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平成 26 年度『証券ゼミナール大会』 明治大学 三和

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平成 26 年度『証券ゼミナール大会』 明治大学 三和
平成 26 年度『証券ゼミナール大会』
明治大学
三和ゼミナール
第 2テ ー マ
「わが国の金融機関における
リスクマネジメントのあり方について」
明治大学
三和ゼミナール
島野班
目次
は じ め に .......................................................................................................... 3
1章
金 融 リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト の 現 状 ................................................................. 4
1-1
金融リスクの定義とリスクマネジメントの意義
1-2
金融リスクの分類とその現状
1-3
先進的リスク管理手法
2章
金 融 リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト 高 度 化 の 背 景 .................................................... 17
2-1
金融のグローバル化・自由化
2-2
金融危機がもたらした影響
2-3
自己資本比率規制
3章
金 融 リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト の 問 題 点 ........................................................... 27
3-1
国際基準統一における政策投資株式の問題
3-2
リスクカルチャーの不足について
4章
金 融 リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト へ の 提 言 ........................................................... 33
4-1
政策投資株式放出へ向けて
4-2
リスクカルチャー強化に向けた提言
お わ り に ........................................................................................................ 38
参 考 文 献 ・ 参 考 URL ....................................................................................... 39
2
はじめに
日 本 に お い て 、 1996 年 か ら 2001 年 に か け て 大 規 模 な 規 制 緩 和 政 策 が 次 々
打ち出され金融の自由化が進んだ。それと並行し、世界では金融グローバル化
の流れが加速し、金融機関を取り巻く環境は大きく変化した。近年になり、
5
2008 年 の ア メ リ カ に 端 を 発 す る リ ー マ ン ・ シ ョ ッ ク や 、 2010 年 の 欧 州 ソ ブ リ
ン危機などの金融危機、それに後追いする形で施策される自己資本比率規制の
影響により、金融業界のリスク管理は急速な高度化を求められている。
金融機関が対処すべき金融リスクは主に、市場リスク、信用リスク、流動
性リスク、オペレーショナルリスクに分類され、これまで個別にリスク管理が
10
なされてきた。それぞれのリスクの計量化や、管理方法は様々であるが、それ
らのリスクを統一的な尺度で図り、各種リスクを統合して管理する統合リスク
管理という枠組みが定着しつつある。
しかしそれらの手段は用意されているが、実務においてその全てを適用する
には様々な弊害があり、我が国の金融リスクマネジメントは未だ万全と言える
15
状態にはない。
本稿では、第1章で金融リスクについての定義を行い、その分類とそれぞれ
の管理手法について概説する。そして先進的なリスク管理手法について述べ、
金融機関のリスク管理の現状について言及する。第2章では、金融機関のリス
ク管理が高度化を求められる背景として、金融の自由化、金融危機、自己資本
20
比率規制の3点から考察する。第3章では我が国における金融機関の問題点と
して、政策保有株式の保有と、リスクカルチャーの不足の問題を指摘し、第4
章でそれらの改善策を提案していく。
リーマン・ショックから6年が経過し、金融機関の先進的リスク管理体制は
概ね確立されてきている。しかし同時に、一つの手法に拘るだけでなく、時代
25
により流動する金融リスクを的確に把握し、その趨勢により柔軟に対応が出来
る、機動的な管理体制も求められている。その為には個別の金融機関の努力だ
けでなく、政府や株主による定期的なコミットメントや、各部門のインセン
ティブを両立させるような施策が必要であり、未だ課題は多く残されていると
考える。本論文がそうした課題を一つでも解決する上での参考になれば、幸い
30
である。
3
第1章
1-1
金融リスクマネジメントの現状
金融リスクの定義とリスクマネジメントの意義
金融リスクマネジメントについて論じていく前に、本稿におけるテーマであ
る、金融リスクについての定義を明確にしておく必要がある。 金融リスクとい
5
う言葉は、現在一般的に金融機関では用いられているが、その定義は識者によ
って様々である。金融リスクについても、『経済主体の資産や所得の価値等に
マ イ ナ ス の 影 響 を 与 え る 可 能 性 の あ る 不 確 実 性 1』 や 、 『 業 務 に 予 想 外 の 損 失
を 生 じ さ せ 、 資 本 を 毀 損 す る 可 能 性 を 持 つ 要 因 2』 な ど あ り 、 統 一 的 な 定 義 は
存 在 し な い 。 本 稿 で は 、 有 馬 (2003)の 定 義 を 参 考 に 、 金 融 リ ス ク を 『 金 融 機 関
10
の資産や価値等にマイナスの影響を与える不確実性』とする。
また、金融リスクマネジメントを、『金融機関が営業をしていく上で発生
する、全ての金融リスクを可能な限り補足し、それを自身の経営体力に合わせ
る事で、企業価値の最大化を図る試み』と定義する。
金融リスクマネジメントを行う意義について、それは即ち金融機関の公共性
15
にあると考える。特に日本においては、銀行は公器としての性格が強く、銀行
の破綻や経営の逼迫は、その周囲の経済に多大な損失を与えること になる。そ
の他証券会社や保険会社についても、他人の資産を預かり、それを運用する立
場にあるため、特に綿密なリスクマネジメントが行われなければならない。も
しこれが損なわれ、金融機関が過剰なリスクテイクに走り、結果抱えたリスク
20
が顕現する事態に陥った場合、金融システムだけでなく社会的にも、多大な負
の影響を及ぼすこととなるであろう。
また、金融リスクマネンジメントは、上記のような負の影響に対する防波堤
としての役割だけでなく、その機関の収益性を安定させる機能を持つ。金融の
グローバル化やシステムの高速化に伴い、金融機関のアクティブ運用や裁定取
25
引による収益が期待できなくなった昨今において、その運用における命題が
『如何にリターンを稼ぐか』からパッシブ運用に代表される『如何にリスクを
回避するか』という事へと変動しつつある。そのような市場において、金融リ
スクマネジメントは不必要なリスクを可能な限り回避し、その収益性を安定さ
1
2
有 馬 敏 則 「 金 融 リスクとリ スクマネ ジ メント」 2003 年 ,p .56.
藤 井 健 司 「 金 融 リスク管 理 -リ スク管 理 手 法 と最 近 の動 向 -」2012 年 , p.3.
4
せる役割があると考える。
1-2
金融リスクの分類とその現状
金融リスクは多くのリスク・カテゴリーに分類することができる。現在主流
5
とされている大分類として、市場リスク、信用リスク、流動性リスク、オぺレ
ーショナル・リスクに分け、それぞれの管理手法と問題について本稿では論じ
る。分類によりオペレーショナルリスクに決算リスク、風評リスクを含まない
物も見受けられるが、今回はオペレーショナルリスク内でそれぞれ解説する。
10
市場リスク
市場リスクとは、金利や市場価格などのリスク・ファクターの変化によって、
ポートフォリオにおける金融商品の価値が変動し、損失を被るリスクをさす。
仮に他国の金利が上昇した場合、投資家は自国の株式資産を引き上げ、他国の
外貨で資産を運用する選好をとるかもしれない。その場合、自国の株価が下が
15
り、外貨建て資産が値上りし、更に他国の債券価格が低下する。というように
一つのリスク要因が様々なエクスポージャーの価値変動に繋がるため、その管
理はトレーディング業務、バンキング業務を問わず綿密に行われなければなら
ない。市場リスクと一口に言っても、そのエクスポージャーは、債券、株式、
為替、コモディティ、それらのデリバティブと多岐にわたる。本稿は主なリス
20
クである金利リスク、価格変動リスク、為替リスクについて解説する。
まず金利リスクとは、金利が変動、またはイールドカーブの形状が変化する
事によって、資産や負債の経済価値だけでなく、収益と費用が変化し損失を被
るリスクを言う。例えば、金利改定に伴い、資産および負債の固定金利、そし
て変動金利の金利改定期のズレから生じる金利リスクと、イールド・カーブの
25
移動が金融機関の収益ないしは保有する商品の価値に影響を及ぼすイールドカ
ーブ・リスクがある。
次に価格変動リスクについて、主に株式や債券、コモディティ等の時価が、
マーケットで変動することにより金融機関の保有する金融商品の価値が変動し、
損失を被るリスクをいう。変動要因は景気、社会情勢などの市場全体の動きに
30
起因するものと、金利や為替などの商品固有の問題に起因するものと2つに分
5
けて考えることが出来る。
そして為替リスクは、国内通貨と外貨建て通貨との間の為替相場の変動から
生じるリスクである。その変動要因は、長期的に見ればインフレ格差、経済成
長率などのマクロ経済要因であるが、短期的にはトレンドなどによってその価
5
格が形成されることが多い。
市場リスクの管理手法とその現状
市場リスク管理はそのリスク管理を行う金融機関の資産規模などによってそ
の実態は左右される。そのため本稿では、わが国における 3 大商業銀行の一
10
つ を 抱 え る 三 菱 東 京 UFJ フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ ( 以 下 MUFG) の 管 理 手 法
を取り上げて、一般的なリスク管理手法としたい。
市場リスク管理体制
MUFG で は ト レ ー デ ィ ン グ 業 務 と バ ン キ ン グ 業 務 そ れ ぞ れ に か か る 市 場 リ
15
スクを、同一の体制で行っている。まず日々の投資業務を行うフロントオフィ
スに対して、独立したミドルオフィス(リスク管理部署)、バックオフィス
(事務管理部署)を整備し、グループ会社内で牽制が働く構造となっている。
更にそれを持分会社の市場リスク管理部門が統括しており、各々の会社の自己
資本の範囲内において、損失額の上限、テイクするリスク量を一定に抑える運
20
営がなされている。
市場リスク量計測モデル
市 場 リ ス ク の 計 測 に つ い て 、 VaR、 Val を 用 い た 市 場 リ ス ク 量 を 日 時 で 把 握 、
管 理 し て い る 。 VaR、 Val は そ れ ぞ れ 「 一 般 市 場 リ ス ク 」 と 「 個 別 市 場 リ ス
25
ク 」 を 計 量 化 す る た め の 手 法 で あ り 、 MUFG で は VaR の ヒ ス ト リ カ ル ・ シ ュ
ミ レ ー シ ョ ン 法 と い う 手 法 を 採 用 し て い る 。 VaR そ の も の や 、 VaR が 抱 え る
問題点については第1章3節で解説するため、ここでは詳しくは言及しないが、
この手法は現在抱えるポートフォリオについて、過去一定期間内で起きた市場
変動を仮に当てはめた場合に発生する損益を推定し、そのリスク量を算出する
30
ものである。
6
バック・テスティング
持 分 会 社 に お い て 、 リ ス ク 量 計 測 モ デ ル に 従 っ て 算 出 さ れ た VaR は 、 一 定
のストレス・シナリオの下で作成された日次の仮想損益と比較するバック・テ
スティングによってその正当性が検証される。このテストを行い、試算された
5
VaR が テ ス ト の 損 失 を 一 定 数 の サ ン プ ル よ り 多 く 超 過 し て い る 場 合 は こ の 試
算は精度が十分でないという事になり、その正当性が担保されない。
図 1-1 は 、 三 菱 東 京 UFJ 銀 行 の ト レ ー デ ィ ン グ 業 務 に お け る 平 成 25 年 度
の 1 年間のバック・テスティングの結果である。グラフにおける右下がりの
10
斜線が、一定のストレス・シナリオの元で作成された仮想損益であり、赤色の
点 が 実 際 に 算 出 さ れ た VaR で あ る 。 こ の 図 に お け る VaR が 仮 想 損 益 を 超 過 し
た回数は 0 回であるとしているため、ここでは市場リスクの計測が十分であ
る 3と い う 結 論 が 成 さ れ て い る 。
図 1- 1
MU FJ2013 年 バ ッ ク ・ テ ス テ ィ ン グ の 結 果
15
出 所 : 三 菱 UFG フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ
デ ィ ス ク ロ ー ジ ャ ー 誌 p.36
信用リスク
信用リスクとは、信用供与先の財務状況の悪化等により、資産(オフ・バラ
ンス資産を含む)の価値が減少ないし消失して損失を蒙るリスクのことを言う
20
4。 銀 行 に お い て は 融 資 先 と 投 資 先 な ど が 、 証 券 会 社 に お い て は 投 資 先 が 破 綻
するリスクがこれにあたるといえる。
3
4
三 菱 UFG フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ 「 デ ィ ス ク ロ ー ジ ャ ー 誌 」 20 14 年 ,p.32.
日 本 銀 行 金 融 機 構 局 金 融 高 度 化 セ ン タ ー 「 信 用 リ ス ク 管 理 体 制 の 整 備 」 2011 年 ,p.3.
7
企業や個人が債務を履行できなくなる状態に陥ることをデフォルトと呼ぶ。
また、ある企業がデフォルトした場合に、その企業の債権を保有する企業や個
人が、債権を回収できなくなることを直接的信用リスク、またはデフォルトリ
スクと呼ぶ。
一方で、企業では一般的に何らかの形で株式や債券などの金融資産を保有し
5
ている。それらの発行企業が実際にデフォルトしなくても、企業業績や資金繰
りが悪化すれば株式や債券の価格の下落や流動性の低下をもたらし、結果的に
損失をこうむるリスクもある。これを間接的信用リスクと呼ぶ。
大、中小さまざまな企業への貸し出し、個人のカードローンや住宅ローン、
10
国内・海外へのファイナンスなど、それぞれ異なる性格をもつ経済主体に対す
る 融 資 に 伴 う 信 用 リ ス ク は 、 規 模 や 種 類 も 多 岐 に わ た っ て い る 5。
信用リスク管理手法とその現状
信用リスク管理は大変難しいと言われている。なぜなら、信用リスクは市場
15
リスクのように直接計測することができず、将来の倒産予測を立てるのに十分
なデータが無い点で、リスクコントロールが難しいからである。信用リスクの
場合、融資先の企業がデフォルトするかどうかは、過去のデフォルト履歴を見
て倒産やデフォルトを経験しておらず、デフォルトの可能性を分析するのに十
分なデータが無いからである。
企業の信用リスクは、その企業の財務諸表を調べることである程度測定する
20
ことができるのではないかと言われている。また、株価や債権価格も、その企
業への信用が反映されており、つまりは信用リスクを計測するひとつの指標と
して使えるのではないかと考えられている。しかしいずれにしても、それらを
計量化するためにはなんらかの数理的なモデルが必要になるが、現段階で確実
25
に有効なツールは開発されていない。
現在、銀行が信用リスクを管理する手段としては信用格付けが一般的である
6。 法 人 向 け の 貸 出 し を 行 っ て い る 金 融 機 関 で は 、 専 門 的 な 金 融 工 学 的 分 析 に
基づく内部(行内)格付制度を整備していることが多い。また、主に個人投資
5
6
青 沼 君 明 ・ 村 内 佳 子 「 Excel& VBA で 学 ぶ 信 用 リ ス ク の 基 礎 」 2010 年 ,p.2,11.
菅 野 正 泰 「 信 用 リ ス ク 評 価 の 実 務 」 2009 年 ,p.34.
8
家・直接投資向けの格付け会社も存在する。専門家の知識と一定の基準を元に
与信判断を行い、格付を行っていくものである。専門家の予想による格付が、
最大の基準となってしまっているのが現状である。
5
信用リスク管理の問題点
第一には、やはり前述のようなデータの不正確さが挙げられる。信用リスク
を確実に計測する手段はいまだ確立されておらず、このことによるリスク分析
の曖昧さが最大の問題といえるだろう。
また、格付会社の信憑性も信用リスク管理の上で大きな問題となっている。
10
最も顕著に挙げられるのが、信用格付の「賞味期限」が短くなっているという
ものである。経済のグローバル化による企業間の競争激化や株主価値増大への
圧力などに伴う信用リスクのボラティリティ増大に加え、格付会社が格付を頻
繁に変更することに抵抗がなくなっていることから、信用格付は以前よりも変
動が大きくなっており、一時出された格付を参考にできる期間が短くなってい
15
る と 指 摘 さ れ て い る 。 格 付 会 社 は 格 付 評 価 の 際 に 3~ 5 年 先 を 見 通 す と 主 張 す
る が 、 実 際 に 3~ 5 年 先 を 見 通 す の は 現 在 の 技 術 で は 容 易 な こ と で は な い 。 よ
って、信用格付を信用リスク管理の基準に置くリスクが年々高まっていると言
える。
世界的に見ると、金融工学の専門家たちは信用リスク管理の新たな分析手法
20
を 生 み 出 そ う と し て い る 。 そ の 背 景 に は 、 BIS 規 制 に よ る 自 己 資 本 比 率 の 厳 格
化により、信用リスク・アセット(万が一の場合に貸倒れの可能性がある資
産)等に対する自己資本の割合を問われたこと、価格競争による利鞘の低下、
担保価値の減少による資産流動性の低下などによって信用リスクの計測がさら
に難しくなっていることなどが挙げられる。こうした時流の中で、信用リスク
25
のさらに正確な測定手法が求められている。
流動性リスク
流動性リスクとは、資金繰りリスクと市場流動性リスクに大別される。資金
繰りリスクとは、運用と調達の期間のミスマッチや予想外に発生した責務とそ
30
れに伴う資金流出などによって、支払いに必要な資金の確保が困難になる、ま
9
たは負債の調達コストが著しく上昇することによって損失を被るリスクである。
例えば、金融機関は想定していない資金の流出に対して、その額が小規模であ
れば保有する資産の売却や市場からの借り入れによって補う事ができる。しか
し、莫大な資金不足が生じると金融機関に無理な資金調達を強いる事になり、
5
高金利での借り入れや低い価格での資産売却など資金の調達コストが上昇する
ために、金融機関にとって大きな損失となる。また、市場流動性リスクとは、
市場の混乱により、金融機関が保有する資産あるいは取引を適切な価格で処分
することができないことによって被るリスクである。例えば、金融危機などに
よって市場が混乱する事により、通常よりも著しく不利な価格での取引を強い
10
ら れ て し ま う 事 、 あ る い は 買 い 手 が 見 つ か ら な く な る 事 に よ り 顕 現 化 す る 7。
流動性リスクの管理手法とその現状
リスク管理の手法はガバナンス体制の整備、流動性リスクプロファイルの把
握と管理、ストレステストの実施とコンティジュエンシー・プランの作成など
15
が上げられる。ガバナンス体制の整備においては、流動性リスク管理体制の規
定し、流動性リスク管理責任者の設置及び権限の付与、経営陣に対する報告体
制の確立などが行われる。流動性リスクプロファイルの把握については、金融
機関が運用・調達ギャップの限度額や流動性資産の保有額などの流動性リスク
プロファイルを作成し、その管理指標を設けると共に限度枠が超えた場合など
20
の対応を定める。また、資金調達環境の急速な変化に対応出来るよう、ストレ
ステストが定期的に実施・検討されている。ストレステストでは、ストレスシ
ナリオの策定、ストレスシナリオ時の分析、その結果に対する対応策の検討な
どがある。流動性リスクが顕現化してしまった場合の対策としては、コンティ
ジェンシー・プランの作成が上げられる。ここでは、緊急時のレベルを段階的
25
に把握し、それぞれに応じた対応策が整備されている。また、流動性危機対応
訓練を実施している場合もある。
7
東 京 リ スクマネ ージャー懇 談 会 「 金 融 リスクマネジメントバイ ブル」2011 年 ,p p.295-298 .
10
流動性リスク管理の問題点
先の金融危機においては、ストレステストやコンティジェンシー・プランの
作成が不十分であったことを指摘されている。事実、資金調達の多くを証券化
商品に依存していたノーザンロック銀行は急激な市場の変化に対応できず、破
5
綻にまで追い込まれた。証券化商品は高利回りを記録する一方で、そのリスク
についての十分な把握が行われていなかったのではないだろうか。今後の課題
としては、ストレステストなどによって資金調達環境の急激な変化が起こった
場合の損失を十分に把握し、その対応策を確実に用意しておく事が必要である。
10
オペレーショナルリスク
オペレーショナルリスクは一般的に、「内部プロセス、役職員の活動もしく
はシステムが不適切であること、または外生的事象により損失を被るリスク」
と定義されている。銀行や証券会社における事務的ミスやトラブル等による損
失のリスク、資産価値の下落による損失リスク、その他経営をおこなっていく
15
過程で発生するさまざまな損失リスク等のことである。
具体的なオペレーショナルリスクとしては、従業員が業務を正確に行わない、
あるいは事故、不正等を起こすこと、もしくは事務処理体制の不備などにより、
損失を被る事務リスク。情報システムの停止や誤作動、または不備や不正使用
により損失を被るシステムリスク。賃金、労働時間等の雇用 関係の悪化や従業
20
員の健康被害や過労死等の安全環境の悪化等に起因して損失を被る人的リスク。
自然災害や外部要因、または従業員の過失による土地、建物等の有形資産の損
失等に起因して損失を被る有形資産リスクなどが挙げられる。
オペレーショナルリスク管理手法とその現状
25
オペレーショナルリスクは、企業活動の過程から発生するリスクであるため、
当然ながら、経営が始まったその日から存在してきたものである。特に近年、
サ ー ビ ス の 多 様 化 、 業 務 の IT 化 、 金 融 機 関 の 社 会 的 責 任 の 増 大 な ど が 相 ま っ
て、オペレーショナルリスク管理の必要性が日々高まってきている。日本では
2000 年 ご ろ か ら 、 オ ペ レ ー シ ョ ナ ル リ ス ク の 計 量 化 モ デ ル や シ ス テ ム の あ り
30
方についての議論が活発になり始めた。金融業界においては、従来のセルフア
11
セスメントや事後の事務検査からは脱却したオペレーショナルリスク管理を目
指す動きが見られている。
これまでに、いくつかのオペレーショナルリスクの計量化の手法が提案され
ている。これらは、簡便な手法から、コンピューターシュミレーションを使う
5
高度な管理手法までさまざまな管理レベルに対応するものであるが、どの手法
にも長所と短所があり、金融機関は業務規模やシステムのレベル、あるいはオ
ペレーショナルリスク管理に費やすことができる予算や人員に応じて手法を選
択することになる。
オペレーショナルリスクの計量化手法は大別すると、トップダウンアプロー
10
チとボトムアップアプローチに分類できる。バーゼル2では、「基礎的手法
( Basic Indicator Approach,
BAR ) 」 と 「 粗 利 益 配 分 手 法 ( The
Standardized Approach, TSA ) 」 は ト ッ プ ダ ウ ン ア プ ロ ー チ に 、 「 先 進 的 計
測 手 法 ( Advanced Measurement Approach, AMA) は 主 と し て ボ ト ム ア ッ プ
アプローチに分類される。
トップダウンアプローチは、利益や費用、資産額などの指標値の一定の割合
15
がオペレーショナルリスクとみなして計量するアプローチである。このアプロ
ーチにおいては、計算が容易である半面、業務の改善と計量結果との因果関係
が把握しづらいデメリットがある。他方、ボトムアップアプローチは、リスク
事象の観測と外部損失などのデータなどを活用した「シナリオ分析」により、
20
オペレーショナルリスクを積み上げて計量する方法である。このアプローチに
おいては、損失事象ごとに詳細な分析を実施する必要があり、知識と作業面で
の負荷が相応に大きいが、積み上げの特性から、各リスク事象への削減対策や
そ の 効 果 測 定 が 可 能 に な る と い う 非 常 に 大 き な メ リ ッ ト が あ る 8。
近年のオペレーショナルリスクの計量化に向けての動きとしては、オペレー
25
ショナルリスクに関するデータを個々の金融機関でなく、業界レベルで蓄積・
共有しようという試みが始まっている。理由としては、自社で発生した過去の
高頻度低損失の事故データのみを利用していたのでは、算出される自己資本は
金融機関にとって、壊滅的な打撃を与える可能性のある損失に備えるのは不 十
8
瀧 本 和 彦 ・ 稲 葉 大 『「 実 践 」 オペレーショナル・ リスク管 理 』 2011 年 ,p.12.
12
分であると考えられるためである。また、不正取引の伴う風評リスクなどの低
頻度高損失なリスクについては、内部データだけではカバーしきれず、他の金
融機関の損失情報といった外部データを用いることも考えられる。
5
1-3 先 進 的 リ ス ク 管 理 手 法
以上までで、現在の金融市場におけるリスク分類、およびその管理手法など
を見てきた。本節では、それらのリスク分類を踏まえ、それらを計量化する試
みや、計量化できないリスクに対する最新の対応などについて言及する。また、
それらのリスクを統合的に管理する「統合リスク管理」の手法、実例などを紹
10
介する。
VaR( バ リ ュ ー ・ ア ッ ト ・ リ ス ク )
VaR は 、 金 融 機 関 の リ ス ク 管 理 に お け る 、 標 準 的 な リ ス ク 指 標 で あ る 。 VaR
とは、金融商品のポートフォリオを現時点からある一定の期間保有するときに、
15
リスク・ファクターの変動により、ある一定の確率で生じ得る最大損失額のこ
と を い う 。 数 学 的 に は 、 現 時 点 t の ポ ー ト フ ォ リ オ の 価 値 を P(t)と し て 、 将 来
の 時 点 t ま で に 生 じ る 損 益 額 ∆P(=P(t) −P(t))に 対 し て Pr[∆P ≤ −X] =a ,が 成 立
す る と き 、 損 失 額 X を 、 保 有 期 間 t −t、 信 頼 水 準 100(1−a)%の VaR と 呼 ぶ 9
VaR は 、 金 融 機 関 の リ ス ク 管 理 実 務 で 最 も 標 準 的 な リ ス ク 指 標 と な っ て い
20
る。しかし、そのリスク指標としての妥当性に関しては、定義上・理論上の問
題点として
VaR が 信 頼 区 間 外 の リ ス ク を 捉 え ら れ な い こ と と VaR が 劣 加 法 性 を 満 た さ な
いことが指摘されている。
25
期待ショートフォール
こ う し た 中 、 VaR が 抱 え る こ れ ら の 問 題 点 を 内 包 し な い リ ス ク 指 標 と し て 、
期待ショートフォールという概念が提唱された。期待ショートフォールとは、
損 失 額 が VaR 以 上 と な る こ と を 条 件 と し た 損 失 額 の 条 件 付 期 待 値 で あ る 。
9
金 融 庁 「統 合 的 リスク管 理 態 勢 の確 認 検 査 用 チェックリスト 」,p.7.
13
金 融 商 品 の ポ ー ト フ ォ リ オ の 損 益 額 を 表 す 確 率 変 数 を X 、 信 頼 水 準 100
( 1−α ) %の VaR を VaRα(X)と す る と 、 こ れ に 対 応 す る 期 待 シ ョ ー ト フ ォ ー
ル ESα (X) は ESα (X) =E[−X| −X ≥ VaRα(X)] と 定 義 さ れ る 1 0 。
VaR が 信 頼 区 間 外 の リ ス ク を 捉 え ら れ な い 、 劣 加 法 性 を 満 た さ な い と い う
5
問題点を持っていたのに対し、期待ショートフォールは「信頼区間外の損失も
平均値の形で盛り込んでいる」「劣化法性を満たす」ことが示されている。
つ ま り 、 期 待 シ ョ ー ト フ ォ ー ル は VaR よ り も 概 念 上 優 れ た リ ス ク 制 度 で あ
ると言うことができる。しかし、期待ショートフォールは捉えるリスクの範囲
が 広 い た め 、 統 計 地 に ば ら つ き が 生 じ や す い 。 そ こ で 、 VaR を 適 用 す る 場 合
10
よりもサンプル数を増やすなどのシミュレーション回数を増やすなどの工夫が
必要となる。
ストレステスト
ストレステストとは「例外的ではあるが、発生する可能性のあるイベント」
15
が発生した際の損失の程度や損失回避の方法などをあらかじめ検証しておくこ
とをいう。
近年のサブプライムローン問題に端を発する世界的な金融市場の混乱は通常
のリスク計測の枠組みでは想定外であり、こういった予測不可能かつ大規模な
リスクに対しいかにリスク計測・管理を行うかが非常に重要な課題となってい
20
る。
ストレステストには一個のリスクドライバーを動かしたときのインパクトを
評価する「感応度分析」と、複数のリスクドライバーのインパクトを評価する
「シナリオ・テスト」の二種類が存在する。
25
10
山 井 康 浩 ・吉 羽 要 直 「バリュー・アット・リスクのリスク指 標 としての妥 当 性 について ―― 理 論
的 サーベイによる期 待 ショートフォールとの比 較 分 析 ――」2001 年 ,p.35.
14
さらにシナリオ・テストは以下のように分類される。
○シ ナ リ オ 作 成 起 源 に よ る 分 類
【イベント・ドブリンシナリオ】
ポートフォリオとは無関係な特定のイベントにのみ基づく
5
【ポートフォリオ・ドブリンシナリオ】
シナリオが直接ポートフォリオにリンクしている
○イ ベ ン ト 作 成 起 源 に よ る 分 類
【マクロ経済シナリオ】
産業に影響を与える経済全体に対するショック
10
Ex) あ る 地 域 の 失 業 率 の 増 加
【マーケット・シナリオ】
金融市場に対するショック
Ex) IT バ ブ ル 崩 壊 に よ る IT 関 連 株 の 暴 落
【カタストロフィー・シナリオ】
15
市場・経済の外部要因によるショック
Ex) 9.11 テ ロ 、 大 震 災 な ど 1 1
シナリオを作成する際は、専門家の意見を取り入れ、リスクファクターに対す
るイベントのインパクトの強さを明確にすることが重要である。
20
統合リスク管理
「統合リスク管理」とは、前述してきたようなツールを用いて、第一章で述
べたような各種リスクを統一的な尺度で計り、各種リスクを統合(合算)して、
金融機関の経営体力(自己資本)と対比することによって管理するものをいう。
12
例えば、日本の三大メガバンクのひとつである三井住友フィナンシャルグル
25
ープでは、グループ全体として管理すべきリスクの種類を分類し、それらのリ
スクを総合的に管理する観点から、グループ全体のリスク管理を統括する機能
11
12
日 本 銀 行 金 融 機 構 「 日 本 銀 行 のマクロストレステスト信 用 リスクテストと金 利 リスクテストの解
説 」2012 年 ,p.5.
金 融 庁 「統 合 的 リスク管 理 態 勢 の確 認 検 査 用 チェックリスト 」,p.101.
15
を 有 し た 「リ ス ク 統 括 部 」を 設 置 し て い る 。 こ れ に 加 え 取 締 役 会 な ど の 上 層 部 も
定期的なリスク管理業務の監督を行うことによって、各リスクについて網羅的、
体系的な管理が可能となっているのである。
図 1- 2:三 井 住 友 フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ の リ ス ク 管 理 体 制
5
出所:リスク管理への取り組み
三 井 住 友 フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ HP よ り
「統合リスク管理」の登場以前は、各種リスクのマネジメントはそれぞれの
対応部署で別個に試みられてきた。しかし、規制の緩和、金融のグローバリゼ
10
ーション、情報通信技術の発達等を背景に様々な金融商品が登場し、新規業務
への参入が活発化したことに伴い、銀行が抱えるリスクが多様化、複雑化した。
中でも、サブプライム・ローン問題による世界的な経済危機を大きな契機とし
て、様々なリスクについて統一的な観点からの管理が求められるようになった
13。
統合リスク管理によって明確化されたリスク量を、自己資本の額と比較する
15
ことによって、金融機関全体のリスクコントロールや、自己資本の十分性の検
証に活用できる。また、セグメント別の収益性を、各部門のリスク量等で調整
したベースで評価し、比較することによって、部門間における効率的な資源配
分 に 役 立 つ 14。
13
14
日 本 銀 行 「金 融 機 関 における統 合 的 なリスク管 理 」2001 年 ,p.7.
日 本 銀 行 金 融 機 構 局 金 融 高 度 化 センター 「 統 合 リ スク管 理 の導 入 と活 用 」2008 年 ,p.3 .
16
「 統 合 リ ス ク 管 理 」 の 枠 組 み の も と で は 、 VaR に 基 づ い て リ ス ク 量 を 計 測
す る 金 融 機 関 が ほ と ん ど で あ る 。 し か し 、 VaR の 計 測 に あ た っ て は 画 一 的 な
手 法 が あ る わ け で は な い 。 ま た 、 VaR で は 保 有 期 間 や 信 頼 水 準 等 、 計 測 の 前
提となる考え方に応じて結果が異なり得る。
5
このため、計測にあたっては、各種手法や前提の持つ意味・根拠を十分に理
解しておくほか、業務の運営や経営目標等と手法・前提とが整合的であること
を定期的に確認する必要がある。
第2章 金融リスクマネジメント高度化の背景
10
前章までで金融リスクマネジメントの現状について、個別リスク管理と先進
的リスク管理の面から概観した。本章では金融リスクマネジメント高度化の背
景について解説を行っていく。金融リスクが歴史的にどのように増大し、金融
機関側がどのように対応してきたかを言及することで、今金融機関が立たされ
ている状況や、またそれが今後どのように変化していくのかを考える助けにな
15
るだろう。
2-1 金 融 の グ ロ ー バ ル 化 ・ 自 由 化
金融の自由化やグローバル化の進展、金融技術の高度化などにより、金融機
関の業務はますます多様で複雑化してきている。
20
金 融 の 自 由 化 は 、 金 融 業 界 に 自 由 競 争 の 原 理 を 取 り 入 れ る こ と で 、 1980 年
代以降、日本において急速に進んだ。戦後の日本は、旧大蔵省主導のもとで、
金融機関の過当競争を防止するために、自由競争が制限されていた 経緯を持つ。
これは、護送船団方式と呼ばれ、金融機関の破綻を防止し、経営を安定させる
ことが目的であった。自由金利ではなく金利規制が行われ、また金融の業務内
25
容を細かく規制して、銀行・証券・保険・信託を4つの分野に分け、垣根をつ
くっていた。しかし、この政策に対して海外や国内から批判が上がった。海外
からは規制緩和が求められ、国内では、企業間の戦略も多様化し、業界として
意思決定がしづらくなっていたのである。
そこで、橋本内閣が従来の金融行政を大転換し、徹底的な金融自由化による
30
利用者の利便性を図ることを狙った、フリー(市場原理が働く自由な市場)・
17
フェア(透明で信頼できる市場)・グローバル(国際的で時代を先取りする市
場)を3原則とする金融システム改革の推進構想を打ち出した。1996年か
ら2001年にかけて行われたこの政策は、いわゆる日本版金融ビッグバンと
呼ばれるものであった。これにより、金融機関の業務分野規制を撤廃し、銀行、
5
証券、保険会社はお互いの業務分野に参入することが可能になった。
銀行では、預貸業務だけでなく、従来設定できなかった金融商品を提供出来
るようになった。損害保険や、生命保険などの保険商品を提供できるようにな
り、投資信託の販売業務等が可能になった。証券会社では、株式手数料を自由
に設定できるようになり、インターネット上での株式売買も可能になった。1
10
998年4月には、外国為替及び外国貿易法が施行され、外国為替業務が完全
自由化された。これによって、外国為替公認銀行や両替商の許認可制度が廃止
され、外国為替業務への参入と退出が自由にできるようになり、メーカーや商
社などの企業も、銀行を通さずに外国為替を売買することが可能になった。
金融市場のグローバル化も著しく拡大してきている。対外直接投資、他国の
15
債券や株式の購入といった国際資本移動の額は、2000年代前半には20年
前 と 比 べ て 1 0 倍 近 い 額 に ま で 増 大 し 15、 巨 額 な 資 金 が 国 境 を 越 え て 、 瞬 時 に
移動するようになった。
このように金融の自由化によって、金融機関は多様なサービスを提供できる
ようになったが、一方で急激な競争原理の導入や金融のグローバル化の流れか
20
ら多くの問題も生まれ、それに伴い様々な金融リスクが増大してきた。したが
って、金融市場の自由化とグローバル化の流れに対処するために、金融機関に
とって金融リスク管理の強化がより重要な課題となっている。
2-2
25
金融危機がもたらした影響
第2章第1節で述べたような金融のグローバル化、自由化の進展は、金融技
術の革新をもたらしてきた。本節ではそのような金融環境の変化の中で生じた
サブプライム・ローン危機問題、米国での住宅バブル崩壊、またそれらを原因
とする世界金融危機について言及する。同時に、リスク管理の観点から今回の
15
日 本 銀 行 「 金 融 グローバル化 と金 融 市 場 の課 題 」 2007 年
http s://www.boj.or.jp/anno uncements/pr ess/koen_2007/ko0711 g.htm/
18
金融危機を通じて明らかになった問題点を指摘し、金融機関を取り巻く環境が
どのように変化したかについても述べる。
サ ブ プ ラ イ ム ・ ロ ー ン 危 機 問 題 と は 、 ア メ リ カ 合 衆 国 に て 2007 か ら 2009 年
を中心に起きその後の経済にも大きな影響を与えている不動産危機及び金融危
5
機である。この問題が顕現化する要因はアメリカにおける住宅バブルの崩壊に
あり、その経緯について解説していく。
米 国 に お け る 住 宅 価 格 は 1990 年 代 半 ば 以 降 か ら 持 続 的 な 上 昇 傾 向 に あ っ た 。
そ れ が 2003 年 に 入 る と 、 連 邦 準 備 制 度 が よ り 一 層 の 金 融 緩 和 を 行 っ た た め 、
さらに住宅価格の上昇は加速する。このような状況の中で従来の住宅ローンに
10
加えて、低所得者向けの住宅ローンであるサブプライム・ローンが提供される
よ う に な っ た 。 し か し 、 2006 年 ご ろ に 住 宅 価 格 が ピ ー ク を 迎 え た 住 宅 バ ブ ル
が崩壊すると、住宅価格が上昇し続ける事を前提として設計されたサブプライ
ム ・ ロ ー ン の 債 務 不 履 行 や 差 し 押 さ え が 急 激 に 増 加 し た 。 そ し て 2008 年 の 9
月 15 日 、 ア メ リ カ 合 衆 国 の 投 資 銀 行 で あ る リ ー マ ン ・ ブ ラ ザ ー ズ が 破 産 し 、
15
それが引き金となって世界経済は世界金融危機とよばれる金融危機に見舞われ
た 。 こ の 100 年 に 1 度 と も 言 わ れ る 金 融 危 機 の 影 響 は 、 金 融 機 関 の み で は 抑
制できず、世界中の実体経済にまで波及し、金融機関のリスク管理の重要性を
世界中に知らしめる事件となった。
今回の金融危機の直接的な要因として挙げられるのが、米国の住宅バブルの
20
崩壊に伴うサブプライム・ローンを組み込んだ証券化商品の価格暴落である。
その中でもとくにリスク管理の観点から次の3点が問題点として指摘された。
第一に金融機関のリスク管理が証券化商品などの新しい金融商品や金融革
命に十分対応出来ていなかった事である。住宅金融会社や銀行は、サブプライ
ム・ローンの金利を通常よりも高く設定し、その住宅ローン債権を数百から数
25
千の一定の単位数で証券会社に販売した。この小口化された証券化商品は住宅
ローン担保証券と呼ばれるが、証券会社は消費者ローン、自動車ローンなどの
金融商品を組み合わせて新たな証券化商品を作り出し、世界中の投資家に販売
した。このような証券化商品は高利回りを記録する一方で、リスクの所在が不
明確であった。また、投資家や機関投資家がリスク管理の参考にしていた格付
30
けも信用に住宅ローンの混乱がはじまると大幅に引き下げられており、信用に
19
値するものではなかった。
第二に、証券会社が低コストで調達資金を高いレバレッジで投資すること
により収益を拡大させてきた一方で、高レバレッジに対する自己資本が小さく、
証券価格の下落という損失に対して脆弱な構造になっていたことである。サブ
5
プライム・ローンのような高レバレッジの商品であればあるほど、その価格が
下落した際の損失が拡大する幅も大きい。サブプライム・ローンが顕在化した
際には、この高レバレッジ商品のリスクに対する認識が甘く、証券価格の下落
に対応するための自己資本が十分ではなかった。
第三に、従来の銀行中心の金融監督規制の下では、投資銀行や保険会社の
10
ような銀行以外の金融機関を経由する新しいタイプのリスクは想定されていな
かった事、またはオフバランス機関に対するリスク管理が不十分であ った事で
あ る 16。
このような金融機関のリスク管理及び監督体制の脆弱さを露呈した事態を受
け、それについての様々な見直しが図られることになるが、ここでは以下の3
15
点を取り上げる。
第一にリスクの把握・管理のための包括的な枠組みの構築である。従来 は、
金 融 資 産 が も つ リ ス ク を 計 量 化 す る 試 み と し て は VaRが 好 ん で 用 い ら れ て き た 。
し か し 、 VaRは 信 頼 区 間 外 の リ ス ク を 捉 え ら れ な い こ と 、 劣 化 法 性 を 満 た さ な
い 事 が 欠 点 と し て 指 摘 さ れ て い た 。 そ れ に も 関 わ ら ず VaRの み に 偏 っ た リ ス ク
20
指標を使い続けてきた金融機関は、リスクベンチマーク手法の限界に対する認
識が甘かったとされている。その事を踏まえて提案されたのが、より包括的な
リスクマネジメント体制である。すなわち、計量化可能なリスクと計量化が困
難なリスクを個別に認識し、それぞれにあったリスク把握・管理の体制を構築
し て い く 事 で あ る 。 具 体 的 に は 、 計 量 化 可 能 な リ ス ク に 対 し て は VaRの み な ら
25
ず、ストレステストや他のリスク指標、シナリオ分析の活用などが求められる。
また、計量化不可能なリスクに対しては、日々の予兆管理など定性的な情報を
把握する事が必要である。
第二に格付け機関に対する規則の改正である。サブプライム・ローン危機問
16
財 務 省 理 財 局 財 政 投 融 資 総 括 課 「リーマン・ショック後 の経 済 金 融 危 機 における財 政 投 融
資 の対 応 」2011 年 ,pp7-8.
20
題が発生後に指摘されるようになった格付け機関の問題は主に次の3つである。
第一に格付け機関の利益相反である。アレンジャーは複数の格付け機関に対し
て自らの証券化商品の格付けを依頼でき、望ましい格付けを選択する事が出来
た。また証券化商品の格付けの際に、アナリストは分析結果をアレンジャーに
5
フィードバックするが、アレンジャーはその証券化商品の構成を自由に変更し、
目標とする格付けを得ようとする事も可能であった。そのような状況は格付け
機関の利益と相反する可能性がある。第二に格付けの正確性への疑問である。
証券化商品に対する格付けは、モデル化された定量的な手法によって依存して
いるため、そのモデルの前提となる条件の質が重要となる。先の金融危機にお
10
いては、経済環境の変化がその前提条件に与える影響について、十分に把握し
ていなかった事が指摘されている。第三に、同一の格付け記号であれば異なる
商品でも同じ期待損失を表すという格付けの同一性の問題である。アナリスト
が企業の財務商標やディスクロージャー資料、などの企業情報から格付けを行
う社債とは違って、証券化商品に対する格付けは前述の通り定量化されたモデ
15
ルに依存している。それら性質の異なるものを同一のものとして扱う事が問題
と さ れ た 。 そ し て 、 こ れ ら の 問 題 に 対 し て 2008 年 6 月 16 日 に SEC( 米 国 取
引委員会)新たな規則案を公表した。利益相反の問題に対しては、アレンジャ
ーに対する証券化商品のストラクチャーの提案行為を禁止し、証券化商品の原
資産やストラクチャーに対してさらなる情報開示を要求した。また、格付けの
20
正 確 性 の 課 題 に 対 し て は 、 格 付 け 機 関 の 認 定 機 関 で あ る NRSROへ の 格 付 け 手
法の情報開示を要求している。また、格付けの同一性の問題に対しては、証券
化商品と債権の格付け記号を区別する事を要請し、それを行わない 場合には債
権との格付けプロセス、クレジット・リスクの質の違いを明記したレポートの
作 成 を 求 め て い る 17。
25
第三に金融機関の監督体制見直しとしてバーゼル銀行監督委員会が公表して
いるバーゼル規制の改訂がある。第三節でも詳しく解説するが、バーゼル規制
とは国際的に業務を展開している銀行に対する自己資本規制の事であり、今回
の金融危機を受けてバーゼル銀行委員会は2004年に公開された バーゼル2
17
小 立 敬 「サブプライム問 題 と証 券 化 商 品 の格 付 け―米 国 SEC の格 付 け機 関 規 制 の見 直 しとそ
の背 景 ―」2008 年 ,pp.21-30.
21
に次いで新たな規制強化を盛り込んだバーゼル3を公表した。バーゼル3では
国際的に業務を展開する銀行の自己資本の質と量の見直しが柱となっ ている。
具体的には、金融危機発生時の損失吸収力の強化する目的で、自己資本比率規
制が厳格化されるほか、定量的な流動性規制や、過大なリスクテイクを抑制す
5
るためのレバレッジ比率などが新たに導入される予定である。
2-3
自己資本比率規制
前節まで、金融危機が金融機関の経営にもたらした影響について述べてきた。
本節では、前節からのリーマン・ショックを受けて見直されつつあるリスク管
10
理の一つである、金融機関への自己資本比率規制について言及する。これは単
純 な B/S 上 で の 自 己 資 本 比 率 で は な く 、 そ の 時 代 に よ り 何 を 自 己 資 本 と し て
計上できるかといった考え方に相違が見られる為、規制の発展の経緯から順を
追って解説していくものとする。
現 在 世 界 的 に 布 か れ て い る 金 融 機 関 の 自 己 資 本 比 率 規 制 と し て 、 BIS 規 制 が
15
ある。それは、バーゼル銀行監督委員会が公表している、国際的に活動する 金
融機関の自己資本比率や流動性比率等に関する国際統一基準のことである。
1974 年 、 ド イ ツ の ヘ ル シ ュ タ ッ ト 銀 行 が 為 替 投 機 に 失 敗 し て 破 綻 し 、 こ れ
が米国の取引先金融機関に大きな損害を与えた。これをきっかけに、国際的な
活動を行う銀行に対する規制監督について、銀行免許を与えた 母国と活動を行
20
っ て い る 進 出 先 の 国 の 役 割 分 担 が 問 題 に な り 、 75 年 か ら G10 諸 国 を 構 成 メ ン
バーとするバーゼル銀行監督委員会が活動を始めた。
80 年 代 に 入 る と 、 2 回 の 石 油 危 機 に よ っ て 多 額 の 経 常 収 支 赤 字 を 発 生 さ せ
た途上国の累積対外債務問題が深刻化し、途上国に多額の貸し出しを抱える主
要 国 の 大 手 銀 行 の 自 己 資 本 不 足 が 懸 念 さ れ る よ う に な っ た 。 こ の た め 、 87 年
25
に は 、 自 己 資 本 比 率 規 制 案 が 公 表 さ れ 、 88 年 7 月 に バ ー ゼ ル 自 己 資 本 規 制
( 当 初 の BIS 規 制 で 以 下 BIS1 次 規 制 と 呼 ぶ ) が G10 中 央 銀 行 総 裁 会 議 で 合
意された。
こ う し て 1988 年 に バ ー ゼ ル I が 最 初 に 策 定 さ れ 、 2004 年 に バ ー ゼ ル 2 へ
と 改 定 さ れ た 。 そ の 後 、 2007 年 夏 以 降 の 世 界 的 な 金 融 危 機 を き っ か け に 、 再
30
度 見 直 し に 向 け た 検 討 が 進 め ら れ 、 2010 年 に 新 し い 規 制 の 枠 組 み と な る バ ー
22
ゼ ル 3 に つ い て 合 意 が 成 立 し た 。 バ ー ゼ ル 3 は 世 界 各 国 に お い て 2013 年 か ら
段 階 的 に 実 施 さ れ 、 2019 年 か ら 完 全 に 実 施 さ れ る 予 定 で あ る 。
銀 行 に 対 す る 国 際 的 な 自 己 資 本 比 率 規 制 で あ る BIS 規 制 は 国 際 的 な 条 約 で
はなく、主要国間の紳士協定である。このため日本の当局は、日本の金融機関
5
に 対 し て BIS 規 制 の 達 成 を 猶 予 す る こ と も 可 能 で あ る 。 し か し そ れ を 達 成 で
きなかった金融機関が、海外で現地の通貨当局による許認可が必要な業務を行
なう場合には、達成できた金融機関よりも不利な取り扱いを受ける可能性が高
い。また低い自己資本は格付けの低下を招き、海外市場における資金調達コス
トを上昇させる。
こ の 意 味 で 、 仮 に 日 本 の 当 局 が 邦 銀 の BIS 規 制 達 成 を 猶 予 し た と し て も 、
10
BIS 規 制 は 事 実 上 の 強 制 力 を 持 つ 。 実 際 、 世 界 の 主 要 な 国 際 金 融 市 場 を 持 つ 国
が 国 内 法 に よ り BIS 規 制 を 実 施 し て い る の で 、 多 く の 途 上 国 を 含 め 世 界 の ほ
ぼ す べ て の 国 が 自 国 の 銀 行 に 対 し て BIS 自 己 資 本 比 率 規 制 を 適 用 し て い る 1 8 。
15
バーゼル 1
前述のように、バーゼル 1 は国際的な銀行システムの健全性の強化と国際
業務に携わる銀行間の競争上の不平等の軽減を目的として策定された。
20
基 本 的 項 目 ( Tier1) : 資 本 金 ・法 定 準 備 金 ・剰 余 金 等
補 完 的 項 目 ( Tier2) : そ の 他 有 価 証 券 評 価 益 の 45% 相 当 額 、 土 地 再 評 価
に 係 る 差 額 金 の 45% 相 当 額 、 一 般 貸 倒 引 当 金 、 劣 後 債 ・ 劣 後 ロ ー ン 、 期 限 付
優先株 等
控 除 項 目 : 銀 行 間 で の 意 図 的 な 資 本 調 達 手 段 の 保 有 に 相 当 す る 額 等 19。
25
18
19
深 尾 光 洋 「BIS 規 制 の歴 史 と評 価 」 2011 年
http://www.jcer.or.jp/column/fukao/index296.html
金 融 庁 「バーゼル3(国 際 合 意 )の概 要 」2011 年 ,p.7.
http://www.fsa.go.jp/policy/basel_ii/basel3.pdf
23
バーゼル 1 は、世界中の主要銀行期間に対して一定の自己資本保有比率を規
制するという革命的な制度であった。主な目的は、銀行向け融資や住宅ローン
などの低いリスクウェイトでの債権と、事業会社向けのローンなどの高いリス
クウェイトでの債権を区別することにあった。
5
バーゼル 2
バーゼル 2 では、バーゼル1で発生した、意図と異なる結果を是正し、自
己資本比率測定をさらに正確なものとする改善などが行われた。具体的には、
計測方法(数式)の精微化や、オペレーショナルリスクを分母に追加(考慮の
対称に)したことなどが挙げられる。その改善内容は以下の通りである。
10
( 1) 最 低 所 要 自 己 資 本 比 率 規 制 ( リ ス ク 計 測 の 精 緻 化 )
( 2) 銀 行 自 身 に よ る 経 営 上 必 要 な 自 己 資 本 額 の 検 討 と 当 局 に よ る そ の 妥 当 性
の検証
15
( 3) 情 報 開 示 の 充 実 を 通 じ た 市 場 規 律 の 実 効 性 向 上
を 3 つの柱として策定された。
バーゼル 2 が導入された背景としては信用市場における構造的な変化に対
応する必要性が増加したことが挙げられる。自己資本比率規制は、市 場におけ
る競争の増大を反映したものでなければならない。デフォルトリスクの高い分
20
野への融資などは特にそうである。また、最新のリスク測定手法や市場の流動
性の増大などを規制に反映させなければならなかった。そういった背景がバー
ゼル 1 を改善する動機となったと考えられる。
バーゼル 3
25
バーゼル 3 は、金融危機の再発を防ぎ、国際金融システムのリスク耐性を
高める観点から、国際的な金融規制の見直しに向けた検討が行われた結果、合
意が成立した。
2008 年 9 月 の リ ー マ ン ・ ブ ラ ザ ー ズ 証 券 と 保 険 会 社 で あ る AIG の 破 綻 で 始
24
まった世界金融危機が発生した時点では、バーゼル 2 は多くの国で導入直前
か、日本の場合は導入直後で部分的な実施であった。世界金融危機のきっかけ
と な っ た の は 、 BIS 規 制 が 直 接 適 用 さ れ る 銀 行 で は な く 、 証 券 会 社 、 保 険 会 社
の破綻であったが、欧米諸国の大手国際銀行の経営を大幅に悪化させ、金融機
5
関 や 一 般 企 業 の 資 金 繰 り も 極 端 に 悪 化 し た 20。
そこでバーゼル 3 は金融危機発生時における銀行の損失吸収力強化を目的
とし、金融危機の影響を実体経済に波及させないように各銀行に適切な自己資
本を積むことを求めている。
さらに、リーマンショックを主因とする金融危機の主な原因がレバレッジの肥
10
大化であり、また流動性の不足が最終的に銀行の弱体化を招き、実体経済に影
響を与えたため、レバレッジ比率や流動性比率を補完的な指標として新たに導
入している。
前 述 の と お り 、 バ ー ゼ ル 3 は 世 界 各 国 に お い て 2013 年 か ら 段 階 的 に 実 施 さ
れ 、 2019 年 か ら 完 全 に 実 施 さ れ る 予 定 で あ る 。
15
【国際基準】
20
20
深 尾 光 洋 「 BIS 規 制 の歴 史 と評 価 ( その 3)」 日 本 経 済 研 究 センター 20 11 年
http://www.jcer.or.jp/column/fukao/index308.html
25
普 通 株 式 等 Tier1 と は 、 最 も 損 失 吸 収 力 の 高 い 資 本 ( 普 通 株 式 、 内 部 留 保
等)をいう。
そ の 他 Tier1 と は 、 優 先 株 式 等 を い う 。
Tier2 と は 、 劣 後 債 、 劣 後 ロ ー ン 等 及 び 一 般 貸 倒 引 当 金 等 を い う 。
リスク・アセットとは、信用リスク、市場リスク及びオペレーショナルリス
5
クの和をいう。
【国内基準】
コア資本とは、損失吸収力の高い普通株式及び内部留保を中心にしつつ、強
10
制転換型優先株式や協同組織金融機関発行優先出資及び一般貸倒引当金等を加
え た も の を い う 21。
主な改善内容としては、資本水準の引き上げ、資本の質の向上、リスク捕捉
の強化、定量的な流動性規制の導入などが挙げられる。
バーゼル 3 の各種規制はそれぞれ相互に作用し合いながら、マクロ経済・
15
金融市場に複雑な影響を及ぼす。バーゼル 3 の中には、流動性比率規制、レ
バレッジ比率規制など、将来的に調整を行うため、観察期間や試行期間が設け
られているものもある。その議論の決着はまだ着いていないものの、議論の動
向 を 鑑 み た 上 で 、 そ れ を 先 回 り す る よ う な リ ス ク 管 理 を す る 事 が 重 要 で あ る 22。
国内のメガバンクとしては、できるだけ早いタイミングで、バーゼル 3 が
20
求めるような高い所要自己資本を前提とした経営モデルを確立するべきである
と言える。具体的には、現在表面化していないリスクに対する積極的な補足や、
メガバンクとして自らが特化すべきビジネスを取捨選択するなどの対応が期待
さ れ る 23。
21
金 融 庁 「 バーゼル3(国 際 合 意 )の概 要 」,p.7.
22
金 本 悠 希 「バーゼル 3 の概 要 と見 直 しの背 景 」2011 年 ,p.7.
大 山 剛 「バーゼル 3 の衝 撃 」2011 年 ,p.35.
23
26
第3章
金融リスクマネジメントの問題点
一章、二章まででは、現代までの金融リスクマネジメントと、その発展の背
景として資金移動自由化に伴う金融のグローバル化があり、大規模な金 融危機
後には自己資本比率規制が課せられてきたという経緯を述べた。それらの現状、
5
背景を踏まえた上で、我々が考えるわが国のリスクマネジメントの課題につい
て述べていきたい。
3-1
国際統一基準行における政策投資株式の問題
メガバンクに代表される邦銀大手行は、近年海外業務を拡大させ、収益率の
増加を図っている。しかし、海外業務を行う金融機関は、バーゼル3において
10
国際統一基準行として扱われ、第2章3節で述べた基準以上に自己資本を確保
しておかねばならない。この事や今後の規制の動向は、国際統一基準行が海外
業務を行う上で大きな課題となっている。
そうした環境下において、我々は我が国の国際統一基準行 が保有する政策投
資株式が、その海外展開を妨げる要因になると考え、本項でこの問題について
15
言及する。まず問題について触れる前に、政策投資株式とは何かについて概観
していく。
政策投資株式
政策投資株式とは、経済主体が保有する、売買目的でない株式のことである。
20
特にわが国においてはいわゆる株式の『持合い』として、戦後の国内企業の成
長を支えてきた。具体的な構造としては、事業会社側からすると、敵対的買収
の排除、長期的取引関係の確保による取引コスト、増資コストの低減、『物言
わぬ株主』確保による安定経営の実現、といった効果である。金融機関側から
見ても、日本の経済が成長し続ける以上は安定的に高配当、株式評価益を獲得
25
で き る 資 産 と し て 、 両 者 共 に 完 全 に Win-Win の 関 係 に あ っ た 。
しかしバブル崩壊、時価会計導入により、国内株化は大幅に下落した。金融
機関はそれまで獲得してきた評価益を売却し、それを不良債権処理にあてる事
とし、『持ち合い解消』は進むこととなった。
30
27
図 3-1『 株 式 持 合 い 比 率 の 推 移 』
出所:大和総研「株式持合い構造推計」
図 4-1 の よ う に 、 2000 年 代 に 入 る と 売 却 は 一 層 進 む が 、 完 全 解 消 と ま で は
5
い か ず 、 2007 年 以 降 に は 銀 行 の 保 有 す る 持 ち 合 い 比 率 は 上 昇 す る こ と と な る 。
政策投資株式を含む、金融機関の株式保有にかかる市場リスクが顕在化した
の は 2008 年 の リ ー マ ン ・ シ ョ ッ ク で あ る 。 日 本 の 金 融 機 関 は み ず ほ FG を 除
き、サブプライム・ローン関連商品の保有に慎重であったにもかかわらず、保
10
有 先 の 事 業 会 社 の 株 価 が 大 幅 に 下 落 し 、 2009 年 3 月 期 に は メ ガ バ ン ク 3 行 で
1 兆 円 を 超 え る 有 価 証 券 評 価 損 を 計 上 し た 24。
2014 年 3 月 期 の 、 メ ガ バ ン ク 3 行 の 主 要 子 会 社 が 貸 借 対 照 表 に 計 上 す る 政
策 投 資 株 式 の 額 は 、 三 菱 東 京 UFJ 銀 行 : 3,859,147、 三 井 住 友 銀 行 :
3,121,633、 み ず ほ 銀 行 3,081,917 百 万 円 で あ っ た 。 有 価 証 券 報 告 書 に 政 策 投
15
資 株 式 の 上 位 30 社 分 の 合 計 額 を 表 記 す る よ う 指 示 が 出 た 2011 年 か ら 3 行 共
に 平 均 し て 、 お よ そ 2.8 兆 円 の 保 有 額 、 そ れ ぞ れ 保 有 す る 有 価 証 券 に 占 め る 割
合 は 7.2%と い う 算 出 結 果 が 出 た 。 も ち ろ ん こ の 数 字 だ け で 議 論 を す る こ と は
妥当ではないが、一つの判断材料としてここに記しておく。
24
日 本 取 締 役 協 会 「 銀 行 の政 策 投 資 株 式 について」 2010 年 ,p.3.
28
政策投資株式の価格変動リスク
我々が銀行の政策保有株式について問題と考える要因の一つは、その高い価
格 変 動 リ ス ク に あ る 。 三 菱 UFJ フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ の リ ス ク 管 理 委 員 会
が議論し、取締役会に提示した主要なトップリスクでも、政策投資株式の損失
5
拡大リスクが挙げられている。これによると、「世界的なリスク資産圧縮の加
速、アベノミクスへの期待剥落、保有先企業の業績悪化により、政策株の評価
損 、 減 損 が 拡 大 2 5 」 と あ る が 、 2014 年 度 3 月 期 に 公 表 さ れ た 政 策 投 資 株 式 の
市 場 リ ス ク に つ い て も 、 公 開 し て い る 分 だ け で TOPIX1 ポ イ ン ト の 変 動 に 対
し て グ ル ー プ 全 体 で 36 億 円 の 変 動 2 6 と い う 事 で あ り 、 売 買 目 的 で な い 有 価 証
10
券としては抱えるリスクがあまりに大きいと我々は考える。
一般的に、政策投資株式はその価格変動リスクに対して、取引コストなどを
加味した総合採算性の方が大きいという反論がされることがある。銀行 側から
見 た 総 合 採 算 性 の 構 成 要 素 と し て は 貸 出 利 鞘 、 配 当 、 貸 出 手 数 料 と 貸 出 EL、
経費、株式保有にかかる資本コストの差によって求められるが、これについて
15
2007 年 11 月 に 日 本 銀 行 金 融 機 構 局 が 発 行 し た 日 銀 レ ビ ュ ー に お い て 、 試 算 が
成されている。これによると「銀行にとって総合採算性が有利になるよう計算
しても、長期的な視点でみて、株式保有コストに十分見合ったリターンが確保
さ れ て い な い 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 27」 と あ り 、 総 合 採 算 性 に つ い て も そ の 妥 当
性は担保されていないことがわかる。
20
邦銀の海外展開における政策投資株式保有リスク
国内金利の低迷に伴い、国内貸出業務の収益率は低迷の一途をたどっている。
それに伴い、邦銀はその営業利益率向上のために様々な施策を打ち出している
が、その一環として近年、メガバンクをはじめとする大手行は、アジア、欧米
25
方 面 に 向 け て 海 外 展 開 を 拡 大 さ せ て お り 、 MUFJ の 海 外 業 務 粗 利 益 は 2007 年
か ら 2012 年 で 11%の 伸 び を 見 せ て い る 2 8 。 し か し 、 こ の 海 外 展 開 に つ い て も
25
三 菱 UFJ フィナンシャル グループ「リ スク関 連 情 報 補 足 説 明 」2014 年 ,p.2 .
三 菱 UFJ フィナンシャル グループ「 第 9 期 有 価 証 券 報 告 書 」2 014 年 ,p .1 71.
2 7 日 本 銀 行 金 融 機 構 局 「 株 式 保 有 を前 提 とし た銀 行 の企 業 取 引 の総 合 採 算 性 について 」
2007 年 ,p.6.
2 8 三 菱 UFJ フィナンシャル グループ「 海 外 戦 略 」201 2 年 ,p.5.
26
29
政策投資株式は大きく 2 つの問題を抱えていると考える。
自己資本比率規制下での政策保有株式
バーゼル3において、海外業務を行う国際統一基準行は、その自己資本をバ
5
ーゼル銀行監督委員会が公表する自己資本比率以上に保たねばならないことは
前 述 し た 。 そ の 適 用 は 既 に 始 ま っ て い る が 、 2019 年 ま で は 資 本 保 全 バ ッ フ ァ
ーなどの適用がなされず、段階的に調整が行われる予定である。その中で銀行
が保有するリスク資産には、リスクウェイトが乗じられ、リスク・アセットと
してその分母に計上するものであるが、当然ながら政策投資株式もそれに含ま
10
れる。
更 に 2014 年 6 月 に 、 バ ー ゼ ル 2 規 制 に お け る 経 過 措 置 が 終 了 す る こ と に よ
り、海外業務を行う大手行の抱える株式資産のリスクが増加する。その内容は
メ ガ バ ン ク 3 行 の 採 用 し て い る PD/LGD 方 式 の 株 式 リ ス ク ウ ェ イ ト の 計 測 手
法 を 行 う 場 合 、 そ の リ ス ク ウ ェ イ ト が 今 ま で は 一 律 100%で あ っ た も の が
15
100%-1250%に な る と い う も の で あ る 2 9 。 こ れ つ い て は 経 過 措 置 解 除 後 の 自 己
資本の構成に関する掲示がまだ公表されていないので、詳細なデータが計測で
き な い も の の 、 試 算 で は リ ス ク ア セ ッ ト は 大 手 4 行 平 均 で 1.5 倍 増 加 す る と の
結 果 で あ っ た 30。
仮に今回の経過措置解除をクリアしたとしても、ドイツ以外持ち合いの文化
20
が存在しない欧米が規制の議論を主導している以上、金融機関による金融機関
への出資や売買目的に無い事業会社の株式を取得している事は今後規制の対象
となることが予想される。政策投資株式の性質上、事後的かつ その機関単体の
努力では短期間での売却は望めないであろう。
25
国際的な印象としての政策投資株式
邦銀の海外進出について、資金調達の面から見ていく。進出先での貸出需要
増加や、あるいは今回のような自己資本比率規制の動向によって、大幅な増資
29
大 和 総 研 金 融 調 査 部 「バーゼル3 と政 策 保 有 株 式 」 2013 年
http ://www.d ir.co.jp/libr ar y/co lumn/20131125_00 7921.html
3 0 大 和 総 研 金 融 調 査 部 『バーゼル規 制 の「 崖 」: 平 成 26 年 問 題 』2013 年 ,p.3.
30
を 行 う こ と は 予 想 さ れ る 。 事 実 2013 年 の バ ー ゼ ル 3 導 入 に 伴 い 、 メ ガ バ ン ク
や証券会社においてもそうせざるを得なかった事は記憶に新しい。このように、
増資等での資金の調達先候補として、外国人投資家の意向というのは近年無視
できないものになってきている。わが国の上場企業株式の外国人投資家保有比
5
率 は 、 2014 年 末 で 30.8%と 、 そ れ ま で の 金 融 機 関 26.7%を 上 回 り ト ッ プ と な
っ た 31。 不 良 債 権 処 理 が 一 段 落 し 、 モ ル ガ ン ・ ス タ ン レ ー の 株 式 取 得 を 契 機 と
して海外に展開していく邦銀の動向は、外国人投資家にとっても一つの注目材
料 で あ る と さ れ る 。 し か し 、 彼 ら が 邦 銀 の B/S を 見 た 時 に 、 政 策 投 資 株 式 の
保有に説明を求められ、その妥当性を説明出来なかった場合、非効率な資産運
10
用をしていると投資家に理解される事となる。我々は、これについても政策投
資株の保有リスクであると考える。
3-2
リスクカルチャーの不足について
金融リスクマネジメントの抱える課題の一つに、リスクカルチャーの不足が
15
あると我々は考える。
リスクカルチャーとは、その名の通り、組織内に浸透しているリスクに対す
る 認 識 、 理 解 、 行 動 様 式 な ど を 指 す 文 化 で あ る 32。 現 在 の 先 進 的 な リ ス ク マ ネ
ジメントの構造として、全てのリスクをリスク管理委員会が管理し、それを取
締役会や子会社のフロント部門と共有するという事は前述した 通りである。こ
20
う し た 努 力 の 結 果 も あ り 、 国 内 の 金 融 機 関 を 鳥 瞰 す る 、 2014 年 度 金 融 モ ニ タ
リングレポートの結果では概ね前向きな見解が述べられている。しかし、リー
マンショックから 6 年が経過し、先進的なリスクマネジメントの枠組みが出
来上がってきているものの、それがリスクカルチャーとしてどの程度浸透して
いるのか、言い換えればどの程度形骸化せずに機能しているかは大手行と言え
25
ど疎らであるというのが現状ではないか。
実 際 に ア ー ン ス ト ・ ア ン ド ・ ヤ ン グ が 2013 年 に 、 36 ヶ 国 、 保 険 会 社 6 社
と 日 本 の メ ガ バ ン ク 3 行 を 含 む 銀 行 70 社 に 対 し 、 実 施 し た ア ン ケ ー ト に よ る
31
32
東京証券取引所 名古屋証券取引所 福岡証券取引所 札幌証券取引所
「平 成 25 年 度 株 式 分 布 状 況 調 査 の調 査 結 果 について」 2014 年 ,p.4 .
日 本 金 融 機 構 局 金 融 高 度 化 セン ター 「 金 融 機 関 経 営 とリ スク管 理 の高 度 化 」 2012 年 ,p.14 .
31
と、取締役会が最も重点を置いているリスク分野として、リスク選好や流動性、
オペレーショナルリスク管理などが上位として挙げられている中、リスクカル
チ ャ ー に 重 点 を 置 い て い る と 答 え た 機 関 は 6 位 の 19%と い う 結 果 で あ っ た 。
その中でも経営者がリスクカルチャー強化に向けた重要課題として挙げている
5
もので最も多かったのが、「売り上げ至上主義に偏りがちなフロント部門との
均 衡 」 で あ っ た 33。
更に国内の銀行についても、金融庁の金融モニタリング結果を纏めた 金融検
査結果事例集では、預金等受入金融機関において、経営者、または内部監査機
関のリスク管理態勢について課題とする事例が多く取り上げられていた。
例えば、反社対応について、新規取引等を行う際に照合する反社データの整
10
備や口座の不正利用を検知するシステムの抽出の基準といった事前チェック態
勢、反社や口座の不正利用が事後的に判明した場合の対応といった事後管理態
勢等の問題が複数の金融機関において認められた。また、反社とマネローンダ
リングを所管する部門が異なる場合に、部門間の連携不足により、せっかく入
15
手した反社や疑わしい取引に関する情報を十分に活用できていない事例もみら
れた 。
み ず ほ 銀 行 に よ る 反 社 会 的 勢 力 へ の 融 資 が 問 題 と な っ た の は 2012 年 の 事 で
ある。その後も上記事例のような問題行為が指摘されていることは、リスクカ
ルチャー問題の深刻性を浮き彫りにしている。
これらの事から我々は、主にリスク管理部門以外において、リスクカルチャ
20
ーの定着が不完全であることを問題点として取り上げたい。ここで言うリスク
管理部門以外とは、取締役会、内部監査役会などの役員部門、そして実際に取
引を行うフロント部門の二つを扱うこととし、次章での提言に繋げる。
25
33
EYGM Limited 「 Remaking financial services : risk management five years after the crisis 」
2013 年 ,p.8.
32
4章
金融リスクマネジメントへの提言
4-1 政 策 保 有 株 式 放 出 に 向 け て
海外業務を行う邦銀について、政策投資株式の保有が様々なリスクを抱えて
いる事は前述した。最たるリスク軽減の方法は、すなわち売却であると考える。
5
現在実際に行われている売却への取り組みとして、年次ごとの政策投資株式保
有リスクを公表し、事業会社の理解を求める等の努力は行われているが、メガ
バ ン ク 3 行 の 近 年 の 保 有 額 は 1 行 あ た り お よ そ 2.7 兆 円 を 推 移 し て お り 、 抜 本
的な解決には至らない。
そもそもの売却を困難にさせる要因として、未だ根強く残る日本の商慣習が
10
挙げられるが、それだけではなく、政策保有株式を大量に放出することで、流
動性が不均衡になり株価が低下する事による事が挙げられる。それによって事
業会社側から売却を反対されている側面も大きい。これらの事から、この問題
には事業会社、金融機関ら民間部門の努力だけでなく、政府も一体となって解
決していく必要があると考える。
15
積極的要因の活用
政策投資株式の放出について、近年発生している積極的要因について挙げて
いく。これらの要因は直接関係のあるものではないが、巨額の政策投資株式の
受け皿として活用することで効率的に株式の売却を進めることが出来ると考え
20
る。
まず、足元の国内株式の高騰が挙げられる。アベノミクスにより日経平均株
価 は TOPIX 換 算 で 400pt の 上 昇 を 見 せ た 。 こ れ か ら の 展 望 に つ い て 様 々 な 憶
測が飛び交うが、有価証券評価益を得られる点で追い風となっているのは確か
である。
25
次 に 新 た に 創 出 さ れ た 2 つ の 株 式 需 要 に つ い て 述 べ る 。 1 つ は 2014 年 に 、
世 界 最 大 の 年 金 基 金 で あ る GPIF(年 金 積 立 金 管 理 運 用 独 立 行 政 法 人 )が ポ ー ト
フ ォ リ オ の 見 直 し を 行 っ た 。 従 来 の ポ ー ト フ ォ リ オ は 、 2013 年 3 月 段 階 で 、
債 券 71%(う ち 国 内 60%、 海 外 11%)、 株 式 24%(国 内 12%、 海 外 12%)で あ っ
た が 、 そ れ の 債 権 比 率 を 減 ら し 、 2014 年 10 月 31 日 時 点 で 国 内 株 式 を 25%に
30
す る と い う 公 表 が 成 さ れ て い る 。 こ れ に よ り 国 内 株 式 に 10 兆 円 を 超 え る 需 要
33
が 発 生 す る と 見 込 ま れ る 。 も う 1 つ は こ れ も 同 時 期 の 2014 年 に 導 入 さ れ た 小
額 投 資 非 課 税 制 度 「 NISA」 に よ る も の で あ る 。 こ れ は NISA 口 座 で 運 用 さ れ
た 株 式 か 投 資 信 託 な ど の 運 用 益 、 配 当 金 を 年 100 万 円 ま で 非 課 税 に す る 制 度
で 、 イ ギ リ ス の 個 人 貯 蓄 口 座 「 ISA」 を 屋 台 骨 と し て 作 ら れ た 。 2014 年 6 月
5
末 の 時 点 で 、 上 場 株 式 買 付 額 が 4949 億 円 に 上 り 、 更 に 今 後 の 認 知 度 の 増 加 や
制度の改善によっては、より多くの株式需要が見込まれると考える。
政府側のコミットメント
政策投資放出へと向けた取り組みとして、民間部門の努力だけではその達成
10
が難しいことは述べた。その為、この問題に関しては政府側のコミットメント
が必要不可欠であると主張する。そこで我々は、ドイツの持ち合い解消政策の
ような、官民一体となって行われた放出モデルが望ましいと考える。ここでの
持ち合い解消と政策投資株式放出は同義ではないため、偏に我が国もこのよう
にすれば解決できるという問題ではない。しかし、政府が株式の放出 ないしは
15
売却によるインセンティブを民間部門に供与する目的において、我が国の参考
になるのではないだろうか。
日本以外の主要な先進国において、金融機関が事業会社の株式を保有し続け
る文化は、ドイツを除いて存在しなかった。ドイツは日本と似通った銀行中心
の経済のもとで、金融機関の政策投資が進められ、経済を発展させていった経
20
緯 を 持 つ 。 そ し て 90 年 代 以 降 、 金 融 ・ 経 済 の グ ロ ー バ ル 化 や EU の 発 足 な ど
の環境の変化により、官民一体となっての株式持合いの見直しを余儀なくされ
た。その結果としてドイツ最大の銀行であるドイツ銀行における事業会社の保
有 株 式 残 高 は 、 2001 年 の 61 億 ユ ー ロ か ら 2009 年 で 1 億 ユ ー ロ に ま で 引 き 下
げ が 進 め ら れ た 34。
その背景には、外生的要因と内生的要因があるとされる。前者は経営に危機
25
感を持った金融機関側による努力であり、これを支えたのが後者のシュレイダ
ー政権が推し進めた政策の数々であった。更にその政策のうち、我が国の政策
投資株式放出に寄与しそうなものは、キャピタル・ゲイン非課税措置とコーポ
34
齋 田 温 子 「ドイ ツの金 融 機 関 による株 式 保 有 の経 緯 と現 状 」 2011 年 ,p.4 .
34
レートガバナンス・コード強化への取り組みであろう。コーポレートガバナン
ス・コードの導入は、近年日本でも進められているが、これらの制度を日本で
もより積極的に活用し、放出を進めていくのが望ましいと考える。
現 在 の 日 本 国 政 府 の 対 応 と し て は 、 自 民 党 経 済 再 生 本 部 の 2013 年 中 間 提 言
5
において、政策投資株式放出に向けた記述が成されている。それによると『日
本の企業から株式持ち合いを解消することを図る必要がある。また、そうした
株式持ち合い構造の重要な一端を担う銀行による株式保有については、禁止を
含 め そ の 制 限 を 強 化 す る こ と を 検 討 す る 35』 と あ り 、 前 向 き な 姿 勢 が 伺 え る 。
これらを額面どおりに受け取ることは出来ないが、そのような取り組みを迅速
10
に進めていくことは、邦銀が海外業務を行っていく上での、金融リスクマネジ
メント向上に寄与するものであると考える。
4-2
リスクカルチャー強化へ向けた提言
前述した、金融機関のリスクカルチャー定着へ向けた手法についての提言を
15
行う。まずこのリスクカルチャーを金融機関のどこに根付かせるかと いう目的
やその実情により、アプローチの仕方を2つに分けて考えることが妥当と考え
る。前提として双方共に言える事は、カルチャーの変化は短期的に強制するこ
とはできず、根付かせていくためには長い期間が必須であるということ 。更に、
役員部門とフロント部門において、一人一人の当事者意識を醸成するためには 、
20
研修やコミットメント、またその為の規律も重要であるが、それらを施策する
上で、それぞれのインセンティブ供与についても注視して考えねばならない。
フロント部門のリスクカルチャー強化
金融機関において実際に商品の取引を行うフロント部門が、目先の営業成績
に追われて、または駆られて過剰なリスクをテイクしてしまう事は珍しいこと
25
ではない。実際にそのようなことが行われ金融危機のような事態に陥ったとし
て、その責任の所在を押し付けることは出来ないが、フロント部門のリスク テ
イクに慎重な姿勢は、リーマンショックのような事態を防止する要因になると
考える。
35
自 由 民 主 党 日 本 経 済 再 生 本 部 「 中 間 提 言 」20 13 年 ,p.30.
35
まず具体的な取り組みとして、一定のリスク管理の目標を、業務評価に組み
込むことが挙げられる。定期的にミドルオフィスに提出する取引データなどを
元に、報酬を変動させる。あるいは昇進評価の材料にするといった体制を布き、
その説明を明確にする事は、フロント部門のリスク管理に対するインセンティ
5
ブ付けとなるだろう。
更に、逐次変化するリスク管理の概念を定着させる試みとして、リスク管理
についての定期的な研修も欠かせない。フロント部門がリスク管理について、
単純な拘束であるというような思考に陥らないよう、リスク管理の効果やその
違反が引き起こす明確な結果を示し続けなければならない。
そして各種リスク管理への監査を、規制問題で構造的対立を抱える政府部門
10
によるものだけでなく、外部の第三者にも監査してもらうような試みも効果的
で あ る と 考 え る 。 実 際 に あ る 試 み と し て 、 北 米 の 銀 行 機 関 の 約 40%は 外 部 の
第 三 者 に よ る リ ス ク カ ル チ ャ ー 監 査 を 実 施 し て お り 36、 フ ロ ン ト 部 門 へ の リ ス
クカルチャー強化に向けた取り組みが米国では特に積極的に行われている。
しかし、これらの試みは全て経営者からのアプローチであり、彼らが率先し
15
トップダウンでリスク管理に取り組まない限り、実現は不可能である と考える。
役員部門のリスクカルチャー強化
役員部門は、当然ながらその金融機関のリスク管理について最上の責任を負
20
わなければならない。しかし、経営者の自発的なリスク管理に向けた取り組み
に、完全には期待できない事が今次金融危機により明らかとなった 。彼らに直
接リスクカルチャー強化の動機付けを行えるファクターは何処なのかとなれば、
政府、株主、内部のリスク統括部署があるが、我々は株主こそが、 最もリスク
カルチャー強化へ向けた動機付けが出来るファクターであると考える。まずは
25
政府、内部リスク統括部署についてそれぞれ見ていく。
政府には、金融機関のリスク管理に対して、規制という形でコミットメント
することが可能である。しかし政府側からのコミットメントだけでは、強制力
はあるもののそれをカルチャーとして根付かせることにはならないだろう。な
36
EYGM Limited 「 Remaking financial services : risk management five years after the crisis 」
2013 年 ,p.13.
36
ぜならば、政府の行う規制やモニタリングというのは、金融機関にとり「目下
クリアせねばならない壁」であるため、それさえクリアすれば後は何をしても
構わないという思考に陥ると考えるからだ。もちろん規制対応に向けた取り組
みとして、規定値より大幅に自己資本を積む事で広報戦略とする行動も考えら
5
れるが、自己資本に余力の無い中小機関にとってはその限りではない。
内部リスク統括部門は、自社の金融リスクマネジメントについて、定期的に経
営会議にて、現状課題その効果について説明を行うことで、経営者のリスク管
理へ向けた意識を醸成することが出来ると考える。更に昨今の 取り組みとして、
リスク統括部署による経営者の研修も行われており、こうしたコミットメント
10
を続けていく事は経営者のリスクカルチャー強化に役立つものと考える。
そして株主からの役員へのコミットメントについて述べる。株主が取締役な
どの役員に対して行使出来る動機付けは、株式売買の意思決定と、 議決権およ
び株主提案権の行使であるが、これらの取り組みを強化することで、経営者の
過剰なリスクテイクに向けた一定の抑止力になると考える。本年機関投資家の
15
スチュワードシップ・コードが導入されたが、これは機関投資家が責任ある株
主として企業と積極的に対話を行うことを促進するものである。こうした事か
ら、株主によるリスク監視は今後十分に期待できる。
これらの内、特に株主提案権については、近年我が国においても行使件数が
増 加 傾 向 に あ る 。 実 際 に 2014 年 3 月 、 約 20 の 機 関 投 資 家 が 連 盟 で 日 本 の 上
20
場 企 業 30 社 に 対 し 独 立 取 締 役 を 要 求 す る 内 容 の 書 簡 を 提 出 し た 件 や 、 株 主 提
案権の行使件数自体も、上昇傾向にあるというデータも存在する。最悪の場合
自分の立場が脅かされることは、経営者にとり特に重要な課題となり得る。株
主のコミットメントが強化されれば、経営者のリスクカルチャーを定着させる
インセンティブになるだろう。政府側のコミットメントと異なり、基準以上の
25
取り組みを要求できる点でこちらの方が健全性において適当だと考え る。実際
にある取り組みとして、欧米の大規模な株主は、企業のリスクファクターとし
て 、 財 務 的 な 要 素 の み な ら ず 、 E( 環 境 ) ・ S(社 会 )・ G(ガ バ ナ ン ス )の 観 点 、
すなわち非財務的な要素からも考慮している。このような例は株主からのリス
クマネジメントが効いており、このような株主側からのコミットメントが増え
30
る事が、今後期待される。しかし、これらについては株主側のリスク管理に関
37
する知識や理解が不可欠であり、今後彼ら投資家部門にも金融リスクマネジメ
ントの一端を担うファクターであるという自覚が求められる事になるだろう。
おわりに
5
金融機関を取り巻く情勢は、リーマン・ショックや欧州ソブリン危機を経て
大きく変化した。歴史的、世界的に見れば、金融危機後に金融機関に対する規
制や対策が成されることは常である。邦銀についても同じことが言えるが、一
方で邦銀はいわゆる日本的経営スタイルの尊重と、グローバル化の進展の板挟
みの状況にあり、偏に欧米型の体制をそのまま適用することは是とされない 。
10
このような構造の中で、折衷を図っているのが邦銀のリスクマネジメントにお
ける現状ではあるが、そうした現状を考慮に入れた上で、本稿 では2つの提言
を行った。
1つは海外業務を行う邦銀は、政策投資株式を早期に放出することである。
政 策 投 資 株 式 を 保 有 す る こ と に よ り 、 そ の 邦 銀 の B/S は 絶 え ず そ の 市 場 リ
15
スクに晒されることとなる。更に自己資本比率規制の動向として、そのような
資産には高いリスクウェイトが課せられ、自己資本比率を圧迫する要因となる
事。そしてこれらのリスクに対するリターンを明言出来なければ、効率的な資
産運用を行っていない事と投資家に解釈されてしまう事が政策投資株式にかか
るリスクである。
20
もう1つは邦銀のリスクカルチャーを強化するアプローチを官民共に推し進
めていく事である。
リスクカルチャーを定着させるためには、フロント部門にはリスク管理につ
いての研修やそれを重視する報酬制度、また外部機関によるカルチャーの
チェックが有効である。しかし、それを行うためには、役員部門のリスクカル
25
チャー強化を行う必要があり、その為には内部リスク統括部門による研修、勉
強会や、株主からの積極的なコミットメントを充実させることが肝要であると
した。
第1章1節でも述べたように、金融リスクマネジメントを適切に行うことは
機関の価値を高めるだけでなく、社会的にも意義のある行為であると考える。
30
実体経済の根幹を成す金融という枠組みにおいて、金融機関の抱える社会的責
38
任やその影響を考え、それを適切に管理監督する仕組みが存在しなければ、再
び社会的な危機が訪れるだろう。本論文がそれを少しでも妨げる助けになれば、
これ以上の喜びはない。
参 考 文 献 ・ 参 考 URL
著者『著書名』出版社 公表年
( 全 参 考 ・ 引 用 URL 最 終 確 認 日 : 2014 年 10 月 31 日 )
・菅野 正泰『リスクマネジメント』ミネルヴァ書房
2011 年
・太田 康夫『バーゼル敗戦 銀行規制を巡る闘い』日本経済新聞出版社
2011 年
・藤田勉・野崎浩成『バーゼル3は日本の金融機関をどう変えるか』日本経済新聞出版
社
2011 年
・東京リスクマネージャー懇談会『金融リスクマネジメントバイブル』
研究会
金融財政事情
2011 年
・瀧本和彦・稲葉大『「実践」オペレーショナル・リスク管理』金融財政事情研究所
2011 年
・ 商 事 法 務 研 究 会 『 旬 刊 : 商 事 法 務 』 商 事 法 務 研 究 会 2013 年
・アーサーアンダーセン『オペレーショナルリスク 金融機関のリスクマネジメントの
新 潮 流 』 金 融 財 政 事 情 研 究 会 2001 年
・原誠一『オペレーショナルリスク管理入門』日本経済新聞社
・齋藤美彦『金融自由化と金融政策・銀行行動』日本経済評論家
2004 年
2006 年
・ ア ン ソ ニ ー ・ サ ウ ン ダ ー ス ・ リ ン ダ ・ ア レ ン 『 信 用 リ ス ク 入 門 』 日 経 BP 社
・菅野正泰著『信用リスク評価の実務』中央経済社
2009 年
2009 年
・ 後 藤 文 人 『 信 用 リ ス ク 分 析 ハ ン ド ブ ッ ク 』 中 央 経 済 社 2007 年
・ A・ フ ァ イ ト 『 格 付 ゲ ー ム -格 付 会 社 の 光 と 影 -』
京株式会社
シュプリンガー・フェアラーク東
2003 年
・ ヘ ニ ー バ ン ・ グ ル ー ニ ン グ 『 総 説 銀 行 リ ス ク 分 析 ―BIS 規 制 と 銀 行 経 営 』
ンガー・フェアラーク東京株式会社
2001 年
・ 高 橋 敏 夫 『 金 融 ビ ッ ク バ ン に よ る 現 代 金 融 シ ス テ ム の 変 容 』 2007 年
・ 金 融 庁 『 金 融 モ ニ タ リ ン グ レ ポ ー ト 』 2014 年
39
シュプリ
・ 金 融 庁 『 金 融 検 査 結 果 事 例 集 』 2014 年
・ 金 融 庁 『 統 合 的 リ ス ク 管 理 態 勢 の 確 認 検 査 用 チ ェ ッ ク リ ス ト 』 2002 年
・ 日 本 銀 行 『 金 融 機 関 に お け る 統 合 的 な リ ス ク 管 理 』 2001 年
・深尾光洋『世界金融危機後の金融機関規制』
2011 年
・安藤美孝『ヒストリカル法によるバリュー・アット・リスクの計測:市場価格変動の
非 定 常 性 へ の 実 務 的 対 応 』 2004 年
・山井康浩・吉羽要直『バリュー・アット・リスクのリスク指標としての妥当性につい
て ―― 理 論 的 サ ー ベ イ に よ る 期 待 シ ョ ー ト フ ォ ー ル と の 比 較 分 析 ――』 2001 年
・ 住 友 信 託 銀 行 イ ン デ ッ ク ス ・ ク オ ン ツ 運 用 部 『 格 付 推 移 を 用 い た 信 用 VaR』 2010 年
・ 日 本 銀 行 『 流 動 性 リ ス ク の 把 握 と 管 理 』 2012 年
・ 日 本 銀 行 『 バ ー ゼ ル 合 意 、 バ ー ゼ ル I、 II、 III と は 何 で す か ? い わ ゆ る BIS 規 制 と は
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https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/pfsys/e24.htm /
・全国銀行協会『「自己資本比率」ってなに?』
https://www.zenginkyo.or.jp/service/bank/open/open_05.html
・ S& P『 月 次 更 新 格 付 け リ ス ト 』 2014 年
http://www.standardandpoors.com/ratings/monthly -list/jp/jp
・金融庁『バーゼル2(自己資本比率規制)について』
・ 金 融 庁 『 バ ー ゼ ル 3 ( 国 際 合 意 ) の 概 要 』 2011 年
・ み ず ほ 情 報 総 研 金 融 技 術 開 発 部 『 新 BIS 規 制 の 概 要 と 現 在 ま で の 変 遷 』 2011 年
http://www.mizuho-ir.co.jp/publication/report/2011/fe1102.html
・財務省理財局
財政投融資総括課
『リーマン・ショック後の経済金融危機における
財 政 投 融 資 の 対 応 』 2011 年
・小立
敬 『 サ ブ プ ラ イ ム 問 題 と 証 券 化 商 品 の 格 付 け ―米 国 SEC の 格 付 け 機 関 規 制 の 見
直 し と そ の 背 景 ―』 2008 年
・帝国データバンク『これから始める与信管理』
http://www.tdb.co.jp/knowledge/yoshin/01.html
・ AT カ ー ニ ー 『 銀 行 リ ス ク 管 理 : 7 つ の 原 則 』 2010 年
・みずほフィナンシャルグループ『信用リスク管理について』
http://www.mizuho-fg.co.jp/company/internal/r _management/creditrisk.html
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・日本銀行金融機構局
金 融 高 度 化 セ ン タ ー 『 信 用 リ ス ク 管 理 体 制 の 整 備 』 2011 年
・共同通信『伊当局、米格付け会社を捜索
市 場 操 作 の 疑 い で 』 2012/01/19
http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012011901001906.html
41
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