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KKHR2012/W_04 報告書_本文 Ch1

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KKHR2012/W_04 報告書_本文 Ch1
第1章
1.1.
序
研究概要
1.1.1. 研究目的
当研究者は近年、近世ネーデルランドを中心にして展開されたヨーロッパ北東部の都市計画について
継続的な調査研究を行ってきた。平成 6~8 年度の科学研究費補助金研究課題「16 世紀ネーデルランド
およびドイツにおける理想都市理論に関する研究」では、イタリアに始まるルネサンス理想都市理論の
ドイツ、ネーデルランド(現在のオランダ、ベルギー、ルクセンブルク)への影響について文献研究、
実地調査を実施し、それぞれの土地における地域性などの要因から改変が加わっていったということを
明らかにした。とりわけ大航海時代を背景に 16 世紀後期から 17 世紀にかけて世界を席巻したオランダ
(1568 年から 1648 年まで独立戦争を闘って勝利した北部ネーデルランドは現在のオランダに相当する
ため、ここでは使い分けて表記する)が、舟運を前提とする、堀(運河)を巡らせる都市計画手法を開
拓し、それがバルト海沿岸地域のデンマーク、スウェーデン、ロシア西部の港町の都市計画にも波及し
ていたことを確認した。
一方、日本では、16 世紀末~17 世紀初期の安土・桃山、江戸初期に誕生した近世城下町の多くが、海
(湖)に面し、舟運に対応した都市計画手法を開拓していた。たとえば広島城下町の町人地には瀬戸内
海から入ってくる大小の船が都市中心部まで進入し、荷揚げが可能なように、複数の堀が設けられ、船
着き場が配されていた。大坂の船場地区等、また江戸の日本橋周辺でも経済活動のための堀が整備され
ていた。
海や大河に面して舟運のための船着き場を整備した港町の都市計画の盛況は、16 世紀末期のヨーロッ
パと日本で共通して見られるものである。とりわけネーデルランドで開発され、バルト海沿岸に伝播し
た港町の都市計画手法は、海辺に進出して港町を次々と出現させた日本の近世城下町の都市計画手法と
よく似ている点が見受けられる。16 世紀末頃にはすでに日本にはポルトガル人を始めとしてヨーロッパ
人が訪れ、キリスト教布教とともに交易を行い、多くの財をもたらし、舟運を重視した都市整備が有益
であることを日本人に認識させたと思われる。そこに一般的な情報とともに都市計画の考え方や技術に
ついての情報交流があったとしてもおかしくはない。しかし一般に日本の城下町の都市計画技術は日本
列島内で育ってきたものと想定されてきており、具体的な技術交流などほとんど議論にも上ってきてい
ない。当研究者はそのような都市史研究の現況を背景にしつつ、日欧における類似点の持つ意味につい
てより的確な説明をすべきものと考えてきた。はるかに隔てられた東西の都市計画の考え方について、
実際には情報交流がなかったとはしても、少なくとも比較都市研究は必要と思われる。
本研究はそのような研究の動機から、視野を広げて大航海時代のヨーロッパ各国ではどのような港町
の都市計画理念が形成されたのかを検証するべく構想したものである。大航海時代はポルトガル、スペ
インから始まり、ヨーロッパ各国に波及していったが、そのようなヨーロッパにおける社会経済システ
ムの変化は、とりわけ外国航路の玄関口となって繁栄する港町に影を落とし、船着き場周辺の活況や改
変、また新市街地拡張などをもたらした。そこに着目することによって、この時代にいかなる新しい都
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市計画理念が開拓されたのかを浮かび上がらせることができる。ここで言う都市計画理念とは、それと
明示できるような計画技術を含め、日常的に都市を制御している潜在的な都市運営の考え方の総体を想
定している。
まずは大航海時代の先陣を切ったポルトガル、スペインの都市計画理念を扱うこととしたが、スペイ
ンのインディアス法といった、植民地における都市計画手法についてはここでは扱わず、ヨーロッパの
本国における都市計画手法に着目する。すでにイタリア・ルネサンスの理想都市理論の発生が、ヨーロ
ッパ全体における都市計画理念の大きな転機を画しており、それがどのような影響を及ぼしたかは、こ
こで分析の重要な視点となるが、それと相違する地域的特性や、それ以上にどのような発展があったか
に注目する。そして次に、一歩遅れて大航海時代に入るフランス、ドイツ、イギリスの港町について同
様に分析する。
調査研究の結果を端的にほのめかせば、意外にも各国の港町の都市計画手法は実に多様であり、一括
して説明できないものであった。理想都市理論の影響はいずこにも見られるわけだが、その導入の程度
や実態は多様であり、各国の地域性、歴史性が多彩に反映していた。そのことを背景にしてみれば、日
本の近世城下町に似た特徴は、ヨーロッパの中でもとりわけネーデルランドとその影響圏にあった都市
に見出され、またそれ他にも複雑な様相が確認された。そこでここではヨーロッパの各国の都市計画手
法や理念を相互に比較対照し、その相違点を浮かび上がらせつつ、ヨーロッパ近世都市についての総括
的な視野を獲得するべく努めた。
1.1.2. 研究の方法
本研究は3年間の計画で実施された。
研究の作業内容は、まずは基本的な書籍や資料の収集である。とりわけ、各都市の博物館、資料館、
都市計画部局がホームページ上に公開するデジタル資料の地図、絵画類、写真を研究室に居ながらにし
てダウンロードできるようになったことは、研究の進展を加速してくれた。そしてそれらをもとに事前
の検討を行い、ある程度問題点を絞り、現地に赴いて各歴史的都市の現地調査を行い、また現地の博物
館等を訪問して展示資料であるオリジナルの歴史的地図、絵画等、また既往研究の成果である町並み復
元模型等の調査、出版物の収集を行った。
入手した図面資料の検討に際しては、研究室の学生諸君の協力を得た。歪みのある歴史的な図面を正
確な測量を経た 19 世紀の近代都市地図、地籍図等をベースに、まずCADソフトで二次元的な復元を行
う。そして当時の風景画や建築資料、近代の写真などの多様な資料を用いて、CAD上で三次元復元を
なす。それをCGソフトで透視図画像として出力し、歴史的な風景画などと比較して復元データの精度
を上げる。そのリアルな画像をもとに都市空間の感触を獲得した上で、さらに都市空間の構成等につい
て多様な疑問を投げかけ、より深く問題をすくい上げてくるのである。多くの時間を必要とする三次元
復元という作業は、一見、図面を座標データに置き換えるだけのルーチンワークのようでもあり、また
復元的な景観画像を製作して満足するだけのように誤解されることもあるが、実はその分析、再現の過
程で試行錯誤することによって、古地図や古絵図などを目で眺めるだけの従来型の分析に比べてはるか
に多くの空間情報を得ることができる。そこにこれまで気づかず、見落とされてきた事実が多々浮かび
上がり、充実した分析の成果が得られるのである。
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1.2.
研究経過
1.2.1. 平成21年度
年度別テーマ:
日程:
ポルトガル、スペインにおける史料調査、現地調査
2009 年 8 月 16 日~8 月 24 日
訪問先:ポルトガル共和国リスボン市
スペイン王国セビリア市、カディス市、サン・セバスティアン市
調査内容:
1. リスボン市: 大航海時代の先駆的な役割を演じたポルトガルの首都リスボンが示した港町として
の都市空間構造を調査。大西洋から一歩入ったテージョ川沿岸の広大な船着き場に、王宮と交易施設が
あったが、これは 1755 年の大地震、津波で破壊された後のポンバルによる大規模な復興事業で近代化さ
れた。復興後の川辺のコメルシオ広場、グリッドプランのバイシャ地区、奥のロシオ広場を視察。大震
災以前からあるイスラム型中世都市の面影を残す、東部のアルファマ地区の迷路市街と丘上のサン・ジ
ョルジェ城、また西部の中世型グリッドプランを継承するバイロ・アルト地区を現地確認。水際から上
る斜面地に展開した港町という、北部ヨーロッパ地域とは好対照な地形を背景にした港町の空間構造を
確認。また、信長による安土の都市建設にリスボンのイメージが投影しているとされることについて、
現地で景観を比較検討した。サン・ジョルジェ城の歴史博物館における史料調査。
2. セビリア市: 大航海時代スペインの公式の海洋交易拠点都市としての港町の都市空間構造を調査。
大西洋に注ぐグアダルキビル川を遡る内陸部に発達した独特の港町の都市構造を現地確認。川辺に船着
き場があいまいに広がっていた港機能と都市との関係を検証。そして中世イスラム型の迷路都市の痕跡、
中世後期の計画と思われる北西部のやや不整形なグリッドプラン地区を確認し、中・近世の都市空間構
造の変遷を検証。インディアス古文書館にて概略的な史料調査。
3. カディス市: 大西洋に向かって延びる岬の先端に位置する、島状地形に発達した港町の個性的な
都市像について調査。植民都市として形成された古代のフェニキア人、ギリシャ人、ローマ人による古
代型の港町、その後の西ゴート族、ムーア人による中世都市の遺構、近世における市街地の成長過程を
確認。近世の市街は一部にグリッドプランが影を落としているが、角度を振った直線街路群が重なり合
うという独特の街路網を有しており、特徴的である。その直線性と迷路性が融合した街路網パターンと
船着き場の接点の都市計画的な処理方法を確認。カディス博物館にて史料調査。
4. サン・セバスティアン市: 岬の先端の小高い丘上に砦を持ち、その麓の湾に船着き場を備え、や
や不整形のグリッドプラン状をなす市街地について、その全体景観の構造を確認し、かつ市街地の都市
空間構造について調査。中世の市壁、さらに内陸側に向かって建設された稜堡式の城塞の遺構を確認。
また近代になって稜堡式城塞が撤去され、近代都市型のグリッドプランの手法で市街拡張がなされた過
程を確認。
1.2.2. 平成22年度
年度別テーマ:イギリスにおける史料調査、現地調査
日程:
2010 年 8 月 11 日~8 月 21 日
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訪問先:連合王国ロンドンデリー市、ポーツマス市、ブリストル市、リヴァプール市、ロンドン市
調査内容:
1. ロンドンデリー市:
17 世紀初期にイギリス人が北アイルランドに植民して建設された新都市計
画の概要を調査。ほぼ完全に現存する、矩形をなして巡る市壁、市街地を貫く十字軸の主街路、交差点
の遺構、グリッドプランをもとにした街区構造、及び主要建築施設である教会堂群、また川辺の船着き
場跡等について実地調査。
2. ポーツマス市: 小都市の中世港町に、イギリス海軍の軍港施設が加わり、城塞施設を整備して近
世都市になり、さらに大陸との交流拠点となって近代的な港町へと都市構造を変化させる過程について
調査。城塞化した湾型の港と、そこからやや湾曲して都市幹線軸が延びる中世イギリス型の都市構造を
確認。
3. ブリストル市: イギリス中世都市に特徴的に見られる十字軸構造と、交差点に立つマーケットク
ロスのモニュメント、環状の市壁という、明快な中世都市型の都市景観構造を確認し、さらに近世の港
町として発展する際に加えられた変化に焦点を当てて調査。新設された入り堀型の船着き場、独特のフ
ローティング・ハーバーという港機能と関連する都市的な施設を確認。またクイーン・スクエアという
近世後期の市街地拡張手法を確認。
4. リヴァプール市:
産業革命の進行に伴って 18~19 世紀に急速に発達した港町の、中世における
漁村、港町の集落・都市構造、近世における改変について調査。水際線の船着き場における建築群の跡、
グリッドをなす街路ネットワークによる線的な都市構造、要所となった交差点跡、城跡、また最初のド
ック跡を確認し、イギリス独特の港町の進化過程、都市計画手法の意味を吟味。
5. ロンドン市: 中世、近世における港町としてのロンドンのテームズ河畔の空間構造、また近世に
おける市街地拡張計画について調査。特に 1666 年のロンドン大火後の復興計画について検証。イタリア
理想都市型の都市デザイン手法が否定され、既存の中世都市構造が継承されたこと、改編はテームズ川
沿いの船着き場機能の整備拡大に止められたことを確認。また街路ネットワークによるイギリス型の線
的な都市空間理念がロンドン西部の面的な市街地拡張において、スクエアを中心にした独特のグリッド
プランの都市空間理念を生ませたことを検証。
1.2.3. 平成23年度
年度別テーマ:フランス、ドイツにおける史料調査、現地調査
日程:
2009 年 8 月 9 日~8 月 22 日
訪問先:ドイツ連邦共和国ハンブルク市、グリュックシュタット市、ブレーメン市
フランス共和国ラ・ロシェル市、ロシュフォール市、ボルドー市、マルセイユ市
調査内容:
1. ハンブルク市: 第二次大戦で戦災を受け、現代都市として再建された都心部において、中世から
近世にかけて形成された都市形態の変化、アルスター川筋改変による船着き場周辺の空間構造、また近
世における市街地拡張、稜堡式城塞の設置による都市構造の変化について調査。港機能の要所となって
いた船着き場にあった取引所跡、クレーン跡、計量所跡、市庁舎跡、またこれに続くニコライフレート
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の運河、その河口部の歴史的建築物の集積の調査。17 世紀に西側に大きく拡張された新市街地ノイシュ
タットの街区構造の調査。またハンブルク市博物館において港関連の歴史的遺品、建築物、町並みに関
する復元研究資料の調査。
2. グリュックシュタット市: 近世計画都市の概要調査。都市の中心にある市場広場、放射状街路よ
りなる半六角形の地区、アム・フレートの堀、エルベ川に至る西部地区、リン川沿いの船着き場の実地
調査。近世計画都市の輪郭はよく残されており、歴史的建築物である教会堂、市庁舎等、船着き場の若
干の建築群が現存する。デトレフゼン博物館において資料調査。
3. ブレーメン市: 中世都市の概略と、17 世紀に拡張計画が行われたヴェーザー川対岸地区を調査。
この地区に一時、計画されていた堀は実現しなかったが、それを除くグリッドプランの街路網は実現し
ており、現存。フォッケ博物館において資料調査。
4. ラ・ロシェル市: 中世港町地区および近世拡張地区の実地調査。中世都市の面影はよく残ってお
り、市庁舎沿いの湾曲する主軸の街路、小規模なアーケードの連続、中世バスティード風の計画的な並
行街路網の街区、ホテル型の都市建築、また内港周辺の船着き場、時計塔、および内港入口のシェーヌ
塔、サン・ニコラ塔の双塔を確認。近世における東部の新市街地のグリッドプランの街路網、稜堡式城
塞跡の市門と環濠を確認。
5. ロシュフォール市: 軍港都市として計画された市街地、軍港地区の概要調査。グリッドプランの
街路網、中心軸の並木道、矩形の中心広場、稜堡式城塞の遺構、また海軍のドック等を確認。一般の民
生的な港町とは異なり、軍港として軍施設が川岸を占めていた。グリッドプランの街路網も軍港都市の
規律を示す。
6. ボルドー市:
古代ローマ時代の陣営都市として建設され、ガロンヌ川辺の中世港町として栄え、
近世都市として拡張された都市構造を概略的に調査。川沿いに船着き場が広がっていた様を確認。アキ
テーヌ博物館で史料調査。
7. マルセイユ市: 地中海に面する港町として古代から近代までの都市空間構造の変遷を調査。第二
次大戦で大きく戦災を被り、その後、中世の内港ヴューポールの船着き場周辺は大きく再開発されてお
り、歴史的面影は乏しい。内港を巡る船着き場の景観、内港入口を守る一対の要塞、また丘陵上へと広
がる複雑な中世市街地、それとは対照的な近世から近代初期にかけてのグリッドプランを含む市街地拡
張の過程を確認。ラ・ロシェルとの類似性を考察しつつ比較検証し、フランスの港町の空間構造上の特
徴を確認。
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