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アンデスの予言
論文紹介 C.M.G.Lattes, G.P.S.Occhialini, C.F.Powell ”Observations on the Track of Slow Meson in Photographic Emulsions”, Nature 160 453 (1947) 岡田 勝吾 06/20, 27/2005 1. 論文の要旨 C.M.G.Lattes, G.P.S.Occhialini, C.F.Powell の 3 人は感光乳剤を用いて実験を行い、質量の異なる 2 つの中間 子の存在を明らかにした。それが、現在知られているπ中間子とμ中間子である。 2. 実験の背景 これまでの研究結果を簡単にまとめる。 • 1937 年の Neddermeyer-Anderson による新粒子の発見 — 電子と陽子の中間の質量を持つ荷電粒子で物質の 透過力が強い。今後、Neddermeyer-Anderson 粒子と呼ぶ。 • 1940 年の湯川粒子の予言 ⇒ 当時は両者は同一粒子と考えられた。 • M.Conversi, E.Pancini, O.Piccioni の実験結果から Neddermeyer-Anderson 粒子を湯川粒子と解釈するのが 難しくなった。 • D.H.Perkins の実験から湯川粒子の存在の確証を得た。 以上から、Neddermeyre-Anderson 粒子と湯川粒子は全く別の粒子で、実際にそれぞれは存在することがわかっ た。 C.M.G.Lattes, G.P.S.Occhialini, C.F.Powell はピレネー山脈 (標高 2,800m) とボリビアのアンデス山脈 (標高 5.500m) で感光乳剤を用いて荷電中間子を観測し、第 1 の荷電中間子が乳剤中で静止し第 2 の中間子に崩壊する 現象を確認。飛跡などから 2 粒子の質量は異なることがわかり、第 1 の中間子をπ中間子、第 2 の中間子をμ中 間子と名付けた。 3. 実験結果と考察 ピレネー山脈、アンデス山脈で合計 644 個の中間子の飛跡を得て、そのうちπ中 間子が崩壊して生じたμ中間子が乳剤中 で静止したものが 11 個あった。左の図 1 はそのうちの 1 例である。 また、その 11 個のデータについては 次ページの表 1 にまとめる。 まず、π中間子が感光乳剤中に止まる までの時間を、一番感光乳剤中を長く飛 んだ No.III のπ中間子で計算してみる。 π中間子は感光乳剤中をほぼ光速で飛ん 図 1: π中間子とμ中間子の飛跡 でいるとして 1 1040 × 10−6 m ' 3.47 × 10−12 sec 3.0 × 108 m/s π中間子の寿命は 2.60 × 10−8 sec であるから、この荷 イベント No. π中間子の飛跡 [μ m] μ中間子の飛跡 [μ m] 電π中間子は乳剤中で静止し、寿命が来てμ中間子に I 133 613 崩壊したと考えることが出来る。すると、朝永・荒木 II 84 565 III 1040 621 の予想から電荷はプラスであることがわかる。 IV 133 591 一方、μ中間子の飛跡はどれもだいたい 600µm で V 117 638 あることから、そのエネルギーは一定であるおことが VI 49 595 VII 460 616 わかる。従って、π中間子の崩壊は 2 体崩壊であるこ VIII 900 610 IX 239 666 X 256 637 XI 81 590 とがわかる。現在、π中間子の崩壊は π + → µ+ + νµ 表 1: π中間子とμ中間子の飛跡 π − → µ− + ν¯µ とわかっている。 π中間子とμ中間子の質量 — 左の図 2 は、横 軸に粒子が止まるまでに進む距離 R の対数を とり、縦軸にその距離 R に含まれる感光した乳 剤粒子の数 N の対数をとったグラフを表してい る。Powell らは図 1 で示した写真に写っている π中間子とμ中間子の飛跡を 50µm の間隔に分 けて、そこに含まれるイオン化した粒子の数を 数えてプロットし左図の様なグラフを得た。 質量 m の粒子が v の速さで飛んでいるとき のエネルギーを E とする。今は非相対論的に 考えることにすると、エネルギー E は E= 1 mv 2 2 (1) v ¿ c よりエネルギー損失は dE k ∼ 2 dx v (2) (1) 式を (2) 式に代入して 図 2: イオン化した粒子の数 N と飛跡 R の関係 d(mv 2 )2 ∼ mk =⇒ E 2 ∼ mkR dx 両辺対数をとると ln E ∼ 1 (ln mk + ln R) 2 (3) 粒子のエネルギー E は乳剤を構成する原子のイオン化エネルギーとして使われる。従って、粒子のエネルギー E と飛跡の粒子数 N は比例関係にあるので (3) 式は ln N ∼ 1 (ln mk + ln R) 2 となる。 2 (4) 大雑把であるが (4) 式から図 1 のようなグラフが得られることがわかる。 (4) 式から粒子の質量が大きいほど図 2 のグラフは上にシフトする。実際にπ中間子のグラフの方がμ中間子よ りも上にあることから、π中間子とμ中間子は質量の異なる全く別の粒子であることがわかる。 次に、飛跡のイオン化された粒子の密度をもってπ 中間子とμ中間子の質量が異なることを確かめよう。 右の図 3 の傾きが 45 度の直線とπ中間子、μ中間子 それぞれの曲線との交点では、両者の粒子密度は等し い。すると Nπ Nµ Nπ Rπ = =⇒ = Rπ Rµ Nµ Rµ (5) 粒子数 N と粒子のエネルギー E は比例関係があり、 また E 2 ∼ mkR であったから (5) 式を書き直すと mπ kRπ R2 mπ Rπ ∼ π2 =⇒ ∼ mµ kRµ Rµ mµ Rµ (6) 従って、傾きが 45 度の直線とπ中間子、μ中間子そ れぞれの曲線との交点の残りの飛跡から 2 粒子の質量 比が決まる。右図のグラフから数値を読んで質量比を 計算すると mπ 102.66 = ∼ 2.3 mµ 102.3 図 3: 傾きが 45 度の直線上では残りの飛跡に含まれ これからもπ中間子とμ中間子は質量の異なる別粒子 るイオン化された粒子の密度が等しい であることがわかる。 π中間子からμ中間子の生成のプロセス — この章のはじめの方でμ中間子はπ中間子が崩壊して生じ、μ中間子 の飛跡がだいたい 600µm で一定であることから、2 体崩壊であると言った。現在は、π中間子はμ中間子とニュー トリノに崩壊することがわかっているが、当時はまだニュートリノの存在は知られていなかった。そこで、彼ら は光子に崩壊する場合やμ中間子と同じ質量をもつ中性粒子に崩壊する場合を仮定した。 ここでは 1 例として光子に崩壊する場合を考えてみよう。 エネルギー保存則から mπ c2 = mµ c2 + Kµ + hν (7) μ中間子の質量は当時はまだわかっておらず、100me ∼300me と予想された。また、μ中間子の運動エネルギー Kµ はその質量に応じて飛跡から決まる。 ここで、mµ = 100me 、Kµ = 3.0(MeV) のときの mπ を計算してみよう。まず、μ中間子の全エネルギーは 53MeV だから運動量は (54MeV)2 = (51MeV)2 + (pc)2 =⇒ p ' 17MeV/c 光子の運動量はμ中間子のそれと等しいから、光子のエネルギーは 17MeV/c となる。すると (7) 式から mπ c2 = 54MeV + 17MeV =⇒ mπ ' 71MeV/c ' 140me 3 だから、質量比は mπ /mµ = 1.40 となる。右の表 2 にその mµ Kµ (MeV) hν(M eV ) mπ mπ /mµ 現 在 、π 中 間 子 、μ 中 間 子 の 質 量 は そ れ ぞ れ 100me 3.0 17 140me 1.40 139MeV/c2 ,106MeV/c2 である。またμ中間子は 150me 3.6 23 203me 1.35 200me 4.1 29 264me 1.32 π → µ + νµ 250me 4.5 34 325me 1.30 π − → µ− + ν̄µ 300me 4.85 39 387me 1.29 他の例も示しておく。 + + 表 2: μ中間子とπ中間子の質量 という反応で生じることが知られている。 ここでμ中間子とニュートリノのエネルギーを計算してみよう。エネルギー保存則から mπ c2 = Eµ + Eν (8) が成立。ただし Eµ2 Eν2 = (mµ c2 )2 + (pc)2 2 = (pc) (9) (10) とする。(8) 式∼(10) 式から Eµ = (mπ c2 )2 + (mµ c2 )2 (mπ c2 )2 − (mµ c2 )2 , Eν = 2 2mπ c 2mπ c2 それぞれのエネルギーを計算すると Eµ ' 110MeV , Eν ' 29MeV μ中間子の運動エネルギー Kµ は Kµ = Eµ − mµ c2 = 110 − 106 = 4MeV 質量比は mπ 139MeV/c2 ' 1.31 = mµ 106MeV/c2 すると、表 2 の 3 行目に相当することがわかる。 4. まとめ これまでの研究結果から Neddermeyer-Anderson 粒子 (μ中間子) と湯川粒子 (π中間子) はどちらも存在すること が確認されたが、同粒子と解釈するのは難しくなっていた。しかし、C.M.G.Lattes, G.P.S.Occhialini, C.F.Powell の 3 人による実験でこれらの粒子は質量が違うことから全くの別粒子だということがわかった。また、μ中間 子はπ中間子が崩壊して生ずるものだということもわかった。結果として彼らの実験は M.Conversi, E.Pancini, O.Piccioni の実験結果と D.H.Perkins の実験結果をうまく結びつけたことになる。 尚、Powell は感光乳剤の方法の開発と π → µ + ν の崩壊の発見により 1949 年 Nobel 賞を受賞した。 4