...

睡眠感に影響を及ぼす性格特性

by user

on
Category: Documents
45

views

Report

Comments

Transcript

睡眠感に影響を及ぼす性格特性
睡眠感に影響を及ぼす性格特性
早稲田大学大学院人間科学研究科
山本由華吏
「昨夜はよく眠れましたか」と尋ねられたとき、私
その結果、神経症傾向の高い群では、睡眠感の中
たちはどのようにしてその質問に答えるであろう
でも起床時の眠気、疲労感に対する評価が悪化した。
か。おそらく昨夜の睡眠状態を振り返り、「眠りが
さらに、神経症傾向の高い群では「寝付きが悪かっ
深かったか」「しょっちゅう目が覚めたか」などを
た」「夜中に何度も目が覚めた」など、睡眠に対す
思い出す。もしくは、朝、目覚めたときの気分や眠
る評価も悪化していた。
気もまた、睡眠が良かったか否かの判断材料となる。
起床時の眠気や疲労感の悪化は、睡眠内容を反映
これらの評価は、いずれも主観的な判断に基づくも
することが多い。「寝付きが悪い」ときや「眠りが
のである。
浅い」ときには、翌朝の眠気や疲労感が悪化するこ
睡眠を評価する方法には、客観的な生理指標を用
いて脳や生体の活動を記録する手法と、主観的な内
とは多くの人が経験している。こうした睡眠の質的
悪化の顕著な臨床例として不眠症がある。
省報告による手法の二つに大別される。自分の睡眠
不眠症患者の愁訴は主に「入眠困難(寝付きの悪
状態を第三者に伝えるには、前者は客観的ではある
さ)」「夜間中途覚醒」「早朝覚醒」である。不眠症
が時間もコストもかかるため実現しにくい。それに
の発祥原因はさまざまであるが、不眠症患者の性格
比べて後者は主観で報告するため簡便であり、「眠
特性として神経症傾向や不安傾向の高いことが知
れない」などの不眠の訴えはこうした主観報告に基
られている。神経症傾向と睡眠の質的悪化との関係
づいて第三者に伝えられる。
は次のように考えられる。
こうしたことから、睡眠に対する主観的評価は、
一般に、神経症傾向の高い人はさまざまな刺激に
睡眠を知るにあたり重要な出力形式である。筆者ら
対して非常に強い情緒反応を示し、自律神経活動の
は起床時の気分や眠気、睡眠に対する評価を「睡眠
反応性が不安定で興奮しやすい傾向を示す。したが
感」という言葉で定め、「睡眠感」を聴取するため
って、眠りにつくまでに時間がかかり、小さな物音
の質問紙を作成した。この質問紙により、自分の睡
などの微弱な睡眠妨害で目が覚めやすく、睡眠が中
眠が良好であるか否かを客観的に測ることが可能
断されることが予想される。そのため、睡眠の安定
となり、さらに、より良い睡眠を得る手法を解明す
性が妨害されて起床時に眠気を強く感じていると
る手がかりとなると考えた。
ともに、睡眠状態の評価が悪くなる可能性が考えら
起床時の睡眠感は、実際の睡眠内容など、さまざ
れる。
まな要因により影響される。本研究では個人の特性
ここまでは神経症傾向が睡眠自体にどのような
に焦点を当て、性格特性が睡眠感に与える影響につ
影響を与えているか、さらに睡眠の結果、起床時の
いて検討した。性格特性の分類にはモーズレイ性格
睡眠感にどのように影響を与えているかというこ
検査の神経症尺度と外向-内向尺度に基づき、これ
とを中心に述べてきた。しかし一方で、神経症傾向
らの得点と睡眠感との関係について検討した。
が主観的評価という出力レベルで作用している可
能性も十分に考えられる。すなわち神経症傾向の強
い人ほど、自分の気分や状態を悪く評価している可
能性がある。
たとえば、睡眠障害の一つである「睡眠状態誤認」
は、睡眠ポリグラフなどの客観的な検査では睡眠障
害が見られないにもかかわらず、主観的には不眠や
日中の過度の眠気を訴える。そして睡眠状態誤認の
ような不眠症状を訴える人の多くは、神経症傾向の
高いことが知られている。本研究の結果からも、神
経症傾向が睡眠感に影響を及ぼしている可能性が
高いことは指摘できるが、このような性格特性が睡
眠自体に直接作用するのか、あるいは主観的評価の
出力の時点で作用するのかについては、断定するこ
とは困難である。しかし、個人の性格特性が自己の
睡眠のよしあしを決める要因の一つであることが
本研究から示唆された。
最後になるが、本研究では二〇歳代後半から四〇
歳代の勤務者の睡眠に焦点を当てた。高齢者、若年
者を対象とした睡眠健康に関する報告はこれまで
に数多く見られるが、青年・中年期を対象とした研
究報告は少ない。近年、日本人の睡眠時間が短縮化
しているなかで、仕事に専従する三〇歳代、四〇歳
代の睡眠時間は他の年代に比べてとくに短いこと
が明らかになっている。四〇歳代以降増加する生活
習慣病、睡眠障害の予防のためにも、適切な睡眠時
間と、より良い睡眠の探索が必要である。
【引用文献】
山本由華吏ほか「中高年・高齢者を対象としたOS
A睡眠調査票(MA版)の開発と標準化」脳と精神
の医学
1999,10(4),401-409.
山本由華吏ほか「睡眠感に影響を及ぼす性格特性-
神経症的,外向性・内向性傾向についての検討-」
健康心理学研究 2000,13(1),13-22.
Fly UP