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中性子回折による予ひずみ鋼板の疲労特性評価

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中性子回折による予ひずみ鋼板の疲労特性評価
中性子回折による予ひずみ鋼板の疲労特性評価
茨城大学大学院理工学研究科
西野創一郎
2.2 実験方法
実験装置は,図 3 に示す小型曲げ疲労試験機を用いた.こ
の試験機では,ステッピングモータによって試験片に1パル
スあたり 0.072°という高い分解能で曲げの変位を与えること
が可能である.実験条件を表 2 に示す.なお,本試験では試
験時に試験片に負荷される曲げモーメントを測定して疲労強
度とした.また,本研究では実機における応力集中部の破壊
に注目して低サイクル疲労試験を実施した.
表面き裂観察には FE-SEM を,硬度測定にはビッカース硬
度試験機(荷重 100g)を,TRIP 鋼の残留オーステナイト量
測定には X 線回折装置および中性子回折装置(後述)をそれ
ぞれ使用した.
3.実験結果および考察
3.1 疲労試験結果
図 4 に DP 鋼と TRIP 鋼の疲労試験結果を示す.図 5 に
104cycles 疲労強度(曲げモーメント)と予ひずみ量の関係を
示す.両図より DP 鋼,TRIP 鋼とも予ひずみ付与によって疲
労強度が向上している.また,予ひずみを付与する前の処女
材の時点で,TRIP 鋼の疲労強度は DP 鋼に比べて高い.以上
の結果より,同一の引張強度であっても微視組織の相違によ
って疲労強度に差が生じることが分かった.
DP
TRIP
図1 微視組織
50
50
図2 疲労試験片
表1 機械的性質
Yield
strength
YP [MPa]
Tensile
strength
TS [MPa]
Workhardening
exponent
Elongation
Material
DP
346
655
0.22
31
TRIP
394
637
0.19
39
6
R4
1.4
1.緒言
近年,自動車軽量化と衝突安全性向上の両立を目的として
590MPa 級以上の高張力鋼板の適用が拡大している(1).この強
度レベルでは,析出強化鋼(単相組織)
,DP 鋼(二相組織),
TRIP 鋼(三相組織)の三種類の鋼板がある.特に,成形性およ
び吸収エネルギーの向上からDP鋼およびTRIP鋼が注目され
ている.
鋼板はプレス成形によって自動車部品に加工される.その
際に,加工時に生じた塑性ひずみが素材内部に残留して,硬
度や微視組織が変化する.
ところが,
現在の自動車設計では,
冷間加工製品は疲労過程中に軟化する(2) (3) とされており,加
工前の鋼板の引張強度(σTS)を基準とした強度設計がなさ
れている.しかし,実際には組織や機械的性質の異なる高張
力鋼板に塑性ひずみ(予ひずみ)が付与されて使用されてい
る.以上より高張力鋼板をより効果的に活用するためには,
組織と塑性ひずみが疲労強度におよぼす影響を明確にするこ
とが重要である.
現在までに,このような予ひずみ疲労に関する研究は数多
く報告(4)‐(6)されているが,自動車用高張力鋼板に関する研究
は皆無である.特に,疲労過程中の硬度変化や組織変化の観
点からの検討は詳細には行われていない.著者らは,前報(7)-(8)
で予ひずみを与えた高張力鋼板の曲げ疲労試験を行い,疲労
強度の相違について報告した.本報では,590MPa 級自動車
用高張力鋼板として DP 鋼および TRIP 鋼を選定し,
予ひずみ
材の疲労特性について,特に繰り返し負荷による硬度および
微視組織の変化に注目して検討した.
2.供試材および実験方法
2.1 供試材および試験片
供試材は表1に示す機械的性質を有する二種類の 590MPa
級高張力鋼板である.DP 鋼はフェライトとマルテンサイト
の二相組織,TRIP 鋼はフェライト,ベイナイトおよび残留オ
ーステナイトの三相組織である.図 1 にそれぞれの組織写真
を示す.
これらの鋼板から図 2 に示す疲労試験片を切り出して処女
材(図中 V 材)とした.一方,プレス成形を想定して鋼板に
引張負荷によって 10%の塑性ひずみを与えた.この鋼板から
同一形状の疲労試験片を切り出し,予ひずみ材(図中 P 材)
とした.
講師
4
研究代表者
ε%
図3 疲労試験機
Amplitude of bending moment
,kgf・mm
Bending Waveform
Sin wave
Bending moment Ratio
R=−1
Environment
Room temperature
55
50
45
TRIP_V
DP_V
TRIP_Pre
DP_Pre
一方,処女材の硬度が変化しないことは残留オーステナイト
の変態挙動と関係していると考えられる.そこで, X 線回折
装置を用いて,繰り返し負荷による残留オーステナイトの変
態挙動について調べた.
3.4 繰返し負荷によるマルテンサイト変態
繰り返し負荷による残留オーステナイトの変態挙動を図 8
に示す.処女材では繰返し負荷によって,疲労寿命の初期段
階,200cycles 程度にてマルテンサイト変態が起こるために残
留オーステナイト量が減少している.この曲げモーメントで
試験片表面に生じるひずみは約 1%であった.したがって,
微小ひずみでも繰り返し負荷されることによって,マルテン
サイト変態が進行することがわかった.このことより,変態
による硬化と疲労軟化が平衡するために硬度が変化しないと
考えられる.予ひずみ材では 10%の塑性ひずみを負荷した後
に疲労試験を行っているために変態は起こらない.
繰り返し負荷による変態挙動についてさらに詳細に検討す
るために,繰り返し負荷に伴う残留オーステナイト相の残留
応力を測定した.その結果を図 9 に示す.同図よりオーステ
ナイト相の残留応力は繰返し負荷によって引張側に増大する
ことが確認できた.一方向へのひずみの蓄積は,フェライト
相と残留オーステナイト相の間に微視組織レベルでの応力差
が生じたことに起因している.このことによって,残留オー
ステナイトのマルテンサイト変態が助長されたと考えられる.
Amplitude of bending moment
,kgf・mm
3.2 破壊形態
DP 鋼と TRIP 鋼の疲労き裂発生寿命について調べた結果,
処女材,予ひずみ材共に全寿命の 90%以上に及ぶことが判明
した.したがって,590MPa 級高張力鋼板(DP 鋼および TRIP
鋼)の疲労強度はき裂発生抵抗によって決まる.
図 6 に DP 鋼および TRIP 鋼の試験片表面に発生したき裂の様
相を示す.DP 鋼では,処女材,予ひずみ材ともにフェライト
相のすべり帯に沿ってき裂が発生している.一方,TRIP 鋼で
は,処女材,予ひずみ材ともにフェライトの結晶粒界からき
裂が発生しており,フェライト粒内のすべり帯は観察されな
かった.TRIP 鋼の微視組織はフェライト粒を取り囲む結晶粒
界に残留オーステナイトおよびベイナイトが存在する.した
がって,負荷によって変態したマルテンサイトがフェライト
粒内のすべりを抑制したと考えられる.
3.3 繰返し負荷による硬度変化
図7にDP鋼およびTRIP鋼の繰返し負荷による硬度変化を
示す.DP 鋼では予ひずみによって硬度が上昇している.し
かし,予ひずみ材の硬度は疲労負荷とともに減少しており,
疲労軟化が認められる.
処女材でも同様の傾向がみられるが,
予ひずみ材よりは減少傾向が小さい.破断寿命付近では,両
者の硬度は近づくが,
予ひずみ材の硬度が高い.
したがって,
DP 鋼の疲労強度は,予ひずみによるフェライトの加工硬化
と疲労軟化によって支配されている.TRIP 鋼においても,予
ひずみによって硬度が上昇する.しかし,疲労負荷による硬
度変化は DP 鋼の場合と異なる.予ひずみ材では疲労軟化が
認められるが,DP 鋼の予ひずみ材よりは軟化の程度が小さ
い.また,処女材では疲労軟化が起こらない.
TRIP 鋼の処女材はDP 鋼に比べて疲労強度が高い.
これは,
TRIP 鋼の処女材が疲労試験中の繰返し負荷によって塑性変
形し,加工誘起マルテンサイト変態をしているからであると
考えられる.TRIP 鋼・予ひずみ材の疲労軟化の程度は DP 鋼・
予ひずみ材に比べて小さい.これは軟質層を取り囲む硬質相
が変形を負担しており,主に軟化が大きいフェライトの変形
が抑制されたためである.
表2 疲労試験条件
55
TRIP_V
DP_V
TRIP_Pre
DP_Pre
50
45
40
35
30
10
0
Pre-strain %
図5 104 回疲労強度
DP _Virgin
DP_Pre-strain
TRIP_Virgin
TRIP_Pre-strain
40
35
30
102
103
104
Number of cycles,cycles
図4 疲労試験結果
105
図6 き裂発生および進展挙動
3.5 中性子回折による微視組織変化挙動の把握
中性子回折は中性子線を利用して素材や部品内部の組織変
化・残留応力分布の状況を調べる技術であり,X 線や放射光
に比べて比較的深い部分から情報を得ることができる.本研
究においても予ひずみ負荷後の素材表面だけではなく,内部
の残留γ相の変態状況について調査した.
V 材および P 材から約 15mm 角のサンプルを切り出し,試
験片とした.中性子回折測定は,日本原子力研究開発機構・
研究3号炉付設の残留応力測定装置(RESA)を用いて実施
した.測定は最も回折強度が高かったα(211)・γ(220)を用
いた.また,今回使用したスリットは測定範囲に鋼板全体が
含むように入射スリット,回折スリットともに 15mm×
8mm のサイズのものを使用した.測定状況を図10に示す.
残留オーステナイト量の体積率評価は,3 軸(RD:圧延、
TD:圧延に垂直、ND:板厚方向)方向においてα相およびγ
相の回折プロファイルを調査して積分強度の比から算出した.
V 材と P 材の RD 方向のα(211),γ(220)の回折プロファイ
ル例を図11および12に示す.また,それぞれのプロファ
イル積分強度の比較から,V 材および P 材の残留オーステナ
イト量を計算した.表3に示す解析結果より,素材内部にお
いても残留γ相が変態しており,予ひずみが負荷された TRIP
鋼板の疲労強度向上の要因であると考えられる.
図10 中性子回折実験装置(RESA)
C
Gauss による Data1_Cに対するフィット
500
TRIP_V
50.4kgf・mm
50.8kgf・mm
TRIP_P
DP_V
43.8kgf・mm
46.6kgf・mm
DP_P
230
300
Y Axis Title
Vickers hardness ,Hv
250
Chi^2
R^2
= 216.96183
= 0.99187
y0
xc
w
A
12.23406
±5.35466
124.46595
±0.00769
0.89
±0.02184
478.72453
±14.50487
200
100
0
210
123.0
123.5
124.0
124.5
125.0
125.5
126.0
X Axis Title
(a) α相
190
C
Gauss による Data1_Cに対するフィット
300
170
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
0.8
0.9
1
250
Cycle ratio , N/Nf
Data: Data1_C
Model: Gauss
Y Axis Title
図7 繰返し負荷による硬度変化
Bending moment
8.5
7.5
Virgin
50.4kgf・mm
Pre-strain
50.8kgf・mm
200
Chi^2
R^2
= 123.41113
= 0.95852
150
y0
xc
w
A
78.17549
±2.28952
108.43644
±0.01342
0.65671 ±0.03001
131.04129
±6.12384
100
50
106
107
108
109
110
111
X Axis Title
(b) γ相
図11 V 材における回折プロファイル
6.5
5.5
C
Gauss による Data1_Cに対するフィット
300
4.5
3.5
0
500
1000
1500
Number of cycles , cycle
図8 繰り返し負荷による残留γ量の変化
Y Axis Title
γR volume fraction, %
Data: Data1_C
Model: Gauss
400
Bending moment
250
Data: Data1_C
Model: Gauss
200
Chi^2
R^2
= 111.80237
= 0.98695
150
y0
xc
w
A
18.62558
±4.30522
124.5137
±0.0101
0.95829 ±0.03083
292.44266
±12.10009
100
50
0
123.0
Bending moment
Virgin
250
123.5
124.0
124.5
125.0
126.0
(a) α相
200
C
Gauss による Data1_Cに対するフィット
130
120
150
Data: Data1_C
Model: Gauss
110
100
50
0
125.5
X Axis Title
50.4kgf・mm
rR phase
Y Axis Title
Residual stress, MPa
300
100
Chi^2
R^2
= 79.67763
= 0.63468
y0
xc
w
A
79.80577
±2.308
108.51855
±0.06562
0.98029 ±0.16494
39.30171
±7.54425
90
80
10
50
100
150
200
-50
Number of cycles , cycle
図9 繰返し負荷による残留γ相残留応力の変化
70
60
106
107
108
109
110
111
X Axis Title
(b) γ相
図12 P 材における回折プロファイル
4.結言
本研究では,590MPa 級自動車用高張力鋼板(DP 鋼,TRIP
鋼)の疲労強度におよぼす予ひずみの影響について,疲労負荷
による硬度,マルテンサイト変態量および残留応力の変化に
注目して検討した.得られた結果を以下に示す.
(1)10%の予ひずみを与えることによって DP 鋼も TRIP 鋼
も疲労強度は処女材に比べて向上する.また,同一引張強度
であっても組織形態の相違によって疲労強度に差が生じる.
(2)DP 鋼・予ひずみ材の疲労強度向上は,予ひずみによる
フェライト相の加工硬化によって粒内すべりが抑制され,疲
労き裂発生抵抗が増大したことに起因する.
(3)TRIP 鋼・予ひずみ材の疲労強度向上は,予ひずみを与
えることによって残留オーステナイトが硬質なマルテンサイ
トに変態し,軟質相であるフェライト粒内のき裂発生が抑制
されることに起因する.また,処女材では繰り返し負荷に伴
ってフェライトとオーステナイト間に生じる相応力によって
変態が進行するために DP 鋼に比べて疲労強度が向上する.
表3 残留γ相の体積率
Virgin材
残留オーステナイト
体積率(%)
TD
5.73
RD
2.95
ND
5.80
Pre-strain材
1.32
4.83
(平均)
1.10
2.75
1.72
(平均)
(4)予ひずみ負荷による TRIP 鋼・残留γ相の変態挙動を中
性子回折によって調査した結果,素材内部まで組織変化が起
こっていることを確認した.素材内部の変態挙動は疲労強度
向上に影響を与えていると考えられる.
謝辞
本研究の遂行にあたり,
ご協力して頂いた JFE21 世紀財団,
茨城県工業技術センター,福島県ハイテクプラザ,日本原子
力研究開発機構の皆様に対し,深く感謝の意を表します.
参考文献
(1)向井陽一・由利司,金属,Vol.73,No.2(2003)
(2)ヴィ・エス・イワノフ,ヴィ・エフ・テレンシェフ,
金属疲労の基礎と破壊力学,現代工学社(1979)
(3)A.S.テテルマン・A.J.マッケビリー・宮本 博,
構造材料の強度と破壊2,培風館(1970)
(4)西谷弘信・寺西高広・竹野哲也・山田繁冶・田中哲志
機論,64‐626(1998)
(5)苗徳華・西田新一・服部信祐,機論,67‐654(2001)
(6)宋星武・杉本公一・神高信介・ニタ村朝比古・小林光征・
増田雪也,材料,Vol50,No10(2001)
(7)豊田慎・西野創一郎・大屋邦雄,自動車技術会 2003 年
春季大会,No.10-03
(8)飯泉克章・西野創一郎・大屋邦雄,自動車技術会
2004 年秋季大会,No.83-04
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