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自動車部品向け耐熱合金「EXEO-E900」
NACHI TECHNICAL REPORT Materials 30B5 Vol. January/2016 ■ 新商品・適用事例紹介 自動車部品向け耐熱合金 マテリアル事業 「EXEO-E900」 Heat resistant alloy "EXEO-E900" for motor parts 〈キーワード〉 耐熱材料・ニッケル系合金・析出強化型 耐酸化性・疲労強度・クリープ強度 マテリアル事業部/技術部 小澤 茂太 Shigeta Kozawa マテリアル事業部/マテリアル企画部 島田 宜治 Yoshiharu Shimada 自動車部品向け耐熱合金「EXEO-E900」 要 旨 1. 自動車を取り巻く環境 NACHIは、高速度工具鋼をはじめ、低熱膨張・ 図1に、地球の平均気温の推移を示す。地球の 耐熱・耐食・強度などの特性を高めた機能部品材料 平均気温は年々上昇しており、地球温暖化が問題 として「EXEOシリーズ」を商品化している。 となっている。地球温暖化は、温室効果ガスである 今回、耐熱材料として析出強化型ニッケル基合金 CO2が一因といわれ、CO2排出量の削減が非常に 「EXEO-E900」を開発したので紹介する。 「EXEO-E900」 重要となっている。図2に、CO2排出量の業種別割 は、耐熱材料に必要とされる高温強度、耐酸化性、 合を示す。世界のCO2排出量の18%を自動車が占め 疲労強度やクリープ強度などの高温特性に優れた ており、自動車が排出するCO2削減が急がれている。 材料である。 「EXEO-E900」は、900℃に達する高 そのため、各国はCO2排出量規制を将来にわたり、 温環境となる、自動車の排気バルブやターボ部品な 段階的に厳しく設定している。一例として、日本の ど、高温環境下で使用される部位への適用を想定 自動車CO2排出量規制の推移を図3に示す。 している。 この規制をクリアするため、自動車メーカー各社 は、次世代自動車である電気自動車や燃料電池自 Starting with steel for high-speed cutting tool, NACHI has developed and marketed“EXEO Series”materials for functional parts. The materials have high characteristics of low heat expansion, heat-resistance, corrosion resistance and high strength. Introducing here is a newly-developed, heatresistant material,“EXEO-E900”that is made of precipitation strengthened type nickel base alloy. “EXEO-E900”has superb characteristics of high-temperature strength, oxidation-resistance, fatigue strength and creep strength that are required for heat-resistant material. Its application is expected for the parts exposed to the hightemperature environment such as an exhaust valve of an automobile and turbo parts that are used under the high-temperature environment of 900℃. 1 用、ならびに既存ガソリン自動車の燃費を改善する などの対策を行なっている。電気自動車や燃料電池 自動車は、航続距離やインフラ、コストの問題があ り、この先数年は図4のようにパワートレーンとしてガ ソリンエンジンが主流と見られている。 0.8 Temperature Anomaly (° C) Abstract 動車の開発と販売、クリーンディーゼル自動車の採 0.6 Annual Mean 5-year Running Mean 0.4 0.2 0 −0.2 −0.4 1880 1900 1920 1940 1960 1980 年 (西暦) 図1 地球の平均気温の推移 1) 2000 ターボエンジンでは、従来型エンジンよりもエンジン 28 2009年度の平均等価慣性相当の車両質量 27 26 25 24 23 2020年度基準案相当平均値 22 20.3 21 20 19 +19.6% +24.1% 18 2015年度 17.0 17 基準相当平均値 16 16.3 15 14 13 2009年度実績値 12 11 10 9 2015年度基準 8 2020年度基準案 7 6 回転数がより低回転の状態から、発生トルクが立ち 60 0 70 0 80 0 90 1,0 0 1,100 1,200 1,300 1,400 1,500 1,600 1,700 1,800 1,900 2,000 2,100 2,200 2,300 2,400 2,500 2,600 00 向上させる技術が数多く投入されている。その一つ として、小排気量エンジンにターボチャージャーを 搭載したダウンサイジングターボエンジンが挙げら れ、実際に採用が増 加している。図5に、ダウン サイジングターボエンジンと従来型エンジンにおける 発生トルクと回転数の関係を示す。ダウンサイジング JC08モード燃値 (km/L) CO2削減のため、ガソリンエンジンには、燃費を 車両質量 (kg) 上がるとともに、発生トルクの一定化を実現している。 図3 日本における燃費規制 (2020年基準案)3) ※1 これは、ウェイストゲート機構を従来の機械式から (年) 2013 電子制御式にすることで、バルブの開閉を緻密に 70% 17% 4% 9% (万台) 6,311 コントロールすることにより実現している。発生トル 保守 61% 18% 8% 4%2% 7% 8,835 クが立ち上がった後は、一定に保つため、ウェイスト 2025 中庸 60% 18% 8% 4%2% 8% 8,835 7% 6% 7% 1% 9% 8,835 急進 ゲートバルブは、これまで以上、高精度に開度を コントロールする必要がある。そのため、高温の排気 ガスにさらされるバルブやバルブを開閉させるレバー 保守 13% 6%5% 6% 5% 11,907 65% 急進 11% 5% 7% 11% 2% 7% 11,907 57% ガソリン車 される。 14% 6%4%2% 4% 11,907 69% 2035 中庸 などの構成部品で高温強度を高めた材料が要求 16% 54% ディーゼル車 HEV PHEV EV FCV その他 保守:最も変化が小さいシナリオ 中庸:最も蓋然性の高いシナリオ 急進:最も変化の大きいシナリオ その他 10.6% 13カ国 (日本、 アメリカ、 ドイツ、 フランス、 イギリス、中国、 ロシア、 ブラジル、 インド、 インドネシア、 タイ、マレーシア、 オーストラリア) 合計のパワートレーン構成予測 図4 将来の自動車パワートレーン構成予測 4) 輸送 23.8% (自動車18%) エネルギー生産 44.2% 全CO 2 排出量:317億トン 図2 CO2 排出量の業種別割合 2) トルク (N・m) 製造および建設 21.4% 200 180 160 140 120 100 +40% +27.3% ダウンサイジング型エンジン 従来型エンジン 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 4,000 4,500 5,000 5,500 6,000 回転数 (rpm) 図5 ダウンサイジングターボエンジンと 従来型エンジンにおけるトルクと回転数の関係 5) NACHI TECHNICAL REPORT 30B5 Vol. 2 自動車部品向け耐熱合金「EXEO-E900」 2. 耐熱材料に必要な特性 ウェイストゲート機構部品であるバルブやレバーな 4)クリープ特性 ど向けの耐熱材料に求められる特性として、高温 金属は、ある温度以上で一定の応力をかけ続け 強度をはじめ、耐酸化性、疲労強度、クリープ強度 ると、時々刻々と変形がすすみ破断する現象が生じ などが挙げられる。 る。この現象をクリープと呼ぶ。使用する部材によ り、定常クリープ速度やクリープ破断時間など必要 1)高温強度 なデータが異なる。図7に定常クリープ速度、図8にク 一般的に、金属は温度が上がると強度が低下す リープ破断時間の例を示す。 る。鉄基合金とニッケル基合金では、高温強度に大 50 40 30 位である。図6に鉄基合金とニッケル基合金の引張 強度と温度の関係を示す。 1,600 SUS310S SUH35 Inconel 750 Inconel 718 Nimonic 80A 引張強度 (MPa) 1,400 1,200 1,000 応力 (kgf/mm2) きな差異があり、高温側では、ニッケル基合金が優 20 600℃ 650℃ 700℃ 10 8 6 4 2 1 0.01 800 600 10 100 図7 定常クリープ速度データ例 6) 200 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1,000 30 25 20 温度 (℃) 2)耐酸化性 金属は、高温であるほど酸素との反応速度が上 がるため、耐酸化性も要求される。一般的に、耐酸 化性は、鉄基合金よりもニッケル基合金が優れる が、熱処理条件によって大きく変化することが知ら れている。 3)疲労強度 自動車には、レバー、ピストンなど、繰返しの力を 受ける部品が多数存在する。繰返しの力が作用す る部品では、疲労による破損が懸念される。そのた め、疲労強度特性は非常に重要視される。また、使 用環境が高温の場合、高温環境における疲労強度 特性も重要となる。 応力 (kgf/mm2) 図6 鉄基合金とニッケル基合金の引張強度と温度の関係 3 1 18%Cr-8%Ni ステンレス鋼の応力と定常クリープ速度の関係 400 0 0.1 定常クリープ速度 (%/1,000h) 600℃ 15 650℃ 10 8 700℃ 6 4 3 2 800℃ 10 102 103 104 105 破断時間 (h) 18%Cr-8%Ni ステンレス鋼の応力とクリープ破断時間との関係 図8 クリープ破断時間データ例 6) 3. 自動車用耐熱材料における 「EXEO-E900」位置づけ 自動車用耐熱材料として、SUS310S、SUH31な ※2 どの鉄基 合 金やI nconel 718、Inconel 751などの 熱間塑性加工が可能なニッケル基合金、Inconel 713CやGMR235などの鋳造用ニッケル基合金があ る。各材料の高温強度とコストの位置づけを図9に 示 す。今回開発した 「EXEO-E900」は、コストが Inconel 718やInconel 751などと同等でありながら、 優れた高温強度を有する材料である。 高い↑ EXEO-E900 高温強度 超合金(鋳造) Inconel 713C, GMR235など 超合金(鍛造) Inconel 751, 718など 耐熱銅 SUS310S, SUH31など コスト →高コスト 図9 各材料の高温強度とコストの位置づけ NACHI TECHNICAL REPORT 30B5 Vol. 4 自動車部品向け耐熱合金「EXEO-E900」 4.「EXEO-E900」の特長 「EXEO-E900」は、析出強化型ニッケル基合金 2)耐酸化性 である。析出強化は、時効処理により、結晶粒内に 「EXEO-E900」は、Inconel 718やInconel X750 強化相を析出させて強化するものである。時効処理 と比べても遜色のない耐酸化性を有する。図12は、 温度よりも、高温の環境でも、強化相の再固溶や 粗大化には一定の時間を要するため、排気バルブの 「EXEO-E900」と各種耐熱材料における酸化増量 と温度の関係を示す。 5 あれば、使用可能である。同様の析出強化型ニッケル 4 基合金であるInconel 751は、800℃以上の高温環境で 使用される排気バルブに採用されている。図10に 「EXEO-E900」 の900℃における暴露試験結果を示す。 400 酸化増量 (mg/cm2) ようにバルブシートとの金属接触による冷却機構が 350 硬さ (HV) 250 600 700 800 900 1,000 1,100 図12 「EXEO-E900」と各種耐熱材料における 酸化増量と温度の関係 200 150 3)疲労強度 ニッケル基 合 金は、明確に疲労限 度が観察さ 50 れない材 種が多い。そのため、実用上、10 7cycle 0 10 100 1,000 暴露時間 (h) の 疲 労 限 度 を 用 い て い る。10 7cycleに お ける 「EXEO-E900」と各種耐熱材料における疲労強度 図10 「EXEO-E900」の900℃における 高温暴露試験結果 と温度の関係を図13に示す。 700 1)高温強度 よりも優れている。図11に 「EXEO-E900」と各種 耐熱材料の引張強度と温度の関係を示す。 800 EXEO-E900 Inconel 718 Inconel X-750 SUH660 SUS301S 700 600 500 疲労強度 (MPa) 300MPaを超えており、Inconel 718やInconel X750 500 400 300 200 100 0 550 600 650 700 750 800 850 温度 (℃) 図13 「EXEO-E900」と各種耐熱材料における 疲労強度と温度の関係 400 300 200 100 0 700 EXEO-E900 Inconel 718 Inconel 751 SUS310S 600 「EXEO-E900」は、900℃近傍での引張強度は、 引張強度 (MPa) 1 温度 (℃) 100 750 800 850 900 950 1,000 温度 (℃) 図11 「EXEO-E900」と各種耐熱材における 引張強度と温度の関係 5 2 0 500 300 0 3 EXEO-E900 SUS310S SUH660 Inconel 600 Inconel 718 Inconel X-750 1,050 900 5.「EXEO-E900」 熱処理条件 4)クリープ特性 「EXEO-E900」 、Inconel X-750およびInconel 751 のクリープ線図を図14に示す。それぞれのクリープ 「EXEO-E900」は、析出強化型ニッケル基合金 破断時間を表1に示す。 「EXEO-E900」のクリープ であり、熱処理品質を管理することが重要となる。 破断時間は、Inconel X-750の10倍以上、Inconel しかし、複雑かつ長時間を要する熱処理は、生産 751の2倍以上に改善されている。 (図14、表1) 性の悪化を招く。そのため、 「EXEO-E900」では、 750℃×4時間という時効処理条件を推奨している。 図15に 「EXEO-E900」の熱処理パターンを示す。た 100 クリープひずみ (%) 90 EXEO-E900 Inconel X750 Inconel 751 だし、ワークの大きさに応じて、ワーク内部まで均熱 80 70 される時間を考慮して、熱処理時間の設定を行なわ 60 なければならない。 50 40 30 750℃ 20 10 0 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 時間 (h) ガス冷 図14 「EXEO-E900」 、Inconel X-750および Inconel 751のクリープ線図 表1 「EXEO-E900」 、Inconel X-750および Inconel 751のクリープ破断時間 材種 破断時間(h) 伸び(%) 絞り (%) Inconel X-750 13.8 93.2 97.2 Inconel 751 69.6 13.1 10.5 EXEO-E900 163.8 32.1 59.4 NACHI TECHNICAL REPORT 30B5 Vol. 4h 図15 「EXEO-E900」の熱処理パターン 6 6. まとめ 「EXEO-E900」は、900℃近傍でも優れた高温 強度を有することから、エンジン排気系のような高 温環境下で使用される自動車部材に適した材料と なっている。排気バルブやウェイストゲートバルブ他 構成部品などの部位に推奨提案を行なっている。 図16に「EXEO-E900」の提案部材例を示す。 今後も、さらなる技術開発をすすめ、産業発展 に貢献する材料開発にとり組んでいく。 タービンユニット 吸気 排気 エアクリーナー インタークーラー ウェイスト ゲートバルブ ウェイストゲート ウェイストゲートバルブ 排気バルブ エンジン 排気バルブ 図16 「EXEO-E900」の提案部材例 用語解説 引用文献 ※1ウェイストゲート機構 タ ー ボ チ ャ ー ジ ャ ー に よ る 過 給 エ ン ジ ン で は、 過 給 圧 が 設 計 値 を 超 え る と エ ン ジ ン ブ ロ ー や タ ー ビ ン ブ ロ ー に 陥 る。 ウェイストゲート機構は、ターボチャージャーによる過給圧を制御 するため、エンジン排気側とタービンの間に設置されたバルブを 開閉することで、排気ガスの流入量を調整する機構。 1) Hansen, J., R .Ruedy, M .Sato,and K . Lo, 2010:Globalsurface temperature change.Rev.Geophys.,48,RG4004,doi:10.1029/ 2010RG000345. 2) IEA CO2 EMISSION FROM COMBUSTION (2012) 3) 日経Automotive Technology 2013年1月 p.63 4) 日経Automotive Technology 2015年4月 p.66 5) 自研センターニュース (2012年12月 第447号) 6) 耐熱合金のおはなし 田中良平著 p.31,33より ※2Inconel InconelはSpecial Metals Corporationの登録商標です。 NACHI TECHNICAL REPORT Vol.30B5 January / 2016 〈発 行〉2016 年 1 月 20 日 株式会社 不二越 技術開発部 富山市不二越本町 1-1-1 〒 930-8511 Tel.076-423-5118 Fax.076-493-5213