...

9月号(No.290) - 京都大学生活協同組合

by user

on
Category: Documents
2

views

Report

Comments

Transcript

9月号(No.290) - 京都大学生活協同組合
ていよう
綴葉
'10
9
No.290
あなたが創る生協の書評誌
▶
話題の本棚
姜尚中、
玄武岩著『大日本・満州帝国の遺産』
森見登美彦著『ペンギン・ハイウェイ』
特集/嗜好品
新刊コーナー/新書コーナー/最近読んだ本/化学の眺望
〒606-8317 京都市左京区吉田本町
京大生協綴葉編集委員会
Tel:771-6211 / E-mail:[email protected]
綴葉HP: http://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/000696.php
話題の本棚
を振るい続けた。
国でキャリアを積み、戦後は韓国大統領として暗殺されるまで権力
りつめた。他方は植民地の寒村に生まれ、日本帝国軍人として満州
満州国での産業開発を推進し、戦後はA級戦犯から首相の地位に昇
方は政治家一族に生まれ、東京帝国大学を経てエリート官僚として
人の強烈な個性と、その背後に見え隠れする時代の空気だろう。一
人物を語ること、時代を描くこと
大日本・満州帝国の遺産
姜尚中、玄武岩著
講談社
全二一巻、およそ三年間にわたって発刊された「興亡の世界史」
シリーズが、このたび本書をもって完結した。歴史好きとして、こ
に生きた。この二人の功罪を、二〇世紀という時代史の中に位置付
せ、米軍と強固な関係を築き、反対者を封じ込め、強烈な明暗の中
州国での経験だ。どちらも戦後の日本と韓国の経済を大きく発展さ
二人に共通しているのは、有為転変の激しさと、人生を支えた強
力な信念、そしてその政治信念に大きな影響を与えたであろう、満
れはめでたいと勇んで本書を手に取った。が、正直言ってちょっと
けながら魅力的に描き出そうと試みた点は(成功しているかどうか
めでたく完結(?)
期待はずれの感が否めない。最後の一冊として、本書のクオリティ
今、岸信介と朴正熙の名前を聞いてピンと来る人がどれほどいるだ
究の入門書ではない。残念ながら二一世紀が始まって十年たった昨
して想定しているのかもよくわからない。本書はいわゆる満州国研
あるいはその遺産を使うことによって歴史を築いてきたのかもしれ
国と戦い、あるいは満州国を手に入れ、あるいはそこから撤退し、
鮮・ロシア・中国・モンゴルといった各国は、どこかの時点で満州
ア ジ ア に 深 い 影 響 を 及 ぼ し て き た。 日 本 と 韓 国 の み な ら ず、 北 朝
本 書 の ち ょ っ と 可 笑 し な 指 摘( 満 州 国 は「 未 完 の プ ロ ジ ェ ク
ト」!)を待つまでもなく、満州国は色々な意味で、二〇世紀の東
争を語ることの必要性
戦
は別として)、高く評価できるだろう。
は十分だったか、私には判定しがたい。
まず、二名の著者の連携がうまくとれていないように思える。奇
数章と偶数章の内容に重複があって、通読するとそれが気になる。
ろうか。かといって、近年一種のブームになっている満州国研究の
ない。基地がどうした、アメリカがどうしたと言う前に、日本の未
しかし章ごとに別の作品として読むわけにもいかない。誰を読者と
成果が取り入れられているとも言いがたい。帯に短く襷に長し、を
一度調べ、考えてみるのも重要だろう。 (大福)
(三三八頁 税込二四一五円 月刊)
来を云々する前に、かつて日本が造ろうとした「王道楽土」をもう
地でいってしまった感がある。
二人の「鬼胎」と二〇世紀史
本書を「読める」ものにしている要素があるとすれば、それはお
そらく、本書の主人公となっている人物、岸信介と朴正熙という二
3
2
話題の本棚
新潮文庫の訳が詩的でお薦め)
この作品は、『鏡の国のアリス』(
の良くできたオマージュです。主人公のアリス、じゃなくてアオヤ
観察者の落とし穴
森見の国のアリス、「未知」
を見つめなおす
ペンギン・ハイウェイ
マ君は、郊外の町に住む研究熱心でかしこい小学四年生。森見先生
みたいなこの彼が恋をします。相手の「お姉さん」には大いなる謎
ん」と言われた彼が研究を始める、というストーリーです。
が あ り、 ペ ン ギ ン は、 そ の う ち の 一 つ。 彼 女 に「 謎 を 解 い て ご ら
森見登美彦ってどうでしょう?
それが「近づく」手段であると信じているからだと思うのですが、
と こ ろ で 研 究 と 恋 っ て、 似 て い ま せ ん か? ど ち ら も、 対 象 を
「知りたい」という気持ちを抱かせます。では、なぜ知りたいのか。
森見登美彦著
角川書店
読んだ事、ありますか? 結構読者はいらっしゃると推察致しま
す。ちなみに私は、熱心なファンとはいえませんけれども、文庫化
果たして本当ですか? だって元ネタでは、アリスが「不条理なん
て許せないわ!」と叫んだ途端、謎に満ちた鏡の国は全部夢になっ
すればチェックする程度には拝読しております。この人の文章は、
洒脱で心地よい。京大OBですし、小説に出てくる「腐れ大学生」
て、手の届かないところへ行ってしまうのです。
に親近感を持つ方も多いのではないでしょうか。
さて、新作は
眠くなるまでチェスの相手をしてあげたいと思う。その気持ちは止
少年は同級生のハマモトさんほど知を信じ切れず、ウチダ君ほど
懐 疑 的 に も な れ ま せ ん。 少 年 の 父 は「 知 る こ と で 傷 つ く こ と も あ
められないものですし、また、止めてはいけない、というのが森見
る」とまで言いますが、さて結末は読んでのお楽しみです。
でも、コアのところでは森見作品でした。私が彼の小説を好きな
理由は、研究者のような客観的な視点を持っているからなのですが、
先生の結論なのでしょう。知ることは必ずしも近づくことでないか
一見これまでの作品と違う爽やかな印象。なにより、京都も大学
生も出てきません。歯科衛生士のお姉さんは出てきたので、いつ偽
この作品もその例に漏れないものです。彼の観察眼は、外に向かえ
もしれません。けれどそれをわかった上で彼は、これからも注意深
電気ブランで酔っ払って顔を舐められるのだろうとびくびくしてい
ばワンダーランド「京都」を構築し、内に向かえば青春に振り回さ
それでも、恋は素敵なものです。少年は子供なので真夜中を知ら
ないのですが、眠れないお姉さんのために夜更かしを覚え、彼女が
れる大学生を、恐らく多分な内省を持って詳らかにしてみせます。
3
たのに、最後まで舐められなかった……ええ拍子抜けです。
そして今作は、その「観察者としてのスタンス」自体を見直そうと
く物語を紡いでいくのだろうと思うのです。 (投稿・ )
(三四八頁 税込一六八〇円 月刊)
しているように思われました。なかなかチャレンジャーです。
5
tk
2010. 9. 10
綴 葉
特集
嗜好品と聞いたら何を思い浮かべるでしょうか。珈琲、茶、煙草、酒……世の中には
様々な嗜好品があふれています。今回、特集では「遊びと楽しみの要素をはらむ飲食物」
としての「嗜好品」を取り上げます。
なお日本語の嗜好品という深い含蓄を持つ単語に相当する外国語はないようです。国際
シンポジウムでは相当するものとして〈pleasure products〉という英単語を用意したそう
(夏太郎)
〈tsunami〉と並ぶ世界語となる日も遠くはないかも。
で す が、 結 局〈shikohin〉 と い う 表 記 に 落 ち 着 い た の だ と か。〈shikohin〉 が〈sushi〉
舌の快楽
嗜好品の世界
よ う に 誕 生 し た の か。 嗜 好 品 文 化 研 究 会 の
必要なものまで遠ざけるという物言いがある。
『 嗜好 品 文 化 を 学 ぶ 人 の た め に 』(
世界思想
社 ) に よ る と、 古 い 用 例 で は 森 鴎 外 の 短 編
急速な都市化や近代化によって緊張を強いら
原始時代の人間は自然から得られる資源に
依存して暮らしていた。狩猟と採集と漁撈が
始から、農業が最も重要な仕事となり、狩り
れる人々の心身を緩める飲食物の要請を鴎外
にもなる嗜好品を根本から無くそうとしては
や木の実集め、魚釣りが遊びの意味を持ち始
「藤棚」に あるらしい。そこで は、毒にも薬
める。その過程で生存にとっての必需品でな
は「嗜好品」という造語で表現したのだ。
不可欠な労働であり仕事であり、それらは趣
い楽しみとしての摂取物があらわれる。「栄
一方、現代の都市生活者は緊張緩和よりも
シャキッと覚醒するために嗜好品を用いるよ
味ではなかった。しかし約一万年前の農耕開
養摂取を目的とせず、香味や刺激を得るため
の飲食物」すなわち嗜好品の出現である。
う だ。 同 研 究 会 の『 現代 都 市 と 嗜 好 品 』(
ド
以来、煙草、酒、茶、珈琲、チョコレート
等、世界各地で様々な嗜好品が発達してきた。 メス出版)は、ソウル、上海、パリ、ロンド
はらむ飲食物」とい
びと楽しみの要素を
えられている。ここから「嗜好品」とは「遊
人の出会いや意思疎通を円滑にするものと考
かし摂取すると精神によい効果をもたらし、
ー源または薬としては期待されていない。し
だが、定義からわかるように栄養・エネルギ
同様な矛盾撞着は他にもある。現代人は嗜
好品に「健康」と「自然」を感じる。しかし
け」の効果を求める矛盾がみられる。
ク ス や 癒 し を 求 め そ う な の に、 逆 に「 気 つ
スにさいなまれる現代人は、嗜好品にリラッ
に高いという結果が出ている。多忙やストレ
に珈琲を毎日のように楽しむ人の比率が非常
好性の調査を行った成果である。そこでは特
これらはとりあえず口に入れる飲食物である。 ン、ニューヨーク、ロサンゼルスの人々に嗜
えるだろう。
産される工業製品である。世界ではグローバ
酒や煙草をはじめ今や嗜好品の多くは大量生
では嗜好品という
日本語はいつ、どの
4
関わってきた。例としてチョコをあげる。
スには刺激を求め続けた西洋の歴史が大きく
好品だったモノが世界商品化していくプロセ
嗜好品を「世界商品」と呼ぶが、一地域の嗜
左であろう。このように世界中で楽しまれる
れる。嗜好品の大半が工業製品なのもその証
リゼーションのため均質化が進んでいるとさ
照をなした。そして一九世紀、オランダでの
タント地域へのコーヒーハウスの普及と好対
はチョコレートハウスが一般化し、プロテス
ル ブ シ ュ『 楽園・ 味 覚・ 理 性 』(
法政大学出
版社)に描かれるように、カトリック地域に
王の結婚を契機に広く普及し始める。シヴェ
「新大陸」から欧州にもたらされた当初は
薬扱いであったが、スペイン王女とフランス
通じカカオは貨幣としても流通していた。
み解くこともできるのだ。 ある。このように身近な嗜好品から文化を読
地域や都市ごと、年齢層や性別による違いも
嗜好品は世界中で均質化の波の中にあるが、
チョコの歴史が語るように、一方で時代ごと、
ョコは女・子どものものとなった。
珈琲が男性のものとされたのに対し、甘いチ
板チョコとスイスでのミルクチョコレートの
はずいぶん異なるものだった。ヨーロッパと
り潰した豆に水と食紅や唐辛子を混ぜる今と
煙草はいつ、どこから来たか
草をとりまく言説に絞って見ていきたい。
続 い て は「 香 り 」。 香 水、 お 香 な ど、 香 り
を嗜むには無数の方法があるが、ここでは煙
煙草は吸う人自身にも周りにも有害だと述
べる言説は枚挙に暇がない。そしてまた、喫
健康や経済への影響
(夏太郎)
発明から現在のような形態が完成した。苦い
チョコレートの世界
の出会いはコロンブスの四回目の航海のとき
賛否あるのは承知の上で、嗜好を語るのに
外すわけにはいかないもの、煙草。もともと
紫煙を燻らせて
チョコレートの原料となるカカオの起源は
メソアメリカにある。八杉佳穂『チョコレー
で あ る。 欧 州 人 に と っ て 当 初 こ の 飲 み 物 は
はネイティブアメリカンが祭祀のために用い
うになり、玉ねぎや
ナッツやシナモン、バニラ等を入れて飲むよ
軽に知るのに最適な一冊。多くの疫学的研究
『人間の旧き友 煙草』( 太田出版)は、煙
草をめぐる歴史や評価、科学的事実などを手
であるという。
い込んでいることが最大の問題であるという。
存という事実を受け容れずに嗜好だなどと思
られない病気なのである、と。そして病的依
ると強調する。曰く、
‌ ‌をわきまえられ
ない喫煙者を動機付けるのは神経化学的作用
宮 島 英 紀『 まだ、タ バ コ で す か?』( 講 談
社現代新書)は、喫煙習慣が明確な疾病であ
煙する権利を訴える書籍も様々ある。
はならない農作物である事実を強調する。
に見せてきたかを語り、貧国の経済になくて
「豚に適した」吐き気を催すものだった。ス
ていたが、神との交歓のツールをヨーロッパ
トの文化 誌 』(
世界思想社)に詳しいが、実
のかたちが心臓に似ていることから古来は宗
ペインの征服による旧来の支配体系崩壊に伴
教儀礼に用いられる王侯の飲み物だった。す
いカカオも庶民にも飲まれるようになった。
ラード等を加えた
を引用して煙草の害を述べる一方で、煙草が
先住民とスペイン風の飲み方が混ざり、砂糖、 に持ちこみ嗜好品化したのはかのコロンブス
ソースも作られた。
「モレ」という料理
いかに銀幕のスターや歴史の立役者を魅力的
評者は喫煙者だが、自分の喫煙には依存以外
であり、一時もニコチンの補給なしでは生き
T
P
O
同時に植民地時代を
5
綴 葉
No.290
果 的 な 小 道 具 と し て 用 い ら れ て い る。 漫 画
現実に煙草を吸う人が格好いい可能性は高
くないが、フィクションの中では今も昔も効
盛んな人生に今なお生彩を与えているという。
草は著者の生涯の友であり、老いてますます
れ、逞しく生きた様
上司や友人にも恵ま
どかな時代などでは
『 Black Lagoon
』
(小学館)では、主要な登
場人物が思い思いの銘柄の煙草を銜えて稼業
つ一つ検証し、矛盾点を指摘した後、煙を避
く敏感に反応しがちな問題を織り交ぜて皮肉
児童への犯罪、テロリズムなど、人々がとか
が綴られている。煙
なかったはずだが、
に勤しむ。舞台のタイの架空の町は世界中の
ストは無限に長くなる。
けたい人々と喫煙習慣との共存の道を提案す
早
デュトゥールトゥルの『幼女と煙草』(
川書房)は、近年の禁煙ブームを、環境意識、
の理由があると思っている。これは著者の提
る。最終的な結論には賛同するが、途中の論
マフィアが割拠する「神に見放された街」。
起する問題そのものなのであろうか。
理を基礎付けている陰謀論は明らかに分が悪
硝 煙 と 血 煙 と 紫 煙 の 立 ち 込 め る 路 地 裏 で、
他方、室井尚『タバコ狩り』( 平凡社新書)
では、世界的な禁煙ブームに現れる言説を一
い。これでは増税を押し留める説得力は持た
「命に
セントの価値もない」無法者が繰り
ないなと悲観してしまう。
までも満足の得られない喫煙のように。
る。順調だった彼の生活は軌道を外れ、何も
見され、そこからあらぬ犯罪の嫌疑に発展す
もの遊び場として開放された架空の街の市庁
っている。主人公は喫煙者を締め出して子ど
がしかし、煙草と経済の関連で見過ごすわけ
無法者と煙草は切り離せないが、煙草はア
ウトローの専売品ではない。昭和初期に満州
酔いの愉悦
三つめは酒の話から。どうせ真面目なもの
にはなりようがないから、どうぞ気楽に。
酒を語るということ
言うまでもなく酒は飲むもので、そう思っ
た時に、各々勝手なスタイルで、好きにやれ
(峰)
一例として、吉行淳之介と開高健の『対談
美
とはいえ、酒には語りが付きもので、盃交
わせば話に花咲き、つい饒舌になるのが道理。
はない。眼前の一杯が何より幸せ。
ばよい。要らぬことをあれこれ気にすること
上げる社会なのか。
草を吸いたがる喫煙者なのか、健康に血道を
舎で、隠れて喫煙していたところを女児に発
には行かないのは、その生産に依存している
に渡り、国策会社、学徒動員、戦後は教職に
かもを失う。狂っていたのはそうまでして煙
国の存在である。代表は紙幣に煙草の葉が印
刷された国マラウイ。栗田和明『マラウィを
・チ
のおのれがさくらかな 』(
郁朋社)は、おお
らかな筆致で旧きよき時代を語る。決しての
と生きた渡辺邦美の自伝『酒煙
草なくてなん
喫煙が医療行政に与える損害という文脈で、 広げる日常は小気味よいカタルシスをもたら
煙草と経済の関係が取沙汰されることが多い。 しつつも、割り切れない読後感を残す。いつ
10
知るための 章 エリア・スタディーズ』(
明
石書店)は、煙草農業が底流するかの国につ
いて興味深い。
煙草をめぐる表現
・ボンド、
・レノン、 ・ディートリッヒ、
ャーチル、 ・オー
放さなかった二〇世
次元大介。煙草を手
ウェル、
M
紀のヒーロー達のリ
W
いて、さまざまな角度から詳細に述べられて
45
G
J
J
2010. 9. 10
綴 葉
6
ず放浪に赴き、放浪
い。 檀 一 雄『 漂蕩 の 自 由 』(
中 公 文 庫 ) に は、
氏の生き方が滲み出ている。常に家族を顧み
せば既にそこにあるような分からぬものらし
うのは、遠くにぼんやり見る一方で、踏み出
上がれぬまま日を暮らす。しかし凡そ夢とい
何事もなかったかのように出掛けるか、起き
酔いと漂泊――街場の灯
当然で、氏の姿勢には頭が下がる。
酒場を残したいなら足を運ぶのが一番なのは
語ることへの意志とのギャップが絶妙。良い
『酒にまじわれば』(
文藝春秋)。ある種の人
にとって、人生の一部が酒でなければならな
人生語りなんて……となれば、なぎら健壱
いなど、「ならでは」のものがある。
い言葉が多い。酒席に立ち上がる焼け跡の臭
柄の一端をそのまま切り取る、気の利いた短
酒につい て 人はなぜ酒を語るか 』(
新潮文
庫)がある。内容はやや人生論に傾くが、事
ばなるまい(書評誌という性格上も好都合)。
と同質の酔いをもたらす文学について語らね
となればついでにこの旅の方を進めて、それ
酒と旅とを並べると、それらがともに酔い
によって結び合わされていることに気付く。
いの全身性――ならばいっそのこと
酔
ないぞ、と、変に意気込んでみる。
ろにあるのかと得心。これからは遠慮も要ら
が地続きである。旅酒の愉しさはこんなとこ
先に別天地があるのではなく、店の内と外と
一部を成している。日常でのようにくぐった
ある以上、旅先でくぐる縄暖簾は、非日常の
らしなさと、郷愁を予知しているかのような、 常からの逃避という側面を多分に持つもので
い理由がよく分かる。氏特有の力の抜けただ
酒×文学という演算の結果は、これはもう
風景と強く結び合わされている。旅が既に日
書くものはひと味違って、一軒一軒が旅先の
り旅ひとり酒』(
京阪神Lマガジン)が味わ
い深い。いわゆる「酒場巡り本」だが、氏の
より穏当なものとしては、太田和彦『ひと
の著作も多く、名著が揃う。
壇屈指の料理人としても名を馳せ、その方面
それがそのまま檀一雄である。また氏は、文
とうとするかのような、徹底した「漂蕩」は、
であって、好かぬ人がいるのも腑に落ちる。
のが酔っている。聞いて心地の良いのは道理
いだけ。言われてみれば、氏のは語りそのも
友曰く、酔うと私は志ん生のようになる。
話が上手くなるのではなく、恐らくその間合
美な酩酊が空間を満たしている。
る。真夜中の寂しい部屋がふと匂い立つ。甘
これまでそれだと思っていたものが曖昧にな
章でもある。境目が存在せず、意識されず、
日常であり、意識そのものであり、同時に文
で推し進めている。そこでは文学がほとんど
新潮社)
古 井 由 吉 の 近 刊『 やす ら い 花 』(
は、そういう意味での文学の可能性を極限ま
ないものが詰まらない文学になる。
のためには全身的な没入が要る。それを許さ
は文学でなくて、思考の材料である。楽しみ
か、その歴史的/社
とか文学ではないと
即ち、これは文学だ
なければならない。
いうことが忘れられ
元は綻んだまま。実によい気分。 (
一升
瓶)
生『 なめ く じ 艦 隊 志 ん 生 半 生 記 』(
ちくま
文庫)。涙なしには読まれず、それでいて口
おまけみたいにその書をひとつ。古今亭志ん
心まで酔う――もう何でもいいや
会的位置が云々などと言っているうちはそれ
の揚句に放浪し続け
究から解放するには打ってつけ。それが本当
間違いなく吉田健一。その『 文学の楽しみ 』
(講談社文芸文庫)は、文学を面倒な学術研
酒酔いのたゆたいが、いつまでも続けばよ
いのに。これはもちろん戯言で、大抵は翌日
る。自らを取り巻く
の意味での「楽しみ」であるには、文学だと
それとは気付かぬ桎
梏の、一歩外側に立
7
綴 葉
No.290
新刊コーナー
ブルボン小林著
文藝春秋
マンガホニャララ
「 離 婚 」「 破 局 」
が描かれない『美
味 し ん ぼ 』(
小学
館)は結婚・出産
奨 励 漫 画 だ。『 デ
ト ロ イ ト・ メ タ ル・ シ テ ィ』( 白 泉 社 ) は デ
ーモン小暮閣下に一言あるべき。七〇年代以
降に絵本の国民的ロングセラーが現れないの
は六九年 に『 ドラえもん 』(
小学館)が描か
を稼ぐこと)がきちんと描かれているⒶの作
フォルニア、ロサンゼルス、ヒューストンか
『ドラえもん』のエンジンは、ジャイアンの
説きながら、欲望を剥き出しにしながら彼ら
酒に溺れながら、街々で出会う女性たちを口
に安住することを拒み、旅から旅を繰り返す。
らニューオーリンズ、ニューヨーク。一箇所
暴力でもしずかへのアピールでもなく、スネ
の
夫の過剰な自慢の数々であるという主張は秀
は青春を走り抜けていく。
品の健全さの指摘には頷かされる。また
逸。読者にはぜひ『ドラ』を読み直してほし
に肩の力を抜いて楽しめると思う。
一読して欲しい。表紙のハットリくんのよう
上記のトピックに少しでも引っかかった人は
ケルアックの代表作が新訳で再び登場した。
中心人物の一人、
レーション。その
たビート・ジェネ
までも読まれて欲しいと思うのだ。
(もずく)
月刊)
様の美しさを教えてくれる点で、本書はいつ
ズの言葉の通り、旅の美しさや刹那的な生き
(五二四頁 税込九九八円 6
らわれてロードを指さした。」というバロウ
特に多く取り上げられるのは、藤子不二雄
自由を追求する若者たちがアメリカ大陸を
縦横無尽に駆け巡る物語。デンヴァー、カリ
うにごろごろしていたとき、ケルアックがあ
「疎外感や不安や不満足がすでにそこらじゅ
本 作 に 関 し て は、「 文 章 の 繰 返 し 」 や「 推
敲不足」等の批判もある。だがそれ以上に、
ようになるとおれにははっきりわかってる」》
《「神はなにも気にしちゃいないんだよ。お
れたちはこうして走ってるが、すべてはなる
ディーンは執拗に叫んで繰り返す。
の伝説的な人物である。アナーキーな言葉を
ル・キャサディはビート・ジェネレーション
ィーン・モリアーティのモデルとなったニー
ってくる。特に、物語の中心人物の一人、デ
当時の彼ら自身の思想や生き様が存分に伝わ
文学の仲間が登場人物のモデルになっており、
本作では著者をはじめ、ウィリアム・バロ
ウズやアレン・ギンズバーグといったビート
ジャック・ケルアック著
青山南訳 河出文庫
オン・ザ・ロード
んじゃん、ブルボン小林! (夏太郎)
(二四〇頁 税込一二〇〇円 月刊)
あげる『ポテン生活 』(
講談社)を小数点単
位の喜びと評したコラムがベスト。わかって
個人的には、日常の狭い狭い部分をすくい
に気づいた人がこれまでにいただろうか
的精神的なゆとり自慢へと成長していること
い。スネ夫の自慢が単なるモノ自慢から時間
F
!?
作品。『まんが道』( 中央公論社)でも『プロ
ゴルファ ー猿 』(
小学館)でも現金(とそれ
本書は、タイトルどおりゆる~い姿勢で、
諸々の漫画を語るコラム集。芥川賞作家でも
一九五〇年代の
ある著者・長嶋有が別名で執筆しているもの。 アメリカに登場し
れてしまったから? ゼロ年代の漫画の「き
ちんと」地に足がついたところとは?
5
2010. 9. 10
綴 葉
8
新版 ショパンとサンド
たとえ二人の別れが劇的であったとしても、 膚をはいでナメシ皮とし、刺青が保存されて
ショパンにとってサンドは創作活動を支える
博覧会などで大衆に披露されたと言う。男が
楽器店などで特設
年である。書店や
今年はショパン
生誕二〇〇周年の
れに繋がり、二人を永遠に引き離したのであ
なすれ違いとプライドへの固執が悲劇的な別
のはサンドの子供たちであった。そして些細
でなかったこと、つまり問題を決定的にした
だが、破局は迫っていた。著者が暗示する
のは、別離の原因は彼らが守るべき者が一人
も傍にいられた稀有な人であった。
ショパンは恋愛から愛情へ気持ちが変化して
を持つ毒婦たちの壮絶な人生が当時の草双紙
ついた幻お竹など、カッコ良いニックネーム
え所なく男を翻弄し続けたことからその名が
も「女太閤」とも称された花井お梅や、掴ま
本書は、そんな江戸時代後半から明治にか
けての毒婦をテーマにした一冊。お新の他に
当時「毒婦」という言葉が使われた。
はニュースになった。そのキーワードとして
恋人であり、母であった。サンドにとっても、 女を殺すのは珍しくないが、女が男を殺すの
コーナーが設置さ
小沼ますみ著
音楽之友社
れているのを見た人もいるのでは。
これらの毒婦の運命には一定の傾向が見ら
れ、十代で家を出て妾奉公に出かけるなどし
て多くの男と出会い、そこで何かの事件に巻
き込まれるというケースが多い。また当時の
社会情勢の急変が、生活維持のための直接的
で危険な行動も臆さない精神状態に彼女たち
を導いた点も指摘されている。
毒婦の話に加え、「どうせ天国が見られな
いのならせめて地獄でも見る気にはならない
りの美貌を武器に多くの要人に近づき、殺し
入れ、貫禄たっぷ
オロギーで固められた現代に風穴を空けてく
者の視線もどこか倒錯的で面白い。法やイデ
綿谷雪著
中公文庫
や新聞の史料を交えて紹介される。
る。あなたはどう思うか。 (満潮
)
(二二一頁 税込一九九五円 月刊)
明治の初め、雷
お新と呼ばれた女
近世悪女奇聞
本書を取り上げたのは、ショパンを知るに
はジョルジュ・サンドの存在が欠かせないか
らだ。品行方正なショパンと魔性の女サンド。
この対照的な二人の芸術家は、死後もなお人
の興味を誘うカップルである。サンドはかつ
て、ショパンの早すぎる死の遠因として語ら
れ、悪女の代名詞となった。話には尾ひれが
ついた。ショパンが生前サンドについて公に
語るのを控えたのに対し、サンドは破局後、
自己弁護に満ちた自叙伝を書いたからである。 がいた。全身に怪
今では、そんな話を真に受けた本はない。
何と言っても、ショパンが傑作を多数発表し
や盗みや悪事をはたらいた。あの伊藤博文を
でしょうか」と彼女たちを美しく肯定する著
たのはサンドが傍にいた時代であった。サン
れるような刺激的な一冊。 (もずく)
(三二〇頁 税込八八〇円 月刊)
奇な刺青を隈なく
ドの情熱的で複雑な性格を見抜き、俗説のベ
も引っ掛けたらしい。当然監獄行きとなった
ールを脱ぎ捨てること。この本はそう望むひ
が、その死後に何と、遺言によって全身の皮
9
4
とのための本である。
4
綴 葉
No.290
あと、関西=大阪やと勘違いしてる気がしま
っと手に入れるまでえらいかも知れません。
しいわね。ぽつぽつしか置いてないし、ちょ
この本ね、まあ人によってはおもろいのか
も知れんけど、ぺらぺらな割にお値段がよろ
「どぼどぼ厳禁」って書いて貼っときたいわ。
ぼ ど ぼ か け は る 人。 あ れ や め て ほ し い の。
うね。あと食堂に時々いるでしょ、調味料ど
わからはらへんみたいやし。あれ何ででしょ
一、三一音しかないので、他人が汲み取れ
る表現を使うこと。独りよがりな表現を説明
と次の二点になる。
の指導の真骨頂。指導のポイントはざっくり
終始する。ある程度リズムができてからが俵
沢山歌詞を書き、歌を歌っているにも拘ら
ず、最初の数回は七五調リズムを保てない気
強さが出る。
というか。当然短歌の方にも表れて、個性の
キュッと曲がって !
関西オノマトペ用例集
すね。京都では遣わん言葉も入ってます。
ちゃっちゃと上げ
この原稿、一晩で
ほんまスケジュ
ールきちきちやわ。
組立通信
豊島美雪、こそっと関西オノマトペ研究会著
んと、今月の編集
短歌の作り方、
教えてください
する場がないだけ、短歌の世界はシビアであ
二、ただし説明的になり過ぎないこと。説
明が過ぎると「絵葉書」もしくは「スナップ
写真」のような歌になり、臨場感が失われる。
ある一定レベルに達した後、双方のバラン
スを取るという作業が待つ。ほぼ同じことの
逆命題を言っているこの二点であるが、推敲
の中で、こちらを直すと今度はあちらが飛び
こてこての大阪の人だけかも知れませんけど。
しょ?
詞を読んだことがあるだろうか。言葉遊びも
ていく。一五回にわたる往復書簡。一青の歌
直しはしない)し
指導(あくまで手
を歌人、俵万智が
したが、そこはそのままでいいんだけど……
所だった。おそらく俵はそれに気付かずに直
俵万智、一青窈著
角川学芸出版
出て収まりが悪くなる。その良い塩梅。短歌
のこころとはそういうものだ。
そうそう、オノマトペて言うたら、友達と
料 理 作 っ て て ち ょ っ と 困 る 時 あ り ま す わ。
という箇所も散見された。 (星の屑)
(二五七頁 税込一五〇〇円 月刊)
また、この二人の一回り以上の歳の差から
生まれる、言葉の使い方の違いもおもしろい
「パパっとお塩ふって」て言うても通じひん
含めて、かなり独特だ。目の付け処が面白い
のよ。「お葱はもっとドバっと」て言っても
歌手、一青窈が
短歌を作る。それ
持ち悪い短歌を作り、定型に関しての注意に
長さんにめっちゃ迷惑かけてしまうやん。し
る。
ゃあないな。ほなぶわーっと書いてまお。
関西弁はオノマトペがえらい多いんやそう
です。私は京都の下町から出たことないんで、
そんな知りませんけど。大阪の人はよう使わ
はるみた いですね。「そこの道ダーっと行っ
て、どんつきキュッと曲がって、その先にズ
ドーンとありますわ」みたいな物言い。私は
そんなん言いませんけど、感覚としては分か
りますね。おそらく五分ぐらい早歩きしはっ
て、四つ角かT字路を直角に曲がらはるんで
準語やと思うの。 (大福)
(六三頁 税込八九〇円 月刊)
何より気になるのはね、うち、この本に出
てくる言葉て、大阪弁以外のんはたいがい標
90°
まあ、今どきこんな言い方するのは、
3
5
2010. 9. 10
綴 葉
10
地球人として誇れる日本
を目指して
日米関係からの洞察と提言
再武装を、徹底した文民統制の下で達成する
その中身は、まず日本国民が、国際的に正
当とされる、自国防衛に最低限必要な程度の
る。
の文書館にも綿密に取材した力作だ。
向けとしては決定版といえよう。企業や大学
生涯も明らかにした最新の伝記である。一般
伝記があるが、本書は窒素固定法開発に焦点
た研究者である。
第一線に立ってき
著者は、日米両
国で外交史研究の
制に日本が入ること、である。
世界秩序の安定のための米国との国際分業体
窒素固定法を実用化したボッシュであり、B
話を続けつつ、非軍事・民生支援に限定した、 それをめぐる産業史である。主人公はむしろ
する。その上で、日米間で誠実かつ率直な対
ASF社をはからずも戦時協力に導き、後に
を絞り、かつ共同研究者カール・ボッシュの
と同時に、他者との共存を旨とする自国の伝
本書のメインは悪名高い毒ガスではなく、
肥料と弾薬の原料となるアンモニア生成と、
複数国かつ官民に
松田武著 大阪大学出版会
統的な道徳を再得し、国際舞台において実践
跨る文書館で、同業者でさえ目眩を覚えるほ
ナチス化する化学カルテル
‌ファルベンを
設立する経緯も克明に描かれる。実験の試行
錯誤や、様々な決断の政治的背景などについ
ても詳しい。窒素固定法が世界環境に及ぼす
影響を扱った最終章は付け足しに過ぎず、裏
表紙の宣伝文句は真に受けない方がよい。
ハーバーと毒ガス、化学企業の戦時協力な
どを描いているにも関わらず、その筆致が好
事・文化の局面にわたって米国に依存するに
著者によると、冷戦期の日本は米国の覇権
維 持 の 体 制 に 取 り 込 ま れ、 政 治・ 経 済・ 軍
フリッツ・ハーバ
るドイツの化学者
したことで知られ
第一次世界大戦
の毒ガス戦を先導
を過度に単純化せず、その複雑な構造を冷静
と本書で学べば尚更、科学技術と軍事の関係
意的に見えると解説者は但し書きしている。
至った。この現在も続く依存体質は早晩日本
ーは、ハーバー・ボッシュ法こと空中窒素固
ハーバー、ボッシュと化学の世紀
大気を変える錬金術
辿り着いた著者の夢である。
(投
稿・ユキオ)
(二二一頁 税込一八九〇円 月刊)
日本が自国の価値観に則り主体的に世界秩
序を形成する姿。これこそ長年の学究の末に
どの数の史料を渉猟し、大胆な構図と緻密な
実証で、米国の対日政策及びその金融・文化
政策との関わりを鋭く叙述してきた。
本書は、著者の定年退官にあたり上梓され
た。従ってその内容は、既刊の学術書とはお
のずから性格を異にし、日米関係の歴史と今
後に対する著者自身の見解と提言を忌憚なく
を行き詰まらせるので、日本は自立を図るべ
定法の発明でノーベル化学賞を得た人物でも
むのもハーバー・ボッシュ法のおかげなのだ
えられているためである。我々が飢えずに済
定によるアンモニア生成の社会的重要性に据
だが、それは主張の中心が、あくまで窒素固
きである。但し、先の大戦の記憶から米国に
トーマス・ヘイガー著
度会圭子訳 みすず書房
は日本の自立を警戒する向きが根強い。そこ
に注視する姿勢も培われよう。 (
投稿・宵)
(三四四頁 税込三五七〇円 月刊)
開陳したものとなっている。
I
G
ある。ハーバーと毒ガスについては邦語でも
11
3
で著者は、自立達成のための大戦略を提唱す
5
綴 葉
No.290
NA建築家シリーズ
士課程ないし医学部の五回生以上、そして右
流れが見えてくる。例えばONE表参道。都
これを答えとして仮定し、作品を見ていく
と、一見バラバラに見える作品に納得できる
れが「負ける建築」になる。
由度でどうにかする。隈の言葉を借りればこ
また、読者の皆様からの投稿も随時受け付
けています。採用させていただいた方には、
ください。追ってご連絡差し上げます。
紙掲載のメールアドレスへ直接お問い合わせ
集委員会への参加希望の旨を明記の上、生協
この条件を満たし編集委員としての活動を
希望される方は、本誌添付の読者カードに編
記の仕事を継続して行うことができる方です。
心の暴力性と表参道の違和感のある静けさを
書籍代(上限二五〇〇円)および薄謝を図書
隈の頭の中にあるのは、環境との共存・相
互作用だろう。クライアント・地形・法令。
木をもって治める。戸畑C街区整備事業では
カードにて差し上げます。ふるってご投稿く
隈研吾
区役所に分譲マンションなど民間施設を組み
ださい。
日経アーキテク
チュアの過去の記
事(作品解説や図
面とインタビュ
これらの制約に折れ、その中で自分の方の自
ー)に新たに対談、
込むという法的に難しい設計を北九州市と手
日経アーキテクチュア編
日経
社
隈研吾の著作への書評等を付け加えて出版。
を取り合って完成させる。そのあたりの経緯
編集委員募集、
﹃綴葉﹄
および投稿募集のお知らせ
行、新書二〇字×二三行。出版されてから
半年以内の書籍を対象とします。
②「最近読んだ本」
:三〇字×四二行。普段の
読書の中で特に面白かったものを紹介、批
評してください。刊行時期の制限はありま
じていま す》(宮台真司との対談。今の建築
《建
築の世界のなかでは社会との関係が切れ
てしまって、整理能力がなくなっていると感
り上げた書籍の代金が支給されます。
集委員には毎月若干の活動手当と、書評で取
て『綴葉』の編集作業に携わることです。編
仕事内容は、毎月二~三本の書評を書くこ
と、毎週金曜日に行われる編集会議に出席し
付けます。宛先は本誌表紙を参照してくださ
してください。郵便・メールどちらでも受け
者の氏名・所属・連絡先・ペンネームを明記
い ず れ の 場 合 も、 書 名・ 著 者 名・ 出 版 社
名・総ページ数・発行年月・税込価格と投稿
せん。
界に足りないものと学問としての建築が獲得
し過ぎたものについて。)
い。
『綴葉』編集委員会では、編集委員を新た
に若干名募集します。
のひとことポストに投函するか、『綴葉』表
から掲載されている
ので隈のレビューとしてもよろしい。レビュ
主要作品が九一年の
ーとする際、気になるのは、隈の仕事に一貫
して流れるものがあるとすればそれは一体何
か、ということである。対談記事を見ていく
と、
《壊
すメソッドが入っていなかったから取り
替えられなくて、全取っ替え、すなわち廃棄
するしかないということになっちゃった》
(福岡伸一との対談。黒川紀章の中銀カプセ
書評の形式は次の通りです。
①「新刊/新書コーナー」
:新刊二〇字×三二
B
P
も書かれていて面白い。 (星の屑)
(三〇四頁 税込三一五〇円 月刊)
02
対象は、京都大学生協加入者で大学院の修
ルタワーに関する批判。)
6
M
2
2010. 9. 10
綴 葉
12
巻 分 子遺伝学
カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書
第
H
クレイグ・ ・ヘラー 、ゴ
ードン・ ・オーリアンズ、
デイヴィッド・ ・ヒリス、デイヴィッド・サダヴァ著
H
わかりやすいはわかりにくい?
編集者の仕事
「哲学者はいつの世にも、最後の最後のと
こ ろ で、 あ る 逆 説 的 な 問 い を 強 い ら れ て き
細々とした選択の積み重ねによって、まさし
く、 誰 か が 作 っ た も の で あ る。 そ の 誰 か の
考えてみれば当たり前のことだが、日頃読
んでいる本は、ひとりでにできたものではな
本の魂は細部に宿る
柴田光滋著 新潮新書
た」。醒めた視線の先にある限りにおいて、
くそのような姿かたちにおさまっている。落
臨床哲学講座
鷲田清一著 ちくま新書
哲学はもって回った言い回しとひねくれた論
前号に続き、アメリカの大学生物学の教科
書『 LIFE
』 の 部 分 的 訳 書 を 取 り 上 げ る。 第
一巻(一~五章)の「細胞生物学」に続き、
理の牙城に立てこもる態度として現れる。
章ではRNAを介してタンパク質が作られる
て、塩基対合も含めて触れられる。さらに九
重らせん構造に触れ、その構造の意味に関し
実験の歴史的経緯をさらう。次にDNAの二
八章でDNAを用いた説明が始まる。最初
にDNAが遺伝物質として決定されるまでの
についての記述がある(七章)。
則が説明され、二〇世紀初頭までの研究発展
メンデルの実験が説明される。メンデルの法
がらも論旨は明快、難解さも晦渋さもない。
指針にする態度である。際どい逆説を含みな
著者の掲げる「臨床哲学」は、学界の内側
に閉じこもらず、哲学を実際に生きる上での
語れないところまで至ってしまうのである。
し迫った問題まで、最終的には逆説的にしか
の」人格や考えなど、考えずにはおれない差
事 か ら、 他 者 の 顔 と そ の 奥 の 他 者 の「 本 当
いった日常的に特に気にも留めないような物
きてこれからもまた何かを読み続けるだろう
な書物環境にあって、これまで何かを読んで
必要もない。けれども、とりわけ今日のよう
わけで、作り手か好事家でもないかぎり常日
もちろん、よくできた本ほどそういうとこ
ろを無用に意識させない心配りがされている
紙でできていることは偶然ではない。
がその版型で、そしてその活字で、またその
しかし、そうではないのだ、と著者は言う。 丁なり誤字脱字なりといった瑕疵でもないか
例えば時間のありよう、ものを食べることと
ぎりなかなか意識することはないが、その本
十章では生物と無生物のあいだ、ウイルス
の増殖機構(RNAからの逆転写)に関して
多忙な日常の中の思考停止には、きっと臨床
を取ってすら、行間に滲み出るようである。
れ出る人間への情は、ときに手痛い批判の形
でなく、使える本でもあるので、読み書きす
なにやらくどい言い方になったが、こだわ
りが小気味よい好著。考えさせてくれるだけ
という人であるならば、これは少なくとも一
頃から気にかけたりはしないものだし、その
まで(セントラルドグマ)の転写機構の説明
度は考えてみた方がよい事柄ではある。
述べられる。さらにこの章で原核生物の遺伝
(二〇六頁 税込七三五円 について見た後、十一章で真核生物の遺伝に
る人には例外なくおすすめできます。
(韓
図)
月刊)
(化学的説明)が為される。
透徹した洞察は読む者の視点を揺るがさず
にはおかない。にもかかわらず、著者のあふ
まずは遺伝の原理に関して染色体による
(マクロな)説明が行われる(六章)。その後、
第二巻は「分子遺伝学」である。
浅井将、石崎泰樹、丸山敬訳 ブルーバックス
M
哲学の処方が奏功するだろう。 (峰)
(一九〇頁 税込七一四円 月刊)
13
2
関して特徴的な点を論じる。 (星の屑)
(四二四頁 税込一五七五円 月刊)
5
3
6
綴 葉
No.290
新書コーナー
最近読んだ本
‌ ‌ ‌ ‌との共同開発で「イケてる農作業着開発プロジェクト」
まで企画したりする、そのエネルギーが正直うらやましい。もちろ
京大生、「『ギャル農業』に学ぶ」
の巻
ギャル農業
ん、ギャルが農業をすることに対する各方面からの厳しい批判が数
多く寄せられたことも事実だ。常に前向きな藤田氏もそうした批判
にくじけそうになったが、次第にその批判すらも自分の原動力に変
えてしまう。「批判があるというのは、私のやっていること自体へ
の中心だ。
だからこそ農業の専門知識ではなく藤田氏の考え方、生き方が本書
接点を持つとはどういうことかを若者目線で描いた点にあると思う。
本書の面白さは、ギャル社長として活躍していた藤田志保氏がシ
ブヤ米作りに至るまでのさまざまな過程を通して、若者が社会との
手に取ったのが『ギャル農業』であった。
らしい。それなら私もノギャルではないかと親近感を覚え、書店で
体何が起こったのか。どうやら農業をするギャルをノギャルという
和歌山県の梅農家でお茶をご馳走になっている時だった。野には
珍しい服装とメイクのギャル達が表紙を飾る雑誌がある。日本に一
意の根底にあると思われる。自分らしさを大事にしながら現代社会
発揮されると実感してきた経験からの言葉だろう。そして、この思
に助けられてきたこと、若者が「大人社会」と繋がるとすごい力が
返しになるのではないかという。起業を通してさまざまな大人たち
は「ルール 大人たちに恩返し」だ。自分が学んだことを下の世
代に伝えていくことが、これまで支えてきてくれた大人たちへの恩
また、本書には「私のルール 」と題した藤田氏が日常的に大切
にしているモットーも紹介されている。そのなかで一番印象的なの
それがわかってきたのです」。あっぱれ!
るか、という点で、私のほうに不十分な面があったのではないか、
のネガティブな反応というより、やっていることを他人にどう伝え
藤田氏は、ギャルであることに対する世間からの風当たりの強さ
を感じ、「ギャルだってできる」ことを証明したいと、流行に敏感
と関わろうとする姿勢に、藤田氏と同い年の私も共感する部分があ
藤田志保著
中公新書ラクレ
E
D
W
I
N
なギャルの特性を活かしたマーケティング会社を立ち上げる。弱冠
一九歳で社長になった後は、環境問題や
‌ ‌・
‌ ‌ ‌問題など
にも関心を持ち、多岐にわたる活動を展開する。そして、二〇〇八
ィアと行動力で「シブヤ米」作りを実現させてしまうのだ。若いギ
年末、ついに農業に乗り出すことになる。ギャルならではのアイデ
A
I
D
S
ャルママ仲間を募って「ギャルママ農業体験ツアー」を企画したり、
10
どのようなかたちにせよ、たくさんの人びとと関わり、自分の考
えを発信していくような生き方には憧れる。藤田氏に対抗して『ギ
った。
いが、起業や清掃活動というかたちで社会に働きかけようとする決
10
ャグ農業』でも書いてみようかしら。 (投稿・なんし)
(二一二頁 税込七三五円 月刊)
10
H
I
V
14
化学の眺望
合成しようとしたところ、偶然有機物である尿素が生成し、無機物
シアン酸カリウムと硫酸アンモニウムからシアン酸アンモニウムを
果、殺菌作用があることを発見した。ウェーラーは、無機物である
の細菌に混ざってしまった青カビを試しにそのまま培養してみた結
本書には、さまざまな歴史的発見の裏側にあったセレンディピテ
ィーが紹介されている。抗生物質を発明したフレミングは、培養中
を起こすための能力が必要である、という考え方なのである。
偶然の発見は本当に『偶然』
なのか?
セレンディピティー
思いがけない発見・発明のドラマ
ロイストン・M・ロバーツ著
安藤喬志訳 化学同人
然を味方にするために
偶
から有機物が作れることを発見した。
もかかわらず、なぜ発酵食品などというものが生まれたのだろうか。
これらの例から、科学者の好奇心や試行錯誤がセレンディピティ
ーにつながっていることは確かだろうが、話はそれほど簡単ではな
食べ物を放置しておくと腐敗する。腐敗したものを食べると生命
に危険を及ぼす可能性があるということは、昔の人も知っていたに
菌が食物を発酵させるというメカニズムが知られる以前から発酵食
品は存在している。例えば牛乳を羊の胃袋に入れて持ち歩いていた
死ぬかもしれないリスクを冒してまで食べようと誰が思っただろう
できてしまったとしても、見たことも無い臭いのきつい謎の物体を、
それは偶然の産物なのだろう。しかし、たとえ偶然チーズや納豆が
たのは、中で「何かが起こっている」という確信があったからだろ
付いた。そこで頑丈なボンベを鋸で輪切りにしてまで中身を確認し
企業の研究者であったプランケットは、テトラフルオロエチレン
のガスが入っているはずのボンベから、ガスが出てこないことに気
敗を意味し、望ましくないものであり、避けるべきものである。
ら固形化してチーズができた、という話がよく知られているように、 い。実験中に起こる予期せぬ出来事というものは、大抵は実験の失
か。初めに食べた人を甚く尊敬したい。
う。その結果、ボンベの内部から発見された粉末がポリテトラフル
歴史的発見の裏側
の変化、未知への不安、失敗への恐怖に左右されないそれらは、や
幸運な偶然を失敗の山に埋もれさせないためには、経験や知識に
裏打ちされた自信と、思い切りの良さが必要なのではないか。状況
オロエチレン(テフロン)である。
でも起こる可能性があるし、能力に関係なく「運よく見つかっただ
世界的によく知られている科学者の講演録やインタビューには、
彼らの発見が予期せぬところから偶然もたらされた、というエピソ
けだ」と言う人がいるかもしれない。それに対し、本書のタイトル
ードが少なからず登場する。単なる偶然であれば、それは誰の身に
である「セレンディピティー」という言葉は、偶然から新しい物事
はり「能力」と呼ぶにふさわしい。 (蓋し)
(三五六頁 税込二九四〇円)
を得る力のことを指す。偶然の発見は偶然起こるのではなく、それ
15
綴 葉
2010. 9. 10
編集後記
当てよう!図書カード
今年の夏も勉強/研究の合間に読書に明け
ショパン生誕200周年ということで、彼に
暮れるという、言葉にすると形容矛盾めいた
まつわる問題です。ショパンとサンドは、当
過ごし方になりつつあります。現実の課題に
時の一流芸術家達との親交が深かったことも
やっきになって取り組んでいると、考えが凝
有名です。さて、その中でサンドの養女オー
り固まってくる傾向が私にはあって、そうな
ギュスティーヌと恋仲になったものの、婚約
ると物の見方が偏狭になり、次第に何もかも
を破棄してしまった人がいます。誰でしょう。
が上手くいかなくなってきます。鬱々と。
1.テオドール・ルソー
何でも半分は外側から見た方がよく分かる
2.ウジェーヌ・ドラクロワ
というのは当然のことですが、学問に付随す
3.フランツ・リスト
る専門性というものは、その外に立つことを
《応募方法》読者カードに答えを書いて生
妨げます。一旦不調を起こした知性はもがく
協のひとことポストに入れてください(また
ほどに凝り固まって、なかなか機能を回復し
はe-mail:[email protected])。 正 解 者 の 中 か ら
てくれません。知性は茹で過ぎてはいけない、
抽選で 5 名の方に図書カードを進呈いたしま
流動性を保たなくてはいけない。最近学びつ
す。締切は10月15日です。
(満潮)
読んだものは忘れます。内容を忘れるのは
5月号の解答
構わないのですが、読書の最中に芽吹き出し
5月号「京都市バスで、均一運賃区間外の
た気付きの種は、忘れることによって忘れら
停留所は?」の答えは 4.嵐山天竜寺前でした。
れます。それでも消えることなく残ると信じ
便利な市バス一日乗車券カードで、夏の日の
ますが、形にならなければ現れぬままです。
思い出づくりに出かけてみてはいかがでしょ
書くことはこの見えないものに形を与え、自
うか。応募者26名中 5 名が正解でした。図書
分の前に差し出す行為です。時にとんでもな
カードの当選者は2:16さん、じゅんの子さん、
い驚きがあります。書いてみて初めて気付く
apricotさん、モモさん、ぶんぶくさんです。
ことで、結構癖になります。
おめでとうございます。
つあることです。それで読書を面白半分に。
(一升瓶)
(もずく)
読者からひとこと
○イラスト(表紙)好きです。どなたの作品
(医・モモ)
さんに依頼してお
KAME
ります。毎号ステキな絵ですよね。今月号は
ですか? ―表紙のイラストは
趣向を変えた一作です。
○友達に綴葉勧めていっております。
(工・
ついむ)
―ありがとうございます。おありがとうござ
います。編集委員としてこの上なき幸せです。
○特集がタイムリーで良かった。
(工・マッサンダー)
○W杯(サッカー)もあるし、アフリカ特集
は面白かった。特集楽しみにしてます
(理・
リュサック)
―アフリカ特集は編集委員会監修の下、編集
委員以外の方に書いて頂きました。ご好評頂
けましたようで幸いです。
先日、ヨーロッパのとある国に行って、パ
ブに立ち寄りました(立ち寄ったというより
は毎日通っていたというのは秘密です)
。サ
ッカー中継をやっていて、外国の方々の熱狂
ぶりに驚きました。ちょうどデンマーク戦を
やっていて試合が終わった後にギネスビール
をどっぷりかけられました(泣)。 (星の
屑)
16
Fly UP