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大災害時の福祉避難所に関する研究
大災害時の福祉避難所に関する研究 7.都市計画―5.都市環境と災害 災害時要援護者 福祉避難所 正会員 ○葛本知里*1 同 大西一嘉*2 1. 研究の概要 1.1 研究の背景 1995 年の兵庫県南部地震では「災害関連死」という新た に直接死とは別の概念による死者の捉え方が出てきた.予 定収容数をはるかに越える避難者が殺到した避難所の劣悪 な環境下では,多くの高齢者がインフルエンザや肺炎によ り体力を消耗して入院し死亡に至ったケースが多発したが, これは元々体力的に劣る高齢者が生活環境の急激な悪化に ついて行けなかった事が主な原因だと考えられる.また, 新潟県中越地震においては,車中泊を続ける避難者や,ト イレを我慢する為に水分を十分に取らなかった高齢者を中 心にエコノミークラス症候群が多発し,それによる死者が 後を絶たなかった(表1) .こうしたことから「福祉避難所」 の必要性が叫ばれ,平成 20 年6月には内閣府から「福祉避 難所の設置・運営に関するガイドライン」が提示された. 表1 近年の地震災害における震災関連死の状況 地震の種類 死者数 兵庫県南部 6442 5502 85.4% 68 16 23.5% 15 11 73.3% 新潟県中越 新潟県中越沖 直接死 関連死 940 52 4 高齢者死者数 (65 歳以上) 14.6% 3172 49.6% 76.5% 46 67.6% 26.7% 11 73.3% また,平成 16 年は台風 23 号によって,各地で高齢者等 災害時要援護者の避難支援の必要性が認識され, 「集中豪 雨における情報伝達及び高齢者の避難支援に関する検討 会」(H16.10)が開かれ,翌年には「災害時要援護者の避難 支援ガイドライン」が発表,更に翌年の平成 18 年に同ガイ ドラインが改定された. 「自然災害の「犠牲者ゼロ」を目指 す為に早急に取り組むべき施策」(H19.12)において,平成 21 年度までに「避難支援プランの全体計画」の策定を完了 させ,福祉避難所の充実に努めることとある(図1) . 高齢社会の到来と障害者の自立の進展に伴う地域ケアや 在宅ケアへの要請の高まりにより,災害時の要援護者対策 においては,避難支援だけにとどまらず,福祉避難所の整 備と震災関連死の防止が大きな課題の一つになっている. 1.2 研究の方法と目的 本研究ではアンケートにより市区の福祉避難所や要援護 者支援の取組状況を調査することで,福祉避難所及び要援 護者支援を進める上で市区が感じる問題点, 現状を把握し, 図1 災害と要援護者施策の流れ A research about shelter specialized welfare on measure for the people who need some support when strikes disaster KUZUMOTO Chisato, OHNISHI Kazuyoshi 今後の福祉避難所の充実に寄与することを目的とする.ア ンケート調査の対象は人口 10 万人以上の市区とし,配布・ 回収状況は表2のとおりである. 表2 アンケート配布概要 地方 北海道・東北 関東 中部・東海 関西 中国・四国 九州・沖縄 配布数 25 102 51 41 28 25 回収数 16 57 25 25 19 10 回収率 64.0% 55.9% 49.0% 61.0% 67.9% 40.0% 合計 272 152 55.9% 調査期間 H.20.12.22 ~ H.21.1.27 2. アンケートによる実態調査 2.1 福祉避難所取り組み状況 本調査では福祉避難所の指定状況を尋ねた問いに,一箇 所でも福祉避難所を指定していると答えた場合は「指定し ている」 とし, 全く福祉避難所の指定をしていない場合は, 「指定していない」として集計した.指定済みと答えた市 区は 63 件(42%)であり,関東地方では順調な指定状況だ ったが,北海道・東北地方では指定が進んでいなかった. 合計 59 63 北海道・東北 関東 0% 15 10 9 関西 20% 40% 60% 80% 16 100% 対象者の把握 特にない 図4 支援側体制の課題(N=131) 14 九州・沖縄 依頼している 0 6 4 20% 40% 指定している 60% 80% 100% 3 依頼していない 1 また,災害リスクと福祉避難所指定状況の関係を見てみ ると, 「活動度の高い活断層がある」 , 「土砂災害の危険が ある」というリスクを感じている市区が福祉避難所の指定 が順調である傾向が見られた(図3) .これは,兵庫県南部 地震,新潟県中越地震,能登半島地震,新潟県中越沖地震 と近年発生した大規模災害がいずれも断層による地震であ ったため,危機感が増しているからだと考えられる. 47 土砂災害 66 21 津波・高潮 活断層 36 40% 60% 80% どちらともいえない やや不十分 100% 不十分 図5 支援員派遣の依頼と支援員の充実の関係(N=108) 図6は,福祉避難所の設置完了目標がいつごろか尋ねた 問いに対する回答である. 「よく分からない」 と設置完了の めどがついていない市区が 50%を超えた.平成 21 年度ま でに「避難支援プランの全体計画」の策定完了が求められ ており,福祉避難所の充実も記載されているが,それまで に福祉避難所の設置が完了する市区は 13.7%だった. 13 33 5 0% 10 5 16 指定している 20% 40% 10 9 63 5 24 20% まあ十分 22 18 リスクは感じない 8 21 13 海溝型地震 3 53 0% 洪水 4 指定していない 図2 地方別の福祉避難所指定状況(N=152) 0% 14 6 16 5 その他 21 災害時支援員の確保 指定基準が不明確 その他 25 32 中部・東海 0% 74 13 3 中国・四国 福祉避難所の対策について,支援側の体制に関して最も 大きな課題を尋ねると,58%の市区が「災害時支援員の確 保」と答え,次いで「対象者が把握できない」 , 「福祉避難 所指定の基準が不明確」となっている(図4) .しかし一方 で,支援員の確保について,関係機関に支援員の派遣協力 を依頼しているかと尋ねた場合,依頼している市区はわず か 10 件であり, 協力を依頼していても市区は支援員の確保 には不安を感じていることが分かる(図5) . 市内の施設では,地震などの大規模災害の場合には施設 自身も被災することがある.また,福祉避難所でも対応し きれない要援護者の緊急入所による超過受け入れの為に, 施設職員の負担が増える場合がある.そうなると,事前に 支援員派遣の協定を結んでいたとしても,非常時に協力が 得られない可能性がある.こうした想定の下,県外の施設 との協定や,地域に住む介護資格所有者の把握,ボランテ ィアの受け入れ等様々な支援員確保手段の構築が必要であ ると考える. 60% 80% 100% 20% 40% 60% 80% 100% 今年度中に完了 平成21年度までに完了 平成22年度までに完了 よく分からない 図6 福祉避難所設置完了目標(N=95) 指定していない 図3 福祉避難所の指定状況と災害リスクの関係(N=149) 福祉避難所の指定への影響度を数量化理論Ⅱ類によって 分析した.図7はそのカテゴリースコアを示し,軸の左側 の値が大きいほど福祉避難所の指定への影響度が強いこと を表す.また,各項目のレンジを順位で並べ替えたものを 表3に示した. 「福祉避難所選出の為の基準作りの重要性」が指定への 影響度が最も高く,次いで「地方」 , 「災害リスク」の順に 影響度が高い.基準作りについては,基準を重要視する場 合,指定が滞ることへの影響度も非常に高く,クロス集計 においても重要視していない市区で指定が順調に進んでい る傾向にある.地方別に見ると,関東の市区で指定が順調 である傾向が見られ,関東から離れるほど指定が滞ること への影響度が高くなった.災害リスクの種類別に見ると, 「活動度の高い活断層がある」 , 「海溝型地震の対策推進地 域に指定されている」 , 「土砂災害の危険が高い」が指定の 影響度が高い.また,地区以外の項目で見た場合,指定が 滞ることへの影響度が高いのは,基準作りを「非常に重要 視している」 , 「災害リスクが低い」 , 名簿作りが 「検討中」 , 「作成していない」だった. 北海道・東北 地方 関東 中部・東海 関西 中国・四国 災害 経験 九州・沖縄 2.2 要援護者支援取り組み状況 図8は要援護者名簿と要援護者の個別避難プログラムの 作成状況を表したものである.名簿を作成済みと作成中を あわせると 74.3%で,作成をする予定はないと答えた市区 はわずか 1.3%であり,作成状況は良好であると言える. 用援護者名簿 なし 20% 40% 作成済み 作成を検討中 その他 25 60% 20 19 80% 100% 作成中 作成する予定はない 図8 要援護者名簿と個別避難プログラム作成状況(N=152) 一方要援護者の避難プラン作成状況は,作成済みと作成中 をあわせて 10.4%,検討中が半数の 56%,作成する予定が ない市区が 16.4%と要援護者名簿と比べて作成は順調で はない. 図9は要援護者名簿作成状況と市区で感じる災害リスク の合計数のクロス集計をまとめたものである.災害リスク 数が多いほど要援護者名簿の作成は進んでいる傾向にある ことが,有意水準5%でみられた.災害の危険度が高い市 区では,対策意識と共に作成への動きが強まるためだと考 えられる. 4 15 30 7 災害リスク 4 6 30 16 7 5 10 7 23 22 15 作成を検討中 土砂 37 80 0% 作成中 0 洪水 41 個別避難プログラム 7 21 作成済み あり 72 作成予定はない 101 活断層 0 津波・高潮 0個 地震対策強化地域 地震対策推進地域 20 1個 2個 40 3個 4個 60 5個 80 図9 名簿作成状況と災害リスク数(N=149) 選出の基準作り 重要性 リスクは低い 図 10 は要援護者名簿作成時に感じる最も大きな課題を まとめたものであり, 図 11 は現行の個人情報保護条例の下 で,要援護者支援は円滑に進むかという問いへの答えをま とめたものである. 重要でない やや重要でない どちらとも言えない やや重要 要援護者名簿 作成状況 10 非常に重要 0% 作成済み 83 20% 40% 作成人員の不足 対象者の把握 関係機関の足並み その他 作成中 検討中 作成していない -2 -1.5 -1 -0.5 0 4 7 10 9 60% 26 80% 100% 個人保護法 対象者からの理解 地域コミュニティ組織機能 図 10 要援護者名簿作成時の課題 (N=149) 0.5 図7 福祉避難所指定へのカテゴリースコア 1 17 表3 各項目のレンジと順位 順位 アイテム レンジ 1位 基準作り 重要性 1.92 2位 地方 0.93 3位 災害 リスク 0.86 4位 要援護者 名簿作成 0.39 5位 災害経験 0.18 0% 58 20% 61 40% 60% 15 80% 100% 非常に円滑に進む やや円滑に進む どちらとも言えない あまり円滑に進まない 非常に円滑に進まない 図 11 個人情報保護条例下での要援護者支援 (N=152) 図 10 によると半数以上の 55%の市区が「個人情報保護 法とリストの作成・共有の兼ね合い」が最も大きな困難で あると答えている.次いで「作成人員の不足」 , 「関係機関 の足並みが揃わない」と回答する市区が多かった.また, 図 11 によると「あまり円滑に進まない」と「非常に円滑に 進まない」を合わせて半数 50%の市区が現行の個人情報保 護条例下では要援護者支援が円滑に進まないと答えている. 一方図 12 は, 市区において行政が所有している災害時要援 護者情報を地域で共有する時の手続きの手間と,個人情報 保護条例化での要援護者支援の進捗状況の関係を表したも のだが,共有化の手続きが簡素であるほど要援護者支援は 円滑に進むと考えている傾向にあった. 非常に簡素 0 やや簡素 1 1 3 5 どちらとも言えない 0 9 0% 37 4 3 20% 非常に円滑に進む どちらとも言えない 非常に円滑に進まない 0 6 45 やや煩雑 0 2 非常に煩雑 0 1 1 8 11 5 40% 0 1 6 60% 80% 100% やや円滑に進む あまり円滑に進まない 図 12 情報共有化の手間と個人情報保護条例下での要援護者支援(N=149) これらのことより,要援護者の避難支援を進めるにあた り,個人情報保護法は「個人情報保護法への過剰反応」を 例とし, 大きな障害となっていることが伺える. 「災害時要 援護者の避難支援ガイドライン」では災害時においては, 要援護者に関する情報共有及び第三者への提供に関しては, 保有個人情報の目的外利用・提供が可能としている.内閣 府ではこのガイドラインに基づき, 「災害時要援護者対策 の進め方について(報告書) 」において, 「市町村が保有す る個人情報の取扱は, (中略)基本的には,個人情報保護法 制に抵触することなく,要援護者情報を目的外利用・第三 者提供として,行政外の関係機関等へ提供することができ る」と述べている.一方消防庁では,平成 18 年3月発表の 「災害時要援護者避難支援プラン作成に向けて」 において, 「目的外利用・提供ができる場合がある」としつつも, 「第 三者への要援護者情報の提供については,情報提供の際, 条例や契約,誓約書の提出等を活用して,要援護者情報を 受ける側の守秘義務を確保することが重要である」として おり,要援護者情報の共有に関して消極的な姿勢をとって いる.このように,本来地方自治体を指導すべきである国 の機関で考えに差が生じていることが,市区において「災 害時の要援護者個人情報の目的外利用・提供」が浸透しな い原因のひとつとなり,個人情報保護法が要援護者支援の 妨げになっていると言える. 3. 結論 3.1 アンケート調査により明らかになったこと ①福祉避難所を指定済みである市区は 41%と半数以下で あり,福祉避難所を指定済みであっても想定される避難者 数の収容力において十分とは言えず,また「自然災害の「犠 牲者ゼロ」を目指す為に早急に取り組むべき施策」で推奨 されている, 平成 21 年度までの設置完了も見通しが悪い状 況である.②福祉避難所取り組みの課題は福祉避難所での 支援員の不足であり,市区の半数が「運営支援員の確保は 不十分」だと感じている.福祉施設を福祉避難所として指 定している場合,施設職員は通常の施設利用者の支援に加 えて,福祉避難所の避難者の支援をすることは大きな負担 となる.この為,福祉避難所に指定している施設以外との 運営・支援員派遣協定が必要だと考えられる.③支援員の 不足は認識しているが,対策を講じている市区は少なく, 関係機関との協力体制の構築等は十分に成されていない. また,多くの市区が運営支援員の確保は困難だと感じてい る.④要援護者名簿の作成状況は半数の市区が「作成済み」 「作成中」であり,残りも「作成を検討中」としており, 状況は順調であると言えるが,個別避難プログラムは市区 の多くが「作成を検討中」であり,名簿と比較して円滑に 進んでいない.⑤要援護者名簿作成における最大の課題は 「個人情報保護法との兼ね合い」であり,多くの市区が「現 行の個人情報保護条例の下では,要援護者の避難支援は円 滑に進まない」と感じている.個人情報の目的外利用・第 三者提供は市区に受け入れられにくいと言える. 3.2 今後の課題 取り組みの実態を踏まえ,今後の福祉避難所のあり方を 考える上で重要な課題は以下のとおりである. (1)県外を視野に入れた関係機関との協力体制構築 支援員の不足を解消する為には,県外や地域の介護資格 所有者を含めた広い視野での関係機関との協力関係を調整 することが必要と考えられる.また,設備の充実や公的施 設であることなど条件を重視しすぎると指定は進まない一 方なので,行政が施設の整備を積極的に行うことや,施設 が整備を行う際の資金援助,公的施設にこだわらず民間施 設と協力関係を築くなど,積極的な指定姿勢をとることが 大切である. (2)地域が主体となった要援護者支援 個人情報保護法による制限が要援護者支援に影響を与え ることから,行政が地域を指導するのではなく,地域が主 体となって要援護者名簿の作成や全体計画の策定を行うこ とが効果的だと考える.要援護者対策の為の取り組みを通 じて,地域コミュニティが形成,活性化され,日常的な見 守り体制や非常時の避難促し等,要援護者支援全体の充実 に繋がるのではないだろうか. *1 神戸大学大学院工学研究科修士課程 Graduate School, Kobe University 2 * 神戸大学大学院工学研究科 准教授・工博 Assoc. Prof., Graduate School of Engineering, Kobe Univ, Dr.Eng.