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USリサーチ - みずほ総合研究所

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USリサーチ - みずほ総合研究所
NO. 044
2003 年 7 月 2 日
USリサーチ
MIZUHO US RESEARCH
一段と悪化する州政府の財政事情
米国では、各地で公共料金の引き上げや増税といった動きが目立つようになってきた。連邦政府レ
ベルでは、景気浮揚のために 3 度にわたる減税策を打ち出しているにもかかわらず、である。これは、
過去 50 年間で最悪と言われる財政難に喘ぐ州・地方政府の懐事情がある。そこで本稿では、州政府
の財政状況を確認するとともに、州・地方政府レベルで見られる増税や歳出削減といった動きが米国
経済にどのような影響を与えるのか考察してみることとしたい。
<要旨>
„
米国における州政府の財政制度の特徴として、ほとんどの州で財政均衡が義務付けられている
こと、景気後退時に備えて余剰資金を積み立てする財政安定基金が存在すること、税収では個
人所得税と消費税への依存度が高いこと、連邦政府と比べて雇用や GDP への寄与度が大きいこ
とを指摘することができる。
„
2003 年度の州政府の財政収支は 145 億ドルとなり、ピーク時の 3 分の 1 以下にまで縮小した。
財政収支が悪化してきた背景には、景気低迷などによる税収の落ち込み、減税を続ける連邦政
府の税体系とのリンク、メディケイドや教育を中心とした歳出の高い伸び、近時の移転支出及
び安全保障関連支出の高まりなどがある。
„
歳入不足に直面した州政府は、当初は州民の痛みを伴わない財政安定基金の取り崩しや州債の
発行、既存税制に基づく徴税の強化などを実施したり、罪悪税と呼ばれるたばこ税の増税など
で対応してきた。しかしながら、今やこれらの対策だけでは間に合わず、本格的な増税や歳出
削減を行わざるを得ない状況になっている。
„
04 年度では、すでに 175 億ドルの増税措置が予定されているほか、歳出の伸びは前年比マイ
ナスにまで抑制される見込みとなっている。これは、850 億ドルにも及ぶ歳入不足に対処する
ためだ。もし、この不足分をすべて増税や歳出削減で賄おうとすれば、5 月に成立した連邦政
府による減税効果の多くは吹き飛んでしまうことになる。これに地方政府の財政難も加わるこ
とを考慮すれば、政府部門からの押し上げはあまり期待しないほうが良いかもしれない。
相吉 宏二 事務所長
Tel: 212-282-3531
E-mail: [email protected]
www.mizuho-ri.co.jp/frame/macro.html
1
ニューヨーク事務所
MHRI
New York
1. はじめに
米国では、公共料金の値上げや増税、公共サービスの縮小といった動きが目立つ。例えばニューヨ
ークでは、2002 年7月にたばこ税(市税)が1箱当たり8セントから1ドル 50 セントへと大幅に引
き上げられたほか、03 年5月に市内の地下鉄やバスの均一運賃が1ドル 50 セントから2ドルとなり、
6月には消費税が合計で 0.375%(州税4→4.25%、市税 4.25→4.375%)引き上げられた。このほ
か、市と郊外を結ぶバスや鉄道運賃の値上げ、市内路上駐車料金の倍増、財産税の引き上げ、消防署
の一部閉鎖などがすでに実施されたし、今後、動物園や博物館などの閉鎖ないしは開館時間の短縮、
水道料金の引き上げなども予定されている。
こうした動きの背景には、過去 50 年間で最悪と言われる財政難に喘ぐ州・地方政府の懐事情があ
る。連邦政府と異なり、州政府のほとんどは均衡財政を義務付けられているため、財政収支が悪化し
て赤字額が一定額に膨らむ場合、その穴埋め措置を講じなければならないからだ。
そこで本稿では、州政府の財政状況を確認するとともに、州・地方政府レベルで見られる増税や歳
出削減といった動きが米国経済にどのような影響を与えるのか考察してみることとしたい。
2. 州政府の財政状況
(1)州政府の財政制度1
州政府の財政制度は、州憲法や州法令によって規定されており、州政府が一般的に行う活動に関わ
る一般財政と、土地の取得や建物・構造物の建設、設備購入などに関わる資本財政に大別される。
このうち、一般財政の会計年度はほとんどの州で前年7月から当年6月までとなっており、予算の
編成単位は、単年度予算のところと複数年(2年)度予算のところに2分されている。各会計年度の
始まる約1年前に各州の予算室(Budget Office、連邦政府の行政管理予算局に相当)が各局にガイ
ドラインを提示、各局はそれぞれの予算案を作成し提出する。その後、予算室は全体をとりまとめた
予算案を知事に提案、知事は修正を加えて州議会に提出する(約半年前)。議会では上下両院ごとに
検討がなされたのち両院案のすり合わせや修正が行われ、一本化されたものが承認・成立する。
州政府の財政に関しては、幾つかの特徴を挙げることができる。
まず第1に、州知事が大きな権限を有していることである。先述の予算案提出権(連邦レベルでは
議会)のほかに、予算法案の項目別拒否権、議会からの承認なしでの州政府組織の再編・新設・削減
権、会計年度中の財政支出削減権などがある(図表1)。
第2に、ほとんどの州で財政均衡が義務付けられていることである。このうち 45 州では州知事の
予算提出時点で均衡財政を求めている。ただし、均衡財政といっても、小額で短期の赤字までは許容
することが多い。
第3に、景気後退や緊急事態発生による財政赤字に備えるために、財政安定基金や非常時基金など
を保有しているケースが多い。前者の財政安定基金は、経済が好調な時期に景気後退時に備えて積み
1
詳しくは、
「米国の州・地方財政の現状について」(第一勧銀総合研究所調査リポート、2001 年3月 30 日発行、
No.4)をご参照。
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立てをする貯蓄勘定のようなものだが、その基金には上限が設定されている。また、州によっては、
こうした基金とは別に、一般財源に対する期末の財政黒字残高を一定以上に保つよう定めているとこ
ろもある。
(図表1) 米国州財政制度の概要
アラバマ
アラスカ
アリゾナ
アーカンソー
カリフォルニア
コロラド
コネチカット
デラウェア
フロリダ
ジョージア
ハワイ
アイダホ
イリノイ
インディアナ
アイオワ
カンサス
ケンタッキー
ルイジアナ
メイン
メリーランド
マサチューセッツ
ミシガン
ミネソタ
ミシシッピー
ミズリー
モンタナ
ネブラスカ
ネバダ
ニューハンプシャー
ニュージャージー
ニューメキシコ
ニューヨーク
ノースカロライナ
ノースダコタ
オハイオ
オクラホマ
オレゴン
ペンシルバニア
ロードアイランド
サウスカロライナ
サウスダコタ
テネシー
テキサス
ユタ
バーモント
バージニア
ワシントン
ウエストバージニア
ウィスコンシン
ワイオミング
プエルトリコ
合計
会計年度
知事の権限
知事の権限
均衡財政維持
均衡財政維持
政府債務上限
財政安定基金
開始月
項目別拒否権
会計年度中の歳出削減
知事の予算提出時
知事の署名時
有無
有無
10
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
10
7
7
7
7
7
7
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7
4
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9
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45
35
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O
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(注)「知事の権限」の欄は、O印が権限を有する州を、「均衡財政維持」はそれが要求される州を示す。
「政府債務上限」は◎印が一切債券発行を認められない州を、O印は一定の制限が設けられている州を表す。
(資料) National Association of State Budget Officers "Budget Processes in the States"(January, 2002)
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第4に、州政府の財政活動が、州の消費税や所得税といった一般財源(全体のシェア:約 50%)
、
連邦政府からの補助金(約 25%)、目的税などのその他州財源及び債券発行(約 25%)によってまか
なわれていることである。このうち税収では、所得税や消費税への依存度が高い(税収全体の約8割)
点が注目される。債券発行には、発行額の上限が設定されているケースが多い。
第5に、米国経済に占めるシェアが連邦政府に比べて大きいことである。例えば、連邦政府職員数
が 278 万人であるのに対して州政府職員数は 495 万人(ともに 03 年5月、地方政府は 1,380 万人)
となっているし、GDP ベースでは連邦政府による消費・投資が全体の 6.9%であるのに対して、州・
地方政府合計のそれは 12.3%となっている。
( 図表 2 ) 州財政バランス の推移
(億ドル)
500
12%
財政収支
400
10%
財政黒字対歳出比率
(右目盛り)
8%
300
6%
200
4%
100
2%
0
0%
1979
81
年度
83
85
87
89
91
93
95
97
99
1
3
(注) 1.一般財政ベースで財政安定基金を含む。
2.2003年度は着地見込み
(資料) National Governor's Association "Fiscal Survey of States, Jun. 2003"
(2)州政府財政の現状とその背景
州政府全体の各年度末時点における財政収支を見ると、2000 年度(多くの州で 00 年6月末に終了)
488 億ドル(対歳出比率 10.4%)の黒字が、03 年度にはわずか 145 億ドル(同 2.9%)の黒字にまで
縮小した(図表2)。この 03 年度の数字は、予算策定時と比較して 748 億ドルの歳入不足が見込まれ
るようになった(スタート時点で 491 億ドルの歳入不足が見込まれ、その後 257 億ドルの追加不足
が発生)ことを受け、期中に増税など様々な財政均衡手段を駆使して埋め合わせたあとの数字である
ことを考慮すれば、実際は何とか黒字を維持しているというのが正直なところであろう。
このように州政府の財政事情が急速に悪化してきた背景としては、以下の5点が挙げられる。
まず、歳入面として、①景気後退・低迷及び株価の下落などから、歳入が大きく落ち込んだことが
ある。特に州政府は個人所得税への依存度が高いが、景気後退に加えて株価下落に伴うキャピタルゲ
イン税の急減によって、その個人所得税が大きく落ち込んでいる。地方政府も同じく財政難に直面し
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ているが、地方政府は財産税への依存度が高い歳入構造になっていることから、不動産価格の上昇基
調を映じてその悪化度合いが軽微にとどまっているようだ。
また、②州政府の税体系(tax code)の多くが連邦政府のそれにリンクしているために、連邦政府が
減税を実施するとそのつながりを断ち切らない限り、州政府も自動的に税収減になってしまうことが
ある。州政府は連邦政府の税体系に平仄を合わせる義務はないが、管理上の簡便さから個人所得税や
法人所得税などで連邦政府の税体系に揃えているケースがほとんど(44 州)である。民間のシンク
タンクの1つ CBPP(Center on Budget and Policy Priorities)では、03 年5月に成立した連邦政府
による追加経済対策に伴って、州政府の税収は 04∼05 年度の2年間で 30 億ドル少なくなると見積
もっている2。
歳出面としては、③90 年代後半より、メディケイドや教育費、矯正費などを中心に歳出の伸びが
大きく高まったことが指摘できる。メディケイドは医療費の高い伸びが、教育費は児童・学生数の増
加や教育の質改善努力、矯正費は囚人数の増加がそれぞれ影響している。また、90 年代後半から末
にかけて財政安定基金が積み上げ限度に到達したため、支出増勢圧力が高まったという財政制度上の
問題や、インターネット取引の急増に伴って売上税の捕捉率が低下したという社会環境の変化も指摘
できるであろう。
この他、④景気後退・低迷とともに、失業に伴う所得保障などの移転支出が増加したこと、⑤01
年9月のテロ事件をきっかけに安全保障関連の支出が加わったことも挙げることができる。
(3)財政悪化に対する取り組み
歳入不足という財政難に直面した州政府は、均衡財政を維持するため、その穴埋め措置を実施しな
ければならない。その対策としては様々な方法があり、州ごとにどれを選択するかは大きく異なる。
一般的には、まず州民に痛みを伴わない財政安定基金の取り崩しや州債の発行、既存税制に基づく
税徴収の強化(税の抜け道を塞ぐなど)、歳出額の翌年度への繰り越しなどが実施される傾向にある。
例えば地方自治体分を含めた地方債の発行額は、02 年に 3,559 億ドルと前年比 25%増加し、過去最
高であった 93 年の 2,900 億ドルを大きく上回った。特に近年は、将来支払われるたばこ会社からの
賠償金を担保に発行する“たばこ債”3が多く発行されている。これに伴って発行残高もここ数年急
速に増加している(図表3)。
続いて、いわゆる罪悪税(sin tax)と呼ばれるたばこ税や酒税などの引き上げが行われることが多
い。ロックフェラー研究所の調査によれば、02 年の1年間に 19 州でたばこ税の増税が行われた。
しかしながら、これら一連の対策だけでは、もはや悪化を続ける州政府の財政事情に対応すること
2
しかしながら実際には、最近の財政事情の悪化を反映して、連邦政府の税体系とのリンクを断ち切る動きが多い
ようである。例えば 01 年に連邦政府が実施した不動産相続税の軽減措置では 19 州が、02 年の設備投資に関わる減税
措置では、31 州で対策(decoupling)が採られた(CBPP 調査)。
3
46 州がたばこメーカー5社を相手取り、医療保険の補助金のうち喫煙による疾病の治療費を払うよう求めていた
裁判で、98 年にたばこ会社は今後 25 年間にわたり賠償金 2,060 億ドルを分割払いすることで和解した。Urban
Institute によれば、少なくとも 17 の州でたばこ債が発行されているという。
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は難しい情勢にある。財政安定基金はすでに多くの州で取り崩しが不可能な状態にまで減少している
し、州債の発行もその発行限度額があるなかでの最近の急増ぶりからすると、もはや増発余地は限ら
れている模様だ。モンソン NCSL 会長も「多くの州で痛みの伴わない選択肢が枯渇してしまったよ
うだ(4/24)」と述べている。
(億ドル)
(図表3)州・地方政府の市場性債務残高の推移
15000
(億ドル)
175
14000
125
(図表 4)予算策定時の増減税規模
75
13000
25
12000
-25
11000
-75
1979 82
年度
10000
98 年
99
2000
1
2
3
(資料)FRB 「Flow of Funds Accounts」
(%)
85
88
91
94
97
2000
3
(注) 2003年度は着地見込み。2004年度は予測。
(資料) National Gov ernor's Association "Fiscal Surv ey of states, Jun 2003"
(図表6) 政府関連職員数の変化
( 図表 5) 一般財政の歳出伸び率
(前期比末増減:千人)
160
20
地方政府
15
名目ベース
120
10
80
5
0
40
実質ベース
-5
0
-10
州政府
1979 82
85
88
91
94
97 2000
3
-40
年度
98 年
(注) 2003年度は着地見込み。2004年度は予測。
(資料) 図表4と同じ
99
2000
1
2
3
(注)03年第2四半期は5月までの数字。
(資料)米国労働省「Monthly Labor Review」
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残された手段としては、増税や歳出カットがある。すでにカリフォルニア州やニュージャージー州
では法人所得税の引き上げが行われたし、マサチューセッツ州では個人所得税が、カンサス州やテネ
シー州などでは消費税がそれぞれ引き上げられている。州政府全体の増減税(含む手数料収入)の規
模を見ると、95 年度から 2001 年度にかけては財政環境が良好であったため、ネットベースでは減税
が続けられていたが、02 年度にそれがほぼゼロになったのち、03 年度には 83 億ドルの増税に転じ
た(図表4)
。
歳出カットも同様だ。すでに 02 年度より一般歳出の伸びは大きく抑えられてきており、03 年度は
伸び率がほぼゼロにまで低下した(図表5)。実に 37 州で歳出の前年比伸び率が低下したようだ。こ
うした厳しい歳出抑制姿勢は最近の政府職員の雇用者数動向にも表れている(図表6)。
(4)2004 年度の見通し
03 年7月からスタートする 04 年度はどうか。NCSL(National Conference of State Legislatures、
全米集議会協議会)によれば、04 年度はすでにスタート前の4月時点で 784 億ドルの歳入不足(41
州分)が見込まれている。50 州全体では 850 億ドルに達するという試算も複数存在する。
財政事情が一段と厳しくなるなかで、州政府による歳出削減や増税の勢いも増している。州知事に
よる議会への提出予算案を NGA(National Governors Association、全米知事協会)が集計した結果
によれば、まず歳入については、29 州で何らかの増税や手数料引き上げを盛り込んでおり、その金
額は 03 年度の 83 億ドルから倍増の 175 億ドルに達している(図表4)。もっとも多いのが消費税の
引き上げ(61 億ドル)で、個人所得税増税(50 億ドル)、たばこ税増税(25 億ドル)
、各種手数料の
引き上げ(19 億ドル)が続く。一方、歳出については、04 年度ついに前年度比マイナス(-0.1%)
の予算が組まれる事態にまで追い込まれている(図表5)
。3 分の 2 以上の州で歳出の伸びは5%未
満に抑えられ、19 州では前年比マイナスとなっている。名目ベースの伸びがマイナスに転じるのは、
深刻な景気後退を経験した 83 年度以来のことである。
こうしたなか、5月に連邦議会で成立した追加経済対策のなかに州政府への補助金 200 億ドル(03
∼04 年度)が計上されたことは、州政府にとっては朗報である。補助金が州政府における歳入不足
を補い、不人気な政策である増税や歳出カットを押しとどめることができるからだ。もっとも、この
7月からスタートする 04 年度の財政事情は一段と厳しさを増し、歳入不足が 850 億ドルにも達する
と言われることからすると、力不足の感は否めない。増税や歳出カットの流れが続くことは避けられ
ない状況にある。
3. 経済へのインパクト
(1)景気後退・低迷時の州政府の役割
一般に、政府部門は財政を通じて経済の安定化を図る機能を有していると言われる。これは、累進
税率構造である所得税が景気の波に応じて税収を増減させ、経済を安定させるといった自動安定化機
能(ビルトインスタビライザー)と、景気変動に合わせて増減税や公的支出の増減を行い、その振幅
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を軽減するという裁量的財政政策(フィスカルポリシー)が存在するためである。
州政府に関しても、所得税が大きく落ち込んでいることや、失業保険の給付などを通じた所得移転
が膨らんでいることから、こうした機能が働いていることに異論はないだろう。
しかしながら、州政府部門の GDP への直接的な寄与に目を向けると、今回も含めて過去の景気後
退・低迷時に景気下支えといった動きが見られないどころか、寄与度が小さくなったり、マイナスに
なってしまっている。言い換えれば、景気後退・低迷時にはマイナスに作用しているのである4。
この理由としては、州政府の財政運営が「均衡財政の維持」という原則に沿って行われていること
が大きい。景気後退に伴って発生する歳入不足分を、財政安定基金の取り崩しや許容限度額までの債
券発行を通じて穴埋めしつつ、不要不急の歳出を抑えることなどで均衡財政を保とうとするためであ
る。このほかに、マクロ経済に責任を負うのは一義的には連邦政府であり、州政府はその責任がない
という認識があることも影響していると思われる。
(2)今回の景気局面でのインパクト
米国経済は、01 年3月の景気後退入りしたのち、同年末前後には景気後退局面を脱したとみられ
るが、その後も不安定な状態が続き、明るさがなかなか広がってこない状況にある。
こうしたなか、01 年に就任したブッシュ共和党大統領は、01 年、02 年の引き続きこの5月に3度
目の追加経済対策を実施した。今回成立した第3次対策は、総額 3,500 億ドル(03∼13 年度)にの
ぼるもので、配当及びキャピタルゲインの減税や 01 年法で定められた所得税減税時期の前倒しなど
が柱となっている。ブッシュ大統領が当初目指していた配当課税の撤廃が軽減にとどまったことや、
時限減税がほとんどであることなどの問題点もあるが、景気対策の面から見れば、03∼04 年度に
2,000 億ドル以上が集中していることから、景気浮揚効果が大きいと考えられる。当地の投資銀行な
どでは、01 年法の前倒し実施などによって個人消費が押し上げられる結果、03 年から 04 年にかけ
て実質 GDP 成長率が 0.75∼1.00%程度押し上げられるという見方が多いようだ5。
このように、連邦政府がこれまでになかったような大規模かつタイミングのよい裁量的財政政策を
繰り広げているなかで、州地方政府の今後の動きが気になるところである。仮に、04 年度の歳入不
足額のうち、連邦政府からの補助を除いた部分(約 700 億ドル)をすべて増税や歳出削減によって賄
おうとすれば、GDP 比では 0.7%程度の押し下げ効果となる。上述の連邦政府による追加対策効果の
ほとんどが吹き飛んでしまうことになる。これに地方政府からの悪影響が加わることを考えれば、政
4
ソローMIT 教授は、昨年末の Los Angeles Times 紙のオピニオン欄で「連邦政府と州などの地方自治体との歳入
シェアリングが喫緊の課題だ。景気後退及び低迷は地方自治体の歳入を削り取ってしまうが、これら自治体は均衡財
政を義務付けられているため、基本的かつ需要な公共サービスを削らねばならなくなる。これが経済をさらに悪化さ
せ、これらの最大の受益者である低所得者に悲惨な結果をもたらすからだ。」と述べている。また別のシカゴ連銀の研
究によれば、
(景気後退・低迷に伴う)失業率の1%上昇は、州政府の歳入を 13.80 ドル(1 人当たり)減らす一方で、
歳出が 9.23 ドル増えることになり、全体では 4.57 ドルの収支悪化となる。歳入の減少は税収の落ち込みが主因で(政
府間収入は増加)、歳出の増加は移転支出が大きく増えるためである(社会資本支出は減少)。すなわち、景気の悪化・
低迷は州政府の財政を悪化させるだけでなく、社会資本支出などの歳出を抑制させることを示している。
5
ブッシュ減税の詳細については、
「2003 年ブッシュ減税の成立∼その中身と今後のインプリケーション∼」
(みず
ほ総合研究所 NY 事務所、みずほ US リサーチ#43)ご参照。
8
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府部門からの押し上げ効果はあまり期待しないほうが良いかもしれない。
問題は GDP への直接的な影響にとどまらない。家計の生活に直結したサービスの多くを提供して
いる州・地方政府が、本格的な増税や歳出削減に動けば、一般国民の負担感が着実に高まっていくこ
とには注意が必要だ。冒頭のニューヨークに限らず全米各地で、公共料金や各種手数料の引き上げ、
増税、公共サービスの削減が実施され、市民生活に影響が出始めている。こうした動きが本格化して
いくようであれば、家計部門のマインド低下などを通じて消費支出が抑制されていくことも十分に考
えられる。
州政府の財政事情は景気変動に数年遅れて動く傾向があることからすると、NCSL の予測通り、財
政事情は 04 年度に一段と悪化していく可能性が高い。そうした環境下での州政府の対応については、
今後の米国経済を見通すうえで、しばらく目が話せないテーマであると言えそうだ6。
以
上
【参考文献】
・ National Association of State Budget Officers “Budget Processes in the States” Jan 2002
・ National Governors Association “The Fiscal Survey of States” Jun 2003
・ Center on Budget and Policy Priorities
Tax Cut”
“Many States Are Decoupling from Federal Estate
Jun 19, 2003
・ Center on Budget and Policy Priorities
Billions of Dollars in Coming Years”
“Federal Tax Changes Likely to Cost States
Jun 3, 2003
・ Center on Budget and Policy Priorities, other various articles
・ National Conference of State Legislatures
“Three Years Later, State Budget Gaps Linger
– Total gaps grow to $200 billion since FY 2001”
NCSL News Apr 24, 2003
・ The Nelson A. Rockefeller Institute of Government
2003 Budget Preview” Staff Fiscal Brief
“2002 Tax and Budget Review and
Mar 2003
・ Princeton Survey Research Associates, Inc. “The Pew Center on the States State
Legislators Survey A report on the Findings” 2003
・ Urban Institute
“How Are States Responding to Fiscal Stress?” New Federalism Issues
and Options for States Series A, No. A-58 Mar 2003
・ FRB of Chicago “Unprepared for boom or bust : Understanding the current state fiscal
crisis” Economic Perspectives 3Q 2002
・ 第一勧銀総合研究所「米国の州・地方財政の現状について」調査リポート No.4
2001/3/30
・ Merrill Lynch, JP Morgan, Deutsche Bank, various reports
・ Wall Street journal, New York Times, various issues
6
州政府に関しては、この財政問題のほかに年金基金の積み立て不足問題が今後注目されるとの指摘もある。メリ
ルリンチによれば、積み立て不足額は 900 億ドルに達している模様だ。
9
MIZUHO US RESEARCH
July 2, 2003
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