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P D F - 国際言語文化研究科
日本语教育 日语教育与日本学研究 ・2015・ 中国語話者における〈起点〉を 表す格助詞「を」と「から」の選択について 名古屋大学 杉村泰 1 はじめに 筆者のところには毎年 80~100 人ほどの中国語を母語とする日本語学習者(以下、 「中国語話 者」と呼ぶ)から研究生になりたいとのメールが来る。そのうちの3割ぐらいは例(1)のように 「大学を卒業した」を「*大学から卒業した」と書いてくる。 (1) 私は中国の○○大学(*から→を)卒業した○○と申します。 みな日本語能力試験 N1 合格レベル以上の高い日本語能力を持っているにもかかわらず、意外 にもこのような初級レベルの日本語を間違える。そこで本稿では中国語話者における〈起点〉を 表す格助詞「を」と「から」の選択について論じることにする。 2 先行研究 日本語の〈起点〉を表す「を」と「から」の選択について、三宅(1995)は次の2つの規則が あることを指摘している。 ・意志的にコントロールされない移動の場合は、ヲ格を使うことができない。 (2) 煙が煙突{*を/から}出た。 (3) 太郎が部屋{を/から}出た。 ・着点をも同時に含意する場合は、ヲ格を使うことはできない。 (4) 太郎が部屋{*を/から}庭に出た。 しかし、例(3)のように意志的にコントロールされる場合の「を」と「から」の選択基準につ いても説明が必要である。この点について杉村(2005)では、 「を」と「から」の二者択一式に よるアンケート調査によって、日本語話者と中国語話者の「を」と「から」の選択傾向の違いを 明らかにしている。本稿では新たにコーパス調査の結果を示すとともに、杉村(2005)の調査結 果を統計的に分析する。 3 コーパス調査 まず、中国語話者の実例から「を」と「から」の選択傾向を比較する。 「湖南大学学習者中間 ・1・ 日本语教育 日语教育与日本学研究 ・2015・ 言語コーパス」1のうち 19 回目の「卒業とは」というタイトルの作文データ(2012 年 12 月 21 日 実施、4 年生 75 人)を見ると、中国語話者は〈起点〉を表す場合に「を」よりも「から」を選 択しやすいことが分かる。 〔コーパス調査の結果〕 ・ 「~から卒業する」20件、 「~を卒業する」4件、 「~に卒業する」1件 ・ 「~から離れる」4件、 「~を離れる」1件 ・ 「~から出る」5件、 「~を出る」0件 4 アンケート調査 次に日本語話者と中国語話者に対してアンケート調査を行い、 「を」と「から」の選択傾向の 違いを見る。 4.1 アンケートの概要 次のような「を」と「から」の二者択一式の問題を 14 問作成し、被験者に「を」と「から」 のうちどちらか一つを選ばせた。 質問 次の文の( )に格助詞「を」 、 「から」のうち正しいと思う方を一つ入れて下さい。 1.私は毎日7時に家( )出る。 2.彼はアメリカの有名大学( )出た。 (他全 14 問) 〔被験者〕 ・日本語話者 名古屋大学1年生 58 人 (2004 年 11 月 18 日、名古屋大学で実施) ・中国語話者(合計 149 人) 北京第二外国語学院日語系4年生 50 人 (2004 年 11 月 24 日、北京・北京第二外国語学院で実施) 上海外国語大学日本文化経済学院4年生 50 人 (2004 年 11 月 29 日、上海・上海外国語大学で実施) 東呉大学日本語文学系4年生 49 人 (2004 年 11 月 30 日、12 月 2 日、24 日、台北・東呉大学で実施) 4.2 杉村(2005)の指摘 本アンケートに関して、杉村(2005)では、 「から」が第一義的に〈起点〉を標示するのに対し、 「を」は広い意味で〈働きかけの対象〉を標示するものであることを主張した。すなわち、A地 点からB地点への移動に重点がある場合は「から」が選択され、そこでの活動に終止符を打ち、 次へのステージに移ることに重点がある場合は「を」が選択される傾向があることを指摘した。 このことから、例(5)のように単にそこからの離脱を表す場合には「から」の方がふさわしく、 「を」 を使うと家出して別のところに行ってしまうようなニュアンスになることが説明できる。 (5) 台風の時は家{から/?を}出るな。地震の時は家{から/?を}出ろ。 また、杉村(2005)では、中国語話者は日本語話者に比べて「を」を選ぶ人の割合が低いこと ① 平成 22~25 年度科学研究費補助金基盤研究(B)(課題番号 22320093) 「中国国内における日本語学習者の縦 断的中間言語コーパスの構築と動詞の習得過程の解明」 (研究代表者:杉村泰)による。 ・2・ 58 52 51 50 49 39 38 26 7 5 5 5 4 2.彼はアメリカの有名大学( )出た。 7.母は夕食の支度をするために4時にデパート( )出た。 6.彼女は大学( )出て、まっすぐ家に帰った。 4.彼女は家( )出て一人暮らしを始めた。 10.彼はヤクザの○○組( )出る決心をした。 5.彼は学歴詐称が見つかって、大学( )出ることになった。 11.彼は刑務所( )出て、すぐに捕まった。 13.彼女は裏門( )出て、すぐに車にはねられた。 12.地震でつぶれたビル( )出た。 3.先生がいたずらをしている学生に、「教室( )出なさい」と言った。 8.警察が犯人に、「そのビル( )出ろ」と言った。 9.犯人は逃げる時、裏口( )出てきた。 14.夫が知らない女の家( )出てきたのを見た。 54 53 53 53 51 32 20 19 9 8 7 6 0 0 から 69 100 80 94 87 83 71 56 46 88 37 37 40 χ2(1)=36.48, p<.001 χ2(1)=33.38, p<.001 χ2(1)=30.41, p<.001 χ2(1)=27.59, p<.001 χ2(1)=6.90, p<.01 χ2(1)=5.59, p<.05 χ2(1)=0.62, ns χ2(1)=33.38, p<.001 χ2(1)=39.72, p<.001 χ2(1)=39.72, p<.001 χ2(1)=39.72, p<.001 χ2(1)=43.10, p<.001 108 を ― ― 一様性の検定 109 112 112 60 103 93 78 65 62 55 69 48 80 41 から χ2(1)=31.95, p<.001 χ2(1)=37.75, p<.001 χ2(1)=37.75, p<.001 χ2(1)=5.30, p<.05 χ2(1)=21.81, p<.001 χ2(1)=9.19, p<.01 χ2(1)=0.33, ns χ2(1)=2.19, ns χ2(1)=5.20, p<.05 χ2(1)=10.21, p<.001 χ2(1)=0.81, ns χ2(1)=18.27, p<.001 χ2(1)=0.81, ns χ2(1)=30.13, p<.001 一様性の検定 中国人日本語学習者(149 人) 注 1: 未記入は欠損値として扱った。一様性の検定はカイ二乗分布による分析である。網掛け部分は「を」か「から」のうち有意に多く選択された方を示す。 58 を 1.私は毎日7時に家( )出る。 質問文 日本語母語話者(58 人) 表1 日本語話者と中国語話者の「を」または「から」を選択した頻度と一様性の検定の結果 日本语教育 日语教育与日本学研究 を指摘した。 ・2015・ 4.3 日本語話者と中国語話者の選択傾向 ・3・ 日本语教育 日语教育与日本学研究 ・2015・ 次に、日本語話者と中国語話者の「を」または「から」を選択した頻度と一様性の検定の結果 を表1に示す。表中の網掛け部分は「を」と「から」のうち有意に多く選択された方を示してい る。これを見ると、日本語話者は「を」と「から」をかなり明確に使い分けているのに対し、中 国語話者は日本語話者が「から」を選択する場合には「から」を選択しやすいものの、日本語話 者が「を」を選択する場合には「を」と「から」の選択で迷いやすいことが分かる。また、表2 は質問文を日本語話者と中国語話者の選択傾向によりクラスター分析したものである。これによ り、同じ「~{を/から}出る」でも日中語話者の選択傾向に様々な違いがあることが分かる。今 後はこの結果をさらに分析していきたい。 表2 クラスター分析の結果 日本語話者 58 人 質問文 1.私は毎日7時に家( を )出る。 )出た。 7.母は夕食の支度をするために4時にデパート( 2.彼はアメリカの有名大学( )出た。 5.彼は学歴詐称が見つかって、大学( 6.彼女は大学( )出ることになった。 )出て、まっすぐ家に帰った。 11.彼は刑務所( )出て、すぐに捕まった。 3.先生がいたずらをしている学生に、「教室( 13.彼女は裏門( 4.彼女は家( )出なさい」と言った。 )出て、すぐに車にはねられた。 )出て一人暮らしを始めた。 10.彼はヤクザの○○組( )出る決心をした。 8.警察が犯人に、「そのビル( 9.犯人は逃げる時、裏口( )出ろ」と言った。 )出てきた。 「を」 の割合 から 中国語話者 149 人 を から 「を」 の割合 58 0 1.00 108 41 0.72 52 6 0.90 100 48 0.67 58 0 1.00 69 80 0.46 39 19 0.67 83 65 0.56 51 7 0.88 80 69 0.54 38 20 0.66 71 78 0.48 5 53 0.09 88 60 0.59 26 32 0.45 56 93 0.38 50 8 0.86 94 55 0.63 49 9 0.84 87 62 0.58 5 53 0.09 37 112 0.25 5 53 0.09 37 112 0.25 12.地震でつぶれたビル( )出た。 7 51 0.12 46 103 0.31 14.夫が知らない女の家( )出てきたのを見た。 4 54 0.07 40 109 0.27 参考文献 [1]楠本徹也. 「を」格における他動性のスキーマ[J].東京外国語大学留学生日本語教育センター論集第 28 号, 東京外国語大学留学生日本語教育センター,2002:1-12. [2]杉村泰.起点を示す格助詞「を」と「から」の使い分け[J].ことばの科学第 18 号,名古屋大学言語文化研 究会,2005:109-118. [3]三宅知宏.ヲとカラ ─起点の格標示─[C]//宮島達夫・仁田義雄(編) .日本語類義表現の文法(上)単文編. 東京:くろしお出版,1995:67-73. 作者信息 氏名:杉村 泰 役職名:教授 所属機関:名古屋大学 連絡先住所:日本 名古屋市千種区不老町 B4-5(700) メールアドレス:[email protected] ・4・