Comments
Description
Transcript
第3章 商慣行の理論分析 - 内閣府経済社会総合研究所
第3章 商慣行の理論分析 本章では,返品,建値,リベート,系列店と 3.1 商慣習の基本特性 いった日本の商慣行の機能と問題点について 検討を行なう.日本の商慣行は,これまでにも (A)商慣習の特徴 日本の商慣行(busin- 幾度となくとりあげられてきた.70年代には, ess practices)と一概にいわれるが,それは2 「流通の近代化・合理化」をめざし,物流・情 つの意味あいで語られることが多い.ひとつは, 報活動の機械化,省力化をすすめていくために, 返品,リベート,建値,系列店制など,個々の 取引条件の標準化をはかるという観点から,商 事柄を指すか,ないしは,それらを総称する場 慣行の問題がとりあげられてきた. 合である. 2つめは,個々の事柄を指すというよりも, また,80年代には,独占禁止法研究会の報告 書にみられるように,流通系列化の主要な手段 その基盤ともみなしうるような商取引の基本 とみられる行為類型について, 「不公正な取引 特性について語る場合である. ここでは,両者を区分しておくことが有用で 方法」の検討という観点から,商慣行の問題が あるという認識のもとに,前者を「商慣行」と とりあげられてきたという経緯がある. 日本の商慣行が,いまあらためてとりあげら よび,後者を「商慣習」と呼んでおこう. れているのは,日米構造協議でクローズ・アッ 以下ではまず,日本の商慣習の側面,すなわ プされているように,それらが,日本市場への ち日本の商取引の基本特性の面から検討をす アクセスを阻害しているのではないか,流通段 すめていこう. これまで日本の商慣習を代表する特徴とし 階における自由な価格形成を阻害し,内外価格 差の原因となっているのではないかという見 て,述べられてきた点は, イ)取引を開始する際にも,その後の関係 方である. においても,取引条件と共に個人的 このような角度から,個々の商慣行の機能な 「信用」が重視されること. らびに問題点を個別的に検討するとともに,そ れらが複合したときの効果,とりわけ競争制限 ロ)一旦企業の取引関係ができると,それ 的な効果を有する側面を整理し,検討すること がひとつの慣行となって「長期継続的 が本章の課題である. な取引関係」が維持されるのが一般的 であること. 返品,建値,リベート,系列店といった個々 の商慣行は,表面上は異なった事柄であるもの ハ)取引に際して契約書が作成されていな の,それらが日本で根付いているかぎり,お互 い場合があるほか,契約書が作成され いに関連性を持っており,個々の事柄の背景を ていても,契約書に取引条件のすべて なし,個々の事柄を支えている日本の商取引の が明記されていない場合があり,商取 基本特性というものがあるのではないだろう 引の交渉過程における意見交換と,そ か.こうした視角から,日本の商慣行と呼ばれ の後の状況等を考慮に入れて,契約の る個々の事柄を,その背景をなす日本の商慣行 解釈が行なわれること. の基本特性に照らして検討することも,本章の 課題である(注1). (注1)商慣行に関する本章の議論は,丸山[1988] (第6章,第7章) ,丸山[1990a] , [1990b] [1990c]に基づいている. − 43 − 取引とは,当事者間のコミュニケーションを などである. つまり,日本の商慣習の基本特性を要約する 通じた相互作用に,その本質がある.取引をす と,「取引当事者間の信頼関係を前提に,取引 すめるうえで,コミュニケーション(意思の疎通) 条件に関して必ずしも契約書に明示されない の円滑化がはたす役割には大きなものがある. 取引の成立に先立つ交渉過程で,取引当事者 暗黙の契約をもとにした長期継続的な取引を のあいだのコミュニケーションが要求される. 重視する傾向にある」ということができる. 確かに,MaCaulay[1963]が指摘するよう しかし,取引が匿名的で逐次的におこなわれる に,アメリカにおいても書面で明文化されない という疎遠な関係のもとでは,あるいは取引の 契約が往々にして見られることは事実である. 初期の段階では,こうしたコミュニケーショ したがって,アメリカは書面で明文化された契 ン・コストは禁止的に高いものとなろう. 約の社会であり,日本は明文化されない「暗黙 しかし,取引関係は本来,取引の結果につい 契約」 (implicit contract)ないしは, 「あいま て問題がないかぎり継続される傾向を持って い契約」の社会であると割り切って考えること いる.そのさい,取引関係を継続する過程で, には問題がある.ここでは,こうしたステレ 両者の取引に関連する知識や相互理解が蓄積 オ・タイプ的な見方をもって,商取引の国際比 され,それが取引関連的な無形資産の性格をも 較をすることが目的ではない.日本の商取引に ち,両者の追加的な取引に利用されることによ ついていうならば,書面契約も存在するが,ど って,コミュニケーション・コストをはじめと ちらかといえば「あいまい契約」の占める割合 する取引費用の節約を生み出している. 取引の継続性は,このような意味から取引費 が高いということである. こうした日本の商慣習についての従来の説 用の節約に作用するとともに,相互の了解され 明では,その経済的な機能を議論するというよ た事項についてはコミュニケーションを省略し りも,むしろ,我が国の文化的・社会的な背景 たかたちをとることによって,当事者の外部か について語られることが多かったように思わ ら見たときに契約内容があいまいであるという れる.しかし,日本の商慣行は,以下に述べる 「あいまい契約」の形態を導いている面がある. ように経済的機能を持っており,取引にともな さらに取引条件の合意事項が,その通りに履 う各種の問題への対応であるとみなすことも 行されるかどうかという問題もある.違反に対 できる. する対抗措置として最も普遍的なものは「取引 関係の解消」である.合意内容が履行される限 (B)継続的取引の機能 日本の商慣行のベ ースをなす継続的取引の機能からみていこう. 第1に,取引関係の継続により形成される相 り取引を続けるが,一旦,違反が明らかとなれ ば,それ以降の取引関係を解消するという取り 決めに注目しよう. 互理解や取引関連的な知識の蓄積が,取引をす この場合,取引関係の継続によって得られる すめるにあたって,事前的な合意形成のための 利益が,違反によって得られる一時的利益より コミュニケーション・コストを節減する.第2 も大きい限り,同意内容は「自己拘束的(self- に,取引関係の継続が生み出す関係特定的な資 enforcing) 」となる.囚人のディレンマの状況 産は,取引解消のコストを高めるように働くた (一回限りのゲームにおいて,協調解が個別的 め,取引契約の「事後的拘束力」を自律的に確 動機と適合的ではない状況)が,ゲームの繰り 保するようにも機能する.こうして,取引関係 返しによって回避されるという反復ゲーム(r- の継続性は,取引契約に伴う事前的合意形成と epeated game)の理論が示すように,当事者間 事後的拘束力の確保という点で,意思決定共同 で取引が無限に繰り返される状況では,将来収 化の基盤を与えているとみなしうるのである. 益の割引因子が大きく将来利得に重きを置く主 − 44 − 例えば,暖簾(goodwill)という無形固定資 体の継続的取引関係は,契約の自己拘束性を保 産の形成に向けられる広告投資の資金は,埋没 証する. さらに,取引の継続を通じて獲得される,取 原価の性格を持っており,当該事業活動から退 引関連的な知識の内で,取引当事者間において 出する際に回収不可能なものである.また,小 のみ大きな価値を持ち,他の相手との取引関係 売業者による日常の販売活動を通じて確立し への転用可能性が低いという意味で「関係特定 た顧客からの評判や暖簾という無形固定資産 的」 (relation-specific)な資産が重きを成して の存在は,小売業者の販売行動に対するコミッ いる場合,取引関係の解消によって,その資産 トメントを示すものとなる. 価値がゼロとなることを防止しようとして,取 通常,製造業者と小売業者間の継続的取引を 引条件の合意事項が履行される傾向がある.違 前提とした関係の開設にあたって,双方が,取 反による取引関係の解消には,このような関係 引相手の「信用」や「評判」を重視し,事業活 特定的な取引関連的資産の放棄という代償が 動にコミットしているような主体を取引相手 伴うという点にも留意すべきであろう. に選ぼうとする傾向は,こうした観点から理解 こうして継続的な取引関係は,取引契約の円 できるものと思われる.信用を重視する日本の 滑化の手だてであり,取引主体の間の協調を安 商取引の特性は,このような角度から理解する 定的に維持するための基盤となっているとい こともできよう. また,取引関係の継続性は,需要不確実性へ えよう. 第2章において流通段階の取引様式を検討 の取引上の対応として機能している.不確実性 したときに,意思決定共同化,ないしは垂直的 への対応という点では,(1)不確実性それ自体を 協調が,垂直統合ではなく中間組織をつうじて 減らそうとする能動的対応と,(2)残存する危険 なされているところに,日本の特徴があると指 の分担にむけた受動的対応の面がある. 摘した.このような中間組織をつうじた垂直的 (1)の面では,情報授受の面での通信上ノイズ 協調は,継続的な取引を重視する日本の商慣習 の削減(情報の信頼性の確保)が問題となるが, によって支持されている.このような意味で, 系列店制などの製造業者と流通業者との継続 日本の取引様式は,商慣習の基本特性と密接に 的取引関係が,交わされる情報の信頼性の確保 関連している. に一役かっている. つぎに,取引相手を選別する際の問題を検討 (2)の面では,逐次的で匿名的な取引関係のも しよう.契約の事後的拘束力の確保は,時間的 とでは,危険分担契約を実施するための前提条 視野の長い,将来収益を重視する主体との間の 件をみたすことがそもそも困難である.取引関 継続的な取引関係によって保証される.問題は, 係の継続によって生み出される相互理解や共 このような主体を如何にして識別するかとい 通知識の形成は,事前の合意形成のための基盤 う点である. を形成し,製造業者と流通業者間での危険分担 当該主体が自己の事業活動に関して抜き差 契約への機会を提供している. 「返品制」や「リ しならない状況にある場合(すなわち,事業活 ベート制」を販売にともなう危険分担のための 動への「コミットメント」を行なっている場合) 手だてとすれば,それらは継続的な取引関係を には,当該主体の時間的視野は長期におよぶと ベースとする日本の商慣習と適合的に理解し 考えられる.事業活動に必要となる各種の埋没 うることになる. 原価(sunk cost)の存在は,当該主体が事業か ら撤退することへの「退出障壁」 (exit barrier) 3.2 商慣行の機能と問題点 となり,事業へのコミットメントの程度を示す 日本の商慣行は重要な経済的機能と同時に, シグナルとなる. − 45 − 問題点をかかえていることも事実である.社会 直的取引制限のかたまりを意味することにな 的にみたプラスの面とマイナス面をもつ「両刃 る.2つめは,流通系列化を取引様式ないしは, の剣」の性質を持っている.この場合,商慣行 メーカーのチャネル政策という観点からなが の機能と問題点を分析的にあきらかにし,消費 める見方である.この場合,流通系列化は「代 者への便益をも考慮した社会的厚生の観点か 理・特約店制」や「専売店制」のように,メー ら評価する必要があり,日本の商慣行の経済的 カーが自社製品の販売店舗を組織化し,販路を 機能を発揮させつつ,その「弊害規制」をはか 特定化する「選択的なチャネル政策」(sel- るべきであろう. ective distribution)を指している. 何故,このような分野において「選択的な流 検討に先だって,従来から指摘されてきた問 通経路政策」が採用されるのであろうか.この 題点を整理しておこう. 第1は,日本の商慣行のもつ競争制限的な効 点について第2章では,こうした分野に共通す 果の側面である.この点では, 「再販売価格維 る取引上の特性にその理由をもとめ,市場の失 持」(法定ならびに指定再販商品の独禁法の適 敗への対応という視角から検討を行なった. すなわち,このような分野では,(1)製品差別 用除外という規制のありかたを含む)や「建値 制」などによる価格競争の回避という面がある. 化の存在,(2)買回り品,(3)製品多様化政策の また,販路面からの参入阻止効果として,「専 展開といった点に特徴がある. このとき,(1)がもたらす継起的独占の問題, 売店制」や長期的な取引関係がもつ競争制限的 (2)に伴う販売促進活動に関する外部性の問題, な効果があげられてきた. 第2は,支配・従属関係の形成がうみだす問 (3)のため基礎をなす顧客ニ一ズに関する情報 題点である.ひとつは優越的地位の濫用の問題 収集を原因として,製造業者と流通業者間に販 であり,不当な取引条件の拘束という点から 売政策に関する意思決定共同化(垂直的協調) 「不当な返品」や「不当なリベート」などがと の要因が存在しているのであり,こうした垂直 りあげられてきた.また,流通業者の意思決定 的協調を実施するための基盤として,選択的流 の束縛が,主体性の喪失・経営活力の減退を導 通経路政策が機能している面がある. き,非効率な零細店舗の温存につながっている こうした問題に対する製造業者と流通業者 として, 「系列店制」の問題がとりあげられて 間の垂直的な協調は,両当事者のみではなく, きた. 消費者余剰の拡大にもつながるため,選択的な 第3に,垂直的地域・顧客制限が,消費者の 選択機会を制限するものとして,「テリトリー 流通経路政策を基盤とした意思決定共同化は, 消費者にも資する面をもっている. ただし,選択的流通経路政策もメリットばか 制」や「専売店制」が問題とされてきた. 商慣行の問題点については,5章で再びとり りではない.選択的な流通経路政策が支持する あげる.以下では,商慣行のプラスの側面と, 意思決定共同化が,競争制限的な協調行為に利 とりわけ価格競争の側面からみたマイナス面 用されかねないからである. こうして製造業者と流通業者の垂直的な協 を検討しよう. 調は,2面性をもっているといえよう.ひとつ は,市場の失敗に対する取引上の対応として垂 (A)選択的な流通経路政策(系列店制度) 第2章でも見たように,自動車・家電製品・ 直的な協調がおこなわれ,それが,製造業者と 医薬品・化粧品の分野において,流通系列化が 流通業者,さらには消費者を含めて,社会的な 行われている.流通系列化というとき2つの意 余剰を増大するように作用する場合である. 味合いを込めて語られる.1つは,流通系列化 ふたつめは,垂直的協調が,競争制限的な協 を行為類型からとらえるもので,その場合,垂 調として利用され,製造業者と流通業者という − 46 − 当事者にとっては好ましい結果を導くものの, (注3) . 代替財を供給する2つのメーカー(j=1,2) 消費者や他の競争企業にとってマイナスの影 と,当該商品を販売する2つの小売業者(i= 響を与える場合である. ある局面では,前者の好ましい効果が支配す 1,2)が存在するものとし,メーカーによるチャ るが,与えられた局面によっては,後者のよう ネルの選択と出荷価格の決定,ならびに小売業 に社会的に好ましくない側面があらわれる. 者による小売価格の決定を検討しよう. したがって,選択的な流通経路政策,あるい 以下では,メーカーによるチャネルの選択 は,それが支持する意思決定共同化に対する見 (第1段階) ,出荷価格の選択(第2段階) ,さ 方は,このような2つの側面からながめる必要 らに小売業者による小売価格の決定(第3段 がある. 階)という多段階ゲームとして定式化する. 分析をすすめるにあたって,以下の仮定をお 以下では,とりわけ,価格競争という側面か ら,選択的流通経路政策の問題点を検討しよう. く. (1)第jメーカーの製品に対する消費者の留保 従来の議論では,選択的な流通経路政策のも つ「問題点」を指摘する際に,価格競争への効 価格をυ j (j=1,2)とあらわす.「留保価格」 果を問うことが,議論の核心をなしてきた.そ (reservation price)とは,消費者が当該商品 こでは,選択的な流通経路政策を,寡占メーカ に支払ってもよいと考える最高価格のことで ーによる流通段階への市場支配力の行使であ ある.ここで,各消費者の各製品に対する自己 ると見て,とりわけ,それを「価格競争の回避」 の留保価格の差,すなわち, (υ 1−υ 2)の値に という点から議論することが多かったように 注目しよう.この値が正である消費者は,第1 思われる. メーカーの製品の方を選好し,負である消費者 メーカー間,あるいは小売業者間の競争によ は,第2メーカーの製品の方を選好していると って,小売価格の値崩れが生じたときに,それ 解釈することができる.また, (υ 1−υ 2)の値 が出荷価格に波及しないように,メーカーは末 が正(負)ならば,この値は,当該消費者が, 端価格の変動を予防し安定化をはかろうとす 第2メーカー(第1メーカー)の製品との比較 るが,選択的な流通経路政策は,このような目 において,第1メーカー(第2メーカー)の製 的の実効性を担保する手段だという議論であ 品をどの程度強く選好しているかを示してお る. り,第1メーカー(第2メーカー)の製品に対 こうした議論がよくなされるわりには,これ まで流通チャネルと価格競争の関係を真正面 する当該消費者のブランド・ロイアリティの程 度を示す指標ということができよう. から理論的に分析した研究は,意外に少ないと 各消費者の固執するブランドならびにブラ いえるのではないだろうか.そのような研究と ンド・ロイヤリティの程度は,消費者によって して,McGuire & Staelin[1983]を契機とし 異なっている.この意味で,製品差別化を伴う (注2) .そこでは,いずれも 市場を分析の対象とすることにしよう.以下で McGuire & Staelin[1983]にしたがって, 「垂 は,消費者間の「ブランド選好の分布」のあり 直的統合」と「専売店制」というチャネルの選 かたを,各消費者の各製品に対する自己の留保 択を対象とし,専売店制の方が選ばれるという 価格の差の分布によって表現し, (υ 1−υ 2)の 結論を導いている. 消費者間の分布状況は区間[−½,½]で一様分 た一連の研究がある しかし,より興味深いのは, 「開放的な流通 経路」か「選択的な流通経路」かというメーカ ーのチャネル政策を検討することである.本節 では,この点についての研究結果を紹介しよう ( 注 2 )こうした研究として,Coughlan [1985], Bonnano & Vickers [1988], Lin [1988], Moorthy [1988], Coughlan & Wernerfelt [1989]がある. (注3)詳しくは,丸山[1990b],[1990c]を参照のこと. − 47 − 図3−1 チャネルのパターン tion) (以下,Openと省略する)と,自社製品 布とし,分布密度は1であると仮定する. 消費者の留保価格(υ 1,υ 2)は,十分に大 の取扱い業者を限定する「選択的流通経路」 きい値をとるものと仮定し,すべての消費者は, (selective distribution) (以下,Selectiveと省 与えられた小売価格のもとで,いずれかの製品 略する)との2つである.なお,「選択的流通 をかならず購入するものと仮定する.このとき, 経路」は,専売店制よりも広義の概念である. (υ1−p1)≧(υ2−p2),すなわち(υ1−υ2)≧(p1−p2) すなわち,選択的流通経路のうちで,さらに他 であるタイプの消費者は,第1メーカーの製品 のメーカーの製品の取扱いがなされていない を購入する,なお,各消費者の当該製品の需要 という条件を加えたものが専売店制である. 以下では,3段階のゲームの均衡解として, 量は1単位であるとする. したがって,小売価格p1,p2が与えられた時, 各メーカーの直面する需要量q1,q2は,次の式 「部分ゲーム完全ナッシュ均衡」(subgame perfect Nash equilibrium)を採用する. この場合,多段階のゲームの均衡解は,次の で与えられる. q1=[1/2−(p1−p2)] ようにして求められる. q2=[1/2+(p1−p2)] まず,第1段階でのチャネル選択のありかた それゆえ,総需要量q1+q2=1(一定)のモデ に応じて,(1)ともに開放的な流通経路政策をと ル(すなわち,市場シェアを問題とするモデル) る場合(Open, Open) ,(2)ともに選択的な流通 を想定することになる. 経路政策をとる場合(Selective, Selective),(3) (2)各小売業者は,メーカーの出荷価格および, 第1企業が選択的,第2企業が開放的である場 他の小売業者の小売価格を所与として,自己の 合(Selective, Open) ,(4)第1企業が開放的, 利潤を最大化するように小売価格を決定する 第 2 企 業 が 選 択 的 で あ る 場 合 ( Open, ものとする.すなわち,Nash-Bertrand流の行 Selective)の4つのケースを区分し,各ケース 動様式をとると仮定する. ごとに,第3段階のNash均衡(小売価格)を (3)各メーカーは,小売業者の行動様式および, 他のメーカーの出荷価格を所与として,自己の 求め,それに応じた第2段階のNash均衡(出 荷価格)を求める. そうして各ケースにおけるメーカーの利潤 利潤を最大化するように出荷価格を決定する. なお,各メーカーの限界(=平均)生産費用c1 を求めて利得表を作成し,第1段階のNash均 =c2=0と仮定しておく. 衡を求める.多段階ゲームの均衡解は,こうし (4)各メーカーは,他のメーカーのチャネル選 て求められた各段階の均衡戦略のペアである. ここでは,ともに開放型流通経路政策をとる 択を所与として,自己の利潤を最大化するチャ ネル政策を選ぶものとする.ここで,チャネル 場合についてのみ,解法を例示しておこう. この場合,上記のようなbackward induction の選択肢として,つぎの2つのものを考える. すなわち,いずれの小売業者にも製品の取扱 の手続きにしたがって,第3段階(小売段階の いを認める「開放型流通経路」 (open distribu- 価格決定)から分析をはじめる.このケースに − 48 − おいて,いずれの小売業者も,すべてのメーカ ただし,利得表(A,B)の数値は,Aが第 ーの製品を取り扱っている.したがって,小売 1企業,Bが第2企業の利潤を示している.ま 段階の均衡価格は,各メーカーの出荷価格を所 た,整数値にするため,実際値に72を掛けた値 与としたもとでの価格競争をつうじて, p1 = w 1 , p 2 = w 2 を表示している. となる. いうペアが,支配戦略均衡(dominant strategy 以上の利得表から, (Selective, Selective)と つぎに,第2段階(メーカーの出荷価格の決 定)を検討しよう. equilibrium)となることがわかる.したがっ て,つぎのような結果が導かれる. 第1メーカーは,第2メーカーの出荷価格 イ)チャネル選択,出家価格,小売価格の決 w2 を 所 与 と し , ま た , 小 売 価 格 が , 定がなされる3段階のゲームの均衡において, p1 = w 1 , p 2 = w 2 ((1)式)となることを与件と 両企業とも選択的流通経路政策をとることが して,自己の利潤を最大化するように出荷価格 導かれる. ここで,各ケースにおいて成立する小売価格 を決定する.すなわち, max π m 1 = (w 1 − c 1 )q 1 を求めると,つぎのようになる. (2) = w 1q 1 = w 1 [1 / 2 − ( p1 − p 2 )] = w 1 [1 / 2 − (w 1 − w 2 )] (1) を解くことによって,出荷価格w 1 を求める. Selective Open (2,2) (5/4,7/6) (7/6,5/4) (1/2,1/2) Selective Open 同様にして,第2企業は, w 1 ならびに, ただし,この表の(A,B)の数値は,Aが p1 = w 1 , p 2 = w 2 となることを所与として, max 第1企業の小売価格,Bが第2企業の小売価格 π 2m = (w 2 − c 2 )q 2 を示している.こうして、つぎの結果が導かれ = w 2q 2 る. = w 2 [1 / 2 + ( p1 − p 2 )] ロ)メーカーの選択的な流通経路政策が採用 = w 2 [1 / 2 + (w 1 − w 2 )] を解くことによって,出荷価格w 2 を求める. されているとき,小売段階の価格は,開放的な 流通経路の場合にくらべて高くなり,消費者余 このとき,各メーカーの出荷価格は w 1 = w 2 = 1 / 2 , p1 = p 2 = 1 / 2 剰は減少することになる. となることがわかる. その結果,小売業者の利潤 π 1d , π 2d ,製造業 者の利潤 π 1m , π 2m は, 選択的な流通経路のもとでの価格競争の回 避という点に関して,ここで導いた結果は,従 来のものとは異なっていることを指摘してお こう.従来の見解では,価格競争の回避を,寡 π 1m = π 2m = 1 / 4, π 1d = π 2d = 0 占企業間の共謀(collusion)という競争制限的 となる. 同様の分析を4つのケースについて行なう. な「協調」行為としてとらえ,その実効性を担 その結果,各ケースにおけるメーカーの利潤が 保する手段として,メーカーによるチャネル政 求められる.それを要約すると,つぎの利得表 策を論じている. 本節で紹介した結論は,チャネル選択を内生 となる. 化した「非協力」ゲームの枠組みのもとで,系 (2) (1) Selective Open 列取引が選択され,メーカーと小売業者の共同 Selective (54,54) (25,49) 利潤は最大となるものの,結果としての小売価 Open (49,25) (18,18) 格は,開放的な流通経路の場合にくらべて上昇 するということである.ここでの価格引き上げ − 49 − 効果は,寡占的な協調行為の結果ではない点に つぎのとおりである(注5). いま,消費者のなかには,特定ブランドに固 留意すべきである. 価格維持を目的とした協調行為(価格カルテ 執する消費者のタイプと,ブランドにこだわら ル)には,「カルテル破り」のインセンティヴ ないタイプが存在する.また,小売価格を探索 が存在し,不安定性がともなっている.ここで し,安い価格の店舗で購入しようとする価格意 の系列取引による価格引き上げ効果は,支配戦 識的なタイプの消費者と,そうではないタイプ 略均衡として支持されているため,そのインセ が存在する.消費者は異質であって,このよう ンティヴ上の安定性は,きわめて高いといえる. な基準からすると,消費者は,イ)ブランドに それゆえ,ここで導かれた系列取引による価格 固執し,価格意識的である消費者,ロ)ブラン 引き上げ効果は,従来のカルテル仮説によって ドに固執するが,価格意識的ではない消費者, 説明される事柄よりも一層深刻な問題である ハ)ブランドにこだわらず,価格意識的な消費 といえよう. 者,ニ)ブランドにこだわらず,価格意識的で ただし,以上の命題は,「価格競争」の側面 もない消費者に類別される. 問題となるのは,ロ)のブランドに固執し, をクローズアップするために,異なるチャネ ル・タイプのもとでの流通業者の品揃えや販売 価格にこだわらない消費者である.このような 促進が需要に対して異なった影響を与えると 消費者に対して,ブランドを確立しているメー いった問題を一切考慮しておらず,この意味で, カーは,製品差別化を背景とした価格支配力を 命題の結論を評価することには慎重でなけれ もち,小売業者は,地域的独占を背景とした価 ばならない. 格支配力をもつことになる.こうして,設定さ しかし,ここでのモデルが想定するように, れる小売価格は,メーカーの独占的マージンと 製造業者と流通業者の取引が価格・数量選択モ 小売業者の独占的マージンを付加した値とな デルとして描きうるならば,選択的な流通経路 る. 図を使って説明しよう.いま,こうしたタイ 政策は,価格競争の回避という点で社会的にマ プの消費者の需要曲線が,DD線で表され,小 イナスの影響をもつことになる. 売業者の平均可変費用はメーカーからの仕入 日本では,メーカーが末端小 れ価格のみであるとすると,メーカーに対する 売価格に関して希望小売価格を設定し,それを 小売業者の派生需要曲線(発注曲線)は,dd 基準に小売業者への出荷価格,卸売業者への出 曲線となる.メーカーの直面する需要曲線は, 荷価格を交渉するという「建値制」が採られて dd曲線であるから,これをもとにメーカーは, いる.建値制をメーカーが指定する希望小売価 自己の利潤を最大化する出荷価格を決定する. 格と理解するならば,こうした制度は,Alton いま,メーカーの平均(=限界)費用が一定で, [1971] が指摘するようにアメリカにも存在する c とすると,出荷価格は, p m に決定される. ため日本に固有のものではないが,日本のほうが このとき,こうした出荷価格(小売業者からみ 広範囲にわたっていると指摘されている(注4). ると仕入れ価格)をベースとして,小売業者は, (B)建値制 小売段階の建値(希望小売価格)を,メーカ 自己の利潤を最大化するように小売価格を決 ーによる小売上限価格規制であると理解する 定する.結果として, p d という小売価格が設 ならば,それは,製品差別化を伴う商品に関す 定される. る継起的独占の問題への対応策であるとみな すこともできる. この点は,第2章においても触れた議論であ るが,そのエッセンスを簡単に紹介しておくと (注4)建値制の実態調査については,田島[1988] を参照のこと. (注5)詳しくは,丸山[1988] (第1章)を参照のこ と. − 50 − 者が指示し,それを守らせようとするものであ 図3−2 継起的独占と価格決定 る. 再販売価格維持行為は,他の垂直的地域・顧 客制限と共に,垂直的取引制限のひとつである. わが国では,再販売価格維持行為は,同一のブ ランドを扱う販売業者間の価格競争を制限す るため,不公正な取引方法の一行為類型である [一般指定12(再販売価格の拘束) ]に該当す るものとして,一部の法定商品(著作物),指 定再販商品についての適用除外という留保事 項を別にすれば,独占禁止法により原則的に禁 止されている. このとき,製造業者の利潤は,四角形 p ABc 1953年の独占禁止法改正以後,公正取引委員 の面積で示され,小売業者の利潤は,四角形 会が再販許容商品として指定した商品は,化粧 p d EA p m の面積で示される.しかし,もし小 品,染毛料,医薬品,家庭用石鹸・洗剤,歯磨 売価格が p * に設定されるならば,製造業者と き,雑酒,キャラメル,写真機,および既製え 小売業者の利潤の合計額は四角形 p FGcの面 り付きワイシャツの9品目であったが,1974 積となり,より大きくすることができる.つま 年9月から,再販指定商品が縮小され,1,000 り,自律的に設定される小売価格は,両者の利 円(1,030円)以下の化粧品と,国民の健康に 潤を最大化する水準を上回ることになる. 関連の深い家庭用の医薬品にかぎって再販が m * いま,メーカーが希望小売価格を p * の水準 許容されている. に設定するという建値制を採用するとき,こう 再販売価格維持の経済的な理由について,多 した消費者に対して, p という小売価格が提 くの見解がある. (A)小売段階の自律的な価格 示されることになる.メーカー希望小売価格と カルテルの発現形態であると理解する仮説, いう建値が,小売上限価格規制としてはたらき, (B)製造業者間の出荷価格カルテルに実効性 小売価格は低下する.このことによって製造業 を付与するための手段であるという理解, (C) 者と小売業者の利潤の合計は高まるし,さらに 自社商品が廉売の「おとり商品」 (loss leader) 消費者にとっても小売価格の低下が消費者余 に利用され,小売価格の低下が商品イメージの 剰の増加をもたらすという点でプラスに機能 低下につながり,ひいては自社商品の需要量の する. 減少を導くことを避けようとして行なわれる * 建値制は,こうした機能を持っているため, という仮説, (D) 「継起的独占」の問題に対す それが一概に問題ばかりであるというわけで る対処の一手段としての理解, (E)小売段階の はない.しかし,建値制は,以上のような小売 品質管理,品質保証・アフター・サービスとい 「上限」価格規制という面ではなく,以下にの った販売上の付随サービスに伴う外部効果に べるような返品制やリベート制とあいまって, 注目した理解等,多様な説明が存在する(注6). 小売価格の「下限」規制という性格をもち,小 (C)返品制 売価格の硬直性をみちびく危険性がある. 建値制と類似するものに「再販売価格維持」 日本ではアパレル製品,書籍, 医薬品を典型として,加工食品はじめ日用品雑 (resale price maintenance)がある.再販売価 貨の分野をふくむ広い範囲にわたって返品制 格維持とは,卸売業者が小売業者に販売する価格, 度が見られる.欧米では,売買契約のもとで, あるいは小売業者が消費者に販売価格を製造業 売れ残ったという理由から,商品が返品さ − 51 − れるケースはきわめて稀である.それはどうし このように製造業者と流通業者間の取引条 てなのだろうか.この点はつぎのように解釈で 件が,ありうべき需要状況に依存しない契約形 きよう.すなわち,日本では,継続的取引を重 態をとる場合,買取契約,委託販売契約の如何 視する商慣行がその背景にあって,返品制を通 にかかわらず,取引の一方の当事者が危険を全 じた危険分担が可能となっているという点で 面的に負担することになる. 他方,両者間の取引契約が,需要状況の確定 ある. さらに,日本の流通システムのありかたは, する前に,おのおのの需要状況におうじた取引 危険分担という問題に深く関わっており,各種 条件のとりきめを行っている場合,取引当事者 の取引契約には,返品をはじめとする危険分担 間で危険分担がなされることになる. の手だてが織り込まれている.この点をみるた まず,買取契約において売れ残りの返品が出 めに,日本の流通段階における取引契約の形態 荷価格(流通業者の立場からみれば仕入価格) を検討しよう (注7) で行なわれる場合を考えてみよう.このような . 以下では,説明の便宜上,売手を製造業者(あ 返品条件つき契約では,売れ残り在庫を製造業 るいは卸売業者),買手を小売業者とし,両者 者が出荷価格ですべて引きとることになる.だ の取引契約について見ていこう. からといって流通業者が需要不確実性から開 取引契約の代表は,買取契約と委託販売契約 放されているわけではない.というのは,流通 である. 「買取契約」とは,需要状況が確定す 業者の売上高は,需要の不確実性を反映して, る前に,流通業者が再販売を目的として製品の 事前には不確実であり,流通業者の危険負担が 買取を契約するものである. 残存するからである. 他方, 「委託販売契約」では,製品の所有権 じつは,委託販売契約と買取契約の中間型を の移転という売買関係は存在せず,製品の所有 とる「消化仕入(売上仕入)契約」は,形態面 権を留保したまま,販売業務を流通業者に委託 では返品が出荷価格で行なわれる買取契約と全 するにとどまるものとなる. さらに,両者の中間型として,売手が商品の 管理をおこないながら,流通業者による販売が 実現した時点で,その分についてのみ,流通業 者に商品の所有権が移転し,商品の買取契約が 事後的に成立するという「消化仕入」 ( 「売上仕 入」ともいう)契約がある. 買取契約において,返品が一切不可能なケー ス(通常,これを「完全買取契約」と呼ぶ)で は,買手が売れ残りの危険を全面的に負担する ことになる. 逆に,小売価格での買戻しを条件とした「返 品条件つき契約」では,製造業者(あるいは 卸売業者)が全面的に危険を負担することに なる. さらに,委託販売において,製造業者が販売 量から独立な一定の手数料を小売業者に支払 う契約では,製造業者が全面的に危険を負担す (注6)仮説(A) ,仮説(B)については,Telser[1960] を参照のこと.仮説(C)については,Scherer [1980]による,仮説の妥当性に対する批判が 存在する.仮説(D)については,Spengler[1950] が初期的論文であり,仮説(E)については, Telser[1960]が初期的な論文である.再販売 価格維持については,Mathewson & Winter [1986]や, 丸山 [1988] (第3章) ,Tirole[1988] , 成生[1990]も参考となるであろう. 近年,ミクロ経済学の分野で,再販売価格維 持をはじめ垂直的取引制限に対する経済分析が 盛んに行なわれており,社会的余剰の観点から, その経済効果としてプラスの面とマイナスの面 の2つが論じられている.この動向については, 例えばTirole[1988]を参照のこと. また,レーガン政権下のアメリカにおける規 制緩和は,垂直的取引制限の範囲にまで及んで おり,77年のシルベニア事件以降,垂直的取引 制限に対してper se ruleからrule of reasonの基 準へと比重が移り,垂直規制の取扱件数が激減 している.この事情については,Gellhorn & Fenton[1988]を参照のこと. (注7)この点について,丸山[1988](第2章),丸 山[1990a]を参照のこと. ることになる. − 52 − く同等であると理解できよう.それゆえ,消化 契約,あるいは返品条件つき契約が,百貨店を 仕入(売上仕入)契約の場合にも,流通業者の 中心に相当おこなわれていることがわかる. 危険負担が存在する. もともと,流通業者の介在する間接流通シス さらに,委託販売契約において,製造業者が テムは,需要変動にともなう危険分担の発現形 販売量に応じた手数料を支払うときには,流通 態であるとみなすことができる.流通業者の社 業者の収入は不確実となり,需要状況の不確実 会的品揃えが,危険のプーリングによる総体的 性にともなう危険負担が必要となる. 危険の削減機能をもつことから,流通業者に危 最後に,買取契約において,返品条件が売れ 険を負担する余地がうまれ,製造業者が独立の 残り数量に依存するという一般的ケースでは, 流通業者との売買契約を介した間接流通を選 製造業者と流通業者が共に危険負担を行なう 択することによって,みずから負うべき危険の ことは明らかであろう.また,完全買取契約に 一部を軽減しているといえるからである. おいて,需要状況に応じたリベートの支払い契 しかし,完全買取契約が,製造業者と流通業 約が行なわれている状況では,製造業者と流通 者との取引にとって最も好ましいわけではない. 業者が共に危険負担を行なうことになる. 流通業者への過度な危険負担の要請は,流通業 通常,買取契約は買手の危険負担,委託販売 者の危険回避的行動を通じて製造業者に対する 契約や消化仕入(売上仕入)契約は売手の危険 発注が過小となるため,製造業者にとって,完 負担であると考えられることが多いが,以上で 全買取契約のもとで流通業者への危険の一方的 見たように,これは誤った認識である. な転嫁が常に好ましいというわけではない. 消化仕入(売上仕入)契約や委託販売契約の 売れ残りの返品をみとめた返品条件つきの 場合にも,流通業者が危険を一部負担すること 取引契約をむすび,製造業者(あるいは卸売業 になるという点に注意を促しておきたい. 者)が危険の一部を分担することによって,小 では,各種の契約形態は,業態別にどのよう 日用品のように,製品の露出機会を高めること 表3−1 業態別の契約形態 項 目 売店舗に自社製品を置きやすくなる.こうして, 買取契 委託契 売上仕入 約(%) 約(%) 契約(%) イ)繊維製 百貨店 品 量販店 44.0 88.3 47.2 8.3 (8.8) (3.3) ロ)食料品 百貨店 量販店 49.1 86.0 5.2 0.0 45.7 14.0 ハ)家庭用 百貨店 品 量販店 76.8 93.6 4.6 2.9 18.6 3.5 が販売の拡大につながる面がある. また,このことによって小売店舗の品揃えが 確保され,その幅が広がる.見込み生産のもと で,注文をあらかじめおこなわずとも,製品を 購入しうるというのは,思えば消費者にとって 便利なことである.しかしこの場合,消費者へ の便宜の提供とはうらはらに,売手は販売にと もなう危険を負担しなければならない.返品制 は,製造業者と流通業者の間における,こうし (注) 括弧内の数値は,返品条件つき契約のもの を示す (資料) 繊維製品については,繊維取引近代化推 進協議会「取引条件及び慣行に関する実態 調査」(1980年2月実施),食料品,家庭用 品については,公正取引委員会・独禁懇資 料集9巻(1984年),p.99の表より作成 た危険の分担メカニズムである. 返品制によってささえられる医薬品につい ての常備薬の役割は,この点で意味を持つであ ろう.また,百貨店の幅広い品揃えは,委託販 売や返品条件つき契約といった仕入れ方法に よって支えられている. また,地域的な需給のミスマッチを返品制に な比重をしめているのであろうか.次の表にみ よって解消しうる面や,返品制に応じることに られるように,委託販売,消化仕入(売上仕入) よって,小売店の売り場の設計,品揃えなどに − 53 − ついてイニシアティヴがとれることなど,売り イ)期首に取引先と合意した販売の目標金額 手にとってメリットがあると指摘されること や目標数量の達成度に応じて支払われる「販売 もある. 目標達成リベート」,ロ)自社製品の販売高や しかし,返品制に問題がないわけではない. 販売シェア,協力度に応じて支払われる「貢献 日本では売れ残りを廉売処分して,売り切って 度リベート」,ハ)取引金額や取引数量に応じ しまわず,売手に返品する場合があるのは,な て支払われる「数量リベート」 ,さらに,ニ) ぜなのだろうか.また,このような状況で,売 定められた決済条件の達成状況に応じて支払 手が売れ残りの返品を受けいれるのは,どうし われる「決済リベート」がある. また,リベートの支給基準という面からなが てなのだろうか.これまで返品制を,危険分担 という観点からながめ,その機能を見てきたが, めると,取引高の一定の比率を支給率とする もうひとつの側面があるように思われる. 「定率リベート」と,取引高が増加するにつれ この点は,日本の商慣行とされる「建値制」 と関連しているのではないだろうか.売り手が て支給率を累進的に引き上げる「累進リベー ト」がある. 事前に設定し発表する価格体系という意味で リベートの採用される理由をみると,まず の建値制については,アメリカにも存在するた イ)やロ)の形態にみられるように,販売促進 め日本に固有のものではないが,日本のほうが へのインセンティヴを与えることを目的とす 広範囲にわたっていると指摘されている. るものがある.また,ハ)の形態において累進 こうした建値制がとられているもとでは,小 リベートが提供されている場合,購入者に対し 売の実売価格が,希望小売価格を大きく下回っ て小さなロット・サイズの注文の頻度をへらし, ては,取引の標準や参考としての希望小売価格 大きなロット・サイズの注文への変更を促すよ の意味がなくなってしまう.それゆえ,メーカ うに作用するため,売り手にとって注文を処理 ーが建値制を維持しようとすると,売手は返品 する経費をはじめ販売費用の節約を目的とす を受けいれることになり,逆に,返品制度のも る面がある.また,ニ)をはじめ取引条件の実 とで,価格維持がはかられているのではないか 効性を確保するための手段として利用された と考えられる. り,さらに,危険分担のために事後的な利潤分 日本の商慣行のもとで,継続的な取引関係を 配の手だてとして利用される面もある. ベースとした製造業者と流通業者間の意思決 ところで,リベート制は価格競争という点か 定共同化が,競争制限的な協調行為に利用され らみたときに,どのような問題点をもっている る面も否定できない.とりわけ,上でみたよう であろうか. な「返品制度」と「建値制」があいまって,小 数量リベートの支給は,リベートを原資とし 売段階での価格競争の回避ないしは,小売価格 て仕入価格を割り込む価格での販売を導き,ス の硬直性につながりうる面がある. キー板,ビデオテープなどにみられるように, 建値(希望小売価格)と実売価格との極端なギ 商取引におけるリベート ャップを生み出すことにもなる.建値制は,小 の受渡しは,日本の商慣行のひとつとして古く 売価格の「上限」を規制するものだと理解すれ から広くおこなわれている.リベート(rebate) ば,それ自体は問題ではない. (D)リベート制 とは,売り手が徴収した代金の一部をのちに払 しかしながら,比較対象価格としての希望小 い戻す「割戻し」のことである.リベート制は, 売価格が実売価格と大きくかけはなれ,それら 目的および形態面で多種多様であるが,採用実 が併記される「二重価格表示」が,値引き販売 態に照らして主なものをあげるならば,つぎの の手段として利用されるとき,実売価格とのあ (注8) ようになる . いだの大きなギャップは,見かけ上の安売り強 − 54 − 前節において述べたように建値制があるが 調として景品表示法上の不当表示になるおそ ゆえに,希望小売価格からどれだけ割引をして れがある. また,日本におけるリベートは,複雑さと種 いるかが消費者に明示され,建値が小売段階で 類の豊富さという点から,取引当事者にとって の価格競争の手段として使われている面もあ さえ,その全貌を把握することが容易ではない る.しかし反面では,流通サービスの競争に傾 状況にあるといわれている.こうしたリベート 斜しがちな日本の傾向は,価格競争の自由度が の不明瞭さが,小売業者による独自の合理的な 建値制によって制約されているがゆえに生み 利益計算にもとづく価格設定を困難とし,ひい 出されていると考えることもできよう. ては,メーカーの指定する希望小売価格での安 易な販売をうながしているとするならば,価格 3.3 要約 形成メカニズムの障害となり,小売段階での価 本章では,継続的な取引関係をはじめとする 格競争を抑制することになる. 日本の商取引の基本特性(商慣習)の経済的機 (E)流通サービスの重視 日本の小売は, 能を検討した.それは,コミュニケーション・ アメリカに比べたときに,とりわけ「低価格志 コストをはじめ取引費用の節約などをつうじ 向」という面で業態ヴァラエティの多様化が進 て,取引の円滑化に作用し,製造業者と流通業 んでおらず,必ずしも消費者の選択の幅がひろ 者の意思決定共同化ないしは垂直的な協調の いとはいえない.家電製品はじめ日用品につい ための基盤となっている.こうして導かれる垂 ても,ディスカント・ストアの成長が注目され 直的な協調は,市場の失敗への私的な対応とし るが,一般的にはどの小売業態も流通サービス て,消費者を含めた社会的厚生を高める側面を の充実に努める傾向があり,それが「もの」の 持っている. しかしながら,継続的な取引関係をベースと 販売と抱き合わされて,販売価格に反映されて する選択的な流通経路政策のもとで,製造業者 いる面がある. 買手にとっては,どれだけが「もの」の価格 と流通業者の垂直的な協調が,競争制限的な協 で,どれだけが「流通サービス」への対価なの 調行為に利用される面がないわけではない.日 かが明かではないし,買手とくに消費者は多様 本の商慣習は,このように「両刃の剣」 (double- であって,ときによって,また,ひとによって wedged)である.こうした二面性をもって評 は,流通サービスを必要とする場合も,必要と 価することが必要である. 続いて,返品,建値,リベート,系列店制な しない場合もある. 「もの」の購入と「サービス」の購入とを分 ど,個々の商慣行の機能と問題点を検討した. 離して選択することができるならば,消費者の 特に,問題点の側面については価格競争との関 選択の幅がひろがって,より好ましいであろう. 連からみてきたが,日本市場へのアクセスとい 流通サービスをカットし低価格を徹底して訴 う点を含めて,商慣行の問題は,第5章におけ 求する小売業態が一方にあって,他方に,充分 る日本の流通問題のところで再検討したい. な流通サービスを提供する小売業態が存在し, 消費者が自由にそれらの店舗を使いわけるこ とができるような環境にあることが望まれる. (注8)リベート制に関する実態調査については,田 島[1988]を参照のこと. また「もの」の値段と「付随サービス」の値段 とが明らかにされ,消費者が選択できるならば, 小売段階での価格競争は促進される面を持っ ている. − 55 − 第4章 流通成果の国際比較 本章では,流通成果の国際比較という観点か ら日本の流通システムへの評価を試みる.以下 こうした流通サービス(機能)を提供している と考えられるのである. では,流通活動に対する評価基準に関して,こ ところで,流通サービスそれ自体が取引の対 れまで展開されてきた諸研究を展望し,計測可 象となっているならば,受け手は,流通サービ 能で国際比較可能な流通成果の指標をピック スの価値を明確に意識しているはずである.と アップする.続いて,効率性という観点から, いうのは,価値がみとめられてはじめて,対価 流通部門の生産性,粗マージン率,在庫回転率 が支払われるからである. しかし,日常の取引においては,われわれ消 といった数量的に比較可能な指標をもちいて, 費者が,流通サービス(機能)それ自体を取引 流通システムの国際比較を行なう. の対象とし,それに対価を支払っているという 4.1 流通活動の評価基準 わけではない.流通業者から「もの」を購入す ることによって,こうした流通サービスを受け 日常の消費生活をふりかえってみるとき,わ ているのである.いいかえれば,「もの」の取 れわれは,流通業者,とりわけ小売業者を通し 引という形態をとりながら,じつは, 「もの」 て商品を購入している.しかし,流通業者から と「サービス」との「合成商品」を購入してい 購入しているのは, 「もの」 (財)だけではない. るとみなされるのである. ではどうして,流通サービスそれ自体を取引 また,流通業者に対して「もの」(財)の購入 を委託し,委託手数料を支払うというかたちで, の対象とせず,ものとサービスの合成商品とい 流通業者の提供する「サービス」のみを購入し うかたちで取引が行なわれるのであろうか.ま ているというわけでもない.一般的にいって, た,物流や修理サービスという一部のものにつ ものとサービスとの「合成商品」(composite いて,サービスそれ自体の取引が行なわれてい commodity)を購入していると考えることが正 るのは,どのような理由によるものなのか.こ 当である.実は,このようにみなすことが,流 の問題を考えるためには,取引の成立を支持す 通活動を理解する上での第一歩であるように る条件に目を向ける必要がある. (注1) 思われる じつは,サービスそれ自体を取引の対象とす . 商学の理論が教えるように,そもそも流通業 るには問題がある.その理由として,従来から 者の活動とは,生産と消費の連結を助成する諸 サービスの「質」の事前認定の困難性があげら 活動であり,流通活動をつうじて,生産と消費 れてきた.しかし,これはサービス固有の問題 とのあいだの人的・空間的・時間的な隔たりを ではない.経験財や信用財といった「もの」の 埋めあわせるという機能が遂行されている. 取引においても直面する問題である. 問題は,むしろつぎの点にある.すなわち, 商品の所有権移転を円滑にするための情報的 機能や危険負担機能,地理的移転を助成する物 食品のような「経験財」や医薬品のような「信 流機能,さらには,時間的移転を助成する在庫・ 用財」という「もの」はストック概念であり, 保管機能といった諸機能が遂行されているの である.流通業者は,物的資源と人的資源,さ らには情報といった無形の経営資源をもとに, (注1) 本節の内容は,丸山[1989]に基づいてい る. − 56 − 買手にとって品質不確実性があるといっても, ことが一般的であるが,その理由のひとつは, 取引の時点での品質は,ある水準に定まってい この点に求められるのではないだろうか. るということである.それに対して,サービス 輸送や在庫・保管といった流通サービスなど (機能)はフロー概念であり,買手にとって品 については,サービスそれ自体の取引が行なわ 質不確実性があるとともに,取引契約がなされ れてもいるが,その背景には,以上のような公 たのちに,サービスが実際に提供されていく過 的・私的な対応策が働いており,サービスそれ 程において品質が「可変的」だということであ 自体の取引を可能としているという面がある. る.このように取引の過程で品質が可変的であ したがって,われわれ消費者が「もの」の購 るということがらが,品質の事前認定の困難性 入のために支払う価格のうちには,「もの」そ とあいまって,売手の「機会主義的行動」 れ自体への支払いに加えて,流通業者の提供す (opportunistic behavior)を誘い,サービス るサービス(機能)のコストとそれに対する報 それ自体を取引することの困難性を引き起こ 酬が含まれているとみるべきであろう. それ故,「最終使用者が,流通フローに関わ すもととなっているのである.この点は留意す る作業を自ら手掛ける程度が低ければ低いほ べきことがらである. また, 「もの」の取引にともなう品質の不確 ど,流通業者による課業の程度,つまり「流通 実性は,返品制度をもうけることによって,部 部門のアウトプット」は高くなり,商品の最終 分的には対応可能である.しかし,サービスに 価格はその分だけ高くなる.もし,消費者が, ついては,本来的に返品が不可能である.した 購買のための探索ならびに選択に惜しみなく がって,この点からも品質の不確実性への対応 時間をかけようとするならば,支払うべき価格 が難しいといえる.サービスの取引を成立させ は , お そ ら く 安 く な る だ ろ う 」( Stern & るためには,こうした問題の解決がもとめられ El-Ansary[1982] ,p.463)ということである. るのである. 医療・教育・運輸をはじめとするサービス分 (A)流通活動水準の計測 生産と消費の連 野での許認可制(公的規制)は,こうした問題 結にあたって,流通業者は各種のサービス(機 へのひとつの対応策と考えられるであろう. 能)を提供している.ところで,こうした流通 また,継続的な取引関係も,品質不確実性へ サービス(機能)の量をどのように計測すれば の取引上の対応であるとみなすことができる. よいのか.この点は重大な問題である.2つの この場合,守るべき評判をもち,それゆえ長期 アプローチが考えられよう.ひとつは,各種の 的な視野にたつ売手は,短期的な利得をもとめ 流通サービスの水準を示す指標を作成し,それ た機会主義的行動によって,自己の評判が劣化 を直接に計測するという方法である.この点で, することを避けようとするであろう.とりわけ Bucklin[1973] , [1978]は,流通部門のアウ サービス分野の取引において,「顧客関係」 トプットを計測する次元として,「ロット・サ (client relationship)とよばれる継続的な取 イズ」 (買い手が購入する単位数量) 「配達時間」 引が広範にみられるのは,このような角度から 「市場分散化の程度」(買物施設の数と地理的 理解可能である. な散らばりの程度)「品揃えの幅」の4つを提 サービスそれ自体の取引が困難ならば,「も 起している. の」と「サービス」との合成商品を取引の対象 2つめは,各種の流通サービスが「もの」の とし, 「サービス」の返品不可能性に対して「も 取引と合成されたかたちで提供されていると の」の返品を通じて対処しようとすることが考 いう見方にたち,合成商品の取引から間接的に えられる.流通サービスについて,「もの」と 計測しようとする方法である. 「サービス」との合成商品を取引の対象とする − 57 − 前者の方法の困難性,さらには,合成商品と して取引されているという実態をふまえれば, この点で,現行のやりかたは, 現時点では後者の方法が実践的であろう.以下 販売額−仕入額=販売額×商業マージン率 では,このような後者の観点にたって,流通活 としている.すなわち,商業統計をもとにした 動水準の計測を問題としたい. 「販売額」の推計値に,商業実態基本調査(ほ すなわち,商業部門(卸・小売)の経済活動 ぼ5年毎に実施)の粗マージン率,法人企業統 の量的な成果(付加価値)の計測について説明 計,およびマージン率調査などをもちいて推計 を加えておきたい. される「商業マージン率」を乗じたかたちで, 付加価値とは生産額から中間投入額をさし 商業部門の生産額の推計が行なわれている. ひいたものであることは,周知のことがらであ る.ここでまず留意すべきは,商業部門のアウ (B)流通成果の判断基準 次に,流通成果 トプットのとらえかたについてである.通常, の判断基準に移ろう.これまで流通成果に関し 製造業の部門では,販売額それ自体を生産額 て, 「生産性」 「有効性」 「利益性」 「公平性」の (アウトプット)としてとらえているわけであ 4つの指標が提起されてきた. これらを要約すると,次のようになる(注2). るが,それとは異なって,商業部門では, 仕入額 「生産性」 (productivity)とは,労働や資本 として扱われているということである. といったインプットを使って,流通部門のアウ 生産額 = 販売額 − このようなとりあつかいは,商業部門のアウ トプットを生み出す際の「物理的な効率性」を トプットを「もの」の販売とみるよりも,「も 示す概念である. 「有効性」 (effectiveness)と の」と「サービス」の合成商品を販売するとい は,既存の流通部門ないしは流通業者の提供す う形態をつうじて,生産と消費の連結機能(流 る流通サービスのアウトプットが,消費部門の 通サービス)を提供することとみる見方を反映 期待にどの程度マッチしているかという「目的 している.この考え方は,流通活動に対する本 指向的な指標」である. 章の見方と適合的である.また,流通活動のと また,「利益性」(profitability)とは,投資 らえかたとして,おそらく妥当ではなかろうか 収益率,流動性,資本構成,売上高・利潤の成 と思われる. 長パターンやその潜在的な成長可能性などに また,商業部門の付加価値は,以上のように 定義された生産額から,中間投入額を控除した よって量られるように,流通業者の「財務面の 効率性」を示すものである. さらに「公平性」 (equity)とは,流通部門の ものである.ここで, 中間投入額 = 活動が,不利な立場に置かれた消費者や,移動 経常経費 であり,その内訳は,対事業所サービスの購入 が困難な消費者,あるいは地理的に孤立した消 費,輸送費,不動産の仲介・賃貸料,事務用品 費者といった問題ある市場に対して,どの程度 や通信費などをさしている. いきわたっているかを示す概念である. ところで,商業部門の生産額を以上のように このうち流通成果の判断基準として,とりわ 販売額と仕入額の差額としてとらえる場合,そ け議論されてきたのは, 「生産性」の概念であ の計測を行なううえで問題が発生する.つまり, る.以下では,この点について従来の研究を概 商業部門の販売額は,商業統計(3年ごとに実 観しておこう. 施)からその値を知ることができるが,仕入額 生産性は,アウトプットとインプットの比率 は商業統計の調査項目となっていないため,そ としてとらえられる.流通部門の生産性を計測 の値を直接もとめることはできない.つまり, するうえでの困難性は,とりわけアウトプット 販売額と仕入額を個別に計測するという方法 はとりえないのである. (注2) Stern and El-Ansary[1982]を参照のこと. − 58 − つまり,「従業者1人当りの販売額」をもっ の指標の概念化とその計測可能性にかかわっ て流通部門の生産性の尺度としてきた.このよ ている. 確かに,製造部門の生産性を計測する場合に うな尺度は広く用いられており,例えば, も,アウトプットを数量的に把握するにあたっ Ingene[1982]やSmith & Hitchens[1985] て,生産される財(もの)の「品質」 (quality) の研究が代表的である.とりわけ後者では,従 の変化をどのようにカウントするかが重大な 業者1人当りの販売額について,イギリス,ア 問題となってきた.この点で,従来おこなわれ メリカ,ドイツの国際比較がおこなわれている. てきた製造部門の生産性の議論は,納得のいく 第1章において,われわれも,こうした従来 の議論にしたがって,従業者1人当り年間販売 解答を用意していない. しかし,製造部門の生産性の計測に比較して, 額でみた小売と卸売の国際比較を,日本,アメ 流通部門の生産性の計測は,より一層深刻な難 リカ,西ドイツ,イギリス,フランスの5カ国 題に直面している.すなわち,流通部門のアウ についておこなった.そこでは,日本,アメリ トプットを生産と消費の連結に関わって提供 カ,西ドイツ,イギリス,フランスの5カ国の される流通サービス(機能)であると理解する なかで,日本については,卸売業の生産性は最 ならば(Bucklin[1978] ) ,各種の流通サービ も高く,また,小売業の生産性については,イ ス水準の直接的な計測は,はなはだ困難である. ギリスよりも高く,アメリカとの間に大差はな というのは,製造部門と同様に,流通部門のア いことが確認されている. ウトプットである流通サービスの品質の測定 ところで,流通サービスの水準(流通部門の の困難さに加えて,さらに,流通サービスそれ アウトプット)が高まると,流通部門の販売額 自体が市場取引の対象となっていないという は増えると考えられるであろうから,流通部門 事実のもとで,流通サービスの市場評価額をど のアウトプットとして販売額をとることには のように算出するかという点で困難性が追加 一定の意味がないわけではない.流通部門の販 されるからである. 売額に関する統計の入手が比較的容易である こうして,流通部門の(低)生産性が日常的 点を考慮すると,こうした指標を用いた生産性 に議論されながら,その実,理論的に納得のい の比較は,「利便性」の面から意味をもってい く指標の開発は進んでいない.この点について るといえよう. Achabal[1984]編集の小売生産性に関する特 しかし,流通部門のアウトプットを販売額と 集号においても,明解な生産性の指標の提示に してとらえるこのような生産性の指標には問 いたっておらず,現状は,Cox[1948]がすで 題がある. に40年以上も前に述べたように,「生産性をは というのは,第1に,流通サービスの水準(流 かる唯一の最適な方法は存在しない.最適な方 通部門のアウトプット)が高まると、流通部門 法は,研究者の目的に応じて異なってくるであ の販売額は増えると考えられるであろう,しか ろう」という状況にある. し,その逆として,販売額が高いことをもって, では,一歩譲って,計測可能性という制約を 必ずしも流通部門の産出するアウトプット(流 大前提としたときに,これまで流通部門の生産 通サービスの水準)が高いとはいえないからで 性をどのように取り扱ってきたのであろうか. ある. 従来の研究のかなりの部分では,流通部門の 第2に,販売額をアウトプットとする生産性 アウトプットとして「販売量」を考え,インプ は,それを卸売部門に適用するとき,追加的な ットとして「労働時間」 ,あるいは労働時間の 問題を伴うことになる.というのは卸売段階に 統計の入手可能性の制約から, 「従業者数」を おいて再販売が繰り返されるにつれて,販売額 あててきた. の重複計算がなされるため,流通の段階数が高 − 59 − まるほど,販売額でカウントしたアウトプット ここでは,従業者1人当り付加価値をもって は,流通サービスの水準を過大に評価してしま 「生産性」(付加価値生産性)をはかり,日本 う危険が存在しているからである.つまり,流 と諸外国との比較を行なうことにする.その場 通段階数の多寡に応じて,流通サービスの水準 合,流通部門全体としての付加価値生産性に注 と販売額との間の関係が異なり,生産性指標に 目する.その理由は,国際比較にあたって,小 バイアスが生じるという問題である. 売と卸売との業種別の統計の入手が困難な点 したがって,以上のような点を考慮するなら にある.ここでは,異なる統計の突合せによる ば,流通部門のアウトプットとしては販売額を バイアスを避けるために,OECDによって公表 用いる議論よりも,すでに述べたように流通部 されている統計(National Accounts)をもち 門の販売額と仕入額との差額として求められ いて比較をおこなう.また,国際比較に付随す る「流通マージン」ないしは,さらにそれから る通貨の換算を避けるため,ここでは,相対生 流通部門の中間投入を控除することによって 産性の比較を行なうことにする. 求められる「付加価値」を流通部門のアウトプ 日本をはじめ6カ国の相対生産性は,表4−1 ットとみなすほうがより適切であろう.これま に要約されている.それ以外の諸国については, でにも,付加価値データの利用が可能ならば, 付録を参照のこと.ここで,1985年について, 付加価値を流通部門のアウトプットとみなすべ 全産業に対する流通業の相対生産性,すなわち, きであろうとする見解に,Beckman[1957]が (流通業の付加価値/流通業の従業者数)/ ある. (全産業の付加価値/全産業の従業者数)をみ こうして,以下では付加価値をベースに流通 ると,日本(0.76)は,アメリカ(0.70) ,西ド 部門の生産性を議論することから,流通成果の イツ(0.68) ,イギリス(0.58)よりも高く,フ 国際比較をはじめることにしたい. ランス(0.82) ,イタリア(0.90)よりも低くな っている. 4.2 相対生産性の国際比較 また,製造業に対する流通業の相対生産性に 表4−1 付加価値による相対生産性の比較 日 (1) 流通業VAPE 全産業VAPE (2) 製造業VAPE 全産業VAPE (3) 流通業VAPE 製造業VAPE 本 1979 1982 1985 0.80 0.82 0.76 1.21 1.20 1.19 0.67 0.69 0.64 アメリカ 西ドイツ イギリス フランス イタリア 1979 1982 1985 0.74 0.71 0.70 1.07 1.07 1.12 0.69 0.66 0.63 1979 1982 1985 0.71 0.69 0.68 0.97 0.93 0.95 0.73 0.75 0.71 1979 1982 1985 0.61 0.55 0.58 0.89 0.88 0.95 0.69 0.63 0.61 1979 1982 1985 0.84 0.82 0.82 1.02 0.96 0.97 0.82 0.86 0.85 1979 1982 1985 NA 0.96 0.90 NA 0.99 1.02 NA 0.98 0.88 (注) 1.VAPE=Value Added per Person Engaged(従業者1人当り付加価値) 2.アメリカの流通業の数字にはレストランが含まれている. 3.西ドイツの製造業の数字には石切業が含まれている. 4.イギリスの流通業の数字にはレストラン,ホテル,および耐久消費財の保守サービスが含まれている. 5.イタリアの流通業の数字には保守修理サービス業が含まれている. イタリアの製造業の数字には鉱山採掘業と石切業が含まれている. (資料) 巻末の統計資料の出所一覧を参照:OECD−5 − 60 − ついては,日本(0.64)は,アメリカ(0.63) , の値は,アメリカ(0.76)を大きく下回ってお イギリス(0.61)とほぼ同じである. り,レーバー・コストの面で効率的であるとい 生産性の比較を行なう際に,生産性を従業者 える. 1人当りの付加価値で測るのではなく,従業者 1人1時間当り(man-hour)の付加価値で測 4.4 流通マージン率の国際比較 る方がより好ましいであろう.しかし,とりわ け流通部門については,各国の労働時間に関す 次に,流通部門の「粗マージン率」 (ratio of る統計の利用可能性の面で制約があり,後者の gross margin)の国際比較を行おう.ここで流 かたちで生産性の国際比較を行なうことは困 通部門の粗マージンとは,販売額と仕入額の差 難である. 額である.それは,流通部門の活動にともなう 利潤とコストの合計である.粗マージンの販売 4.3 ユニット・レーバー・コストの比較 額に対する比率が,「粗マージン率」である. 流通部門が非効率であるほど,コストが高まり, では,従業者1人が1時間の労働によって生 また,流通部門の競争が不完全であるほど利潤 み出す生産物1単位当りについて,どれだけの が高まり,粗マージン率は高くなると考えられ 労働コストがかかっているのであろうか.すな よう.こうして,粗マージン率の高さは,流通 わち,ユニット・レーバー・コスト(unit labor の効率性を量るためのひとつの指標となる. cost)の日米比較を行ってみよう. 前節でみた生産性は,インプット1単位当り (A)小売・卸売マージン率の比較 マージ でどれだけのアウトプットが生み出されてい ン率の推計にあたっては,各国の商業関連統計 るかを量る指標であるが,ユニット・レーバ による方法と,産業連関表をもちいた推計方法 ー・コストは,アウトプット1単位当りを生み とがある.われわれは,前者の方法を採用し 出すためにどれだけのコストがかかっている た.というのは,比較対象国をなるべくひろく かを量る指標であり,効率性を判断するための とろうとすると,この方法によらざるをえない 指標のひとつである.以下では,ユニット・レ からである.結果は,表4−2に要約されてい ーバー・コストを,従業者1人1時間当りの実 る. 質付加価値に対する1人1時間当りの賃金率 日本,アメリカ,西ドイツ,イギリス,フラ としてもとめた.この値が低いほど効率的であ ンスの5カ国のなかで,小売業の粗マージン率 ると判断されるものである. については,日本(27.1)は最も低く,最高の 国際比較の結果は,付録表3−1と3−2にまと 値をとる西ドイツ(34.2)との間に大きな開き がある.また,卸売業の粗マージン率について められている. この表からわかるように,1987年のユニッ も,日本(11.2)は最も低いことがわかる. ト・レーバー・コストについて,日本の製造業 このような結果を解釈するうえで,留意すべ (0.47)は,アメリカ(0.80)を大きく下回っ き点がある.以上の値をもとめる際に,小売の ており,効率性が高いと判断される. 粗マージンをMR,卸売の粗マージンをMW とし, 他方,流通業については,1970年代には,ア 小売販売額をR,卸売販売額をW とすると,お メリカのユニット・レーバー・コストの方が低 のおののマージン率は, (MR/R )および(MW かったが,1980年代に入って,この関係が逆転 /W )とあらわされる.この場合,卸売の粗マ し,日本のユニット・レーバー・コストが安定 ージン率は,卸売全体としての平均的な値であ しているのに,アメリカの値が増加傾向を続け, り,そこでは,卸売段階の多段階性が考慮され 1987年において比較すると,日本(0.60) ていない.したがって,小売と卸の個別的 − 61 − 表4−2 粗マージン率の比較 日 本 アメリカ 1978 1981 1986 (1) 粗マージン率(%) 卸 粗マージン額 売上高 (2) 流通マージン額 流通売上高 1986 19.4 27.1 12.6 31.0 (%) NA 57.6 18.0 58.9 49.7 29.6 22.6 NA 58.0 21.8 26.6 27.6 20.0 63.4 (3) 流通マージン額 小売業売上高 1985 19.2 13.4 34.2 25.3 1982 26.9 20.3 フランス 1984 NA 34.5 15.5 (%) 1982 12.7 11.2 イギリス 1985 11.9 小 27.0 売 15.6 西ドイツ 25.3 48.8 55.6 55.3 (注) 1.粗マージン額=売上高−売上原価 売 上 原 価=商品仕入額+期首商品在庫高−期末商品在庫高 2.卸売業のデータは一般卸売業(メーカー・その他産業の販売支店を除く)に関するデータである. 3.フランスの小売業のデータは自動車販売店およびパン・菓子製造小売店も対象に含めている. 4.流通マージン額=卸売業の粗マージン額+小売業の粗マージン額 流 通 売 上 高=卸売業売上高+小売業売上高 5.日本の各マージン率は通産省の商業実態基本調査報告書のデータから計算して求めたものである. 同報告書のデータにもとづいて計算したW/R比率は各々3.06(1978年)と2.73(1986年)で,こ れらは同年度もしくは近似の年度の商業統計のデータよりも低い値である.なおこの表において日 本の1978年度のデータは1978年6月1日から1979年5月31日までの1年間の調査期間に集計され たもので,同様に1986年度のデータは1985年10月1日から1986年9月30日までの1年間の調査期 間に集計されたものである. 6.イタリアのデータについては未入手である. 7.マージン率は,以上のすべての国について企業ベースである. (資料) 巻末の統計資料を出所一覧を参照 日 本:JP−4,JP−5 アメリカ:US−6,US−7 西ドイツ:GE−3,GE−7 イギリス:UK−2,UK−3,UK−4 フランス:FR−2,FR−5 なマージン率の比較だけでは,流通マージンに のように分解できる. ついての正しい姿を把握することはできない. このような流通マージン率を計算した結果 は,表4−2に要約されている.この場合,日本 (B)流通マージン率の比較 そこで,卸の では,小売と卸の個別のマージン率よりも,流 多段階性をも考慮にいれた流通マージン率を 通マージン率は高まっている.事実,日本 見ようとすると,つぎのような指標によるのが (57.6)は,アメリカ(49.7)よりも高くなる. 好ましいと考えられる.すなわち,小売と卸の しかし,西ドイツやフランスとくらべて,ほぼ 粗マージンの合計額(流通全体としての粗マー 同じであり,日本の卸売が多段階性であるから ジン)を,小売販売額で割った値をみることで といって,流通マージン率が高いとはいえない ある.この値を流通マージン率と呼ぶと,そ ようである. れは, (MW+MR )/R=(MW /W )(W/R )+(MR /R ) ちなみに,産業連関表をつかった商業マージ ン率の日米比較が,通商白書(1988年版) ,経済 − 62 − 表4−3 産業連関表から算出した商業マージン率の日米比較 1985年版産業連関表による (うち卸売業のみ) (うち小売業のみ) 通商白書1988年版 西村・坪内[1989] 日 1980年 33.4 本 1985年 34.4 アメリカ 1977年 35.7 9.9 23.5 8.2 26.2 29.78 38.6 N.A. N.A. 39.44 35.7 36.8 (出所) Ito and Maruyama[1990] 白書(1989年版) ,西村・坪内[1989]等によ って試みられている. この点を日本の事情に照らして解釈すると, 日本では,小売の店舗スペースが狭く,また地 価の面でも,小売の在庫保有コストが高いもの 流通マージン と考えられる.他方,すでに述べたように,迅 は,流通部門のコスト(営業費)と利潤(営業 速で正確な納期は,発注コストの低さを示して 余剰)とを含んでいるから,流通マージン率を, いるものと考えられる.こうして,多頻度・小 「営業費率」(営業費の販売額に対する比率) 口の配送をもとに,小売段階の在庫回転率が高 と「営業余剰率」(粗利益率−営業費率)に分 くなっていると解釈できる.このことは,卸売 割し,それぞれを別個に比較する作業は一層興 段階の取引にも妥当するであろう. (C)流通マージン率の分解 味深いことがらであろう.この点についての日 米の卸売および小売部門の比較は,Ito and (B)流通在庫回転率の比較 さて,マージ Maruyama[1990]で行なわれている.その結 ン率のところでも見たように,在庫率と多段階 果は,表4−4にまとめられている. 性との関連を検討しておく必要がある.すなわ この表から,日本の流通部門は,アメリカに ち,小売と卸の在庫水準の合計(流通全体とし くらべて低い営業費率で高い営業余剰率を確 ての在庫水準)を小売販売額で割った値をみよ 保していることがわかる. う.この値を「流通在庫率」と呼ぶと,それは, つぎのようにあらわされる.すなわち,卸売の 4.5 在庫回転率の国際比較 在庫水準をIW ,小売在庫水準をIR とすると, 流通在庫率は, (A)小売・卸売在庫回転率の比較 (IW+IR )/R=(IW /W )(W/R )+(IR /R ) 続いて, (在庫額/販売額)で示される「在庫率」ない となる.この値を計算した結果は,表4−5に要 しは,その逆数である「在庫回転率」について, 約されている. 国際比較を行おう.結果は,表4−5に要約され 日本では,卸売段階が多段階であるから,流 ている.卸においても小売においても,諸外国 通在庫率は,小売および卸売の個別的な在庫率 にくらべて,日本の在庫率は低く,在庫回転率 よりも高まっているが,この値を比較してみる が高いことがわかる. と,多段階であるからといって,日本の流通在 日本での在庫回転率の高さは,どのように理 庫比率が高いとはいえない. 解することができるであろうか.第2章で行な った分析を参照すると,命題2が示すように, 小売業者の在庫保有コストが高く,発注コスト が小さいほど,小売の在庫回転率は高くなると いうことである. − 63 − 表4−4 卸売業・小売業における営業費率および営業余剰率の日米比較 分類 番号 JSIC産業分類 各 種 繊 商 品 491 品 501 維 日 本 品 502 8.9 鉱 物 ・ 金 属 材 料 503 6.3 具 504 11.8 化 学 製 1979年 アメリカ 22.3 3.9 卸 械 器 築 材 料 505 売 11.4 1.6 食 20.0 料 6.3 18.1 5.7 5.4 4.8 ・ 飲 料 513 8.1 12.7 家具・建具・じゅう 515 器等 16.1 13.5 他 519 11.8 卸 売 業 全 体 (各種商品卸を含む) 卸 売 業 全 体 (各種商品卸を含まない) 各 種 商 品 53 5.4 3.9 17.5 2.3 3.3 14.6 5.1 19.0 17.6 自動車・自転車 56 18.2 家具・建具・じゅう器 57 21.9 32.2 3.4 2.3 3.5 15.9 5.3 21.9 4.3 22.9 − 64 − 5.4 24.1 2.8 7.1 7.3 4.9 19.3 34.5 19.7 6.7 20.4 16.1 20.3 1.6 29.5 22.0 8.2 小 売 業 全 体 21.6 36.7 7.4 58 3.8 2.5 8.4 他 10.2 2.7 7.6 の 3.9 7.8 9.4 55 そ 4.6 11.4 4.2 品 料 2.2 14.9 7.7 24.6 食 3.9 14.6 25.4 6.5 54 飲 9.8 14.8 5.0 織 物・衣 服 ・身 の 回 り 品 3.1 1.9 4.0 の 5.5 0.2 5.0 業 11.9 14.8 医 薬 品 ・ 化 粧 品 514 そ 売 3.9 3.5 4.3 小 2.8 13.1 4.8 4.7 業 3.2 6.1 農 畜 産 物 ・ 水 産 業 512 1986年 6.2 21.5 7.3 衣 服 ・ 身 の 回 り 品 511 本 7.4 6.0 建 日 9.4 7.0 3.6 機 1982年 営業費率 営業余剰率 営業費率 営業余剰率 営業費率 営業余剰率 1.6 1.2 1.3 1.8 7.5 9.1 4.7 4.2 5.3 21.9 3.0 5.1 日米産業分類番号対応表 卸 売 業 小 売 業 日 本 繊維品 化学製品 鉱物・金属材料 機械器具 建築材料 衣服・身の回り品 農畜産物・水産物 食料・飲料 医薬品・化粧品 家具・建具・じゅう器 その他 各種商品(含む百貨店) 織物・衣服・身の回り品 飲食料品 自動車・自転車 家具・建具・じゅう器 その他 ア 501 502 503 504 505 511 512 513 514 515 519 53 54 55 56 57 58 メ リ カ 516 505,517 508,501,506 503 513* 515 514,518 512 502 504*,507,509,511,519 53 56 54,5921 55 (554を除く) 52*,57 554,5912 注1.卸売業では,代理商・仲立業などは除いている. 2.産業分類番号491の各種商品卸売業は,日本の商社である. 3.一般飲食店(日本産業分類番号59),その他の飲食店(日本産業分類番号60) ,およびEating and drinking place(SIC 58)は,除いてある. 4.アメリカにおける*の分類番号513,504,52は欠損値である. 5.日本の分類番号501に対応するアメリカのデータはない. (出所)Ito and Maruyama[1990] (資料)巻末の統計資料の出所一覧を参照 日本:JP−4,JP−5 アメリカ:US−1,US−2 表4−5 在庫率の比較 日 1982 本 1985 (1) 在庫率 商品在庫高 売上高 卸 小 0.046 西ドイツ 1981 1985 イギリス 1982 1984 フランス 1982 1985 0.092 0.077 0.090 0.100 0.044 0.107 0.110 0.123 0.097 売 (2) アメリカ 1982 1986 流通在庫高 流通売上高 0.059 流通在庫高 小売業売上高 0.269 0.121 0.126 0.107 0.056 0.123 0.118 0.116 0.090 0.121 0.111 0.092 0.293 0.266 0.099 0.123 0.100 0.263 0.232 0.081 0.121 0.092 0.223 0.248 0.073 0.109 0.239 0.286 0.237 注1.卸売業のデータは一般卸売業(メーカー・その他産業の販売支店を除く)に関するデータである. 2.フランスの小売業のデータには自動車販売店およびパン・菓子製造小売店も対象として含まれている. 3.流通在庫高=卸売業の商品在庫高+小売業の商品在庫高 流通売上高=卸売業売上高+小売業売上高 4.イタリアのデータについては未入手である. (資料)巻末の統計資料の出所一覧を参照 日 本:JP−1,JP−3 アメリカ:US−1,US−2,US−6,US−8,US−9 西ドイツ:GE−3,GE−7 イギリス:UK−2,UK−3,UK−4 フランス:FR−2,FR−5 − 65 − 4.6 資金回転率の国際比較 違にかかわらず,流通部門の生産性,マージン 率,在庫率などの指標について国際比較してみ つぎに,卸売および小売における「資金の回 ると,日本の値は諸外国と大差がない.日本で 転期間」 (=棚卸資産の回転期間+売上債権の は小売業の小規模性がみられるものの,生産性 回転期間)を見てみよう.それを日本とアメリ を1人当りの販売額でみても,付加価値生産性 カについて比較した結果が,表4−6に要約され の相対比率でみても,マクロ的にみた日本の流 ている. 通部門は,他の諸国と大差はない. また,流通サービスの重視(多頻度小口発注) 表4−6 運転資本の回転期間 日 本 1987年 や卸の多段階性といったことがらが,諸外国に アメリカ くらべて,流通マージンの高さや,流通在庫水 1986年 準の高さをみちびいているわけではない.これ (1) 卸売業の運転 資本回転期間 (日数) らは評価してしかるべき点である. 内外からの日本の流通システムへの批判が イ)在庫期間 16.2 34.7 ロ)売掛債権期間 ハ)合計期間 (ハ)=イ)+ロ)) 61.1 34.0 77.3 68.7 多い.とりわけ,数十年前から繰り返される日 本の流通=非効率という見解は,履歴効果(ヒ ステリシス)をともなって,現在においても語 られることが多い.そこでは,効率性の判断基 準を明確にしないままに,逸話の断片的な積み (2) 小売業の運転 資本回転期間 (日数) 重ねからの類推であることが多いように思わ れる.また,日本の流通の変化状況と大きなギ イ)在庫期間 29.4 48.6 ロ)売掛債権期間 31.6 27.7 ハ)合計期間 (ハ)=イ)+ロ)) ャップをもった過去の統計をベースにした議 論であることも多い.上記の国際比較は,こう した見解に対して一定の修正をせまるもので あろう. 61.0 76.3 しかし,われわれは,日本の流通システムを 礼賛することを目的としているのではない.国 (資料)巻末の統計資料の出所一覧を参照 日 本:JP−6 アメリカ:US−10 際比較を通じて,日本の流通制度が諸外国にく らべて効率性の面で劣っているわけではない この表から,小売における売上債権の回転期 間は,ほぼ同じであるが,卸売では,日本の売 上債権の回転期間はきわめて長いことがわか る.これは,日本の卸売業者による流通金融の 機能の高さを示しているものと解釈できる. ことが明らかにされたとしても,それはあくま で国際比較という相対的な評価のうえでのこ とがらであって,そのことが,日本の流通構造 と商慣行に問題がないということを意味する わけではない.さらに,日本の国内の構造調整 という観点から,流通面について改善の余地が あることを否定するものではない. 4.7 要約 第1章で指摘したように,日本の流通構造に 日本の流通構造の面では,小売段階の小規模 性,卸売段階の多段階性といった特徴がみられ, この点で特にアメリカの流通構造とは大いに 異なっている.しかし,このような外形の相 ついて問題点が存在する.また,第2章および 第3章において議論したように,日本の商慣行 にも問題点がある.構造改善を通じて日本の流 通システムが,より一層効率的で,有効なもの となることが期待されている.このような観点 − 66 − から,これまでの各章での検討を踏まえて,日 本の流通問題を検討することが次章の課題で ある. − 67 − 第5章 日本の流通問題 本章では,日本の流通構造と商慣行の問題点 ある.1988年の「商業統計」によれば,従業者 を,内外価格差,市場アクセス,規制緩和とい 50人以上の大型店は,商店数では0.4%に過ぎな う角度からとりあげて検討を行ないたい. いが,年間販売額では,21.5%を占めている(表 第1章で流通構造を問題としたとき,そこで 5−1を参照) .また企業という面でみれば,大手 は国際比較を念頭においてきたために,どちら 25社で小売販売額全体の11%強を占めている かといえば各国の流通構造についてマクロの (表5−2を参照) .このように一方では大型企業 側面から見てきた.本章では,第1章での検討 や大型店が存在し,小規模店も多数存在してい を踏まえながら,日本の流通構造をよりミクロ るという2極分化の構造が見られるのである. むしろ問題となるのは,規模別の生産性格差 の側面にたちいってながめていきたい. また,第2章および第3章の検討を踏まえ であろう.この点を国際比較してみよう.その て,日本の商取引の基本特性および個々の商慣 際,各国の統計のとりかたの違いに留意する必 行の問題点を指摘する.さらに,内外価格差の 要がある.統計の違いを無視して単純に国際比 問題をとりあげ,そのマクロ的な側面とミクロ 較することは危険である. ここでは,販売額の統計が「事業所ベース」 的な側面を検討する. 表5−1 従業者50人以上の大型店の比率(%) (商店数および年間販売額) 5.1 流通構造の側面 商店数 年間販売額 従業者規模 (A)生産性の規模間格差 1968年 1988年 1968年 1988年 日本の小売構造 は,中小規模の商店が多数存在するという小規 従業者50人以上 0.3 0.4 20.4 21.5 模分散性の特徴をもつ一方で,数は少ないが, (参) 従業者1∼2人 65.8 54.0 17.0 11.2 大型小売業が大きなシェアを持つという特徴が (資料) 商業統計表 表5−2 大手小売企業のシェア(%)の変化(1968∼1988年) 大手 大手 大手 大手 大手 10社 25社 50社 100社 200社 1968(昭和43)年 4.8 7.6 10.0 12.0 ... 大 丸 0.76 1970(昭和45)年 5.8 9.4 12.1 14.3 ... 三 越 0.87 1972(昭和47)年 6.7 10.7 13.5 16.1 ... ダイエー 1.07 1974(昭和49)年 7.4 12.1 15.1 18.2 21.0 ダイエー 1.55 1976(昭和51)年 6.6 11.4 13.6 16.5 19.3 ダイエー 1.41 1979(昭和54)年 6.7 10.7 13.4 16.3 19.4 ダイエー 1.39 1982(昭和57)年 6.5 10.4 13.0 15.9 19.2 ダイエー 1.31 1985(昭和60)年 6.8 10.9 13.8 17.1 20.8 ダイエー 1.35 1988(昭和63)年 7.3 11.2 14.2 17.6 21.5 ダイエー 1.46 年 次 (注) 1.小売年間販売額に占めるシェア 2.1988年の数値は速報値 (資料) 日経流通新聞,商業統計表 − 68 − No.1企業とそのシェア 表5−4 日仏小売業の生産性格差の比較 (事業所ベース,従業者レベル) か「企業ベ一ス」であるか,また「従業者」レ ベルの統計か「従業員」レベルの統計であるか 日 本 フランス (1982年) (1982年) に注意して,3つのペアに区分して比較をし よう. 平均生産性 ($1,000) 標準偏差 ($1,000) 変動係数 まず, 「事業所ベース」かつ「従業者」レベ ルの統計である日本とフランスについて従業 者規模別の生産性を比較してみると,表5−3が えられる. 表5−3 従業者規模別の生産性格差 日本とフランスの比較 (事業所ベース,従業者レベル) 従業者規模 62.3 71.6 1−2人 3−9 10−19 20−49 50−99 ≧100 -29.0 1.2 7.9 8.5 14.7 65.7 -16.1 -11.2 6.5 28.0 24.1 29.6 71.6 23.4 18.2 0.38 0.25 (資料) 巻末の統計資料の出所一覧を参照 日 本:JP−1 フランス:FR−1 表5−5 米仏小売業の生産性格差の比較 (事業所ベース,従業員レベル) 生産性の平均値からの差 日 本 フランス (1982年) (1982年) (平均値$ 1,000) 62.3 フランス アメリカ (1982年) (1982年) 平均生産性 ($1,000) 標準偏差 ($1,000) 変動係数 72.2 89.9 6.7 12.3 0.09 0.14 (資料) 巻末の統計資料の出所一覧を参照 アメリカ:US−2 フランス:FR−1 (資料) 巻末の統計資料の出所一覧を参照 日 本:JR−1 フランス:FR−1 表5−6 英独仏小売業の生産性格差の比較 (企業ベース,従業者レベル) イギリス フランス 西ドイツ (1982年)(1982年)(1982年) 日本もフランスも,従業者1−2人規模の零 細小売店の生産性の低さが伺える.とりわけ, 平均生産性 ($1,000) 標準偏差 ($1,000) 変動係数 日本の小売について,従業者1−2人規模の小 売業の生産性の低さが著しく,大規模店舗との 格差も歴然としている. しかし,生産性の規模間格差があり,小規模 店舗の生産性が著しく低いとしても,こうした 小規模店舗のウェイトが小さいのであれば,あ 52.5 73.5 80.3 10.5 22.7 17.6 0.20 0.31 0.22 (資料) 巻末の統計資料の出所一覧を参照 イギリス:UK−3 フランス:FR−1 西ドイツ:GE−2 まり問題ではない.すなわち,小売店舗の規模 分布を考慮した生産性の規模間格差を議論し めて小さく,アメリカでは生産性の規模間格差 なければ意味がないであろう. が小さいこともわかる. この点を考慮するものが生産性の規模間の 通常の議論にしたがって,生産性格差(効率 変動係数であり,比較可能なペアについて変動 性の格差)は競争をつうじて平準化されると考 係数を求め比べてみたものが,表5−4,5−5, えうるならば,日本の小売業にみられる生産性 5−6である. 格差の存在は,小売段階における競争圧力の停 これらの表を総合的にながめると,日本の小 滞を意味するといえよう. 売業の生産性にみられる規模間の変動係数は, 以上の比較は,データの制約のため1982年に アメリカやイギリス,西ドイツ,フランスにく ついて行なったものであり,その後の変化をみ らべて大きく,生産性の規模間格差が著しいこ る必要がある.表5−7は,従業者規模別の退出 とがわかる.また,アメリカの変動係数がきわ 小売店舗の推移を見たものであるが,一般に効 − 69 − 率性が低いと指摘される国内の小規模な店舗 5万3,915店減少したが,1974年以前に開設され の減少度合が高いことがわかる. た店舗は実に,28万2,041店減少している(表5 また,開設年次別の小売店舗数の推移を見る −8を参照) . と,1979年から1988年の10年間で小売店舗数が 表5−7 従業者規模別の退出小売店の推移 調査年 1∼4人 減少率 5∼9人 10∼19人 20∼49人 50人∼ 減少数 備 考 減少数 減少率 減少数 減少率 減少数 減少率 減少数 減少率 1970年 -3.6 43,029 -0.4 569 -1.7 588 − − − − 1968年∼ 1972年 -4.3 52,657 − − -1.2 459 -2.0 296 -3.1 125 1970年∼ 1974年 -1.8 22,200 -3.2 4,930 -4.7 1,941 -3.1 484 -1.6 66 1972年∼ 1976年 -2.1 27,629 -1.1 1,782 -1.6 657 − − -1.2 52 1974年∼ 1979年 -4.3 56,387 -2.6 4,234 -2.6 1,072 -0.4 74 -0.4 17 1976年∼ 1982年 -2.1 27,832 -1.7 2,771 -1.2 553 -0.3 53 -0.8 46 1979年∼ 1985年 -4.8 65,233 -3.2 5,562 -2.8 1,416 -2.3 543 -1.1 67 1982年∼ (注) 減少率は平均減少率であり,減少数も同様である. (資料) 商業統計表 表5−8 開設年次別小売店数の推移 1944年以前 1945∼54年 1955∼64年 1965∼74年 1975∼84年 1985年以降 1979年 328,219 286,588 304,422 442,234 264,927 ... 1985年 290,588 245,855 274,691 356,826 442,923 16,668 1988年 282,792 221,337 249,294 325,999 380,839 156,727 79∼88年の変化 -45,426 -65,251 -55,128 -116,235 (減少率:%) -14.8 -22.8 -18.1 -26.3 /開設年次 (資料) 商業統計表 特に1945年から54年に開設された店舗と, 1965年から74年に開設された店舗の減少率が 高いことが注目される.前者の場合には,第2 次世界大戦後に小売業を始めた生業・家業的な 店舗が,世代交代期にはいったものの,後継者 がおらず閉業するものが多いことが推測され る.また,後者の場合には,高度成長期に旺盛 な消費需要をねらって参入したものの中で,生 産性も低く,消費の変化,成熟化に対応しきれ ないところが撤退していると見られる. 代わって,新規参入している小売店の中には 規模は小さくても,合理的な経営内容で効率的 なものが多くなっていると見られる. このように日本の流通構造の大きな変化が進 んでいる.小規模で非効率な店舗の廃業によっ て,より一層効率化の方向に進んでいることは 事実である.しかし,生産性の規模間格差の存 在は依然として日本の特徴となっている. (B)組織化の程度 第1章において見たよ うに,多店舗化(チェーン化)による事業活動 の水平的な組織化をとりあげよう.ここでは, このような組織化の進展状況を業種別に検討 することを通じて,問題点を探っていきたい. 小売販売額に占める多店舗店の販売額のシ ェアは,1988年において小売業全体として 57.6%であり,卸全体としての多店舗店の販売 額シェア71.6%にくらべると低いといえる. ここで注目すべき点は,単独店と多店舗店の 生産性格差の問題である.生産性を「従業者1 − 70 − 人当り年間販売額」で測り,単独店と多店舗店 い業種は,「1店舗当り販売額」でみた小売規 の生産性を比較してみると,小売全体として単 模が小さく,さらに, 「従業者1人当り販売額」 独店の生産性(11.3)は,多店舗店の生産性 でみた生産性も低い業種であることがわかる (24.8)を大きく下回っている.同様に,卸売 (表5−9参照) . ここで,多店舗店と単独店の生産性格差を, 全体として単独店の生産性(49.0)は,多店舗 店の生産性(137.1)を大きく下回っている. 当該業種の多店舗化の進展度合と関連づけて さらに,このような単独店と多店舗店との生 検討してみよう.生産性格差を(多店舗店の生 産性格差の存在は,小売についても卸売につい 産性)/(単独店の生産性)で測ると,全般的 ても,すべての業種において確認されることが な傾向は明確ではないが,多店舗化が進むにつ らである(表5−9を参照) . れて「従業者1人当り販売額」でみた単独店と 連鎖店経営による多店舗化(チェーン展開) は,集中仕入れ・共同配送を通じた販売コスト 多店舗店の生産性の格差が徐々に縮小したこ とがうかがえる(図5−1を参照) . の節減など「規模の経済性」(economies of これは,ある程度の多店舗化がすすむと,全 scale)に加えて,チェーン化による経営規模の 体の生産性が引き上げられる一方で,効率の低 拡大に通じる.さらに,販売ノウハウや需要動 い小売業が淘汰され,格差は縮小の方向に転じ 向に関する情報など,共通利用可能な経営資源 るからであると考えられる.多店舗化の進んで の有効利用という点で, 「チェーン化の経済性」 いる業種では,多店舗展開する小売業との競争 の面でも効果的である.このような多店舗化を を通じて,1店舗当り販売額の小さな単独店が 通じた販売効率の高まりが,単独店と多店舗店 淘汰され,単独店と多店舗店の規模の格差が縮 との生産性の格差を生み出すことが表5−9か 小していく傾向があらわれているが,こうした ら明らかとなる. 傾向が,小売業において全般的に進行している では,小売業における多店舗化が,業種別に ことが伺える(図5−2から5−4を参照) . 百貨店(総合スーパーを含む)のように,既 みてどのように進展しているかを検討しよう. 日本の小売において多店舗化(チェーン化) に大半が多店舗化された業態の場合には,多店 が進んでいる業種は,百貨店(総合スーパーを 舗店と単独店との間の生産性格差は,ほとんど 含む)や自動車小売業,各種食料品小売業(食 なくなっている. 品スーパー,コンビニエンス・ストア等),婦 つぎに,多店舗店と単独店の1店舗当りの販 人服小売業,靴小売業,男子服小売業などであ 売額,すなわち販売額でみた店舗規模の格差に る.これらの業種において多店舗店の販売額シ ついて見てみよう.図5−5から5−8に見られる ェアは,6割を超えている. ように,各種食料品小売業における多店舗店と 逆に,多店舗店のシェアの低い業種は,酒・ 単独店の生産性格差が著しい特徴である.また 調味料,野菜・果実,鮮魚,米穀類,乾物,菓 40%前後の多店舗化率を持つ自動車小売業の 子・パンなどであり,このような業種において 生産性格差も著しい.近年においては,新業態 多店舗店の販売額シェアは,2割ないしは3割 を展開しつつある金物・荒物小売業の生産性格 程度である.これら多店舗化の進展度合の低い 差が拡大しつつある. 業種のうち,酒・調味料や米穀類には免許制が こうして,小売の多店舗化の進展は,店舗当 左右しており,野菜・果実,鮮魚,乾物,菓子・ り販売額でみた小売の規模を全体的に引き上 パンなどは,家業・生業型の個人経営による単 げる方向に作用するとともに,ある水準までの 独の「業種店」である. 多店舗化は,その進行につれて多店舗店と単独 免許制の影響を反映した酒・調味料や米穀類 店の生産性格差を広げる方向に作用している. をのぞいて,このような多店舗化の進展度の低 − 71 − 表5−9 業種別の単独店と多店舗店の生産性(従業者1人当り年間販売額・1988年) (3) (4) (5) (6) 全体の 単独店 多店舗店 生産性 生産性 生産性 (5)/(4) (百万円) (百万円) (百万円) (倍) (1) 単独店 シェア (%) (2) 多店舗店 シェア (%) 49 50 501 502 503 504 505 506 51 511 512 513 514 515 519 卸売業・小売業合計 卸売業計 卸売業計(代理商,仲立業除く) 各種商品 繊維・機械器具・建築材料等 繊維品(衣服,身の回り品除く) 化学製品 鉱物・金属材料 機械器具 建築材料 再生資源 衣服・食料・家具等 衣服・身の回り品 農畜産物・水産物 食料・飲料 医薬品・化粧品 家具・建具・じゅう器等 その他の卸売業 28.7 24.6 24.6 0.3 24.5 31.9 19.4 17.2 20.9 43.1 57.3 38.4 37.6 44.6 33.6 25.3 46.7 36.8 71.3 75.4 75.4 99.7 75.5 68.1 80.6 82.8 79.1 56.9 42.7 61.6 62.4 55.4 66.4 74.7 53.3 63.2 45.3 95.1 95.1 1360.2 81.6 114.0 104.7 170.4 65.5 60.7 24.1 70.7 51.8 115.7 65.7 54.5 42.8 67.8 23.0 49.0 49.1 67.6 46.3 67.3 53.3 81.0 42.4 39.5 17.0 51.1 41.9 76.0 42.7 38.8 34.0 47.7 74.4 137.1 137.2 1453.4 108.4 168.7 136.3 221.0 76.5 102.1 54.9 92.9 60.5 200.2 90.3 63.2 55.4 89.8 3.2 2.8 2.8 21.5 2.3 2.5 2.6 2.7 1.8 2.6 3.2 1.8 1.4 2.6 2.1 1.6 1.6 1.9 53 531 539 54 541 542 543 544 549 55 551 552 553 554 555 556 557 558 559 56 561 562 57 571 572 573 574 579 58 581 582 583 584 585 586 587 588 589 小売業計 各種商品 百貨店 その他の各種商品(注) 織物・衣服・身の回り品 呉服・服地・寝具 男子服 婦人・子供服 靴・履物 その他の織物・衣服・身の回り品 飲食料品 各種食料品 酒・調味料 食肉 鮮魚 乾物 野菜・果実 菓子・パン 米穀類 その他の飲食料品 自動車・自転車 自動車 自転車(二輪自動車含む) 家具・建具・じゅう器 家具・建具・畳 金物・荒物 陶磁器・ガラス器 家庭用機械器具 その他のじゅう器 その他の小売業 医薬品・化粧品 農耕用品 燃料 書籍・文房具 スポーツ用品・玩具・娯楽用品・楽器 写真機・写真材料 時計・眼鏡・光学機械 中古品(他に分類されないもの) 他に分類されない小売業 42.4 13.1 12.8 34.1 40.1 59.6 35.3 32.7 35.8 40.1 55.9 28.3 91.0 61.1 76.3 68.7 77.6 66.3 72.4 59.3 26.2 23.5 71.3 50.7 57.6 47.3 64.3 47.4 61.5 49.5 58.3 54.7 39.4 58.1 45.0 39.5 44.9 80.6 58.6 57.6 86.9 87.2 65.9 59.9 40.4 64.7 67.3 64.2 59.9 44.1 71.7 9.0 38.9 23.7 31.3 22.4 33.7 27.6 40.7 73.8 76.5 28.7 49.3 42.4 52.7 35.7 52.6 38.5 50.5 41.7 45.3 60.6 41.9 55.0 60.5 55.1 19.4 41.4 16.5 39.7 40.1 22.9 15.0 13.1 14.9 17.2 12.7 14.4 13.6 20.9 17.8 12.1 11.9 12.6 11.9 6.5 18.3 8.6 26.6 29.8 9.6 16.8 15.0 16.2 10.5 18.8 14.3 13.1 12.0 20.2 24.1 6.4 16.7 13.1 11.2 9.2 11.6 11.3 37.2 39.3 15.8 10.3 10.9 8.6 11.2 7.7 10.4 11.2 15.1 17.3 10.4 10.7 11.1 11.0 5.8 16.6 7.4 16.0 19.5 8.0 12.2 11.4 11.2 9.0 13.5 12.6 9.6 10.0 17.1 19.1 5.0 12.5 8.6 8.2 8.5 9.0 24.8 40.1 40.3 29.8 21.7 18.3 24.9 23.2 20.3 19.5 18.7 24.6 24.1 16.4 18.8 18.1 16.7 8.5 25.0 11.4 34.9 35.5 19.6 27.6 26.5 26.9 15.0 29.4 18.1 20.1 16.7 26.0 29.1 10.5 23.3 20.1 16.1 13.3 19.3 2.2 1.1 1.0 1.9 2.1 1.7 2.9 2.1 2.6 1.9 1.7 1.6 1.4 1.6 1.8 1.6 1.5 1.5 1.5 1.5 2.2 1.8 2.5 2.3 2.3 2.4 1.7 2.2 1.4 2.1 1.7 1.5 1.5 2.1 1.9 2.3 2.0 1.6 2.1 産 業 コード 業 種 分 類 (注) 539その他の各種商品:従業者が常時50人未満のもの (資料) 商業統計表 − 72 − 図5−1 多店舗化率と1人当り販売額による生産性格差の比較(1988年) (注) 1.多店舗化率=(商店数計−単独店商店数)/(商店数計) 2.生産性格差=多店舗店1人当り販売額/単独店1人当り販売額 (資料) 商業統計表 図5−2 多店舗化率と1人当り販売額による生産性格差の比較(1979年) (注) 図5−1に同じ (資料) 図5−1に同じ − 73 − 図5−3 多店舗化率と1人当り販売額による生産性格差の比較(1982年) (注) 図5−1に同じ (資料) 図5−1に同じ 図5−4 多店舗化率と1人当り販売額による生産性格差の比較(1985年) (注) 図5−1に同じ (資料) 図5−1に同じ − 74 − 図5−5 多店舗化率と1店舗当り販売額による生産性格差の比較(1979年) (注) 1.多店舗化率=(商店数計−単独店商店数)/(商店数計) 2.生産性格差=多店舗店1店舗当り販売額/単独店1店舗当り販売額 (資料) 商業統計表 図5−6 多店舗化率と1店舗当り販売額による生産性格差の比較(1982年) (注) 図5−5に同じ (資料) 図5−5に同じ − 75 − 図5−7 多店舗化率と1店舗当り販売額による生産性格差の比較(1985年) (注) 図5−5に同じ (資料) 図5−5に同じ 図5−8 多店舗化率と1店舗当り販売額による生産性格差の比較(1988年) (注) 図5−5に同じ (資料) 図5−5に同じ − 76 − これまで確認し に,高くついた参入コストは,容易に消費者に たように,日本の小売業では生産性の規模間格 小売価格の上昇として転嫁され,小売の高価格 差が著しい.小売段階における競争が生産性の をみちびく. (C)規制緩和の観点から 格差を平準化する方向に作用すると考えるな また,事前調整の段階において,既存の店舗 らば,こうした格差の存在は,日本の小売分野 と参入企業とが販売条件に関して調整しあい, における競争の余地が大きく残されているこ 協定するというのは,競争制限的な効果を生み とを意味しよう.この点で,大規模小売店舗法 だしている.この点も,小売段階の競争の低下 による出店規制が,大きく作用している可能性 として,消費者側にディメリットをもたらして がある. いる. また,こうした生産性に関する小売店舗の規 さらに,第1章で見たように,日本の大手小 模間格差に加えて,多店舗店と単独店との生産 売業においては,企業内あるいはグループ内で 性格差が存在している.多店舗展開(チェーン の業態多角化を推進している(第1章:表1−9 化)を通じた販売効率の高まりが,こうした生 を参照) .このような業態の多角化は,大規模 産性格差となってあらわれているのであるが, 小売店舗法その他の出店規制によって,総合 上記のことがらと同様に,多店舗店と単独店と スーパーのような大規模店舗の展開が抑制さ の生産性格差の存在は,小売分野の新機軸を導 れたことによって,GMS企業が他の業態分野 入しチェーン展開をはかる企業との競争がより に成長の道を求めたという要因が考えられる. 一層促進される余地のあることを示している. しかし,同一企業グループによる小売異業態の この点で,多店舗化の程度の低い酒販業・米 展開は,グループ内の業態間における競争関係 穀販売業には,免許制の影響が強くでていると の欠如をうみだし,小売全体としての異なる業 考えられよう.また,食品分野における野菜・ 態間に本来的な競争の停滞につながりかねな 果実,鮮魚,乾物,菓子・パンなど,単独「業 い.この点においても流通分野の出店規制は, 種店」が多く,多店舗化の進展度が低い業種で 消費者側に間接的なディメリットをもたらし は,「1店舗当り販売額」でみた小売規模も小 ていると考えられる. さいし「従業者1人当り販売額」でみた生産性 も低いのであるが,大規模小売店舗法が,こう 5.2 商慣行の側面 した業種店の存続を可能にしてきた面もある. このような業種における競争促進を通じた販 ここでは,第3章で行なった商慣行の理論分 売効率の向上のためにも,小売新機軸の導入を 析をベースに,日本の商取引の基本特性と個別 制約する大規模小売店舗法の運用面での「ねじ の商慣行に見られる問題点を列記しておきた れ」 (上乗せ,横だし規制)の適正化は,大規模 い.さらに,市場アクセスと内外価格差という 小売店舗法の撤廃をも含めた規制緩和の方向に 観点から,問題となるポイントを整理し再検討 むけて推進されるべきことがらであろう. しておきたい. ところで,規制緩和は流通の一層の効率化と まず取り上げるのは,日本の商取引の基本特 いう点に加えて,消費者側にとって小売価格の 性というべきもので,取引関係および契約形態 低下という面でも重要な意味を持っている. にみられる問題点である. 大規模小売店舗法の運用実態にみられる事前 調整の長期化は,時間的にも資金的にも参入コ (A)取引関係 日本の商取引において,継 ストを高めている.逆に,こうした参入コスト 続的な取引関係が重視されている.第3章で見 を支払って参入した後は,同法によって他のラ たように,こうした商慣習には,(1)取引に関わ イバル企業の参入の脅威から守られるがゆえ る事前的な合意形成のためのコミュニケーショ − 77 − ン・コストの節減,(2)取引契約の事後的拘束力 的な協調行為の基盤となり,その実効性を確保 の自律的な確保(継続的な取引関係のもとでは, するための手段として利用される可能性があ 取引解消のコストが高まる結果,拘束力が強ま る.この場合,当該主体にとってはプラスであ る),(3)継続的な取引関係が,市場の失敗への るものの,消費者やライバル企業にとってマイ 私的な対応として,メーカーと流通業者間の垂 ナスに働くことになる. 直的協調の基盤となっていること,(4)需要の不 第4に,継続的な取引関係をベースに行なわ 確実性の回避,(5)メーカーと流通業者の間で交 れる危険分担は,販売環境の不確実性への受動 わされる情報の信頼性の確保,(6)取引に伴う危 的対応として機能し,生産・販売の円滑な展開 険分担のベースとなる,といった重要な経済的 をささえているという点でプラスの面をもっ 機能がある. ている.しかし,他方で,販売にともなう長期 しかし,他方で問題点を持つことも事実であ 的な危険の分担関係は, 「もたれあいの構造」 る.まず第1に,継続的取引を前提とした取引 と表現されるような経営面での自律的な意思 の安定化は,見方をかえれば,取引相手の交換 決定の欠如をうながすという点でマイナス面 可能性の面での非伸縮性につながる面がある. がある. それが,有利な取引機会への機動的な対応の遅 れをもたらしたり,新規の取引を望む相手にと (B)契約形態 契約形態の面では,必ずし って,取引の機会を閉ざしてしまうことにもつ も契約書によらない「あいまい契約」が特徴的 ながりかねない.日本市場へのアクセスという である.日本の商慣行の背景をなす継続的な取 角度からみて,継続的な取引関係は,参入阻止 引関係は,相互理解と取引関連的な知識の共有 の戦略的な動機がなくとも,副産物として参入 化をベースとした「あいまい契約」を可能とす 阻害効果を生みだしてはいないだろうか. ることによって,コミュニケーション・コスト 第2に,取引の開設時点では,他に代替的な を節減する役割をもっているという点で,プラ 取引相手が存在し,それらの取引相手間に競争 スの側面を持っている.反面で,第3者にとっ 関係が存在していたとしても,一旦,取引関係 て契約内容が不透明,すなわち,取引条件が が特定の主体ととりむすばれ, 「先発者」 (first verifiableではないため,第3者による調停が困 mover)としての当該主体が,取引を継続する過 難となる.取引の新規開設を求めるものにとっ 程で関係特定的な資産を蓄えていくならば,あら て,この点は大いに気がかりなことがらであろ たに取引関係の開設を望む「後発者」(second うし,さらにそれが外国の企業である場合には, mover)に対して,取引上有利な立場に立つ.こ コミュニケーションの困難さも加わって,日本 うした「先発者の優位性」 (first mover advan- でのビジネスのむずかしさと判断される面が tage)は,いうならば取引関係が多数主体関係か ある. また, 「あいまい契約」は,取引条件が明確 ら,少数主体関係にすすむことを意味する. このような状況において「先発者の優位性」を 化されていないという面で,競争条件がライバ 機会主義的に利用しようとする誘引が働き,取 ル企業の間で不明確となり,それゆえに競争が 引の力関係を反映した優越的地位の濫用の問 活発化しないというマイナス面がある. さらに,「あいまい契約」を支える信頼関係 題につながるおそれがある. 第3に,継続的な取引関係をベースとした垂 の重視という日本の商取引の特性は,信頼を確 直的な協調は,第3章で指摘したように,市場 立して新規参入するまでに時間がかかるとい の失敗への私的な対応という面で,消費者を含 う面でも,市場アクセスの点でマイナスの側面 めた社会全体としてプラスに働く側面がある. をもっている. しかし反面で,継続的な取引関係が,競争制限 − 78 − 以上のように日本の商取引の基本特性である 「継続的な取引関係」と「あいまいな契約形態」 のと仮定する, は, 「両刃の剣」 (double wedged)の性格を有 既存企業も参入企業も製品が同質であると している.日本の商取引の基本特性については, すると,流通業者は自己にとって有利な方を取 それを一方的に非難したり,一方的に擁護する 引相手に選ぼうとする.ここで,流通業者が既 という立場は好ましくない.両刃の剣の性格を 存のメーカーとの取引を解消し,取引先を新規 十分に考慮し,プラスとマイナスの両面から評 メーカーに変更するためには,取引先の変更コ 価することが必要である.日本の商取引の基本 ストとしてδ(>0)がかかるとする, 特性が支持する個別の商慣行についても,その このとき,流通業者は,参入企業の出荷価格 経済的な機能を発揮させ,弊害規制をはかると w 1に取引先の変更コストδ を加えた値(w 1+ いう立場が妥当であろう.このような立場から, δ )と,既存企業の出荷価格 w 0 とをくらべて, 以下では,市場アクセスと内外価格差に焦点を その低いほうを取引先として選ぶことになる. しぼって,個別的な商慣行の問題点を検討しよ それゆえ,メーカー間の価格競争の結果として, う. 参入後の出荷価格はmax{C 1+δ ,C 0 }に設 定されることになる. (C)市場アクセスの観点から この場合,参入を企てるメーカーが,例え既 日本市場へ のアクセスという点で直接的な関わりをもつ 存企業よりも効率的な企業であり, (C 1<C 0) のは,継続的な取引関係と系列取引である.日 であっても, (C 1+δ )>C 0であるかぎり参入 米構造協議を通じて,こうした商慣行が,日本 は不可能である. (C 1+δ )<C 0という条件を 市場へのアクセスの障害になっていると指摘 みたす効率的な企業のみが,新規参入を果たす されている.流通分野についていうならば,自 ことができることになる.つまり,取引先の変 動車や家電製品に代表される「専売店制」や化 更コストの存在は効率的な新規企業の参入の 粧品などの「選択的な流通経路」である. 障害となり,社会的ディメリットを持つことに なる. 問題となるのは次の2点であろう. 取引先の変更コストとしてどのようなものが 第1は,継続的な取引関係に関わる問題で, メーカーと流通業者が取引を継続するなかで 考えられるであろうか.既存メーカーと流通業 蓄えられる関係特定的な資産が,取引先変更の 者との継続的な取引関係を通じて蓄えられる関 コスト(switching cost)となり,新規参入の 係特定的な資産は,取引関係を解消し取引先を 障害となるという点である. 変更する場合のコストとなる.この点を介して, 第2は,既存企業による専売店制の導入によ 継続的な取引関係は参入の障害とつながりを持 っ て , 流 通 段 階 の 「 囲 い 込 み 」,( market っているといえよう.しかし,こうした類の取 foreclosure)がなされると,それが新規企業の 引先変更のコストは,取引関係を継続すること 参入コストを高めるという点である. によって自生的に発生するものであって,本来, 各々の問題を見ていこう.まず第1の問題点 は次のように説明できる.いま,ある流通業者 取引相手をめぐる競争過程は,こうしたハード ルを乗り越えていくプロセスであろう. が特定のメーカーと取引を行なっているとしよ むしろ,問題となるのは,既存業者との取引 う.ここで,既存のメーカーと同質の商品を供 関係を維持するために設定されるswitching 給する新規企業が現れたとする.この新規企業 costである.Aghion & Bolton[1987]が指摘す の平均生産費用C1 は,既存企業の平均生産費用 るように,既存メーカーと流通業者との間で, C0 よりも低く,より効率的な企業であるとしよ 契約を破棄した場合のペナルティが組み込まれ う.また,新規企業の参入後は,既存企業との た取引契約は,参入の障壁として機能する可能性 間でBertrand流の出荷価格競争が展開されるも がある.占有率リベートや累進リベートをはじ − 79 − め,こうした面に利用されかねない商慣行につ また,不当にというのは,公正な競争を阻害 いては,不公正な取引方法を規制するという立 するおそれがあることを意味し,不当性の有無 場から,独禁法上の厳正なチェックがなされる は,競争メーカーの利用しうる流通経路がどの べきであろう. 程度閉鎖的な状態におかれているかによって つづいて第2の問題点をとりあげよう.この 決定され,有力メーカーが相当数の販売業者と 点は, 「市場の囲い込み」 (market foreclosure) 専売店契約を締結する場合には,原則として不 の問題として,現在,産業組織論の分野のカレ 当となる. ント・トピックスとなっている.しかし,いま アメリカのいわゆる反トラスト法のもとで だ理論的に確定的な結論は得られていないと は,専売店制は,直接的には,クレイトン法3 うのが実状である.原材料や部品などインプッ 条(抱合せと排他的取引の禁止規定) ,場合に トの供給業者と組立メーカーとの関係を扱う よっては連邦取引委員会(FTC)法(不公正 upstream foreclosureの問題と,完成品メーカ な競争方法と欺まん的な行為や慣行の禁止)に ー と 流 通 業 者 と の 関 係 を 扱 う downstream よって規制されうる.1977年,シルベニア事件 foreclosureの問題がとりあげられている.日本 で専売店契約(exclusive dealing)の社会的メ 市場へのアクセスという点では,共に問題とす リットを支持して以来,1980年代に入って,ア べき事柄であるが,以下では,流通分野(消費 メリカ司法省は,垂直的な非価格制限への独禁 財の流通)に注目するという理由から,後者の 法の運用を緩和する姿勢を見せている (注1). 問題に焦点をあてよう. 1985年に,アメリカ司法省は,垂直的制限のガ 専売店制が問題とされるポイントは,競争業 イドライン(Vertical Restraint Guidlines)を 者の排除である.専売店制によってライバル・ 発表した.そこでは,垂直的制限の競争促進的 メーカーが販売先を確保することが困難とな な側面を考慮して,当然違法(per se illegal) り,メーカー間の自由な競争を阻害するおそれ の原則の適用範囲を限定し,市場構造などをケ がある場合である. ース毎に検討する条理の原則(rule of reason) そこで,専売店制に対する日米の独占禁止法 によって違法性を判断する方針を表明してい 上の対応について見ておきたい.まず,日本の る.そうして,垂直的な非価格制限の訴追が激 独禁法では,専売店制はそれ自体として違法で 減している.なお,レーガン政権時代の垂直制 はない.専売店制は,一般指定11項(不当に, 限に対する独禁法の運用について,Gellhom & 相手方が競争者と取引しないことを条件とし Fenton[1988]が参考となる.こうした動きに て当該相手方と取引し,競争者の取引の機会を 影響を与えたのは,シカゴ学派とそれに対して批 減少させるおそれがあること) ,すなわち「不 判的な立場をとる経済学者を交えて進められて 当な排他条件付き取引」に該当する場合に規制 いる垂直的制限の経済分析である.この事情は, される.規制の対象となる専売店制は,排他条 Audretsch[1988]によって伺うことができるし, 件付き取引であって,それが不当な場合である. 専 売 店 制 に か ぎ っ て い う な ら ば , Ornstine ここで,排他条件付き取引であるためには, [1989]による議論が参考となるであろう. 専売店制に対する日米の独禁法上の立場は, メーカーが販売業者に対して他社製品の取扱い を禁止または制限していることが必要である. ともに「条理の原則」の適用であり,日本の独 このため,販売業者が自主的な選択の結果とし 禁法は法律それ自体としては整備されている て特定メーカーの製品しか取り扱わないため し,専売店制に関してアメリカよりも緩いとい に,事実上の専売店となっている場合には,排 うわけでもない.むしろ問題は,条理の原則の 他的取引条件付き取引ではないため,規制の対 なかで,独禁法をいかに執行し,運用していく 象とはならない. かという面にある. − 80 − アメリカでの垂直制限への独禁法の運用緩 車に関して事実上の専売店制となっているも 和の流れのなかで,日本の系列店(専売店制) のの,昭和50年代の中頃から,有力メーカーに への独禁法の運用の強化を進めることは,両者 ついては,ディーラーとのあいだで排他約款が のバランスをはかる上で資する面もあろうが, はずされ,少なくとも契約形態としての専売条 その際,日本の商慣行の実態(合理性)を無視 項は存在していない. した独禁法のいたずらな強化は,かえって自由 外国車の販売という点では,従来からの輸入 な経済活動を阻害することになり,効率性を損 代理店に加えて,日本の大手自動車メーカーが なうおそれがある点にも十分留意すべきであ 外国自動車メーカーの輸入車の販売を開始し ろう. ている.円高や物品税の廃止といった価格効果, 次に,流通分野の系列として指摘されること 型式認可の手続きの簡素化といった水際規制の が多い家電製品,自動車を例にとって,系列店 緩和を背景とした外国車ブームの中で,日本の 制(専売店制)が,新規参入企業にとって販売 自動車メーカーが好調な外国車を扱うことによ 先を確保することが困難となり,海外メーカー ってディーラーの品揃えを増やし,イメージ にとって日本市場へのアクセスの障害となり, 日本市場の閉鎖性を生み出しているか,現状を 見てみよう. まず,家電製品の分野については,昭和40年 (注1) シルベニア事件(Continental TV v. GTE Sylvania,433 U. S. 36(1977) ) シルベニア社(GTE Sylvania)は,小売のフラン 代から,総合家電メーカーの各社が量販店向け の販売会社を設けて,系列店以外の販売ルート を自社の販売チャネルに組み込んできた.系列 店と系列外の販売ルートを併用するチャネル 政策である.近年,幅広い品揃えと系列店なみ の豊富な流通サービスを提供する家電製品の 専門店チェーン(家電量販店)の台頭や,ディ スカウントストアの成長によって,家電製品の 販売ルートの多様化が一段と進んでいる. 系列店ルートの販売シェアは,1970年に75% と優勢を占めていたものの,1983年で57.8%, 1988年で45.5%と減少をつづけ,1983年から 1988年のわずか5年の間に,主力販売ルートの 立場を逆転してしまっている. また,自動車の販売網の系列化は,戦前期に 日本GM,日本フォードが一県一販売店主義の フランチャイズ制(専売店制)を導入したこと を基礎としている.両者が日本から撤退した後 の昭和10年代に,トヨタによって日本GM,日 産によって日本フォードの販売組織が修正・利 用されることとなった.また,戦後の後発メー カーも先発メーカーにならって一地域一販売店 制のもとに流通の系列化をすすめたという歴史 的経緯がある.その後,現在においても,国産 − 81 − チャイズ・ネットワークを通じて自社製品を販売 する小規模のテレビ製造企業であり,各フランチ ャイジー(小売店)に対して,販売地域を限定し ていた.こうしたシルベニア社による有能なフラ ンチャイジー(小売店)の選択は、同社のマーケ ットシェアを1−2%から約5%にまで増加させた. コンチネンタル・テレビ(Continental TV)は, シルベニア社のフランチャイジー(小売店)のひ とつであるが,販売地域の限定という条項を破っ たため取引を停止された.そこでコンチネンタル は,シルベニア社の販売地域の条項がシャーマン 法1条に違反するものだとして訴訟を起こしたが シルベニア社による垂直的な地域制限は,条理の 原則に照らして判断され,シルベニアに有利な判 断が下された. こうした判断にあたって,裁判所は,そうした 垂直的制限を通じて,メーカーが自社製品の流通 の効率性を達成し,ブランド間競争を促進する面 があること,さらに,いわゆる「ただ乗り効果」 といった市場の不完全性を理由に,メーカーがそ うした垂直的制限を必要としているという面を認 めた.こうした判断は,垂直的制限がブランド内 競争を制約する一方で,ブランド間競争を促進す るという他方の効果を持つため,こうした両効果 の判断は,当然違法の原則によっては,うまく処 理できないという点に立脚している.結果として 垂直的な非価格制限については,現在,条理の原 則のもとに判断されている. アップと販売の拡大を図ろうとしている.マツ 替レートで換算した国内価格を諸外国の価格 ダが,オートラマ店を通じてフォード系の米国 とくらべたときに,国内物価が割高となる現象 車,ユーノス店を通じてシトロエンなどの欧州 である.個別品目についての内外価格差の調査 車,オートザム店を通じてランチアやアウトビ が各機関でおこなわれ,構造協議でのアメリカ アンキなどのイタリア車の販売を手掛けてい 側からの指摘も加わって,その実態調査と要因 るし,いすずはオペル,スズキはGMおよびプ の解明が焦眉の課題となっている. ジョー,三菱はクライスラー,日産はワーゲ 通常,内外価格差の指標として採用されるの ン・パサートといった外国車の併売を進めてい は, 「購買力平価」 (PPP)を「為替レート」 る.さらに,最近では自動車販売に,スーパー (E)で割った値(PPP/E)である.購買 や百貨店など異業種からの参入の動きがみら 力平価とは,各国の通貨の購買力が等しくなる れる.マツダがフォードブランドで生産した車 ように計算された通貨の交換比率のことであ の販売にあたって,スーパーのニチイや,ファ る.いま,あるマーケット・バスケットを日本 ミリーレストランのすかいらーくと提携して, で購入するとX円で,アメリカで購入するとY 「オートラマ」という販売チャネルを全国展開 ドルであるとすると,1ドル=X/Y円という している.スーパーの来店客に店頭で車を見て 通貨の交換比率が購買力平価(PPP)であ もらいながら商談をすすめるという営業スタ る. イルをとっている.実験段階を過ぎて,1989 日本,西ドイツ,フランス,イギリス,イタ 年度で,111店の販売網をもち250店以上の拠点 リアの5ヵ国について,アメリカに対する内外 を展開するまでに至っている.これに刺激され 価格差の状況を見たものが図5−9である.日本 て,西武やダイエーをはじめ大手流通業,住友 では,1977−78年の期間と1986年以降の期間 商事などの商社,さらには農協なども外車の販 に,内外価格差の拡大がみられる.このような 売に名乗りをあげており,フランチャイズをも 傾向は,西ドイツやフランスにも見られること っているディーラーとの商権上の問題が残っ がらである. ているため本格化はこれからであるが,ミニデ 1970年代には,西ドイツで内外価格差が最も ィーラーやディーラー団地,共同展示場などの 顕著である.日本では1977−78年の期間に円高 試みがすでに進行している.このような動きは, を背景とした内外価格差が発生したが,この時 並行輸入の増加とあいともなって,外国車の日 点でも内外価格差の程度は西ドイツの方が上 本における販売ルートの多様化をもたらして 回っている.ただ,G5プラザ合意以降の急速 いる. な円高を反映して,86年以降の期間については, 以上のような近年の家電製品の流通チャネ ルの変化,自動車の販売ルートの多様化を認識 内外価格差の拡大は日本で最も顕著であるこ とがわかる. するならば,少なくとも家電製品や自動車につ 為替レートの急速な上昇は,内外価格差を始 いて見れば,系列店(専売店制)が,市場参入 発させるマクロ的な一つの大きな要因である. の障壁として機能している可能性は無いとは 内外価格差の発生は輸入を盛んにし,国産品と いえないものの,その程度はあまり大きくない の代替を促す.円高にともなう内外価格差の発 といえよう. 生は輸入流通業者に直接的・間接的に円高差益 をもたらし,それが企業間競争を通じて消費者 (D)内外価格差の観点から 1985年のプ ラザ合意を契機として,円の対ドル・レートは に還元されていくならば物価水準は低下し,内 外価格差は縮小していくであろう, 1988年のピーク時までに2倍近い上昇率を記録 1989年に実施された日米共同価格調査では, し,いわゆる「内外価格差」を生み出した.為 欧米から日本に輸入された製品の価格が米国に − 82 − 図5−9 内外価格差(購買力平価/為替レート)の推移 (資料) 巻末の統計資料の出所一覧を参照:OECD4 比べて割高であることが指摘されている(表5 (1)既存メーカーが専売店制を採用し,販売網 −10).これには輸入業者による高マージンの の囲い込みが行なわれるとき,新規参入企業は 付加ばかりでなく,ブランド志向の強い日本市 既存の専売店を利用する機会を制約され,他の 場に対する海外メーカーの高価格政策も影響 しているものと思われる.このうち海外メーカ 表5−10 日米共同価格調査による内外価格差 (米国=1.0とした場合の日本国内の価格水準) ーの価格政策をみるために,米国製品と独製品 の出荷価格が輸出先によって差があるかどう かを調べたものが表5−11である.これによれ ば両国の製品とも,過半数の品目で日本向けが 割高であることが言える.しかし厳密な比較を 行うためには,対象となる製品の品質や機能を 吟味した上で,個別メーカーの出荷価格にまで 踏み込んだ調査が是非とも必要であろう. 次に,内外価格差を商慣行という角度から見 たときに,日本の商慣行はどのような問題点を もっているであろうか.ここでは,第3章にお いて価格競争との関連で議論した内容を念頭 において,問題点を要約的に整理しておきたい. まず第1に取り上げるのは,専売店制や選択 的流通経路政策のもつ問題点である.この点で は,次のような3つの問題点が存在する. 品 目 名 米国製品 欧州諸国製品 自動車 電気かみそり 香水 ペン 陶磁器 ウィスキー ビール フィルム たばこ(税込) 1.464 1.740 1.350 1.864 1.160 2.430 2.245 0.822 0.702 1.192 1.070 1.408 1.141 1.296 2.107 1.291 − 0.782 (注)1.調査時期は1989年10月18日∼28日,換算レー トは142円/ドルである. 2.調査は,日本からの輸出品,米国からの対 日輸出品,および欧州からの対日・対米輸 出品,約40品目・130銘柄について,東京・ 大阪・ニューヨーク・シカゴの4都市で実 施された. 3.銘柄および仕様をできるだけ統一し,同店 舗形態間での価格比較を行った. 4.複数の銘柄を調査した品目の数値は,銘柄 の単純平均である. 5.ここでは米国・欧州製品のうち,共通して 調査対象となっている9品目を抜き出した. (資料)経済企画庁「物価レポート’90」pp.34-35 − 83 − 表5−11 米・独製品の対日輸出価格(ドル/トン)の相対比較 SITCコード 553 666 696 741 751 781 821 831 843 846 851 871 881 883 893 品 目 名 米国製品の対日輸出価格を 対独輸出価格で割った比率 香水・化粧品 陶磁器 刃物 冷暖房器 OA機器 乗用車 家具 バッグ 婦人服 ニット製品 履物 眼鏡 写真機 フィルム プラスチック製品 独製品の対日輸出価格を 対米輸出価格で割った比率 0.96 0.69 3.13 1.34 0.96 1.22 0.89 1.41 0.83 1.66 1.03 0.84 1.12 0.71 1.31 1.15 1.13 1.88 2.06 1.58 0.95 1.92 3.05 1.68 2.58 0.79 0.98 1.80 1.86 1.75 (注) 米・独の輸出価格は,1987年のFOBベースのユニット・プライスである. (出所) R. Lawrence, “Do Keiretsu Reduce Japanese Imports ?” p.28 経済企画庁経済研究所,第8回国際シンポジウムに提出された同論文のTable−5から消費財関連品 目を抜き出したものである. (資料) 1987 International Trade Statistics Yearbook 非効率的な流通業者の利用や,流通業者の数が 関してカルテルを結ぶとき,小売価格について 限られている場合には,販売網を独自につくり の再販売価格維持は,カルテル破りの防止の役 あげる必要が生まれることである.この結果, 目をする.というのは,カルテル破りによって 参入コストが高まり,専売店制は「競争企業の 出荷価格の秘密の値引きをしても,末端の小売 コストを引き上げる」 (raising rivals’ cost)こ 価格が再販売価格維持によって統一されてい とになり,結果として,参入後の競争を通じて ると,自社製品の販売量は増加せず,値引きを 成立する小売価格が高くなるという点である. した分だけメーカーが損失を被ることになる この点は,Comanor & Frech[1985]によっ からである.しかし,もし流通業者がカルテ て主張された議論であり,それへの批判的なコ ル・メンバーのうちで複数メーカーの製品を扱 メントとしてのMathewson & Winter[1987] っているとすると,流通業者は,他のメーカー とSchwartz[1987]がある. の製品の販売努力をやめ,値引きするメーカー こうした議論への批判のポイントは,既存の の製品に販売努力を傾けることによって,値引 流通業者が専売契約を解消して参入企業に取 きをしたメーカーの製品の販売量は増加する. 引先を変更する可能性を考慮すると,既存企業 こうしたことがらを避ける手段として,専売店 は新規企業の参入の可能性を前にして,出荷価 制が機能する面がある. 格の引き下げにより効率的な既存の流通業者 しかし,この議論から独禁法として規制すべ を確保しておこうとするはずであり,この点か きことがらは,専売店制ではなく,メーカー間 ら,出荷価格の引き下げが強く働くならば,専 のカルテルそのものであろう. (3)専売店制が小売価格の引き上げにつなが 売店制によって必ずしも小売価格は高くなら ないということである.この問題については, るといういうのは,以上のような論理とは別の いまだ理論的な決着はついていない. ものがある.第3章で議論したように,製品差 (2)専売店制がメーカー間のカルテルの実行性 別化を伴う市場において,メーカーのチャネル を確保するための条件として利用されるおそれ 選択,出荷価格の決定,小売業者の価格決定を があるという点であり,Telser[1960]によって 3段階のゲームとして定式化するとき,選択的な 主張された問題である.メーカーが出荷価格に 流通経路政策は,メーカー間の協調をともなわ − 84 − ずとも,開放型の流通経路の場合にくらべて小 売価格を引き上げる側面をもっている.選択的 な流通経路政策の採用というチャネル選択のう えでのコミットメントは,小売段階における価 格競争を抑制するように作用するからである. この点は,専売店制をはじめ選択的な流通経路 政策の問題点として,あらためて留意すべきポ イントであろう. 第2に取り上げるべき問題は,建値制を中心 に個別の商慣行が複合した場合の価格競争へ のマイナスの影響である. 建値制がとられているもとで,実売価格が希 望小売価格を大幅に下回っては,取引の標準と しての希望小売価格の意味がなくなってしま う.このようなときに,メーカーが建値を維持 しようとすると,売り手は返品を受け入れるこ とになり,返品が建値の維持のための手段とし て利用され,小売価格の硬直性を導いている可 能性がある. また,日本における複雑なリベート体系の存 在は,小売業者による自主的かつ合理的な価格 設定を困難にし,メーカーの希望小売価格での 安易な販売をうながしているきらいがある. さらに,日本では流通サービスは充実している ものの,価格面での競争は必ずしも十分ではな いといわれている.その理由のひとつは,建値 性によって価格競争が制約されているがゆえ に非価格競争に傾斜している面があろう. 以上,価格競争という側面から日本の商慣行 の問題点を見てきたが,内外価格差との関連で, 流通段階における価格形成メカニズムへの理 論的・実証的研究を進めていく必要がある.そ れは今後に残された重要な課題である. − 85 −