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入門講座 『はじめての漢方診療』 (1)

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入門講座 『はじめての漢方診療』 (1)
平成19年(2007)7月12日
「日常診療に役立つ漢方講座」
第162回 筑豊漢方研究会
入門講座 『はじめての漢方診療』
(1) 漢方概論
飯塚病院 東洋医学センター
漢方診療科 三潴 忠道
以後のスライドで、右上に N1 のように書いてある楕円形の囲みは、『はじめ
ての漢方診療 ノート』における関連ページを示す。
1
漢方
中国由来の医学
漢とは昔の中国由来の事物を指す。
たとえば漢字は中国由来の字ということ。
漢方とは中国由来の医学・医療のことをいう。
だから中国では中医学といい、漢方とはいわない。
漢方というのは日本独自の表現である。
2
漢方 Kampo
N5
5
≠東洋医学 Oriental Medicine
⇔16世紀以降に入ってきた蘭方に対する、従来の医学・医療
漢:日本において古代中国(漢が代表的)由来の事物を指す
ex)漢字、漢文、漢学
方:医療技術 (薬方、処方、方術) ex)蘭方、洋方
湯液治療 漢方薬による治療=狭義の漢方
鍼・灸
その他
砭石:石製のメスによる外科療法
刺絡:皮膚(毛細血管)を切って血液を出す療法
導引・按蹻:あんま・マッサージ
気功
もともとは日本にも漢方という言葉はなく、医学といえば漢方のことであった。
16世紀以降に西洋医学(蘭方)が入ってきたために、それと区別するため、江戸時
代に漢方という呼び名ができたといわれている。現在私たちがしている中国由来
の医学(漢方)には、漢方薬による湯液治療を指すことが多いが、その他、鍼灸
なども漢方といえる。
3
中国医学の流れ
N4
4
紀元前後
黄帝内経 素問(基礎) 霊枢(鍼灸)
陰陽五行説
神農本草経:最古の薬学書
傷寒雑病論:薬物(湯液)治療→傷寒論、金匱要略
宗代(960‐1279)
陰陽五行説、五運六気の説、臓腑経絡配当など
金元時代(12‐13世紀)
劉張学派:劉河間(寒涼派)、張子和(攻下派)
李朱学派:李東垣(補土派)、朱丹渓(養陰派)
日本の後世派のルーツ
黄帝内経、神農本草経、傷寒雑病論が中国医学の3大古典である。そのうちの神農
本草経は最古の薬学書と言われている。
傷寒雑病論は中国医学における薬物治療(湯液治療)の基礎となった本で、現在
の日本の漢方医学の原点でもある。傷寒雑病論は消失したが、二つにわかれて傷
寒論と金匱要略として現代に伝えられ、この2つが漢方のバイブルとなっている。
傷寒とは急性熱性疾患のことで、傷寒論は急性熱性疾患に対する治療法について
述べられている。
なお、雑病とは概ね慢性疾患であり、その部分は金匱要略に引き継がれている。
4
傷 寒 論
後漢末 薬物(湯液)治療の原典
急性熱性疾患をモデルとして
病気の流れとその変化に
対する治療法(薬方)を記述
傷寒 (悪性)
悪性) インフルエンザ
中風 (良性)
良性) 鼻かぜ
張仲景(150~219年)
張仲景は傷寒(雑病)論をまとめた人物であり、
傷寒論には急性熱性疾患の臨床経過と、経過とともに変化する病態に対しての治
療方法がまとめられている。
傷寒とは、インフルエンザのような悪寒戦慄を伴うような,比較的激しい急性熱
性疾患であり
中風とは、鼻かぜのような比較的穏やかな、感冒のような状態をいう。
5
日本漢方の変遷
N6
6
室町時代 1498 田代三喜 帰朝→曲直瀬道三
李朱医学→後世派(内経系)
江戸時代 古方派(傷寒論・金匱要略に帰れ)
吉益東洞 実証主義 腹診重視
明治時代 (医師免許に
医師免許に不要→
不要→漢方の
漢方の衰退)
衰退)
M43(1910) 「医界の鉄椎」和田啓十郎
昭和時代 S3(1928) 「皇漢医学」湯本求眞
1970頃~
中医学の流入
S51(1976) 漢方製剤 保険薬価大量収載
H5(1993)
国立富山医科薬科大学医学部
平成
和漢診療学講座開講
H13(2001) 医学部モデルコア・カリキュラムに採用
『和漢薬を概説できる』
H14(2002) 薬学部モデルコア・カリキュラムに採用
H17(2005) 日本東洋医学会「漢方専門医」広告認可
日本の漢方は、およそ1500年前に中国から伝来し、独自の工夫が加わってき
た。
室町時代に田代三喜が中国留学から帰国し、後世派と呼ばれる、傷寒論以降の処
方を頻用する流派が盛んとなった。
しかし江戸時代には、後世派は理論に流れすぎるとして、傷寒論・金匱要略の原
点に返ろうとする動きが出現し、実証を重視する吉益東洞が代表するような、古
方派が台頭した。吉益東洞は現在の日本漢方に大きな影響を与えている。
明治時代に、医師免許を取得するには西洋医学のみが必須となったため、漢方は
一時的に廃れてしまった。
その後昭和51年より漢方製剤が保険薬価に大量収載されたことや、漢方を見直す
動きが出てきており、
2001年には医学部コアカリキュラムにも漢方が採用され、医学部に2002年に入学
した学生は、何らかの漢方教育を受けることとなった。
6
北海道の洞爺湖畔のトリカブト畑の写真。
紫色に見えているのはトリカブトの花である。
漢方ではトリカブトの根を附子とし、重要な生薬である。
7
トリカブトの拡大写真
鳥の頭のように見えるためトリカブトという。
8
トリカブト
上から下方に向かい順次、紫色の花が咲いていく。薬用に使う根は、この頃(9月
初旬)に収穫する。
9
トリカブトの根の写真。
親芋のことを烏頭、子芋のことを附子という。
10
附子
親芋から附録のように子芋が出来るので、これを附子と呼ぶ。附子は生薬名でブ
シと読み、毒性が強い。またブスとも読め、代表的な毒物なので、“毒”の字を
ブスとも読む。毒島(ブスジマ)という姓もあるし、狂言にも附子はブスとして
登場する。
11
トリカブトの根である附子は塩漬けにして保存するが、真っ黒になる。まるでカ
ラスの頭のようなので烏頭の名がついたのであろう。
四川省の成都にある有名な生薬市場で撮影した。四川省は生薬で有名であり、良
品の生薬といった意味で四川の“川”の字
を用いて、川烏頭や川芎(芎藭=きゅうきゅうが本来の名称)の呼称が産まれた。
12
先ほどの附子を塩抜きし、乾燥させあるいは過熱して刻んだもの。
アイヌの人たちはトリカブトの根を矢に塗って狩猟に使っていた。
附子は服用することで体を温める作用があり、また鎮痛効果がある。
附子は漢方薬の中で鎮痛効果のある生薬の代表。
13
生姜(しょうが)の写真。
漢方ではショウキョウと呼ぶ。
14
生姜の拡大写真
15
生姜
(ショウキョウ)
GINGIBERIS RHIZOMA
漢方では新生姜よりも乾燥して古くなったひね生姜を使う。
16
親芋(根)の周りに新ショウガがついている。
17
日本では、先ほどのひね生姜を乾燥させて刻んだものを「しょうきょう」と呼ん
で、生薬として流通している。
18
ショウガを蒸して乾燥させたものを乾姜という。
生姜よりも体を強烈に温める作用がある。
漢方薬では人参湯など様々な処方に入っており、これも附子と同じく寒(冷え)
に対して使用する。
附子と乾姜は漢方の熱薬(服用することで生体を温める作用が強い生薬)の代表
選手。
19
黄連
(オウレン)
COPTIDIS RHIZOMA
富山では、地元の人は山から黄連を掘って、天井などからつるして乾燥させてお
くという話である
20
黄連の根っこを洗って乾燥させて、ひげ根を取って(丹波では火であぶってひげ
根を燃やして取っていた)、刻んだもの。
熱湯に浸すと真っ黄色になり苦いが、富山ではそれを二日酔いのときに飲むのこ
ともあるそうである。
21
大黄
(ダイオウ)
RHEI RHIZOMA
大黄は緩下剤として有名だが、服用することで体内の熱を冷ます効果もある。
赤ら顔で熱がこもったような人の便秘につかい、熱毒をつきくづすイメージ。
冷えて便秘になっている人に大黄を使うと、瀉下活性のために下痢はするが、体
力を消耗してしまう。
成分的にはタンニン分画のセンノサイドに瀉下活性があり、センナなどと同様で
ある。
この系統の下剤は医療用やOTCで多用されている(コーラック、ソルベン、プルセ
ニドなど)が、
冷え性で虚弱なタイプの便秘症に用いると腹痛がしたり、腹が渋ったり、下痢し
ても腹部膨満感や
残便感が残るなど、体調は返って悪くなることが多い。
22
芒硝は含水硝酸ナトリウムが用いられてきたが、今は薬価が下げられて採算が取
れないため、生薬用の生産が中止され、
硝酸マグネシウムを用いている。塩類下剤であるが、熱を冷ます効果は大黄より
も強く、熱がはっきりしている人(陽実証)に使う。
下剤としての効果もある。
23
石膏の写真。
石膏は口渇・熱感などを目標に使用する。
石膏も体内にこもる熱を冷ます効果が強い。
24
薬
温(熱)
(微温)
平
服用すると体を温める
附子
乾姜
蜀椒
桂皮
N14
性
(微寒)
寒 (涼)
服用すると体の熱をとる
甘草
黄連
大黄
芒硝
石膏
*薬味:五行説により臓腑と相関
酸(肝)、苦(心)、甘(脾)、辛(肺)、鹹(腎)
前述のように生薬にはそれぞれ体を温めたり冷やしたりする効果があり、それを
薬性という。
体をあたためる生薬の薬性は温、体を冷やす生薬の薬性は寒(作用が弱いと
“涼”だが、実際には使われない)、
温めも冷やしもしない生薬の薬性は平という。
温薬の代表は附子、乾姜、桂皮、蜀椒(山椒。蜀は今の四川省)などで、特に暖
める作用が強いので熱薬ともいう。
寒薬の代表は黄連、大黄、芒硝、石膏など。
平の代表的生薬は甘草である。
薬性は生薬の分類において最も重要である。
なお、薬味とは生薬の味のことであり、酸・苦・甘・辛・鹹(かん=塩辛い)の
5つに大別され、味によって作用する臓が異なる。
25
大棗
生姜
甘草
芍薬
麻黄
桂皮
葛 根 湯 のののの構 成 生 薬
葛根
生薬一つ一つにはそれぞれの薬性があり、また薬味やそのほかの作用がある。
これらの生薬を組み合わせてグループとしてひとつの方向性をつけることが漢方
薬の特徴。
例えばひとつの代表として葛根湯があるが、これも葛根、麻黄、桂枝、芍薬、生
姜、大棗、
甘草の7つを組み合わせることで治療手段としての価値を高めている。
26
実際に煎じる前の葛根湯の中身。
実際には、草根木皮を乾燥させたり、塩につけたり、あぶったりなど(これを修
治という)し、
このように生薬を刻んだ半生製品として、これらを組み合わせて煎じる。
27
生薬は古来、百味箪笥に入れられてきたが、当院では現代的な百味箪笥として、
生薬をこのような引き出しに入れている。紫外線を通さない透明版で作った引き
出し
に生薬をいれ、調剤台の正面パネルから空気を吸引して屋外に出し、調剤時の生
薬末の飛散を防止している。
手前の台上に置いてあるのが、煎じるための土瓶と電熱器、秤量用のはかりなど。
28
処方オーダーが入ると、薬剤師がそれぞれの生薬を指示に従って調合する。
29
できた処方はこのように1日分を一袋にして患者さんに渡す。
30
煎じ薬1日分を土瓶にいれ、通常は40分、烏頭含有方剤は60分煎じる。
31
煎じたものを熱いうちに濾す。
32
N18
漢方薬を煎じるための道具一式。
左から、煎じあがった漢方薬、濾し器一式、土瓶と電熱器、タイマー、計量カッ
プ。
再現性を求めて、使用器具や煎じる時間などを決めている。
最近はこのようなコンロやタイマーなどが市場から姿を消してきており、対策を
考えている。
33
煎じた薬湯は、毎日各病棟にとどけられ、病棟の冷蔵庫で保存する。
34
病棟では、このように内服する直前に1回分ずつを湯煎し、あたためて配薬する。
35
病棟での配薬風景
36
通常使用されている顆粒状などのエキス製剤は、煎じ薬の水分を飛ばして乾燥さ
せたもの。
(実際には製剤化するとき、賦形剤として乳糖やデンブンなどを加えてある。)
そのため内服するときはインスタントコーヒーのようにお湯に溶かして服用する。
エキスを冷たい水で飲むのと、お湯にきちんと溶かして飲むのでは効果が違う(お
湯にといたほうが効果がよい)
37
N14
漢方薬にはいくつかの剤形がある。
一番左は桂枝茯苓丸で、生薬を粉にして配合し、蜂蜜で練り固めたもの。丸薬と
いう。
真中の列は当帰芍薬散などの散がつく薬であり、もともとは薬草をすりつぶして
配合し散剤にしたもの。
一番右は漢方のエキス製剤であり、これは煎じ薬の水分を飛ばして乾燥させたも
の。
38
陰 陽:自然界の相対概念
<陽>
<陰>
自然
天
夏
昼
日向
地
冬
夜
日陰
病気
「熱」が主
「寒」が主
食物
体を暖める
体を冷やす
N8
8
漢方医学は中国由来の医学なので、表現方法(術語)も漢字になる。
中国では自然界のすべての事象に相対的に陰と陽の二面があると考えた。
たとえば昼が陽、夜が陰などである。
その中で病気も陰陽の二つのタイプに大別し、
簡単に言うと、熱が主体の病気を陽、寒が主体の病気を陰とした。
食べ物にも陰と陽がある。
39
陰
食物の陰・陽
陽
酢
食べ物にも陰と陽がある。
陰性食品とは摂取すると体を冷やす飲食物で、生もの(果物や生野菜など)、冷
たいもの、砂糖、酢などが代表的。
また逆に、陽性食品とは体を温める食品で、火を加えたあたたかいうどんや、根
菜などがある。
冬の食物の代表である、根菜を煮たおでん、燗酒などは陽性食品の代表。
陰性食品の生の野菜も、天日に干したり、暖かく煮たりすると陽性に転化する。
40
陰 陽:自然界の相対概念
<陽>
<陰>
自然
天
夏
昼
日向
地
冬
夜
日陰
病気
「熱」が主
「寒」が主
食物
薬物
体を暖める
体を冷やす
温(熱)薬
涼(寒)薬
漢方薬はほとんどが経口的に用いられ、特殊な食物といえる。
前に述べたよう薬物にも陰陽すなわち薬性があり、体を温める温薬と体を冷やす
寒薬がある。
温薬の代表は乾姜や附子などであり、寒薬の代表は石膏や黄連などである。
41
薬
温(熱)
(微温)
平
服用すると体を温める
附子
乾姜
蜀椒
桂皮
N14
性
(微寒)
寒(涼)
服用すると体の熱をとる
甘草
大黄
黄連
石膏
芒硝
*薬味:五行説により臓腑と相関
酸(肝)、苦(心)、甘(脾)、辛(肺)、鹹(腎)
前述したように、生薬にもそれぞれ体をあたためたり冷やしたりする効果があり、
それを薬性という。
体をあたためる生薬の薬性は温、体を冷やす薬性の生薬は寒、あたためも冷やし
もしない生薬の薬性は平という。
温薬の代表は附子、乾姜、桂皮、蜀椒など。
寒薬の代表は黄連、大黄、芒硝、石膏など。
42
陰 陽:自然界の相対概念
<陽>
<陰>
自然
天
夏
昼
日向
地
冬
夜
日陰
病気
「熱」が主
「寒」が主
食物
薬物
体を暖める
体を冷やす
温(熱)薬
涼(寒)薬
N8
8
いままで述べてきたように、自然界・食物・薬物にも陰陽があると同じように、
病気にも陰陽があり、陽証は熱が主体のような病態、陰証は寒が主体のような病
態である。
43
N8
8
病態の陰陽
漢方医学的な病態(証)を表す基本的なものさし
陽証
活動性
発陽性
熱が主体
非活動性
沈降性
寒が主体
熱がる
赤ら顔
膿性分泌物
濃縮尿
強く臭う下痢
裏急後重
寒がる
顔色不良
水様性分泌物
清澄尿
水様性下痢
裏急後重なし
陰証
病態の陰陽について説明する。
漢方では病態を診断する。病態というのは、生体にその健康状態を阻害する因子
(病邪)となるものが
入ってくる(あるいは生じる)から起こると考える。
病邪に対して生体は恒常性を維持・回復しようと抵抗・反応する、その反応状況
が病態である。
阻害因子は例えば、ウイルスや細菌であったり、飲みすぎや食べすぎのような不
摂生であったりもする。
その生体反応のさま、つまり漢方医学的な病態を証といい、陰と陽二つのタイプ
に分ける。
陽証(陽性の病態)とは、生体が旺盛に反応するタイプであるj。
陽証では、高熱・匂いの強い便・裏急後重(渋り腹、下痢の後の肛門灼熱感な
ど)を呈する。
陰証(陰性の病態)とは生体反応が乏しく、熱産生も不足して冷え(寒)を生じ
やすく、あまり熱が出ない、
つまり発熱できるだけの元気がない病態である。たとえば下痢をしても、匂いの
乏しい水のような下痢をする、
抵抗もなく水様便が出るなど、病邪に対して強く反応できないタイプが陰証であ
る。
44
症 例 72歳 女性
主
訴
下痢
既往歴
54歳
70歳
子宮筋腫にて子宮摘出術を施行
胃癌にて胃全摘術を施行
家族歴
特記すべき事なし
原病歴
昭和60年頃
1日1~2回の軟便傾向出現
平成 2年
注腸検査で腸憩室以外異常なし
平成 4年初旬
水様便も認めるようになり
同年12月 2日
当科初診
ここから、下痢の症例を2例呈示する。
まず1例目。症例は72歳、女性。
主訴は下痢。
既往歴は、54歳(18年ほど前)に子宮全摘、70歳(2-3年前)で胃がんで胃全摘を
している。
現病歴は、7年ほど前から軟便傾向となり、2年ほど前、ちょうど胃全摘をした
ころから水様性
の下痢をよくするようになった。その頃の検査では腸の憩室しかなかった。
しかしだんだん下痢傾向が進行し、1年ほど前からは水様の下痢となったため、当
科初診となった。
45
初診時検査成績(72歳 女)
CBC
RBC 424×104/μL
12.9 g/dL
Hb
37.1%
Ht
85.6 μ3
MCV
28.0× 104/μL
Plt
WBC 5670/μL
Neut 64.0 %
Lymp 29.2 %
4.1 %
Mono
0.9 %
Eos
0.6 %
Baso
Chemistry
TP
6.9 g/
GOT
35 U/L
GPT
21 U/L
LDH
154 U/L
γ-GTP 8 U/L
T-BiL 0.6 mg/dL
BUN
16 mg/dL
Cr
0.5 mg/dL
UA
3.9 mg/dL
T-Ch 209 mg/dL
T-G
94 mg/dL
Na
K
CL
Ca
IP
Amy
CRP
144 mEq/L
4.0 mEq/L
108 mEq/L
9.2 mg/dL
3.3 mg/dL
140 IU/L
0.3 mg/dL
FBS
85 mg/dL
CEA
7.3 ng/mL
便鮮血
陰性
検査成績は特に異常なし。
46
身体所見(72歳 女)
身長:145cm 体重:37kg 体温:36.5℃ 血圧:114 / 76mmHg
脈拍:73 / 分 整 表在リンパ節:触知せず 胸部:異常を認めず
腹部:上腹部・下腹部に手術痕 圧痛・腫瘤認めず
漢方医学的所見
自覚症状:疲れやすい 寒がり 手足が冷える
時に腹痛・腹鳴を生じる
他覚所見:顔色 やや蒼白
皮膚 枯燥
脈 やや浮・細
舌 紅・乾燥した微白苔
腹 腹力 2/5
小柄で特に身体所見に異常なし。
自覚症状としては顔色が悪く、つかれやすい、寒がりで元気がない、手足が冷え
るなど。
他覚的には顔色が悪く、脈も弱く、腹力も弱い。
このような方は漢方的には陰証であると考える。
47
経
当初
過(72歳 女)
皮膚の枯燥と下痢を目標に黄耆建中湯エキスを投与
投与7日後 内服しても改善傾向なし
冷えと尿不利を目標に真武湯(玄武湯)エキスを投与
投与7日後 やや改善傾向を認めた さらに冷えが続くため
附子末2gを併用し下痢はほぼ改善
最初はそれほど冷えてないと考え黄耆建中湯を開始したが1週間たっても改善なし。
漢方薬は基本的には即効性があるため、1週間のんでも改善しなければ効いてない
と考える。
冷えがもっと強いと考え、附子含有方剤である眞武湯を開始したところ、約1週間
で下痢の多少の改善をみとめた。
まだ冷え症状が強かったため、さらに附子末を追加したところ、冷えも軽くなり
下痢症状はほぼ改善した。
(真武湯はもと玄武湯と称した。玄武は黒色を象徴し、先ほど呈示したように、
附子は塩漬けで保存する真っ黒で、
やはり附子の色は黒である。真武湯はその附子を中心(君薬)とした5つの生薬
からなる。そこで玄武湯という名前
がつけられた。しかし、後に玄武帝が出現したために、遠慮して真武湯と改名さ
れたという。)
48
症 例
主
訴
33才 看護師
下痢 嘔気 頭痛
現病歴
平成4年6月7日朝より頭痛出現 寝冷えと思い
放置していた
翌8日には下痢と嘔気も出現してきたため
朝食をとらずに出勤したが腹痛と腹鳴を
伴う下痢が午前中だけで5回を数えたため
同日昼当科受診
家族歴
特記すべき事なし
既往歴
特記すべき事なし
次は33歳の看護師。もともと元気だが、ある朝起きたときから頭痛と寒気が出
現したが、寝冷えと思い放置。
翌日には嘔気と下痢が止まらないためこれでは仕事にならないということで漢方
診療科を受診した。
49
初診時現症
身長:155cm 体重:45kg 血圧:94 / 60mmHg 脈拍:76 / 分 整
眼球・眼瞼結膜:黄疸・貧血なし 心肺:異常なし
腹部:肝脾腫大なし 圧痛や筋性防御なし 腸管グル音亢進あり
漢方医学的所見
自覚症状 下痢は裏急後重(+) 便臭(+)
頭痛と体熱感あり
他覚所見 脈候:やや浮・細
舌候:腫大歯痕なし
薄い白苔あり
腹候:腹力中等度
両側腹直筋の緊張あり
身体所見では腹鳴以外は所見なし。
下痢は裏急後重があり、便臭が強く、体熱感があることより、漢方的には陽証の
下痢と考える。
腹力は中等度あり、脈はやや浮いて細い。
50
臨床経過
裏急後重と便臭を伴う下痢:陽証の下痢
発病後間もない体熱感を伴う頭痛:表証 (太陽病)
食欲低下と嘔気:半表半裏 (少陽病)
太陽病と少陽病の二証の並存(合病)と考え黄芩湯処方
内服後一時間で頭痛が楽になり、以後2回内服し同日中に
嘔気と下痢が治癒
まず陽証の下痢がある。
発症後まだ間もない体熱感をともなう頭痛からは太陽病期が考えられる。
また食欲低下と吐き気など消化器症状があることから少陽病期も考えられる。
そのため太陽と少陽の合病であると考え、黄湯を処方した。
黄湯は薬性が寒の黄を中心に、芍薬、甘草、大棗の四味から構成される。
黄にはベルベリンなどが含まれており、黄湯は陽証の下痢に使う方剤。
ノロウィルス感染症などでも有効な経験をしている。
黄という熱をさます生薬が含まれた薬剤をもちいた結果改善した。これが陽証
の下痢の代表症例。
51
しょう
漢方医学的な
漢方医学的な病態(
病態(証)の二大別
陽証
陰性の
陰性の病態 : 体力が
体力が劣勢
陰証
病気 のののの進行方向
陽性の
陽性の病態 : 体力が
体力が優勢
活動性
発揚性
熱が主体
非活動性
沈降性
寒が主体
前述の2例はどちらも下痢の症例だが、1例目の症例は何年もの経過で、陰証に
傾いていった。
2例目は初発からごく短い時間で陽証であった症例。
基本的に病気は長引くほど陰証に傾いていく傾向がある。
難治の病期が長期化すると、顔色も悪く、冷え性になっていくことが多い。つま
り陰証になりやすい。
捻挫でも、発症直後は熱を持ち、赤く腫れ、ずきずきと痛み、冷シップなどで冷
やすと楽になる。陽証といえる。
しかし、何年も前の捻挫は、一般に冷たく、冷えると痛みが増し、温めると楽に
なる。陰証になるのである。
この様に、漢方医学的な病態(証)は経時的に変化する。これが漢方医学の診断
の特徴である。
52
Fly UP