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銀行貸出(信用創造)は GNP 成長の決定要因か?

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銀行貸出(信用創造)は GNP 成長の決定要因か?
ソリューションレポート テーマ
銀行貸出(信用創造)は
GNP 成長の決定要因か?
同 志 社 大 学 大 学 院 ビジネス研 究 科 PD0 701 04 出 口 恒
現 MBA 同志社 2009
日本未来研究所 研究員/国際システム・ダイナミクス学会
目
解題
次
なぜ 、ソリューションレ ポートで 本 題 を取 り上 げた か
第 1 章 問題の提起
1-1
学会員
銀行貸出は経済成長の決定要因か
貸 出 預 金 GDP の奇 妙 な一 致 (近 似 )
3
5
5
1-2. 預 金 と貸 出 は同 時 に生 成 し GDP に結 実
8
1-3. 銀 行 のマネー回 路 貸 出 局 面 と償 還 局 面
9
1-4. 経 済 成 長 を強 制 する利 子 の支 払
11
第 2章 日 本 経 済 の循 環
12
2-1
「日 本 経 済 の循 環 」図
12
2-2
日 本 銀 行 セクタ ー
14
2-2-1
日 銀 貸 出 と買 いオペ
14
2-2-2
窓 口 指 導 と信 用 創 造 のコントロール
2-3
銀 行 セクター
16
18
2-3-1 商 業 銀 行 の金 庫 室 内 現 金 の増 加
18
2-3-2 窓 口 指 導 の功 罪
19
2-4
政 府 セクター
21
2-5
非 金 融 セクター
22
2-5-1 生 産 者 セクター
23
2-5-2 消 費 者 セクター
23
2-6
第 3章
窓 口 指 導 は「 道 徳 的 説 得 」か、「 強 制 力 をもった信 用 創 造 のコントロール」か
信 用 創 造 メカニ ズムの SD 分 析
24
26
3-1 信 用 創 造 の実 務 と 預 金 準 備 率
26
3-2 貸 出 と預 金 はいか に関 係 するか
27
3-3 日 本 経 済 の循 環 図 モデルの概 要
28
pg. 1
3-4 中 央 銀 行 がマネーサプライを増 大 させる 3 つの方 法
31
3-5 シュミレーションからの学 び
36
第 4 章 日 本 経 済 不 況 の謎
37
4-1
なぜ、日 本 経 済 は景 気 対 策 を 10 回 行 っても回 復 しなかったのか
37
4-2
不 況 克 服 のルー プ 3 つの負 のフィードバックと正 のフィードバック
39
第 5 章 銀 行 貸 出 と 3 つの正 の フィー ドバック
43
5-1
43
金 融 商 品 への貸 出
5-2 金 融 ・不 動 産 バブ ル発 生 と拡 大 、正 のフィ ードバック
45
5-3
設 備 投 資 と設 備 需 要 の拡 大 、負 のフィードバック
46
5-4
G D P 取 引 への貸 出 と非
GDP 取 引 への貸 出
第 6 章 正 のフィー ドバックループの逆 転 ; B IS 規 制
47
49
6-1
3 つの因 果 ループと BIS 規 制
49
6-2
なぜ、自 己 資 本 比 率 の圧 縮 が銀 行 業 績 の低 下 につながるのか
52
6-3
共 有 地 の悲 劇 モデル図
53
6-4
資 産 額 による世 界 の銀 行 ランキング
54
6-5
BIS 規 制 の背 景 とオフバランス取 引
57
第 7 章 B IS 規 制 による日 本 経 済 成 長 への 限 界 の 設 定
58
7-1 銀 行 貸 出 と B IS 規 制
58
7-2 なぜ日 本 の名 目 GDP がおよそ 500 兆 円 なのか
60
7-3 交 換 方 程 式 の流 通 速 度 銀 行 貸 出 は G DP の決 定 要 因 だった
62
第 8 章 社 会 への 政 策 立 案 のヒント
65
参考文献
66
pg. 2
解
題:
なぜ、ソリューションレポートで本題を取り上げたか
私は三洋電機で経営ビジョン作成に携わり、三洋電機の衰退を見て「外部環境予測を誤れば、巨象も脆く崩れる」と実感
した。その中で、このたびのパナソニックと三洋電機との統合は、両者にとり正しい道であったと考えている。
私は、三洋電機の外部環境予測の誤りとなった日本経済混迷が何から来ているのか、ビジネスの中核となる外部環境分
析、未来の分析を正しく行うことが、ビジネスの基礎ではないかと考え、本テーマを取り上げた。そして組み上げた理論を
シュミレートし、表現するツールとして山口教授のシステムダイナミクスおよびモデリングを選択した。そしてシステムダイナ
ミクスとモデリングの自分への受肉化によりそれをさまざまな自分の未来の仕事やテーマに適用できると考えた。そして、
それが政策立案の役に立てばと考えた。
私はこの「銀行貸出(信用創造)は GNP 成長の決定要因か?」をソリューションのテーマにとりあげた。結論として、一定の範
囲で”YES”である。貸出と預金が同時に生成し、それがマネーサプライを増やし投資を得て GDP に結実する過程を、理
論構築や、統計、日本経済の循環図、シュミレーションなどにより試みた。
日本経済の分析、日本経済の循環に BIS 規制という制約が置かれた。それは日本経済に GDP 成長の制約を課すもので
ある。その後の BIS 規制の実施で、成果が出ても、いかに生成と消滅が相殺しあい、日本の GDP 成長の壁に立ちはだか
っているかを類似のモデリングで検証を試みた。
貸出を制約するものは、預金準備率である。しかし信用創造の実務では貸出してから準備預金に 1 万分の 5 程度の資金
を入れるだけでほとんど貸出に制約がない。(引出に備えて一定の準備は必要としても)
しかし現実には貸出をしようとしても BIS 規制があるからできなかった。貸出が GDP の重要な決定要因で、貸出の制約は
GDP の制約要因となるから、貸出制限一杯に貸している場合は、貸出は貸し剥がしとセットになることを覚悟しなければい
けなかった。政府としては国債発行で景気を梃入れして GDP を成長させようしても、クラウディングアウトの壁にぶつかっ
た。それは短期的に深刻な経済悪化をもたらし、公債残高の増加をもたらした。
不況だからマネーを増やしたい。しかしできない。米国ではこの BIS 規制の制約を逃れるために、オフバランスの取引を進
めた。オフバランス取引はすべての貸出の規制をくぐりぬけるものである。
BIS 規制の制約を理論的に解くためには、銀行の純資産の増強しかありえない。米国がひたむきに進めているように!
この研究の過程でさまざまな金融の秘密に係る発見があった・・・
pg. 3
さて、私は情報の非対称性の否定、完全雇用などありえない仮定に基づく近代経済学が経済混迷のもとになっていると
確信した。外部の情報に惑わされず、自分で真実を見抜く力をつけたい!
私が未来予測の真のソリューションを求めていたときに、リチャード・ヴェルナー氏の「虚構の終焉」「平成大不況」など 7 冊の優れた
著作を読んだ。しかしヴェルナー氏の著作には日本経済低迷の「最も本質的な部分が記載されていない」と考えた。その
本質とは何か? それは BIS 規制である。BIS 規制こそ日本に 500 兆円、(それは私の仮説にすぎないが)という「成長の限
界」を被せた主体であった。
データをインテリジェンス化し、独自の未来予測を行い経営判断の誤りを最小化したい。そしてシステム思考を身につけ
たい!
本論は未来予測とシステム思考の最初の私の一里塚である。それを獲得することは一生の財産となり起業の武器
となる。それを可能にするツールが山口薫教授のシステムダイナミクスと信じられたので、SD を使用した本論のテーマを選択し
た。
私はこのソリューションを書くにあたって、数か月にわたり、実際の日銀や内閣府、財務省など見識ある機関から、さまざま
な生データを入手し、研究、分析した。文中の銀行・金融関係の数字は日銀 HP から入手し GDP 関連は内閣府、国債関
係は財務省から入手している。
なおこのレポートでは実質 GDP も十分研究したが、非常に複雑になること、紙数などの関係で割愛している。実質 GDP の
動きは概ね名目 GDP と同様なグラフを示しているが、数値では 1 割程度の差がある。実質 GDP は物価の変動を加味す
るが、それを利子率の動きとともに次のレポートの課題としたい。
またこのレポートの思考実験では「閉じた空間」というモデルを使用している。オープンな空間に関するモデリングは思考
中であり、次のレポートの課題としたい。
pg. 4
第 1 章
問題の提起 銀行貸出は経済成長の決定要因か
第1章では、貸出が預金と同時生成し、投資、GDP にどう結び付くのか、その理論とマネー回路の思考実験を行う。そし
て経済成長を強制するのは利子の支払であり、現実にはそのためにも経済成長が必要であることを述べる。そして経済
成長に必要なものは貸出の増加であることを示す。
私が最終的にソリューションを本テーマに決定したのは、非常に奇妙な事実に気づいたからである。下の図を見ていただ
きたい。
1-1 貸出 預金 GDP の奇妙な一致(近似)
グラフ 1 青線は国内総生産(GDP)、グラフ 2 赤線は貸出、グラフ 3 緑線は国内総預金残高である。これは 1980 年から
2004 年におよぶそれぞれの数値をシステムダイナミクス ベンシムのソフトにより表現したものである。まず 1992-1993 年
にかけての貸出の大幅な伸びは、日銀の統計が 1992 年以降、当座貸越を含めて表示しているためで、実際にはもっとな
だらかな動きであると考える。
と貸出、国内総預金の比較
GDP
600,000
300,000
/年
10億円
450,000
150,000
0
1980
1
2
3
1
2
3
1
2
3
1
2
3
1982
"
貸出 : マクロ経済データ(参照)
1984
1986
2
1
3
2
1
3
2
1
3
2
1
3
1
2
3
1
2
3
1988
1990
国内総生産(
1
1
1 GDP)"
1 : G:\
1 日本経済の
1
1 循環
1
2
2
2
2
2
2
2
2
2
1
3
2
2
1
2
1
3
1992
Time (Year)
1
2
2
2
1
1
1
3
3
3
1994
2
2
2
2
1
1
3
3
1
3
1
3
1996
国内総預金残高 : G:\日本経済の循環
2
1
3
1998
3
3
2
1
3
2000
3
3
3
3
1
2
3
1
2
3
2
1
2002
3
3
3
2004
3
3
2
図 1 日 銀 HP 統 計 よ り デ ー タ 入 手
このグラフの第一印象は、1990 年までの、名目 GDP・青線、貸出・赤線、国内総預金残高 緑線の傾向の一致である。そ
して 1990 年以降の 3 者の乖離であり、500 兆円前後への収束である。ここに極めて強い相関関係を感じるとともに、なぜ
一端乖離したグラフがまた収束していくのか。私の脳裏に浮かんだのが、「成長の限界」という SD モデルであった。このこ
との理由が解明されれば、日本経済の低迷の原因と回復のため処方箋がわかる。
pg. 5
第 2 章に「日本経済の循環図」を掲載している。これは「銀行のマネー回路図」。もし日本経済に銀行、すなわち預金や貸
出を担う機能を持ったセクターがないならば、日本の名目 GDP は増大するだろうか。流通しているマネーは一定だから、
銀行・政府・生産者・消費者の間でどれだけ経済が活発になろうとも、名目 GDP の増大を認識することは困難。実際には
マネーが増えなくとも技術開発や増産によって生産量の拡大は可能。しかしマネー(購買力・需要)が一定であれば、供給
の増加によって製品の価格は下がる。それが日本経済を覆うデフレの主要原因。
金本位制の時は、金の量にしたがって、1 オンス 35 ドルという価格でドルと金は建前の上では交換できた。信用乗数によ
って金の量以上のマネーの発行は可能にしても、マネーの量には制約があった。ドルという紙幣が FRB の負債であり、ド
ルを提示されれば中央銀行は金と交換しなければならず、できなければ「債務不履行宣言」を行わなければならない。そ
してすでに日銀は 1942 年に金交換を停止し、米国も 1971 年にドルの金交換停止を発表した。これは事実上の日米のデ
フォルト宣言にほかならない。
金本位制すでになき現在、日本経済でマネーを制約するものは何か。私はそれを銀行の純資産であると考える。そのマ
ネーの制約が日本経済の中で「成長の限界」を作っている。その限界は概算で名目 GDP500 兆円前後ではないか。なぜ
500 兆円なのか。「成長の限界」のモデリングは後述したい。
と貸出成長率の比較
GDP
20
Dmnl
13.5
7
0.5
-6
1980
1982
1984
1986
貸出成長率 : G:\日本経済の循環
1988
1990
1992
Time (Year)
1994
GDP
1996
1998
2000
2002
2004
成長率 : G:\日本経済の循環
図 2 日 銀 HP よ り デ ー タ 入 手
上記に名目 GDP と総貸出成長率の比較グラフを掲載した。青が貸出成長率、赤が GDP 成長率である。1992 年の貸出の
山、日銀の統計基準の変更(貸出に当座貸越を含める)という特殊要因を除けば、両成長率は非常に 24 年間、近似して
いることを発見する。そして 1988 年から 1992 年を注目していただきたい。
近似している中でも、貸出成長率が 1989 年から急減していくのに対応して、名目 GDP 成長率は 1990 年から低下してい
く。思考実験をしてみよう。貸出と預金が同時に生成して、マネーサプライの目にみえる増加、投資から GDP に結実する
のに 2 年ほどの期間を要すると考える。
pg. 6
貸出成長率と国内総預金成長率の推移
20
1
Dmnl
2
21
7
1
2
1
2
21
1
2
2
1
21
1
2
1
21
1
1
2
2
2
2
1
1
2
2
2
1
21
1
1
2
-6
1980
1982
1984
貸出成長率 : G:\日本経済の循環
1986
1
1
1
1988
1
1
1
1990
1
1
1992
Time (Year)
1994
1996
1
1998
預金成長率 : G:\日本経済の循環
1
2
2
2
2
1
2
2
1
1
2000
2
2
2
1
2002
2
2
2
2004
2
2
2
図 3 日 銀 HP よ り デ ー タ 入 手
次に貸出成長率(青)と国内総預金成長率(赤)の推移を見てみよう。1992 年から 1994 年は統計の変化だから無視して、
1980 年から 1990 年にかけて、総預金成長率と貸出成長率が同値に近いことを確認いただきたい。1992 年から、預金が
成長しても貸出が低下したのは、1993 年から BIS という貸出規制が加わった結果、成長の限界(私の試算では 500 兆円前
後)と、それ以前の GDP の差の 40-60 兆円が不良債権として償却の対象にされ減少したからである。一度発生した貸出が
このように償却されるのに対して、預金はペイオフがまだ発令されていないので、成長率は維持されているのである。
預金成長率と GDP成長率の比較
20
Dmnl
14
1
1
8
2
1
1
2
1
2
1
1
1
2
1
2
2
2
2
2
1
2
2
2
1
2
-4
1980
1
預金成長率 : G:\日本経済の循環
1984
1
1986
1
1
1
1988
1
1
1
1990
1
1
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1
1992
Time (Year)
1
2
2
1
2
1
1982
2
1
1
1
2
1
1996
1998
2
2000
成長率
2 : G:\
2 日本経済の
2
2 循環
2
GDP
1
2
2
1
2
1
2
1
2
2
1994
1
2002
2
2
2
2004
2
2
2
図 4 日 銀 HP よ り デ ー タ 入 手
預金 成長率(青)も 1992-94 年の変化は無視して GDP 成長率(赤 )と同様の推移 をしている。やはり預金の成長に
遅れて GDP 成長率の変化が表れている。
と貸出、マネーサプライ成長率の比較
GDP
20
Dmnl
13.5
7
0.5
-6
1980
1982
1984
1986
成長率 : G:\日本経済の循環
GDP
貸出成長率 : G:\日本経済の循環
pg. 7
1988
1990
1992
1994
Time (Year)
マネーサプライ成長率
1996
1998
: G:\日本経済の循環
2000
2002
2004
図 5 日 銀 HP よ り デ ー タ 入 手
貸出成長率に名目 GDP の成長率、M2(マネーサプライ)の成長率を加えたものが図 5 である。マネーサプライの成長率の
高さは日銀の量的緩和政策によるもので、日銀券の在庫が商業銀行の金庫室に滞留したり、日銀当座預金に商業銀行
の当座預金が滞留したままであったりしたためと考える。これは BIS 規制によって、貸出はできず、かつ超低金利政策によ
って、マネーが溢れても現金輸送車の運賃や警備料、保険料などを賄う利益が稼ぎ出せないためと考える。
1-2 預金と貸出は同時に生成し、GDP に結実
貸出は銀行の資産であり、預金は銀行の負債だからバランスする。いったん発生した預金はマネーとして、さまざまな取
引に使われるが、貸出(信用創造)なしでマネーの総量が変わることはない。たとえば預金が貸出と国債や有価証券購入
に充てられたり、形を変えるがその発生の時は貸出と預金は同時に生じる。
実際に私たちが事業に投資をするため機械装置を購入する時のことを考えよう。1500 万円借りると、理論上、新規貸出を
するときには、銀行の仕訳は下記となる。 貸出
1500 万円
預金 1500 万円
1500 万円借りると同時に借入人名義の預金通帳が作られて、その金額 1500 万円が預金として記帳される。同時にその
預金は機械装置の購入先に支払われて残高は消える。ここでのポイントは、貸出と預金は同時に同額生成すること。
但し、預金準備率の関係から、預金 = 貸出 + 日銀当座預金(預金×預金準備率) という関係となる。
さて機械装置を購入した企業は、それを使用して製品の生産を増やし、売上・付加価値を上げる。企業はその生産の拡
大を雇用の増加によって賄う。増加した人員に賃金が支払われるため、需要が増加する。供給と需要のバランスのとれた
増加によって、経済は安定した成長軌道に乗る。預金 1500 を投資に回す場合、それが高度成長期の順風な環境であれ
ば、付加価値は投資金額に金利を加えたもの以上(1500 以上)となる。下記の図でわかるように、1980 年当初の経済が成
長していた時期は、国内総生産が銀行貸出を上回っていたのである。そして 1990 年の時点で、GDP と貸出、預金は
440-465 兆円の範囲で収束していくのである。そのように経済の流れは、貸出= 預金(マネーサプライの増加) ⇒ 投資
⇒ GDP という流れとなる。貸出の大きさが GDP の大きさを決める。金利が高いと貸出残高が預金を上回り、金利が
低く貸出償却が多いと預金残高が貸出残高を上回る。金利の高さは GDP 成長率の関数ではないかと考える。
これが投資ではなく、金融、不動産、建設への貸出だとマネーサプライは増えても GDP に結びつかない。それをリチャー
ド・ヴェルナー氏の提唱により、「非 GDP 取引」という。誰かの得は誰かの損であり、ゼロサムゲームの結果、土地を売った
人は利益を得て、買った人は損をする。そのような形でお金が不動産や金融に回ると、マネーサプライは増えるが真実の
景気刺激にはならない。図 1 のグラフで判明するように、1987 年段階で貸出は GDP を抜くことになる。
図 6
GDP と貸出残高の推移 単位 10 億円 日本 銀行 HP データより
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
GDP
323541
338674
352530
379250
408535
440125
468234
480492
貸出
310952
335372
366747
394221
434943
464597
479895
488877
pg. 8
1-3 銀行のマネー回路 貸出局と償還局面
銀行のマネー回路、貸出局面を考える。起業家
(生産者セクター)が起業するに際し、商業銀行
に担保を提供して 1 千万円の融資を受ける。
この時点で日本経済にマネーがその金額だけ
増加する。
借方 預金 1 千万円 貸方 借入金 1 千万円
銀行から見れば、
貸付金
1 千万円
預金 1 千万円。
金利は年 10%である。
起業家は生産者より事業に使用する生産財を購
入し、5 百万円支払う。起業家からみれば、
図 7
生産財 5 百万円 預金
5 百万円。
それを売却した生産者は、
預金 5 百万円
売 上 5 百万円と仕訳するので、全体の当座預金は 1 千万円増えたままである。
この当座預金は
現金
5 百万円
預金 5 百万円 と変化しても、全体の預金も含めたマネーは 1 千万円増えたまま
で変化はない。
そのマネーは、生産者にとって商
店から得た消費財に代わる。その
マネーを商店が企業への仕入れ
に対する支払に当てる。企業が消
費者(被雇用者)の労働への対価
として賃金を提供し、消費者が起
業家の新規製品やサービスの販
売に対し、対価であるマネーを提
供することによって、この銀行のマ
ネー回路は閉じる。
pg. 9
図 8
起業家は資産としての生産財 500 万円を使って製品を生み出す。そして売上を上げる。また人を雇用して賃金を支払い、
需要を増やす。需要と供給が同時に増えれば、マクロ経済では大きなインフレにならない。日本の「貸出規制」の働かな
い経済成長期には、500 万円の投資は必ず 500 万円+金利以上の GDP を生み出す。(それを生み出せないなら、投資を
した意味がない) かくて 500 万円の貸出は、同時に 500 万円の預金を生み、投資の成功の場合は 500 万円+金利以上、
失敗の場合は 500 万円に満たない GDP を生み出す。
日本経済全体を俯瞰して、もしこのような銀行貸出がなければ日本経済に新規マネーが増加することはない。そしてこの
銀行貸出は「信用創造」によってなされる。但し例外として日銀が銀行などから市中の国債や株式を購入(買いオペ)する
ことによって、商業銀行の口座に日銀当座預金を増やすことはできる。それを商業銀行が日銀から引き出すため現金輸
送車で自行に持ち込んこむ。日本経済の中でマネーは増加する。また商業手形などを担保に日銀貸出を銀行に対し行う
ことによって市中のマネーを増加させることができる。下の図は第 2 章の「日本経済循環図」の一部であり、詳細は後述す
る。
先ほどのマネー回路の一部を左図で説明する。銀行セクターの赤丸、貸出のフローで銀行は起業家(生産者)に 1 千万
円融資を行う。
生産者セクター、借入金のと
ころで記帳され、1 千万円は
現金預金に入金される。起
業家は機械の生産者から機
械を購入する(投資)。それは
右側の固定資本形成である。
それによって現金預金が起
業家から生産者に流出する
が、生産者セクター内では
現金預金は変わらない。起
業家は機械で製品を作り売
上を手にする。売上は生
産者セクターの現金預金
となるが、消費者や政府な
どのセクターが顧客の場
合はそこから現金預金が
流出する。貸出= 預金か
らマネーサプライが形成さ
れ投資の後に GDP に結
実する。政府発行の国債、
pg. 10
図 9 日本経済の循環図の一部
企業発行の社債を銀行経由で日銀が購入する。それは本質的に政府や企業に対する債権を日銀が取得し、その対価と
してマネーを市中に供給することにあたる。本質的に日銀の、政府や企業への貸出にほかならない。(中央銀行の企業株
式購入は、企業への資本参加であるから厳密には貸出でなく、むしろ企業の購入に近い) 日銀は、日銀券発行銀行であ
るから、買いオペの量を調節することによって、必要なだけマネーを市中に供給することができる。これは「銀行の信用創
造」ではない。しかし増えた日銀当座預金の資金を貸出の原資にさせることによって商業銀行の信用創造を促進すること
はできる(BIS 規制と超低金利状態により現在、それは有効な政策とはなっていない。)さて銀行のマネー回路 貸出局面
を閉じる。今度は起業家が 1 年(あるいは 1 月)を超えると元金と金利を償還する必要が出てくる。1 千万円の元金に対し、
年間で百万円の利子を支払わなければならない。
支払利息 100 万円
預金 (外部から調達)
すべての起業家や経営者、消費者が正確に利子支払を実行し、債務不履行をしないとする。上記日本経済のマネー回
路には、この 1 年間に銀行貸出は 1 回しかなかった。だから、買いオペや日銀貸出を無視する(売りオペや日銀貸出の回
収はむしろマネーサプライの減少となる)とマネーの増加は 1 千万円以外にない。当の起業家は利益により利子支払を終
えるかもしれないが、本来このマネー回路の中には利子分のお金はない。利子とは単なる数字であって実際にはそのマ
ネー回路に存在しないお金であるから、必ず誰かが債務不履行となり、担保に差し入れた国債や不動産は没収される。
1-4 経済成長を強制する利子の支払
利子を支払うためには、外部のマネー回路から利子にあたるマネーを得なければならない。しかし外部のマネー回路にも、
利子にあたるマネーはないから、ここで力と力の相克が起こる。実際の経済では、純輸出によってマネーを得たり、フロン
ティアを獲得したりして足りないマネーを自己のマネー回路に呼び寄せたりする。フロンティアとしての植民地の獲得競争
や戦争によって、足りないマネーを外部から調達する。あるいは経済成長によって調達する。見方を変えれば、植民地獲
得競争や、戦争は「利子支払」のために引き起こされるのである。利子支払は経済成長を強制する 1。
マネー回路全体でいえば、貸出金額より借入金額が常に大きく、借金を完済しないと、新しい借金をしないといけない仕
組みが構築されている。信用創造などに基づく経済成長によってマネーの総量が増えるならば、借金の返済ができ、新し
いより大きな借金ができる。その借金もいつかは返済しなければならないので、経済成長も破綻の先延ばしにすぎないの
かもしれない。利子の存在は勝ち組と負け組(ここでは破綻者)の生成を前提とする。しかし利子がなければ投資家は現れ
ず、年金の運用もできない・・・。ここに矛盾と悲しみがある。経済全体から見れば「無限の借金ループ」から逃れる道では
ない。「利子なき世界」が望ましいが、現実には利子の存在は必要だし、経済成長は、私たち社会の存続にとり必須のも
のなのである。逆説的な言い方をすれば、フロンティアからのマネー獲得が多く望めない現今の日本で、利子支払を成し
遂げるためには、利子率を超える「経済成長」しかありえない。その経済成長、 GDP 成長が銀行貸出の近似・関数である
とするなら、その銀行貸出・信用創造の制約要因を究明することが、私にとっての課題である。
はたして「銀行貸出は GDP の決定要因」なのだろうか。銀行貸出を制約する要因は何か。以下順次検証していく。
1 このコンセプトは参考文献 10「金融の仕組みはロスチャイルドが作った」の著者、安部芳裕氏の見解である。経済成長と金利の相関関係は私の
主張であるが、マネー回路の償還局面に着眼した安部氏の記述はより踏み込まれている。
pg. 11
第 2 章
日本経済の循環
2-1 「日本経済の循環」図
第 2 章では、はじめに日本経済の循環図に沿い日本銀行、商業銀行、政府、非金融セクターの 4 つのセクターの
中でのマネーの流れを見る。日銀貸出や買いオペ、預金準備率、日銀自己資本比率、窓口指導、信用創造、商
業銀行の金庫室内現金の増加、国債、政府債務残高などにも言及する。窓口指導が信用創造をどのようにコント
ロールしたのか、窓口指導が終了した後、それはどのように BIS 規制に置き換えられたかを論ずる。
下の図を見ていただきたい。これは内閣府が公表する日本経済の循環図である。支出側と生産側から国内総生産を捉え、
生産要素の投入、財・サービスの供給、付加価値や消費費支出、総資本形成などの循環が記されているが、ほとんどの
人にとって一瞥では理解できない図となっているだろう。
平成 17 年度日本経済の循環
pg. 12
図 10 内 閣 府 よ り
図 11 日 本 経 済 の 循 環 全 体 図
それに対してシステムダイナミクスアプローチで描かれた上記山口教授の講義ノート「日本経済の循環図」はきわめて明
瞭である。日銀から市中に出た日銀券は、日本経済の商業銀行、政府、生産者、消費者という 4 つの経済セクターの中を
循環する。本 SD モデルはまず、ストックとフローを峻別する。それぞれのセクターについて現金(日銀券と硬貨)をストック
pg. 13
の中心に置く。ストックはインフローとアウトフローの雲付矢印によって結ばれる。関連のあるストックやフローは青い矢印
で結ばれ、その関連を示すために方程式が埋めこまれる。
この因果ループ図の優れていることは、モデリングに基づきシュミレーションができることである。当然実際のデータも埋め
込むので、モデルと実際のデータの比較をしながら、よりよいモデルを作ることができる。適切なマクロデータすべてを入
手し埋め込むには今しばらくの時間が必要で、ソリューションレポート後の課題としたい。SD モデルにはブラックボックスは
ないので、誰でもそれを改変できるしバージョンアップでき、自分のものとすることができる。
2-2 日本銀行セクター
2-2-1 日銀貸出と買いオペ
さて、日銀が発行した銀行券は、金融機関から預金を引き出した人々や企業の手に渡り、商品購入や投資、税金の納付、
金融商品の対価などの取引を経て、商業銀行、生産者、消費者、政府などの経済主体を循環して最終的に日本銀行に
戻っていく。金融機関を通じて戻ってきた日銀券について、日本銀行は枚数を確認し、偽造・変造された銀行券が再流
通することがないよう、厳重に真偽鑑定を行う。流通に適さないと判断された銀行券は廃棄され、監査によって選り分けら
れた本物の銀行券に限り、再び金融機関に支払われる。適宜、必要に応じてモデル図には、例えばマネーサプライにあ
っては M2 成長率など、グラフを埋め込むことにより、理解を強化することができる。
図 12 日 本 経 済 の 循 環 よ り
日本銀行法では日本銀行が銀行券を発行すると定めており、独立行政法人国立印刷局によって紙幣は製造され、日本
銀行が製造費用 1 万円札 1 枚 12 円程度を支払って引き取る。日本銀行が銀行券を発行するということは、日銀の取引金
融機関が日銀にある自行の当座預金口座から預金を引き出し、銀行券を受け取ることにより、日銀券を市場に送りだすこ
とである。その時点で銀行券が発行されたことになる。それが日銀券発行の意味である。
pg. 14
図 13 日 銀 HP よ り
上記は日銀自身の作成している自己資本比率の表である。2008 年 9 月 30 日付で、銀行券発行残高は 75 兆 5 千 6 百
億円である。自己資本
比率の公式(C)/(D)×
100 すなわち(資本勘
定+引当金勘定)/銀行
券平均発行残高
の計算式で自己資本比
率を計算している。
9 月末の銀行券発行残
高は 755622 億円、BS 上
では 754929 と数値が違
うが、それは平均残高と
末残の違いだろう。
中央銀行では、BS 上で
負債である発行銀行券
残高が自己資本比率の
分母(通常は総資産)を
なしている。発行銀行券
は、利子なき債務、支払
期限なき債務である。
pg. 15
図 14 日 銀 HP よ り
中央銀行 2 つの新規貨幣供給
中央銀行の新規貨幣供給には、上記の金融機関への貸出、国債など有価証券の買いオペ、の 2 つの方法がある。
日 銀 貸 出 とは、手 形 割 引 と手 形 貸 付 の2つのこと。日 銀 が民 間 の金 融 機 関 に対 して実 施 している貸 出 である。
手 形 割 引 は、民 間 金 融 機 関 が割 り引 いた商 業 手 形 の中 で、信 用 度 が高 くて再 割 適 格 と認 められるものを日
銀 が割 り引 くもの。手 形 貸 付 は、国 債 や政 府 保 証 債 を担 保 として行 なう3ヶ月 以 内 の貸 付 である。このような一
般 貸 出 のほかに、日 銀 特 融 という、最 後 の貸 し手 である日 銀 が、信 用 維 持 のために無 担 保 、無 制 限 で貸 し出
すものとがある。
買いオペとは、中央銀行が市場から有価証券を買い入れ、通貨を放出すること。市場の通貨が増加することで、金融を緩
和し、金利引き下げの効果が得られるといわれる。中央銀行による公開市場操作のひとつ。逆の市場操作を売りオペレー
ションという。
日銀貸出による資金は、資金調達銀行を通じて、信用創造という形で市中に供給される。その資金を預金準備率で除し
た金額が信用創造の限度となる。戦後から 1990 年初頭(公式には 1980 年代初頭)まで、日銀は商業銀行などを通じて窓
口指導という形で信用創造をコントロールしてきた。
マイナスの信用創造
近年は BIS 規制の影響が大きく、信用創造の力は非常に小さい。貸出残高の顕著な減少をみると、マイナスの信用創造
が行われている印象である。本来、銀行の役割は信用創造を通じたマネーの供給であるはずだが、実際には、証券会社
と同じような金融仲介機関になりかかっている。
理論上では商業銀行単独で、事実上無制限で貸出は可能である。しかしマクロレベルの巨額貸出となると、融資を受け
た側が現金預金比率に従って、現金引出を商業銀行に求める可能性があり、それに備えるためには、借入をしたり、日銀
当座預金残高に過剰な準備預金を積んだりする必要がある。さらに BIS 規制は、ますます銀行の貸出を困難にしている。
なお、図 12 の図で、□はストック、矢印はフローを示している。このストックとフローの関係を最も適切に理解することが SD
モデルでは可能である。上記 右側の図は、商業銀行の信用創造で得た発行銀行券が、日本経済の循環の中におかれ、
やがて日本銀行に還流してくることを示す。また発行銀行券は、商業銀行の各行に顧客の預金として入り込み、やがて貸
出として日本経済の循環に置かれるほか、一部は商業銀行の日銀当座預金に変わる。
2-2-2 窓口指導と信用創造のコントロール
日銀は、窓口指導という形で商業銀行の信用創造をコントロールする積極的な役割を歴史的に果たしてきた。1945 年以
降の日本の経済成長は信用創造を適切にコントロールしてきた日本銀行の成果である。
日銀の窓口指導は、厳格な意味では 1980 年頃に終了したといわれるが、統計で検証してみると、1990 年頃まで継続して
きたことが推定される。BIS 規制前は、貸出を制限するものは、預金準備率以外ほとんどなく、商業銀行が無制約に貸出
pg. 16
をする可能性があるから、中央銀行が窓口指導をすること自体は正当である。そしてバブル期には、商業銀行は不動産、
建設、金融に無制約に見えるほど貸出をした。
この SD モデルの考え方で言えば、非 GDP 取引といえる、不動産や金融商品への取引に投資を偏在させるような貸出を
継続したことは不合理であった
その不動産や建設、金融など非 GDP 取引への貸出が中央銀行の指導によるものか、商業銀行の共通判断によるものか
については議論がある。リチャード・ヴェルナー氏は著書の中で中央銀行の詳細な商業銀行への貸出指導があったこと
を論じている。
図 15 中 国 人 民 銀 行 資 料 よ り
図 16 大 蔵 省 財 政 金 融 研 究 所 フ ィ ナ ン シ ャ ル レ ビ ュ ー よ り *
日本銀行の設定する預金準備率は、1986 年 7 月 1 日現在で 0.125%(定期預金残高 1 兆 2 千億円以下)から 1.75%(2 兆 5
千億円超)である。概ね元金の 70 倍から 800 倍の貸出ができることになる。1986 年に 10.8%、中国では 1990 年時点で 13%
である。米国では 1986 年に 10.8%で 1990 年まで概ね 10-11%である。91 年 10 月 16 日に日本の預金準備率は 0.05%か
ら.1.2%と変更されて、それ以降変化はない。
BIS 規制導入が決定され、金融引締めをしてバブルを抑えにかか
ったこの時期に、なぜ貸出増加要請のメッセージを与える預金準
備率の引き下げを行ったか。ちょうどこの頃、日銀は貸出統計に当
座預金貸出を入れたので、グラフ上、貸出が伸びている。この預
金準備率の変更は、日銀が誤ったメッセージを与えた可能性があ
る。さらに日本の預金準備率が 0.05%まで下がった時の前年
1990 年の米国の預金準備率 10.1%、中国の預金準備率は 12%で、 図 17
両国とも毎年変更している。それは日本の中央銀行が金利のみで
マネーサプライをみようとしない証左である。日本と中国の預金準備率の差は最大 240 倍ほどもある。深読みをすると、米
中の商業銀行は、預金準備率が高く貸出に対する制約が大きかった。日本の金融機関は預金準備率が極小であったた
め、制度的には制約が少なかった。無制限になりがちなその貸出をコントロールするための日銀の裁量の余地は非常に
大きかったということであろう。定期預金 1 兆 2 千億円以下の銀行が積む準備預金は 0.05%に過ぎない。1 万円の 1 万円
分の 5 それはほぼゼロに等しい。なお、預金準備率は累進的になっている。
pg. 17
1985 年以降の窓口指導は日本経済のバブル発生に影響がある。12 図で日本銀行セクターに「信用創造」が記載されて
いる。信用創造を直接に行う銀行は商業銀行など市中銀行であるが、それを少なくとも戦後より 45 年間近く監視してきた
中央銀行への歴史的評価がある。もちろん中央銀行による買いオペや銀行貸出は、預金創造の原資ともなるわけで、中
央銀行が信用創造に関与していることは疑いない。
2-3 銀行セクター
信用創造
図 18 日 本 経 済 の 循 環
次に銀行セクター。商業銀行の資金調達(資金のインフロー)は大きく次の 3 つの手段である。中央銀行借入金、民間から
集めた銀行預金、さらに生産者などに貸し付けた利子収入などを得た上での銀行の正味資産 すなわち繰越利益剰余
金である。これが銀行の純資産となり、BIS 比率に影響する。
資金のアウトフロー(資金の使途、流出先)は日銀への準備預金預入、国債購入によるアウトフロー(国債償還費はインフロ
ー)、銀行貸出によるアウトフロー、金融投資によるアウトフローである。金融投資により銀行は金融資産を得る。近年のサ
ブプライム問題に端を発する金融商品の大幅値下がりにより、この金融資産は銀行経営に大きな影響を与えている。
BIS 規制導入により、株などの金融資産の 1 億円の値下がりが、8%の逆数である 12.5、すなわち 12.5 億円の貸し渋り、貸
し剥がしにつながる (実際にはもう少し複雑な計算が必要)
2-3-1 商業銀行の金庫室内現金の増加
マネタリーベース=「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」+「日銀当座預金」
ハイパワードマネー=「現金通貨」+民間銀行「中央銀行預け金」
マネーサプライ=金融機関と中央政府を除いた経済主体(一般法人、個人、地方公共団体等)が保有する通貨の合計
pg. 18
「貨幣流通高」はここではコインの流通高を指す。IMF 金融統計マニュアルではマネタリーベースの基本概念について「中
央銀行および政府の通貨性負債」であり、「通貨、信用を増加させる基礎となる金融手段」とされている。ここで、「通貨」は
「中央銀行の負債」とされている。金本位制でない今、通貨は「返済義務のない負債」なのだろうか。
マネタリーベースに含まれている民間銀行保有の現金通貨はハイパワードマネーに含まれていない。銀行に集まる現金
は、現金輸送車により日銀に送られ、やがて各行の日銀当座預金に預け入れられる。日銀の売りオペにより、銀行は国債
を購入し、その分、市中からマネーが消失し(マネーサプライの減少)、買いオペの場合は、その資金が各行の日銀の当座
預金に入金され、日銀準備預金を膨らませる。現金通貨と民間金融機関が保有する中央銀行預け金の合計をハイパワ
ードマネーと呼び、ハイパワードマネーとマネーサプライの比を、貨幣乗数と呼ぶ。この貨幣乗数は(現 金 通 貨 +預 金
通 貨 )/(現 金 通 貨 + 法 定 準 備 預 金 )で計 算 される。無利子の日銀準備預金の増加を各行が放置することはな
い。その資金は当然、預金準備率を梃にした貸出の形で日本経済を循環する。 そのような期待のもとに日銀は 2000 年
代の初頭に量的金融緩和策を続け、日銀当座預金残高、貨幣発行量を膨らませた。マネーサプライは増加したものの、
景気の大きな回復や貸出の増加にはつながらなかった。利ざやのとれる貸出先がない。BIS 規制の上限も考えれば、金
融機関は貸出ができない。銀行に集まった日銀券を金融機関に運ぶにも、運賃がいる。現金輸送車の保険料や警備料
もいる。そのような費用負担をして金融機関は無利子の日銀当座預金に余裕資金を入れるメリットはない。理論上、金融
機関の金庫室に現金が滞留していたのではないか。日銀当座預金も滞留したので、「日本経済の循環図」の中で資金が
滞留しているのが、2000 年代初頭の、量的金融政策時の経済の姿ではないかと考える。
2-3-2 窓口指導の功罪
ローンで表示される銀行貸出は、実物(生産的)取引に対する貸出と、金融・不動産取引など実物の裏付けの乏しい取引
がある。戦後の日銀の市中銀行に対する貸出は、実物取引に対する貸出が主であった。それをもとに鉄鋼、自動車、電
気などの産業が次々と発展していった。この生産的取引に対する貸出は、産業の創造によって雇用を創出し、そして製品
の生産によって供給を拡大して、供給と需要の着実安定した増加を図り、日本の成長を促す政策であった。それをコント
ロールしたのが日本銀行であった。
リチャード・ヴェルナー氏によれば、金利は、資金に対する需要と供給の一致で決定する。しかしこの頃の日本は膨大な
需要に対して資金はきわめて限られたものであり、金利は窓口指導という日銀を通じた信用割当によって、常に需要よりも
低いところで決まった。そして資金需要者にとり重要なのは、金利よりもむしろ資金の量であり、それをきわめて強くコントロ
ールしたものが日銀の窓口指導であった。
金融・不動産取引は、資産インフレを通じてやがてバブルを生む。不動産取引のバブルが発生し破たんしたのが日本の
バブルの発生と崩壊の要因である。また住宅というバブルとともに、それを証券化することによって発生した金融バブルの
発生と崩壊が昨年からの米国のサブプライム問題を契機とした世界的不況の原因である。バブルの崩壊については BIS
規制が影を落としている。ここでこの論考の中心となるのが、窓口指導から始まる信用創造、銀行貸出である。この銀行貸
出が GDP の決定要因になるのではないかということが、このレポートのテーマである。
pg. 19
銀行資産残高が 750 兆円前後で 1993 年から大きな変動がないことは、停滞する GDP を暗示していないか。窓口指導が
1991 年頃終了し、その役目の融資の抑制部分を BIS 規制が担っているのではないか・・・
国内銀行総資産残高の内訳別推移
貸出金
有価証券
図 19 日 銀 HP よ り デ ー タ 入 手
国内銀行は、1993 年から 2007 年まで経済変動に関わらず GDP と同様総資産を大きく変動させていない。
pg. 20
2-4 政府セクター
図 20
次は日本経済の循環の中で政府セクターを考えよう。政府は現金を、歳入と国債発行による借入で得る。国債発行で政
府債務残高というストックは増加する。国債を合わせた政府債務残高は 900 兆円に迫ろうとする。政府はまた、得た現金で
必要な土地などの資産を購入する。政府の正味資産は、税収等から一般歳出や利払い費を控除した形で形成される。政
府の税収は、生産・輸入品に課せられる税-補助金、法人税、所得税があげられる。同モデルは、国債発行時期と国債発
行残高の増加、国債などの政府消費の時期を設定して、政府の現金の動き、政府の負債の動き、株式の動きをシュミレ
ーションする。
図 21 財 務 省 HP か ら
pg. 21
単純計算では、900 兆円の債務の金利が 1%上がると、9 兆円の支払増となる。平均金利 3%になると 27 兆円の利払いで、
1 年間の国の税収 50 兆円前後の半分を占めることに。国債の供給増で国債価格が下がると、金利が上がる。現在の国債
金利、長期金利が低位安定している理由は、金利を低利に据え置くことで、政府の国債の利払いを低く抑える必要がある
から。金利が上がると国債の価格が下がるので、国債を多く所有している金融機関は純資産を減らす。それは日本経済
の GDP の制約条件をさらに厳しいものとする。国際協調の見地から日本資金が米国に還流するような金利差(3%程度)確
保がなされていた可能性も高い。
2-5 非金融セクター
2-5-1 生産者セクター
次は非金融セクターを考える。そのうちのひとつ生産セクターにおいて、生産者は現金を売上、純輸出、間接資金調達で
ある銀行借入、直接資金調達から得る。現金を機械などの固定資本、土地、金融資産に変える。銀行借入は生産者の負
債となり、直接資金調達は起債による株式発行、社債の発行による。付加価値部分から生産・輸入品に課せられる税-補
助金や雇用者報酬、利子、法人税、配当、固定資産減耗を控除した金額が繰越利益剰余金・正味資産となる。
。
図 22 日 本 経 済 の 循 環
2000 年を 100 とした場合、2004 年の鉱工業生産の水準は生産財は 1990 年のバブル期の水準を超えるものの、投
資財は及ばない。
pg. 22
鉱工業生産指数
200
2000=100
165
130
3
95
60
1980
3
2
4
1
3
2
1
5
4
2
1
5
1982
3
4
1
5
1984
3
4
2
4
2
3
1
5
1986
"396 IIPM:
"415 IIPDG:
"416 IIPIV:
"417 IIPCO:
"420 IIPPD:
3
2
1
5
2
4
1
5
1988
4
1
5
3
2
4
5
1990
3
2
4
1
3
2
1
5
1992
Time (Year)
2
4
1
5
3
4
1
5
1994
3
2
4
5
3
2
1
4
1996
3
2
1
5
4
2
1
5
1998
4
3
1
5
3
2
5
4
2000
4
2
1
3
5
1
2
3
2002
5
1
4
2
5
1
4
3
2004
鉱工業生産指数 製造業
1
1
1 " : G:\日本経済の
1
1循環
1
1
1
1
1
1
1
1
鉱工業生産指数 最終需要財
2
2
2
2 " : G:\日本経済の
2
2 循環 2
2
2
2
2
2
2
鉱工業生産指数 最終需要財 投資財
循環
3
3
3
3
3" : G:\日本経済の
3
3
3
3
3
3
鉱工業生産指数 最終需要財 消費財
"4: G:\日本経済の
循環
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
鉱工業生産指数 生産財
" : G:\
5
5
5
5日本経済の
5 循環 5
5
5
5
5
5
5
5
図 23 日 本 銀 行 HP よ り デ ー タ 入 手
2-5-2 消費者セクター
図 24 日 本 経 済 の 循 環
次は、消費者セクターを見てみよう。消費者セクターは、雇用者報酬、財産所得、海外からの純所得などから現金を得る。
所得税、最終消費支出を経た余裕資金を預金に支出し、また住宅や土地を購入する。また不動産や金融資産への投資
にまわす。これが消費者の正味資産となる。
pg. 23
2-6 窓口指導は「道徳的説得」なのか、「強制力をもった信用創造のコントロール」か
ここにシステムダイナミクスによる「日本経済の循環」を概観してみた。この「日本経済の循環」をなすマネーの流れの根幹
にあるのは中央銀行たる日本銀行である。そして少なくとも BIS 規制の導入される 1991 年初頭頃までには、信用創造は
日銀の窓口指導という形でコントロールされてきた。窓口指導とは、主として金融引締時に、日銀が取引先金融機関に対
して貸出増加額を適当と認める範囲内に留めることなどを勧告または指導すること。1991年(平成3)年7~9月期から廃
止された。窓口指導の内容はその時々の金融情報に合わせて変わってきており、それに応じて「貸出増加額規制」とか
「ポジション指導」とも呼ばれてきたが、1982(昭和57)年以降は各金融機関の自主的な貸出計画を尊重するとの考え方
で運営された。窓口指導は制度的に確立したものではなく、金融機関の協力を前提とした一種の道徳的説得であり、本
来、公開市場操作、公安歩合操作、預金準備操作等の正統的な金融政策手段を補完する手段。
リチャード・ヴェルナー氏の著書「虚構の終焉」では、日本銀行職員の証言と、野村総合研究所のデータにより、窓口指導
による日本の民間銀行への信用割り当ては、実際の貸出とほぼ一致していたとする。そこに窓口指導が銀行の信用創造
をコントロールしていた証左があるとする。
日銀公式の貸出データとは統計の方法が異なるのか下記グラフ数値は公式データとは完全には符号していない。しかし
その結果として次のグラフにあるように信託銀行、長期信用銀行、地方銀行、都市銀行の業界シェアが 17 年間変わって
いないという結果をみれば、厳密な窓口指導が存在していたと思われる。
ここで焦点となるのは、中央銀行が信用創造をコントロールできるかという命題に対する答えであり、1991 年までは「コント
ロールできた」と考えるのが妥当。リチャード・ヴェルナー氏は、戦後から 1991 年頃まで窓口指導こそが日銀の最大の金
融政策の手段であり、日銀も金融機関も十分認識していたとされる。窓口指導が「道徳的説得」であったのか、「強制力」
をもっていたのか、さまざまに議論がされている。ただしバブル崩壊の責任を一方的に中央銀行に求める見方には私は
与さない。日本の銀行も国際社会の中で存在する以上、BIS 規制に従うことは当然とされる。
図 25
pg. 24
図 26
システムダイナミクス ベンシムの優位性
「日本経済の循環」は、システムダイナミクスのソフト ベンシムを使用して作成されている(無料)。モデル化することで、私
たちは実際の数字でシュミレートしリアルタイムに複数のグラフを同時に表示させることができる。既存のプログラムも比較
的容易に自分のニーズに合わせてカスタマイズできる。ここに掲載したいくつかのグラフもベンシムで作成したもの。次章
で、実際に SD ソフトベンシムでシュミレートした結果を示す。そしてこのツールより優れた、本当のマクロ経済を分析したり
学んだりするツールは今のところ存在しない。今の時点では私はまだ学習途上であるが、これらのシステム思考に基づく
考え方、実際のプログラムの作成方法を、未来予測のマクロ経済学の学問とともに身につけようと思う。それを将来にわた
って普及させ、浸透させていきたいと思う。システムダイナミクスはソリューションの学問であり、ベンシムはそのための最適
なツールであると考える。
pg. 25
第 3 章
信用創造メカニズムの SD 分析
第 3 章では、信用創造の実務及び日本経済の循環図モデルの概要、中央銀行がマネーサブライを増加させる方法
を分析し、シュミレーションを行う。
図 27 日 本 経 済 の 循 環 よ り
先般の中央銀行セクターモデル図で上記のように「民間保有の金」とされているのは歴史的な由来を含んでいるからだ。
3-1 信用創造の実務と預金準備率
日銀パンフレットの信用創造の実務を参照しながら、内容を実務に即して説明しよう。
具体例: 銀行・長期信用銀行・外国為替銀行、相互銀行・信用金庫で定期預金残高が5千億円以上1兆2,000億円
以下の標準的な銀行の預金準備率は上表の図16-2を当てはめれば、0.05%である。
例えば、東京住友銀行(仮称)が信濃電力(仮称)に事業費 100 億円を融資するとしよう。その場合、銀行のなすべきこ
とは、信濃電力の東京住友銀行の通帳に 100 億円と記帳することである。融資日は 7 月 25 日とする。
仕訳
資産
貸付金
100 億円
負債
これを見ても貸出と預金は同時に同額生成する。
現金は必要なし
pg. 26
預金 100 億円
100 億円の 0.05% は、500 万円である。東京住友銀行は、8 月 15 日までに日銀当座預金に 500 万円入金する必要
がある。しかし多くの場合、500 万円を入金することは少ない。なぜなら、融資を受けようとする企業は資金需要があ
るから融資を受けるのであり、融資金 100 億円をおそらく 5 日以内には支払うことになる。
7 月の営業日数を 20 日間とする。7 月 25 日から 30 日まで(営業日 5 日)信濃電力が融資を当座預金に置いて、取
引先に 100 億円を支払うとすると、東京住友銀行が日銀当座預金に払い込む金額は、500 万円×5 日/20 日間で
125 万円である。もし即日払い込むとすると、500 万円× 1 日/20 日間で、25 万円である。もちろん自行の預金だか
ら、それを日銀に支払うのではなく、無利子の当座預金に置いておくだけである。
預金してから 1 日 2 日の払い込みが普通なので 100 億円を融資する場合に必要な金額は、この場合 25 万円から
50 万円である。実務上の手続きを概観すると、預金があったら預金準備を積むのではなく、まず貸出があって、その
後、準備預金を積むのである。だから私はこの預金準備率という言葉は実状を反映していないと考える。それは預金
者を守る預金準備率というコンセプトより、貸出に対する不渡りに備える、「貸倒れ引当」といったほうが実状に近いの
ではないか。
3-2 貸出と預金はいかに関係するか
マネタリーベースは日銀の発表によると 日本銀行券発行高 + 貨幣流通高 + 日銀当座預金として計算されている。
2008 年 9 月の残高は 93 兆 2760 億円となっている。マネタリーベースの内訳は下記のようになっている。マネタリーベー
スは政府への貸出である国債と、銀行への貸出を合計した金額に近い。通貨発行とは Money out of Someone’s Debt (誰
かが債務を負わなければ発行できない。)、中央銀行が通貨という債務を負う対価として、政府や銀行への貸出である国
債や銀行貸出を資産として持つのである。
①ストック表
(末残、億円)
08/6 月
7月
8月
9月
660,642
670,431
668,675
655,639
-14,468
-109,081
-123,832
-29,708
216,300
296,130
314,216
271014
862,474
857,480
859,059
896,945
金銭の信託
13,399
13,235
13,027
12,916
政府預金
-22,645
-31,425
-34,481
-25,914
預金保険機構貸付金等
1,202
1,202
1,203
1,203
55,415
48,246
48,778
47,610
909,845
888,738
887,586
932,760
国
債
国債その他
貸
出
その他(CP 買現先・手形
売出含む)
マネタリーベース
図 28 日 本 銀 行 HP 資 料 加 工
その内訳は上記のとおりである。国 債+貸出がマネタリーベースの本質ではないか。日銀所有の国債は政府へ
の貸出だから、政府への貸出と民間への貸出がマネタリーベースの本質ではないか。それであれば、マネーサプ
ライが貸出であるマネタリーベースの何倍であるかという、信用 乗数に関連する問題も整理 しやすいと思 う。
pg. 27
3-3 日本経済の循環図 モデルの概要
中央銀行セクター
中央銀行の役割をマネーの流れからより具体的にシュミレーションできるようにしたものが下記の図である。長方形はストッ
クを表し、雲付矢印はフローを示す。青線の→は、線を結びつけたもの同士で、何らかの方程式の関係があることを示す。
図 29 日 本 経 済 の 循 環
その関係を予めモデルに設定する。下図で中央銀行の貸付を考えるならば、その金額、貸付時期、貸付期間を設定する。
それによってシュミレーションすると、日本経済の循環に関わりあうすべての個所で同時にシュミレーションが行われ、スト
ックやフローの図上に青線の曲線が表現される。必要な項目を選んでグラフ表示を大きく、テーブルを示してシュミレーシ
ョン数値を確認することも自在。あらかじめ統計を入力しておけば、異なる統計項目をひとつのグラフに表示できる。
pg. 28
商業銀行セクター
図 30 日 本 経 済 の 循 環
預金準備率の変更、時期の変更、銀行保有国債を買いオペすることでの日銀準備預金の動き、それに伴う金庫室現金
の動きなどを自在にシュミレーションできる。
政府セクター
同モデルは、国債発行時期と国債発行残高の増加、国債などの政府消費の時期を設定して、政府の現金の動き、政府
の負債の動き、株式の動きをシュミレーションする。
pg. 29
図 31
非金融パブリックセクター(生産セクターと消費者セクター)
特に金本位制の下での金保有量の変化に伴う、民間負債の変化、現金預金比率の変更に伴う民間保有国債の変化、非
金融セクターにおけるカレンシーの動きなどをシュミレーションできる。
図 32
pg. 30
3-4 中央銀行がマネーサプライを増大させる 3 つの方法
金本位制の下では、貨幣はどのように供給されるか、コンピューターによってシュミレーションすることによって、そのメカニ
ズムを示したい。通貨制度の基本は金本位制にある。世界中に広がり始めた BIS 規制が事実上、銀行自己資本本位制を
意味すること、それは金本位制と同様、貸出規制であることから、金本位制のメカニズムを研究する要請が強まっている。
しかしそれ以外に、ローン(貸出)によってどのような信用が創造されるのか、中央銀行がローンを増やせばどのようにマネ
ーサプライが増え、ローンを減らせばどのようにマネーサプライが増えるかを山口薫教授作成の Money(Loan)モデルを活
用して示す。さらに毎年政府は巨額の国債を発行しているが、国債発行がマネーサプライにどう影響を与えるのか、すな
わち景気にどう左右するのかを示したい。
政府が国債を発行することは景気回復にはつながらない。その国債を日銀が買いオペにより購入することによってはじめ
てマネーサプライが増えるという事実を示す。すなわち政府と日銀が相互に政策を擦り合わせることによってはじめて国債
発行は意味を持つのである。
さて、政府がマネーサプライを増大させる方法は下記の 3 つである。
① 民間保有の金を担保に、金証書という通貨を発行する方法 管理通貨制の現在は、中央銀行が借金をし、国債等を
担保にとることで、マネーを発行している。マネーを発行するためには、誰かが借金しなければならない。Money out
of Someone’s Debt である。
② 中央銀行が商業銀行に資金を貸し出すという日銀貸出による方法。貸し出された資金は商業銀行の日銀当座預金
に預金され、それを引き出すときに現金化される。中央銀行は、商業銀行所有の日銀当座預金に預金が蓄積しても
基本的に利息はつかないので、その預金を預金準備率に従い商業銀行が貸し出す。それがマネーサプライを増やし、
景気にプラスの影響を与えることを期待する。
③ 3 つ目は、国債や株式などを中央銀行である日銀が買い取り、マネーを発行する方法。ただし例えば国債を買い取る
かどうか、買い取るとして、発行された国債の何%を買い取るかは、中央銀行の胸先三寸である。この方法で中央銀行
日銀は市中にマネーを供給することができる。
民間金保有 100(通貨発行 100) のときのシュミレーション
中央銀行がマネーサプライを変動させる方法
増
加
① 日銀の商業銀行への貸出
② 買
減
少
① 日銀貸出の商業銀行からの引き上げ
② 売
金本位制において、民間金保有が 100 の時のマネーサプライと貨幣乗数、ハイパワードマネーの関係(通貨比率 20%、預
金準備率 10%を採用)
pg. 31
■民間保有金が 100 の場合をシュミレーションする。民間保有金としているのは、もともと通貨は銀行・金地金商が民間
図 33 SD モ デ ル
MONEY LOAN
よりシュミレーション
から金を預かって、通貨としての金証書を発行した歴史的由来を反映している。
■条件として、法定預金準備率を 10%、現金預金比率 0.2 とする。結果として信用乗数は 4 になる。現 金 預 金 比 率 は、
預 金 が現 金 として引 き 出 された場 合 に、銀 行 に歩 留 まる預 金 に対 して、現 金 の割 合 。現 金 預 金 比 率 =現
金 C/預 金 D
■左下の図で、民間保有金が 100 なので、中央銀行による貨幣発行残高は 100 である。マネタリーベースは 100 となる。
しかしマネーは商業銀行を経由して市中に流通するので、ハイパワードマネー(現金通貨と民間金融機関が保有する中
央銀行預け金の合計)がマネタリーベース(中央銀行貨幣残高)に追いつくには時間差がある。
クラウディングアウト(流動性の罠)を解明する
■信 用 乗 数 とは、1単 位 のハイパワード・マネーの供 給 によって何 倍 のマネー・サプライが供 給 されるかを示 し
た比 率 。民 間 部 門 の信 用 創 造 の基 礎 になるハイパワード・マネーをH、民 間 部 門 の信 用 創 造 の結 果 としての
pg. 32
マネーサプライ残 高 をM、銀 行 の法 定 準 備 預 金 をR、民 間 非 銀 行 部 門 の流 通 現 金 をC、M=C+D、H=C
+Rであるから、信 用 乗 数 M/Hは(C+D)/(C+R)と表 される。
マネーサプライ
2,000
Dollar
1,500
5
1,000
5
500
6
5
0
0
マネーサプライ
マネーサプライ
マネーサプライ
マネーサプライ
マネーサプライ
マネーサプライ
:
:
:
:
:
:
2
1
2
4
3
1
2
4
3
5
4
6
3
2
6
2
8
3
4
2
5
3
2
4
5
4
3
2
5
4
6
1
1
6
4
3
6
1
1
10
12
14
Time (Year)
16
6
18
20
6
1
1
22
24
民間保有金100
1
1
1
1
1
1
民間保有金200
2
2
2
2
2
2
2
民間保有金200+日銀貸出100
3
3
3
3
3
3
民間保有金200+国債発行100
4
4
4
4
4
民間保有金200+国債発行100(買いオペ)5
5
5
5
5
民間保有金200-日銀貸出100
6
6
6
6
6
図 34 MONEY LOAN シ ュ ミ レ ー シ ョ ン
また、信 用 乗 数 は何 単 位 のマネーサプライを創 出 するかという貨 幣 乗 数 に一 致 する。(金 融 関 連 の用 語 集 )
ここでは民 間 保 有 金 を 100 としているので、民 間 保 有 金 が通 貨 比 率 に応 じて流 通 現 金 C と預 金 D となり、信
用 乗 数 4 を掛 けて、マネーサプライは 400 に収 束 する。=4= (0.2+1)/(0.2+0.1)
日 銀 貸 出 および国 債 発 行 ・買 いオペ時 のマネーサプライの動 き <<クラウディングアウト>>
上 の図 はマネーサプライの動 きを示 している。保 有 金 が 100、信 用 乗 数 (貨 幣 乗 数 )4 のとき、マネーサプライは
400(グラフ 1)に収 束 するが、保 有 金 が 200 となると 800(グラフ 2)に収 束 する。グラフ 3 は保 有 金 200(現 在 、
管 理 通 貨 制 度 となっているので、マネタリーベース 200 と読 み替 える) の時 に、11 期 目 で日 銀 貸 出 を 100 行
った時 の図 である。マネタリーベースは 200 に 100 を加 えて 300 となるので、信 用 乗 数 4 により、マネーサプラ
イは 1200 に収 束 していく。日 銀 貸 出 は商 業 銀 行 を通 じて、仮 の預 金 準 備 率 10%のもとで、市 中 にマネーを通
貨 、預 金 の形 で供 給 していくのである。
それに対 し、グラフ 4 は、民 間 金 保 有 200 にプラスして、国 債 発 行 を 4 期 目 に 100 行 った時 のグラフである。
グラフ 2 との対 比 でのマネーサプライの数 値 に注 目 していただきたい。グラフ 2 とグラフ 4 は重 なっている。本 来 、
銀 行 貸 出 ならば(200+100)×信 用 乗 数 4=1200 に集 積 すべきところ、24 期 目 で下 表 のように 798 に留 まってい
る。
ここで意 味 するところの国 債 発 行 財 政 刺 激 策 は、日 本 経 済 のマネーサプライに変 化 をもたらさないが、一 時
的 にはさらにマネー供 給 の低 下 を招 くことを示 す。但 し、実 際 の経 済 では、このモデルどおりに動 くとは限 らな
い。日 本 では財 政 法 第 5 条 により国 債 の日 銀 直 接 引 受 が禁 止 されている。国 債 を発 行 するということは、民 間
pg. 33
の購 買 力 を同 額 だけ吸 収 することを意 味 する。もしその購 買 力 がすぐに民 間 消 費 や投 資 に充 てられるべきも
のであれば、その実 現 に時 間 の要 する政 府 需 要 ・公 的 需 要 に振 り向 けられることは、短 期 的 にマネーサプライ
の減 少 要 因 となるであろう。それは図 2 のグラフ 4 で 4 期 から 11 期 での、マネーサプライの減 少 に表 わされて
いる。
次 にグラフ 5 を見 よう。200 のマネタリーベースに対 して 100 の国 債 発 行 をするが、国 債 が市 中 の銀 行 で購 入
された後 、中 央 銀 行 によって 100%買 いオペレーションで日 銀 に購 入 されている。これは財 政 法 第 5 条 で禁 止
されている日 銀 直 接 引 き受 けと同 じ意 味 を持 つ。商 業 銀 行 を経 由 することで、財 政 法 をクリアしていることとな
る。
なぜ、銀 行 経 由 の日 銀 貸 出 と同 じ意 味 を国 債 の日 銀 引 き受 け(買 いオペ、実 際 は銀 行 経 由 )が持 つのか。そ
れは、国 債 の日 銀 引 き受 けということが、政 府 債 務 の日 銀 引 き受 け、言 い換 えれば、政 府 への日 銀 の融 資 と
同 じ意 味 を持 つからである。発 行 された国 債 の多 くを日 銀 が最 終 的 に引 き受 けるならば、国 債 発 行 は日 銀 か
ら政 府 への融 資 となるし、日 銀 が引 き受 けない部 分 は、購 入 先 が商 業 銀 行 であれば、商 業 銀 行 の政 府 ・地 方
政 府 等 への貸 出 と同 じ意 味 を持 つことになる。個 人 の国 債 購 入 は非 常 に少 ないのが実 際 である。
さらにグラフ 6 を見 よう。200 のマネタリーベースに対 して日 銀 貸 出 で 10 期 目 に 100 の回 収 (貸 し剥 がし)をした
時 を示 す。マネーサプライは徐 々に逓 減 して、マネーサプライは 400 に近 づく。
図 35 マネーサプライの動き
条件 1
預金・現金比率 20%、預金準備率 10%の場合
条件 2
条件 3
条件 4
金保有 200+
金保有 200+
日銀貸出 100
国債発行 100
金保有 100
(金を担保に通
金保有 200
貨発行)
条件 5
条件 6
金保有 200+
金保有 200 ▲ 日
国債発行 買
銀貸出 100 (貸し
いオペ 100%
剥がし)
3
168
336
336
336
336
336
5
262
523
523
448
448
523
10
362
724
724
713
954
724
15
389
779
1036
779
1131
522
20
397
794
1155
795
1181
434
24
399
798
1184
798
1193
412
pg. 34
預 金 と貸 出 のシュミレーション 両 者 は同 時 に生 成 する!
P33 のそれぞれ 5 つのケースで預 金 と貸 付 、ハイパワードマネーの動 きを見 る。さきほどのマネーサプライは便
宜 上 右 下 にしている。ハイパワードマネーの規 模 はマネーサプライのほぼ 4 分 の 1 となっていることが観 察 され
る。これは、預 金 準 備 率 10% 現金預金比率 20%から求める。マネーサプライは、現金通貨+預金通貨だからマネーサ
プライと預金の差が現金(民間保有金を担保にした兌換紙幣)と考えられる。上記表の観察の中で、印象に残るのは、預金
と貸出の形、規模の一致である。通常、ハイパワードマネーと預金、マネーサプライが類似の形状を取ることは理解できる。
図 36 5 つ の シ ュ ミ レ ー シ ョ ン 1
それぞれ包括関係などにあることが理由である。一見貸出と預金は相関関係が薄いように見える。預金準備率 10%という
実際より高い準備率をも想定しながら、規模も 5 つのケースの波型もほぼ一致するのである。
pg. 35
3-5
シュミレーションからの学び
1. 中央銀行がマネーサプライを増やすには下記の 3 つの方法があった。
① 金本位制のもとでの貨幣発行、民間保有金を担保に金証書 通貨を発行する方法
②
中央銀行が商業銀行に資金を貸し出すという日銀貸出による方法。
③ 国債や株式などを中央銀行である日銀が買い取り、マネーを発行する方法。
2.
貸出と預金、マネーサプライの関係
中央銀行が貸出(ローン)を増やせば、貸出が増える。貸出を減らせば、マネーサプライが減少する。貸出と預金は近
接的な関係にあり、同時に同額本質的には生成する。中央銀行が民間銀行に貸出をすれば、マネーサプライが増
える。これは経済にマネーを供給するので、景気回復に貢献する。
②
国債発行は短期的に景気を悪化させ、長期的には景気に影響を与えない。国債発行は市場から資金を吸収し、使
用まで時間の経過が必要なため、短期的には景気に悪影響を与える。国債発行だけでは、長期的には景気には中
立である。(しかし国債残高増大を考えれば、日本経済に深刻な打撃を与える。すべての景気対策による国債発行は、
不況の原因となり、その規模が大きいだけ傷は深い。)
③ 中央銀行が買いオペで市場にマネーを供給すれば、国債直接引き受けと同じ効果となり、市場にマネーが増える。
その場合、景気対策となる。
日銀の銀行への貸出は、マネーサプライを増やす。もし貸出 預金 GDP の相関関係が非常に高いならば、中央銀行貸
出・民間銀行貸出により、預金および GDP は増えるのではないか。また正しく増やすための条件は何か。本当に現実に
貸出を増やせるのかを考える。
pg. 36
第 4 章
1990 年代日本経済不況の謎
日本経済不況の謎を、システムダイナミクスの因果ループの流れから解き明かす。不況克服の 3 つの正のフィード
バックと、ひとつの正のフィードバックがある。「流動性の罠」の謎を示すことにより、景気対策のための国債発行は民
需を奪い、不況を深くすることを示す。経済が求めていたものは、金利の水準ではなく、貸出量なのである。
4-1
なぜ、日本経済は景気対策を 10 回行っても回復しなかったのか
1990 年代の日本の不況は謎に包まれていた。図 37 で見られるように日本政府は主に 3 つの政策で不況からの脱出を試
みた。経済学上の景気回復策の第 1 は、財政支出である。景気対策は 10 回行い、その時の財政支出は 146 兆円であっ
た。その結果景気は回復しなかった。第 2 番目は金利の引き下げである。金利はゼロ金利まで引き下げたが景気は回復
しなかった。3 番目は構造改革である。行政改革、金融ビッグバン、通信自由化などを行っても景気は回復しなかった。そ
れはなぜか。図 37 は SD system dynamics での不
況克服のための因果ループ図を示している。ただ
し、このループは既存の考えに基づく因果ループ
である。青の→は正の因果関係、赤の→は負の因
果関係である。正の因果関係とは、一方が増えると
他方も増える、一方が上がると他方も上がるという
関係であり、負の因果関係とは、その逆で、一方が
増える(上がる)と他方は減る(下がる)という関係であ
る。財政支出による国債発行が、合理的な消費者
の将来の増税不安に結び付き(正の因果関係)消
費者は貯蓄を行う(正の因果関係)。貯蓄の増加は
同時に消費の減退となる(負の因果関係) 。それ
は景気にマイナスに働き(正の因果関係)、景気が
図 37 リ チ ャ ー ド ヴ ェ ル ナ ー 「 平 成 大 不 況 」 か ら 引 用
下がるとますます財政支出が増える関係となる (負
の因果関係)。
pg. 37
国債発行によるクラウディグアウトは、民需を奪い、短期的にも長期的にも、買いオペがないならば景気に悪影響を与える。
(3-4 中央銀行がマネーサプライを増大させる 3 つ方法 でシュミレーションを実施)
ここまでで負の因果関係(マイナス)が 2 つ、偶数なので、「将来不安と貯蓄、国債発行」のループは「正のフィードバック」と
なる。次に財政支出増はさらに公債残高を増やす。(正の因果関係)。しかし消費者が将来の増税不安のため貯蓄をする
ということは信じがたいし、合理的な消費者がそれほどいるとは考えられない。因果ループは図 37 に示す。さらに財政支
出・国債発行をすることにより、国債価格が下がる (負の因果関係)。国債価格が下がると金利が上がる (負の因果関係)。
金利が上がると設備投資が減る (負の因果関係)。設備投資が減ると景気が悪化する(正の因果関係)。景気が悪化すると
国債を増発する(負の因果関係)という正のフィードバックを描く。負の因果関係が偶数の 4 つで、「正のフィードバック」を
なす。正のフィードバックは収束するのではなく、際限なく増幅していくことを示す。
しかし 1990 年代を通してずっと公定歩合、短期プライム、長期プライムとも低下したので、この推論は成立しない。公定歩
合と長期プライム、短期プライムの推移を下に示す。本ループは「将来不安と貯蓄、国債増発のループ」である。実際には
この通り世の中は動かなかった。なぜ金利低下が続きながら景気は回復しなかったのだろうか。私の考えでは金利は国債
利息増を避けるためと国際協調政策により低く保たれた。そして「景気対策による国債増発が民需を奪ったからこそ景気
は回復しなかった」というものである。
図 38 二 つ の 正 の フ ィ ー ド バ ッ ク
pg. 38
図 39
日 銀 HP デ ー タ か ら
4-2 不況克服のループ 3 つの負のフィードバック
政府支出不況克服の負のフィードバック
不況の定義として、需要・実際の生産高が潜在生産力を大きく下回っている状態とする。不況が進むと雇用が減る。(負の
因果関係)ループには入らない。図 40 の上部から、不況が進むと、政府は不況対策のために政府支出を増加させ(正の
因果関係)、国債を発行する。その結果、公債残高が増加する(正の因果関係)。国債を増加すると、それは需要を増加さ
せる(正の因果関係)ので、潜在生産力に対する実際の生産が増加し(正の因果関係)、両者のギャップは縮小(負の因果
関係)して、不況が小さくなる。(正の因果関係)。これは政府支出で不況を克服する「政府支出 不況克服」の「負のフィー
ドバック」である。負のフィードバックは収束するので、不況も収束していく。
これは政府支出による不況克服策。しかし回数にして 10 回、日本政府は 146 兆円を支出したが、結局景気は良くならな
かった。「よほど日本の構造が良くなかったので、景気は回復しなかった。しかし 146 兆円の国債発行を中核とする景気対
策は、景気の極度の悪化を抑えることができた」とする見方がある。実際には国債発行が民需を奪うというクラウディングア
ウトが起こっていた。
金利引下げ 設備投資拡大/個人消費拡大の負のフィードバック
不況が深まると政府が景気を回復させるため金利を引き下げる(負の因果関係)。金利を引き下げると個人消費・設備投資
が増加する(負の因果関係)。個人消費・設備投資が増加すると不況が減る(負の因果関係)。これは「金利引き下げ、設備
投資拡大」の「負のフィードバック」である。しかし金利をゼロ金利にまで下げて構造改革を進めても、不況は回復しなかっ
た。不況は深まるばかりだった。
構造改革・資本市場拡充による不況克服の負のフィードバック
pg. 39
不況が進むと国策などにより効率化を求め構造改革が進められる(正の因果関係)。構造改革が進むと自由化、民営化、
規制緩和が進む(正の因果関係)。金融自由化から資本市場拡充が進むと直接金融の間接金融優位が進む(正の因果関
係)。
直接金融優位が進むと銀行への依存が減るので、銀行不良債権は減少する(負の因果関係)。銀行不良債権が減少する
と、銀行貸出は増加する(負の因果関係)、銀行貸出が増加すると不況が減る(負の因果関係)。これは構造改革・資本市
場場拡充による不況克服の負のフィードバックである。しかし構造改革を進めても不況は回復せず、深まるばかりだった。
上記のように為政者は考えて設計し、上記 3 つの施策を決めた。しかし 146 兆円の国債を発行しても、金利をゼロ金利に
まで下げても、構造改革を進めても、不況は回復しなかった。不況は深まるばかりだった。
逆は考えられないだろうか。①国債を発行したから不況は深まった、②金利をゼロにしたから不況は深まった。③構造改
革を進めたから不況は深まった!
期待された不況克服 3つのフィードバックループ
雇用
公債残高
青線+は正、赤線-は負
の因果関係を表す
+
国債発行
-
+
+ 政府支出
需要
+
不況(潜在生産力>需 要・実際の生産高 )
金利引下げ 設備投資 /個人消費拡大の負のフィードバック
+
-
政府支出不況克服の負のフィードバック
- 設備投資・個人消費拡大
金利
生産
潜在生産力
と実際の生
産高(需要)
のギャップ
+
構造改革 (効率化)
直接金融 >
+ 間接金融
+
民営化・規制緩和
構造改革・資本市場拡充による不況克服 負のフィードバック
+
資本市場拡充
+ 金融自由化
銀行不良債権 -
銀行貸出 -
図 40 期 待 さ れ た 不 況 克 服 3 つ の 負 の フ ィ ー ド バ ッ ク ル ー プ
①については、国債を発行したから、効率的であるべき民間に回る資金が非効率な国の資金需要に食われ、不況を深め
た。まして国の景気対策が実施され、それが GDP に結びつくには民間資金よりも時間を要する。
②については、金利をゼロにするという形でマネーの価格は下げた。経済が求めたのは、信用の価格の引き下げ(金利引
下げ)ではなく、信用割当の量であった。それを増やすにも BIS 規制の壁に阻まれてできなかった。
pg. 40
③ について。不況の原因は需要不足(マネー不足)にあった。需要側にあるのに、需要の原泉である雇用を切り捨てるこ
とによって需要を減らした。効率化を進め供給を増やす構造改革が GDP ギャップを大きくした。その結果、日本の不
況を救いのないものにした。さらに不良債権処理を銀行の剰余金で主に行ったことが、銀行の自己資本を減らし銀行
貸出を減らした。それは GDP への低下圧力となった。BIS 規制がなければ緩やかな貸出増加で資産価格を上げ、そ
れによって銀行の不良債権をある程度処理することが可能であった。不良債権問題は資産価格の急激な低下がもた
らした側面が強い。
雇用
公債残高
+
不況克服のループはクレジットクランチ
の正のフィードバックループに
国債発行は民需を
奪い、短期的に景気
を悪化させる
3つ
青線+は正の因果関係、赤線-は
負の因果関係を表す
国債発行
-
+
-短期需要
+ 政府支出
不況(潜在生産力>需
要・実際の生産高 )
+
-
+
-
信用割当縮小・個人消費減少負のフィードバック
個人消費・
設備投資
生産
潜在生産力
と実際の生
産高(需要)
のギャップ
国債増発 GDPギャップ拡大
- 信用割当量
・金利<
<
+
構造改革 (効率化)
+ 民営化・規制緩和
直接金融 >
+ 間接金融
+金融自由化
+
資本市場拡充
構造改革と不良債権処理
銀行自己資本 +
剰余金を利用した銀 +
行不良債権処理
銀行貸出
デフレ下の不良債権
処理は銀行の自己
資本でなされた !
図 41
不況克服の 3 つのループは、不況増幅拡大の正のフィードバックループに
国債増発 GDP ギャップ拡大、正のフィードバックループ
不況が拡大すると政府支出が増加する。それは国債発行を増やし公債残高を増やすが、短期需要を減少させる。(負の
因果関係)。短期需要の減少は生産を減らし、GDP ギャップを拡大させる。拡大した GDP ギャップは不況を増幅する。
信用割当縮小・個人消費減少 正のフィードバックループ
不況が拡大すると金利が低下する。しかし実際には BIS 規制が貸出を規制したため、金利が低下しても信用割当はむし
ろ減少した。信用割当量の減少は個人消費・設備投資を縮小させ、不況を拡大させた。
構造改革と不良債権処理 正のフィードバックループ
pg. 41
構造改革は民営化、規制緩和に結びつき、金融自由化に行きつく。それは資本市場拡充を通して直接金融の間接金融
優位を導く。実際には銀行剰余金などを利用した不良債権処理策が取られ、銀行自己資本は減少した。銀行自己資本
の低下は BIS 規制から銀行貸出の低下に結びつき、不況を増大させた。
pg. 42
第5章
銀行貸出と 3 つの正のフィードバック
本章では新マクロ経済のループを示す。「金融バブルの発生と拡大」の正のフィードバック、「不動産バブルの発
生と拡大」の正のフィードバック、「設備投資と需要拡大」の正のフィードバック、3 つのバブルの時代の正のフィー
ドバックを示し BIS 規制が制定されてからは、クレジットクランチの負のフィードバックが 3 つの正のフィードバックを
逆回転させ、成長の限界を生んだことを示す。そして私たちはその呪縛から今も逃れられないとこを示す。
そして理論上、その枠組みから逃れるためには、銀行純資産の増強しかないことを示す。
5-1 金融商品への貸出
銀行貸出は GDP 成長の決定要因か。それは YES であった。1980 年代から始まるバブルの発生と崩壊、BIS 規制を因果
ループ図で示す。
1980 年代、大きく 3 つの正のフィードバックが日本経済を牽引していた。1990 年まで、日銀の窓口規制による貸出割当に
より、銀行貸出は主に 3 つの分野でなされた。それは金融商品取引への貸出、不動産取引への貸出(これは建設を通じ
た土地などへの迂回融資を含む)、設備投資への貸出である。それぞれのループを①金融バブルの発生と拡大の正のフ
ィードバック、②不動産バブル発生と拡大の正のフィードバック、③設備投資と投資需要拡大の正のフィードバックとする。
pg. 43
図 42
pg. 44
5.2 金融・不動産バブルの発生と拡大、正のフィードバック
図 43
左下の銀行貸出から追ってみよう。1985 年以降のバブルの発生により、金融商品取引への貸出が増えた。それは国債や
株など金融資産の価格を上昇させ(正の因果関係)、金融資産の価格上昇は、資産価値、担保価値の上昇とつながり、さ
らなる銀行貸出の拡大を可能にした。(正のフィードバック)まだ BIS 規制なき時代である。
また、同様に不動産取引への貸出が土地価格を上昇させた結果、やはり資産価値、担保価値があがり、投資を増
加させ、それが総需要を増加させ銀行貸出を増加させた。(正のフィードバック)。金融資産や不動産の資産価値・
担保価値上昇が貨幣需要量を増加させ、利子率を上昇させれば赤線の「負の因果関係」で示したように銀行貸出
は減少するはずであった。しかし日銀は、プラザ合意に伴う景気後退懸念を内需拡大で補おうとしたためむしろ公定
歩合は下げられ、貸出は増加するばかりであった。
完全に時価会計ならば、資産価格の上昇は帳簿価格に反映されて、やがて時価に対する利回りは低減するはずである
が、まだ時価会計は導入されていないこともありバブルはどんどん形成されていった。不動産価格の値上がりによる担保
価値の上昇がさらなる借入余力を加えた。そして不動産価格が上がってもそれほどには GDP に影響が少なく、株価が上
がっても同様であった。また製造業の設備投資のように大きく雇用をふやすこともない。リチャード・ヴェルナー氏は、この
ような不動産・金融取引を「非 GDP 取引」とした。
pg. 45
5-3 設備投資と設備需要の拡大、正のフィードバック
一方、設備投資への貸出拡大は投資の拡大から総需要の拡大を生み、それは貨幣需要量に反映されて利子率を上げ、
銀行貸出を減らすはずであった(負のフィードバック)。しかし内需拡大策により利子率が政策的に下げられた結果、それら
のフィードバックは現れなかった。設備投資への貸出は、投資を拡大し総需要を増加させ、貸出を増加させた。(正のフィ
ードバック)、また総需要の増加が在庫を増やし国内総生産を拡大し、価格を上げ総需要を増やし、銀行貸出
を増やした。(正のフィードバック)。
図 44
設備投資の増加は GDP に結実したが、実際の統計では不動産や金融、いわば非 GDP 取引向け貸出ほどその残高は伸
びなかった。それは貸出が、設備等でなく不動産や金融、建設に重点的に割り当てられたからだった。
これらのフィードバックは、総需要を増大させ、在庫を増やした。総需要が高まると GDP はさらに増える。これは貸出が
GDP に結び付く道筋を示したものである。これらは GDP 結実のためのループであった。
pg. 46
図 42
6
5-4 GDP 取引への貸出と非 GDP 取引への貸出
次に総貸出の業種別内訳グラフを見よう。
不動産、建設、金融バブル
80,000 10億円
60,000
40,000 10億円
30,000
3
1
31
0 10億円
0
1980
21
3
31
2
321
1
32
31
2
1982
2
2
3
1
3
1
3
1
2
1986
1988
31
31
1
3
2
2
2
2
2
1
1
3
1992
Time (Year)
1994
1996
2
1998
1
3
1
3
2
2
2
1990
3
1
31
2
2
2
1984
3
1
3
1
3
1
3業種向け貸出
3
2
2000
2
1
1
3
3
2
2
2002
2004
不動産業向け貸出
(国内銀行+信用金庫)(年末)"
: 1G:\日本経済の
10億円
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1 循環
1
1
1
1
1
1
1
建設業向け貸出
10億円
2
2
2 (国内銀行+信用金庫)(年末)"
2
2
2
2
2
2 : G:\
2 日本経済の
2
2 循環
2
2
2
2
2
2
2
2
金融・保険業向け貸出 国内銀行・信用金庫
(年末)"
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3 : G:\
3 日本経済の
3
3 循環
3
3
3
3
3
3
3
"
"
"
図 45 日 銀 HP デ ー タ よ り
と 設備資金、製造業とバブル3業種向け貸出の推移
GDP
520,000
4
10億 円
4
4
1
5
5
5
3
3
2
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
130,000
0
1980
4
4
4
390,000
260,000
4
4
13
5
2
"
"
"
"
"
図 46 日 銀 HP
13
2
1982
13
5
2
1
5
2
1984
1
53
53
1
3
1
5
3
2
2
2
1986
1988
1
5
2
1
1
1
5
5
5
3
3
3
2
2
1990
1992
Time (Year)
1
5
3
3
2
2
1994
1
1
2
1996
1
1
1
1
5
5
5
5
5
3
3
3
3
3
2
2
2
1998
2000
2
1
2
2002
3
2
2004
設備資金 国内銀行・信用金庫総貸出
循環1
1
1
1
1 (年末)"
1 : G:\日本経済の
1
1
1
1
1
1
1
1
1
製造業設備資金貸出
:2G:\日本経済の
2
2(国内銀行+信託銀行)(年末)"
2
2
2 循環 2
2
2
2
2
2
2
2
製造業向貸出 国内銀行+信用金庫 3
3
3
3(年末)" : G:\日本経済の
3
3 循環 3
3
3
3
3
3
3
3
3
国内総生産(
GDP)"
:
G:\日本経済の
循環
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
金融・建設・不動産バ
ブル
3業種向け貸出(国内銀行・信用金庫)(年末)"
:
G:\日本経済の
循環
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
内閣府データより
図 46 で製造業への貸出(緑線)は、1980 年代に一定していて、BIS 規制本格実施の 1993 年を境に落ち込んである。1993
年の落差は貸出に当座貸し越しを加えたためと思われる。図 45 の不動産業への貸出は、バブル発生とともに 10 倍を超
える規模になった。金融保険業の増加も著しい。ただしバブル崩壊後は減少している。建設業もバブル発生とともに規模
が膨らんだ。しかしバブル崩壊に合わせて急速に落ち込んだ。
さらに GDP と GDP 取引である設備資金総貸出は非常に安定しこの 10 年間、変化がない。ここでわかることは、バブル発
生と崩壊は、多く不動産、建設、金融 3 業種の非 GDP 取引に依拠しており、供給と需要を同時につくる製造業向け設備
投資貸出はほとんど変化がなかったことがわかる。そして設備投資の流通速度は安定していた。
pg. 47
図 47 日 銀
HP デ ー タ よ り
図 47 では設備資金向け貸出の流通速度、3 業種除く貸出の流通速度が 1980 年以降は安定していたことを
示す。
窓口規制は、不動産取引に関しては、1980 年以降は貸出抑制ではなく貸出促進の役目を果たした。これらの貸出はいっ
たん GDP 成長に結び付くものの、長期的にはバブルの崩壊を経て、不良債権・債権償却という形で負の貸出となり、GDP
低迷の原因のひとつとなる。金融商品取引や不動産取引への貸出は、実物経済への貸出とは言い切れない面が強か
った。モノ製造への投資は少なかったため資産インフレを引き起こしたが、モノのインフレに結び付かなかった。青線の
バブル 3 業種貸出残高のピークからの落ち込み幅が不良債権となり不良債権損失の対象になったと考える。これ
が GDP の低迷に大きく影響しているが、落ち込みの主因は BIS による貸出規制と考える。
GDP 取引といわれる設備投資への貸出はバブル期に GDP 拡大に結び付いたが、製造業への設備投資は安定して増大
しなかった。銀行貸出が非 GDP 取引としての不動産や建設、金融に大きく信用割り当てされることなく、真に必要な、雇
用の拡大にも結び付く設備投資に結び付いたならば、日本経済は安定的でインフレなき成長を続けることができたと考え
る。しかし 1993 年に日本で BIS 規制が本格適用された。この BIS 規制そのものが貸出の抑制を通じて日本経済に GDP
の成長の制約を課し、正のフィードバックの逆転を引き起こすことになった。
pg. 48
第6章
正のフィードバックループの逆転: BIS 規制
本章では、第 5 章で見た正のフィードバックループの逆転と BIS 規制の関係、および BIS 規制
の SD モデル「成長の限界」と「共有地の悲劇」を示す。日本の GDP 成長において、BIS 規制
により国内銀行純資産から 500 兆円の GDP の制約が設けられた。それを突破しようと努力すれ
ばするほど、成果の生成に対して消滅が大きくなり、資源が浪費されて、国債残高が積みあがる
という構図がある。既存のモデルが BIS 規制に当てはまるのでそれを活用する。
6-1 3 つの因果ループと BIS 規制
3 つの因果ループへの BIS 規制の影響を見てみよう。さきほどの 3 つの正のフィードバックを得たのち、1993 年にさらに銀
行貸出を行うとする。1993 年は BIS 規制の本格的適用の年にあたる。銀行貸出
の増加が銀行の自己資本比率を低下させる(負の因果関係)。それは国際業務を
展開する日本の銀行に課せられた BIS 規制 8%、国内銀行 4%という規制と、実際
の銀行の低い自己資本比率との乖離を増加させる(負の因果関係)ので、銀行の
貸し渋り・貸しはがしを導く。それは当然、銀行貸出の減少に向かう。BIS 規制の
上限まで貸し込んだ銀行は、新規貸出を行おうとすると、どこからか貸付金を貸し
剥がしてこなければならない。銀行の生命線は貸付で利潤を得ることなので、業
績が安定せず資金繰りに不安のある企業など、雨の日の「傘」が必要な企業から
貸しはがして、直接金融から資金を調達できるような上場優良企業、高い金利で
貸せる企業(たとえば優良消費者金融など)へ資金を向かわせることになる。一番
有力だったのは、今はサブプライム問題で見る影もない、ファンドであったろう。
BIS ギャップが増えると貸し渋りが拡大する(正の因果関係)
図 48 BIS 規 制 クレジットクランチ図
pg. 49
図 49
さて、BIS のクレジットクランチのループにより、銀行が貸出を減少させる。
銀行貸出の増加 → 銀行自己資本比率の減少(負の因果関係) →BIS ギャップの拡大(負の因果関係)→
貸渋りの拡大(正の因果関係) → 銀行貸出の減少(負の因果関係) → 消費の減少(正の因果関係)
→総需要の減
少 →国内総生産の減少 (正の因果関係) →総需要の減少 →貨幣需要量の減少→利子率の低下
→ 金融資産
の減少 →担保価値下落 →銀行貸出の減少というように正のフィードバックを描く。
銀行の資本増強しかない
日銀の窓口規制で、日銀から各産業への信用割当が戦後から 1990 年頃まで続いた。貸出割当は、傾斜配分方式により
日本の鉄鋼、自動車、電機産業などを発展させたが、1985 年のプラザ合意を機に、不動産・建設・金融への貸出が超過
的に割り当てられた。それはバブル発生・拡大を引き起こした。1990 年 3 月の不動産総量規制、1993 年の BIS 規制本格
実施に伴い、銀行貸出には銀行自己資本から上限が設けられることになった。それはクレジットクランチを生む。返済を超
える新規貸出を行うためには、他社への貸し渋り、貸しはがしを行う必要がある。
pg. 50
日本という閉じた空間に日銀を中心にした銀行、政府、生産者、消費者というの 4 つの経済主体があるとする。マネーがあ
っても、取引がなされても、貸出がなかったらマネーは増えず、したがって名目 GDP は増えない。生産増強は限られたマ
ネーに対して供給が増えるので、一個当たりの価格が低下しデフレを招くだけ!!
信用創造(銀行貸出)と預金生成を通して、GDP 成長はなされる。政府はすでに 900 兆近い公債残高を抱える。経済成長
がないと、借入金の金利は支払えない。金利が払えないと政府は破たんし、同じく借入の多い国民の財産は没収され
る・・・ 過去にはこの場合、他村、他国への植民地獲得戦争、貿易、市場獲得競争に進んだ・・・ 国民間では、富の争奪
が起こった。
BIS 規制で信用創造は縮小し GDP 成長は厳しく制約された。BIS 規制以前はバブルが生成し、導入後は、バブルが破た
んして経済はデフレへ逆回転を遂げつつある。デフルになると物価は下がる。時価会計を採用していると、負のスパイラ
ルが避けられない。かくして信用創造は貸出規制である BIS 規制により死につつある。現体制で貸出を増やし、GDP 成長
を遂げるには、銀行の自己資本増強しかない!
サブプライムであえぐ米国はこの政策を採っている。
BIS 規制での国際銀行の自己資本比率は 8%、国内銀行は 4%である。BIS 規制前の邦銀の自己資本比率は非常に少なく、
BIS 規制を達成できる見込みは少なかった。どの銀行も BIS 比率を達成できたのは、有価証券含み益の 45%を参入可能に
する日本だけの措置も含め、相当な貸し渋り、貸し剥がしが行われたからである。2007 年と 1993 年の銀行の貸出残高は
577 兆円から 474 兆円にまで減少しているので、純額で 103 兆円、当然新規融資もしていることを考えると、100 兆円をは
るかに超える額が貸し剥がしにあったものと考える。
このように、日本では信用創造はほとんど行われたと思えない。103 兆円の貸出が減少したということは、強力な逆信用創
造が起こったと考えるべきで、およそ 103 兆円の 3 分の 2 近くは不良債権として貸出償却の対象となったと考える。今後と
もデフレや株の下落とともに進行すると予想される。
単純モデルでの計算
単純モデルで計算すると、資産(実際にはリスク資産だが)の 8%が自己資本でなければならない。1 億円というリスク資産を
貸し出すと、800 万円、自己資本にしなければ数字が合わない。これは 100 億円貸出したら、貸出後 0.05%の 500 万円だ
けを翌月の 15 日まで入金したらよいという、そして預金期間が 5 日だったら 1 月 20 営業日として 125 万円だけ自行の日
銀当座預金に入れたらよいという準備預金の規制と比較して、あまりにも過大な負担である。
準備預金比率が 8%になるに等しい厳しい基準なのである。そして単純モデルでは、100 億円所有株式の価格が下がると、
その 8%の 8 億円、どこからか貸し剥がしてこなければならない厳しい基準である。
自己資本比率を満たさない銀行は、任意の企業にたとえ契約違反であれ返済を迫らなければならない。返済されないと
銀行は存立できない。自己資本比率が 8%の銀行は、返済を受ける範囲内でしか新規貸付はできない。もし国債がリスク
資産と定められたら、銀行の貸付金に代わる国債は銀行の自己資本比率規制をクリアするため売却せざるをえない。そ
pg. 51
れは国債価格の急落、金利の高騰につながり、政府の返済負担の増大、国債をその資産の中核とする中央銀行の財務
を直撃する。そして今国債はリスク資産である。
図 50 金 融 庁
青丸は国債財投年増加額である。
単位 10 億
1993
1994
1996
1998
2000
2002
2004
2005
2006
2007
名目 GDP
484234
490005
504262
504843
502990
491312
498328
501735
508925
515581
総貸出
577943
577338
583271
575748
543191
496136
461460
462104
470744
474524
総預金
418605
427283
444608
465023
475842
498124
514591
524249
526589
542508
739021
736296
753968
778647
759138
731754
740103
747994
749391
768602
円
銀行総資
産
図 51
上記表で、総貸出と総預金の差は、2007 年で 総預金 542508 – 総貸出 474524= 67984 (10 億円)
約 67 兆円である。
一方、不良債権の処分損は平成 13 年 3 月累計で 71 兆 8 千億円である。2000 年 12 月末の総預金残高、475 兆 8420
億円に、金融庁発表の不良債権処分損 71 兆 8 千億円を足すと 547 兆 6420 億円となる。その差僅か 4 兆 4 千 5 百万
円である。
6-2 なぜ、自己資本比率の圧縮が銀行業績の低下につながるか
自己資本比率 4%の銀行が自己資本比率 8%になるためには、リスク資産の圧縮をしなければならない。資産の主要部分
は貸出と有価証券と固定資産。
pg. 52
固定資産売却 → 不動産価格低下 → 有価証券を売却 → 株式市場下落
貸出ストックの減少 →名目 GDP の減少
低金利と金融不安の高まりによる流動性の確保の見地から不稼働資産の増加と貸出の減少が行われる。金融機
関は、資産である貸出の少なくとも 8%(国内銀行は 4%)に当たる資金を純資産として留保する必要がある。これは
貸出に上限を設けることになる。不稼働資産の増加だから、銀行業績の悪化に結びつく。
貸出 + 有価証券などリスク資産の総額は BIS 規制により上限がはめられている。銀行の戦略は、固定負債を
資本に一部カウントしたり、不良債権を償却したりしてリスク資産を BIS 規制上クリアするまで圧縮すること。
図 52 日 銀 HP 統 計 よ り デ ー タ 入 手
6-3 共有地の悲劇モデル図
「システム思考 8 基本型とことわざの考察」 2
の中の「共有地の悲劇」と「成長の限界」の記
述がBIS規制の説明に応用できると考えたので、
言葉を変えながら引用または参照する。この
図 53 シ ス テ ム 思 考 8 基 本 型 と こ と わ ざ の 考 察
pg. 53
「共有地の悲劇」の基本型の中で、A(東京住友銀行 東京本店)はB(東京住友銀行 大阪本店)とともに 1985 年以降、特
に活発に活動していた。これは日本のバブル発生の波に乗ったものである。両本店はそれぞれ順調に利得を増やしてい
く。両本店の活動は、1985 年から 1989 年に世界を席巻した第一勧業銀行や住友銀行、富士銀行のような銀行の各地の
拠点や支店を想定していただきたい。両本店の活動や日本の銀行の世界でのプレゼンスが次第に大きくなるにつれ、欧
米の金融当局者・資本家たちは警戒を強めていった。そしてついにBIS規制「国際業務を営む銀行は、銀行の純資産の
12.5 倍までしか貸してはいけない」を制定することに決定した。もちろん、BIS規制の制定には、それに至った背景がさまざ
まにあり、日本の銀行のオーバープレゼンスだけがその制定の背景ではない。
1988 年にバーゼルで取りまとめられた BIS 規制は、銀行自己資本比率についての国際標準である。1993 年の日本での
BIS 本格適用を前に、日本の各銀行は BIS で決められた自己資本比率を達成すべく、自己資本増強、貸し渋り、貸し剥が
しなどを行なった。また有価証券の含み益などを活用して自己資本比率をかさ上げしていった。東京住友銀行も、銀行の
リスク資産である貸出を抑えて BIS 比率を達成する必要があった。銀行の BIS 自己資本比率から自動的に貸し出せる上
限は決まる。その金額が、「貸出の上限」という制約条件となった。共通に利用している資源(東京住友銀行全体での BIS
銀行資本比率から計算された貸出枠)の制約のために、やがて東京本店、大阪本店とも個々の利益が減少し始める。こう
した状況を克服するために、さらに両本店は個々の活動を活発化するようになるが、それが結果的に活動の総計を高め、
共通資源(環境)のさらなる制約に直面するようになる。
6-4 資産額による世界の銀行ランキング 3 図 54
1980 年
1985 年
1989 年
2008 年
銀行名(国籍)
1
シティコープ(米)
1
シティコープ(米)
1
第一勧業銀行(日)
1
HSBC(香港上海銀行)ホールディングス(英)
2
バカカメリカコープ(米)
2
第一勧業銀行(日)
2
住友銀行(日)
2
Citi グループ[(米)
3
クレディアグリコール(仏)
3
富士銀行(日)
3
富士銀行(日)
3
ロイヤルバンク・オブ・
スコットランド(英)
4
バンクナショナルドパリ(仏)
4
住友銀行(日)
4
三菱銀行(日)
4
JP モルガン・チェース(米)
5
クレディリヨネ(仏)
5
三菱銀行(日)
5
三和銀行(日)
5
バンク・オブ・アメリカ(米)
6
ソシエテジェネラル(仏)
6
バンクナショナルドパリ(仏)
6
日本興業銀行(日)
6
三菱 UFJ フィナンシャル
グループ(日)
7
バークレーズグループ(英)
7
三和銀行(日)
7
クレディアグリコール(仏)
7
クレディ・アグリコル
グループ(仏)
8
ドイチェバンク(独)
8
クレディアグリコール(仏)
8
バンクナショナルドパリ(仏)
8
中国工商銀行[(中国)
9
ナショナルウェストミンスターバンク(英)
9
バカカメリカ(米)
9
東海銀行(日)
9
サンタンデール・ セントラル
・ヒスパノ(スペイン)
10
3
第一勧業銀行(日)
BIS 規制と日本
pg. 54
10
クレディリヨネ(仏)
10
シティコープ(米)
氷見 良三著 金融財政事情研究会
10
バンク・オブ・チャイナ(中国)
これをシュミレーションしてグラフィカルに表わしたのが下のグラフである。左上が因果ループ図をモデル化した SD モデル。
左下東京本店、大阪本店の利益である。両本店の利益はバブルに乗って順調に増えたが、8 か月目以降、明らかに横ば
いになっている。右上の図で、東京本店の活動、大阪本店の活動は最大 60 としてそこから大きく、急降下していくが、両
本店活動の総計は、個別の本店よりも小さくなっている。その本支店ごとに営業努力を進めるも、貸出枠という資源の制約
図 55
に拘束されて、営業努力に関わらず利益が確保できず、業績が悪化し始める。それが上のグラフ、東京住友 東京、大阪
本店の利益変化でわかる。その結果、東京住友、両本店の活動当たりの利益が極度に低下する。左側の図には利益変
化や活動当たりの利益をひとつの表にしている。これは BIS 規制の本質を「共有地の悲劇」というモデルに当てはめたもの
である。
pg. 55
インフローとアウトフローが均衡する場合の「成長の限界」の
因果ループ図である。成長への努力(生成)が成果というスト
ックに蓄積する。成果というストックが蓄積されたので、その
ストックをもとにしてさらに成長努力する。それは再びストック
に入る。それを繰り返しう
ち、やがて成長の限界と
いう制約条件にぶつかる。
成長の限界 1成果
成長の限界 1
成長の限界
成果
600
450
前に、生成と同時に消滅が
300
150
同量近く発生していることに
図 56 因 果 ル ー プ か ら SD モ デ ル を 構 築 す る 手 法
0
消滅
100
気づかなければならない。
75
私は銀行自己資本 30 兆円、
50
BIS 自己資本比率 8%と国内
25
0
基準 4%の中間の 6%で 30
生成
100
75
図 57 同 上
50
兆円を除した 500 兆円が、BIS
25
規制による「成長の限界」ではないかと疑っている。ゆえに 1993 年以前に 500 兆円を超え
0
その制約条件まで達する
ていた貸出が、BIS 規制の導入により 500 兆円を追うように減り、2000 年時点での GDP と総
1
貸出の差額、67 兆 3 千億円と拮抗する 71 兆 8 千億円が、不良債権の処理損失となってい 図 58
12.5
Time (Month)
成果
生成
24
消滅
った。モデルをシュミレーションするとそのようなメカニズムが働きうることは理解される。さき
ほどの「雇用」については、たとえば、教育訓練により、100 人の新規採用(生成)が安い給与を支払う条件で実現した。そ
の結果、家族を養う必要のある旧来のベテラン社員が解雇(消滅)された。解雇に対する政府のさまざまな安全弁が設定さ
れた結果、企業は安心して社員を解雇できるようになった。企業のコストは軽減されていった。その結果、企業業績は回
復した。労務コストの削減が製品コストの削減につながったからだ。低コストの製品で安価に製品を販売できるようになっ
た。その結果、デフレが進み、マクロ的には時価会計の導入により、どの企業の財務内容も悪化していった・・・というループ
につながっている。
BIS 規制により、自己資本比率を制約条件とした GDP の限界が設定された。それは、BIS 規制に伴う成長の限界であり、
このような規制が緩和され潜在生産力超過の現在に需要と供給を同時に拡大するような政策がとられれば、日本は再成
長すると考える。
pg. 56
6-5
BIS 規制の背景とオフバランス取引
BIS 規制の背景については東谷暁氏が優れた説を発表されており、紹介する。東谷暁氏の『金融占領-日本経済を外資
の“草刈り場”にした金融当局の大罪』要旨を引用する。(楽天プログ 金融占領から)
「アメリカは自国の金融システムを「証券化」という目標に向けて改造してきた。この証券化の要点の一つは、それまで銀行
によってなされていた資金調達が株式や債券によって行なわれるようになったこと。もう一つは、それまで資本市場で取り
扱われない資産が証券に振り替えられて取引されるようになったこと。1990 年代、バブル崩壊によって銀行に不良債権が
降り積もり、企業が債務まみれになった日本経済は、こうした二つの「証券化」を発達させていたアメリカ金融界にとって、
ビジネスチャンスの塊に映った。塩漬けの土地・建物や不良債権も「証券化」すればカネに変わる。日本の「金融自由化」
はアメリカの「証券化」の流れに引きずられ、バブル崩壊の中で押し切られていった。
第二期レーガン政権が成立した 1985 年は、アメリカの金融政策にとっても日本にとっても大きな転換点になった。レーガ
ン大統領はそれまでの「強いドル」政策を放棄。同年のプラザ会議でヨーロッパ諸国の支持を背景に日本に円高を呑ませ
た。レーガン政権は、同時に「新通商政策アクション・プラン」を発表して、アメリカの貿易赤字を解消するための政策を実
行に移そうとしていた。さらに連邦準備制度理事長のポール・ボルカー議長は中南米融資で膨大な不良債権を抱えた銀
行の規制に乗り出そうとしていた。上院委員会の中に銀行規制のための検討会をつくり、そこで生まれてきたのが融資額
に対する自己資本比率で世界中の銀行を規制する「BIS 規制」の案だった。
アメリカの銀行だけを規制しては、外国の銀行に対して不利になってしまう。しかし、この規制を国際基準にしてしまえば、
条件は同じになる。この国際基準化にはもう一つの意図があった。それは、当時、世界で融資量を急速に拡大していた日
本の銀行を牽制することだった。1991 年、融資総額で見る限り、世界の銀行ランキングの 20 位中 13 行を日本の銀行が占
めた。しかし 1990 年にトップの住友銀行は、自己資本比率で見ると 764 位になってしまう。日本の銀行は自己資本比率が
極めて低かった。
日本側は結局、銀行が所有している株式の含み益を自己資本に繰り入れることを条件に BIS 規制を受け入れることなり、
1988 年に先進諸国の基準として合意が形成される。 1990 年に始まった株式バブルの崩壊は、急速に自己資本比率を
低下させて融資を滞らせることになる。まさに日本の銀行は「死んだ」状態になった。
1989 年から 1990 年にかけては日米構造協議が開催されている。アメリカ側の提案で行われたものだが、この交渉におい
ても日本の金融制度改変への要求が多く提示された。これが現在の M&A 促進政策につながっている。」
BIS 規制は日本を狙いうちにしたものなのか。一方、別の情報では、日本は新 BIS 規制を進めているが、米国はまだ新 BIS
を適用していないため、BIS 規制自体が甘いという見方がある。それが今回のサブプライム問題につながったともいえる。
現在、過剰なドルが世界中に溢れ、100 兆ドル近い株式や債券やマネーサプライが氾濫しているという。これらはすべて
貨幣だ。しかしコンピューターの中にあるマネーは、天文学的数字になっている。ベンジャーミン・フルフォードは「たとえ
ば、2008 年 10 月の最初の 2 週間だけで、アメリカの銀行は毎日 4300 億ドル以上を FRB から借りている。総額は2週間で
5 兆ドル以上、それだけのお金を銀行につぎ込んでも問題は解決しない」* 4
:現在の問題は、貸借対照表に計上されないオフバランス取引が過剰に膨らんでいることにある。それらは、BIS 規制を潜
り抜けて、通貨当局がまったく把握できない天文学的数字になっている。貸借対照表をスリム化できるそれらの簿外取引
が表面化したのが、サブプライムから始まる現在の金融危機なのだと思う。これは市場原理主義の行きすぎがもたらしたも
のだと考える。
4
「アメリカが隠し続ける金融危機の真実」から引用
pg. 57
第7章
BIS 規制による日本経済 GDP 成長への限界の設定
BIS 規制を多くの人は正しく理解していない。BIS 規制の本質は、自己資本比率規制よりむしろ、「国際業務を行う銀
行は純資産の 12.5 倍(8%の逆数)までしか貸してはならない」という貸出規制。貸出が投資を通じて 2-3 年後に GDP
に結実するという立場から、BIS 規制は GDP 成長への規制だと私は考える。国内業務に特化する銀行は、純資産の
25 倍 (4%の逆数)が限度である。8%と 4%の中間は 6%である。1993 年から 2007 年まで国内銀行純資産は概ね 30 兆
円。名目 GDP はこの間、概ね 500 兆円。それを 6%で割れば、ちょうど 500 兆円。銀行の純資産増加なき限り、500 兆
円が日本の GDP 成長の限界。その間、銀行の成果が大きく減っているわけではない。「成長の限界」により、ほぼ同
額の GDP が生成され、消滅している。消滅した金額は不良債権として償却されていったと考える。
7-1 銀行貸出と BIS 規制
BIS規制とは国際業務を行う銀行の自己資本比率の国際統一基準である。本テーマの「銀行貸出は GDP の決定要因
か」という問いかけに対して中核となる章であるのでお付き合いいただきたい。
バーゼル合意でBIS規制ではG10諸国を対象に、自己資本比率の算出方法(融資などの信用リスクのみを対象)や、最
低基準(8%以上)などが定められた。自己資本比率8%を達成できない銀行は、国際業務から事実上の撤退を余儀なく
される。 同規制は、国際間金融システムの安定化や銀行間競争の不平等を是正することなどを目的に、1988(昭和63)
年7月にバーゼル銀行監督委員会により発表され、1992(平成4)年12月末(日本では1993年3月末)から適用が開始
された。日本の金融機関が自己資本比率を計算する場合には、自己資本に有価証券の含み益の45%を参入することが
認められた。 5国内業務に特化した銀行は最低基準 4%を維持することが求められている。
市場リスク規制の導入
1996(平成8)年、バーゼル銀行監督委員会は、リスク管理体制の強化を目的として市場リスク規制を公表した。保有す
る有価証券などの相場変動リスク(市場リスク)に備えるため、自己資本比率の算出方法に、従来の信用リスクに加えて市
場リスクも考慮に入れることにした。この規制は、1997(平成9)年12月末(日本では1998年3月末)から適用が開始され
た 6。
pg. 58
バーゼル銀行監督委員会は、国際社会における金融システムの複雑化を踏まえ、1998(平成10)年3月にBIS規制の
見直しについて検討を開始。2003(平成15)年4月に第三次市中協議案の公表を行った。この新しい規制を「新BIS規
制」と呼んでいる。新BIS規制は、BIS規制を導入した国を対象として2006(平成18)年末から適用開始。
新BIS規制案では、自己資本比率の最低基準は8%と変わらないが、リスクの計測方法にオペレーショナル・リスクを導入。
信用リスクとオペレーショナル・リスクについては計測手法を提示(銀行が選択可能)。
G10(10 カ国グループ、group of 10)とは、1962 年 10 月に IMF の GAB(一般借入取決め)への参加に同意した国のグル
ープのこと。参加国は 11 か国。ここでは、1993 年 3 月から BIS 規制、1998 年 3 月から市場リスク規制、2006 年 3 月から
新 BIS 規制が始まったことが重要。
1993 年以降の銀行合従連衡、メガバンクの統合、公的資金導入や為替の変動など多くのことがあったが日本の国内銀行
資産残高は横ばいである。約 750 兆円が国内銀行の資産残高であり、この数字で見ると、GDP=国内銀行資産残高
× 2/3 という算式に等しい。流通速度で言えば、0.67 ぐらいだが、相関関係があるのは明らかである。
7-2 日本国内銀行純資産の推移
図 59 日 本 銀 行 HP 統 計 よ り デ ー タ 入 手
pg. 59
図 60 日 本 銀 行 HP 統 計 デ ー タ か ら
上記グラフは、日本国内銀行純資産の推移である。1993 年から 2007 年まで、波はあるもののほとんど純資産は 30 兆円と
なっている。これは窓口規制のような何らかの規制が働いている。それは BIS 規制。現在の景気を回復する前提は明瞭で
ある。米国が今そうしているように、銀行純資産を増やすこと。そうすれば貸出ができる。
「景気対策のために国債を発行すること」 はいけない。国債を発行しただけ民需が奪われる。国民の負債が積みあがる。
日銀が買いオペするとマネー供給は増えるが、政府に対する貸出は民間に対する貸出と異なり信用創造しないので、効
果は約束されない。
なお国内銀行純資産は、約 30 兆円のみである。日銀の純資産はたった 3 兆円である。現内閣で国民に配る予定の 2 兆
円の資金は日銀の純資産に迫る金額である。そしてトヨタの売り上げは昨年まで国内銀行純資産を下回る程度であった。
7-2
なぜ日本の名目 GDP がおよそ 500 兆円なのか
大胆な仮説を立てよう。読み手に大きな示唆を与えることを期待する。国際業務を営む銀行の自己資本比率が 8%、国内
業務を営む銀行の自己資本比率が 4% 。単純に(8%+4%)/2=6%とする。国内銀行純資産の 30 兆円を 6%で割れば 500 兆
円。貸出 ・預金 ・ GDP が同一になるべきならば貸出と名目 GDP、総預金が 500 兆円を指標とするのは当然である。
国内銀行純資産 30 兆円 / ((8%+4%)/2)=GDP 500 兆円
pg. 60
図 61 日 銀 HP デ ー タ 、 財 務 省 デ ー タ
図 62 日 銀 HP デ ー タ 、 財 務 省 デ ー タ よ り
貸出、GDP、預金のグラフは本テーマで重要なので、1970 年から直近の 2007 年までを図 58 でグラフ化してみた。さらに
銀行総資産と純資産をグラフ化した。この 5 者の関係は非常に安定していることがグラフ上わかる。そして BIS 規制の基準
ともなる銀行純資産と 4 つのストックとの比をグラフにとると、ますますその関係が鮮明となった。下のグラフで、4 者はほぼ
同じ波形を描き、見事に BIS 規制の 8%と国内基準の 4%の間に収束している。長期にわたり、このような枢要なストックが安
定した関係を続けていることは、この 5 者の相関関係が非常に高いことを示す。
銀行の貸し剥がしの理由
BIS 規制により貸出の上限が国際業務を営む銀行は、銀行純資産(実際には複雑な計算が必要)の 12.5 倍に制約される。
貸出が規制されれば、銀行貸出 = 国内総預金 = 名目 GDP だから GDP、総預金は減少する
pg. 61
BIS 規制は貸出の規制であり、預金の規制ではない。しかし貸出と預金が同時に生成するならば、預金の規制にもなるは
ず。預金が貸出をなぜ上回っているかを考察した。本来的に貸出と預金は同時に発生する。貸出は不良債権が多く発生
した場合、償却したり、債務免除されたりする。ただしその反面、預金より金利が高い。経済が右肩上がりで不渡りなどの
確率が少ない時は、貸出も預金も毀損しにくいので、一致する傾向があるが、経済が右肩下がりで、貸し倒れの多い時代
は乖離が大きくなる。それはペイオフが日本でまだ本格的に実施されていないからである。貸倒れが預金の毀損とつなが
るならば、両者はより接近するであろう。
このように、BIS 規制は貸出規制であって、日本の GDP 成長を制約することを示した。そしてその金額が 500 兆円であろう
ということも示した。その次は BIS 規制の考え方のモデリングでさらに明らかにしたい。
「=」は値が近い、または強い相関関係を示す。
名目 GDP = 国内銀行総貸出
国内銀行総貸出+不良債権処分損=国内銀行総預金
国内銀行総資産 × 2/3 = 名目 GDP
名目 GDP = 総貸出 =総預金
日本では結果的に上記の関係が浮かび上がる。
7-3 交換方程式と流通速度 銀行貸出は GDP の決定要因だった!
リチャード・ヴェルナー氏は、GDP の公式 交換方程式 MV=PYを M(マネーサプライ)をC(貸出)に替え、 CV=
PY とした。すなわち、貸出×貨幣の流通速度=名目GDP、 そして、実物経済では、V=1.2で安定していることを発
見、 すなわち、ほぼ、貸出=名目GDP となる。 但し、不動産・金融部門など非 GDP 取引部門では、この関係が成立
しないとしている。そして、私は、設備投資の流通速度は名目 GDP に対して一定であることを見つけ、ヴェルナー氏の考
察が正しいことを確認した。
図 63
pg. 62
私の調査では、図 63 により総貸出の流通速度は GDP 取引、非 GDP 取引を合わせた総貸出で、概ね 1.2 と
なっている。上記 2 つの線で見る限り、マネーサプライよりも平均総貸出が 1.2 前後で安定している。これは MV で
なく CV 信用創造(銀行貸出)× 流通速度が正しいことの証明である。
私はヴェルナー氏のいう非 GDP 取引がまったく GDP に関わりがないとはしない。非 GDP 取引でも雇用は発生する
しマネーが増えるからである。非 GDP 取引はマネーの拡大を通じて一時的に名目 GDP を拡大させるが、その実態
の乏しさから、やがてバブル後の日本のように、非 GDP 取引で得た GDP は縮小していき、やがて不良債権損失など
に結び付く可能性が高いと見ている。
その根拠は、1991 年までの GDP と貸出の値が非常に近似していることである。ヴェルナー氏は近年の GDP と貸出
の乖離を、非 GDP 取引の拡大に見ていた。それは正しいが、私は GDP と貸出の乖離の大きな要因は、日本経済に
BIS 規制という 500 兆円を限度とした「成長の限界」が課せられた結果、それを超える貸出が不良債権となり貸出償
却されたとみている。
考え方の本質は一緒である。非 GDP 取引は GDP に結び付く割合が小さい取引、GDP 取引は設備投資に関する取
引というように、製品などの供給の拡大と同時に雇用を通じて需要を拡大させ、インフレや不良債権になる可能性の
少ない取引と思う。
溶液の中に、濃い溶液と薄い溶液があるが、両方とも GDP の枡を満たす。しかし薄い溶液で作られた溶液は、すぐ
に風船が凋むように消えてしまう。それが現在の世界経済の実態である。非 GDP 取引でいったんは名目 GDP が膨
らんだが、やがてはじけるように米国の GDP は消失していくだろう。実際の貨幣でなされた取引(GDP 取引が多い)
は強いが、コンピューター上でつくられた架空のマネー・数字(非 GDP 取引が多い)はかくももろく、天文学的不良債
権を導くだろう。
念のため交換方程式の考え方をヴェルナー氏に従い記載する。
◎: ヴェルナー説
今の交換方程式
お金の供給量×流通速度 =
M
×
価格
V =
P
×
実質所得
×
Y
×
取引量
昔の交換方程式
お金の供給量×流通速度 =
M
×
pg. 63
V
=
価格
P
T
PT は名目支出だから名目 GDP で表現できると解釈され、MV=PY となった。
名目 GDP
=
C(消費)+I(政府)+G(政府支出)+NX(純輸出)
方程式の T を取引量 Q と言い換え
小文字の r を GDP 取引に使用、f を非 GDP 取引に使用とした場合
経済取引に使われたお金の量×流通速度 = 価格 × 取引量
MV
= P
×
Q
M = Mr(GDP 取引に使用のお金の量) + Mf(非 GDP 取引に使用のお金の量)
PQ
= Pr×Qr + Pf×Qf となる。
CV=PY=PQ= Pr×Qr + Ps×Qs = C(消費)+I(政府)+G(政府支出)+NX(純輸出)
が最終的な姿だと考える。
これは 貸出×貨幣の流通速度=名目GDP=GDP 取引+非 GDP 取引を示す。
ヴェルナー氏は実物経済では V=1.2 とする。非実物経済取引(不動産・金融など)を V=0.8 と考えると、それが同量で
あれば、V=(1.2+0.8)/2=1.0 となり、 C(信用創造=銀行貸出) = PY すなわち GDP となる。高度成長期には貨幣の流
通速度は速いので流通速度は 1 より高くなる。1990 年代は不況だったので、流通速度は 1 を割った。しかし近年は
GDP そのものが低迷しているので、貨幣の流通速度は再び 1 を取り戻した。
MV = PY を CV = PY に変えたヴェルナー氏だが、私自身は少し疑問がある。貨幣の流通速度が 1.2 ということは、
年に 1.2 回転するということだが、実際の世界では、数日以内で一回転していると考える。特に金融工学を駆使した
現代において、過去よりも貨幣の流通速度が低いとは考えられない。
信用創造・貸出は、マネーと異なり一回なされるだけである。1000 万円の融資を受けたならば、同額の預金が発生
するが、それは日本経済の循環の中を進んでも、マネーが 1000 万円以上に増えるわけではない。
その意味では、 C = PY あるいは CV = PY 但し V = 1 というのが本当の姿ではないかと思う。それで初めて日
本の銀行貸出が GNP の値と近似しているという事実を理解できる。ただしそれはまだ仮説である。
銀行貸出は本質的に GDP の決定要因ということが、CV = PY または C = PY = GDP という式からも推定される。
pg. 64
第8章
社会への政策立案のヒントに
窓口規制すなわち信用割当を通した銀行貸出は、1991 年頃まで GDP 成長の有力な決定要因であった。1991 年までは、
GDP と銀行貸出、総預金がほぼ一致した。1990 年の不動産総量規制、1993 年の BIS 規制本格適用以降は、BIS 比率、
自己資本比率の上昇がなければ貸出の増加ができなくなった。
リチャード・ヴェルナー氏は、日米の為替レートは、米国連邦準備制度理事会と日本銀行の信用創造量の格差で説明で
きるとしている。金利は、国債による利息支払いが可能なように低金利に抑えられ、かつ国際協調の面から米国にファイ
ナンスできるように日米の金利差が維持されてきたと私は考える。
しかしサブプライム問題に端を発した、オフバランス取引の増加に起因する今回の世界的不況により、日米金利差はなく
なった。為替レートの調整は米国が信用創造を増やすならば、ますます円高に振れるかもしれない。そのような微妙な構
造の中で、BIS500 兆円という制約をどのように突破できるだろうか。
本論のテーマを突き詰めていくと、日本の GDP 成長には貸出の増加が必須であり、そのためには銀行の自己資本増強し
か対策はない。ではどのようにして銀行は自己資本を増強すれば良いのだろうか。政府資金を入れて銀行の自己資本を
増強する。日本銀行に資本増強を注入してもらう。しかし現実に銀行側は、政府資金や日銀資金による自己資本増強策
は、経営の自主性が損なわれるとして忌避するであろう。
それであれば、
①
増資にあたり、企業や取引先から資金を集め、自己資本を増強する。
②
国民に銀行株を広く買っていただけるような取組を銀行が行う。
③
政府がそのための優遇税制なり奨励策を行う。
④ 絶対中立・公平で銀行に強い支配権を及ぼさない機関を設立し、その機関に増資を引き受けてもらう。
ということを提案したい。
政府が高額貨幣を発行するなどの議論は、このテーマに直接つながらないので取り上げない。
さらに中央銀行自体には BIS 規制は適用されるのだろうか。もし適用外であれば、ルールを変えれば中央銀行は商
業銀行に代わって直接信用創造を行うことが可能である。そして、増強された貸出は、非 GDP 取引ではなく GDP 取
引に振り向け供給と同時に雇用を増やすことで需要を増加させ、インフレなき成長を目指すべきと私は考える。 時価
会計の見直しも必要である。
私は、このシステムダイナミクスの研究、ビジネスモデリングの研究によって、今後未来を拓く道をひとつ見つけることがで
きたと思う。さらにこの研究を進めていく。私の論文が人々に知られ、最初に述べたように社会の政策立案、国富と国民生
活の豊かさへのヒントになることを願っている。
pg. 65
(
2009 年 3 月に本論文をリチャード・ヴェルナー氏に手渡している>
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Sd macroeconomic modeling (3). In Proceedings of the 24th International
Conference of the System Dynamics Society, Nijmegen, The Netherlands,
[5]山口薫PhD 同志社大学大学院ビジネス研究科 福島 史郎 MBA, 同志社大学総合政策学部政策学科研究科博士
課程 DISCISSION PAPER SERIES 因果ループからSDモデルょ構築する方法について-システム思考8基本型とことわざ
の考察 同志社大学大学院ビジネス研究科
[6]リチャード・A・ヴェルナー (2003 年 4 月 7 日) 平成大不況、東京都千代田区三番町 3-10: PHP 研究所
[7]リチャード・A・ヴェルナー. (2003 年 4 月 28 日). 虚構の終焉. 東京都千代田区三番町 3-10: PHP 研究所
[8]リチャード・A・ヴェルナー(2001 年 5 月 13 日) .円の支配者、東京都千代田区千駄ヶ谷 2-33--8 草思社
[9]氷見野 良三(2003 年 9 月 30 日) (検証)BIS 規制と日本 東京都新宿区南元町 19
[10]安部芳裕(2008 年9月 30 日) 金融の仕組みはロスチャイルドが作った東京都港区芝大門 2-2-1 徳間書店
[11]日本銀行ホームページ
[12]内閣府ホームページ
〔13〕東谷暁氏 HP『金融占領-日本経済を外資の“草刈り場”にした金融当局の大罪』要旨を引用する。(楽天プログ 金
融占領から)
〔14〕 ベンジャミン・フルフォード アメリカが隠し続ける金融危機の真実 2009.1.5 株式会社 青春出
版社
pg. 66
pg. 67
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