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2009年12月1日 「窓」PDF
「窓」 こ としの夏,車を運転して妙高山ろく 場所)がある。山の稜線の切れ目が窓のよう の新潟県妙高市から長野県との境に に空いているので地元の人たちが「窓」と呼 ある標高 1,500 メートル余りの乙見山峠 んだ。 を越えて北アルプス白馬岳山ろくの小谷 富山県で「窓」と言うのに対し,長野県で (おたり)村に入った。乙見山峠は,前後 は「切戸(きれっと) 」と呼ばれる。地図には, に舗装していない険しい林道が長く続く。 北アルプスの鹿島槍ヶ岳北方の八峰(はちみ 峠に立つと,昔の人々の徒歩での峠越え ね)キレット,唐松岳の不帰(かえらず)キ の厳しさがしのばれた。 レットなど「キレット」とカタカナで書かれ 「峠」と似た意味のことばに「窓」 , 「切戸 ている。このためフランス語で鞍部を表す (きれっと) 」 , 「乗越(のっこし)」, 「鞍部(あ 「コル」のように外来語と思っている人も少 んぶ) 」 , 「コル」がある。いずれも山の稜線 なくないかもしれない。「切戸」は「切処」と の切れ目を表す意味では共通するが,少し も書いた。「と」は長野方言で「ところ」の略 ずつ意味が違う。 だという。「窓」「切戸」はその字が表すよう このうち「窓」は富山県の方言だ。ことし に稜線が切れているところを強調したこと の夏,映画『劔岳 点の記』が公開された。こ ばだ。一方,乗り越すと書く「乗越」や山に の映画は,当時未踏峰とされていた立山連 上下と書く「峠」は稜線の低くなった所へ登 峰の剱岳(つるぎだけ) (標高 2,999m)に明 り,向こう側へ越えていくイメージがある。 治 40 年,陸軍陸地測量部(国土地理院の前 「窓」は明るい日ざしを思わせる。豪雪地 身)の測量官, 柴崎芳太郎らが,苦労して登っ 帯の長い冬が終わると,人々は雪渓の上部, た物語を映画化したものだ。この登頂の際, 鋭い岩峰の間に広がる青い空に胸が躍った 奈良時代末期から平安時代初期とみられる ことだろう。 錫杖(しゃくじょう)の頭と鉄剣が頂上付近 方言を守り継承していく取り組みが各地 で見つかり,すでに千年以上前に修験者が で行われている。話しことばの継承は易し 登っていたと想像される。 くないが, 「窓」など地名になったことばは, 剱岳は残雪が豊富で,岩と雪の殿堂と呼 雪渓の雪のように長く残っていくだろう。地 ばれる。本峰の北方の尾根には, 「三ノ窓(さ 域で生まれたこうしたことばは,その土地 んのまど) 」 「小窓(こまど) 」 「大窓(おおま の風景にふさわしい。大切にしていきたい。 ど) 」という名前の鞍部(尾根が低くなった 吉沢 信(よしざわ まこと) NOVEMBER 2009 85