...

「日本経済の直面する諸課題と金融市場」 講 演 録

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

「日本経済の直面する諸課題と金融市場」 講 演 録
第1回
マクロ経済勉強会
「日本経済の直面する諸課題と金融市場」
講
演
録
講師:慶應義塾大学経済学部教授
吉野
直行
日時:平成 23 年 9 月 14 日(水)15:30~17:00
会場:東京証券取引所本館 15 階第一会議室
◎ 講師略歴◎
慶應義塾大学経済学部教授
吉野
直行(よしの
なおゆき)
1950 年東京都生まれ。1973 年東北大学経済学部卒業。1979 年米国ジョンズ・ホプキンス
大学大学院経済学博士号取得(Ph.D.)。ニューヨーク州立大学、埼玉大学大学院、慶應義塾
大学で助教授を歴任し、1991 年より現職。パリ Science Po 訪問教授、オーストラリア New
South Wales 大学訪問教授、スウェーデン Goteborg 大学訪問教授。財政制度等審議会、関
税・外国為替等審議会など、多くの政府審議会の委員を歴任。2004 年スウェーデン・ヨテ
ボリ大学名誉博士(Honorary Doctorate)。現在、金融審議会会長及び金融分科会長、預金保
険機構運営委員、金融庁研究センター長、放送大学客員教授、政策研究大学院大学客員教
授。専攻は、金融財政政策。
-2-
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
「日本経済の直面する諸課題と金融市場」
慶應義塾大学経済学部教授
吉野
直行
講演要旨
Ⅰ.資金の流れの変化と財政安定化のための政府歳出ルール
現状の資金循環は、民間企業や個人から金融機関に集まった預金が、金融機関から民間
企業等への貸出しには回らず、政府への資金(国債の購入)に当てられている。今後の経
済成長のためには、国債に資金が向けられるのではなく、企業の設備投資や生産のために
資金が回るようにする必要がある。このためには、国債のさらなる発行は行わず、財政破
綻回避のための財政安定化ルールが必要であり、(i)歳入と歳出(社会保障、中央から地方
への配分)のバランス、(ii)国債残高の長期安定水準への削減、(iii)GDPギャップなど
を見ながら、財政の歳出を決定するルールに従う必要がある。企業の生産向上の観点から、
一定程度の資本ストック維持・労働人口の確保も必要となる。日本の財政赤字残高が対G
DP比200%となる中、日本がギリシャのような財政破綻を免れているのは、ネット残高
1100兆円の個人の金融資産による下支えがあり、それは、銀行の運用難を背景にした国債
発行の95%国内消化と低利という形で現れていた。しかし、個人の金融資産の余力は極僅
かで、今後の国債発行増を海外投資家からの資金でまかなうとした場合、ギリシャのよう
な危機の可能性は高まる。
Ⅱ.日米のバブル現象の共通点と家計の早期警戒指標
日米のバブルの共通点として、(i)低金利・マネーサプライ増を背景とする不動産・株価
の上昇とそれに伴う資産効果が挙げられるが、(ii)政策的対応の遅れも拡大要因なので、
バブルを測る指標が重要になる。バブル指標として①不動産向け貸出と銀行全体の貸出の
比率、②不動産向け貸出の伸び率と実質経済成長率の比較、③平均所得に対する住宅価格
の倍率があげられる。日米のバブル期はこれら3つの指標が異常な数値を示していた。
バブルの発生と崩壊の過程をみると、まず、住宅・不動産価格の上昇を予想した個別金
融機関の行動(ミクロ)から始まり、個別銀行の行動が銀行全体(マクロ)に発展すると、
住宅供給は全体的に増大し、住宅価格の下落を招き、合成の誤謬から、バブルが崩壊する。
Ⅲ.バーゼルⅢを受けてのリスクマネー供給の新たなチャネルの構築
銀行の自己資本規制比率がバーゼルⅢとなり、今後銀行が貸出リスクを取りにくくなる
中、リスクマネー供給の担い手として資本市場への期待が高まる。特に、日本経済を支え
る中小企業への資金供給の観点からは、中小企業のクレジット・レーティング(格付け)
の充実・促進のための中小企業データの収集(CRD のようなやり方)とともに、中小企業を
はじめとする地域経済にリスクマネーを供給する仕組みとして、それぞれの地域の投資家
のお金を集めて地域ファンドを設立し、地域の新規企業やリスクの高い中小企業等に資金
を回す方法を提案したい。こうしたコミュニティ型のファンドによる資金供給は、銀行中
心であるアジアの域内の投資活性化にも資するものであり、新たなリスクマネーの提供手
段となると考える。
-3-
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
「日本経済の直面する諸課題と金融市場」
慶應義塾大学経済学部教授
《目
吉野
直行
次》
はじめに
Ⅰ.資金の流れの変化と安定化のための財政ルール
Ⅱ.日米のバブル現象の共通点と家計の早期警戒指標
Ⅲ.バーゼルⅢを受けてのリスクマネー供給の方向性
質疑
まずは、金融機関からどんな経済主体に

資金が流れているのか見てみますと、金融
はじめに
機関へは 81.4 兆円となっておりますが、こ
ただいまご紹介に預かりました吉野直行
れはさらに民間企業への 55.6 兆円という流
でございます。どうぞよろしくお願いしま
れになっております。この 55.6 兆円のほと
す。適宜参考資料を参照して講演させてい
んどが貸出でありますが、一部株式投資も
ただきます。
含まれております。また、家計へは 22.7 兆
円となっており、これは主に住宅ローン、

Ⅰ.資金の流れの変化と安定化のため
自動車ローンで構成されます。海外部門の
の財政ルール
20.9 兆円は、海外で運用していることを表
します。金融機関全体では、193.1 兆円の
1.
バブル期から今日までの資金の流れの
資産運用をしていることが分かります。
変化
次に、民間企業からの資金の流れを見て
みましょう。金融機関へは 19.5 兆円となっ
まずは、日本における資金循環の変化と
ており、主に預金で運用しております。民
財政状況、それから、国債市場についてお
間企業へは 33.5 兆円となっており、主に株
話いたします。
式持合いや企業間信用として大企業から中
【資料1】に 3 つの表がございます。こ
小企業の貸出で構成されます。企業全体で
れは 1984 年から 1990 年までの「バブル期」、
は 64.0 兆円の資産運用をしていることが分
1990 年から 2000 年までの「バブル崩壊後」、
かります。
2000 年から 2005 年までの「経済回復期」、
さらに、家計からの資金の流れを見てみ
それぞれの期間における資金循環の表であ
ましょう。金融機関へは 60.9 兆円となって
りますが、この表からは、例えば家計から
おり、他方、民間企業へは 13.5 兆円、これ
金融機関に 50 兆円といったように、ある経
は株式や社債の購入ですので、この二つの
済主体からある経済主体への資金の流れを
数値からまさに日本経済は間接金融が主体
読み取ることができるようになっています。
となっていることがわかります。最初にみ
た金融機関からの流れと併せてみますと、
家計から金融機関に流れた 60.9 兆円のほと
(バブル期の資金循環)
(図表①)
-4-
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
んどが、民間企業に流れていることが分か
経済回復期には 9.0 兆円と、金融機関への
ります。
預金が大きく減少しています。これは所得
最後に、金融資産の調達合計を見てみま
の低迷よるものであります。
しょう。これは、ある部門の資金調達額を
最後に、金融資産調達合計の民間企業の
表します。まず金融機関は 196.9 兆円、民
数値を見てみましょう。民間企業全体とし
間企業は 114.9 兆円、家計は住宅ローンを
てはマイナス 10.4 兆円となっており、バブ
中心に 25.6 兆円、海外部門は 33.3 兆円。
ル崩壊期においては資金の返済を優先して
ここまでが、バブル期の資金循環の状況で
いることが分かります。
あります。
(経済回復期の資金循環)(図表③)
(バブル崩壊期の資金循環)(図表②)
金融資産の調達合計をみますと、政府が
まずは、金融機関からの資金の流れを見
43.6 兆円となっており、最も大きな資金調
ていきますと、金融機関同士はバブル期の
達部門となっていることが分かります。民
81.4 兆円から 19.5 兆円に減少しておりま
間企業を見るとたったの 3.6 兆円となって
す。経済回復期の同数値を見ると、さらに
おります。そして、金融機関はマイナス 11.8
マイナス 31.4 兆円となっており、金融機関
兆円となっておりますが、ゼロ金利で資金
がお互いに資金を引き上げていることを表
調達できるため、金融機関はお互いに返済
します。これはゼロ金利で日本銀行から低
をしていることが原因であります。家計は
金利で貸出をうけることができるので、他
マイナス 4.4 兆円となっており、ここでも
の金融機関から資金調達をする必要がなく
家計は住宅ローンの返済に追われているこ
なったことが原因であります。次に、民間
とが分かります。海外部門は 32.3 兆円であ
企業へはバブル期の同数値は 55.6 兆円から
り、2 番目に大きい数値であります。
マイナス 2.8 兆円となっており、さらに経
これまで見てきた数値からもわかります
済回復期の同数値がマイナス 16.9 兆円とな
が、今の日本は、政府に資金が集まりすぎ
っております。民間企業は国内の設備投資
ているのが現状で、しかも、政府の歳出は、
を控えて、金融機関からの借入を行わず、
高齢者への社会保障や地方への交付に回さ
むしろその返済を加速させていることが原
れております。この資金の流れが変わらな
因であります。それから、家計へはバブル
い限り、何をしても経済成長は望めない状
期の 22.7 兆円から 6.9 兆円となっており、
況であります。
さらに経済回復期の同数値はマイナス 4.3
兆円となっております。これは住宅ローン
(部門別の金融資産・負債フロー)
を借りる人より返済する人が多いことを表
さらに、【資料2】において、2010 年度
しております。
の資金フローをもう少し詳しく見て行きた
次に、家計からの資金の流れを見てみま
いと思いますが、ここでは今の日本の巨額
しょう。金融機関へは 39.1 兆円ですが、こ
の財政赤字を支える国債の消化がなぜ滞り
れはバブル期の同数値の約 6 割程度であり、
なく行われているか、それが今後も続けら
-5-
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
れるのかという点がポイントになります。
すと、保険・年金準備金が 1 兆円増加して
資金フロー図を見ると大きく 3 つに分かれ
おります。ところが、貸出が 3 兆円減少と
ており、右側のブロックは資金の出し手で
貸出を減らしておりますが、証券は 5 兆円
ある資金運用主体、真ん中のブロックは金
増加、このほとんどが国債です。これが金
融仲介機関、左側のブロックは資金を吸収
融機関の現状となります。
している資金調達先を表します。
次に左側のブロックの資金の吸収をご覧
右側のブロックをご覧いただきますと、
いただきますと、一番上の家計は住宅ロー
一番上の家計は、預金が 10 兆円増加、株
ンを返済する人の方が多いため、借入が 5
式・社債への投資が 4 兆円減少、保険年金
兆円減少しております。それから、真ん中
が 1 兆円増加していることが分かります。
の民間非金融法人を見ると、ここも借入が
次の民間非金融法人これは、製造業・サー
8 兆円減少しております。大きな理由は国
ビス業等を表しますが、預金が 13 兆円増加
内での大きな設備投資を行わないことにあ
と、家計よりも預金が増加しております。
ります。また、企業は海外で設備投資を行
ここには企業が海外で稼いだお金が入って
っていますが、その資金調達は海外で行っ
きていると考えていただいて結構です。他
ているということもあります。その下の一
方、証券が 2 兆円減少と、社債・株式の購
般政府をご覧いただきますと、証券が 50 兆
入を減らしていることが分かります。
円増加しておりますが、これが公債(国債・
地方債)の発行であります。中央政府(の
次に、これらのお金が流れる先として真
一般会計)では、歳出が 92 兆円、税収が
ん中のブロックがあります。預金は、一番
40 兆円強なので、差し引き 50 兆円、その
上の預金取扱機関に流れることになります。
大半が国債での調達となっています。まと
この預金取扱機関には銀行、信用金庫、信
めますと、国債等を金融機関が保有してお
用組合等が含まれます。真ん中が保険・年
り、その金融機関は、個人と法人からの預
金で、一番下がその他の金融仲介機関であ
金でお金が回っている、他方、企業にお金
ります。一番上を見ていただきますと、預
が回っていない、あるいは、借入れをして
金が 28 兆円増加しており、これが先ほどの
いないという構図になっています。企業の
家計と企業からのお金になります。企業の
設備投資や生産は進まず、最終的に政府に
預金は、ほとんどが普通預金、決済性預金
お金が集まってしまっていますが、この流
なのが現状です。預金取扱機関は集まった
れが継続的に続くことはないわけですから、
お金を左側の方法で運用しますが、貸出が
一般政府の 50 兆円の証券発行を見直して
たったの 1 兆円の増加、証券は 19 兆円増加、
いかなければならないということは明らか
その大半が国債です。要するに、集まった
であります。
預金は、企業の貸出に振り向けられず、ほ
2.
とんど国債に回っているという状況です。
リカードの中立命題
真ん中の保険・年金基金をご覧いただきま
-6-
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
ここでリカードの中立命題を見てみたい
る状態が続くと財政が破綻することが分か
のですが、リカードの中立命題というのは
ります。ドーマー条件については、利子率
財政赤字を賄う資金を国債で調達しても、
と経済成長率を比較しておけばいいという
増税で調達しても、同じ効果しかもたらさ
議論がありますが、ドーマー条件だけでは
ないというものです。これは、国債で調達
説明しきれないところがあります。
した資金は将来、税金で徴収されるお金な
そこで、もう一つボーン条件というもの
ので、現在の増税であるか、将来の増税で
があります3。これはプライマリーバランス
あるかは変わらないという意味なのですが、
(PB)の改善ルールでして、国債残高の対
日本人の今の行動をみると、自分は逃げ切
GDP 比率がある程度の安定的な水準から
れると思い、国債という借金のつけを後世
どれだけ離れているか、乖離している場合
に回している形になっています。米国人か
はプライマリーバランスをより均衡にもっ
ら、今日本に生まれた赤ん坊は、
「日本に生
ていくように動かす必要があることを示し
まれたくなかった」と言っているのでは、
ています。
と冗談で言われましたが、生まれながらに
ただし、ドーマー条件やボーン条件は、
して膨大な借金を背負わされているのが現
実は、日本ではそのとおり正しく成立して
状の日本なのであります。
おりません。【資料 3-1】を見ると、1990
年から 2007 年までの間における日本の長
3.
利子率と経済成長率の比較による財政
期利子率の平均は 1.56%、名目 GDP は
赤字の検証
0.109%と、利子率が経済成長率を上回って
いるため、これをドーマー条件に当てはめ
ると日本の財政は既に破綻していてもおか
それでは財政の膨張をどうしたら防げる
しくありません。
のでしょうか。そのための道具としてドー
マー条件とボーン条件が挙げられます。
では、なぜ破綻してないのか。
【資料 3-2】
まず、ドーマー条件ですが、これは政府
の予算制約式(政府支出+利払費=国債発
が示すように、日本の財政赤字残高は対
行+税収)1から導くことができます。予算
GDP 比 200%となっております。日本の
制約式は歳出と国債の利払費の和を新規国
GDP は 500 兆円程度ですから、財政赤字残
債の発行額と税収でまかなうという制約式
高は 1000 兆円程度ということになります。
ですが、これを変形するとドーマー条件が
この 1000 兆円をどうカバーしているのか。
導き出せます2。この式から、国債残高の対
個人の金融資産の残高は約 1450 兆円あり
GDP 比が発散すると財政が破綻すること、
ますが、この個人の金融資産から住宅ロー
また、利子率が経済成長率を継続的に上回
ン等を差し引いたネットの残高は約 1100
兆円ですので、もし現在のように年間 50 兆
1
2
円残高が増加すると考えるとあと 2 年間で
Gt + rt Bt -1 = DBt + Tt
bt - bt -1 = (r - h )bt -1 + g t - t t
3
-7-
PBt -1 = PB1 + m (bt -1 - b0 )
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
個人の金融資産では支えきれない状況にな
債はその 63%~70%を海外投資家が保有
ってしまいます。それも中小企業や大企業
しており、これがギリシャ危機の大きな原
への貸出がゼロと仮定した場合です。現実
因となっていますが、日本の場合には 95%
的には非常に大変な数字となっているわけ
が国内で保有されているという状況であり
であります。
ます。
【資料4】で政府の歳出の割合を見てみ
結局、ドーマー条件やボーン条件は、国
ますと、2011 年度当初予算ベースで、社会
債の需要という要素を考えてない、つまり、
保障が 31%占めております。これは年金、
国債の供給という要素だけを用いて先程の
医療、介護などの高齢者の方々への社会保
条件を導いていた点に問題があるのです。
障、生活保護の両方を含んでおります。国
日本とギリシャの違いは国債の需要です。
債の利払と償還のための費用が 23%を占
【資料 5】のグラフにあるように国債の
めております。中央政府から地方公共団体
供給が増えると、供給曲線が右に動きます。
への補助金、正確に申しますと地方交付税
これはギリシャも日本も同様です。縦軸が
交付金と国庫支出金が 18%になります。つ
利子率ですが、金利が高ければ高いほど
まり、社会保障、過去に発行した国債の元
人々は買いたがりますから、普通の需要曲
利払費、地方への補助金で国の歳出の 7 割
線とは異なり需要曲線は右上がりになりま
を占めています。教育費はたったの 6%、
す。なお、国債の価格を縦軸にとれば、需
従来から多いと批判される公共事業も 5%
要曲線は右下がりになります。この需要曲
ですので、日本の財政の最大の問題は先程
線が右に動いているというのが日本で、左
挙げた3つの分野になります。国債の元利
上に動いていのがギリシャであります。
払費は免れないわけですから、そうすると
なぜ日本の需要曲線は右に動いているか。
社会保障と地方公共団体への補助金をどう
要因の一つは、銀行は、集まってくる預金
にかしなければいけないということになり
の運用として、企業への貸出機会がないた
ます。
め、国債を買うしかなくなっていることで
す。要因の二つ目は、日本銀行の金融緩和
国債の保有状況を見てみますと、その大
です。超過準備で銀行に資金提供をしてお
半を日本の金融機関が保有しています。ま
りますから、そうすると銀行にもまたお金
ず、銀行が 45%、これは郵便貯金も含んで
が入ってきますので、その分さらに需要曲
おります。先程ご説明したとおり、預金で
線が右にシフトします。それから、一部個
集めた資金の大半を貸出ではなく国債で運
人でも国債を購入するので、需要曲線はど
用していることに起因します。続いて、生
んどん右にシフトしていきます。ご承知の
損保が 20%、公的年金が 10%、企業年金が
とおり長期国債の金利は約 1%ですから、
4%、日銀が公開市場操作等で 8%保有して
この交点が日本の需要の状況になっていま
います。注目すべきは、海外投資家が 5%
す。ギリシャの場合を見てみますと、金利
しか保有していないことです。ギリシャ国
が 20%からピーク時には 25%まで上昇し
-8-
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
ました。上昇の要因の一つは、デフォルト
単な条件を用い作成した条件式であります
のリスクが高まったことにより、投資家か
が、どのように日本の国債の動きを考えて
らリスクプレミアムを要求されたため、こ
いけば、発散することなく、日本が破綻し
の需要曲線がまず上にシフトしました。さ
ないですむかという式を求めました。これ
らに外国人投資家は逃げ足が速いですから、
を私は「安定化のための財政ルール」4と呼
逃げ始めると需要が減少するので、この需
んでいます。
要曲線は左にシフトします。外国人投資家
この式の構成要素をみると、まず、税収
のリスクプレミアムの要求、需要の後退が
を考えなければならないということです。
続くと、需要曲線はどんどん左上にシフト
現在歳出が 92 兆円で税収が 42 兆円であり
し、政府は金利を返せないという状況に陥
ますので、もし国民が増税に反対であれば、
ったわけであります。日本の場合にはこれ
どうやって歳出を 42 兆円に下げるのか、何
まではこの需要曲線が右に動いてきたわけ
をすればよいかという議論をしなければな
ですが、近いうちに日本のネットの個人金
らないわけです。逆に歳出を減らしたくな
融資産の残高に達しますから、さらに右に
いのであれば、税収を 92 兆円に引き上げる
動けるのか疑問が生じます。財務省の方に
ための議論をしなければならない。つまり、
日本国内で国債が売れなくなった場合どう
歳出を考えるときは常に歳入を考える、歳
するのか質問したところ、海外で売ります
出と歳入のバランスをとるという当たり前
という回答でした。日本国債は外国人に売
の議論ですが、これが最も重要なことであ
れば売るほど、ギリシャに近い状況になり
り、国会で真剣に議論していただいて、ど
うる可能性が高くなると思います。
のようなバランスを日本国民が望んでいる
そうすると、どうやってこの財政赤字を
のか、その議論がない限り、財政の均衡を
止めるのか、その方法を考えなくてはなり
達成することはないわけです。
ません。
次の要素としては、長期の安定的な国債
の残高と現在の国債の残高がどの程度乖離
4.
財政ルールの早急な構築の必要性
しているかを表すものであります。この安
定的な国債の残高は欧州では GDP の 60%
金融政策ではテーラールールという言葉
程度と言われておりますから、もしその値
をお聞きになったことがある方が多いと思
が正しいと仮定すると、日本の場合は
いますが、これは日本銀行(中央銀行)が
200%まで到達している同数値を、60%ま
金利を操作する場合はインフレと景気
で落とすことを考えないといけないという
(GDP・経済成長率)の状況をどのように
ことになります。
勘案して金融政策を運営するのか定式化し
三つ目の要素は現在の GDP と完全雇用
たもの、その中で特にインフレを重視する
GDP の乖離の度合いを表すものでありま
のがインフレターゲットと呼ばれます。
それと同じようなことを、財政政策のた
4
めの定式化をしてみました。これは最も簡
Gt = g 0 + g1Tt + g 2 (Bt -1 - Bt ) + g 3 (Yt - Yt ) + g 4 Gt -1 + g 5 Dt -1
-9-
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
すので、完全雇用 GDP に近づけるための、
雇用対策をしなければならないということ
であります。
ここでは、日本の経済成長を回復するた
めには、何をすればいいか、これについて
四つ目の要素は、極端な財政政策をする
は、私はいわゆるソロー=スワン・モデル
のではなく、前年の歳出状況をみて緩やか
を拡張して、国債の需給モデルを明示的に
な財政政策をしなさいということを表して
取り入れた経済成長モデルを考えておりま
います。
すが、要は、日本経済を回復させるために
五つ目の要素は、預金がどの程度あるか、
は当たり前のことですが、生産をさせる能
つまり、家計があとどれくらい国債を買え
力がなければならず、また、ある程度の水
るかということを表しています。
準の資本ストックがないといけないという
まとめますと、一番目は税収、二番目は
ことです。これを、最も簡単なコブダグラ
現在の国債残高と望ましい国債残高、欧州
ス型生産関数5より考えて見ると、労働と資
で考えると、GDP の 60%、三番目が景気
本がない限り生産ができないということが
の状況、四番目が前年度のそれぞれの項目
わかる。そうしますと、この資本ストック
の歳出、そして最後に、国債に回せる金融
が適正な水準にないと日本経済の回復はな
資産の残高ですので、これを見て日本の財
いわけです6。資本ストックをある程度充実
政支出を議論すればいいというわけであり
させるためには国債発行を減らし、民間企
ます。この式に従う状況であれば、発散し
業にお金が流れないといけないということ
なくて済む、つまり、破綻しないというの
を示めしております。
がこの議論であります。
そして、もう一つ、労働人口を増やさな
ければいけないということです。これには
5.
家計の国債保有と家計の金融資産・実
移民を増やすという議論もありましょうが、
物資産の推移
それよりは、日本でも高齢者の活用をもっ
と促進すべきだと思います。米国では年齢
【資料 6】は、家計の金融資産・実物資
差別が禁止され、実際 80 歳の大学の先生も
産の動きを表したものですが、1980 年は不
いたりします。なるべく長く働いていただ
動産価値は預金・現金の 2 倍以上、さらに
ければ、その分社会保障が必要なくなるわ
バブル期はご承知のとおり、同数値が 4~5
けです。
倍に上昇しましたが、最近を見ると預金現
金の価値が不動産の価値を上回っています。
それだけ不動産の価値の低下していること、
結果として個人の実物資産の価値が目減り
していることが分かります。
5
6.
1
国債の需給を考慮に入れた経済成長モ
デル
Yt = F (K t , Lt ) = K ta L1t-a
6
- 10 -
æ nt + ar t + rt* bt -1 ö a -1
÷
k t = çç
÷
(
)
+
a
s
t
è
ø
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会

Ⅱ.日米のバブル現象の共通点と家計
に高い評価を受けておりました。
の早期警戒指標
米国のバブルの話に戻りますと、証券化
により米国のバブルは世界中に飛び火した
これから、日本 FP 学会でも発表いたし
わけですが、米国では住宅金融会社という
ました、日本と米国におけるバブルの共通
ものがたくさんありまして、モーゲージブ
点とその評価指標についてご説明させてい
ローカーが低所得者層にローン資金を流し
ただきます。テーマは全部で6つございま
ていって、それを証券化したのです。日本
すが、まずは、テーマ1としてバブル発生
では、1990 年頃、丁度、住宅金融公庫をど
の原因について、テーマ2としてミクロと
う改組するかということで、証券化を促進
マクロの不整合性についてお話させていた
する方向に向かわせてはどうかという考え
だきます。
もあり、こうしたモーゲージブローカーか
らは、米国のジニーメイやファニーメイの
(1)バブル発生の原因について
ように証券化を促進し、どんどん住宅を建
グリーンスパンが FRB の議長だった当
事、一冊の本を出版したことをご存知かと
設するというメカニズムを構築してはどう
かという考えも示されておりました。
思いますが、彼は、米国が IT バブル崩壊に
このように米国のジニーメイやファニー
よる影響で一時的に景気が悪くなった当時、
メイは、主に証券化を行う機関だったわけ
景気を回復させるために、低金利の誘導と
ですが、実は、ストックオプションを導入
マネーサプライの増加の決定をしたわけで
して、政府関連機関の給与を株価に連動さ
す。一方、日本では 1980 年代に円高に対す
せるというメカニズムを入れております。
る金融緩和があったわけであります。この
その背景には政府関連機関も収益性を目指
ような、低金利の誘導とマネーサプライの
して、民営化を視野に入れて運営していく
増加により、株価は上昇し、さらにファン
べきだという考えがあり、これによりスト
ダメンタルバリューを越える水準まで株価
ックオプションを発行したわけであります。
が上昇しましたが、この水準を超えると資
そうなりますと、証券化の増加が給与の増
産効果が働いて家計は喜びますし、企業も
加に結びつくわけですから、証券化が増加
喜ぶわけです。こうなると、その後に金融
し、それに AAA の評価がついたため、世界
引き締めをしようと思ってもどうしても遅
に転売されていったわけであります。一方、
れがちになってしまうわけで、そうこうし
日本では住宅金融公庫はローン主体で証券
ているうちに住宅価格や地価の上昇に結び
化をあまり進めていなかったことで米国と
ついてしまい、これがバブルを引き起こす
同じ状況に陥ることはなかったわけです。
わけであります。このように、資産価値が
次にこうしたバブルがなぜ発生してしま
ある程度の水準まで上昇したところで、即
うかについて見ていきます【資料 7】。
座に対応できないことがバブルを引き起こ
はじめは需要曲線が右上にシフトしてい
してしまう原因であります。米国ではグリ
きました。これが上にあがっていく段階で、
ーンスパンが FRB の議長だった当時、非常
地方銀行はある程度自分の地域に融資をし
- 11 -
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
なさいというコミュニティ・リインベスト
け貸出の伸び率と実質経済成長率の比較で
メント・アクトという法律が米国で施行さ
す。不動産向け貸出を返済するのは個人ま
れております。この法律に従うため、地方
たは法人なわけですから、実態経済以上に
銀行は、地域の企業に融資するのはリスク
不動産の貸出が進むということは、その分
が大きいから、それよりは、担保もあり安
返済できない人が増加することを表します
全とされる住宅への融資を増加させていっ
ので、不動産向け貸出の伸び率と実質経済
たわけであります。この状況下では、初期
成長率を見ておく必要があるわけです。そ
の段階では住宅価格が上昇するわけですが、
れから、三つ目は、住宅価格が平均所得の
みんなが同じ行動をとると結局住宅供給が
何倍か、いわゆるアフォーダビリティーで
増加し、供給曲線が右にシフトするわけで、
す。住宅ローンの残高と所得の比率をもと
住宅価格が下がり結局融資を受けた資金を
にどこまでなら借りることができるか、つ
返済できないという状況に陥り、結局住宅
まり、借入れのアフォーダビリティーで、
ローンの不良債権を引き起こってしまった
ある水準を超過してまで貸出を行うと不良
というわけであります。しかも、この過程
債権化するということになります。これら
では証券化を行っておりますので、どんど
3つが、バブルを測るうえで有効な指標か
ん転売され、現在のような状況になってし
と思います。日米両国ともこれらの指標が
まっているわけであります。
変な動きを示したわけであります。
こうした背景には、米国では大幅な金融
(日米の銀行貸出と GDP 比率)
緩和がありまして、2001 年から 2004 年ま
こうしたバブルの流れをみるうえで、日
でにおいて FF 金利は大きく低下しており、
米の銀行貸出対 GDP 比率を見てみます。実
同時期のマネーサプライは伸び、2008 年か
態経済と比較して急激に融資の中での不動
ら上昇しています。FF 金利とマネーサプラ
産向け融資が増加したときは、何かおかし
イは銀行貸出にも繋がるわけですけれども、
い事が起こるということであり、バブル当
その結果、経済に悪影響をもたらしたとい
時の日本や米国の 2005 年から 2006 年にか
うことになります。【資料 10】
けての状況をみると、それぞれこの数値が
大幅に上昇しておりました。【資料 8】
日本について見てみると、マネーサプラ
イ(M2)の数値は 1990 年まで堅調に伸び
ております。利子率が 1987 年、1988 年あ
(バブルを測る3つの指標)
たりに低下し、これにより、銀行の貸出態
次にバブルを測る3つの指標【資料 9】
についてですが、一つ目は不動産向けの貸
度にポジティブな影響を与えました。
【資料
11】
出と銀行全体の貸出の比率です。日本はバ
ブル以前に 16%だったものがバブル期に
(日米の不動産価格・株価・銀行の貸出残
は 32%まで上昇しており、やはりおかしい
高の推移)
状況になったわけです。米国の状況も日本
と同様でありました。二つ目は、不動産向
次に日米の不動産価格、株価、銀行の貸
出残高の推移をみてみます。【資料 12】
- 12 -
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
日本の全国銀行貸出残高は、1983 年の
び率を見ますと【資料 14】、サブプライム
200 兆円からピーク時の 1990 年代には 500
ローン問題までは上昇し、その後大幅に低
兆円に達しており、6、7 年で 2.5 倍ほどに
下しております。また、米国の住宅価格の
なりました。そして、その後、20%減少し、
所得に対する割合を見てみると【資料 15】、
400 兆円となっています。株価を見ますと、
従来は 2.8 倍~3 倍程度が平均的な数値で
1989 年にピークを迎えその後、下落してお
ありましたが、2000 年から 2005 年にかけ
ります。地価指数を見ると株価に数年遅行
て、3.8 倍から 3.9 倍程度まで上昇しており
してピークをつけた後、下降トレンドとな
ました、こうした中で結局住宅を購入でき
っております。一方、米国を見てみますと、
なくなって、また元の水準に戻ってきたと
銀行の不動産貸出は、2009 年にピークをつ
いうことであります。
け、その後減少しており、日本の全国銀行
貸出残高の動きに大変よく似ております。
バブルは様々な国で起こりますが、似た
振る舞いを見せると考えています。
次に住宅価格を見てみますと、日本の地
2 年ほど前に、中国・北京のテレビ番組
価の推移と比較しますと、日本は継続的に
で日本のバブルの経験を話しました。中国
地価が下落しているところでありますが、
の状況は、バブル時の日本の状況に類似し
一方、米国は直近ではやや水平となってき
ていると申し上げましたが、結局議論が終
ております。ですから、この状況がしばら
わったあとの中国の方々の印象は、日本と
く続くのであれば、米国の景気低迷は日本
中国とは時期や背景が違うということを言
ほどではないかもしれない。株価を見ても
っておりました。バブルの中にいると、中々
日本に比べてアメリカの方の戻りが早くな
信じてもらえない、だからこそバブルとい
ってきております。
うものが起きてしまうのではないかと感じ
ました。今後の課題としては、様々な国で
(2)ミクロとマクロの不整合性について
バブルが発生してきておりますので、そう
次にミクロとマクロの不整合性について
したバブルの周期説について解明していこ
ですが、これは個別の金融機関の行動と全
うと考えているところであります
体の銀行の動きで語ることができます。
【資
料 13】
個別の金融機関において自社が対象とす
9.バブル発生・拡大のメカニズム
る顧客の需要の増加に対応していれば住宅
価格が上がるわけですが、逆に全ての金融
ここからは、バブル発生・拡大のメカニ
ズムについて見ていきたいと思います。
機関が同じように住宅ローンを増やすと全
体で見ると住宅価格が下がってしまう。こ
(自己資本規制比率のあり方)
れがまさに、合成の誤謬というもので、そ
まずは、BIS のバーゼルⅢの自己資本規
ういった傾向がアメリカで見られるという
制比率についでです。米国の IMF で論文を
ことであります。
発表させてもらいましたが、私の立場は、
なお、米国の銀行の不動産向け貸出の伸
自己資本規制比率というものは全ての国で
- 13 -
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
一律の比率にするのは不適当で、国ごとに
スボーダーで活躍している銀行はどうなる
変えるべきであるというものです。各国の
のかという疑問がでました。特に欧州はク
経済状況等を無視して一律の比率を適用す
ロスボーダーで貸出をしている銀行が多い
ることは経済に対して悪い影響が及ぼして
ためです。ここに好景気の A 国、不景気の
しまうと考えています。
【資料 16】
B 国があるとします。好景気の A 国の自己
不良債権をカバーできる水準に自己資本
資本規制比率を上げ、不景気の B 国の同比
がなければならないというのが自己資本規
率を下げ、各国の自己資本規制比率を適正
制比率ですから、不良債権の部分を色々計
な数値に設定することによって、銀行の過
算し、どれくらいのバッファがあればよい
度な貸出を抑制すべきであるというのが私
か示しているのが自己資本規制比率という
の考え方です。そこで、B 国が A 国に資金
わけであります。この論文の中では、最適
を貸し出す場合はどうすればよいのかとい
な自己資本規制比率はどうあるべきだろう
うことになりますが、結論から申しますと
かということについて、様々なモデルを使
B 国から A 国への貸出は A 国の自己資本規
って分析しましたが、日本の場合、1998 年
制比率に従うべきであります。なぜかとい
~2008 年の適正な比率は、8%ではなく
うと、A 国は好景気で B 国は不景気ですか
5.8%程度だっただろうという結果がでて
ら、A 国に貸出を増やしてはいけないわけ
おります。この時期は貸し渋りといわれる
であります。ヨーロッパ等の銀行はクロス
ように銀行の貸出が減少しまして、全世界
ボーダーでたくさんの取引をしていますが、
的に 8%にしたこと自体がやはりいけなく
その場合、それぞれターゲットの国がどの
て、5.8%くらいにしておけば最適な比率で
程度の自己資本規制比率なのか、また、ど
あり、もう少し銀行の貸出が伸びたであろ
の国にどれだけの貸出をしているのかを踏
うということになります。米国の場合、2002
まえ、それに応じて自己資本規制比率の値
年~2007 年のいわゆる米国のバブルの時
を見ていかないといけないということであ
期は、比率を 4.42%高めるべきだったとい
ります。【資料 17-1、17-2】
うことになります。それから IT バブルのす
ぐ前の 2001 年~2002 年の時期は、比率を
1.116%を下げるべきだっただろうという

ことになります。カナダの場合は、あまり
Ⅲ.バーゼルⅢを受けてのリスクマネ
ー供給の方向性
変わらず 8%強の比率ということになりま
す。なお、これをカナダの中央銀行で発表
次に銀行勘定の貸出と地域密着型のファ
した際には、カナダは 6 大銀行しかなく寡
ンド等についてです。これからバーゼルⅢ
占状態であり、あまり競争しないでやって
が段々と厳しくなっていきますと、預金を
いるからと言っておりました。
集めまて、銀行勘定で貸し出すというとこ
このように国ごとに自己資本規制比率を
ろでは益々リスクを取れなくなってくると
変えておくべきだったというのが私の提案
思います。そのため、自己資本をある程度
ですけれども、IMF で発表したときにクロ
厚くしつつ、銀行勘定にリスクがあまりな
- 14 -
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
いようにしようということであれば、リス
が得意な学生、数学ができる学生といろい
クマネー供給の担い手である資本市場はも
ろな学生がいるわけで、全ての科目がトリ
っと活性化させて、投資家から、銀行に代
プル A という学生は滅多にいないわけで、
わり、地域にリスクマネーが供給されるこ
やはり科目ごとに成績が違うわけです。し
とが必要となってきましょう。
かしながら、クレジット・レーティングと
徐々に動きは出てきておりますが、例え
いうのは一つの指標で評価を与えてしまう
ば、山形応援ファンドですとか、地元の中
わけで、これはやはり不適当ではないかと
で資金を還流させてリスクのある人たちに
考えています。
貸出すという地域密着型の投資信託ですと
格付けの問題はいろいろと議論されてお
か、地域ファンドが必要なのではないかな
りますが、全て過去のデータを基に評価し、
と思っております。茨城県では環境ファン
それから将来を考えて評価をしているわけ
ドを利用し、環境の処理施設を運営しまし
です。しかしながら、将来の為替が円高に
た。また、長野県の飯田市では太陽光パネ
振れるのか、それとも円安に振れるのか、
ル・ファンドというものを作りまして、何
為替動向一つとってみてもそれぞれの企業
百軒かの家の屋根の上に太陽光パネルを設
の業績が変化するわけですから、そういっ
置します。各家庭は太陽光パネルを設置す
た前提を加えないで AA や BBB という評価
るのに一機あたり 200 万円程度かかるわけ
を下すこと自体が本当はおかしいわけで、
ですが、自宅の電力はほぼ賄われ、天候が
こういう条件であれば、この企業は AAA、
よければ、さらに電力を他に売ることも可
こういう条件であれば A になるといったよ
能となります。各家庭は太陽光パネル・フ
うな格付けをしないとおかしなことになっ
ァンドに対して、毎月約 1 万 8 千円支払う
てしまうと思います。特に今回のサブプラ
という仕組みです。その他にもお酒のファ
イムローンについてみると高格付けであっ
ンド、音楽家のファンド、森林ファンド等
たにも関わらず、突然に格付けを下げたわ
もあります。
けであります。
BIS 規制により自己資本規制比率が厳し
くなるこれからは、リスクマネーの規模が
(中小企業の評価・信用情報の重要性)
縮小に向かうことになりますから、こうし
中小企業でもこうした格付けのような取
た地域のファンドを発展させることによっ
組みが始まっております。日本における中
てリスクマネーの提供をしてゆくことが必
小企業をみると、企業数では全体の 99%が
要ではないかと考えております。
中小企業で、売上げは 51%、雇用者の数は
7 割程度となっております。なお、日本の
場合の中小企業は 300 人以上か 300 人未満
(格付けのあり方)
格付けというのはおかしな指標でして、
かというところで分けられます【資料 18-1】。
一つの指標だけで全てのものを評価しよう
それから、タイをみますと、企業数では
とするところに問題があります。私がよく
99.6%が中小企業、売上げでは 76%が中小
申し上げるのは、大学生を例にみても英語
企業、GDP では 38.2%を中小企業が生み出
- 15 -
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
し て い る とい う わ け であ り ま す 。【 資 料
金が調達できなくて、銀行やノンバンクか
18-2】
らの借入れ、日本の場合ですと、信用金庫、
中国の場合を見ると、雇用者数は 75%中
信用組合、地方銀行から主に借りています
小企業で、企業数は 99%が中小企業、それ
が、そこで信用保証協会からの信用保証が
から GDP の 56%は中小企業が生み出して
あると借りやすくなりますので、この信用
いるわけであります。
保証協会を通じてデータを集めたらどうか
これまで見てきましたように、中小企業
ということが始まりました。これを受けて、
は各国の経済のなかで大きな存在を占めて
クレジット・リスク・データーベース(CRD)
おりますが、日銀短観における資金繰り状
の機関ができまして、全国から約 200 の金
況の推移をみても、慢性的に中小企業は銀
融機関がここに加盟しております。ここで
行からお金を借りにくい状況が続いており
は膨大な量のデータを集めまして、中小企
ます。2006 年のあたりに比較的に借りやす
業の格付けを始めたということになります。
い状況でありましたが、これはちょうど為
中小企業がお金を借りる際は金融機関か
替が円安に振れているときで日本の企業の
ら借りるわけですけれども、その場合、信
調子が良かったときであり、それ以外は
用保証協会からの信用保証がないとなかな
1990 年のバブルの時期以外はやはり、中小
かお金が借りられない。さらに、信用保証
企業の資金繰りが悪く大変であったという
協会に中小企業が信用保証を申し込むとき
わけであります。【資料 19】
には、必ず中小企業のデータを提出します。
なぜ中小企業が大変かというと、その一
このように CRD が集めたデータにつきま
つの要因として、融資の審査のための十分
して、統計分析を行いまして、これにより、
な情報がないので銀行側も困っているとい
リスクに応じた金利を付与したり、それか
うことがあります。よく中小企業は 4 つの
ら倒産確率を算出したりするということを
お財布をもっていると言われます。税務署
行ってきました。
に見せる勘定、銀行に見せる勘定、自分が
大企業の格付けは一つの指標ですが、中
持っている勘定、最後は奥さんに見せる勘
小企業については、ここでは収益性、効率
定です。これでは適切な審査を行うことは
性、生産性、流動性・安定性、成長性とい
できませんので、10 年ほど前に中小企業庁
う五つの指標を作って評価し、倒産確率を
で議論していたときにデータを集めて、中
算出するといったことを始めているところ
小企業のクレジット・レーティングのよう
です。こうしたデータの整備等により、大
なものをやったらどうかと提案したことが
企業だけではなく、様々な中小企業に資金
ございます。
【資料 20】【資料 21】
が流れるようになってきたということがあ
日本では信用保証協会、英語で言えばク
ります。【資料 22】
レジット・ギャランティ・コーポレーショ
今後は BIS 規制が益々厳しくなることを
ンというものが全国に 52 ございます。大企
考えますと銀行は、中小企業等のリスクの
業ですと、資本市場からも銀行からも借り
ある借り手にはなかなか貸出しにくくなる
られます。しかし、中小企業はなかなか資
ということが考えられますので、地域ファ
- 16 -
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
ンド等のコミュニティータイプで、それぞ
れの地域の投資家を集めてリスクのある借
り手に貸し出すチャネルにより、中小企業
や地元のベンチャーにリスクマネーを供給
するといったコミュニティ型の資本市場を
成長させてゆくことが必要ではないかと考
えています。
【資料 23】
(最後に~世界の資金の流れと日本への示
唆~)
最後になりますが、アジア全体の資金の
流れを見てみます。【資料 24】
アジアからの域外へのお金の流れは、米
国に 42.8%、ヨーロッパに 37.2%となって
おりまして、これらのほとんどは国債で運
用されております。一方でアジアへの投資
を見てみると、米国とヨーロッパからで 7
割に達します。これらはヘッジファンドの
短期資金等により入ってくるわけです。
したがって、アジア全体で見ますと、長
期で日本人や中国人が米国国債を購入して
いるというわけです。一方のヨーロッパを
みると 65%がヨーロッパ域内で運用され
ております。先にお話ししたコミュニティ
ファンド等を活性化し、資金のミスマッチ
をなるべくなくすことによって、ヨーロッ
パのように、日本の資金がうまく日本国内
で回るようになるということが今後必要で
はないかと考えております。
- 17 -
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
■質疑
本第一号として成功しました。それから、
お酒のファンドですが、2 年ほど前にカン
(質問)コミュニティ型のファンドに関す
ボジアで地域ファンドの講演をした際にお
るお話がありましたが、資本市場の資金循
会いした国際協力銀行の女性が、日本で地
環の現状についてどのように感じられてい
域ファンドの会社を設立し、お酒のファン
るか、また、こうした資本市場に対してよ
ド、ミュージシャンのファンドを作って、
り円滑に資金供給していくためにはどのよ
銀行から貸出を受けられない借り手に対し
うなことをしていくべきか意見をお聞かせ
て資金供給をするという取り組みを行って
ください。
おります。面白い話があって、一口を 2~3
万円程度にすると、ほとんどの投資家は一
(吉野先生)今後、BIS の定める自己資本
口以上購入しないそうです。ですから、手
規制が厳しくなっていくと、いかに資本市
ごろに購入できないといけないわけです。
場を上手く発展させるかということが、日
お酒のファンドについてお話しすると、全
本にとってすごく重要なことだと思います。
国の酒蔵 20 ヶ所程度にお米を分けて、お酒
この規制が厳しくなればなるほど、リスク
を造って何年後かにそれを販売するわけで
の高い借り手に対する貸出が減少する可能
すが、いいお酒ができれば収益を得ること
性があります。銀行が国債を大量購入して
ができますし、失敗すれば、現物のお酒が
いる状況から考えると、銀行は金融仲介の
手に入るという仕組みなわけです。これも、
機能を十分に果たしているとは言い難いわ
だいたい 2~3 万円投資する投資家がいる
けです。つまり、集めた預金で国債を買っ
そうです。ミュージシャンのファンドにつ
ているわけですから、こうした状況では、
いてお話しますと、20 人程度のミュージシ
リスクが高いけれども成長が見込める投資
ャンを対象とし、その中の一人でも成功す
先に対してどう資金供給をしていくかとい
れば DVD が売れるわけですから、収益は
う問題があります。この問題については投
出ているようではあります。最近は今後
資先に資金を供給していく仕組みが必要で
BIS 規制が厳しくなることを考えると銀行
ありますが、長野県の飯田市で行った太陽
だけでは、リスクマネーの供給ができなく
光パネルのファンドですとか、茨城県で行
なってしまうので、東証においても資金供
った環境ファンドの事例があり、こういう
給のチャネルを広げることを考えていただ
地域ファンドが必要かと思います。大きな
ければと思います。
資本市場と同時に地域のコミュニティに対
しても銀行ではできないリスクマネーを供
(質問)弊社では東日本大震災の復興支援
給していくということが必要ではないかと
策としてインフラファンドを創設すること
思います。私のゼミの OB で大手外資系証
を準備しておりますし、地域ファンドが資
券会社に就職した学生の数人が、今ご説明
本市場で機能すれば非常に良いことかと思
したコミュニティファンドを手がけており
うのですが、中身の資産のあり方として、2
まして、茨城県の環境ファンドとして、日
つあると思っております。クレジットスコ
- 18 -
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
アリングのように大数の法則をベースに、
それによって、例えば、高速道路の収益に
たくさんの債権をプールする住宅ローンの
よって投資家の方のリターンを上げればい
流動化のようなパターンと、先生が仰って
いわけです。インドのムンバイ・デリー間
いた、リレーションシップバンキングの延
の高速道路はこの仕組みを利用しておりま
長、または、そのファンド版のようなパタ
す。各国ともそうですが、イギリスの PFI
ーンの 2 つがあるのかと思います。こうし
を行った方に聞いた話ですけれども、最初
た商品が成長する基盤としては、事業内容
のいくつかのプロジェクトのうち 3 つくら
を理解した上で、エクイティ資金を投入す
いは必ず成功させないと、PFI のような新
る投資家、真の意味での PE ファンドが必
しい手法は上手くいかないそうです。
要になると言われておりますが、そうした
最初の 3 つは成功させて、4、5 つ目からは
ファンドマネージャーがどの程度いるのか、
よりリスクの高い案件に挑戦するというこ
また、このような目利きを増やしていくた
とのようです。そうすると投資家側も失敗
めに、東証ができることがあればお聞かせ
があることがわかるので、収益率も安定化
ください。
していくということであります。もう一つ
はキャップとフローを使い分けて、公的な
(吉野先生)インフラファンドについては
インフラファンドで、元本だけは保証して
スタンフォード大学のライアン・オアーと
あげるというやり方もあると思います。す
いう先生が有名ですが、2011 年 1 月にシン
なわち、出資金を少し厚めに用意しておき、
ガポールで、彼と私とオーストラリア・ウ
キャップとフローを分けて元本だけは公的
ーロンゴン大学の先生と3人で国際コンフ
な機関が保証し、一定の割合以上の収益に
ァレンスを開きましたが、様々な投資家の
対しては、全てそのファンドに繰り入れる
方々にコンファレンスに参加していただき
というものです。これは OECD で論文
ましたが、米国、ヨーロッパ等の年金基金
( OECD, Southeast Asian Economic
の方が中心でありました。インフラファン
Outlook 2010, Fall 2010, Chapter 6,
ドの場合は 100%民間から資金を集めてし
Yoshino)を発表したのですが、いくつかの
まうと中々成功しないので、根雪の資金と
国から私の考えは面白いと評価されまして、
しての出資金を入れてあげる必要がありま
キャップ(上限)とフロー(下限)を分けたイ
す。
ンフラファンドも計画されているようです。
(講演会終了)
【免責事項】
本講演録は、当社において加筆・修正等を行い編集いたしましたが、講演中の意見にわたる部分
については、講師の個人的見解であることをお断りいたします。
- 19 -
平成 23 年 9 月 14 日(水)
第 1 回マクロ経済勉強会
Fly UP