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PDF資料「TCIメール No.166」(PDFファイル 2.2MB)

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PDF資料「TCIメール No.166」(PDFファイル 2.2MB)
I S SN 1 349-4856 C O D E N : T C I M C V
2 0 1 5 .7
166
目次
2
寄稿論文
- 安定な σ-結合の活性化を経る有機合成反応の創成
中央大学研究開発機構 機構教授
檜山 爲次郎
13
C
E
+
cat
C
E = Si, Sn, CN, H; cat: Ni(0), Pd(0)
化 学 よもやま話 身 近 な 元 素 の 話
- 2 種 類の元 素でできた化 合 物( 3 )
18
化 学 よもやま話 研 究 室 訪 問 記
23
製品紹介
E
佐藤 健太郎
- 科 学クラブを訪ねて
∼宮 城 県 仙 台 第 二 高 等 学 校 化 学 部 &
日本 化 学 会 関 東 支 部 化 学クラブ研 究 発 表 会∼
-
ナノダイヤモンド
カップリング反応に有用な銅試薬
クリックケミストリー反応の配位子
非界面活性スルホベタイン
シクリトール
2015.7 No.166
安定な σ- 結合の活性化を経る有機合成反応の創成
中央大学研究開発機構 機構教授 檜山 爲次郎
1 はじめに
私が京大の野崎一教授の研究室で助手をしていた最後の頃 1981 年であったと記憶するが,野崎先
生から聞いた話である。ヨーロッパで講演された際,カルボカチオンとカルボアニオンが共存する反
応系があるのをご存知か?と聴衆に質問を投げかけると,だれも答えられない。答えは,酢酸アリル
と有機アルミニウム化合物との反応であると言うと,みんな「なるほど!」と感嘆してくれる。まさに,
野崎先生らしい質疑応答だと感心した。われわれも,トリメチルアルミニウムと酢酸シクオロプロピ
ルメル誘導体との反応で,シクロプロパン環で安定化されたカルボカチオン経由の反応を報告してい
たが 1),これもその例になる。ここでは酢酸イオンを取り込んでアラナートになったアルミニウム上
のメチルがカルボアニオン等価体として働いている。
OCOCH3
CH3
Me3Al
OCOCH3
Me3Al
Al(CH3)3
H3C
O
CH3
O
Al
CH3
CH3
H
H
+
Scheme 1.
2 有機ケイ素化合物・フッ化物イオン系の展開
先生に負けまいとして,私も何か知恵を出そうと考えた挙句に絞り出したアイディアがフッ化物イ
オンをジシランに作用させる反応である。フッ化物イオンがヘキサメチルジシランを求核攻撃したら
ケイ素̶ケイ素結合が切断されて,フルオロトリメチルシランとともにシリルアニオンが生じるだろ
う。前者は求電子剤だろうし,後者はもちろん求核剤として働くだろうと予想した。ここにアルデヒ
ドを共存させておくと,たしかにトリメチルシリル不可体で酸素がシリル化された化合物すなわち α
シリルアルコールが生じる。したがって,私のアイディアは当りであった。この頃,先輩の近藤聖博
士の熱心な勧誘を断りきれず財団法人相模中央化学研究所に移った。そこでジシランとブタジエンを
反応させたところ,1,4-ジシリル-2-ブテンが生じた。おそらくシリルアニオンから一電子移動がおこっ
て生成物にいたる反応であろうと推察しているが,新規反応に出くわすことができた 2)。
2
2015.7 No.166
+ n-C10H21CHO
Si Si
TBAF
(5 mol%)
H
H3O
n-C10H21 C O
HMPA
Me3Si
H
n-C10H21 C OH
SiMe3
Me3Si
67%
Scheme 2.
+
TBAF
Si Si
Si
HMPA
Si
81%, 99 : 1
Scheme 3.
この知見を一般の有機ケイ素化合物に拡張できないかと考えた。もちろんハロメチルシランやトリ
フルオロビニルシランにフッ化テトラブチルやトリス ( ジメチルアミノ ) 硫黄ジフルオロトリメチルシ
リカートを作用させれば,対金属イオンのないカルベノイド型カルボアニオンを生成して室温ですら
分解せずにアルデヒド付加する 3)。有機ケイ素化合物/フッ化物イオンの反応系をヒドロシランに適
用すると裸の遊離ヒドリドが生じて特徴的反応性を示すと期待したが,実際,藤田誠君(現東大院工
教授)に実験してもらうと,5配位シリカートのままカルボニル基を求核攻撃して立体選択的に還元
することがわかった。シリカートのケイ素は,反応するヒドリド基はおそらくアピカル位にあり,そ
の他はエクアトリアルに,フッ素は反対側のアピカル位を占める三角両錐の構造をしていて,H-Si-Me
の結合角が 90 度のため,ヒドロボラートと比べて立体障害の大きな還元剤として挙動し,これが高
い立体選択性を示す理由であると考えている 4)。
OH
R
O
HSiMe2Ph
Z
F–
>95 : 5
Me
Z
R
Me
Z = OR', NR'2, CONR'2
OH
HSiMe2Ph
H+
>93 : 7
Z
R
Me
Scheme 4.
PhSiMe2-H +
F
Ph
H
Si Me
Me
F
H + PhSiMe2F
naked hydride?
bulky reductant
counter ion: Bu 4N or (Et2N)3S
Scheme 5.
3 有機ケイ素化合物のクロスカップリング反応
有機ケイ素化合物/フッ化物イオン源でカルボアニオン種が生成するならば,そこに遷移金属触媒
を共存させておけば,有機基がケイ素から遷移金属に移るだろうか?と考えた。最悪の場合,フッ化
物イオンが遷移金属を直接攻撃してフッ化物を形成し,失活させるだけかもしれない。これらの可能
性を調べるために,トリメチルビニルシランと 1- ヨードナフタレンとの反応を畠中康夫博士(現阪市
大院工教授)に検討してもらったところ,触媒に Pd(II) 錯体,フッ化物イオン源として TASF,溶媒
3
2015.7 No.166
に HMA を用いると,幸運にも 1-ビニルナフタレンがほぼ定量的に得られた 5)。その後,フッ化物イ
オン源としてフッ化テトラブチルアンモニウムやフッ化カリウムあるいは水酸化カリウムのようなヒ
ドロキシドでも炭素̶ケイ素結合を活性化できることがわかった。その後置換ビニルに拡張しようと
すると,トリメチルシリル基では不十分であることがわかり,フッ素やアルコキシ基を反応させる基
に応じて適当な数だけ載せておけばよいことがわかった。フッ化物イオンがケイ素を攻撃して5配位
シリカートを形成する際,ケイ素の求電子性がある程度高くないと円滑にトランスメタル化が起こら
ないと理解している。また,ケイ素とパラジウムとはハロゲン X を介して4員環遷移状態を形成して
トランスメタル化すると考えたが,X = F のようにフッ化物イオンがこの架橋に関与していることが
理論的考察によって明らかにされている。この事情を下記スキームにまとめる 6)。
R1–SiYm Rn
+
SiYm Rn:
SiMe3
SiMe2F, SiMe2OR
SiF2R
SiF3
R2 –X
Pd cat
R1—R2
F
R1:
vinyl, alkynyl, silyl, NR2
alkenyl, aryl
aryl (R = Et, n-Pr, Cy)
allyl (R = Ph)
alkyl, allyl
SiXYm Rn
+
Pd(0)
R1 R2
reductive
elimination
R1 Pd R2
F
X Si Y
Y
Y
F
R1Si
F
X R2
R2
oxidative
addition
Y
R1 Si Y
Y
X Pd R2
transmetalation
X F
Y
Si
R1
Y Y
X = F etc
Pd
Scheme 6.
ハロあるいはアルコキシランを使うクロスカップリング反応は,4配位のままでは反応活性が必ず
しも高くないので,使い勝手がよくなかった。そのためいくつかの改良法を考案した。そのなかでも,
中央大学で取り組んだ炭素̶窒素カップリングはトリメチルシリルアミンでも充分使え,特にトリア
リールアミン合成を簡便に達成できることがわかった。 Hartwig–Buchwald カップリングと異なる選択
性もみとめられる 7)。カルバゾールを繰り返し単位とするポリマーも簡単に合成できる。
Ar–Br
+
SiMe3
N
Ar
Pd(dba)2 (1 mol%)
N
XPhos (2 mol%)
CsF (1.1 eq)
DMI, 100 °C
Ar = Ph
p-Tolyl
p-Ph2N-C6H4
2-Naph
P
90%
97%
95%
99%
Xphos
Scheme 7.
2004 年なって,ケイ素上の置換基がメチル基二つとオルトヒドロキシメチルフェニル基と反応させ
る基,すなわち有機基四つを置換する HOMSi(dimethyl(o-hydroxymethylphenyl)silane)反応剤を中尾
佳亮助教(現京大教授)とともに創製した。ヒドロキシ基を保護しておくと,安定なアリールジメチ
ルシリル基だが,脱保護によってヒドロキシ基がケイ素を求核攻撃して5配位シリカートを形成し,
反応する基をケイ素から触媒であるパラジウムに移す(トランスメタル化)。還元的脱離で生成物が
生じる。ケイ素の部分はトランスメタル化ののち環状シリルエーテルとして回収できるが,これは再
度 HOMSi 反応剤に変換できる 8)。
4
2015.7 No.166
O
R R'
R MgX/H2O
or
LiAlH4, alkyne, Pt cat.
Si
Me2
PdCl2 cat.
K2CO3
(CuI cat.)
DMSO
ligand
HO
I R'
R, R' = alkenyl, aryl
Me
R Si
Me2
THPO
Orthogonally
protected
R Si
HOMSi reagents
Me2
Deprotection
O
Me
Si
R
CH3COO
t-BuPh2SiO
R Si
Me2
PPTS/MeOH
K
R Si
Me2
F
OH, HAI(i-Bu)2
Scheme 8.
このケイ素のクロスカップリング反応はポリマー合成に利用できることを最近中央大学で住友化学
との共同研究によって明らかにした。有機発光材料など π 電子共役系の合成が穏和な条件で達成でき
る 9)。
N
Br
S
Pd[P(o-tolyl)3]2 (5.0 mol %)
S
N N
DPPF® (5.3 mol %)
CuBr·SMe2 (7.5 mol %)
Si
X
Oct Oct
N
Br +
Si
Cs2CO3 (4.0 mmol)
MS 3A
toluene/DME
50 °C, 24 h
Oct Oct
Y + O
X = Br, H; Y = Si, H
Mw = 2.3 x 103; PDI = 2.97
Si
Me2
quant
Scheme 9.
4 HOMSI 反応剤の共役付加
ケイ素からパラジウムへのトランスメタル化ができるならケイ素からロジウムへのトランスメタル
化も可能である。HOMSi 反応剤のエノンへの共役付加を検討すると,対応するホウ素反応剤とほと
んど同じ活性を示すことがわかった。林民生京大教授(現シンガポール国立大学教授)と共同研究に
よって不斉ジエン配位子を使うと,高選択的不斉合成が可能になる 10)。もちろん,ここでも環状シリ
ルエーテルの定量的回収が可能である。
O
HO
Me
Si
Me2
+
1.5 : 1
[RhCl(C2H4)2]2
(1.5 mol%)
(R,R)-Ph-bod
(3.3 mol%)
1.0 M KOH aq.
(15 mol%)
THF,
50 °C, 5–10 h
O
Ph
Me
85%, 96% ee
Ph
(R,R )-Ph-bod
Scheme 10.
5
2015.7 No.166
5 アルキンやジエン類のカルボスタニル化反応
京大院工の高谷秀正教授が急逝されて,急遽 1997 年京大院工に戻ることになった。在籍していた
白川英二助手(現関西学院大学教授)が小杉―右田―Stille カップリングの反応機構を調べていたが,
通常の炭素―ハロゲン結合に Pd(0) が酸化的付加する通常の機構とは異なり,炭素―スズ結合への酸
化的付加を経由する機構が存在することを見つけた。本当か?と驚くとともに議論をすすめ,もしこ
れが本当なら,中間の酸化的付加体に別の基質を作用させれば,新規合成反応が可能になるのではな
いか?との結論に到達した。早速,アセチレン類を共存させて反応してみると,期待どおり,炭素―
スズ結合へ三重結合が挿入した生成物が得られた。この反応をカルボスタニル化と読んだが,遷移金
属を触媒とするカルボメタル化反応である 11)。アセチレン以外に 1,3−ブタジエンや 1,2-プロパジエ
ン(アレン)も使える。これらが炭素―スズ結合に挿入することによって,新しい共役ビニルスズ化
合物を調製する新方法である。
R
+
R Sn
Sn = SnBu3
SnMe3
•
R
Sn
Pd or Ni cat
Sn
or
R = acyl, alkynyl
allyl, vinyl
R
Sn
Sn
R
Scheme 11.
Ph
SnBu3 + H
[PdCl(π-C3H5)]2, L
(5 mol %)
H
1 atm
Ph
SnBu3
THF, 50 °C
N
L=
Ph
81%
PPh2
Scheme 12.
6 アルキン・アルケンのカルボシアノ化反応
2002 年中博士課程の途中で助教になってもらった中尾佳亮君(現京大院工教授)が,Ni(0) が C–CN
結合に酸化的付加する Jones らの知見を雑誌会で紹介したが,これを合成反応に利用できないかと言っ
て来た。カルボスタニル化で得た経験から,アセチレン類を共存させておけば,C–CN 結合に挿入す
るのではないか?と,柳の下の二匹目のどじょうを期待した。幸いにも,1ヶ月もしないうちに期待
どおりの反応がおこった。これをカルボシアノ化反応と名付けたが,Ni 触媒は到底触媒反応といえる
ほど効率がわるかった 11)。
(pin)B
+
CN
1:1
Pr
Pr
Ni(cod)2 (10 mol %)
PMe3 (20 mol %)
toluene, 100 °C, 30 h
Scheme 13.
6
(pin)B
CN
Pr
61% Pr
2015.7 No.166
しばらくして,触媒 Ni(cod)2 に有機アルミニウムやホウ素,亜鉛化合物を添加しておくと反応を加
速するとともに,触媒量を大幅に減らすことができることを見つけた。こうして,真に C–CN 結合を
アリル,アルケニルなども使えるようになった。
切断する触媒反応が確立できた 12)。シアン化アリール,
また,アセトニトリルすらこの Ni(0) /ルイス酸触媒によって C–CN 結合を切断することができた。
R
Pr
CN
Pr
Ni(cod)2 (1 mol %)
PMe2Ph (2 mol %)
AlMe2Cl (4 mol %)
R
CN
Pr
toluene
Pr
(1.0 mmol)
(1.0 mmol)
Ni/PMe3 (10 mol %) at 100 °C
R = MeO: 96% (50 °C, 16 h) 54% (111 h)
Me2N: 87% (80 °C, 21 h) no reaction
Ni(cod)2 (5 mol%)
PCy2Ph (10 mol%)
AlMe2Cl (20 mol%)
CH3 CN
+
Hex
SiMe3
CH3
toluene, 80 °C, 12~21 h
Hex
1:1
CN
SiMe3
74%, E/Z = 91 : 9
Scheme 14.
7 アルキン・アルケンのヒドロ(ヘテロ)アリール化
カルボシアノ化反応を 3-シアノインドールで行ってみると,2-C–H が切断されてアセチレンが挿入
した生成物が少し生じることがわかった。とくに Ni(0) /ルイス酸触媒を用いると,ルイス酸が作用
して >+N=C–H 結合が生じる場合にこの C–H 結合が反応する。こうしてヘテロ環化合物のヒドロヘテ
ロアリール化がみつかった 13)。合成化学的に重要な例は,ピリジンの4位選択的アルキル化反応であ
である 14)。
る。ここでは,嵩高いカルベン配位子とアルミニウム化合物を併用することが
N
R1
R2
+
1 : 1.5
Ni(cod)2 (5 mol %)
IPr (5 mol %)
MAD (20 mol %)
toluene, 130 °C
N
R1
H
N
R2
+
R1
H
N
N
minor R2
major
IPr
N
H
N
H
N
H
87%
(5 h, 95 : 5)
t-Bu
O
C11H23
3
91%
(10 h, >95 : 5)
61%
(23 h, 90 : 10)
O
MeAl
O
Me
2
MAD
Scheme 15.
7
2015.7 No.166
この選択性を理解するには,Scheme 16 に示すように,ピリジン窒素がアルミニウムと相互作用し,
ピリジン環の π 電子が Ni(0) に配位し,立体的反発を避けるように相互作用しながら C–H 結合に酸化
的付加することが
である。
N
Al
H
N
Al N
R
Ni0
Ni0
H
L
L
N
H
N
H
Al Ni0
L
L = IPr; Al = MAD
Al
N
NiII
L
Al
Al
R
N
NiII
L
H
H
N
H
R
Al
NiII
N
L
L
NiII
H
R
Scheme 16.
DMF に応用すると,末端アルケンがホルミル C–H 結合に挿入して末端アルケンの一炭素増炭をと
もなうカルボン酸アミド合成が可能になった 15)。
Ni(cod)2 (5 mol %)
IAd (5 mol %)
AlEt3 (20 mol %)
toluene, 100 °C
O
Me
N
H
Me
+
R
1 : 1.5
N
N
..
IAd
O
Me
N
Me
H
R
R = n-C10H21: 84%
R = n-C5H11: 51%
R = CH2CH2OTBS: 77%
R = CH2CH2OPiv: 59%
O
H
Me2N
90%
Scheme 17.
ポリフルオロベンゼンもルイス酸なしで Ni(0) によって C–H 活性化をうける 16)。ニッケル触媒によっ
て内部アセチレンをポリフルオロベンゾニトリルでヒドロアリール化できるが,まずカルボシアノ化
をおこなってからヒドロアリール化をすると,炭素̶シアノ結合と炭素̶水素結合それぞれを手がか
りとして電子共役系を順次伸長することができる 17)。まずニッケルが炭素―シアノ結合に酸化的付加
して生じる錯体は単離することができ,その構造をX線結晶解析によって決定した。
8
2015.7 No.166
F
H
F
F
CN
+
Pr
Pr
Ni(cod)2 (3 mol %)
DPEPhos (3 mol %)
BPh3 (12 mol %)
H
CPME, 100 °C, 8 h
F
F
F
F
CN
Pr
F
Pr
SiMe3
Me3Si
Me3Si
F
F
Me3Si
CN
F
toluene, 80 °C, 15 h
72% overall yield
Pr
F
Ni(cod)2 (7 mol %)
PCyp3 (10 mol %)
Pr
Scheme 18.
8 フェ二ル • シリルエチニル • エーテルのオルト C–H 活性化を伴う環化反応
2010 年京都大学を定年退職し,中央大学の現在のポストに移ったが,共同研究者として南安規博士
とともにエチニルアリールエーテル p-MeO-C6H4–O–C≡CSi(i-Pr)3 と低原子価金属との反応を調べた。
当初期待したのは,炭素―酸素結合が二つあるが,どちらかで金属の酸化的付加が起こることであっ
たが,そのような反応は起こらず,オルト位 C–H 結合が Pd(II)/Zn によって切断されてもう一分子の
アセチレン部と反応して二量化がおこった。ここに内部アセチレンを共存させておくと,これを取り
込んで 2-メチレンクロメン類が生じることがわかった。クロメン骨格のアニュレーションが起こった
ことになる 18)。金属亜鉛は Pd(II) を Pd(0) へ還元しこれがアルキニルエーテルの α 炭素を求核攻撃し
て一時的に Pd(II) を生じ,C–H 結合を求電子的に攻撃して酸化的付加が進行する機構を想定している。
O
MeO
H
TIPS
+
Pr
Pr
(1.1 equiv.)
Pd(OAc)2 (5 mol %)
PCy3 (10 mol %)
Zn (5 mol %)
toluene, 90 °C
TIPS
O
H
Pr
MeO
84%
Pr
Scheme 19.
内部アセチレンに代えてアレンを使うと,置換基のある C=C 結合が反応に関与し,2,3-ビスメチレ
ンクロマンが生じる。これは Diels–Alder 反応によって四環性化合物に立体選択的に誘導できる 19)。
9
2015.7 No.166
Pd(OAc)2 (5 mol %)
PCy3 (5 mol %)
Zn (5 mol %)
toluene
MeO
100 °C, 2 h
O
TIPS
H
MeO
+
•
Hex
(3.0 eq)
MeO
DCE
100 °C
12 h
Hex
H
Hex
one-pot synthesis
TIPS
H O
O
N Ph
N-Ph-MI
(3.0 eq)
TIPS
O
H O
74% overall yield
Scheme 20.
Pd(II)/Zn 触媒をオルト位にメチル基を有する基質に作用させると,メチル基の C–H 結合を切断し
て環化が進行し,2-メチレンジヒドロベンゾフランが得られた。これはシリカゲル程度の弱酸でベン
ゾフランに異性化するので酢酸処理したのちベンゾフランとして単離した。エキソメチレン体に α ケ
トエステルを作用するとエン反応を起こして官能基を導入することができる。いずれにせよ,ipso 位
から数えて γ 位の C–H 結合の活性化が可能になった 20)。
CH3
Pd(OAc)2 (5 mol %)
PCy3 (10 mol %)
Zn (5 mol %)
O
H
H
H
TIPS
O
toluene
90 °C, 18 h
TIPS
AcOH
O
TIPS
H
H
>99% (NMR)
98%
Scheme 21.
ビフェニル-2-イル (TIPS エチニル ) エーテルは同様の条件下で δ 位 C–H 結合が切断されて環化が起
こり,9-オキサ-9,10-ジヒドロフェナントレンが生じることがわかった 21)。この生成物は 10,10- 二置
換体に変換できる。ビフェニルの π 電子共役系材料としての用途が期待されている。
α
O
SiiPr3
H δ
Pd(OAc)2 (5 mol %)
PCy3 (10 mol %)
Zn (5 mol %)
toluene (0.1 M)
90 °C, 6 h
iPr3Si
H
O
88%
Scheme 22.
本稿では,どういうきっかけで新しい研究を始めたか,の視点から研究の流れを概観した。反応機
構を論理的に考察し,作業仮設をたてて新規合成反応をデザインしそのアイディアを試す。こうすれ
ば新反応を創成することができる。決して偶然をあてにして見つかるものではない。
10
2015.7 No.166
謝辞
研究の場を与えていただき便宜を供与していただいた京都大学,公益財団法人相模中央化学研究所,
東京工業大学ならびに中央大学,研究費支援をいただいた文部科学省,日本学術振興会,科学技術振
興機構および住友化学に感謝している。さらに,引用文献に記載の共同研究者の献身的貢献に深く感
謝している。
文献
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
8)
9)
10)
11)
12)
13)
14)
15)
16)
17)
18)
19)
20)
21)
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T. Hiyama, M. Obayashi, I. Mori, H. Nozaki, J. Org. Chem. 1983, 48, 912.
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Y. Hatanaka, T. Hiyama, J. Org. Chem. 1988, 53, 918.
A. Sugiyama, Y.-y. Ohnishi, M. Nakaoka, Y. Nakao, H. Sato, S. Sakaki, Y. Nakao, T. Hiyama, J. Am. Chem. Soc.
2008, 130, 12975.
K. Shimizu, Y. Minami, O. Goto, H. Ikehira, T. Hiyama, Chem. Lett. 2014, 43, 438.
(a) Y. Nakao, H. Imanaka, A. K. Sahoo, A. Yada, T. Hiyama, J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 6952. (b) Y. Nakao,
A. K. Sahoo, H. Imanaka, A. Yada, T. Hiyama, Pure Appl. Chem. 2006, 78, 435. (c) J. Chen, M. Tanaka, A. K.
Sahoo, M. Takeda, A. Yada, Y. Nakao, T. Hiyama, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2010, 83, 554. (d) Y. Nakao, M. Takeda,
T. Matsumoto, T. Hiyama, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 4447. (e) S. Tang, M. Takeda, Y. Nakao, T. Hiyama,
Chem. Commun. 2011, 47, 307. (f) T. Hiyama, J. Synth. Org. Chem. Jpn. 2010, 68, 729. (g) Y. Nakao, T. Hiyama, J.
Synth. Org. Chem. Jpn. 2011, 69, 1221. (h) Y. Nakao, T. Hiyama, Chem. Soc. Rev. 2011, 40, 4893.
K. Shimizu, Y. Minami, Y. Nakao, K. Ohya, H. Ikehira, T. Hiyama, Chem. Lett. 2013, 42, 45.
(a) Y. Nakao, J. Chen, H. Imanaka, T. Hiyama, Y. Ichikawa, W.-L. Duan, R. Shintani, T. Hayashi, J. Am. Chem.
Soc. 2007, 129, 9137. (b) R. Shintani, Y. Ichikawa, T. Hayashi, J. Chen, Y. Nakao, T. Hiyama, Org. Lett. 2007, 9,
4643.
(a) E. Shirakawa, K. Yamasaki, H. Yoshida, T. Hiyama, J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 10221. (b) E. Shirakawa, T.
Hiyama, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2002, 75, 1435. (c) E. Shirakawa, T. Hiyama, J. Organomet. Chem. 2002, 653, 114.
Y. Nakao, S. Oda, T. Hiyama, J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 13904.
(a) Y. Nakao, A. Yada, S. Ebata, T. Hiyama, J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 2428. (b) Y. Nakao. Bull. Chem. Soc.
Jpn. 2012, 85, 731.
Y. Nakao. Chem. Rec. 2011, 11, 242.
Y. Nakao, Y. Yamada, N. Kashihara, T. Hiyama, J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 13666.
Y. Miyazaki, Y. Yamada, Y. Nakao, T. Hiyama, Chem. Lett. 2012, 41, 298.
(a) K. S. Kanyiva, Y. Nakao, T. Hiyama, Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 8872. (b) Y. Nakao, K. S. Kanyiva, T.
Hiyama, J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2448. (c) Y. Nakao, N. Kashihara, K. S. Kanyiva, T. Hiyama, J. Am. Chem.
Soc. 2008, 130, 16170. (d) Y. Nakao, H. Idei, K. S. Kanyiva, T. Hiyama, J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 5070. (e) K.
S. Kanyiva, F, Löbermann, Y. Nakao, T. Hiyama, T. Tetrahedron Lett. 2009, 50, 3463. (f) Y. Nakao, H. Idei, K. S.
Kanyiva, T. Hiyama, J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 15996.
Y. Minami, H. Yoshiyasu, Y. Nakao, T. Hiyama, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 883.
Y. Minami, Y. Shiraishi, K. Yamada, T. Hiyama, J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 6124.
(a) Y. Minami, M. Kanda, T. Hiyama, Chem. Lett. 2014, 43, 1791. (b) Y. Minami, M. Kanda, T. Hiyama, Chem.
Lett. 2014, 43, 1408.
Y. Minami, K. Yamada, T. Hiyama, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 10611.
Y. Minami, T. Anami, T. Hiyama, Chem. Lett. 2013, 43, 1791.
11
2015.7 No.166
執筆者 紹 介
檜山 爲次郎 (Tamejiro Hiyama) 中央大学研究開発機構・機構教授
[ ご経歴 ] 1969 年京都大学工学部工業化学科卒,1971 年京都大学大学院工学研究科工業化学専攻修士課程修了,1972
年同大学院工学研究科工業化学専攻博士課程中退,同年 4 月京都大学工学部工業化学教室助手,1975 年 9 月〜翌年 8 月ハ
−バ−ド大学化学科博士研究員(岸 義人教授),1981 年財団法人相模中央化学研究所・副主任研究員・班担当,主任研究員・
班担当,主席研究員・班担当,1992 年東京工業大学資源化学研究所教授,1997 年京都大学大学院工学研究科教授,2010
年 4 月より現職。
[ 主な受賞歴 ] 1980 年度日本化学会進歩賞,2004 年度日本液晶学会(業績)賞,2006 年度有機合成化学協会賞(学術
的なもの),2007 年度日本化学会賞,2012 年フンボルト賞。
[研究分野] 有機合成のための新手法創出,生物活性物質・有機材料とくに電子共役系有機材料の創製。
[主な研究成果] 「カルベノイド反応剤を用いる有機合成」,「クロム (II) 反応剤を用いる高選択的炭素−炭素結合形成反応 ( 野
崎−檜山−岸 (NHK) 反応 )」,「エステル・マグネシウムエノラートとニトリルとの反応 ( 檜山反応 )」,「有機ケイ素化合物の
クロスカップリング反応 ( 檜山カップリング )」,「炭素−硫黄結合の炭素−フッ素結合への変換による有機フッ素化合物の簡便
合成法 ( 酸化的脱硫フッ素化反応 )」,「アルキンのカルボスタニル化反応,カルボシアノ化反応,ヒドロ(ヘテロ)アリール化
反応」,「液晶材料の創製・構造と物性」,「多ケイ素σ共役分子の創製」,「有機発光材料創製」,高選択的合成反応の創出,生物
活性化合物の合成など。
[ 連絡先 ] E-mail: [email protected] 檜山研究室ホームページ <http://www.chem.chuo-u.ac.jp/~omega300/index.html>
TCI 関連製品
2章
H0638
T1125
T1037
U0009
D1148
D2196
Hexamethyldisilane
TBAF (ca. 1mol/L in Tetrahydrofuran)
TBAF Hydrate
Undecanaldehyde
2,3-Dimethyl-1,3-butadiene
Dimethylphenylsilane
3章
B1374
C2204
D1477
D4243
D3842
B2027
C2160
Pd(dba)2
Cesium Fluoride
DMI
1,1-Dimethyl-1,3-dihydrobenzo[c][1,2]oxasilole
4,7-Dibromo-2,1,3-benzothiadiazole
1,1'-Bis(diphenylphosphino)ferrocene
Cesium Carbonate
10mL 4,900 円
25mL 6,500 円
25g 14,700 円
25mL 3,400 円
10mL 6,200 円
100mL
100mL
100g
250mL
25mL
25mL
24,400 円
18,900 円
44,100 円
14,400 円
10,700 円
10,400 円
1g 9,600 円
25g 5,700 円
25mL 1,800 円 100mL 3,300 円
1g 9,500 円
1g 5,000 円
5g 15,000 円
1g 5,300 円
5g 16,300 円
25g 4,900 円
5g
100g
500mL
5g
25g
25g
100g
30,900 円
14,800 円
6,600 円
33,000 円
45,000 円
56,700 円
12,800 円
4章
C2461 [RhCl(C2H4)2]2
12
200mg 29,500 円
5章
A1479
[PdCl(p-C3H5)]2
7章
M1211
B3465
T0925
B2867
T2248
MAD (= Methylaluminum Bis(2,6-di-tert-butyl-4-methylphenoxide) (0.4mol/L in Toluene)
IPr (= 1,3-Bis(2,6-diisopropylphenyl)imidazol-2-ylidene)
1g 11,300 円
Triethylaluminum (15% in Toluene, ca. 1.1mol/L)
DPEphos
5g 6,000 円
Tricyclopentylphosphine
1g 8,600 円
8章
A1424
P2161
T1165
Palladium(II) Acetate
Palladium(II) Acetate (Purified)
Tricyclohexylphosphine (ca. 18% in Toluene, ca. 0.60mol/L)
500mg
1g
9,300 円
8,600 円
1g 13,900 円
50mL
5g
100mL
25g
5g
11,300 円
32,900 円
5,900 円
19,600 円
24,600 円
5g 28,600 円
1g 13,500 円
25mL 6,100 円
2015.7 No.166
~身近な元素の話~
2 種類の元素でできた化合物(3)
佐藤 健太郎
炭素と硫黄
前回は,炭素と酸素のみから成る化合物を取り上げた。今回はまず,周期表で酸素のすぐ下に位
置する,硫黄と炭素の組み合わせを見てみよう。
この取り合わせで一番先に思いつくのは,二硫化炭素(CS2)だろう。二酸化炭素と等電子的だが,
こちらは常温では液体で存在する(融点 -111℃,沸点 46℃)。硫黄化合物特有の悪臭を持つイメー
ジがあるが,実はこれは分解物によるものであり,純粋なものはエーテル様の芳香を持つという。
溶媒として,ゴムやセロハンなどの製造に用いられるが,毒性も高いので実験室での使用は減っ
ている。神経に作用し,殺虫剤としても使われるほどであるので,取り扱いには気をつけたい。
また,一酸化炭素と等電子的な,一硫化炭素(CS)というものも存在する。宇宙空間に観測される他,
光や放電による二硫化炭素の分解によっても生成する。ただし,不安定で重合しやすく,(CS)n
のようなポリマーになってしまう。
その他の硫黄と炭素から成る低分子化合物としては,亜硫化炭素(S=C=C=C=S)など 10 種以
上が知られており,その一部を下に示す。有機硫黄化合物にはユニークな電子特性を持ったものが
多く,盛んに研究されている分野だから,今後もさらに新たな硫化炭素化合物が出現してくること
だろう。
S
S
S S
S
S
S
S
S
S
S S
S
S
S
S
S
S
S
S
S
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S
S
S
S
S
S
S
硫化炭素化合物の例
13
2015.7 No.166
2006 年には,美しい構造を持った,新顔の硫化炭素がお目見えした。下図に示す化合物で,サル
フラワー(Sulflower)の名がつけられている。硫黄(sulfur)と花(flower)を合わせて作られた
造語だ。サルフラワーは有機半導体として働くことがわかっている他,結晶の 間に水素を取り込
むのではないかといった予測もあり,その可能性が期待されている。
サルフラワー
ご覧の通り,サルフラワーはチオフェン単位が 8 つつながり,環をなした構造だ。理論計算によ
れば,チオフェン単位が 8 つまたは 9 つの時には平面となるが,それ以下では王冠のように,それ
以上では鞍状に変形すると予測されている。こうした非平面のサルフラワーや,硫黄以外のヘテロ
原子に置き換えたものなど,誘導体の性質にも大いに興味が持たれる。
炭素と窒素
(1)シアノ基を持つ化合物
窒素は,周期表で炭素のすぐ右隣に位置し,アミノ酸やアルカロイド類など,多くの有機化合物
に含まれる。有機化学において,水素や酸素と並ぶ炭素のよき相棒だ。しかし,炭素と窒素だけで
できた化合物は,なかなかすぐには思い浮かばないのではないだろうか?
最も簡単なものとしては,シアノーゲンが挙げられる。(CN)2 の分子式を持ち,1815 年にフラン
スの化学者ゲイ = リュサックによって初めて合成された。辛味のある臭気を持つ気体で,他のシア
ノ化合物同様,高い毒性がある。
1910 年にハレー彗星が地球に大接近する際,このシアノーゲンが彗星の尾から分光学的に検出さ
れた。このとき,地球はハレー彗星の尾を通り抜けるとされていたため,猛毒のガスで地球の生物
が全て死に絶えるというデマが流れ,各国でパニックが起きたという。もちろん実際には,尾のガ
スは極めて希薄であり,地球の生物には何の影響もなかった。
14
2015.7 No.166
ジシアノアセチレン(N≡C–C≡C–C≡N)は,3000K 付近でグラファイトに窒素ガスを通すこ
とによって得られる。無色透明の液体で,全物質中最も高い温度(約 5260K)の炎を上げて燃える
ことで知られる。
宇宙空間には,シアノポリイン類(H–(C≡C)n–C≡N)と呼ばれる分子が存在していることがわかっ
ている。ジシアノアセチレンも宇宙に存在していると考えられるが,対称的な分子であるため回転
スペクトルを持たず,検出する方法がない。ジシアノアセチレンは土星の衛星タイタンの大気に含
まれることがわかっており,あるいはさらに複雑な分子ができる原料となっているかもしれない。
このように,炭化水素の水素を全てシアノ基で置き換えれば,窒素と炭素のみの化合物が作れる
ことになる。テトラシアノメタン(C(CN)4)や,ヘキサシアノベンゼン(C6(CN)6)のような化合
物がその例だ。この類で最も有名なのは,テトラシアノエチレン(TCNE)だろう。電子求引性の
シアノ基が 4 つも結合しているため,この分子は優れた電子受容体であり,有機半導体や有機超電
導体の研究においてよく用いられる。
(2)アジド化合物
近年,金属に多数のアジ基が結合した錯体が合成されている。しかし炭素に 4 つのアジ基が結
合したテトラアジドメタン(C(N3)4)が合成されたのは意外にもかなり最近で,2007 年のことだ。
多くのトライアルが行われてきたが,唯一トリクロロアセトニトリル(Cl3CCN)とアジ化ナトリ
ウム(NaN3)の反応によってのみ,合成が達成されている。炭素原子 1 つに対して窒素原子 12 個
という,ちょっと驚くべき分子式を持つ。
テトラアジドメタン
よく知られる通り,アジド化合物は爆発性を持ち,取り扱いに注意を要する。そのアジドが 4 つ
も密集したこの化合物は,究極の高エネルギー物質というべきものであり,極めて危険だ。論文に
も「純粋なテトラアジドメタンは極めて危険であり,これといった原因がなくともいつでも爆発を
起こしうる。単離したテトラアジドメタンは一滴に満たない量で激烈な爆発を起こし,冷却トラッ
プと低温バスを粉々に粉砕した」とある。筆者など,どれだけの設備を使えるとしても,ちょっと
この実験をやってみる気にはなれない。
15
2015.7 No.166
(3)アザフラーレン類
窒素含有率が高い化合物が先のテトラアジドメタンなら,炭素が多いのはこのアザフラーレン類
だ。フラーレン C60 に対し,数段階の反応で骨格に窒素を組み込み,C59N+ カチオンや,窒素の隣
の炭素同士で結合して二量化した (C59N)2 が合成されている。また C70 を元に,C69N+ カチオンを作っ
た例もある。
(C59N)2
これと別に,窒素原子がフラーレン骨格内部に閉じ込められた,N@C60 という分子も単離され
ている。フラーレンに対して窒素プラズマを照射することで,ケージ内部に取り込ませて合成する。
近年,誘導体合成も盛んに行われており,応用展開が期待される。
(4)高分子状窒化炭素
光照射によって水などを分解する「光触媒」は,エネルギーや環境浄化などさまざまな方面にわ
たって応用がなされており,日本が誇るイノベーションのひとつだ。酸化チタンなど無機材料を中
心に研究が進められてきたが,近年有機材料にも期待を持てるものが登場している。グラファイト
状窒化炭素(g-C3N4)と呼ばれるものがそれだ。
これは,メラミンなど窒素を多く含む化合物を加熱することで得られ,白金などの助触媒を少量
担持させれば,可視光で水を分解できる能力を持つ。近ごろは,製法を工夫することで比表面積を
拡大し,一酸化窒素など有害物質の分解能を大きく向上させたものも出てきた。有望な新材料のひ
とつに数えられるだろう。
グラファイト状窒化炭素
16
2015.7 No.166
その他,窒素と炭素が 3 次元的なネットワークを成した「六方晶窒化炭素」(β-C3N4)と呼ばれ
る物質もあり,理論的予測ではダイヤモンドより硬い超硬度材料になるとされている。現在のとこ
ろ,ナノサイズの結晶が合成されているに過ぎないが,これも実用化されれば広い用途が開けそう
だ。
爆発物,有機電子デバイスから超硬度材料に至るまで,窒化炭素の世界も奥が深い。面白いもの
が出てくる余地は,まだまだあるのではないだろうか。
執筆者紹介
佐藤 健太郎 (Kentaro Sato) [ ご経歴 ] 1970 年生まれ,茨城県出身。東京工業大学大学院にて有機合成を専攻。製薬会社にて創薬研究に従事する傍ら,
ホ ー ム ペ ー ジ「 有 機 化 学 美 術 館 」(http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html, ブ ロ グ 版 は http://blog.livedoor.jp/
route408/)を開設,化学に関する情報を発信してきた。東京大学大学院理学系研究科特任助教(広報担当)を経て,現在は
サイエンスライターとして活動中。著書に「有機化学美術館へようこそ」(技術評論社),「医薬品クライシス」(新潮社),「『ゼ
ロリスク社会』の罠」(光文社),「炭素文明論」(新潮社)など。
[ ご専門 ] 有機化学
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2015.7 No.166
~研究室訪問記~
科学クラブを訪ねて
~ 宮城県仙台第二高等学校 化学部 &
日本化学会関東支部 化学クラブ研究発表会 ~
はじめに
TCI メールでは,国内外で活躍する中高等学校の科学クラブの活動を紹介しています。第七回目
となる訪問では再び関東地方を飛び出して東北地区に足を延ばしてきました。今回は,化学を含む
幅広い科学分野において多数の受賞歴を持つ宮城県仙台第二高等学校化学部にスポットを当てたい
と思います。本校は,2011 年 11 月に「酸化銀 (I)Ag2O の約 10 倍の抗菌効果をもつ Ag2O3 クラス
レート」の報告が学術誌(Journal of Materials Science)に掲載されて大きな反響を呼んでおります。
さらに,昨年に引き続き,3 月の化学会年会会場で行われた中学校・高等学校クラブの生徒を対象
とした化学クラブ研究発表会(日本化学会関東支部主催)にも足を運んできましたので,併せて紹
介したいと思います。
同校は「至誠業に励み 雄大剛健の風を養い ともに敬愛切磋を怠らず」という教育目標の下,
自主・自律の精神に れた自由な校風を特徴としています。化学部では研究テーマを生徒自身が考
え,先生にプレゼンテーションを行っています。こんなところからも同校の校風を垣間見ることが
できます。取材に伺った 2 月 25 日はちょうど定期試験の終了日で,実験室は試験が終わった解放
感と研究への意欲に満ち れていました。
渡辺尚先生(前列右)と化学部のみなさん(展示会 TCI ブース名物のボールペンを手にしながら)
18
2015.7 No.166
宮城県仙台第二高等学校化学部の紹介
仙台第二高等学校化学部は,科学者の卵として楽しみながら化学(科学)力を研くことを重点に
置いて活動をしています。そのためクラブ名は化学部ですが,研究対象が科学的であれば他分野の
活動であっても積極的に取り組んでいます。例えば過去には「ペットボトルロケットを用いた災害
時における簡易的な物資運搬法の研究」を行っており,現在でも災害予測に役立つと期待される「砂
山シミュレーション−揺れによる斜面崩壊地図−の研究」が進行中です。また,反応時間の長さや
実験装置の問題から高校化学クラブでは実施例が少ない有機合成化学の研究である「バニリンの合
成」にも果敢にチャレンジしています。
このように各部員が個人もしくは共同で研究テーマを持ち,日々の研究を論文にまとめて日本学
生科学賞,科学技術チャレンジ,全国高校生理科論文大賞,高校化学グランドコンテストなどへ投
稿しています。2014 年度は色素増感太陽電池の研究を発表し,国際大会である国際学生科学技術フェ
ア(ISEF)の受賞者を輩出しています。一方,コンテストでは化学グランプリ入賞や化学オリンピッ
ク・日本代表候補を目標にしています。
歴代の化学グランプリ・オリンピックの受賞者と代表・代表候補者のペナント(左),
「バニリンの合成」13C NMR チャートと TLC(写真右)
抗菌物質「Ag2O3 クラスレート」
・銀イオンの抗菌活性
銀イオンに抗菌活性があることは抗生物質の登場以前から知られていました。その作用機序はい
まだ明らかにはなっていませんが,現在でも銀イオンは制汗スプレーなど広く利用されています。
これらの用途では一般的に酸化銀 (I)Ag2O が用いられています。また合成抗菌剤であるスルファジ
アジン銀(TCI 試薬 S0595)も使われています。このように銀イオンの抗菌作用が注目される中,
彼らの研究により新しい展開が始まりました。
・生徒らの新しい発見とは
2009 年 7 月,高校科学クラブで広く行われている「銅樹」の作製をヒントに「銀樹」を作製す
るという発想から本研究は始まります。白金電極を用いて硝酸銀水溶液の電気分解を行ったところ,
陰極側には銀樹が,陽極側には黒色針状結晶が生じました。生徒たちはこの黒色針状結晶を特定す
るために東北大学附属図書館まで足を運んで関連文献を調査し,東北大学分析センターでX線結晶
解析によって結晶を分析しました。その結果,本結晶は Ag2O3 のクラスレート(包接化合物)であ
ることを突き止めました。生徒たちが行った方法は従来の電気製錬法に比べて極めて安価に Ag2O3
が得られる特徴を持っていました。
19
2015.7 No.166
こうして得られた Ag2O3 の性質や利用法は当時知られていませんでした。そこで,生徒たちは抗
菌活性に注目して調査を行いました。その結果,Ag2O3 クラスレートは Ag2O よりも大腸菌に対す
る抗菌活性が 10 倍強いことを突き止めました。加えて,酸化力や電気電導性などの物性も明らか
にしました。
ところが,研究も大詰めを迎えた 2011 年 3 月 11 日,校舎は東日本大震災の被害を受け,東北大
学分析センターも稼働できなってしまいました。しかし,生徒たちはこれらも乗り越えて,その年
の 8 月には高校生バイオサミットで研究成果を発表して科学技術振興機構賞を受賞します。さらに
9 月に Journal of Materials Science に研究論文を投稿し,11 月に掲載されました。この輝かしい成
果の詳しい内容は,下記論文と Web サイトをご参照ください。
1) Ag2O3 Clathrate is a Novel and Effective Antimicrobial Agent
S. Ando, T. Hioki, T. Yamada, N. Watanabe, A. Higashitani, J. Mater. Sci. 2012, 47 , 2928.
http://dx.doi.org/10.1007/s10853-011-6125-0 (Open Access)
2) 東北大学 2011 年プレスリリース
銀過酸化物 Ag2O3 が持つ高い抗菌活性の発見 - 東北大学科学者の卵養成講座の仙台二高生によ
るブレークスルー
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2011/11/press20111125-01.html
3) シュプリンガージャパンサイト
日本の現役高校生が抗菌物質の新製法を発見。Journal of Materials Science に発表
http://www.springer.jp/author/files/SendaiDainiHighSchool.pdf (PDF:324KB)
2014 年度研究受賞実績
◇ Intel ISEF 2014(ロサンゼルス)2014 年 5 月 17 日発表
http://isef.jp/news/2014/05/intel-isef-2014-22.html
エネルギー・運輸部門 グランドアワード 2 等賞,欧州原子核研究機構(CERN)賞,アメリカ
化学会賞佳作
「Development of Highly Efficient and Stable Dye-sensitized Solar Cells Using Natural Hydrangea
macrophylla Dyes(塩害に強いあじさいを用いた色素増感太陽電池)」山中美慧さん
◇ Google サイエンスフェア in 東北 2014 年 8 月 16 発表
https://www.google.co.jp/events/sft2014/result.html
東北大学賞「砂山シュミレーション~斜面崩壊地形地図~」遠藤意拡さん
ファイナル進出「バニリンの合成」高瀬理人さん,萩原駆さん
◇ 22nd International Competition First Step to Nobel Prize in Physics(ポーランド)2014 年 10 月
1 日発表
http://www.ifpan.edu.pl/firststep/
Honourable Mentions(佳作入選)「New discoveries concerning ceric ammonium nitrate in the
oscillating Belousov-Zhabotinsky reaction」Aoi Kon(金あおいさん)
◇ 第 11 回高校化学グランドコンテスト 2014 年 10 月 26 日発表
http://www.gracon.jp/gracon2014/index.html
大阪市立大学長賞「バニリンの新しい全合成の試み~設計・立案から全合成へ~」萩原駆さん,
高瀬 理人さん
20
2015.7 No.166
◇ 高校生科学技術チャレンジ(JSEC2014)2014 年 12 月 13 ~ 14 日開催
http://www.asahi.com/shimbun/jsec/jsec2014/winner.html
科学技術政策担当大臣賞(Intel ISEF 2015 派遣内定)「砂山シュミレーション~揺れによる斜面
崩壊~」遠藤意拡さん
本研究は下記の Intel ISEF 2015 で地球環境科学部門 優秀賞 3 等賞を受賞しました。同一高校か
らの二年連続受賞は日本初の快挙です。
◇ Intel ISEF 2015(米国ピッツバーグ)2015 年 5 月 10 ~ 15 日開催
「Landslide Forecasting: Contour Shape as a Major Factor in Slope Failure」
遠藤意拡さん
文部科学省サイト:http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/27/05/1358022.htm
ISEF 情報サイト:http://isef.jp/news/2015/05/intel-isef-2015-8.html
2014 年コンクール参加受賞実績
全国高校化学グランプリ 2014 2014 年 8 月 22 ~ 23 日開催
金賞: 石垣貴史さん
東北支部長賞: 鈴木透馬さん,丹野翔大さん
おわりに
今回の集合写真撮影では TCI 展示ブース名物の TCI ボールペンを全員で広げてみました。その
生徒たちが撮影直後に行ったことはボールペンを「分解」→「部品の観察」→「組立」でした。さ
すが好奇心旺盛な研究者の卵たちです。これらの生徒たちによる新研究テーマのプレゼンテーショ
ンを聞くことが渡辺先生の楽しみなのだとか。まさに「この先生にこの生徒たちあり」と思いまし
た。仙台第二高等学校の化学部のご活躍とご発展を期待しています。新しい出会いと発見を求めて,
今後も中・高校などの学校科学クラブのご紹介を続けていく予定です。
追記:顧問の渡辺尚先生は 2015 年 4 月より宮城教育大学 教育学部 理科教育講座にご活躍の場を移
されております。渡辺先生の後に続く先生方がここから巣立つことを期待しております。
第 32 回化学クラブ研究発表会(2015 年 3 月 27 日,日本大学理工学部 船橋キャンパス)
化学クラブ研究発表会の紹介
公式サイト:http://kanto.csj.jp/?page_id=387
日本化学会関東支部が,中学校・高等学校の化学・理科クラブを対象に,化学に関係のある研究
成果を発表する場として,毎年 3 月頃に開催しているのが「化学クラブ研究発表会」です。昨年に
引き続き,今年も足を運んできました。今年は春季年会が関東地区開催であったため,年会会場で
同時開催されました。今回の参加学校数は 48 校,口頭発表が 31 件,ポスター発表が 41 件で行わ
れました。参加者は生徒・教員および一般の合計 623 名を数えました。発表形式は口頭発表(15 分),
またはポスター発表となっています。各校の発表件数限度は口頭 1 件まで,口頭とポスター併せて
も 2 件までの「狭き門」です。
さらに今年は,エキシビションとして愛知県立明和高等学校(東海支部化学教育協議会推薦)の
口頭発表「植物から抽出されるアントシアニンの性質とその活用についての研究」も行われました。
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身近な植物(ナスの皮,紫キャベツ,赤ダイコン)からアントシアニン類を抽出し,次いでそれ
らのアントシアニンを用いて色素増感型太陽電池を作成して発電能力を測定する内容です。さらに
各植物のアントシアニンの化学構造と太陽電池の発電能力の関係についてまで考察していました。
身近な植物を科学研究材料にまで昇華させたことが印象的でした。
授与される賞は,化学クラブ金賞,ベストポスター賞,先端化学賞,研究奨励賞,アイデア賞,
進歩賞の各賞があります。また新化学技術推進協会から「GSC ジュニア賞」が贈られます。GSC
とは「グリーン・サステイナブルケミストリー」の略称で,「人と環境にやさしく,持続可能な社
会の発展を支える化学および化学技術」の意味を持ちます。
口頭発表(左), ポスター発表のようす(右)
受賞校と発表テーマ(各研究の要旨は公式サイトで読むことが可能です)
主要各賞は以下の学校が選ばれました。TCI メール 159 号で紹介した渋谷教育学園幕張高等学校
が化学クラブ金賞の栄冠を手にしました。さらに,160 号で紹介した駒場東邦高等学校も昨年に引
き続き連続でベストポスター賞に輝きました。受賞された各校の皆様おめでとうございます。
◇ 化学クラブ金賞(口頭発表で特に優れた発表を行った学校)
城県立水戸第一高等学校「メイラード反応における窒素原子の影響」
芝中学校・高等学校「鉛を使わないガラスの製作」
渋谷教育学園幕張高等学校「電極間の電極物質に起こる電気分解」
◇ ベストポスター賞(ポスター発表で特に優れた発表を行った学校)
駒場東邦中学校高等学校「ラテックスゴムの研究」
樹徳高等学校「こんにゃく飛粉からバイオエタノールの生産」
東京都立 西工業高等学校「平面的に成長する銀樹の研究Ⅱ ―均一性のある銀樹をつくる条件
を発見し,巨大銀樹つくりに成功―」
横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校「メタン菌の培養とバイオガスの分析」
◇ GSC ジュニア賞
駒場東邦中学校高等学校,城北中学校・高等学校,市川高等学校,樹徳高等学校,横浜市立横
浜サイエンスフロンティア高等学校,東京都立科学技術高等学校(2 件)
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ナノダイヤモンド
1g 12,000 円 5g 42,000 円
N0962 Nanodiamond (particle size : <10 nm) (1)
1g 18,000 円
N0968 Nanodiamond (particle size : <10 nm) (Amine-modified) (2)
1g 18,000 円
N0969 Nanodiamond (particle size : <10 nm) (Carboxyl-modified) (3)
HO2C
ND
N3
NH2
ND
HNOC
N3
Nanodiamond, Amine-modified (2)
ND
Nanodiamond, ND (1)
CO2H
SOCl2
C18H37NH2
ND
CONHC18H37
Nanodiamond, Carboxyl-modified (3)
ダイヤモンドは硬度,摩擦係数,熱伝導性,絶縁性,屈折率などにおいて優れた性質を有する炭
素の同素体の一つです。ナノダイヤモンド(ND,1)はダイヤモンドの結晶構造を有するナノ粒子で,
ダイヤモンドの優れた性質を維持した人工ダイヤモンドの一種です。研磨剤やエンジンオイルの添
加剤などに利用されています。
一方,ND の表面をアミノ基(2)やカルボン酸(3)で修飾したものも知られており,これらの
置換基をさらに化学的に変換することで,ND に新たな機能を組み込むことができます 1-3)。ND は
水への親和性が高いため,水中では良く分散しますが,有機溶媒中では凝集しやすいことが知られ
ています。この ND にアルキル基などを導入すると,有機溶媒中でも分散しやすくなります。また,
ND をシランカップリング剤で官能基化すると,ガラス表面などを ND で修飾できるようにもなり
ます 4)。
文献
1) Nanodiamond nanofluids for enhanced thermal conductivity
B. T. Branson, P. S. Beauchamp, J. C. Beam, C. M. Lukehart, J. L. Davidson, ACS Nano 2013, 7, 3183.
2) Wet chemistry route to hydrophobic blue fluorescent nanodiamond
V. N. Mochalin, Y. Gogotsi, J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 4594.
3) Functionalization of diamond nanoparticles using “Click” chemistry
A. Barras, S. Szunerits, L. Marcon, N. Monfilliette-Dupont, R. Boukherroub, Langmuir 2010, 26, 13168.
4) Fluorinated nanodiamond as a wet chemistry precursor for diamond coatings covalently bonded to glass
surface
Y. Liu, V. N. Khabashesku, N. J. Halas, J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 3712.
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カップリング反応に有用な銅試薬
1g 3,900 円 5g 13,700 円
C2312 Copper(I) 2-Thiophenecarboxylate (= CuTC) (1)
O
S
Cu
O
1 [C2312]
CuTC(1)は,有機合成において有用な銅試薬として様々な反応に用いられています。例えば,
Stille クロスカップリング 1) や Ullmann カップリング 2) では,1 を用いることにより室温で効率よ
く反応が進行します。また,Liebeskind-Srogl クロスカップリングでは,パラジウム触媒と 1 の存
在下でチオエステルとアリールおよびビニルボロン酸を反応させることにより,温和な条件下で反
応が進行し,対応する非対称ケトンが得られます 3)。この反応は非塩基性条件下で反応が行えるため,
塩基性に弱い化合物にも適用できます。
Stille Cross-Coupling
1)
NO2
Sn(n-Bu)3
+ I
NO2
1 (1.5 eq.)
NMP, 23 °C, 30 min
Y. 74%
Ullmann Coupling
O
O
OCH3
I
OCH3
1 (2.5-3 eq.)
2)
NMP, 23 °C, 1 h
CH3O
O
Y. 97%
Liebeskind-Srogl Cross-Coupling
CH3
O
CF3
+
S
B(OH)2
1% Pd2dba3
3% TFP
1 (1.6 eq.)
THF, 50 °C, 18 h
TFP: Tris(2-furyl)phosphine
O
3)
CF3
Y. 93%
文献
1) Copper-mediated cross-coupling of organostannanes with organic iodides at or below room temperature
G. D. Allred, L. S. Liebeskind, J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 2748.
2) Ambient temperature, Ullmann-like reductive coupling of aryl, heteroaryl, and alkenyl halides
S. Zhang, D. Zhang, L. S. Liebeskind, J. Org. Chem. 1997, 62, 2312.
3) Thiol ester–boronic acid coupling. A mechanistically unprecedented and general ketone synthesis
L. S. Liebeskind, J. Srogl, J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 11260.
4) Other coupling reactions
a) C. Savarin, L. S. Liebeskind, Org. Lett. 2001, 3, 2149.
b) H. Prokopcová, C. O. Kappe, J. Org. Chem. 2007, 72, 4440.
c) Z. Zhang, Y. Yu, L. S. Liebeskind, Org. Lett. 2008, 10, 3005.
d) Y. Yu, L. S. Liebeskind, J. Org. Chem. 2004, 69, 3554.
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クリックケミストリー反応の配位子
T2993 Tris[(1-benzyl-1H-1,2,3-triazol-4-yl)methyl]amine (= TBTA) (1)
1g 10,500 円 5g 34,800 円
T3170 Tris(2-benzimidazolylmethyl)amine [= (BimH)3] (2)
200mg 5,700 円 1g 19,800 円
N
N
N
HN
N
N
N
N
N
N
N
N
N
N
NH
N
H
TBTA (1)
N
(BimH)3 (2)
トリス [(1-ベンジル-1H -1,2,3-トリアゾール-4-イル)メチル ] アミン(1)およびトリス (2-ベンゾ
イミダゾリルメチル)アミン(2)はクリック反応(Hüisgen 1,3- 双極子付加環化反応)に極めて有
用な配位子です。この反応においては反応促進剤として銅 (I) 触媒が用いられますが,1 は銅 (I) に
対して強力に配位して安定化することにより,環化反応が大幅に促進されることが Sharpless およ
び Fokin らによって報告されています 1)。
Cu(I) (cat.)
+
N N
N
N N N
特に 2 を用いた場合には,より低濃度の銅触媒の存在下でも効率的に反応が進行することが Finn
らによって報告されています 2)。
文献
1) Polytriazoles as copper(I)-stabilizing ligands in catalysis
T. R. Chan, R. Hilgraf, K. B. Sharpless, V. V. Fokin, Org. Lett. 2004, 6, 2853.
2) Benzimidazole and related ligands for Cu-catalyzed azide–alkyne cycloaddition
V. O. Rodionov, S. I. Presolski, S. Gardinier, Y.-H. Lim, M. G. Finn, J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 12696.
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非界面活性スルホベタイン
1g 12,900 円
1g 6,900 円 5g 27,000 円
5g 3,500 円 25g 12,000 円
B4030 NDSB 256-4T Hydrate (1)
H1399 NDSB 211 (2)
S0813 NDSB 201 (3)
t-Bu
N
. xH2O
SO3
HO
CH3
N
SO3
N
SO3
CH3
NDSB256-4T
NDSB211
NDSB201
(1)
(2)
(3)
非界面活性スルホベタイン(Non-detergent sulfobetains; NDSBs)はタンパク質の可溶化や結晶
化に使用されてきました 1,2)。それに加え,タンパク質の凝集の防止や変性タンパク質の巻き戻し
のためにも利用されてきました 3,4)。これらのスルホベタイン化合物は両イオン性の化合物です 1,3)。
ここに紹介する化合物 1 ~ 3 は汎用される NDSBs です。
文献
1) Non-detergent sulfobetaines: A new class of mild solubilization agents for protein purification
L. Vuillard, C. Braun-Breton, T. Rabilloud, Biochem. J. 1995, 305, 337.
2) A new additive for protein crystallization
L. Vuillard, T. Rabilloud, R. Leberman, C. Berthet-Colominas, S. Cusack, FEBS Lett. 1994, 353, 294.
3) Physical–chemical features of non-detergent sulfobetaines active as protein-folding helpers
N. Expert-Bezançon, T. Rabilloud, L. Vuillard, M. E. Goldberg, Biophys. Chem. 2002, 100, 469.
4) Non-detergent sulphobetaines: A new class of molecules that facilitate in vitro protein renaturation
M. E. Goldberg, N. Expert-Benzançon, L. Vuillard, T. Rabilloud, Fold. Des. 1996, 1, 21.
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シクリトール
100mg 2,300 円 1g 12,500 円
P2219 D-Pinitol (1)
HO
OH
HO
CH3O
HO
1
OH
D-ピニトール(1)はマメ科やマツ科など種々の植物に存在するシクリトールの一種です 1)。1 は
正常マウスと糖尿病誘導マウスで血糖レベルの上昇を抑制し,その機構はインスリンの効果を増加
させるものではなく,グルコースの取り込みとインスリンが関与する細胞のシグナル経路との相互
作用に影響を及ぼすと考えられています 2,3)。
一方,多嚢性卵巣症候群おいて,1 の脱メチル化物である D-chiro -イノシトールがインスリンの
循環や血清のアンドロゲンを減少させたり,X- シンドロームの幾つかの代謝異常を改善するという
ことが報告されています 4)。
さらに,水分欠乏を含む塩ストレス条件下で植物に 1 が蓄積され,浸透圧調節物質として機能す
ることが報告されています 5,6)。
本製品は試薬であり,試験・研究用のみにご利用ください。
文献
1) A review on insulinomimetic pinitol from plants
G. Poongothai, S. K. Sripathi, Int. J. Pharm. Bio Sci. 2013, 4(2), 992.
2) Pinitol – a new anti-diabetic compound from the leaves of Bougainvillea spectabilis
C. R. Narayanan, D. D. Joshi, A. M. Mujumdar, V. V. Dhekne, Curr. Sci. 1987, 56, 139.
3) Insulin-like effect of pinitol
S. H. Bates, R. B. Jones, C. J. Bailey, Br. J. Pharmacol. 2000, 130, 1944.
4) Effects of D-chiro-inositol in lean women with the polycystic ovary syndrome
M. J. Iuorno, D. J. Jakubowicz, J.-P. Baillargeon, P. Dillon, R. D. Gunn, G. Allan, J. E. Nestler, Endcr. Pract.
2002, 8, 417.
5) Salt stress perception and plant growth regulators in the halophyte Mesembryanthemum crystallium
J. C. Thomas, H. J. Bohnert, Plant Physiol. 1993, 103, 1299.
6) Pinitol accumulation in mature leaves of white clover in response to a water deficit
M. T. McManus, R. L. Bieleski, J. R. Caradus, D. J. Barker, Environ. Exp. Bot. 2000, 43, 11.
関連製品
I0632
1D-chiro-Inositol
200mg 11,100 円
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第21回キャピラリーガスクロマトグラフィー講習会
2 0 1 5 年 7月2 9日
( 水 )∼3 1日
(金) 麻布大学(神奈川県相模原市)
第34回日本糖質学会年会
2 0 1 5 年 7月3 1日
( 金 )∼8月2日
(日) 東京大学安田講堂・工学部・山上会館
日本分析化学会第64年会付設展示会
2 0 1 5 年 9月9日
( 水 )∼1 1(金) 九州大学 伊都キャンパス
第18回ヨウ素学会シンポジウム
2 0 1 5 年 9月1 6日
( 水 ) 千葉大学
第32回有機合成化学セミナー
2 0 1 5 年 9月1 5日
( 火 )∼1 7日
(木) ニューウェルシティ湯河原(静岡県熱海市)
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