なく とも昨年末から今春くらいまでの在庫調整スピードは生産に近い速さで進ん でいることが分かる。ただし,在庫についてはまだ谷を付けているとは見な しがたく,注意が必要である。3番目に生産などをはじめとして文字通り合 成される景気動向指数についても, これらの調整スピードの速さを反映して, ¡iCãÞÇÊÌÁ¥ 161 バブル崩壊後の景気後退期に比べて1.5倍近い速度を示している。バブル崩 壊後と今回の景気後退局面で下落率が大きく変わらないのに対して,半分を 少し上回る期間で調整しているのだから当然である。特に,最近半年ほどだ けで計算するとさらに大きなスピードになることは図3のグラフなどから明 らかであろう。 第2に着目すべきは,生産と景気動向指数の相対的な下落率の関係である。 バブル崩壊後の景気後退期には生産の下落率は景気動向指数をかなり下回っ ている一方で,今回の景気後退期には2倍近い下落率を示している。これは, 日本における生産や在庫の猛烈なスピードでの調整を強いた背景は国内の最 終需要というよりも,海外需要の減退とそれに起因する海外における日本か らの輸入品の在庫調整であった可能性が示唆されているものと受け止めるべ きである。各国における日本からの輸入財に関する個別の統計はあり得ない ため,統計的な検証は不可能であるが,下の図4に見られる通り,米欧では 特に2008年10-12月期から2009年1-3月期にかけて GDP ベースの実質輸入 図4:日米欧の輸入の推移 (単位:2007年10-12月期を100とする指数) 出典:各国 GDP 統計より著者作成。 注:景気の山と考えられる2007年10-12月期を100として実質輸入を指数化してい る。 162 o c Æ o Ï が大きく減少しており,いわば,輸入をバッファーにした形で調整が行われ たのに対し,日本では2009年1-3月期に至って初めて輸入が減少を見せて おり,海外を含む最終需要の減退に伴う輸入減少を見た日本と,輸入を生産 や在庫の調整に用いる経済構造となっている米欧との差が出ていると捉える べきである。なお,通常は注目されない指標であるが,例えば,機械受注統 計の外需がこの世界的な景気後退期に入って大きく減少していることも傍証 と考えるべきであろう。 さらに,バブル崩壊後の景気後退期と比較して不況感を強めているのは雇 用の調整が,ほぼ景気後退局面に入るとともに始まった点であり,さらに, ここ1−2四半期では「派遣切り」や「雇い止め」と称されるように,非正 規労働者を中心に雇用調整が進んでいることである。下の図5から明らかな ように,バブル崩壊後の景気後退局面では失業率は上昇したものの,就業者 数は増勢が鈍化したとは言え絶対数では増加を続けていたこととは対照的で ある。もっとも,日本が人口減少社会に入ったことともいくぶん関係して, 前世紀末からの景気後退局面では就業者数の減少は常態になっている印象が 図5:就業者数の推移 (単位:万人) 出典:総務省統計局 ¡iCãÞÇÊÌÁ¥ 163 あることは確かである。しかしながら,2008年末からの2四半期における景 気後退局面では,生産と在庫のフルスピードでの調整に雇用の減少が加わっ て,不況感を増幅していた可能性が極めて高い。 ただし,1点だけ指摘しておきたいのは,生産や在庫あるいは雇用の調整 スピードが速いことが社会的厚生の観点から好ましいかどうかは別問題だと いうことである。急激なスピードで短期に調整を終えるのと,ゆっくりした スピードで調整に時間をかけるのとでは,特に,非正規雇用などの社会的弱 者へのしわ寄せが違って来る可能性が高く,この先の景気後退局面が今回と 同様に急激なスピードで調整されるようであれば,マクロ経済政策で安定化 を図ることはもちろんであるが,「派遣切り」や「雇い止め」に見られたよう な雇用の不安定性を減ずる社会的なセーフティネットを早急に整備する必要 があることは言うまでもない。 4.ミッチェル的及びシュンペーター的景気2分法 他方,リーマン・ショック後の2008年10-12月期から2009年1-3月期にか けてのフルスピードでの生産と在庫の調整により,景気は早期に反転した可 能性が出て来ている。あるいは,この1-3月期が谷だった可能性も排除さ れない。理由は第1に,繰り返しになるが,フルスピードでの生産と在庫の 調整が進展したことである。5月までの短い期間の統計であるが,鉱工業生 産指数は2月を底に反転した可能性があり,製造工業予測指数でも6-7月 の増産が示唆されている。第2に,消費者マインドに明るさが見られること である。内閣府が実施している景気ウォッチャー調査では現状判断 DI が昨 年12月を底にして急激に改善している。このゴールデンウィークは新型イン フルエンザをものともせずに各地行楽地はにぎわったとの報道も少なくな い。もちろん,政府の財政政策による定額給付金の収入増,ECT 割引によ る実質所得の増加,本格的に始まったエコポイントによるエコカーやグリー 164 o c Æ o Ï ン家電への買換え,などがバックグラウンドにあることは言うまでもない。 第3に,米国の企業マインドの向上に伴う輸出の増加である。ISM 指数が 我が国の景気ウォッチャー調査と時を同じくして昨年12月を底に反転したの は,今年1月に米国新大統領に就任したオバマ効果との見方もあったが,5 月まで着実に上昇を続けており,一定のラグを伴って我が国の輸出を増加さ せる効果があるものと予想される。我が国の貿易統計にも徐々にこの効果が 現れ始めている。また,中国についても,企業や消費者のマインド調査はま ったく不明ながら,電力生産量などは明らかに回復基調にあり,アジア新興 諸国への輸出も期待できると考えられる。 しかしながら,事後的に1-3月期が景気後退局面の谷であると認定され る可能性はあるものの, 2009年年央の現時点で景気回復が実感されないのは, 何といっても経済活動の水準が極めて低くなったからである。生産が半減近 くまで減少していることは周知の事実であろう。従って,損益分岐点を下回 る操業状況の事業所も多いため,企業収益も悪化を続けている。なお,下の グラフは景気局面の2分法について,Mitchell(1913)及び Burns and Mitchell(1946)などで示されたミッチェル的な2分法と Shumpeter(1939)などで 示されたシュンペーター的な2分法の考え方を並べたものである。前者では 経済活動の方向性に基づいて景気を拡大と後退に2分するのに対して,後者 では経済活動の水準に応じて好況と不況に2分している。現在では日米両国 をはじめとして,ミッチェル的な2分法を景気循環及び景気転換点に応用し ている国が多いように見受けられるが,現状の景気回復初期について考える と,図6からも明らかな通り,ミッチェル的2分法を基礎とすれば景気転換 点を超えて景気回復局面にあるとしても,シュンペーター的2分法を基礎と して考えればトレンド的な通常水準に比べて経済活動の水準が低いことか ら,景気回復を実感できない場合も少なくない。特に,景気循環のこの局面 では,資本係数や労働係数が依然として高いことから,これらの生産要素に 対する需要が増加するまでに景気転換点から一定のタイムラグがあると考え ¡iCãÞÇÊÌÁ¥ 165 られ,景気実感が好転しない大きな要因となっている点を指摘しておきたい。 ついでながら,この逆が起こったのが1990年代初期のいわゆるバブル崩壊直 後の景気後退期である。ミッチェル的に景気はすでに反転していたにもかか わらず,シュンペーター的に経済活動の水準が高かったため,景気後退局面 入りを実感できなかったエコノミストも少なくなかったように記憶してい る。 図6:景気循環のイメージ−ミッチェル的及びシュンペーター的2分法 出典:浅子他(1991) pp.127 図1-1を基に著者作成。 注:縦軸に景気,横軸に時間を取っている。浅子他(1991)と異なり,トレンドラ インは右上がりの斜め線で示されている。 5.今後の景気回復シナリオ 最後に,前章で指摘した通り,本年1-3月期が景気転換点であり,すで に景気は拡大局面に入ったことを前提に,年度内いっぱいくらいの景気のシ ナリオについて,いくつか提示して本稿を締めくくることとしたい。メディ 166 o c Æ o Ï ア的にアルファベットで表せば,W 字型,V 字型,L 字型となり,本稿で はこの順番で実現する確率が高いことを指摘したい。第1の W 字型の回復 シナリオは本稿でもメインに据えているものである。4-6月期の GDP 成 長率は現時点では多くのエコノミストがプラスと予測している通りであり, 著者も同意するが,その後,最終需要の伸び悩みが見通されるのであれば, 秋口くらいから再び景気は弱含む可能性が強い。2番底を付けに行くと称し てもよい。6月29日に発表された鉱工業生産指数では5月速報値の前月比で +5.9%の上昇を見た後,製造工業予測指数では6月が前月比+3.1%増,7 月が+0.9%と増産幅は大きく減速する見通しとなっている。加えて,3月 統計から消費者物価がマイナスに転じ5月にはマイナス1%を超え,夏場に は3%程度のマイナスになると考えられているが,このままデフレが進んで 消費や投資の先送り行動が本格化したり,さらに,シュンペーター的な2分 法で言って経済活動水準が高まらないことから雇用情勢が改善せず所得の回 復が限定的であったりすれば,このシナリオが最有力であることは言うまで もない。さらに,現在の財政政策が選挙目当てのバラマキに見えて息切れす る可能性を見込めば,このシナリオはいっそう実現可能性を高めることとな ろう。第2の V 字型回復のシナリオについては,景気後退期に見られたフ ルスピードでの生産や在庫の調整が逆回転すれば実現される確率が高くなる ことは言うまでもない。問題は最終需要の拡大のスピードであるが,景気は 悪化する時も拡大する時もスパイラル的に進展するものであり,消費者マイ ンドの改善が進めば最終需要の急拡大も期待できる。財政的な追加対策が本 年度に入ってからとられたこともプラス材料と言えよう。統計的には経済指 標の根拠を見ると,エコノミストとして DI はレベルを論ずるべきではない と知りつつも,景気ウォッチャーや米国の ISM がすでに40のレベルに達し ていることを上げておく。第3の L 字型回復のシナリオは悲観的な傾きを 有するメディアなどでは支持されそうだが,控えめに言っても,ここ1-2 か月の経済指標をたんねんに見る限り最も可能性は小さいように見受けられ ¡iCãÞÇÊÌÁ¥ 167 る。特に,L 字型を想定する場合,潜在成長率水準をどのように見るかはキー ポイントとなる。OECD(2009)の第4章では日本の潜在成長率が資本蓄積の 遅れなどから大きく下方に屈折したことが分析されており,L 字型の定義と して,この潜在成長率水準を下回る成長が続くとは考えがたいと受け止める べきであろう。 References Mitchell, Wesley C.(1913) Business Cycles, University of California Press,1913 Burns, Arthur F. and Mitchell, Wesley C.(1946) Measuring Business Cycles, National Bureau of Economic Research: New York,1946 OECD(2009) OECD Economic Outlook No.85 ,Organization for Economic Coordination and Development, Paris,2009 Schumpeter, Josef A.(1939) Business Cycles: A Theoretical, Historical and Statistical Analysis of the Capitalist Process, New York: McGraw-Hill,1939 浅子和美,浅田利春,坂本和典,佐野尚史,司淳,中川和明,中田眞豪,長尾知幸,舟橋 雅己,村達男(1991)「戦後日本の景気循環:定型化された事実」,『フィナンシャル・ レビュー』第19号,大蔵省財政金融研究所,1991年3月,pp.124-183 小峰隆夫,伴金美,河越正明,吉田博(2009)「我々は日本の経済予測専門家のサーベイ調 査から何を学んだか: ESP フォーキャスト調査の4年間を振り返る」ESRI Discussion Paper Series No.214 ,内閣府経済社会総合研究所,2009年3月 飛田史和,田中賢治,梅井寿乃,岩本光一郎,鴫原啓倫(2008)「短期日本経済マクロ計量 モデル(2008年版)の構造と乗数分析」ESRI Discussion Paper Series No.201 ,内閣府経 済社会総合研究所,2008年11月 168 o c Æ o Ï