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江口至洋(2008.12.4)
2008年12月4日 先端ゲノム医科学特論I 於: 医科学研究所2号館2階大講義室 システム生物学と創薬 九州大学バイオアーキテクチャーセンター 客員教授 システム薬学研究機構 副会長 江口至洋 1 1. はじめに: 医薬品の研究開発の現状 2. システム生物学とは 3. システム生物学と創薬 2 1.はじめに -医薬品の研究開発の現状 3 医薬品の研究開発の現状(まとめ) 1995年以来、新薬の研究開発効率(生産性)は低下 してきている。 新薬の市販後、重篤な副作用が大きな問題となって きている。 有効でかつ安全な新薬生産のための新たな研究開発方法が求めら れている。 創薬ターゲットの効果的探索技術の開発が必要とさ れる。 physiology-basedからmolecular target-basedへ、そしてnetwork targetbasedへ ターゲットからリードへ 4 医薬品の研究開発効率 40 Dollars in billions a) 米国医薬品企業 のR&D 費用 30 20 10 0 93 94 95 96 97 98 99 Year 00 b) Total NDA, and NDA for NME submission (米国FDAに認可さ れた新薬の推移) No. of NDA/NME 150 01 02 03 04 NDA (New Drug Application) NME 100 (New Medical Entity) NME 50 (New Medical Entity) 35 30 25 20 0 15 93 94 95 96 97 98 99 Year 00 01 02 03 04 10 5 0 2002 2003 2004 2005 US Gov. Accountability Office (2006) “New Drug Development: Science, Business, Regulatory, and Intellectual Property Issues Cited as Hampering Drug Development Efforts” Hughes,B.(2008) 2007 FDA drug approvals, Nat.Rev.Drug Discov., 7, 107 2006 2007 5 NDAの中でも新薬の比率は極めて低い ピカ新は12%で、かつ’93年以 降年間15件を越えたことはない。 Priority NME, 12 % Standard NME, 20% Standard non-NME, 60 % NMEのうち、 新規ターゲッ トを対象にし た薬剤は6% ほどだろう。 (21%はター ゲット不明) Priority nonNME, 8% NDAの68%は既存薬の修飾である。 Fig. Proportion of 1,264 NDAs Submitted by Innovative Potential, 1993-2004 Overington,J.P. et al.(2006) How many drug targets are there?, Nat. Rev. Drug Discov., 5, 993 6 医薬品の安全性問題 (市場から撤収した医薬品) 2000年 胸やけ治療薬Propulsid (Cisapride ) 1993年承認を受ける。致死性不整脈(QT間隔延長)により、市場から撤収。売上10億ドル 規模。 2000年 糖尿病薬Rezulin (Troglitazone) 三共が1997年から販売(売上5億ドル規模) 。肝障害への副作用から販売中止。 2001年 高脂血症薬Baycol (Cerivastatin) Bayerが1997年から販売(スタチン系の10%の市場を占有)。重篤な筋肉障害。 2004年 非ステロイド性抗炎症薬Vioxx (Rofecoxib) 1999年Merck社が販売開始。心血管リスクの増加のため市場から撤収。売上25億ドル/年規模。 ⇒ NCEs(New Chemical Entities)の10%ほどが、市販後重篤な 副作用を示している。⇒ 有効性と共に安全性が重要課題! 注) QT間隔: 心室筋の活動電位の持続期間 Schuster D, et al.(2005) Why drugs fail--a study on side effects in new chemical entities.Curr Pharm Des. 11:3545-59. 7 製薬企業からみた創薬の課題 基礎研究 非臨床試験 第1相試験 第2相試験 第3相試験 承認審査 (2~3年) (3~5年) (1~3年) (1~2年) (2~3年) (2~3年) 市販後調査 成功確率17% 成功確率56% 成功確率65% 成功確率43% 成功確率73% 成功確率91% 1 66.4% 0 .8 0 .6 0 .4 0 .2 1.8% 10.4% 18.9% 91.0% 28.6% 0 1. 開発期間(15年)を短くし、かつ成功確率(0.17*0.56*0.65*0.43*0.73*0.91=1.8%)を高める。 2. ターゲット候補ではなく、「確証されたターゲット、そしてリード」が求められている。 3. 非臨床試験の早い段階からヒトの毒性予測(ヒトへの外挿)を確実に行いたい。 4. 薬概念を拡大したい。⇒ビジネスモデルの革新(例:抗体医薬、RNA医薬、再生医療、・・・) 8 成功確率の出典:2005年10月18日、Bristol-Myers Squibb社T.Herpin氏のボストンでの講演資料 創薬ターゲット? 細胞内反応ネットワー クのどの位置に? Drewsらが、Goodman & Gilmanの「薬理書」(1996年)から抽出した483個のターゲッ トを調べた結果 7 5 45 % 2 2 Re c e pt o r s 11 En zyme s Ho r mo n s & fac t o r s DNA Nu c le ar r e c e pt o r s I o n c h an e ls Un kn o wn 28 % D.Hanahan, et al.(2000) Cell, 100, 57 Ro do psin - like GP CRs Overingtonらが、FDAに承認された1,357のunique drugsのターゲット、 324個を調べた結果 I o n c h an n e ls Nu c le ar r e c e pt o r s 26.8 % P e n ic illin - bin din g pr o t e in Mye lo pe r o xidase - like 13.4 ターゲット候補の数は? Drews 5,000~10,000 Hopkinsら 3,051 Russら 2,261~ 3,051 % 3 4.1 Drews, J (2000) Drug Discovery: A Historical perspective, Science, 287, pp1960-196 Hopkins, A.L. et al.(2002) The druggable genome, Nat Rev Drug Discovery 1, 727 Overington,J.P. et al.(2006) How many drug targets are there?, Nat. Rev. Drug Discov., 5, 993 Russ, A.P. et al.(2005) The druggable genome: am update, DDT, 10, 1607 S o diu m: n e u r o t r an smit t e r sympo r t e r family Type I I DNA t o po iso me r ase Fibr o n e c t in t h pe I I I 13 % Cyt o c h r o me P 4 5 0 Oth e rs 9 アポトーシスパスウェイと創薬ターゲット 細胞死シグナル(TNF, TRAIL, FASL,...) 抗がん剤(TRAILアゴニスト) FADD リウマチ 抗がん剤 CARP FLIP pro8 tBid CARP casp8 casp8 ハンチントン病、 敗血症ショック Bid p53 Bax 抗がん剤 Bcl-2 細胞死 の実行 抗がん剤 casp3 抗がん剤 ミトコンドリア cyt cm IAP pro3 casp9 ALS cyt c cyt c 抗がん剤 (ミトコンドリア外 膜の透過性亢進) Apaf-1 apoptosome apoptosome Apaf-1 Fischer, U. et al.(2005) New approaches and therapeutics targeting apoptosis in disease, Pharmacol. Rev., 57, 187 pro9 casp9 casp9 10 アラキドン酸代謝ネットワークと創薬ターゲット 抗がん剤 PHGPx 12-HETE 鎮痛、抗炎症薬 (cPLA2選択的) 12-LOX 12-HPETE PLA2 15-HPETE PHGPx LXA4, LXB4 PGES COX 15-LOX 抗がん剤 (masoprocol) TXAS 5-LOX 5-HPETE PGH2 鎮痛、抗炎症薬 Licofelone PGF2α PGFS PGD2 PGDS 抗アレルギー薬 PGIS PGI2 TXA2 PHGPx 5-LOXパスウェイ 5-LOX 喘息治療薬 (zileuton) LTC4S CysLT 気管支収縮 LTA4H LTB4 血管拡張、血小板凝集抑制 TXB2 LTA4 LTC4 GGT LTD4 アラキドン酸 5-HETE LTD4 鎮痛、抗炎症薬 (mPGES-1選択的) PGE2 発熱、痛覚感受性増幅 リン脂質 15/12-LOXパスウェイ 15-HETE 鎮痛、抗炎症薬 (aspirin, rofecoxib ) COXパスウェイ 血管収縮、血小板凝集促進 好中球と好酸球の 強力な走化因子 喘息治療薬 (zafirlukast, montelukast) CysLT1受容体 COX: cyclooxygenase, CysLT: cysteinyl LT, HPETE: hydroperoxyeicosatetraenoic acid, LOX: lipoxygenase, LT: leukotriene, LX: lipoxin, PG: prostaglandin, PLA2: phospholipase A2 Chen, F.L. et al. (2008) 12-lipoxygenase induces apoptosis of human gastric cancer AGS cells via the ERK1/2 signal pathway, Dig. Dis. Sci., 53, 181 11 2. システム生物学とは 12 システム生物学とは(まとめ) 生命現象を理解するための一般的な研究ス タイルで、特に「数理モデルによる理解」に重 点があります。 情報を軸にした生命理解と生化学反応として の生命理解を源流としています。 研究が、ゲノムの塩基配列に代表される構造 理解から、その機能理解へと進んできたこと により注目されている一つの研究方法です。 13 ほとんどの場合、 実験は理論と融合している 研究目的: 薬物Dとターゲット Tとの解離定数Kd(結合定数) や速度定数ka,kdの計測 反応モデル: D+T kd 表面プラズモン実験: Resonance signal バッファー サンプル ka DT Kd=kd/ka バッファー base line time 理論式を用いた回帰分析: ka=3.1×106M-1s-1 kd=6.7×10-2s-1 Kd=2.2×10-8M ほとんどの実験は数理モデルに裏打ちされている。 例:酵素反応におけるKm値の計算。NMRによる分子構造の推計。質量分析による分子の推計。 14 一般的な研究スタイルとしての システム生物学 予測と操作性の獲得 推論 研究対象 形式システム (細胞、組織、器官、・・・) (数理モデル: ・・・・・・) w x v モデルM: z y F データの計測 dx/dt=mx(x,y) dy/dt=my(x,y) f=f(x,y) モデル化 You could almost write a dictionary of the different uses of ‘systems biology’. A.Henny, Director of Global Discovery Enabling Capabilities & Sciences at AstraZeneca Jones,D.(2008) All systems go, Nat.Rev.Drug Discov., 7, 278 15 システム生物学の時代背景/源流 生物学における「情報」の時代 1943年 Schrödinger「生命とは何か」 1953年 DNAの二重らせんモデル 1958年 セントラルドグマ 1961年 Wiener「サイバネティックス」 生物学における「計測技術」の時代 1977年 DNA塩基配列決定法(Sanger法) 1988年 MALDI - Really big proteins fly! (Tanaka & Karas) 1991年 DNAチップの開発 化学反応の数理モデル化 1850年 L.F.Willhelmyの研究 1913年 Michaelis-Mentenの研究 1965年 アロステリック酵素モデル 1970年代 酵素反応の数理モデル化 化学反応システムの研究 1980年代 化学反応システムの 動的挙動と制御機構の解析 1989年 赤血球の代謝モデル 1990年代 シグナル伝達系のモデル化 2003年 ヒトゲノムの塩基配列解読 ⇒ 生物学における”-OME”の時代 システム生物学の再発見 Rosen,R.著、山口昌哉他訳(1974)生物学におけるダイナミカルシステムの理論、産業図書 Segel,I.H.(1975) Enzyme Kinetics, John Willy & Sons 林勝哉他(1981)酵素反応のダイナミクス、学会出版センター 16 ゲノムの時代=“-ome”の時代 細胞内化学反応ネットワーク L6 L5 代謝パスウェイ L2 L1 L7 L4 L3 代謝産物 シグナル伝達系 P5 P2 P6 P1 メタボローム P4 P7 P3 タンパク質 プロテオーム 転写制御 ネットワーク R3 R1 R2 r1 r2 RNA トランスクリプトーム G1 G3 G2 ncR1 ncR2 1.細胞がこの階層性を意識しているわけではない。 2.”-ome”情報から機能情報をいかに生み出すのか? 遺伝子 ゲノム 17 システム生物学の源流としての 化学反応機構解析 1850年 L.F.Wilhelmy ショ糖の加水分解反応 k ショ糖 → グルコース + フルクトース でショ糖のモル濃度[A]の時間変化が微分方程式 d [ A] k[ A] dt で記述されることを示す。 1913年 L.MichaelisとM.L.Menten 酵素反応の基本的な機構、Michaelis-Menten機構を提示する。 S+E ES → E + P 1965年 Monod-Wyman-Changeux 代謝調節の鍵酵素としてのアロステリック酵素の反応機構モデル (フィードバック阻害やフィードフォワード活性化の分子実体が明らかになる) 1975年 I.H.Segel “Enzyme Kinetics” 酵素反応機構の百科事典をまとめる。 1980年代以降 解糖系、赤血球の代謝系、シグナル伝達系・・・・・のモデル解析 18 なぜ今、システム生物学!? 生物学における「情報」の時代 1943年 Schrödinger「生命とは何か」 1953年 DNAの二重らせんモデル 1958年 セントラルドグマ 1961年 Wiener「サイバネティックス」 生物学における「計測技術」の時代 1977年 DNA塩基配列決定法(Sanger法) 1988年 MALDI - Really big proteins fly! (Tanaka & Karas) 1991年 DNAチップの開発 化学反応の数理モデル化 1850年 L.F.Willhelmyの研究 1913年 Michaelis-Mentenの研究 1965年 アロステリック酵素モデル 1970年代 酵素反応の数理モデル化 化学反応システムの研究 1980年代 化学反応システムの 動的挙動と制御機構の解析 1989年 赤血球の代謝モデル 1990年代 シグナル伝達系のモデル化 2003年 ヒトゲノムの塩基配列解読 ⇒ 生物学における「-OME」の時代 システム生物学の再発見 Rosen,R.著、山口昌哉他訳(1974)生物学におけるダイナミカルシステムの理論、産業図書 Segel,I.H.(1975) Enzyme Kinetics, John Willy & Sons 林勝哉他(1981)酵素反応のダイナミクス、学会出版センター ・構造から機能へ/構造とともに機能も ・「情報」を化学反応ネットワークの機能 発現としてみよう! 19 遺伝子の機能? 例:MAPKK(Mek1) >1CDK:A GNAAAAKKGSEQESVKEFLAKAKEDFLKKWENPAQNTAHLDQFERIKTLGTGSFGRVMLV KHKETGNHFAMKILDKQKVVKLKQIEHTLNEKRILQAVNFPFLVKLEYSFKDNSNLYMVM EYVPGGEMFSHLRRIGRFSEPHARFYAAQIVLTFEYLHSLDLIYRDLKPENLLIDQQGYI QVTDFGFAKRVKGRTWTLCGTPEYLAPEIILSKGYNKAVDWWALGVLIYEMAAGYPPFFA DQPIQIYEKIVSGKVRFPSHFSSDLKDLLRNLLQVDLTKRFGNLKDGVNDIKNHKWFATT DWIAIYQRKVEAPFIPKFKGPGDTSNFDDYEEEEIRVSINEKCGKEFSEF >1CDK:B GNAAAAKKGSEQESVKEFLAKAKEDFLKKWENPAQNTAHLDQFERIKTLGTGSFGRVMLV KHKETGNHFAMKILDKQKVVKLKQIEHTLNEKRILQAVNFPFLVKLEYSFKDNSNLYMVM EYVPGGEMFSHLRRIGRFSEPHARFYAAQIVLTFEYLHSLDLIYRDLKPENLLIDQQGYI QVTDFGFAKRVKGRTWTLCGTPEYLAPEIILSKGYNKAVDWWALGVLIYEMAAGYPPFFA DQPIQIYEKIVSGKVRFPSHFSSDLKDLLRNLLQVDLTKRFGNLKDGVNDIKNHKWFATT DWIAIYQRKVEAPFIPKFKGPGDTSNFDDYEEEEIRVSINEKCGKEFSEF PDB:1CDK cAMP-dependent Protein Kinase Catalytic Subunit (E.C. 2.7.1.37) (Protein Kinase A) MEK1 is a tyrosine/threonine protein kinase found in the Ras/Raf/MEK/ERK MAPK signaling pathway. MAPKKK MAPKK MAPK 20 「遺伝子の機能」はシステムに繋がる MEK1 is a tyrosine/threonine protein kinase found in the Ras/Raf/MEK/ERK MAPK signaling pathway. MAPKKK MAPK 入力 OUTPUT INPUT ↓ MAPKKK⇔MAPKKK* ↑ ↓ ↓ MAPKK⇔MAPKK-P⇔MAPKK-PP ↑ ↑ ↓ ↓ MAPKK P’ase MAPK⇔MAPK-P⇔MAPK-PP→OUTPUT ↑ ↑ MAPK P’ase 遺伝子の機能 ⇒ システムの機能 SOS ↓ RAS MOS Jun ↓ ↓ ↑ MAPKKK→MAPKK→MAPK ↑ ↓ PKC MEKK ↑ PLC MAPKK ultrasensitivity/ bistable(all-ornone) switch INPUT 遺伝子の機能とは、生物学 的な時間、空間(細胞)の中 でだれと相互作用しているの かを示しているネットワーク の機能 ⇒システム的理解の必要性 21 細胞の機能解析とシステム生物学 -がん治療を例として 癌細胞の機能 1:自律的増殖促進機能 2:増殖抑制シグナルへ の低感受性 3:アポトーシス抵抗性 4:永続的細胞分裂能 5:血管新生能 6:組織浸潤性と転移能 完全な「細胞集積回路」の把握/数理モデルの作成と検証 特異的な遺伝傷害による集積回路の変化、組織の細胞機能の変化、そして癌が誕生する 仕組みを解析する。 癌の予防と治療は合理的な科学となる(2020年) 現在、がん生物学およびがん治療は、細胞生物学や遺伝学、組織病理学、生化学、免疫 学、薬理学からなる継ぎはぎ細工である。 22 D.Hanahan & R.A.Weinberg (2000) The hallmarks of cancer,Cell, 100, 57 システム生物学は越境する? 生物学の研究対象 集団 システム生物学 個体 数理生態学/集団遺伝学 捕食者と被食者との間の Lotka-Volterra方程式 組織/器官(神経系、循環器系、・・・) 数理神経生物学 細胞(内皮細胞、赤血球、神経細胞、・・・) 細胞の システム生物学 神経興奮に関する Hodgkin-Huxleyの式 反応(複製、転写、翻訳、代謝、・・・) 分子(核酸、タンパク質、・・・) 23 細胞のシステム生物学 1.細胞の機能は、10-15から10-11リットルという小さな空間で数千から数万種類の分子により繰り広げ られている化学反応に担われている。 2.細胞内では自己複製、転写、翻訳、代謝、シグナル伝達といわれる特徴的な化学反応ネットワーク が形成されているが、それらは相互に連結し、単一の化学反応ネットワークとして「生きている」機能、 すなわち細胞機能を維持している。 3.細胞は物理化学の法則に従って生きている。(古典力学と熱統計力学との違いのように異なった レベルでの法則性が存在する点が重要ではあるが) 4.システム生物学は細胞の特性に照応した数理モデルを構築し、その構造と機能を解析する試みで ある。 5.システム生物学は、数理モデルの妥当性を、実験的検証および予測能力の検証によって明らかに する。 細胞の数 大きさ 細胞内1個の分子の濃度 遺伝子の数 mRNAの半減期 (中央値) タンパク質の半減期 (中央値) 細胞周期の長さ 大腸菌 出芽酵母 ヒト 1 ~10-15L ~1nM ~4,500 3~8分 (5分) ~20分 1 ~10-12L ~1pM ~6,600 3~45分 (20分) 16~128分 (43分) ~90分 ~1014 ~10-11L ~0.1pM ~25,000 2~20時間 (10時間) ~24時間 24 システム生物学の方法 化学反応ネットワークの構造解析 化学反応の確率過程論 数理モデル 反応速度論 dX f ( X , p, t ) dt 力学系としての化学反応系 X: 濃度、分子数、確率分布 化学量論解析 例: Vmax [G 6 P] VP [ F 6 P] Km KP d [ F 6 P] [G 6 P] [ F 6 P] dt 1 Km KP 生化学システム理論 化学反応ネットワークの感度解析 ネットワークの構造推定 化学量論的ネットワーク解析 熱力学/非可逆過程の熱力学 25 D.Hanahan & R.A.Weinberg (2000) The hallmarks of cancer,Cell, 100, 57 3. システム生物学の方法 26 3.1.1 化学反応ネットワークの構造解析 個々の化学反応を明らかにし、それらの間 の関係をネットワークとして図示化します。 個々の反応の詳細をミクロに解析するので はなく、ネットワーク構造全体をマクロに解 析します。 27 化学反応ネットワークの知識DB化 グルコース6--リン酸 ホスホグルコ イソメラーゼ フルクトース6-リン酸 E+S ES EP E+P Vmax [G 6 P] VP [ F 6 P] Km KP d [ F 6 P] v [G 6 P] [ F 6 P] dt 1 Km KP ゲノム情報からの代謝ネットワーク構築 遺伝子数: 2,322 反応数: 2,823 代謝物数: 2,671 (EHMN) http://www.genome.ad.jp/kegg/pathway/map/ Ma,H. et al.(2008) Human metabolic network reconstruction and its impact on drug discovery and development, Drug Discov.Today, 13, 402 28 化学反応ネットワークのグラフモデル glucose 6-phosphate NADP+ 代 謝 ネ ッ ト ワ ー ク 1 グラフ表現1(基質グラフ) glucose-6-phosphate dehydrogenase EC1.1.1.49 NADPH G6P NADPH NADP+ 6PGL 6-phosphoglucono δ-lactone H2O 6-phosphogluconolactonase EC3.1.1.31 H2O 6-phosphogluconate NADP+ 6-phosphogluconate dehydrogenase EC1.1.1.43 NADPH R5P 6PG ribulose 5-phosphate ribulose-phosphate 3-epimerase EC5.1.3.1 X5P xylulose 5-phosphate 代 謝 ネ ッ ト ワ ー ク 2 E1 G6P + NADP+ ⇔ 6PGL + NADPH E2 ノードの次数 k(G6P)=3 k(NADP+)=5 k(6PGL)=5 k(NADPH)=5 k(H2O)=2 k(6PG)=5 k(R5P)=4 k(X5P)=1 グラフ表現2(反応グラフ) E1 E2 E4 E3 6PGL + H2O ⇔ 6PG E3 6PG + NADP+ ⇔ R5P + NADPH E4 R5P ⇔ X5P Wagner,A., Fell,D.A.(2001)The small world inside large metabolic networks, Proc.R.Soc.Lond.B, 268, 1803 阿久津達也他(2005)生物情報ネットワークの構造およびダイナミクス、蛋白質核酸酵素、vol.50、No16、p2288 29 化学反応ネットワークのグラフ構造 random network 次数分布P(k)=e-rrk/k! 1.多くはスケールフリーのようだ。 例:大腸菌の代謝ネットワーク(r=2.2) P(k) ポアソン分布 P(k)=e-rrk/k! 2.スケールフリーの性質 1)ほとんどの頂点の次数は小さい 2)ハブ空港のような分子が存在する k 例:L-グルタミン酸、ピルビン酸 scale-free network 次数分布P(k)=Ck-r 3)平均経路長が短い 例:大腸菌の代謝ネットワークでは3.2 1 べき乗分布 P(k)=Ck-r P(k) 0.1 0.01 4)つまり、スモールワールドである 0.001 3.スケールフリーの機能 0.0001 0.00001 1 10 k 100 1)ハブのエラー(削除)には弱い 2)しかし、ランダムエラーには強い Jeong,H. et al.(2000)The large-scale organization of metabolic network, Nature, 407, 651 Barabasi,A.-L., Oltvai,Z.N.(2004)Network Biology: Understanding the Cell’s Functional Organization, Nature Rev.Genet., 5, 101 Arita,M.(2004)The metabolic world of Escherichia coli in not small, Proc.Natl.Acad.Sci.,101, 1543 30 炎症に関与する遺伝子ネットワークの同定 実験: Calvano,S.E. et al. (2005) ヒト白血球に細菌毒素を投与後、0(投与 前)、2、4、6、9、24時間後の発現プロファ イルを計測。 FOXL1 AML1 解析: Chen,B.S. et al. (2008) 炎症に関連する遺伝子群とその転写制 御因子候補群について、時間ラグを考慮 NR3C1 した回帰分析などで、炎症に特異的な遺 伝子ネットワーク(70遺伝子)を構成し、 結合度の高い遺伝子が抗炎症薬のター ゲット遺伝子であるとしている。 TFAP2A GATA2 SOX9 FOXL1(23): 肝星細胞の活性化に伴い発現が 亢進する。 TFAP2A/AP-2α(19): 炎症性サイトカインにより 発現が亢進する。 SOX9(16): 炎症性サイトカインはSOX9の発現 を抑制する。 GATA2(12): AP-1と結合し、抗炎症性サイトカ インIL-13の発現を亢進する。 AML1(11): マクロファージ由来炎症性タンパク 質1(MIP-1)の発現を制御する。 NR3C1(8): グルココルチコイド受容体を介した シグナルは抗炎症作用を示す。 注:()内はリンクの数 Calvano, S.E. et al.(2005) A network-based analysis of systemic inflammation in humans, Nature, 437, 1032 Chen, B. S. et al.(2008) A systems biology approach to construct the gene regulatory network of systemic inflammation via microarray and databases mining, BMC Med. Genomics, 1:46. 31 3.1.2 化学反応ネットワークの構造解析と創薬 細胞内の化学反応ネットワークの静的な構造のみか らも、創薬ターゲットとなるパスウェイが探索されます。 どの遺伝子/タンパク質をターゲットとすべきかは、 (細胞や組織も考慮した、)ネットワークの動的な機能 に依拠します。 32 ネットワーク比較によるターゲット探索 ピルビン酸+D-グリセルアルデヒド3-リン酸 DXP合成酵素 DXP 非 DXPレダクトイソメラーゼ(dxr) メ メ MEP バ バ MEPシチジリル転移酵素(mect) ロ ロ CDP-ME ン ン CDP-MEキナーゼ(cmek) 酸 酸 CDP-ME2P 経 経 MECDP合成酵素(mecs) 路 路 MECDP アセチルCoA アセトアセチルCoA HMG-CoA合成酵素 HMG-CoA HMG-CoA還元酵素 MVA MVAキナーゼ PMVAキナーゼ DPMVA DPMVA脱炭酸酵素 タイプ2イソメラーゼ タイプ1イソメラーゼ IPP DMAPP X 縮合 メバロン酸経路のみ :ヒト、酵母、 黄色ブドウ球菌 イソプレノイド化合物 非メバロン酸経路のみ :H.pylori、大腸菌、マラリア原虫 コレステロール 高木基樹他(2002) 見逃されていた薬剤開発のターゲットー多様なイソプレンユニット生合成系、蛋白質 核酸 酵素、47、pp58-65 IPP: isopentenyl pyrophosphate, DMAPP: dimethylallyl pyrophosphate 33 抗菌剤のターゲットとしての 脂肪酸合成経路(トリクロサンを例に) ・triclosanは1972年以来、広く抗菌剤として使用されていた。 ・手指消毒用の石鹸やローションから歯磨き粉などのヘルスケア用品をはじめ、 子供用玩具、 台所用 品や手術用ドレープなどのプラスチックや布地など、 幅広く使用されている。 Malonyl-CoA FabD ACP FabH Malonyl-ACP Acetyl-CoA β-ketoacyl-ACP FabG FabB FabF Acyl-ACP β-hydroxy-acyl-ACP FabA FabZ FabI FabK FabL Enoyl-ACP ・triclosanはbroad-spectrumな抗菌剤である。 ・triclosanのターゲットはenoyl-ACP reductase (FabI) である。 L.M.McMurry, et al.(1998) Triclosan targets lipid synthesis, Nature, 394, 531-532 ・FabIはessential enzymeである。(?) 34 Enoyl-ACP reductaseのisoformと抗菌剤 Escherichia Staphylococcus Bacillus Enterococcus Streptococcus coli aureus subtilis faecalis pneumoniae - FabI FabK FabL - 51% - - ・B.subtilisはtriclosanに対し尐し抵抗性 を示す。 25% ・GSKは、FabIの阻害剤であるとともに、 FabKの阻害剤compound4を開発した。 Compound4はE.faecalisとS.pneumoniae に対する抗菌作用を示す。 R.J.Heath, et al.(2000) The Enoyl-[acyl-carrier-proein] reductases FabI and FabL from Bacillus subtilis, J.Biol.Chem. 275,40128-40133 D.J.Payne, et al.(2002) Discovery of a Novel and Potent Class of FabI-Directed Antibacterial Agents, Antimicrob.Agents Chenother. 43, 35-40 35 有効で安全な薬の開発のために -鎮痛、抗炎症薬を例に伝承の時代 BC400年 ヤナギの樹皮の抽出エキスは鎮痛・解熱のために用い られていた。 創薬の時代(アスピリンの時代) 1763年 ヤナギ樹皮からの抽出物(サリチル酸類)を解熱薬とし て使用する。 1899年 アスピリン( 非ステロイド性抗炎症薬 ) がBayer社に よって発売される。 ターゲット探索の時代 1971年 アスピリンがプロスタグランジンの生合成を抑制すると の研究結果がでる。 (アスピリンはCOX-2とともに、COX-1をも阻害するため、胃粘膜な どの障害が避けられないとされた。) ibuprofen COX-2の時代 1990年代 1999年 通説「COX-1=生理的、COX-2=病態」 →COX-2選択的阻害剤の開発 FDAが、Merck社のVioxx(rofecoxib)を承認。 ポストCOX-2の時代 2004.9.30 FDAはMerck社Vioxxの自主回収を了承した。2000年 に始められた臨床試験において、重篤な血栓性事象の発現率が、 プラセボに比べ2倍程度であった。発現率の差は18ヶ月の治療期 間後に始めて観察された。 Grosser T, Fries S, FitzGerald GA.(2006) Biological basis for the cardiovascular consequences of COX-2 inhibition: therapeutic challenges and opportunities.,J Clin Invest. 116, 4 36 プロスタグランジン生合成カスケード Membrane phospholipids Diverse physical, chemical, inflammatory and mitogenic stimuli COX-1 Phospholipase A2 Arachidonic acid Prostagrandin G2 Prostagrandin G2 COX-2 炎症時に誘導される 血管、胃、腎で恒常的 にみられる Prostagrandin H2 Prostagrandin H2 Prostanoid synthase (tissue specific) Prostanoids Prostacyclin Thromboxane A2 Prostagrandin D2 Prostagrandin E2 Prostagrandin F2α COX-2選択的阻害剤(Rofecoxib)による抗炎症作用は、主に PGE2産生の阻害による。心血管系有害事象は主に血小板でCOX-1を介して産生さ れるトロンボキサンA2(血小板凝集促進作用)と血管内皮細胞でCOX-2を介して産生されるプロスタサイクリン(PGI2:抗血小板凝集作用)とのア ンバランスと考えられている。 FitzGerald,G.A.(2003) COX-2 AND BEYOND: APPROACHES TO PROSTAGRANDIN INHIBITION IN HUMAN DISEASE, Nat.Rev.Drug Med., 2, 879 37 アラキドン酸代謝ネットワークにおける 鎮痛、抗炎症薬の最適ターゲットは? 鎮痛、抗炎症薬 (cPLA2選択的) PHGPx 12-HETE COX-1/2 5-HETE 5-HPETE PGH2 TXAS 5-LOX 鎮痛、抗炎症薬 Licofelone PGF2α PGFS PGDS PGD2 PGIS PGI2 TXA2 PHGPx 5-LOXパスウェイ 5-LOX LTC4S CysLT 気管支収縮 血管拡張、血小板凝集抑制 TXB2 LTA4 LTC4 GGT LTD4 アラキドン酸 15-LOX PHGPx LTD4 PGES PLA2 15-HPETE LXA4, LXB4 PGE2 発熱、痛覚感受性増幅 リン脂質 15/12-LOXパスウェイ 鎮痛、抗炎症薬 (mPGES-1選択的) 鎮痛、抗炎症薬aspirin 12-LOX 12-HPETE 15-HETE 鎮痛、抗炎症薬rofecoxib (COX-2選択的) LTA4H LTB4 COXパスウェイ 血管収縮、血小板凝集促進 好中球と好酸球の 強力な走化因子 CysLT1受容体 Scholich, K. et al. (2006) Is mPGES-1 a promising target for pain therapy?,, Trends. Pharmacol. Sci., 27, 399 38 アラキドン酸代謝ネットワークの シミュレーション 白血球 10uM A23187( clcium ionophore) 10uM A23187 + 30uM AA ω-LTB4 (20-OH-LTB4+ 20-COOH-LTB4) LTB4 ω-LTB4 LTB4 39 Yang,K. et al.(2007) Dynamic simulations on the arachidonic acid metabolic network, PLoS Comput. Biol., 3, 3 3.2 化学反応の確率過程論 細胞内に数個しか存在しない分子が関 与する反応では平均値の周りでのゆらぎ を無視できない。(特にDNAは1個や2個。 転写制御因子は10のオーダ。) ゆらぎを積極的にモデル化しよう。 40 確率過程としての表現の必要性 oriC 1.51 Mb 1.46 Mb galK<> CFP intC<> YFP E.Coli 4.6 Mb Elowitz,M.B. et al.(2002) Stochastic Gene Expression in a Single Cell, Science, 297, 1183 A: lacIによりCFPとYFPの発現量を抑制した 場合、ノイズがみられる。 B: IPTG投与により発現量を上げた場合、ノイ ズが消える。 C: ΔrecA株では、ノイズがみられる。 kR kP γP DNA → mRNA (x) → protein (y) → Ø ↓γR Ø dP(x,y,t)/dt=kRP(x-1,y,t) - kRP(x,y,t) + kPxP(x,y-1,t) - kPxP(x,y,t) +γR(x+1)P(x+1,y,t) - γRx(P(x,y,t) + γP(y+1)P(x,y+1,t) - γPP(x,y,t) Ozbudak,E.M. et al.(2002) Regulation of noise in the expression of a single gene, Nature Genet., 31, 69 41 転写翻訳DNA→mRNA→Proteinの 確率過程モデルのシミュレーション結果 kR kP γP DNA → mRNA → protein →Ø ↓γR Ø 0 kR=0.001s-1, kP=1.0s-1, γR=0.1s-1, γP=0.002s-1 50 100 150 200 42 確率過程は細胞運命と細胞集団の不均一性をもたらす kR kP γP DNA → mRNA → protein →Ø ↓γR Ø kR kP γP DNA → mRNA → protein →Ø ↓γR Ø Elowitz,M.B. et al.(2002) Stochastic Gene Expression in a Single Cell, Science, 297, 1183 43 3.3.1 反応速度論と生化学システム理論 システム生物学で最も多用されているモデル化手法 です。 速度式dx/dt=v=f(x)の関数型としては、一次式ととも に、Michaelis-Menten機構に基づく定常状態速度式や シグモイド型のHill式が多く用いられています。 解糖系などの代謝系だけでなくシグナル伝達系のモ デル化も盛んです。 44 化学反応速度式の解 反応モデル: k1 X Y k2 反応速度式: dX/dt = -2X + Y dY/dt = 2X - Y k1=2s-1, k2=1s-1 とした Keq=Yeq/Xeq=k1/k2=2 閉鎖系: X+Y=T(const.) 初期条件: X(0)=3, Y(0)=0 T=3 反応速度式の数値解: 微分方程式の解: X(t) = 2e-3t + 1 Y(t) = -2e-3t + 2 3 X mM 微分方程式の解: dX/dt = -2X + (T-X) = -3X + T X(t) = Ce-3t + T/3 Y(t) = -Ce-3t + 2T/3 T→∞ 2 1 Y 0 0 0.5 1 1.5 sec. 2 平衡状態の解: X(t) = 1, Y(t) = 2 Keq=Yeq/Xeq=2 45 Michaelis-Menten機構と速度式 Michaelis-Menten機構 ES E+P ES S,P E+S k3 E,ES k1 .01 S k2 速度式 dS/dt = -k1E・S + k2ES dE/dt = -k1E・S + k2ES + k3ES dES/dt = k1E・S - k2ES - k3ES dP/dt = k3ES .005 P E k1=1,050mM-1min-1, k2=300min-1, k3=15min-1 Km=0.3mM, S0=10mM, E0=0.01mM 定常状態速度式(dES/dt =0) dP/dt = v = VmaxS/(Km + S) S→P 但し Vmax= k3E, Km= (k2+k3)/k1 注: dP/dt=kSと近似してはいない。 46 林、坂本編(1981)「酵素反応のダイナミクス」、学会出版センター 化学反応ネットワークの速度式 v XY → X → Y vYZ Z → 上記反応ネットワークのYに関する速度式は、 dY v XY vYZ dt 個々の反応が酵素反応で、かつMichaelis-Menten機構を仮定すると Vmax Y Y Vmax Z Z V X K K mZ dY mY max X Y Z dt K mX X 1 K mY K mZ 個々の反応が素過程であると仮定すると dY k1 X (k 2Y k 3 Z ) dt 47 S → P dP/dt Hill式を用いた速度式 1 h=4 h=2 0 .8 E + hS ESh → E + hP h=1 0 .6 h=0.5 0 .4 Vmax S h dP dt K m h S h 0 .2 0 0 0 .5 1 1 .5 2 S 2 .5 3 48 Sシステムやlin-log速度式 1.5 h dX i g vi Vi Vi i X j ij i X k ik dt j k lin-log速度式 反応速度(v) Sシステム Sシステム 1 一次式 0.5 v f ( E, x1 ,, xm ) v E(a p1 ln x1 p m ln xm ) Michaelis-Menten式 lin-log速度式 0 0 1 2 3 4 5 基質濃度(S) v S g g log v( S0 ) S v( S0 ) Km 0 log S v( S0 ) S K m S0 v( S0 ) S0 g Vmax S0 k E S g g S0 cat T 0 S0 K m S0 K m S0 u(S ) v(S 0 ){1 g ln( S S 0 )} 49 解糖系の反応ネットワーク a) Glc_out (50mM) HXT Glc_in ATP ADP vGlyco= HK 6.0mM/min Glycogen vTre= 4.8mM/min G6P Trehalose PGI ADP ATP F6P ATP ATP ADP ADP PFK F16bP G3PDH ALD Glycerol Trio ATPase ADP ATP ADP ATP NADH NAD GAPDH PDC BPG 3PGA PGK 2PGA PGM PEP ENO PYR Ace Ethanol PYK NAD NADH NAD NADH ADH 4ATP 4ADP 3NAD 3NADH Succinate b) F16bP 2ADP Trio: ATP + AMP AK F16bP DHPA + G3P, DHPA ALD G3P TPI c) 機能基の保存 [ATP] + [ADP] + [AMP] = const. =4.1 mM, [NAD] + [NADH] = const. = 1.6 mM 50 Teusink,B. et al.(2000) Can yeast glycolysis be understood in terms of in vitro kinetics of the constituent enzymes? Testing biochemistry, Eur.J.Biochem., 267, 5313 解糖系のTeusinkモデル 問題意識: 試験管内で得られた 酵素反応速度式から 細胞内の代謝物の挙 動を再現しうるか? Vmax [G 6 P] VP [ F 6 P] Km KP vPGI [G 6 P] [ F 6 P] 1 Km KP d[Glc_in]/dt = vHXT -vHK d[G6P]/dt = vHK -vPGI -2vtrehalose -vglycogen d[F6P]/dt = vPGI -vPFK d[F16bP]/dt = vPFK -vALD d[Trio-P]/dt = 2vALD -vGAPDH -vG3PDH d[BPG]/dt = vGAPDH -vPGK d[3PGA]/dt = vPGK -vPGM d[2PGA]/dt = vPGM -vENO d[PEP]/dt = vENO –vPYK d[PYR]/dt = vPYK –vPDC d[AcAld]/dt = vPDC -vADH -2vsuccinate d[P]/dt = -vHK -vPFK +vPGK +vPYK -vATPase -vtrehalose -vglycogen -4vsuccinate d[NADH]/dt = vGAPDH -vADH -vG3PDH +3vsuccinate d[NAD]/dt = -d[NADH]/dt ( 1) ( 2) ( 3) ( 4) ( 5) ( 6) ( 7) ( 8) ( 9) (10) (11) (12) (13) (14) [Trio-P] = [DHAP] + [GAP] [P] = 2[ATP] + [ADP] Keq,TPI = [GAP]/[DHAP] Keq,AK = [AMP][ATP]/[ADP]2 [ATP] + [ADP] + [AMP] = const. (15) (16) (17) (18) (19) 51 Teusinkモデルの定常状態解 問題意識への解答: Glc_out 多くのパラメータを調整することにより、実験結果と整合的 な定常状態解を得ることはできたが、最初の問題意識へ の明確な解答はない。 HXT Glc_in HK (88) Glycogen G6P (6.0) 困難さの理由: (2.4) 1.27 Trehalose ・試験管内では予想できなかった環境因子(阻害剤など) の関与。 ・細胞内では生体高分子の混雑の問題があり、予想より はるかに高い酵素濃度である。 PGI (77.2) F6P 0.11 PFK (77.2) (mM/min) F16bP 0.61 ALD (77.2) 0.74 0.03 DHPA GAP TPI 0.36 BPG GAPDH (136.2) 3PGA PGK (136.2) 0.04 2PGA PGM (136.2) 0.07 PEP ENO (136.2) 8.37 PYR PYK (136.2) AcAld PDC (136.2) G3PDH (18.2) Glycerol mM 0.17 Ethanol ADH (129) (3.6) Succinate Pritchardら: Vmaxの同時最適化により、細胞内の動的挙動を解析しうるモデルを構築できる。 Pritchard L. and Kell D.B. (2002) Schemes of flux control in a model of Saccharomyces cerevisiae glycolysis, Eur. J. Biochem., 269, 3894 52 Kholodenkoらによる EGFシグナル伝達系の短期応答モデル a) 活性化したEGFRの時間応答 問題意識: 80 活性化したEGFRの割合(%) EGFの継続的な刺激に伴い、 活性化されたEGFRは刺激後 15秒で最大値となり、その後 急速に減尐するが、アダプ タータンパク質Shcの活性化 は15秒で最大値を取って以 降もその値を維持している。 この異なった応答機構を解析 する。 60 50 40 30 20 10 0 問題意識への回答: 0 30 60 90 120 時間(秒) b) リン酸化したShcの時間応答 30 EGFR: EGF receptor, Grb2: GF receptor binding protein 2, Shc: Src homology and collagen domain protein, PLCγ: phospholipase C-γ リン酸化したShcの割合(%) ShcやGrb2などがEGFRのホ スホチロシン残基を脱リン酸 化酵素から保護するため、反 応r4が一時的に抑制される。 過渡的応答を示すために付 加的なフィードバックループ は必要としない。 活性化したShcが高い値を維 持するのは、受容体と結合し た状態ではなく、ShPやSh-G、 Sh-G-Sが蓄積しているためと 推計される。 ● 20nM EGF ▲ 2nM EGF ■ 0.2nM EGF 70 20 10 0 0 30 Kholodenko,B.N. et al.(1999) Quantification of short term signaling by the epidermal growth factor receptor, J. Biol. Chem., 274, 30169 60 90 120 時間(秒) 53 Schoeberlらによる EGFシグナル伝達系の長期応答モデル EGF EGFR EGFRの細胞内移行 Ras-GTP Ras-GTP RAF RAF* MAPK(RAF-MEK-ERF) カスケード MEK 活性化したERK(ERK-PP)の分子数/細胞 50ng/ml 0.5 ng/ml 0.125ng/ml MEK-PP ERK ERK-PP 54 Schoeberl,B. et al.(2002) Computational modeling of the dynamics of the MAP kinase cascade activated by surface and internalized EGF receptors, Nat.Biotechnol., 20, 370 3.3.2 反応速度論/生化学システム理論と創薬 化学反応ネットワークを構成する酵素タンパク質のう ちから、最も効果的な薬剤ターゲットを探索する試み がなされています。 ターゲットとなる化学反応ネットワークを最も効果的に 制御しうる治療方針(例:複数の薬剤投与やマルチ ターゲット薬剤)を検討しようとしています。 55 NF-κBネットワーク阻害剤(多発性骨髄腫の治療薬)の効果解析 dNF/dt=-a1NF・I+d1NF:I+r1NF:I:IKK+dg2NF:I-iNFNF+eNFNFn dI/dt=-a1NF・I+d1NF:I-a3I・IKK+d3I:IKK+sNFn(t-τ)-dg1I-iII+eIIn dNF:I/dt=a1NF・I-d1NF:I-a2(NF:I)・IKK+d2NF:I:IKK-dg2NF:I+eNF:INFn:In dNFn/dt=-a1NFn・In+d1NFn:In+iNFNF-eNFNFn dIn/dt=-a1NFn・In+d1NFn:In+iII-eIIn dNFn:In/dt=a1NFn・In-d1NFn:In-eNF:INFn:In dIKK/dt=k(t)-a2(NF:I)・IKK+(d2+r1)NF:I:IKK-a3I・IKK+(d3+r2)I:IKK dI:IKK/dt=a3I・IKK-(d3+r2)I:IKK その他、アポトーシス抵抗性因子の転写 dNF:I:IKK/dt=a2(NF:I)・IKK-(d2+r1)NF:I:IKK 阻害剤A: IKKの競合阻害剤(A+IKK⇔A:IKK) 阻害剤B: 細胞質におけるNF-κBの競合阻害剤(B+NF-κB⇔B:NF-κB)、 Bortezomib: IκBのプロテアソーム分解阻害剤(プロテアソームの触媒部位をブロックする) ・阻害剤AとBortezomibは同じようなダイナミクスを示す。 ・核内のNF-κB量を減尐させるためには、阻害剤Aや阻害剤Bがより効果的だろう。 56 Sung MH, Simon R.(2004) In silico simulation of inhibitor drug effects on nuclear factor-kappaB pathway dynamics, Mol Pharmacol. 66, 70 EGFRシグナル伝達系での最適ターゲット群の探索 反応3 反応6 反応14 AraujoらはKholodenkoらのモデル(23変 数、25反応経路、50速度定数)を用いて、 複数のリン酸化反応経路を同次に阻害し た場合の効果を解析している。 反応3:tyrosine kinase v3=α・k3[R2]-k-3[RP] 反応6:tyrosine kinase v6=β・k6[R-PL]-k-6[R-PLP] 反応14:tyrosine kinase v14=γ・k14[R-Sh]-k-14[R-ShP] Kinetic scheme of EGFR signaling 1)最適なターゲット位置を探索しうる 2)低い濃度で複数のターゲットを効果的 に阻害することにより副作用を避けうる。 (multi-target drug) Kholodenko,B.N. et al.(1999) Quantification of short term signaling by the epidermal growth factor receptor, J. Biol. Chem., 274, 30169 Araujo,R.P. et al.(2005) A mathematical model of combination therapy using the EGFR signaling network, BioSystems, 80, 57 57 がん治療における各種キナーゼ阻害剤の評価 Cdc20 増殖刺激 CDK1 分解 サイクリンB M Cdh1 CDK1 サイクリンA CDK4/6 G1 サイクリンD G2 R CKI (p21Cip1, p27Kip1) CDK2 S CDK2 サイクリンA 分解 Cdc20 サイクリンE CKI (p21Cip1,p27Kip1) サイクリンE サイクリンA Rb ⊥ E2F 抗がん剤seliciclib 58 Chassagnole,C. et al.(2006) Using mammalian cell cycle simulation to interpret differential kinase inhibition in anti-tumour pharmaceutical development, BuiSystems, 83, 91 がん治療における各種キナーゼ阻害剤の評価 問題意識: ヒトの細胞周期をシミュレートしうる モデルを構築し、ブロードなキナー ゼ阻害効果もつ抗がん剤の効果を 明らかにする。 キナーゼ阻害の異なったスペクト ルを持つ薬剤の最適に組み合わ せた治療法を提示する。 課題: seliciclib(0μM) アポトーシスやDNA複製機構も組 み入れたモデルの作成。 seliciclib(6.9μM) 59 Chassagnole,C. et al.(2006) Using mammalian cell cycle simulation to interpret differential kinase inhibition in anti-tumour pharmaceutical development, BuiSystems, 83, 91 3.4.1 力学系としての化学反応系 力学系はシステムの時間発展を一般的に解析する学 問分野です。 システム生物学では簡略化したモデルの解析に力学 系の理論(例:分岐解析、極限周期軌道)が多用されて います。 振動系や履歴現象を示す系の解析に用いられていま す。 60 力学系としての化学反応系 (2因子反応系を例に) 時間に関して1階の非線形微分方程式 dci f i (c1 , c2 ,, cn ), i 1,2,, n dt 数値解析 感度解析 安定性解析 分岐解析 構造安定性 変数の数を2つに限る x 2因子反応系 dx f ( x, y ) dt dy g ( x, y ) dt タイムコース y time 定常状態 f ( xS , y S ) g ( xS , y S ) 0 の近傍の挙動に限る(条件:原系は構造安定) 線形近似(線形化微分方程式系) d x f xS dt y g xS f yS x xS x xS J g yS y yS y y S y 相図 x 61 2因子反応系の ある定常状態近傍での動的挙動のカタログ b-1) 渦状点 D<0、trJ≠0 実数部分が負 b-2) 渦状点 D<0、trJ≠0 実数部分が正 detJ a-1) 結節点 D>0、detJ>0 異なる2つの固有値 が共に負 a-2) 結節点 D>0、detJ>0 異なる2つの固有値 が共に正 d) 渦心点 D<0、trJ=0 D=0 trJ c) 鞍状点 detJ<0 trJ f xS g yS , det J f xS g yS f yS g xS , D ( f xS g yS ) 2 4( f xS g yS f yS g xS ) 62 双安定状態をもたらす転写制御系 リプレッサ2: v 抑制遺伝子2 プロモータ1 プロモータ2 抑制遺伝子1 レポータ遺伝子 リプレッサ1: u 調節因子: m 系の大域的挙動 定常状態3 Gardnerらは右上に示す転写制御系 を大腸菌内に構成し、調節因子とし てイソプロピルチオガラクトシドIPTG を用いた実験で、定常状態間の遷 移や双安定状態(履歴現象)を観測 している。 2因子反応系としてみた 数理モデル a du 1 b u dt 1 v a2 dv v g dt 1 (mu) 分離線 m=1, a1=a2=5, b=g=3 定常状態2 定常状態1 63 Gardner,T.S. et al.(2000) Construction of a genetic toggle switch in Escherichia coli, Nature, 403, 339 双安定状態をもたらす系の分岐図 6 du a 1 b u 0 dt 1 v dv a2 v 0 g dt 1 (mu) a1=a2=5, b=g=3 レプレッサ1の定常状態濃度 2因子反応系の定常状態 D Y E 5 C 4 3 2 1 A0 0 B F 1 2 3 4 X5 6 7 8 9 10 m 64 酵母解糖系の振動反応モデル Vin Vp Vd Glucose(G) → 3 ATP(T) → 2ADP ATP Vc Vin k p / 2 dG Vin k1GT dt k pT dT 2k1GT dt Km T ATPによる正のフィード Michaelis-Menten型の 分解反応 バックループ Vin Vc A 極限周期軌道 安定渦状点 D B C Bier,M. et al.(1996) Control analysis of glycolytic oscillations, Biophys. Chem., 62, 15 Bier,M. et al.(2000) How yeast cells synchronize their glycolytic oscillations: A perturbation analytic treatment, Biophys.J., 78, 1087 65 3.4.2 力学系としての化学反応系と創薬 注目する酵素活性の変動に伴う分岐解析により、病 態解析が可能となります。 化学反応ネットワークの粗視化(coarse-grained)により、 基本的な要素の解析が可能となるとともに、適用範囲 も拡大することができます。 分岐解析は効果的な創薬ターゲットの探索を可能とし ます。 66 ヘキソキナーゼの活性変化が恒常性に与える影響 1 分岐点 エ ネルギ ー 充足率 安定な定常状態 0.5 不安定な定常状態 “trivial”な安定定常状態 0 40 50 60 70 80 90 100 110 120 ヘキソキナーゼ活性 (正常値に対する% 比) 注:エネルギー充足率=(ATP+0.5ADP)/(ATP+ADP+AMP) ヘキソキナーゼ活性の低下にともなう安定な定常状態 の崩壊は赤血球の老化の鍵になる要因であり、かつ酵 素欠損に伴う溶血性貧血の主なシグナルであろう。 Mulquiney,P.J. et al.(1999) Model of 2,3-bisphosphoglycerate metabolosm in the human erythrocyte based on detailed enzyme kinetic equatiuons, Biochem.J., 342, 597 de Atauri,P. et al.(2006) Metabolic homeostasis in the human erythrocyte: In silico analysis, Biosystems, 83, 118 67 フィードバックループと創薬ターゲット -AKTによるIRS1の活性制御を例に 入力シグナル(S) インスリン/インスリン様成長因子 k1 IRS1:インスリン受容体基質1 ネットワークモデル の簡略化 p70S6K k5 PI3K k3 Ø k0 AKT mTOR K4 V4 AKT IRS1は多くの固形がんにおいて活 性化状態にある。→IRS1のリン酸化 を介したインスリンシグナリングパス ウェイは抗がん剤のターゲットになり うる。 k2 pIRS1-Tyr K3 pAKT 数理モデル化 d [ pIRS1 Tyr ] k1 S (k 0 k 5 )[ pAKT ] k 2 [ pIRS1 Tyr ] dt [ pAKT ] Gk ( AKT ) (V A 1) K 4 ( K A V A ) (V A 1 K 4 ( K 4 V A )) 2 4 K 4 (V A 1)V A 2(V A 1) K A K 3 / K 4 , V A k 3 [ pIRS1 Tyr ] / V4 k 0 1.6, k1 0.01, k 2 1, k 3 1, k 5 1.2, K 3 0.05, K 4 0.05, V4 0.2 68 Araujo,R.P. et al.(2007) Proteins, drug targets and the mechanisms they control: the simple truth about complex networks, Nat.Rev.Drug Disc., 6, 871 AKTによるIRS1の活性制御ネットワークにおける 創薬ターゲット IRS1活性制御ネットワークの特性 入力シグナル(S) ・危険な一方向スイッ チの機能を果たして いる。(一度、刺激S が分岐点S*を越える と、刺激Sが弱くなっ ても、高い活性状態 に留まる。) 治療2 k1=0.01→0.005 pIRS1-Tyr 治療1 k5=1.2 →0.6 治療3 k3=1 →0.5 k2 Ø 治療4 k0=1.6 →0.8 AKT K4 V4 治療1: mTOR阻害剤 治療2: IRS1阻害剤 ・分岐点S*を上げること により、危険な定常状 態に移行しにくくなるが、 危険な一方向スイッチ の機能は残っている。 ・分岐点S*をさらに 下げることにより、 危険な一方向ス イッチの機能を強 化している。 K3 pAKT 相対的に、正のフィードバックに比 べ負のフィードバックが弱いモデル となっている。 治療3: AKT阻害剤 治療4: IRS1とAKTの会合阻害剤 ・危険な一方向 スイッチから、よ り無害な二方向 トグルスイッチに 変化する。 ・危険な一方向ス イッチはなくなり、 より効果的な治療 法となっている。 69 Araujo,R.P. et al.(2007) Proteins, drug targets and the mechanisms they control: the simple truth about complex networks, Nat.Rev.Drug Disc., 6, 871 3.5.1 化学量論解析 dx/dt=0なる定常状態に解析の対象を限定することに より、モデルの適用範囲を広くしています。 定常状態下での個々の反応過程の速度(流速)が細 胞機能を担っているとの立場を強調しています。 70 化学量論解析 細胞機能は、濃度ではなく、定常状態下での反応速度に規定されている。 反応ネットワークモデル 物質収支則に基づく数理モデル dX 1 dt dX 2 dt dX 3 dt dX 4 dt 線形代数方程式 v1 v 2 v3 v 2 v3 v5 v 6 v3 v 4 v 4 v5 S・v 0 dX S・v dt 1 1 1 0 0 0 1 1 0 1 1 0 S 0 0 1 1 0 0 0 0 0 1 1 0 数理計画法 v2 v6 物質収支則 S・v 0 v3 v1 v6 拘束条件1 vimin vi vimax v4 v1 v6 拘束条件2 vi viobs v5 v1 v6 目的関数 z f (v) 化学量論的代謝流速解析 流速収支解析 71 流速収支解析のモデル v1 1 1 1 0 v 2 0 物質収支則 S・v 1 1 0 1 a b 拘束条件1 0 v1 , v 2 拘束条件2 a b c(const.) 目的関数 z f (v) a) ATPあるいはNADH の生成速度最大 b) 内部流速ベクトル の二乗和最小 c) 流速当たりの ATP生成速度最大 72 ニューロンとアストロサイトの エネルギー代謝連関の流速収支解析 1.ニューロンとアストロサイトの 代謝反応ネットワークの作成 217の反応過程(184の内部反応と33の 交換反応)、216代謝産物(183の内部、 33の外部代謝物)からなる。 2.物質収支則と拘束条件の設 定 3.目的関数の設定 グルタミン酸、グルタミン、GABAのサ イクル流速の最大化、および全流速の 2乗和最小化。 4.流速収支解析の実施 ○ TCAサイクルのフラックス比は実 験と整合的である。 × ニューロンからアストロサイトへの アスパラギン酸の輸送(0.092)は実験 に比べ高い値を示している。 KIC: α-ketoisocapriate KIV: α-ketoisovalerate KMV: α-keto-β-methylvalerate OX-PHOS: Oxidative Phosphorylation Fig. Major metabolic fluxes (μmol/g tissue/min) in neuron-astrocyte coupling for resting condition Cakir, T. et al. (2007) Reconstruction and flux analysis of coupling between metabolic pathways of astrocytes and neurons: application to cerebral hypoxia, Theor. Biol. Med. Modelling, 4: 48 73 3.5.2 化学量論解析と創薬 物質収支則や拘束条件に変動を加え、生命の維持 にとって基本となる代謝過程を明らかにすることが できます。 系に外乱を加え、代謝流速変化を計測することによ り、創薬ターゲットとなりうる酵素群を推定すること ができます。 74 結核菌Mycobacterium tuberculosisの ミコール酸代謝経路の解析 マロニル-CoA 合成経路 脂肪酸合成酵素Ⅱ 脂肪酸合成酵素Ⅰ ミコール酸合成経路 197個の代謝物質、219個の代謝反応、28個の流 入・流出反応からなる物質収支則 S・v=0 をもとに、目的関数 f=0.4926vα+0.2334vcis-methoxy +0.0327vtrans-methoxy+0.2117vcis-keto +0.0297vtrans-keto の最適化問題を解いて、流速vを求める。 28種類の酵素機能を破壊することによる代謝流 速の変化を調べ、致死的な酵素を選択し、さらに ヒトとホモログが存在しない酵素を「薬剤ターゲッ ト」として選択した。 FabH, AccD3, InhA, FabD, Fas, Pks13, DesA3 この内、InhAは結核治療薬として用いられている イソニアジドとエチオナミドの薬剤ターゲットである。 75 Raman K, Rajagopalan P, Chandra N.(2005) Flux balance analysis of mycolic Acid pathway: targets for anti-tubercular drugs., PLoS Comput Biol., 1, e46 代謝核(metabolic core)解析によるターゲット探索 ホスホマイシン ペプチドグリカン合成経路 大腸菌の439種の代謝産物、758個の反応に ついて、物質収支則をたて、バイオマス生産 最大の条件で流速を決定する。 サイクロセリン 葉酸合成経路 スルホンアミド トリメトプリム グルコースやアミノ酸など環境から取り込む 化合物96種の取り込み量をランダムに変化 させ、最適化による流速決定を50,000のケー スについて実施し、常に有限の流速を示す 反応を代謝核(metabolic core)として、左に 示している。 既存の抗菌剤(スルホンアミド、トリメトプリム、 ホスホマイシン、サイクロセリン)のターゲット パスウェイが代謝核として浮かび上がってい る。 赤線:必須酵素が触媒する反応 緑線:非必須酵素が触媒する反応 76 Almaas,E. et al.(2005) The activity reaction core and plasticity of metabolic networks, PLoS Compu.Biol., 1, e68 代謝流速プロファイリングによる 抗ウイルス薬ターゲットの同定 Glucose 28.27/12.06 = 2.44 Hexose-P FBP Pentose-P 0.05/0.02 0.08/0.03 = 2.50 = 2.67 ATP UTP 3PG Glycerol PEP Ala 0.39/0.09 = 4.33 Nucleic acids 実験: ヒト繊維芽細胞にヒトサイトメガロウイルスを投与し、 非投与の場合との代謝流速の変化を計測している。 結果: 1)解糖系、TCAサイクル、脂肪酸合成系の流速が顕 著に増加している。 2)脂肪酸合成系酵素の阻害剤はヒトサイトメガロウイ ルスおよびA型インフルエンザウイルスの複製を抑制 する。 3)当該阻害剤は繊維芽細胞のアポトーシスを誘導す ることはなく、毒性もみられなかった。 DHAP Asp OAA Pyruvate 3.37/0.04 = 84.25 Acetyl-CoA Citrate Fatty acids 1.38/0.06 = 23.00 Mal-CoA 3.13/0.17 = 18.41 Malate αKG Glu Gln HCMV-infected / uninfected cells Unit: nmol/min/1.5*106 cells Munger,J. et al.(2006) Dynamics of the cellular metabolome during human cytomegalovirus infection, PLoS Pathogen, 2, e132 Munger,J. et al.(2008) Systems-level metabolic flux profiling identifies fatty acid synthesis as a target for antiviral therapy, Nature Biotech., 26, 1179 77 77 3.6.1 化学反応ネットワークの感度解析 細胞の示すホメオスタシスやロバストネスといった 性質を定量的に表現しようとする試みです。 化学反応ネットワークの機能を担っている主な反 応過程を、感度の大小をみることにより、明らかに しようとしています。 78 感度解析の背景 ホメオスタシス(1929年W.B.Cannon) dX 数理モデル f ( X , p, t ) dt 初期条件 X (t0 ) X 0 生物が外界との相互疎通を行いながら、自己の内部環 境をほぼ一定に保つ現象 キャナライゼーション(1942年Waddington) 拘束条件 g ( X ) Constraint 系への外乱により目的 関数はどう変化する? 環境の変化にかかわらず必然的に定められた一定の 発生、分化の道筋(クレオド)を進もうとする傾向 構造安定性(1972年R.Tom) 目的関数 Obj( X ) 系への外乱 P (e.g.X 0, p) 関数fを尐し変化させても動的挙動に大きな変化が生じ ない系の性質 Obj( X ) 評価関数 ロバストネス(~2004年Kitano、Stelling、・・) P 外乱に対して生命機能を維持する能力 代謝制御解析(流速制御係数) Cik J k Jk Ei ln J k Ei ln Ei 流速制御係数の総和定理 C k i 1 i 79 ラット心臓解糖系の感度解析 a) 直鎖状ネットワーク: J = vPGK= vPGM= vENO= vPYK BPG 3PG PGK 2PG PGM PEP ENO PYR PYK ソースである1,3ビスホスホグリセリン酸 (BPG)からシンクであるピルビン酸 (PYR)に至る反応の流速Jは主にエノ ラーゼ(ENO)とピルビン酸キナーゼ (PYK)によって担われており、両者は 同程度の流速制御係数を示す。 J J J J CPGK 0.008 CPGM 0.008 CENO 0.547 CPYK 0.438 b) 分岐ネットワーク: J = vGlut4= vHK, Ja= vPlase= vPGM, Jb= vPGI J CPGM 0.001 G1P PGM Plase C GlcO GlcI Glut4 G6P HK J J CGlut 4 0.396 CHK 0.59 Glycogen J Plase 0.001 ソースであるグルコース(GlcO)とグリ コーゲンから、シンクであるフルクトー ス6-リン酸(F6P)に至る分岐ネットワー クの流速Jは主にグルコース輸送体 (Glut4)とヘキソキナーゼ(HK)に担わ れている。 J PGI CPGI 0.016 F6P グルコースのみを含む溶液で灌流した場合のモデル反応 80 Kashiwaya,Y. et al.(1994) Control of glucose utilization in working perfused rat heart, J.Biol.Chem., 269, 25502 NF-κBシグナル伝達系の主要な過程 -感度解析の例題としてー TNFα IkBNFkB IKK依存的な IκBの分解 複合体形成 IkB 翻訳 NFkB 膜輸送 膜輸送 膜輸送 IkBNFkBn 複合体形成 ikB IkBn NFkBn NF-κB依存的な 転写 IkB gene NF-κBシグナル伝達系はサイトカイン や成長因子などの刺激を受けて活性 化し、多くの遺伝子の転写を制御して いる。 IκBはNF-κB依存的な転写を受ける遺 伝子の一つであるが、細胞質で翻訳さ れて後、核内に移行し、NF-κBと複合 体を形成し、NF-κBの細胞質への移行 をうながす。 刺激を受けていない細胞においては、 大部分のNF-κBはIκBと複合体を形成 し、不活性な状態にある。 TNFαなどの刺激を受けると、IKKは IκBをプロテアソーム分解経路に導き、 複合体を形成していたNF-κBは解放さ れる。 Hoffmann,A. et al.(2002) The IκB-NF-κB signaling module: Temporal control and selective gene activation, Science, 298, 1241 81 Hoffmannらによる NF-κBシグナル伝達系のモデル TNFα 全ての反応過程は 素過程としてモデル 化されている。 0 ↑k23 IKK k14 IKKa IKKa+IkB k20 IKKa+IkBNFkB k24 IKKaIkB→IKKa k15 k5 IKKaIkBNFkB→IKKa+NFkB k21 k1 IkB+NFkB k6 k3 IkBNFkB→NFkB IKKaIkB+NFkB IKKaIkBNFkB k2 k16 k18 k22 NFkBn k9 IkBn+NFkBn k17 IkB → 0 d[iKB]/dt=k12[NFkBn]2 k8 IkBn k19 0 NF-κB依存的な転 写過程を二次反応 としてモデル化して いる。 k4 ikB→ikB+IkB k13↓ 例:x+y→z dz/dt=kxy NFkB k7 IkBNFkBn k12 k10 2NFkBn → 2NFkB+ikB k11 0 → ikB Hoffmann,A. et al.(2002) The IκB-NF-κB signaling module: Temporal control and selective gene activation, Science, 298, 1241 82 NF-κBシグナル伝達系のシミュレーション結果 -TNFαによるマウス繊維芽細胞の刺激- Total NF-kB NFkBn IkBNFkB IKKIkBNFkB NFkB IkBNFkBn NF-κBはTNFαの持続的刺激に伴い、細胞質と核内間をシャトリングしている。 核内のNF-κB濃度は刺激後20分で最大値をとり、その後、100分程度の周期で振動 している。 Hoffmann,A. et al.(2002) The IκB-NF-κB signaling module: Temporal control and selective gene activation, Science, 298, 1241 83 NF-κBシグナル伝達系の感度解析 (核内NF-κB濃度の周期、振幅、ピーク時間に強い影響を与える速度定数) TNFα 0 ↑k23 IKK k14 IKKa IKKa+IkB k20 IKKa+IkBNFkB k24 IKKaIkB→IKKa k15 k5 IKKaIkBNFkB→IKKa+NFkB k21 k1 IkB+NFkB k6 k3 IkBNFkB→NFkB IKKaIkB+NFkB IKKaIkBNFkB k2 k16 k4 k18 ikB→ikB+IkB k13↓ k22 IkBn NFkBn k 19 0 k8 k9 IkBn+NFkBn k17 IkB → 0 NFkB k7 IkBNFkBn k12 k10 2NFkBn → 2NFkB+ikB k11 0 → ikB ki: IKK依存的なIκBαの分解過程、 ki: NF-κB依存的なIκBαの転写、および翻訳過程 k13: iKBの自己分解過程、 k23: IKKαの自己分解過程、 k18: IκBαの核内移行過程 84 Ihekwaba,A.E.C. et al.(2004) Sensitivity analysis of parameters controlling oscillatory signalling in the NF-κB pathway: the roles of IKK and IκBα, Syst. Biol., 1, 93 3.6.2 化学反応ネットワークの感度解析と創薬 考察対象となる細胞内の化学反応ネットワークで大きな 流速制御係数を示す酵素は薬剤ターゲットの候補となり ます。 同じく、考察対象となる細胞内の化学反応ネットワーク の感度解析の結果、大きな変動係数を与える酵素は薬 剤ターゲットの候補となります。 85 原虫トリパノソーマの解糖系の代謝制御解析 と薬剤ターゲット探索 Bakkerらは「最も効果的な薬剤ターゲットは、寄生虫に対 して高い流速制御係数を示し、ヒトに対しては低い流速制 御係数を持つ酵素である」との仮説の基に、トリパノソーマ のターゲット探索を行っている。 実験で得られた19種の酵素反応モデル式から定常状態 のフラックスJを求め、流速制御係数Ci={∂J/J}/{∂Ei/Ei}を Ci={⊿J/J}/{⊿Vmaxi/Vmaxi} で求めている。 主な酵素の流速制御係数 Vtr=106 1.グルコースの膜輸送 2.ヘキソキナーゼ 5.アルドラーゼ 7.グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ 8.ホスホグリセリン酸キナーゼ 12.グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ 0.90 0.02 0.02 0.02 0.02 0.02 Vtr=143.4 0.08 0.05 0.28 0.23 0.15 0.17 Vtr:グルコースの最大膜輸送速度。単位はnmol/min/(mg cell protein)。 原虫トリパノソーマの解糖系 注1:トリパノソーマはアフリカ睡眠病の原因となる寄生虫 注2:グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼは治療薬の一つスラミン(suramin)の ターゲットとされている。 Bakker, B. M. et al. (1999) What controls glycolysis in bloodstream form Trypanosoma brucei?, J. Biol. Chem., 274, 14551 Bakker, B. M. et al. (2000) Metabolic control analysis of glycolysis in trypanosomes as an approach to improve selectivity and effectiveness of drugs, Mol.Biochem.Parasitol., 106, 1 86 JAK/STAT1シグナル伝達パスウェイの感度解析 局所的感度解析: Yamada,S. et al.(2003) 系は、脱リン酸化酵素の内ではPPNの濃度変化に 最も影響を受ける。 局所的感度解析: Soebiyanto,R.P. et al.(2007) 系はSOCS1のノックダウンによる影響を最も受ける。 ⇒SOCS1が炎症やがんなどの薬剤ターゲットになる。 大域的感度解析: Zi,Z. et al.(2005) 系はSOCS1、STAT1c、PPNの初期濃度変化に最も 影響を受ける。 ⇒これら3つが炎症やがんなどの薬剤ターゲットに なる。 Yamada,S. et al.(2003) Control mechanism of JAK/STAT signal transduction pathway, FEBS L., 534, 190 Zi,Z. et al.(2005) In silico identification of the key components and steps in IFN-γ induced JAK-STAT signaling pathway, FEBS L., 579, 1101 Soebiyanto,R.P. et al.(2007) Complex systems biology approach to understanding coordination of JAK-STAT signaling, Biosystems, 90, 830 87 3.7.1 化学量論的ネットワーク解析 「細胞内ではどのような定常状態が実現されてい るのだろう」という問題意識から出発している。 細胞内の化学反応ネットワークで、どのパスウェ イが定常状態を担っているのかを明らかにする。 88 解糖系の定常状態解 ? Glc_out HXT Glc_in HK (88) Glycogen (2.4) G6P (6.0) Trehalose PGI (77.2) F6P PFK (77.2) (mM/min) F16bP ALD (77.2) DHPA GAP TPI BPG GAPDH (136.2) 3PGA PGK (136.2) 2PGA PGM (136.2) PEP ENO (136.2) G3PDH (18.2) PYR PYK (136.2) AcAld PDC (136.2) Ethanol ADH (129) (3.6) Glycerol Succinate 定常状態v = (88 2.4 6.0 77.2 77.2 77.2 18.2 136.2 136.2 136.2 136.2 136.2 136.2 129 3.6)t v i ei , i 0 i 89 化学量論的ネットワーク解析 基準モードと極値パスウェイ 問題意識 条件1: S v 0 条件2: 0 vi , i Irrev による拘束を受けている細胞内の化学反応ネットワークでは、いかなる流 速分布が実現されているのか? 非分解性の条件: どの反応を取り除いても定常状態を維持できない 基準モード(elementary mode) 独立性の条件: どの極値パスウェイも他の極値パスウェイの非負係数の線形結合では表現できない 極値パスウェイ(extreme pathway) 条件1と2を満たす任意の定常状態の流速vは極値パスウェイあるいは極 値パスウェイeiの非負係数の線形結合で表現される v i ei , i 0 i 90 基準モードと極値パスウェイ Reaction network v4 v1 A v3 B C v5 ElMo1(ExPa1) v4 v2 v1 A v3 v6 C ElMo2(ExPa2) B v5 v4 v2 v1 A v3 v6 C B v5 v2 v6 ElMo3(ExPa3) ElMo4(-) S・v 0 v1 v2 v3 v 4 v5 v 6 S 1 0 1 1 0 0 A 1 0 0 1 0 B 1 0 1 1 0 0 1C e1 1 1 1 K 0 0 0 v4 v1 A v3 C v6 B v2 v5 v4 v1 A v3 C B v5 v2 v6 e 2 e3 1 1 v1 0 1 v2 0 0 v3 1 1 v 4 1 0 v5 0 1 v6 1) 基準モード(や極値パスウェイ)の数は、化学反応ネットワーク の柔軟性、あるいは頑健性の指標となる。 2) 多くの基準モード(や極値パスウェイ)に共通の構成要素となっ ている反応過程は、定常状態を維持する上で、重要な反応過程と推 定される。 3) どの基準モード(や極値パスウェイ)にも含まれない反応過程は、 誤って設定された反応過程であると推定される。 Klamt,S.&Stelling,J.(2003) Two approaches for metabolic pathway analysis?, Trends Biotechnol., 21, 64 Papin,J.A. et al.(2004) Comparison of network-based pathway analysis methods, Trends Biotechnol., 22, 195 91 酵母解糖系の基準モード Schwartz, J.M. and Kanehisa, M.(2006) Quantitative elementary mode analysis of metabolic pathways: the example of yeast glycolysis, BMC Bioinformatics, 7, 186 92 3.7.2 化学量論的ネットワーク解析と創薬 基準モード(極値パスウェイ)解析は定常状態を維持す るための必須酵素群、あるいは必要としない酵素群を 明らかにします。 基準モード(極値パスウェイ)の数は系の冗長性や頑健 性の指標となります。 93 アデニンから出発しATP合成に至る基準モードの例 K+o Na+o 赤血球の代謝ネットワーク K+i Na+i ATP ADP 解糖系 DHAP HK GLC PGI G6P PFK F6P 2,3DPG TPI ALD EN FDP GA3P 1,3DPG GAPDH G6PDH ADK 6PGL ATP + AMP PGLase ADP PGK GSSG 2PG PEP PGM PK 4つの基準モードの構成酵素とは ならない → これら3つの酵素の 欠損によって定常状態は影響を 受けない。 PYR LDH LAC NADPH NADP ペントース リン酸回路 6PGC 3PG ATP GSH ADP 4つの基準モードで共通に必要 ⇔ AdPRT欠損症ではADEの 蓄積がみられる。 AK GSSGR PDGH GSH GSSG GSHR RL5P AdPRT ADO ADE AMP ADA RPI INO R5P X5P PNPase GA3P GA3P PRPP IMP HX RIP PRPPsyn R5P HX S7P ヌクレオチド代謝経路 F6P E4P F6P aGLC+bADE=cCO2+dLACext+eATP なる基準モードは4種あるが、その一つを示している。 Joshi,A. et al.(1989) Metabolic dynamics in the human red cell. Part I - A comprehensive kinetic model, J.Theor.Biol., 141, 515 Schuster,S. et al.(2005) Adenine and adenosine salvage pathways in erythroicytes and the role of S-adenosylhomocysteine hydrolase, FEBS J., 272, 5278 94 Cakirらによる赤血球代謝パスウェイの基準モード解析 K+o Na+o 2.81 1.87 K+i Na+i ATP ADP 解糖系 0.93 DHAP HK PGI GLC G6P PFK F6P TPI DPGM 2,3DPG FDP EN GA3P 1,3DPG GAPDH G6PDH 0.21 3PG PGK 6PGL ADK ATP + AMP PGLase ペントース リン酸回路 6PGC ADP GSSG PYR LDH LAC ATP ADP AK ヌクレオチド代謝経路 GSH AdPRT 0.85 GSSG GSHR RL5P ADO AMPase ADA AMPDA HGPRT XPI X5P PNPase GA3P TK1 PRPP IMP IMPase HX RIP HX S7P TA ADE AMP INO F6P PK GSSGR GSH GA3P PEP PGM これら5つの酵素は48個すべての基準モードの構 成酵素となっており、定常状態維持に必須 ⇔ HKやPKの欠損は重篤な溶血性貧血をもたらす NADPH NADP PDGH R5P 2PG ATPase ATP → ADP + Pi RPI DPGase ALD PRPPsyn R5P PRM TK2 E4P F6P 95 Cakir,T. et al.(2004) Metabolic patway analysis of enzyme-deficient human red blood cells, BioSystems, 78, 49 3.8.1 ネットワークの構造推定 マイクロアレイなどから得られる“-ome”データを用いて、 細胞内のネットワークを推計したい。 遺伝子、タンパク質間の関係を示すネットワーク構造か ら、鍵遺伝子など重要な分子やパスウェイを同定した い。 96 発現プロファイルから遺伝子間の 相互関係を求める Network Ni Data D G0 G7 G1 G2 G4 G3 G5 G8 G6 G9 G10 G11 97 発現プロファイルからの ネットワーク推定の方法 1.ベイジアンネットワークによる方法 P ( N i | D) P( D | N i ) P( N i ) P( D | N i ) P( N i ) P ( D) P( D | N i ) P( N i ) i 2.微分方程式による方法 dxi f ( x1 , x2 , , xn , p) dt dxi ai1 x1 ai 2 x2 ain xn dt n n dxi g ij h x j i x j ij dt j 1 j 1 3.関連解析および情報理論による方法 I ( X , Y ) S ( X ) S (Y ) S ( X , Y ) p( xi , y j )[log p( xi , y j ) log p( xi ) p( y j )] i, j 相互情報量: Yの情報からXに関して得られる情報量 98 Bayesianネットワークモデル データ D ベイズグラフ Bg Exp. G1 G2 G3 1 2 1 1 2 2 2 2 3 1 1 2 4 2 2 2 5 1 1 1 6 1 2 2 7 2 2 2 8 1 1 1 9 2 2 2 10 1 1 1 P(D|Bg8) Pa1 Ø G2 G3 P(G1,G2,G3)=P(G1)P(G2)P(G3) G3 P(G1,G2,G3)=P(G3|G2)P(G2)P(G1) G2 G3 G1(1) G1(2) Subtotal N111=5 N112=5 N11=10 P(D|Bg14) Pa1 Ø G2 G1 G3 G1(1) G1(2) Subtotal N111=5 N112=5 N11=10 Pa2 G2(1) G2(2) Subtotal G1(1) N211=4 N212=1 N21=5 G1(2) N221=1 N222=4 N22=5 Pa2 G1(1) G1(2) Subtotal G1(1) N211=4 N212=1 N21=5 G2(2) N221=1 N222=4 N22=5 Pa3 G3(1) G3(2) Subtotal G2(1) N311=4 N312=1 N31=5 G2(2) N321=0 N322=5 N32=5 Pa3 G1(1) G1(2) Subtotal G1(1) N311=3 N312=2 N31=5 G1(2) N321=1 N322=4 N32=5 P(D|Bg)=Πi=1,nΠj=1,qi(ri-1)!/(Nij+ri-1)! Πk=1,riNijk! G1 1 G1 ここの例では、遺伝子の数n=3、発現レベルの区分数ri=2 G1 2-7 G2 G1 G2 G3 P(G1,G2,G3)=P(G3|G2)P(G2|G1)P(G1) 14-16 G2 G1 G3 P(G1,G2,G3)=P(G3|G1)P(G2|G1)P(G1) 17-19 G1 G2 G3 P(G1,G2,G3)=P(G2|G1,G3)P(G3)P(G1) 8-13 G1 20-25 G2 P(D|Bg8)=2.23*10-9 P(D|Bg14)=2.23*10-10 P(Bg8)=P(Bg14)だとすると P(Bg12|D)/P(Bg14|D)=10 となり、データDは、Bg8がBg14よりも10倍ありそうだ、と主張している。 P(G1,G2,G3)=P(G3|G1,G2)P(G2|G1)P(G1) G1 G3 G2 G3 課題1:遺伝子数に比べ実験数が尐ない 課題2:考えるべきグラフの数が爆発する n=3→25, n=5→29,000, n=10→4.2*1018 課題3:実際のデータは連続量である 99 Cooper,G.F.&Herskovits,E.(1992) A Bayesian Method for the Induction of Probabilistic Networks from Data, Machine Learning, 9,309 相互情報量による方法と Bayesianネットワークによる方法の比較 模擬ネットワーク G0 G7 相互情報量による方法 G0 G1 G2 G4 G3 G5 G8 G6 G9 G7 G1 動的Bayesianによる方法 G0 G2 G4 G3 G5 G8 G6 G9 G7 G1 G2 G4 G3 G5 G8 G9 G10 G10 G10 G11 G11 G11 Hartemink, A. J. (2005) Reverse engineering gene regulatory networks, Nature Biotech., 23, 554 G6 100 3.8.2 ネットワークの構造推定と創薬 最も素朴には、薬剤投与による発現プロファイルと、 当該薬剤のターゲットとされる遺伝子の破壊株の発 現プロファイルは一致すると考えられます。 統計的手法により推定されたネットワークのハブ遺伝 子が薬剤ターゲット遺伝子であるとして解析がなされ ています。(ハブ遺伝子は致死的である可能性もあるが) 101 発現プロファイル解析と創薬 ヒスチジン合成阻害剤3-ATのターゲット遺伝子HIS3の検証 3-ATはHIS3がコードする酵素の競合的阻害剤であるとされている。 酵母に3-ATを投与した時のプロファイルと、his3破壊株のプロファイルを比較す ることにより、3-ATのターゲットがHIS3であることが確認されうる。 wt -/+ 10mM 3-AT wt vs. his3 mutation 102 Marton,M.J.et al.(1998) Drug target validation and identification of secondary drug target effects using DNA microarrays, Nat.Med., 4, 1293 がん遺伝子を中心にした 遺伝子ネットワークの同定 MYC遺伝子が 制御する第一 層、第二層遺 伝子ネットワー ク ヒトB細胞の発現プロファイルデータから がん遺伝子MYCの遺伝子ネットワーク を相互情報量の方法で同定 ・B細胞に関する既存の336種類の発現プロファ イルデータを用いている。 ・転写因子MYCと相互作用する主な56+444遺 伝子のネットワークを、相互情報量をもとに、解 明した(左図a)。 MYC遺伝子が 制御する56個 の第一層遺伝 子と各遺伝子 の相互作用数 ・MYCのターゲット遺伝子であると新規に予想 された遺伝子のうち、12遺伝子についてChIP技 術で確認した結果、90%以上の精度でターゲッ ト同定しうることがわかった。 ・BYSLはMYCから直接制御を受けており、ネッ トワーク上のハブ遺伝子であるため、MYCの機 能調節に重要な役割を果たしていると推測され る(左図b)。⇒創薬ターゲット? 103 Basso,K. et al.(2005) Reverse engineering of regulatory networks in human B cells, Nat.Genet., 37, 382 システム生物学の将来 2000年代: 1)ネットワークを基盤にした細胞知識ベース(例:KEGGの進化)が完成する。 2)細胞全体のシミュレーションをめざし、高速化技術が進歩する。 「昔のスーパーコンピュータの機能が、今、膝の上のパソコンで実現している」 3)細胞知識ベースに基づく創薬ターゲットの探索と最適化が図られる。 2010年代: 4)分子(DNA、タンパク質)、細胞、組織、器官を重層したシミュレーション研究が一般化する。 5)創薬の現場でシステム生物学が広く活用される。 2020年代: 6)がん細胞/組織の数理モデルを用いて、治療方針や抗癌剤の効果予測を行えるようになる。 「がんはがん細胞の問題ではなく、正常細胞も含めた組織の問題である」 7)細胞の発生と分化を制御するための数理モデルが開発される。 2030年代: 8)ヒト細胞が完全にシミュレートでき、コンピュータに基づく研究が主力になる。 「情報だけで組み立てられた薬学があってもいいのではないか」 9)生体高分子、細胞に計算機能を付与し、診断、治療への応用が進む。(薬概念の拡大) 「大腸菌を利用したファージの複製過程をみると、複雑だけど、結局は“copy”という計算をしているんだよね」 104