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3)卵巣明細胞腺癌 - 日本産科婦人科学会

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3)卵巣明細胞腺癌 - 日本産科婦人科学会
N―224
日産婦誌60巻 9 号
クリニカルカンファレンス2 特殊型癌の診断と治療
3)卵巣明細胞腺癌
座長:熊本大学
片渕 秀隆
防衛医科大学校
高野 政志
藤田保健衛生大学
宇田川康博
はじめに
卵巣明細胞腺癌は Stage Ⅰ期症例が約半数を占めること,内膜症との関連性,播種し
にくく局所発育する特徴,化学療法抵抗性であること等の点で漿液性腺癌とは一線を画す
腫瘍である.進行例において卵巣明細胞腺癌は漿液性腺癌より予後不良であることを
Sugiyama et al.が2000年に発表1)して以来,特に本邦において活発に明細胞腺癌の基
礎的・臨床的研究がなされてきた.引き続き,本邦における多施設共同研究「Japan Clear
Cell Carcinoma Study」で臨床的特徴が検討された.この解析結果を中心に卵巣明細胞
腺癌について概説し,さらなる治療成績向上への足がかりになることを期待する.
卵巣明細胞腺癌の疫学
卵巣明細胞腺癌は本当に日本人に多いのか,あるいは頻度が増加しているのかを検討し
た.直接的に欧米と日本のデータを比較した文献はないが,米国の約10%に相当する女
性を含むデータベース(SEER)から人種による卵巣癌の組織型を比較した検討では米国在
住の Japanese の明細胞腺癌の頻度は9.0%で White,Hispanic,African-American の
いずれよりも有意に高頻度であった.しかし Chinese,Filipina とは有意差はなかった2).
また,最新の SEER データベース3)によれば2001∼2005年の米国における卵巣明細胞腺
癌の頻度は4.9%とされている.これに対して日本産科婦人科学会婦人科腫瘍登録からみ
た明細胞腺癌の発生頻度(図1)
からみると発生率は約20%で単純比較でも4倍以上の頻度
の差があることがわかる.また,2001年からは本邦では徐々にではあるが確実に増加し
ており2006年度には21.9%に達している.本邦の明細胞腺癌症例は欧米と比較して頻度
は明らかに高く,かつ徐々に増加していることが示唆される.
Diagnosis and Treatment of Rare Tumors:Clear Cell Carcinoma of the Ovary
Masashi TAKANO
Department of Obstetrics and Gynecology, National Defense Medical College, Saitama
Key words : Clear cell carcinoma・Ovary・Lymphadenectomy・Chemotherapy・
Irinotecan hydrochloride
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2008年 9 月
N―225
卵巣明細胞腺癌の発生について
卵巣明細胞腺癌の発生母地として子宮内膜
症が重要であることは諸家により報告がなさ
れ て き た.北 欧 の 大 規 模 な Populationbased study によると内膜症からの卵巣癌
発生は20代で2.01倍,30代で1.76倍と一般
(図 1)
卵巣癌全体に占める明細胞腺癌の年 女性よりも高頻度であることを報告している
次別発生頻度
(日本産科婦人科学会婦人科腫 が4),この検討では40代以上の女性において
瘍登録)
有意な発生率上昇は認めなかった.本邦では
子宮内膜症性囊胞からの卵巣癌発生に関して
静岡県から大規模な前向き研究が報告された.Kobayashi et al.5)は6,398名の内膜症患者
を経過観察し年齢が高いほど,また経過観察時間が長いほど,卵巣癌の発生が上昇すると
した.この検討では20歳代から50歳代までどの世代でも卵巣癌は高頻度であり,特に50
歳代においては13.2倍のリスクに達する結果であった.どのような内膜症性囊胞から明
細胞腺癌を含む卵巣癌が発生するのかは今後の検討課題といえよう.
卵巣明細胞腺癌の臨床病理学的特徴
―手術療法について―
卵巣明細胞腺癌における予後因子を解析する目的で本邦の多施設から臨床病理学的デー
タを集めた.本研究グループを Japan Clear Cell Carcinoma Study Group と名づけ,
以後の解析を行った.1992年から2002年までの期間において各施設において治療を行っ
た Pure-type 明細胞腺癌症例を中央病理判定で判定し集積した.合計334例のうち,傍
大動脈および骨盤リンパ節郭清まで行われ Surgical staging が完遂された症例254例を
対象に解析を行った6).FIGO stage の内訳は Stage Ⅰa 33%,Stage Ⅰc 36%,Stage
Ⅱ 13%,Stage Ⅲ 31%,stage Ⅳ6%であり,Stage Ⅰが約半数を占めた.年齢の中央
値は53.2歳であった.pT 分類別の後腹膜リンパ節転移は pT1a で9.1%,pT1c で7.1%,
pT2で13.1%,pT3で58%であった.
約半数を占める Stage Ⅰ症例の亜分類別の無増悪生存率曲線を図2に示す.Stage Ⅰa
症例の予後は術中破綻のある Stage Ⅰc 症例とは有意差を認めなかった一方,Stage Ⅰc
(被膜浸潤)
あるいはⅠc
(癌性腹水"
洗浄細胞診陽性)
の症例は術中破綻の Stage Ⅰc 症例
よりも有意に予後不良であった.多変量解析による Stage Ⅰ症例の独立予後因子は被膜
浸潤あるいは癌性腹水,洗浄細胞診陽性であることであった(Relative risk, 3.40;95%
CI,1.14∼10.18,p=0.03)
.初回化学療法のレジメン別解析では有意なものは同定で
きなかった.完全な手術がなされた StageⅠ症例においては腹腔内細胞診判定が予後を
決定することが示された.
また,リンパ節郭清を行わずに検討から除外していた症例(64例,pT1Nx)
症例とリン
パ節転移を認めない群(pT1N0)
,腹腔内Ⅰ期でリンパ節転移を認めた群(pT1N1)
群の3
群の予後を比較した.この結果,pT1N1群の無増悪生存は pT1N0群よりも有意に不良で
あり,pT1Nx 群は2群の中間に位置するも両群との有意な差異は認めなかった.全生存
期間は pT1N0,pT1Nx,pT1N1の順に不良であったがいずれの群間においても有意差
はなかった.早期症例においては後腹膜リンパ節を検索することで再発のリスク因子を見
いだすことが可能であるが,生命予後改善効果まではもたらされなかった,という結果で
あった.
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N―226
日産婦誌60巻 9 号
(図 2) St
ageⅠ症例の亜分類別の無増悪
ageⅠ avsSt
ageⅠ c
(術 中 破
生 存 率 6)St
綻)p=0.
01;St
ageⅠ c
(術 中 破 綻)vs
St
ageI
c
(被膜浸潤)/
Ⅰc
(癌性腹水/
洗浄細胞
診陽性)
,p=0.
04
(図 3) St
ageⅢ ,Ⅳ症例の初回手術に
おける残存腫瘍経別の無増悪生存率 6) 残
存腫瘍経(RT)
=0cm vs RT<1cm,
p=0.
04;RT=0cm vs RT>1cm,
p<0.
01;RT<1cm vs RT>1cm,
p=0.
40
つぎに進行例として Stage Ⅲ,Ⅳ症例の予後解析を行った.初回手術時の残存腫瘍経
別の無増悪生存曲線を図3に示す.残存腫瘍のない症例は残存腫瘍が1cm 以下の群,ある
いは1cm をこえる群よりも有意に予後良好であった.一方,残存腫瘍を有するものはた
とえ1cm 以下の群であっても1cm をこえる群と同等の予後であった.進行卵巣癌におけ
る Optimal surgery の標準的基準である「1cm」を目安に手術を行っても予後改善に至
らない可能性が示された.進行例の初回化学療法のレジメン別解析では有意なものは同定
できなかった.
早期症例においては約10%程度の後腹膜リンパ節転移があること,正確なリンパ節評
価によって再発のハイリスク群を同定できるものの予後改善効果は不明であること,さら
に正確に進行期判定された症例において腹腔内細胞診所見が強い予後因子となることが示
された.進行症例は,たとえ1cm 以下であっても残存腫瘍を有することが予後不良因子
であるため残存腫瘍=0cm を目指す Debulking surgery が推奨される.
卵巣明細胞腺癌の臨床病理学的特徴
―化学療法について―
Japan Clear Cell Carcinoma Study Group において評価可能症例において初回化学
療法の奏効度を検討した.奏効率は CAP 療法による白金製剤併用療法で16%,パクリタ
キセル+カルボプラチン(TC)
療法で32%,塩酸イリノテカン+シスプラチン(CPT-P)
療
法で30%であった.初回化学療法において TC 療法あるいは CPT-P 療法を施行した症例
の予後について解析した7)8).無病生存あるいは全生存期間ともに有意な差異は認められな
かったが CPT-P 療法群は TC 療法と同等かそれ以上の予後を得る可能性が示された.ま
た,本邦において行われた前方視的臨床試験 JGOG3014の結果9)において両治療とも毒
性は容認でき,6コース完遂率はともに約70%,無病増悪生存もほぼ同等であることが判
明した.これらの検討から CPT-P 療法は TC 療法と比較し同等以上の予後を得る可能性
が示されたとして現在,GCIG"
JGOG3017として世界的規模の第Ⅲ相試験が本邦主導で
行われている.この結果によって明細胞腺癌の初回療法として有効な治療法が確定される
ことが期待される.
最 後 に Japan Clear Cell Carcinoma Study に お い て 再 発・再 燃 後 の 治 療 と し て
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2008年 9 月
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second-line chemotherapy を行い奏効度が判定できた症例についてレジメン別の奏効
度を検討した10).全体の奏効度は初回化学療法からの無治療期間が6カ月をこえる症例に
おいて8%,6カ月以内の症例では6%であった.CPT-P 療法にやや PR+SD 症例が多かっ
たが一定の傾向は認められなかった.従来の抗癌剤による治療では再発・再燃後の化学療
法として推奨できるレジメンは見いだせなかった.
おわりに
卵巣明細胞腺癌の予後改善のために Japan Clear Cell Carcinoma Study から示唆さ
れたことを下記に示す.
1.卵巣明細胞腺癌早期例に対しては後腹膜リンパ節郭清を含む Complete surgical
Staging, 進行例に対しては残存腫瘍を完全になくす Debulking surgery がのぞまれる.
2.現状では初回化学療法として TC 療法が第一選択であるが GCIG"
JGOG3017の試
験アームである CPT-P 療法も有望と考えられ,この臨床試験の結果が待たれる.
3.再発後の治療は大変困難であるため初回治療,とりわけ初回手術療法の重要性が再
認識された.
これらの事項が日常臨床の肝となり卵巣明細胞腺癌の治療成績が少しでも改善されるこ
とを期待する.
謝
辞
Japan Clear Cell Carcinoma Study にご協力頂いた下記先生方に改めて心より感謝いたします.
(症例
解析当時の所属機関,敬称略)
岩手医科大学産婦人科 杉山 徹,東北大学大学院医学系研究科婦人科分野 八重樫伸生,愛知県がん
センター婦人科
葛谷和夫,大阪医科大学産婦人科学
津田浩史,自治医科大学産科婦人科
法人国立病院機構神戸医療センター産科婦人科
札幌医科大学産婦人科
植木
實,大阪市立総合医療センター産科婦人科
鈴木光明,鳥取大学医学部生殖機能医学分野
竹内
紀川純三,独立行政
聡,藤田保健衛生大学産科婦人科
寒河江悟,防衛医科大学校第二病理学
津田
宇田川康博,
均,東北大学病院病理部
森谷卓
也
《参考文献》
1.Sugiyama T, Kamura T, Kigawa J, Terakawa N, Kikuchi Y, Kita T, Suzuki M,
Sato I, Taguchi K. Clinical characteristics of clear cell carcinoma of the ovary.
Cancer 2000 ; 88 : 2584―2589
2.McGuire V, Jesser CA, Whittemore AS. Survival among U.S. women with invasive epithelial ovarian cancer. Gynecol Oncol 2002 ; 84 : 399―403
3.SEER data base : http:"
"
seer.cancer.gov
4.Melin A, Sparén P, Persson I, Bergqvist A. Endometriosis and the risk of cancer with special emphasis on ovarian cancer. Hum Reprod 2006 ; 21 : 1237―
1242
5. Kobayashi H, Sumimoto K, Moniwa N, Imai M, Takakura K, Kuromaki T,
Morioka E, Arisawa K, Terao T. Risk of developing ovarian cancer among
women with ovarian endometrioma : a cohort study in Shizuoka, Japan. Int J
Gynecol Cancer 2007 ; 17 : 37―43
6.Takano M, Kikuchi Y, Yaegashi N, Kuzuya K, Ueki M, Tsuda H, Suzuki M, Ki!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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日産婦誌60巻 9 号
gawa J, Takeuchi S, Tsuda H, Moriya T, Sugiyama T. Clear cell carcinoma of
the ovary : a retrospective multicentre experience of 254 patients with complete surgical staging. Br J Cancer 2006 ; 94 : 1369―1374
7.Takano M, Kikuchi Y, Yaegashi N, Suzuki M, Tsuda H, Sagae S, Udagawa Y,
Kuzuya K, Kigawa J, Takeuchi S, Tsuda H, Moriya T, Sugiyama T. Adjuvant
chemotherapy with irinotecan hydrochloride and cisplatin for clear cell carcinoma of the ovary. Oncol Rep 2006 ; 16 : 1301―1306
8.Takano M, Sugiyama T, Yaegashi N, Sakuma M, Suzuki M, Saga Y, Kuzuya K,
Kigawa J, Shimada M, Tsuda H, Moriya T, Yoshizaki A, Kita T, Kikuchi Y.
Progression-Free Survival and Overall Survival of Clear Cell Carcinoma of the
Ovary Treated with Paclitaxel-Carboplatin or Irinotecan-Cisplatin : Retrospective analysis. Int J Clin Oncol 2007 ; 12 : 256―260
9.特定非営利活動法人婦人科悪性腫瘍化学療法研究機構ホームページ.http:"
"
www.jg
og.gr.jp"
10.Takano M, Sugiyama T, Yaegashi N, Sakuma M, Suzuki M, Saga Y, Kuzuya K,
Kigawa J, Shimada M, Tsuda H, Moriya T, Yoshizaki A, Kita T, Kikuchi Y. Low
response rate of second-line chemotherapy for recurrent or refractory clear
cell carcinoma of the ovary : a retrospective Japan Clear Cell Carcinoma
Study. Int J Gynecol Cancer(in press)
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