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臨床検査の精度管理事業

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臨床検査の精度管理事業
臨床検査の精度管理事業
三宅
一徳(順天堂大学臨床検査医学)
はじめに
臨床検査は極めて客観的な情報として診療に不可欠のものとなっている。信頼性が高い検査結果を適
宜迅速に提供することは検査施設の使命であり、その質(quality)の確保は検査施設管理者の最重要の職
務といえる。
従来、検査値の質を確保し、維持するための業務を「精度管理 Quality Control」と呼び、施設内部で
行う内部精度管理(Internal Quality Control)と施設間で測定値を比較する外部精度管理(External Quality
Control)が古くから行われており、分析前後課程を含めた総合的精度管理(Total Quality Control)ないし
精度保証(Quality Assurance; QA)という概念が定着した。
さらに近年では、施設としての検査への取り組み方、設備や機器、人員の配置、教育などを含め、検
査の信頼性に影響を与えうるすべての要因を対象とし、「有効な臨床検査サービスをいつも安定に供給
でき、さらには改善をする体制」をシステムとして確立していく精度マネジメント(Quality Management)
という概念へと再構成されている。
図1 臨床検査の精度マネジメント
本講では、臨床検査の外部精度管理(評価)事業の現状を中心として、その精度マネジメントへの活用
に不可欠な事項について概説する。
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1.精度管理の基礎
1)精度管理に用いられる用語
・Accuracy 正確さ : “真値”にいかに近いか。真度(Trueness)。バイアス(Bias)偏りの小ささ
・Precision 精密さ(精度) : 測定を繰り返したときのバラツキの大きさ。
・coefficient of variation(CV)
変動係数;精度の指標として用いる。
変動係数
CV(%)=
SD
×100%
m
m…平均値
注)JIS Z 8404-1(ISO/TS 21748:2004)では Accuracy(正確さ)=真度+精度と定義している。
・Traceability トレーサビリティー : 測定値が標準測定法の値へと紐づけできること
・Uncertainty 不確かさ : 測定値からどの範囲に真の値があるかを確率的に示したもの
図2 正確さと精密さ
図3 正規分布と確率
2)臨床検査の精度管理・標準化に関わる機関・団体
・AACC(American Association for Clinical Chemistry): 米国臨床化学会
・CAP(Colleague of American Pathologists): 米国病理同学院
・CLSI(Clinical Laboratory Standards Institute)=NCCLS: 米国臨床検査標準協議会
・ICSH(International Council for Standardization in Haematology): 国際血液学標準協議会
・IFCC(International federation of Clinical Chemistry): 国際生化学連合
・ISO(International Organization for Standardization): 国際標準機構
・ISO15189: 臨床検査室の国際規格
・JAB(Japan Accreditation Board): 日本適合性認定協会
・JCCLS(Japanese Committee for Clinical Laboratory Standards): 日本臨床検査標準協議会
・JSCC(Japanese Society of Clinical Chemistry): 日本臨床化学会
・JSLM(Japanese Society of Laboratory Medicine): 日本臨床検査医学会
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図4 臨床検査における標準化連携の例(臨床化学検査)
3)臨床検査のトレーサビリティーと標準化
臨床検査を効率よく利用するためにはいつでもどこの施設でも一定の検査結果が得られることが必
要である。このため、個々の検査施設で用いる測定法は上位測定法へのトレーサビリティー(上位測定
系(標準法)への校正経路が確立されていること)が確保されていること、そして用いる分析手法が妥当
なものであることが必要である。
特に平成 20 年度より開始された特定健診・特定保健指導ではさまざまな施設から得られた測定値を
判定値として同等に扱う(互換性がある)ものとしており、標準測定法(JSCC 標準化対応法)の採用とト
レーサビリティーの確認が必要とされている。
度量衡協議会SI単位
国際標準法
国際標準物質
JSCC/JCCLS常用基準法
日常・常用酵素標準物質
JC・ERM
製造業者社内標準法
日常検査用キャリブレーター
日常検査法
患者試料
校正
値付け
測定値
図5
臨床検査値のトレーサビリティー連鎖
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2.外部精度管理(評価)の基本
1)外部精度評価の目的
外部精度評価の主な目的は検査施設相互で測定値を比較することにより測定値の真度と固有誤差を
知ることにある。しかし、単純に正確さが反映されるわけではなく、日常検査の管理状態によっては精
度の低下がこれに加わる。したがって、内部精度管理における管理幅の妥当性もある程度反映される(表
1)。
表1 検査誤差の要因による分類と精度管理手法との関係
検査室外要因
検査室内要因
長期持続性要因
permanent factor
↓
正確さ
分析手法(分析原理、機器、試薬)
標準化(トレーサビリティー)
外部精度評価
実施方法(検査条件の選択、内部試薬、
温度、時間など)
標準化(校正)
外部精度評価/内部精度管理
変動要因
variable factor
↓
偏り+誤差の増大(精密さの低下)
試薬、キャリブレーターの
バイアル、ロット間差と安定性
消耗品
内部精度管理/外部精度評価
実施方法の変化
性能(試薬調整、保存、訓練、メイン
テンナンス、トラブル対応など)
内部精度管理
2)外部精度評価の種類
最も単純な外部精度評価は施設間で同じ検体(患者試料など)を用いて相互に値を比較するいわゆる
クロスチェックである。しかし、この場合には判定基準とする目標値の設定が困難なため、ある程度以
上の数の施設を対象とした精度管理調査(コントロールサーベイ)が外部精度管理の主体となる。各施設
に配布される試料は患者試料と同等のものが望ましいが、多数の施設に配布する場合には限界がある。
したがって、動物血清や動物由来蛋白の添加など人工的に合成した試料がしばしば用いられる。また、
保存性の向上のため凍結乾燥処理や防腐剤の添加などが行われることがある。このため調査用試料が患
者試料と異なった反応性を示すことがあり、これをマトリックス効果と呼ぶ。その防止のためにヒト血
清ベースの試料を用いたり、ヒト型組み替え酵素を用いたりするなどの工夫がなされているが、現在で
もドライケミストリー法ではしばしば問題となっている。
3)外部精度評価で得られる情報と評価法
サーベイで得られる情報は表 2 に示すように多彩である。
表2 外部精度管理サーベイで得られる情報
1.当該施設の正確さ(多くは相対的)
2.当該施設の精度、直線性(多試料分析)
3.検査法、装置、試薬、標準物質毎利用頻度
4.検査法(装置、試薬、標準物質)間変動
5.検査法(装置、試薬、標準物質)内変動
6.検査法別正確さ(多くは相対的)
7.検査法別直線性(多試料分析)
8.方法別マトリックス効果(試料マトリックスの
異なる多試料分析)
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このように自施設の成績のみでなく、調査報告書に集計される情報も重要なので十分評価しておく必
要がある。
外部精度管理サーベイの結果は、本来はトレーサビリティーの確保された基準分析法で得られた目標
値を用い医学的に妥当性のある一定の許容限界を設定して行うのが理想である。しかし、現在行われて
いるサーベイの大部分は、同一の測定法・機器・試薬を用いる集団(peer group)の平均値を目標値に設
定している。各施設の測定値は極端値除外後の施設間での標準偏差(SD)を指標として次の SDI(standard
deviation index)により評価される。
SDI=(各施設の測定値-平均値)/SD
したがって、結果として得られる正確さは相対的な評価となる。一般に±2SDI 以内の成績は良好と
されるが、施設間のバラツキを評価指標とするため臨床的に必要な精度と SDI 値による評価とは一致し
ない場合もある。
4)外部精度評価試料の測定時の注意点
外部精度評価ではその名の通り施設毎に測定結果が比較、評価される。このため、良好な成績を得る
ために通常検体と異なる測定を行う施設がしばしば認められる。また、時には測定値を機器・試薬メー
カーや他の検査室に問い合わせる(いわゆるカンニング)が行われる場合もある。これは極めて不適切な
対応である。仮に多くの施設が行うと、その結果は当該施設の成績を正しく反映しないばかりか、見か
けのバラツキ(SD)の減少によってかえって SDI 値が大きくなり、成績不良の施設が増加することにな
る。調査試料は必ず日常業務の間に入れて患者試料と同様の分析を行い、特別扱いの測定は行うべきで
はない。
また、配付試料の調整、溶解などを指示通り行う、成績の報告は誤りのないように 2 人以上の目で記
載、入力をチェックする。前述のように多くのサーベイは peer group で評価されるので、使用している
機器・試薬についても正しく報告する。
5)外部精度管理調査結果の解析と対策
外部精度管理の評価は±2SDI 内にあるかどうかを基準にしている。
評価がこの範囲内であっても peer
group 分析値分布の 95%の範囲に入っていることを示すにすぎない。2 濃度試料の場合双値法(Twin Plot,
図 6)を利用して誤差要因を系統誤差とランダム誤差に、多試料分析の場合は直線性評価グラフを作成し
て結果を自己評価しておくことが望ましい。
許容できない結果であった場合、記入ミスを確認し、双値法や直線性評価グラフを用いて誤差要因の
切り分けを行う。多項目に同時に異常がある場合には評価用試料の調整や保存のミスを確認する。
比例系統誤差では標準液の劣化、濃縮など、固有系統誤差では試薬ブランクのズレ、共存物質の影響
を確認する。ランダム誤差ではその試料のみに特定の特徴(黄疸、混濁など)が存在するか確認する。存
在すれば測定系に対する混在物質の影響を検討する。また、他検体との差が 2SDI 以上の結果が存在す
る場合には精密さの不良が示唆される。いずれも内部精度管理の結果、分析時の記録と照合して判断す
る必要がある。血清検査では報告まで評価用試料を保存しておくと参考になる。また試料自体が有する
特性(粘度やマトリックス効果、成分の反応性)による変動は調査集計の時点で多くは判明しているので
報告書の記載が参考になる。
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重要なのは、検出された問題で患者データが影響を受けたかどうかを確認することである。影響があ
ると考えられれば適切な follow up を行う。また適切な対策を立て、是正と予防を行う。
図6 双値法による解析
(低濃度試料 1QL-111 と高濃度試料 2QL-211 の SDI 値をプロット)
双値法(Twin Plot)では測定値の目標値からの SDI 値を横軸に低濃度試料、縦軸に高濃度試料をとってプロットす
る。2 濃度試料がいずれも±2SDI 内にあれば誤差は許容できるが、2 濃度が同時に高値側あるいは低値側にズレ
ている場合には系統誤差が生じている可能性がある。
3.わが国における臨床検査外部精度管理事業の現状
1)わが国で実施される主な外部精度評価
広域外部精度管理調査としては日本医師会、日本臨床衛生検査技師会、日本総合健診学会(参加施設
約 400)、全衛連(全国労働衛生団体連合会、同 約 350)などがあり、他に各種学術団体や日本臨床衛生
検査所協会が実施するものなどがある。また、各地の自治体、医師会、臨床検査技師会や機器・試薬メ
ーカーが独自に主催するものなど多様な外部精度管理調査が実施されている。
わが国の広域精度管理調査は年度単位で年 1 回実施されるため実施時期が集中し、集計にも時間を要
している。また、項目にも重複が多い一方で、日常検査項目を包括的に網羅できないなどの問題点が指
摘されている。加えて、外部精度管理への参加は「検体管理加算」の算定要件には上げられているが、
保険点数上の優遇措置はなく、いずれの調査に参加するかは検査施設の自主性に任されている。
国際的には CAP の実施する精度管理調査が最も大規模であり、約 21,500 程度の検査室が参加してい
る。CAP サーベイは特殊検査、遺伝子検査、病理、細胞診などを含め 700 以上の検査項目を包括的に網
羅したものとなっている。さらに、多くの項目が年 2~3 回以上実施され比較的短期間で結果が返却さ
れている。米国では CAP サーベイに参加し、一定の成績(±2SDI ではない)を上げることが、公的保険
からの医療費支払い条件(CLIA'88)となっており、参加が実質的に義務化されている。なお、わが国か
ら CAP サーベイに参加する施設は 110~120 施設程度であり、
およそ半数が大学付属病院で占められる。
2)広域外部精度管理調査におけるわが国の臨床検査精度
広域外部精度管理調査である日本医師会精度管理調査と日本臨床衛生検査技師会精度管理調査の比
較を表 3 に示した。
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日本医師会サーベイに用いられる共通 CV とは、方法別 CV が上位 80%の測定法について分散分析で
方法内標準偏差を求め、それを総平均で除して算出したものである。なお、日本医師会サーベイではこ
の算出法でも CV 値が非常に小さくなる項目も多いため、平成 18 年度より一部の項目で絶対的基準とし
てのコンセンサス CV を用いた SDI 評価を混用している。(章末 付表 1、2)
日本医師会サーベイ評価の最大の特徴は±1SDI 以内を A 評価(5 点)、±2SDI 以内 B 評価(4 点)、±
3SDI 以内を C 評価(2 点)、±3SDI を越えるものを D 評価(0 点)とする点数評価を行って 100 点満点に
よる評価を行っていることである。
表3 広域精度管理調査の比較
参加数
回数
項目数
配布物質
評価法
日本医師会
日本衛生検査
技師会
3,168施設
3,650施設
年1回(10月)
年1回(6月)
48項目
60項目
(輸血,生理,病理,細
胞診あり)
調整法が異なる
共通CVおよびコ SDI評価および
ンセンサスCVを 絶対評価
用いたSDI評価
→点数化
一方、日本衛生検査技師会精度管理調査では通常の SDI 評価に加え、一定の絶対的基準を設定して項
目別に評価を実施している。
以下では日本医師会サーベイ調査報告書を例に調査書から得られる情報について概説する。
図 7 グルコース測定値分布図
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図 8 グルコース双値図
図9
総コレステロール分布図
図 10 HDL コレステロール分布図
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図 11 LDL コレステロール分布図
図 12 CA19-9 双値図
おわりに
外部精度管理調査はコンテストではなく、日常検査の正確さを確認、保証するための手法の一つに過
ぎない。適切に利用して正確さの改善、維持に生かすことが重要である。
点数化を行うサーベイでは、検査担当者は良い点を採りたいという意識をいだくのは当然ともいえる。
しかし、あくまで日常検査と同じ分析を行ってこそ、その成績は意味があるものとなることを改めて強
調したい。
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付表1 日本医師会精度管理調査
項目別CV値(平成22年精度管理調査報告書より引用)
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付表2 日本医師会精度管理調査
項目別CV値(平成22年精度管理調査報告書より引用)
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