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「黒田辰秋・田中信行―漆という力」展 報告書

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「黒田辰秋・田中信行―漆という力」展 報告書
「 黒田辰秋・田中信行―漆という力」展
報告書
平成25年6月21日
1
事業概要
1-1展覧会概要
漆は日本においては箱や椀、箸など、日常の器物をはじめとして、古くから日常的に
様々な用途に使用されていて、特に親しみ深い素材です。
黒田辰秋(1904-1982)は木工芸での初の重要無形文化財保持者として知られています
が、当館は黒田のまとまったコレクションを有しています。今回はその黒田の代表作を
館外からもあらためて集め、精選し展示します。またその芸術を直接育んだ柳宗悦旧蔵
の朝鮮木工等や、交流を重ねた河井寬次郎作品も展観することで、この時にマジカルな
強い造形を見せる特異な造形作家の源流も探りたいと思います。
また田中信行(1959-)は漆の長い歴史の中で独自の自立した立体造形を展開し、現代
の漆芸術において最も注目すべき活動を展開している作家の一人です。木工芸を基本と
した黒田に対して、むしろ皮膜そのもので成り立っているその乾漆技法による造形は、
全く異なる角度から漆の本質に迫るものでしょう。今回は田中の初期からの代表作に、
新作による空間を用意して、今日の漆造形の新たな展開に焦点を当てます。
このように黒田作品(34 点・内、追加作品 2 点含)・田中作品(25 点)の計 59 点に河井
寬次郎作品と朝鮮家具等関連作品(10 点)も含め、全 69 点で両者に貫通する漆というも
のの不可解なまでの力と本質的な魅惑に触れていただきます。
[展覧会名]
黒田辰秋・田中信行|漆という力
Kuroda Tatsuaki Tanaka Nobuyuki
The
Power of
Lacquer
[会
場]
豊田市美術館(展示室1、2、8)
[会
期]
2013年1月12日[土]-4月7日[日]
【76日間】
[主
催]
豊田市美術館
[共
催]
朝日新聞社
[観 覧 料]
一般:500円[400円]、高校・大学生:400円[300円]、
中学生以下無料
*[
]内は20名以上の団体料金、及び豊田市郷土資料館での特別展
「岸田吟香」の半券提示での割引料金
[出品点数]
合計69点<黒田辰秋作品34点(図面等資料8点含む)、
田中信行作品25点(新作6点含む)+朝鮮木工品6点、
河井寬次郎作品4点>
[関連事業]
■作家トーク/田中信行(聞き手・天野一夫)
1月12日[土]
午後2:00-3:30
会場:1階講堂[定員172席]
■対談/田中信行×戸谷成雄(彫刻家・武蔵野美術大学教授)
「漆-皮膜的造形」
1月13日[日]
午後2:00-3:30
会場:1階講堂[定員172席]
■コンサート/マルモ・ササキ(チェリスト)
「漆と共振するチェロの音」
1月20日[日]
午後2:00-3:30
会場:1階講堂[定員172席]
■講演会/赤坂憲雄(民俗学者・学習院大学教授・
福島県立博物館長)
「漆のちから・会津漆の芸術祭から」
2月2日[土]
午後2:00-3:30
会場:1階講堂[定員172席]
■作家レクチャー/田中信行
「漆の魅力と表現の可能性」
2月3日[日]
午後2:00-3:30
会場:1階講堂[定員172席]
■対談/田中信行×建畠晢(詩人・美術評論家・
京都市立芸術大学学長)
「漆-皮膜的造形」
2月11日[月・祝]
午後2:00-3:30
会場:1階講堂[定員172席]
■関連映画上映/監督飯塚俊男
「縄文うるしの世界」
〔担当学芸員のトーク付き〕
3月2日[土]
午後2:00-3:00
■ワークショップ/講師:田中信行
「くぼんだ、ふくらんだかたちを作る」
3月16日[土]
、3月23日[土]
(2週連続)
両日
午後1:00-5:00
対象:小学校5年生以上[定員
15名]
■学芸員による作品解説
1月14日[月・祝]
、2月23日[土]
、3月9日[土]
、
3月20日[水・祝]
、3月30日[土]
いずれも午後2:00から
■作品ガイドボランティアによるギャラリーツアー
木曜日を除く毎日午後2:00から
[印 刷 物]
ポスター:B2
チラシ
:A4
ギャラリーガイド:A4(A32つ折)
カタログ:172mm×243mm
2冊組
[広告宣伝]
◇新聞広告他
朝日新聞1月4日、1月5日、1月9日、1月11日夕刊
2月6日、2月7日、2月10日、2月14日夕刊、
2月21日夕刊、3月、12日夕刊、3月23日、3月24日
3月26日、3月26日夕刊、3月27日、3月28日、
3月28日夕刊、4月2日夕刊、4月3日夕刊、4月4日夕刊
4月5日、4月5日夕刊
中日新聞
1月11日
東海愛知新聞
1月3日
新三河タイムズ
1月10日
矢作新報
1月18日
2月9日
◇交通広告
地下鉄鶴舞線窓ステッカー広告
12月26日~3月31日
地下鉄鶴舞線窓B3広告
12月26日~3月31日
豊田市駅駅貼広告
12月26日~3月31日
新豊田駅駅貼広告
12月26日~3月31日
新三河駅駅貼広告
12月26日~3月31日
リニモ
藤が丘駅駅貼広告
12月26日~3月31日
リニモ
愛地球博万博公園駅駅貼広告
12月26日~3月31日
◇広報誌
・黒田辰秋《赤漆捻紋蓋物》<アートの丘から>「広報とよた」2013年1月1日
・美術館「黒田辰秋・田中信行-漆という力」展関連事業「広報とよた」2013年
1月15日
・田中信行《触生の記憶》<アートの丘から>「広報とよた」2013年3月1日
◇その他
おいでんビル壁面広告
[学芸担当]
天野一夫、都筑正敏、西﨑紀衣
[庶務担当]
倉地弘子
[ホームページ]鈴木俊晴
2
実績
2-1
入場者・参加者
◆観覧者総数
区
分
「黒田・田中展」
○有料観覧者数
7,023
内訳/一般
6,281
高大生
742
(うち友の会)
(422)
○無料観覧者数
4,610
内訳/小・中学生(引率含む)
307
市内高校生
40
障がい者・高齢者
438
県芸学生・職員
99
優待・招待等
1,539
朝日鑑賞券
2,187
合
計
※ 1日あたり観覧者数
11,633
153人/日(会期76日)
◆出版物売上(会期中)
図録『黒田辰秋・田中信行
2-2
|
漆という力』
185冊
関連事業参加人数
合計
634人
■作家トーク/田中信行(聞き手・天野一夫)
1月12日[土]
午後2:00-3:30
50人
■対談/田中信行×戸谷成雄(彫刻家・武蔵野美術大学教授)
1月13日[日]
午後2:00-3:30
50人
■コンサート/マルモ・ササキ(チェリスト)
1月20日[日]
午後2:00-3:30
120人
■講演会/赤坂憲雄(民俗学者・学習院大学教授・福島県立博物館長)
2月2日[土]
午後2:00-3:30
40人
午後2:00-3:30
60人
■作家レクチャー/田中信行
2月3日[日]
■対談/田中信行×建畠晢(詩人・美術評論家・京都市立芸術大学学長)
2月11日[月・祝]
午後2:00-3:30
110人
■関連映画上映/飯塚俊男監督「縄文うるしの世界」
3月2日[土]
午後2:00-3:00
22人
■ワークショップ/講師:田中信行
3月16日[土]
、3月23日[土](2週連続)
両日
午後1:00-5:00
30人
■学芸員による作品解説
2-3
1月14日[月・祝]午後2:00-
20人
2月23日[土]
午後2:00-
51人
3月9日[土]
午後2:00-
20人
3月20日[水・祝]午後2:00-
38人
3月30日[土]
23人
午後2:00-
教育機関、団体、視察受入れ数
日付
曜
団体名
人数
1月16日
水
豊田市立小原地区小学校
26人
1月18日
金
愛知県立芸術大学
42人
2月14日
木
中日ツアーズ
23人
2月22日
金
豊田市保護司会
20人
2月23日
土
茅野市美術館サポーター
21人
3月3日
日
アトリエzenkichi
27人
3月8日
金
安曇野市建築士会
13人
3月8日
金
一宮市社会福祉協議会
18人
3月13日
水
とよた女性サロン
18人
3月19日
火
京都芸術大学漆工研究室
20人
3月21日
木
豊田市区画整理支援課
3月22日
金
JTBツアー
23人
3月23日
土
梅坪台中造形部
15人
3月26日
火
JTBツアー
29人
3月27日
水
JTBツアー
22人
3月27日
水
浜松学芸高校
47人
3月30日
土
中国人ツアー
25人
4月6日
土
椙山女学園大学
165人
176人
合
計
730人
2-4
マスコミ等
◇新聞
〔社告〕
・<朝日新聞社から>「朝日新聞」
〔中京版〕2012年12月29日
〔展評他〕
・小渋晴子「黒田辰秋・田中信行展
優美・鮮やか
漆の力」
「朝日新聞」1月18日
・<美博なう>「作って知る漆の魅力」
「朝日新聞」夕刊、1月23日
・「新美術新聞」2月1日
・山脇一夫「造形のルーツ開示」<美術評>「中日新聞」2月26日
・「豊田市美術館『漆という力』展
2人の作家、伝統と革新」
「日本経済新聞」夕刊、3月30日
・岸桂子「<評
美術>黒田辰秋・田中信行-漆という力
際立つ造形探究過程」
「毎日新聞」夕刊〔全国版〕4月3日
・かとうさとる<ぶんかの定点観測>
「矢作新報」1月18日
〔情報〕
・<Asahi イベント2013>
「朝日新聞」
〔中京版〕1月5日
・ <なごや情報/美術館・博物館>
「朝日新聞」夕刊〔県内版〕1月16日、
1月30日、2月6日、3月27日、4月3日
・<美術館・博物館>
「毎日新聞」(県内版)1月12日、1月19日、1月26日、
2月2日、2月9日、2月16日、2月23日、3月2日、3月9日、3月16日、
3月23日、3月30日、4月6日
・<週末ガイド/主な美術館・博物館の催し> 「中日新聞」夕刊(県内版)2月28日、
3月70日、3月14日
◇雑誌
・
「民藝」<展覧会>
・
「美術手帖」
、<ART
第721号
NAVI>
・中村英樹「目と手が育む精神―第四章
2013年3月号
言語の手前の世界―」
『思想』№2013、2013年6月
◇WEB
・福住廉「artscape レビュー」
〈DNP・HP「artscape」
〉
◇ラジオ・テレビ
・ひまわりネットワーク
2回取材放送
「ひまわりチャルネル」
2-5
観覧者アンケート(来館者満足度
主な項目
回答者117人)
(満足+やや満足)
(普通)
(やや不満+不満)
(無回答)
3
展示内容
79
%
15
%
3
%
3
%
展示空間
77
%
15
%
5
%
4
%
ポスター、チラシ デザイン
65
%
24
%
3
%
9
%
観覧料金
64
%
21
%
3
%
14
%
図録の内容
22
%
36
%
4
%
39
%
図録の価格
16
%
37
%
5
%
42
%
感銘や刺激
85
%
―
%
4
%
11
%
他者に薦めたい
74
%
―
%
13
%
13
%
検証
(学芸担当)
漆は現代でこそプラスシック製品に押され、産業としては低迷しているものの、東アジア
特有の製品として、殊に日本では縄文の昔から製作されてきている。様々なものの接着剤で
あり、また様々に日常の生活の中でも親しまれてきた歴史がある。美術館での漆の展覧会は
今年は特に多い。ただしそれはいわゆる古美術としてであり、現代の漆芸に焦点を当てたも
のはそれほど頻繁に行われているわけではない。
本展は当館での本格的な現代漆工芸の企画展として行った。むろん2011年には近代の
黎明期として柴田是真を取り上げ、また毎年、髙橋節郎館では氏の作品を中心にしたテーマ
展を行ってきたところである(以上、高橋記念美術文化振興財団主催)。また黒田辰秋の展覧
会としては2000年の大きな個展を初めとして、何度か常設特別展で展示してきている。
その過程で、現在では公立美術館ではおそらく最も多くの黒田作品を収蔵している美術館と
なっている。そこで今回はその貴重な館蔵品を活用しながらも、この近代の特異な工芸作家
にして、死してなお現代的な感覚を有している黒田作品の魅力を確認するためにも、単に個
展として屋上屋を架すのではなく、現代の有為の作家とともに展示する事とした。それに見
合う作家は以外にも多くない。むしろ漆芸的手法を使いながらも今日的な造形意志を有して
いる作家は田中信行以外ほとんど見出すことは不可能と言っていい。つまりそのことで単に
民芸作家・黒田辰秋としてではなく、現在形で黒田の造形もあらためて見出せるであろうし、
またこの巨匠の胸を借りての無謀とも言える企画の中で、田中の独自性もまた問われると考
えた次第である。つまり安定した伝統工芸的な造形とは別の両者の作品にこそむしろ本質的
な漆の魅力を訴えるものがあるし、また漆の技術をベースにしながらも、単なる漆世界に留
まるものことの無い特異な造形的可能性を感じさせるものがあるだろう。
無論、その前に黒田に関しては一度そのルーツをきちんと押さえる事でその日本の工芸造
形の中での独自の美質の生成に立ち会うことが必要と考えた。そこで黒田の造形の母体と言
える20代の頃に黒田が出会った実際の朝鮮家具と、初期民芸運動の頃の黒田の作品を比較
展示する初の試みを行った。そのことで模作も行いながら、朝鮮家具の曲線的で豊かな素朴
さの中から黒田が日本の住まいに適合・翻案させつつ、自らの造形として成長させて行く過
程が始めて分かった。比較すれば、そこではさらに厚味を要求し、深い彫琢によって強い独
自の存在感ある作品となっていくことが認識されたのである。
また、黒田は青年期に河井寬次郎作品に衝撃的に出会い、その後、その人物自身にも影響を
受けるだけでなく、民藝の提唱者、柳宗悦らとの出会いの切っ掛けをつくった点でも、重要な
基点となったものである。その河井作品と黒田作品の類縁性を認識するために、河井作品を4
点ではあるが何れも晩年の秀作を展示した。
そのような二つのルーツを挟みながら会場では、黒田作品のエキスのような代表的な秀作
を他館や個人等の関係各位から集め、当館の作品と共に展示することであらためてその強靭
にしてマジカルな造形の魅力をご紹介した。一つは、箱をはじめとした作品群。もう一つは
拭漆を主体として木目を生かすか、朱一色で仕上げた家具である。それはいずれも触ると言
う根源的な身体感覚を誘うかたちで、そこには骨太の木の造形が基本となっている。それは
朝鮮ばかりでなく実は国際的な様々な造形を吸収した中での黒田独自のかたちであった。
それに対して、田中信行の作品はほとんどが発泡スチロールを削って創ったものを原型と
している。その最終的には秘匿された造形を基盤にして、また多くは全体を塗るのでなく、
その一部の表面に麻布を貼ってそこに漆を塗って、さらにそれを平滑に磨き込む。この繰り
返しによって徐々に層が厚くなっていき、その層による自立した造形を行う。それは古代天
平仏などに見られる脱乾漆技法を現代的に援用したものである。しかしそこにもはや器物と
しての生活感情の面影はほとんど無い。むしろ実用性や加飾の排して、徹底的に漆の触覚的
な魅惑、皮膜としての不可解な造形に向かい合おうとしている。初期のマチエール(肌理)
を追求した作品から、近年の大作による空間化への志向へと展開する近作・新作まで、そこ
では漆を界面の造形として徹底的に独自の造形原理として追求・深化してきているのである。
それは固定したイメージの追及によるデザイン化を避けての営為である。かたち自身が未完
結的な、世界の断片であるかのように不可知なものを湛えている、実に魅力的な磁場を放っ
た空間にするべく、照明デザイナーにも入ってもらいながら、空間的にどのようにレイアウ
トするかを作家と学芸は最後まで検討して決定していった。と言っても実は他の企画に比し
て予算的には少ない分、前回の壁を再利用したり、作家の協力を仰ぎながら実現した次第で
ある。
考えてみれば、一方は初の木工芸での重要無形文化財保持者いわゆる人間国宝で、すでに
1982年に77歳で天寿を全うした巨匠、他方は現代漆芸というより現代の新たな造形作
家で、現在53歳の今は旬の現役作家、という見方によれば奇妙な展観であろう。しかしこ
こには共通項も存在している。両者ともに漆の加飾の方向ではなく、塗りを主体とした造形、
いわゆる髹漆(キュウシツ)であることである。また、超越的に見えながらも、深い身体感覚を惹
起させる形を両者ともに作っていることが分かる。特にその造形はともにむしろ未来的な感
覚さえ有しているものとなっている。実際、実に触覚的な身体性を有していながらも、作品
の実際の大きさとは別に、巨大な大きなものに繋がっているかのような、大きな造形性を二
者共に感じさせてくれるものであった。
会期は年度をまたぎ、ほぼ三ヶ月と若干長いために、髙橋記念美術文化振興財団の協力で意
識的に様々な関連企画を実施する事が出来た。殊に「漆-皮膜的造形」と題した田中氏と戸
谷成雄(彫刻家)建畠晢(詩人・美術評論家)との連続対談、作家レクチャー、ワークショ
ップ等々と、様々な形で田中信行氏には再三にわたって出演願った。おかげで技法的・歴史
的な側面から、漆造形の範疇を超えた現代の先鋭な造形意識まで、鑑賞者は身近に触れる事
が出来たのではないか。
結果として目標の12000人には若干足りないながらも、会期末になるに従って観客が
増えて、結果、全体で11,633人という入場者数となって、ほぼそれに近い数字となっ
たことは幸いである。これも共催していただいた朝日新聞に朝・夕刊に時に4段抜きで広告
を22回も掲出していただいたことが大きかったのではあるまいか。
また反響としては、展評としては地元の「中日新聞」をはじめ、全国紙では「毎日新聞」
の文化欄に取り上げていただいた。ともに、特に漆の現代的な魅惑、特に田中氏の作品につ
いて言及していたのは印象深い。ただし、さらに欲を言えば、重ねての慫慂にもかかわらず、
さらに全国放送や他の全国紙に掲載されることが叶わなかったことで、それによって更なる観
客に告知出来えなかった事であろうか。
ただし、アンケートによれば、入場者の感銘や刺激の点での満足度が85%という通常より
も高い数値を得る事が出来たことが何よりと言える。
また、当初から、展覧会のインスタレーションビューを入れたカタログとするつもりであっ
たが、写真も再撮影し、また田中氏と学芸側の作業が遅れてしまったことで、発行が年度末と
なってしまったことは反省点としたい。
(庶務担当)
平成12年に黒田辰秋展を開催して以来の本格的な漆の展覧会であった。今回は黒田
辰秋に加え、現代漆芸術において最も注目されている作家田中信行との2人展であった。
黒田辰秋の重厚な作品と田中信行の既存の漆工芸とは違う独特な作品が堪能でき、2倍
楽しめる展示であったと思う。黒田の作品を見に来た観覧者は、黒田の作品は何度見て
も存在感があり圧倒されるが、田中作品が思いの外すばらしく、田中の独特な世界に引
き込まれた、とアンケートに感想を記載している。
観覧者数は11,633人(1日あたり153人)で、目標数の12,000人には
とどかないものの、それに近い方々に来館いただいた。もっとも今回は朝日新聞社との
共催のかたちを取っており、新聞広告も22回掲載され同社優待券も発行された。優待
券での観覧者が2,200人。大手マスコミの影響力は大きいと言わざるをえないが、
閑散期と謂われる冬場の展覧会としては、健闘したと言っていいのではないか。
また、今回の展覧会の特徴は、関連イベントが多かったことだ。作家トーク、作家レ
クチャー、講演会等が5回、ワークショップ1回、コンサート1回、映画1回。これに
学芸員の作品解説5回を加えると、毎週末何かしらのイベントが行われているような状
態であった。特に、田中信行氏が講師を務めたワークショップでは、作家が用いる乾漆
技法を学べるもので、参加者にとっては貴重な体験であったと思う。個人的には、田中
氏がイベントの度に美術館に顔を出されたので、作家を身近に感じた展覧会であった。
庶務担当としては、小さなトラブルがいくつかあったが、無事に終わってほっとして
いる。
(総括)
以前と異なって現代の美術館や博物館には多様な役割が期待されるようになってき
た。単なる生涯学習施設としての役割だけでなく、歴史・伝統文化などの記憶・伝達装
置としての役割、観光客などを誘致するための集客装置としての役割、地域活性化のた
めの役割、そして非日常的空間を楽しむための癒しの役割、あるいは現実の社会や、人
間について考える契機を作り出す役割など様々である。
こうした社会的・歴史的な要請に応えていくためには、美術館自体が固定化した考え
や、イメージを取り払って、柔軟な姿勢による運営や活動をめざさなければならない。
これまでの実績を踏まえながらも、また生かしながらも、あえて新しいジャンルや手付
かずだった部分へ踏み込む必要があると考えている。
そう言った意味で、近年当館が重視している工芸やデザイン、写真などの分野への積
極的な関わり方は、重要な方向性である。具体的には、平成 21(2009)年の「ヘンカデ
ン」(デザイン)、平成 22(2010)年の「柴田是真展」(漆)、平成 23(2011)年の「小川待子
展」(陶磁)、
「山本
糾展」(写真)などが挙げられる。しかも、それは単に従来の工芸や
デザイン等の枠内での名品の展示ではなく、必ず現代と切り結んだ視点を持つという、
当館の姿勢を強く保持しているものである。
そして今回の「黒田辰秋・田中信行展」も、そのラインに位置づけることが出来る。
世代も技法も違う二人を組み合わせることによって、また、黒田だけに限っても単なる
名品選ではなくて、その制作のルーツにまで遡って構成している。結果的にこの試みは
成功したと言える。黒田の持つ呪術的とさえ思える力強い作品の形や、今日でも通用す
るモダンな装飾などが、より際立っていたし、田中の創り出す流麗としか言いようのな
い不定形な姿と漆の色、質感、透明性など、「漆」という素材の持つ無限の可能性を示
した展覧会だった。また、観客にもそのことを充分に理解し、感動していただけたと確
信している。
また、多くの関連事業においても、展覧会をいろいろな角度から見ていただく上で有
効であったし、特に出品作家の田中氏には多彩な事業に協力していただき、入場者との
距離を縮めてくださったことに感謝したい。
ただ、同じ「漆」を使った作品ということで、高橋館とのつながりを、もう少し違っ
た形でアピール出来たのではなかったか、という反省点は残る。前から課題となってい
る、入場券のあり方などを検討してみる必要があるだろう。
マスコミ(朝日新聞社)との共催は、広報的に大きな力となり、入場者数の増加にもかなり
寄与した。こうした形は今後も継続していきたい。
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