Comments
Description
Transcript
詳細 - 日本心理学会
日心第70回大会(2006) 抑うつと記憶,気分及びメタ気分との関連性 田 上 恭 子 (弘前大学教育学部) key words: 抑うつ,気分,記憶バイアス 抑うつにおける記憶バイアスに関しては,潜在記憶につい ては一致した結果は得られておらず,メカニズムについても 一貫した見解はみられない。本研究では過程分離手続き (Jacoby, 1998)を用い,記憶の意図的成分と自動的成分にどの ように抑うつが影響を及ぼしているかを明らかにすることを 目的とする。また気分状態や特性メタ気分を併せて測定し, 抑うつにおける記憶バイアスに関連する要因を探索的に検討 したい。 方 法 対 象 大学生・研究生・大学院生 32 名(男子 12 名,女子 20 名)を対象に実験を行った。 刺激・材料 青木(1971)の性格表現用語をもとに予備調査 を行い,刺激選定及び手がかり再生に用いる意味手がかりの 検討を行った。 意味手がかりによる単語産出率も考慮に入れ, ポジティブ(以下ポジ)語 36 語,ネガティブ(以下ネガ)語 36 語 の計 72 語を選定した。これらをポジ・ネガ同数のリストに二 分し,一方を学習呈示リスト,一方を新項目リストとして, 被験者間でカウンターバランスした。さらにそれぞれのリス トを二分し(ポジ・ネガ同数),いずれか一方ずつを組み合わせ た計 36 語の単語の意味を,2 つのテスト条件ぞれぞれの手が かり刺激としてカウンターバランスして配分した。 抑うつについては,ベック抑うつ尺度(以下 BDI; 林, 1988), 気分については多面的感情状態尺度(以下 MMS; 寺崎・古賀・ 岸本, 1991),メタ気分については特性メタ気分尺度(以下 TMMS; 向山, 1998)を用いてそれぞれ測定した。 装置 刺激の呈示はパーソナルコンピュータ(HP Compaq dx2000)及びディスプレイ(SAMSUNG SyncMaster 172N)を通 して行った。また刺激呈示プログラムについては SuperLab Pro 2.0.4 を用いた。 手続き 個別に実験を行った。実験の概要を説明した後, 最初に学習課題として自己関連度評定を行った。ここでは 4 語の練習試行の後, ディスプレイ上に学習語 36 語を 1 語ずつ ランダム呈示し,自分に当てはまるかどうかを 4 件法でキー ボード入力してもらった。刺激の表記形態は漢字-仮名混じり であり,刺激呈示時間は入力までとした。次にテスト課題と して,包含テスト条件及び除外テスト条件の繰り返し 2 条件 (順序はカウンターバランスした)で手がかり再生を行った。 再生は口頭によって行い,回答の後キーボードを押し次の手 がかりに進んだ。 再生制限時間は各 30 秒とした。 続いて MMS, TMMS を実施し,最後に BDI への回答を求め,実験の説明を した後,終了した。所要時間は約 40 分であった。 結果と考察 抑うつ群の設定 BDI の平均得点は,先行研究に基づき, カットオフポイントを 13 点とし,13 点以下 23 名を非抑うつ 群,14 点以上 9 名を抑うつ傾向群とした。全体の BDI 平均得 点は 10.97(SD=6.46),非抑うつ群 7.78(SD=3.41),抑うつ傾向 群 19.11(SD=5.11)であった。 抑うつにおける記憶の意図的成分・自動的成分 2 つのテ スト条件の感情価別学習呈示語再生率について,Jacoby(1998) の方程式に基づき寄与率を算出した。2 つの寄与率それぞれ について抑うつと刺激の感情価の 2 要因分散分析を行ったと ころ,意図的成分に関しては,刺激の感情価の主効果が有意 であり,抑うつ・非抑うつにかかわらずポジ語の意図的成分が 高いことが示された(F(1,30)=17.22, p<.01)。自動的成分に関し ては,感情価の主効果及び抑うつと感情価の交互作用が有意 であり(F(1,30)= 8.98, p<.01; F(1,30)=5.19, p<.05),抑うつ傾向 群でポジ語の自動的成分が高いことが示された。 この結果は, 潜在記憶課題を用いて抑うつにおける記憶バイアスを検討し た田上(1999)と類似しており,抑うつにおいてはポジティブ な記憶の無意識的な想起が促進される可能性が示唆される。 気分及びメタ気分についての群間比較 以上の結果から示 唆された抑うつにおけるポジティブな記憶バイアスの生起に 関連する要因を探索するため,MMS 各下位尺度及び TMMS 各項目について, 非抑うつ群と抑うつ傾向群の比較を行った。 MMS においては,抑鬱・不安尺度,倦怠尺度で抑うつ傾向群 が有意に高く(t(30)=2.43, p<.05; t(30)=2.56, p<.05),活動的快尺 度で非抑うつ群が有意に高かった(t(30)=2.69, p<.05)。TMMS 各項目に関しては,非抑うつ群が有意に高かったのは項目 7, 8(t(30)=2.94, p<.01; t(30)=2.07, p<.05),抑うつ群が有意に高か ったのは項目 11,16,19(t(30)=2.53, p<.05; t(10.72)=2.65, p<.05; t(30)=2.18, p<.05)であった。項目内容をみると,抑うつ傾向が 高いと「いつも自分がどう感じているのかわからない。」(項目 7)など,気分に関する気づきが悪く,悲観的な思考を行いや すい(項目 19「幸せな時でも将来について悲観的に考える。」) ことが考えられる。 まとめと今後の課題 以上より,抑うつ傾向が高い場合に はポジティブな記憶の無意識的想起が促進される可能性が示 唆された。さらに抑うつにおける気分及びメタ気分の比較検 討から,気分状態が異なることに加え,気分の気づきや気分 の転換に関する特性メタ気分が異なっていることが示唆され た。気分や特性メタ気分が媒介してポジティブなバイアスを 生じさせている可能性も考えられよう。これらの変数がどの ように関連して記憶バイアスに影響を及ぼしているのか,今 後さらなる検討が必要であると考えられる。 引用文献 青木孝悦(1971). 性格表現用語の心理-辞典的研究: 455 語の選 択,分類および望ましさの評定 心理学研究, 42, 1-13. 林潔(1988). 学生の抑うつ傾向の検討 カウンセリング研究, 20, 162-169. Jakoby,L.L.(1998) Invariance in automatic influences of memory: Toward a user’s guide for the process dissociation procedure. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 24, 3-26. 向山泰代(1998). 気分への注目・気分の明瞭さ・気分の転換: 日本語版特性メタ・ムード尺度の検討 日本心理学会第 62 回大会発表論文集, 1003. 田上恭子(1999). 抑うつにおける潜在記憶バイアス 日本心 理学会第 63 回大会発表論文集, 567. 寺崎正治・古賀愛人・岸本陽一(1991). 多面的感情状態尺度・短 縮版の作成 日本心理学会第 55 回大会発表論文集, 435. 付記: 本研究は文部科学省科学研究費補助金(課題番号 16730343)の助成を受けて実施された。 (TAGAMI Kyoko)