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Lubricating Technology for Cold Forging
冷間鍛造用潤滑技術 清 水 秋 雄 日本パーカライジング ㈱ 近年、環境保全をキーワードに様々な潤滑技術が提案されている。以下 に工業化されている冷間鍛造用潤滑技術の事例を紹介する。 1.はじめに 冷間鍛造の現場で、「潤滑剤に何を使用していま 在でも厳しい加工に対して最も耐える潤滑剤として すか?」と尋ねると、高い確率で「ボンデを使用し 位置づけられている。ボンデの名は、当時販売され ています」と回答が帰ってくる。このボンデ処理と ていた薬剤の商品名に由来するもので、リン酸塩処 は、冷間鍛造業界ではたいていの場合、リン酸塩皮 理薬剤は「ボンデライト」、石鹸処理薬剤は「ボン 膜+石鹸処理を意味している。潤滑剤にボンデを用 ダリューベ」である。当社は、この商標で薬剤販売 いる理由は、加工条件が厳しい冷間鍛造において極 はしておらず、「パルボンド」と「パルーブ」で販 圧油、樹脂、石灰、ボラックスなどでは潤滑性能が 売している。 不足しているためで、この業界の共通認識といって このように高い潤滑性を有するボンデ処理も、環 も過言ではない。 境問題が大きく取りあげられる昨今、産業廃棄物の 塑性加工に対してリン酸塩皮膜を用いる技術は、 発生やエネルギーコストが問題視されるようにな 第二次大戦中にドイツにて銃弾の薬きょうを作ろう り、当社でも幾つかの環境対応技術を提案している。 として考案されたものと伝えられている。現在、工 以下に、「これまで冷間鍛造を支えてきたボンデ」 業的に普及しているリン酸塩皮膜+石鹸処理の技術 と現在実用化が進んでいる「これからの冷間鍛造を は 1950 年代に「ボンデライト・ボンダリューベ法」 支える潤滑技術」について概説する。 1) として発明されたもので 、半世紀以上経過した現 2.ボンデ処理 図 1 にリン酸塩 / 石鹸処理の標準工程を示す。処 する。脱脂剤には、通常は強アルカリタイプを使用 理方法としては、被処理物であるワーク形状によ する。ついで、酸洗工程でスケールを除去する。通 り様々である。鍛造関係ではバレル処理やタクト・ 常 50 ∼ 70℃に加温した 10 ∼ 15 % 濃度の硫酸、また ディップ処理などが一般的である。バレル処理は、 は常温の 5 ∼ 15 % 濃度の塩酸で酸洗する。化成処理 ワークを回転バレルにセットし回転させながら、順 は通常 80 ∼ 85℃の処理液に 5 ∼ 10 分浸漬する。 次各処理槽に浸漬して処理を行っていく。脱脂工程 リン酸塩処理は、素材の鉄をエッチング(溶解) では、鋼材に付着した潤滑油、防錆油、また治具に させ(式 1)、その際の界面の pH 上昇を利用し結晶 付着した反応型石けん潤滑剤、その他の汚れを除去 性のリン酸塩、主にリン酸亜鉛(式 2)とリン酸亜鉛 Vol.51(2010)No.10 SOKEIZAI 23 写真1 リン酸塩皮膜の SEM 像 図1 ボンデ処理の標準プロセス 鉄(式 3)を皮膜として表面に析出させる化成反応で テアリン酸ナトリウムをベースとした反応型石鹸潤 あり、下記に皮膜生成反応を示す。 滑剤が用いられる。石鹸皮膜の生成は皮膜のリン酸 亜鉛の一部を溶解させて、金属石鹸を生成させるも (鉄の溶解) Fe + 2 H3PO4 → Fe(H2PO4)2 + H2 ↑ (式 1) のである(式 5)。 (ホパイトの析出) 3 Zn(H2PO4)2 → Zn( 3 PO4) 2 + 6 C17H35COONa → Zn( ( + 4 H3PO4 3 PO4) 2 皮膜成分) (式 2) 3 Zn(C17H35COO) 2 + 2 Na3PO4 (式 5) (フォスホフィライトの析出) 図 2 に石鹸処理液の pH と金属石鹸の生成量の関 Fe(H2PO4)2 + 2 Zn(H2PO4)2 → Zn2Fe(PO4) ( + 4 H3PO4 2 皮膜成分) (式 3) 高くても、低くても生成量は減る。一般的には、金 (酸化・スラッジの生成) − 係 を 示 す。 処 理 液 の 適 切 な pH は 9 付 近 で、pH が + 2 属石鹸、未反応石鹸ともに 3 ∼ 8 g/m で使用され Fe(H2PO4)2 + NO2 + H → − FePO( + H3PO4 + H2O + NO 4 スラッジ成分) る。また、石鹸処理後は十分な乾燥が必要で、乾燥 (式 4) が不十分であると最良の潤滑性が得られない。石鹸 処理は通常 75 ∼ 85℃で 1 ∼ 3 分浸漬するため自己保 式 4 に示すように、この工程では反応副生成物と 有熱で乾燥する品物もあるが、強制乾燥する場合は してリン酸鉄がスラッジとして発生するため、生産 170℃以下で行う。 ラインでは定期的にタンク清掃を実施して取り除い ている。 生成するリン酸塩皮膜の重量は通常 5 ∼ 15 g/m 、 厚みに換算すると 3 ∼ 10 m 程度である。写真 1 に 皮膜の SEM 像を示す。結晶サイズは大きなもので 100 m を超える。 化成処理の後は、十分水洗して中和する。中和は、 次工程の石鹸処理液の pH 変動を防ぎ、金属石鹸の 生成量を安定させるために重要な工程である。リン 酸塩皮膜は、それのみでは十分な摩擦低減効果がな ← 生成量 → 多 2 少 低← pH →高 図 2 処理 pH と付着量の関係 いため、上層に潤滑剤を付与する。一般的には、ス 3.ボンデ皮膜の構造とその役割 24 前記、工程で形成したボンデ皮膜の概念図を図 3 焼付き(金属接触)を防止する。中間の金属石鹸層 に示す。 は摩擦係数を低減する働きを有している。上層の未 リン酸塩皮膜の上に金属石鹸、その上に未反応石 反応石鹸は鍛造時に金型との離型性を向上させる 鹸(ステアリン酸ナトリウム)が形成した三層構造 他、皮膜処理後のワークがブロッキングするのを防 である。最も下層のリン酸塩は素材との密着性に優 止する作用がある。しかし、未反応石鹸層は脱落し れ、大変形する素材に追随して、金型とワークとの やすく、型を詰まらせる原因にもなり易い。図 4 は、 SOKEIZAI Vol.51(2010)No.10 特集 潤滑プロセス最前線 図 3 ボンデ皮膜の構造と役割 リン酸塩 / 石鹸皮膜の各層の効果を確認するために 各層を除去して後方穿孔試験を行った結果である。 潤滑性は穿孔深さと加工後の引き抜き荷重の関係で 図 4 石鹸皮膜の各層の効果 評価した。引抜き荷重が高くなった点で焼付きが発 生したと判断する。金属石鹸層がない場合や未反応 生する。このように、リン酸塩 / 金属石鹸 / 未反応 石鹸層がないと穿孔深さが浅い段階で焼き付きが発 石鹸の 3 層全てが形成された皮膜構造が最も優れる。 4.ボンデ処理の課題 抜本的な問題点としては、環境負荷が大きいとい 液と汚泥(これも一般にスラッジと呼ばれる)とな うことである。具体的には、①ゴミが多い、②エネ る。清浄化した液は、河川や下水等に放流されるが、 ルギーが多く必要ということである。昨今の環境保 汚泥は産業廃棄物として投棄される。これら投棄さ 全の観点からは、時代遅れと言われても過言ではな れるスラッジを再利用する方法も検討され、一部、 い。各工程から、実に多くの廃棄物(ゴミ)が排出 実用化しているが、産廃物の削減は環境保全の側面 される。ボンデ(化成)槽からは前述のスラッジが排 およびコスト低減の面からも大きな課題である。石 出される。また、工程毎に水洗が必要であり、この 鹸処理液も定期的に廃棄更新しなければならない。 水洗水にはリンや亜鉛等が含まれるため、そのまま また、現代の他の表面処理と比較すると処理温度 放流することはできず、廃水処理が必要となる。昨 が 80℃前後と高く、処理槽が大きいためにエネル 今では排水も大きな廃棄物として考えなければなら ギーコストはかなりのものである。 ない。排水は、消石灰を用いた凝集沈殿にて清浄な 5.電解リン酸塩処理 電解リン酸塩処理 e−Phos は、化成処理工程にお けるスラッジの発生がない、革命的な技術である。 電解リン酸塩は素材の鉄を溶解させずに皮膜を形成 させるため、スラッジをなくすことができる。 図 5 に示すように材料を陰極とした電解法により、 リン酸塩皮膜を析出させる。この方法では材料を陰 極として電解処理するため、スラッジの発生原因で ある鉄は溶出しない。また、従来の反応型リン酸塩 処理の課題の一つである、皮膜が形成し難い素材(難 化成材)の上にも容易に皮膜を析出させることがで きる。更に、反応型では成し得ない緻密な皮膜を数 図 5 電解リン酸塩皮膜の析出機構 Vol.51(2010)No.10 SOKEIZAI 25 秒で形成でき、皮膜量は電気量で任意にコントロー 技術の適用で処理剤、水、エネルギーなどを含むトー ルできるなどの特徴がある。図 6、写真 2 は、スチー タルコストで 35 % の削減効果があったと報告されて ルコードの連続伸線ラインでの実用化例である。本 いる 。 2) 図 6 連続伸線ラインでの実用化例(ライン構成) 写真 2 連続伸線ラインでの実績 6.一工程型潤滑剤 PULS 近年、地球環境の保護を目的に CO2 の排出規制 及び人体、自然界に悪影響を与える化学物質の規制 が強まっており、注目されている技術である。一工 程型潤滑剤 PULS は、水系塗布型非反応タイプの潤 滑剤で、皮膜は塗料のように簡便な塗布のみで形成 させることができるため、潤滑処理工程でのスラッ ジを発生しない。図 7 は部品の加工実績からボンデ と PULS で加工可能な範囲を比較したものである。 2000 年当時と比較すると、現在では、その範囲を拡 3) 大しつつある 。今後は、海外も含めて PULS が広 く利用されるものと考える。 図 8 には PULS の処理工程をボンデと比較して示 図 8 潤滑処理工程の比較 26 SOKEIZAI Vol.51(2010)No.10 図 7 潤滑剤の適用範囲 特集 潤滑プロセス最前線 す。従来実施していた脱脂や酸洗はショットブラス トへ代替することで、常時廃水がなくなり、廃棄物 潤滑成分 無機系ベース成分 水分揮発 の量は激減する。また、従来は潤滑処理済みのワー クを中間在庫として常時保管する必要があったが、 二層構造皮膜 PULS は、ライン長が短く潤滑処理工程をプレスに直 結できるため、リードタイムを短縮でき、中間在庫 を不要にする。そして、これまでリン酸塩処理を行 うための廃水処理や処理装置の設置スペースが確保 素材 素材 素材 薬剤塗布 乾燥過程 完成皮膜 できなかった工場においても潤滑処理が可能になる。 図 9 PULS の皮膜形成イメージ PULS は水溶性の処理液にワークを 浸漬し、その後、付着させた潤滑剤の 減面率,% 10 12 14 水分を揮発させることで成膜させる。 加工荷重,kN 110 137 230 図 9 は成膜過程の概念図である。形成 内面焼付き面積率,% 0 20 40 106 128 183 0 0 10 した皮膜は、素材側にベース成分が多 く含まれ、外側は潤滑成分が多く含ま ボール外観 れた傾斜型二層構造になる。ベース成 ボンデ 分は素材との密着性が良く耐熱性に優 れた無機物が主成分である。 写真 3 に、ボール通し試験の結果を ボンデと比較して示す。ボンデが 12 % の減面率から焼き付きを起こしている 加工荷重,kN 内面焼付き面積率,% ボール外観 のに対して、PULS が焼き付き始める 減面率は 14 % であり優れた耐焼付き特 PLUS 4) 性を有していることが分かる 。 写真 3 ボール通し試験結果 7.一工程型潤滑剤の処理装置 写真 4 はプレス直結型のインライン型塗布装置で 潤滑処理は次のような流れで行われる。写真 5、 ある。例示の処理装置は、幅 860 mm ×長さ 1,600 mm、 図 10 は装置の構造を上から見たもので、ます、ベル 総重量 200 kg 以下で、複数のプレス間を簡単に移動 ト搬送式のインストッカーからワークが供給され、 できるようにキャスターが装備されている。 湯洗槽に入る。湯洗槽には六個のパレットが配備さ れており、3 対のパレットが交互に昇降する。パレッ ト 1、3、5 が上昇する時、パレット 2、4、6 は下に 留まっており、この動作によりワークは次のパレッ トに送られる。次の動作はその逆になり、この繰り 写真 4 インライン型塗布装置 写真 5 装置概観 Vol.51(2010)No.10 SOKEIZAI 27 返しで、ワークは 1 から 6 のパレットへと送られる。 パレット 6 でワークは 60℃まで加温され、パレット 7 の潤滑処理槽に入る。なお、ワークが各パレット に留まる時間は 5 秒程度である。その後、液切りス テージで余剰の潤滑液を切り、乾燥ステージで熱風 により乾燥する。本装置のインストッカーへの投入 数量は 1 個∼ 5 個で、ワーク重量は 500 g まで対応可 図 10 装置の構造 5) 能であり、処理能力は月産 20 万個程度である。 8.新たな技術課題への取り組み 鍛造技術も進化し、ネットシェイプ化が進められ 熱と圧力を実際の加工環境に合わせることができ ている。ネットシェイプでは、潤滑剤のカスが金型 る。評価は型に付着した皮膜重量で評価した。 に付着すると寸法不良の原因になるため、基本的な 図 12 に評価結果を示す。開発皮膜は型への皮膜成 潤滑性を維持したまま潤滑剤のカスが金型に堆積し 分の付着が極めて少ないことが分かる 。この開発 ない潤滑剤が求められる。この課題はボンデ皮膜も 剤は実ラインでもその効果が確認されている。 3) 同様に抱えている。図 11 は、型への付着性を評価す る方法である。試験片を据え込み加工することで、 潤滑剤付着カス 上型 試験片 潤滑剤付着量 [mg] 5 4 3 2 1 0 下型 潤滑剤-A 潤滑剤-B 開発薬剤 一工程型潤滑剤 図 11 潤滑剤付着試験 図 12 金型への潤滑剤カスの付着量 環境問題が叫ばれる昨今、潤滑技術にも大きな変 2 )小林直行,森山敦志,吉田昌之:日本パーカライジン 9.まとめ 革が求められている。半世紀にも渡り、使い続けら れて来たボンデ処理(リン酸塩皮膜 + 石鹸処理)も 代替の時期を迎えている。前述のように、環境負荷 が少なく、生産コスト低減を可能にする技術が多々 開発されているが、いずれの技術にも一長一短があ る。いち早く生産に結びつけるためには各技術の特 性を十分に理解した上で、求める加工に適切な方法 を選定し、その技術に適した工程設計をすることで 33 - 39 4 )吉田昌之,今井康夫,山口英宏,永田秀二:日本パー カライジング技報,15(2003)3 - 9 5 )浅 野 孝 男: 日 本 パ ー カ ラ イ ジ ン グ 技 報,21(2009) 60 - 62 あろう。 日本パーカライジング株式会社 製品事業本部 マーケティング部 塑性グループ 参考文献 〒 103-0027 東京都中央区日本橋 1-15-1 TEL. 03 - 3278 - 4357 FAX. 03 - 4357 - 4328 http://www.parker.co.jp/ 1 )特許 235411 号,公告昭 32 - 3711 28 グ技報,17(2000)3 - 9 3 )清 水 秋 雄: 日 本 パ ー カ ラ イ ジ ン グ 技 報,20(2008) SOKEIZAI Vol.51(2010)No.10