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BTMU Washington Report
BTMU ワシントン情報 (2013/ No.010)2013 年 8 月 5 日
三菱東京 UFJ 銀行ワシントン駐在員事務所
アナリスト:多田 恵理子
Eriko Tada, Analyst
e-mail address:[email protected]
黒人少年射殺事件が示す人種問題の根深さ
~オバマは米国を一つにまとめられるか~
米国は、奴隷制度と言う暗い過去を乗り越え、移民国家として多くの人種を受容し、
人種間の平等という原則を築き上げてきた。しかしながら、2012 年 2 月にフロリダ州で
発生した黒人少年射殺事件は人種問題へと発展し、人種間の大きな論争を呼ぶなど、今
も尚、人種差別が米国社会に根深く残る社会問題である事を再認識させるものとなった。
また人種問題は、米国初の黒人大統領であるオバマ大統領にとって、微妙な舵取りが
必要となるセンシティブなイシューであり、その対応如何によっては、2 期目の政権運
営を左右しかねない政治問題でもある。
そこで本稿では、経済、社会、政治等、様々な側面のデータを検証して人種を巡る米
国の現状を整理した上で、黒人少年射殺事件を巡る人種間の認識の差を検証し、今後の
政治面への影響について考察する。
1.人種を切り口とした「米国の肖像」
(1)厳然たる経済格差
米世論調査会社のピュー・リサーチ・センターによると、2012 年における人種別の平
均世帯収入(年間所得)は、アジア系が 7 万 5 千ドル、白人が 6 万 8 千ドル、ヒスパニ
ック系が 4 万 4 千ドル、黒人は最下位の 4 万ドルであった。
また、同社が実施した 2009 年の調査によると、自宅所有率は白人(74%)が 2 位のア
ジア系(57%)を 17%ポイント引き離してトップに立ち、共に半数以下に留まったヒス
パニック系(47%)、黒人(46%)との差が顕著なものとなった。
銀行口座等の所有状況についても、白人、アジア系がそれぞれ 82%、83%であった一
方、ヒスパニック系、黒人はそれぞれ 60%、58%と、白人、アジア系よりも 20%ポイン
ト以上も低い所有率になった。
また、純資産額に於いては人種間での格差が更に際立っており、11 万 3 千ドルの白人
に対し、ヒスパニック系、及び黒人は、それぞれその 5.6%、5.0%に過ぎない保有額に留
まった(次頁【表 1】参照)。
Washington D.C. Representative Office
1
【表 1】人種別に見た資産状況(2009 年)
自宅所有率
自動車所有率
金融機関口座所有率
純資産額
$
白人
アジア系
ヒスパニック系
74%
57%
47%
88%
80%
77%
82%
83%
60%
113,149 $
78,066 $
6,325 $
黒人
46%
69%
58%
5,677
出所:ピュー・リサーチ・センター
(2)増える異人種間結婚
ピュー・リサーチ・センターによると、米国における異人種間の結婚率は、1980 年以
降、上昇傾向を示している。新規結婚における異人種間の結婚率は、1980 年の 6.7%から、
2010 年には 15.1%と二倍以上に拡大した。結果、ストックベースでみた婚姻関係におけ
る異人種カップルの占める割合も、1980 年の 3.2%から、2010 年には 8.4%と上昇した。
【図 1】増える異人種間の結婚(1980~2010 年)
出所:ピュー・リサーチ・センター
この背景には、異人種間結婚に対する社会の受容度が高まった事が指摘できる。1986
年の同社調査では、異人種間結婚を「受け入れられない」、または、「家族にはして欲
しくない」とした回答者が 65%と多数を占めた。2012 年の調査では、逆に回答者の 65%
が「今後自分の家族が異人種間結婚をしても構わない」と回答し、米国社会の異人種間
結婚に対する寛容性の拡大が示された。
(3)政局に影響する人口動態の変化
次頁【図 2】は、1988 年以降実施された大統領選挙における有権者構成を人種別に整
理したものである。これによると、1988 年から 2012 年まで、白人有権者が最大を占め
ることに変化はないものの、ヒスパニック系が 1988 年には全有権者の 4%だったのが
2012 年には 8%と倍増した。ヒスパニック系の増加は、アジア系や黒人の漸増傾向と比
較しても際立っている。
Washington D.C. Representative Office
2
全人口で見ると、白人減少、ヒスパニック系増加の傾向は一層顕著となる。2060 年に
は、白人が全人口に占める割合が 43%と、2012 年比で 20%ポイントも低下する一方、ヒ
スパニック系は 31%と、14%ポイントの増加が予想される。アジア系や黒人については、
それぞれ 3%ポイント増の 8%、1%ポイント増の 13%と、小幅の上昇が見込まれている。
この人口動態の変化は、米国の政局に大きな影響を及ぼし始めている。特に、支持層
の多くを白人に依存する共和党にとっては死活問題となりかねない、深刻な事態である。
今年 4 月 12 日付のレポート 1で報告した通り、2012 年 11 月の大統領選挙では、白人票
の約 6 割を共和党のミット・ロムニー候補が獲得した一方、マイノリティー票は、黒人
票の 93%、ヒスパニック票の 71%が現職のオバマ大統領に流れるという結果となった。
このように、マイノリティー票の取り込みに成功したオバマ大統領が圧勝した事で、
特にヒスパニック系有権者が政局に与える影響力が改めて認識された。以来、共和党の
「リブランディング戦略」の主眼の一つがヒスパニック系有権者へのアウトリーチとな
り、移民制度改革での同党の軌道修正等にも繋がった。既に、政治的なマジョリティ層
が白人から従来のマイノリティ系に移行する「序章」が始まっている訳である。
【図 2】米国の有権者と人口(人種別)
出所:ピュー・リサーチ・センター
(注)その他は、ネイティブ・アメリカン、及び、黒人、ヒスパニック系、アジア系に入らない多様な人
種背景を持つグループ(mixed-race groups)。また、1988 年の調査にはアジア系のデータがない。
2.フロリダ黒人少年射殺事件
(1)人種間論争を呼んだフロリダ州評決
①
事件概容
2012 年 2 月、フロリダ州サンフォードの自衛居住区 2内で、当時 17 歳だった黒人少年
のトレイボン・マーティンが、雨の降る夜、コンビニで買い物をした後に父親の婚約者
1
「イメージ凋落に苦悩する共和党の再生戦略~リブランディングはオバマ革命に対抗し得るか」
http://www3.keizaireport.com/report.php/RID/182493/
2
英語でゲーテッド・コミュニティ (Gated community) と言われる高級住宅地を指し、コミュニティー外部の人間や自
動車の出入りを厳格に制限する事で、高い防犯性を誇る。
Washington D.C. Representative Office
3
宅に戻る途中、挙動不審を理由に自警団のジョージ・ジマーマンに追跡され、口論と格
闘の末、射殺された。マーティン少年は当時、拳銃等を所持していなかった。
ジマーマン元被告はドイツ系アメリカ人の父親とペルー人の母親を持つヒスパニック
系アメリカ人であり、外見は白人に近い。事件発生直後、地元当局が正当防衛を主張す
るジマーマン元被告を逮捕しなかったため、首都ワシントンやシカゴで黒人権利擁護団
体がジマーマン元被告の逮捕を求める抗議集会を開き、全米を跨ぐ人種問題に発展した。
当局による再捜査の結果、ジマーマン元被告は同年 4 月にフロリダ州検察から第 2 級
殺人 3で起訴された。6 月 24 日に始まった公判は全米マスメディアで連日大々的に報じ
られ、国民的論争を呼び起こした。ジマーマン元被告は一貫して、裁判で無罪を主張し
たが、今年 7 月 13 日に同州サンフォードの陪審団がジマーマン元被告の正当防衛を認め
無罪評決を出し、事件は司法上、一旦終結を迎えた。
しかしながら、無罪評決が下った後も、評決に抗議する集会が全米各地で開催される
等、社会的には今尚、論争が続いている。また、黒人歌手のスティービー・ワンダーが、
フロリダ州が正当防衛法を撤廃しない限り、同州でのパフォーマンスを拒否する姿勢を
表明する等、黒人著名人からのメッセージ発信も相次ぎ、更に波紋を広げた。
②
人種間で異なる事件への反応
今年 4 月、ピュー・リサーチ・センターが、白人と黒人を対象として各種ニュースへ
の関心度を調査した結果、ジマーマン氏訴追への関心が、2012 年の大統領選挙や経済問
題を抜いて最も高かったものの、関心の度合いは、白人と黒人で顕著な差が見られた。
ジマーマン氏訴追について「各種ニュースの中で最も関心を寄せたニュースだった」と
した回答者は、白人が 27%に留まったのに対し、黒人は 69%に上った(【表 2】)。
【表 2】各種ニュースへの関心度(2013 年 4 月)
ニュース
ジマーマン氏訴追
2012年大統領選挙
経済
北朝鮮問題
シリア
司法省がアップル社を提訴
その他/分からない
白人
27%
22%
17%
8%
3%
2%
22%
黒人
69%
7%
12%
5%
0%
1%
6%
出所:ピュー・リサーチ・センター
今年 4 月に同社が行った黒人と非黒人(白人、ヒスパニック系、アジア系等)を対象
とした本事件に関する世論調査でも、回答に人種間の差が見られた(次頁【表 3】)。
「ジマーマン被告を有罪だと思う」、「人種バイアス(偏向)がマーティン少年の射
殺につながったと思う」、「マーティン少年が白人だったらジマーマン被告は逮捕され
3
被告人側に情状酌量すべきような事情がある場合の殺人(故意)。
Washington D.C. Representative Office
4
ていたと思う」とした回答者が、黒人ではそれぞれ 73% 4、85% 5、73%と、人種差別が
背景にあったと示唆する結果が目立った一方、非黒人では同 32%、57%、35%に留まっ
た。
無罪評決が出た直後の 7 月 16~21 日にギャラップ社が行った世論調査でも、白人の
54%が「評決は正しい」と回答した一方、黒人の 85%が「評決は間違っている」と回答
する等、やはり白人と黒人で評決に対する評価に大きな差が見られた。
【表 3】黒人少年射殺事件を巡る世論(2013 年 4 月)
黒人
非黒人
ジマーマン被告は有罪だと思うか?
絶対に有罪だと思う
51%
11%
多分有罪だと思う
21%
21%
絶対/多分無罪だと思う
1%
7%
分からない/特に意見はない
27%
61%
人種バイアスがマーティン少年の射殺につながったと思うか?
大きな要素だったと思う
72%
31%
大きくはないが一つの要素だったと思う
13%
26%
全く関係なかったと思う
8%
25%
特に意見はない
7%
18%
マーティン少年が白人だったらジマーマン氏は逮捕されていたと思うか?
逮捕されていたと思う
73%
35%
少年の人種が違っても逮捕されていなかったと思う
20%
49%
特に意見はない
8%
16%
出所:ギャラップ社
また、以前から白人と黒人の間で意見に大きな開きがあった、司法制度が内包する黒
人に対するバイアスを巡って、7 月の評決後に同社が行った調査では、「バイアスがあ
る」とした回答者は、白人は 25%と評決前に比べて低下した一方、黒人は 68%とほぼ変
わらず、両者間の認識の差が拡大した事を示した(【図 3】)。
【図 3】米国の司法制度に黒人へのバイアスがあると思うとした回答者の割合
(1993~2013 年)
出所:ギャラップ社 6
4
「絶対に有罪だと思う」と「多分有罪だと思う」とした回答の合計。
「大きな要素だった思う」と「大きくはないが一つの要素だったと思う」とした回答の合計。
6
白人は「非ヒスパニック系白人」、黒人は「非ヒスパニック系黒人」の意。
5
Washington D.C. Representative Office
5
(2)オバマ大統領の対応
7 月 19 日、ホワイトハウスの定例記者会見の場に、オバマ大統領が突然現れた。驚く
記者団を前に、少年射殺事件に関し、評決内容への言及は回避しつつも、自らの個人的
な体験を織り交ぜた感情的なスピーチを行った。その中で、「射殺されたマーティン少
年は、35 年前の私だったかもしれない」と語り、事件の背景にある、米国に根深く残る
人種的偏見にまで踏み込んだ。
この記者会見については、「司法制度を批判した」「人種問題を煽った」などの批判
が噴出した。この予想される批判を承知の上で、敢えて火中の栗を拾う行動に出た背景
を探る一助として、米国でオバマ大統領が人種的にどう認識されているのか、検証を試
みたい。
オバマ大統領はケニア人の父親と白人の母親の間に生まれ、外見的には「黒人」であ
る。2009 年秋の世論調査 7では、白人は、オバマ大統領を黒人(回答者の 24%)という
より様々な人種背景を持つ人物(mixed-race)(同 53%)と考える一方、黒人は様々な人
種背景を持つ人物(同 34%)というより黒人と捉えていた(同 55%)。結果的には、オ
バマ大統領が黒人層からより強く同一視されている現実が浮き彫りとなった。
米史上初の黒人大統領であるオバマ大統領としては、例え白人や黒人以外のマイノリ
ティーから批判を誘引するとしても、黒人層に大きな抗議活動をもたらした今回の事件
に関し、大統領を同胞と看做す彼等が寄せる「期待」を軽視するわけにはいかなかった。
また、前述の突然の記者会見の背景には、黒人議員や黒人人権擁護団体等から大統領
への強い圧力があったとの見方も根強い。中間選挙を翌年に控えるオバマ大統領にとっ
て、本問題を契機とした社会問題を政治問題化させない為には、何のコメントも出さな
い事が最大の政治リスクであり、個人的感情を敢えて吐露して幕引きを図る事が、正に
ギリギリの対応策であったのだろう。
3.結び
移民国家の米国では、多くの人種が共存し、時に激しくぶつかり合いながら、お互い
の存在を認め合う経験を積み重ねてきた。そして、人種を巡る社会問題が生じる毎に、
それを乗り越える治癒力を蓄えてきた。従って、今回の黒人少年射殺事件を契機として、
米国が今後、人種を対立軸として分裂していくという短絡的なシナリオは考え難い。
一方、近年の人口動態の変容に従い、存在感を増すマイノリティーに対する反感が、
米国内でじりじりと高まりつつある事は、余り知られていない。2011年の世論調査 8では、
白人の52%が反ヒスパニック感情を示した。また、2012年10月末に米国人(全人種)を
対象として行われた世論調査 9では、反黒人感情を示す回答が、2008年の48%から3%ポイ
ント上昇し、51%と過半数に達した事が判明した。
7
ピュー・リサーチ・センター
AP 社
9 ピュー・リサーチ・センター
8
Washington D.C. Representative Office
6
こうしたデータに基づけば、今回の黒人少年射殺事件を巡るオバマ大統領の対応を、
醒めた感情で眺めていた米国人が存在していた可能性を否定する事は出来ないであろう。
事実、ホワイトハウスのスピーチ後には、「オバマ大統領は黒人を代表する大統領であ
り、米国民を代表する大統領ではない」と言う過激な反論までがメディアを賑わした。
今後、中間選挙に向け大統領支持率の回復と安定推移を図る為に、オバマ大統領には、
米国という多民族国家のまとめ役として、「反マイノリティー感情」にも留意したリー
ダーシップを発揮していく事が求められる。しかし、その道のりは、オバマ大統領自身
がマイノリティーであることから、決して平坦なものではないものと思われる。
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https://reports.us.bk.mufg.jp/portal/site/btmureports/
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