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資料1 - アフラシア平和開発研究センター

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資料1 - アフラシア平和開発研究センター
2007 年 10 月 20 日 於:龍谷大学アフラシア平和開発研究センター
報告者:雨宮 洋美
富山大学 経済学部 経営法学科
e-mail :[email protected]
論題:タンザニアにおける土地所有権
―『1999 年村土地法』の規定と村の実態を題材に―
はじめに
近代的所有概念において土地は商品交換できるものと捉えられるのに対し、タンザニア-広くいえばアフリカの多く
の国-における土地とは、市場経済における商品として扱われるものからはほど遠いものである。ポランニー
は「土地は本来居住の場であり、肉体的安全のための一条件であり、風景であり、四季である」とし、
「人間
生活に安定を与えるもの」とする(Polanyi 1975:243)。これはまさに、タンザニアの村人にとっての土地の
概念に当てはまるものである。
本報告では「村土地法」
(”Tanzania Village Land Act,1999”を以下「村土地法」と記す)規定および村の実
態の考察から、タンザニアの土地所有権の姿を明らかにすることを試みる。
なお世銀による市場経済化の圧力という法制定の背景、元来慣習により土地の営みが統括されていた歴史、
慣習に基づく村共同体内での土地の権利認識などの実態は、タンザニアのみならず多くの農耕を基盤としたア
フリカ諸国およびアジアを含む社会主義から体制移行した国々に共通事項としてみられることが多い。
I.
土地制度の変遷
土地に対する権利の変遷(殖民地政策下~ウジャマー政策下~現在) (表)
ドイツ植民地時代
イギリス植民地時代
ウジャマー政策下
現 在
植民者に対してのみ適
制定法による二重のシステ
本国人に対しても、本国人以
慣習的「使用権」および付与
用される制定法
ム
外に対しても「使用権」という名
された「使用権」
称(right of occupancy)に統一
したが、二重のシステムは残る
タンザニア
制定法なし
本国人(独
「1923 年土地条令」は本国
村評議会を中心とした共同体
本国人に関する法律と慣習
人の土着の慣習の尊重をう
的所有「村およびウジャマー村
下の「みなしの使用権」に起
立以前には
たう慣習下の「みなしの使用
原住民)
権」
本国人以外
*
法」
源を有し、村評議会によって
配分される慣習的「使用権」
権利証書の発行を伴っ
ドイツ植民地時代に譲渡さ
植民地時代の制度の上に新た
および「付与された権利」に
た不動産賃借権,自由
れた不動産賃借権,自由土
に「村およびウジャマー村法」
起源を有する「使用権」
土地保有権「1895 年土
地保有権はそのまま存続
「1923 年土地条令」の存続
どちらも権原証明書を伴い
地布告」*
登記可能
権原登記証明書を伴った 99
「村土地法」および「土地法」
年間の土地の「使用権」の
付与「1923 年土地条令」
出所:雨宮洋美(2003)「タンザニアの共同体的土地所有――「1999 年村土地法」の考察――」『アフリカ研究』December, 2003 第 63 号,
30 頁.をもとに作成
注記:*「1895 年土地布告」および「村およびウジャマー村法」については,雨宮(2005)を参照のこと。(雨宮 2005:38-40, 48-50)
出所:雨宮.2006:207
1
II.
世銀・土地・開発 ―政策の 4 つの次期区分―(雨宮 2002005,2006b,2007)
アフリカの土地法制定・土地所有権問題に多大な影響を及ぼし続ける世銀の土地政策の変遷を四区分の上、
その動向を理解する。
1.
新古典派主義的制度論が主流の土地政策の時期(1970 年代~80 年代)
アルチャン・デムセッツ、ポズナーらによる、フリーライダーの問題をはらみ結果的に取引費用が高くなる非
効率な共同体的な権利は市場経済化推進のために淘汰される(Alchain and Demsetz 1973; 21,24)(Posner
1977;52-53)、という考えは古典派経済の根幹であり長らく世銀を支えてきた論理である。この頃出された
「1975 年土地政策」(WB.1975(Land Reform Policy paper)は、農業生産性を優先させるために共同体的
なシステムの個人的な権利への変換を促すものとなっている。
2.
貧困対策の時期(1990 年代)
「貧困のための経済機会の促進」:土地の個人的な所有権の確立が市場経済促進ひいては貧困対策にもつな
がるという考え(WB 1990)に沿い、アフリカの農業経済発展のためには、農民が土地の担保化によりクレ
ジットへアクセスできるようにする土地の「個人所有化」が有効だという考えがタンザニアの農業政策にも適
用(WB 1994:19)されている。
他方、伝統的なシステムが拡大家族 1 の全構成員の土地へのアクセスを可能にしているという事実、特にア
フリカにおいては共同体的な土地所有のシステムが土地無しの貧困という、極限状態を回避するセイフティ・
ネット機能を果たしている場合には個人の権原確立の促進や登記は望ましくない(WB 1990:65)という事実
に直面する。さらに、隣国ケニヤ等では個人の権原確立とクレジットへのアクセスの増大および生産性増大と
は関係がないとする調査結果(Migot and others 1991)も出されるようになる。
なお、1994 年に刊行されることになる「土地問題調査委員会報告書」(Tanzania Government.1994) 2 は、
タンザニアの地方が村を基盤に成り立っていることから、村を主体とした共同体的な権利の承認を土台とした
内容を提案している。この頃の世銀のアフリカの土地システムの貧困緩和への貢献を認める動きと、「土地問
題調査委員会報告書」のこうした考えの表明は時期を同じくするものである。
3.
インフォーマルな制度の承認(1997 年以降)
Migot and others(1991)以降、市場経済化のみが貧困削減に通じる道ではないとする見方を受け、タン
ザニアではフォーマルな権利の欠如が土地管理のインセンティブを低めるというこれまでの理論は当てはま
らないことを示す「タンザニアにおける土地劣化」(”Land Degradation in Tanzania”)(Dejene and
others:1997)が報告された。また、インフォーマルな制度を画一的に新しい制度に置き換えることが最善の
貧困問題の解決でないことが述べられ、個別のケースごとのインフォーマルな制度を補完的な制度として捕ら
え長期的な制度構築へと活用していこうとする姿勢が表されるようになる(WB 2002:6,12)。
世銀の政策とリンクするように、1995 年に策定されたタンザニアの「国家土地政策」は、貧困問題の解決
をはかりながら、慣習的な既存の組織等を活用した土地管理制度の構築を目指した内容となっている
(Tanzania Government.1995)。
タンザニアの人口の4割程度を占めるイスラム教徒は 4 人まで妻を持つことができる。また、イスラム教徒でなくとも、伝統・
慣習的に一人の男性が複数の妻を持つことがある。さらには婚姻制度が形骸化しており、ほとんどの人が事実婚による婚姻生活
をしているため婚姻関係にある妻・扶養者、およびそれ以外という区別がつけにくい状況がある。そして、夫とその親戚および
複数の妻並びにその親戚、彼女らの子供等を含め、区別を重要視せず、一般に「家族」と表現する傾向にある。スワヒリ語で「家
族」を表す”familia”といった場合、これらすべてを含み非常に広い範囲にわたることを、拡大家族と表す。
2ダルエス・サラーム大学法学部イッサ・シブジ教授を中心として構成された委員会が、独立後初めての包括的な土地に関わる
問題についてタンザニア本土部全 20 州の 2 県を除く全県、145 カ村および 132 の都市部地域での 1 年近くにおよぶ現地調査および全
83,000 人の聞き取り及びワークショップ等に基づいてまとめられた報告書である(詳しくは雨宮.2004b参照のこと)。
1
2
4.「2003 年土地政策」に示される政策の転換(2003 年以降)
「2003 年土地政策」(“Land Policy for Growth and Poverty Reduction”)はインフォーマルな土地所有権の
意義を認め方向性を示している。特にアフリカを中心とする途上国においては、インフォーマル制度の役割が
大きいことを認めている。慣習的保有(tenure)のシステムは、その地に特有の条件と必要に応じ時間をかけ
て発展していく(WB2003:62)ものと位置づけられ、具体的にタンザニアの「村土地法」を、慣習的な権利
の法的承認がなされた例として位置づけている(WB2003:64)。
III.
タンザニア「1999 年村土地法」規定(Village Land Act,1999) (詳細は別添資料 2.参照のこと)
1.制定の経緯と法の概要:世銀の市場経済下への圧力と、急進的変革が困難なタンザニアの実態(慣習的に
保有される村土地が全土の 7 割)との妥協の下制定されたのが「村土地法」である。都市部の土地は個人的所
有権を規定する別法「土地法」
(Land Act,1999)下におかれ、権利主体は村人に対する慣習的権利に基づく
権利を認め村評議会が管理する村土地(village land)のみに該当する法が「村土地法」である。
「村土地法」は、村評議会が管理の権限を有する「村土地」区分を明確化した。村土地は、共同体の村土地、
慣習法のもとに使用されている土地、および村評議会により付与されている土地から構成される。
2.規定内容
(1)慣習的使用権(customary right of occupancy):個人または家族を含む団体が権利主体となり、村より付
与される慣習に基づく権利が無期限の「慣習的使用権」である。公示のための登記が義務付けられる。権利主
体としては原則的に慣習的使用権の対象者を村への関わりを持つ者に限定しているが、例外的に将来的に村人
になる者にも認めている。権利証書の発行および登記も可能であり、これまで明文規定のなかった遺贈と死因
贈与が可能となった。
なお、権利を付与された者に対しては境界線の保全、留守中の管理人手配、その地に適用されている慣習法
規則に従った使用等の義務規定がある。村内における譲渡は可能であるが二ヶ月以上前の書面による通知が必
要であること、譲渡人本人及び家族の生計をも考慮に入れることにみられるように、村内の譲渡ですら活発化
させない仕組みとなっている。権利付与、権利の変動において村評議会を通じた契約を経由しなければならず、
土地の自由な処分権がないこと、5 年以上の未使用地(村内に不在の場合には 3 年)は村に強制収用されるな
ど、日本をはじめとする近代的土地所有権規定とは異なる様相を呈する。
しかし、村人は土地の範囲を示す際に自分の財産(mali yangu)という表現を用い他者が入り込むような
隙のない完全に自分のものという感覚を持っているようである。また、用途制限もなく公示の登記が可能、相
続も可能な「慣習的使用権」は、自由な処分権はないものの専属的な使用形態を表しており、後述の「共同体
の村土地」に対する権利に比べ私的な性格の強い権利のようにみえる。
(2) 共同体の村土地(communal village land)
他方、「共同体の村土地」は村共同体構成員のみが使用・収益権のみに限定された権利を有する入会地であ
る。離村者失権の原則が規定されている。具体的には村ごとに異なるが、家畜の放牧地・通過地、薪炭材利用
のための山林、植林用の森林、元ウジャマー集団農場跡地(現在、村の貸し出し用農地など)等が「共同体の
村土地」である。公示のための登記が義務付けられる。
「村土地法普及ガイドライン」には、共同体の村土地は、共同体の仕事のため利用又は付与される(“Ardhi
ya Makazi au matumizi ya jumuiya ambayo inaweza kutolewa”)こと、村人の貢献により(“uzingatie
3
ushiriki wa wanakijiji”)村土地のよい使用 3 (”matumizi bora ya Ardhi ya Kijiji”)をしなければならない、
と記述がある(Tanzania Government 2002:13)。このことから、共同体の村土地は村共同体構成員が自由に
使用できるのではなく、ある種の「貢献」を前提として「よい使用」をしなければならない義務がある、と考
えられよう。
なお、共同体のために使用されてきた既存の土地が「共同体の村土地」と区分されている。
(3)抵当権:慣習的使用権下の土地は、村評議会の承諾を得て小口(50 万 Tsh.)に限り村評議会の承認なく抵
当権設定(small mortgage)が可能であることが「土地法」に規定される(「土地法」第 114 条(2)項)。抵当
権が実行された場合の売却先は村内の者に限定される。抵当権が実行された場合の売却先を村内の者に限定す
ることと同様に、村共同体構成員内に土地を留めようとする目的のもとに定められた規定と考えられよう。登
記が対抗要件となるほかは、「村土地法」規定の不備により詳細は不明である。
(4)リース:村評議会の承認を経て、村内外の者にリースが可能である。規定の不備により詳細は不明である
が面積規模が大きく期間が長いリースは土地長官の認可および全村会議の承認が必要となる。
以上より、個人または家族を含む団体が主体となり村より付与される慣習に基づく村人という身分に直結
した権利「慣習的使用権」および「共同体の村土地」規定が最大の特徴といえる。村評議会が共同体構成員に
限定し権利付与し村土地を管理する。また、離村者失権の原則、各家族の生計までをも考慮した上での譲渡規
制・抵当権実行の際の売却先の制限規定など権利変動について基本的に共同体外の者を排除する仕組みである。
IV. 「村土地法」の特徴
--総有および世銀の政策―(雨宮 2004a,2005)
1.加藤(1996)のミニ公法人論:北米先住民族チェロキ族のチェロキ・ネイションにおけるチェロキ憲法 4 の例
をあげ、村落共同体をミニ公法人―あたかも国家としての役割を果す公的な団体―として総有をある種の公法
人的性格を有すものとする。また、その公法人性により国家的実態を呈する行政機構を保ち、部外者への譲渡
を防ごうとする目的として、共同体の外形を維持し秩序を保っている(加藤 1996:183)。チェロキ族以外の者
はチェロキ・ネイションの土地を所有できないという身分と直結した土地所有を示し、これが総有論のミニ公
法人的構造とし、その目的を共同体の一体性を維持することに見出している(加藤 2001:128-131)。
2.タンザニアの村
(1)村評議会の機能:村土地に対する権利(
「慣習的使用権」を付与する権限、共同体の村土地を支配する
権限)、村人個人の持分は顕在化せず、村人個人に認められるのは村評議会所有のもとの使用権のみである。
また、外部者に対する土地所有の排他性とその目的より村土地に対する管理権以上の権限をもっている。
(2)「慣習的使用権」
:村共同体構成員の持分は潜在的でかつ制限がある。一片の土地が慣習的使用権により無
期限又は一定の期間 5 だれかに帰属することとなっても、実際の使用がなくなれば村共同体の代表である村評
議会への返還を通じ村に還元されるなど村人という身分と直結した権利である。タンザニアの村評議会が「村
土地法」規定に従って管理統制を行い、団体構成員である村共同体の構成員は採取、収益という用益権の行使
権能だけを有し、処分は制限的に可能である。
(3)「共同体の村土地」:
「共同体の村土地」は、原則的に譲渡も付与もできない土地として村評議会の管轄下
にあり、村共同体構成員の持分はなく用益権利用だけにとどまる。村人という身分を離れた「共同体の村土地」
mbalimbali kwa kujali jinsia, rika n.k. ” 「ジェンダー、年齢など様々な事項を考慮し」と書いてある。
1939 年制定のConstitution of the Cherokee Nationのこと。チェロキ憲法第 1 条(2)節において土地が共有財産(common
property)であること、土地の権利がチェロキ・ネイションの市民としての権利と直結したものであることなどが規定されてい
る(http://www.yvwiiusdinvnohii.net/history/CherConst1839.htm に掲載)。
5 派生的権利の場合に一定の期間を設けることもある。
3括弧書きで”Wadamu
4
4
利用はできず、さらに、原則的に譲渡も付与もできない土地として村評議会の管轄下にある。村人でなくなっ
た時点でその権利は失われる離村者失権の原則が働いている。そして「共同体の村土地」は村共同体構成員で
ある入会集団-村共同体-のみに入会権が認められる。これらの事実から、我が国民法典第 294 条規定の共
有の性質を有しない他物権としての入会権と同じと考えられよう。「共同体の村土地」は総有の入会地といえ
る。
3.総括-総有と世銀の政策―:タンザニアの「村土地法」において、総有関係を保持する目的は、村共同体内
での土地の商品化並びに一極集中化を防ぐこと及び村共同体外への土地譲渡に制限を設け村共同体の一体性
を保つことにあるといえる。加藤(1996)のいうところによる団体の継続性を図ることが目的であると考える。
なぜならば、村共同体の結合を強く保ち、土地の流出を防ぐことが村共同体内並びに個人及び家族の利益にな
り、セイフティ・ネットの機能をも備えることになるからである。
なお上述の規定を備えた「村土地法」は既存の慣習的保有システムを認める世銀(2003)の方向性に沿っ
た法として位置づけられている。完全な私的所有権の確立前の過渡期の法としての意味づけが、タンザニアの立法
過程の議論でなされている(Tanzania Government 1999.25)ほか、世銀タンザニア事務所の土地改革担当エコノ
ミスト及び「2003 年土地政策」策定の中心であった世銀の経済学者Deininger 6 の見解(2004 年「アフリカにお
ける成長と貧困削減のための土地政策」ワークショップ)により示されている。
V.
村の実態 (PPT)
・村評議会:村を掌握し「村土地法」を施行・運用する組織-地図づくりから始まる現実-
・土地に対する権利概念、意識:村との境界、口頭で伝えられる所有権意識、慣習にゆだねられる相続、賃貸借など
・慣習の「村土地法」への反映:村評議会 土地長老会議 慣習的使用権、共同体の村土地
・村、kaya(世帯)ごとに異なる慣習ないし慣習法
おわりに
「村土地法」は、1999 年に制定、2001 年から施行されたことにはなっているが、財源不足及び人員不足を主たる理由
として現在も実質的な施行からは程遠い状況にある。また、さまざまな修正が必要な箇所が指摘されている(雨宮
2005:136-140)。このような状況下ではあり、今後の動向を観察し続ける必要があることを前提としながら、本報告にお
ける結論として以下のことが言えよう。
「村土地法」規定は、慣習に根ざした「慣習的使用権」と「共同体の村土地」に特徴付けられる規定である。「慣習的
使用権」は村評議会が管理し、村共同体の構成員という資格要件に基づき、集団的な権利も可能でありいわゆる近代
的所有権とは異なる権利である。「慣習的使用権」の最も大きな特徴は、譲渡に際する制限、使用がなくなれば村評議
会に返還される仕組みである。また、「共同体の村土地」に対する権利は入会権であり、村共同体構成員以外への土
地流出を阻止する目的のもとに定められている。村を管理主体とする法律を制定するなど、世銀の従来の方針から
見ても、また他国と比べても中途半端な措置のように見える。しかし、急激に土地を市場経済化した場合に知
識のない村人が土地無しとなり貧困が悪化し結果的に経済的打撃を被ることを避けるために、極めて現実的な
選択であったといえる。
「村土地法」は、立法過程および世銀の位置づけからは過渡期の法といわざるをえない。しかし、市場経済化が進む
現在、近代法的な土地所有権が根付いていないアフリカを含む途上国へ示す選択肢の一つとなるのではないか。な
ぜならば土地の担保化の可能性がクレジットアクセスへの自由の創設ではなく、知識のない村人にとっては土
6
Klaus DEININGER, Development Research Group, World Bank, Washington.
5
地を失う自由の創設に過ぎないのではないか、と考えるからである。
土地を他の交換の対象となる商品と同列に扱わず、「土地法」という法律を有することからも明らかなよう
にタンザニア、そして多くのアフリカ諸国における土地は交換対象の単なる「モノ」ではない。農業を主産業
とする村人にとって土地は生活、農業という生産・労働の場であり、まさに生きるための全てが集約されてい
るものに他ならない。村ごとの差はあるが貧しい僻地の村であるほど利用されている入会地「共同体の村土地」
から薪炭材や建築用資材をとることができなくなれば、その日の煮炊きに事欠き、家の修繕にも困ることにな
るというほどタンザニアにおける入会権は生きる権利そのものである。社会保障の皆無な現状において土地は、
村に帰れば雨露を凌ぐ家屋を持ち食用作物を作り最低限の生活を営むことができることを保障するセイフテ
ィ・ネット機能を果たしている、といえよう。
世銀の「2003 年土地政策」においてインフォーマルな制度の活用を認める動きはあるものの、基本的に完
全な ownership を土台とすることには変わりはない。また、世界的なグローバリゼーションと市場経済化の
波の下、国家としてタンザニアが段階的に完全な個人的所有権(ownership)を目指すことは避けられないこ
とであろう。しかし、急激に変化させることは多くの村人に生活・生産・労働の場を失わせることになりかね
ないため、段階的・長期的な視野のもとになされなければならない。また、市場経済化が進む世界において、
慣習法と近代的所有権の中庸を行くタンザニアの選択が、アフリカを含む近代的所有権が未確立の多くの国に
対し新たな示唆を与えることが可能ではないかと考える。
*現地調査については、JICA 準客員研究員現地調査、および平成 17 年度笹川科学研究助成研究番号 17-018「貧困下民衆の安全保障
のための公正な制度構築をめぐる法社会学研究-タンザニアの土地市場形成に向けた試みの事例-」および平成 18 年-20 度科学
研究費補助金(若手 B)による。
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JICA.
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雨宮洋美.2006(雨宮 2006b)「アフリカの土地問題をタンザニア『1999 年村土地法』から考える[中]―世界銀行とタンザニア『村土地法』-」
『国際商事法務』Vol.34,No.3.345-351.
雨宮洋美.2006.「アフリカの土地問題をタンザニア『1999 年村土地法』から考える[下]―『村土地法』規定と村の実態-」『国際商事法務』
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7
栗本慎一郎・端信行訳.1975.『ダホメの経済人類学的分析
経済と文明』サイマル出版会.
Posner, A. Richard.1977.Chapter 3 Property. Economic Analysis of Law. Second Edition, Little Brown and Company Boston and Tront.
Sijaona, T.Salome.2002.Country Case Study: Tanzania, Paper presented at Regional Workshop on Land Issues in Africa, Kampala,
Uganda, April 29 - May 2, 2002, organized by the World Bank Research group.
United Nations Development Propgramme (UNDP).2005. Human Development Report 2003, New York: Oxford University Press.
World Bank (WB).1975. (WB 1975 と標記する。
以下の World Bank の標記も同様である)Land Reform Policy paper World Bank Development
Series, Washington D.C.: World Bank.
World Bank.1989.Sub-Saharan Africa: From Crisis to Sustainable Growth, World Bank.
World Bank.1990. World Development Report 1990, Washington D.C.World Bank.
World Bank. 1994. Tanzania Agriculture Sector Memorandum, Oxford University Press, Washington DC.: World Bank.
WB.1997.World Development Report 1997. New York; Oxford University Press.
WB.2000.World Development Report 2000/2001. New York; Oxford University Press
World Bank. 2001. Dynamic Risk Management and the Poor: Developing a social Protection for Africa. Washington D.C: World Bank.
World Bank. 2002. World Development Report 2002. Building Institutions for Markets ; Oxford University Press, Washington DC: World
Bank.
World Bank.2003. Land Policy for Growth and Poverty Reduction: World Bank Policy Research Report, Washington D.C: World Bank.
World Bank. 2004. World Bank Development Report 2004; Making Services for Poor people, Oxford University Press, Washington
World Bank.
□
D.C:
等。
政府刊行物(英語)
The United Republic of Tanzania.1994.(Tanzania Govretnmrnt.1994). Ministry of Lands, Housing and Urban Development.1994. Report of
the presidential Commission of Inquiry into Land Matters Vol. 1. Land Policy and Land Tenure Structure, Scandinavian Institute of
Africa Studies
The United Republic of Tanzania.1995 (Tanzania Government.1995) Ministry of Lands and Human Development.1995.National Land
Policy, Government Printer;Dar es Salaam.
The United Republic of Tanzania. 2000.(Tanzania Government 2000). Poverty Reduction Strategy Paper, Dar es Salaam.
The United Republic of Tanzania.2001( Tanzania Government 2001). Agricultural Sector Development Strategy, Dar es Salaam.
The United Republic of Tanzania National Land Use Planning Commission,.2002.(Tanzania Government 2002a), A Report for Village
Leaders on Village Land Act and Village Land Use Planning, National Land Use Planning Commission,Dar es Salaam.
The United Republic of Tanzania. 2003(Tanzania Government 2003). Schedule of Further Amendment to be moved by the Hon.Gideon
A,Cheyo, The Ministry for Lands and Human settlements Development at the Second reading Bill Entitled” The Land(Amendment)Act,
2003, Parliament Information Department, parliament Office, Dodoma)
□法律
Interpretation of Land and General Clauses Act, 1972.
Local Government Laws, Revised, 2000.
等
□政府刊行物(スワヒリ語)
Jamhuri ya muungano wa Tanzania. (Tanzania Government 1999b) Bunge la Tanzania, Majadilano ya Bunge. Taarifa Rasmi, Mkutano
wa kumi na nne, Kikao cha kumi na mbili-tarehe 11Ffeburari, 1999, Kimechapishwa na Idara ya Taarifa Rasimi za Bunge; Dodoma.
□
イ ン タ ー ネ ット The United Republic of Tanzania 2002.( Tanzania Government 2002).2002 Population and Housing census.
http://www.tanzania.go.tz/census/ (3 August, 2002)
等。
8
別添資料 1.
○報告の前提 1.タンザニアの概況
(地図)
出所:http://www.newafrica.com/
よりダウンロード。
・全人口 34,436,603 人(ザンジバル人口 981,754 人)(2002 年)( Tanzania Government 2002)
・タンザニア連合共和国:本土とザンジバル
・絶対的貧困
国民の約 9 割
2 ドル以下/一日 (UNDP 2006:294)
・首都ドドマ:社会主義時代のニエレレ元大統領の提唱 商業首都:ダルエス・サラーム(地図)
・宗教 イスラム教:約 3 割
キリスト教:3 割程度
・部族社会(110 余りの部族があるといわれる)
ヒンドゥー教、原始宗教
挨拶「カビラ・ガニ?」 (あなたの部族は何ですか?) :村をよりどころ
とするアイデンティティ。
・多様な部族、宗教の混在にもかかわらず部族間、宗教間の対立がほとんど無い。
・食文化 主食:部族により異なる メイズ、米、バナナ
・村―都市の格差
・世銀の市場経済化の圧力
○ 報告の前提 2.用語
1.植民地化以前および植民地時代を通じて、タンザニア原住民の土地の権利は、実質的には労働投下を継続
して行うことにより認められる使用、収益及び共同体構成員間に限定される処分の権利といえよう。土地に対
する労働や耕作等の行為がなくなれば、土地は村のものに帰るというゆるやかな権利であった。
「使用権」
right of occupancy:制定法による植民者と外国人の有する土地の権利は、イギリス植民地支配
以降は英語では right of occupancy と基本的に呼ばれてきた。これは現行日本法の本権に対置されるような
意味での占有権ではもちろんあり得ない。使用がなされなくなれば、権利喪失にいたるという意味において、
権利の実質的内容から「使用」の権利と考えるのが妥当であろう。そして right of occupancy とみなされるた
めに重要なのは使用し続けることであるので、これを日本語で表現する場合には「使用権」と呼ぶことが適当
と考えている。同様に「慣習的使用権」を customary right of occupancy と呼ぶ。
2.日本民法上の「所有」権:使用、収益、および処分の三権能を備える物権を代表する権利(§206)
ownership
9
≒ 世銀
3.日本民法上の「占有」権:事実上の支配状況を保護する物権(§180 自己のためにする意思 物の所持)
4.日本民法上の「入会」権:民法典に規定のない総有とみなす通説。総有において各共同所有者は持分権を持たず、
分割請求もできず、入会集団の構成員たる資格を離れて採取、収益権を処分することはできないところから、
ゲヴェーレ的性格を残した身分権的権利であり入会団体構成員のみが有する使用・収益権。処分権は入会団体
に属する。(§294 共有の性質を有しない入会権)
5.「村土地法」と「土地法」の関係
タンザニアには村土地(village land)を管轄する法律である「村土地法」とともに「タンザニア 1999 年
土地法」(Tanzania Land Act, 1999)が制定されている。タンザニアのすべての土地は、「土地法」により大
統領に付与される公有地(public land)と定められている(「土地法」第 4 条(1)項)
。その上で公有地は、
「村
土地」
(Village Land)、国立公園などを含む「保留地」(reserved land)、及び「村土地」並びに「保留地」以
外の「一般の土地」(general land)に分けられている(「土地法」第 2 条)
。従って、村土地部分のみについて、
別法として制定されている法律が「村土地法」である。
6.「村」
kijiji タンザニアの行政区分の最小単位。タンザニア全土の 70%:10,832 カ村 7 の管轄下にある
(Sijaona 2002:4)。
7.「慣習法」は「村土地法」において「1972 年土地および一般条項の解釈法」(Interpretation of Land and
General Clauses Act, 1972)に従う意味と規定される(第 2 条)。そこでなされている「慣習法」の解釈は次
のとおりである。慣習法は「タンガニーカのアフリカ共同体において使用が確立され、法の効力を有し、承諾
されている権利若しくは義務の規範又は規範の集合体を意味する。…『原住民の法』(native law)又は『原
住民の法および慣習』
(native law and custom)は同様に解釈されるものとする。」と規定されている(「1972
年土地および一般条項の解釈法」第 3 条.)。
斜字体=スワヒリ語
別添資料 2. 「1999 年村土地法」規定
1. 村土地(village land)
・村土地の三区分:1.慣習法のもとに個人、家族又は団体に使用されている土地(第 12 条(1)項(b))、2.共同
体の村土地(Communal Village Land)(第 12 条(1)項(a))、3.村評議会により付与される土地(第 12 条(1)
項(c))および 1,2 以外の土地
・村土地の管理:村評議会の責任(第 8 条(1)項)。
・既存の村土地区分:「2002 年地方政府法」、「村土地法」施行前の法、慣習法等
・村評議会が管轄権を主張している土地
・「村土地法」制定に先立ち村人が 12 年間連続的に占有及び使用していた土地
・村人が放牧地として慣習法に従い使用していた土地(第 7 条(1)項(a)~(e))等
・土地管理官による村土地の証明書の発行と村評議会の維持義務(第 7 条(7)(8)項)
・登記義務あり(第 7 条(10)項)。
2.慣習的使用権(customary right of occupancy)
・慣習法による土地使用で村土地として認められることになったもの(第 12 条(1)項(b) (c))=「慣習的使用
権証書」発行を伴う「慣習的使用権」と認められることになった権利
7
タンザニア政府が把握する登録された村の数である(Sijaona 2002:4)。
10
・権利主体(慣習的使用権に申請できる)
:個人、家族、若しくは集団(group of persons) 8(第 12 条(1)項(b) (c))
・結婚前に村人であった者は、離婚、または配偶者 9 と少なくとも二年間別居していることをもって権利主体
となりうる(第 22 条(1)(2)項)。
・村登記所 10 における登記(第 21 条第(1)項):慣習的使用権に対する申請後、村評議会の承認、申請者に対
する「慣習的使用権付与の提示」、契約締結(第 24 条(1),(2)項)、条件に従った譲渡(第 30 条(4)項、(7)項
(b))及び相続が可能であると定められている(第 18 条(1)項(h))。
・
譲渡対象者:原則的に」常住の村人個人若しくは家族を含む団体又は村評議会に限る(第 30 条第(1)項)。
・
慣習的使用権の期間は原則的に無期限(第 27 条(1)項(a))である。
・
譲渡される慣習的使用権の期間は、99 年間の残余期間となる 11 。
・
譲渡を申し込まれる当事者(譲受人)は、少なくとも 60 日前に、当該譲渡を村評議会に対し、通知しな
くてはならない(第 30 条第(3)項)
。村評議会が譲渡の可能性を検討するための要件が設定されており、
それらの要件に関わる譲渡は認められない。
¾ 要件:① 譲受人がその譲渡の結果として、村で規定される制限面積を超過する土地を使用すること
になる場合 12 、② 譲渡により慣習的使用権、リース、譲渡抵当権又は譲渡人の相続人として土地を使用
する女性の権利を剥奪することになる場合、または予見される場合、③ 譲渡によりその譲渡人の生計又
はその家族若しくは扶養者の生計が不十分になる場合、④ 慣習的使用に対する条件(terms and
conditions)に従わない場合(第 30 条(4)項)。
・遺贈と死因贈与が可能である 13 (第 18 条(1)項(h))(第 20 条(1)項)。
・村評議会は、譲渡又は不許可について、登記の義務がある(第 30 条(7)項(b))。
・慣習的使用権は、5 年以上の当該土地の不使用を条件に村評議会へと返還される(45 条(1)項)ほか大統領
による取消(revocation)により消滅する。
3.共同体の村土地(communal village land)
・村人が村土地として 12 年間連続して占有および使用(occupying and using)していた土地(第 7 条(1)(e))。
具体的には、12 年間休閑地であった土地、慣習法に従い放牧地として使用される慣習的な土地、家畜の通過
及び放牧のために慣習的に使用される土地(第 7 条(1)(e)(i)~(iii))
・共同体(community)及び公共に基づく使用(occupation and use)のための土地 14 (第 12 条(1)項(a))。
・村評議会又は全村会議により、共同体又は公用の使用のために分け置かれていた土地
・村形成以来、慣行又は慣習法下の事実として常習的に使用されてきた土地
・「村土地法」施行前から、共同体又は公有地(public land)として使用が可能であると村の住人にみなされ
8
「村土地法」においては、個人に対し、group、asociation、orgnisationという言葉が用いられている。報告者はそれぞれ、
集団、団体、組織と訳している。
9 この配偶者とは村外の配偶者を指すと考えるのが自然であろう。
10登記所は県土地登記所(District Land Registry)の村の出先機関(village branch)という位置づけをされている(第 21 条
第(3)項)。
11 慣習的使用権の期間は原則的に無期限である(第 27 条(1)項(a))が、
「もとの期間に伴う期間、またはさらなる期間も設定で
き、それは 99 年間を超えるべきではない」という条項がある(第 27 条(1)項(b))。これを譲渡される慣習的使用権に適用するも
のとみると、99 年間の残余期間がその期間といえることになる。
12 村内で保有可能な最大面積については「村土地法」に規定されていない。各村で定められる事項であるならばその旨「村土
地法」に盛り込まれるべきであろう。
13 「村土地法」において、無遺言による場合の相続については、規定されていない。
14 「土地問題調査報告書」において、共同体の村土地に該当する概念を表すために「共有地」
(commons)という言葉が用いら
れている。特に、共有の牧草地または村の農場をあげ、全村会議の支配下におき譲渡不可とすべき「共有地」にすることが提案
されている(Tanzania Government 1995:156)。
11
てきた(regarded)土地
・本法により全村会議に共同体の村土地として承認された(approve)土地
・村評議会による登記(第 13 条(7)項)。
・すべての村人(all villagers) 15 は「共同体の村土地」を使用する権利を有する。
・村人以外に対する特別規定:村評議会と合意している者、リースにより村内に居住若しくは労働している又
は土地を使用する者が使用を許可している場合(第 12 条(1)項(a))。
4.
リース、譲渡抵当(派生的権利)、
・村評議会が承認する慣習的使用権のリース(第 31 条(1)(2)(3)項)、抵当権設定(第 31 条(2)(a)(b))が可能。
・リース:承認、手続きの詳細が規定されている(第 32 条(2))
・抵当については、小口の抵当は村評議会の承認を必要としない(第 31 条(4)項)、慣習的使用権における譲
渡抵当権が実行される場合、その処分先は基本的に村人または村評議会に限定されることが規定されている
(第 30 条(1)項)こと以外は詳細規定を欠く。例外規定として、村評議会が承認する場合、先立つ合意がある
場合、村若しくは村に利益を与えるような産業、建築物、農業、鉱業、観光業等のための土地利用を確約して
いる場合は通常の住人でない村人または集団(group)も譲渡対象となりうる(第 32 条(2)項)。
・先に登記がなされている派生的権利は、登記がなされていない派生的権利に対抗できる(第 31 条(12)項(b))。
これにより、登記は派生的権利に関し、公示の役割を果たすだけでなく、対抗要件としての効力を有するもの
であることがわかる。
5.その他:土地境界線の裁定および紛争処理
・境界線確定および紛争処理の責任が、村評議会に与えられる(第 50 条 2 項)。
・村評議会役員から構成され、拘束力のない調停を行う村内の調停機関、村土地評議会が設定される(第 60
条 1 項)。
・調停の準則:慣習的な原則等(第 61 条(4)項)。
・県の裁定にも不服が申し立てられた紛争は裁判所に付託できる(第 62 条(2)項)。
「村土地法」における「村人」の定義は、
「通常の村の居住者(person ordinarily resident in a village)、村評議会により
村に関係していると承認(recognised)されている人」とされる(第 2 条)。
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