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図書館だより 図書館だより
印刷
2009.4
1
No.
Printing Library
図書館だより
財団法人 印刷図書館
〒104-0041
東京都中央区新富1-16-8 日本印刷会館3F
TEL 03-3551-0506 FAX 03-3551-0509
ホームページ
URL http://www.print-lib.or.jp/
発行人 畠山 惇(館長)
■活動レポート
2008­―
『世界の最新印刷技術』
刊行
2009
drupa とその後の動向を集大成
養老孟司先生招き「文化講演会」
言葉と意識がもつ意味を学ぶ
印刷図書館では 3 月 13 日午後、東京・新富の日
本印刷会館で『バカの壁』などの著書で知られる養
老孟司氏(東京大学名誉教授)を講師に招いた文化
講演会を開催した。この日の演題は「こころとから
だ」。130 名に及ぶ印刷業界関係者が、この二つが
関わる不思議な繋がりについて有益な話を聴いた。
講演に先がけ、畠山惇館長が「会員と運営がイン
タラクティブな関係を築くような、時代に即した新
たな図書館像をめざしている」と挨拶。
演壇に立った養老氏は、言葉と意識がもつ意味を
◀次のステップを予見させる
近未来の潮流
述べたあと、「人間は『私は私だ』と思っているが、
いったん発せられたら変わらない言葉や情報と違っ
て、どんどん変わっていく。自分は変わらないと思
印刷図書館ではこのほど、「drupa 2008 から始ま
うのは錯覚。感性を大切にして変化を認め、自分と
る近未来の潮流」をキーワードとした単行本『世界
周囲とを一体化させながら生きていってほしい」と
の最新印刷技術』2008-2009 を編纂、刊行した。
やさしく説いてくれた。
昨年 7 月に「drupa 帰朝報告会」を開催し、現地
軽妙洒脱な話しぶりのなかに織り込んだ内容は、
の情報をいち早く日本の印刷業界に伝えたが、本書
聴く人たちの人生観にも響く、大いに示唆に富んだ
は、当時の講演内容、および drupa で提唱された
ものだった。 (講演要旨別添ページ参照)
新しい技術動向を総括・集大成し、情報として保存
しておくことが、図書館の責務と考え企画したもの。
本書には、有識者の方に解説をお願いした「最新
技術のトレンド」のほか、印刷業界をリードする方々
による「技術を経営に生かす心構え」、有力ベンダー
による「新技術を駆使した近未来への提言」など、
盛り沢山の内容が収録されている。
※購入ご希望の方は、当館までお申し出下さい。一
括購入に伴う特別割引制度もあります。
・体裁 A4 判/本文 110 ページ/無線綴
・頒価 2,000 円(消費税共、送料実費)
▲講 演を前に図書館を訪れていただいた養老孟司先生(左は山口理
事長、右に畠山館長)
印刷業界の動きを 先読み・拾い読み
①環境問題
②知的財産権
環境経営に結びつけて対応
これまでとは違った視点で
環境保護に関して印刷業界が求められているレベ
印刷会社は、印刷物を製作する際に、そこに掲載
ルは、どんどん高度になっている。たんに公害防止、
する文章や写真、イラスト類を顧客になり代わって
法律遵守に止まらず、最近では、環境対応に取り組
権利処理している。著者や顧客企業がもっている①
んでいる全社的な姿勢を、ビジネス戦略に組み込ん
複製権や翻訳権を含む著作権②意匠権③商標権④特
で、企業としての発展に生かしていく「環境経営」、
許権・実用新案権――といった知的財産を、法律に
生産改善や設備の有効稼働、提案営業、受注促進と
抵触しないよう確認しながら、気をつけて取り扱う
いった具体的な取り組みを通して、実際の利益拡大
義務がある。
に繋げていこうという「環境会計」にまで、昇華し
その一方で、自ら印刷版権、印刷隣接権という知
ていく必要性が叫ばれている。
的財産権をもつ。近年では、自社で制作したコンテ
「印刷物の発注担当者は、できてきた品物がどう
ンツの活用、データベース管理に携わる当事者の立
いう材料を使ったか、サプライチェーン的な材料の
場でもあり、どれだけ正確に、知的財産権について
妥当性について、トレーサブルに押さえておきたい
関心をもっているかが問われている。
という要望がある。違法性がないこと、有害物質が
「デザインの制作、パッケージの開発などを含む
含まれていないことなどを気にしている。エコ印刷
企画提案型の業務を行っていく場合、著作権や特許
知識の全社での共有、積極的な提案、自社の得意分
権などの知的財産権の知識は必須のものとなる。さ
野の把握とアピールが重要だ」
らに、デジタル化とネットワーク化の進展で、印刷
「環境対応は、差別化、付加価値アップなど営業
会社の業務も、ホームページの制作やデータベース
メリットに加え、製造合理化、意識改革(モチベー
の開発など、新しい分野に拡がってきているが、そ
ションアップ)など、多くの面で経営にプラス効果
こでは、これまでとは違った視点で知的財産権につ
がある」
いて注意する必要が出てくる」
(環境保護印刷白書「クリオネ・レポート」より;発行 / 環境
「著作権法上は、写真・絵画などの印刷物上の複
保護印刷推進協議会)
製と、それらの画像をホームページに掲載すること
ここへきて、「LCA」という新しい切り口で、環
は、別の権利となる。ソフトウエア等で実現される
境問題をとらえようという動きが出てきた。LCA
仕組みも、特許権による保護の対象となり、特にイ
とは、原材料の確保から生産、流通、販売、使用、
ンターネットを利用した新しい仕組みを利用する場
廃棄、再利用まで、すべての段階で発生した環境負
合には、十分に注意する必要がある」
荷を、定量的に評価して、トータル的に負荷の低減
(「印刷会社のための知的財産権・法律相談 Q&A」より;発
をはかろうというものだ。
印刷業界において、緊急テーマとして浮上してき
た「CO2」排出量の削減は、まさに全工程を視野に
入れた LCA の手法で解決すべき課題といえる。
「環境コーナー」を設け参考に
行 / ㈳日本印刷産業連合会)
広義の「知的資産」にも留意しよう
この「知的財産権」を含む広義の考え方として「知
的資産」がある。これには、企業ブランド、技術力、
ノウハウ、スキル、取引ネットワークなどが加わっ
当図書館では、環境関係の図書を計画的に購入す
てくるが、印刷会社として留意すべきは、知り得た
る予定で、そのなかには、環境マネジメント、環境
情報、営業秘密、顧客名簿などだ。コンプライアン
マーケティング、LCA 実務に触れた資料も含まれ
スの時代に、外部に漏らすことがあってはならない。
ている。こうした関連の図書・資料を集めた「環境
企業の強みともなるこれらの権利・義務を総合的に
コーナー」を設け、この問題に対する印刷業界のニー
捉えたうえで、知的資産経営にいかに取り組むかが、
ズにお応えすることにしている。
これから重要になっていくだろう。
世界と日本の専門図書館はこうしている(1)
◀落ち着いた雰囲気の閲覧室
[セント・ブライド印刷図書館]
歴史・文化を重んじながら
イギリスの印刷図書館『セント・ブライド図書館』
(ロンドン市ホーバン地区)は、1895 年の設立から
数えて、もう 110 年以上の歴史を有する。
設立当初、印刷の仕事にも携わっていたことから、
17 〜 19 世紀につくられた由緒ある印刷機を展示。
図書館の設立提唱者)ら先人の書物、築地活版製造
そうして博物館も兼ねるこの図書館には、印刷に関
所の活字組版見本帳など、国内でさえ手に入らない
する歴史的に貴重な書物が数多く所蔵されている。
貴重な文献類が保管されている。
今では、目録資料、案内書、作品見本、その他、印
3500 点にもなる定期刊行物は、イギリスおよび
刷関係の蔵書は 5 万冊に及ぶ。
海外の技術雑誌から、グラフィックデザイン、書籍
基本方針は「タイポグラフィーの情報、世界の最
出版、図書館学、印刷・製本に関する雑誌に至るま
先端の印刷、技術、グラフィックアーツに関する専
で、幅広い分野にわたっている。
門図書館として、明確な位置を維持し続ける」こと。
社会にも開かれた専門図書館をめざしており、展
蔵書は「一般」と「特別」の 2 部門に分けられ、
示ルームでは文字、デザイン、本などを題材とした
主要 100 の分類項目ごとに開放書棚に整理。とくに
特別企画展を順次開催。昔の活版印刷設備が並んだ
「特別」部門では、専門企業によるアーカイブス、
ワークショップで、小学生を対象にした印刷教室を
初期の頃の写植文字といった特殊な形態の資料、写
開くなど、多彩な事業を展開している。
本、絵画、書道などを含む 200 種類近い収録がある。
基本的に維持会員の基金出資(年会費、終身会費)
外国図書のなかには、本木昌造、矢野道也(印刷
による「財団」組織として運営されている。
話 題
新装なった《閲覧室》
心ゆくまで資料調べを
印刷図書館の閲覧スペースが広くなり、断然、使
いやすくなった。新しく変わったところは……。
ドアを開けると、すぐ右手に受付カウンターがあ
り、その対面、つまり左手に社史コーナーが新設さ
れた。所蔵は、印刷関連企業約 200 社に及ぶ。
社史専用書棚の裏側に、新たに新聞・雑誌コーナー
が設けられた。閲覧のための机が用意されていて、
印刷関連の業界紙や月刊誌を自由に見ることができ
る。外国雑誌、学会誌ももちろん手に取れる。
入り口正面には、有志の方から寄贈された豪華な
図録類が収められた書棚がある。日本の貨幣、世界
のコイン、国宝級の絵画、文化財、浮世絵、仏像な
どを紹介した美術本が迎え入れてくれる。
図録棚の奥は、広々とした閲覧室になっている。文
字や印刷文化に関する図録、組合・団体史、江戸末
▲図録や歴史書に囲まれた閲覧コーナー
期以降の印刷術史などの本に囲まれながら、落ち着
いた雰囲気のなかで心ゆくまで資料調べをされたら
いかがだろうか。窓側の机は勉強に最適だ。
印 刷 博 物 館 の P&P ギ ャ ラ リ ー、 大 日 本 印 刷 の
「ggg」でおこなわれる企画展を積極的に案内。また、
日本印刷会館 1 階のロビーでは、明治・大正・昭和
時代のポスター、印刷業界のコンクールで入賞した
優秀作品を展示するなど、ソフトな活動にも力を注
いでいる。
印刷図書館・文化講演会
「こころとからだ」
感性を大切にして自己を変化させよう
養老 孟司氏 講演 =要旨=
終戦直後の体験があまりにも大きく
解剖しているときは、精神的に非常に楽だった。
死なれる心配がない。解剖という作業は、自分でお
私は昭和 12 年の生まれで、世代的にもちょうど
こなったことでしかない。当たり前のことだが、昨
境目の年齢。小学 2 年生で終戦を迎えたが、そのあ
日のことは昨日できちんと終っている。私がやった
との世代の人たちと比べると、過去に対する感覚が
ことしか、そこにはない。非常に安心だ。
違うような気がする。戦後の記憶がはっきりしてい
て、このことから、ものの考え方やその後の生き方
モノづくりも自分の責任で取り組める
に随分、影響を受けてきたように思う。
同じように考えている人は大勢いる。車をつくっ
そうしたなかで思い出すのは、終戦の日と、その
て動かなかったら、自分が悪いに決まっている。他
後に教科書に墨を塗ったことだ。これまで使ってい
人のせいにするわけにはいかない。自分でモノをつ
た教科書に、教室で墨を塗らされた体験がある。
くる作業をしていたら、クレームを付けられること
この体験が「言葉」に対する感覚を随分変えたの
はない。戦後の日本のモノづくりに繋がることだが、
だと思っている。今でも、墨を塗ったところの方が
安心だからこそ取り組まれてきたのである。
多かったのではないかという思いがある。残った部
明治維新の時代で私が面白いと思う人は、歴史学
分の方が少なかったという事実が、その後の考え方
者や文化人が選ぶのとは違って、後藤新平や北里柴
に影響を与えないはずがない。
三郎といった人たちだ。300 年間、先祖代々大切に
第 2 次世界大戦のとき、日本が石油確保のために
してきた政治が崩れていくのを、目の当たりに見て
参戦したという必然的、論理的な最初の動機がなく
きた人たちである。北里柴三郎などは「ばいきんに
なったあとも、戦争を続けてしまった。八紘一宇や
熊本とベルリンの違いがあるわけでなし」と思った
大東亜共栄圏など、さまざまな「言葉」に人びとが
に違いない。
引きずられたと考えている。
そういった明治の人たちは、近代国家をつくるた
教科書に墨を塗る事態になったのは、まさに「言
めにモノづくりを始めたとき、当てのないものを外
葉」が引きずっていたからだと思っている。
して取り組んだ。考えもしなかっただろう。
解剖学を選んだのは、安心できたから
「言葉」のもつ意味を真剣に考えたい
私がなぜ解剖の仕事を選んだかというと、患者を
そこで、基本的に何が問題かというと「言葉」の
診ているととても不安に思うからだ。すぐに亡くな
ありよう、「言葉」はどうあるべきかを、いかに真
る。治療すること自体が心配になる。そんな心理状
剣に考えるかにかかってくる。戦後の人たちは果し
態でいたので、臨床医にはなれなかった。
て、そのことをどれだけ考えたのか? ひたすら「言
患者は熱が下がったり咳が出たりするなど、どん
葉」を増やしてきたが、逆に「言葉」そのものの力
どん変わっていく。患者を扱うと、どこかで死なせ
をなくしてきたような気がする。
ることになるかも知れないが、死んだ人の解剖では、
最近の若い人たちを見ていると、「言葉」がもつ
手遅れという恐れがない。医療事故に嫌に感じた記
力がなくなったことをしみじみ思う。携帯のメール
憶が、自分のなかに溜まっていくに違いない。死な
で悪口を書かれて、自殺に追い込まれる人がいる。
せたという行為が自分のなかに残り、そのことが自
そもそも「言葉」と自分の生き死にとは何の関係
分自身を変えていくだろうと思った。
もない。例えば、あれほど重要視された教科書の「文
ⅰ
持論を熱く語る養老先生▶
字」も、墨で塗れば済むことだった。それが、
「言葉」
定義できる人は誰もいない。一部で全体を説明でき
で人が死ぬほど“重く”なってしまったのである。
「言
るのか? どこかおかしいことは容易に判る。個人
葉」によって、人がある意味、動くようになった。
がみた社会全体の動きと同じように、科学が見た「意
今は「言葉」の位置が判らなくなった。私としては、
識」は、経験的にある程度、解っているに過ぎない。
どういうことであれ、モノが根拠になっていなけれ
ば、最終的に嫌である。
「言葉」をつくっているのは「意識」だ
「意識」は断続していても、記憶が連続させる
「意識」は決して永続することはない。人生は断
続しているのだ。最近、自分史を丁寧に書く人が増
人間の根拠は「身体」である。個性とは、頭でも
えたが、「意識」をもとに客観的に書くというのな
つのではなく、根本的に「身体」としてもっている。
ら、3 分の 1 くらいは“白紙”のページにしてほし
そのなかで脳が「言葉」を担っている。
「言葉」とは「意
い。人は連続した自分という人生があったと思って
識」がつくるものだ。「意識」の働きがなければ「言
いるが、実はそんな自分はいないのである。
葉」はできない。眠っていて寝言をいっている最中
「意識」は断続しているのに、連続した記憶となっ
も、ある種の「意識」がある。
ている。どうしてかというと、「意識」には同じに
「意識」とは何か、を考えざるを得ないが、それ
する働きがあるからである。同じにするという働き
に触れることは自然科学の世界では長い間、タブー
が含まれているから、連続した自分になってしまう
だった。しかし、自然科学は「意識」の作業そのも
のである。
ので、論理的、客観的なものである。自然科学を成
「意識」に同じにするという働きがあることを理
り立たせているのは「意識」に他ならない。
解すると、自分が自分であること(自己統一)も納
その「意識」がどういうものであるかを理解して
得できる。切れた「意識」が戻ったとき、人は「私
おかないと、物理が正しいのかどうかも判らない。
は誰でしょう」とは思わない。記憶に残っている「意
その種の議論を自然科学者とすると、いつも言われ
識」で必ず同一化してしまう。考え、感じ、運動す
るのが「哲学の問題ではないか」ということである。
るなどさまざまなことをすべておこなえる脳は、
「意
物質と哲学を分けて考えることは思想の問題なの
識」を連続させることも可能なのだ。
に、最初から科学と哲学とを分けて、思想を採用し
同じ「感覚」でも、目で見ているのと耳で聞くの
なくなってしまった。だが、物質的な科学と哲学と
とは全く異なっている。「文字」と「言葉」は全く
を分けて考えること自体、哲学の範疇だと思う。
異なっているにもかかわらず、同じ日本語になるこ
科学的に説明できていない「意識」の性質
と自体、きわめて不思議に思えてならない。脳はバ
ラバラなことを知ったうえで受け止めているのだか
学問をやる以上、「意識」の性質を知ることから
ら、目で見ようが耳で聞こうが、「同じ私がやって
避けられない。医学では「意識」を簡単に消せる経
いる」という機能が発達してこないことには、困る
験を重ねている。全身麻酔を打ったとき、人の「意
に決まっている。
識」はなくなる。どうして「意識」がなくなるかは、
科学的に説明できていない。危険なことかも知れな
「意識」は秩序活動であり、途切れるもの
いが、麻酔は経験でおこなわれている。
私という「概念」そのものが左脳にある。脳は自
「意識」が脳から発生していることを、方程式で
分自身の範囲を決めることができる。例えば、駐車
ⅱ
出だしから聴講者を魅了する▶
場で確保したスペースを他人には譲ろうとしないよ
全部同じになってしまう。
うに、内側だけを自分と決めているのは脳である。
「言葉」で同じにするという機能を進めていくと、
「意識」は本来、ぶつ切りになっているものであ
違うという機能が落ちてくる。違うことを感知する
り、これに対して「身体」はぶつ切りになっていな
「感性」がなくなる。日本は「感性」を組織的に殺
い。眠っている間も脳は動いている。「意識」その
してしまう社会になってしまったのに、誰もそのこ
ものは、そのことを気づいていないから、勝手に休
とに気づいていない。「言葉」が優先していること
んでいるに過ぎない。意識には眠る時間が必要なの
を正しいと思っている人が多い。
である。なぜ眠らなければいけないかというと、
「意
動物が人間と違っているのは、話せないことであ
識」は秩序活動だからだ。起きているときは「私は
る。動物が話せないのは優れた耳があるからだ。人
私である」と「意識」している。
間は耳の構造が発達した結果、さまざまな波長の音
「意識」が秩序活動であるにもかかわらず、なぜ
を聞き分けられるようになった。絶対音感をもって
人類は古代からサイコロを振っているのか。それは、
いる人は、特定の波長(音)を聞き分けられるが、
「意識」をランダムにするためである。自然界では、
動物の場合は最初から絶対音感をもっている。
ある種の秩序ができると、必ず同じ量の無秩序が発
犬は波長で聞き分けている。家族から同じ発音で
生する。それなのに、人間には「意識」があり、サ
名前を呼ばれたとしても、それは音の高低で感知し
イコロに頼らないかぎり、ランダムモードには入れ
ているのであって、実は別の名前で呼ばれたと思っ
ない。
ている。最初から違う「言葉」と思っているから、
脳には「意識」があるため、秩序がどんどん溜まっ
改めて「言葉」を覚える必要がなかったに過ぎない。
ていく。「意識」を止めるために、人は眠る必要が出
音の高低で判断した方がはるかに高度なのに、わ
てくるのである。眠る間に無秩序を片づけていると
れわれ人間は「言葉」で伝えようとする。伝えれば
いえる。図書館を例にすれば、閉館時間に情報活動
伝えるほど「感性」が落ちていくのに……。
を止めて、夕方から散らばった図書を片づけ、翌日
の朝までに現状に戻しておくのと、全く同じである。
違う働きをする「感性」をなくしてはいけない
「情報」はすべて固定した過去のもの
このように「感覚」は基本的にそれぞれ違うはず
なのだが、脳によって同じという機能を使ってしま
「意識」の対局にあるのは「感覚」である。「感覚」
う。イコール、つまり社会的には交換という考え方
から入って運動として出ていくことになるが、その
を成り立たせることになる。代数で A = B という
途中では演算がおこなわれている。演算部門から発
けれど、A は決して B ではない。イコールという
生する「意識」は同じ働きをするが、「感覚」は必
考え方は頭のなかにあるのに対し、A や B は目や
ず違う働きをする。同じ働きをするのだったら、そ
耳の世界にあるものだ。脳のなかで場所を変えて両
れは「感覚」とはいわない。
立させているのであって、「概念」と「感覚」の 2
例えば、同じ景色を見続けていると、次第に感じ
つが対立していることをよく表している。
なくなる。音楽でも匂いでも同様だ。「感覚」は変
「文字」は見るものだからこそ、見て判るように
化するものなのである。脳の中枢機能はそれを同じ
かたちを変えてきた。絵柄はカラーで表現している。
にしてしまう。「意識」や「言葉」で同じにする。
聞いて判るように音も変えている。聞いて判別でき
それを「概念」という。「概念」化したとたんに、
るようにする働きが「言葉」をつくったと話したが、
ⅲ
「若い頃の体験がその後の考え方を……」▶
よく考えてみると「言葉」と限る必要はない。新聞
まさらどうしようもない過去であって、そこに拠り
やテレビなど情報はすべて同じといえる。コピーあ
どころを求めても、過去のなかのことに過ぎない。
るいは再生すれば、繰り返し確かめることができる。
生きていることはきわめて不確実なことなのに。本
これに対し、人間の方はどんどん変わっていく。
来、動かないはずの「言葉」の位置があやふやになっ
現代社会はこのことを完全に混同している。「私は
てしまっている。
私だ」と主張するのも、「私は情報だ」と思ってい
同じことは、社会的な交換にも当てはまる。人間
るからである。しかし、昨日の私は今日までとって
は、自分と相手を交換することができる。相手の立
おくことはできない。今日の私は明日、再現できる
場で自分を見ることができる。そうすることで、社
わけではない。
会性が得られるようになる。人類社会は交換から始
それなのに、自分は生まれてから変わっていない
まったと言い代えてもよい。
と想定しているため、「自分自身が情報源である」
人間の性格や価値観が異なり、考え方が違うのは
と必然的に定義せざるを得なくなっている。そのよ
当たり前だ。環境や条件が同じ相手と意見が違った
うな人たちが集まる情報化社会にあっては、生きて
とき、自分とは人間の中味である性格や価値観が違
動いている人ほど生きにくい。インターネットの世
うと思えばいいのである。
界は、変化して止まない人間が動かしているという
事実を解ってほしい。
いったん発せられた「情報」はすべて固定してお
他人の違いを認め、自他の壁をなくすように
「意識」が「意識」を説明することは不可能である。
り、すべては必ず過去のことである。現代の人たち
「意識」は同一化の働きだけをするからだ。同じよ
は将来に向かって進んでいるように見えても、実は、
うな人間、同じような考え方をつくってしまう左脳
将来に背を向けて近過去ばかりを見ている。パソコ
では、理屈で答えることになる。
ンやインターネットに嵌まっている人にとっての問
他人との関わり合いを自然にもち、「どうやって
題点は、ひたすら近過去に生きていることにある。
生きていってもいい」という思いをもつことが大切
自分は変わらないと思うのは錯覚だ
である。自分と社会とを切り話してしまわず、かつ
自他の壁をなくすこと。自分と周囲とを一体化させ
「言葉」はいったん発せられてしまうと、動かせ
る必要があるだろう。
ない。かつて、守るべき約束は「言葉」でなされて
生きてきた経験があるということは、同じ暮らし
いた。少ない「言葉」でよかった。昔の人は、約束
をしてきたという意味ではない。違いを見つけるこ
を変えてはいけないことをよく知っていた。それな
とである。今の若い人たちが経験を重んじないのは、
のに、自分の都合で変えてしまうようになり、現代
年配者が同じような経験しか積んで来なかったから
社会では契約が必要になった。
ではないだろうか? <文責編集部>
変わらない自分は全くの錯覚である。自分が変わ
るという事実を否定しているのは、日頃、過去ばか
り見るようになったからである。社会が閉塞状態に
陥ったといわれているが、それは、皆が過去ばかり
見ているからだと思う。
人は「データは確実だ」とよくいうが、過去はい
ⅳ
※養老先生は講演の最後に「この続きはそれぞれ自分で考える
ように」とのお話しでした。
変化する個人が責任をもって刻々発した言葉や情報(印刷メ
ディアもその一つ)
を、お互いに交換し、かつ共有しながら仕事に
取り組んでいき、人生を豊かなものにすることが大切です。変わ
らないとされる言葉や情報でも、それらを時間とともに次々と積
み重ねていくことで、文化が向上し社会が発展するのでしょう。
新刊 / 新着 図書案内
「日本の粘着ラベル市場 2009」
「プリバリ印」(創刊号)
ラベル新聞社編集部の取材による
ラベル市場に関する調 査 分析本。
日本の粘着ラベル市場や、印刷用
粘着紙市場の動向に加え、印刷用
資機材、自動認識技術、非粘着ラ
ベル市場、世界のラベル市場など
のトピックスをクローズアップ。有力
ラベル印刷会社のプロファイルも掲
載している。
インターネットの普及を契機に、多
様な情報媒体がクロスする今、印刷
メディアにしかできないことを見つ
め直すために、創刊された月刊誌。
これまで以上に印刷メディアのユー
ザーや発注者の声に耳を傾けること
で、顧客にとって最大価値をもたら
す印刷とは何かを、見出すツールと
する。
(発行:ラベル新聞社/刊行:2009 年 4 月 1 日/体裁:A4 判 159 ページ)
(発行:㈳日本印刷技術協会/刊行:毎月 10 日/体裁:A4 判 70 ページ)
「メディア・ユニバーサルデザイン・ガイドライン」
「写真化学創立 75 年・創業 140 年史」
2002 年に「色覚バリアフリーの手
引」
(東京都印刷工業組合墨田支
部)が刊行されて以来、印刷業界
で取り組んできたことを集大成した
のが本書である。メディア・ユニバー
サルデザイン(MUD)に取 組むす
べての人に、情報を伝わりやすくす
ることの社会的意義と適用範囲を
示したガイドブック。
2008 年に創業 140 年、2009 年 3
月 10 日に創立 75 年を迎えた㈱写
真化 学 の 年史。1868 年( 明 治 元
年)に石田才次郎が京都で印刷会
社「石田旭山」を創業し、その後、
1934 年( 昭 和 9 年 ) には、 石 田
敬三が新たに株式会社として創立。
その「石田敬三翁傳」を DVD 版
に復刻し、付録として添付してある。
(発行:全日本印刷工業組合連合会/刊行:2009 年 1 月 20 日/体裁:A4 判 105 ページ)
ご利用案内
開館時間 月〜金曜日の午前 9 時〜午後 5 時
休 館 日 土曜日、日曜日、祝祭日
年末年始(12 月 29 日〜 1 月 4 日)/夏季
臨時(そのつどお知らせいたします)
利用料金 無料(ただし維持会員のみ)
※維持会員以外の方は 500 円/ 1 日
貸 出 し 3 冊/ 2 週間(ただし維持会員のみ)
複 写 資料用コピー可(有料)
所 在 地
東京都中央区新富 1-16-8 日本印刷会館 3 階
電話 03-3551-0506 FAX 03-3551-0509
交通アクセス
維持会員制度
有楽町線「新富町」駅(5 番出口)より徒歩 3 分
日比谷線「八丁堀」駅(A3 出口)より徒歩 5 分
日比谷線「築 地」駅(4 番出口)より徒歩 5 分
当館では、明治時代以降の歴史的書籍や貴重な学
術文献など、他では入手困難な印刷関連の専門図書
を豊富に所蔵しています。
印刷産業の永続的な発展のために、これらの恒久
保存ならびに《技術》と《文化》の伝承にご協力い
ただく「維持会員」の登録をお願いしています。
(発行:㈱写真化学/刊行:2009 年 3 月 10 日/体裁:A4 判 159 ページ)
[所 蔵 資 料 分 類 一 覧]
A. プリプレス技術
組版/写植、校正、製版、画像処理、
写真一般、DTP / CTP、色再現
/色材、文字
B. 印刷技術
活版印刷、オフセット印刷、グラビ
ア印刷、特殊印刷、フレキソ印刷、
スクリーン印刷、フォーム印刷、新
聞印刷、オンデマンド印刷、その他
F. 印刷周辺
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H. 年史・社史/歴史
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E. 印刷一般
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