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金融商品取引法制定の意義と 今後の課題
■問題提起型シンポジウム 〈日本の企業法制が向かうべき方向とは―企業,金融, 資本市場,労働―〉 金融商品取引法制定の意義と 今後の課題 松尾直彦* 覚に非常にマッチするということからファン 1 はじめに ということであります。 今回,私に与えられたテーマは「金融商品 ご紹介いただきました松尾でございます。 取引法制定の意義と今後の課題」ということ 本日はこのシンポジウムにお招きいただきま です。実は私はたまたま『旬刊商事法務』の してまことにありがとうございます。私は上 2月5日号から2月 25日号までの3回にわ 村先生のファンでありまして,早稲田大学の たって「金融商品取引法制の制定過程におけ シンポジウムは,たしか私が国際関係の仕事 る主要論点と今後の課題」と題する論文を連 をしていたころ,5年くらい前からお招きい 載することになっていまして,上村先生にい ただいておりまして,今回もお招きいただき ただいたテーマにほぼマッチするので,今日 まして大変感謝しております。 用意してきたレジュメはその論文に沿って書 私は昭和 61年に大蔵省に入ったのですが, いております。 東京大学に今移っておりますので,いろいろ 2 金融商品取引法制の3つの視点と意 義 学界の諸先生方の論文を読む機会も増えてお ります。上村先生の「証券取引法における市 場法的構成の試み」という学会誌の私法に掲 載された論文を手元に持ってきています。こ ¸ 金融商品取引法制の3つの基本的視点 の論文は昭和 61年のものです。今から 21年 最初に金融商品取引法法制の3つの視点を くらい前になります。論文の趣旨は,今から 強調させていただきたいと思います。振り すると理解しやすいのですけれども,当時に 返ってみますと,3つと言えば,いわゆる おいては非常に先駆的な内容です。私はなぜ 「日本版ビックバン」のときは「フリー」 上村先生のファンかといいますと,私の実務 「フェア」「グローバル」という3つを基本理 感覚に合うからです。私は金融庁の総務企画 念としていたわけです。あるいは金融庁設置 局の「市場課」にいました。 「投資者保護課」 法をみますと,金融庁の任務として,①金融 ではありません。ですから,金融商品取引法 機能の安定の確保,②預金者,保険契約者, の市場法的構成というのは,私個人の実務感 有価証券の投資者等の保護,③金融の円滑を 図るという3つがあげられています。あと佐 * 東京大学客員教授,前金融庁金融商品取引 法令準備室長 藤金融庁長官が金融行政の3つの目的という ことを言っています。①金融システムの安定, ― 47 ― ②利用者の保護,③公正透明な市場の確立と ると,どうしても彼らの見方に影響される恐 維持です。 れが出てきます。そのときに大事なのはもの 私が金融商品取引法制の3つの視点と言っ の考え方です。先ほど申し上げた3つの視点 ているのは,「利用者」「市場」「国際化」で の中に,金融界という「業界」のためにとい す。今,金融・資本市場の国際化ということ うのはないのです。物事を考えるときに常に が言われておりますけれども,私は以前から 「利用者」の視点から考えるとどうか, 「市場」 一貫して「国際化」を言っております。 の視点でどうか,「国際化」の視点からどう 「国際化」というのは,池尾先生のご指摘 のとおりですけれども,流行(はやり)もの かというように考えて,制度設計をいたしま す。 で終わってはいけないのです。ただ,私の長 ですから私は金融界では厳しいと思われて い経験からすると,どうしても流行ものにな いるかもしれませんが,厳しいというのはあ りがちです。その時々の流行ものと言ったら る意味で金融界への期待があるからです。金 言葉が悪いのですけれども,重点の置き所が 融界の健全な発展のためには,まず金融界自 いろいろ違っていまして,今は「国際化」が 身が「利用者」「市場」「国際化」という基本 注目を浴びているので,今はいいのですが, 的な視点を共有して,物事を考える必要があ また注目を浴びなくなるかもしれません。そ ると思います。ところが,いまだ残念ながら, れではいけないのです。常に「国際化」とい 十分共有されていないように思います。これ うことを言わなければなりません。3つの視 では日本の「金融立国」の道は険しいと言わ 点のうちの1つに「国際化」を入れたのは, ざるを得ません。 私が金融庁で国際関係の仕事をしていたから たとえば金融庁では昨年 12月 21日に「金 でありまして,その話は終わりのほうで申し 融・資本市場競争力強化プラン」を公表し, 上げたいと思います。 「国際化」を一層推進しようとしています。 私は,念仏のように繰り返し繰り返し「利 私のあとで東証の斉藤社長からお話があると 用者」「市場」「国際化」と唱えております。 思いますけれども,私の印象では,金融界の なぜこれが大事かといいますと,池尾先生の 反応は冷ややかです。これは金融界との対話 ご指摘のとおり,「プリンシプル」とか「品 で実際に経験しています。どういう経験かは 位ある資本市場」を構築するためには,すべ 言いませんけれども,どうも冷ややかなので ての市場参加者が「プリンシプル」とか「ビ す。「国際化,ふーん,頑張ってね。 」という ジョン」を共有する必要があります。まさに 感じなのです。ですから今東証さんが一生懸 池尾先生がご指摘のとおり,残念ながら日本 命ロンドン証券取引所と提携して新しいプロ ではこれは共有されていないと思います。な 向け市場を,法案ができて成立したうえでの ぜこの3つの視点が大事かというと,物事を 話ですけれども,つくろうとされていること 考えるときの基礎となる視点だからです。 に対しても冷ややかな印象があります。 たとえば,今,政府では「消費者行政」が まずそもそもこういう冷ややかな態度の人 重視されております。現実には日本の役所の たちがこういう「ビジョン」を共有する必要 大半は「業界行政」を行っています。どこの があると思います。それは残念ながらできて 省庁とは言いませんけれども,皆様方も思い いません。ですから繰り返し繰り返し基本理 浮かぶと思います。金融庁は成り立ちからし 念,「プリンシプル」や「ビジョン」を言う て「業界行政」を行っていません。ただ,気 必要があると思っています。流行ものとして をつけなければいけないのは,たとえば私が 一過性のもので終わったら,日本の金融・資 会う人の大半が金融界の人なのです。そうす 本市場の「国際化」はできないと思っており ― 48 ― ます。以上が前置きで,本論に移ります。 両立を図るということです。金商法というと, 銀行界の声が影響を与えているせいか,規制 ¹ 金融商品取引法制の3つの基本的視点 の意義 強化の法制だと思われているのですけれども, 相当な「規制緩和」も行っています。たとえ 次は,金融商品取引法制の3つの基本的視 ば池尾先生が「市場型間接金融」と言われた 点の意義についてです。金融商品取引法とい なかで重要なものとして,資産運用ビジネス いますと,よく報道されているのが,これは があります。資産運用ビジネスについてはこ 出所は銀行界だと思っているのですけれども, れまで認可制でしたけれども,金商法制では よく新聞に,「投資信託などの投資商品が売 登録制に変更し,規制緩和しています。ただ, りにくくなった。大変だ。貯蓄から投資への 「規制強化」の面としては,今まで規制対象 移行に逆行するではないか。」という声が報 でなかった集団投資スキーム(ファンド)の 道されています。 投資運用業というのを新たに規制対象にして これは誤解です。金融商品取引法制という いることはあります。これまでの認可制を登 のは,先ほどの3つの基本的視点に基いて, 録制にすることによって,いろいろな新しい 「極端なことはしない」ということで, 「バラ 専門的な業者さんがどんどん入ってくること ンス」をとっています。なぜかといいますと, が期待されます。これによって,国民に対し その時々の思潮というのは必ず変わるからで てより高度かつ多様な資産運用ビジネスを提 す。金融商品取引法のときはライブドア事件 供していただくということを考えているわけ が 2006 年1月に起きて,「ライブドアはけし です。 からん。投資者保護のために徹底的に規制す 「バランス」というのは,「善玉論」と べき。」という議論が主流でした。ところが 「悪玉論」にも偏らないということでもあり 最近は「国際化」から,「金融機関の競争力 ます。ライブドア事件のときに「投資事業組 を強化するために金融機関が少しは活動しや 合」というファンドが非常にけしからんとい すくするようにすべき。」との考えが高まっ う議論があったのですけれども,金商法では ています。時代の思潮はけっこう変わるもの 「バランス」を図っています。まず第一に, です。一方,昨年夏頃からサブプライムロー 「プロ向けファンド」という登録ではなく届 ン問題も起こり,「金融機関のリスク管理を 出で済むものをつくっております。金融庁は しっかりすべき。」との考えも出てきていま いずれこれを公表するみたいですけれども, す。このようにその時々の思潮が変わること 何千という届出業者があるようです。当時, に応じて法制の基本的な枠組みを頻繁に改正 経済産業省は届出制も要らないと言っていた するのでは困りますので,安定的な法制, のですが,届出制とすることによって実態把 「サステナビリティ(持続可能性) 」のある法 握が可能となります。 制を構築する必要があるというのが私の考え 届出制も要らないというのは「性善説」と であります。もちろん,法制の基本的枠組み いえます。この人たちは悪いことはしないだ の範囲内で,市場の変化に即応して細目の改 ろうというものです。これは間違っています。 正を頻繁に行うことはむしろ必要なことです 悪いことをする者は必ずいるからです。ただ が,基本的枠組みの改正は短期間のうちに頻 ライブドア事件のときは逆に「性悪説」で, 繁に行うべきものではないと考えています。 「プロ向けファンド」もすべて登録制にすべ したがいまして,各種考慮要素の適正な きだとか,ファンドへの出資者をすべて開示 「バランス」の確保,具体的には,たとえば すべきだとか,有力な全国紙の社説でもその 「規制改革」,「規制強化」と「規制緩和」の ような意見を書いていました。ただ,私ども ― 49 ― はそれも採りませんでした。出資者を開示す 省から分離したからです。これにより,組織 ると,出資者はいやがってファンドにお金を を断ち切って,過去を断ち切って,未来志向 出さなくなり,資金の流れに支障を来たすお で問題を解決していこうという気概が生まれ それがあるからです。金商法制の考え方とし たのだと思います。あと大蔵省みたいな律令 ては「性善説」あるいは「性悪説」 , 「善玉論」 制のころあるような名前の役所と違って伝統 あるいは「悪玉論」のどちらにも偏らずに がなく,人数も少ないので,意思決定がス 「バランス」のとれた法制にしていると言え ピーディーで身軽なのです。だから新しい金 ます。 融行政ができたということだと思います。け 池尾先生にご指摘いただいた「プリンシプ れども,日本の金融機関,特に銀行は,伝統 ル・ベース」と「ルール・ベース」なのです ある役所と同じような「官僚的体質」との印 けれども,私も池尾先生の考え方と同じです。 象があります。 先ほど金融界と「国際化」の認識の共有がで 役所の人間というのは,自分も含め,入省 きていないと申し上げましたけれども,この は何年ですか,私は昭和 61 年なのですが, 点でもできていないと思います。実はこうい すぐそういうことを言うわけです。これは年 う認識の共有にいちばん熱心なのは外資系金 功序列制の表れです。大手銀行の人は役人と 融機関です。外資系金融機関は頻繁に金融庁 同じように年次を気にする印象があります。 に来て,意見を述べ,対話をします。認識の これで果たして国際競争できるでしょうか。 すり合わせをします。国内金融機関のトップ はなかなか来ないようです。 役所は,旧大蔵省が典型なのですが,調整 重視のジェネラリストで専門性軽視です。金 外資系金融機関というのは日本だけでそう 融は専門性がないといけないと思います。今 いうことをしているわけではないようです。 の金融でジェネラリスト集団では国際競争に 世界中で同じようなことをしているようです。 勝てないでしょう。人事・企画が出世コース これはなぜかというと,当局と円滑な対話を で国際的に勝てるでしょうか。今日の本題は しないと,その国で顧客の信頼を得て良好な これではないので申し訳ないのですけれども, 品位あるビジネスはできないと考えているか なかなか道のりは険しいと思います。ですか らなのです。もちろん実際に品位あるビジネ ら,まず池尾先生のおっしゃったとおり,認 スをしているかどうかは評価の問題ですから 識の共有がまずできないといけないと思いま さておき,品位あるビジネスをするためにも, す。 世界中でそういうことをしているようです。 3 金融商品取引法制制定の意義 日本の金融産業の国際競争力の強化は重要で すが,こういうことで果たして国際競争力が ¸ 立法形式 付くでしょうか。ですから,もう現段階です 金商法制の制定過程につきましては,『旬 でに負けていると私は思います。 この話ばかりしていると,時間がなくなる 刊商事法務』に書いていますけれども,金商 のですけれども,上村先生に何でもいいと言 法の立法形式は,ご承知のとおり証取法の一 われているのでお許しいただきますと,実は 部改正にして,名前を金商法に変えています。 今回の金商法に対する銀行界の対応を見てい 私は会社法のように新法が理想だと思ってい ますと,銀行界の体質は残念ながら 20年間 ました。では,なぜ証取法の一部改正にした 変わっていないと思わざるを得ません。金融 のかといいますと,端的には時間がなかった 庁はなぜ変わったか。なぜ「業界行政」を脱 からです。私が 2005 年8月に法案担当に異 することができたか。簡単なことです。大蔵 動してきてから翌年3月に国会に法案を出す ― 50 ― まで7カ月です。わずか7カ月でこれだけの 東京大学における私の先生である神田秀樹先 規模の新法を作ることはできません。会社法 生も近いお考えだと思います。こうした金商 は3年かかっています。ということで,新法 法の市場法的理解については,私の実務感覚 化は将来の課題だと思っています。 に合っているということであります。 あと1条の目的規定における投資者保護の ¹ 「金融商品取引法」への題名変更 位置づけなのですけれども,条文の最後に置 このように法律の題名を「証券取引法」か いているのですが,論理的に最後はおかしい ら「金融商品取引法」に変更したのですけれ のではないか,中間的な目的ではないかとい ども,題名変更する必要はなかったのではな う議論が途中でありました。つまり,投資者 いかというご指摘があります。しかし,金融 保護を図って,「国民経済の健全な発展」に 先物取引法を廃止して統合していますので, 資することが目的ではないかという議論が 「証券取引法」のままではいけないと思いま あったのですけれども,結論としては証取法 す。実は「証券取引等監視委員会」の「等」 におけると同じように位置づけは変えません は主に金融先物取引を指すものです。では, でした。なぜかといいますと,従来から学界 証券取引法も同じように「証券等取引法」に で1条の目的規定はどうかという議論がある するかといいますと,日本の基本的な市場法 なかで,投資者保護の位置づけを変えてしま 制に「等」が入るのは問題です。そして,デ うと,金商法において投資者保護というのは リバティブ取引については従前よりも範囲を 後退したのかというように誤解されると困り 拡大しています。このようなことから,「金 ますので,位置づけは変えませんでした。で 融商品取引法」にしています。 すから,先ほど申し上げましたように,「投 資者保護」,「市場」や「国民経済の健全な発 º 目的規定(第1条)の改正 展」の関係については,引き続き学界でのご これは従来から申し上げていますけれども, 議論に委ねたいと思っております。私の考え 実はEUの市場法制である「金融商品市場指 は,『旬刊商事法務』2月 25日号に掲載され 令( MiFID)」を参考にして,法律の題名に る連載第3回目の論文に書いています。 「市場」という名前を付けたかったのですけ れども,これは法制上の理由で付けられませ » 「有価証券」概念の実質的変容 んでした。その代わりに金商法第1条の目的 「有価証券」概念の実質的変容についてで 規定になんとか「市場」という言葉を入れる す。上村先生が昭和 61年に論文を書かれた ことができました。私がファンである上村先 とき,証取法の「有価証券」は,先生ご指摘 生のご意見に啓発されて「市場」という言葉 のとおり株券が中心でした。ほかにも社債券 を入れたということであります。 とかありましたけれども,その後,証取法の 従来から学界で証取法第1条の目的規定に 「有価証券」の種類はものすごく増えました。 ついてはいろいろ説が分かれておりまして, ですから,金商法で「有価証券」概念を維持 学界のなかでも別に1条に「市場」という用 したというのは,これも『一問一答金融商品 語が入ったからといって,上村説が採用され 取引法』などで書いていますけれども,概念 たとは必ずしもいえないのではないかという が定着している,改正する時間がなかった, ご意見があります。そこは学界での今後のご あと他に適切な用語がないといった理由です。 議論に,私としては委ねたいと思っておりま 学者さんの論文で「投資商品」はどうかとか, す。ただ,個人的には大変思い入れをもって いろいろご提案があるのですけれども,法令 「市場」という言葉を入れているものです。 上の基本概念の言葉をつくるというのはそう ― 51 ― ¼ 開示規制の柔軟化 簡単ではありません。ですから,たとえば 「投資商品」という言葉は私としてはまだピ 開示規制の柔軟化については,黒沼先生の タッとこない,法律上の概念としてはいまひ 前で恐縮なのですけれども,いろいろご指摘 とつだなと思います。 はいただいておりますが,金融庁のなかで市 「有価証券」概念の実質的変容はどういう 場課と企業開示課というのがあって,企業開 ことかといいますと,「仕組み性」と「投資 示課はディスクロージャーを担当していて, 対象性」が基準になっているということです。 どちらかというと,私の持っている印象は, これは神田先生と上村先生がずっとおっ 企業開示課は伝統的に公衆縦覧型開示を選好 しゃっていたことで,これを採用したわけで する傾向にあるということです。一方,市場 す。金商法の有価証券概念は神田・上村理論 課的には,投資者保護や市場の公正性・透明 で構築されていると言ったら言いすぎかもし 性の確保のためにはいろいろな手法があり, れませんが,私はこういう理解でおります。 公衆縦覧型開示というのはその1つの重要な もちろん学界ではいろいろご意見があるかも 手法であるが,別にすべての有価証券につい しれません。第1のメルクマールは「仕組み て公衆縦覧型開示をする必要はないという考 性」です。たとえば,株券も「会社」という え方で,制度を構築しております。これは考 会社法に基づく「仕組み」が発行するもので え方としては神田先生の考え方だと思います。 す。第2のメルクマールは「投資対象性」で ½ す。「流通性」ではないということです。投 いうことです。これは集団投資スキーム持分 の包括的定義に典型的に表れています。 「金融商品取引業」概念の導入と参入 規制の登録制への統一 資対象になるものが金商法の「有価証券」と 「金融商品取引業」概念の導入と参入規制 の登録制への統一ということで,これは先ほ 実は大きいのは信託受益権一般を「有価証 ど申し上げたとおりで,認可制で残している 券」にしていることです。これはあまり注目 のはいわゆるPTS(私設取引システム)で されていないのですけれども,信託は新しい す。なお,野村資本市場研究所の大崎先生に 信託法の制定,またそれに先行して改正され 言われていることですけれども,PTSとい た信託業法で信託の対象となる財産が幅広く うのは外国ではもはや使われていない用語で なりました。私は「打ち出の小づち」信託と すが,日本ではまだ引き続き使っております。 言っているのですけれども,こう言うと実務 アメリカでATS,EUではMTFと呼ばれ 界では必ずしも好かれないとは思うのですが, ています。 信託に何か財産を入れますと出てくるのは, この登録制への原則統一については,実は 信託受益権という有価証券なのです。たとえ これは法案を出す前に庁内調整が大変だった ば今地球環境で排出権が注目されていまして, のです。なぜかといいますと,先ほど申し上 新聞に,ある信託銀行が商社と提携して排出 げましたように,認可制を登録制に移行する 権を信託商品にしているという記事がありま というのは,新規参入業者が入りやすくする した。ですから信託というスキームを使って わけです。金融庁のなかでも私のような企画 すべての財産を「金融商品化」できるのです。 部局の者はそれを通じていろいろな新しい業 その典型が不動産私募ファンドです。不動産 者が入ってきて,競争が活発化して国民に対 を信託受益権にして,それに投資しているの して多様な金融商品・サービスが提供できる です。 ようになり,いいことだという発想なのです けれども,監督・監視部局にとっては,新し い業者が入りやすくなるということは「悪い ― 52 ― 者」も入ってきやすくなり,監督・監視が大 の株券のペーパーレス化が始まります。とす 変になります。ですから,必ずしも当初は賛 ると上場会社の株券は実は金融商品取引法2 同してもらえなかったのですけれども,五味 条1項の有価証券そのものではなくなってし 前長官のリーダーシップもあって,登録制に まうのです。要は2条2項の前段で株券を発 落ち着きました。 行していないものも株券とみなすという規定 認可制というのは,当局に若干裁量がある で1項の有価証券になるのです。ですから, のです。やっぱりある程度しっかりした業者 2条1項の有価証券がペーパーレス化を通じ でないと入れないということで,やはり て,事実上「空洞化」しつつあるというよう ちょっと入りにくいのです。その代わり, な感じを持っています。かつ先ほど申し上げ 「悪い者」の参入を排除しやすいといえます。 ましたように,中身は実質的に変容を来して 登録制というのは登録拒否要件に該当しない います。ですから,ご提案があるように,い 限り当局は登録しなければならず,当局には つまでも「券」という名前が付いた言葉でい 基本的に裁量はありません。したがって,新 いのかどうかという議論はあると思います。 しい業者が入りやすいことになります。ただ, ただし,果たしてそれに代わるいい言葉があ 逆に言うと「悪い業者」も入りやすいので, るかどうかについては,私自身,現時点でい 今回内閣府令で,たとえば過去に問題があっ い言葉は提案いただいていないように思いま た経歴の人たちが役員や重要な使用人にいる す。ですから,これは今後の課題ということ ものは登録拒否できるように,監督・監視に です。 も配慮した制度にしております。 ¹ より包括的な金融サービス法制 ¾ 銀・証分離規制の維持 2番目は,より包括的な金融サービス法制 銀・証分離規制の維持については,部内で であります。これは後ほど犬飼さんがたぶん は若い人たちを中心に,旧証取法 65条で金 おっしゃると思うのですけれども,金融審議 融機関の証券業務について「原則禁止,例外 会第一部会報告(平成 17年 12月 22日)では 許容」の規定になっているが,「例外許容」 引き続き検討課題とされており,かつ平成 がかなり広がっているというのが実態であり, 18年の衆議院および参議院の各委員会の付 これに合わせて法律の規定振りも「原則許容, 帯決議でも引き続き検討課題とされています。 例外禁止」にしようという意見もあったので ただ,そのために克服すべき課題が多いと すけれども,これを採りませんでした。この 思っております。一本化を主張される人たち 問題は,日本の金融制度の基本にかかわる大 は,なぜ一本化が必要かについて説得力のあ 問題であるにもかかわらず,それまで十分な る理由をまだ提示できていないと思います。 議論がなされていないということで,これは なぜかといいますと,まず第1に,一本化 採用しませんでした。この点についての個人 論者はよくイギリスとおっしゃいますけれど 的な考えはあとで申し上げたいと思います。 も,イギリスには銀行法や保険業法がありま せん。だから預金・保険が「金融サービス・ 4 金融商品取引法制の今後の課題 市場法」1本に入っているのです。日本で銀 行法や保険業法がなぜあるのかというと, ¸ 「有価証券」概念 やっぱり業規制が免許制なのです。イギリス 金融商品取引法制の今後の課題ということ はパーミション(permission)1本です。も ですが,まず「有価証券」概念については, ちろん商品として1つの法律に入れたからと 実は来年(2009 年)の1月から上場会社等 いって,許認可の程度を同じにする必然性は ― 53 ― ないので,これはある種「ためにする」議論 ならないという規定を置いています。金融商 かもしれませんが,なぜ免許制かというと, 品取引所が行う自主規制業務のなかには,上 やっぱり業の性質が違うからなのです。現に 場会社の管理,たとえば上場会社が行う情報 イギリスでも法律よりも下のルールを見ます 開示に関する審査や上場会社に対する処分そ と,預金や保険に関する個別のルールは内容 の他の措置も含まれています。ですから,実 が違うのです。ということで,これをどう克 は金商法というのは,たとえば東京証券取引 服するかという課題があると思います。 所が上場会社のガバナンスや買収防衛策が適 2番目として,イギリスはユニバーサルバ ンク制度です。だからパーミション1本でい 切かどうかなどについて,所要の対応を行う 法的根拠を与えているものなのです。 いということであります。けれども,日本で これはある意味で公開会社法的考え方のは ユニバーサルバンク制度を採用するのかとい しりだと思います。もう1つは財務報告にか うと,私自身は個人的には否定的です。なぜ かる内部統制です。これ自体は内部統制報告 かというと,金融市場の構造が違います。日 書を通じてディスクロージャーを行うもので 本は銀行が大きいのです。ホールセール市場 すので,コーポレート・ガバナンスそのもの では外資系もかなり活発に活動しております ではありませんけれども,内部統制を評価す けれども,リテールでは銀行が大きいのです。 る基準の設定を通じて,事実上上場会社の 大手証券会社を見ても,いまや銀行資本と関 コーポレート・ガバナンスに影響を与えてい 係ないのは野村證券くらいです。こういう状 るということです。 況でユニバーサルバンク制度とすると,ドイ 東証では,引き続き,社外取締役の設置や ツのように資本市場が十分発達しない恐れが 社外役員の独立性に関する事項を含む,上場 あるのではないかと思っております。 会社のコーポレート・ガバナンスの強化が検 あと一本化論者はイギリスのように「金融 討課題になっていると承知しております。金 サービス・市場法」という一本の法律による 融庁の「金融・資本市場競争力強化プラン」 方が分かりやすいとおっしゃいますけれども, はそれを後押ししております。先ほど申し上 池尾先生にご紹介いただいたように,一本の げましたように,実は金商法でも公開会社法 法律の下にあるルールは,法律の適用除外を 的考え方は取り入れています。今後さらにこ したり,特例を設けたりと,ものすごく複雑 れを強化していく必要があります。なぜそう です。確かに金商法制も分かりにくいですけ かというと,会社法がああいうことだからで れども,イギリスの「金融サービス・市場法 す。私は会社法に関しては専門家ではありま 制」も必ずしも分かりやすいとは私は思いま せんが,上村先生をはじめとする学界の,東 せん。 京大学だと岩原先生がいろいろご指摘してい るような学界の考え方に賛成しております。 º いわゆる公開会社法 » 金融分野における競争政策 次はいわゆる公開会社法です。私はこの考 え方自体には賛同しておりまして,別法を作 金融分野における競争政策です。先ほど日 るかどうかはこれからよく検討する必要があ 本の金融構造では銀行が強いと申し上げまし ると思いますけれども,考え方自体としては, たけれども,金融庁はこれまで銀行窓口にお やはり上場会社のガバナンスの強化というの ける金融商品のワンストップショッピング化 が重要になっております。金商法では証取法 を推進してまいりました。これは,去年 12 時代にはなかったのですけれども,金融商品 月の保険商品の窓販の完全解禁を通じてほぼ 取引所は自主規制業務を適切に行わなければ 完成したと思います。ただ,そうなると,銀 ― 54 ― 行はある意味で優越的地位に立つ可能性があ 人としては法曹資格があることもあり,当然 ります。これはお客様に対する関係だけでは 自らにも降りかかってきますが,役所につい なくて,たとえば金融商品の製造業者である, て時に批判的な意見も言います。金融庁は今 たとえば保険会社とか投資信託委託会社に対 やや岐路に立っているのではないかと思いま して,販売業者である銀行が優越的地位に立 す。これはなぜかといいますと,私が金融庁 つ可能性があるということです。私も,いろ に異動したのは 2001 年7月で,6年半くら いろな関係者から「松尾さん,こういうこと い前です。当時職員数は 800人くらいです。 があるのだが,何とかしてほしい。」と言わ 今は平成 20年度予算ベースですと 1400人く れることはありますけれども,今の立場では らいになります。金融庁というのは大蔵省か 何ともできません。 ら異動してびっくりしたのですけれども,組 ですから,やはり健全な競争が大事だとい 織が小さくて機動性が高く意思決定も速いの うことで,これは神田先生もおっしゃってい です。ただ人が足りないので辛いというのが ますけれども,金融分野の競争政策が大事で あったのですけれども,活力がありました。 す。 最近やや人が増えて,「官僚化」の兆しが感 じられます。金融庁は仕事が多いものですか ¼ 苦情解決・あっせん業務の業態横断的 な取組み ら,「ポスト」も増えるのですが,そこに 「官僚的体質」の人が来ると皆が困ることに 金融分野における苦情解決・あっせん業務 なります。私も個人的にだんだん仕事がやり の業態横断的取組みが重要です。これは犬飼 にくくなっているように感じます。例えば金 さんも推進されていまして,私もこれは応援 商法の企画立案にあたって内部の調整がなか しております。金商法で認定投資者保護団体 なか大変でした。ですから,「官僚化」しな という制度ができまして,生命保険協会が第 いことを願っております。 1号で認定を受け,個人的に非常に喜んでお 2番目として,私は法律家なので,やっぱ ります。ただこれはやはり業態ベースなので り法令に基づく行政でないといけないと考え す。今私は個人的に応援,サポートしており ています。先ほど池尾先生からもご指摘があ ますのは,大手法律事務所有志や犬飼さんな りましたけれども,これは当たり前のことで どによる金融ADR研究会の取組みです。こ す。ところが今何が起きているかというと, れは業態横断的なものを目標としており,支 「マニュアル行政」ではないかとの印象があ 援していきたいと思いますけれども,金融界 ります。たとえば金融機関は「法令」を見て の反応は「大手法律事務所が金もうけのため いないのです。見ているのは監督指針や検査 にやろうとしているのだ。」と冷ややかな印 マニュアルです。今なぜ金商法でこれだけ金 象があります。しかし,これは収益のあがる 融機関が形式的・画一的対応をするのだろう 仕事ではないです。2点目として,「ではあ かといろいろ考えています。1つは,形式 なた方は何か前向きな取組みを行っているの 的・画一的対応をする金融機関の「官僚的体 か。」ということで,人の取組みを冷ややか 質」だと思うのですが,もう1つは,いろい に見る前に「自分で前向きに取り組んではど ろ金融機関の人の話を聞くと,「松尾さん, うか。」と思います。 あなたが何を言っても検査で指摘されるか ら。」というのです。 ½ 金融行政のあり方 結局そうなるとどうなるかというと,金融 最後に時間がないので飛ばしまして,金融 行政のあり方について申し上げます。私は役 機関の人は検査マニュアルを見るわけです。 マニュアルにものすごく細かいことを書いて ― 55 ― いるのです。私はやや懸念しているのは,マ ニュアルは検査官の手引書であって,私は ルールの企画担当ですので特にそう思うので すが,金融機関を法的に拘束するルールでは ないのです。やはりマニュアルは法令の上乗 せで事実上ルールであるかのようなものであ るべきではなくて,あくまでも法令の枠内で 解釈とか指針を示すものであるべきです。金 融機関に細目を指導するようなものになって はいけないと考えています。 これは私だけの考えではないと思います。 企画部局の人間はだいたいそのように考えて いると思います。自分の立案したルールがそ の趣旨とは違うように運用されないことを 祈っているということであります。 以上,私の雑駁な話で申し訳ありませんが, 終わらせていただきます。ありがとうござい ました(拍手)。 ― 56 ―