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仕事満足度の及ぼす企業業績への影響
Japanese Journal of Administrative Science Volume20, No.1, 2007, 85-90. 研究ノート Research Note 経営行動科学第20巻第 1 号, 2007, 85−90. 仕事満足度の及ぼす企業業績への影響* 京都大学大学院経済学研究科博士課程 参 京都大学経済研究所研究員 齋 鍋 篤 司 藤 隆 志 The Causal Effect of Job Satisfaction on Firm Profits Atsushi SANNABE (Graduate School of Economics, Kyoto University) Takashi SAITO (Institute of Economic Research, Kyoto University) The purpose of this study is to investigate whether employees’ job satisfaction has affected labor productivity. Using a unique data set which comprises survey data on about 60000 Japanese union workers from 1990 to 2004, we find a positive and significant relationship between Job Satisfaction and per capita operating profits which is used as a proxy variable of labor productivity. Concretely, it was shown that if the company succeeded in raising average Job Satisfaction 0.1 point, per capita operating profit goes up by 1.48 million Japanese yen. In order to control potential simultaneity problems, we implement Two Stage Least Squares estimation and use marriage rate as an Instrumental Variable. Keywords: job satisfaction, productivity, instrumental variable 大別して,以下の二つの統計学的原因が考えられる。 1. 序 第一に,因果関係の複雑さである。仕事満足度が高く 「従業員の仕事に対する満足度を高めることによって, なれば労働生産性を高まる,という因果関係が存在して 生産性は上昇するのか?」という問いは,古くから問い いても(図1:経路A),その存在を打ち消すような逆の 続けられてきたテーマである。本稿では,社団法人国際 因果関係が,一方で存在しているかもしれない。つまり, 経済労働研究所が1990年以降おこなってきた,労働組合 高い生産性を常に求められる職場では,仕事満足度が低 員の意識調査から得られたデータを用いて,計量経済学 いかもしれない(経路B,( Triandis,1959))。生産性を高 で用いられてきた因果関係の特定化の方法,即ち操作変 めるためには,一人当たりの仕事を質・量ともに大きく 数法を用いた推計をおこない,実際に従業員の仕事満足 することが求められると考えられるからである。このこ 度が生産性を高めているという結論を得た。 とは,残業時間の長さが有意に仕事満足度を低下させる 本稿の構成は次のようになっている。第2節では,先 ことからも伺える。 行研究について簡単にまとめる。第3節では,簡単な操 第二に,観察されない変数(Omitted Variables)の働 作変数法についての直感的説明と,本稿で用いる操作変 きが存在しうる,ということである。例えば,企業業績 数の選択について述べる。第4節では,本稿で用いられ を高めることに対してそれほど貪欲でない企業文化,あ るデータについて説明する。第5節では,推計結果と, るいはコーポレート・ガバナンスの下にある企業は,そ その結果について考察する。第6節では,結論を述べる。 れほど高い業績を生まないかもしれない(経路C)。し 2. 問題:仕事満足度と生産性の相互関係 仕 事 満 足 度 と 生 産 性 は, そ の 相 関 係 数 の 値 が 一 般 的 に は 低 い こ と が 知 ら れ て い る( Iaffaldano and Muchinsky,1985;大里・高橋,2001)。何故,このような 結果が得られるのであろうか。実際に,仕事満足度の上 昇が生産性を上昇させるという命題が正しいと仮定し て,なぜその因果性の存在を観察できないのであろうか。 * 社団法人国際経済労働研究所から,本稿で使用した データの提供を受けました。また,橘木俊詔氏(京都 大学大学院経済学研究科教授),菊谷達弥氏(京都大 学大学院経済学研究科助教授)からは貴重な助言をい ただきました。そして匿名の本誌レフェリーの方々か ら貴重なコメントをいただきました。記して感謝申し 上げます。本稿に示された内容や意見は,筆者らが所 属する組織の見解を示すものではありません。また, あり得べき誤りは全て筆者らに属します。 − 85 − 研究ノート 経営行動科学第20巻第 1 号 図1 諸変数間の連関 かし,そのような文化を持つ企業は一方で,従業員の福 ケースにおいても,経路(B,C,D)の存在により, 祉などを高める政策を採ることに熱心であり,仕事満 見せかけの相関が生じている可能性がある。経路Bでは, 足度を高めているかもしれない(経路D)。逆に,企業 企業業績の高さが引き起こす満足度の上昇,という因果 業績を高めることに対して貪欲な企業文化やコーポレー 性が生じうる(Lawler and Porter,1967)。また,満足度 ト・ガバナンスを有する企業においては,仕事満足度が と企業業績を両方同時に高める要因(企業文化やコーポ 低下するかもしれない。近年は,わが国においても株主 レート・ガバナンスなど)が存在している可能性がある 重視経営を目指す企業が増えており,従業員の賃金や福 (経路C,D)。これらの要因を説明変数として,できる 利厚生をカットして,企業業績を高めるという動きが目 だけ加えることは重要であり,そのことにより経路C, 立つようになってきたが,こうした企業では,仕事満足 Dのようなみせかけの影響を消すことができる。しかし, 度を構成する要因である金銭的な報酬への満足度が低下 そのような可能性を持つ全ての要因を考慮することは不 し,仕事満足度も低下する可能性が高い。 可能に近いといわざるを得ない。何故ならば,企業文化 第一と第二に挙げたような経路が存在していれば,通 のような要素を数量化し,コントロールすることは難し 常の相関係数や重回帰分析においては,経路Aの影響が く,また,外部の人間(特に研究者)から正確に観察す 非常に弱まった形でしか観察し得ないことになる1。 ることができないことも多いからである。 しかし,本稿で用いられるデータでは,企業業績(従 従って,相関係数が高い場合でも,これらの経路(B, 業員一人当たり営業利益2と企業別平均満足度の相関係 C,D)の影響を考慮しなければ,経路Aの存在を特定 数は,0.476ときわめて高い(表1)。だが,このような できないのである。そして,経路(B,C,D)の影響 を排除するために用いられる推計方法が,操作変数法で 1 なお,これら第一と第二のような問題は,同時性バ イアスの問題とよばれる。 2 ここでは,企業の財務運用の成果などが混入しない ように,経常利益ではなく営業利益を,より生産性の 概念に近いものとして用いている。 ある。つまり,なにかしらの外生的な理由により生じる 出来事(操作変数)と関連のある仕事満足度の部分を識 別した上で,その部分が企業業績と関連をもっているか を調べる方法である。 − 86 − 仕事満足度の及ぼす企業業績への影響 定できるだろう3。結婚の影響は,図1の経路Eにより示 3. 方法:操作変数の選択 される。 操作変数法を実行することで,因果関係を特定するた めには,まず,適切な操作変数を見出さねばならない。 4. データについての説明 適切な操作変数の満たすべき条件とは,「仕事満足度と 本稿で用いる仕事満足度,及び結婚に関するデータは, は関連があるが,企業業績とは関連がないもの」である。 1990年から現在に至るまで社団法人国際経済労働研究所 本稿で用いられる操作変数は,結婚(率)である。なお, が行なっている「労働組合員総合意識調査」に参加した日 結婚率と企業業績との相関係数は,0.1824であり,かな 本全国の大手上場企業65社のものである。実際に使用し り低い水準であった。 たのは1990年から2004年までのものであり,約6万人の 結婚は,個人の幸福感につながることが知られてい 組合員のデータが得られた。調査票は各労働組合を通し る(Diener et al.,2000)。しかし,結婚するという行為は, て配布・回収された。また,本社のみならず各支社・工 労働生産性(ここでは企業業績)とは直接関係がないと 場の組合員のデータも収集されている。なお,全組合員 考えられる。従って,結婚(率)は操作変数として有力 を調査対象にした組合もあるが,無作為標本抽出によっ な候補であるといえよう。 て一部の組合員のみが調査対象になった組合もある。質 既婚者は未婚者,離婚者,別居者等と比べて高い主観 問項目は,性別,年齢,勤続年数,学歴などといった人 的幸福を申告する。通常,このような回帰分析の被説明 的資本に関する基本的な項目のほか,仕事満足度につい 変数としては,生活に関する満足度(生活幸福度)が用 ての質問など多岐にわたっている。 いられることが多い。ここでは,そのような幸福度の上 なお,仕事満足度についての質問項目は,「全般的に 昇が,生活におけるあらゆるフェイズ(仕事へのプラス 見て,今の仕事に満足している」という問いに対して, の影響も含む)に波及することを想定している。したが 「1.そう思わない」 「2.どちらかといえばそう思わない」 って,結婚が仕事満足度にもよい影響を及ぼすことを想 「3.どちらでもない」 「4.どちらかといえばそう思う」 「5. 定している。また,後の推計結果によっても,そのこと そう思う」という五段階の選択肢から成る,一般的質問 が示される。この場合は,結婚することによって幸福度 である。 が高まる,という因果関係を想定している。幸福な人だ 各企業の財務データ,取締役員や執行役員などのコー から結婚する,という逆の因果関係も考えることが出来 ポレートガバナンスデータについては,各社の有価証券 よう。しかし,結婚という出来事が,収入その他の変数 報告書から入手している。 をコントロールした上で,なお幸福度を高めることが先 行研究で示されている(Mastekaasa,1995)。したがって, このデータセットについての記述統計が,表1に与え られている。また,企業別平均の仕事満足度と,企業業 結婚が仕事満足度を高めるという想定は妥当であるとい える。 3 ま た, 結 婚 は, 人 間 の 合 理 的 な 思 考・ 行 動 様 式 に 従 わ な い,「 変 則 的 行 動 」 に 数 え ら れ る(Frey and Eichenberger, 2001;Blanchflower and Oswald,2000)。 従って,結婚が,企業業績と関連がないものであると想 表1 記述統計 − 87 − 本稿で用いられる企業はほとんどすべて一部上場の 安定した勤め先であり,一時期の業績の好調さが結 婚のタイミングに依存することはないと考えられる。 したがって,「たまたま業績が好調だから結婚する従 業員が増えて,婚姻率が上昇した」というような関係 はないと考えられる。 研究ノート 経営行動科学第20巻第 1 号 図2 満足度と企業業績 図3 婚姻率と満足度 績についての,その関連をプロットしたものが,図2に 結婚(率)が統計的に有意と呼べる水準で仕事満足度(企 よって示されている。先ほど述べたように,かなり高い 業別平均)と強い関連を持ち,高い説明力を持っている 正の相関があることが見て取れる。 ことを示さねばならない。この関連の度合いが弱いと, また,企業別平均の仕事満足度と結婚(率)の関連に いわゆるweak instrumentsの問題が起きることが知られ ついてプロットが,図3によって示されている。こちら ている4。この点について問題がないことを確かめるた もまた,正の相関があることを示しているといえよう。 4 5. 推計・考察 推定に当たっては,まず,推定の第一段階において, − 88 − weak-instrumentの 孕 む 問 題 に つ い て 詳 し く は, Angrist and Krueger,1991,もしくはBound, Jaeger and Baker,1995を参照されたい。 仕事満足度の及ぼす企業業績への影響 表2 満足度の及ぼす、企業業績への影響 めに,推定の第一段階に当たる計量モデルを推計する。 推計結果は,表2のcolumn (3)に示されている。操作変 数としての的確性を示す統計量が,表2の下部に与えら れている。Partial-R squareは大きく,かつ,F値のP値 は低いことが望ましい。そして,この結果は,操作変数 統計的に有意な水準で見出すことができない。その一方, 操作変数法(2SLS)では,仕事満足度の高まりが企業 業績を向上させる傾向のあることが示された。 6. 結論 としての妥当性を示していると考えられる。 本稿では,計量経済学で用いられる操作変数法により, なお,その他のコーポレート・ガバナンス変数の結果 仕事満足度(企業平均値)の高まりが,生産性(企業業績) は,社長内部昇進ダミーの結果が有意に出ている。社長 を高める,という命題について統計的に検討し,肯定的 が内部出身者であるような企業文化,あるいはコーポレ な結果を得た。企業は,自らの企業に勤める労働者の(平 ート・ガバナンスのあり方が,従業員の満足度に有意に 均)満足度を高める施策をとることができれば,業績を プラスの影響を与えていることが分かる。 高めることができる可能性が高いことが示された。 この第一段階での推計結果(当てはめ値)を用いて, 第二段階での推計を行う。 具体的に言えば,表2のcolumn (4)に基づけば,(他の 条件を一定として)平均満足度を0.1ポイント高めるこ 結果は,表2のcolumn (4)に示されている。同時に,こ のような操作変数による推計を行なわず,通常の最小二 とに成功すれば,企業の一人当たり営業利益を148万円 増加させることができることを示している。 乗法(OLS)による推計を行った場合の結果を示した ものが表2のcolumn (1)である。また,従業員数の大きさ 最後に,今後改善・注意すべき点を三点ほど指摘して おきたい。 第一に,従業員個人の生産性を調べる目的でアンケー により生じる不均一分散の問題に対処するために,加重 最小二乗法(WLS)による推計を行った。その結果が, ト調査を行うのなら,労働生産性としての性格をより強 表2のcolumn (2)である。その他の説明変数は,先ほどの く反映しているであろう設問の答えを,仕事満足度に対 一段階目と同じである。 する質問の代わりに用いることが望ましいであろう(例 表2の結果では,外国人持ち株比率の高い企業ほど, えば努力水準についての質問に対する回答を用いる(伊 営業利益も高いことが示されている。そのような企業で 藤・照山,1995;三谷,1995;橘木・丸山,1998など)。 は,高い利益率を生むような企業文化,コーポレート・ 仕事満足度は,直接的な,生産性(あるいはその改善へ ガバナンスが働いていると考えられる。 の意欲,努力水準)に対する質問ではないからである。 OLS,WLSによる,同時性の問題にたいする考慮の 第二に,企業単位という,マクロな水準での結果では 為されていない推定方法のもとで得られた結果では,仕 なく,個人単位のミクロ水準での推計において,このよ 事満足度の高まりが企業業績を上昇させるという結果を うな操作変数法を用いた推計結果も本稿と同様な結果が − 89 − 研究ノート 経営行動科学第20巻第 1 号 得られるのか,検討することが必要であろう。しかし, 個人単位の生産性の測定は難しいことから,困難さが付 and Applied Social Psychology 5(1),21-39. 三谷直紀 1995 ホワイトカラーの賃金・昇進制度と労 きまとう。特殊な職種でない限り,測定が不可能である 働インセンティヴ 橘木俊詔編著『昇進』の経済学、 からだ。しかし,推計の結果の頑健さを確かめるために 東洋経済新報社 は,将来的に必要な研究であることは疑いない。 大里大助・高橋潔 2001 わが国における職務満足研究 第三に,本稿での定式化において,企業業績に対する の現状̶メタ分析による検討 産業・組織心理学研 影響を及ぼしうるものについて,全ての要因5をコント ロールできたとは言いがたい。サンプル数を増加させる 究,15(1),55-64. 橘木俊詔・丸山徹也 1998 昇進、インセンティヴと賃 といった課題とともに,今後の課題としたい。 金 日本経済研究,36,1-26. Triandis,H.,C. 1959 A critique and experimental 参照文献 design for the study of the relationship between Angrist,J.D. and Kruger, A.B. 1991 Does compulsory school attendance affect schooling and earnings? Quarterly Journal of Economics, 106, 979-1014. Blanchflower, D.,G. and Oswald, A., J. 2000 Wellbeing over time in Britain and the USA.. NBER Working Paper No.7487. Bound, J., Jaeger, D.A. and Baker, R.M. 1995 Problems with instrumental variables estimation when the correlation between the instruments and endogenous explanatory variables is weak. Journal of the American Statistical Association 90,443-450. Diener, E. Gohm, C.L., Suh, E., and Oishi, S. 2000 Similarity of the relations between marital status and subjective well-being across cultures. Journal of Cross-Cultural Psychology 31(4), 419-436. Frey, B.S., and Eichenberger, R. 2001 Mar riage paradoxes. In Bruno S. Frey, Inspiring Economics: H u m a n M o t i v a t i o n i n Po l i t i c a l E c o n o m y . 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