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調光レンズに用いるナフトピラン系 フォトクロミック分子の開発研究

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調光レンズに用いるナフトピラン系 フォトクロミック分子の開発研究
博士論文
論文題目
調光レンズに用いるナフトピラン系
フォトクロミック分子の開発研究
Research and development of photochromic
naphthopyrans applicable to ophthalmic lenses
横浜国立大学大学院
工学府
百田
潤二
Junji Momoda
2015 年 3 月
目次
はじめに
第1章
序論
1.1 プラスチック調光レンズに望まれる物性
2
1.2 フォトクロミックプラスチックレンズの歴史
2
1.3 現在のプラスチック調光レンズの市場
5
1.4 本研究の目的
7
1.5
8
引用文献
第2章
調光レンズに用いるナフトピラン系フォトクロミック化合物の分子設計と合成
2.1
ナフトピラン化合物とは
10
2.2
退色速度改良のための分子設計
11
2.3
化合物の合成
13
2.4
フォトクロミック特性の評価
22
2.5
まとめ
27
2.6
引用文献
27
第3章
吸収スペクトルの最適化
3.1
吸収波長の長波長化のための置換基および適切な置換位置の予測
30
3.2
インデノナフトピランにおける DFT による吸収波長の予測
32
3.3
化合物の合成
39
3.4
フォトクロミック特性の評価
51
3.5
まとめ
55
第4章
4.1
さらなる退色速度の向上及び発色濃度増加
58
分子設計
4.2 DFT 計算による吸収波長の予測
58
4.3
63
化合物の合成
4.4 フォトクロミック特性の評価
69
1
4.5
化合物 7 の発色濃度向上のための分子設計
73
4.6
化合物 8 の合成
74
4.7
フォトクロミック特性
80
4.8
まとめ
83
4.9
引用文献
83
第5章
媒体および補助色素の検討
5.1
プラスチックレンズに要求される物性と諸条件
86
5.2
フォトクロミックレンズ用プラスチックレンズの設計
88
5.3
重合実験およびフォトクロミック特性の評価
90
5.4
重合体の機械物性およびフォトクロミック特性
93
5.5
特許出願
94
5.6
補助色素の検討
95
5.6.1 補助色素の分子設計
95
5.6.2
98
化合物の合成
5.6.4 重合体中におけるフォトクロミック特性の評価
99
5.6.5 中間色の作成とその物性
100
5.6.6 特許出願
103
5.7
104
引用文献
おわりに
107
謝辞
109
2
はじめに
トクヤマにおける眼鏡材料の開発は、1970 年代後半、一人の研究員(後の専務取締役)
が炭酸ソーダにエチレングリコールとアリルクロライドを反応させ、プラスチックレンズ
用モノマーであるアリルグリコールカーボネートを得る有機合成方法を見つけたことに始
まる 1)。当時世の中は眼鏡レンズと言えばまだガラスが主流の頃であり、しかもアリルグリ
コールカーボネートモノマーは、米国 PPG 社がすでに独占的に供給していた、非常にニッ
チな世界であった。しかし、当時の研究員らは将来のプラスチック化の拡大をにらみ、そ
の市場への挑戦に踏み切った。その後 1980 年初頭にハードコート材料、高屈折率プラスチ
ックレンズ用モノマーを開発し、ついに 1984 年にプラスチックレンズ用のフォトクロミッ
ク材料の開発を開始した。当時ガラスの調光レンズはすでに完成領域にあり、プラスチッ
ク用材料でこれを達成するには、途方もない遠い目標のように見えた。
それから 30 年たった今では、プラスチック調光レンズは完全にガラスの性能を凌駕した
と言っても過言ではないところまで改良された。海外ではフォトクロミックレンズは市民
権を得、数量ベースで 10%のシェアを獲得するまでに伸びており、さらに昨今の健康ブー
ムにもあやかり、目の保護の観点からますます伸びが期待されている。
筆者は 1989 年にトクヤマに入社後直ちに眼鏡材料開発グループ(当時の技術研究所第 6
研)に配属され、以来 25 年間、立場役割は色々変われども、フォトクロミック材料の開発
に携わり、良き先輩、仲間、そして良き競合相手にも恵まれ、これまで数々の製品を世に
送り出し、この業界の進展に、微力ながらいくばくかの貢献をしてきたと感じている。
しかし、企業の中の仕事とはいえ、あまりにも製品つくりに邁進し、基本的な理解を欠
いてきたことは否めない。そこで、4 半世紀本領域に携わり 50 の声を聞く今、筆者は、こ
れまでの開発生活を振り返り、今後の材料開発の方向性、技術的アプローチの仕方、そし
て化学者としての物事の考え方を自らに問い直す意味も含め、この度学位修得に挑戦する
ことを決意し、横浜国立大学の横山教授の門戸をたたきご指導をお願いした。
本論文では、眼鏡レンズ用フォトクロミック色素として、インデノナフトピランに着目
し、その高性能化のための分子設計、合成および物性評価を主に論じる。
引用文献
1)四方和夫 「トクヤマと私
研究開発」(2004)
3
4
第1章
序論
1
第 1 章 序論
本論であるナフトピランのフォトクロミック特性およびその高性能化を論ずる前に、プ
ラスチック調光レンズに要求される物性とは何か、そして今日までの有機フォトクロミッ
ク分子の開発の歴史に触れ、現在のフォトクロミックレンズの市場について述べる。
1.1 プラスチック調光レンズに望まれる物性
調光レンズとは、一般に太陽光(紫外線)を受けることで、無色状態から発色状態へ変
化し、室内(紫外線のない部屋)に入ると、発色状態から無色状態へ戻る、といった可逆
変化を示すレンズのことである。その発色濃度や退色速度は紫外線量や環境の温度に応じ
て変化し、自動的に目に届く光量を調節してくれるレンズである。表1にその要求物性を
まとめた。
表 1. プラスチック調光レンズの要求物性値
調光特性
レンズ特性
項目
要求物性
発色色調
グレー、ブラウン、グリーン
発色濃度
透過率:12%以下(23℃)、20%以下(35 ℃)
温度依存性
発色濃度の差が 10%以内(0-40 ℃)
退色速度
退色半減期 60 秒以内(23 ℃)
繰り返し耐久性
2年間使用後、初期発色濃度の 80%以上残存
初期着色
なし
屈折率
1.50~1.74(すべての基材に適用可能であること)
耐衝撃性
FDA落球試験をパスすること
一般的にその発色色調は、グレーやブラウンなどの中間色が好まれる。しかし、その特
性に地域差が見られ、例えば北米では、グレーが圧倒的に好まれ、その発色の濃さが重要
視される。逆に欧州、アジアではブラウンが好まれ、発色濃度と言うよりむしろ退色速度
が重要視される。しかし、逆説的に言えば、まだ市場を満足させる調光特性を有する製品
ができていないとも言える。表 1 に示した特性を有する調光レンズが完成した暁には、今
以上の潜在需要を掘り起こし、一大市場を形成するに違いない。
1.2 フォトクロミックプラスチックレンズの歴史
① フォトクロミックプラスチックレンズの誕生
コ ー ニ ン グ が 1978 年 に ハ ロ ゲ ン 化 銀 を ベ ー ス と す る 無 機 ガ ラ ス の 調 光 レ ン ズ
2
(Photogray Extra)をこの世に登場させたのが、市場における調光レンズの本格的な始ま
りである。時を同じくし、眼鏡レンズは視力矯正という役割だけでなく、かけ心地や薄さ
などのファッション性を重視する傾向が現れ始めた。時代はプラスチックレンズへと動き
始め、必然的に調光レンズもプラスチック化の要望が高まった1)。
1982 年アメリカンオプチカルより、Photolite という名前で、スピロオキサジン化合物を
使用した世界初のプラスチック調光レンズが産声を上げた。しかし、発色色調が青色のみ
で、発色濃度は薄く、すでにニュートラルなグレーまたはブラウンを達成していた無機ガ
ラス調光レンズと比較してその物性は貧弱であり、今ひとつ市場での評判は芳しくなかっ
た。無機ガラス調光レンズの調光特性を超えることが、プラスチック材料開発における大
きな意味での目標となり、以下の化合物群で、改良に改良が重ねられた。
② スピロオキサジン化合物
調光特性を示す有機化合物は多種知られていたが、スピロオキサジン化合物が、酸素存
在下での無色/発色の繰り返し耐久性が比較的優れていたことから、当初最有力候補化合
物と考えられた。スピロオキサジン化合物は、1968 年に富士写真フイルムにより発明され
た化合物である 2)。1990 年までに、PPG、ピルキントン、ローデンストック、ニコン、東
レなどが、発色色調および発色濃度の向上を目指し、精力的にスピロオキサジン化合物の
置換基を検討し、それぞれが製品を世に送り出したが、どれも発色色調が青色系以外を達
成することができず、依然として、それを使用したプラスチック調光レンズの性能は、無
機ガラス調光レンズには及ばないものであった。
N
N
N
O
N
CH2CH3
N
N
N
スピロオキサジン-2
スピロオキサジン-1
CH2CH3
O
N
N
O
O
N
スピロオキサジン-3
O
スピロオキサジン-4
図 1. スピロオキサジン化合物
3
③ フルギド、フルギミド化合物
グレーまたはブラウンの発色を示すには、青、赤、黄を示す3色の調光色素があれば可
能となる。フルギド化合物は黄色~青色の発色色調が設計可能な化合物であり、そのポ
テンシャルは高い。しかし、本化合物は P 型フォトクロミック色素に属し、無色/発色
の繰り返しが、光反応でしか起こらないことが欠点であった。ところが、1986 年に
Plessy 社から T 型を示すフルギド化合物が報告された 3)。トクヤマでは、この T 型フ
ルギドおよびフルギミド化合物について精力的に検討を行い、橙~青色を示す化合物の
合成に成功し、下記に示す化合物を製品化した4)。しかし、フルギドまたはフルギミド
化合物はその繰り返し耐久性が悪く、特に酸化劣化に対する耐性が低かったため、その
後以下のナフトピラン化合物に道を譲るようになる。
CH3
H
S
O
NCH2CN
O
図 2. フルギミド化合物
④ スピロピラン化合物
黄色~橙色を示す化合物として、図 3 に示すようなスピロピラン化合物が PPG とトク
ヤマの間で開発が進められた。
MeO
O
O
ナフトピラン-2
ナフトピラン-1
図 3. ナフトピラン化合物
これら化合物は、繰り返し耐久性は良好であったが、その退色速度が非常に遅く、しか
4
も可視光の無い条件では、極めて遅く数時間後でもまだその色を呈していた。
1996 年まではしばらく、これらの化合物のマイナー改良やその混合組成物を用いた製品
が開発された。ところが、1999 年あたりになると、黄色~青色のすべての色調がナフトピ
ランで得られるようになった。ナフトピランは実用的な繰り返し耐久性を有する化合物で
あり、これを機にプラスチック調光レンズが大きく飛躍していった1)。
1.3
現在のプラスチック調光レンズの市場
少し古いデータではあるが、図 4 に枚数ベースでの世界のレンズ市場を示す。
Total 965Milion Lenses in 2007
r
CAGR of Lens:+3.4%/Year
Western
Europe
North
Eastern Asia
180M
America
Europe 315M Japan
215M
70M
30M
Latin
America
100M
Africa &
Mid. East
45M
Australia/N
ew Zealand
10M
Source PMT, Information 2008, GEMS
図 4. 世界のレンズ市場
約 10 億枚のレンズが、世界で取り扱われている。これをレンズの種類ごとに分類したも
のを図 5 に示す。
5
Non
Photochromic
glass
29%
ADC 40%
Glass
Photochromic
2%
Plastic
Photochromic
7%
High Index Polycarbonate
11%
11%
図 5. レンズ種別割合(枚数ベース)
調光レンズは約 10%の市場まで成長しており、約 1 億枚規模となっている。この中でプ
ラスチックは約 7000 万枚の市場である。このシェアは、健康ブームの刺激を受け、通常の
矯正レンズだけでなく、スポーツサングラス分野に展開しており、さらに目の保護の関心
の高まりも後押しをして、今後ますます伸びていくことが期待されている。
さらにそのプラスチック調光レンズの地域別シェアを表 2 に示した。
最大の市場は北米であり、次が欧州である。この2つで市場のほぼ半分を占めている。
その要因としては、やはり白色人種の目が紫外線に対して弱いことが挙げられる。
昨今の経済発展のおかげで、アジア地域で調光レンズが伸びてきているが、まだまだ欧
米のそれには追いついていない。その理由の一つはアジアの人の目が紫外線に強いことも
あるが、まだ調光レンズの価格が高く、市場に浸透しづらいことが要因であろう。
日本は購買力という意味では、調光レンズを購入できる経済力を持っているが、何故か
まったく人気がなく、他の地域とその存在率を比べると、もはや存在していないというレ
ベルの割合でしかない。調光材料の研究、開発では日本は世界的をリードしているのであ
るが、ビジネスの面では非常に残念な状態である。
日本人に調光レンズの人気がない最大の理由は、色の濃いサングラス=色眼鏡反社会的
勢力、と連想するからのようである。事実フォトクロミック材料を開発、販売しているト
6
クヤマでさえ、調光レンズをかけて会社に行くと、柄が悪いと言われる始末である。生活
様式がずいぶん国際化してきたとはいえ、依然として普段身につける眼鏡に色がつくとい
うのは、文化的に受け入れられないようである。しかし、健康に敏感なそして新しもの好
きな日本人なので、本質的には調光レンズを受け入れる素地はあるはずである。目の保護
によいと言うことが認知され、さらに部屋に入ったときには瞬時に無色に戻るような性能
が達せられれば、日本でも調光レンズは次第に浸透し、大きな市場になると確信している。
表 2. 地域別に見たプラスチック調光レンズのシェア
Region
Total Lens
Photochromic
Mil. Pcs.
% in Total Lens
Photochromic
Lens Mil. Pcs.
North America
215
18.1%
38.9
Latin America
100
6.0%
6.0
Western Europe
180
9.0%
16.2
Eastern Europe
70
3.0%
2.1
Africa & Mid. East
45
2.2%
1.0
Asia Pacific
355
0.9%
3.2
Total
965
7.0%
67.6
1.4
本研究の目的
日本の市場を開くためというだけではないが、本質的に調光レンズは白レンズに取って
代われるポテンシャルを有しており、高性能化が進めば、その潜在需要を喚起できるはず
である。
本研究の目的は、フォトクロミック色素の高性能化を実現することにある。本論文では、
インデノナフトピラン化合物に着目し、その高性能化を実現するための分子設計を行い、
合成、物性評価を通じて具体例を提案した。
次に、実用化に向けて、媒体の最適化および補助的色素を開発し、その特許出願を行っ
たことを報告する。
以下の章でその詳細を論ずる。
7
1.5
引用文献
1) 百田潤二、
「ナフトピラン化合物 -プラスチック自動調光レンズ材料の開発史-」、高
分子学会編、最先端材料システムワンポイント 8「フォトクロミズム」共立出版、2012
2) H. Ono et. al. : U.S.Pat. 3,567,605 (1971)
3) Martin W. Baskerville, William R. Maltman, Stephen N. Oliver : U.S.Pat. 4,576,766
(1986)
4) 田中
隆、伊村 智史、田中 健二、木田 泰次、
(株)トクヤマ 特公平 7-42282
8
第2章
調光レンズに用いるナフトピラン系
フォトクロミック化合物の分子設計と合成
9
第 2 章 調光レンズに用いるナフトピラン系フォトクロミック化合物の分子設計と合成
2.1
ナフトピラン化合物とは
ナフトピラン化合物は 1969 年 Becker により初めてそのフォトクロミック特性が報告さ
れた 1)。しかし、当時は低温でしか発色が観察されず、繰り返し耐久性はきわめて低いもの
であった。その後実用面では、1980 年代中盤以降、PPG とトクヤマがナフトピラン化合物
の可能性に着目し、発色色調、発色濃度および繰り返し耐久性を向上させるための置換基
およびその骨格の最適化を行ってきた。当初は黄色~橙色用の化合物として検討されたが、
後に青色まで得られるようになった。その一方で、学術的な研究も精力的に行われており、
その発色メカニズムあるいは発色体のコンフォメーション、劣化機構など多くが議論され
ている 2,3)。
ナフトピランは、
2H-ナフト(1,2-b)ピランと 3H-ナフト(2,1-b)ピランに大きく分類される。
それぞれの化合物での置換基効果については各種総説を参照されたい 4-10)。
図 6. ナフトピランの構造とフォトクロミズム
NP form: Naphthopyran form
MC form: Merocyanine form
トクヤマではナフトピラン化合物の研究開始以来継続的に検討を行ってきた結果、2H イ
ンデノ(3,2-f)ナフト(1,2-b)ピランがその繰り返し耐久性の良さから基本構造として優れて
いることが示された 11)。
しかし、その反面、ナフトピラン化合物はその無色-発色の異性化時に大きな構造変化
10
をするため、退色速度が遅いといった欠点を有しており、その改善が必要であった。
筆者らは、その退色速度の改善に向け、分子設計を行い、高性能なインデノナフトピラ
ン化合物を見いだす研究を行った。
2.2
退色速度改良のための分子設計
図 7 に、インデノナフトピランのフォトクロミズムの模式図を示す。
図 7. インデノナフトピランのフォトクロミズムの模式図
無色である NP 体は、紫外線の照射により、ピラン環の開裂によって、種々のコンフォメ
ーションから構成される MC 発色体(CC, CT, TT および TC 体)に変化する。それを詳細
に見ると、まず、立体的に非常に込んだ CC 体(シス-シス)を与え、これは直ちに C1-C2
の一重結合の回転を通して、CT 体(シスートランス)を与える。さらにその CT 体は、2
重結合の異性化を通して、
TT 体
(トランスートランス)を与え、
その後さらに TT 体の C1-C2
の回転を通して TC 体(トランス-シス)を与えると考えられている。また TC 体は CC 体
から 2 重結合の異性化を通して直接形成されるルートも考えられる。しかし、CC 体は非常
に不安定なこと、また C3 位のジフェニル基と C13 位の置換基との間に存在する立体反発
を考慮すると、TC 体はほとんど存在しないと考えられる。つまり、退色速度改良のための
分子設計には、熱的に安定に存在し得る CT および TT 体のみを考慮すれば良いと考えられ
る。
ここで、MC 体が熱的に NP 体に戻るとき、MC 体は CC 体をその中間体として経由する
11
と考えられる。CT 体は C1-C2 の回転により熱的に CC 体へ容易に戻るので、CT 体の退色
速度は TT 体のそれより速いと思われる。すなわち、もし CT 体が熱的に不安定であれば、
その退色速度が速くなると推察される。一方で TT 体はまず初めに 2 重結合の熱的異性化に
より、CT 体とならなければならない。通常この 2 重結合の異性化は前述の C1-C2 の回転
エネルギーより高い活性化エネルギーを必要とすると考えられ、TT 体の存在比が多くなれ
ば、退色速度は遅くなると考えられる。
従って、退色速度の向上のためには、CT 体および TT 体を熱的に不安定にすることが有
効であると考えられる。
そこで、まずは 13 位の置換基として、水素原子、メチル基、スピロフェナンスレン基の
場合について、DFT 計算によって、MC 体のそれぞれのコンフォメーションのエネルギー
計算を行った。
2.2.1 DFT 計算を用いた各種発色構造のエネルギー計算
DFT 計算は、Wavefunction Inc 提供のソフトウエアである Spartan ’8 または ’14 を用
いた。また、基関数として 6-31G*を用い、汎関数として B3LYP を用いて計算した。結果
を表 3 に示した。
表 3. DFT calculation results of the NP and MC forms of naphthopyransa
NP
CC
CT
TT
TC
TT/CT
1
0
47.25
1.86
9.35
44.59
0.048
2
0
54.98
7.75
31.19
72.98
0.00008
3
0
50.93
13.91
29.89
35.03b
0.0016
a) Energy: kJ mol-1. b) The structure is similar to TT.
CC 体ではどのコンフォメーションでも NP 体に比べエネルギー的に非常に高い結果と
なった。これは立体的に非常に混み合ったコンフォメーションであるためと推定される。
TC 体も同様の結果となった。特に化合物 3 においては、TC 体エネルギー値として極小値
を示さず、最終的に TT 体と似たような構造を与えた。これより、MC 体の主たるコンフォ
メーションとして、CT 体および TT 体をその退色速度向上のためのコンフォメーションと
して考慮しても良いと考えられる。
13 位に置換基を入れることにより、ジメチルおよびスピロフェナンスレンの両方の場合
12
で、CT 体および TT 体のエネルギーが不安定化された。しかしながら、スピロフェナンス
レンはインデノ環に垂直に配置し、その立体障害はジメチルの場合ほど大きくないか、少
なくとも大差ないと考えられる。そのため、2 と 3 のそれぞれの TT 体から CT 体への変化
における、2 重結合の熱的異性化のための活性化エネルギー差はほぼ同等と予想される。
一方で、CT 体から CC 体へは、C3 位のジフェニル基と C13 位の置換基の間の立体反発
なしに生じると考えられるため、2CT2CC および 3CT3CC における、C1-C2 の回転に
よる異性化のための活性化エネルギー差は、ほぼ同等であると考えられる。
しかしながら、2CT2CC のアップヒルエネルギーは、3CT3CC のそれよりも 10kJ
mol-1 も高いため、3CT3CC の反応の方が 2CT2CC よりも速いと考えられる。
以上の DFT 計算に関する考察から、
下記の事象が起きることが妥当であると考えられる。
スピロフェナンスレン基が導入された 3 では、
1)
ジメチル体 2 よりもより安定な CC 体を与える
2)
ジメチル体 2 よりも不安定な CT 体を与える
3)
ジメチル体 2 とほぼ同等な TT 体を与える
また、反応経路の立体障害を考えると、
4) TT 体から CT 体への異性化の活性化エネルギーは、2 と 3 で同等の大きさである
5) CT 体から CC 体への異性化は置換基間の立体反発なしに生じると考えられるので、
2 と 3 について、その活性化エネルギーは同等と考えられる。
6) 一方で、熱力学的には、2CT は 3CT より安定、2CC は 3CC より不安定なので 3CC
は消色の中間体として 2CC より生成が容易であると考えられる。
これより、スピロフェナンスレンを有する化合物 3 の熱退色速度は化合物 2 より速くなる
ことが予想された。それを実証するため、上記化合物 2 および 3 を合成し、そのフォトク
ロミック特性を評価した。
2.3
化合物の合成
化合物 2 は、USPat 1995 5,458,814.記載の方法で合成した 11)。化合物 3 および後述する
その他の置換基を有する化合物は、図 8 に示すルートで合成した。
また、分析および化合物の同定は、以下の方法で行った。
① 分析
TLC
HPLC;Waters 製 LC-53 を用いた。カラムには Intersil ODS-3 column、移動層に
13
は CH3CN/H2O = 80/20 を流速 1 ml min-1 で用いた。
② 同定
1H
NMR Spectra の測定には、JEOL JNM-ECA400II 400 MHz NMR spectrometer
を使用した。溶媒には重クロロホルムもしくは重 DMSO を用いた。J 値は Hz で、化学シ
フトは ppm で表した。また、スプリットパターンは、s; singlet, d; doublet, t; triplet, q;
quartet, m; multiplet で示した。
Infrared spectra (IR)の測定には、PerkinElmer Spectrum One FT-IR Spectrometer
を用いた。
Mass spectra の測定には、Waters Xevo G2-S QTof Ms LC-Ms system with 2695
separation modules を用いた。HPLC 用カラムには Intersil ODS-3 column (GL Science
製)、移動相には CH3CN/H2O = 80/20 を、流速 1 ml min-1 で用いた。
図 8. スピロフェナンスレン基を有するインデノナフトピラン化合物の合成ルート
14
2.3.1 化合物 2 の合成
OH
HO
pTsOH
O
Toluene
2
Mw=260.33
Mw=208.26
Mw=450.58
7,7-ジメチル-7H-ベンゾ[c]フルオレン-5-オール 1 g (3.84 mmol)にトルエン 60 ml を加え、
しばらく攪拌した後、還流状態になるまで加熱し、15 分間加熱溶解させた。溶解を確認し
た後、その温度を保持したままジフェニルプロパギルアルコール 1.13 g (5.43 mmol, 1.4 eq)
を加え、少量の pTsOH を添加し、20 分反応させた。転化率 85%を確認したところで冷却
をし、反応を止めた。
ここに 10% NaOH 水溶液を 7 ml 加え、さらにテトラヒドロフラン 58 ml と 10%食塩水
を 100 ml 加え、しばらく攪拌し、反応物を有機層中に抽出した。
その後、抽出した有機層を 50 ml の水で計 3 回洗浄し、有機層を分液した。
得られた有機層を減圧下で濃縮し、乾固した残渣 1.36 g を、クロロホルム/ヘキサン=9/1
(v/v)でシリカゲルカラム精製後、再度クロロホルム/ヘキサン=5/1 (v/v)でカラム精製し、
トルエン 5 ml、IPA 20 ml を加え再結晶を行い、3,13-ジヒドロ-13,13-ジメチル-3,3-ジフェ
ニルベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン 2 の淡黄色固体 0.80 g(1.89 mmol, 収率 49.2%)
を得た。
2.3.2 化合物 3 の合成
2.3.2.1 化合物 3 の中間体 9-3 の合成
① Stobbe 反応
15
COOEt
O
t-BuOK
THF / 60
Diethyl succinate
COOH
Mw=310.35
Mw =182.22
ベンゾフェノン 18.22 g (100 mmol)とコハク酸ジエチル 20.0 g (115 mmol)を THF 80 ml
に溶解させて 50 ℃に加熱した。これに、t-BuOK 14.6 g (130 mmol)の THF 溶液 200 ml
を滴下し、60 ℃で 2 時間反応させた。
水 160 ml とトルエン 80 ml を加えて分液し、水層にトルエン 140 ml と濃塩酸 12 ml を
加え、有機層を 10%の食塩水で 2 回洗浄した。有機層を濃縮して Stobbe 反応生成物 30 g
を褐色のオイルとして得た。
② 環化及びアセテートの加水分解
COOEt
COOEt
COOEt
Ac2 O, AcONa
COOH
aq NaOH
O
Toluene
O
Mw =310.35
Mw =334.37
OH
CH3
Mw =292.34
Stobbe 反応生成物 30 g に無水酢酸 46.5 g (456 mmol)、酢酸ナトリウム 7.5 g (91 mmol)、
トルエン 100 ml を加え、還流温度で 2 時間反応させた。20 ℃まで冷却後、水を 116 ml
加え、1 時間撹拌し、有機層を分液後、116 ml の水で 2 回洗浄し、アセテート体のトルエ
ン溶液を得た。
これに、10%の NaOH aq を 200 ml とメタノール 200 ml を加え、室温で 3 時間反応さ
せて、加水分解した。反応液を濃縮し、トルエン 200 ml を加え、10%食塩水で 3 回洗浄し、
有機層を濃縮して 4-ヒドロキシ-1-フェニルナフタレン-2-カルボン酸エチルを得た。
③ 加水分解
16
COOH
COOEt
aq NaOH
OH
IPA
OH
Mw =264.28
Mw =292.34
カルボン酸エチル体 11.7 g (40 mmol)に、IPA 200 ml、水 120 ml、NaOH 32 g を加え、
還流温度で 7 時間反応させた。原料の消失を確認後、IPA を留去し、濃塩酸 25 ml で中和
し、THF 200 ml、酢酸エチル 100 ml を加えて分液後、有機層を 10%食塩水で洗浄した。
有機層を濃縮し、トルエン 200 ml を加えて、析出した固体をろ過した。4-ヒドロキシ-1フェニル-2-ナフタレンカルボン酸を 9.25 g (35 mmol)の黄色固体として得た。
③
環化
O
COOH
pTsOH
OH
OH
Toluene
Mw=264.286
9-3
Mw=246.26
ナフタレンカルボン酸体にトルエン 300 ml と pTsOH を 33 g (174 mmol, 5 eq)加え、還
流温度で 4 時間反応させた。生成する水は Dean-Stark 管により除去した。原料の消失を確
認後、水 300 ml を加え、析出したオレンジ色の固体をろ過し、9.73 g (32 mmol )の 5-ヒド
ロキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-3 を得た。
得られた化合物の構造を、NMR、MS、IR 測定し、その構造を同定した。
化合物3の中間体9-3
5-ヒドロキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン
Mp 262-263 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 7.15 (1H, s), 7.28 (1H, t, J=14.8 Hz), 7.57 (2H, m), 7.64 (1H, t,
J=15 Hz), 7.72 (1H, t, J=14 Hz), 8.11 (1H, d, J=8 Hz), 8.36 (1H, d, J=8.4 Hz), 8.59 (1H, d,
J=8 Hz), 9.93 (1H, d, J=5.6 Hz).
LC-MS 247.0706 (M+1) (Calculated exact mass for C17H11O2 (M+1) 247.0680).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3390, 1712, 1575, 1454, 1399, 1349, 1230.
17
以上より、得られた化合物が、5-ヒドロキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-3 である
ことを確認した。
2.3.2.2 化合物 3 中間体 10-3 の合成
O
O
HO
OH
pTsOH
Toluene
O
10-3
Mw=246.26
Mw=436.51
Mw=208.26
三口フラスコに、フルオレン-7-オン 9-3 4.43 g (17.99 mmol)を入れ、そこにトルエン 180
ml およびメチルイソブチルケトン 50 ml を加え、しばらく攪拌した後、還流状態になるま
で加熱し、そこで 15 分間加熱溶解させた。溶解を確認した後、その温度を保持したまま、
そこにジフェニルプロパギルアルコール 4.54 g (21.80 mmol)を加え、少量の pTsOH を添
加し、一時間反応させた。転化率が 80%であったため、さらにジフェニルプロパギルアル
コール 1.13 g (5.4 mmol)を追加し、さらに 1 時間反応を継続し、転化率 86%を確認したと
ころで冷却し反応を止めた。
ここに 10% NaOH 水溶液を 21 ml 加え、そこにテトラフドロフラン 230 ml を加え、さ
らに 10%食塩水を 100 ml 加え、しばらく攪拌することで、反応物を有機層中に抽出した。
その後、抽出した有機層を 50 ml の水で計 4 回洗浄し、有機層を分液した。
得られた有機層を減圧下で濃縮し、乾固した後そこにアセトン 90 ml を加え、90 分還流
下でリスラリー洗浄した後、固体を濾過し、真空乾燥したところ、黒紫色固体 3.91 g (8.96
mmol)の 3,3-ジフェニルベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン 10-3 を収率
49.8%で得た。
得られた化合物の構造を、NMR、MS、IR スペクトルを測定し、その構造を同定した。
18
化合物3の中間体10-3 3,3-ジフェニルベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン
Mp 253-255 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 6.36 (1H, d, J=10.4Hz), 7.19 (1H, t, J=16 Hz), 7.26 (4H, t,
J=13.6Hz), 7.32 (4H, t, J=14.4 Hz), 7.43 (1H, t, J=16 Hz), 7.51 (4H, d, J=8.8 Hz), 7.56
(3H, m), 7.86 (1H, d, J=7.2 Hz), 7.91 (1H, d, J=9.6 Hz), 8.38 (2H, m).
LC-MS 437.1649 (M+1) (Calculated exact mass for C32H21O2 (M+1) 437.1463).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3054, 3026, 1700, 1601, 1490, 1463, 1398, 1369, 1338, 1274.
以上より、得られた化合物が 3,3-ジフェニルベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)オン 10-3 であることを確認した。
2.3.2.3 中間体 10-3 から化合物 3 の合成
O
OH
O
Li
O
THF / -78
10-3
Mw=614.75
Mw=436.51
三口フラスコに 4-ブロモフェナントレン 384 mg (1.5 mmol)をヘプタン 10 ml に溶解し、
5 ℃に冷却した。
これに 1.6 mol dm-3 の n-ブチルリチウムヘキサン溶液 0.94 ml (1.5 mmol)
を滴下し、1 時間反応させた。これに中間体 10-3 458 mg (1.05 mmol)の THF 溶液 (10ml)
を滴下し、1 時間反応させた。その後徐々に室温まで戻し、3 時間反応させた。水および 10%
食塩水で各 3 回ずつ洗浄し、有機層を集め、溶媒を減圧留去後、展開溶媒にクロロホルム
を用いたシリカゲルカラム(シリカ量 50 g)を行い、純度 97%のフェナントレン付加体 3,13ジヒドロ-3,3-ジフェニル-13-(4-フェナントリル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13-オ
ール 440 mg (0.72 mmol)を固体として得た。収率は 66%であった。
19
OH
pTsOH
O
Toluene
O
3
Mw=614.75
Mw=596.73
三口フラスコに、フェナントレン付加体 400 mg (0.65 mmol)をトルエン 20 ml に溶解さ
せ、75 ℃に昇温し、フェナントレン付加体が完全に溶解したことを確認したのち、少量の
pTsOH を添加し、TLC で原料が消えるまで反応させた。原料の消失を確認後、水洗 2 回、
10%食塩水で 2 回洗浄し、溶媒を留去した。得られた残渣をクロロホルムカラム(シリカ
ゲル 50 g)で精製し、さらにメタノール再結晶、アセニトリル再結晶を行い、純度 99%の
3,3-ジフェニルスピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ
[def]フェナントレン] 3 を淡黄色固体として 330 mg (0.55 mmol, 収率 85%)得た。
得られた結晶の構造を、NMR、LC-MS、IRスペクトルを測定し、その構造を同定した。
化合物3 3,3-ジフェニルスピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シク
ロペンタ[def]フェナントレン]
Mp 209-212 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 5.11 (1H, d, J=10.0 Hz), 5.33 (1H, d, J=9.5 Hz), 6.44 (1H, d,
J=7.5 Hz), 6.95 (3H, m), 7.19 (10H, m), 7.37 (1H, t, J=7.8 Hz), 7.54 (3H, m), 7.68 (1H, t,
J=7.8 Hz), 7.89 (2H, d, J=8.0 Hz), 7.98 (2H, s). 8.32 (1H, d, J=8.0 Hz), 8.45 (1H, d, J=8.5
Hz), 8.78 (1H, d, J=8.5 Hz).
LC-MS 597.2282 (M+1) (Calculated exact mass for C46H29O (M+1) 597.2213).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3043, 1563, 1488, 1470, 1458, 1417, 1394, 1370,1271.
以上より、得られた化合物が、3,3-ジフェニルスピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラ
ン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] 3 であることを確認した。
以下、本研究で使用した 4-ブロモフェナンスレンおよびプロパギルアルコールの一般合
成法を述べる。
20
2.3.3 4-ブロモフェナンスレンの合成
本論文の化合物合成で使用した 4-リチオフェナンスレンは、4-ブロモフェナンスレンよ
り合成した。以下に 4-ブロモフェナンスレンの合成方法を述べる。
Br
16
15
14
Br
Br
COOH
CH2OH
Br
17
Br
18
20
19
図 9 4-ブロモフェンスレンの合成スキーム
2.3.3.1 4-ブロモフルオレンの合成
フルオレンをニトロメタンに溶解し、塩化アルミの存在下で、2,6-ジ-t-ブチル-p-クレゾ
ールと反応させた。収率 95%で黄色結晶の 2,7-ジ-t-ブチルフルオレンを得た。
次いで、2,7-ジ-t-ブチルフルオレンを塩化メチレンに溶解し、塩化第一鉄(FeCl2)存在
下で-15 ℃で臭素を徐々に滴下し、反応 10 時間後、4-ブロモ 2,7-ジ-t-ブチルフルオレンを
得た。
次いで、4-ブロモ 2,7-ジ-t-ブチルフルオレンをトルエンに溶解し、塩化アルミニウム存在
下、50 ℃で 5 時間反応させ、4-ブロモ 2,7-ジ-t-ブチルフルオレン中の t-ブチル基をトルエ
ンに転移させ、4-ブロモフルオレンを得た 12)。
2.3.3.2
4-ブロモフェナンスレンの合成
4-ブロモフルオレンを乾燥ジエチルエーテルに溶解し、-78 ℃に冷却し、そこに 1.6 mol
21
dm-3 のフェニルリチウムヘキサン溶液を徐々に加え、そのまま数時間反応させた。その後
反応液をドライアイス上にゆっくりと滴下し、その後水でクエンチし、4-ブロモフルオレン
-9-カルボン酸を得た。
4-ブロモフルオレン-9-カルボン酸を水素化リチウムアルミニウムで還元して、4-ブロモ
フェナンスレン-9-メタノールを得た。
4-ブロモフェナンスレン-9-メタノールをキシレンに溶解し、ポリリン酸存在下で加熱す
ることにより、4-ブロモフェナンスレンを得た 13) 。
2.3.4 1,1-ビスアリール-2-プロピン-1-オール(プロパギルアルコール)の合成
O
R4
R3
+
Li
C
C
R4
H
NH2
HO
H2N
R3
14
14-1 R3=R4=H
14-2 R3=OMe, R4=morpholine
14-3 R3=R4=OMe
図 10 プロパギルアルコールの合成スキーム
置換あるいは無置換のベンゾフェノンをジメチルホルムアミドに溶解し、リチウムアセ
チリドエチレンジアミン錯体を室温で反応させることで、各種プロパギルアルコールを合
成した 14)。
2.4
フォトクロミック特性の評価
2.4.1 発退色挙動の測定
化合物 2、化合物 3 それぞれを 5.8 x 10-3 mol dm-3 の濃度でトルエンに溶解させた。それ
を光路長 1 mm の石英セルに注入し、フォトクロミック特性を評価した。
フォトクロミック特性評価は、図 11 に示す装置を用いた。本装置はトクヤマにてデザイ
22
表4 図 11 中のパーツとその仕様
Parts
Model Name
Manufacture
1) Photo detector
MCPD3000
Otsuka Electronics Co.Ltd.
2) Xenon Lamp
L2480 (300W)
Hamamatsu Photonics K.K
3) Halogen Lamp
I2 Lamp (12V / 100W)
Iwaaki Electric Co.Ltd
4) Filter
Air Mass Filter 2
KOYO Cororation
5) Chamber
PU-2KT (-40 to 100 ℃,
ESPE Corp.
Flutuation : -0.3 to 0.3 ℃
化合物のトルエン溶液の入った石英セルをチャンバーの中で 5 分間保持した後測定を開
始した。キセノンランプからの光にて 120 秒励起し、その間の発色挙動を測定した。120
秒の励起後、光照射を止め、そこから 1200 秒間退色挙動を測定した。
2.4.2 NP 体の紫外・可視スペクトルの評価
化合物 2、化合物 3 それぞれを 5 x 10-8 mol dm-3 の濃度でトルエンに溶解させた。それを
光路長 10 mm の石英セルに注入し、紫外・可視スペクトルを評価した。
スペクトルの測定には、
島津製 UV-2550 分光光度計を用いた。
評価温度は 23 ℃である。
2.4.3 NP 体の紫外・可視スペクトルおよび MC 体のスペクトル
図 12 の(a)に、化合物 2 および化合物 3 の NP 体の紫外・可視スペクトルを、(b)に MC
体のスペクトルを示す。
また、表 5 にそれぞれの測定結果のまとめを示す。
さらに、図 13 に、それぞれの MC 体の発退色スペクトルを示す。
24
1
(a) NP forms
Absorbance
0.8
2
3
0.6
0.4
0.2
0
300
400
500
600
700
Wavelenghth /nm
Absorbance
1.5
(b) MC forms
2
3
1
0.5
0
400
500
600
Wavelength (nm)
700
800
図 12. Absorption spectra of naphthopyrans 2 and 3 in toluene at 23 oC.
(a) NP forms; (b) MC forms.
Concentration: (a) 5.0 x 10-5 mol dm-3 for NP forms. (b) 5.8 x 10-3 mol dm-3 for MC forms.
Irradiation condition for (b): Xenon lamp (300 nm - 500 nm based on ISO regulation).
25
表 5. Photochromic properties of 2 and 3 in toluene at 23 oC.
Naphthopyrans
2
3
max /nm
Fading rate
Absorbance of MC
form at pss
t1/2 /seca)
t3/4 /secb)
418
0.80
629
---
525
1.60
660
---
423
0.47
31
74
527
0.91
33
81
a) t1/2: Half life time. b) t3/4: Time required for three quarters of the initial absorbance disappears.
Normalized absorbance
1
2
3
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0
100
200
300
400
500
600
Time /sec
図 13. Photocoloration and thermal fading of 2 and 3 in toluene at 23 oC.
Solvent and concentration: Toluene (5.8 x 10-3 mol dm-3).
Irradiation: Xenon lamp (300 nm - 500 nm based on ISO regulation).
Detection wavelength: 2: 525 nm; 3: 527 nm.
これらの測定結果より、化合物 3 は化合物 2 よりも著しく速い退色速度を示した。しか
し. 図 12(b)に見られるよう、その発色色調は紫色であり、実際の調光レンズに使用するに
は好ましくない色調である。さらに退色速度は確かに改善されたが、依然実用的にはまだ
遅すぎる。
26
2.5
まとめ
インデノナフトピランの 13 位にスピロフェナンスレン基を導入することで、発色構造の
エネルギーを制御し、著しく退色速度を向上することに成功した。次章では、これを基本
構造として、その色調と退色速度のさらなる改良を述べる。
2.6
1)
引用文献
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2H-chromenes and 2H-pyrans. J Am Chem Soc 1969;88:5931-5933.
2)
Delbaere S, Luccioni-Houze B, Bochu C, Teral Yannick, Campredon M, Vermeersch
G. Kinetic and structural studies of the photochromic process of 3H-naphthopyrans
by UV and NMR spectroscopy. J Chem Soc Perkin Trans 2 1998;1153-1157
3)
Stephanie Delbare and Gaston Vermeersch. NMR proofs of the involvement of an
allenyl-naphthol as a key-intermediate in the photochormic process of
3H-naphthopyrans. Tetrahedron Letters 2003; 44,259-262
4)
Van Gemert B, Kumar A, Knowles D B. Naphthopyrans. Structural features and
photochromic properties. Mol Cryst Liq Cryst 1997;297:131-138.
5)
Van Gemert B. The commercialization of plastic photochromic lenses: A tribute to
John Crano. Mol Cryst Liq Cryst 2000;344:57-62.
6)
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7)
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sensitive photochromic dyes. USPat 1999;WO99/031081.
8)
Clarke DA, Heron BM, Gabbutt CD, Hepworth JD, Partington SM, Corns SN.
Photochromic substituted 2H-naphtho[1,2-b]pyrans. USPat 2002;WO00/35902.
9)
Van Gemert B, Kumar A, Knowles D B. Naphthopyrans. Structural features and
photochromic properties. Mol Cryst Liq Cryst 1997;297:131-138.4)
10) 百田潤二、
「ナフトピラン化合物 -プラスチック自動調光レンズ材料の開発史-」、
高分子学会編、
最先端材料システムワンポイント 8
「フォトクロミズム」
共立出版、2012.
11) Kumar A, Van Gemert B, Knowles DB. Substituted naphthopyrans. USPat 1995
5,458,814.
12) Kajigaeshi S, Kadowaki T, Nishida A, Fuzisaki S. Selective preparation of fluorene
27
derivatives using the t-butyl function as positional protective group. Bull Chem Soc
Jpn 1986;59:97-103.
13)
Newman MS, Patrick TB, Darlak RS, EZuech EA. Synthesis of
4-bromophenanthrene. J Org Chem 1969;34:1904-1906.
14) Nakatsuji S, Narashima K, Iyoda M, Akimaya S. A simple and convenient synthesis
of aryl-substituted push-pull butadienes from 1,1-diaryl-2-propyn-1-ols. Bull Chem
Soc Jpn 1998;61:2253-2255.
15) ISO 8980-3. Ophthalmic optics uncut finished spectacle lenses, Part 3.
Transmittance specifications and test methods: second edition 2003.
28
第3章
吸収スペクトルの最適化
29
第 3 章 吸収スペクトルの最適化
表 1 に示したように、一般的に調光レンズの発色色調は、中間色であるグレー、ブラウ
ンが好まれる。これら色調を達成するためには、可視光領域に幅広い吸収を有する化合物
が必要となる。すなわち、黄色、赤色、青色の3原色である。しかし、あまりにも特性の
異なる化合物を数種混ぜ、中間色を作り出すのは、それぞれの、発色濃度、耐久性、退色
速度のバランスを調整しなければならず、思いの外容易ではない。そこで、一つの化合物
で中間色を示すような化合物が設計できれば、物性バランスを整えることが容易となる。
しかもレンズの製造プロセスにおいても多種混合の必要がなくなれば工程が単純化され、
間違い等によるトラブルも軽減できる。
第 2 章で得られた化合物 3 は、発色色調が紫であるため、このままでは使いづらい。少
なくとも長波長化させ、吸収を 700nm 付近まで届くように変更しなければならない。また
中間色を示すためにも、2 つ以上の異なる吸収極大値を有するような設計が必要である。第
3 章では、化合物 3 の吸収波長を長波長化、さらには中間色を示すよう、その吸収波長の調
節を行った結果を述べる。
3.1
吸収波長の長波長化のための置換基および適切な置換位置の予測
吸収波長の調整手段として、インデノナフトピランの置換基効果により、吸収波長を変
化させる手法を用いた。まずは、どの位置に、どのような置換基を入れれば、所望の結果
が得られるかを予測するため、アセトフェノンによる置換基効果を実測した。
基本となるインデノナフトピランの MC 体には電子求引基であるカルボニル基があるの
で(図 7 参照)
、電子供与基を導入して push-pull 的な電子効果を考えることにした。MC
体のカルボニル基はナフタレン環の片方のベンゼン環に隣接して存在するので、このベン
ゼン環のどの位置に電子供与基を導入すると吸収が長波長化するかを、アセトフェノンを
モデルとして調べることにした。
3.1.1 アセトフェノンにおける置換基効果
無置換、オルト、メタ、パラ位にメトキシ基を有する合計 4 種のアセトフェノンの紫外・
可視スペクトルを評価した。
30
3.1.2 実験
4 種のアセトフェノンをそれぞれ 1.2 x 10-4 mol dm-3 の濃度でメタノールに溶解させた。
それぞれを光路長 1 cm の石英セルに入れ、温度 21 ℃で、その紫外・可視吸収スペクトル
を測定した。測定には、島津製 UV-2550 分光光度計を用いた。
3.1.3 結果
測定結果を図 14 に示す。また吸収極大値およびモル吸光係数を表 6 にまとめた。
25,000
non
o-methoxy
20,000
m-methoxy
e /mol-1 dm3 cm-1
p-methoxy
15,000
10,000
5,000
0
200
250
300
350
Wavelength /nm
図 14.
UV spectra of methoxy-substituted acetophenones.
Solvent: Methanol
Concentration: 1.2 x 10-4 mol dm-3.
31
400
表 6 Absorption spectral data of acetophenone derivatives.
Substituent
max /nm (e /mol-1 dm3 cm-1)
None
241 (11,900)
279 (1,000)
o-Methoxy
246 (7,300)
306 (3,300)
m-Methoxy
248 (7,000)
305 (2,200)
p-Methoxy
218 (10,800)
278 (15,000)
Solvent: Methanol
Concentration: 1.2 x 10-4 mol dm-3.
無置換体は 279 nm に B バンドと呼ばれる*遷移に基づく小さな吸収帯をもち、241
nm に K バンドと呼ばれる*遷移に基づく大きな吸収帯をもつ。パラ位をメトキシ基で置
換した場合は、おそらく分子内電荷移動に基づく大きな吸収帯を示したが、それより長波
長側には吸収は見られなかった。一方で、オルト位、メタ位にメトキシ基を置換した場合
は、無置換体と比べ長波長側に中程度の吸収帯が確認された。そのモル吸光係数は無置換
体の長波長側の吸収帯と比べて 2 倍以上になることが確認された。
この無置換体が化合物 3 の MC 体に対応するとした場合、
インデノナフトール基の 5 位、
6 位、あるいは 8 位に電子供与基を導入すれば、長波長化が期待できることがわかった。合
成上の観点から、6 位に導入すれば、2.3.2.1②の合成反応の際に置換基の異性体の生成を考
えなくて良いので、6 位に電子供与基を導入することが最適であると予想された。
3.2
インデノナフトピランにおける DFT 計算による吸収波長の予測
実際の化合物合成に入る前に、DFT 計算を用い、6 位の電子供与基効果について、その
吸収波長の予測を行った。化合物 4 はメトキシ基を、化合物 5 はモルホリノ基を導入した
化合物である(図 8)
。結果を図 15 に示す。
32
3
4
5
Normalized absorbance
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00
200
300
400
500
600
700
Wavelength /nm
図 15. UV-Vis spectra of CT conformer of MC-form of C6-substituted naphthopyrans obtained
by DFT calculations.
アセトフェノンで予測されたのと同様に、いずれの場合でも長波長化を与える結果とな
った。さらにその電子供与性が増加するにつれ、より長波長へシフトするだけでなく、可
視域に 2 つの吸収極大を示すようになることが観察された。
さらに、表 7、8、9 に化合物 3、4、5 のそれぞれの DFT 計算より得られた励起波長およ
び遷移軌道結果を示す。
化合物 3 では、振動子強度の大きさから、CT 体の吸収波長の極大値はそれぞれ、377 nm
と 509 nm と予測される。また、その吸収波長を与える遷移軌道は、Amplitude の絶対値
がそれぞれの遷移軌道の寄与率であるとすると、509 nm では HOMOLUMO が主たる遷
移として、377 nm では、HOMO-1LUMO が主たる遷移に相当することが推測される。
HOMO の電子密度分布より、509 nm の遷移には、インデノ環からメチン鎖につながる
電子が関与していることが伺える。また 377 nm の遷移には、ナフタレン環からメチン鎖を
通し、C3 位で結合したフェニル基に分布する電子が関与していることが、HOMO-1 の電
子密度分布から伺える。
33
表 7. DFT 計算より得られた化合物 3 の励起波長と遷移軌道
Excitation
No
Wavelength
energy
(nm)
(eV)
Intensity
1
2.4384
509.3503937
0.733311
2
2.7172
457.088179
0.0128729
3
3.2866
377.8981318
0.519661
4
3.4988
354.9788499
0.0530699
5
6
3.6065
3.6428
344.378206
340.9465247
0.107542
0.0624214
HOMO
LUMO
HOMO-1
3
34
Transfer Orbit
Amplitude
HOMOLUMO
0.9451
HOMO-1LUMO
-0.2327
HOMO-1LUMO
0.2729
HOMO-2LUMO
0.9387
HOMO-1LUMO
0.8466
HOMO-2LUMO
-0.2717
HOMO-3-->LUMO
0.9693
HOMOLUMO+1
-0.5155
HOMOLUMO+2
0.2972
HOMO-4LUMO
0.5612
HOMO-5-->LUMO
-0.5221
HOMOLUMO+1
0.3113
HOMO-4-->LUMO
0.7821
HOMO-5LUMO
0.4864
化合物 4 では、振動子強度の大きさから、CT 体の吸収波長の極大値はそれぞれ、403 nm
と 545 nm と予測される。また、その吸収波長を与える遷移軌道は、Amplitude の絶対値
がそれぞれの遷移軌道の寄与率であるとすると、545 nm では HOMOLUMO が主たる遷
移として、403 nm では、HOMO-1LUMO が主たる遷移に相当することが推測される。
HOMO の電子密度分布より、545 nm の遷移には、インデノ環からメチン鎖につながる
電子が関与していることが伺える。また 403 nm の遷移には、ナフタレン環からメチン鎖を
通し、C3 位で結合したフェニル基に分布する電子が関与していることが、HOMO-1 の電
子密度分布から伺える。
表 8. DFT 計算より得られた化合物 4 の励起波長と遷移軌道
Excitation
No
energy
(eV)
Wavelength
(nm)
Intensity
1
2.2754
545.8380944
2
2.7566
450.5550316 0.0124562
3
4
5
6
3.0764
3.4334
3.5304
3.6004
403.7186322
361.7405487
0.519145
0.523372
0.227631
351.8014956 0.0219598
344.9616709
0.325045
35
Transfer Orbit
Amplitude
HOMO-->LUMO
0.9333
HOMO-1LUMO
-0.2811
HOMO-2-->LUMO
0.7556
HOMO3LUMO
0.6143
HOMOLUMO
0.2411
HOMOLUMO+1
0.2228
HOMO-1-->LUMO
0.9077
HOMOLUMO+2
0.2444
HOMO-2LUMO
-0.5671
HOMO-3-->LUMO
0.7316
HOMOLUMO+1
0.2474
HOMO-4-->LUMO
0.9481
HOMO-->LUMO+1
0.6971
HOMO-4LUMO
-0.5590
HOMO-5LUMO
-0.2731
HOMO
LUMO
HOMO-1
4
化合物 5 では、振動子強度の大きさから、CT 体の吸収波長の極大値はそれぞれ、430 nm
と 578 nm と予測される。また、その吸収波長を与える遷移軌道は、Amplitude の絶対値
がそれぞれの遷移軌道の寄与率であるとすると、578 nm では HOMOLUMO が主たる遷
移として、430 nm では、HOMO-1LUMO が主たる遷移に相当することが推測される。
HOMO の電子密度分布より、578 nm の遷移には、インデノ環からメチン鎖につながる
電子が関与していることが伺える。また 430 nm の遷移には、ナフタレン環からメチン鎖電
子が関与していることが、HOMO-1 の電子密度分布から伺える。
36
表 9. DFT 計算より得られた化合物 5 の励起波長と遷移軌道
Excitation
No
energy
(eV)
Wavelength
(nm)
Intensity
1
2.1492
577.8894472
0.467107
2
2.7726
447.9549881
0.00351682
3
2.8868
430.2341693
0.52797
4
5
6
3.3661
3.5111
3.5522
368.9729955
353.7352966
349.6424751
0.258547
0.445787
0.0325868
Transfer Orbit
Amplitude
HOMO-->LUMO
0.9281
HOMO-1LUMO
-0.3095
HOMO-2LUMO
0.4907
HOMO-3-->LUMO
0.8346
HOMOLUMO
0.2750
HOMO-1-->LUMO
0.9054
HOMOLUMO+2
0.2482
HOMOLUMO+1
-0.3125
HOMO-2-->LUMO
0.7498
HOMO-3LUMO
-0.4313
HOMO-->LUMO+1
0.7859
HOMO-2LUMO
0.2550
HOMO-5LUMO
0.4231
HOMO-4-->LUMO+2
0.9705
振幅強度の大きさから、CT 体の可視光域での吸収波長の極大値はそれぞれ、430 nm と
578 nm と予 測 さ れ る。 ま た 、 578 nm が HOMOLUMO の 遷 移に 、 430 nm が
HOMO-1LUMO に相当することが推測された。
578 nm の遷移には、インデノ環からメチン鎖につながる共役系が関与していることが、
HOMO の電子雲から伺える。また 430 nm の遷移には、モルホリノ基から供与されたナフ
タレン環上の電子が関与していることが、HOMO-1 の電子雲から伺える。
37
HOMO
LUMO
HOMO-1
5
いずれの化合物においても、長波長側の吸収には、HOMOLUMO 遷移が主として寄与
し、またインデノ環からメチン鎖に分布する電子が大きく関与し、一方で短波長側の吸収
には、HOMO-1LUMO 遷移が主として寄与し、ナフタレン環上に分布している電子が関
与していることが伺えた。
以上の予想吸収スペクトルより、モルホリノ基をもつ化合物 5 は、中間色を示す理想的
なスペクトルであるが、500 nm 付近の吸収の落ち込みが激しいため、赤色が抜けた色調と
なる可能性が予想される。そこで、実際にメトキシ基およびモルホリノ基をもつ化合物の 2
つを合成し、その物性を測定した。
38
3.3 化合物の合成
3.3.1 化合物 4 の合成
3.3.1.1 中間体 5-ヒドロキシ-3 メトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-4 の合成
② Stobbe 反応
COOEt
O
t-BuOK
THF / 60
Diethyl succinate
COOH
OMe
OMe
Mw =212.25
Mw=340.38
メトキシベンゾフェノン 21.22 g (100 mmol)とコハク酸ジエチル 20.0 g (115 mmol)を
THF 80 ml に溶解させて 50 ℃に加熱した。これに、t-BuOK 14.6 g (130 mmol)の THF 溶
液 200 ml を滴下し、60 ℃で 2 時間反応させた。
水 160 ml とトルエン 80 ml を加えて分液し、水層にトルエン 140 ml と濃塩酸 12 ml を
加え、有機層を 10%の食塩水で 2 回洗浄した。有機層を濃縮して Stobbe 反応生成物 32 g
を褐色のオイルとして得た。
③
環化及びアセテートの加水分解
COOEt
COOEt
COOEt
Ac2 O, AcONa
COOH
aq NaOH
O
Toluene
O
OMe
Mw=340.38
OMe
Mw =364.40
OH
CH3
OMe
Mw =322.36
Stobbe 反応生成物 32 g に無水酢酸 46.5 g (456 mmol)、酢酸ナトリウム 7.5 g (91 mmol)、
トルエン 100 ml を加え、還流温度で 2 時間反応させた。20 ℃まで冷却後、水を 116 ml
加え、1 時間撹拌し、有機層を分液後、116 ml の水で 2 回洗浄し、アセテート体のトルエ
ン溶液を得た。
これに、10%の NaOH aq を 200 ml とメタノール 200 ml を加え、室温で 3 時間反応さ
39
せて、加水分解した。反応液を濃縮し、トルエン 200 ml を加え、10%食塩水で 3 回洗浄し、
有機層を濃縮して 4-ヒドロキシ-6-メトキシ-1-フェニルナフタレン-2-カルボン酸エチルを
得た。
④
加水分解
COOH
COOEt
aq NaOH
OH
OH
IPA
OMe
OMe
Mw =294.31
Mw =322.36
メトキシカルボン酸エチル体 12.9 g (40 mmol)に、IPA 200 ml、水 120 ml、NaOH 32 g
を加え、還流温度で 7 時間反応させた。原料の消失を確認後、IPA を留去し、濃塩酸 25 ml
で中和し、THF 200 ml、酢酸エチル 100 ml を加えて分液後、有機層を 10%食塩水で洗浄
した。有機層を濃縮し、トルエン 200 ml を加えて、析出した固体をろ過した。4-ヒドロキ
シ-6-メトキシ-1-フェニル-2-ナフタレンカルボン酸を 10.3 g (35 mmol)の黄色固体として得
た。
④
環化
O
COOH
pTsOH
OH
OMe
Mw=294.31
OH
Toluene
OMe
9-4
Mw=276.29
メトキシナフタレンカルボン酸体にトルエン 300 ml と pTsOH を 33 g (174 mmol, 5 eq)
加え、還流温度で 4 時間反応させた。生成する水は Dean-Stark 管により除去した。原料の
消失を確認後、水 300 ml を加え、析出したオレンジ色の固体をろ過し、8.84 g (32 mmol )
の 5-ヒドロキシ-3-メトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-4 を得た。
得られた固体の構造を、NMR、MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
40
化合物4の中間体9-4
5-ヒドロキシ-3メトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン
Mp 218-220 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.98 (3H, s), 7.11 (1H, s), 7.26 (1H, t, J=14.8 Hz), 7.33 (1H, d,
J=9.2 Hz), 7.52 (2H, t, J=12.5 Hz), 7.65 (1H, d, J=2.8 Hz), 8.03 (1H,s), 8.49 (1H, d, J=9.2
Hz), 9.76 (1H, s).
LC-MS 277.0807 (M+1) (Calculated exact mass for C18H13O3 (M+1) 277.0786).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3337, 1703, 1622, 1578, 1484, 1459, 1377, 1289, 1264.
以上より、得られた化合物が、中間体である 5-ヒドロキシ-3 メトキシ-7H-ベンゾ[c]フル
オレン-7-オン 9-4 であることが確認できた。
3.3.1.2 中間体5-メトキシ-3,3-ジフェニルベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オ
ン10-4の合成
O
O
HO
OH
pTsOH
O
Tol.
OMe
OMe
9-4
10-4
Mw=466.54
Mw=276.29
三口フラスコに、ヒドロキシフルオレン-7-オン 9-4 5 g (18 mmol)を入れ、そこにトルエ
ン 250 ml およびメチルイソブチルケトン 50 ml を加え、しばらく攪拌した後、還流状態に
なるまで加熱し、15 分間加熱溶解させた。溶解を確認した後、その温度を保持したまま、
ジフェニルプロパギルアルコール 5.62 g (27mmol)を加え、少量の pTsOH を添加し、一時
間反応させた。転化率 85%を確認したところで冷却をし反応を止めた。
ここに 10% NaOH 水溶液を 21 ml 加え、
テトラフドロフラン 260 ml を加え、
さらに 10%
食塩水を 100 ml 加え、しばらく攪拌することで、反応物を有機層中に抽出した。
その後、抽出した有機層を 50 ml の水で計 4 回洗浄し、有機層を分液した。
得られた有機層を減圧下で濃縮し、乾固した後アセトン 90 ml を加え、90 分還流下でリ
スラリー洗浄した後、固体を濾過し、真空乾燥を行って、黒紫色固体 4.2 g (9 mmol)の中間
体 5-メトキシ-3,3-ジフェニルベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン 10-4 を収率
41
50.2%で得た。
得られた固体の構造を、NMR、MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
化合物4の中間体10-4
5-メトキシ-3,3-ジフェニルベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-
13(3H)
Mp 209-212 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.97 (3H, s), 6.34 (1H, d, J=10 Hz), 7.21 (2H, m), 7.33 (6H, m),
7.41 (1H, t, J=20 Hz), 7.50 (4H, d, J=5.6 Hz), 7.56 (1H, d, J=12 Hz), 7.62 (1H, d, J=2.8
Hz), 7.81 (1H, d, J=7.6 Hz), 7.90 (1H, d, J=10.4 Hz), 8.29 (1H, d, J=9.2 Hz).
LC-MS 467.1791 (M+1) (Calculated exact mass for C33H23O3 (M+1) 467.1642).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3054, 3014, 1697, 1616, 1490, 1463, 1433, 1419, 1401, 1372, 1274,
1226.
以上より、得られた化合物が、中間体である 5-メトキシ-3,3-ジフェニルベンゾ[3,4]フル
オレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン 10-4 であることを確認した。
3-3-1-3 中間体 5-メトキシ-3,3-ジフェニルベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オ
ン 10-4 から化合物 4 の合成
O
OH
O
Li
O
THF / -78
OMe
OMe
10-4
Mw=644.77
Mw=466.54
三口フラスコ中 4-ブロモフェナンスレン 350 mg (1.36 mmol)をヘプタン 8 ml に溶解し、
5 ℃に冷却した。
これに 1.6 mol dm-3 の n-ブチルリチウムヘキサン溶液 0.88 ml (1.4 mmol)
を滴下し、1 時間反応させた。これに中間体 10-4 430 mg (0.92 mmol)の THF 溶液(9 ml)
を滴下し、1 時間反応させた。徐々に室温まで戻して、さらに 2 時間反応させた、水および
10%食塩水で各 3 回ずつ洗浄し、溶媒を留去後、展開溶媒にクロロホルムを用いたシリカ
ゲルカラム(シリカ量 50 g)を行い、純度 80%のフェナントレン付加体を、固体として 450
42
mg (0.56 mmol)得た。収率は 61%であった。
OH
pTsOH
O
Toluene
O
OMe
OMe
4
Mw=644.77
Mw=626.76
フェナントレン付加体 450 mg(純度 80%、0.56 mmol)をトルエン 50 ml に溶解させ、
三口フラスコに入れて還流温度まで昇温し、フェナンスレン付加体が完全に溶解したこと
を確認したのち、pTsOH を 0.12 g(0.63 mmol、1.1 eq)添加し、TLC で原料が消えるま
で反応させた。原料の消失を確認後、水で 2 回、10%食塩水で 2 回洗浄し、溶媒を留去し
た。得られた残渣をクロロホルムを用いたカラム(シリカ量 50 g)で精製し、さらにアセ
ニトリルより再結晶を行い、純度 99%の 6 メトキシ-3,3-ビフェニルスピロ[ベンゾ[3,4]フル
オレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン]4 を淡黄色固体とし
て 820 mg (0.13 mmol, 収率 23%)得た。
得られた結晶の構造を、NMR、LC-MS、IR スペクトルを測定し、その構造を同定した。
化合物 4
6-メトキシ-3,3-ジフェニルスピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン
-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] 淡黄色固体
Mp 281-284 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 4.00 (3H, s), 5.11 (1H, d, J=10.0 Hz), 5.32 (1H, d, J=9.6 Hz),
6.43 (1H, d, J=7.2 Hz), 6.95 (3H, m), 7.18 (10H, m), 7.35 (2H, m), 7.51 (2H, t, J=7.6 Hz),
7.73 (1H, d, J=2.8 Hz), 7.89 (2H, d, J=7.6 Hz), 7.98 (2H, s), 8.26 (1H, d, J=7.6 Hz), 8.70
(1H, d, J=9.2 Hz)
LC-MS 627.2021 (M+1) (Calculated exact mass for C47H31O2 (M+1) 627.2319).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3054, 1734, 1619, 1566, 1519, 1462, 1444, 1418, 1376, 1289.
以上より、得られた化合物が、6-メトキシ-3,3-ジフェニルスピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ
[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] 4 であることを確認した。
43
3.3.2 化合物 5 の合成
3.3.2.1 中間体 9-5 の合成
① Stobbe 反応
COOEt
O
t-BuOK
COOH
THF / 60
Diethyl succinate
N
N
O
O
Mw =267.33
Mw =395.45
4-(4-モルホリニル)ベンゾフェノン 26.7 g (100 mmol)とコハク酸ジエチル 20.0 g (115
mmol)を THF 80 ml に溶解させて 50 ℃に加熱した。これに、t-BuOK 14.6 g (130 mmol)
の THF 溶液 200 ml を滴下し、60 ℃で 2 時間反応させた。
水 160 ml とトルエン 80 ml を加えて分液し、水層にトルエン 140 ml と濃塩酸 12 ml を
加え、有機層を 10%の食塩水で 2 回洗浄した。有機層を濃縮して Stobbe 反応の粗生成物
36 g を褐色のオイルとして得た。
② 環化およびアセテートの加水分解
COOEt
COOEt
COOEt
Ac2 O, AcONa
COOH
aq NaOH
O
N
N
O
O
Mw =395.45
OH
O
Toluene
CH3
N
O
Mw =377.44
Mw =419.48
Stobbe 反応の粗生成物 36 g に無水酢酸 46.5 g (456 mmol)、酢酸ナトリウム 7.5 g (91
mmol)、トルエン 100 ml を加え、還流温度で 2 時間反応させた。20 ℃まで冷却後、水を
116 ml 加え、1 時間撹拌し、有機層を分液後、116 ml の水で 2 回洗浄し、アセテート体の
トルエン溶液を得た。
これに、10% NaOH aq を 200 ml とメタノール 200 ml を加え、室温で 3 時間反応させ
て加水分解した。反応液を濃縮し、トルエン 200 ml を加え、10%食塩水で 3 回洗浄し、有
44
機層を濃縮して 4-ヒドロキシ-6-(4-モルホリニル)-1-フェニルナフタレン-2-カルボン酸エチ
ルの粗生成物を得た。
③ 加水分解
COOEt
OH
COOH
aq NaOH
OH
IPA / reflux
N
N
O
O
Mw =467.56
Mw =439.51
ベンジル体に、IPA 200 ml、水 120 ml、NaOH 32 g を加え、還流温度で 7 時間反応させ
た。原料の消失を確認後、IPA を留去し、濃塩酸 25 ml で中和し、THF 200 ml、酢酸エチ
ル 100 ml を加えて分液後、有機層を 10%食塩水で洗浄した。有機層を濃縮し、トルエン
200 ml を加えて、析出した固体をろ過した。4-ベンジルオキシ-6-(4-モルホリニル)-1-フェ
ニルナフタレン-2-カルボン酸を 15.5 g (35 mmol)の黄色固体として得た。
④ 環化
O
COOH
OH
pTsOH
OH
Toluene
N
N
O
O
9-5
Mw =349.38
Mw =331.37
4-ベンジルオキシ-6-(4-モルホリニル)-1-フェニルナフタレン-2-カルボン酸 15.5 g (35
mmol)に THF 200 ml と MeOH 100 ml を加え、5% Pd/C (50 wt%、含水品) 5.0 g とギ酸ア
ンモニウム 5.0 g を加え、室温で 2 時間反応させた。原料の消失を確認後、Pd/C をろ別し、
溶媒を留去後、THF 150 ml を加え、10%食塩水で 2 回洗浄し、溶媒を留去して 4-ヒドロキ
シ-6-(4-モルホリニル)-1-フェニルナフタレン-2-カルボン酸を得た。
これにトルエン 300 ml と pTsOH を 33 g (174 mmol, 5eq)加え、還流温度で 4 時間反応
45
させた。生成する水は Dean-Stark 管により除去した。原料の消失を確認後、水 300 ml を
加え、析出したオレンジ色の固体をろ過し、10.55 g (31.8 mmol)の 5-ヒドロキシ-3-(4-モル
ホリニル)- 7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-5 を得た。
得られた化合物の構造を、NMR、MS、IR スペクトル測定を行い、その構造を同定した。
化合物5の中間体9-5
5-ヒドロキシ-3-(4-モルホリニル)- 7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン
Mp 288-290 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.50 (4H, t, J=9.6 Hz), 3.96 (4H, t, J=9.6 Hz), 6.99 (1H, s), 7.5
(2H, t, J=15.6 Hz), 7.61 (1H, d, J=11.6 Hz), 7.70 (2H, d, J=6.4 Hz), 7.81 (1H, d, J=2.8 Hz),
7.94 (1H, d, J=7.2 Hz), 8.47 (1H, d, J=9.6 Hz)
LC-MS 332.1222 (M+1) (Calculated exact mass for C21H18NO3 (M+1) 332.1208).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3054, 2976, 2872, 1705, 1628, 1595, 1584, 1494, 1474, 1455, 1399,
1352, 1287.
以上より、得られた化合物が、5-ヒドロキシ-3-(4-モルホリニル)- 7H-ベンゾ[c]フルオレ
ン-7-オン9-5であることを確認した。
3.3.2.2 中間体 11-5 の合成
O
O
BnCl, K 2 CO 3
OH
OBn
DMF / 60
N
N
O
O
11-5
Mw =331.37
Mw =421.50
5-ヒドロキシ-3-(4-モルホリニル)- 7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-5 8.33 g (25 mmol)
を DMF 150 ml に溶解し、塩化ベンジル 6.40 g (50 mmol)と炭酸カリウム 9.66 g (70 mmol)
を加え、60 ℃で 3 時間反応させた。原料の消失を確認後、水 150 ml、THF 300 ml、トル
エン 300 ml を加えて分液し、有機層を 10%食塩水で 2 回洗浄した。有機層を濃縮し、析出
した固体をメタノールでリスラリー洗浄することで、4.33 g (10 mmol)の 5-ベンジルオキシ
46
-3-(4-モルホリニル)- 7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 11-5 を赤色の固体として得た。
得られた化合物の構造を、NMR、MS、IR スペクトルを測定し、その構造を同定した。
化合物5の中間体11-5
5-ベンジルオキシ-3-(4-モルホリニル)- 7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-
オン
Mp 241-243 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.35 (4H, t, J=9.6 Hz), 3.92 (4H, t, J=9.6 Hz), 5.31 (1H, s), 7.14
(1H, s), 7.20 (1H, t, J=14.8 Hz), 7.37 (2H, m), 7.43 (3H, t, J=15.6 Hz), 7.55 (2H, d, J=18.8
Hz), 7.59 (1H, d, J=9.6 Hz), 7.61 (1H, s), 7.83 (1H, d, J=7.2 Hz), 8.33 (1H, d, J=9.2 Hz)
LC-MS 422.1731 (M+1) (Calculated exact mass for C28H24NO3 (M+1) 422.1751).
FT-IR (KBr)  /cm-1 1697, 1618, 1574, 1464, 1455, 1419, 1395, 1370, 1345, 1278.
以上より、得られた化合物が5-ベンジルオキシ-3-(4-モルホリニル)- 7H-ベンゾ[c]フルオ
レン-7-オン11-5であることを確認した。
3.3.2.3 中間体 12 の合成
O
OH
OBn
N
O
Mw=421.50
OH
H2
Li
Pd/C
THF / -78
OBn
OH
N
N
O
O
Mw=599.74
12-5
Mw=509.61
4-ブロモフェナンスレン 2.88 g (11.3 mmol)を THF 100 ml に溶解し、
-78 ℃に冷却した。
これに 1.6 mol dm-3 の n-BuLi ヘキサン溶液 5.6 ml (9 mmol)を滴下し、リチオ化した。こ
こに 5-ベンジルオキシ-3-(4-モルホリニル)- 7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 11-5 2.9 g (6.8
mmol)の THF 溶液 (300 ml)を滴下し、1 時間反応させた。反応液を 10%食塩水で洗浄し、
溶媒を留去後、展開溶媒にクロロホルム/酢酸エチル=90/10(v/v)を用いたシリカゲルカ
ラム(シリカゲル 300 g)を 2 回行い、純度 97%の 5-ベンジルオキシ-3-(4-モルホリノ)-7-(4フェナントリル)-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オールをピンク色の固体として 2.00 g (3.3
47
mmol)得た。
5-ベンジルオキシ-3-(4-モルホリノ)-7-(4-フェナントリル)-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オ
ール 1.00 g (1.7 mmol)を THF 30 ml に溶解させ、5% Pd/C (50 wt%、含水品) 0.8 g とギ酸
アンモニウム 0.8 g を加え、室温で 2 時間反応させた。原料の消失を確認後、Pd/C をろ別
し、溶媒を留去後、THF 100 ml を加え、10%食塩水で 2 回洗浄し、溶媒を留去して純度
97%の 5,7-ジヒドロキシ-3-(4-モルホリノ)-7-(4-フェナントリル)-7H-ベンゾ[c]フルオレン
12-5 を黄色の固体として 1.4 g(2.7 mmol)を得た。収率は約 40%であった。
得られた化合物の構造を、NMR、MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
化合物5の中間体12-5
5,7-ジヒドロキシ-3-(4-モルホリノ)-7-(4-フェナントリル)-7H-ベン
ゾ[c]フルオレン
Mp 251-253 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.29 (4H, t, J=9.6 Hz), 3.86 (4H, t, J=9.6 Hz), 6.32 (1H, t, J=15.2
Hz), 6.58 (1H, s), 6.93 (1H, t, J=14.8 Hz), 7.09 (2H, m), 7.32 (1H, t, J=14.4 Hz), 7.45 (1H,
d, J=8 Hz), 7.56 (4H, m), 7.74 (1H, d, J=8.8 Hz), 7.84 (1H, t, J=16 Hz), 7.96 (1H, d, J=7.2
Hz), 8.27 (1h, d, J=7.6 Hz), 8.70 (1H, d, J=9.6 Hz), 9.04 (1H. d, J=7.6 Hz)
LC-MS 510.2208 (M+1) (Calculated exact mass for C35H28NO3 (M+1) 510.2064).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3375, 3047, 2960, 2922, 2857, 1693, 1623, 1588, 1578, 1519, 1481,
1449, 1417, 1376, 1244.
以上より、得られた化合物が 5,7-ジヒドロキシ-3-(4-モルホリノ)-7-(4-フェナントリ
ル)-7H-ベンゾ[c]フルオレン 12-5 であることを確認した。
48
3.3.2.4 中間体 13 の合成
OH
pTsOH
OH
OH
Toluene
N
N
O
O
13-5
Mw=509.61
Mw=491.59
5,7-ジヒドロキシ-3-(4-モルホリノ)-7-(4-フェナントリル)-7H-ベンゾ[c]フルオレンにトル
エン 50 ml と pTsOH を少量加え、還流温度で 10 時間反応させた。原料の消失を確認し、
10%食塩水で洗浄し、溶媒を留去した。残渣の褐色のオイルを、クロロホルムでリスラリー
洗浄し、灰色固体の 3-(4-モルホリノ)-スピロ[7H-ベンゾ[c]フルオレン-7,4'-[4H]シクロペン
タ[def]フェナントレン]-5-オール 13-5 を 300 mg (0.61 mmol、純度 97%)得た。
得られた化合物の構造を、NMR、MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
化合物5の中間体13-5
3-(4-モルホリノ)-スピロ[7H-ベンゾ[c]フルオレン-7,4'-[4H]シクロ
ペンタ[def]フェナントレン]-5-オール
Mp 290-293 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.29 (4H, t, J=9.6 Hz), 3.86 (4H, t, J=9.6 Hz), 6.56 (1H, d, 8 Hz),
6.96 (2H, d, J=7.2 Hz), 7.04 (1H, t, J=8.4 Hz), 7.46 (1H, t, J=16 Hz), 7.54 (2H, t, J=14.8
Hz), 7.62 (2H, m), 7.92 (1H, s), 7.94 (1H, s), 8.00 (1H, s), 8.41 (1H, d, J=8 Hz), 8.80 (1H, d,
J=9.2 Hz)
LC-MS 492.2149 (M+1) (Calculated exact mass for C35H26NO2 (M+1) 492.1958).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3243, 2956, 2345, 1684, 1624, 1591, 1521, 1485, 1415, 1377, 1238,
1220.
以上より、得られた化合物が 3-(4-モルホリノ)-スピロ[7H-ベンゾ[c]フルオレン-7,4'-[4H]
シクロペンタ[def]フェナントレン]-5-オール 13-5 であることを確認した。
49
3-(4-モルホリノ)-スピロ[7H-ベンゾ[c]フルオレン-7,4'-[4H]シクロペンタ[def]フ
3.3.5.5
ェナントレン]-5-オール 13-5 から 6-(4-モルホリノ)-3,3-ジフェニルスピロ[ベンゾ[3,4]フル
オレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン](ナフトピラン 5)
の合成
pTsOH
HO
OH
Toluene
N
O
N
O
O
Mw=491.59
Mw=208.26
5
Mw=681.84
3-(4-モルホリノ)-スピロ[7H-ベンゾ[c]フルオレン-7,4'-[4H]シクロペンタ[def]フェナント
レン]-5-オール 13-5 120 mg (0.24 mmol)をトルエン 120 ml に溶解させ、ジフェニルプロパ
ルギルアルコール 77 mg(0.37 mmol)を加え、pTsOH を少量加えて 80 ℃で 12 時間反応
させた。<後処理>トルエン層を 10%食塩水で 3 回洗浄し、展開溶媒にクロロホルム/酢酸
エチル=90/10(v/v)を用いたシリカゲルカラム(シリカゲル量 100 g)を 2 回行い、分取
HPLC を用いて目的物を単離した。黄茶色の固体として 6-(4-モルホリノ)-3,3-ジフェニルス
ピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレ
ン](ナフトピラン 5)を 32 mg (0.047 mmol)取得した。
得られた化合物の構造を、NMR、LC-MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
化合物 5
6-(4-モルホリノ)-3,3-ジフェニルスピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン
-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] (黄茶色固体)
Mp 171-178 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.09 (4H, t, J=4.8 Hz), 3.79 (4H, t, 4.8 Hz), 4.99 (1H, d, J=10.0
Hz), 5.72 (1H, d, J=10.0 Hz), 6.28 (1H, d, J=6.8 Hz), 6.90 (2H, d, J=6.8 Hz), 7.00 (1H, t,
J=7.6 Hz), 7.23 (11H, m), 7.37 (1H, t, J=7.8 Hz), 7.60 (3H, m), 8.03 (2H, d, J=8.4 Hz),
50
8.09 (2H,s), 8.42 (1H, d, J=8.4 Hz), 8.77 (1H, d, J=10.0 Hz).
LC-MS 682.2541(M+1) (Calculated exact mass for C50H36NO2 (M+1) 682.2741).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3049, 2923, 2853, 1615, 1584, 1557, 1515, 1462, 1443, 1401, 1260.
以上より、得られた化合物が、6-(4-モルホリノ)-3,3-ジフェニルスピロ[ベンゾ[3,4]フルオ
レノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] 5 であることを確認し
た。
3.4
フォトクロミック特性の評価
第 2 章 2.4.1 で述べた装置を用い、同様にして化合物 3, 4, 5 のフォトクロミック特性を
評価した。
3.4.1 発色後の吸収スペクトルおよび波長変化
化合物 3, 4, 5 のフォトクロミック特性を表 10 にまとめた。またその紫外光照射時の吸収
スペクトルを図 16 に示した。
表 10. Spectral data and fading rate data of 4 and 5 in toluene at 23 oC.
Naphthopyran
3
4
5
max /nm
Absorbance of
MC form
Fading rate
t1/2 /seca)
t3/4 /secb)
423
0.47
31
74
527
0.91
33
81
416
0.59
51
136
549
0.87
57
197
430
1.00
109
589
573
0.96
138
1,040
a) t1/2: Half life time. t3/4: b) Time required for three quarters of the initial absorbance disappears.
51
1.2
3
4
5
1
Absorbance
0.8
0.6
0.4
0.2
0
400
500
600
700
800
Wavelength /nm
図 16. Absorption spectra of MC form (photostarionary state of UV irradiation) of 3, 4
and 5 in toluene at 23 oC.
Solvent and concentration: Toluene (5.8 x 10-3 mol dm-3).
Irradiation: Xenon lamp (300 nm - 500 nm based on ISO regulation).
メトキシ基を導入した場合、長波長の吸収が 22 nm 長波長化し、モルホリンの場合では、
43nm 長波長化した。DFT 計算から予想されたように、電子供与性の増加にともない、そ
の長波長化の寄与も大きくなった。さらに、420 nm あたりの第 2 吸収極大もメトキシ基、
モルホリノ基と電子供与性が高くなるにつれて顕著になった。化合物 5 の MC 体を目視で
観察すると、茶色であった。
ここで、表 11 に吸収波長の実測定結果と DFT 計算結果を比較した。
52
表 11. 化合物 3、4、5 の吸収波長の実測定値と DFT 計算値の比較
Naphthopyran
Actual measurement
DFT calculation
λ /nm
λ2 /nm
λ1 /nm
λ2 /nm
3
423
527
377
509
4
416
549
403
545
5
430
573
430
578
DFT 計算による吸収波長は実測定結果と良い相関関係を示した。
3.4.2 退色速度
化合物 3, 4, 5 の発退色スペクトルを比較したものを図 17 に示す。
電子供与性が非常に強いモルホリンの場合、退色速度が著しく遅くなるというデメリッ
トを生じた。
1
3 at 527nm
Absorbance
0.8
4 at 549nm
5 at 573nm
0.6
0.4
0.2
0
0
100
200
300
400
500
600
Time /sec
図 17. Photocoloration and thermal fading of 3, 4, and 5 in toluene at 23 oC.
Solvent and concentration: Toluene (5.8 x 10-3 mol dm-3).
Irradiation: Xenon lamp (300 nm - 500 nm based on ISO regulation ).
Detection wavelength: 3: 527 nm; 4: 549 nm; 5: 573 nm.
53
退色速度が遅くなった理由は、6 位の置換基の酸素あるいは窒素の非共有電子対とその共
鳴効果で説明することができる。それを図 18 に示した。
これら非共有電子対が共鳴に参加することで、C1-C2 の単結合が 2 重結合性を呈しやす
くなる。この 2 重結合の存在により、C1-C2 間でのフリーローテーションを阻害するため、
CT 体から CC 体への熱的コンフォメーション変化の速度を遅くするように働き、これが、
退色速度低下の原因と考えられる。
図 18. Substituent effect of C6 position on the conformation of MC form in 3, 4 and 5
3.4.3 初期着色
第 2 章 2.4.3 で述べたのと同様の方法で、化合物 3, 4, 5 の NP 体の紫外・可視吸収スペ
クトルを評価した。それぞれの化合物の 5 x 10-4 mol dm-3 のトルエン溶液を調製した。結果
を図 19 に示した。
4
3.5
3
4
5
Absorbance
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
380
400
420
440
460
480
500
Wavelength /nm
図 19. Absorption spectra of 3, 4 and 5 in toluene at 23 oC.
Concentration: 5.0 x 10-4 mol dm-3.
54
化合物 5 は可視域に大きな吸収を示した。目視で評価しても、黄色の着色が観察された。
レンズは室内では無色が好まれるため(特に黄色は好まれない)
、このような強い着色を示
す化合物は実用には適していない。
3.5
まとめ
6 位にメトキシ基、モルホリノ基などの電子供与基を導入することにより、長波長化、色
調の改良に成功した。
しかしながら、全体として退色速度が遅くなると言うデメリットを生じた。特にモルホ
リノ基で置換した場合、退色速度が著しく遅くなった上、NP 体が黄着色を示し、レンズに
適用しづらいことも判明した。
そこで、長波長化、色調改良では改良が見られ、NP 体が無色の点が有利なメトキシ基を
導入した化合物 4 に着目し、これをベースとして、さらに退色速度と吸収波長の長波長化
の改良を行った。
55
56
第4章
さらなる退色速度の向上、長波長化及び発色濃度増加
57
第 4 章 さらなる退色速度の向上、長波長化及び発色濃度増加
4.1
分子設計
化合物 4 の退色速度を改良するために、電子の共鳴を 6 位のメトキシ基とは反対方向か
ら導入することで、C1-C2 の 2 重結合性が緩和され、その結果退色速度が改善されるので
はないかとの仮説に基づき、3 位の 2 つのフェニル基のパラ位に電子供与基を導入すること
をその分子設計の指針とした。
6 位からの電子共鳴と 3 位からの電子共鳴による、2 重結合性の変化の模式図を図 20 に
示した。
図 20. Effect of electron-donating groups on C6 and C4’ of a phenyl group on C3 on resonance
structures.
図 20 中の X2 にメトキシ基/メトキシ基、メトキシ基/モルホリノ基の 2 つの場合を検
討することとした。
4.2
DFT 計算を用いた吸収波長の予測
X2 にメトキシ基/メトキシ基を置換した化合物を化合物 6、 X2 にメトキシ基/モルホ
リノ基を置換した化合物を化合物 7、とし、実際に合成する前に、それぞれの化合物の CT
体における吸収波長および遷移軌道の DFT 計算を行った。
図 21 に化合物 4、6、7 の DFT 計算から得られた吸収スペクトルを示した。
58
Normalized absorbance (-)
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00
200
300
400
500
600
700
Wavelength (nm)
図 21. UV-Vis spectra of CT conformer of MC-form of substituted phenyl group at C3 in
naphthopyrans obtained by DFT calculations.
420nm 付近の極大吸収は、
X2 に電子供与基を置換することで、
長波長の傾向を示したが、
545nm 付近の極大吸収は長波長化しない結果となった。これは、これまでに報告された 2,2ジフェニルナフト(2,1-b)ピランにおける X2 の電子供与基置換効果とは異なる結果を与えた。
2,2-ジフェニルナフト(2,1-b)ピランにおいては、表 12 に示すように、メトキシ基の置換数
に比例して、その MC 体の吸収は長波長化することが報告されている。1)
表 12. 2,2-ジフェニルナフト(2,1-b)ピランにおける MC 体の吸収波長に対する X1 および X2
の置換基効果
X1、X2
X1
O
X2
λ/nm
X1
X2
H
H
432
OMe
H
468
OMe
OMe
480
59
インデノ(3,2-f)ナフト(1,2-b)ピラン系の DFT 計算において、長波長側の吸収波長が
長波長化しなかった理由を考察するため、化合物 6 および 7 のそれぞれにおいて、励起波
長および遷移軌道を調べた。以下表 13 および 14 にその結果を示す。
表 13.
DFT 計算より得られた化合物 6 の励起波長と遷移軌道
Excitation
No
energy
(eV)
1
2
2.266009852
2.758712601
Wavelength
(nm)
548.1
450.2
Intensity
0.720
0.080
3
2.813391927
441.5
0.209
4
3.119505702
398.1
0.487
5
6
3.38438062
3.567018007
367.0
348.2
0.064
0.233
60
Transfer Orbit
Amplitude
HOMO-->LUMO
0.9380
HOMO-1LUMO
-0.2616
HOMO-2LUMO
0.2346
HOMO-3LUMO
0.4926
HOMO-4-->LUMO
0.8003
HOMOLUMO
0.2375
HOMO-1-->LUMO
0.9081
HOMO-2LUMO
0.8310
HOMO-3-->LUMO
-0.5118
HOMOLUMO+2
-0.2161
HOMO-2LUMO
0.4379
HOMO-3LUMO
0.6404
HOMO-4-->LUMO
-0.5402
HOMO-->LUMO+2
0.7494
HOMO-5LUMO
0.4062
HOMO-6LUMO
-0.4551
HOMO
LUMO
HOMO-1
振動子強度の大きさから、CT 体の吸収波長の極大値はそれぞれ、442 nm と 548 nm と
予測される。また、遷移軌道の寄与率から、548 nm では HOMOLUMO 遷移が主たる遷
移に、442 nm では HOMO-1LUMO 遷移が主たる遷移に相当することが推測された。
HOMO、HOMO-1 および LUMO の電子分布図より、548 nm の遷移には、インデノ環か
らメチン鎖につながる電子が関与しているのに対し、442 nm の遷移には、ナフタレン環か
らメチン鎖を通し、3 位のフェニル基のモルホリノ基までの電子が関与していることが伺え
る。長波長側の吸収において X2 の置換基効果が見られなかった原因の一つとして、この 3
位の置換フェニル基上の電子の関与の差が影響していると推測される。
61
表 14. DFT 計算より得られた化合物 7 の励起波長と遷移軌道
Excitation
No
energy
Wavelength
(nm)
(eV)
1
2.288135593
542.8
Intensity
Transfer Orbit
Amplitude
0.646
HOMO-->LUMO
0.9445
HOMO-1LUMO
0.4188
HOMO-2LUMO
0.4610
HOMO-3-->LUMO
0.7485
HOMO-1LUMO
0.8665
HOMO-3-->LUMO
-0.2823
HOMO-4LUMO
-0.3305
HOMO-2LUMO
0.9455
HOMOLUMO+2
-0.2184
HOMO-3-->LUMO
0.7865
HOMO-4LUMO
-0.5242
HOMOLUMO+1
0.7943
HOMO-5-->LUMO
0.2793
HOMO-6LUMO
-0.4629
2
2.775418994
447.5
0.022
3
2.990537189
4
3.316156249
415.3
374.5
0.614
0.173
5
3.386687754
366.7
0.074
6
3.577291973
347.2
0.217
HOMO
LUMO
62
HOMO-1
化合物 7 においても化合物 6 と同様の傾向であり、543 nm の遷移には、インデノ環から
メチン鎖につながる電子が関与しているのに対し、415 nm の遷移には、ナフタレン環から
メチン鎖を通し、3 位のフェニル基のメトキシ基までの電子が関与していることが伺える。
いずれにしても、パラ位を電子供与基で置換した化合物は、その 420 nm あたりの吸収波
長は長波長化するものの、545 nm あたりの吸収は長波長化しない結果が予測されたが、退
色速度への効果を確認するため、以下の述べるよう、化合物 6、7 を実際に合成しその物性
を確認した。
4.3
化合物の合成
4.3.1
化合物6の合成
4.3.1.1 中間体3-(4-メトキシフェニル)-6-メトキシ-3-(4-モルホリノフェニル)ベンゾ[3,4]
フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン10-6の合成
3.3.1.1で得た中間体5-ヒドロキシ-3メトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン9-4を用い、
以下のようにして中間体10-6を得た。
O
O
O
N
O
N
HO
pTsOH
OH
O
Toluene
OMe
OMe
OMe
OMe
9-4
Mw=276.29
10-6
Mw=581.67
Mw=323.39
63
三口フラスコに、5-ヒドロキシ-3 メトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-4 3.00 g
(10.9 mmol)を入れ、
そこにトルエン 123 ml およびメチルイソブチルケトン 45 ml を加え、
しばらく攪拌した後、還流状態になるまで加熱し、さらに 15 分間加熱溶解した。溶解を確
認した後、その温度を保持したまま、そこに 1-(4-メトキシフェニル)-1-[4-(4-モルホリノ)
フェニル]プロパギルアルコール 6.32 g (19.5 mmol,1.4 eq)を加え、少量の pTsOH を添加し、
10 分間反応させた。転化率が 100%となったところで反応を停止した。
ここに 10% NaOH 水溶液を 21 ml 加え、そこにテトラフドロフラン 120 ml を加え、さ
らに 10%食塩水を 100 ml 加え、しばらく攪拌することで、反応物を有機層中に抽出した。
その後、抽出した有機層を 30 ml の水で計 4 回洗浄し、有機層を分液した。
得られた有機層を減圧下で濃縮し、
乾固した後アセトン 100 ml を加え、
還流下で 1 時間、
リスラリー洗浄した後、固体を濾別し、真空乾燥したところ、黒紫色固体 2.74 g (4.7 mmol)、
純度 97%の中間体 3-(4-メトキシフェニル)-6-メトキシ-3-(4-モルホリノフェニル)ベンゾ[3,
4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン 10-6 を収率 43%で得た。
得られた化合物の構造を、NMR、MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
化合物6の中間体10-6
3-(4-メトキシフェニル)-6-メトキシ-3-(4-モルホリノフェニル)ベン
ゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン
Mp 191-193 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.14 (4H, t, J=10 Hz), 3.77 (3H, s), 3.82 (4H, t, J=10 Hz), 3.95
(3H, s), 6.27 (1H, d, J=10.4 Hz), 6.84 (4H, m), 7.19 (2H, m), 7.39 (5H, m), 7.57 (2H, m),
7.80 (1H, d, J=7.2 Hz), 7.85 (1H, d, J=10 Hz), 8.27 (1H, d, J=9.6 Hz).
LC-MS 582.2527 (M+1) (Calculated exact mass for C38H32NO5 (M+1) 582.2275).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3014, 2898, 2821, 1701, 1606, 1509, 1462, 1428, 1372, 1275, 1221.
以上より、得られた化合物が、3-(4-メトキシフェニル)-6-メトキシ-3-(4-モルホリノフェ
ニル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン 10-6 であることを確認した。
4-3-1.2
中間体 10-6
3-(4-メトキシフェニル)-6-メトキシ-3-(4-モルホリノフェニル)ベン
ゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オンから化合物 6 の合成
64
O
O
N
O
OH
O
N
Li
O
THF / -78
OMe
OMe
OMe
10-6
OMe
Mw=581.67
Mw=759.91
三口フラスコに、4-ブロモフェナンスレン 490 mg (1.90 mmol)をヘプタン 12 ml に溶解
し、0 ℃に冷却した。これに 1.6 mol dm-3 の n-ブチルリチウムヘキサン溶液 0.9 ml (1.44
mmol)を滴下し、3 時間反応させた。これに中間体 10-6 3-(4-メトキシフェニル)-6-メトキ
シ-3-(4-モルホリノフェニル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン 640 mg (1.1
mmol)の THF 溶液(12 ml)を滴下し、徐々に室温まで戻して 5 時間反応させた。反応混合物
を室温に戻したのち、水および 10%食塩水で各 3 回ずつ洗浄し、溶媒を留去後、展開溶媒
にクロロホルム/酢酸エチル=3/1(v/v)を用いたシリカゲルカラム(シリカゲル量 50 g)を
行い、純度 88%の 0.26 g の 3,13-ジヒドロ-3-(4-メトキシフェニル)-6-メトキシ-3-(4-モルホ
リノフェニル)-13-(4-フェナントリル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13-オールを固体
として 260 mg(0.34 mmol)得た。収率は 31%であった
O
OH
N
O
N
pTsOH
Toluene
O
OMe
OMe
O
OMe
OMe
6
Mw=759.91
Mw=741.89
三口フラスコに、上記で得られたフェナントレン付加体 3,13-ジヒドロ-3-(4-メトキシフェ
ニル)-6-メトキシ-3-(4-モルホリノフェニル)-13-(4-フェナントリル)ベンゾ[3,4]フルオレノ
[2,1-b]ピラン-13-オール 260 mg (0.34 mmol)をトルエン 25 ml に溶解させ、還流温度まで
昇温し、フェナンスレン付加体が完全に溶解したことを確認したのち、そこに pTsOH を 9
mg 添加し、TLC で原料が消えるまで反応させた。原料の消失を確認後、水洗 2 回、10%
食塩水で 2 回洗浄し、溶媒を留去した。得られた残渣をクロロホルムカラム(シリカゲル
65
量 50 g)で精製し、アセニトリルで再結晶を行い、その後もう一度トルエンで再結晶を行
い、純度 99%の 6-メトキシ-3-(4-メトキシフェニル)-3-[4-(4-モルホリノ)フェニル]スピロ[ベ
ンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] 6 の紫
色結晶 170 mg (0.23 mmol, 収率 68%)を得た。
得られた化合物の構造を、NMR、LC-MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
化合物 6 6-メトキシ-3-(4-メトキシフェニル)-3-(4-モルホリノフェニル)スピロ[ベンゾ[3,4]
フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン]紫色結晶、
Mp 204-207 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.09 (4H, t, J=9.6 Hz), 3.72 (3H, s), 3.79 (4H, t, J=9.6 Hz), 5.05
(1H, d, J=10.0 Hz), 5.24 (1H, d, J=10.0 Hz), 6.42 (1H, d, J=7.6 Hz), 6.68 (2H, d J=1.2 Hz),
6.71 (2H, d, J=0.8 Hz), 6.93 (1H, t, J=7.5 Hz), 6.98 (2H, d, J=7.2 Hz), 7.09 (4H, m,), 7.35
(2H, m), 7.51 (2H, t, J=7.6 Hz), 7.69 (1H, d, J=2.8 Hz), 7.89 (2H, d, J=8.0 Hz), 7.98 (2H,
s), 8.26 (1H, d, J=8.0 Hz), 8.69 (1H, d, J=9.2 Hz).
LC-MS m/z 742.2607 (M+1) (Calculated exact mass for C52H40NO4 (M+1) 742.2952).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3062, 2956, 2833, 1607, 1583, 1508, 1462, 1417, 1397, 1374, 1304,
1289.
以上から、得られた化合物が、6-メトキシ-3-(4-メトキシフェニル)-3-(4-モルホリノフェ
ニル)スピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナ
ントレン] 6であることを確認した。
4.3.2
化合物7の合成
3.3.1.1で得た中間体9-4を用い、以下のようにして中間体10-7を得た。
4.3.2.1 中間体10-7 6-メトキシ-3,3-ビス(4-メトキシフェニル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,
1-b]ピラン-13(3H)-オンの合成
O
O
OMe
OMe
HO
pTsOH
OH
O
Toluene
OMe
OMe
OMe
OMe
9-4
Mw=276.29
10-7
Mw =268.31
Mw =526.59
66
三口フラスコに、5-ヒドロキシ-3 メトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-4 3.00 g
(10.9 mmol)を入れ、
そこにトルエン 123 ml およびメチルイソブチルケトン 45 ml を加え、
しばらく攪拌した後、還流状態になるまで加熱し、15 分間加熱した。溶解を確認した後、
その温度を保持したまま、そこに 1,1-ビス(4-メトキシフェニル)プロパギルアルコール 5.23
g (19.5 mmol, 1.4 eq)を加え、少量の pTsOH を添加し、30 分間反応させた。転化率が 100%
となったところで反応を停止した。
ここに 10% NaOH 水溶液を 21 ml 加え、そこにテトラフドロフラン 120 ml を加え、さ
らに 10%食塩水を 100 ml 加え、しばらく攪拌することで、反応物を有機層中に抽出した。
その後、抽出した有機層を 30 ml の水で 4 回洗浄し、有機層を分液した。
得られた有機層を減圧下で濃縮し、
乾固した後アセトン 100 ml を加え、
還流下で 1 時間、
リスラリー洗浄した後、固体を濾別し、真空乾燥したところ、6-メトキシ-3,3-ビス(4-メト
キシフェニル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン 10-7 の黒紫色固体 2.47 g
(4.7 mmol)、純度 97%を収率 43%で得た。
得られた化合物の構造を、NMR、MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
化合物7の合成中間体10-7
6-メトキシ-3,3-ビス(4-メトキシフェニル)ベンゾ[3,4]フルオ
レノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン
Mp 207-209 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.77 (&H, s), 3.96 (3H, s), 6.27 (1J, d, 10Hz), 6.84 (4H,m), 7.20
(2H, m), 7.40 (5H, m), 7.57 (2H, m), 7.80 (1H, d, J=8 Hz), 7.86 (1H, d, J=10 Hz), 8.27 (1H,
d, J=9.2 Hz).
LC-MS 527.2033 (M+1) (Calculated exact mass for C35H27O5 (M+1) 527.1853).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3014, 2953, 2831, 1695, 1605, 1505, 1466, 1397, 1373, 1277, 1218.
以上より、得られた化合物が、6-メトキシ-3,3-ビス(4-メトキシフェニル)ベンゾ[3,4]フル
オレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン10-7であることを確認した。
67
4.3.2.2 6-メトキシ-3,3-ビス(4-メトキシフェニル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン13(3H)-オン10-7からナフトピラン7の合成
O
OMe
O
OH
OMe
Li
O
THF / -78
OMe
OMe
OMe
10-7
OMe
Mw =526.59
Mw =704.83
三口フラスコに、4-ブロモフェナンスレン 440 mg (1.72 mmol)をテトラヒドロフラン 30
ml に溶解し、-78 ℃に冷却した。これに 1.6 mol dm-3 の n-ブチルリチウムヘキサン溶液
1.0 ml (1.6 mmol)を滴下し、1 時間反応させた。これに中間体 6-メトキシ-3,3-ビス(4-メト
キシフェニル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H)-オン 10-7 550 mg (1.04 mmol)
の THF 溶液(150 ml)を滴下し、徐々に室温まで戻して 5 時間反応させた。その後、水お
よび 10%食塩水で各 3 回ずつ洗浄し、溶媒を留去後、展開溶媒にクロロホルムを用いたシ
リカゲルカラム(シリカゲル量 50 g)を行い、純度 95%の 3,13-ジヒドロ-6-メトキシ-3,3ビス(4-メトキシフェニル)-13-(4-フェナントリル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13オール 200 mg (0.28 mmol)を得た。収率は 25%であった。
OH
OMe
OMe
pTsOH
Toluene
O
O
OMe
OMe
OMe
OMe
7
Mw =704.83
Mw =686.81
三口フラスコ中、フェナントレン付加体 3,13-ジヒドロ-6-メトキシ-3,3-ビス(4-メトキシ
フェニル)-13-(4-フェナントリル)ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13-オール 200 mg
(0.28 mmol)をトルエン 30 ml に溶解させ、還流温度まで昇温し、フェナントレン付加体が
完全に溶解したことを確認したのち、そこに pTsOH を 9 mg 添加し、TLC で原料が消失す
るまで反応させた。原料の消失を確認後、水洗 2 回、10%食塩水で 2 回洗浄し、溶媒を留
去した。得られた残渣をクロロホルムカラム(シリカゲル 50 g)で精製し、アセニトリル
68
で再結晶を行い、その後もう一度トルエンで再結晶を行い、純度 99%の 6-メトキシ-3,3-ビ
ス(4-メトキシフェニル)スピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロ
ペンタ[def]フェナントレン] 7 の単黄色結晶 92 mg (0.13 mmol, 収率 46%)を得た。
得られた化合物の構造を、NMR、LC-MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
化合物 7
6-メトキシ-3,3-ビス(4-メトキシフェニル)スピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ
[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン]単黄色結晶
Mp 199-202 oC.
1
H NMR (CDCl3)  /ppm 3.72 (6H, s), 3.98 (3H, s), 5.06 (1H, d, J=10.0 Hz), 5.25 (1H, d,
J=9.6 Hz), 6.42 (1H, d, J=6.8 Hz), 6.69 (2H, d J=2.4 Hz), 6.71 (2H, d, J=2.4 Hz), 6.93 (1H,
t, J=7.5 Hz), 6.98 (2H, d, J=7.2 Hz), 7.09 (4H, m), 7.35 (2H, m), 7.51 (2H, t, J=7.5 Hz),
7.69 (1H, d, J=2.8 Hz), 7.89 (2H, d, J=8.4 Hz), 7.98 (2H, s), 8.27 (1H, d, J=7.6 Hz), 8.69
(1H, d, J=9.6 Hz).
LC-MS 687.2227 (M+1) (Calculated exact mass for C49H35O4 (M+1) 687.2530.
FT-IR (KBr)  /cm-1 3038, 2956, 2833, 1607, 1584, 1564, 1508, 1431, 1398, 1373, 1298.
以上より、得られた化合物7が、6-メトキシ-3,3-ビス(4-メトキシフェニル)スピロ[ベンゾ[3,4]
フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] であることを
確認した。
4.4
フォトクロミック特性の評価
第 2 章 2.4.1 と同様の方法で、フォトクロミック特性を評価した。
化合物 4、6、7 のフォトクロミック特性を表 15 にまとめた。またその MC 体のスペクト
ルを図 23 に示した。
69
表 15. Spectral data and fading rate data of 4, 6 and 7 at 23 oC in toluene.
Naphthopyran
max /nm
4
6
7
a)
Absorbance of
MC form
Fading rate
t1/2 /seca)
t3/4 /secb)
416
0.59
51
136
549
0.87
57
197
466
0.16
6
13
589
0.33
6
13
446
0.32
9
18
567
0.48
9
19
t1/2: Half life time. b) t3/4: Time required for three quarters of the initial absorbance disappears.
化合物 6 および化合物 7 ともに退色速度は大きく向上した。この効果は、図 20 で示すと
ころの C1-C2 の 2 重結合性が低下したためと考察できる。溶液での退色速度を約 10 倍し
たものが、レンズにした時の退色速度となる傾向が経験的にわかっている。それを考慮す
ると化合物 6 および 7 の退色速度は目標値に近いものを与えている。しかし、その一方で
発色濃度が著しく低下した。これは目標値と比較し、大きく下回っており、このままでは
実用的とは言えない。
さらに、NP 体の紫外・可視スペクトルを評価した。その結果を図 22 に示す。化合物 6 は
大きな紫色の吸収を示した。これは 3 位のジフェニル基のパラ位に電子供与性の強いモル
ホリノ基を導入したことにより、NP 体および MC 体の熱平衡が少し MC 体側に傾いたた
め、紫外線を照射せずとも若干の着色を示したものと考えられる。残念ながらこの紫色の
着色は、レンズとするには好ましくない。
70
1
6
0.8
7
Absorbance
0.6
0.4
0.2
0
400
500
600
700
800
Wavelength /nm
図 23. Absorption spectra of MC form of 6 and 7 in toluene at 23 oC.
Solvent and concentration: Toluene (5.8 x 10-3 mol dm-3).
Irradiation: Xenon lamp (300 nm - 500 nm based on ISO regulation).
1
4
6
0.8
Absorbance
7
0.6
0.4
0.2
0
400
500
Wavelength /nm
600
700
図
24. Absorption spectra of NP form of 4, 6 and 7 in toluene at 23 oC.
Concentration: 5.0 x 10-4 mol dm-3.
71
また、実測した吸収波長は DFT 計算値とは異なり、420 nm および 545 nm の両吸収波
長の長波長化が観察された。X2 に電子供与基を置換することで、インデノ(3,2-f)ナフト
(1,2-b)ピラン系でも MC 体の吸収が長波長化することが確かめられた。
表 16 に吸収波長の実測値と計算値を比較した。
表 16. 化合物 4、6、7 の吸収波長の実測定結果と DFT 計算結果の比較
Naphthopyran
Actual measurement
DFT calculation
λ /nm
λ2 /nm
λ1 /nm
λ2 /nm
4*
416
549
403
545
6
466
589
442
548
7
446
567
415
543
実際の MC 体では、3 位のフェニル基およびその置換基が、より遷移に関与しているよう
な構造となっているのであろう。
化合物 3、4、5 のようにナフタレン環に電子供与基を置換した場合は、実測値と計算値
の間で良い相関性が得られたが、フレキシブルなメチン共役鎖を挟んで芳香環に電子供与
基を置換した場合は、実測値と計算値で大きな乖離が見られた。この違いは、ナフタレン
縮のような縮環構造は比較的剛直であるため、実測時のその部分構造が、計算時の凍結状
態に近いのに対し、フレキシブル鎖の末端に置換基を入れたような場合、実測時の構造と
計算時の凍結状態の構造に大きさ差があるのであろう。今後、フレキシブルなメチン性共
役基を含む化合物の計算を行う場合、構造の最適化方法および基底関数選択方法などのさ
らなる検討が必要である。
以上より、基本構造を化合物 7 に絞り、発色濃度の向上について検討した。
72
4.6
化合物 8 の合成
4.6.1
中間体 5-ヒドロキシ-3,9-ジメトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-8 の合成
① Stobbe 反応
MeO
MeO
O
t-BuOK
COOEt
THF / 60
Diethyl succinate
OMe
COOH
OMe
Mw =242.27
Mw =370.40
4,4-ジメトキシベンゾフェノン 24.2g (100mmol)とコハク酸ジエチル 20.0g(115mmol)を
THF80ml に溶解させて 50℃に加熱した。これに、t-BuOK 14.6g(130mmol)の THF 溶液
200ml を滴下し、60℃で 2 時間反応させた。
水 160ml とトルエン 80ml を加えて分液し、水層にトルエン 140ml と濃塩酸 12ml を加
え、有機層を 10%の食塩水で 2 回洗浄した。有機層を濃縮して Stobbe 反応生成物 30 g を
褐色のオイルとして得た。
② アセチル化~加水分解
MeO
COOEt
MeO
Ac2 O, AcONa
COOH
OMe
Mw =370.40
MeO
COOEt
COOEt
aq NaOH
OH
OCOCH3
Toluene
OMe
Mw =394.42
OMe
Mw =352.39
Stobbe 反応生成物 30 g に無水酢酸 46.5 g (456 mmol)、酢酸ナトリウム 7.5 g (91 mmol)、
トルエン 100 ml を加え、還流温度で 2 時間反応させた。20 ℃まで冷却後、水を 116 ml
加え、1 時間撹拌し、有機層を分液後、116 ml の水で 2 回洗浄し、アセテート体のトルエ
ン溶液を得た。
これに、10%の NaOH aq を 200 ml とメタノール 200 ml を加え、室温で 3 時間反応さ
せて、加水分解した。反応液を濃縮し、トルエン 200 ml を加え、10%食塩水で 3 回洗浄し、
74
有機層を濃縮して 4-ヒドロキシ-6-メトキシ-1-(4-メトキシフェニル)ナフタレン-2-カルボン
酸エチルを得た。
③ 加水分解
MeO
MeO
COOEt
COOH
aq NaOH
OH
OH
IPA
OMe
OMe
Mw =442.51
Mw =414.46
カルボン酸エチル体 17.7 g (40 mmol)に、IPA 200 ml、水 120 ml、NaOH 32 g を加え、
還流温度で 7 時間反応させた。原料の消失を確認後、IPA を留去し、濃塩酸 25 ml で中和
し、THF 200 ml、酢酸エチル 100 ml を加えて分液後、有機層を 10%食塩水で洗浄した。
有機層を濃縮し、トルエン 200 ml を加えて、析出した固体をろ過した。4-ヒドロキシ-6メトキシ-1-(4-メトキシフェニル)-2-ナフタレンカルボン酸を 14.5 g (35 mmol)の黄色固体
として得た。
④ 環化
MeO
MeO
COOH
O
pTsOH
OH
Toluene
OH
OMe
OMe
Mw =324.33
9-8
Mw =306.32
カルボン酸体にトルエン 300ml と pTS を 33g(174mmol,5eq)加え、還流温度で 4 時間反
応させた。生成する水は Dean-Stark 管により除去した。原料の消失を確認後、水 300ml
を加え、析出したオレンジ色の固体をろ過し、9.73g(32mmol)の 5-ヒドロキシ-3,9-ジメ
トキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-8 を得た。
得られた化合物の構造を、NMR、LC-MS、IR スペクトルを測定し、その構造を同定し
75
た。
化合物8の中間体9-8
5-ヒドロキシ-3,9-ジメトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン
Mp 300 oC以上
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.89 (3H, s), 3.98 (3H, s), 7.03 (1H, d, J=12Hz), 7.08 (1H, s),
7.11 (1H, d, J=2.8 Hz), 7.32 (1H, d, J=12 Hz), 7.64 (1H, d, J=4.8 Hz), 7.95 (1H, d, J=8.4
Hz), 8.45 (1H, d, J=9.6 Hz).
LC-MS 307.0981 (M+1) (Calculated exact mass for C19H15O4 (M+1) 307.0892).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3423, 1683, 1610, 1578, 1474, 1456, 1435, 142, 1383, 1363, 1293,
1258, 1215.
以上より、合成した化合物が5-ヒドロキシ-3,9-ジメトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オ
ン9-8であることを確認した。
4.6.2
中間体 11-8 の合成
MeO
MeO
O
O
BnCl / K 2 CO 3
OH
DMF / 60
OBn
OMe
OMe
11-8
Mw =306.34
Mw =396.44
5-ヒドロキシ-3,9-ジメトキシ-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オン 9-8 7.6 g (25 mmol)を
DMF 150 ml に溶解し、塩化ベンジル 6.40 g (50 mmol)と炭酸カリウム 9.66 g (70 mmol)
を加え、60 ℃で 3 時間反応させた。原料の消失を確認後、水 150 ml、THF 300 ml、トル
エン 300 ml を加えて分液し、有機層を 10%食塩水で 2 回洗浄した。有機層を濃縮し、析出
した固体をメタノールでリスラリー洗浄することで、7.9 g (20 mmol)の 5-ベンジルオキシ
-3,9-ジメトキシ-7-オキソ-7H-ベンゾ[c]フルオレン 11-8 を赤色の固体として得た。収率は
80%であった。
得られた化合物の構造を、NMR、LC-MS、IR スペクトル測定を行い、その構造を同定
した。
76
化合物8の中間体11-8 5-ベンジルオキシ-3,9-ジメトキシ-7-オキソ-7H-ベンゾ[c]フルオレン
Mp 185-187 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.86 (3H, s), 3.94 (3H, s), 6.89 (1H, d, J=11.2 Hz), 7.18 (1H, d,
J=2.4 Hz), 7.25 (3H, m), 7.36 (1H, m), 7.43 (2H, t, J=16 Hz), 7.52 (2H, d, J=7.2 Hz), 7.63
(1H, d, J=2.8 Hz), 7.69 (1H, d, J=8 Hz), 8.24 (1H, d, J=8 Hz).
LC-MS 397.1489 (M+1) (Calculated exact mass for C26H21O4 (M+1) 397.1434).
FT-IR (KBr)  /cm-1 1699, 1606, 1574, 1481, 1462, 1430, 1367, 1265, 1218.
以上より、得られた化合物が5-ベンジルオキシ-3,9-ジメトキシ-7-オキソ-7H-ベンゾ[c]フ
ルオレン11-8であることを確認した。
4.6.3
中間体5,7-ジヒドロキシ-3,9-ジメトキシ-7-(4-フェナントリル)-7H-ベンゾ[c]フルオ
レン 12-8の合成
MeO
MeO
MeO
O
OH
OH
Li
OBn
H2
THF/ -78
OBn
OMe
OMe
Mw=396.44
Mw=574.68
Pd / C
OH
OMe
12-8
Mw=484.58
4-ブロモフェナンスレン 2.88 g (11.3 mmol)を THF 100 ml に溶解し、
-78 ℃に冷却した。
これに 1.6 mol dm-3 の n-BuLi ヘキサン溶液 5.6 ml (9 mmol)を滴下し、リチオ化した。こ
こに 5-ベンジルオキシ-3,9-ジメトキシ-7-オキソ-7H-ベンゾ[c]フルオレン 11-8 3.0 g (7.6
mmol)の THF 溶液 (300 ml)を滴下し、1 時間反応させた。反応液を 10%食塩水で洗浄し、
溶媒を留去後、展開溶媒にクロロホルム/酢酸エチル=90/10(v/v)を用いたシリカゲルカ
ラム(シリカゲル 300 g)を 2 回行い、純度 97%の 5-ベンジルオキシ-3,9-ジメトキシ-7-(4フェナントリル)-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オールをピンク色の固体として 1.9 g (3.3
mmol)得た。
77
5-ベンジルオキシ-3,9-ジメトキシ-7-(4-フェナントリル)-7H-ベンゾ[c]フルオレン-7-オー
ル 1.00 g (1.7 mmol)を THF 30 ml に溶解させ、5% Pd/C (50 wt%、含水品) 0.8 g とギ酸ア
ンモニウム 0.8 g を加え、室温で 2 時間反応させた。原料の消失を確認後、Pd/C をろ別し、
溶媒を留去後、THF 100 ml を加え、10%食塩水で 2 回洗浄し、溶媒を留去して純度 97%
の 5,7-ジヒドロキシ-3,9-ジメトキシ-7-(4-フェナントリル)-7H-ベンゾ[c]フルオレン 12-8 を
黄色の固体として 1.5 g(3.0 mmol)を得た。収率は約 39.5%であった。
得られた化合物の構造を、NMR、LC-MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
化合物8の中間体12-8 5,7-ジヒドロキシ-3,9-ジメトキシ-7-(4-フェナントリル)-7H-ベンゾ
[c]フルオレン
Mp 219-221 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.53 (3H,s), 3.89 (3H, s), 6.31 (1H, t, J=15.2 Hz), 6.60 (2H, d,
J=11.6 Hz), 6.86 (1H, d, J=6.4 Hz), 6.99 (1H, t, J=14.8 Hz), 7.32 (1H, d, J=9.2 Hz), 7.43
(1H, d, J=8 Hz), 7.54 (3H, m), 7.70 (1H, d, J=8.8 Hz), 7.80 (1H, t, J=19.2 Hz), 7.93 (1H, d,
J=7.2 Hz), 8.16 (1H, d, J=8.4 Hz), 8.65 (1H, d, J=12 Hz), 9.00 (1H, d, J=7.6 Hz)
LC-MS 485.1892 (M+1) (Calculated exact mass for C33H25O4 (M+1) 485.1747).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3346, 1594, 1524, 1483, 1423, 1383, 1361, 1267, 1215.
以上より、得られた化合物が5,7-ジヒドロキシ-3,9-ジメトキシ-7-(4-フェナントリル)-7Hベンゾ[c]フルオレン 12-8であることを確認した。
4-6-4 中間体 13-8 の合成
MeO
MeO
OH
pTsOH
OH
Toluene
OH
OMe
OMe
12-8
Mw=484.58
13-8
Mw=466.54
78
5,7-ジヒドロキシ-3,9-ジメトキシ-7-(4-フェナントリル)-7H-ベンゾ[c]フルオレン 12-8
1.00 g (2.1 mmol)にトルエン 50 ml と pTsOH を少量加え、還流温度で 10 時間反応させた。
原料の消失を確認し、10%食塩水で洗浄し、溶媒を留去した。残渣の褐色のオイルを、クロ
ロホルムでリスラリー洗浄し、純度 98%の中間体 3,9-ジメトキシスピロ[7H-ベンゾ[c]フル
オレン-7,4'-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン]-5-オール 13-8 を淡黄色固体として 650
mg(1.4mmol)得た。
得られた化合物の構造を、NMR、LC-MS、IR スペクトル測定し、その構造を同定した。
3,9-ジメトキシスピロ[7H-ベンゾ[c]フルオレン-7,4'-[4H]シクロペ
化合物8の中間体13-8
ンタ[def]フェナントレン]-5-オール
Mp 186-188 oC.
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.56 (3H, s), 3.94 (3H, s), 5.91 (1H, s), 6.18 (1H, d, J=2.8 Hz),
6.99 (2H, d, J=7.2 Hz), 7.03 (1H, d, J=8.8 Hz), 7.40 (1H, d, J=12 Hz), 7.54 (2H, t, J=15.2
Hz), 7.64 (1H, d, J=2.4 Hz), 7.92 (2H, d, J=8 Hz), 8.03 (2H, s), 8.33 (1H, d, J=8.8 Hz),
8.77 (1H, d, J=9.2 Hz)
LC-MS 467.1823 (M+1) (Calculated exact mass for C33H23O3 (M+1) 467.1642).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3382, 3012, 2936, 1692, 1594, 1580, 1523, 1478, 1433, 1416, 1270,
1218.
以上より、得られた化合物が3,9-ジメトキシスピロ[7H-ベンゾ[c]フルオレン-7,4'-[4H]シ
クロペンタ[def]フェナントレン]-5-オール13-8であることを確認した。
4.6.5
中間体 13-8
3,9-ジメトキシスピロ[7H-ベンゾ[c]フルオレン-7,4'-[4H]シクロペン
タ[def]フェナントレン]-5-オールから化合物 8 の合成
MeO
MeO
OMe
OMe
pTsOH
HO
OH
OMe
Mw=464.56
Toluene
OMe
O
OMe
8
Mw=268.31
OMe
Mw=716.84
79
3,9-ジメトキシスピロ[7H-ベンゾ[c]フルオレン-7,4'-[4H]シクロペンタ[def]フェナント
レン]-5-オール 13-8 466 mg (1.0 mmol)をトルエン 120 ml に溶解させ、ビス(4-メトキシフ
ェニル)プロパルギルアルコール 376 mg(1.40 mmol)を加え、pTsOH を少量加えて 80 ℃
で 0.5 時間反応させた。<後処理>トルエン層を 10%食塩水で 3 回洗浄し、展開溶媒にク
ロロホルム/酢酸エチル=90/10(v/v)を用いたシリカゲルカラム(シリカゲル量 100 g)を
2 回行い、さらにトルエン/酢酸エチルで再結晶を行い、目的物を単離した。淡黄色固体の
6,11-ジメトキシ-3,3-ビス(4-メトキシフェニル)スピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン
-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] 8 を 315 mg (0.44mmol)、収率 44%で取
得した。
得られた化合物の構造を、NMR、LC-MS、IR スペクトル測定を行い、その構造を同定
した。
化合物 8
6,11-ジメトキシ-3,3-ビス(4-メトキシフェニル)スピロ[ベンゾ[3,4]フルオレノ
[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] 淡黄色結晶
Mp 252-254 oC
1H
NMR (CDCl3)  /ppm 3.53 (3H, s), 3.72 (6H, s), 3.97 (3H, s), 5.02 (1H, d, J=10.0 Hz),
5.23 (1H, d, J=9.6 Hz), 5.98 (1H, d, J=2 Hz), 6.68 (2H, d J=1.6 Hz), 6.70 (2H, d, J=1.6 Hz),
6.90 (1H, d, J=11.0 Hz), 6.99 (2H, d, J=7.2 Hz), 7.09 (4H, m,), 7.31 (1H, d, J=9.2 Hz),
7.51 (2H, t, J=7.5 Hz), 7.67 (1H, d, J=2.4 Hz), 7.89 (2H, d, J=8 Hz), 7.97 (2H, s), 8.16 (1H,
d, J=8.8 Hz), 8.62 (1H, d, J=9.2 Hz).
LC-MS 717.2347 (M+1) (Calculated exact mass for C50H37O5 (M+1) 717.2636).
FT-IR (KBr)  /cm-1 3038, 2999 2931, 2832, 1606, 1584, 1508, 1455, 1418, 1355, 1299.
以上から、得られた化合物が、6,11-ジメトキシ-3,3-ビス(4-メトキシフェニル)スピロ[ベ
ンゾ[3,4]フルオレノ[2,1-b]ピラン-13(3H),4’-[4H]シクロペンタ[def]フェナントレン] 8 であ
ることを確認した。
4.7
フォトクロミック特性
化合物7および化合物 8 のフォトクロミック特性を第 2 章 2-4-1 と同様の方法で評価し、
結果を表 17 および図 26、27 に示した。予想通り、化合物 8 の発色濃度は向上した。一方
で退色速度は低下したが、その低下度合いはさほど大きくなく、この退色速度は十分に実
用的であった。これより、図 24 で示した2つの方向からの電子供与性を調節することで、
80
C1-C2 の 2 重結合性を精密にコントロールするという分子設計が期待通りの物性を得るこ
とが確かめられた。さらにその最大吸収波長も 14 nm 長波長化し、さらに 420 nm 付近の
第 2 吸収極大の吸光度も増加し、色調面でも良好な結果を与えた。
表 17. Spectral data and fading rate data of 7 and 8 at 23 oC in toluene.
Naphthopyran
7
8
a)
max /nm
Absorbance of
MC form
Fading rate
t1/2 /seca)
t3/4 /secb)
446
0.32
9
18
567
0.48
9
19
429
0.40
14
29
581
0.72
14
30
t1/2: Half life time. b) t3/4: Time required for three quarters of the initial absorbance disappears.
1
7
0.8
8
Absorbance
0.6
0.4
0.2
0
400
500
600
700
Wavelength /nm
図 26. Absorption spectra of MC form of 7 and 8 in toluene at 23 oC.
Solvent and concentration: Toluene (5.8 x 10-3 mol dm-3).
Irradiation: Xenon lamp (300 nm - 500 nm based on ISO regulation).
81
800
0.8
7
Absorbance
0.6
8
0.4
0.2
0
0
100
200
300
400
500
600
Time /sec
図 27. Photocoloration and thermal fading of 7 and 8 in toluene at 23 oC.
Solvent and concentration: Toluene (5.8 x 10-3 mol dm-3).
Irradiation: Xenon lamp (300 nm - 500 nm based on ISO regulation).
Detection wavelength: 7: 567 nm; 8: 581 nm.
化合物 8 のトルエン溶液を屋外で観察すると、
きれいなブルーイッシュグレーを示した。
その写真を図 28 に示した。
図 28 化合物 8 のトルエン溶液の屋外での発色の様子
82
4.8 まとめ
以下、本研究のまとめを述べる。
インデノ(3,2-f)ナフト(1,2-b)ピランの退色速度改良をするため 13 位の置換基効果に着目
した。その基本骨格を探索するに当たり、まず DFT 計算を用い、13 位の置換基効果による
MC 体の各コンフォメーションのエネルギー計算を行った。その結果、13 位にスピロフェ
ナンスレン基を導入した場合、従来のジメチル基と比較し、CC 体を安定化、CT 体を不安
定化させるという結果を得、これを退色速度向上の基本設計とした。実際に、13 位をスピ
ロフェナンスレン基で置換した化合物を合成し、そのフォトクロミック特性をジメチル基
の化合物と比較すると、著しく退色速度が向上することが確認できた。さらに、高性能化
に向けて、6, 11, 3 位に電子供与基を導入し、MC 体の共鳴構造における C1-C2 の 2 重結合
性を精密に制御するといった分子設計を施すことで、高性能な分子が設計できることも確
かめた。その結果として、化合物 8 を見出した。化合物 8 はその MC 体で、589 nm と 429
nm に2つの吸収極大を示す化合物であり、屋外の目視観察でブルーイッシュグレーの中間
色を示した。また、トルエン中 23℃での退色の半減期は 14 秒であり、ジメチル基の化合物
の 660 秒と比べると、格段に速い退色を示した。
次章では、本化合物を元に、実用化に向けた媒体および補助色素の検討結果を述べる。
4.9
引用文献
1) Barry Van Gemert, Organic Photochromic and Thermochromic ompounds: volume1:
Benzo and Naphthopyrans (Chromens), 111-140 (2002)
83
84
第5章
媒体および補助色素の検討
85
第 5 章 媒体および補助色素の検討
第 4 章までに述べたように、我々は化合物 8 という高性能なインデノナフトピランを見
出した。しかし、本化合物を市販されているプラスチックレンズにそのまま適用しても、
トルエン溶液中でみられたような性能は発揮されない。その理由の一つがマトリックス中
の自由空間の制限の影響である1)。図 7 に示したように、ナフトピラン化合物はその発退色
過程で大きな構造変化をするため、その性能を完全に引き出すためには、固体中でもそれ
に見合う自由空間が必要となる。本章では、化合物 8 の潜在性能を引き出しながら、プラ
スチックレンズとして実用的な物性を両立させるための媒体設計について述べる。
また図 28 に示したよう、化合物 8 のMC体はブルーイッシュグレーである。これ自体よ
い色調ではあるが、一般的に好まれるグレーまたはブラウンの色調ではない。市場に広く
受け入れられるためには、市場が好むグレーまたはブラウンにその色調を調整する必要が
ある。それには分子自身の置換基効果によってさらに色調をコントロールする手法も考え
られるが、コストおよび時間もかかるため、化合物 8 とは別の黄色または橙色を示すフォ
トクロミック化合物を作成し、それら補助色素を併用することで、より好ましい色調を得
る方法もある。後者の方が、より市場ニーズに合わせた色調調整が可能であるため、我々
は後者の手法を取ることとした。本章の後半では、その補助化合物の設計、合成およびそ
の物性を述べ、最後にグレーまたはブラウンを作るための混合組成を検討した。
5.1 プラスチックレンズに要求される物性と諸条件
表 18 に、一般的に要求されるプラスチックレンズの物性を示す。
これらは、プラスチックレンズを通常生活の中で普通に使用していけるために設定され
た物性値である。ここから大きく逸脱するようであれば、エンドユーザーのクレームにな
りかねないため、最低限クリアしなければならない。
表 18. プラスチックレンズに要求される物性
項目
目標物性値
初期着色
無いこと。透過率 >90%
屈折率
1.50 以上
(実際の後加工を考慮すると、以下の屈折率となることが
望ましい。1.50,1.52,1.55,1.56,1.60,1.67,1.74,1.76)
86
ハードコート性
市販のハードコートが適用可能であること。
一般的な前処理条件に耐えうる耐薬品性を有すること。
耐薬品性の例;20% NaOHaq at 60 oC for 30min
煮沸密着試験をパスすること;煮沸 5 時間
反射防止コート
反射防止コートが適用可能であること
クラック、クレージングを示さないこと
後加工性
研磨加工に耐えうること
・度数調整のための裏面研磨
・枠入れ加工時の研磨
ブロッキング時に変形しないこと
機械強度
落球試験をパスすること;127 cm からの 16 g の鉄球の
落球試験で、割れないこと。
耐熱性
ハードコート時の加工熱に耐えうること
(120 ℃で変形しないこと)
図 29 に、レンズ業界における、材料メーカーから末端顧客にレンズがいきわたるまでの
モノの流れを示した。これら流通の仕組みはすでに完成しており、それぞれの役割も確立
されている。つまり、新規なレンズ材料だからといって、この仕組みに適用できなければ、
広く普及されない可能性が高い。例えば、材料は、レンズキャスターの現有設備でレンズ
作成が可能なこと、さらに“ラボ”と呼ばれる後加工の設備で、レンズ度数加工および表
面処理が彼らの現有装置で対応可能なことが要求され、そのマッチングが非常にかけ離れ
ていた場合、レンズキャスター等への受け入れ障壁が上がり、結果として末端顧客へ届か
ず、新規製品として世の中に浸透していかない。
新規レンズの普及のためには、プラスチックレンズとしての基本物性を持たせること
もさることながら、現在の仕組みへの適合も必要となる。
87
材料メーカー
モノマー、フォトクロミック材料
レンズキャスター
半加工品レンズ
半加工品レンズ
卸問屋
処方箋情報
(度数など)
レンズの後加工メーカー(ラボ)
完成レンズ*
小売り
*度数調整したレンズにハードコート、
反射防止コートなどが施されたレンズ
枠入れ加工
末端顧客
図 29. プラスチックレンズの流通のしくみ
5.2
フォトクロミックレンズ用プラスチックレンズの設計
プラスチックレンズの材料の透明材料としては、ウレタン、アクリル、ポリカーボネー
ト、エポキシ樹脂などが挙げられ、一般的にはそれらのモノマー混合物を鋳型の中で熱重
合することにより成形される。重合触媒には、ルイス酸や過酸化物が用いられる。
ナフトピラン用の媒体設計においては、冒頭で述べたように、性能を引き出すための広
い自由空間を与えるモノマー設計が先ず優先されるが、実用化を考慮するとモノマー組成
物の成形が現有設備で対応可能であることも重要となる。つまり上記材料系から大きく離
れることなく、また一般的な重合条件でレンズが作成できなければならない。むろんフォ
トクロミック性能を優先するあまり、表 17 に示す要求物性を満足できない場合は、いくら
高性能であるといっても、商品化できない。
そこで、一般的にフォトクロミック化合物は過酸化物に弱く、さらに酸にも弱い傾向が
みられるということを考慮し2、3)、さらにモノマー構造の設計の自由度の観点から、我々
88
は触媒に酸を使用せずさらに比較的温和な条件で重合できるアクリル系に着目し、その設
計を試みた。
5.2.1 アクリルモノマー設計
フォトクロミック分子が有効に働ける空間を生み出すための基本的な考え方としては、
フォトクロミック分子の周囲の環境をゴム状の柔らかい領域とし、しかし全体としてはあ
る程度の硬さ、耐熱性を保持させるということを指針とした。モノマー材料選定にあたっ
て、自由空間の理論的評価や考察を行っていないが、単独で重合させたときの硬さを一つ
の指標とした。選定したアクリルモノマーの構造、硬さおよびその役割を表 19 に示す。
表 19. フォトクロミックレンズ用アクリルモノマー
硬さ
モノマー
構造
(ロックウエル硬度)
役割
(25℃)
O
MAPEG526
O
9
CH3
< 20
自由空間付与
90
耐熱性
O
O
O
4G
O
4
O
O
O
GMA
80
O
O
TMPT
O
O
122
O
MS
55
89
ハードコート
との密着付与
硬度
自由空間付与
重合速度の
調整
MSD
5.3
重合速度の
データなし
調整
重合実験およびフォトクロミック特性の評価
5.3.1 重合組成
表 20 に示す組成比でアクリルモノマーを調合し、さらにそこに下記に示すフォトクロミ
ック色素を溶解させ、図 28 に示した昇温プログラムでラジカル重合させた。
第 4 章で得られた化合物 8 は性能的には申し分なかったのであるが、その他のナフトピ
ラン化合物と混合して使用場合、場合によっては特許的な制限が課せられることが後で判
明したため、特許的な制限がない、下記化合物を使用し、実用化のための検討を行った。
表 20. 重合組成表
ナフトピラン
No
MAPEG526
TMPT
4G
GMA
MS
MSD
1
5
5
77
7
5
1
0.03
2
10
20
57
7
5
1
0.03
3
20
40
27
7
5
1
0.03
85
9
5
1
0.03
9
5
1
0.03
Ref 1
Ref 2
85
x 0.01
単位:重量部
重合開始剤(パーブチル ND;日本油脂製);
ナフトピラン化合物
1 重量部
MeO
CH3
CH3
O
N
H3C
O
OMe
90
O
CH3
O
O
CH
CH36 13
8hr
33(deg.)
4hr
33(deg.)
4hr
40(deg.)
2hr
55(deg.)
2hr
90(deg.)
1hr
90(deg.)
80(deg.)
Temperature (deg.)
90
80
70
60
50
40
30
0
5
10
15
20
25
Curing time(hr)
図 30. 重合昇温プログラム
5.3.2 組成物調合及び重合操作
MAPEG526 を5重量部、TMPTを5 重量部、4Gを77 重量部、GMAを7 重量部、MS
を5 重量部、MSDを1 重量部からなるモノマーを調合し、それを100量部としたところに、
ナフトピラン化合物 を0.03部、重合開始剤としてパーブチルND を1 重量部添加し十分
に混合した。この混合液をガラス板とエチレン- 酢酸ビニル共重合体からなるガスケット
で構成された鋳型の中に注入し、図28に示したプログラムを用いて、熱重合した。重合は
空気オーブンを用いた。重合終了後、重合体を鋳型のガラス型から取り外した。
得られた重合体の厚みは 2 mm であった。以下同様にして、表 12 に示した組成物をそれ
ぞれ調合、重合を行った。
91
5.3.3 重合体の物性評価
得られた重合体について、以下の項目を評価した。
1) 硬度
L スケールロックウエル硬度(HL)を硬度の指標として評価した。
上記重合体を25 ℃ の室内で1 日保持した後、明石ロックウエル硬度計( 形式: AR-10)
を用いて、硬化体のL スケールロックウエル硬度を測定した。
2) 耐衝撃性
厚さ2 mm 、直径65 mm の試験板に加工したのち、127cm の高さから鋼球を自然落下
させ、該試料板が破損したときの鋼球の重さで評価した。評価基準は、このときの鋼球の
重さがが20g 以下の場合を「1」とし、20 ~40g の場合を「2」、40 ~60g の場合を「3」、
60 ~ 80g の場合を「4」、80g 以上の場合を「5」とした。
3) 耐熱性
重合体をフレームにはめ込み、120 ℃ に加熱した後、枠ずれのないものを○ で、枠ず
れあるものをX で評価した。
4) 光学歪
重合体を、直交ニコル下で、その光学ひずみを観察した。光学歪みのないモノを○ で、
光学歪みのあるモノを× で評価した。
5) 屈折率
アタゴ(株) 製屈折率計を用いて、20 ℃ における屈折率を測定した。接触液にはブロモ
ナフタリンまたはヨウ化メチレンを使用した。
5.3.4 フォトクロミック特性の評価
得られた重合体( 厚み2 mm ) を試料とし、図5で示した装置を用いて、そのフォトク
ロミック特性を測定した。測定温度は、20 ℃ 0し1 ℃ 、重合体に照射したキセノン光の
重合体表面での紫外線強度365 nm=2.4 mW/cm2 、245 nm=24 W/cm2で、それを120 秒
間照射した。
1) 最大吸収波長;max /nm
キセノン光を120秒間光照射したときの、長波長側の吸収極大を示す波長
2) 発色濃度; A (120) - A (0)
最大吸収波長での吸光度。
A (120);120秒後 の吸光度
92
A (0);キセノン光照射前の同波長での吸光度
3) 退色速度 [t1/2 (min)]: 発色時の最大吸収波長での吸光度が1/2 まで低下するのに
要する時間
4) 耐久性 (%) = {(A200 / A0) x 100}
繰り返し耐久性を評価するため、キセノンウェザーメーターを用い、劣化促進試験を行
った。促進試験用の装置として、スガ試験器( 株) 製キセノンウェザーメーターX 25 を
用いた。そこで重合体を200 時間促進劣化させた。その後、前記発色濃度の評価を試験の
前後で行い、試験前の発色濃度 (A0)および試験後の発色濃度(A200)を測定し、{(A200 / A0) x
100}の値を残存率(%)とし、発色性の残存率を求めた。
5.4
重合体の機械物性およびフォトクロミック特性
表 21 に重合体の物性を示す。
表 21. 重合体の物性
No
硬度
光学歪 4)
耐熱性 3)
耐衝撃性 2)
屈折率
1
88
○
○
4
1.523
2
96
○
○
4
1.523
3
100
○
○
3
1.523
Ref 1
95
○
○
5
1.523
Ref 2
120
×
×
1
1.523
2)、3)、4)はそれぞれ、5.3.3 で説明した評価項目
重合体 1~3 は表 10 に示したプラスチックレンズの一般特性を備えていることがわかる。
また Ref 2 の組成のように、耐熱性付与成分である TMPT を極度に使用した場合、かえっ
て耐熱性が低下した。これは 3 官能性の重合基が、分子内で環化重合を起こし、実質的架
橋密度が低下したためと考察される。また架橋密度の低下に伴い、耐衝撃性も低下した。
次に表 22 にフォトクロミック特性の結果を示した。
93
表 22. 重合体のフォトクロミック特性
発色濃度 2)
退色速度 t1/23)
耐久性 4)
Absorbance
(分)
(%)
max(nm)
No
1
586
0.80
2.0
82
2
586
1.10
1.0
82
3
586
1.30
0.6
81
Ref 1
586
0.50
4.6
82
Ref 2
586
0.90
1.5
82
2)、3)、4)はそれぞれ、5.3.4 で説明した評価項目を参照
ソフト成分の MAPEG526、自由空間付与成分の TMPT を入れなかった Ref 1 では、発
色濃度が低く、退色速度が遅い結果となったが、それらを添加した 1-3 では良好なフォト
クロミック性を示した。また MAPEG526 と TMPT の組成比の増加に伴い、発色濃度、退
色速度ともに向上した。これらの結果は、おそらくナフトピラン周辺の環境が、分子の運
動を起こしやすい状態で広がっていることを示唆している。今後これら重合体での自由空
間の定量的評価が必要である。
表 20、21 に示した結果より、フォトクロミック色素が良好なフォトクロミック特性を示
す、実用可能な媒体を実現した。
5.5
特許出願
さらにその他アクリル系モノマーを幅広く検討し、以下に示すように特許出願を行った。
表 24. 媒体の発明に関わる特許出願
No
1
発明の名称
硬化性組成物
発明者
国別特許番号
出願日
登録日
百田潤二
日本:4016119
2000.07.18
2007.09.28
川崎剛美
米国:US8529789
2000.07.18
2013.09.10
大谷俊明
欧州:EP1130038
2000.07.18
2009.05.06
本特許は、世界各国で登録となり、新規性、進歩性が認められた。
94
5.6
補助色素の検討
グレー、ブラウンといってもその色合いは幅広い。また同じ系統の色調でも地域により
微妙に好みが異なる。市場の要求にこたえていくためには、微妙な色調コントロールが必
要となってくる。ここでは、本論文で見出した化合物 8 または類似化合物を主要色素とし
て用い、その発色色調をさらに市場好みの色調に調整するための、補助色素について検討
した結果を論じる。
5-6-1 補助色素の分子設計
本論文で見出したインデノナフトピランに必要な補助色素は、黄色~橙色の発色色調を
示す化合物である。実用的な耐久性を示すという観点から、補助色素もナフトピラン系を
検討することとした。本来は最も耐久性に優れるインデノナフトピランが黄色~橙色を示
すための、第 2 吸収(本論で述べた 420 nm 付近の吸収)を大きくするよう設計をすれば
よいのであるが、色調調整の容易さ、退色速度の速さの観点から、3H ナフト(2,1-b)ピラン
をその基本構造に選定した。
3H ナフト(2,1-b)ピランは、一般的に退色挙動として、熱退色しづらく、退色には可視光
のエネルギーを必要とするコンフォメーションがマイナー成分として存在することが多く、
また発色濃度が低いといった欠点を有する。そこでまずは発色濃度を向上させるための分
子設計を行った。その設計に当たり、スピロオキサジンで検討された置換基効果の手法を
参考にした4、5,、6)。その概要を図 30 に示した。
1
N
2
F
N
3
O
4
10
9
8
5
6
7
N
初期着色の低減
発色濃度の向上
図 30. スピロオキサジンにおける分子設計
スピロオキサジンの 6 位にアミノ基を置換することで、高い発色濃度が得られる。
インドール環側のフッ素原子による初期着色低減は、電子吸引基の導入により、インド
95
ール基自身の電子供与性を低減し、閉環体/開環体の熱平衡を、閉環体側に傾かせる考え
方である。
これらの考えを 3H ナフト(2,1-b)ピランに導入すると、図 31 のような分子設計となる。
9
10
8
7
1
6
R5
R1
2
5
4
O
3
R1, R2:電子供与基
R3, R4:電子吸引基
R5:アミノ基
R4
R3
R2
図 31. 3H ナフト(2,1-b)ピランの分子設計
図 31 中の R1 および R2 の電子供与基導入の目的は、可視光による退色を必要とするコン
フォメーションを減らす目的および耐久性向上の目的であり、置換位置は、第 3 章の結果
から、パラ位が最も効果的であることが予測される。
さらに、補助色素の発色状態での吸収波長は、化合物 8 の発色状態での吸収スペクトル
で、その吸収が少ない波長領域を補うことが望ましい。図・に示した化合物 8 の発色状態
の吸収スペクトルから、460-520 nm の吸収を補うことができれば、可視域を幅広く吸収で
きる組成物を与えることができ、所望の色調がいかようにも調整可能である。
R3 は発色前の初期着色を低減させるための、電子吸引基である。
そこで、R1、R2 には、モルホリノ基、メトキシ基、トリフルオロメトキシ基を、R3、R4
にはフッ素原子、トリフルオロメチル、ジメチルアミノ基を、R5 にはモルホリノ基を置換
することを考え、以下に示す 6 種類の化合物 21-26 を実際に合成し、その物性を評価した。
96
O
O
N
N
N
O
N
O
O
O
F
21
CF3
22
O
N
O
N
N
O
O
N
O
O
OCF3
F
23
F
24
O
N
OMe
N
O
O
N
F
O
O
OMe
N(CH3)2
25
26
97
5.6.2
化合物の合成
図32に化合物21-26の合成スキームを示す。合成の諸条件は、登録特許3801386に記載の
通り行った。対応するプロパギルアルコールは、2.3.4で述べた方法でそれぞれ合成した。
Cl
OH
OH
1) Cl2 / Toluene
2) O
NH / Et3N
N
O
OH
Sn / aq HCl / AcOH
N
O
OH
R1
R1
O
pTsOH
HO
N
O
N
R4
O
R3
R2
R4
R3
R2
21
22
23
24
25
26
: R1=morpholine, R 2=H, R 3=F, R4=H
: R1=morpholine, R 2=H, R 3=CF 3, R4=H
: R1=morpholine, R 2=OCF 3, R3=R 4=H
: R1=morpholine, R 2=H, R 3=R 4=F
: R1=morpholine, R 2=OMe, R 3=F, R4=H
: R1=OMe, R 2=H, R 3=dimethyl amino, R 4=H
図32 化合物21-26の合成スキーム
98
5.6.3
重合体中におけるフォトクロミック特性の評価
重合体中における化合物21-26のフォトクロミック特性を評価した。重合は5-3-1で述べた
方法と同様の手法を用いた。ただしアクリルモノマーとして、テトラエチレングリコール
ジメタクリレート70 部、トリエチレングリコールジメタクリレート15 部、グリシジルメ
タクリレート10 部、2- ヒドロエチルメタクリレート5 部の組成物を用いた。この重合組
成物100部に対し、それぞれのナフトピラン化合物を0.05部添加した。
フォトクロミック特性の評価結果を表 25 に示した。
表 25. 化合物 21-26 のフォトクロミック特性
化合物
max (nm)
初期着色
発色濃度
退色速度
Absorbance
Absorbance
(分)
照射前
照射時間 120 秒
t1/2
21
472
0.04
1.00
2.6
22
468
0.03
1.10
2.8
23
468
0.04
0.95
2.4
24
466
0.03
0.90
2.8
25
478
0.05
1.00
2.5
26
458
0.06
0.90
2.0
化合物 21-26 のいずれも、450-480 nm に吸収極大を有する黄色~橙色の発色を示し
た。色調、初期着色、発色濃度、退色速度を総合的に判断して、黄色~橙色の補助色素と
して 21 を用いることとした。
図 33 に化合物 21 の NP 体および MC 体の吸収スペクトルを示した。
99
1.4
NP form
MC form
1.2
Absorbance (-)
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
400
500
600
700
Wavelength / nm
800
図 33. Absorption spectra of NP and MC form of 21 in toluene at 23 oC.
Solvent and concentration: Toluene (7.7 x 10-3 mol dm-3).
Irradiation: Xenon lamp (300 nm - 500 nm based on ISO regulation).
5.6.4
中間色の作成とその物性
21 と化合物 8 類似化合物のみの組み合わせでは、赤色不足の中間色となったため、さら
に、500 nm 付近の吸収を補うための赤色の補助色素を用いる必要があったので、文献既知
の色素 27 を同時に用いることとした。図 34 に化合物 27 の NP 体および MC 体の吸収スペ
クトルを示した。
表 26 に示すような化合物組成を混合し、5-3-1 で述べた媒体中に溶解させ、重合体を作
成し、屋外でその発色色調を観察した結果を表 27 に示す。きれいなグレーとブラウンを示
した。さらに、図 11 の装置にて測定した、フォトクロミック特性を、図 35 および図 36 に
示す。
N
N
O
O
27
λ max = 500 nm
100
1.4
NP form
MC form
1.2
Absorbance (-)
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
400
500
600
700
800
Wavelemgth / nm
図 34. Absorption spectra of NP and MC form of 27 in toluene at 23 oC.
Solvent and concentration: Toluene (7.7 x 10-3 mol dm-3).
Irradiation: Xenon lamp (300 nm - 500 nm based on ISO regulation).
表 26. 中間色のための代表的色素組成1)
O
N
N
N
O
O
O
O
21
O
N
N
O
MeO
OMe
F
27
Orange
Red
Bluish gray
グレー
0.007
0.006
0.03
ブラウン
0.017
0.003
0.02
1) 単位:phm (per hundred monomer w/w)
101
表 27. 屋外観察結果
発色 10 分
発色前
退色 2 分
グレー
ブラウン
観察条件:紫外線強度:1.2 mW/cm2 (365 nm)、外気温度:19 ℃
100
100
(a)
Transmittance (%)
Transmittance (%)
80
60
40
20
0
400
600
700
80
60
40
20
Bleached
Activated
500
(b)
0
400
800
Bleached
Activated
500
Wavelength (nm)
600
700
Wavelength (nm)
図 35. 25 ℃における発色前後の透過率スペクトル
(a):グレー、(b):ブラウン
102
800
100
100
(a)
90
90
80
Luminous Transmittance(%)
Luminous Transmittance(%)
80
70
60
50
40
30
20
10
0
(b)
70
60
50
40
30
20
10
0
1
2
0
Darkening(min.)
0
2
4
6
Fading(min.)
8
10
0
1
2
0
Darkening(min.)
2
4
6
Fading(min.)
8
図 36. 25 ℃における発色前後の透過率変化
(a):グレー (560 nm)、(b):ブラウン (560 nm)
表 1 で述べた目標値にはまだ至っていないが、実用的に十分高性能な特性を示した。
5.6.5
特許出願
さらにその他の化合物も合成し、以下に示すように特許出願を行った。
表 28. 補助色素の発明に関わる特許出願
発明の名称
クロメン化合物
発明者
国別特許番号
出願日
登録日
日本:3801386
1999.06.03
2006.05.12
百田潤二
米国:US6525194
2002.05.24
2003.02.25
松岡信吾
欧州:EP1122251
2000.05.29
2005.07.20
本特許は、世界各国で登録となり、新規性、進歩性が認められた。
103
10
5.7
参考文献
1) Jeng-Shyong Lin, Interaction between dispersed photochromic compound and poly
matrix, European Polymer Journal 2003 ; 39, 1693-1700.
2) 小早川隆、伊村智史、糸永一正、(株)トクヤマ、フォトクロミック組成物、特許 3016533
(1999)
3) 百田潤二、名郷洋信、フォトクロミック硬化性組成物、特許 3801315(2006)
4) ニコーラ・カジツリ、ルチアーナ・クリシ、フィオレンゾ・レンジ、フランコ・リベッ
チ、エニーケム・シンテシース・エセ・ピ・ア、光互変組成物、特開平 1-163184(1989)
5) 百田潤二、原忠司、(株)トクヤマ、スピロオキサジン化合物およびその用途、特開平
8-73469 (1996)
6) マーチン・リックウッド、ジョン・デビッド・ヘップワース、ピルキントン・ブラザー
ズ・PLC、プラスチック有機フォトクロミック物品、特開昭 62-288830 (1987)
104
105
106
おわりに
本研究を通じ、従来化合物に比べ格段に退色速度が速く、しかも中間色を出させる上で
有利な吸収特性を有する、高性能なナフトピラン系化合物の創出に成功した。しかし、そ
の分子設計ではインデノ基の置換基としてスピロフェナンスレンに限定しており、その他
の芳香族環あるいは立体障害をより精密に制御するための置換基の検討が必要である。
また退色速度、発色色調の制御に用いた置換基も代表的な電子供与基にとどまっており、
さらにその置換数およびその位置も限定されている。今後広範囲な置換基とその置換位置、
置換数を検討し、インデノ系ナフトピラン化合物の置換基とフォトクロミック特性の関係
の広範囲な実証が必要である。またその特性と発色・消色メカニズムのさらなる理解が必
要である。
最後に、本検討で得られた化合物は発色濃度の温度依存性が高いという欠点を有してい
る。寒い環境から暑い環境のどこにあっても一定のフォトクロミック特性を示すような改
良が今後望まれる。
投稿論文(予定)
1.
Junji Momoda, Shinobu Izumi, Yasushi Yokoyama, “Substituent Effects on
Photochromic Properties of Spiro-phenanthro(2,3-f)indeno(1,2-b)naphthopyran”,
in preparation.
発表
1.
日本化学会第 95 春季年会(H26 年 3 月、船橋)にて口頭発表予定 「スピロフェナ
ンスレン部位を有するナフトピランのフォトクロミズム」○百田潤二・和泉
横山 泰
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忍・
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謝辞
本研究を遂行するに当たり、横浜国立大学大学院の横山泰教授には、年がいって頭が硬
くなった社会人を快く引き受けてくださり、さらに手取足取り日々ご指導いただき、心か
ら大変感謝する。さらにご指導に当たっては、こちらのスケジュールも考慮していただき、
ずいぶんなご負担をおかけしたことに、唯々恐縮するばかりである。また横山研究室およ
び生方研究室の学生方々もそのゼミへの参加に当たって快く受け入れてくれたことに感謝
する。
また、株式会社トクヤマの和泉忍主任研究員(現在サントックス(株))および寺西一浩研
究員には本業の合間を縫って、実験協力をしていただいたことに感謝する。
さらに、営業部に身を置きながら、博士課程への挑戦を快諾していただいた、(株)トクヤ
マ ファインケミカル部、田村直樹部長にもこの場を借りてお礼申し上げたい。
また、入社以来、色々なことに相談に乗っていただき、日々叱咤激励していただいた小
早川隆主幹には感謝の念に堪えない。そしてメガネ材料開発に携わったすべての研究員の
献身的な努力の積み重ねが事業を継続させ、本論文を書かせていただける機会に繋がって
いることはまぎれもない事実であり、彼ら全員に感謝したい。
最後に、これまでの 25 年間数多の実験と出張を繰り返しても、大きな病気にもなること
なくここまれがんばってこられたのは、妻が私の健康に気を使ってくれ、そして仕事に集
中できるよう支えてくれたからに他ならない。妻には本当にいくら感謝してもしきれない。
ありがとう。
平成 27 年 3 月
百田潤二
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