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visual insect - 俺的小説賞

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visual insect - 俺的小説賞
visual insect
ナガセ
(ビジュアルインセクト)
visual insect
授業中にこっそりネットサーフィンをしていて、とても好みの絵を描く人を見つけた。わた
しとは正反対の細かい描き込みの人で、どのページを見ても自分には描けない絵ばかりが並ん
でいた。ため息が出るっていうのはこういう時に使う表現なのだろう。絵は写真と違って機械
を使わない鏡だから、その人の目に映るものは大きく違ってくる。だからピンクの地面にイエ
ローの空だってアリなのだ。そう、なんだってアリ。それが楽しくて絵を描いているはずなの
にこうして上手い人を見ればやっぱり落ち込む。わたしには才能がないんだろうなって思い知
らされる。才能があろうとなかろうとわたしは幼い頃から絵を描くことが大好きで、漫画家に
なればなんていわれることはしょっちゅうだった。でも、勇んで専門学校に来てみれば、クラ
スで絵を描くのがうまいねなんて言われていたレベルの子なんてごろごろいるどころじゃない。
なにもダリやピカソになりたいわけじゃない。わたしは自分の手で美しいものを生み出した
い。あぁ、それでもこの人の十分の一でも才能があったなら。
「先生回ってくるよ」後ろから友達が小声で教えてくれる。
「ありがと」わたしはすばやくウィンドウを閉じ、素知らぬ顔をして学生に戻った。
家に帰って改めて授業中に見ていたページを開く。
新しい作品が増えていた。
パステルカラー
の色調なのに、迫力がある。プロフィールを見るとどうやらわたしより一つ年下で、同じメー
カーのペンタブレットを使っているらしい。同じ道具なのに結果はこうも違うのか。今日、添
削から返ってきた自分の絵を見るとさっきとは違うため息が出た。キーボードに向かいなおし
て、なんとなく掲示板に書き込んでみた。
「はじめまして。ミユキといいます。絵、とてもお上手ですね!今日上がっていた新作もとて
も素敵だと思います。またお邪魔します」
少し他のサイトを見て、電源を切る前にもう一度掲示板をチェックすると返事が返ってきていた。
「ミユキさん、はじめまして!
管理人のサヤです。感想の書き込み、どうもありがとうござ
います。週に一度は新しいものを載せられるようにしているのでよろしければまた見に来てく
ださ い ね ♪ 」
それからというもの、彼女のサイトに通うのがわたしの日課になった。彼女は言っていた通
り、毎週金曜日に新作を載せていた。わたしなんて最近は課題の期限がなければペンタブを手
に取ろうともしないのに。一応、彼女のように絵をアップするためのサイトも持ってはいるけ
れど、ずっと開店休業状態のままだ。専門学校に入る直前に描いた絵がトップページにある。
あの絵、去年推薦試験を受けて第一志望に合格して、
とてもうれしくて描いたものだったのに。
ある時、彼女は自分のサイトの日記で、高校を卒業したら専門学校に通うつもりで資料を取
り寄せたりしていると書いていた。候補を二つまで絞ったがまだ決めかねているとも書いていた。
軽い気持ちで、実はわたしも専門学校に通っているということを彼女にメールした。掲示板以
ナガセ
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外で彼女と連絡を取るのは初めてだった。掲示板で交わす言葉とメールで交わす言葉は、相手
との距離が違う気がした。メールでのほうがさらに踏み込んだ感じがする。
一週間ほどして彼女から返事がきた。彼女が絞り込んだ候補のうち、片方はわたしが通って
いる学校だった。体験入学はどちらもよかったのでなかなか決められず、絵をずっと描いてい
きたいからと両親も何とか説得したと書いてあった。わたしも一年前同じような感じだった、
なにか役に立てることがあればと思いながら、よかったら会って話さないかと彼女に持ちかけ
てみた。彼女は喜んで承諾してくれ、来月の一日にわたしと彼女は約束を交わした。
サヤは彼女の描く絵のようにパステルカラーのよく似合う女の子だった。学校選びの相談に
乗るつもりで会う約束をしていたのに、話は脱線を繰り返し、普通に友達と遊んでいる気分に
さえなった。ミユキさんの絵、見てみたいですと言われて、わたしは恐縮しながら自分のサイ
トアドレスを教えた。
私たちは携帯のメールアドレスも教えあい、その日から普通の友達になった。サヤは、私の
いる専門学校の推薦試験を受けるとメールをくれた。授業中たまたま見ていたサイトの管理人
が自分の友達になって、今ではメールを交わす仲だなんて今でも信じられなかった。
クリスマス直前、サヤから遊びに行こうと誘いがあった。二つ返事で承諾し、もしかしたら
と思い、プレゼントも用意した。
「今日はねー、ミユキさんに報告したいことがあってね」
「受かったんでしょ、学校」
「なんでわかるの 」サヤは本当に驚いたようで思いっきり眼を見開いていた。
と思っていた。パステルカラーの色調からだんだんと原色を使ったものも出てきたのだ。それ
彼女の作風は少しずつ変化していたが、それはサヤが自分のスタイルを進化させているからだ
り取りしていたし、もちろん金曜日にはサヤのサイトの新作を見に行くことも忘れなかった。
サヤが無事に合格してからというもの、私たちは頻繁に会うようになった。メールも毎日や
見ながら思っていた。
「どーぞー」私はもしも妹がいたらこんな感じなのかなと目の前で喜んでいる年下の女の子を
かり 始 め て い る 。
「うれしい!すっごくうれしい!開けていい?」そういいつつサヤの手は包装紙を剥がしにか
ゼント用意してきた」
「なんとなく、サヤからメールもらった時に受かったよっていう話かなーって思ったからプレ
「え ?
え!
……いいの?」
前に持っていった。
「はい、あげる。合格おめでとう!」わたしはバッグから小さな包みを取り出し、サヤの目の
をひざの上に乗せた。サヤはきょとんとしている。
「あたしも推薦受けたもん。ちょうどこの時期に発表なんだよね」私はそういいながらバッグ
!?
ナガセ
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は今までにない、新しいサヤの世界だった。
私は彼女が変化していく様子を飽きることなく眺め、この頃では自分もまた以前のように時
間が空くと好きな絵を描くことが楽しみになっていた。上手く描けなくても、ペンタブを使っ
て自分の思い浮かべた美しいものを形にしていく過程を辿ることがとにかく楽しく、開店休業
状態だったサイトにまた作品を載せるようになった。アクセス数なんて気にしていなかったが、
更新をこまめにしていればやはり見てくれている人がいるのだということがわかり、励みにも
なった。学校の課題と平行して、私は自分の絵を増やすことに夢中になった。描きたいものは
いくらでも出てくる。時間が足りないくらいだ。少し前まで課題以外では絵を描くことがいや
になっていたのに、今の私はまた推薦試験に合格した直後のようにやる気になっていた。やっ
ぱりわたしは絵が好きなんだなと実感し、学校の課題もいやいややっていたのが少しでも自分
が思い描いている理想に近づけられるように頑張ろうと思って取り組めるようになった。サヤ
のおかげだと直接彼女には言わなかったが、わたしはそう思っていた。
もうじき春がきて、私とサヤが同じ専門学校の学生になる日も近づいてきた頃、私は自分の
サイト宛てのメールに妙なものを見つけた。
「ミユキさん、初めまして、由香里といいます。ずっと前からミユキさんの絵がだいすきでちょ
くちょくお邪魔していました。最近はずっと更新されていなかったみたいでちょっとさみしい
なぁと思っていました。またミユキさんの新しい絵が見られるようになってうれしいです 」
る人はわたしがネット上で絵を公開していることを誰も知らないはずだし、ネット上の絵を見
学校の友達にもサイトを持っていることはないしょにしている。日常生活でわたしと接点があ
ない。わたしは自分のサイト以外で絵を見せることはないし、ホントのことを言ってしまえば
なんだかやけに引っかかる。なにがってうまく言えないけれど、
その絵は絶対わたしの絵じゃ
というのは、もう模写とかもっと言ってしまえば盗作みたいなものじゃないだろうか。
ん前からわたしのサイトに絵を見に来てくれている人のようだ。そんな人が見間違えるくらい
と思われるくらい似ているって、よほどのことだ。それにメールをくれた由香里さんはずいぶ
絵のタッチが似ているなんてこと、大してめずらしい話じゃない。でも、サイトを移転した
て下 さ い ね !
……」
おもわずメールしちゃいました。これからもまたちょくちょくお邪魔しますから、
更新がんばっ
思って今日またここに来て見たら、久し振りに新しい絵が更新されててうれしくなっちゃって
ですけど、ぜんぜん別な人だったみたいで、返事も返ってこなかったんです。おかしいなーと
かめようと思ってメールしてみたんです。もちろん由香里はミユキさんだと思い込んでいたん
す。それで、あー、きっとミユキさん、サイト移転したんだと思って、そこの管理人さんに確
「実は、二ヶ月くらい前に、ミユキさんの絵にすっごくそっくりなサイトさんを見つけたんで
今回はそんな顔にはなれなかった。
こういうメールがたまに来ると、ディスプレイの前でにやついてしまったりする。けれど、
!!
ナガセ
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てわたしにメールをくれたり掲示板で話しかけてくれたりする人は逆にわたしが何歳で普段は
専門学校に通っていてというようなことは知らない。
けれど、たった一人だけ、例外がいる。ネット上で知り合い、今では毎日携帯でメールをし、
遊びにも行く相手。サヤのことだ。もっとも、確信も証拠も何一つない。それに、サヤは友達
だ。わたし達はもうネットやメールだけじゃないつながりがある。サヤは、そんなことしない。
絶対に、そんなこと、しない。
そのメールを読んで以来、わたしはサヤにメールを送る頻度
が減った。後ろめたいわけでもないのに、メールを送ろうとするとあの想像が頭をよぎる。言
いたくもないのに口から言ってはいけない一言が飛び出してきそうだ。
「ねぇ、美由紀さー、イラストのサイトとかって持ってたっけ?」
「は?なんで?」学校の友達にそんなことを尋ねられて、わたしは内心穏やかでなかった。
「んー?なんかねー、この間家でレポートの調べものしてた時に美由紀の絵にすんごい似てる
の見 か け て さ ー 」
「それ、あたしのじゃないよ。サイトなんか持ってないし」嘘だ。でも、言えない。
「そっか。じゃ、気のせいだね~。あ、そう、そのレポートさ……」
そのあとの友達の話は耳に入ってこなかった。
家に帰って、わたしはパソコンに向かい、そのまま明け方近くまでそうしていた。由香里さ
んがメールで教えてくれた、学校の友達も見たというサイトは確かにあった。そこにある絵は、
私の絵と本当によく似ていた。なんなの、これ。わたしが描いた覚えはないのに、わたしが好
んで描きそうな絵が並んでいる。自分の知らない自分が描いている絵、とでも言い表したらい
いのだろうか。されど、それは鏡に映っているもののように身近にあるのに違和感がある。こ
れ、もしかしたらサヤが描いたものなのだろうか。
数日したら、推薦試験合格者だけ先に入学式がある。その時、試験で描いた絵を張り出され
るのだ。その時、もしも、サヤの絵がここのサイトのもののようにわたしのとよく似ていたら。
むしろ、よく似ているのにわたしのものよりも優れているとしたら。そんなの、嫌だ。サヤの
絵は好きだけれど、負けたくない。わたしは、サヤに嫉妬していた。本当はずっと心のどこか
でサヤがうらやましくて仕方がなかったのに、それを見てみぬふりをした。サヤが自分の領域
に入ってくるのがこれだけ間近になって初めてわたしはその事に気が付いた。友達だと思い込
んで見えない絆を見えるものに無理や仕立て上げたのはわたしだったのだ。
どうしよう。もうあわせる顔がない。わたしは、目の前の自分のものか彼女のものかわから
ない絵をぼんやり見つめ、自分の中に見つけてしまった醜い感情の幼虫を持て余していた。
入学式当日、頭痛を抱えながらわたしは学校へ向かっていた。サヤとは二週間近くメールを
していない。今日、サヤに会ったらなんて声をかけよう。あのサイトの管理人がサヤだという
確かな証拠はないのだから、普通どおりに振舞えばいい。でも、いままで連絡していなかった
のに急に元通りに振舞おうとするのは不自然じゃない?という二つの思いがわたしの頭の中を
ナガセ
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ぐるぐる回っていた。
「美由紀、推薦組みの絵、見に行こうよ」
「今年、すごいの来ているらしいよ。めっちゃうまい子が入ってきたんだって」友達は楽しそ
うにわたしを引っ張っていく。見たくない。でも、新しいサヤの絵を見てみたい。
「あ れ あ れ !
さなぎの影が蝶々の飛び立つ姿になってるヤツ!」
え?
もう一度言って?
「今年、問題が “ 春 ” だったんだって。あんなの思いつかないよねー」
それは、わたしの絵だった。目の前の大きなカンヴァスに醜い色のさなぎがいて、その生き
物の影にあたる部分にいるのは、今にも羽ばたこうとみずみずしい羽を振るわせんばかりにし
ている綺麗な蝶々。生き生きとした影と光を浴びているのに暗い生き物。どちらも影でどちら
も光 。
サヤは、わたしの絵を奪った。一年前、わたしが描いたサイトのトップページにある絵をモ
チーフとして、いや、構図や色彩をほとんどそのまま流用して、推薦試験を受けていたのだ。
わたしが合格した喜びを表すため、これからもずっと絵を描いていくという決意の元に仕上げ
た大切な作品を奪ったのだ。
わたしはその場でサヤにメールを送った。どうしてこんなことをしたの?なぜ何も言ってく
れな い の ?
理不尽なことをされた悔しさをストレートにぶつけてしまいたい気持ちをどうに
か押さえながら、わたしは繰り返しサヤに読んでもらえているのかどうかすらわからないメー
ルを 送 り 続 け た 。
メールという見えているようでちっともしっかりしていない絆を、わたしだけが必死にたぐ
り寄せようとしていた。サヤに何度メールしても返信はなかった。わたしはサヤが描いていた
パステルカラーでできたもやの中に閉じ込められ、自分の奪われてしまった作品がどうなって
しまうのか、そこからは全く周りが見えなかった。綺麗なパステルカラーに包まれているはず
なのに、一切が見えない明るい暗闇。サヤは、わたしから絵を奪った。
でも、わたしはその時確かに見たのだ。もやの隙間から彼女の横顔に住み着く、この世に存
在するありとあらゆる美しいものを喰らって生きる虫を。虫はつぶやいていた。欲しい。美し
いものが欲しい。美しいものを描き出せる、才能が欲しい。消したい。美しいものを消したい。
自分が造り出せる以外の美しいものを、消したい。奪いたい。美しいものを奪いたい。いっそ
美しいと思われているもの全てを、自分の手で造り替えてしまいたい。人のものでもそれが欲
しい。それっきり、わたしに対して言葉を発しなくなった歪んだ虫が張り付いた顔から覗くそ
)
の笑顔は、気持ちが悪くなるほど晴れ晴れとしていた。
了
(
10
11
ナガセ
visual insect
第二回俺的小説賞
企画
秀たこ
編集
デザイン
かめとかぼちゃ。
宝栄光(かめとかぼちゃ。
)
この作品は第二回俺的小説賞に応募された作品です。
この作品の掲載権は作者の了承の元、俺的小説賞にあります。
作品の著作権は作者に帰属し、無断転載は一切禁止致します。
作者が申し出た場合、作品の掲載を読者の断りなしに取りやめる
場合がございますが、ご了承お願いします。
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@oretekisyousetu
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かめとかぼちゃ。 ツイッター
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