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日本における所得差を原因とした 大学進学格差とその解決策

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日本における所得差を原因とした 大学進学格差とその解決策
日本における所得差を原因とした
大学進学格差とその解決策
2015 年度
1
金融研究部 1 年
大西紘司 髙見朗
目次
第 1 章 進学格差の定義 ........................................................................................ 3
第 1 節 大学進学の意味 ..................................................................................... 3
第 2 節 進学格差とは ........................................................................................ 3
第 3 節 進学格差の要因 ..................................................................................... 5
第 2 章 日本における進学格差の実情 ................................................................... 7
第 1 節 日本で進学格差はどれくらい起きているか ........................................... 7
第 2 節 進学格差に対する考えられる解決策 ..................................................... 7
第 3 節 格差抑制政策の現状 .............................................................................. 9
2-3-1 奨学金の仕組み .....................................................................................10
2-3-2 学費引き下げ・生活費補助について ...................................................12
2-3-3 それぞれの政策の効果について ..........................................................13
第 3 章 国際比較 ..................................................................................................15
第 1 節 比較対象 ..............................................................................................15
第 2 節 アメリカの奨学金制度 .........................................................................16
3-2-1 アメリカの高等教育について ................................................................16
3-2-2 アメリカの授業料について ...................................................................17
3-2-3 アメリカの奨学金制度について ............................................................17
第 3 節 韓国の奨学金制度 ................................................................................19
3-3-1 韓国の高等教育 ...................................................................................19
3-3-2 韓国の授業料について ........................................................................19
3-3-3 韓国の奨学金について ........................................................................19
第 4 節 まとめ ..................................................................................................20
第 4 章 日本における教育関係給付金の導入 ........................................................21
第 1 節 教育費の内訳 .......................................................................................21
第 2 節 生活費補助 ...........................................................................................23
4-2-1 必要額と支給額 ...................................................................................23
4-2-2 生活費補助を受ける人数の推定と必要な支出総額 ..............................25
第 3 節 給付型奨学金 .......................................................................................25
4-3-1 既存制度との連携および棲み分け・分担 ............................................25
4-3-2 マイナンバー制度を用いた給付額決定 ................................................26
4-3-3 総費用 .................................................................................................27
2
第 4 節 財源と実現可能性 ................................................................................29
4-4-1 将来の回収見込み ...............................................................................29
4-4-2 所得税収の変化 ...................................................................................30
4-4-3 現時点での国債借り入れとその返還見込み .........................................32
おわりに ................................................................................................................32
参考文献 ................................................................................................................33
第1章
進学格差の定義
ここでは、進学格差を本論文でのテーマとするにあたり、進学格差とは何なのか、ど
のような原因でひき起こされているのかなどについて明確な定義を行う。
第1節
大学進学の意味
教育は一般に人的資本蓄積の一種であるとされ、教育を受けることによって学生の
価値が上がった結果、卒業後の賃金が上がるという効果をもたらすといわれる。実際、
最終学歴別に生涯賃金を比較すると、男性は中学卒 1 億 7000 万円、高校卒 1 億 9000
万円、高専・短大卒 2 億円、大学・大学院卒 2 億 5000 万円と、最終学歴が上がるにつ
れて賃金が上がる傾向がみられる。また、中学卒・高校卒および高専・短大卒はそこま
で大きな差がないものの、大学・大学院卒との差はかなり大きい。女性に関しても中学
卒 1 億 1000 万円、 高校卒 1 億 3000 万円、高専・短大卒 1 億 6000 万円、大学・大学
院卒 2 億円となり、男性と同様の傾向がみられる。1これらのことから、大学進学はそ
の後の生涯の賃金を規定する一要因となるため重要である。
第2節
進学格差とは
教育基本法 3 条にはいわゆる教育の機会均等の原則が規定されており2、教育を受け
労働政策研究研修機構「ユースフル労働統計 2014」、
(http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/documents/21_p284-324.pdf)
2015/11/07 閲覧
2 教育基本法第 3 条 1 項(教育の機会均等) 「すべて国民は、ひとしく、その能力に
応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性
3
1
る機会は「人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別
されない」とされる。ところが最近の日本では“進学格差”が深刻な問題として取り上
げられつつある。しかし“進学格差”という言葉には様々な種類の格差が内包されてお
り、対象を絞る必要がある。
主に挙げられるのが地域格差と所得格差である。地域格差は、学生が育った地域に
よって進学率・教育環境や進学に対する考えが異なるため、本人の進学希望の有無と
関係なく進学させるかどうかを決められてしまうということである。具体的には、東
京など都市部の学生は予備校なども充実しており、高校を卒業したら大学に入ること
が一般的であるが、対照的に地方部の学生は、属する地域コミュニティや家族から進
学せずに家業を継ぐことを要求される、もしくはそれが一般的で進学機会を考慮に入
れないまま就職することになることが多い。このケースでは、自分で選ぶことのでき
ない要因である“世帯の属する地域”が子の進学の有無を決定してしまうということ
である。また、所得格差については、所得の低い世帯は子の教育費支出を負担すること
が難しく、結果低所得世帯の学生が教育を受ける権利を放棄せざるを得ないという状
況であり、これも同様に“世帯収入”という自分で決定できない要因によって進学の有
無が決まる。どちらのケースも、第 1 節で述べたように将来の所得を規定する要因の
一つになる可能性が高い。
本論文では、所得差による進学格差がより深刻な問題であると考え、焦点を当てる
ことにした。1 つ目の理由として、バブル崩壊後の日本国内においては所得格差の拡大
が表面化しつつあるためである3。2 点目が、日本固有の事情がこの格差を促進しうる
からである。本人が教育費を負担するものという考え方が一般的な欧米4と違って、日
本では親が子の教育費を支出することが多いため、親の収入および所得が子の教育費
支出の可否に直結しやすく、進学格差を促進する要因ともなっている。最後に、この格
差は次世代に連鎖するためである。現時点で親の所得が低い世帯の子は、教育費負担
の問題から進学をあきらめることになる。すると、第 1 章第 1 節で述べたとおり生涯
賃金が下がり、この世代が親になったころには低賃金のためにこの教育費が払えない
別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」
3 大竹文雄・小原美紀「所得格差」
、
(http://www.esri.go.jp/jp/others/kanko_sbubble/analysis_06_08.pdf) 2015/12/04 閲覧
4 諏訪部久美「教育費負担における『家族主義』と『個人主義』
」、東京工業大学大
学院社会理工学研究科・工学部『社会工学専攻・社会工学科 学位論文梗概集(博士、
修士、学士)』、2006 年、
(http://www.soc.titech.ac.jp/publication/Theses2006/master/04M43131.pdf)
2015/11/16 閲覧
4
という同じ問題が発生しかねない。この仕組みによって、低所得の世帯はその子も低
所得になり、その子が組む世帯もまた低所得というように、同じ家計から低所得世帯
が再生産され、格差が半永久的に解決できないという問題が発生すると考えられる。
このような背景がある一方で、財務省財政制度等審議会は今年 6 月、財政健全化の
ための国立大学の授業料の値上げを提案した5。国立大学は私立大学と比べて授業料が
安く、低所得世帯の学生の受け皿となりうる主体であるが、授業料の値上げはそれに
逆行する、大学進学格差が拡大しかねない動きだといえる。このことより、今後の大学
進学格差のさらなる拡大を見据えると、低所得世帯の子が教育費の支払いが困難であ
ることを理由に、能力の有無にかかわらず大学含めた高等教育への進学を断念するこ
とのないように適切な政策を講じることは喫緊の課題であるといえる。以降、本論文
で“進学格差”という言葉を使うときは、本節で定義した所得による進学格差とする。
第3節
進学格差の要因
実際に大学への進学を阻害している要因は多数存在する(図 1 参照)。しかし、主に
学力要因と費用要因に回答が集中しており、これらが主な要因であるといえる。それ
ぞれを大学進学率と関連させて分析する(図 2,3 参照)。学力要因は大学進学率が高い
高校ほど上がっていることがわかる。特に、進学率が 90%以上の高校では 9 割以上
の学生が学力を理由に進路変更をしており、逆に費用を理由として回答した学生は半
分以下であった。この区分の高校の学生はほとんど高等教育に進学していることを考
えると、学力を理由とした進路変更の大半は進学断念ではなく、自らの学力に見合う
進路への変更であろうと推測できる。
一方、費用要因で進路を変更する層は学力要因の層とは性質が異なる。大学進学率
が低い高校ほど高く、特に大学進学率 4 割未満の高校では 9 割近くの学生が費用要因
で進路変更もしくは進学を断念している。これらのことより、進学を断念する主な理
由は学費などの費用面であることが推測される。
「年 5000 億円増に抑制を 社会保障費、財制審が提言 高齢者負担増」
、
『日本経
済新聞』
、2015/06/01、大阪夕刊、1 面。
5
5
大学進学断念の理由
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
78.4
(単位は%)
75.5
34.3
22.1
16.7
14.7
図 1 高校卒業時進路変更・進学断念の理由
出典 「学費と大学進学に関するアンケート調査 2008 年」
進学率別「費用」と答えた割合
進学率別「学力」と答えた割合
(単位は%)
(単位は%)
100
90
91.3
100
90
82.5
73.8
80
73.4
73.9
80.7
80
70
70
60
60
50
50
40
40
30
30
20
20
10
10
0
0
89.4
68.3
45
大学進学率90%以上
70~90%
大学進学率90%以上
70~90%
50~70%
30~50%
50~70%
30~50%
30%未満
89.3
30%未満
図 2 進学率別「学力」と答えた割合
図 3 進学率別「費用」と答えた割合
出典 「学費と大学進学に関するアンケート調査 2008 年」
6
第2章
日本における進学格差の実情
本章では、先ほどの所得を原因とする進学格差がどれくらいの規模で起きているの
か、およびどのような対策が進学格差を解消しうるかについて考察し、その対策に相
当する現状の政策を概観する。
第1節
日本で進学格差はどれくらい起きているか
日本の 2014 年度の大学進学率は 54.5%である。6そのため、4 割強の高校生は大学
への進学をしていないことになるが、その中で経済的理由により進学できなかった学
生は 6.3%、
「給付奨学金があれば進学」と答えたものが 5.1%いた。7後者の「給付奨
学金があれば進学」という回答は、奨学金がないと進学にかかる費用を賄えず、かつ貸
与奨学金であると将来の負担が賄えないという判断に基づくと思われるので、経済的
理由により進学できなかったといって差し支えないと思われる。以上のことより、高
等教育に進学できなかった学生のうち 3 割近くが経済的理由によるものである。経済
的状況などに基づいて教育機会などが制限されてはいけないという教育機会均等の原
則に基づけば、本来ならこのデータはゼロになるべきであり、本論文ではこの数値を
なるべく減らしていくための政策を考える。
第2節
進学格差に対する考えられる解決策
進学格差の原因は、所得が教育費を賄うには低すぎるということであった。そのた
め、この問題の根幹には低い所得と高い教育費という 2 つの側面が存在する。以降、
それぞれに対して直接的にアプローチする解決策を考えたい。具体的には、教育費を
払う家計に対して還元を行う方法と、そもそも必要な教育費を削減するという方法が
文部科学省「学校基本調査平成 27 年度(速報)結果の概要 初等中等教育機関,専
修学校・各種学校」
(http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2015/08/18/13
60722_02_1.pdf) 、2015/11/07 閲覧。
7 小林雅之ら「大学進学と学費負担構造に関する研究
高校生保護者調査 2012 か
ら」
、10 ページ、
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/057/gijiroku/__icsFiles/afieldf
ile/2013/07/08/1337608_02.pdf) 2015/11/07 閲覧。
7
6
ある。
家計に対して行う政策とは、教育費を支出した家計に対して還元する政策である。
具体的にはある特定の支出の一部を還元するという形になるため、したがって先に教
育費支出の内訳をみる必要がある。教育費はおもに大学に通うために必要な費用(“学
費”)に加え、大学通学中に生活するのにかかる生活費に分けられる。したがって考え
られる解決策としては、大学の学費に必要な分の費用の一部を支給もしくは貸与する
奨学金制度、並びに生活費の一部を補助する政策が考えられる。
それぞれに関しての現状に関しては日本学生支援機構(以降、
“JASSO”)が、学費を
“授業料”
“その他の学校納付金”
“修学費”
“課外活動費”
“通学費”の合計、生活費を
“食費”
“住居・光熱費”
“保健・衛生費”
“娯楽・嗜好費”
“その他の日常費”の合計と
定義したうえで、これらの支出総額について国公私立・居住形態別に調査を行ってい
る。8この調査の結果が図 4 である。
大学生居住形態別の学費・生活費
(単位は円)
2500000
2000000
1500000
1000000
500000
0
自宅
学寮
下宿その他
国立
学費
自宅
生活費
学寮
下宿その他
私立
図 4 大学生居住形態別の学費・生活費
出典 「平成 24 年度学生生活調査結果」
学費に関しては、国立と私立で大きな開きがあることが読み取れるが、居住形態で
日本学生支援機構「平成 24 年度学生生活調査結果」、1 ページ、
(http://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/documents/data12_all.pdf)
2015/11/08 閲覧
8
8
は通学にかかる交通費程度の違いしかないため大きな差はない。大きな差が読み取れ
るのは居住形態別の生活費であり、家賃が必要な学生寮・下宿などの利用においては
生活費が高くなっている。大学から家が遠い学生は寮や下宿の利用を強いられること
も多く、その場合生活費が学費と同じくらい高額になり世帯の所得を圧迫することが
わかる。
また、先ほど図 4 で比較的安いことがわかった国立大学の学費に関しても、国際的
に見てみると日本は比較的高い。(図 5 参照)OECD 諸国と比較してみると、データが
取れる国の平均よりもかなり高いことがわかる。
次に必要な教育費を削減する政策であるが、生活費の削減には家賃統制など教育と
は全く違う分野での政策が求められるため、ここでは考えないことにする。そのため、
考えられる政策としては学費の引き下げが考えられる。
大学の平均授業料(学位課程)
7000
(単位はアメリカドル)
6450
6000
5402
5000
5395
5019
4288
4000
3924
3645
Average
3575.091
3000
1966
2000
1407
1000
1129
701
0
図 5 国立大学の学費の国際比較
出典
OECD Education at a Glance 2014
第3節
格差抑制政策の現状
本節以降 3 節に渡って、前節において挙げた奨学金・学費引き下げ・生活費補助の
3 種類の政策について現状を概観する。
9
2-3-1 奨学金の仕組み
今回提案した 3 種類の政策の中で実際日本において最も積極的に推進されているの
は奨学金であった。以降、奨学金制度の概要を見る。
現在、公的に提供されている奨学金は JASSO によるもののみとなっている。
JASSO の提供する奨学金はすべて貸与型9で、利息の有無で第 1 種奨学金、第 2 種奨
学金という 2 種類がある。第 1 種奨学金は無利子、第 2 種奨学金は有利子で貸与され
るものである。無利子のほうが返還しやすく借り手の学生にとっては条件が良いた
め、無利子である第 1 種奨学金は第 2 種奨学金に比べて貸出の条件である所得基準が
厳しい。第 1 種奨学金は表 1、第 2 種奨学金は表 2 のとおりの所得以下の過程にしか
貸与が行われないことになっている10。今回取り扱う低所得世帯は基本的には十分無
利子奨学金の対象になりうる世帯であると考えられるため、今後は無利子奨学金に対
象を絞ることにする。
世帯人数
3人
4人
5人
給与所得者
692万円
781万円
896万円
給与所得以外
286万円
349万円
464万円
表 1 第 1 種奨学金対象者の所得制限
世帯人数
3人
4人
5人
給与所得者
1,033万円
1,124万円
1,274万円
給与所得以外
601万円
692万円
842万円
表 2 第 2 種奨学金対象者の所得制限
出典 日本学生支援機構 HP 「大学で奨学金の貸与を希望する方へ」
無利子奨学金の月あたり貸与額などは表 3 の通りである。居住形態や国立・私立の
違いによって設定金額の違いがあり、それとは別にどの形態においても 30,000 円/
月のプランを選択することもできる。これを年額に換算すると、最低貸与額である月
あたり 30,000 円では年当たり 360,000 万円となる。JASSO の調査によると、2012
年度の学費の平均は、国立大学が 673,000 円、公立大学が 682,100 円、私立大学が
1,319,700 円であり、これを表 4 のとおり各貸与額と年額を比較すると、貸与年額は
学費の総額の大部分をカバーできる金額であることがわかる。しかし、このような学
費の大部分をカバーできる奨学金が存在しているにもかかわらず経済的理由により進
奨学金の支給方法には一般的に 2 種類あり、将来的に返還義務が発生する貸与
型、返還義務の発生しない給付型がある。
10 日本学生支援機構「大学で奨学金の貸与を希望する方へ」
、
(http://www.jasso.go.jp/saiyou/daigaku.html) 2015/11/09 閲覧。ここでは低所得家
庭の奨学金借り入れを想定しており、そのような家庭は前もって借りる必要があるこ
とを自己認識しており予約採用に応募すると考えられるため、予約採用者の所得制限
表を引用した。
10
9
学が難しい学生が存在しているのは、本章 1 節で説明したとおり経済的理由により進
学が難しいもののうち約半数が「給付奨学金があれば進学」と答えていることから、
本制度による将来の全額返還に対する負担感が強いためであると考えられる。
国・公立
私立
自宅通学 自宅外通学 自宅通学 自宅外通学
45,000円 51,000円 54,000円 64,000円
30,000円
表 3 第 1 種奨学金の月あたり貸与額
出典 日本学生支援機構 HP 「大学で奨学金の貸与を希望する方へ」
国公立
私立
月額
¥45,000
¥30,000
¥54,000
¥30,000
年額 学費平均
¥540,000
¥673,000
¥360,000
¥648,000
¥1,319,700
¥360,000
表 4 奨学金貸与額と学費の比較
出典 日本学生支援機構 HP 「大学で奨学金の貸与を希望する方へ」
および 「学生生活基本調査」
また、奨学金には公的でないものも存在する。例えば、各大学が独自に提供してい
る奨学金や、有志の資産家が自らの財産を用いて奨学金を提供するなどの場合であ
る。この形をとる奨学金の中には給付型奨学金も存在する。しかし図 6 からは、
JASSO による奨学金は全体の奨学金シェアの 9 割近くを占めていることがわかる。
つまり、給付型を含めた民間独自の奨学金はそれほど大きな規模ではないといえる。
また、図 7 は JASSO と民間の奨学金を合わせた中で、給付と貸与の比率を示したも
のであるが、この図からも給付奨学金が全体に占める割合は低いということがわか
る。
11
JASSO
1兆933億円
奨学金金額の団体別内訳(2013年度)
公益法人
368億円
学校
455億円
営利団体
11億円
民間
1211億円
個人・その他
13億円
地方公共団体
363億円
図 6 奨学金金額の団体別内訳
出典:JASSO「平成 25 年度 奨学事業に関する実態調査」
及び 文部科学省「平成 25 年度 文部科学白書」
奨学金金額の種別内訳
(2013年度)
貸与給付
併用
5億円
2-3-2
給付
459億
学費引き下げ・生活費
補助について
生活費補助に関しては、前節で
説明した奨学金制度と一体となっ
て行われている。具体的には表 3
で示した通り、自宅通学と自宅外
貸与
1兆1680億
通学の学生では設定上限貸与額に
違いがある。すなわち事実上、国
公立大学に自宅外から通学する学
図 7 奨学金金額の種別内訳
生は月 6,000 円、国公立大学に自
出典:図 6 に同じ
宅外から通学する学生は月 10,000
円の生活費補助をもらっていることになる。
次に学費引き下げについては、第 1 章第 2 節で紹介した学費の値上げの提案などを
見てもわかるとおり、むしろ逆の動きが働いている。また、日本の国立大学の学費は
長期的に見ても上昇傾向にあり(図 8 参照)、学費引き下げ政策は行われてこなかった
と考えるのが妥当である。
12
600000
500000
400000
300000
200000
100000
0
1952
1955
1958
1961
1964
1967
1970
1973
1976
1979
1982
1985
1988
1991
1994
1997
2000
2003
2006
2009
2012
円
年
図 8 国立大学の学費推移
出典 年次統計 国立大学授業料
2-3-3
それぞれの政策の効果について
ここまで奨学金・生活費補助・学費引き下げという 3 種類の政策を考えてきたが、
ここでそれぞれの政策の有効性について考察を行いたい。すなわち、それぞれの政策
を行ったら本当に第 2 章 1 節で述べたような“経済的理由で進学できていない人”が
減るのか、ということを考察する。
まず学費の引き下げについて考える。その前に、前提として失念してはいけないの
が、政策を行う主体は政府など国家組織であるということである。すなわち、国が行
い、コントロールしうる政策のみを挙げる必要がある。それを念頭において学費引き
下げを考えると、大学によって政府によるコントロールしやすさに違いがあるため、
それぞれについて考えなければいけないことに気づいた。すなわち、政府が事実上直
接的に学費をコントロールできる国立大学と、独立に運営されコントロールが難しい
私立大学に分けることができる。私立大学に関しては、学費の操作を直接的に行うこ
とができないため、学費引き下げのためには政府からの助成金を増額することによっ
て大学が学費徴収から調達しなければいけなかった必要資金の額を減らし、学費引き
下げを促すことが主な政策になると考えられる。しかし、私立大学が助成金の増額に
よって必ずその増分だけ学費を下げるという保証はなく、政府による強制もできない
ため、私立大学の学費引き下げは難しいと考えられる。
13
もう一方の国立大学に関しては、学費のコントロールが直接的に行えるため、学費
の引き下げという手続きには全く問題がないと考えられる。しかし、学費を下げたら
所得が低い世帯の子が確実に国立大学に入学できるという見通しがなければいけない。
そこで、図 9 に表した、国立大学の学生世帯の所得分布を分析することでこの見通し
について考えようと思う。
%
40
35
30
25
20
15
10
5
0
国立
私立
~300
300~600
600~900
900~1200
所得階層(万円)
1200~
図 9 国立大学学生世帯の所得分布
出典:JASSO「平成 24 年度学生生活調査」
第 2 章第 2 節の図 4 でも示した通り、国立大学の学費は私立大学の学費よりも安い
のだが、図 9 からは国立大学学生の中では低所得世帯の子と高所得世帯の子の割合が
あまり変わらないことが見て取れる。すなわち、学費を引き下げると、本来徴収可能で
ある高所得世帯からの学費も引き下げることになるため、低所得世帯への経済的援助
として効率的手段とは言えない。また、国立大学と私立大学との比較で見ると、分布に
大きく差がない。すなわち、低所得世帯の子が学費の安さを理由に国立大学を選んで
いるという傾向があまり見られないことから、国立大学の学費を引き下げたら低所得
世帯の子がそちらを選ぶということは言い切れない。そのため、学費引き下げはあま
り良策とは言えないといえる。
それに対し、奨学金・生活費補助に関しては、これらを受け取れば国立・私立問わず
大学に行ける、という状況を整備していること、また第 2 章第 1 節で引用したアンケ
ートにおいて「給付型奨学金があれば進学」という回答があることから、これらの政策
を実行すれば、必ず現状経済的理由で進学を断念している学生のうち一定数は進学す
ることになると考えられるため、これらの政策は有効であるといえる。
本項の議論を踏まえ、以降本論文では給付奨学金・生活費補助に焦点を絞って考察
14
をすることにする。
第3章
国際比較
本章では、前章で行った政策検討を踏まえたうえで、他国における制度と日本の制
度を比較する。
第1節
比較対象
他国との制度比較をする前に、まずはどの国の制度と比較するかを決める必要があ
る。そこで、第 2 章第 2 節で学費と家計に対するアプローチという分類をしたので、
その分類にのっとって OECD 各国を学費と家計に対する教育費援助額を軸に取り散布
図を作成した。その結果が図 10 である。点線はデータのある OECD 各国の平均を示
しており、したがってこの図より、日本は国際的に見て学費は高いものの、家計に対す
る教育費補助はそこまで高くないことがわかる。
この表に関して、平均を境目に 4 分割して単純化したものが図 11 である。最も教
育の機会平等に資する状態は左上の、学費が安いうえに補助がたくさん出るモデルで
あり、対して日本は右下の、学費が高いが家計に対してあまり教育費補助を行ってい
ない高学費低補助エリアに近いといえる。ここでこの表上に前章で考察した 3 種類の
政策を当てはめてみると、教育機関に対する学費引き下げというアプローチは左方向
のシフトであり、家計に対する奨学金・生活費補助という形での教育費支援というア
プローチは上方向のシフトであるといえる。
これらのことを踏まえたうえで比較対象の国を定める。まず、前章最終項にて政策
を奨学金・生活費補助に絞ったことを考えると、今回この論文で対象とするのは上方
向のシフトであるといえる。したがって、日本と同じくらいの学費であり、かつ家計
に対する公的教育費支出が日本より高いアメリカを第 1 の分析対象とする。また、同
じく日本と学費が変わらず、日本よりも公的支出が低い韓国の事例に関しても、情報
シフトの達成のための政策を既に実行していることが考えられるため、分析の価値が
あると判断した。よって、次節以降ではアメリカと韓国の制度について概説する。
15
(%) 0.16
家
計
へ
の
公
的
教
育
費
援
助
の
対
オランダ
オーストラリア
0.14
チリ
アメリカ
0.12
0.1
0.08
0.06
0.04
カナダ 日本
ベルギー
イタリア
トルコ
スロバキア
オーストリア
GDP
0.02フランス
比
韓国
スペイン
スイス
0
0
アイルランド
1000
2000
3000
4000
5000
6000
国公立大学の学費
7000
(千$)
図 10 国公立大学費と家計への公的教育費援助の国際比較
出典:OECD 「Education at a Glance 2014」
家
計
へ
の
教
育
費
援
低学費
高学費
高補助
高補助
低学費
高学費
低補助
低補助
国公立大学の学費
図 11 学費と教育費補助の各国状況の簡略化(図 10 をもとに筆者作成)
第2節
アメリカの奨学金制度
3-2-1 アメリカの高等教育について
アメリカは周知のごとく多様性が特徴であるが、高等教育においても多様性が見て
16
取れる。アメリカの高等教育は連邦政府の管轄ではなく各州政府が担っており、州に
よってシステムが異なっている。高等教育機関には研究型大学の旗艦大学、修士レベ
ルの総合大学、コミュニティカレッジの 3 種が併存している。
3-2-2 アメリカの授業料について
州政府は各々州立大学の授業料を定めている。大学が独自に決定したり州議会が介
入したり州によってその内容は異なるものの、長らく低授業料政策をとってきた。た
だし、州立大学は州税で運営されているため州内学生は州外学生より優遇される傾向
がある。表 5 にある 2008 年度のデータによると、平均授業料は公立 4 年制大学にお
ける州内学生は 6070 米ドル(以下、ドルと表記)
、州外学生は 14378 ドル、公立 2 年
制大学は州内学生 2830 ドル、州外学生 6118 ドル、私立 4 年制大学においては 20112
ドル、私立 2 年制大学 9987 ドルとなっている。ここで注意しなければならないのが、
これらはすべて定価授業料であることである。なぜならアメリカは給付奨学金などの
学生に対する経済的支援が発達しているため、ディスカウントされている場合がほと
んどである。
表 5 種類別学生支援受給率(%)
何らかの
支援
合
給付奨学
ローン
ワークスタ
金
65.6
ディ
51.7
38.5
退役軍
人
7.4
プラスロ
ーン
2.1
3.8
計
(注)複数の支援を同時に受けることが可能
出典:日本学生支援機構 HP「米国における奨学制度に関する調査について」
3-2-3 アメリカの奨学金制度について
先ほど大学は州政府が管理していると述べたが、連邦政府は連邦奨学金に関しての
み高等教育に関与している。学生への経済的支援として給付奨学金、貸与奨学金、教育
減税ワークスタディなど多岐にわたり、さらにその支援主体も、連邦政府、州政府、各
大学、民間団体など多様である。連邦政府が行う給付型奨学金には連邦ワークスタデ
ィ、学業競争給付奨学金などいくつかあるが、最も主要なものは連邦ペル奨学金であ
り、これは連邦奨学金のうちの約 7 割に相当するものである。連邦ペル給付奨学金と
は、学生生活費から家族寄与期待額を引いた必要額に基づいて決定される。家族寄与
期待額は家族の収入や資産、介護を要する人がいるかどうかといった家族状況を考慮
17
して算定される。すなわち連邦ペル奨学金は家庭状況に応じて給付額が変動する制度
である。給付額については現在の公立 4 年制大学の平均授業料のおよそ 3 分の 1 をカ
バーする程度の額である。
また、連邦政府は貸与型奨学金も実施している。学士課程において実施される連邦
主導の奨学金の総額のうち給付型は 45%、貸与型は 49%(2008-09 年度)となってい
る。貸与型奨学金の 1 つに政府直接ローン(FDSL)がある。
政府直接ローン
スタッフォードローン(利子補給)
スタッフォードローン(非利子補給)
プラスローン
図 12 アメリカの貸与型奨学金制度
出典:日本学生支援機構 HP「米国における奨学制度に関する調査について」
これはアメリカにおける総学生支援の約 21%に及ぶ(連邦ペル奨学金は総学生支援
の約 9%に相当)。政府直接ローンの返還に関して、返還は貸し出し主である連邦教育
省に対して返還するが、他の貸与奨学金を利用している場合それらを統合することも
できる。返還方法は所得連動型返還があるが、2009 年から所得基盤返還も新たに導入
された。
所得連動型返還
・所得、世帯人数、貸与額を考慮し月
ごとの返還額を決める
・返還期間が 25 年以上かかった場合
それ以降の返済免除(例外あり)
所得基盤返還
・月毎の返済額は毎年調整される
・返還期間は 10 年以内
・プラスローンと統合ローンは対象外
表 6 米国政府直接ローンの返還方法
出典:日本学生支援機構 HP「米国における奨学制度に関する調査について」
18
第3節
3-3-1
韓国の奨学金制度
韓国の高等教育
教育制度は六三三四制(初等教育が六年、中等教育が三年と三年、高等教育が四年)
で日本と同じような体制である。高等教育機関に関していえば、4 年制大学と 2,3 年
制の専門大学に大きく分けられ、それぞれ国公立と私立がある。大学の数、学生の数と
もに私立の割合が 7 割以上と大きく、これも日本と似ている点である。OECD 各国の
中でまたこれほど私立の割合が大きいのは日本と韓国だけである。また、韓国は教育
費に占める私費の割合が高いことでも有名であり、1990 年代半ばから高等教育進学率
は急速に上昇し、現在の大学進学率は約 7 割と高い。
3-3-2
韓国の授業料について
韓国の大学において学納金は登録金と呼ばれている。入学金、授業料、期成会費の合
計が登録金となる。入学金は入学時一回のみの支払いで、期成会費とは大学事務経費
などに充てる費用である。1989 年度以降には私立大学が、2003 年度以降は国立大学
が独自に登録金の額を決めることができるようになり、また政府による制御はこれま
で存在しないため、大学ごとに金額の差があるのが実情である。
3-3-3
韓国の奨学金について
先ほど述べたように、韓国は日本と同じく教育への公財政支出が低い国である(図
10 参照)
。しかし、過去十数年間における韓国の公財政支出は急増しており、その伸び
率は 104%もあり、これは OECD 諸国の伸び率平均が 34%であり、日本のそれが 5%
であることを見るとその大きさは瞭然である。高等教育に関する予算で主な支出先は
奨学金事業であり、特に給与型奨学金へのウェイトが大きい。また、韓国には住民登録
番号があり、これは国民の税徴収や信用情報などと連動しているので、貸与型奨学金
の借り手の追跡に役立っている。日本でも 2015 年 10 月からマイナンバー制度が導入
されたが、韓国の事例を参考に奨学金制度にそれが一役買うことが期待される。
19
貸与型奨学金予算
給与型奨学金予算
事
業名
2775.0
国家奨学金Ⅰ種・Ⅱ種
貸与奨学金
2337.7 億円
億円
151.2
勤労奨学金
億円
87.8
優秀学生奨学金事業
億円
2337.7 億円
合
3014.0 億円
計
表 7 韓国奨学財団の奨学金事業予算(2013 年度)
(1 ウォン=0.1 円で換算)
出典:韓国奨学財団 HP11
国家奨学金Ⅰ種とは、所得水準下位 80%以下を対象とし、給付額は所得に応じて変
化させる。下位 20%までの人々に給付される 450 万ウォンは 4 年制大学の平均年間授
業料 667 万ウォンの約 7 割をカバーできる。ただ、GPA の評価基準で 80 点(B)以上の
成績をとっていることが受給条件である。また、国家奨学金Ⅱ種とは、いくつかの大学
に国から補助金が送られ、その大学が運営の裁量をもち、独自に実施する奨学金制度。
勤労奨学金とは、主に学内で従事する作業報酬である。
また、第 3 子以降対象奨学金も新事業としてはじまった。これは、子供の多い家庭
の経済的負担を軽減するため、第 3 子以降の子供に年間最大で実際の学生納付金額を
上限まで(450 万ウォン)を給付するものである。ただ、所得水準上位 20%の人々や 20
歳以上の人は対象外であったり、国家奨学金Ⅰ種のように受給のための成績条件があ
ったりする。
第4節
まとめ
本章では米国と韓国の例を挙げたが、両方に共通していえるのが所得や資産に連動
して給付額を決めるシステムが存在することである。具体的には、米国における資産
テスト、韓国における住民登録番号である。同様のシステムが日本でもマイナンバー
制度の施行により可能となるため、所得連動型給付に関しても検討できると考えられ
11
韓国奨学財団ホームページ、(http://www.kosaf.go.kr/) 2015/11/11 閲覧
20
る。
第4章
日本における教育関係給付金の導入
本章では、前章で見た 2 か国の例を踏まえて、生活費補助制度と所得連動型給付奨
学金の創設を提言したい。2 つの制度を創設するといっても、実際は現状行われてい
る居住形態に対応した貸与額の変更と同様に、居住形態に応じて給付額を変えるとい
う制度にすることが考えられる。本章では、低所得世帯を明確に定義したうえで、彼
らが大学に進学するのに必要な最低限度額から給付額を算定し、財政全体でどれくら
いの支出が必要なのかを算定し、財源などの実現可能性を検証したい。
第1節
教育費の内訳
教育費の現状は第 2 章第 2 節で概観しており、本章でもそこで使った JASSO の学
生生活調査のデータをもとに算出する教育費をベースに考えていきたい。そのため本
節では、その調査の中で教育費がどのように細分化されているかについて概説したの
ち、それぞれの費用についてどのような補助が適当であるかについても考察を行いた
いと思う。
まず、教育費支出は大きく“学費”
“生活費”の 2 種に分けられるのはすでにふれた
とおりである。1 つ目の“学費”に関しては“授業料”
“その他の学校納付金”
“修学費”
“課外活動費”
“通学費”という内訳になっていて、もう一つの“生活費”には“食費”
“住居・光熱費”
“保険衛生費”“娯楽・嗜好費”
“その他の日常費”となっている。12
今回の政策では、奨学金と生活費補助を行うことにしたため、それぞれの政策によっ
てサポートすべき費用の範囲を定めることが必要となるが、各費用についての明確な
定義はされていないため、項目名から内容を推測することにする。
上記の細分化された支出は 3 種類に分けることができる。一つは、進学や教育の状
況に関わらず、各人が生活していくのに最低限必要な費用である。ここでは、進学など
の状況に関わらないため生活費となり、その中でも実家暮らしで必要になる分の食費
および住居・光熱費、保険衛生費である。このような費用に関して経済的理由により自
日本学生支援機構「平成 24 年度学生生活調査結果」、1 ページ、
(http://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/documents/data12_all.pdf)
2015/11/08 閲覧
21
12
弁できない世帯に対しては、教育政策としての奨学金などの手法で交付するのではな
く、全体の社会保障政策という違った政策を実行する必要がある。そのため、今回はそ
の費用を奨学金等で穴埋めすることは考えず、他の政策で十分なレベルまで補助した
後にその他の費用を給付するという前提に立つ。
次のタイプの費用は削減可能な費用である。上記の費用の中では、娯楽・嗜好費や学
費に含まれている課外活動費に関してはどうしても払わなければいけない費用ではな
いためこのタイプの費用に属する。
もう一つが削減不可能且つ進学することで新規にかかる費用である。奨学金と生活
補助に関して双方のサポートすべき必要費用を考察すると、まず奨学金は学生が大学
に通うにあたってすべての学生に共通して必要になる費用を補助する政策であるとい
える。すなわち、このタイプの政策でサポートするのは学習に必要な費用である学費
の一部である授業料や学校納付金、修学費であると考えられる。生活費補助について
は、進学することで自宅外通学になることにより必要になるお金であるといえる。こ
こでいうと、食費と住居・光熱費、通学費の変動分がこの必要分に当たると考えられ
る。これをまとめたものが図 13 である。
教育費
削減可能
娯楽費など
削減不可能
進学要因で
ない費用
進学要因で
必要な費用
自宅の場合
の食費など
学費
授業料など
生活費
食費・住居
費・通学代
図 13 教育費の内訳まとめ(筆者作成)
次節以降、この分類に従って必要な額・給付額などを算出し、試算に組み込んでいく
ことにする。
22
第2節
生活費補助
本節では、8 ページで見たように居住形態が自宅であるかないかによって必要教育
費総計に差が出ることに着目し、その増加分を補填するという目的のもと行う制度で
ある。
4-2-1
必要額と支給額
前節や本節の冒頭でも触れたとおり、ここで補填するのは自宅から大学に行くのが
困難な学生が、自宅外通学するのに必要な追加的費用である。前節で居住形態が自宅
から自宅外に変化することで変動する費用として、食費、住居・光熱費、通学費を挙げ
た。これらの変化を示したものが図 14 である。8 ページ図 4 において居住形態が自宅
から自宅外になると生活費の増加がみられることは確認済みであり、図 14 はその生活
費の部分を拡大して各費用の増減を見たものである。なお、通学費は元の統計では学
費に含まれているが、通学は居住形態により影響を受けやすいうえ、学業や大学への
活動に直接支払われる費用ではないことから、本論文では生活費の一部として図 14 に
組み入れた。また、表 8 にそれぞれの変化率を示した。
(十万円)
12
10
8
6
図 14
4
態変化による各生
2
活費変動13
出 典 : JASSO
0
自宅平均
その他
居住形
保険衛生費
娯楽・嗜好費
下宿・アパート平均
通学費
住居・光熱費
食費
「平成 24 年度学
生生活調査」
図 14 において学寮のデータもあり、おおむね下宿・アパートの場合と同様の傾
向で変動をしているが、学寮利用者が限定されているためここでは学寮のデータは載
せない。
23
13
表 8 居住形態別各生活費平均とその差14
出典:図 14 に同じ
図・表より、保険衛生費、娯楽・嗜好費、その他に関しては大きな差がみられず、生
活費の中で自宅外通学による変動はおおむね食費、住居・光熱費、通学費において顕著
であることがわかる。
ここから必要額及び給付額を算出す
るが、前提として今回の必要額は自宅か
寮
3%
その他
2%
ら自宅外になった時の増加分だという
ことは述べたとおりである。ここで自宅
外とは下宿・アパートからの通学である
ということを定義することにする。
図 15
に大学生の居住形態の分布を示した15通
一人暮らし
37%
自宅通学
58%
り、寮を利用している学生の割合は非常
に少ないうえ、表 8 によると学寮利用者
の必要額は下宿・アパート利用者よりも
少なくて済むことがわかる。すなわち、
今回下宿・アパートを想定して必要額を
算出すれば、それを学寮利用者に適用す
る際には少し減らせばいいことになり、
財源オーバーの心配がないからである。
図 15 大学生の居住状態分布
出典:ベネッセ教育総研「大学生の学
習・生活実態調査報告書」
このことより必要額を算出すると、
食費が 160,100 円の増加、住居・光熱費が 471,300
円の増加、通学費が 79,800 円の減少より、
これら 3 点の総和で 1 人当たり最大 551,600
円が必要額と算定できる。
14
カッコのついた変動額は減少を示す。
ベネッセ教育総合研究所「大学生の学習・生活実態調査 第 2 章 9 ページ」、
(http://berd.benesse.jp/berd/center/open/report/daigaku_jittai/hon/daigaku_jittai_2
_2_6.html) 2015/11/19 閲覧。
24
15
4-2-2
生活費補助を受ける人数の推定と必要な支出総額
今回対象とするのは経済的理由により進学を断念せざるを得ない学生たちであり、
その人数は高校卒業生のうち 11.4%存在することは 7 ページの第 2 章第 1 節で引用し
たアンケート調査で判明している。また、2014 年度において高校卒業生の人数は
1,051,342 人いることから、経済的理由により進学を断念している高校卒業生の人数は
1051342 * 0.114 ≒ 119853 より、12 万人弱いると推計できる。また、彼らの中で自
宅外通学をする学生の人数の推計をするためには、学生全体と同じような居住状態分
布を取ると仮定したうえで、図 15 より読み取れる学生全体の中で自宅外通学をしてい
る割合 40.3%をかければ、受け取るであろう人数の推計を行うことができる。よって、
受け取り人数は 119853 * 0.403 ≒ 48301 より、50000 人弱が生活費補助を受け取る
ことになるであろうと推定した。
このことより、必要な支出は彼らに 1 人 551,600 円を支給する場合の総額なので、
266.4 億円が必要であることになる。
第3節
給付型奨学金
本節で扱う給付型奨学金については、第 1 節で述べたとおり授業料や学校納付金、
修学費に関して補助を行う政策である。以下、具体的な予算額などについてみていく。
4-3-1
既存制度との連携および棲み分け・分担
今回導入する給付型奨学金は、従来の JASSO 主導による貸与型奨学金とは全く性
質を異にするものである。異なる点として、そもそも貸与であるか給付であるかとい
う点はもちろんだが、そもそものコンセプトが異なることに触れておく必要がある。
従来の貸与型奨学金に関しては、貸与額を借主自身が決定し申請する。これは、借主
が実際にどれくらい足りていないのか、ということを判断して貸与額の判断をするこ
とから、各世帯の負担感という主観的な指標をもとに貸与額が決定されている。この
特徴は貸与であるという特徴に立脚しており、政府としては多額にせよ少額にせよい
ずれは返還されるという前提があることから、そこまで厳密に貸与額を設定する必要
がない。この政策は、足りない分をいったん貸すという不足分補助的性格のものでは
なく、不足額に関係なく資金援助を行うという一律的性格のものであるといえる。
それに対し、今回新設を検討する給付型奨学金については、給付であり明確な支出
25
を伴うことから、政府としては必要のない給付をしないための最大限の削減策が求め
られる。具体的には、どうしても必要な世帯に最低限必要な額しか渡さないという厳
格な給付額決定システムが必要となる。結果的に、不足分のみを補うような制度にな
ることが想像される。
そのような給付額決定システムがすでに他国で採用されていることは前章で触れた
とおりである。とくに、米国では資産テスト、韓国では住民登録番号というシステムが
所得並びに資産の管理・算出に役立っており、その所得および資産額によって給付額
が決定される所得連動型給付が実施されている。日本でも 2016 年からマイナンバー制
度が運用開始となり、所得把握が容易になることから、米国や韓国の各制度と同様の
役割を担うことが期待される。このことから、日本での所得連動による給付額決定プ
ロセスは十分機能するであろうし、したがって不足分だけの給付ということが可能と
なる。
以上のことより、今回新設する給付奨学金は一律額の貸与による学生世帯全体への
融資という性格の従来型奨学金を補完する形で、不足分だけを補助する性格のものに
なるという棲み分けになるであろう。
4-3-2
マイナンバー制度を用いた給付額決定
前節でマイナンバー制度について触れたが、その効果としてはいくら不足している
かの把握が容易になるということであった。しかし、ここでは予算の算定を行う関係
上、不足額および給付額の総額を概算する必要がある。その前に、給付を受けるであろ
う世帯の収入についてみる必要があると考えた。
今回の給付を受けるのは学費を払えないのに相当な低所得世帯となる。しかし、こ
の中にも 2 つの累計がある。一つはそもそも教育費関係なく、最低限の生活を営むこ
とさえできない程度の低所得層であり、もう一つは、生活は何とかできるが教育費が
払えないという層である。まず、前者の世帯に関しては、まず生活保護など他の補助金
を用いて最低限度の生活を保障されるべきである。これは教育政策の一環である奨学
金とは違う社会保障的アプローチをもってなされるべきであり、本論文ではこの支出
については算入しないことにする。そして、そのような過度の低所得が解決されてい
る人たちに最低限の教育資金を提供するのが今回の給付奨学金である。
つづいて給付額の算定を考える。そもそも、最低限度の生活が精いっぱいで教育費
援助を最大限受ける世帯はどれくらい給付を受けることになるのかであるが、これは
私立大学に必要な学費等を想定する。8 ページ図 4 でも確認した通り、国立大学と私
26
立大学で考えると私立大学の方が学費は高いことがわかっているため、私立大学に通
うのに必要な額を給付することを想定しておけば、国立大学に進学した場合の必要額
は確実に予算内で給付できるからである。ここで必要になる額については本章第 1 節
でみたとおり、授業料や学校納付金、修学費が想定され、私立大学においてこの額の平
均は 1 年あたり 1,202,800 円である。16 この額のうち不足分だけの給付を受けること
になるというのが、今回の制度の概要である。
4-3-3
総費用
総費用を算出するには、本来なら世帯の所得分布を明確化し、それに不足金額を乗
じた値を積分することによって正確に求めるべきである。しかし、各世帯についての
個別の所得データがないため、大体の推計に頼らざるを得ない。本章では、平均給付額
と給付人数の積で推計を行おうと考えており、以下その妥当性について考える。
前項で述べたとおり、この制度においては不足分補助的側面を持った制度であるた
め、この制度により給付を受ける世帯は限られた所得層の世帯のみということになる。
具体的に言えば、最低限度の生活を営むのが精いっぱいの所得しかない世帯は、給付
金額上限の全額給付を受けることになるし、最低限度の生活に加えて学費支出をなん
とか賄える所得の世帯が、給付を受けることができる上限の世帯ということになる。
すなわち、先ほどの金額の満額受け取りから、受け取りゼロまでがいるということに
なる。
ここで、その間の所得層の世帯数分布が均一、もしくは中央を境に対称的な分布を
見せているとするならば、これらの世帯への平均給付額は半額である 601,400 円にな
る。この額より一定額多くもらう世帯と一定額少なくもらう世帯が同数存在するため
である。以降、この仮定が正しいかを検証する。
まずこの上限所得と下限所得を算定すると、最低限度の生活を営むのに必要な所得
は貧困線から算定できる。貧困線とは貧困かどうか判断するボーダーであり、貧困と
は最低限度の生活ができるぎりぎりの状態であると定義されるからである17。日本にお
日本学生支援機構「平成 24 年度学生生活調査結果」、1 ページ、
(http://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/documents/data12_all.pdf)
2015/12/03 閲覧
17 国連開発計画「貧困とは」
、(http://www.undp.or.jp/arborescence/tfop/top.html)
2015/12/04 閲覧。
27
16
ける貧困線の所得は名目値で 122 万円18となっており、これを子一人の 3 人世帯に適
用すると 211 万円となる。これは、世帯人数の平方根をかけるという計算方法に基づ
いており19、世帯人員が増えるほど限界コストが割安になっていくことがこの計算方法
を用いる理由である。1 人当たりにかかる光熱費等は、大人数でシェアされるほど 1 人
当たりが割安になるためである。
この 211 万円に、先ほどの給付額を足すと約 331 万円となり、年間可処分所得が約
211~331 万円の世帯に給付が行われることになる。そして、この範囲の所得分布が左
右対称であれば平均値に半額を取れるということであったが、実際の分布は図 16 のよ
5.0%
うになっている。見てわかる
通り、分布は右上がりになっ
4.5%
ている20。すなわち、多めにも
4.0%
らう世帯よりも少なめにし
3.5%
かもらわない世帯のほうが
多いということである。その
3.0%
ため、半額を平均と想定する
と、実際の給付額はそれより
2.5%
も少なくなるであろうこと
2.0%
200~250万
250~300万
300~350万
図 16 児童のいる世帯の中の当該所得層の割合
出典:厚生労働省「2010 年国民生活基礎調査」
が予想できる。
つまり、半額想定で得た予
算の試算は実際の給付よりも
多くなることから、そのよう
な試算をしておけば予算不足はない。そのため、今後平均給付額は半額の年 601,400
円と想定し、試算を続行する。
今回対象とするのは前節の生活費補助と同様、経済的理由により進学を断念せざる
を得ない学生たちであり、その人数は 12 万人弱であるということは前節にて推計済み
である。そして、彼らは教育費に関わる経済的理由によって進学できなかった人たち
厚生労働省「平成 25 年 国民生活基礎調査の概要 II 各種世帯の所得等の状
況」
、p. 18、(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/dl/03.pdf)
2015/12/04 閲覧。
19 厚生労働省「国民生活基礎調査(貧困率) よくあるご質問」
、p. 1、
(http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/20-21a-01.pdf) 2015/12/04 閲覧。
20 厚生労働省「平成 22 年国民生活基礎調査の概況 4 世帯別の所得の状況」
、
(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/2-4.html) 2015/12/04 閲
覧。
28
18
であり、このすべてに給付を行う必要がある。必要な総支出は先ほど求めた 601,400
円を平均で支給する場合の総額なので、720.8 億円が必要であることになる。
理想を言えば、本論の根拠として用いている「経済的理由により進学を断念してい
る学生」の世帯所得によって算出すべきであろうが、その把握が不可能であったこと、
さらには彼らが今回筆者の推測した所得層に入っていることはある程度妥当であると
考えられるため、今回はこのような推計を行った。
第4節
財源と実現可能性
ここまでをまとめると、一学年につき生活費補助に 266.4 億円、給付型奨学金に
720.8 億円の支出が必要であるため、総額 987.2 億円の支出が必要となる。ここで注意
しなければいけないのが、この支出は 1 学年分の人数に 1 年間給付する金額であり、
大学が 4 学年あることを考えると 1 年で 3948.8 億円の支出となる。
一見すると非常に大きな額で、とても支出できないように感じられるが、本節では
それが払えるということを示したいと思う。
4-4-1
将来の回収見込み
今回の政策によって得られる税収は、彼らの生涯収入が上昇することによる所得税
増収である。本項ではその増収分の算定を試みる。
今回「増収」としていることについて、現状のままであれば高卒の生涯収入を得るは
ずの学生が、今回の政策によって大卒になり、それに見合った生涯収入へと増加する。
この時、費用は政策による給付額全体であるが、それに対しての効果は、本来の高卒に
おける生涯収入からの所得税収から、大卒の生涯収入になった時の所得税収増加分と
なる。
ここで考慮すべきは、高卒が大卒になるだけで本当に所得が増加するのかという問
題である。もちろん、学歴による人的資本蓄積やシグナリングなどの効果によって所
得増加はある程度予測されるが、現状の大卒生涯年収である 2 億 5000 万円と同じ水
準に達するかは不透明である。特に、大卒の人数が増えることによる供給増加を要因
とした価格下落、すなわち賃金および所得の下落が考えられる。そのため、今回は労働
力増加と賃金の関係を表す賃金関数を用いて、所得の減少を予測する必要があると考
えられる。本節の以下の項において、所得税収の増加及び減少に関して考察を行いた
い。
29
4-4-2
所得税収の変化
本項ではまず、今回の政策によって補助を受ける層である“経済的理由により進学
を断念している世帯の学生”によってもたらされる所得税収増加について考えていき
たい。
所得税収の算出に際しては、所得税が累進課税というシステムによって税額が定め
られているという前提を再確認する必要がある。このシステムでは、毎年の所得に対
応した税収がかけられるため、ある程度年収の経年変化を推測する必要がある。最も
簡単な方法としては生涯収入を労働に従事する年数で割ることが考えられるが、日本
が年功序列型の賃金推移をするという特徴から考えると、この手法によって働き始め
から定年まで同じ年収を維持しているという算出がなされることは事実とあまりにも
反している。そのため、今回は年収が比例的に増加していると仮定し、初任給から比例
的に増加した結果定年までに生涯収入分を稼ぐというシナリオを考えた。そして、そ
の手法により算出された各年齢の年収に、対応する税率をかけたものの合計を生涯所
得税収として考えることにした。
また、前項で触れた通り、労働力増加による賃金下落については、中野(2010)で推定
された賃金関数を用いて生涯収入の下落を推定した21。具体的には、労働力と賃金の間
の推定係数が働き始めの 20~29 歳において-0.138 であったことと、平成 26 年 3 月大
学卒業者数が 56.3 万人22であり、今回の経済的理由により進学を断念している人が全
員進学した場合の人数 12.0 万人が加わった場合の増加率が 21.3%であることから、賃
金および生涯収入の減少率は 21.3%×0.138 =2.9%であると考えられ、そのことによ
って生涯収入は 2 億 5000 万円から 2 億 4265 万円に下落するという前提から試算を行
った。
この結果が図 17 および 18 である。図 17 には各年齢の所得税収の推移、図 18 には
それを積み上げたものを示した。試算の結果、1 人当たり定年までの累計で 2164.8 万
円の所得税収増収が見込まれ、それが全体で人数分集まると 2 兆 5912 億円の増収と
なることがわかった。各世代の学生は、4 年間補助を受けて大学に通うこととなるた
21
中野あい「年齢別に見た男性労働者の賃金関数の推定」、
『神戸大學經濟學研究年
報』2010 年、vol. 57、pp. 39-50、(http://www.lib.kobeu.ac.jp/repository/81002760.pdf) 2015/12/04 閲覧。
22 厚生労働省「平成 25 年度 大学等卒業者の就職状況調査」
、
(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000044078.html) 2015/12/04 閲覧。
30
め、この収入は 1 年間の政策実行に対する効果であるといえる。
400
350
所得税額(万円)
300
250
200
150
100
50
0
19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39 41 43 45 47 49 51 53 55 57 59
大卒
高卒
年齢(歳)
図 17 政策実施前後の 1 人当たり所得税収入パターン
6000
所得税額(万円)
5000
4000
3000
2000
1000
0
19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39 41 43 45 47 49 51 53 55 57 59
大卒
高卒
図 18 政策実施前後の 1 人当たり所得税累積収入パターン
同様に、既存の大卒者に関しても同様の収入減少が見込まれるため、このことによ
る所得税収減少も考慮する必要がある。
先ほどと同様の計算を行うと、1 人当たり 290.9
万円の減収となり、その 56.3 万人分の全体が 1 兆 6378 億円の減収となった。
このことより、政策による所得税収へのプラスの影響とマイナスの影響があること
がわかり、相殺すると 1 年の給付政策に対する効果が 9534.3 億円になることがわかっ
31
た。
4-4-3
現時点での国債借り入れとその返還見込み
前項までで、1 年あたりの必要な政府支出が 3948.8 億円、それに対する効果として
の所得税収増加分が 9534.3 億円となることがわかった。
しかし、これはあくまで将来の収入増加見込みでしかなく、政策を始める時点での
財源に関しては具体的な方法が見いだせない。現状すでに国債の借り入れがかなり進
んでおり、他の予算を削減したからといって直ちに奨学金などの政策に予算が回って
くるわけではなく、むしろその分の予算は国債償還に充てられることが十分考えられ
る。よってこの政策を行う場合、他の予算削減などではなく国債の借り入れを新規に
行うこととなる。この国債新規借り入れが給付奨学金の導入にとって大きな壁となっ
ていると考えられる。給付奨学金は教育費の公的負担政策であることは明白であるが、
この公的負担に関して挙げられる問題点の一つが「公財政の逼迫」23 であることから
も、国債借り入れ等の財政圧迫要因がこのような政策の導入を妨げているといえる。
本項では、国債を借りることで一時的には残高増大という問題が発生するが、最終
的には借り入れた分の国債を償還したうえでさらに黒字を出すことができる事業であ
ることを述べる。
まず、単年で 3948.8 億円分の国債を新規で借りて、42 年後彼らが定年するころま
でずっと膨らみ続けたとしても、最も高い 40 年物国債の利率を用いても 7317.8 億円
までにしかならない。これは、所得税収分の 9534.3 億円で十分補える金額であること
から、最悪のシナリオを想定しても所得税収の増加で新規発行分の国債は償還でき、
かつ黒字を生み出すことのできる事業であることがわかる。加えて、全ての国債が 40
年物というわけではないので本来であれば利率はもう少し低いこと、元が取れるよう
になったら国債の新規発行額を減らすことができることなどから、今回提案する政策
は公財政圧迫にはつながらず、実現可能であることがわかる。
おわりに
23
小林雅之、
「教育費『誰が負担』議論を」、
『日本経済新聞』
、2013/09/30、朝刊
26 ページ。
32
本論文では、教育の機会平等の原則に則って所得による進学格差が発生しているこ
とを問題とし、その解決策として生活費補助と給付型奨学金を、マイナンバー制度に
よる所得把握システムと連動させて給付することを提案した。その結果、給付型奨学
金について以前から心配されていた財政への悪影響を伴わずに進学格差を是正できる
政策であることがわかった。
これまで実施されていなかった政策について、心配されるデメリットに関しても検
討しつつ効果について検証できたのは今回の収穫であった。しかし、途中の論理展開
においてあまりうまくいかなかった点が多々あった。例えば、海外の例ではその国で
当該政策がどれくらいの学生を進学させる効果を持ったのかを提示すべきであったが、
今回は見送ることとなった。また、試算においても非現実的な仮定があると指摘を受
け続けていたが、一部しか修正できなかったのは反省すべき点である。また、統計デー
タの数学的処理についても未熟であった。
しかし、マイナンバー制度・授業料値上げの検討など最近の動向も踏まえるとこの
政策に関してはさらなる検討が必要であり、今後の展開を期待する。
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小林雅之、「教育費『誰が負担』議論を」
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