...

22. PPARα 遺伝子多型と種々の肝炎の易罹病性に関する分子疫学研究

by user

on
Category: Documents
18

views

Report

Comments

Transcript

22. PPARα 遺伝子多型と種々の肝炎の易罹病性に関する分子疫学研究
 上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008)
22. PPARα 遺伝子多型と種々の肝炎の易罹病性に関する分子疫学研究
那須 民江
Key words:PPARα 遺伝子多型,ALDH2 遺伝子多型,
脂質代謝,肝疾患,分子疫学
名古屋大学 大学院医学系研究科 環境労
働衛生学
緒 言
アルコールの長期摂取により,脂肪肝・肝炎・線維症・肝硬変に進展する.かつては Redox Shift (NADH 増加)によるミトコン
ドリア機能の変化が主な原因と考えられていたが,近年の研究により,脂肪酸代謝に関わるペルオキシソーム増殖剤活性化受
容体(PPAR)α が重要な役割を果たしていることが明らかとなった1). ヒトの PPARα 遺伝子には多型がみられ,野生型と脂質代謝などの機能が違うことが知られている.従って,この多型がアル
コール性肝障害に影響を与える可能性が考えられる.
飲酒と関わりが深い遺伝子多型の中で,日本人では特にアセトアルデヒド脱水素酵素 2 (ALDH2) 遺伝子多型が注目され
ている.ALDH2 遺伝子多型を持つ者では,アセトアルデヒドの分解能が低いため,アルコール摂取後アセトアルデヒドが増加
し,顔面紅潮,嘔気,心悸亢進のような症状を伴う. このような遺伝子多型とアセトアルデヒドにより活性が低下するといわれ
ている PPARα 遺伝子多型との関係を明らかにすることは重要である.
この研究においてまず日本人男性における PPARα および ALDH2 遺伝子多型の頻度を解析した.次いで頻度が最も高い
PPARα 多型,ALDH2 多型と肝機能に関わる生化学データに対する飲酒習慣および年齢の影響を検討した.さらに慢性肝疾
患に対して,これらの多型がどのような影響を与えるか検討した.
方 法
研究1:PPARα 遺伝子多型と血清脂質値および飲酒の影響を明らかにするために,2003 年 8 月~ 12 月に某企業におい
て,健康診断の際に研究の説明をし,同意を得た 706 名の男性を対象とした.健康診断データの解析対象者は,既往歴に肝
疾患,胆嚢疾患,甲状腺疾患,腎疾患(腎結石,小児期発症の腎疾患以外),輸血歴のあるものは除外した計 655 名であ
った.この研究では,自記式アンケートにより純アルコール 10 g/day 以上を飲酒群とし,10g/day 未満,時々または全く飲ま
ないと申告した者を非飲酒群とした.V227A 多型は TaqMan Assay により解析をし,ALDH2 遺伝子多型の解析は丸山らの
方法(2004 年)によるパイロシークエンス法により解析した.
研究2:PPARα 遺伝子多型と血清脂質値の関連性に対する年齢の影響を検討するために 2004 年の 9 月から 10 月に某企
業において,健康診断の際に研究の説明をし,同意を得た 1,339 名(男性 1,058 名,女性 281 名)を対象とした.解析方法
は研究 1 と同じである.
研究3:研究の説明をし,同意が得られた肝疾患患者 222 名を対象とした.患者血液から DNA ゲノムを抽出し,遺伝子型
解析に使用した.PPARαV227A 多型と ALDH2 多型は TaqMan Assay により解析をした.
結 果
研究1:頻度が高かった多型は V227A 遺伝子多型のみでその頻度は約 0.05 であった.A227 キャリア群のグルタミルトラン
スペプチダーゼ値はノンキャリア群より有意に高かったが,他の検査項目には A227 キャリア群とノンキャリア群の差はみられなか
1
った.非飲酒群では,A227 キャリア群の総コレステロール(TC)値がノンキャリア群より有意に低く,トリグリセライド(TG)値に
ついても低い傾向が認められた.一方,飲酒群では,このような差は認めらなかった 2).
飲酒群・非飲酒群をさらに ALDH2 遺伝子多型キャリアとノンキャリアによる分類をした.非飲酒群では,ALDH2 多型キャリア
でかつ A227 ノンキャリア群の TC 値は A227 キャリア群に比べて高い傾向が認められたが,飲酒群では,反対に A227 キャリ
ア群の方が高値を示した.一方,ALDH2 ノンキャリアにはこのような違いはみられなかった.また,飲酒群において,ALDH2
多型ノンキャリアでかつ A227 キャリア群の AST/ALT 値は A227 ノンキャリア群に比べて高い傾向が認められた.
研究2:飲酒は HDL-C の値を増加させ,その程度は A337 キャリアの方が高かった.TC と LDL-C の値は遺伝子型に関わ
らず年齢と共に上昇した.しかし A227 キャリアの LDL-C 値は 45 歳付近で,低下し,45~65 歳群の LDL-C 値は 35-44 歳
群より低かった(表 1)3).
研究3:肝炎患者は,アルコール性肝炎(37 名),非アルコール性脂肪肝疾患(非アルコール性脂肪肝炎を含む,93 名),
C 型ウイルス性肝炎(79 名),その他(13 名)に分類された.PPARの A227 キャリアは肝疾患患者 222 名中 14 名であっ
た(表 2).この多型の頻度を研究 2 と比較した.研究 2 において,肝疾患等の既往歴がある者を除去した対象者(男女)
は 1,234 名で,このうち 120 名が A227 キャリアであった.この健康集団の A227 キャリアの割合は,研究 3 の肝疾患患者集
団の割合より高い傾向(p=0.056)であった.即ち,肝疾患患者の A227 キャリアは低い傾向であり,この遺伝子多型が肝疾
患の感受性要因とはならないかもしれない.しかし,解析対象とする肝疾患患者のサンプル数を増加し,さらに検討する必要が
ある.
次いで,ALDH2 遺伝子多型と肝疾患との関連性を検討した.アルコール性肝炎は 37 名中 1 名を除いて全員が野生型,
即ちアセトアルデヒド代謝が高い遺伝子群であった.また,当然のことながら,アルコール性肝炎の患者の殆どが大量飲酒をし
ていた.一方,非アルコール性脂肪肝疾患(非アルコール性脂肪肝炎を含む)および C 型ウイルス性肝炎は ALDH2 の遺伝
子型には関係がなかった.
表 1.PPARα 遺伝子多型と年齢,血清脂質レベルとの関係
A227 キャリアの LDL-C 値は 45 歳付近で,低下し,45~65 歳群の LDL-C 値は 35-44 歳群より低い.
2
表 2.PPARα 遺伝子多型と肝疾患との関係
A227 キャリアの頻度は肝疾患患者の方が健康人より低い傾向にある.
考 察
今回の解析により発見された日本人の PPARα 遺伝子多型で頻度の高かったものは V227A 多型のみで,その頻度は約 0.05
であった.この頻度は日本人を対象とした別の報告と同程度であったが,欧米人では報告されていない多型である.一方,欧
米人で多く報告されている L162V(欧米人での遺伝子頻度は約 0.06)は今回の日本人では発見されなかった.これらのことよ
り,PPARα 遺伝子多型は民族による差があることが考えられる.慢性肝疾患患者の V227A 多型の頻度は健常者集団より若
干低い傾向であったが,解析対象者をもっと増やすことによって再評価したい.しかし,A227 キャリアの LDL-C 値が 45 歳付
近で,低下し,45~65 歳群の LDL-コレステロール値は 35-44 歳群より低いことが関係しているかも知れず,興味深い.
今回の結果では,非飲酒群では A227 キャリア群の TC 値はノンキャリア群よりも低かったが,飲酒群ではその差が認められ
なかった.このような現象は,ALDH2 多型を有する飲酒群ではより明白であり,TC 値が A227 キャリア群で逆に高くなってい
た.このことから,アセトアルデヒドが PPARα の活性に大きく関与していることが考えられる.
本研究の共同研究者は,名古屋大学大学院医学系研究科環境労働衛生学助教授の上島通浩, 信州大学医学部消化器内
科医員の田中直樹および熊本大学大学院医学薬学研究部公衆衛生・医療科学分野教授の加藤貴彦である。
文 献
1) 文献(論文は旧姓 Nakajima で発表しています)
Nakajima, T., Kamijo, Y., Tanaka, N., Sugiyama, E., Tanaka, E., Kiyosawa, K., Fukushima, Y., Peters,
J.M., Gonzalez, F.J. & Aoyama, T: Peroxisome proliferators-activated receptor  protects against
alcohol-induced liver damage. Hepatology, 40: 972-980, 2004.
2) Naito, H., Yamanoshita, O., Kamijima, M., Katoh, T., Matsunaga, T., Lee, C.H., Kim, H., Aoyama, T.,
Gonzalez, F.J. & Nakajima, T: Association of V227A PPAR polymorphism with altered serum
biochemistry and alcohol drinking in Japanese men. Pharmacogenet. Genomics, 16: 569-577, 2006.
3) Naito H., Kamijima M., Yamanoshita O., Nakahara A., Katoh T., Tanaka N., Aoyama T., Gonzalez F.J.
& Nakajima T.: Differential effects of aging, drinking and exercise on serum cholesterol levels
dependent on PPARA-V227A polymorphism. J. Occup. Health, 49: 353-362, 2007.
3
Fly UP